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青山ビジネスロー レビュー第 6 巻第 1 号 第 7 節 小括 第 2 章 不動産二重課税事件 第 1 節 事案の概要 第 2 節 当事者の主張 第 3 節 判決の要旨 第 4 節 所得税法 60 条 1 項について 第 5 節 判決の検討 第 6 節 小括 第 3 章 その他の資産についての二重

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【目次】 はじめに 第1章 生保年金二重課税事件  第1節 事案の概要  第2節 当事者の主張  第3節 判決の要旨  第4節 年金二重課税に関する従来の見解  第5節 所得税法 9 条 1 項 16 号について  第6節 本判決の射程と残された課題

相続税と所得税の二重課税に関する一考察

-生保年金二重課税事件の射程を題材に-

A Study on the double taxation of inheritance tax and income tax

山本 圭介* 論  説 要約 平成 25 年度税制改正による相続税法の改正により、これまで一定の富裕層だけに対する税 金としてのイメージが定着してきた相続税は、より一般的な税金へと変化しつつある。本稿で はその相続税と所得税の二重課税の問題について、いわゆる生保年金二重課税事件の再考を出 発点に、現状の課税状況の抱える問題点を論じている。 同事件の判決は「別の税目であるから二重課税は存在しない」とされてきた相続税と所得税 の課税関係について、従来の見解を根底から覆しかねないものであった。しかし、その後発足 された最高裁判決研究会によって、射程の限定とその他の資産を例示した課税の整合性につい ての意見が公表された。この結論を前提にすると、同判決は極めて狭い範囲でのみ適用される こととなる。 そこで本稿において、生保年金以外の資産に係る二重課税の問題について、同事件の射程を 限定しない視点と、その射程を限定した場合においても存在している問題点を検証する視点の それぞれから検討を進めた結果、同研究会の見解からは整理できない是正すべき二重課税が存 在することを示した。特に後者の視点から検証した一定の配当期待権やストックオプションに 対する課税状況は、同研究会が示そうとした両税の課税関係の整合性を全く有していない状況 となっている。 これらの状況を改善するため、相続財産の評価方法や所得税課税における取得費加算の特例 を見直す方法を提起したが、複数の税目及び通達が関わる問題のため、どの部分を軸に全体の 整合性を持たせるかは今後の検討課題となろう。 * 2016 年青山学院大学修士(ビジネスロー)。

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 第7節 小括 第2章 不動産二重課税事件  第1節 事案の概要  第2節 当事者の主張  第3節 判決の要旨  第4節 所得税法 60 条 1 項について   第5節 判決の検討  第6節 小括 第3章 その他の資産についての二重課税に関する検討  第1節 土地、株式、特許権等  第2節 配当期待権  第3節 既経過利子  第4節 権利行使期間中のストックオプション  第5節 小括 第4章 相続税と所得税の二重課税に関する課題と提言  第1節 本件非課税規定の適用範囲の再考  第2節 相続税と所得税の課税状況に係る現状の問題点 おわりに

はじめに

 平成 25 年度税制改正により相続税法の改正が行われ、平成 27 年 1 月 1 日以降に発生す る相続に係る相続税の最高税率が 55% に引き上げられるとともに遺産に係る基礎控除額 が従来の 6 割に減額された。これは、バブル期の地価上昇等に対応して緩和されていた基 礎控除や税率構造がその後も維持された結果、平成 25 年度の相続税の課税件数割合は 4.3%1)にまで低下する等、富の再配分機能が低下していることへの対応であり、改正後は 課税ベースの拡大が見込まれている。この改正によって、これまで一定の富裕層だけに対 する税金というイメージが定着してきた相続税は、より一般的な税金へと変化しつつあり、 親が築いてきた資産の子供への円滑な承継という問題は、高齢化社会の進行とも相まって 非常に関心の高いものとなっている。  本稿が取り上げる二重課税というテーマは、相続税と所得税の課税対象が重なり合う部 分の問題である。所得税が日本のほとんど全ての居住者を課税対象としている中で、上記 の改正により相続税の課税対象となる者が増加していくということは、つまり、その間の 二重課税の問題に関わる納税者が増加していくことを意味する。  この二重課税については従来から様々な議論がなされてきているが、本稿においては、 いわゆる生保年金二重課税事件を読み解くことを出発点とし、関連する法令の解釈や歴史 1) 財務省 HP https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/property/141.htm(2016/8/15 確認)。

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的背景及び意義を確認するとともに、現状の課税状況の抱える問題点を論ずることとする。  本稿は全4章から構成されている。まず第1章では、生保年金二重課税事件について地 裁判決から最高裁判決までの判断の違いを、争点となった所得税法 9 条 1 項 16 号の意義 や従来の取扱いを確認しながら検討するとともに、最高裁判決研究会が示した見解をもと にこの判決の射程の問題を確認する。第2章では、生保年金二重課税事件の射程が争われ た事案として不動産二重課税事件について確認し、その射程について所得税法 9 条 1 項 16 号と同法 60 条 1 項との適用関係を中心に検討する。第3章では、不動産以外の資産に 対する所得税法 9 条 1 項 16 号の適用関係について検討する。ここでは、生保年金二重課 税事件の射程を広く捉えた場合と、その射程を生保年金に限定した場合の二つの視点から、 それぞれの資産に対する課税状況が同規定に抵触している可能性を検討する。最後に、第 4章では、第1章から第3章までに確認した状況や問題点を整理し、課題の解決に向けた 提言を行う。  

第 1 章 生保年金二重課税事件

 本章では、被相続人を被保険者とする生命保険契約にかかる年金について、相続税と所 得税の二重課税が問題となった生保年金二重課税事件(最高裁平成 22 年 7 月 6 日判決2) (以下「平成 22 年最判」という。))を取り上げて、二重課税に関する課題の抽出及び整理 を試みる。   第 1 節 事件の概要  本件は、X(原告、被控訴人、上告人)の夫 A が B 生命保険相互会社(以下「B 生命」 という。)との間において締結していた年金払生活保障特約付終身生命保険契約(契約者 及び被保険者は A、受取人は X。以下「本件保険契約」という。)について、A の死亡に 伴い、本件保険契約に基づいて X が受け取った初年度の年金払保障特約年金 230 万円(以 下「本件年金」という。)のうち 220 万 8,000 円が X の雑所得にあたるとして、所轄の C 税務署長(被告、控訴人、被上告人)が X の所得税の更正処分を行ったことから、X が その取り消しを求めて争いとなったものである。  A は、平成 8 年 8 月 1 日に B 生命との間で本件保険契約を締結し、その保険料を負担 していたが平成 14 年 10 月 28 日に死亡した。本件保険契約では、保険事故が発生した場 合には主契約に基づいて支払われる一時金に加えて、生活保障のための年金が支払われる 特約が付されており、X は A の死亡により死亡保険金 4,000 万円を受け取る権利と特約年 金として同年から 10 年間、毎年 230 万円ずつの年金を受け取る権利(以下「本件年金受 給権」という。)を取得した。なお、本件保険契約の特約条項において、特約年金の受取 2) 最判平成 22 年 7 月 6 日民集 64 巻 5 号 1277 頁。

