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 本章では、前章までに確認してきた平成 22 年最判、最高裁判決研究会の報告書や平成 25 年東京地判などが示す本件非課税規定と二重課税に関する見解について、問題点や課 題を整理し、その解決に向けた提言を行う。

 

第 1 節 本件非課税規定の適用範囲の検討について

 第 1 章第 4 節で述べたとおり相続税と所得税の二重課税については以前から議論されて きたところであるが、「相続税と所得税は別の税目であるからそこに二重課税の問題は理 69) 西山恭輔「相続で取得した不動産の譲渡所得課税について」創価法学 43 第 3 号(2014 年)93 頁。

論的にない」とされてきたものが、少なくとも定期金に関しては平成 22 年最判によって 覆されたわけである。たしかに平成 22 年最判の直接の論点となった保険金と定期金の所 得税課税については、一時金が非課税である一方で年金支給時は課税されていたことや、

その受け取り方法を保険金受取人の判断で決められることなど、課税の取扱いが単純なも のではないため、そこに示された本件非課税規定の解釈を他の資産に同じように広げれば よいとは言い切れない。そして、おそらくそういった難しさに鑑みて、一つの最高裁判決 の解釈を巡る対応としては異例の、最高裁判決研究会なるものが発足され一定の見解を示 す報告書が提出されたわけである。

 しかし、その報告書の示した見解は、本件非課税規定の取扱いを、他の条文や法令との 関係性から網羅的に再度確認するものではなく、あくまで平成 22 年最判の射程を定期金 に限定するところから始まっているものであった。この見解が別の資産に対するその後の 判決に暗黙の影響を与えていくものだとしたら、それは平成 22 年最判によって改めて浮 き彫りになった二重課税に対する現行の取り扱いに対する疑念に、大きな蓋をして済ませ ることにならないだろうか。

 平成 22 年最判の示した二重課税排除の考え方は、仮に定期金以外の資産に適用したと しても明らかに不自然であるとは感じられないし、その論理を一般論として捉えた場合に は、定期金以外にも本件非課税規定に抵触していると考えられる課税状況にある資産が複 数あることは前章までに確認してきたところである。特にストックオプションや総合課税 の対象となる配当金に係る配当期待権については、非常に重い課税負担となっており是正 が必要と考える。

 本稿で取り上げた平成 25 年東京地判は納税者の敗訴が確定してしまったが、不動産以 外の資産について本稿で検証してきた解釈に大きな誤りがなければ、類似の裁判はきっと 今後も続くことが予想される。そこでは平成 22 年最判の射程の限定に頼ることなく、本 件非課税規定と所得税法 59 条、60 条、67 条、措置法 39 条及び相続税財産評価基本通達 等の適用関係を総合的に検討する議論をするべきである。平成 22 年最判は、シャウプ勧 告以降何度も議論されてきた相続税と所得税との二重課税を巡る争点について、従来の見 解による取り扱いの限界を示し、納税者と課税庁の双方が納得できる結論を出すタイミン グを導いているのではないだろうか。

 筆者としては、そのような議論が展開された場合においては、本稿で確認してきた不動 産の含み益や配当期待権、既経過利子などの相続財産については、本件非課税規定の適用 があり、相続税の課税対象となった相続税評価額に対応する部分について、所得税は非課 税になると考えている。しかしこの場合は、例えば相続直前に含み益のある資産を譲渡し た場合との負担の違いの問題など、本件非課税規定が所得税法のほか、相続税法、財基通、

措置法といった様々な規定と複雑に関わりあっていることから生じるアンバランスについ て、いずれかに軸を置いた上でその他の規定を整合的に調整する必要がでてくることにな るであろう。

 

第 2 節 相続税と所得税の現状の課税状況について 1.課税状況の整理

 相続税と所得税の課税に対する一定の調整を図るものとしては、配当期待権等の相続 税評価における源泉徴収相当額の控除や、措置法 39 条の取得費加算の特例などがある。

しかしこれらの規定は、それぞれの資産への相続税と所得税の課税が、最高裁判決研究 会の見解における意味での本件非課税規定に抵触しないところまで、網羅的に行き届い ている状況ではないことは第 3 章各節の視点 2 の検討において確認してきた。現状の課 税状況を纏めて考えてみると、例えば税率 20% の申告分離課税が適用される株主に対 する上場株式の配当期待権のように、相続税評価における控除額と後の所得税額が一致 しているものは問題ないことになるが、相続人に課税される所得税が 20% でないケー ス70)や、そもそも相続税評価においてそのような控除を行っていない資産71)については 二重課税への調整が不十分であるといえる。

