PC-VAN
目 次
プロフィール... 2 フリーボード... 2 はじめまして / またしても天皇 / 東磁数... 2 1/7−−1/10 参加者統計 東磁数... 3 歴史をみる目 東磁数... 4 MSG削除問題 PC−VAN事務局に賛成 東磁数... 5 事務局を叱る 東磁数... 5 歴史をみる目(2) 東磁数... 6 歴史をみる目(3) 東磁数... 7 共産主義 問題点とその将来 東磁数... 9 中国で起こっていること 東磁数... 10 コンピュータ政治学 東磁数... 10 中国文明の特色 東磁数...11 日本に於ける共産党の戦略的役割り 東磁数... 13 西部さんのこと 東磁数... 13 西部さんのこと(2) 東磁数... 14 軍備の必要理由 東磁数... 15 戦略的原発論 東磁数... 17 RE>298,301 東磁数 ... 18 プロフィール ver.2.0 1989−8−14... 19 1990 年頭所感 東磁数... 20 共産主義の崩壊に思う 東磁数... 20 「日本人を語る」朝日新聞 東磁数... 21 「極東裁判史観」を斬る 東磁数... 22 加藤周一「夕陽妄語」を批評する 東磁数... 24 「薔薇の名前」雑記 東磁数... 24 日本は中東派兵が出来るか? 東磁数... 26 中東派兵について(再) 東磁数... 26 「湾岸戦争」の歴史的意味 東磁数... 27 「朝日新聞」の楽しみ方 東磁数... 28 新春随想 東磁数... 28 儒教三千年/儒教の毒 東磁数... 29 RE#9871 KOMAさんへ 東磁数... 30 実りある対話(政策研究) (TAIWA) ... 32 RE>546 宗教の争い 東磁数... 32 『脱東京裁判史観』新設を祝う 東磁数... 34 『人口変移説』 東磁数... 36 死刑制度/抑止力/冤罪 東磁数... 38 国連/平和/憲法 東磁数... 39 朝日新聞 PKO関係社説 タイトルと雰囲気 東磁数... 40 ハンドル変更(東磁数Æ敏翁) ... 44 日本トラベルクラブ (NTRAVEL) ... 45 市民の討論広場 (SIMIN) ... 45 北鮮 金親子の深層心理を探る 敏翁... 45 いじめ問題に思う事 敏翁... 46プロフィールとは自己紹介みたいな ものです。 パソコン通信で発言している人の約 半数程度がプロフィールをアップし ています。 ここに掲げたものが私のプロフィー ルVer.1.0 で、1991 年ごろアップ したものです。 東*磁* とは 東芝磁器、即ち東芝セラミックス を意味していた。 「数える」と言えば、 この頃はパソコンの利用状況の主体 は、Fortran, BASIC 等による プログラムの開発であった。 プロフィール ハンドル : 東磁数(「としかず」と読む*1) 本 名 : 阿部敏雄 年齢 : 61歳 住所 : 神奈川県横浜市 職 業 : 元半導体技術者。現在東*磁*(株) [新素材メーカー]で会社役員。 使用機種 : PC9801VX2+80287+SR−40 MODEM : MD2400F 加入している通信ネットワークとニックネーム/ID No.: PCVAN 東磁数 t.k.abe ID:WJD17088 日経MIX t.k.abe NIFTY−Serve ID:NAA00114 趣 味 : 読書(乱読*2)、将棋(2段)、オペラ、 ゴルフ(ハンディ14 )、 バイク(5年前、四国88ヶ所を回った)、 最近はパソコン。教え魔です。 注 *1 東*磁*にいて数える(=定量的に考える)事が大好きな人 という意味。t.k.にもつながる。 *2 ここ1年間重点的に読んだものは ユング、U.エーコ、プリゴジン
フリーボード
1989 年 1 月 21 日 フリーボード はじめまして / またしても天皇 / 東磁数 「日経」ではじめてこの会議で天皇問題について活発な議論がなされていることを知りました。本日、一月七 日以降のMSG一通り読ませて頂きました。 主題である「天皇」の問題と、サブテーマのEYE−NET関係の問題が絡み合って、なかなか面白い読物で した。 折角ですので、登場の皆様に感謝の意を表す意味を含めて、今までと若干異なる視点から私の見方を述べさせ て頂いて、おくればせながら議論の盛り上がりに、多少なりとも貢献したいと思っております。サルトル、カミュを持ち出すまでもなく、人間は、不条理な存在で天皇といえども、これから免れることは出 来ないわけです。 ここからは、人間は与えられた条件の下でいかに誠実に生きたかが問われるべきであると思います。 その意味で、天皇に生まれついてしまった彼がいかに誠実に生きたかが問題です。そして私は、天皇は一人の 人間としては可能性の極限に近いところまで誠実に生きたのではないかと思います。 一月七日のTV放送で、それまで全く知らなかったことで、私が一番強い印象を受けたのは、どのチャンネル かは忘れてしまったが、侍従だった(?)人による戦後の天皇巡幸の折のエピソードでした。 たしか北海道巡幸の際、天皇は汽車の窓から、右の窓、左の窓と手を振り続け(距離にして東京−−長崎(?) に相当する)、一度も席に座らなかったということでした。 何が天皇をしてここまでの行動に駆り立てたのか。彼の胸中を察して、それまである程度わだかまりを持って いた私も自然に彼を許すことが出来たのです。(センチメンタルすぎるかな?) このあまり知られていないエピソードが象徴するように天皇はせいいっぱいに生きてきたのであろうと思いま す。そしてそれは国民の大多数の戦後の生きざまの象徴としても誠にふさわしいものであり、この隆盛日本を作 り上げたことに誇りを感ずる人々(私も少しは貢献したと思っている)にとっては、いつまでもあの天皇と共に 戦後を生き抜いたことが良い思い出となるのではないでしょうか? これに反して、その人の哲学と全く違う方法で日本がうまく行き過ぎて、その人の哲学の根元を傍若無人に揺 るがしている日本に腹を立てている人人、理想としていた革命の可能性がなくなってがっかりしている人人が 忌々しい存在と思い、やることなすこと気に入らない心情もわかるような気がします。 戦争責任の問題と歴史の見方については改めて稿を起こします。 (WDJ17088) 東磁数 #770/820 フリーボード *** コメント *** ★タイトル (WDJ17088) 89/ 1/26 23:41 ( 48) 1/7−−1/10 参加者統計 東磁数 ★内容 天皇崩御に関して一月七日から十日に起こった”FREE”における”MSGフラッシュ”は歴史に残るイベン トであったと思います。 それでその参加者の分析を試みました。あまり時間が経ってしまうとプロフィールの内容が変わってしまう可 能性もあると思うので、いま行う意味もあると思います。 天皇崩御に関係するMSGを寄せた殆どの人(意味のないMSGは省略、また若干の抜けの可能性大)につい て、これを私の独断と偏見で 穏健派、 民主派、 左翼派、 その他(「悪魔と神」氏など)にグループ分けし、 グループ別人数、プロフィール登録者数(A)、プロフィールに年齢に関する情報が入っている人数(B)、年齢 幅、平均年齢等を纏めてみました。これを下表に示します。 人数 A (*) B (**) 年齢幅 平均年齢 (人)(人)(%) (人)(%) (歳) (歳) 穏健派 24 17 (71%) 12 (71%) 16--36 23.7 民主派 25 20 (80%) 7 (35%) 19--42 29.1 左翼派 21 13 (62%) 4 (33%) 21--43 32.8 その他 4 1 (25%) 1 (100%) 38 38 --- 計 74 51 (69%) 24 (47%) 27.4