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人は、年金受取期間中、将来の特約年金に代えてその現在価値相当額を一時金で請求でき るとされており、X が本件年金受給権の取得時にその一時払いを請求した場合には年金総 額 2,300 万円の現在価値である 2,059 万 8,800 円が支払われることになっていたが、X は 一時払いの請求をせずに年金で取得することとした。  X は平成 14 年 11 月 6 日に B 生命に対して、本件保険契約に基づき死亡保険金及び年 金の請求を行い、死亡保険金 4,000 万円及び本件年金 230 万円から源泉徴収税額 22 万 800 円を控除した金額の支払いを受け、平成 14 年分の所得税については、本件年金の額を収 入金額に算入せず、源泉徴収税額等の還付を求める申告をした。他方、A は X を被相続 人とする相続税の確定申告においては、死亡保険金 4,000 万円のほか、相続税法 24 条 1 項 1 号の規定により計算した年金受給権の評価額 1,380 万円3)を、相続財産に含めて申告 していた。  このことにつき C 税務署長が、本件年金のうち被相続人が負担した必要経費 9 万 2,000 円を控除した 220 万 8,000 円を、平成 14 年中の A の雑所得と認定する更正処分を行った ところ、A は本件年金は年金受給権としてすでに課税されており、所得税の非課税所得 に該当することなどを理由に、その更正処分の取り消しを求めた。   第 2 節 当事者の主張 1.原告(納税者)の主張  本件年金は、相続税法 3 条 1 項 1 号の「保険金」に該当し、みなし相続財産として相 続税を課税されているので、所得税法 9 条 1 項 16 号4)(以下「本件非課税規定」とい う。)により非課税所得となり、所得税法 35 条 1 項の雑所得には該当しないというべき である。  すなわち、①生命保険金が年金で支払われる場合、同条項の「保険金」は、年金受給 権(基本権)と、支分権に基づいて支払われる年金のすべてを包含したものと解すべき であり、基本権である年金受給権のみを指すものではない。②相続税法 3 条 1 項 1 号の 「保険金」を「受給権」と解釈した場合、その財産的価値は、受給権という債権が将来 現金化することにほかならず、債権が現金化することは権利の性質が変わるだけのこと であるから、本件非課税規定を適用するまでもなく、本件年金は所得の発生に当たらな い。また、年金受給権について相続税を課し、さらに当該受給権の支分権に基づいて支 払われる年金に所得税を課することは二重課税にあたる。被告の解釈は憲法 29 条の財 産権の保障にも違反するものである。 3) 年金受給権の相続税評価額について、当時は、給付金額の総額に残存期間に応じた一定割合を乗じ て計算した金額と規定しており、残存期間が 5 年を越え 10 年以下のものの割合は 100 分の 60 とされ ていた。なおこの規定は平成 22 年法律第 6 号により改正され、①解約返戻金の金額②一時金の給付を 受けられる場合にはその金額③予定利率による複利年金現価、のうちいずれか大きい金額となり、一 時金相当額と相続税評価額はほとんど一致する状況となっている。 4) 当時は 15 号であったが、本稿では統一して現行の 16 号として表記する。

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  2.被告(課税庁)の主張  本件年金は現実に支給された 230 万円という現金であり、それ自体定期金に関する権 利ではないから、相続税法 3 条 1 項 1 号にいう「保険金」には該当しない。また、基本 権たる本件年金受給権に基づく権利ではあるが、一定期日(年金の支払事由が生じた 日)の到来によって生み出された支分権、すなわち基本債権とは異なる権利に基づいて 取得した現金であり、また、2 回目以降の各年金も、本件年金受給権に基づき、一定期 日(年金の支払日の単位の応当日)の到来によって生み出されていく支分権に基づくも のであって、雑所得として所得税が課税される。  本件年金のように支分権に基づいて取得した現金が雑所得に該当することは、所得税 法施行令 183 条 1 項が、生命保険契約等に基づく年金の計算に関する規定を、また、同 法第 4 編第 4 章第 2 節に生命保険契約等に基づく源泉徴収に関する規定を設けているこ とからも明らかである。  なお、本件非課税規定は、相続(被相続人の死亡)という同一の原因に対して相続税 と所得税の両方を負担させるのは、同一原因に対して二重に課税することになるので、 これを回避し、相続税のみを負担させるという趣旨であり、本件年金のように被相続人 の死亡後に実現する所得に対する課税を許さないという趣旨ではない。   第 3 節 判決の要旨 1.地裁判決(長崎地裁平成 18 年 11 月 7 日判決5)  長崎地裁は概ね以下の理由により納税者勝訴の判決をした。 ⑴ 「相続税法 3 条 1 項によって相続財産とみなされて相続税を課税された財産につき、 これと実質的、経済的にみれば同一のものと評価される所得について、その所得が法 的にはみなし相続財産とは異なる権利ないし利益と評価できるときでも、その所得に 所得税を課税することは、本件非課税規定によって許されない。」 ⑵ 「本件年金は、本件年金受給権に基づいて保険事故が発生した日から 10 年間毎年の 応当日に発生する支分権に基づいて納税者が保険会社から受け取った最初の現金であ る。上記支分権は、本件年金受給権の部分的な行使権であり、利息のような元本の果 実、あるいは資産処分による資本利得ないし投資に対する値上がり益等のように、そ の利益の受領によって元本や資産ないし投資等の基本的な権利・資産自体が直接影響 を受けることがないものと異なり、これが行使されることによって基本的な権利であ る本件年金受給権が徐々に消滅していく関係にあるものである。」 ⑶ 「相続税法による年金受給権の評価は、将来にわたって受け取る各年金の当該取得時 における経済的な利益を現価(正確にはその近似値)に引き直したものであるから、 5) 長崎地判平成 18 年 11 月 7 日民集 64 巻 5 号 1304 頁。

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これに対して相続税を課税した上、更に個々の年金に所得税を課税することは、実質 的・経済的に同一の資産に関して二重に課税するものであることは明らかであって、 前記本件非課税規定の趣旨により許されない。」   2.高裁判決(福岡高裁平成 19 年 10 月 25 日判決6)  福岡高裁は、概ね以下の理由により原判決を取り消し、納税者の請求を棄却した。 ⑴ 「相続税法 3 条 1 項 1 号及び本件非課税規定により、相続税の課税対象となり所得税 の課税対象とならない財産は、保険金請求権という権利ということになる。」 ⑵ 「本件年金は、本件年金受給権とは法的に異なるものであり、A の死亡後に支分権 に基づいて発生したものであるから、相続税法 3 条 1 項 1 号に規定する『保険金』に 該当せず、本件非課税規定所定の非課税所得に該当しないと解される。」 ⑶ 「本件年金受給権の取得と個々の年金の取得とは、別個の側面があ」り、年金の取得 については「被控訴人が自ら年金契約等の定期金給付契約を締結して自ら掛金を負担 し、年毎に年金等の定期金を受け取る場合と異なるところはなく、いずれについても 所得があ」る。よって「本件年金受給権の取得に相続税を課し、個々の年金の取得に 所得税を課することを、二重に課税するものということはできない。」   3.最高裁判決(最高裁平成 22 年 7 月 6 日判決)  これに対し、最高裁は概ね以下の理由に基づき、原判決を破棄し、国の控訴を棄却した。 ⑴ (本件非課税規定について)「同項柱書の規定によれば、同号にいう『相続、遺贈又 は個人からの贈与により取得するもの』とは、相続等により取得し又は取得したとみ なされる財産そのものと指すのではなく、当該財産の取得によりその者に帰属する所 得を指すものと解される。そして、当該取得によりその者に帰属する所得とは当該財 産の取得の時における価額に相当する経済的価値にほかならず、これは相続税又は贈 与税の課税対象となるものであるから、同号の趣旨は、相続税又は贈与税の課税対象 となる経済的価値に対しては所得税を課さないこととして、同一の経済的価値に対す る相続税又は贈与税と所得税の二重課税を排除したものと解される。」 ⑵ (年金受給権の相続税評価額を将来の年金の現在価値の総額とし、年金の総額とその 現在価値の総額の差額を運用益の合計額とした上で)「これらの年金の各支給額のう ち上記現在価値に相当する部分は、相続税の課税対象となる経済的価値と同一のもの ということができ、本件非課税規定により所得税の課税対象とならないものというべ きである。」 ⑶ 「本件年金は、被相続人の死亡日を支給日とする第 1 回目の年金であるから、その支 給額と被相続人死亡時の現在価値とが一致するものと解される。そうすると、本件年 6) 福岡高判平成 19 年 10 月 25 日民集 64 巻 5 号 1316 頁。

