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発行市場における引受証券会社の責任

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発行開示における引受証券会社の責任

平成18 年度 修了 筑波大学大学院ビジネス科学研究科 企業法学専攻 学籍番号 200540169 戸本 幸亮

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目次 第1 章 問題の所在 第1節 近時の企業開示における問題 1. 近時の不実開示事件 2. 金融庁、日本証券業協会及び証券取引等監視委員会の対応 第2節 引受証券会社の証券取引法上の責任に係る問題点 1. 証券取引法 21 条 2. 証券取引法 21 条の変遷 3. 引受証券会社に不実開示に係る民事責任を課す理由 4. 注意義務の程度が不明確であることによる問題 捕論 課徴金制度と民事責任との関係 第3節 検討の方法と検討課題 第2章 米国における民事責任規定と裁判例、SEC Rule の概観 第1節 1933 年証券法 11 条 第2節 裁判例 BarChris 判決 第3節 SEC 規則 1.Rule 176

2.Aircraft Carrier Release

第3章 論点の検討 第1節 有価証券届出書に記載された監査証明が付された財務情報以外の記載事項につ いて必要とされる注意義務の基準 第2節 有価証券届出書に記載された監査証明が付された財務情報について必要とされ る注意義務の基準 第3節 有価証券届出書に記載された、監査証明が付されていないもののコンフォート・ レターによりカバーされている財務情報について必要とされる注意義務の基準 第4節 主幹事引受証券会社とその他の引受証券の責任の相違

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第5節 その他の論点 1.デュー・ディリジェンスにおける証券アナリストの利用とチャイニーズ・ウォ ー ルとの関係 2.発行登録制度を利用した募集における時間的制約下での必要とされる注意義務 補論 ゲートキーパーが機能しない局面についての Coffee 教授の分析 総括

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第1章 問題の所在 第1節 近時の企業開示における問題 1. 近時の不実開示事件 近年、粉飾決算に代表される、企業の不実開示事件が多く発覚し問題となっている。会 社規模や知名度が大きく新聞紙上等で特に大きく取り上げられた事件では西武鉄道不実開 示事件1、カネボウ粉飾決算事件2、日興コーディアルグループ粉飾決算事件3等があるが、 東京証券取引所マザーズ市場、大阪証券取引所ヘラクレス市場、名古屋証券取引所セントレ ックス市場等の所謂、新興市場においても株式上場直後に不実開示を含む不祥事が明らか になる事例も相次いでいる4。企業の不実開示は典型的には当該企業の株主に代表される投 1 参考「東京証券取引所における当社株式の上場廃止、監査法人の起用ならびに JASDAQ 市場への上場準備についてのお知らせ」2004 年 11 月 16 日 http://www.seibu-group.co.jp/railways/kouhou/kessan/2004/041116-1.pdf 参考「訴訟の提起に関するお知らせ」2005 年 10 月 17 日 http://www.seibu-group.co.jp/railways/kouhou/kessan/051017.pdf 2 参考「経営浄化委員会の調査結果について」2004 年 10 月 28 日 http://www.kanebo.co.jp/kanebo_kabu/release/pdf/041028_1.pdf 3 参考:証券取引等監視委員会「株式会社日興コーディアルグループに係る発行登録追補書 類の虚偽記載に係る課徴金納付命令の勧告について」2006 年 12 月 18 日 http://www.fsa.go.jp/sesc/news/c_2006/2006/20061218.htm 4 新規公開に関連して新聞報道等で指摘された問題として参考 金融庁「証券会社の市場仲介機能等に関する懇談会 第二回会合資料」別紙3 http://www.fsa.go.jp/singi/mdth_kon/siryou/20060327/03-3.pdf ○ A 社 ・ a 証券が「内部管理体制に不備があるので上場を延期しましょう」と提案したが、A 社は数ヶ月後に他の証券取引所への上場に向けて新たな主幹事を募集したところ、5 社が手を上げたとの報道。現在、上場申請のための作業中。 ○ B 社 ・ B社は、平成15 年 3 月に上場したが、経営陣の内紛などで社長が 5 度も交代した。 その後平成17 年 6 月に破産により上場廃止(破産手続きの開始決定)。 ○ C 社 ・ 中古マンション販売を手がけるC社は、社長が道路交通法違反で執行猶予処分を受け たことにより、業務を行う上で必要な宅地建物取引業免許の取消し事由に該当したた め、主力業務が行えない状況となっていたが、引受け審査を行ったc 証券はその事実 を確認できず。 ○ D 社 ・ D社は、上場後僅か3 ヶ月で予想経常損益の赤字転落を発表。株価は最盛期の半値近 くで低迷しているとの報道。 ○ F社 ・ 上場初日に初値がつかず、公募価格を大きく割り込む売気配で終了。 ・ f 証券会社が初の主幹事を務めたが、当社の上場について証券アナリストの間では、

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資者に損害を及ぼすものであるため、金融庁や取引所が中心となり、企業による不実開示 を防ぐべく、関係法令や、日本証券業協会規則、証券取引所規則等の改正が進められてい るところである。 上述の状況下で、特に新興市場における不実開示問題の一つの要因として、近時、引受 証券会社の引受審査機能5に問題が生じているのではないかという指摘がなされている6。従 公募価格が会社の実勢や発行株数、役職員に対して交付されているストックオプショ ンを考慮すると、公募価格が高すぎるし、上場できる段階にはないとの懐疑的な見方 が支配的であったとの報道。 ○ G 社 ・ 上場直後に100%子会社の投資会社を設立する旨を発表したが、上場申請に際して東 証や引受証券会社に提出した資料及び投資家向けの法定開示書類である有価証券届 出書には投資会社を作る計画について明記されず。 ・ 主幹事証券会社であったg 証券は「上場直後なのに、未経験で利益が上がるかどうか はっきりしない投資事業に、投資家から集めた資金を使うのは問題で、事前に知って いれば主幹事を断っていた」として抗議したが、受け入れられなかったとの報道。 ○ H 社 ・ 上場のための公募・売出しの募集期間の最終日に、決算の内容が固まったとして、訂 正届出書及び訂正目論見書を提出。 5 証券取引法上、有価証券の引受けとは次のように定義されている。 ①当該有価証券を取得させることを目的として、当該有価証券の全部または一部を発行 者または所有者(証券会社および登録金融機関を除く)から取得すること または、②当該有価証券の全部または一部につき、他にこれを取得する者がいない場合 に、その残部を発行者または所有者から取得することを内容とする契約をすること (証券取引法 29 条 3 項)。 また引受人とは次のように定義されている。 有価証券の募集もしくは売出しまたは私募に際し、①当該有価証券を取得させることを 目的として、当該有価証券の全部または一部を取得すること、または②当該有価証券の 全部または一部につき、他にこれを取得する者がいない場合、その残部を取得すること を内容とする契約をすることのいずれかを行う者 (証券取引法 2 条 6 項)。 本稿においては“引受審査”と“デュー・ディリジェンス(due diligence)”をほぼ同義 に用いる。 「引受審査」とはいかなるものかについては日本証券業協会が定めた「有価証券の引受 審査に関する事務処理指針」(平成4年8月13 日)においては4条にて以下のように定 められている。 『引受審査とは、協会員(証券会社等のこと:筆者注)が有価証券の引受けを行うに際 して、当該引受けの適否を判断するために行う審査をいうものとし、具体的には次に掲 げるものをいう。 ① 開示審査…有価証券の引受けに際し、引受けの対象となる有価証券の発行者が証券取 引法の規定にしたがい、有価証券届出書、発行登録書等において、資金使途、企業の 内容等を適切に投資者に開示しているか否かの審査をいう。 ② 企業内容審査…有価証券の引受けに際し、引受けの対象となる有価証券の発行者の財 務内容、資金使途、業績見通し等を調査、検討のうえ、総合的に判断して引受けを行 うに当たって支障となるものはないか否かの審査をいう。」

