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( 50 ) 園芸土壌のリン酸過剰がもたらす弊害とその対策 1. はじめに 1.1 土壌肥料学との出会い筆者は2015 年 3 月まで, ちょうど40 年間東京農業大学土壌学研究室 ( 現, 生産環境化学研究室 ) に在職した 本研究室は, 東京農業大学の初代学長である横井時敬先生の次男横井利直先生

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( 49 ) 肥料科学,第38号,49~78(2016)

園芸土壌のリン酸過剰がもたらす弊害とその対策

後藤 逸男*  目 次 1. はじめに  1.1 土壌肥料学との出会い  1.2 土壌肥料屋が土壌病害の世界に飛び込んだ 2. 「土づくり迷信」に惑わされる農家  2.1 土づくりに励んだ土ほど土壌病害になりやすい  2.2 変わり果てた黒ボク土 3. 土壌リン酸過剰が土壌病害を助長する  3.1 根こぶ病の発病抑止土壌  3.2 根こぶ病の発病抑止土壌の謎  3.3 土壌のリン酸過剰が根こぶ病の発病を助長する  3.4 ジャガイモそうか病も土壌のリン酸過剰で助長される  3.5 その他の土壌病害でも 4. 園芸土壌のリン酸過剰抑制対策  4.1 農家に対する土壌診断の啓発と診断項目の見直し  4.2 バイオマス資源を原料とする低リン酸肥料 ( 生ごみ肥料 ) の活用 5.おわりに * 東京農業大学名誉教授

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1.は じ め に

1.1 土壌肥料学との出会い  筆者は2015年3月まで,ちょうど40年間東京農業大学土壌学研究室(現, 生産環境化学研究室)に在職した。本研究室は,東京農業大学の初代学長で ある横井時敬先生の次男横井利直先生により1957年に開設され,今日まで一 貫して「実践的土壌肥料学」を目指した研究を続けてきた。横井利直先生の 前職は農林省振興局研究企画管理官で,第二次大戦後の開拓地事業に携わっ ていた。そのため,東京農業大学着任後も研究室での研究内容はそのほとん どが全国各地の開拓予定地の土壌調査であった。筆者も1971年に研究室に所 属すると,夏休みや春休みには北海道や東北地方の調査にかり出された。毎 日原野を廻り20ヶ所程の試坑調査と土壌試料の採取を行った。2週間くらい 調査を行うと300点くらいの分析用の土壌試料が貯まる。大学に帰るとすぐ にそれらの分析が待っていた。開拓予定の原野の土壌は酸性が強く,交換性 塩基や可給態リン酸が極端に欠乏していて,それまで原野として放置されて いた理由がよく理解できた。  その後,大学院修士課程を修了後4年間無給副手を務めた後,1979年に東 京農大の助手として採用された。その頃から天然ゼオライトや鉄鋼スラグの ような未利用資源を土壌改良資材として利用する研究と共に,戦後の開拓地 で,その後野菜の大産地となった地域やそれらと対照的に古くから農地とし て利用されてきた都市農業地域の野菜産地などの土壌診断調査を始めた。こ れらの調査を通じて地元の農家とつきあう中で,作物づくりではプロである 農家に意外にも土壌学や肥料学の基礎知識が備わっていないことを知った。 それはすなわち,土壌肥料学関係者の怠慢ではないかと思い,1989年に農家 のための土と肥料の研究会「全国土の会」を立ち上げた。また,全国有数の 野菜産地の土を調べてみると元来痩せていたはずの土が堆肥や肥料の過剰施 用で養分過剰とアンバランス,いわば「土のメタボ」に陥っていたことが明 らかになった。貴重な肥料資源を海外から輸入し,それを養分過剰農地に施

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( 51 ) 1.はじめに して地下水を硝酸イオンで汚す。そのようなことを続けてよいのか,それが 筆者を実践的土壌肥料学の研究に駆り立てたきっかけであった。 1.2 土壌肥料屋が土壌病害の世界に飛び込んだ  まず,最初に手がけた調査地域のひとつが東京都三鷹市であった。三鷹市 は大都会東京の一部となっているが,今なお都市農業が盛んな地域である。 古くから東京カリフラワー・ブロッコリーの産地としても知られているが, 1970年代から根こぶ病が多発して大問題となっていた(写真1)。筆者らが 土壌診断調査を始めたのがまさにその時期で,地元の生産者が筆者らに求め たものは,肥やしのやり方ではなく根こぶ病対策であった。同じ頃,長野県 のハクサイや群馬県のキャベツ産地にも調査に入っていた。この地域ではす でに根こぶ病の洗礼を受けた地域で,農水省のプロジェクトチームによる対 策が功を奏し,地元では根こぶ病はすでに過去の土壌病害となっていた。  アブラナ科野菜根こぶ病とは原生動物の一群であるネコブカビ(Plasmodi-写真1 根こぶ病による壊滅的な被害を被ったカリフラワー畑

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ophora brassicae)がアブラナ科植物の根に感染してこぶを作り,それが維 管束を圧迫して地上部への水分移行を阻害し枯死させる難防除性土壌病害 で,世界中で大きな問題となっている。基本的な防除対策のひとつが土壌酸 性改良で,三鷹市では充分な酸性改良が行われなかったため根こぶ病が蔓延 していた。また,神奈川県三浦半島のキャベツ産地でも根こぶ病が多発した が,罹病株処理対策などを産地ぐるみ行い,根こぶ病をなくした地域として 名高い。しかし,最近では根こぶ病復活の兆しが見られるようになった。か つてハクサイ根こぶ病に苦しめられた長野県ではその後ハクサイ黄化病,最 近ではレタス根腐病のように次から次へと新しい土壌病害が出現している。  全国各地のスイカやメロン,キュウリ産地では急性萎凋症が多発して産地 の存続が危ぶまれるところも出ている。筆者らはこのような地域の他に,萎 黄病に悩まされていた静岡県のセルリー産地や中国野菜産地で土壌診断を行 いながら,地元の農家や JA などと組んで土壌肥料学の立場から土壌病害対 策に取り組んできた。根っからの土壌肥料屋で植物病理学とは全く縁遠かっ た筆者らをいつの間にか土壌病害の分野に引きずり込んだのは農家の「土壌 病害を何とかしてほしい」という切実な要望であった。