 また措置法 39 条の規定は、その適用の対象が、原則として「相続した資産自体」の

「譲渡」に限られていることから、本件非課税規定との関係から検討すべき対象である

「相続税の課税対象となった資産で所得税の課税対象にもなるもの」とはその範囲が異 なることは明らかであり、現状のこの規定に二重課税問題の解決を委ねることは困難で ある。

 

2.最高裁判決会報告書の批判的検討

 最高裁判決研究会報告書の後半において「確認的に」課税状況を整理し「必ずしも本 件非課税規定に抵触していない」とした部分について、前項で確認したとおり整合的な 課税状況にない資産は数多くある。むしろ同報告書で示された例は、相続税評価におけ る控除と後の所得税課税がたまたま一致しているために整合的に見える部分を挙げたに 近いものがあり、説得力に欠けるものである。

 もしも同報告書の示す論理によって二重課税の調整を完遂するのであれば、相続財産 の評価において後の所得税額を控除することを、相続税法上の時価の算定の視点から見 ても適切なものであることを確認した上で、それぞれの資産の相続税評価額の算定方法 を再考しなくてはならない。この調整方法については次項の提言においても検討する。

  3.提言

 最高裁判決研究会が示そうとした二重課税への配慮がなされている状況とは、相続時

70) 該当する資産として、本稿で取り上げた相続人において総合課税の対象となる配当期待権などがあ る。

71) 該当する資産として、本稿で取り上げた清算手続き中の株式や権利行使期間中のストックオプショ ンのほか、貸付金債権の経過利息などがある。

に所得税が課され、残りの財産に相続税が課された場合と、結果的に同様の課税負担と なるような状況である。この考え方に沿って相続税と所得税の課税を整合的に対応させ るには、相続税法において、既経過利子や配当期待権の評価における源泉徴収相当額の 控除だけでなく、全ての資産について、相続発生時点においてそれらの資産に含まれる 未実現利益が実現した場合の所得税額を控除する方法が考えられる。この方法による場 合は、例えば総合課税の対象となる所得など、相続時においてそれが実現した時の所得 税額が計算できないものがあるため、実際に所得が実現した後に、相続時点での未実現 利益に対応する所得税額に対する相続税について、更正の請求による減額を認める措置 も必要になる。その場合、前項でも述べた通り、相続税法上の時価評価の適正性を維持 できるかといった問題が生じると思われるが、既経過利子や配当期待権について源泉徴 収相当額を控除している現状の対応から考えると、その他の資産に対する同様の調整方 法の導入を検討することは、時価評価の観点からも矛盾するものではないと考える。

 一方で、別の視点から二重課税への調整を検討した場合、措置法 39 条の考え方を中 心に、相続税との二重課税になる部分を所得税の課税対象から除く方法が考えられる。

具体的には、措置法 39 条の規定による取得費加算の特例の対象を相続税の課税対象と なる全ての資産に広げ、かつ、資産の「譲渡」に限らず、例えばストックオプションの 権利行使など、相続税評価額に含まれていた経済的価値と同一の価値の実現時の所得に 対してもその適用を認める方法である。この場合は、相続税評価額を調整する方法とは 最終的な税負担の合計は異なってくるが、そもそも所得税法の規定である本件非課税規 定の要請を、所得税課税の場面において調整するという点で、より合理的な対応がなさ れるのではないかと考える。

 

おわりに

 本稿では、相続税と所得税の二重課税の問題を、平成 22 年最判の射程に関する議論及 び最高裁判決研究会が示した見解から検討し、現状の課税状況において本件非課税規定が 排除しようとする二重課税が生じている可能性があることを論じてきた。

 第 1 章では、平成 22 年最判の争点と判決内容を確認し、下級審との結論の違いから同 最判が示そうとした本件非課税規定の取扱いについて検討した。ここでは本件非課税規定 により所得税が非課税となるものを「経済的価値としての同一性」に着目して、年金のう ち相続税評価額として計算された部分については所得税を非課税としたことを確認すると ともに、最高裁判決研究会が同最判の射程を生保年金に限定する見解を示したことにつき、

その他資産への適用関係について改めて検討する必要性を指摘した。

 第 2 章では、相続した不動産の含み益について争った平成 25 年東京地判について検討 し、最高裁判決研究会の見解と同様に平成 22 年最判の射程を定期金に限定したその判示 に対し、所得税法 60 条 1 項の意義、歴史的背景、及び所得税法上の位置づけ等の視点か

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