(*) プロフィール登録者数/人数 (%) (**) 年齢に関する情報のある人の数/プロフィール登録者数 (%) 上表よりあまり沢山の情報は得ることが出来ませんが、次のような事は言えると思います。 1)「その他」は例外として、穏健派−−>民主派−−>左翼派と平均年齢が高くなっている。 2)プロフィール登録者比率にはグループ間有意差はなさそうである。 3)「その他」は例外として、穏健派と[民主派+左翼派]間にB(%)に有意差がありそうである。 上記3)に関して、私の印象では穏健派と[民主派+左翼派]の間にプロフィールの質の差がありそうに思わ れます。 即ち、穏健派の人のプロフィールからはその人の全体像(例えば職業等)が比較的捉え易いように感じられま したが(従って年齢に関する情報も入っている)、他のグループの人は長いプロフィールを寄せている人もかなり 居りますが、全体像を捉えにくい人が多いように感じられました。 以上より更に推論を進めることも興味あることですが、その信憑性に疑わしさが増すだけと思いますので、こ こまでにしたいと思います。 (WDJ17088) 東磁数 #864/946 フリーボード ★タイトル (WDJ17088) 89/ 1/28 22: 4 ( 44) 歴史をみる目 東磁数 ★内容 本SIG”FREE”において続いている論争はつまるところ各人の持っている哲学、歴史観の相違によるも のであり、一方が他方を完全に論破出来ると言う性格の問題ではなさそうです。 このような問題に首を突っ込むのはあまり利口な者のやることとはいえませんが、私も昔から議論は大好きな 方であり、前回予告もしているのでひとこと若干異なった観点から私見を述べさせて頂きたいと思います。 私の分類による「左翼派」の人の多くの考えは昭和30年代頃日本の思想界を支配していたいわゆる「岩波系 文化人」の考えにきわめて近いもののように思われます。たとえば岩波新書の「昭和史」などはそのころよく読 まれた代表的な本です。 私もこれらは読みましたが、そのときの印象は「これは学問的に正しいのかも知れないが、これではあまりに 過去の日本人が哀れである。こんなに過去の日本人のやったことは間違いばかりであったのであろうか。誰が違 う学者があらわれて私たちに希望を与えてもらえないか。」と言うものであったと記憶しております。 私の直感は例えは良くないが「おまえの父ちゃん人殺し」という合唱の中で人が誇りを持って生きて行く事が 可能であるかと言う疑問でした。 これは私一人の疑問、希望ではなく、多くの人々の抱いたものであったのではないかとおもいます。そしてこ れに答えた代表が司馬遼太郎氏であったとおもいます。 氏の氏の描く人々は坂本竜馬も、日露戦争の秋山兄弟も、正岡子規もいずれも「坂の上の雲」を求めて精いっ ぱい、且つすがすがしく生き抜いており、その時代の日本の生き方を肯定的に捉えたことと併せて、我々に 生きる自信の依りどころを与えてくれました。 その後(これは私の印象であって客観的事実として「その後」かどうかはチェックしていない)、多くの学者に 依って江戸時代もそれまでの左翼の学者の間で定説となっていた「東洋的停滞」や単なる封建時代ではなく、西 欧先進国に匹敵する進んだ文化が華開いていたことが学問的にも立証されてきつつあると理解しています。 ただ司馬氏も戦前の昭和については特に軍部独裁に関して厳しい見方をしております。これは未だ国民の多く が戦争の苦しさについて忘れていない現在では当然の事であると思いますが、希望を言わせて頂くならば、誰か 大型の歴史家(トインビーの様な)が現れて人類の歴史に置ける日本勃興の意味、その中での太平洋戦争の位置
づけについて、日本人に希望と将来展望を与える形で体系化して頂ければ素晴らしいと思っております。 私は歴史については全くの素人ですが、直感的に 「二つの巨大な文明(中国文明と西欧近代文明)が世界の はずれの島国に流れ着き、そこで熟成し、発酵し一つの新しい文明が形成され、逆に世界全体に大きなインパク トと文化的貢献を与える」というパターンをイメージすることが出来ます(素人だから出来るのでしょうが)。太 平洋戦争もこの流れの中で欠くことの出来ない重要なポイントであるはずです。 (WDJ17088) 東磁数 1989 年 2 月 フリーボード MSG削除問題 PC−VAN事務局に賛成 東磁数 #641 SA氏のMSGが削除された件について基本的 には事務局の処置に賛成したくなりました。 それで気になり、一月七日から十日のMSGを読み直して みました。 #641が削除対象ならば、同一基準で判断して他に削除 に相当するMSGがあるかどうかという視点でサーベイして 見たわけです。 その結果は、私の考えでは#9869(XQE67894) 氏による 「裕仁に捧ぐ 奉祝川柳」一件が該当するよう に思われました。 この内容は、昭和天皇を地獄に落としたいという悪意に満ち たもののようにも取れ、死者に対して無礼であると思います。 それで、事務局に対して若干意地の悪い設問ですが、何故 #641が削除で#9869が無削除かという問題が残るよう な気がします。もっとも 後者は一月八日のMSGで事務局も てんやわんや の最中で 見過ごされたのではないかとも思われますが。 この問題で、言論の自由を盾にいきり立っている人たちが居 りますが、世の中に絶対の自由等が無いことは自明の理であり、 要はどの辺に線を引くかという問題になる筈です。そしてこれ はそれに責任を持つ人(この場合は事務局?)の常識、感覚に 頼るしか方法はありません。 PC−VANのような良識的(?)大衆路線を行くNET では先鋭的な感覚は余り出しにくいし、又出さない方が良いの ではないかと思います。 例は良くありませんが、「夕刊ゲンダイ」では品が落ちすぎ ます。 やりたい人は草の根NETででもやって居ればよいのです。 #9869/437 フリーボード *** コメント *** ★タイトル (XQE67894) 89/ 1/ 8 20:30 ( 38) 裕仁に捧ぐ 奉祝川柳 ★内容 侵略を させた平和 主義者逝き 大悪人 来たと閻魔が 手ぐすねし ゴマかせぬ 言葉のアヤでは 閻魔帳 東条が 手招きしてます 針の山 お下血で 血の池地獄が 臭くなる あの世でも 言葉は、あっそう ごきげん よう 本当に あるなら神器 見せてみろ 消費税 可決の前に なぜ死なぬ 視聴率 教育テレビ だけ上がり 朕死して レンタルビデオ 繁盛し 哀悼は 無理やりさせる ものでなし ゆううつな 顔で心じゃ ベロを出し 自粛など 関係ないね 新年会 川柳を作るのは初めてなもんで、作法に 適わないところがあるかも知れませんが その辺は許してちょ! 毎年元旦に年賀状を書いてきたが(年末 に書いて元旦に届くと言うのはオカシイと 思い続けてきたヒネクレ者です)今年は大 晦日から扁桃腺を腫して寝込んで、賀状を 出せませんでしたが、これをアップした後 から書く予定です。 最後に2首。 造られた 自粛を蹴飛ばす 年賀状 ひ ん し ゅ く を 敢 え て 承 知 の 心 意 気 ( ← バ カ だ ね え 。: 男 意 気 と し た 方 が よかったかなァ) 東磁数 1989 年 2 月 フリーボード 事務局を叱る 東磁数 最近の「削除問題」に関する一連のMSGを見ていると、 だいぶ事務局が