2. 「 土 づ く り 迷 信 」に 惑 わ さ れ る 農 家

2.1 土づくりに励んだ土ほど土壌病害になりやすい  筑波山の山麓に位置する茨城県筑西市一帯は古くから小玉スイカの大産地 として名高い。パイプハウスに12月頃スイカ苗を定植し,翌年6月頃までに 収穫,その後トマトを定植し,11月頃まで収穫する。この地域の土壌は黒ボ ク土で,最も古いハウスでは約60年間にわたってスイカを栽培していた。近年, この地域では急性萎凋症(写真2)が多発している。この急性萎凋症とはホ モプシス根腐病(Phomopsis sclerotioides)や黒点根腐病(Monosporascus cannonballus)などの総称で,病原菌はいずれも糸状菌の仲間である。その 症状は根から感染し,主根や支根が部分的に淡褐色~黒色の入れ墨様症状 (写真3)となる。その後果実の肥大開始期から収穫期にかけて茎葉が急激

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( 53 ) 2. 「土づくり迷信」に惑わされる農家

写真3 急性萎凋症に罹病した小玉スイカの根

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に萎凋し,やがて全葉がしおれて枯死する。この急性萎凋症はスイカ・メロ ンだけでなく,キュウリやカボチャなど多くのウリ科野菜に感染し,全国各 地で大きな問題となっている。  筑西市内のスイカ農家からの要請により,急性萎凋症で全滅したハウスの 作土とその近くの林の中から表層土を採取した。どちらも同じような黒褐色 の黒ボク表層土であったが,ハウスでは約20年間毎年堆肥や肥料が施されて きたのに対して,林の土は人の手が入っていない。これらの土を寒天とかび の培養に用いる PDA 培地に同量添加してオートクレーブで滅菌処理した。 それをペトリ皿に移して土壌添加平板培地を作り,その中央部に純粋培養し たホモプシス根腐病菌を置き,1週間程度25℃の恒温器内で培養した。その 結果,写真4のように右側のハウス土壌ではペトリ皿ほぼ一面に菌糸が伸び たが,林の中から採取した未耕地土壌では明らかに菌糸伸張が抑えられた。 この写真はいったい何を物語っているのか。精魂込めて土づくりを続けてき たハウスの土の方がホモプシス根腐病菌の繁殖しやすい土壌環境にあるとい える。 写真4 未耕地とハウス土壌におけるホモプシス根腐病菌の菌糸伸長の相違

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( 55 ) 2. 「土づくり迷信」に惑わされる農家 2.2 変わり果てた黒ボク土  関東の台地には黒ボク土が広く分布している。今回事例に上げた長野県や 群馬県のハクサイ・キャベツ畑,三鷹市のブロッコリー畑も筑西市のスイカ ハウスの土も黒ボク土である。見た目には黒いので,はじめて見る人には肥 えた土と間違えられることもあるが,本来たいへん痩せている。適切な酸性 改良やリン酸資材を施用しないと作物はほとんど生育しない。各地の野菜産 地から採取した黒ボク土の土壌診断分析結果を東京農大式土壌診断システム 「Web みどりくん」 のレーダーチャートで示した。このレーダーチャートは 主要な土壌診断分析7項目について,上限値(正七角形で示す外側の線)と 下限値(正七角形で示す内側の線)に対して測定値がどのような状態にある かを一目でわかるようにしたもので,測定値が上限値と下限値の間のゾーン に入っていれば適正と見なされる。なお,これらの上・下限値は地力増進法 に定められた普通畑土壌の改善目標値に基づいて設定した。ただし,黒ボク 土の可給態リン酸については,下限値を10㎎ /100g,上限値を50㎎ /100g と 設定した。  図1左の未耕地土壌は筑西市の林から採取した土壌で,ホモプシス根腐病 図1 未耕地とハウス土壌の土壌診断図の相違(茨城県筑西市の黒ボク土)

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菌の菌糸伸張阻止力が強い写真4左の土壌である。pH(H2O) は4.9と低く, 交換性塩基を欠き,塩基飽和度は5%弱,可給態リン酸は皆無に等しかっ た。一方,20年間スイカを作り続け急性萎凋症で全滅してしまったハウスの 黒ボク土(図1右)では適量の交換性塩基を含み,塩基飽和度は81%とまさ に理想的な状態にあったが,可給態リン酸は263㎎ /100g に達し,水溶性リ ン酸も33㎎ /100g 検出された。また,電気伝導率は0.86mS/㎝と高く,35㎎ /100g もの硝酸態窒素が残存していた。  長野県のハクサイ畑の黒ボク土(図2)では,かつて多発した根こぶ病対 策として石灰資材の施用が慣行化し,pH(H2O) が7以上で塩基飽和度は 113%にまで高まっていた。また,可給態リン酸は81㎎ /100g で,黒ボク土 としてはすでに過剰域にあった。  根こぶ病が多発していた1987年当時の三鷹市のブロッコリー畑(図3)で は酸性が強く,交換性マグネシウムが欠乏していたが,可給態リン酸は45㎎ /100g と適量の状態にあった。その後,この地域では地元農家と JA からの 要請により筆者らとの共同プロジェクトによる徹底した土壌改良(転炉スラ グによる酸性改良とサブソイラーによる心土破砕)と施肥改善により1995年 図2 集約的露地野菜畑の土壌診断図 (長野県の黒ボク土)  図3 根こぶ病が激発したブロッコリー畑の土壌診断図 (1987年当時の東京都三鷹市の黒ボク土)

