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デカルトの運動量保存の法則とライプニッツの批判をめぐって-香川大学学術情報リポジトリ

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デカルトの運動量保存の法則と

ライプニッツの批判をめぐって

佐 藤 公 一・ 序 一・般教育の内容のうちに古典教育を含めることに異論はなかろうと思う。そ れぞれの学問の発展の跡を辿ってみることは.その学問の学習にとっても不可 欠のことであり,先人の考えに直接触れることも,全人間的観点から,枢要の ことと考えられるからである。また総合性,学際性は,一般教育にとっても−・ つの課題である。学問の専門化に伴う細分化,孤立化を戒め,対象,方法とも に全体的連関のうちに捉えることは,現代における−・般教育の課題と考えられ る。 この両方の視点から.一般教育として適当なテーマを捜してみると,たとえ ば近世初期の力学の形成史などを見出すことができる。ガリレれ ケプラ・−, デカルト,ホイへンス.ライプニッツ,ニュートン等の幾多の巨人が,力学の 形成にたずさわっていたといえる。そこには,哲学,数学,自然学等の諸学が 緊密に結合して存在していたし,哲学の名のもとに諸学の統一・を保ち続けよう と努められていた.といえるだろう。力学の形成をみるにつれて,それが哲学 から,しだいに分離,独立して行くことになる。事情は,政治学や経済学など の社会科学系の学問についても同じである。17世紀においては,かかる分離・ 独立して行く諸科学を予感しながら,あえて諸学の統一・を図り.旧来の学問思 想との調和を保とうと努めるのが,哲学者と呼ばれている人たちであるといえ る。デカルト,ライブニソツ,スピノザなどは,そういう哲学者である。かれ らは新しい機械論的自然観を受け入れるとともに,なんらかの観点で.中世以 来の伝統思想との調和に腐心していた。ホップズ .ロック.ヒュ・−ムなどのイ ギリスの哲学者は,新しい力学を受け入れるとともに.宗教.社会思想に関し ても開明的で.近代的スタイルをもった思想家といえようが,ホソブズ.ロッ

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クは.なお仙人で全体を見渡す哲学者の姿勢を維持している。ガリレれ ニュ ートンは,力学,数学にやや傾いており,かれらがどういう思想を持ったかは ともかく.他の諸学を統一・するという企ては残していない。かれらが,科学者 と呼ばれることの多いゆえんであろう。哲学者と呼称せられるためには,学問 全体について見通しを述べ,かつ伝統的思想とまとまった形で対時する姿勢を 必要とするように思われる。 17世紀にあってはあたりまえのことで,ことさら言い立てる必要はなかったの であるが,学問の総合性の好例をこの頃の諸学の発展において見出せるように 思・う。それは同時に,われわれにとっては古典であり,引き受け伝達して行か なければならない事柄である。そこで′J\論では,力学の形成期における一・つの 事例を取り上げて.哲学思想と科学的発見の結びつきの一例を紹介してみるこ とにする。すなわち.デカルトの運動量保存則に対するライプニッツの批判と 新たな展開とである。17世紀後半においては,科学的パラダイムの変換はすで に起こっていたといえようが,個々の法則の発見には,哲学思想の影響すると ころもかなりあったと思われる。デカルトの運動量保存則も.ライプニッツの いう力の保存則(運動エネルギ・一保存則に相当す−る)も,ニュ−トン以後の力 学の体系の中では,必ずしも原理原因の位置は保ち得ず,基本的ではあるが多 くの法則の叫つに留まることになった。しかしデカルトやライプニッツにおいて ほ,それぞれの哲学に立脚した自然学の体系があり.その中でそれらは婁要な 役割を果していたのである。ニュートン以後では,力学の原理がある哲学に立 脚するということはなくなった,少くとも余り表面に出ることはなくなった。そ れが科学の立場であるといえる。デカルトやライプニッツは.みずからの哲学 に基づいて.自然学の体系を所有していたのである。かれらの自然学の体系 は,力学の発展史からみると,ガリレれ ニュートンの表の流れからはみ出 して姿を消しかけているようにみえる。このこと自体も,様々な観点から考 えてみなければならないことだと思うが.少くとも後からみてもかなり書要な 法則が,かれらの哲学から導き出され,後世に残って来たということは事実な のである。これらの事情をいくばくかでも開明できれば.小論の意図は遷せら れる。

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デカルトの運動量保存の法則とライブニッツの批判をめぐって 51 1り デカルトの運動量保存の法則 デカルトは,1644年刊行の『哲学原理』で,自然学の全体的体系を展開す

る。しかしその最初の素描は,1634年頃,公刊を意由して善かれながら,結

局未刊に終った『世界論』において行われていた。その両方において,多少の 異同はあるが,三つの自然学の基本法別の一・つとして,衝突の法則が述べられ ている。まず,『世界論』のそれからみて行こう。物質の諸性質については, つぎのように述べられる。最初に,「この新しい物質は無限であるとは仮定され てはいないのであるけれども,われわれは.その物質はわれわれが想像したい ろいろな空間よりもずっと大きい空間をみたしているのであると仮定しても, D やはりさしつかえないのである。」っぎに,「この物質は,われわれの想像し うるかぎりのどんな形にでも,また,どんな部分にも分割できるのだ,としよ 2) ぅ。」さらに,「それらの部分のおのおのは,どれもこれも.われわれの思い 3) 浮かべるどんな運動でも受け入れうるのだとしよう。」また,「神がそれら諸 部分を互いに分解して,部分の間には何か空虚があるようにしたとするのでは

ない。」4)そして,「神はそれらの部分に創造の最初の瞬間から種々の運動を与

え,それぞれの部分がちがった方向に運動をはじめ,またそのあるものは速く, あるものは遅く動くようにしたのであり,またそれらの諸部分がそののちもい の くつかのただの自然法別に従って運動をつづけるようれたのである。」かく して,「物質の延長または物質が空間を占めるという性質は,物質にとっては 付帯的なものではなく,物質の真の形相または本質であると考えても,こうし 6) たことを奇妙だとすべきではないのである。」すなわち,デカルトは物質の諸 性質として.無際限,無限分割可能性,運動,空虚の否定,そして,その本 性が延長であること,等を挙げているのである。これは,『方法序説』(「一・ つの連続的な物体.いいかえれば長さと幅と高さまたは深さとにおいて限りな く延長せる一つの空間であって,さまざまな形と大きさとをもちうるさまざま な部分に分割されうるものであり,あらゆるしかたで動かされうる,すなわち ) ぉきかえられうるもの),『省察』Ⅴ(「(物質の観念について)この量をそな えたものの,長さ,広さ,深さにおける延長を,判明に想像する。この量のう

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ちにさまざまな部分を数える。それらの部分に任意の大きさや形や位置や場所