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金の額は、すべて所得税の課税対象とならないから、これに対して所得税を課するこ とは許されないものというべきである。」   4.各判決の比較  各判決との相違点から、最高裁判決のポイントを検討する。 ⑴基本権及び支分権への課税について  課税庁は、基本権である本件年金受給権と支分権である本件年金の法的性質の違い に着目し、あくまで所得税法 3 条 1 項 1 号に規定する「保険金」に該当するのは本件 年金受給権であり、支分権である本件年金は本件非課税規定によって非課税とされる 財産にはあたらないと主張した。この論理は高裁判決において採用されたものの、最 高裁判決は、本件年金(支分権)のうち相続時の現在価値部分については、相続税の 課税対象となった本件年金受給権(基本権)と同一の経済的価値であり、本件非課税 規定により所得税を課することは許されないとした。  課税庁が主張した論理は従前の課税実務に従いその正当性を示したものと解される が、その主張については「この論理は常識人を納得させるものではない。むしろ詭弁 とも言える論拠になってしまっている。だからこそ、最高裁では全員一致で否定され てしまったのである」7)といった意見や、「租税法律主義の下で条文の解釈は文理解釈 によるべきであると主張する国側自らが、ことさらに二重課税の排除という立法趣旨 を強調し、二重課税にならないのだから二重課税排除規定は適用されないと論じてい る点に、租税法律主義の視点からも批判が加えられよう」8)など、厳しい意見が寄せ られている。  また、小林栢弘税理士は、従来の年金受給権と年金の両方に対する課税について、 「移転による利益」と「創出に係る利益」の別による根拠を用いてその整合性を述べ られており9)、その根拠による場合は所得税課税の論理構成について更なる検討が必 要と感じられるが、少なくとも本件おける、上記の基本権、支分権の別からの課税庁 の主張に対しては、最高裁の判断は十分に妥当なものであったと思われる。 ⑵非課税とされる部分の違いについて  中心的な争点となった本件非課税規定の取扱いについて、地裁判決が同規定の趣旨 を「相続税を課することとした財産については二重課税を避ける見地から、所得税を 課税しないものとしている。」としたのに対し、最高裁判決は、同規定の「相続、遺 贈又は個人からの贈与により取得するもの」とは、「相続等により取得し又は取得し たものとみなされる財産そのものを指すのではなく、当該財産の取得によりその者に 帰属する所得を指すものと解される。」とし、同規定の対象として所得税が非課税に 7) 三木義一「判批」税経通信 65 巻 10 号(2010 年)22 頁。 8) 増田英敏「判批」税務弘報 59 巻 8 号(2011 年)158 頁。 9) 小林栢弘「判批」税務通信 2969 号(2007 年)51 頁。

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なるものを「財産(資産そのもの)」ではなく「帰属する所得」であることとした。  つまり、地裁判決は、支分権に基づいて支給を受ける年金の全額が、その基本権と 「実質的、経済的にみれば同一」であり、本件非課税規定の対象であると解したが、 最高裁判決は、支分権に基づいて給付を受ける年金のうち相続時における現在価値部 分のみが、基本権の経済的価値と同一のものと判示したのである。これにより本件に おいて同規定の適用により非課税とされる金額は、本件年金受給権の相続税評価額で ある 1,380 万円であり、実際の年金払い金額の合計額 2,300 万円との差額には二重課 税の問題は発生しないこととされ、具体的には、第一回目の年金は全額が 1,380 万円 部分に該当するため全額非課税とされ、二年目以降の年金について課税部分が逓増し ていく計算となる。この点については金子宏名誉教授も、「被相続人が契約者および 被保険者である終身生命保険契約の年金払生活保障特約条項に基づき相続人が受け取 る年金については、その現在価値に相続税を課税し、2 期以降に受け取る年金につい ては、その金額から、それに対応する相続税の課税済み金額を控除した収益部分につ いてのみ所得税の課税の対象となると解すべきである」10)と述べておられる。   第 4 節 年金二重課税に関する従来の考え方 1.昭和 38 年税制調査会  生命保険に係る年金の受給時における所得税課税については従来から議論されてきた ところであるが、平成 22 年最判においても引用されている昭和 38 年 12 月の政府税制 調査会答申11)では、年金払いの保険金に所得税を課税することについて「二重課税の弊 をまぬがれないとの意見がある」とした上で、「一般に資産を相続した際、相続税が課 税され、さらに相続人がその資産を譲渡すれば被相続人の取得価額を基として所得税が 課税されることと同じ問題であって、所得税を相続税とは別個の体系の税目であること から、両者間の二重課税の問題は理論的にはないもと考える」としていた。   2.昭和 43 年 3 月通達  前項の政府税制調査会答申おける年金払いの保険金に対する所得税課税の根拠は、昭 和 43 年に、「家族収入保険の保険金に対する課税について」12)として通達化され、同通 達においては「相続税法第 3 条第 1 項第 1 号の規定により相続財産とみなされる生命保 険金には、年金として支払われるものも含まれますが、これは、個々の年金そのもので はなく、いわば、年金受給権としてとらえられたものが相続財産とされるものでありま 10) 金子宏『租税法〔第 19 版〕』(弘文堂、2014 年)265 頁。 11) 総理府税制調査会編『所得税法及び法人税法の整備に関する答申』大蔵省印刷局(1964 年)61 頁。 これは、昭和 38 年に民間の生命保険会社が年金保険の販売を開始したことに伴って発表されたものと 考えられる。 12) 「家族収入保険の保険金に対する課税について」(昭和 43 年 3 月官審(所)2・ 官審(資)9)武田 昌輔監修『DHC コンメンタール所得税法』(第一法規、1983 年)473 頁。