旗色が悪いようですね。 私は事務局の処置に賛成の立場を表明した者ですが (#1193)、「はいちゃん」氏への回答は私にも納得できません。 もっと毅然たる態度が望まれます。一部の要請によってではなく、自分の考えで削除をすべきです。但し責任 は自分でとることを明言して下さい。 イデオロギィー的に色が付きすぎている人たち(もっとも彼らによると私が色が付きすぎていることになるで しょうが)には、低姿勢は通用しないことはかっての国労の牛耳っていた国鉄の状況等を思い起こせば、明かで す。 東磁数 .. #2390/2390 フリーボード ★タイトル (WDJ17088) 89/ 3/11 歴史をみる目(2) 東磁数 ★内容 前回「歴史を見る目」(#864,1月28日)で、 > 誰か大型の歴史家(トインビーの様な)が現れて人類の歴史に置ける日本 >勃興の意味、その中での太平洋戦争の位置づけについて、日本人に希望と >将来展望を与える形で体系化して頂ければ素晴らしいと思っております。 と申し上げましたが、これに該当するような本が最近出ましたので、ご承知の方も多いと思いますが、私なりに ご紹介したいと思います。 信夫(しのぶ)清三郎著 「太平洋戦争」と「もう一つの太平洋戦争」 勁草(けいそう)書房 1988年12月5日発行 4400円 著者は1909年生まれの歴史学者ですが、まだお元気で1987年にも「江戸時代、鎖国の構造」なる書籍 をお出しになっているようです。 この本の性格のかなりの部分は、この本の「序」でも引用されているフィリピンの歴史家コンスタンティーノ 夫妻の次の文に要約されると思います。 「太平洋戦争中における日本の役割に関する月並な見解は、日本をただの 悪漢とみて、日本の犯罪から生じうる積極的な歴史的帰結を一切無視する見 解である。このような見解は、他の帝国主義諸国を免罪する方に傾きがちで ある。これはまた、犠牲者である植民地化された諸国民が日本の役割とかれ らのかっての植民地主義者の役割とを正しく分析することを妨げることにな る/・・・・逆説的に見えるかも知れないが、東南アジアに対する日本の進 出は、いろいろな意味で解放的な力をふるったのである。これはもちろん、 日本の意図とは全くかけ離れていたのであったが、日本帝国軍隊が、香港、 インド、ビルマ、マレーシャ、インドシナ、インドネシアといった西側帝国 主義の要塞を抜いたすばやさは、それまで白い主人たちを不敗と考えていた 諸民族を驚愕させた。これらの植民地が、彼らと同じ人種であるアジア人侵
略者の手に落ちたと言う事実は、かっての帝国主義主人が長年にわたって、 多かれ少なかれ巧妙な仕方で宏めてきた主張−−つまり、かれらこそが優越 的な人種的性格によって生まれながらの世界の指導者であるという主張−− を、あっという間に片付けてしまった。日本の勝利は、ヨーロッパ植民地主 義の権威を破壊し、植民地諸国民の間に物事を再考する課程をよびおこした。」 本の内容はかなり複雑で省略しますが、中にはチャンドラ・ボースも、 バー・モーも、スカルノも、又東条さんも、重光葵さんも頻繁に出てきます (昭和天皇もかなり出てきます)が、彼らの一面が実にヴィヴィッドに描か れていて、一つの読物としても一級のものであると思います。 (以下略) (WDJ17088) 東磁数 #2907/2907 フリーボード ★タイトル (WDJ17088) 89/ 3/17 歴史をみる目(3) 東磁数 ★内容 前回、歴史を見る目(2)(#2390)で読む予定であることを申し上げ ていた次の本を読みましたので紹介致します。 クリストファー・ソーン著 太平洋戦争とは何だったのか 市川洋一訳 草思社 1989年3月10日発行 2500円 著者は1934年生まれ。オックスフォード大学で現代史を専攻。現在、 サセックス大学の国際関係論の教 授。英国学士院の特別会員でもある。 解説(青山学院大学教授 池田清氏による)では、 「(前略)本書に結実した彼の一連の極東国際関係史の研究は、たんに太平洋 戦争の原因究明を意図するだけではない。もちろん、戦争がなぜに起こったの か?についても、政治・経済・戦略・外交の観点から多面的に原因が追求され る。が、その底流にある関係当事諸国の社会的・文化的雰囲気や相互イメージ のギャップも、20世紀国際社会全体の動向や精神状況のなかで比較され、戦 争原因は元より、戦争の社会的影響までが、より鮮やかに浮き彫りされている。 この意味において、本書は、比較歴史学、比較政治学、比較社会学上の画期的 な問題作と評しても、あながち過大な賛辞とはいえまい。・・」と評している。 この本の一つの大きな特徴は、著者が、西欧の歴史家にもかかわらず、西欧白 人がアジア・アフリカの有色人にもっている人種的偏見を抜きにして太平洋戦 争の真因により近く迫れまいと強調している点にある。 人種的偏見のエピソードは本書の中に多数ちりばめられているが、二つばかり 例を上げてみる。 1. ローズベルトはスミソニアン博物館の自然人類学主事の示唆をうけて日本人 の「邪悪さ」の原因は頭蓋骨の形が白色人種のものよりも発達が遅れている ためだと信じていた。
2. チャーチルは、インドの「がさつで、うす汚れて下劣な旦那」や中国の「細 目野郎」、「弁髪野郎」、「黄色い小人」などと口にし、彼の主治医は彼は 彼らの皮膚の色の事しか考えていないと書いている。 もちろん、著者は太平洋戦争の原因を「黄対白」の対立と安易に図式化している のではなく、政治・経済・戦略の考慮がより直接的な原因であった、と指摘して いる。この内容を簡単に要約する能力は私にはないが、私の感想ではきわめて重 要なポイントは次の事であるように思える。 1. 日本は二世紀以上に及ぶ「自らに課した鎖国状態」を、事実上大砲の前に放 棄せざるをえなかった。そして当時の大国による拡張主義的・帝国主義的 「強権政治」のなかで繁栄の道を探ろうとしはじめたときに目にしたものは、 第一次世界大戦が終わると同時に国際的な「競技規則」が根底から変わって しまったことだった。 そしてこの変化は西欧の基準に基づくものであり、 また国際経済秩序をその支配下に置き、イギリス海軍本部第一軍事委員が 1934年に認めているように「すでに世界の大半、すくなくともその最良 の部分を手中に収め」、「他のものには手を出そうとさせない」国々の主張 に依るものであった。(本書54ページ) 2. これに対する日本の対応を端的に表現すれば、北一輝の次の言葉になるであ ろうか。 「国内における無産階級の闘争を認容しつつひとり国際的無産者の戦争を侵 略主義なり軍国主義なりと考える欧米社会主義者は根本思想の自己矛盾なり。 国内の無産階級が組織的結合をなして・・・・流血に訴えて不正義なる現状 を打破することが彼らに主張せらるるならば国際的無産者たる日本が戦争開 始に訴えて国際的確定線の不正義をただすことまた無条件に是認せらるべし。」 (73ページ) これでは世界の孤児になってもやむを得ないように思える。 本書では終わりに、太平洋戦争の国際的な影響について触れているが、ここでも 著者は、なかなか含蓄に富んだ表現をしている。 事件そのものに非常に近い位置にある我々だが、当時と現在との間のどの時点 に視座をおくかによって評価はことなるだろう。(注:最近、ある中国の歴史家 がフランス革命の影響に付いて問われ、まだ述べるには早すぎると答えたという ことである。)・・・・・ 中国を広大な範囲にわたって死と破壊の淵に追い込んだ戦争は、同時に国家の 統一と再生をもたらすことになった。続いて起こった共産主義者たちの運命の進 展は、モスクワと国民政府の間の敵意をはるかにしのぐような中ソ間の対立を生 み出した。・・・日本は敗北したとはいえ、アジアにおける西欧帝国の終焉を早 めた。帝国主義の衰退が容赦なく早められていったことは、当時は苦痛に満ちた 衝撃的なものだったが、結局はヨーロッパ各国にとって利益だと考えられるよう になった。日本自身は一時あのように落ちぶれたが、高価で無駄な軍事力増強の 道を避け、かって剣によって確保することのできたものよりもはるかに大きく、 かつ永続的な富と力を得ることができた。(378ページ) いずれにしても、従来の常識を破る面白い議論が、英国のエスタブリッシュメン トによって書かれたと言うことがきわめて意義が深いと思う。 (WDJ17088) 東磁数