的運動を帰属させ,かつこの運動に任意の持続を帰属させるJ8ちの物質の定義

をはぼ先取しており,デカルトの物質観は,すでにこの頃形成されていたこと を示している。これらの物質の渚性質の指摘に先き立って,『■世界論』の第1 章∼第5章までは,われわれの感覚像とその感覚像の対象たる諸事物とは,全 く異るものであることを繰り返し強調する。光・火・堅さあるいは空虚の感覚 などを例に挙げて.そのことを説明する。この点は,『省察』Ⅱの密蝋の比喩 を用いて説明するところと同じである。デカルトは物質から,実体形相はもと より,感覚的諸性質をすべて排除するのである。そうして残ったものは,三次 元的,連続的な拡がりとしての延長であり.運動なのである。力の観念も,同 様に,いくばくか精神的なものとして.物質の諸性質のうちから排除されてい る。力を含まない,延長としての物体は,運動するとしてもみずから運動を始

める原因をうちに有するものではない。9)

みずから運動を始める力はもたないが,多様な運動をすべて受け入れるとこ ろの,延長としての物質に運動を与えるのは.究極的には神である。神は物質

を創造するとともに,運動を与えたのである。10)そして神は創造以来物質を保

存しているのであるが,創造のときと同じ状態で保存しているのではなく,様

々な仕方で変化させながら保存しているのである。11)しかしその変化(すなわ

ち運動であるが12ちには一局の法則があり,それは神が定めたものである。

そして神のはたらきが不変であるかぎりにおいて.変化の法則は不変なのであ ) る。デカルトは,かかる変化の法則を自然法則と呼ぶというかくして,デカル トは物質を延長と規定することによって,運動を物質に帰属させはするが,運 動の原因を物質から徹底的に排除し,究極的には神に帰するのである。そして, その運動の仕方は限りなく多様でありうるが.神の定めた不変な諸法別に従っ て運動するのである。 デカルトはこの変化の法則.すなわち自然法別の原理的なものを三つ挙げ る。 第一・の規則,「物質の各粒子は,他のいくつかの粒子がそれに衝突して,状 態の変化を強いないかぎりは,つねにそれぞれ同一・の状態を保ちつづける。」14)

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デカルトの運動量保存の法則とライブニッツの批判をめぐって 53 第二の規則.「ある一つの物体が他の一つの物体をおす場合,おす物体がお される物体になんらかの運動を与えるときは.おす物体は必ずみずからの運動 を同量だけ同時に失うし,おされる物体からなんらかの運動量を奪うときは, 必ずおす物体はみずからの運動をそれだけ増大さすのであるJ15) 第三の規則,「ある物体が運動するとき,その運動はしばしば曲線を描くの であり,そしてまたその物体はなんらかのかたちで環状でないような運動はけ っしてなしえないであろうことは上述したところであるが.しかし,その物体 の各部分は個々にそれぞれいつも直線運動をつづけようとするのであるJ16) 以上が,デカルトが『世界論』で挙げる原理的な自然法則である。神によっ て動かされた物質は(その運動は,空虚を認めないがゆえに,渦動的なものと ならざるをえないが)かかる法則に従って動いていくことになる。第一・の規則 と第三の規則を合わせると,はぼニコ∴一トン力学の慣性の法則に相当する。デ カルトは第一・の規則の説明で,運動を場所的運動に限定し,静止も運動と同じ資

格で物質の一億態であると指摘す・る三7)アリストテレスの運動の定義に比して,

この点だけでも大変革なのであるが,この説明を加味してみても第一の規則だ けでは慣性の法則を充分述べたことになっていない。他からの抵抗ないし障害 がないかぎり,物体の運動にとって直線運動が自然なものであることを付け加 えなければならなかった。ただし第一の規則と第三の規則を合わせても,等速 直線運動という明確な規定はみられないが,全体の脈絡から推してみれば.等 しい速さの概念はそれらの規則のうちに含まれているとみられる。 第二の規則は衝突の法則を述べたものであるが,『哲学原理』の陳述に比べ ると,やや簡単である。上述の第二の規則の引用から分るように,運動の量と いう概念がみられ,またその後の説明の箇所で「運動量(quantit占de mouve

−mentS19)」という言葉もはっきり使われているが,その運動量の定量的定

義はここでは見出せない。もちろん,デカルトがそれを持ち合わせていなかっ たというのではなく,ただ明確に陳述されていないというにすぎない。デカル トは第一・の規則と第二の規則から.投射体の問題の困難(「石が投げた人の 手から離れてのちもしばらく動きつづけていることに理由づけしようとして学者 たちが陥いっている困削め)がた易く解決されているという警)そしてこれら二

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つの規則は,「神は不変であり,つねに同じしかたで活動しているので,つね

に同じ結果を産出するということのみから」221帰結してくるという。このこと

から直接的にほ,「神が物質の総体の中に最初においたものと同量の運動を,

いつも保存している」2のということが帰結し,そして後者から,個々の物体の運

動においても,運動を相互に伝達し合い,保存するということが導かれてくる

のである。神が物質の創造の際,一・定の量の運動を与え,しかもその−・定の畳

の運動をたえず保存しているといわれる。個々の物体の衝突に際しても,それ

らの持っている運動の量は保存されることになる。 『哲学原理一』においても三つの規則は述べられるが,『世界論』の場合とで

はその順序が異なっているプ4)『哲学原劉では,第二番目の規則と第三番目の

規則が入れ替わっている。慣性の法則という点からは,『哲学原理』の配列が

自然であるが,『世界論』では,個々の物体の運動の開始や中止を説明するも

のとして,第一・の規則と第二の規則を合わせて考えていたとみられる雲の

つぎに,『哲学原理』における三つの自然法別についてみてみよう。『世界 論』が,その自然学的全体像を素描するものであったのに対して,『哲学原理』 は形而上学を含んでおり,第一部を人間認識の原理の考察に当て,第二部を物 質的事物の原理の考察に費しているのである。そこでは.まず物質的事物の本 性について考察されるが,すでに『世界論.』において触れられた諸点について, いずれも明確な規定と詳細な理論的検討を行っている。特に,空間と物体的実

体との同一・,運動と静止について等詳しく説明している。空虚の否定から,宇

宙全体の運動が渦動的なものとならざるをえないことを述べたあと,超勤の原因 の説明に入る。デカルトは運動の原因を,普遍的原因と特殊的原因に分ける。 2の 普遍的原因とは,「世界の申にあるすべての運動の−・般的な原因」であり, 第叫・の原因である。特殊的原因とは,「個々の物質部分が,以前にもたなかっ