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来、有価証券の引受業務は大手証券会社、準大手証券会社に寡占されていたところ、ベン チャー企業育成とベンチャー企業のための新興市場育成の観点から、多くの証券会社が引 受業務に参入することが政策的な課題とされ7、幾つかの新興証券会社が新規株式公開(IPO) の引受主幹事業務に参入している。ところがこれらの新規参入した引受証券会社が新規株 式公開に際しての引受主幹事を務めた新規公開企業の中で、上場直後に不実開示を含む不 祥事が起こる事例が相次いだため、新規株式公開に際して審査を行う引受証券会社の責任 が関心を集め始めた。 2. 金融庁、日本証券業協会及び証券取引等監視委員会の対応 金融庁は平成 18 年 3 月から『証券会社の市場仲介機能等に関する懇談会』を開催し、発 行会社に対する証券会社のチェック機能の発揮に関する様々な論点について検討を行った。 同年 6 月 30 日に発表された論点整理の中では、近年の発行市場に見られる問題として、① 新興企業向け市場等に上場して間もない企業の一部に財務内容や経営状況等に問題がある 事例が生じている、②元引受け業務を行う証券会社が増加する中で、証券会社の引受審査 能力に格差が生じている、③条件設定次第では、希薄化により既存株主の利益を損なう可 能性のあるエクイティ関連の私募(MSCB等)が増加している、と指摘し、証券会社におけ る有価証券の引受け等の審査を強化すべきとの観点から、審査項目・内容の見直し、審査 6 日本経済新聞 2006 年 9 月 2 日「試練の新興株市場 問われる審査の質」14 面 金融財政事情2006 年 6 月 26 日「甘い引受審査はなくなるのか?業界統一ルールづくり の行方」6-7 頁 日経金融新聞 2004 年 10 月 22 日「引受中小証券に課題」1 面 7 経済産業省「ベンチャー企業のディスクロージャー機能のあり方に関する研究会報告書」 (2001)16 頁 『上場審査プロセスでの実質的審査の主体としての証券会社の役割は極めて重いものと なり、一方で、証券市場活性化のための資金仲介機能の向上も求められることから、引 受・審査機能がより一層多様化・高度化していくことが望ましい。ベンチャー企業の証 券に対する引受機能が多様化・高度化されるためには、引受責任の分散化を図ることが 効果的である。このためには、企業による自主的情報開示の実施、(その結果として)自 己責任原則の徹底による投資家のリスクシェアリングや、さらには会計士・弁護士のサ ポート機能によるリスク軽減が進展する必要がある。このような環境変化のもとで、特 色ある引受審査・引受機能が企業ブランドとして証券会社毎に構築され、横並び的審査・ 引受から脱却していくことが望まれる。現状でもこうした動きは既に生じている面もあ るが、ベンチャー企業の資金調達が多様化し効率化する観点では極めて重要である。し たがって、このような動きが、企業や投資家による引受業者の選別を通じてレピュテー ション(評判)の競争により加速化していくことが望まれる。』

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体制の強化等に向けた諸施策について、日本証券業協会に検討を要請している8 それを受けて日本証券業協会では平成 18 年 4 月 17 日に「会員における引受審査のあり 方等に関するワーキング・グループ」を設置し、さらにその下部機関として「新規公開に おける引受審査のあり方に関する分科会(IPO分科会)」、「上場会社の公募増資等における 引受審査のあり方に関する分科会(PO分科会)」、「MSCBの取扱いに関する分科会(MSCB分科 会)」の3つの分科会を設置し、検討を始め、「有価証券の引受け等に関する規則(公正慣習 規則第 14 号)」や「有価証券の引受審査手続きに関する事務処理指針」の見直しを進め、 平成 19 年2月 22 日、「会員における引受審査のあり方・MSCBの取扱いのあり方等について -会員における引受審査のあり方等に関するワーキング・グループ最終報告-」を発表し た。10 10 ついて-会 最終報告―」 8 金融庁「証券会社の市場仲介機能に関する懇談会 論点整理」(2006) http://www.fsa.go.jp/singi/mdth_kon/20060630.html 9 日本証券業協会「会員における引受審査のあり方・MSCB の取扱いのあり方等に 員における引受審査のあり方等に関するワーキング・グループ Hhttp://www.jsda.or.jp/html/houkokusyo/pdf/hikiuke4.pdf ところで、新聞記事、金融庁、日本証券業協会の論調は、上場直後の企業不祥事の理 由は新規参入の引受証券会社の引受審査の質が低いことにあるとの論調であるが、これ は 場直後の会社の不祥事は大手証券会社が 引受証券会社の引受審査に問題がある でもベンチャー企業についてのデュー・ディリジェンスの難しさは指摘されてい る

orate Finance & The Securities Laws, Third Edition,

な売上や利益がなく、伝統的なデュー・ディリジェンスのプ 困難にしていた。” う企業のIPO にお 要因の一つであるものの、他にも大きな要因はあると考えられる。 他の要因がある理由としてのまず第一に、上 引受主幹事を務めた事例でも起こっている。 第二に、企業としての成熟度が低いベンチャー企業に対して早い段階から資本市場か らの資金を供給しようというのは経済産業省等が主導した政策であるが、ベンチャー企 業の事業計画の達成可能性の判断が困難であったり、しばしば内部管理体制に欠陥があ ったりすることは従前から指摘されていたことであり、その点につき充分に検討するこ となく政策を実施し、問題が顕在化するに至って と安易に指摘しているだけのように思われる。 米国 。

Charles J.Johnson, Corp 306-307, ASPEN (2004)

“1998 年から 2000 年までのインターネット・バブルの間に、新規発行への投資家の要 求とハイテク分野やインターネット分野のIPO(high-tech or Internet IPO)に係る投資銀 行間の激しい競争によって、デュー・ディリジェンスは幾らか締め出されていた。次いで、 しばしば、そのような発行者は事業の歴史が短いもしくはほとんどなくビジネスプラン の実態はテストされず、有意 ロセスを at 321 “SEC は新しいハイリスクのベンチャー企業について要求されるデュー・ディリジェン スの水準は特に高いと引受人に警告していた。“SEC は一貫性がありかつ徹底的な引受人 の調査は、発展段階やハイテクノロジーのプロダクツやプロセスを扱

