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野地菊レフェリー 高校時代 サッカー部のマネージャーをしていた私が もっと近くでサッカーに携わりたいという思いから始めた審判活動は 今年で 7 年目 2 級に昇級させていただいてからもまもなく2 年が経ちます この 7 年間 数多くの試合を経験させていただき また サッカーを通じてたくさんの方との出

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Academic year: 2021

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(1)

HYOGO FA REFEREE NEWS 兵庫県サッカー協会審判委員会 広報部

Forza

がんばれ

!

R

レフェリー

№7

2005.10

求む!女性審判員

兵庫県サッカー協会審判委員会 育成・強化部 女子担当 おさめ

利之

アテネオリンピック以降、女子サッカーが注目を集めています。また、オリンピックの女子 サッカーの審判は全て女性審判員で実施されました。このようにサッカーは男女を問わず全世 界で楽しむスポーツとなっています。(競技規則からは、man という言葉はなくなりました) 一方、日本においては、L1、L2 リーグという女性のトップリーグがあり、その審判はほぼ全試 合女性審判員で実施され、日本協会も女性審判員の育成・強化に力を入れています。また、昨 年日本で始めて女性の 1 級審判が誕生しました。 さて、兵庫県の女性審判員の状況ですが、1 級 0 人、女子 1 級 3 人(内 2 人は県外へ移籍)、 2 級4人、3 級約 10 人(内 2 人が 2 級候補)、4 級約 100 人となっています。県内実働の男 性 2 級審判員約 50 人に比べるとまだまだ小人数(全体の 1 割程度)での活動となっている状 況です。兵庫県サッカー協会としては、女性審判員の活躍を期待しており、育成・強化に力を 入れています。やる気のある方を探しているのですが、この記事をご覧になった方は、級取得 に関係なく是非兵庫県サッカー協会へご連絡ください。 私はサッカーを“文化”として捉えると日本はまだまだ未熟と考えます。今まで色々な人々 がすばらしいサッカーを広めてきました。少年サッカーにおいては、保護者の応援が絶大なも のになり、同時にその影響力も大きくなっています。少年サッカーを取り巻く環境自体は良い ものになってきたのですが、ただ、影響力の大きい保護者の皆様のルール理解、フェアープレ ーに対する認識、サッカーを文化として育てる意識というものは、発展途上にあると思います。 さらに、応援に来られる保護者の大半は、女性(お母さん方)ということから、もっともっと 女性へのすばらしいサッカーの伝達が必要と考えます。今後もっと、女性審判員が増え、いろ いろな所で審判をやってもらえれば、女性サポーターにアピールするところが大きくなるもの と考えますが如何でしょうか。私は、その女性サポーターの為にも多くの女性にサッカーの審 判をやってもらいたいと思っています。 先にも書きましたが、兵庫県サッカー協会はやる気のある女性審判員を募集しています。協 会をあげて組織的に育成して行きたいと考えています。県では中学生男子の試合の主審ができ るようにトレーニングして行きます。もちろん、それには、4 級→3 級→2 級 と各段階でテ スト(体力、筆記、実技)がありますが、そのサポートも行っていきます。女性には、男性と は違ったいろいろな諸条件があり、なかなか踏み込めない現実があるとは思うのですが、愛す るサッカーの為に是非ご協力をお願いします。

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野地菊レフェリー

高校時代、サッカー部のマネージャーをして いた私が、もっと近くでサッカーに携わりたい という思いから始めた審判活動は、今年で7年 目、2級に昇級させていただいてからもまもな く2年が経ちます。この 7 年間、数多くの試 合を経験させていただき、また、サッカーを通 じてたくさんの方との出会いがありました。大 好きなサッカーに携われることの喜びに加え て、審判活動や人との出会いが私自身を成長さ せていると感じます。これらの経験や出会いが なければ今の自分はないと思うぐらい、審判活 動や出会いが私にとってかけがえのない貴重 な財産です。レフェリーとしても、一人の人間 としてもまだまだ未熟で、発展途上にあります が、多くの経験を積み、ご指導をいただく中で、 今後さらに成長していきたいと思います。 今シーズン L リーグの副審割当をいただく 中で、なでしこ JAPAN の活躍による女子サ ッカーの盛り上がりを肌で感じています。ま た、先日参加させていただいた、第1回日・中・ 韓国際女子サッカー大会においても、アジアで の女子サッカーの人気や女子サッカーに寄せ る期待を感じました。天然芝の立派なスタジア ムに曲が流れ、その中を選手とともに入場す る、今から試合が始まるという楽しみと緊張感 が入り混じったあの瞬間がとても好きです。私 もいつの日か、主審としてピッチの真ん中に立 ちたいと思います。1試合1試合を大切に、初 志である女子1級昇級、そして兵庫国体のピッ チに立つという目標に向かってさらに走り続 けたいと思います。 森