た運動を獲得するにいたるところの原軋27)ごあり,第二原因である。普遍的原

因とは神自身にほかならず,神は物質の創造とともに運動を与え.しかも創造 の際の運動の塁と同じだけの量をたえず保存している。「神は運動の第一原因

であり,宇宙のうちにつねに同一の運動量を保存する。」2の

つぎに特殊的原因であるが,これは個々の物体に働きかけ,それらの運動の

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デカルトの運動量保存の法則とライプニッツの批判をめぐって 55 仕方を規制するものである。神の定めた自然法則がこの働きを担う。以下三つ の自然法則を引用しておこう。 第一・の自然法則,「いかなるものも,できるかぎり,つねに同じ状態を固執 する,ということ。したがって,いったん動かされたものはいつまでも運動し

っっける,ということ」2の

第二の自然法則.「すべての運動はそれ自身としては直線運動である,とい うこと。したがって,円運動しているものは,つねに,それによって描かれる 円の中心から遠ざかろうとする傾向をもっている,ということ」 3の 第三の自然法則,「一つの物体は,他のもっと力の強い物体に衝突する場合 には,なんらその道動を失わないが,反対に,もっと力の弱い物体に衝突する

場合には,これに移されるだけの運動を失う,ということ」3D

これらの三つの自然法則は.『世界論』の三つの規則に相当している。ただ し表現はいずれもより簡潔になっている。もちろん上述したように,『哲学原 理』と『世界論.』では,自然法別の順序が入れ替わっている。『世界論』では, 第一の規則と第二の規則は,運動の開始と中止という観点からみて,まとめら れたものと思われる。『■哲学原理』では,運動,静止の状態の保存という観点 から,第一・の自然法則と第二の自然法則はまとめられたものと考えられる。こ のことは,両者を合わせて慣性法則に相当するものとみることをより容易にし ている。また第三の自然法別に関して,『世界論』の第二の法則と比べると簡 略にすぎるように見えるが,これはその項の説明及び,『世界論』では言及さ

れながら詳述せられなかったヲ2)七つの細則によって,補われている。ただしこ

の衝突の法則は誤りを含んでいた。 『世界論』では運動量概念の定量的定義を見出せなかったのであるが,『哲 学原理』においては,それを見出すことが出来る。すなわち「物質の一つの部 分が他の部分の二億の速度で運動し,後者が前者の二倍の大きさであると.′J\ 錦) さいほうの部分のうちにも大きいぼうの部分におけると同じだけの運動がある」 といわれる。これは,運動の量が物体の大きさと速さとの積に相当するもので あることを示している。また『哲学原理』のこの箇所では,lt力”という言葉 が頻繁に出て来る。これはデカルトにとっては珍しいことであるが,それは,

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「直進しようとする力」.「物体を動かす力」,「同じ速度をもち,同じ方向

に向かう運動を維持する力」,「静止を維持する力,(中略)…抵抗す

る力」34)などと使われる。そして,「こういう力は,あるいは,それを有する物

体の大きさや,その物体を他の物体から分離している表面によって,測定され ねばならず,あるいは,運動の速度や,さまざまな物体が相互に衝突するしか

たの本性と対立によって.測定されねばならないのである。」3のといわれる。デ

カルトは,ll力”によって,物体の大きさと速度に比例するものを考えていた ように見える。すなわち,デカルトのtl力”とは.物体の運動量に当たると考 えられる。ただし.この力は物体の衝突によって.はじめて顕わになってくる

ものであり,衝突の仕方に依存していると見られるのであるゴの

第≡の自然法別については.デカルトは間違っており,後にホイへンス等

によって発展させられた誉)ここでいわれる「もっと力の強い物体」とは,その

後の説明から,静止する物体の抵抗力と考えられるから,運動するより小さい物 体が静止するより大きい物体に衝突したとき,運動を減ずることなく逆向きに 運動するというものである。このように解すると,この法則は正しくないこと が分る。もちろんその原因は周知のように.運動の方向を無視して.物体の大

きさと速度の積の保存のみを考えたことによっている誉)このことは,以下に述

べる衝突の法則の七つの細則を通していえることであり.これらのものをきわ めて不確実にしてしまう原因となっている。デカルトは.個々の衝突の場合を 七つに分けて考察する。そして,その各々について第三の法則が成立すること を示す。以下でそれを取り上げてみる。その際デカルトのいう物体Bの大きさ

をml,物体Cの大きさをm2,衝突前のBの速度をVl.Cの速度をV2,

衝突後のBの速度をVl′,Cの速度をV2′と記号的に表示する㌘(′ノは反対

方向を示す。)) 第一・の法則.ml=m2,Vl=−V2 のとき, Vl′=−Vl=一V2′ 第二の法則,ml〉m2,Vl=−V2のとき, Ⅵ′=Ⅵ=Ⅵ′

第三の規則,ml=m2,Vl〉V2のとき,

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デカルトの運動量保存の法則とライブニノツの批判をめぐって 57

Vl+V2

2 Ⅵ′=V2′= 第四の規則,ml〈m2,V2=0,Vl〉0のとき, Vl=−Vl′,V2′=0, 第五の規則,ml〉m2,V2=0,Vl〉0のとき, Vl〆=V2′=而賢司Ⅴ 第六の規則,ml=m2,V2=0のとき,

Ⅵ′=一号vl,Ⅵ′=か1

第七の規則,ml〈m2,Vl〉V2のとき,

(a),葦〈童のとき

Vl′=V2′〉0.Ⅵ′=

mlVl+m2V2

ml+m2 (b)・〈のとき・ Vl′=−Vl.V2呈v2 第一・の規則から第三の規則までは.,互いに反対の方向に連動する物体が衝突 する場合を扱っている。第四の規則から第六の規則までは,どちらか−一方が静 止している場合を扱っている。第七の規則は両物体とも同方向に運動しながら 衝突する場合を扱っている。以上の諸規則がいずれも厳密には正しくないこと

ほ,諸家の指摘する通りである望め特にP..タヌリは,デカルトの諸規則を全て記

号的に表示したうえで,閉鎖系における運動量保存則と運動エネルギー保存則 とによってえられた正しい解と照らし合わせている。そして.第一の規則を除

いては.それらがはとんど間違っていたことを証示している讐)さらにタヌリは,

デカルトが場合をすべて尽くしていなかったのではないかと指摘している。た だ第五の規則と第七の規則の(a)の場合は,運動量は保存されているが,運動エ

ネルギーが保存されておらず,結局正しい解に至り達しえなかったという誉)デカ

ルトの間違いは,衝突前後での運動の方向の保存を考慮に入れなかったことに

ある。M一フィールツの指摘するように.デカルトの諸規則においても,∑milVi】

が衝突前後に一足になることは成立している讐)そのことを第二の規則で確かめ てみる。物体Bの運動の方向を正の方向とすると,Ⅵ〉0,V2〈0,したがっ て.衝突前の運動量はmlVl+m2‡V2l′=mlVl+m2卜Vll=(ml+m2)Vl, 衝突後の運動量は.mllVl′l+m21V2′I=ml卜VIT+m2Vl=(ml+m2)Vl,