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( 57 ) 2. 「土づくり迷信」に惑わされる農家 以降三鷹市内の畑から根こぶを一掃することができた。  このように同じような黒ボク土であっても,地域あるいは作目により土壌 養分状態に大きな違いが見られた。三鷹市の野菜畑は少なくとも100年以上 の長い歴史のある関東地域では最も古い黒ボク土の畑と思われるが,リン酸 の過剰は認められなかった。第二次大戦後の開拓地から誕生した集約的野菜 大産地では約半世紀の間に可給態リン酸が100㎎ /100g くらいまで増加した。 ハウス栽培ではわずか20年で200㎎ /100g を大幅に超過し,大量の水溶性リ ン酸が蓄積した。  西日本の野菜産地では可給態リン酸数百㎎ /100g の地域が当たり前のよう になっているが,リン酸固定力が極端に強い黒ボク土では,50㎎ /100g 程度 以上ですでに過剰な状態と見なすべきである。筑西市のスイカハウスでの 263㎎ /100g はもはや「きちがい沙汰」といわざるを得ない。しかし,農家 の感覚はあくまで「黒ボク土は痩せている」「黒ボク土はリン酸が効かない」 の意識が強いため,この地域のハウスには今でも大量の堆肥やリン酸肥料が 土づくり資材として施用され続けられ,もはや黒ボク土とは思えない「メタ ボ土壌」に変身していた。  戦後の開拓当初,痩せた土壌への石灰やリン酸資材の投入がめざましい効 果を発揮して,土壌肥沃度は飛躍的に改善され,生産性も著しく向上した。 そのような土壌改良資材や肥料のすばらしい効果を体験した農家には, ①「肥やし」を施せば,施すほどよい作物がたくさん穫れる。 ②「土づくり」の決め手は堆肥だ。 ③野菜づくりには,石灰資材を必ず施す。 ④黒ボク土 ( 火山灰土壌 ) には,リン酸資材を必ず施す。 などの意識が固定概念として定着して,次世代あるいは次々世代にまで引き 継がれてきた。戦後の食糧難で日本人も開拓地の土と同じように痩せていた が,その後のめざましい経済成長に伴い人の健康状態もよくなった。しか し,最近では栄養やカロリーの摂りすぎで「メタボ」が進み社会問題化して いる。このように「人と土の健康」には相通じる点が多い。

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3. 土 壌 リ ン 酸 過 剰 が 土 壌 病 害 を 助 長 す る

3.1 根こぶ病の発病抑止土壌  群馬県吾妻郡嬬恋村は日本一の夏秋キャベツ産地として有名であるが,か つて根こぶ病に苦しめられた村としてもよく知られている。嬬恋村のキャベ ツ栽培は明治後期に自家用として始められ,その後1950~1960年代には一大 産地に発展した。当初は集落周辺の畑で栽培していたが,規模拡大にともな い山間部の新規開拓畑へと移っていった。その地域の山間部の土壌は浅間山 から噴出された火山灰を母材とする黒ボク土で表層は真っ黒な土で覆われて いた。第二次世界大戦以後の開拓事業では山間部の森林を伐採して,山間部 の地形をそのまま使っていたので,山間部のキャベツ畑の土はほとんど黒ボ ク表層土であった。この土の畑では,根こぶ病がよく発生していた。その 後,農用地の大規模開発技術が発達し,山を削りその土を谷に埋める工法に より,表層土が剥ぎ取られ褐色の下層土が露出した新規キャベツ畑が誕生し た。この畑でキャベツをつくるとなぜか根こぶ病に罹りにくいことが地元の 農家により見いだされていた。1980年代に群馬県園芸試験場の木村ら1)が黒 ボク表層土の畑では根こぶ病が発生しやすく,その下層土の畑では根こぶが 付きにくいことを確認し,この黒ボク下層土が根こぶ病に罹りにくい土壌, すなわち発病抑止土壌であることを明らかにした。  しかし不思議なことに,発病抑止土壌の種類が土壌病害により違うことも 知られている。そこで,この点を確かめるために,日本で野菜が栽培される ことが多い四種類の土壌を人工的に病原菌で汚染して,根こぶ病・ウリ科ホ モプシス根腐病・レタス根腐病の発病試験を行った。その結果,写真5~7 のように土壌間で発病に著しい違いが認められた。根こぶ病では黒ボク表層 土で最も激しく発病したが,黒ボク下層土では全く根こぶが付いていなかっ た。ウリ科ホモプシス根腐病・レタス根腐病では逆に黒ボク表層土で発病が 抑えられた。この試験で低地土はどの病害にも罹りやすい土であることが判 明した。日本の土壌の中で,低地土は黒ボク土に比べて肥沃度の高い土壌で

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( 59 ) 3. 土壌リン酸過剰が土壌病害を助長する

写真5 土壌の相違がチンゲンサイ根こぶ病の発病に及ぼす影響(根部)