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また、平成 19 年2月 16 日に証券取引等監視委員会は、証券会社について行った結果、「① 主幹事会社が、新規上場・公募増資を予定している発行体の業績の見通しについて適切な審 査を行っていないものと認められる事例、②主幹事会社が、上場会社による公募増資にお いて発行体の財政状態、経営成績について何ら引受審査を行っていない事例が認められた」 として「株券等の募集・売出しに際して引受けを行おうとする証券会社には、発行体の財政 状態、経営成績、業績の見通し等の厳正な審査を通じて、投資者が当該募集・売出しについ て適切な投資判断をなし得る状況を確保するとともに、投資者が不測の損害を被ることを 未然に防止する役割が期待されているところ、証券会社がこのような引受審査を適切かつ 十分に実施することが確保されるよう、適切な措置を講じる必要がある」との建議を金融 庁長官に対して行った11 いて特に重要である。”と述べた。これは1972 年のことである!” 11 証券取引等監視委員会「金融庁設置法第 21 条の規定に基づく建議について」 平成19 年2月 16 日 http://www.fsa.go.jp/sesc/news/c_2007/2007/20070216.htm この他、証券取引等監視委員会は平成19 年 3 月 23 日に、エイチ・エス証券が IPO に際 して著しく不適当な引受価額で引受けを行ったとして勧告を行っている。不実開示に係 る事案ではないが、引受業務の潜在的な利益相反が顕在化したものと考えられ、引受証 券会社の責任を考える上で示唆的な事案といえよう。 http://www.fsa.go.jp/sesc/news/c_2007/2007/20070323.htm

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第2節 引受証券会社の証券取引法上の責任に係る問題点 1.証券取引法 21 条 不実開示に係る証券取引法上の引受証券会社の責任については、有価証券の発行開示に 係る責任として証券取引法 21 条に規定されている12。証券取引法 21 条は、有価証券届出書 において重要な事項について虚偽の記載があり、または記載すべき重要な事項もしくは誤 解を生じさせないために必要な重要事実の記載が欠けている場合に、引受証券会社は有価 証券の取得者に対して有価証券届出書の虚偽記載による損害を発行会社役員等と連帯して 賠償する責任を負う旨を規定している13。ただし、有価証券届出書に虚偽記載等が含まれて いた場合の引受証券会社の責任は無過失責任ではなく過失責任とされており、公認会計士 又は監査法人(以下、「監査人」とする)の監査証明に係る財務書類(以下、「監査済み財 務情報」とする)中の虚偽記載については、それを知らなかったこと、監査済み財務情報 以外の部分の虚偽記載については、それを知らずかつ相当な注意を用いたにもかかわらず 知ることができなかったことを証明するときは上述の損害賠償責任を免れるとされている (デュー・ディリジェンスの抗弁)。

引受証券会社に要求される注意義務の相当性の基準(due diligence standard、以下「注 意義務の相当性の基準」)については法文上明らかにされていないため裁判例によって明ら 12 発行開示の不実記載に係る引受証券会社の民事責任を追及する際の根拠条文には証券取 引法21 条の他に、証券取引法 17 条(不実の目論見書等の使用者の賠償責任)、民法 709 条(不法行為)がある。しかし、証券取引法17 条が潜在的被告とする「目論見書の使用 者」には目論見書等の記載内容についてデュー・ディリジェンスを行わない、単なる証 券仲介業者も含まれること、民法709 条(不法行為)は特別法である証券取引法が特段 の規定をおいていない事項について争う場合に用いられるが、筆者の問題とする引受証 券会社に要求される「相当な注意」の内容について検討するという観点からは別個に論 じる必要は乏しいとの判断により証券取引法21 条の責任を中心に考察を進めることとす る。ただし、監査人により監査証明が付された財務情報の不実開示に係る引受証券会社 の責任を考えるにあたっては証券取引法17 条との関係が重要となるため、その限りで証 券取引法17 条についても検討する。 13 有価証券届出書の記載事項は「企業内容等の開示に関する内閣府令」に定められている が、記載すべき事項は、過去や現在の発生事実のみならず、投資家の投資判断に影響を 及ぼすような潜在的なリスクや将来情報等についても記載することが要求される。その ため法令違反等の企業不祥事についてはその発生が想定でき、また投資家にとって重要 な情報にあたると考えられるものであれば有価証券届出書に記載する義務があったとい うことができ、多くの企業不祥事について有価証券届出書等の不実開示の問題としてと らえることができる。

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かにされるべきものであろうが14、これまで公表された裁判例において引受証券会社の払う べき注意義務の相当性の基準を明らかにした裁判例はない(提訴例は散見されるが、注意 義務の相当性の基準について判決が示されるには至っていない)15。日本証券業協会は引受 業務に係る規則、指針として「有価証券の引受け等に関する規則-公正慣習規則第 14 号」 (平成 4 年5月 13 日)、「有価証券の引受審査手続きに関する事務処理指針」(平成 4 年8 月 13 日)を定めているが、デュー・ディリジェンスの対象とすべき項目や大まかな手続き を定めるのみであり、具体的な注意義務の相当性の基準を明らかにするものではない。 これまでに証券取引法違反行為に対する民事手続きを通じた責任追及がほとんど行われ ていない理由として、①そもそも不実開示などの違反行為が発見されにくいことに加え、 ②原告による損害額の立証、とりわけ不実開示と因果関係のある損害およびその額の立証 が困難であること、③日本にはクラスアクション制度16がないことが指摘されている17 しかし、こうした状況は変わりつつあると考える。まず第一に、平成 16 年証券取引法改 正により証券取引法 21 条の 2 が新設され、不実開示等により損失を被った投資家によって 立証することが困難であった損害額について、一定の要件の下で損害額及び因果関係を推 定するとした規定が設けられたためである。これにより、損害を受けた証券取引法 21 条に基 づき民事責任を追及することが容易となると考える。 第二に、同じく平成 16 年証券取引法改正により有価証券の新規発行時の開示書類の虚偽 記載についての課徴金制度が導入されたことが挙げられる。課徴金制度自体は、行政処分 であり、直接には 21 条の民事責任とは無関係であるが、課徴金賦課の手続きの中で証券取 引等監視委員会と金融庁により不実開示の事実と役員等の過失が立証され、また発行会社 14 ゲートキーパーとして引受証券会社と近い役割にある監査人が監査に際して要求される “正当な注意”とは、抽象的には、監査の専門家として当然に払うべき注意義務のこと を意味し、民法で規定されている「善良な管理者の注意」(民法644 条)に相当するもの、 もしくはそれよりやや高い程度の注意義務を指すとされている。監査人については公認 会計士協会が発する監査基準委員会報告等がその基準をある程度具体化しているといえ る。 15 三井秀範編著『課徴金制度と民事賠償責任』金融財政事情研究会(2005)31 頁 16 原告または被告たりうる利害関係者がクラス代表者として名乗り出て、自分自身のため だけでなく、あらかじめ確定される他の利害関係者のためにも、当事者として訴訟追行 をし、その結果としての判決・和解等の効果が有利不利にかかわらず全てのクラス構成 員に及ぶこととなる訴訟形態。アメリカでは、多数の消費者や投資家の権利をまとめて クラス代表者が訴訟をすることを認めるクラスアクションが発達し、制度化されている (連邦民事訴訟規則第23 条等)。 17 三井秀範編著『課徴金制度と民事賠償責任』金融財政事情研究会(2005)31 頁