1989 年 5 月 フリーボード 共産主義 問題点とその将来 東磁数 ひさしぶりで戻ってきました。共産主義(または党)の議論が活発ですね。 それでまた私なりのユニーク(?)なMSGをお送りします。 「民主集中制」の議論など、私には難しすぎて理解できない議論があふれています。しかし、共産主義の問題 は次のような視点からも考えるべきでしょう。 大ざっぱに云えば、経済競争の場においてマルキシズムは社会主義の良いところだけ取り込んだ資本主義との 競争に完全に敗北してしまい、ソ連も中国も資本主義の良いところを取り入れて、経済的にある程度、資本主義 と対抗できるシステムを構築しないことには、民衆の不満を抑えきれず、内部的に崩壊の危機に瀕していると云 っても過言ではないと思います。 この場合、中途半端に資本主義のある部分だけを取り込んで、マルクス主義の経済学を活性化できるかという 問題に関しては、西欧の経済学者のほとんどは否定的な見解を持っているようです。 私にはうまく云えませんが、直感的に共産主義的物の考え方には「人間」に対する見方に何か根本的な錯覚が あるのではないかという気がして成りません。 ソ連、中国の共産党幹部も古い人間のままでは、共産主義は成立しないことに気づき、人間の改造に望みをか けたのではないかと思います(スターリンの粛正、毛沢東の文化大革命)。しかし人間はそう簡単に改造出来るも のではなく、大失敗に終わったことは周知の通りです。 これは何故なのか?ここから私の偏見と妄想が始まります。 マルキジズムの成立が、フロイトやユング等によって始められた深層心理学の成立よりも古く、この考え方を 充分取り入れていないことによるのではないかと想像しています。聞くところに依るとマルキストは(一神教の 流れをくむから当然)嫉妬深く、自分以外の強力な学問体系である深層心理学をなかなか認めようとしなかった ようです(いまでも認めていないのかどうかは知りません)。 深層心理学(どちらかと言えばユング的、ただユングは難解であり、以下の表現の厳密性にあまり自信はない) 的に考えると、意識はそれよりはるかに大きな無意識の上に浮かんでおり、この無意識の層は太古の人間(また はそれ以前)からの祖先の経験の集積されたものとも云えるようです。 深層心理学にも多くの派があり、この考えには批判も多々あるようですが、ここでは、この考えの厳密性を論 じようとしているのではなく、人間と云うものが、きわめて複雑、厄介なものであるということを指摘したいた めに紹介してみたわけです。 そして、このように複雑な人間と共産主義の整合性については、疑念があり、近年益々それが深まっていると 思うのです。 それでは共産主義に将来はないのか?共産主義には甘い香りがあることは確かです。しかし、その実現は第三 世界のような遅れたところにはなく、資本主義の究極(マルクス自身も違う意味ではあるがそのように予測して いた)で、スーパー・スーパー・コンピュータの支配する世界に出現するのではないでしょうか? そこでは、個人レベルの詳細なデータがリアルタイムでコンピュータに入力され、各個人の行動も相当な確度 で予測することが出来、その情報が生産工場、金融機関などとも連結していて、自由経済における「見えざる神 の手」の役割をスーパー・スーパー・コンピュータが行うのです。 これで各個人が幸福に感じるかどうかは問題です。フリーボードでわいわいがやがややっている諸君では多分 感じないと思いますが、若い諸君の生きている内にこのように成るかも知れませんよ。 (WDJ17088) 東磁数
フリーボード ★タイトル (WDJ17088) 89/ 6/12 0: 9 ( 30) 中国で起こっていること 東磁数 ★内容 中国でいま起こっていることは、日本人の頭には不合理の最たるものとしか、見えないでしょうが、事柄に はすべて理由があるわけです。 それで私なりに今回の中国の大混乱で起こった現象を理解しようとすると、共産党の一党独裁の外に、中国 文明固有の何物かを考える必要があるように思われます。 即ち、マクロには一党独裁の考えで説明できるが、あそこまで残虐にやるということは、中国文明固有のも のがあるらしいと思うのです。 前にもアップしたことがありますが(#5228 「共産主義 問題点とそ 将来」 5月4日 )、共産主義者は人の心の複雑さについての理解に関し 何か基本的なところで、欠落したところがあると思われます。 経済の解放が、政治の民主化と切り離して行なうことが出来るという(ここ に問題点があることは、かなり前から専門家によって指摘されていた事です)、 人の心も政治によって自由にコントロールできるという何か人間と言うもの を「甘く」見ている点がそれです。 今回の中国共産党の処置に対して、東ドイツの共産党は支持をしている事実も忘れてはならないでしょう。 以上がマクロの理解であります。 残虐さに関して言えば、また中国共産党はカンボチャのポルポト一派を積極的に支援したという事実を見逃 してはならないと思います。 今回の事と考え合わせると、何か中国文明の本質的欠陥が現われているように思われるのですが、中国に関し ては勉強不足でこれ以上つっこむ事が出来ません。このことに関して、どなたかのご高説を賜れば幸いです。 東磁数 #6896/6896 フリーボード ★タイトル (WDJ17088) 89/ 6/18 23:23 ( 47) コンピュータ政治学 東磁数 ★内容 中国の流血の惨事を見ながら考えました。 スターリンの大虐殺、毛沢東の文化大革命、カンボチャのポルポト派による大虐殺、東欧ポーランド、ハン ガリー、東独、チェコなどで起こったソ連の軍事介入等々、共産主義にとりつかれた人間が、人間を取り戻すま でにあとどのくらい血を流さなければならないのかと考えると、共産党支配の国々の人々の運命と、より広く考 えると人間と言うものの業の深さに暗澹たる思いが致します。 それで、次のようなことを夢みて見ました。