麻衣子

始まりは、息子たちでした。「阪神大震災」 の後、息子たちから目を離せなくなった私は、 どんな時も息子の側にいました。彼らを失わず に済んだ喜びと引き替えに、家も写真も、何も かも燃えてしまいました。それからは、息子た ちのことは全て自分の心の焼き付けていこう と思うようになりました。そんなとき、長男の コーチから「一緒に審判しませんか」と声をか けられました。私はサッカーに対しての知識が なかったので、「私でもできるのですか?」と 聞いたところ、「まず講習会を受講してくださ い」ということで、言われるがままに4級講習 会を受講し、審判活動が始まりました。3年前 に国体の話が聞こえだし、「2級に向けて頑張 ってみないか」と言われ、「やれるなら…」と 思いました。しかし私の場合、仕事が特殊なた め、「両立」には難しい条件があり、また技術 的な不安も大きく、断らざるを得ませんでし た。好きでやっている活動なだけに、今口惜し い気持ちは確かにありますが、40 歳になった 今、好きな仕事に今でも関わっている喜びも実 感しています。年齢も性別も超えた「仲間」が いることが何よりも私の原動力です。これから も体と時間が許す限り審判活動を続けていき たいと思います。 中坂千春

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ベルリン便り

∼がんばれ!兵庫の女子審判!!∼ ルフ千晶 平成11年に4級の審判資格を取得して以来、サッカーとの関わりは変化しているものの、 ずっと審判活動を続けていられることは大きな喜びです。審判になったばかりの頃は、女子審 判が少なかった為、神戸市の市リーグに属して細々と笛を吹いていた私でさえ女子だというこ とで審判委員の方の目にとまり、女子育成の一環としてレフェリースクールの参加を勧めて頂 いたり、インストラクターの方たちに指導して頂いたりと、非常に恵まれた環境で、とんとん 拍子に2級まで昇級することができました。平成 13 年末にドイツへ引っ越すまでに女子 2 級 審判としてLリーグの副審、第 4 オフィシャルまでの経験を積ませて頂けたことは幸運と言う ほかありません。昔からサッカーに関わってきたわけではなかったので、審判活動は未知の世 界であり、大きな挑戦でもありました。主審、副審として指し違いやファウルの見落としなど の失敗はは数え切れないほどあります。『審判は選手を守るもの』であるにも関わらず、一瞬の 迷いから選手が怪我をしてしまうファウルが吹けなかったこともありました。また、Lリーグ 第 4 オフィシャルを初めて体験したときは選手交代の手続きをスムーズに進められなかったた めにベンチ側からの大きな批判をかって、それが主審、副審への不信にまで及んでしまい、非 常に迷惑をかけてしまったことは今でも忘れられない苦い思い出です。 平成 14 年にドイツのベルリンで再開した審判活動では全くの振り出しに戻ったと言えます。 ドイツ語が出来ないと他の審判とのチームワークに支障があるので、まず副審なしで主審一人 で担当する少年⁄少女の試合から始めて以来、現在に至っています。副審なしでのオフサイド判 定に戸惑い、それが一番の課題でしたが、それも回を重ねるにつれ段々とコツが分かってきま した。ベルリンでは年に一度、13 歳から 17 歳までの少年少女の全国大会が催され、約 60 人の審判が 3 日間の大会を担当します。昨年まで計 3 回、その大会に参加しました。主に少女 の試合を担当しました。全国大会でも少女の試合は順位決定戦の最終日までは副審なしなので 判断力と集中力を養うとても良い機会になっていると思います。 少年の試合には副審がつきます。副審として何試合か少年の試合も担当しましたが、試合後、 主審の方たちから私のオフサイド判定・シグナルが明快でとてもやりやすかったと誉めて頂い たときは、日本で重ねた副審の経験が役に立っていると改めて気付き、とても嬉しく思ったも のです。 女性だということだけで初めから選手のみならずチーム関係者全員から不信感・反感を持た れ、判定も色眼鏡で見られるなどプレッシャーが大きくなった時期がありました。そんな雰囲 気の中で惑わされず、自分の判定に自信を持って堂々と試合に臨むことを課題にしています。 常にルールの専門家としての努力を怠らず、選手が審判の存在を忘れてしまえるくらい集中で きる試合をいつも目指して笛を吹いています。 ルフ 千晶氏 ドイツ ベルリン在住 2000 年度 2 級審判登録 元 兵庫県サッカー協会 審判委員会 女子部(現 強化育成部女子担当)副部長