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となり等しくなる。絶対値記号をはずして考えると,当然衝突前と衝突後の運 動量が異なり,運動量保存則を満足しえなくなるのである。全体として,衝突 前にしろ衝突後にしろ,両物体が異なる方向に運動するとした場合には,デカ ルトは間違っていることになる。この場合に当たる第一の規則では,運動の方 向の保存が維持されており,正しい結果に辿りついている。このケ・−スでのそ の他の場合はいずれも,デカルトは衝突前か衝突後に−・方向きの運動しか認め ておらず,したがって衝突後か衝突前に存在する逆向の運動方向の保存が説明 されずに残されているのである。第五の規則,第七・の規則(a)は,衝突前後を通 して両物体は一・方向にしか運動しないとされている。運動の向きを考慮に入れ ないデカルトでも,計算上は運動員保存則を満たしえたのである。 デカルトの自然学中の最重要法則たる,物体問の運動伝達の法則において, デカルトはその大枠の概念把握に成功していながら,その具体的かつ定量的展 開において失敗していたことは,皮肉な感を抱かせるのである。その誤りのポ イントは,運動の方向にまでは自然法別の決定性を持ち込まなかった点にある といえよう。 『哲学原理』における運動の法則をみてきた。物質と運動法別についてのデ カルトの考えを通していえることは,物質を延長と運動に帰することによって, 物体から徹底的に自発的運動能力を奪い,運動に関しては全くの受動性(passi −Vit占),惰性(inertie)しか認めないことである。運動の原因としての内的力 は,神や精神のみに認められる。この物体の無気性(inertie)をこの線上で徹 底して行くと,あらゆる個別的な事象の真の原因を直接神に求めて行く,機会 原因論に行くつくことにもなろう。個々の物体の運動は他の物体の運動より引 き起こされるものとなし,空虚を認めないデカルトにあっては,運動の伝達は 直接作用によって.すなわち衝突によって伝達されるものでなければならない。 デカルトにおいては,衝突における運動の伝達を規定する運動量の保存則は, かれの物質観と緊密に結びついており,相共にかれの自然学の中核を占め,最 書要の役割を果していることが認められるのである。ライプニッツが,デカル トの衝突の法則を繰り返し厳しく批判するのは,デカルトのこの法則が不充分 であったがゆえよりも.デカルトの物質軌 実体観に対する,すなわちデカルト

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デカルトの運動量保存の法則とライブニ′ツの批判をめぐって 59 の哲学そのものに対するライプニッツの批判に基づいているとみられるのであ る。 2.ライプニッツのデカルト批判と力の保存の法則

1671年『自然学の新仮説』(HypothesisPhysicaNova)で,ライプニッ

ツは運動論,物体論を展開し始めている讐)またこの頃書かれた′J、品で,デカル

トの物体論に対する批判がみられる讐)ここでライプニッツほ,空間と物体の違い

を強謁して,物質を拡がりと同一・祝して空間との区別を認めなくするデカルト の物体論を批判しているのである。ただ,レームか一によると.ライプニッツ

独特の力の考えはまだ出ていないというタデカルト的実体論を批判して,力を

その本質とするライプニッツの実体論,すなわちモナドロジ、−が最終的に定着

するのは.1714年に書かれた『単子論』(1aMonadologie)においてであ

るが.1694年の論文「第一・哲学の改善と実体概念」(DePrimaePhilosophiae

Emedatione et Notione Substantiae)においても,この点についての意見

を提出している。ここでデカルトの物体論への批判は.実体そのものの誤まっ た見解への批判へと発展し,力の概念の明確化へと連なっていく。ライプニッ ツは,力の概念をスコラ哲学のそれから区別して,つぎのようにいう。「この 問題をあらかじめ知ってもらうためには,つぎのようにいうだけで十分である。 ドイツ人が“Kraft”と呼び,フランス人が“1a force”と呼ぶところのもの であり,その説明のために私が動力学という特別な学問を創設したところの. 力あるい力能の概念は,真の実体概念の理解に強力な光を与えるものである。 能動力はスコラ学看たちによってよく知られている単なる力能とは異なる。と いうのは,スコラ学者たちの力能あるいは能力は,作用する可能性にすぎず, 現実的な作用に移行するためには,いわば外からの励起または刺激を必要とす るのである。反対に能動力は,ある現実的なものすなわちエンテレキーを含ん でおり,かくして作用の能力と作用そのものの中間にあり.コナトスを含んで いる。それはそれ自身で現実作用へもたらされ,そのために障害の除去以外の なんらの助力も必要としないのである。・・(中略)…物質における運動の 究極的理由は,創造のとき込められた力であり,それはあらゆる物体に内属し

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ているが,物体相互の衝突によって,自然のうちに様々な形で局限されている のである。この現実作用の力能はあらゆる実体に内属し,あらゆる現実作用は この力能から生じる,と私はいう。したがって,物体的実体はそれ自身で精神

的実体となんら変わらず,現実に作用することを止めることはないのである慧

ライプニッツは力をスコラ的概念と対比させて,より現実的なもの,それ自身 で現実作用へ発展するものと解する。そしてこの力を実体概念の中心に据え, あらゆる作用の源泉をここに求める。それゆえ物体的運動の源泉も,各物体に 内属するこの力に求めるのである。物体の無気性(inertie)を徹底したデカル トとの違いは,すでに明白である。

1695年「力学試論」(Specimen Dynamicum)においては,力の概念が

さらに発展される。今までの力の概念に加えて,ライブニソツは力を能動力

(activef。rC6)と受動力(passiveforce)に分ける誓)能動力とは力能(p。Wer)

と呼ばれたりもするが,作用の源泉となるものであり,受動力とは抵抗力.あ るいは惰性の源泉と解される。そして,それぞれに原初的と派生的の区別を入 れる。この原初的と派生的の区別は,形而上学的,実体的領域と自然的,現実 的領域の区別に相当するとみられる。原初的能動力とは,あらゆる物体的実体 のなかにもあり,第一・エンテレキ・−であり,魂とか実体形相に対応するもので

ある。これは現象を説明するには充分ではなく,一・般的原因としてのみ働

くものである誉)ライプニッツは,感覚的事物の探求にス。ラ的実体形相を用い

ることには不賛成であるが,実体そのものの世界,実在界においては,実体形 相を認める。派生的能動力は,原初的能動力の限定であり,その限定は物体相 互の衝突から引き起こされるものであり,様々な仕方で生じうるものである。 つぎに原初的受動力は,スコラ学者が第一・質料と呼んだところのものに当り, それによって物体は他によって侵入されなくなり,他に対立し,障害となるので ある。また同時にそれは,ある種の運動に対する反発であり,それに働きかけ る物体の力をいくぶんか打ち破るこ.となしには,運動をはじめることはおいの である。派生的受動力は,第二質科において現われてくる。この第二質料 とは.レームか一によると.物理的交渉の産物である複合物体における.惰性