写真6 土壌の相違がメロンホモプシス根腐病の発病に及ぼす影響

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あるが,その反面土壌病害には弱いことがわかる。  土の種類によって根こぶ病の出方が違う,なぜだろう。多くの研究者によ りこの謎の解明が進められた。岩間ら2)は多腐植質黒ボク表層土とその下層 土では,夏作キャベツ栽培期間中の土壌中二酸化炭素濃度が前者において後 者の2~4倍の高濃度であることから,気液平衡により土壌 pH を低下させ ることが表層土で病徴が促進される原因であると推定している。また,黒ボ ク下層土を100℃で1時間蒸気殺菌して生物的要因を除去してから根こぶ病 菌を接種すると抑止性が消失することから土壌中の微生物性も関与する3) の報告もある。他方,オートクレーブによる高圧蒸気殺菌を加えても抑止土 壌の抑止性が消失しない4)ことから,宮田5)は物理的発病抑止土壌モデルと してのバーミキュライトにおいて休眠胞子の吸着などを推定したが明確な結 論を出すには至っていなかった。  そこで,遅ればせながら,筆者たちも1995年頃から根こぶ病を手始めに土 壌肥料学の立場から,発病抑止土壌の謎にチャレンジした。 3.2 根こぶ病の発病抑止土壌の謎  アブラナ科野菜根こぶ病の感染源は土壌中に生息する直径0.002㎜ほどの 大きさで堅い鎧のようなキチン質の細胞壁に覆われた休眠胞子で,これにア ブラナ科野菜の根が近づくと発芽して根毛に感染する。  発病抑止土壌の謎についていろいろ研究6)を重ねた結果,図4のようなこ とが明らかになった。休眠胞子はその表面に陰電荷を帯びている。その一 方,発病しにくい黒ボク下層土には大量の陽電荷を持つアロフェンが含まれ ているので,図4右のように休眠胞子を電気的に吸着してとりこにしてしま う。その結果,土壌中の休眠胞子密度が見かけ上減少して発病が抑止され る。黒ボク表層土中にもアロフェンが含まれているが,腐植中には大量の陰 電荷があるためアロフェンの陽電荷を打ち消し,土壌全体としては陰電荷を 帯びている。そのため黒ボク表層土中では休眠胞子が土壌コロイドから電気 的反発を受け,土壌中を自由に動き回ることができる。そのような中にアブ

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( 61 ) 3. 土壌リン酸過剰が土壌病害を助長する ラナ科野菜の根が伸びれば容易に感染してしまう。 3.3 土壌のリン酸過剰が根こぶ病の発病を助長する  図4のように陽電荷を持つ黒ボク下層土が根こぶ病の休眠胞子を電気的に 捕捉して発病を抑止するのであれば,この土壌にリン酸肥料が施用されると 図5のように陰イオンであるリン酸イオンが土壌表面に吸収され陽電荷が減 るはずである。そのように仮定すれば,休眠胞子の吸着力が減り根こぶ病が 出やすくなるのではないかと考えた。そこで,黒ボク下層土にリン酸イオン を添加して人工的なリン酸過剰土壌を作りハクサイのポット栽培試験を行っ た。その結果,写真8のようにリン酸過剰土壌で根こぶ病が激しく発病し た。筆者らはこれまで全国各地の根こぶ病発生地域で土壌診断調査を行う中 で,特に可給態リン酸が過剰になった畑ほど発病しやすい傾向にあることを 体験してきたが,そのことが本研究7)で裏付けられた。 休 眠 胞 子 土の電荷 図4 根こぶ病発病抑止土壌の抑止メカニズム

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3.4 ジャガイモそうか病も土壌のリン酸過剰で助長される  ジャガイモそうか病(写真9)はアブラナ科野菜根こぶ病と並ぶ難防除の 土壌病害の一つで,その病原菌として Streptomyces scabies, Streptomyces turgidiscabies, Streptomyces acidiscabies などが知られている。塊茎表面にか さぶた状の病斑を形成して,商品価値を著しく低下させる土壌病害で,根こ 図5 リン酸施用による黒ボク下層土の電荷の変化 写真8 可給態リン酸の過剰が根こぶ病の発病に及ぼす影響(ポット栽培試験)

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( 63 ) 3. 土壌リン酸過剰が土壌病害を助長する ぶ病とは対照的に土壌pHが高いほど発病しやすく,通常pH(H2O)5.2以下で は発病が抑制される。そのため,土壌への石灰資材の施用を控え,土壌 pH を低く保つような防除対策がとられてきた。  北海道に次ぐジャガイモの大産地である長崎県では生食用として出荷する 割合が高い。慣行栽培ではそうか病対策として,クロルピクリンなどによる 土壌消毒を行う農家が多いため,必ずしもそうか病に対する問題意識を持っ ていないが,薬剤の利用が制限されている有機栽培農家ではきわめて深刻な 事態に陥っていた。長崎県雲仙普賢岳の山麓に位置する島原市内のジャガイ モ有機栽培圃場を対象として土壌診断調査を行った結果,赤黄色土作土の pH(H2O) は平均4.7と極めて低かったにもかかわらずそうか病が激発し,こ れまでの常識が通用しない現象であった。その激発圃場の可給態リン酸は 249㎎ /100g で,その約30%が水溶性であった。pH(H2O) と全アルミニウム 量がほぼ同等で,発病度が著しく相違する2圃場を比較した結果,図6のよ うに激発圃場では作土にリン酸が蓄積し,交換性・可溶性アルミニウムが少 なかった。逆に下層以下ではリン酸が少なく,交換性・可溶性アルミニウム が多かった。一方,発病度の低い圃場では作土中のリン酸量が少なく,土層 中での可溶性アルミニウムの増減は認められなかった。 写真9 ジャガイモそうか病

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図6 そ う か 病 発 病 程 度 の 異 な る 圃 場 に お け る 土 壌 中 の 形 態 別 リ ン 酸 と ア ル ミ ニ ウ ム 量 の 垂 直 分 布