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等がその事実について認否を明らかにするということが行われれば、損害を被った投資者 は不実開示の事実と役員等の過失を立証することが容易になるために、21 条に基づいて民 事責任を追及することは容易になる(課徴金制度と民事責任の関係については「補論 課 徴金制度と民事責任との関係」にて後述)。平成 15 年民事訴訟改正で導入された訴え提起 前における証拠収集制度(民事訴訟法 132 条の2等)や専門委員制度(民事訴訟法 92 条の 2等)なども立証負担の軽減に資する可能性がある18 第三に、クラスアクション制度の導入はなされなくとも、我が国も訴訟という手段が以 前と比して盛んに用いられるようになってきているということがいえる。例えば、消費者 契約法の施行後、これまで訴訟が提起されていなかった事案(例えば、学納金返還訴訟等) についても波及的に訴訟が提起されている等の事実からは、証券取引法 21 条に基づく民事 訴訟が提起されない理由はクラスアクション制度がないという理由だけではなく、損害を 被った投資家側が損害賠償請求を起こしえる事案であるという認識を欠いていたことの方 がむしろ大きな要因であるようにも思われる。近時においてはライブドア粉飾決算事件に 係り、インターネットを介して弁護士事務所が損害を被った投資家を集めることによる訴 訟が既に提起されており19、こうした動きが広がっていけば自ずと証券取引法 21 条を利用 した訴訟事例が増えてくるのではないかと考える。 2.証券取引法21 条の変遷 我が国の証券取引法は米国の証券規制の多くを継受しており、発行会社役員、監査人、 引受証券会社の民事責任について規定した証券取引法21 条も米国証券規制を継受したもの であるが、引受証券会社の民事責任規定は証券取引法制定当初から現在まで幾度かの変遷 を遂げている。 1948 年に米国の占領下で制定された証券取引法は、当初は損害賠償責任を負う潜在的被 告について米国の 1933 年証券法 11 条(a)とほぼ同様の規定が設けられていた20。しかし 18 三井秀範編著「課徴金制度と民事賠償責任」金融財政事情研究会(2005)31 頁 19 ITJ 法律事務所が提起した集団訴訟 http://www.japanlaw.net/livedoor.html 20 米国 1933 年証券法 11 条 (a)登録届出書の効力が発生している部分について、重要事項に関し事実と異なる記載が行 われ、または登録届出書に記載しなければならない重要な事項もしくはその記載につい て誤解を避けるため必要な重要事項について記載が省略されている場合には、当該証券 を取得した者は、(その取得に際し、その者が事実と異なることまたは省略されているこ

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1953 年証券取引法改正の際に①この規定が働いた事例がない、②発行会社役員の責任追及 については商法 266 条の 3(取締役の第三者に対する責任)があることを理由として、発行会 社のみを責任主体とすることに改められた21 その後、幾つかの粉飾決算に伴う大型の企業倒産事件が相次いで起こったこと等を受け、 1971 年証券取引法改正の際に取締役、監査役、監査法人と同じく引受証券会社の不実開示に 係る民事責任についても法21 条に再度規定が設けられた22。尚、1971 年の証券取引法改正 を受けて、翌1972 年には野村證券を初めとする証券大手4社は引受部から独立した引受審 査部を設置するなどの対応をとっている23 3. 引受証券会社に不実開示に係る民事責任を課す理由 引受証券会社を含め、発行会社の役員および監査人に不実開示に係る民事責任を課す理 とを知っていたことが明らかにされない限り)普通法または衡平法により、適法な管轄権 を有する裁判書において次の各号に掲げる者に対し訴訟を提起することができる。 (1) 登録届出書に署名したすべての者。 (2) 登録届出書の責任を問われている部分が提出されたときにおいて、発行者の取締役(も しくは類似の職務を行なう者)またはパートナーであった全ての者。 (3) 登録届出書に取締役、これと類似の職務を行う者もしくはパートナーとしてまたはこれ らの地位に就くことを予定されている者として、本人の同意を得て、その氏名を記載さ れたすべての者。 (4) すべての会計士、技術士、鑑定人その他職務上自己の記載に対して権威を与えることが できる者であって、その者によって作成または証明されたとされている登録届出書中の 記載、報告書または評価書に関し、当該登録届出書の部分を作成もしくは証明した者と して、または当該登録届出書に関連して用いられる報告書若しくは評価書を作成もしく は証明した者として、その氏名が本人の同意を得て記載されている者。 (5) 当該証券に関するすべての引受人 当該証券の取得者が、登録届出書の効力発生日以後に始まる最低 12 ヶ月間の損益計算書 が発行者によりその証券の所有者の全般に利用できるようにされたのちに、当該証券を 取得した場合には、本項にもとづく損害回復権を行使するためにはその者が登録届出書 中の事実と異なる記載を信頼しまたは登録届出書を信頼してその省略が行なわれてい ることを知らずに当該証券を取得したという立証が行なわれなければならない。ただし、 前段の信頼は、登録届出書を閲覧したことについての証拠がなくても確立されることが できる。:『外国証券関係法令集 アメリカⅠ(改訂版)』日本証券経済研究所(1990) 21 神崎克郎「有価証券届出書の虚偽記載による民事責任」商事法務研究 543 号(1970) 13 頁 22 奥村光夫「企業内容開示制度の改正について」商事法務研究 555 号(1971)17 頁 改正当時の議論について 座談会「証券取引法の改正について〔4〕」インベストメント 24 巻 5 号(1971)49 頁 23 金子雄美「引受審査とコンフォート・レター証券会社の立場から―」商事法務 717 号 (1975)750 頁

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由としては、民事責任の損害填補機能と違法行為抑止機能を期待してのことであるといわ れている。証券取引法のような経済法においては特に違法行為抑止機能が重要であると言 われている24。違法行為抑止機能としては不実開示に係る刑事責任規定も設けられているが、 刑事責任を民事責任と比較しての相違点は、①刑事罰は、既に犯罪に手を染めてしまった 者にとって、そこから引き返すインセンティブを与えることができない ②刑事責任の効 果を高めるために罰則を引き上げると、犯罪者を犯罪から引き戻せる時点が早く到来して しまい、却って犯罪者を追い込む結果となってしまう ③刑事制裁は原則として故意犯の みを対象としているため善意の者は処罰の対象とならないが、民事責任は過失責任が原則 であり、過失がなければ責任を負わないので、民事責任を課すことにより、行為者に注意 を払わせ、違法行為を抑止することができる、といったことが指摘されている25 次に、引受証券会社の責任が規定された理由として、①引受証券会社は有価証券の募集・ 売出しにおいて、中心的地位を占め、有価証券を発行者または売出人から直接に買付、これ らの者に手取金を直接に手渡す立場に立っており、有価証券の引受から高い割合の手数料 利益を得るとともに引受危険を最小限にするために発行者の営業・財産状態を調査する動 機を有し、またその能力をもっていること、②募集・売出し有価証券取得の決定にあたり投 資者は引受証券会社の評判に信頼するのであって、このような有価証券の募集・売出しにお いて重要な役割を果たす引受証券会社が有価証券届出書の虚偽記載について損害賠償責任 を負うことは、投資者保護のために必要とされる、ということが挙げられている26。これはゲ ートキーパーとしての証券会社の機能に法的責任を付したものといえよう(ゲートキーパー 24 黒沼悦郎「ディスクロージャーの実効性確保」金融研究 25 巻 3 号(2006)71 頁 25 黒沼悦郎「ディスクロージャーの実効性確保」金融研究 25 巻 3 号(2006)71 頁 座談会「日米証券取引法の改正の方向」商事法務研究 542 号(1970)12-14 頁[矢沢・ 竹内発言] 26 神崎克郎「有価証券届出書の虚偽記載による民事責任」商事法務 543 号(1970)14 頁 また、同旨を述べる米国判例として

Chris-Craft Industries,Inc.v.Piper Aircraft Corp.480F.2d341(1973)