や抵抗などの物理的特性を含んでいるという讐)そして,運動学はこのレヴュルに

(13)

デカルトの運動量保存の法則とライプニッツの批判をめぐって 61 おいて展開される。ライブニソツは,物体的運動の真の原因を形而上学的力に 求めながら,自然現象の実際の扱いは運動学的に処理するのである。 現象界における物体的運動は,やはり場所的移動と解される。「すべての他 の物質的現象は,場所的運動によって説明されうることを,われわれは認める。

運動とは場所の連続的変化であり,かくして時間を要するものなのであるJ51)

しかしながら,ライプニッツは運動の相対性の主張には反対する。物体的運動 を単なる相対的な位置の変化に帰するのであれば,物体自身の実在的運動が認 められなくなる。ライプニッツは,物体自身の存在を認め,物体自身の実在的

運動を認める。その原因は,原初的能動力の限定されたもので,物体自身に内

在する派生的力であるとする撃 以上のような物体観,実体観に基づいて,ライブニッツは独自の運動学を提 唱する。かれは,『哲学原理.』におけるデカルトの自然法別のうち,第一七第 二のものについては正しいと認めるが.第三番目の衝突の法則については,繰 り返し厳しく批判する。まず,デカルトの衝突の法則では,運動方向の保存が 無視されていることを指摘する。たとえば「デカルトの『哲学原理』の全体に

対する批判的考察」(AnimadversionesinPartenGeneralem Principiorum

Car七郎ianorum)において.つぎのようにいわれる。「運動する物体の方向,す

なわち運動する物体の進行傾向は,それ自身それみずからの量を持っており, その崖は無,すなわち静止に帰するよりは,より容易に減少するのであり,反 対の,すなわち後退運動に変化されるよりは,より容易に止められる,すなわ

ち無に帰するのである望 また「力学試論」でも,「全方向の全体的な力は.そ

の部分的力において保存されるのであるから,この部分的力を方向的力と呼ぶ

のである。」5のといわれる。また晩年の作である.『自然と恩寵の原理』(1es

principesdelaNatureetdelaGraceFond占enRaison),50『単子論』57)等で

も繰り返し言及されている。 ライプニッツが最初に,デカルトの運動豊保存則を批判するのは,1686年 に書かれた,「自然法別に関するデカルトおよびその他の人々の顕著な誤謬の

短い証明」(BrevisDemonstr・atio ErrorismemorabilisCartesiietali。rum

circaLegemnaturalem)5めにおいてである。デカルト派は,物体の質量5のと

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速さの積で定義される運動畳の保存を,運動力の保存と等しくみなしているが, これはてことか滑車等の古くからの五つの機械において.「力と速度が補い合

ぅ」6性いうことから,そう考えたのである。ライプニッツによると,デカルト

的運動量の保存は静的機械においては成立しうるが,運動物体の衝突を扱うよ ぅな動力学において成立しえない警し般にはデカルト的運動量保存の法貝鵬成 立しない,とライプニッツはいう。それとは別に,より原理的な運動力の保存が 成り立つ,とライプニッツは主張するのである。ライプニッツはこの運動力を

活力(visviva)と呼び,質量と速度の二康の積(mxV2)によって定義す

る。この活力こそが一・般に保存されるのであって.デカルト的運動量は,一・般 には保存されない,とライプニッツは主張する。この短論文では,このことを つぎのような例を用いて示す。 まず,ある高さから落下する物体は.地上に落ちたあと,方向がちょうど逆 向きになり,なにものによっても邪魔されない場合には.もとの高さにまでそ の物体を持ち上げるのに必要な力を獲得する,と仮定する。つぎに,1ポンド

の物体Aを4ヤードの高さCDまで持ち上げるのと.4ポンドの物体Bを1ヤ

ードの高さEFまで持ち上げるのでは,同じ力が必要であると,仮定する。こ の両方の仮定について,デカルト派も他の哲学者や数学者たちも,みな同様に 認める,とライプニッツはいう。以上の仮定から.高さCDから落下する物体

Aは,高さEFから落下する物体Bと同量の力を獲得する。物体Aは,Cから

Dへ落下するとき.第一の仮定によって,物体Aを再びCへ持ち上げるだけの 力を獲得する。それは.1ポンドの物体を4ヤードの高さまで持ち上げる力であ る。同様に物体Bは,高さEからFに落下するとき,第一の仮定によって,物 体Bを再びEまで持ち上げるのに必要な力を獲得する。その力は4ポンドの物 体を1ヤードの高さまで持ち上げるのに必要な力である。以上のことから,第 二の仮定によって,Dにおける物体Aの力とFにおける物体Bの力は等しい. ということになるどの(次図参照)

(15)

デカルトの運動量保存の法則とライプニツツの批判をめぐって 65 E・−・︰︰ニー

︿畢㌦

C−−−=I=・−−−−−・=−1D A Y・−︸ ライプニッツは,A,B両物体について,D,Fにおけるデカルト派のいう

運動量を計算する。まずガリレオの証明したところによりラのcD(4ヤード)

を落下した物体Aは.,Dにおいて,EF(1サード)を落下した物体BがFに

おいて獲得する速さの2倍の速さを獲得する(CDはEFの4倍の高さである

から)。 したがって物体AのDにおける運動量は.Aの質量(1)×速さ(2), 物体BのFにおける運動凱ま.Bの質量(4)×速さ(1)で,Bの運動亀がAの 運動量の2倍になって,両者は等しくない。ライプニッツのいう運動力は両者 において等しかったのであるから,運動力とデカルト派のいう運動量は異なる

ものであり,運動力の保存こそ正しいのであるとする讐)ライプニッツによると,

力はその生み出す結果によって評価されるべきであるという聖上の例でいうと,

物体を持ち上げうる高さによって,力は測られるべきであり,物体に刻印せら れる速さによってではない,とする。同じ大きさの物体の速さを2倍にするに

は,2倍の力は必要としないのであるとい鳶レームカーも,ライプニッツは,

時間を通して働く力の総量は,力を受けた物体が通過する距離にわたってなす仕

事に比例すると考えている,という9デカルトは保存熟ま速さに比例すると考

え,したがって時間に比例するとみたのである。ライブニッツは保存量は活力 であり,距離に比例するとみる。「−・般に,力はその結果から測定されるべき であり,時間から測定されるべきものではない。というのは,時間は外的な状況

によって変化しうるからである。」6のとライプニッツもいう。この短論文におい

ても上述の例から,運動力は物体の質量とその通過距離の帯によって測られる ものであることが分る。さらに,この短論文の補遺において,この運動量が速

度の二乗に比例するものであることを示唆している㌘またこの補遺では,太論

(16)