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す。この年金受給権と、その権利に基づいて受ける個々の年金とは別個のものであり、 年金受給権は相続財産として相続税が課税されますが、所得税は非課税とされ、個々の 年金そのものは、その受給者の所得として所得税が課税されますが、相続税の課税対象 とはなりません。」との考え方が示されている。つまり、年金受給権と年金は別物で、 前者には相続税、後者には所得税が課される、という内容によって両者の課税関係は整 理されていた。従来の課税実務はこれに従っており、本件における課税庁の主張の根拠 にもなっているところである。しかし、前節で確認したように、この理論は平成 22 年 最判によって完全に否定されたことになる。   第 5 節 本件非課税規定について  所得税法 9 条 1 項では、同項各号に掲げる所得について所得税を課さないと規定し、第 16 号において相続、遺贈または個人からの贈与により取得するもの(相続税法の規定に より相続、遺贈または贈与により取得するとみなされるものを含む)を非課税としている。 本節では、平成 22 年最判でその適用範囲が中心的な争点となった本規定について、所得 税法における位置づけや関連する判決を確認する。 1.昭和 22 年所得税法全文改正13)  所得税法は明治 38 年に創設されているが、本件非課税規定は昭和 22 年の所得税法の 全文改正において導入されたものである。この改正により、一時所得の類型が新たな所 得類型として設けられており、本件非課税規定は、一時所得のうち、贈与、遺贈または 相続により取得したものには所得税を課さないというように構成されていた。   2.シャウプ勧告以降  所得税法はもともと、特定の所得分類に属する所得のみに課税をすることとしていた が、シャウプ勧告を受けて行われた昭和 25 年の税制改正以降は包括的所得概念が導入 され、相続を含む個人の担税力を増加させる経済的利得は全て所得を構成することと なった。一方で、相続税法はシャウプ勧告までは遺産税方式を採用していたため、所得 税との重複の問題は基本的に回避されていたが、昭和 25 年の改正により遺産取得税方 式が採用されたことによりその重複の問題が発生する。その問題について、同規定の存 在により、相続等による財産の取得は個人の担税力を増加させるため、一時所得として の所得を構成するが、それについては相続税の課税対象でもあるため所得税を課さない こととされており、いわゆる二重課税を排除することとされている14)  このように、同規定は相続税と所得税の二重課税を避けるための条項であると一般的 13) 改正内容について、武田 ・ 前掲注 12)473 頁を参考にしている。 14) この経緯について、武田 ・ 前掲注 12)473 頁を参考にしている。

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に解釈されており15)、高松高裁平成 8 年 8 月 29 日判決16)において「本件非課税規定が 『相続により取得するもの』を非課税としているのは、相続という同一の原因によって 相続税と所得税とを負担させるのは、同一の原因により二重に課税することとなるので、 これを回避し、相続税のみを負担させるという趣旨であり、相続後に実現する所得に対 する課税を許さないという趣旨ではない」と判示されている。   第 6 節 本判決の射程と残された課題 1.最高裁判決研究会の内容  これまで述べてきたように、平成 22 年最判は従来の年金払いの保険金に対する課税 実務を根底から否定するものであったため、同様の問題が他の資産にも及ぶことが想定 された。そこで、学識経験者で構成される「最高裁判決研究会」17)が設置され平成 22 年 最判の射程やその他の関連する事項についての検討が行われ、平成 22 年 11 月 9 日の政 府税制調査会全体会合において、以下の内容の報告18)がされた。 ⑴平成 22 年最判の射程について  「相続税法 24 条の解釈を軸に展開されていることに鑑みれば、同判決は、同条に よって評価がなされる相続財産を直接の射程としているものと考えられる。したがっ て、法令の解釈変更により実務上対応すべきものは、同条によって評価がなされる相 続財産に限定されると考えるのが相当である。」19)とし、平成 22 年最判の射程は年金 型の死亡保険金などに限られると示した。 ⑵土地、株式、無体財産権などについて  土地、株式、無体財産権、信託受益権といった財産から生じる将来収益は、「定期 金」のように事前に確定しておらず、また、相続以降いつでも第三者への譲渡等によ りそこから生じる所得の性質・実現時期に変動が生じるため、相続時点におけるこれ らの財産の相続税評価額と、実際に相続人が受け取る将来収入が本判決の判示と同様 な意味において「経済的価値において同一」であるとは一概には言えないとした。ま た、土地、株式や著作権などは「元本」の価値が時間の経過とともに減価せず、地代、 配当、印税収入に対する所得税は「運用益」部分に対してのみ課されており、一方で、 家屋や特許権などの減価償却資産についても、「元本」の価値は時間の経過とともに 減価していくものの、減価償却による費用化を通じてそれらは家賃収入、特許権収入 15) 金子 ・ 前掲注 10)166 頁。 16) 高松高判平成 8 年 8 月 29 日税資 220 号 522 頁。 17) 「最高裁判決研究会」は、政府税制調査会の下部機関として正式に位置づけられているわけではな いが、そのメンバーには専門家委員会のメンバーも含まれており、専門家委員会と同様に政府税制調 査会に提言を行う機関と考えてよいと思われる。 18) 最高裁判決研究会「『最高裁判決研究会』報告書 ~『生保年金』最高裁判決の射程及び関連する論 点について ~」(2010 年)。 19) 最高裁判決研究会 ・ 前掲注 18)3 頁。

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から控除されることで「元本」が「運用益」として課税されることが防止されている ことから、本判決の趣旨に照らしてこれらの将来収入に所得税を課すことは問題ない とした。 ⑶土地、株式等の値上がり益について  相続した土地、株式等には、被相続人の所有期間の値上がり益も含まれるが、所得 税法 60 条 1 項はこれに対して所得税を課すことを予定しており、また、同項が現在 の取得価額引継ぎ方式となった沿革も踏まえると、現行税制は土地、株式等の相続時 までの値上がり益が相続税、所得税の双方の課税ベースに含まれることを前提に、そ の課税方法について納税者負担に配慮した調整が図られているとし、それらに対して 所得税を課すことは本件非課税規定に抵触しないとした。 ⑷定期預金の利子、配当期待権について  定期預金の経過利子については、相続時に相続税課税するとともにその支払い時に は所得税の源泉徴収の対象となっているが、こうした取扱いは、被相続人段階で課税 されていない部分について合理的な課税を確保する措置であり、また、相続税の評価 において源泉徴収額を除くことで、相続時点で利子を受け取って所得税を支払った残 額を相続した場合と同様の取り扱いとなることから、必ずしも本件非課税規定に抵触 するとは言えないとし、配当期待権についても同様とした。  なお、同報告書では、この既経過利子や配当期待権に対する課税は土地等の値上が り益に対する課税と本質的には同じであるにもかかわらず、所得税法 60 条 1 項のよ うな明文規定が置かれていないことから、「現行の取り扱いについて、確認的な意味 で立法的な手当てを講じておくことが望ましいものと考える」20)とした。   2.判決後の改正 ⑴年金の雑所得計算に係る改正  平成 22 年最判を受けて国は、判決日の翌日である平成 22 年 7 月 7 日付けで、これ までの法令解釈を変更し、過去に所得税課税された年金のうち今回の変更点に該当す るものには更正の請求等の対応を行うことを公表した。そして平成 22 年 10 月 20 日 付けで、国税庁ホームベージにおいて「『所得税法基本通達の制定について』の一部 改正等について」21)「相続等に係る生命保険契約等に基づく年金に係る雑所得の金額 の計算書(様式)の制定について」22)が公表され、平成 22 年最判による影響のうち、 年金に対する課税の部分については実務上の対応が確認され一旦の決着をすることと 20) 最高裁判決研究会 ・ 前掲注 18)7 頁。 21) 国税庁HP。http://www.nta.go.jp/shiraberu/zeiho-kaishaku/tsutatsu/kihon/shotoku/ kaisei/101020/index.htm(2016/8/15 確認)。 22) 国税庁HP。http://www.nta.go.jp/shiraberu/zeiho-kaishaku/tsutatsu/kobetsu/shotoku/ shinkoku/101020/01.htm(2016/8/15 確認)。