「自主規制は連邦証券法の要である。私たちの自主規制システムにおいて、証券発行にお ける単特の参加者のうち引受人ほど大きな信頼を置かれている者はいない。引受人は公 表される資料の正確性を確認すると最も信頼されている。なぜならば引受人は証券発行 と発行者の評価についての専門家であり、そのようにするインセンティブを有している からである。引受人は会社の営業状況を調査するプロセスに精通しており、そうするため の広範な情報源を有している。引受人は証券発行において金銭的利害関係をしばしば有 しているので、発行者の強みと弱みを調査する特別な動機を有している。将来の投資家は -関係者全員に知られている事実および特に引受人に知られている事実に基づいて-証 券の健全性および登録届出書と目論見書の正確性を調査することを引受人に期待する。」

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責任論)。 また、サンウェーブ工業や山陽特殊鋼等の倒産・粉飾事件の際に役員の責任を追及したも のの、役員個人が自己の財産を配偶者名義にしていたり、会社に対する債権と相殺されてし まったりと執行ができなかった事実を踏まえて、資力のある証券会社や監査人にも連帯し て賠償させようという面もあったようである(損害填補機能の確保)27 また、間接金融における与信との対比において、間接金融においては最終的な資金の借 り手である企業に関する情報を収集・分析・判断して貸付を行い、貸倒れの危険も金融機 関自身が負担するから、情報の生産に誤りがあったとしても、その誤りによって生じる損 失は金融機関自身が甘受するが、これに対し直接金融においては、証券の発行や売出しの 過程を仲介する証券会社が、その業務を通じて、証券やその発行者に関する情報の生産に 寄与している一方で、開示された情報に不実記載があったとしても、それによって生ずる 損失は、証券会社が売れ残りの危険を負担することはあるにしても、そのような事態にい たることは事実上なく、基本的に有価証券を取得する投資者が危険を負担するのであるか ら、証券会社が十分かつ正確な情報の生産をしようとする誘因は、間接金融における金融 機関と比べて弱いと考えられるため、証券取引法は不実記載に関して元引受証券会社等に も損害賠償責任を課すことにより、開示される情報の信頼度を高めようとしている、とす る見解もある28 4. 注意義務の基準が不明確であることによる問題 証券取引法 21 条は以上のような機能の発揮を期待されてはいたものの、我が国では証券 取引法21 条に基づいて民事責任が追及された判決が示されていないことは上述したとおり であり、この結果として証券取引法21 条が要求する引受証券会社が払うべき注意義務の相 当性の基準が不明確であり、この点には問題がある。 過失責任の下では引受証券会社による監視機能に期待するのであれば、裁判所又は規制 当局が最適な監視行為を行わせるのに適当な注意義務の基準を明確にしなければ引受証券 会社はどの程度の注意義務を尽くせばよいのか判断できず、結果的に本来期待する効果を 27 座談会「日米証券取引法の改正の方向-ロス・セミナーを終えて」商事法務 542 号(1970)14 頁[矢沢発言] 28 近藤・吉原・黒沼「新訂版 証券取引法入門」商事法務(1999)154-155 頁

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発揮しないどころか、マイナスの効果をもたらすことになってしまうと考える。なぜなら、 既に厚い評判の資本(reputation capital)を有している会社は証券取引法 21 条の規定がなく とも評判の資本を守るためにデュー・ディリジェンスを積極的に行うインセンティブを有 しているため、証券取引法21 条等の民事責任規定は機会主義的な行動をとるインセンティ ブが強い評判の資本が乏しい引受証券会社に慎重にデュー・ディリジェンスを行わせるこ とが目的であると考えられる29。一方、そのような評判の資本が乏しい引受証券会社は証券 取引法が明確に定めていない注意義務の基準について過度にアグレッシブな解釈を行い、 要求される注意義務の基準を緩やかに理解すると思われるためである。逆に、厚い評判資 本を有する引受証券会社の方はコンプライアンスに係る強い要請から、不明確な注意義務 の基準について過度に慎重な解釈を行うためにデュー・ディリジェンスのコストを過度に 負担することで、評判の資本の乏しい会社に対して競争力を減じてしまうという、いわゆ る逆選択(adverse selection)が引受証券の業界内で起こってしまう虞があると考える。そ のような理由からも、証券取引法21 条が求める「相当な注意」の程度を明確にする必要性 は高いと考える。 補論 課徴金制度と民事責任との関係 証券取引法上の課徴金制度は、不実開示やインサイダー取引等の一部の証券取引法違反 行為の抑止を図り、規制の実効性を確保するという行政目的を達成する為、証券取引法の 一定の規定に違反した者に対して金銭的負担を課す行政上の措置である。近時、課徴金賦 課の勧告が次々に発せられている。課徴金制度は民事責任規定の利用が低調なことの理由 の1つである不実開示等の違反行為の発見困難性を部分的に緩和し、民事責任の追及も容 易にする側面を持つ点で、民事責任規定の利用を活発にする可能性を有している。課徴金 審判手続きは、手続きの透明性や適正手続きの保証の観点から、公益上の必要がある場合 を除き、公開手続きとして行われるため(証券取引法182 条)、不実開示による損失を被っ た投資者は、不実開示の事実があったことを従前と比して容易に把握することができるよ うになる。またその場合の投資者は証券取引法違反行為によって損害を被った者として利 害関係人にあたるが、利害関係人は課徴金賦課に係る審判記録の閲覧請求等を行うことが

29 Reiner H. Kraakman, Gatekeepers: The Anatomy of a Third-Party Enforcement Strategy, 2 Journal of Law, Economics, & Organization, 53

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できる(証券取引法 185 条の 13)。その結果、証券取引等監視委員会等の調査権限に基づ く調査の結果や審判手続きにおける成果が、証券取引法の民事責任訴訟において利用可能 となる。これらの手段を通じて、違反行為発見の困難性が部分的に緩和されることとなる。 また、上述の情報取得の機会が十分に利用されるためには、課徴金手続きが、相当程度の 利用頻度で現実的に用いられることが前提となる。この点、刑事処分は対象者への影響の 深刻さからきわめて悪質な事例(典型的には破綻にいたる程度の不実開示)に適用を限定 する謙抑的な運用がなされていたといわれる。他方、行政処分である課徴金制度はそのよ うな刑事処分の謙抑性を克服するために導入されたものと思われ、刑事処分が為されてい たような事案と比較すると相対的に深刻度が高くない不実開示事例においても現実的に用 いられることから、記録閲覧・謄写等の不実表示発見の機会をより意味のあるものにする 可能性を持つ。 ところで、課徴金の賦課対象には、証券取引法21 条に挙げられた潜在的被告のうち、取 締役と監査役は含まれているが、監査人と引受証券会社は含まれていない。監査人が含ま れていない理由については立法担当者による解説の中でフットワークエクスプレス事件 30[u2]などを例に挙げ、監査人等について「開示義務違反に関して刑事責任を問われている 事例もあるが、被監査会社の発行する株式の所有が禁止されていること(公認会計士法第 24 条、第 34 条の 11)、虚偽または不当の証明については内閣総理大臣の行政処分の対象(公 認会計士等が故意に虚偽のある財務書類を虚偽のないものとして証明した場合には、2年 以内の業務の停止または登録の抹消等の対象)となり(同法第 30 条)、刑事罰以外に実効 性確保の手段があること等から、課徴金の賦課対象とはされていない。」と述べられている 31。引受証券会社についても同様に業務に応じた特別の行為規制が設けられているために課 徴金賦課の対象とはならなかったと述べられているが、一方で、「証券会社は、投資家と直 接接し、その証券取引を仲介する主体であることに加えて、多様な業者の新規参入を促進 する観点から参入要件が緩和されていること、金融システム改革以後、事前チェック型か ら事後チェック型に行政手法が転換されてきていること等から、エンフォースメント手段 の多様化を図ること等により、その実効性の確保を図る必要は、他の市場仲介者と比べて 高いと考えられる。」とも付言されている32 30 平成 14 年 6 月 10 日大阪簡裁 31 三井秀範編著「課徴金制度と民事賠償責任」金融財政事情研究会(2005)49 頁 32 三井秀範編著「課徴金制度と民事賠償責任」金融財政事情研究会(2005)42 頁