での論旨の展開を,幾何学的演繹の形で捉え直している。一つの仮定とその系, および一つの要請からつぎのような定理を論証によって導く。すなわち,1ポ ンドの物体Bが2フィート落下すると,2ポンドの物体Aを1フィ・一卜持ち上 げるのに必要な力を獲得するという命題である。そのためにつぎような図を想 定する。 ′ / \ し B E′:F′A′ 「一十−− 占 ̄」‥妄A 上図において,物体Aは相等しい二つの部分E,Fからなっている。したが

って,物体Bと物体E,Fは,ともに1ポンドに等しい。E.Fが分かたれう

るものとすると,仮定より,物体Bが1フィート落下してB′に到るとき,物体 Eを1フィ・−卜持ち上げE′に到らしめるだけの力を獲得する。さらに物体Bが B′から1フィート落下してB〝に到るとき,残りの物体Fを1フィート持ち上げ F′に到らしめるだけの力を獲得する。かくして物体Bが2フィート落下すると き,物体A(E,Fよりなる)を1フイ・−ト持ち上げる力を獲得するのである。 またこの補遺では,活力と死力の区別を持ち込んでいる。死力(potentia mortuus)においては,「コナートス(conatus)の始まり,あるいは終わりの みが現実化されている」といわれる。それに対して,活力は完全現実態として の駆動(impetus)なのである。そして,「惰力が死力に,あるいはインベト ウスがコナートスに対するは,直線が点に.あるいは平面が直線に対するがど とくである」という。 この活力と死力の区別は,「力学試論」において,さらに詳説される。それ によると,古代人たちも,てこ,滑車,くさび,ねじ,流体の平衡などを扱う 機械学をもっていたが,これは死力のみについての知識であり,物体が現実作

(17)

デカルトの運動量保存の法則とライブエソツの批判をめぐって 65 用によってインベトウスを帯びる前の,物体のコナ−トスに関するものであっ ) たそして,「物体が落下するとき,落下それ自身,あるいはその落下の間に 通過した空間は,運動の始めに,運動が無限に小さいとき,あるいは要素的で あるときには,それは落下の速さすなわちコナートスに比例する。したがって, この死力に関しては,力は質量と速さの積で表わされる運動量に相当し,運動 量保存則が例外的に成立する,という。それに対して,落下が進行し,活力が 展開してしまってからでは,得られた速度はもはや落下の間に通過した距離に

は比例しないで,その空間の要素にのみ比例するのである!らそして,「力は(通

過された)空間の全射程にわたって測られなければならない」76あである。これ

はもはや運動量には相当しない。かくしてライブニソツによると,死力とは運 動そのもののもっている力ではなく,運動を引き起こす力,運動の変化に対応 しているものであるといえる。実際,ライプニッツは死力の例として,遠心力, 垂九求心力などをあげているさ7) それに対して,活力とは運動する物体に働いた力を,通過距離全体にわたっ て,蓄積したものである。この宿力こそが真に保存される。『プフ学試論』にお いては,ライプニッツほつぎのような例をあげて,デカルト派の運動量保存則か 成りたたない理由を説明する。すなわち,ニつの物体A,Bがあり,物体Bが 物体Aの2倍の大きさであるとする。速さは両物体において等しいとすると, 後者の力が前者の力の2倍になる。このことは前者において一度起ることが, 後者においては二度起ることから確かめられる。それは物体Aの大きさが,物 体Bにおいては丁■度2侶になっており,その他の性質においては,A,Bとも に変わりないからである。しかしながら,物体A,Cがあり,両者の大きさが 等しく.物体Cの速さが物体Aの速さの2倍であるとき,Aの速さという特質 がCにおいて厳密に2倍になるというわけには行かない。この場合速さは2倍 であるが,物体は2倍にならないからであるデカルト派の誤り軋かかる物 体の大きさにとどまらず,物体の特質まで2倍になるとみなすことによって, 力の畳も2倍になると考えたところにある。他方,ライブニソツの考える活力 は,質量と通過距離の積で測定されるが,上のような例で不都合が生じないの である。すなわち,ある物体を2フイ・−トないし3フィート持ち上げるとする

(18)

と,その力は同じ重さの物体を1フイ・−ト持ち上げる場合の力の2侶ないし3 倍になるのである。そして,2倍の重さの物体を3フィート持ち上げる力は,単 位の重さの物体を1フイ、_卜持ち上げる力の6倍に相等しいのである ライプニッツはこのことを,つぎのような例を用いて証示する。物体Aと物 体Cが等しい重さで,両者の力すべてが,それぞれの物体の上昇に費されるも のとする。それは下図のように,PAとPCが沿直方向にあり,そのとき,物体 A,Cがそれぞれの速度を受け取ると想定した場合に実現す−る。その際,物体 Cの速さが物体Aの速さの2倍であるとする。 P E ①C2 j I 1 l 1 】 4 1 「 遵2 …−一止一一こ二′∴1− Al d二′二二 Cl R

Alにおける物体Aの速度が1で,最高点A2H(1フィート)まで上昇したと

すると,ガリレオ・の証明したところによって,Clにおける速度が2である物体 Cは,C2R(4フィート)まで上昇する。力はすペて,それぞれの物体を上昇せ しめるのに費やされると想定しているので,物体Aの力は1であり,物体Cの 力は4である。したがって,速度が他の2倍である物体は,力においては他の4 倍になるということが帰結する。そして,ライプニッツはつぎのようにこの力 を定量的に定義する。すなわち,「同様にして,等しい物体の力は.それぞれ の速度の二乗に比例する。また物体のカー・般は,それぞれの質量と速度の二乗

に,同時に比例する,ということを一般的に結論することができる。」8のという。

かくして,ライプニッツは,活力の明確な定量的定義に到達する。そして, この活力の保存こそ,最も一・般的に成立する法則であるというのである。この 法則を支えているのは,ライプニッツの実体観である。実体の本性は力にある とする,しかも純粋に現実態たる能動力に,それを求める。他方,純粋に受動

(19)

デカルトの運動量保存の法則とライブニッツの批判をめぐって 67

力たる第一質料を認め.これは延長,抵抗よりなるとする慰)実際に存在する被

造物は,この両者の結合よりなり,自然界,現象界は,二次的能動力,二次的 受動力の働く場である。両名は,物体的運動において,原初的能動力,原初的 受動力を具現化したものである。現実の物体も例外でなく,受動力の発現たる 抵抗,惰性を示すとともに,なにがしかの原初的エンテレキーを含んでいるの である。現象界に働くのは,かかる二次的力であり,この力が活力と死力に分 けて考えられるのである。この力が力の保存則に従っていると考えられる。そ して,死力の方はデカルト派の運動量保存則にも従うことが出来るが.活力は もっばら,力の保存則にしか従いえない。その意味で,力の保存則は活力の保 存則と考えられるようになり,ライプニッツ以後に伝えられるのである。