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なった。 ⑵既経過利子や配当期待権に係る改正  一方で、最高裁判決研究会が税制調査会に報告した内容のうち、あくまで確認的位 置づけとされた既経過利子や配当期待権に対する所得税課税の根拠については、相続 等により定期預金、株式その他の金融資産を取得した場合において、被相続人等に生 じている未実現の利子、配当その他の所得は、実現段階で相続人等に課税する旨の規 定が制定された(所得税法 67 条 4 項)。  これにより、相続等により取得した土地や株式等に含まれる値上がり益及び、既経 過利子や配当期待権について、前者は所得税法 60 条 1 項の規定により、後者は新た に創設された所得税法 67 条 4 項の規定により、相続人等である取得者においてその 利益が実現した時に所得税課税する旨が明文で規定されたと位置づけられたことにな る。   3.残された課題  本章で確認した平成 22 年最判について、その射程に関する議論は本節で確認したと おり、そもそも相続税法 24 条の対象となる資産に限られること、及び、例示されたそ の他の資産等についても従来の規定や所得税法 67 条 4 項の創設により所得税課税が予 定されており、当然、平成 22 年最判の影響が及ぶものではないこととされた。しかし、 これについては疑問の残る部分もある。  そもそも本件非課税規定が「相続税の課税対象となる経済的価値と同一のもの」に対 して所得税を課税しないという考え方であるとするならば、所得税法 60 条 1 項による 取得費の引継ぎのあり方を含めて、相続税と所得税の課税ベースはどうあるべきかとい う点についてまで掘り下げて考える必要があるのではないだろうか。最高裁判決研究会 においては、相続税と所得税の課税ベースの問題について、相続税法 24 条で評価され る年金型死亡保険等のみを対象に検討され、土地等の含み益に対する譲渡益などは所得 税法で課税するとされているから問題ないとし、課税ベースのあり方そのものが議論さ れることはなかった。もちろん最高裁判決研究会は正式な政府機関ではないが、税制調 査会に対する同研究会の報告内容がほとんどそのまま後の税制改正等に反映されたこと からも、ここでの議論の有無は重大な影響を与えたものである。  筆者としては、平成 22 年最判の出した結論に関しては賛同の立場であるが、その射 程を巡る議論や法改正については、十分には整理されていない事項があるように感じて いる。そこで次章以降において、改めて関連する法令を見直したうえで、その射程が争 点となった判例や裁決を読み解き、相続税を所得税の課税ベースの関係について検討を 試みる。  

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第 7 節 小括  本章では平成 22 年最判の争点と判決内容を確認し、各裁判所の出した結論の違いから 相続税と所得税の課税ベースが交錯する部分に対する課税の取り扱いの確認を行うととも に、射程に関する考え方をまとめた。  平成 22 年最判は相続後に年金形式で受給する生命保険金が、本件非課税規定により所 得税が非課税となるかということが主な争点であった。これについて高裁のみが課税庁の 「基本権と支分権は別物であり、支分権部分の所得に対して所得税法 9 条 1 項 16 号の適用 はない」という主張を認めたが、地裁及び最高裁は「基本権と支分権は法的性質が別のも のであったとしても実質的に同一であることから、支分権部分の所得に対しては所得税法 9 条 1 項 16 号の適用がある」と判断した。その上でその実質的に同一である部分について、 地裁は「相続等により取得する財産」そのものを示したのに対し、最高裁は「相続人等に 帰属する所得」つまり「その財産の取得時における経済的価値」であると示し、年金受給 権の相続税評価額部分が、その後の年金受給時の所得に含まれないことと結論付けた。  この事案は各裁判所の出した結論が、高裁と最高裁の判断だけでなく、結果的に納税者 の主張を認めた地裁と最高裁の間においてもそれぞれ異なる部分があったことから、最高 裁が出した結論の重点も比較的分かりやすい結果となったと感じる。一方で、本件非課税 規定の解釈を巡り、生命保険金以外のその他の相続税課税対象財産についてその射程が及 ぶのか否かという議論が、最高裁判決研究会の報告書による相続税法 24 条の対象資産の みという射程の限定と、その他資産についての確認的位置づけとして公表された見解で決 着したようにまとめられた点にはやや物足りなさを感じる部分がある。そこで、次章にお いてはその射程を争った事件と関連する法令の確認を進めながら、平成 22 年最判の射程 とその他の資産の課税の取り扱いについて検討していく。  

第 2 章 不動産二重課税事件

 本章では、平成 22 年最判の射程が実質的な争点となった事例として、相続した土地を 譲渡した場合の譲渡所得に対する本件非課税規定の適用の有無が争われた東京地裁平成 25 年 7 月 26 日判決23)(以下「平成 25 年東京地判」という。)の検討をしていくこととす る24)。なおこの事件は、地裁判決及び高裁判決25)ともに納税者が敗訴し、その後上告及び 上告受理申立てがそれぞれ棄却及び不受理となり納税者の敗訴が確定している。   第 1 節 事案の概要  本件は、亡き A から相続により不動産を取得した X(原告、控訴人)が、当該不動産 23) 東京地判平成 25 年 7 月 26 日税資 263 号 12265 頁。 24) この事件と類似のものとして東京地判平成 25 年 6 月 20 日税資 263 号順号 12236 がある。 25) 東京高判平成 26 年 3 月 27 日(LEX/DB 文献番号 25505627)。

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の譲渡に係る所得を分離長期譲渡所得の金額に計上して平成 21 年分所得税の確定申告を した後に、譲渡所得のうち相続税の課税対象となった相続税評価額部分は本件非課税規定 により非課税とすべきことを理由に、B 税務署長に対して平成 21 年分所得税の更正の請 求をしたところ、B 税務署長から更正をすべき理由がない旨の通知を受けたため、国 Y (被告、被控訴人)に対しその処分の取消しを求めた事案である。  X は、平成 19 年 8 月 7 日に、夫 A の死亡により広島及び東京の土地・建物(以下「本 件不動産」という。)を相続により取得した。X は、平成 20 年 5 月 26 日に、本件不動産 の価額を合計 4020 万 3150 円として相続税の申告をした。その後平成 21 年中に X は本件 不動産を合計 4150 万円で譲渡し、平成 22 年 3 月 15 日に B 税務署長に対し、本件不動産 の譲渡に係る分離長期譲渡所得の金額を 754 万 3871 円とする確定申告をしたが、平成 22 年 7 月 21 日にその譲渡所得のうち既に相続税の課税対象となった経済的価値と同一の経 済的価値については、本件非課税規定により非課税とすべきであるとして、本件不動産の 譲渡に係る所得金額を零円とする更正の請求をした。  これに対して行政処分庁は、本件不動産の譲渡に係る譲渡所得金額の計算において本件 非課税規定の適用はないとし、平成 21 年 11 月 15 日付けで X の主張を受け入れない内容 の減額更正処分をしたため、X はその更正処分を不服として、国 Y に対し、その取り消 しを求めて本訴訟を提起した。なお本訴においては、平成 22 年最判による本件非課税規 定の適用の範囲が、本件不動産の譲渡に及ぶか否かが争われた。   第 2 節 当事者の主張 1.原告(納税者)の主張 ⑴所得税法 9 条 1 項 16 号の趣旨  平成 22 年最判は、本件非課税規定による相続税又は贈与税と所得税との二重課税 の排除の対象について、相続時の相続財産の取得という所得にとどまるとする従来の 解釈を否定し、非課税所得とされた所得が後に実現した場合の所得にも及ぶことを明 確にしたものというべきである。また、平成 22 年最判は、一般論として、同一の経 済的価値に対する相続税又は贈与税と所得税との二重課税を排除しなければならない としており、定期金の場合に限定していないから、定期金の受取額はもちろん、不動 産の譲渡収入、株式の売却収入など、同一の状況にあるものは全て同判決の射程に入 るというべきである。 ⑵所得税法 60 条 1 項の規定との関係  所得税法は、9 条において非課税所得を規定し、その後の 33 条、38 条、59 条、60 条等において譲渡所得の金額等についての具体的な計算規定を定めているが、それら の関係規定の適用上、総則規定である同法 9 条に定める非課税所得に該当した場合に は、当該所得は当然に課税所得から除外され、同法上のその後の規定によって課税所 得に含まれることがないことは、所得税法の規定の構造上当然である。