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( 65 ) 3. 土壌リン酸過剰が土壌病害を助長する  次に,土壌へのリン酸施用がそうか病菌の生育に及ぼす影響をペトリ皿に よる培地試験法により検討した。現地で採取したリン酸含有量が低い赤黄色 土にリン酸二水素カルシウムを施用して,可給態リン酸200㎎ /100g 程度を 上限とする5種類のリン酸施用土壌(P0~ P4区)を作成した。これらの土 壌3~5g を100㎖の水に分散させ,PDA(寒天6%)を添加後,pH を4.8に 調節した。121℃,20分間のオートクレーブ処理を施した後ペトリ皿に分注 し,そうか病菌を接種した。28℃で5~8日間培養後にコロニー数を計測し た結果,写真10のように,P0区と P1区では全く生育しなかったが,P2区~ P4区ではコロニーの形成が認められた8)  ジャガイモそうか病については水野ら9)が北海道で詳細な研究を行い,酸 性土壌中のアルミニウムイオンがそうか病菌の発育を阻害することが明らか にされている。ジャガイモ圃場では pH を低下させることによりアルミニウ ムが活性化してそうか病菌の生育を抑えるが,リン酸を過剰に施用すると, 施肥リン酸が土壌中のアルミニウムイオンと結合して不溶性のリン酸アルミ 写真10 土壌へのリン酸添加が Streptomyces scabiei の生育に及ぼす影響

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ニウムを形成するためアルミニウムの毒性が消失してしまう。従来から,黒 ボク土では「アルミニウムによるリン酸の固定」がよく知られている。これ が,農業生産者のリン酸迷信につながる訳であるが,長崎のジャガイモ圃場 では「リン酸によるアルミニウムの固定」という,とんでもない現象が生じ ている。永尾10)は長崎県下のジャガイモ圃場の土壌診断調査により,リン 酸資材が上乗せの形で施用されているため可給態リン酸が非常に高まってい ることを指摘し,さらに5年間におよぶ圃場栽培試験で表1のように重焼リ ン施用量を増やすとそうか病の罹病率が高まることを報告している。そのメ カニズムについては触れられていないが,「リン酸によるアルミニウム固定」 現象を裏付ける結果である。なお,筆者らは1989年に行った静岡県島田市で の茶園の土壌診断調査でも,茶園株間の表層でのリン酸過剰による可溶性ア ルミニウムの低下と,それに伴う一番茶葉のアルミニウム含有量の減少を認 めている11) 3.5 その他の土壌病害でも  上記のように,アブラナ科野菜根こぶ病とジャガイモそうか病については 土壌のリン酸が過剰になるとそれらの発病が助長されることが明らかになっ た。ただし,そのメカニズムは前者がリン酸の施用に伴う土壌コロイドの電 表1 重焼隣施用量がバレイショ塊茎そうか病被害率(個数 %)に及ぼす影響 重焼隣 2000 5作 施用量 春作 秋作 春作 秋作 春作 平均 無施用( 17) 10.0 10.2 12.1 10.1 5.8 9.6 少 量( 69) 8.8 14.8 15.1 16.3 9.1 12.8 中 量(134) 7.3 17.0 17.7 21.2 22.3 17.1 多 量(271) 5.4 19.9 25.6 27.7 31.7 22.1 ( ):栽培跡地の可給態リン酸 永尾(2001) 1998 1999

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( 67 ) 3. 土壌リン酸過剰が土壌病害を助長する 荷特性の変化であるのに対して,後者では施肥リン酸とアルミニウムとの化 学反応によるアルミニウムの無毒化であった。土壌診断でリン酸過剰と判断 された畑やハウスでは,それ以上のリン酸施肥を控え,厄介な土壌病害を引 き起こさないように注意したい。  根こぶ病とそうか病の他にも,ポモプシス属菌(Phomopsis sclerotioides) が原因するウリ科ポモプシス根腐れ病やフザリウム属菌(Fusarium oxysporum) が原因するレタス根腐病についても,写真11,12のように土壌のリン酸過剰 により発病が助長された。そのメカニズムはジャガイモそうか病と同様に, リン酸によるアルミニウム固定であると推察している12) 写真12 リン酸の施用がレタス根腐病の発病に及ぼす影響 写真11 リン酸の施用がホモプシス根腐病の発病に及ぼす影響

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 茨城県のスイカハウスではホモプシス根腐病が多発しているが,発病ハウ スの土壌はほとんどが黒ボク表層土である。本来,黒ボク表層土はホモプシ ス根腐病に対する発病抑止土壌のはずであるが,その黒ボク表層土のとんで もないリン酸過剰が発病抑止力を消失させてしまった。それにもかかわら ず,未だに「誤った土づくり」のために多量のリン酸を施用している現状に ある。

4. 園 芸 土 壌 の リ ン 酸 過 剰 抑 制 対 策

4.1 農家に対する土壌診断の啓発と診断項目の見直し  1960年代より肥料関連団体・企業などを中心に適正な施肥管理を目的に農 家個別の農耕地を対象とする土壌養分分析,すなわち「土壌診断」が行われ るようになった。1981年には農水省の土壌 ・ 作物体分析機器開発事業により 土壌診断専用の分析装置(土壌・作物体総合分析装置)が開発され,全国各 地の土壌診断室に配備された。このように,わが国で土壌診断分析が始まっ てからすでに半世紀以上を経過したにもかかわらず,2008年の肥料価格高騰 に伴い土壌診断が一躍注目を集めるようになった。その背景には,それまで 全国で行われてきた土壌診断の在り方に問題があったといわざるを得ない。  農業生産現場で行われてきたこれまでの土壌診断では,肥料や土壌改良資 材の販売と絡むことが多いため,土壌養分の過剰が明らかになっても積極的 な施肥削減が行われないケースも少なくなかった。また,土壌診断分析が無 料で行われることが多く,農家自身が分析結果の価値を軽んじてきた傾向が ある。すなわち,肥料や資材を売らんがための土壌診断が広く行われてき た。例えば,可給態リン酸は薄い酸で溶出するリン酸を測るので,どんなに 可給態リン酸が過剰な畑であっても,水溶性リン酸肥料を施用すべきとする 土壌診断処方箋がまかり通ってきた。そのため,園芸土壌では可給態リン酸 の替わりに水溶性リン酸をルーティン化すべきである。ただし,長年慣れ親 しんできた可給態リン酸を切り捨てることには未練が残る。分析項目を増や すことになるが,当面は可給態リン酸と水溶性リン酸の両方を分析すること