ま と め

デカルトの運動量保存則とライプニッツの活力保存則をみて釆て言えることは. 両法則とも.両者の物体観.実体観に強く根差しているということである。デ カルトは.物体の水性を延長とみ,自然的運動能力を廃除し,惰性的なあり方 を究極まで追求した。その結果得られたのが,物体の衝突に伴う運動量保存則 であった。そして精神と物体の存在の仕方を峻別したのであった。他方,ライ プニッツは実体の本性を力に求め,精神的な被造物と物体的な披造物を貫いて みる見方をとっている。従って,物体的実体も,何がしかの現実的作用たる能 動力,エンテレキーを含むものとみて,その力の保存の法則を樹立したのであ る。物体にも自発的運動能力を認めていこうとしたのがライプニッツであった といえる。 この間題の研究には,ガリレオ,ホイへンス.ニュー トン等を合わせて考察 していかなければ,充分な解決には達しえないことはもちろんのことである。 広重徹氏は,デカルトの運動景保存則が,ニュ・−トンの力の概念の形成に与え

た影響の大きさ指摘しておられる讐)ライブニッツとニュートンは同時代人で,

微積分の発見の先陣争いのみでなく,両者の相互の影響も考えられるところで ある。実際,ヤンマーはライブニッツの質量概念の形成にニュ・−トンの影響を

示唆している讐)同様に,ガリレオやホイへンスとの関連も掛、ものがある。こ

(20)

のささやかな問題においても,かく広い見地からの研究を必要とすることを痛 感するものである。 ライプニッツの活力保存則について述べたからには,その後の展開について も述べなければならないのであるが,今はその余裕がない。ただ者いカントも, この論争に加わり,ライブニッツ批判を展際しているので,若干付け加えるこ とにする。カントは,1747年,『活力の真の測度についての考察』を草し,

デカルト派とライプニッツ派を折衷する独自の提案を行ったが,科学的に

みて余り意味のあるものではなかった。すなわち,カントによると,ライプニ ソツの活力の測定法は現実運動している物体に適用されるものであるが,さら に,投射体の運動などのような自由な運動に制限されるべきであるという。そし て「現実運動および自由運動している物体は,その速度の二康に比例する力を有

する」というべきであるという警)他方外力によって運動する物体については,

デカルト的な運動量の測定が力の測定として役立つという。カントは,デカル ト派とライプニッツ派の活力測定法の論争に,真剣に対処しようとしている し,ニュートンの力学をも充分知り,新しい見地でこの問題に対処しう る位置にあったが.形而上学的指向が強く出過ぎたのか,科学的な見地で足跡 を残すには到らなかった。しかしライプニッツ派の主張を論難しようとする若 いカントの意気どみが表われている。 なおこの活力論争は,1743年,ダランベールの『力学給』で,はとんど終 結していたのである。ダランベールは,『力学論』序説でつぎのようにいう。 「活力の問題の形而上学的原型引こまで遡ることのできない人々は,両派とも運動 の平衝の基本的原理については,まったく・−L致していることを考えてみるなら. その問題が単に言責の論争にすぎないことを見てとることであろう已彗ダランベ ・一ルは,それこそ,この間題の論争に終止符を打ち,デカルト派とライプニッ ツ派に正当な場所を与えたのである。 注 以下の注において,つぎのような書各の略称を用いる。

(21)

デカルトの運動量保存の法則とライプニッツの批判をめぐって

69

AT.=Oeuvres de Descartes Publi占s par ch.Adam et P.Tannery(]. Vrin)1964 et ann占es suivantes..

Mon‖=Le Monde oule Trait占 delaIJumi占re. Disc.=Discours dela M占thodeり

Med..=Meditationes de Prima Philosophiae.、 PriJIC.=Primcユpla Philosoplliae,.

Leibniz.=G.W.Leibniz,Die Philosophischen Schriften,Herausgegebenvon G。LいGerhardt,(01ms)1965ル

Loem.=G。W”Leibniz,PhilosophicalPapers and Letters,A Selection TranSlated and Edited,With anIntr・Oduction by LeroyeE.Loe− mker,Second Edition(D.Reidel)1969. 1Mon..5,ATr一氾一32..引用は『世界の名著』22,「デカルト」(中央公論社)所載, 神野慧・一郎訳による。以下同様。 2Monり5,AT.一刃−34. 3Mon.5,AT..一刀−34.. 4Mon.5,AT.州刃−34. 5Mon..5,AT.一刃−34一. 6 Mon..5,AT‖一刃−36. 7DiscⅣ,AT.−・Ⅵ−36.引f削ま『掛界の名著』22,「デカルト」(中央公論杜)所載, 野田又夫訳による。以下同様。 8Med.Ⅴ,AT.−Ⅶ−63u(AT.−Ⅸ−1,50).引用ほ,同上番所載,井上庄七,森啓訳 時よる。以下同様。 9cl‖Med.Ⅲ,AT.−Ⅶ−21…(AT..−Ⅸ−ト20)「物体とは,…(中略)…・…多くのし かたで動かされるが,しかし自分自身によって動くことばけっしてなく,何か他の ものの接触を受けて,それに動かされるようなもの,こういうものいっさいのこと である,と。それというのも,自分を動かす力,また感覚する力,あるいは考える 力をもつことは,けっして物体の本性に属しない,と私は判断していたからである。 10り 注5参照。 11小 Mon.7,AT。.一刀−37. 12.デカルトは,変化を運動に帰し,運動を場所的移動に限定する。「その運動とは,物 体を一つの場所から他の場所の間にある全空間をつぎつぎと占めさせる超勤のこと である。」(Mon.7,AT.,一刀−40“)cf..Princ..t[M25,ATい−Ⅶ−ト53.(AT..−Ⅸ−2−76) また静止も運動と同じく物質の一・様態となる。「しかし私は,静止もやはりまた綱つ の性質なのであるとする」(Mon.7,AT.−XI−40.)cf.PrincD,26”AT−Ⅷ一 卜54.(AT。−Ⅸ−2−77) 13Mon7,AT−氾−37. 14.Mon.7,AT.一泊−38.