まず、人間集団の行動心理をルール化し、コンピュータに覚えこませます。民族の特殊性も重要なファクタ ーとして忘れることは出来ないでしょう。そしてこれらと経済的行動、政治的行動の間をつなぐソフトの開発を 行ないます。 次に、例えば共産主義の考え方をコンピュータに覚え込ませます。 そしてその条件で、シミュレーションを行なうことにより、上記の事件をうまく説明出来るかテストを行な います。 そしてうまく説明できる(多分そのためにはいくつかのパラメータをいじってフィッティングを行なう必要 が在ろうかと思う)様になったならば、考え方のどの部分を修正し、どのような政策をとったならば、流血を繰 り返さずに経済的にも安定した社会を構築することが出来るかと言う問題に対する有力なサゼッションが得られ るのではないかと思うのです。 何故なら、私の考えでは、今のソ連の改革も、ポーランドやハンガリーの改革もうまく行くかどうかについ ては、哲学、政策、心理学、経済学の間の整合性に大きな疑問があると思うからです。 以上の私の夢想が簡単に出来るとは思いませんが、どこかでこの様なことが実現できるための必要条件(ハ ードの規模とか、必要なデータベースとか)に付いて研究が行なわれることは人類にとって極めて有用であると 思います。 もし現在のハードが能力的に不十分だとしても、コンピュータの進歩のスピードはすさまじいものがありま す。 例えば2000年にはメモリー・LSI一個の記憶容量は1ギガビットに及び、CPUの演算速度も数百倍 になると言われております。 この流れの中で考えると、注力すれば、できるような気がするのですが。 尚、最後に一言加えると、今でも議論は世の中に溢れています(このボードの中も同様)が、自然言葉で複 雑な現象を精密に記述しようとする試みは、例えに若干問題があるような気もしますが、流体力学の問題(気象 予報もその応用の一つ)を言葉で解こうとするのに近く、百万語が費やされてもその意味は薄いと言わざるを得 ないように思えてなりません。 東磁数 #700/700 現代ボード ★タイトル (WDJ17088) 89/ 7/ 8 18:16 ( 72) 中国文明の特色 東磁数 ★内容 前回MSGアップ(#674 6月4日 「中国で起こっていること」)後、なにか良い本はないかと本屋をぶ らつきましたが、あまりぴったりとした書物には今のところお目にかかって居りません。 かなり際物的な本例えば、はまの書房出版による「中国人のはらわた」等はありますが、本屋でたち読みをし た感じでは、なかなか面白いところもありますが、ひとつ出版元にも、著者にも信頼感が持てません。 ただ次の本は参考になると思いましたので、ご紹介させて頂きたいと思います。 吉田光邦著 「日本と中国 −技術と近代化」 三省堂 1550円
著者は御存知の方も多いと思いますが、科学技術史の大家であり、論理の筋道は極めて正確であるように思い ました。 内容の紹介(抄) 1. 「Ⅰ 科学技術と中国 −歴史のなかで」より 中国で最も古い文学の記録は、殷代の卜占の内容を記した、ふつう甲骨文と呼ば れるものである。その占いは天と称する最高の存在を対象とする。甲骨文にはいう。 「今三月 帝は多く雨を降ることを命ずるか」 また 「帝は雨に命じて実りを正 すか」 と。ここでいう帝とは最高の存在、超越者である天である。天は雨の降る ことを命じ、また地上の穀物がよく実ることを命令するという、最高の力を持つも のであった。 このように中国では前13世紀のころから、早くも天という超越者の存在に対す る強い信仰があり、支配者は天子と呼ばれて、この天の意志を代行するものと考え られた。同じく甲骨文には「王は邑をつくるに帝は諾せんか」といった文がある。 天子が邑=都市をつくるには、天の承諾が必要である。だから天子はつねに天の意 志を知る必要があった。もし天の意志に反するときは、天子はその地位を失うこと となる。即ち革命である。革は改まるの意、天命が改まるのである。 2. 「Ⅱ 日本と中国 −技術と近代化」より 中国は秦漢の古代の時期にあって、早くも華北を中心とする巨大な統一帝国を完 成していた。その帝国は、天という超越者の存在のもとに天の名を受けた皇帝によ って支配される世界である。世界はすべて天の下すなわち天下である。 この天下の中心にあるのは中国の首都であり、皇城であり、また皇帝であった。 この天子を中心として中国の世界があり、その周辺に東夷北狄南蛮西戎と称される 他民族の文化がある。それらはいずれも中国の文化とは異質である。しかしどれも が中国よりレベルの低い文化とされた。とすると異質の文化と接触しても、べつに それを学び受容する必要はない。 たしかにそれは近代以前においては一面の真実であった。秦漢帝国の構造は、法 治主義にもとづいたきわめて完備したものであり、近代的といってよいほどの官僚 社会も生まれていた。メカニックな官僚社会は、中国では国家社会の理想型であっ た。前4世紀ごろに書かれた儒学の古典「周礼」は、理想の王朝、周に仮託してそ の組織を記すものだが、そこに描かれるのは、天地と春夏秋冬の名を冠した6種の 中央官庁によって組織される、官僚国家のイメージである。 この「周礼」にしめされた国家像と、天子を中軸とした天下世界、その周囲はす べて夷狄とする世界像は、中国の大きな伝統となった。そしてあらゆる文化は、す べてこの国家像と世界像の中に座標を発見せねばならなかった。それ以外のものは 存立を許されず、排除さるべきものである。異質の文化も同じである。しかもそれ は四夷の文化にすぎない。 また人材登用の制度として科挙を重視したことは、きわめて先駆的なことであっ た。しかしそこで重視されたのはどこまでも文であり、武ではなかった。文武両道 として両者を並立させるのは日本の特色であり、中国では文が武よりもはるかに上 位であった。 したがって1840年代のアヘン戦争によって打撃を受けたときも、中国の国家 像、世界像は変化していない。それは夷のごく一部の技がすぐれていたことによる にすぎない。それは堅固な船、鋭利な火砲である。いわゆる堅船利砲。そのために は夷を用いて船や砲を製造させればよい。ここに福州船政廠や江南製造局が設立さ れ、洋式の造船や洋式兵器の生産が開始された。いずれも外国人技師の指導による ものである。
私の読了感想 1. ここで天をマルクス・レーニン・スターリンと読み代えれば現代に通ずるか。 2. 思想と経済(上記の堅船利砲)の密接なリンクを否定する考えは中国では伝統 的なものである。 3. 以上に紹介したのは内容の極一部であり、外にも面白い話が沢山書かれていま す。興味ある諸子の一読をお勧めします。 東磁数 #7755/7755 フリーボード ★タイトル (WDJ17088) 89/ 7/17 21: 5 ( 31) 日本に於ける共産党の戦略的役割り 東磁数 ★内容 世界の状況からみて、共産主義が思想として破産したことが、益々クリァになってきた。 日本共産党が、自分だけが真の共産主義を理解していると主張し、他はその名に値しないと言っても、国内で、 他野党とも仲良く出来ない人々が、民主的(究極のところ、絶対的価値の否定を前提とした多数決しかないとす る大人の考え)に行動する事など全く期待できない。 又、私もこのボードで何回か言ってきたが、共産主義の哲学に人間認識上の根本的誤りがあることも明らかだ と思われるので、このポイントから考えても、共産主義は捨て去るべき思想、又は大改造を要する思想であろう と思う。 では日本で共産主義を信奉している人々のポジティブな役割は在るのだろうか。 私はこの問題を、国家運営の戦略(ちょっと大げさ?)として、空想してみた。 彼らは「何でも反対」不平不満居士のようだが、生活は極めて清潔にやっているように見える。もっとも権力 やお金と関係が無いのだから当然と言えば当然だが。 私は、日本のように単一民族で、集団主義的、非論理的思考の強い集団は放って置くと、すぐ腐敗しやすい体 質を持っていると思っている。 このような集団の中に、共産主義(実は何でも良いのだが、現在最も強烈なのが、共産主義である。日蓮宗で は駄目なことはみなさんご承知の通り)を一心に信じ、何か世の中に不正な事が無いかと日夜捜している人々の 存在は、腐敗に対する極めて有力なチェック機構を形成していると言えると思う。 この様に考えると、日本の共産主義者も日本の長期的繁栄に大いに貢献していることになるわけである。 但し、この様な人々は余り多すぎても、社会運営上困る点も多々あると思われるので、せいぜい5パーセント 以下位が良いところではないかと思う。 共産主義を信奉しているみなさん! 状況は益々厳しくなると思いますが、力を落とさずに、大衆の中の検察 官として日夜奮闘して下さい。 東磁数 1989 年 7 月 フリーボード 西部さんのこと 東磁数