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( 69 ) 4. 園芸土壌のリン酸過剰抑制対策 が望ましい。なお,トルオーグ法による可給態リン酸に占める水溶性リン酸 (土壌:水 =1:200で抽出する場合)の割合は黒ボク土で10%,低地土で 20%程度であるので,可給態リン酸の分析値からだけでもおよその水溶性リ ン酸量を推定することも可能である。  多くの作物一作当たりのリン酸吸収量は数~10㎏ /10a である。例えば, 可給態リン酸100㎎ /100g の土壌では作土深15㎝で10㎏ /10a 程度以上の水溶 性リン酸が存在する。それらの根拠もあわせて,「全国土の会」 では可給態 リン酸100㎎ /100g 程度以上の土壌では無リン酸栽培を推奨している。  pH(H2O) が高く交換性カルシウムを多く含む土壌では,可給態リン酸が 過剰でもかなり大きなリン酸吸収係数を示すことがあり,無駄にリン酸肥料 が施用されてしまう。その原因はアルミニウムイオンではなくカルシウムイ オンがリン酸と反応してリン酸カルシウムとなるためである。なお,リン酸 吸収係数の測定法にはリン安法13)とオルトリン酸(正リン酸)法14)とがあ る。一般には前者の方法を採用する土壌診断室が多いが,この方法では上記 のようなリン酸カルシウムに起因するリン酸吸収が生じる15)ことがある。 一方,1/100M/L オルトリン酸液を用いる後者ではリン酸が過剰になるほど リン酸吸収係数が小さくなり,極端な過剰土壌では土壌中のリン酸が溶出さ れてマイナスの値となる。どうしてもリン酸吸収係数を分析したい場合には この正リン酸法を選択した方がよい。いずれにせよ,リン酸吸収係数は本来 リン酸欠乏土壌を対象にする分析項目であるので,園芸土壌などのように可 給態リン酸過剰が明らかな場合には省略してよい。  せっかくの機会であるので,リン酸以外の分析項目についても触れておき たい。ほとんどの土壌診断室では,腐植分析をルーティン化している。土壌 診断基準では腐植含有量の適正範囲を3%以上と設定されていることが多い が,黒ボク土地帯ではその値を超過する。逆に,本来腐植含有量が少ない地 域で,腐植分析を行うと基準値より少ないからと,それまで以上に多量の家 畜ふん堆肥を施用してしまい,それがリン酸やカリの過剰に繋がることが多 い。腐植は土の色を見ればおよその含有量を判断できる。具体的には,黒み

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が全くなければ数%以下,やや黒みがあれば数~5%,かなり黒ければ5~ 10%,真っ黒であれば10%程度以上と見なせばよい。また,最近では多くの 土壌診断室で微量要素の分析もできるようになった。たいへんよいことであ るが,ホウ素を除いて他の微量要素では分析方法が統一されていないことが 今後の課題である。水田土壌では,従来から汎用されてきた0.1M/L 塩酸抽 出法でよいと思われるが,園芸土壌特に pH が高い土では,塩酸が中和され てしまうため測定値が過小評価されることもあるので注意を要する。  土壌診断室の中には,畑や施設土壌であるにもかかわらず可給態ケイ酸や 遊離酸化鉄の分析を行っているなど分析に無駄な時間と経費を費やしている 事例も少なくない。また,せっかく数多くの分析を行ってもデータが「サー バーの肥やし」となり果て,施肥改善に役立っていないことも散見される。 農家ばかりでなく,農家に対して営農技術を普及あるいは指導する人材への 土壌肥料学の啓発もこれからますます重要となる。  数年前より,JA では営農指導員を対象に圃場での土壌診断調査法実習や 施肥設計・処方箋作成のための研修会,全肥商連では肥料商の営業担当者や 各県の普及指導員などを対象とする施肥技術講習会が開催されるようになっ た。いずれも高く評価できるが,受講者が処方箋を書けるだけではなく,農 家自身に処方箋を書かせることを最終目的にすべきである。農家に土壌診断 分析結果を判読できる知識がなければ,土壌診断結果が「猫に小判」となっ てしまう。 4.2 バイオマス資源を原料とする低リン酸肥料(生ごみ肥料)の活用  リン酸過剰となった園芸土壌に対する対処としては,リン酸過剰化の一因 である家畜ふん堆肥の過剰施用を控えることが有効であるが,「土づくりの 基本」である有機物補給が途絶えてしまう。また,基肥にはリン酸含有量の 低い谷型あるいは L 型肥料を施用すべきであるが,JA や肥料店では野菜や 作物毎の品目別肥料の取り扱いが多く,それらのほとんどが山型あるいは横 並びの銘柄となっている。