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第3節 検討の方法と検討課題 証券取引法21 条を中心とする引受証券会社の注意義務の相当性の基準を検討するにあた って、上述したように我が国では引受証券会社の責任を明らかにした裁判例がなく、また 先行研究もそれに応じて多くはないのが実体である。本稿での検討は我が国での先行研究 を参照するとともに、米国での裁判例と先行研究に多くを拠ることとした。特に米国を対 象とした理由は、①我が国の証券取引法が米国の証券取引法を範として制定されたために 条文および規制の体系が似通っていて、特に引受証券会社の民事責任についても証券取引 法21 条に対応する 1933 年証券法 11 条という規定もあるために参考となり易いこと、②米 国は訴訟社会と言われるように我が国で裁判例がない引受証券会社の民事責任についても 複数の裁判例とそれに係る先行研究がなされていることによるものである。 本稿では、まず第2章で米国での引受証券会社の民事責任に係る証券法の規定、裁判例 およびSEC regulation をまとめて紹介する。次いで、第3章では、以下に示す論点に即し て、第 2 章で紹介する米国の法状況も含めて我が国および米国での先行研究、裁判例等の 整理を行い、議論がある点について検討を進める。 まず論点1.および論点2.としては、有価証券届出書に記載された監査済み財務情報 以外の記載事項(non-expertise parts of registration statement)について必要とされる注意 義務の基準および有価証券届出書に記載された監査済み財務情報(expertise parts of registration statement) について必要とされる注意義務の基準をあげることができる。証 券取引法21 条 2 項 3 号は有価証券届出書の不実記載に係る引受証券会社の責任について「記 載が虚偽であり又は欠けていることを知らず、かつ第 193 条の2第1項に記載する財務計 算に関する書類に係る部分以外の部分については、相当な注意を用いたにもかかわらず知 ることができなかったこと」としており、有価証券届出書の不実記載について監査済み財 務情報にかかる不実記載とそれ以外の記載事項の不実記載については異なる取扱いがされ ている。引受証券会社に必要とされる注意義務は両者の中で異なることが法文上明らかに しかし平成 18 年 12 月 22 日の金融審議会公認会計士制度部会報告では監査法人に対して も、非違行為に対して厳正な対処をすることが必要であり、非違行為を行った監査法人に 対する課徴金制度の導入に向けて前向きな取組みが強く求められるとの見解が示されてい る。 金融審議会公認会計士制度部会報告「公認会計士・監査法人制度の充実・強化について」(平 成18 年 12 月 22 日) 10-11 頁 http://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20061222.pdf

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されており、それぞれの場合において必要とされる注意義務の基準は如何なるものである かが論点となる。 論点3.は、有価証券届出書に記載された、監査証明が付されていないもののコンフォ ート・レター(comfort letter)によりカバーされている財務情報について必要とされる注意 義務の基準についてである。引受証券会社と発行会社が監査済みではない財務情報の正確 性等について監査人に一定の確認を得ていたにもかかわらず当該財務情報に不実記載があ った場合には、引受証券会社はどのような注意を払っていれば免責されるのかが論点とな る。 論点4.は、主幹事引受証券会社(managing underwriter)とその他の引受証券会社 (participating underwriter)の責任の相違についてである。有価証券の募集に際して、通常 は1社の引受証券会社が主幹事引受証券会社(managing underwriter)となって引受シンジ ケート団を組織して複数の引受証券会社で引受を行い、実務上はデューディリジェンスに おける役割は主幹事とそれ以外では大きく異なる。証券取引法21 条は主幹事とそれ以外の 引受証券会社を区別して規定していないが、両者の間で要求される注意義務の基準は異な るのか、また異なるとする場合はその他の証券会社に要求される注意義務の基準とは如何 なるものであるかが論点となる。 論点5.は、デュー・ディリジェンスにおける証券アナリストの利用と証券アナリスト とのチャイニーズ・ウォール(Chinese wall)の関係である。発行会社と発行会社の属する業 界についての知識、分析力を有した引受証券会社のアナリスト(sell-side analysts)をデュ ー・ディリジェンスに関与させることはデュー・ディリジェンスの質を高める上で有益で あるが、一方でアナリストが有価証券の引受等の投資銀行業務に関与することに係るマー ケットサイドとの利益相反の問題も指摘されており、この対立が論点となる。 論点6.は、発行登録制度を利用した募集における注意義務の相当性の基準である。一 定の要件を充たした場合において、発行会社は継続開示資料をもって有価証券届出書に相 当する開示を行ったとみなされる発行登録制度を利用した有価証券の募集を行うことがで きるが、その際には引受証券会社のデュー・ディリジェンスは発行の都度行われるデュー・ ディリジェンスとは異なり継続的な対応が要求される。発行登録制度を利用した有価証券 の募集における注意義務の基準とは如何なるものであるかが論点となる。 論点7.はゲートキーパー責任論の再考である。引受証券会社に不実開示に係る民事責 任を課す根拠となっている伝統的なゲートキーパー責任論に対して、引受人の責任の範囲

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をさらに限定するべきであるとする見解や、引受証券会社の責任を無過失責任(strict liability)とするべきであるとする見解等が提示され議論されている。証券取引法 21 条の解 釈にあたってはこのような議論はさほど重要ではないが、引受証券会社を含む発行の関係 者にどのようにして不実開示防止のインセンティブを与えるか、不実開示の防止に係るコ ストを誰に負担させることが合理的か等といった興味深い視点で検討がされており、解釈 論ではなく立法論として引受証券会社の民事責任を考える上で中心的な問題である。 インターネットIPOと引受証券会社の問題については、以前は盛んに議論された問題であ るが33、結果的にインターネットを介しての引受人不在での募集についてはほとんど利用さ れていない状況であり、またそこでの議論はゲートキーパーの役割についての再検討とい えるものであったので、私見としては論点7.に含めることができると考えている。 本稿においては上記の論点のうち特に論点1.~4.について特に検討し、他の論点について は確認するに留めることとする。 33 梅本剛正「インターネット IPO と引受人」甲南法学 42 巻 3・4 号(2002)125 頁 William K. Sjostrom, Jr., Going Pubic through an Internet Direct Pubic Offering: a sensible alternative for small companies? 53 Florida Law Review 529(2001)

Jpseph J. Cella Ⅲ, SEC Enforcement and the Internet: Meeting thr Challenge of the Next Millennium, 52 The Business Lawyer 815 (1997)

John C. Coffee, Jr., Brave New World?: The Impact of the Internet on Modern Securities Regulation, 52 The Business Lawyer 1195 (1997)