最近、西部元東大教授のことがちょくちょく現れるようになりました。 それで私も前から西部さんの本は読んでいる一人として、発言させて頂きます。 私は、彼は「真の知識人は如何にあらねばならないか」という問題をきわめて真面目に考えておられる日本で 数少ない人物であると評価している一人です。 ただ、彼は前歴が全学連の元委員長(?)であったということからも類推出来るように、すぐに血が騒ぐタイ プの人物でもあるようです。 それで、立場がフリーになったことも重なって、今日の余りにレベルの低い、知性と云うものが、殆ど感じら れないような大衆運動(マスコミも含まれる)について、積極的に苦言を呈する様に成ったのだと思います。 私は、彼の指摘の大部分は的を得ていると思っております。 尚、西部さんの著書には難しいものもありますが、次の本 「六十年安保 センチメンタルジャーニー」 文芸春秋 1986 はよい読物だと思います。特に唐牛健太郎の思い出を書いた章などは私の好きな文章の一つです。 東磁数 #8728/8936 フリーボード ★タイトル (WDJ17088) 89/ 8/15 21: 5 ( 53) 西部さんのこと(2) 東磁数 ★内容 前回 西部さんのこと(#8181 7/29)をアップしたところ、神谷さんから #8182 で >RE>8181 西部さんの主著はなにがありますか 神谷 >★内容 >できれば、主要作品を教えて下さい。 >私以前ケインズの伝記を読んだとき、著者をあまり見なかったのですが >確か西部とかあったので、やはり、同氏のものでしょうか。 とのMSGがありました。 私の記憶もはっきりしませんでしたので、うろ覚えの記憶を神谷さんへメイルしました。 しかし、それだけでは気持ちがすっきりしませんので、短い夏休みの間に国会図書館(行った目的は他にもあ ったのですが)で調べてみました。 その結果の中から、主なものを以下に記します。 1)ソシオ・エコノミックス 1975年 中央公論社発行 300P 2)経済倫理学序説 1983年 中央公論社発行 189P 3)ケインズ 1983年 岩波書店発行 214P 4)大衆への反逆 1983年 文芸春秋社発行 325P
5)生まじめな戯れ 1984年 筑摩書房 246P 私の専門は全く異なるので、以上を纏めてレビューすることは出来ませんが、以上の1),2),4)を斜めに 読んだ印象は、次の通りです。 1)から2)の途中までは、「社会科学の基礎論を、経済学にではなく、より包括的な社会行為の一般理論に見 いだし、その上に経済学を構想する」立場を採り、且つレヴィ=ストロースの構造主義哲学や、ディルタイやリ クール等による解釈学的視点(これらに対して今までの経済学は包括的理論構成の努力で劣っているとしている) を重要と考えているように思えた。 2)のエピローグから3)に至って大衆論が展開されるが、ここでは、常に「大衆であることへの懐疑」の意 識を鋭く持つことの重要性が強調されている。 今回わかったことで興味を引いたことは、1)が唐牛健太郎氏に捧げられていることと、4)の書名が初めは 「大衆であることへの懐疑」であったらしいことです。より刺激的な「大衆への反逆」としたのは商売上手な文 芸春秋社でしょうか?その書名に釣られのか、発行されてすぐ図書館で読んだ記憶があります。 お粗末な印象記でした。このボードにも経済学の素養のある方もお見受けします。興味がありましたら、ご一 読後感想など聞かせていただければ幸いです。 東磁数 尚、8/14 プロフィールをバージョン・アップしました。 .. 1989 年 9 月 フリーボード 軍備の必要理由 東磁数 最近、また軍備に付いての論議が盛んですね。 それで私にも、変わった考えですが(毎度の事です)、述べさせて下さい。 非武装中立など世界の非常識は論外です。 私がここで述べようとしているのは、 共産主義諸国で内政の大失敗で軍備どころではなくなっている時、又デタントの進行しているときに何故更に軍 備の整備に力を注がなければならないかという問題に関する一つの考察です。 私の論点は、共産主義諸国の知識人の心理分析に基づくものです。 もちろん、私はこの方面の専門家ではありませんので、検討違いかも知れませんが、唯、もし私がその立場に立 たされたならば、このように考える可能性は大きいと思いますので、まあ素人のたわごとと思って読んで見て下 さい。 若いときから、共産主義の絶対的正しさを教えこまれ、人類全体の幸福も共産主義の全世界的普及によってし か達成できないと信じてきた共産主義諸国の知識人たちは今、大きな挫折を感じ、屈辱感に打ちのめされて いるのではないかと想像します。(今だに共産主義の未来を無邪気に信じているのは日本の一部の夢想者だけでは ないかと云う気がします) そして次のように考える人間がいても少しもおかしくないような気がします。 彼らの考えの流れの一例:
1. このような状態になった主原因は何であろうか。 2. 共産主義の理論に間違いのあろう筈はない。 3. ただ経済競争をやれば、非人間的に利益を追求している資本主義の連 中にはかなわないのかなあ。 4. 我々は資本主義の世界で、利益を追求しないと生きて行けないで苦し んでいる人民を解放する聖なる義務を持っているのだ。 5. しかし、特にわけが解らないのが、日本の気違いどもである。 聞くところに依ると、仕事にしか楽しみを見いだせない哀れな人間が 多いそうだ。労働者たちまでが、「TQC」とか「トヨタのカンバン方 式」とかに血道を上げていて、労働強化に喜びを感じているらしい。 これではまるで、マゾである。 6. こんな連中と経済戦争をするのは、気違いと喧嘩をするようなもので、 とても勝つことはできない。 7. こんな連中は世界の安定と平和のためには極めて有害、危険な存在で あり、排除すべきである。 8. こんな連中の排除、または我々による管理の中に取り込めば、 世界全体の生産性は若干低下するかも知れないが、資本主義世界の 労働者たちを失業の恐怖や、労働強化の苦痛から救うことが出来、 かつ共産主義社会を覆っているこの劣等感を克服できるのでないか。 9. いま、世界では日本の高生産性に対抗するために「TQC」などを 学ぶことが流行しつつあるとも聞く。これもトンでもないことで、 こんな物が広まる前に叩くべきではないだろうか。 以上のような考えが、ソ連の中に広がる可能性は零ではないように私には思えてしようが無いのです。これは ゴルバチョフが失脚(その可能性は相当高い)した後の大混乱の中で起こるのがもっとも可能性として高いよう にも思えます。 以上述べたようなパターンで共産主義知識層の中に新しい戦争への欲求が高まる可能性があるとして、そのエ ネルギーの暴発を抑止するためにもソ連に対抗できるだけの立派な軍備(ハード、ソフト及び高いモラール)が 必要となります。 そして当然の事ながら、ソ連は日米の分断を狙ってくるでしょう。 「米国よ。一緒になってあの気違い日本を叩こうではないか」という戦略に出ることも当然考えられることです。 これへの対策としても、日本は西欧自由主義陣営の重要なメンバーであり、日本が無ければ自由主義陣営の力 が大いに弱まることを欧米諸国に充分に理解してもらうことと、日米安保を堅持することが今まで以上にきわめ て重要と成るはずです。 東磁数 PS 私は現在の会社で、TQCや生産性向上の責任者もやっております。