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都市協会短信

(明石市協会−新3級審判紹介)

試合終了後の選手との握手。センターサーク ルでの選手同士の挨拶が終わった後、両チーム のキャプテンが握手を求めてくれます。その瞬 間、なんともいえない感情が押し寄せてきま す。両チームが気持ちよく試合をしてくれたこ と、開始から終了まで自分のジャッジが一貫し てできた満足感等々。 こんな感情は 3 級審判員になるまではあり ませんでした。4 級審判員のときも、しっかり しているつもりでしたが、多くの経験を積み、 3 級審判員になったことで、“試合をコントロ ールしなければならない”という責任感を感じ るからなのでしょう。 試合中一つのミスジャッジがその後の試合 展開を大きく左右してしまったことがありま した。試合終了後、選手の表情が私のレフェリ ングの良し悪しを如実に物語っています。ミス が多くなればなるほど、選手の表情はこわば り、反対にスムーズにできていれば選手は自然 と握手を求めてくれます。3 級審判員に合格で きたのは、4 級のときより公平で一貫したジャ ッジができるようになったと認めて頂いたと いうことだと思います。試合の審判をすること への責任感は以前よりも強く持てるようにな りましたが、試合終了後の選手の表情から、ま だまだ自分の未熟さを思い知らされることも 少なくありません。3 級資格を頂いたことで、 より多くの審判経験を積むことができます。そ れを活かし、更なる向上を意識したいと思いま す。ご指導よろしくお願い致します。 社浦恒太 私が審判に興味を持つようになったのは、社 会人になって体を動かす機会を作ろうと、友人 らと草サッカーを始め、社会人リーグに登録し てからです。リーグ登録初年度に4級を取得、 笛を吹く回数を増やしていくうちに、3級への 昇級を意識するようになりました。当時はプレ ーヤーとしての経験も浅い私が審判に興味と やりがいを感じるとは思ってもみませんでし た。 普段は市リーグで審判をしていましたが、3 級候補として県リーグの副審を初めて割り当 てていただいたとき、試合展開の速さと選手同 士の当たりの激しさに圧倒されました。また、 主審の方々の適確なポジショニングから繰り 出されるジャッジも、私に出来るものなのかど うか、不安を覚えました。 とにかく、場数を踏んで先輩方のアドバイス を聞くしかないと思い、無理をお願いしてたく さんの審判を割り当てていただきました。おか げさまで、なんとか3級の昇級試験に無事合格 することが出来ました。これも明石市協会審判 委員会から多数の審判の機会をいただけたこ とと、丁寧なご指導あってのものだと思いま す。 無事に昇級することはできましたが、実力は まだまだ伴っていない部分も多くあると思い ますので、今後もより多くの試合を経験し、技 術と体力の向上に努めようと思います。 中田英男

県審判委員会だより

2005 年の競技規則改正の周知徹底を図るため各種委員長、県リーグチーム関係者、審判員、 審判インストラクターに向けての研修会が3 回にわたって開かれた。 そのうち 8 月 18 日(木)に開かれた研修会には本年度兵庫県で開催される全国社会人大会 に参加する2 級審判員が多数参加した。講師の大野辰巳氏(日本協会)、梅本氏(関西協会)よ り改正の要点が説明された。特にオフサイドの解釈についての説明はFIFA作成のアニメー

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参照

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