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第2章 米国における民事責任規定と裁判例、SEC Rule の概観 第1節 1933 年証券法 11 条 1933 年証券法は、有価証券の公募(public offering)に係る重要な情報を全て開示させ、違 反者には特別な民事責任を課し、公正な取引を促進することで、詐欺的行為から投資家を 保護することを目的としており34、我が国証券取引法の母法ともいえる法である。そして証 券法11 条は、登録届出書(我が国の“有価証券届出書“に相当する)または目論見書に重 要な事実についての不実表示が行われ、またそれを避けるために必要な重要な事実が開示 されていない場合に、引受人(underwriter:「元引受証券会社」より広く定義されている が35、本稿で扱う限りでは「元引受証券会社」と同義と考える。)を含む一定の者に民事責 任を課す旨を規定している。証券法11 条に責任を負うものとして列挙されている者(潜在 的被告)は①登録届出書に署名をした全ての者、②発行者のすべての取締役、③発行者の 取締役になる者として登録届出書に記載された者、④会計士、技術者、評価人、その他登 録届出書の一部を作成したか、これに証明を与え、あるいは登録届出書に関連して使用さ れた報告書・評価書を作成したか、これに証明を与えた者、⑤分売に関与した引受人、⑥ 証券法11 条により責任を負う者(上記①~⑤の者)に対して支配を及ぼす者、である。 証券法11 条(b) 項(3)号において、我が国証券取引法と同様にデュー・ディリジェンスの 抗弁が認められており、専門家によって作成された部分について払うべき注意義務と専門 家によって作成された部分以外の部分について払うべき注意義務について異なる定めをお いている点も36、我が国証券取引法21 条 2 項 3 号が監査人によって監査証明が付された財

34 Louis Loss & Joel Seligman, Securities Regulation §1-H-6, Third edition, (2004) 35 1933 年証券法 2 条(a)項(11)号 「引受人(underwriter)とは、証券の分売(distribution)を目的として発行者から購入する者、 証券の分売に関連して発行者のために売付申込もしくは売付を行う者、当該約束 (undertaking)に参加しあるいは直接もしくは間接に関与している者、または当該約束の 直接もしくは間接の引受(underwriting)に参加しもしくは関与する者をいう―ただし、こ の用語はその利益引受人またはディーラーから受ける手数料に限られ、かつその額が分 売業者または売付人の通常かつ慣習的な手数料を超えない者を含まない。本号に用いら れる場合、「発行者」という用語は、発行者のほか直接もしくは間接に発行者を支配しも しくは発行者によって支配されている者、または発行者とともに直接もしくは間接に共 通の支配下にある者を含むものとする。」 36 1933 年証券法 11 条(b) 項(3)号(デュー・ディリジェンスの抗弁) 「(A)登録届出書のうち、専門家の権威にもとづいて作成されたものでなく、専門家の報 告または評価の副本または抜粋でもなく、かつ公式の文書または記述の権威にもと づいて作成されたものでもない部分に関して、正当な調査をしたのち、届出書の記

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務情報については“信頼の抗弁(reasonable reliance)”が認められる等、それ以外の部分と 異なる扱いをする規定がおかれている点と相似形である。 我が国証券取引法の条文と異なり、また参考となる点は証券法11 条(c)項に「正当な調査 の内容および信じたことについての正当な根拠の内容を決定するに際しては、正当性の基 準は自己の財産を管理する際に慎重な者(prudent man)に必要とされる程度のものとする」 と規定し、デュー・ディリジェンスの抗弁を主張するにあたっての注意義務の相当性に係 る判断基準を抽象的にも提示している点である。 引受証券会社が発行開示において期待されている役割については裁判例の中で以下のよ うに述べられている。 「自主規制は連邦証券法の要である。私たちの自主規制システムにおいて、証券発行におけ る単独の参加者のうち引受人ほど大きな信頼を置かれている者はいない。引受人は公表さ れる資料の正確性を確認することにおいて最も信頼されている。なぜならば引受人は証券 発行と発行者の評価についての専門家であり、そのようにするインセンティブを有してい るからである。引受人は会社の営業状況を調査するプロセスに精通しており、そうするため の広範な情報源を有している。引受人は証券発行において金銭的利害関係をしばしば有し ているので、発行者の強みと弱みを調査する特別な動機を有している。将来の投資家は-関 載が真実であり、また当該届出書に記載しなくてはならない重要事項または誤解を 避けるため必要な重要事項の省略が存しないということを、登録届出書の当該部分 の効力が発生した時点において、信ずるに足る正当な根拠を有しており、かつその ように信じていたこと。 (B)登録届出書のうち、その者の専門家としての権威のもとに作成され、または専門家 としてのその者の報告書もしくは評価者の副本もしくは抜粋である部分に関して、 (ⅰ)正当な調査をした後、当該届出書における記載が真実であり、かつ記載しな ければならない重要事項もしくはその記載について誤解を避けるため必要な重要事 項についての省略が存しないということを、登録届出書の当該部分が効力を発生し た時点において、信ずるに足る正当な根拠をもち、かつ、そのように信じていたこ と、または、(ⅱ)登録届出書の当該部分が専門家としてのその者の記述を正確に表 示せず、もしくは専門家としてのその者の報告書もしくは評価書の公正な副本もし くは抜粋でなかったこと。 (C)登録届出書のうち、専門家(その者自身による場合を除く)の権威の下に作成され、 または専門家(その者自身による場合を除く)の報告書もしくは評価書の副本もし くは抜粋である部分について、その登録届出書中の記載が真実でなかったこと、登 録届出書に記載しなければならない重要事項もしくはその記載について誤解をさけ るため必要な重要事項が省略されていたこと、または登録届出書の当該部分が専門 家の述べているところを正当に表示していないかあるいは専門家の報告もしくは評 価の正当な副本もしくは抜粋ではないことを、当該部分の効力が発生した時点にお いて、信ずるに足る正当な根拠をもたず、かつそのように信じていなかったこと」

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係者全員に知られている事実および特に引受人に知られている事実に基づいて-証券の健 全性および登録届出書と目論見書の正確性を調査することを引受人に期待する。」37

第2節 裁判例 BarChris 判決

引受証券会社に要求される注意義務の基準について裁判所が初めて示した判決が BarChris判決であり、規範的判決(leading case)であるとされている38

Escott v. BarChris Construction Corporation., 283 F.Supp.643(S.D.N.Y.1968) (事実) 被告であるBarChris は従来から全米でボーリング場の建築事業を行っていた。米国では 自動ピン立て機が 1952 年に導入されて以来ボーリング・ブームが続き、BarChris は業績 を伸ばし、そのため運転資金を必要としていた。BarChris はボーリング場を建設するにあ たって顧客の代金を1 年以上の手形で受け取ることで顧客に信用を供与していた。しかし、 1961 年までに、ボーリングの人気は衰え、ボーリング場は過剰供給となってしまい、 BarChris の顧客は手形やその他の債務を履行できなくなってしまった結果、BarChris は 資金繰りに行き詰まり、1962 年の 10 月に倒産した。 この裁判の原告は1961 年 5 月に効力が発生した登録届出書に基づいて発行された転換社 債の社債権者である。BarChris が倒産した翌月、原告は証券法 11 条に基づいて登録届出 書に虚偽記載と重要な記載漏れがあるとして、発行会社であるBarChris、登録届出書の署 名者、引受人、会計監査人を相手に損害賠償を求める集団訴訟(class action)を提起した。 被告は、登録届出書中に重要な虚偽記載があったことを否認するとともに、もし登録届出 書に重大な虚偽記載の事実があったとしても、発行会社であるBarChris 以外の被告は、記