これらは日本が築き上げた優れた経営手法であると思っておりますが、 全世界にスムーズに広げて行く ためには改良すべき点も多いように感じております。 .. #9927/83 フリーボード ★タイトル (WDJ17088) 89/ 9/11 21:30 ( 54) 戦略的原発論 東磁数 ★内容 社会党もやや現実的な路線を取りかかり、原発に対しても現有のものは認めることになりそうですね。 しかしここには何の思想も感じられません。 私は、ここに日本として持つべき戦略的原発論の一つの試みを皆様に提示したいと思います。参考になりまし たら幸いです。 消費エネルギーの主力である石油の価格は、原価にはあまりリンクせず、政治的な要因に強く依存することは、 石油ショックのことを考えれば自明の事です。 そして原子力発電のコストは、この極めて政治的な石油価格の上限を決定する最大の要因であろうと思います。 そして原子力発電が、最大の要因であるためには、 1)原子力発電エネルギーに相当する石油量の総石油生産量に対する 比率が相当大きいこと 2)原子力発電コストがリーゾナブルであること 3)石油の価格動向次第で、原子力発電の能力を何時でも増強できる 体制を保持して置くこと の条件が満足されることが重要です。 原子力発電のコストが、重油による発電に比べてコストが実は高いとか、原子力の方は実は放射能廃棄物の処 分コストがフルに織り込まれていないとかいう議論は、一応もっともに聞こえますが、それほど重要な議論では ないでしよう。 (もちろん、これらを含めた総コストが、低いほど良いことは云うまでもありませんが) 上記3)の為には、関連する業界の技術者に、少なくとも将来不安の無い程度の仕事量を与えることと、この 重要なミッションに対する誇りを持てるようにする事が極めて重要であると思います。 社会党の云う現有のものだけの運転を認めるというような考えでは全く不十分なのです。 次に原子力発電の危険性について、私の考えを述べます。 確かに、危険性はあるでしょう。そしてこの危険性をミニマムに出来るのは日本をおいて他には無いでしょう。
このことは、日本の工業製品の世界に卓越した信頼性の高さから誰でも(日本のことになるとケチを付けない と気が済まない人は別)、容易に納得出来る筈です。 信頼性の極めて高い日本製原子力発電機と日本的安全管理の手法(全員参加によるTQCやTPMの手法など) を世界に広めることが世界のエネルギー対策や、地球汚染対策の一つの大きな切札になることは考えただけでも 素晴らしいことではありませんか。 東磁数 1989 年 9 月 フリーボード RE>298,301 東磁数 298 たねりさん。花田清輝とはなつかしいですね。私も彼が大好きでした。 しかし、私の彼に対して持っているイメージはたねりさんが、引用した文章とたねりさんの解説によるような「わ かりやすさ」にあるのではなく、逆説に満ちた輝くような文体にあったと記憶しています。 もっとも、私は彼の最後の頃のものは余り読んでおりません。 論争の中で、(それが、たねりさんのいう吉本隆明だったか、平野健あたりだったかも記憶が薄れてしまいまし たが)だいぶ分が悪かったようで、読むに堪えない感じがあったように記憶しています。 301 カワセンさんによると、私などは「資本主義万万歳の方たち」の中に入っていることになるのしょうね。 しかし、私の見るところでは、私に考えが近い人々の方が、いわゆる左翼の人々よりもまともな本を(何をま ともと云うかは問題だが)読んでいるように思えます。 それで読書の勧めであるのなら、読書の秋に向けて、次の本とその一節を紹介します。なかなか刺激的で、面 白いと思います。 西部邁著「経済倫理学序説」 中央公論社 1983 その「プロローグ−−経済学への懐疑」の一節 経済学とは、それを第一義においてみると、経国済民の術と云うことである。つまり国を”おさめ”民を” すくう”ための工夫である。 <以下略> だが経国済民とは、いかにも慢心せる物言いに聞こえる。修身斉家すら いっこうにままならぬものたちが、どんな次第の逆転があって、治国平天下 をいえるのであるか。国といい民といい、経済学一人によってはどう解釈し ようもない複雑さの中に、そして不確実さの中に、生きている。このことを 無視できるのは、ブルクハルトの口真似でいえば、「すべてを単純化するあ のおそろしい人たち」である。<中略> 「人類にむけて話すと言う習慣は、最も崇高なものであり、それゆえ最も 唾棄すべきデマゴギーの形式なのであるが、それは1750年ごろに道を踏 みはずした知識人たちに依って採用された。自分自身の限界に気づかなかっ たこれらの知識人たちはその職務からして話す人・・・であるにもかかわら ず、言葉に対する畏怖とか顧慮なしにそれを使用し、ことばがきわめて微妙 な営みのための秘跡であることに思いが至らなかった」(オルテガ)のであ る。 どうです。なかなか刺激的でしょう。左翼かぶれの人もたまには口直しにこんな本も読んでみたらどうでしよ
うか。 東磁数 .. プロフィールを書き直しました が,前回とたいして変っては居 ません。 プロフィール ver.2.0 1989−8−14 本 名 : 阿部敏雄 1930年 横浜市生まれ 横浜市鶴見区在住 職 業 : 元半導体技術者。現在東*磁*(株) [新素材メーカー]で技術担当役員。 使用機種 : PC9801VX2+80287+HDD−20 MODEM : MD2400F 通信ソフト : PARTY 主な利用分野: 1)技術計算(FORTRAN,QuickBASIC 等を用いて偏微分方程式をいじる等) 2)パソコン通信 加入している通信ネットワークとニックネーム/ID No. : PCVAN 東磁数(「としかず」と読む*1) t.k.abe(*2) ID:WJD17088 日経MIX t.k.abe NIFTY−Serve ID:NAA00114 趣 味 : 読書(乱読 *3)、将棋(2段)、オペラ、 k?n?a.abe とは kenka.abe の意。 私の学生時代のニックネー ムであったらしい。 ゴルフ(ハンディ14 *4)、 バイク(2年前、四国88ヶ所を回った)、 最近はパソコン。教え魔です。 注 *1 東*磁*にいて数える(=定量的に考える)事が大好きな人 という意味。t.k.にもつながる。 *2 t.k.のkは上記の意味もありますが、私の若いときからの ニックネーム k?n?a.abe に由来します。 *3 4年ほど前から殆どをB6版カードに整理している。 *4 ドライバーの飛距離では若い人にも負けません。 280y飛ぶこともある。 .. 1990 年 1 月 フリーボード