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⑶租税特別措置法(以下「措置法」という)39 条創設の経緯との関係  被告は、相続発生後 3 年 10 か月以内に相続税の対象財産を譲渡した場合に、当該 資産に係る譲渡所得の計算上、当該資産に課された相続税額を取得価額と同様に控除 する規定である、措置法 39 条の創設の経緯をもって、被相続人の保有期間中の増加 益に対する課税が予定されている旨を主張するが、平成 22 年最判によって非課税所 得の実現額については本件非課税規定が適用され、非課税となることが示されたので あるから、措置法 39 条による所得税への調整措置を必要とする状況はすでに消滅し ている。   2.被告の主張 ⑴被相続人の保有期間中の増加益に対する所得税課税  所得税法は、被相続人の保有期間中の増加益を所得税の課税対象とすることを予定 して取得価額の引継ぎの規定を設けている。これは旧所得税法に、相続により取得す る所得を非課税所得とする本件非課税規定と同様の規定が置かれていたにもかかわら ず、相続等により取得した財産に係る取得価額の引継ぎを定めた所得税法 60 条 1 項 の立法がなされたことからも明らかである。  本件非課税規定は、相続により取得した経済的価値につき、一旦一時所得としては 非課税とするものの、所得税法 60 条 1 項の規定により課税の繰延べがなされた被相 続人の保有期間中の増加益に対する譲渡所得についてまで非課税とする趣旨のもので はない。これは、最高裁平成 17 年 2 月 1 日判決26)が所得税法 60 条 1 項の本旨を当該 増加益に対する課税の繰延べであると判示し、相続人が相続により取得した資産を譲 渡した段階で、相続人に対し当該増加益も含めて清算して課税することを前提として いることからも明らかである。さらに、措置法 39 条の規定も、相続により取得した 財産を譲渡した場合に、被相続人が保有していた期間の資産の増加益も含めて相続人 の譲渡所得として課税することを前提とした上で、政策的観点から創設されたもので あるといえる。 ⑵平成 22 年最判の射程  原告は平成 22 年最判が、本件非課税規定の趣旨について、同一の経済的価値に対 する相続税又は贈与税と所得税との二重課税を排除したものであると判示したことを 引用し、被相続人の保有期間中の本件不動産にかかる増加益が本件非課税規定により 非課税となる旨を主張するが、平成 22 年最判は相続税法 24 条によって評価がされて いる財産、すなわち「定期金に関する権利」について判示したものであり、本件には その射程は及ばない。さらに、譲渡所得税の課税対象は、相続人が相続により財産を 取得したことによる経済的利得ではなく、資産の値上がりによる増加益であるから、 26) 最判平成 7 年 2 月 1 日民集 216 号 279 頁。

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相続税の課税対象となる経済的価値との同一性を欠き、相続税と所得税の二重課税の 問題は生じていない。   第 3 節 判決の要旨  東京地裁は概ね以下の理由により、納税者の請求を棄却した。   1.相続により取得した資産に係る譲渡所得の課税  所得税法 60 条は、譲渡所得課税の趣旨からすれば贈与、相続又は遺贈による財産の 移転であってもみなし譲渡益課税がされるべきところ、それらの場合においてはその時 点では資産の増加益が顕在化しないため納税者の納得を得難いことから、これを留保し、 その後受贈者等が資産を譲渡することによってその増加益が具体的に顕在化した時点に おいて清算して課税することとしたものである。したがって、所得税法は被相続人の保 有期間中に抽象的に発生し蓄積された資産の増加益について、相続人が相続により取得 した資産の経済的価値が相続発生時において相続人に対する相続税の課税対象となるこ ととは別に、相続発生後にそれが譲渡された時において、相続人に対する所得税の課税 対象となることを予定していると解される。   2.原告の主張について ⑴平成 22 年最判が示した本件非課税規定の対象について  平成 22 年最判は、本件非課税規定による非課税の対象を、「当該財産の取得により その者に帰属する所得」とし、同所得とは「当該財産の取得の時における価額に相当 する経済的価値」であるとしていることからすると、原告が主張するように解する余 地がないではない。  しかし、平成 22 年最判で問題とされた所得は、それを取得した者において一時金 による支払いを選択することにより相続の開始時に所得を実現させることができ、そ の場合には本件非課税規定が適用されることとの均衡を重視して、平成 22 年最判は 年金による支払いを選択した場合でも、現在価値に引き直した価額に相当する部分に ついては相続の開始時に実現した所得として取り扱っていると理解できる。これに対 し、本件で問題とされている所得は、単純承認をした相続人は、所得税法 60 条 1 項 1 号の存在により、相続時点において被相続人の保有期間中に蓄積された増加益を実 現させるという選択ができないという点で、平成 22 年最判で問題とされた所得とは その性質を異にする。  これらの点から判断すると平成 22 年最判は、本件非課税規定が、相続時には非課 税所得とされた所得が後に実現するものと取り扱われて課税される場合の所得にも一 般的に適用される旨を判示したものということはできない。 ⑵本件不動産の値上がり益の本来の帰属について

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 被相続人の保有期間中の増加益に対する譲渡所得税の課税は、被相続人の下で実現 しなかった値上がり益への課税を相続人の下で行おうとするものであり、理論的には 被相続人に帰属すべき所得として被相続人に課税されるべきものであるから、相続人 が相続により取得した財産の経済的価値に対して二重に課税されるという評価は当を 得ない。 ⑶所得税法 9 条が後の条文に優先するという主張について  本件非課税規定が、相続時に非課税所得とされた所得が後に実現するものと取り扱 われて課税される場合の所得にも一般的に適用されるとはいえないから、所得税法 9 条に該当する所得が、同法上のその後の規定によって課税所得に含まれることはない とする主張は、その前提を欠く。   第 4 節 所得税法 60 条 1 項について  本節では、平成 25 年東京地判において本件非課税規定との適用関係が争点となった所 得税法 60 条 1 項について、その内容と歴史的背景を確認していく。   1.歴史 ⑴シャウプ勧告と昭和 25 年改正  シャウプ勧告は「未実現のキャピタル・ゲインも包括的所得概念の下では所得を構 成するにもかかわらず、実現主義の下では、これに対する課税が無制限に延期される 可能性があるので、時価相当額による譲渡があった場合とのバランスや、無償・低額 譲渡による譲渡所得課税回避の防止をも考慮して、無償譲渡または低額譲渡によって 資産が他に移転した機会をとらえて、未実現のキャピタル・ゲインに課税する必要が ある」27)という理由により、相続した土地に対するキャピタル・ゲイン課税について、 資産の相続または贈与の時点で、被相続人または贈与者の保有期間中のキャピタル・ ゲインに課税することを勧告した。  この勧告を受けて、昭和 25 年、所得税法にみなし譲渡の規定(旧所得税法 5 条の 2)が創設され、相続時において被相続人の保有期間中のキャピタル・ゲインに対す る所得税課税と、相続人に対する相続税課税が行われることになった。 ⑵その後の改正  しかしながら、相続時のみなし譲渡課税は、実際のキャッシュフローがない中で相 続税と所得税の負担が生じる結果となり、納税者のみならず税務官庁側においても理 解し難いものと考えられた28)ため、昭和 27 年の改正で相続及び相続人に対する遺贈 についてはみなし譲渡課税を行わず、被相続人の取得費を引き継がせることとし、実 27) 谷口勢津夫『税法基本講義〔第 4 版〕』(弘文堂、2014 年)289 頁。 28) 注解所得税法研究会編『注解所得税法〔増補改訂版〕』(大蔵財務協会、1997 年)524 頁。