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( 71 ) 4. 園芸土壌のリン酸過剰抑制対策  筆者らは,1990年代から事業系生ごみを原料とし,わずか数時間で,しか も都会でも製造可能な生ごみ肥料の開発と実用化を進めてきた16, 17, 18)。これ までに,その製造技術を確立し,農家の野菜畑やハウスあるいは水田での実 用化試験を実施した。その結果,この生ごみ肥料がリン酸過剰土壌に適する ことが明らかになったので,その概要を紹介する。  学校給食などの事業系生ごみを80℃程度で乾燥すると,炭素率が15程度で 15~20%の油分を含む固形物となる。一般に家畜ふん堆肥の場合には炭素率 20程度以上で作物に窒素飢餓が起こりやすい19)と言われているが,バーク やおがくずなどの難分解性有機物が混入されていない生ごみでは炭素率15程 度であっても窒素の有機化が起こる。そこで,生ごみ乾燥物を搾油機により 脱脂して油分を10%程度まで下げることにより炭素率も10程度に低下する。 その脱脂物をデスクペレッターにより直径3㎜,長さ5㎜のペレットに成型 した資材が,搾油生ごみ肥料 「みどりくん」(写真13)である。三要素成分が 4-1-1と窒素に対してリン酸とカリ含有量が低い L 型肥料で,現在では東京農 業大学世田谷キャンパスのリサイクル研究センター内に設置された実験プラ ント(写真14)で製造している。2010年年10月に仮登録を受けたが,新規公 定規格の設定が進まず,現在までに7回の仮登録の更新を繰り返している。 なお,仮登録での保証成分は窒素2.5%以上である。本方式による生ごみリ サイクルの唯一の欠点は乾燥にエネルギーを要することであるが,製造プラ 写真13 東京農大で開発した搾油生ごみ肥料「みどりくん」

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写真14 生ごみの乾燥肥料化プラント(東京農大方式)

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( 73 ) 4. 園芸土壌のリン酸過剰抑制対策 ントをごみ焼却工場内に設置し,余熱を利用すればよい。あるいは,ホテル やデパートなど,飲食店を含むビル内にプラントを設け,ビル管理のための ボイラーの余熱を活用することも合理的である。  食品リサイクル法で肥料化と言えば堆肥化が一般的である。肥料化では, 生ごみ中の炭素を二酸化炭素として揮散させることにより炭素率を下げるわ けであるが,その際窒素がアンモニアガスとして揮散し,窒素肥料としての 損失だけでなく,悪臭や酸性雨の原因物質ともなる。また,製造にも長時間 を要するので必ずしも合理的な方法とは言えない。その点,筆者らが開発し た乾燥・搾油方式は理にかなったバイオマス資源再生利用方法であると思わ れる。 4.3 リン酸蓄積ハウスでの施肥改善実践事例  静岡県磐田市の角田茂巳さん(全国土の会の支部組織「遠州土の会」会 長)は,1979年に台地上の赤黄色土壌畑にハウスを建て,年間6作のチンゲ ンサイ周年栽培(写真15)を行っている。最初の約20年間は有機配合肥料と 年間5t/10a程度の豚ぷん堆肥による土づくりを続けてきた。1996年に 「全国 土の会」 に入会して土壌診断分析を行った結果,作土の可給態リン酸は540 ㎎ /100g におよび,そのうち75㎎ /100g が水溶性リン酸であった(図8左)。 そのため,リン酸の無施用栽培を勧めたが,すぐに同意することはなく, 2001年より下記のようなリン酸削減試験を開始した。  面積180㎡のハウスを4分割して,交互に慣行区と改善区を設けた。改善区 の肥料には筆者らが開発・実用化した搾油生ごみ肥料 「みどりくん」 を使っ た。改善区における作毎の施肥量は7-2-10㎏ /10a 程度で,土壌診断結果に基 づいて調節した。なお,「みどりくん」 だけではカリが不足するので,必要 に応じて試験開始当初はケイ酸カリや硫酸カリを施用していたが,最近では 硫酸イオンの蓄積防止と価格の観点から塩化カリで補っている。慣行区には 従来どおりの施肥を計画していたが,角田さん自身の施肥改善意識が高ま り,試験開始当初より改善区とほぼ同等の施肥設計となった。具体的には,

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魚かすを主体とする有機配合肥料(8-1-8)を施用している。従って,慣行 区・改善区というより,有機配合区・「みどりくん」 区と表現した方がよい かもしれない。  本ハウスでの栽培試験は2016年12月現在で,88作目のチンゲンサイ栽培を 継続中である。この間,改善区には 「みどりくん」 以外にリン酸を含む肥料 は一切施していないが,チンゲンサイの収量や品質には全く問題なかった。  15年間で改善区の可給態リン酸は図7のように,右肩下がりに減少し, 2016年7月現在で300㎎ /100g 程度となった。慣行区でも可給態リン酸につ いては改善区とほぼ同等に推移したが,最近では図8のように pH(H2O) と 電気伝導率に著しい違いが目立つようになった。改善区の硝酸態窒素2.0㎎ /100g,硫酸イオン9.2㎎ /100g に対して,慣行区では硝酸態窒素6.6㎎ /100g, 硫酸イオン156㎎ /100g であり,慣行区における pH(H2O) の低下と電気伝導 率の上昇は硫酸イオンの蓄積が原因と判断される。ちなみに,有機配合肥料 には7.5%の硫酸イオンが含まれていた。このような,施設土壌における硫 酸イオンの蓄積は全国的に認められる現象であり,今後注視する必要があ 図7 施肥改善区(「みどりくん」施用区)での可給態リン酸の経時変化

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( 75 ) 5.おわりに る。なお,角田農園で利用している有機配合肥料については,すでに肥料 メーカーが原料組成の改善に取り組んでいる。

5.お わ り に

 従来わが国の土壌肥料学では,土壌肥沃度をいかに高め,農産物の生産性 をいかに向上させるかが重要な研究課題の一つであった。しかし,土壌環境 基礎調査結果などからも明らかなように,現在の野菜畑,普通畑や施設,あ るいは樹園地や茶園では土壌養分の蓄積が進む傾向にある。それらのうち窒 素については最終的に土壌中を移動しやすい硝酸態窒素となり,その一部が 地下に溶出して地下水を汚染することから,窒素施肥法を改善するためのさ まざまな研究が数多く行われている。その一方,リン酸に関しては砂丘未熟 土のような砂質土壌でない限り,土壌に吸着固定されやすいため,たとえ過 剰となっても環境には溶出しにくい。また,作物もリン酸過剰による生育障 害を受けにくいなどの理由で土壌中のリン酸過剰が作物生産にもたらす悪影 響について追求した研究は少ない。また,農業生産現場では従来から行われ 図8 リン酸施肥改善試験区間における土壌診断分析値の違い