37 Chris-Craft Industries,Inc.v.Piper Aircraft Corp.480F.2d341(1973) at 370

38 米国においても未だに BarChris 判決が引受証券会社のデユー・ディリジェンスを論じ る上で非常に大きな存在感を有している最も重要な理由は、引受証券会社のデュー・デ ィリジェンスについて裁判例がほとんどないためであると言われている。これは証券法 11 条の被告が関連する事実を訴訟手続の中で開示することを避けるために和解を選択す る傾向にあるからである。

Report of the Task Force on Sellers’ Due Diligence and Similar Defenses Under the Federal Securities Laws, 48 Business Lawyer 1185, 1210-1212,1229-30 (1993) さらに近時において米国においての証券取引を理由とする集団訴訟はさらに減少してい るとのことである。

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載事項の正確性について合理的な調査を行った旨の抗弁を行った。 裁判所は以下の事実を認定した。 ① 監査証明が付された 1960 年度の財務諸表は工事完成基準の誤用および関係会社間の取 引の一般的取引としての処理から売上高並びに一株当たり利益が 10%過大表示されて おり、貸借対照表上の流動資産の過大表示及び偶発債務の過少表示から流動比率が、実 際には約 160%であったにもかかわらず、約 190%となるような虚偽記載が為されてい たこと ② 監査証明が付されていない 1961 年度第1四半期の財務情報では売上高を約 32%、顧客 からの受注高を 185%過大表示し、偶発債務を 43%過少表示していたこと ③ 役員からの借入金を開示していなかったこと ④ 当該転換社債発行に係る手取金は設備投資および運転資金に充当する旨の記載がなさ れていたが、実際には銀行及び役員等の借入金の返済に充当されたこと ⑤ 顧客が振り出した手形の相当額のデフォルトについて開示されていなかったこと ⑥ 顧客からの手形のデフォルトから顧客のボウリング場を引き取って運営を行っていた おり、将来はさらに多くのボーリング場の経営を行う見込みであることを開示していな かったこと。 (判旨) ①虚偽記載の重要性 本件登録届出書の虚偽記載の重要性を判定するにあたっては、当該証券が転換社債であ ることを重視し、転換社債のような投機的性質をもった有価証券への投資者は、主として 転換の有利性、株式の潜在的な成長性に関心を持つのであってこのような者には、BarChris の経営が危機的状況にあるにもかかわらず、健全に成長を続けているように投資者に誤解 させる事実のみが重要であるとし、1961 年度の財務情報の虚偽記載、役員からの金銭借入 れ、顧客のデフォルト、手取金の使途、BarChris 自身によるボーリング場の経営について の虚偽記載は重要であるが、1960 年度の財務諸表中の虚偽記載のうち、流動比率に係る虚 偽記載を除いた、売上高及び一株当たり利益の過大表示は重要性を有しないと判示した。 ②デュー・ディリジェンスの抗弁 引受人との関係で問題とされたのは、目論見書に記載されている事項のうち、受注残高 の過大表示、役員によるBarChris への貸付、手取金の使途、BarChris がボーリング場を 経営していること等についてである。

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Drexel((lead underwriter)の調査の方法は、Drexel とその顧問弁護士(counsel)が限られ た資料をレビューしただけであった。彼らは他のボーリング場建設業者の年次報告書 (annual reports)と目論見書、BarChris の過去の目論見書と年次報告書、BarChris の取締 役会議事録と経営会議議事録及び派生的な議事録を読んだ。彼らはBarChris の銀行と手形 割引業者であるJames Talcott Inc にヒアリングを行い BarChris の経営状態について肯定 的な回答を得た。また Dun & Bradstreet(企業情報提供会社)のレポートを入手した。 BarChris の経営陣と登録届出書について修正とレビューのミーティングを複数回行った。 これらのミーティングでは後に訴訟の争点になる幾つかの事項についても議論された。こ れらの事項については問題ないという会社の説明により引受証券会社とその顧問弁護士は 納得させられた。 裁判所は引受証券会社とその顧問弁護士は議事録等資料(documents)について充分なレ ビューをしていないと判断した。彼らは欠けていた議事録の準備を要求しなかったし、ミ ーティングの議事録はないが、入手可能なノートがあるものについてもそれを調べなかっ た。また顧客の債務不履行の一覧やTalcott との取引状を要求しなかった。Talcott や顧客 との契約書もレビューしなかった。これらの資料はBarChris が直面する問題について彼ら に警鐘を鳴らすであろう、重要な情報を含んでいた。 Drexel 以外の引受証券会社は目論見書の正確性について調査を行わなかった。彼らは主 幹事引受人であるDrexel に全てを任せていた。Drexel は調査を、同社のパートナーである Coleman に担当させ、また実際の作業をアソシエイトの Casperson に任せていた。Drexel の顧問弁護士としてはBallard と Stanton が作業に従事した。 McLean 判事は以下のとおり述べた。 「ある意味で引受人と会社の役員は利益相反の関係にある。会社の役員が自己の利益のた めに、引受人に引受をさせるための説明を引受証券会社に行うことはあり得ることであ る。」39 「証券法 11 条の目的は投資者保護である。そのために引受人は目論見書の真実性について 責任を負わされている。もし引受人が会社の経営者による表示をそのまま受け取ることに よってその責任を逃れることができるならば、証券法 11 条の連帯的賠償責任者に引受人を 含むことが追加的な投資者への保護にならない。制定法の目的を達成するためには、『合理 的な調査』は会社から引受人に『提示されたデータ』を目論見書に正確に報告する以上の

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努力を求めるものと解釈される必要がある。このデータが引受人による会社の役員に向け られた質問によって引き出されたものか、引受人が会社役員は正直で信頼できると信じた かどうかは違いがない。引受人の参加を投資者にとって価値をあるものとするために、引受 人は提示されたデータを正しいものか確認するための合理的な試みをしなければならない。 引受人は会社役員または会社の顧問弁護士を単純に信頼することはできない。自己の財産 を管理する慎重な者(prudent man)は彼らを信頼しないだろう。」40 「全てのケースにふさわしい、検証が行われるべき明確なルールを定めることは不可能で ある。それは程度の問題であり、ケース毎に判断されるものである。本件において、引受 証券会社の顧問弁護士は経営陣の表明を検証する試みをほとんど行っていない。私は不十 分だと判断する。」41 「本件において、私は引受証券会社の顧問弁護士はPeat,Marwik(監査人)が監査証明を 付していない部分の正確さを合理的に調査していないと考える。DrexelはPeat,Marwikの 失敗に拘束される。これはリーガル・アドバイスのための弁護士を信頼する種類の事柄で はない。従って、弁護士は事実にかかることがら(非会計情報)を扱った。Drexelは会社 議事録と契約を調査することを彼らに委任した。(Drexelは)十分な調査を行うことの失敗の 結果について責任を取らなければならない。」42 「Drexelとその顧問弁護士に単純に依存した他の引受証券会社もまた、その結果に拘束さ れる。Drexelと他の引受証券会社は目論見書のそれらの部分が真実であると合理的な根拠 なく信じた。したがって、彼らは1960 年度の監査された数値を除いてデュー・ディリジェ ンスの抗弁を証明できない。」43 第3節 SEC 規則

SEC(Securities and Exchange Commission)は、連邦証券規制の執行、規則制定権限、 準司法的権限を有する独立委員会である。米国証券規制においては、SEC の規則制定権に 基づく規則(Rule)のほか、SEC が法律の規定に基づいてではなく、非公式な形で解答を示 す通達(Release)が重要な役割を担っている。 40 Id. at 697 41 Id. 42 Id. 43 Id.

参照

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