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際に資産が譲渡されるまでの課税繰り延べが行われた29)  その後、昭和 37 年の改正において、個人に対する遺贈、贈与及び低額譲渡につい ても、贈与した個人が税務署長に対してみなし譲渡課税の適用を受けない旨の書面を 提出した場合には、受贈者等にその取得費を引き継ぐことにより課税をしないことと し、昭和 48 年の改正では、その書面の提出も不要となり現行のような制度となっ た30)   2.所得税法における位置づけ  所得税法上、譲渡所得とは、資産の譲渡による所得をいい(33 条 1 項)、当該所得か ら事業所得、雑所得、山林所得に該当するものは除くとされている(33 条 2 項)。譲渡 には、原則として、資産の贈与、相続等によって当該財産が移転した場合も含むと解さ れ、また、譲渡所得の金額は、当該財産に係る総収入金額から当該所得の起因となった 資産の取得費及びその資産の譲渡に要した費用の合計額を控除して算定する(33 条 3 項)。取得費とは別段の定めがある場合を除き、その資産の取得に要した金額並びに設 備費及び改良費の額の合計額である(38 条 1 項)。そして、法人に対する贈与や限定承 認による相続については時価で資産の譲渡があったものとみなし(59 条 1 項)、一方で、 個人に対する贈与や限定承認以外の相続等があった場合の所得金額の計算については、 受贈者等が引き続き資産を所有したとみなすこととしている(60 条 1 項)。   3.平成 25 年東京地判での捉え方  平成 25 年東京地判では、最高裁平成 17 年 2 月 1 日判決31)を参照し、所得税法 60 条 1 項 1 号の規定が、みなし譲渡益課税の負担に対する納税者への配慮のために、所得が 顕在化する時まで課税を繰り延べる目的で定められたものであることを確認したうえで、 「所得税法は被相続人の保有期間中に抽象的に発生し蓄積された資産の増加益について、 相続人が相続により取得した資産の経済的価値が相続発生時において相続人に対する相 続税の課税対象となることとは別に、相続発生後にそれが譲渡された時において、相続 人に対する所得税の課税対象となることを予定していると解される。」とし、同規定を 相続後の譲渡所得課税の根拠とした。  また、同時期に争われた類似案件である東京地裁平成 25 年 6 月 20 日判決32)において も、同様の理由により納税者の請求が棄却されている。   29) 昭和 29 年には包括遺贈に、昭和 33 年には相続人に対する死因贈与にも採用された。 30) ただし、法人に対する贈与、限定承認に係る相続、包括遺贈のうち限定承認に係るものについては、 みなし譲渡課税の適用が維持されている。 31) 最判平成 17 年 2 月 1 日 ・ 前掲注 26)。 32) 東京地判平成 25 年 6 月 20 日 ・ 前掲注 24)。なおこの事件も、控訴審(東京高判平成 25 年 11 月 21 日税資 263 号順号 12339)で納税者が敗訴している。

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第 5 節 判決の検討 1.平成 22 年最判の射程  平成 25 年東京地判は、「平成 22 年最判の判示には、原審及び第一審の各判決とは異 なり、本件非課税規定が被相続人の死亡後に実現する所得に対する課税を許さない趣旨 のものか否かという点に関する明示的な言及がな」いこと、及び、平成 22 年最判が、 年金受給権に基づいて支払われる年金について「この年金受給権は、それを取得した者 において一時金による支払いを選択することにより相続の開始時に所得を実現させるこ とができ、その場合には本件非課税規定が適用されることとの均衡を重視して」本件非 課税規定の適用を認めたものと理解できること、という理由によって、同最判の射程に ついては「本件非課税規定が、相続時には非課税所得とされた所得が後に実現するもの と取り扱われて課税される場合の所得にも一般的に適用される旨を判示したものという ことはできないと解すべきである。」とした。これは、第一章で確認した最高裁判決研 究会の報告書において、同最判の射程を「同条(相続税法 24 条)によって評価がなさ れる相続財産に限定されると考えるのが相当である。」としたのと同じ視点に立った見 解である。  しかし、これについては疑問が残る部分がある。  平成 22 年最判はその判決において、本件非課税規定の対象となり所得税との二重課 税を排除すべきものの表現として、 ①相続、遺贈又は個人からの贈与により取得するもの ②当該財産の取得によりその者に帰属する所得 ③当該財産の取得の時における価額に相当する経済的価値 ④相続税又は贈与税の課税対象となる経済的価値 と順を追って言い換えながら説明をしている。これは本件非課税規定の対象となるもの を示すにあたり、一般論として、その相続財産と将来の実現益の関係が実質的に同一の 経済的価値であるかどうかに重点をおいていたと読み取ることもできるのではないだろ うか。平成 25 年東京地判における平成 22 年最判の射程を定期金に限定する見解につい て、品川芳宣教授も「平成 22 年最判は、当該事案において、被相続人の死亡後に実現 (受領)した年金について、それが本件非課税規定の対象になることを明確にしている わけであるから、本判決の平成 22 年最判の理解の仕方の方が問題である」33)と述べてお られるところであり、同最判における本件非課税規定の適用について、相続税法 24 条 により評価する資産であることを重視した見解であったとは必ずしも読み取れないと感 じる。本件の納税者の主張するように「定期金の受取額はもちろん、不動産の譲渡収入、 株式の売却収入など、同一の状況にあるものは全て同判決の射程に入るというべきであ る」とまでは言えないとしても、相続税と所得税が交錯する場合の課税関係については、 33) 品川芳宣「判批」T&Amaster523 号(2013 年)28 頁。

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経済的価値の同一性に着目して検討する余地があると考える。  そして、本件非課税規定の対象となるものを「相続人に帰属する経済的価値」という 面で捉えると、その帰属する価値は相続税評価額、つまり相続時の時価である。これは、 相続人にとってみれば、被相続人が取得した時からみて含み益を有している状態の時価 なのか、含み損を有している状態での時価なのかは関係なく、あくまでその時価そのも のである。その場合、その含み益を有した時価が「相続人に帰属する経済的価値」であ り、その時価を構成する含み益が実現した場合には本件非課税規定の適用により所得税 は課されないとされるべきである。  また、金子宏名誉教授は、平成 22 年最判について、年金の受領の際には相続税課税 対象額を控除した金額が所得税の課税対象になると解すべきと確認した上で34)、相続し た不動産に対する譲渡所得課税については、「(平成 22 年最判の)この考え方を延長す ると、相続によって得た財産で相続税の対象とされたものを譲渡した場合における譲渡 所得課税においては、被相続人の所有期間中に生じたキャピタル・ゲインは、すでに相 続税が課税済みであるから、相続人の所有期間に生じたキャピタル・ゲインに対しての み課税すべきである」35)として、平成 25 年東京地判に対する批判的見解を述べておられ る。このような端的な見解こそが、一般人の常識的な理解にも沿うものであると筆者は 考える。   2.本件非課税規定と所得税法 60 条 1 項の適用関係  平成 25 年東京地判では、前節でも指摘したように、所得税法 60 条 1 項が相続等にお ける取得価額の引継ぎを規定していることをもって、所得税法は相続発生後の不動産の 譲渡における、含み益部分への所得税課税を予定しているとし、本件非課税規定の対象 にはならないとした。そこで、この二つの条文の適用関係について検討していく。 ⑴ 60 条 1 項がその後の課税を予定しているという見解  前章で述べたように、昭和 38 年税制調査会においては、年金に対する所得税課税 について、資産を相続した際に相続税が課され、それを譲渡した際には所得税が課さ れるのと同じ問題であるとして、その課税を肯定していた。しかしその年金に対する 課税根拠が平成 22 年最判によって根底から覆されたにも関わらず、不動産に対する 課税については、同最判前から存在している所得税法 60 条 1 項を前提に「課税が予 定されている」と済ませるのは説得力に欠ける説明であると感じる。  この点について佐野幸雄税理士は「所得税法 60 条の立法時においては、上記Ⅱの 2(平成 22 年最高裁判決)のような考え方を一切持っていなかったことは明らかで あったといえます。そうしますと、二重課税についての検討が不十分なまま(本件非 34) 金子 ・ 前掲注 10)181 頁。 35) 金子 ・ 前掲注 10)266 頁。