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てきた土づくりの一環として,慣行的にリン酸質資材を施用する,あるいは 家畜ふん堆肥など有機質資材中の肥料成分量を考慮しない施肥が行われるな どの原因で,とくに園芸土壌中でのリン酸の過剰蓄積が進んでいる。  近年,全国のアブラナ科野菜生産地では畑の土壌 pH が高いにもかかわら ず根こぶ病が多発している圃場も多く,そのような地域では施肥リン酸に伴 う土壌中のリン酸過剰蓄積が発病要因の一つとなっている。根こぶ病に限ら ず難防除土壌病害を防除するには,土壌化学性・物理性・生物性の改善,輪 作体系の確立,おとり植物や抵抗性品種の導入,殺菌剤の利用など総合的な 対策が不可欠であるが,それらに加えて土壌リン酸の蓄積を抑制するための 施肥管理も重要な対策の一つに加える必要がある。  有限であるリン酸資源の保護,土壌リン酸の環境への放出防止,農業生産 者の生産経費削減などの観点から,農耕地土壌へのリン酸過剰抑制の必要性 が叫ばれてきたが,今後は土壌病害抑制の観点からもその必要性が強調され なければならない。筆者らは,長年にわたって園芸農家にリン酸をはじめと する施肥改善を啓発してきた。土壌診断分析を行い,可給態リン酸が基準値 より著しく上回っていること,あるいはポット栽培試験でリン酸過剰になっ ても収量が増えないことを訴えても,聞く耳を持たない農家がほとんどで あった。しかし,根こぶ病やフザリウム病害で苦しむ地域での「リン酸過剰 が土壌病害の発病を助長する!」は農家の施肥に対する意識を変えることに きわめて有効であった。すなわち,農家は痛い目に遭ってはじめて目が覚め たわけであるが,今後は痛い目に遭う前に施肥改善を積極的に進める農家を 増やす必要がある。そのためには,畑や田んぼに肥やしを撒く農家自らが土 と肥料の科学を学び,土壌診断結果に基づいた施肥管理を実践するための啓 発を土壌肥料関係者が積極的に仕掛ける必要がある。

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( 77 ) 文  献 文 献 1) 木村康夫・渡辺 進・山崎勝明:キャベツ根こぶ病発生と土壌の種類および土 壌水分との関係,群馬園試報,11,79~81(1983) 2) 岩間秀矩・遅沢省子・金子幸男・久保田徹:アブラナ科野菜根こぶ病の発生と 土壌物理性,土壌の物理性,70,29~36(1994) 3) Murakami H, Tsushima T, and Shishido Y : Soil suppresiveness to clubroot disease of Chinese cabbage caused by Plasmodiophora brassicae. Soil Biol. Biochem. , 32, 1637~1642(2000) 4) 小林和弘・茂木正道:キャベツ根こぶ病の発病抑止土壌に対する堆肥混合の影 響および抑止土壌の苗床と本圃での利用,関東病虫研報,34,61~66(1987) 5) 宮田義雄:根こぶ病における物理的発病抑止型土壌モデルとしてのバーミキュ ライト,日植病報,49,101(1983) 6) 村上圭一・篠田英史・中村文子・後藤逸男:アブラナ科野菜根こぶ病の発病に 及ぼす土壌の種類と pH の影響,土肥誌,75,339~345(2004) 7) 村上圭一・中村文子・後藤逸男:土壌のリン酸過剰とアブラナ科野菜根こぶ病 発病の因果関係,同上,75,453~457(2004) 8) 後藤逸男・村上圭一:リン酸過剰が土壌病害を助長する,施肥管理と病害発 生,75~112pp,博友社㈱,東京(2004) 9) 水野直治・吉田穂積:土壌 pH,置換酸度 y1とバレイショそうか病との相互関 係,土肥誌,65,27~33(1994) 10) 永尾嘉孝:重焼燐の施肥がバレイショの収量・品質に及ぼす影響,九農研, 63,62(2001) 11) 後藤逸男・小林功子・蜷木 翠:茶園土壌中のアルミニウム・リンおよびマン ガンの挙動,土肥誌,65,538~546(1994) 12) 大島宏行・後藤逸男:ホモプシス根腐病の発病に及ぼす土壌の種類 , 施肥リン 酸 , 土壌 pH の影響,同上,86,81~88(2015) 13) 日本土壌肥料学会:土壌環境分析法,262~264,博友社㈱,東京(1997) 14) 吉田 稔:土壌のリン酸保持容量測定法の諸問題,土肥誌,52,372~374 (1981) 15) 南條正巳・牧野知之・庄子貞雄・高橋 正:スメクタイト質土壌のリン酸吸収

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係数における交換性イオンの役割,同上,62,41~48(1991) 16) 後藤逸男:生ごみリサイクル肥料,特許第3763445号(2006) 17) 後藤逸男・稲垣開生:生ごみからリサイクル有機質肥料を製造する方法,特許 第4940444(2012) 18) 稲垣開生・後藤逸男:生ごみから容易に製造できる低成分型リサイクル肥料, 研究ジャーナル,32,6,20~25(2009) 19) 広瀬春朗:各種有機物遺体の有機態窒素の畑条件土壌における無機化につい て,土肥誌,44,5,157~163(1973)

参照

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