1990 年頭所感 東磁数 新年明けましておめでとうございます。 今年が、皆様にとって良い年であるようお祈り申し上げます。 さて、年頭に当たり先ず、昨年の私とFREEとの関係を振り返ってみましょう。 昨年1月中ごろ、日経新聞上で、パソコン通信で天皇崩御に関する論争が沸騰していることを読み、初めて FREEの存在を知りました。 それ以来だいぶお世話になっております。私もRAMではないですが、十数回MSGをUPさせて頂きまし た。 しかし、10月頃から海外出張など仕事がたてこんで御無沙汰をしております。 年末の休みに入り、11∼12月のタイトルを眺めて、拾い読みをしてみましたが、かっての熱気(例えば 天皇崩御直後や天安門事件の前後等に著しかった)は感じられませんでした。 これも共産主義の終焉が明らかになってしまったため、共産シンパの諸君の元気がなくなってしまったのが 主原因のように思えます。 いずれにしても、かってここでもはやっていた(NIFTYなどにもここに輪を掛けたような論議がSI GOPを先頭にやっていた時期がありました。)日本共産党がどうのこうのというような不毛な論議がだいぶ減っ てきたことは、活気が無くなったことは若干淋しい気がしないではないですが、マクロに見れば進歩の跡が見ら れ結構なことと思っております。 それで年頭に当たって、私も一つ提案をしてみたいと思います。 FREEに再び活気をよみがえらせ、且つレベルも高めるためのものです。(ある雑誌によると、ここの議 論はさっき一寸触れたNIFTYよりレベルが低いことになっていました。諸君はどう思いますか?) 1990年代には、21世紀に向かって、ヤルタ体制崩壊後の新しい秩序の再構築へと世界が大きく変動 して行くことは必然です。 そのとき日本の取る戦略如何? これが主題です。 消費税が、良いとか悪いとかの議論は、このような視点から見るとコップの中の嵐のようなものと言うべ きでしょう。 まあ、諸君が私の誘いに乗ってくるかどうかは大いに疑問ですが、このような類のマクロな視点から今年 もときどきMSGをUPしたいと思っておりますので、今年も宜しくお願い申し上げます。 東磁数 . 1990 年 1 月 フリーボード 共産主義の崩壊に思う 東磁数 このタイトルに反発を感ずる人も多いでしょうが、私はそのように考えています。 昨年から、共産主義の人間の把握に根本的欠陥があることをここでも数回論じた【私なりにユニーク(?)な 視点、即ち深層心理学との関連で論じた(と言うより感想を述べたに近いが)】事もあり、私はこれは歴史の必然
であると思う。(こんなにすっきりと解が出たことが人間の歴史にかってあったことがあるのであろうか?) それで私なりにこの教訓を発展させて考えてみた。 共産主義諸国の人々(指導者から大衆にいたるまで)も、初めは希望に燃えて改革に励んだ筈である。 それでもうまく行かなかった。(例外が一つもないことがきわめて重要!) このことは、いくら人間が真面目に努力しても、その制度を支えている根本的哲学に致命的な欠陥が在れば短期 的にはいざ知らず、中長期的には必ずその制度は崩壊すると言う良い教訓を示していると思う。(考えてみれば当 然) そしてこの教訓にたって、現在の日本の政党のよって立つ哲学を再チェックして見ることは極めて有意義であ ると思う。 私は、日本共産党は論外として、社会党左派の人たちのよって立つ哲学や、公明党のよって立つ日蓮宗などは、 同様に根本的欠陥を内在させているとの疑念を消すことが出来ない。 東磁数 . 1990 年 1 月 フリーボード 「日本人を語る」朝日新聞 東磁数 朝日新聞紙上、中村元氏と梅原猛氏による新春対談「日本人を語る」㊤1月8日、㊦1月16日についての感 想、随想です。 本ボードでも1月8日∼9日にかけて多神教・一神教の議論がありましたが、これも上記㊤を受けての事と思 います。 「たねり」さんも私の事に一寸触れたりしていましたので、私もはやく何か書きたかったのですが、㊦を見て からと思い、今日まで待っておりました。 朝日新聞は、私の気に入らないことも多々ありますが(正月早々の中曽根さん叩きなどもその一例)、この対談 は新春にふさわしい誠に良い企画であり、内容も時宜に適したものであると思いました。 さて、この様な内容に関心の深い梅原ファン(私も20年以上前からそうです)の方に次の本を紹介します。 河合隼雄 全対話 第二巻 「ユング心理学と東洋思想」 第三文明社 1989年 発行 (全5巻で第一巻 「ユング心理学と日本人」もなかなか面白い) この中に、河合隼雄氏と梅原猛氏の対談が、「日本人にとって空海とは」、「日本人は仏をどう受けとめたか」と 言う題目で75頁にわたって掲載されています。(実は私は河合ファン、ユング・ファンでもあります。) この中で、私が一番感銘を受けたことは(新春対談㊦でもこのことに触れていますが)次の事でした。 日本の古くからある土着の宗教を信じていた人々が仏教に触れ、ついには「山川草木悉皆成仏(さんせんそう もくしつかいじょうぶつ)」という域にまで達したと言うことです。この「山川・・・」の考えは中国にも多少あ るのだそうですが、ここまで徹底したのは日本のみなのだそうです。 これはやはり、日本の穏やかな風土の中で、そこに育った日本人と大乗密教の出会いの中から生まれ、育ち、 確立されていったものだと思います。
そして、私の心の奥底にもこの「山川・・・」が微かにではありますが、あることを感ずることが出来、そのこ とを素晴らしいとも思うことが出来るのです。 これはある面から言えば、多神教の極致とも言えるのではないでしょうか? そして、これこそこれからのイデオロギー終焉の時代に世界の人々に平和と幸福をもたらす根本思想として、 日本人が誇りにすることが出来る物ではないでしょうか? 尚、この「山川・・・」思想の確立は、日本人が、海外の大規模な思想や、文明に触れた場合、常にそれを日 本流に噌嚼し、より繊細な思想や技術、文明に鍛え直して来たいくつかの例の中の一つの典型であると言えまし ょう。 そしてこれは、世界に対する日本文化の寄与と言う観点からして、近代工業で世界に打ち勝ったこと以上の意 味を将来持つことになるかも知れないとの予感に近いものをふと感じるこのごろです。 東磁数 . #5171/5171 フリーボード ★タイトル (WDJ17088) 90/ 2/10 13:34 ( 96) 「極東裁判史観」を斬る 東磁数 ★内容 世の中の議論を見ていると、いまだに極東裁判史観に捉えられている人々が多いようです。 昨年、私はこの様な考えの誤りを指摘した書物を二冊ほど本ボードで紹介しました。次の二冊です。 1)信夫清三郎『「太平洋戦争」と「もう一つの太平洋戦争」』 勁草書房 1989 2)クリストファー・ソーン 市川洋一訳『太平洋戦争とは何だったのか』 草思社 1989 最近、この議論を更に徹底させた素晴らしい書物が出版されました。 もう読まれた方もあると思いますが、昨年来の私の主張の流れの中でこれも紹介させて頂きます。 入江隆則『敗者の戦後』ナポレオン・ヒトラー・昭和天皇 <中公叢書> 中央公論社 425ページ 1989/12月 入江氏はこの中で、サブタイトルにもあるナポレオン戦争後のフランス、第一次大戦後のドイツ、第二次大戦 後の日本を比較検討する。そしてその中で、戦後日本の特殊性を浮き彫りにし、ヤルタ体制で日本(国民)に掛 けられた呪縛の本質を解明し、それを断ち切る論理を展開している。 私は内容の大部分に同感であり、紹介したい内容も沢山あるが、ここでは氏の考えの中核を成すと思われる部 分、即ち、第五章 「第三の戦後=思想改造」の内 <洗脳という名の征服> の殆ど全文を紹介することとし たい。 (第三とは、第一がナポレオン戦争、第二が第一次大戦、第三が第二次大戦と言う意味) −−−−−−−−−−−−−−−−− 第一次大戦の敗戦国ドイツはローマに敗れたカルタゴのように皆殺しにはさ れなかったが、重い賠償を取られた上に軍備も制限されて二度と周辺国の脅威 にならないような物的=外的な制約処置が取られた。しかしドイツは見事にそ の裏をかいて20年たらずのうちに再び強大な軍事大国として台頭した。 その失敗を繰り返さないために第二次大戦の戦後では、勝者と敗者の関係を 永続させるためのもっと有効な手段が考え出されねば成らなかった。それが物