(22)

15“Monり7,AT.一光−41 16.Mon.7,AT‖−Ⅲ−43∼44. 17.注12参照。 18“cf‖Princ。Il−40∼52,AT‖−Ⅷ−l−65∼70(AT…−jX−2−86∼93) 19.Mon..7,AT.一犯−43。. 20.Mon..7,AT.一犯−41. 21.Mon.7,AT…一光−41い 22小 Mon7,AT.一刀+43‖ 23‖ Mon..7,AT.一犯−43い 24.『哲学の原理』では,これらの三つの規則のことを規則と呼ばずに,−召して自然法 則と呼んで統一している。 cfn PrincいⅢ−37∼40,AT。−Ⅶ−卜62∼65.(AT一刀−2−84∼86) 25.Mon..7,AT.一光−41. 26。Princ.Ⅲ−36.ATい一Ⅷ−l−61.(AT.−Ⅸ−2−83)引用は,『世界の名著』22,「デカ ルト」(中央公論杜)所載,井上庄七,水野和久訳による。以下同様。 27“Princ。Ⅲ−36,AT−Ⅶ−1−61.(AT:Ⅸ−2−83) 28”Princ…D−36,AT,−Ⅶ−1∼61。(AT小一Ⅸ−2−83) 29小 PrincりⅡ−37,ATい−Ⅷ−1−62…(ATい−Ⅸ−2−84) 30.Princ。Ⅱ−39,AT.−Ⅷ一1−63い(AT。−Ⅸ−2−85) 31.Princ…]−40,AT.−Ⅶ−1−65..(AT小一Ⅸ−2−86) 32..Mon…7,AT.一道−47リ 33.Princ,Ⅲ−36いATい−Ⅶ−1−62.(AT…一Ⅸ−2−84) 34.Princ,.D−40∼45,AT.−Ⅶ−ト65∼67..(AT.一Ⅸ−2−86∼89)『世界論』ではただ 一度「衝突した場合に失う運動の力」(ATリー刃−42)といわれているのみである。 35.Princ小D−43,AT..−Ⅷ−1−67.(AT.,−Ⅸ−2−88) 36小 Cf…広重徹,『物理学史Ⅰ』(培風館)P..65およびP.67∼68〃 37.同上書参照。また,M..フイ・−ルツ,『力学の発展史』(みすず書房)P“79∼80参照。 38..この点については,アダム・・タヌリ版デカルト全集所収のPりTanneryの注(AT小 一Ⅸ−2−327∼330)参照。また前注のMフィールツ参照。 39..注36,37,38参照 40,41い AT.−Ⅸ−2−327∼330 42.M。.フィールツ,P.80参照。 43.c董..Loem..P.139‖ 44… Cf..LoemりP.142∼144. 45..c壬.LoemPい139い 46.c董..LoemいPい433.. 47..cf”Loem.P。436∼437

(23)

デカルトの運動員保存の法則とライブニッツの批判をめぐって

71

48′′ Cf〟Loem,P.436 49,Cf‖Loem‖P..437..

50‖ Cf..Loem.Pい451”なお注59参照。 51.cfりLoemいP.437い

52。Cf.Leibniz,「Animadversionesin Parten Generalem Principiorum Car− tesianorum」,(Loem.Pu393)

53.同上書P…396,及びLeibniz,『Discours dela M占taphysique』第18項(Lei− bniz.Ⅳ−444.)参照。 54..Loem..P‖397. 55.Loem.P.439.. 56.Leibniz.ⅥM603り 57..Leibniz.Ⅵ_−620. 58.Loem.P…295∼・298. 59..ヤンマ・一によると,ライブニッツにおいてもまだ質畠の明確な量的な概念は存しな かったという。“mOreS”(物質塊),“COrpuS”(物体)等の言葉が使われ,後には, “massa’’(質盈)も時々使われるようになったが,これにはニュートンの影響も考 え.られるという。ヤンマー『力の概念』(講談社)P。162い(()内の訳は高橋,大槻 訳による。) L/l−ムか−も“mores”を“mass”と訳しており,“maSSa”も同じく “mass”と訳している。 しかし両者に逢いがあるようである。“mOreS”は,第一質料に相当し,全く実体で はないのに対して,“maSSa”ほ第二贋料に相当し,一つの実体ではないが,複数の 実体であるといえる。Cf”Loem,p‖508.note12…レームカーによると,質盈(ma ss)は物質(matter)に等価ではなく,惰性の測度,すなわち第二質料のうちに経 験される第一質料である,といわれる。(LoemいP.451,nOte6.)。なおワグナーヘ の手紙によると,解⊥・質料とは,「まったくの受動的なものであって,たんなる抵抗 と延長からなるもの」であり,第二質料は,このはかに「原始的なエンテレキー, すなわち能動的原理を含んでいる」という。(『世界の名著』25,「スピノザ・ライ プニソツ」,P.510.清水富雄訳による。) 60.Loem∴F.296… ヤンマーによると,「ここで言及されている原理は,本質的には中 世的な仮想仕事の原理一荷重は変位の速度に反比例する−である。」同上雷,P.162 脚注。(引用は,高橋,大槻訳による。) 61けCi.LoemいP.301,nOte3.それによると,レームカーはつぎのようにいう。「静的 機械の場合には,平衡状態は,その系の共通の垂心が系の要素のうちでの潜在的, 場所的変位によって影響されない,ということを必要とする。しかしこれらの瞬間

的場所的変動,す帥ちコナートス()は,速度(Ⅴ譜)に比例する0この場合

にはデカルトの原理が適用される。他方,活力,すなわち時間を通して働く場合には, 距離は速度の積分であり,かくしてぴに比例することになる。」

(24)

62‖ Loem.Ph297.

63‖ Cf.Galileo,『Two New Sciences.』,A New Translation Withlntrcduc− tionandNotes,byStillmanDrake(TheUniversityofWisconsinPress) 1974,ThirdDay,OnNaturallyAcceleratedMotion,Proposition・The− oremandCorollar・yl(Ph166∼167) 64,Loem.P297. 65−LoemいP297‖ 66..Loem.P.297. 67.Loem‖P“301.note2, 68。Loem.P300. 69.Loem.Pリ299い 70‖ Loem.P300‖ 71..LoemいP299.. 72.cf…Loem.P‖299小レームカーによると,コナートス(conatus)は,現代的に解す

ると,髭で表わされる速度であり・インベトゥス(impetus)とは,mVで表わされ

る運動量である。(LoemいP‖451) 73小 Loem‖P299一. 74.LoemP.439り 75.Loem,.P.439.なお注61参照。 76..LoemいP.439い 77“Loem.P.438.レームか−は,ライプニッツにおける死力は,現代的に解すれば

加速力(位置のエネル#p)に相等しく・ma(a)に当るというo(L。em…P・451,

note34)

78い Loem,Pい443. 79.Loem,P.442 80.Loem.P443い さて,この楕力は質盈×距離(ms)とも,質量×速度の二乗(mv2) とも表わされるが,ガリレオその他の証明したところによって,この両者は相等し

い,とライブニ十ツはいうのである。この活力は,現代的には,その‡が運動エネ

ルギーに相当する。 81い 注59参照。 82い 広重徹,前掲雷(cf.注36)P..72 83..ヤンマー,前掲番(cf.注57)Pい162 84… KantsWerke,AkademieTextausgaben,(Walter deGruyterCo.)1968,1, Kant,GedankenvonderWahrenSch謀tzung derIJebendigenKrafte,25, P36い 85いOeuvresCompl占tesdeD’Alembert,1(Slatkine,1967),P”401” (了)

参照

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