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課税規定の正しい解釈がなされていなかった中で)立法された計算規定にすぎない 60 条の当時の趣旨を尊重して結論を導くことは不適切なのではないかと思われま す。」36)とされ、また、平成 22 年最判の考え方が正当であるというのであれば所得税 法 60 条 1 項こそ見直されて然るべき37)とも言うことができ、ましてやその所得税法 60 条 1 項の存在を論理の核とするのは妥当ではないのではないか。  また、平成 25 年東京地判は相続後の不動産への譲渡所得課税について、「所得税法 60 条 1 項 1 号を適用しないというのであれば、同法はおよそ適用の余地のない定め をあえて設けていることとなるのであり、同法が 60 条 1 項 1 号の規定と本件非課税 規定をそのようなものとして定めているとは考え難い」と判示しているが38)、上述の、 平成 22 年最判と所得税法 60 条の関係からすると、判示のこの部分は「そのこと自体、 本判決が所得税法の理解において限界を露呈している」39)と捉えることができると考 える。 ⑵所得税法の構成からの検討  所得税法における同法 60 条の位置づけについて、納税者 X は「総則規定である同 法 9 条に定める非課税所得に該当した場合には、当該所得は当然に課税所得から除外 され、同法上のその後の規定によって課税所得に含まれることがない」と主張してい るところであるが、もう少し詳しく検討していくこととする。  まず、所得税法 9 条は、「所得税法 第一編 総則」「第三章 課税所得の範囲」に 属する規定であり、この第三章の初めの条文である同法 7 条及び 8 条が所得税法上の 納税義務者の区分に応じた「課税所得の範囲」を規定している。そして、続く同法 9 条において「非課税所得」が規定されており、同条 1 項は所得税法上の課税対象とす る所得に該当するものの中から、所得税を課さないものを選別している規定である。  次に、所得税法 60 条は、「所得税法 第二編 居住者の納税義務」「第二章 課税 標準及びその計算並びに所得控除」「第 2 節 各種所得の金額の計算」「第五款 資産 の譲渡に関する総収入金額並びに必要経費及び取得費の計算の特例」に属する規定で あり、譲渡所得の金額の計算上控除する取得費を規定した所得税法 38 条の別段の定 めとして、贈与等により取得した資産の取得費の計算方法を定めているものである。  この構成から考えると、所得税法 60 条 1 項は、単に譲渡所得の計算方式を定めた 規定であるにすぎず、また、「相続人が被相続人の納税義務を承継する旨を定めたも 36) 佐野幸雄「判批」税と経営 1836 号(2013 年)21 頁。 37) 品川芳宣「判批」税研 JTRI29 巻 5 号(2014 年)92 頁。 38) 酒井教授は、類似案件である東京地判平成 25 年 6 月 20 日 ・ 前掲注 24 の同様の判示について、被 相続人の取得価額、相続時の時価及び相続人の譲渡価額について考えられるパターンごとの所得税法 の適用関係を整理し、60 条 1 項を仮に本件の場合に適用しなかったとしても、全ての場合においてそ の意義を失う訳ではないと解説しておられる。酒井克彦「判批」税務事例 45 巻 10 号(2013 年)15 頁。 39) 品川 ・ 前掲注 37)95 頁。

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のでもな」40)く、これを本件非課税規定の適用を排除する根拠や、二重課税を容認す る調整規定と解することはできないと考えることができるのではないだろうか。よっ て納税者 X の主張は妥当なものであると考える。  また、所得税法 59 条は、同法 36 条の別段の規定としてみなし譲渡の適用がある場 合の収入金額の計算の特例を定めた規定であり、同法 60 条と同時に創設された表裏 一体の関係にある定めであるが、この規定について最高裁昭和 50 年 5 月 27 日判決41) は「59 条 1 項が譲渡所得の総収入金額の計算に関する特例規定であって、所得のな いところに課税譲渡所得の存在を擬制したものでないことは、その規定の位置及び文 言に照らし、明らかである。」としている42)。「所得税法 59 条と同法 60 条はその歩み を同じくしており、いずれの規定もお互いの存在と理論的整合性をもって説明されな ければならないものである」43)という前提に立つと、計算規定である同法 60 条を、相 続した不動産の含み益に係る所得に対して「課税を予定している規定」であるとする のは妥当ではないと考える。  もちろん、平成 25 年東京地判は、相続財産に含まれていた被相続人の保有期間中 の増加益が、本件非課税規定の対象になるか否かを争っているのであり、本件非課税 規定に該当したものが所得税法 60 条 1 項の規定により課税対象に戻ることはないと いう議論だけでは、その含み益に対する譲渡所得を非課税とする根拠にはなりえない。 しかし、平成 25 年東京地判は、同法 60 条 1 項の存在が、当該譲渡所得の本件非課税 規定への該当性を失わせているように論理立てている部分があるため、その観点への 反論としては意義のあるものであると考える。   第 6 節 小括  本章では、平成 22 年最判の射程が争点となった事例として、平成 25 年東京地判の内容 を確認し、所得税法 60 条 1 項の意義を確認するとともに、第 1 章で確認した本件非課税 規定との適用関係を中心に検討を進めた。  平成 25 年東京地判は、相続した不動産を譲渡した場合に、その譲渡価額に含まれる被 相続人保有期間中の増加益が本件非課税規定の対象として譲渡所得の計算上非課税とされ るかどうかが争われたが、判決では、当該含み益は平成 22 年最判で問題とされた年金受 給権と受取年金のケースとは性質を異にするとして、本件非課税規定の対象にはならない と判示し、相続税の課税対象となった不動産に対する譲渡所得課税を認める結論を出した。 しかし、判決においては、当該含み益が本件非課税規定の対象にならない理由について、 40) 池本征男「判批」国税速報 6293 号(2013 年)19 頁。 41) 最判昭和 50 年 5 月 27 日民集 29 巻 5 号 641 頁。 42) 石島弘教授は、所得税法 59 条は「『譲渡』があったものとみなしているのではなく、『時価で譲渡』 があったものとみなすことを意味する。」と論じ、同条があくまで譲渡自体を擬制した規定ではないと 述べておられる。石島弘『課税権と課税物件の研究〔租税法研究第 1 巻〕』(信山社、2003 年)127 頁。 43) 酒井克彦「判批」税務事例 45 巻 9 号(2013 年)1 頁。

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