高学歴 中国朝鮮族 の移動
先 を 見 つ め る子 育 て と ハ イ ブ リ ッ ド ・ア イ デ ン テ ィテ ィ
HighlyEducatedKoreanChineseLivingOverseas: TheirStrategicLanguageEducationandHybridIdentity 趙 貴 花* GuihuaZHAO Abstract Int.luspaperIinvestigatethecurrentsituat.iollofhowlゴghlyeducatedKorean Chillesemovebetweent.hreec・otultries,Japan,China、alldKorea,especially pa}-ingattelltiontot.hosewllocutz・ent.lyresideinJapan.Ialsoconsiderhowtheh' selfident.itiesareestablishedandhowtheyshouldgivetheircl『ul(h'elllanguage educationat.home. R.ec・ent.ly,youllgKorevlCl-unese,whohaveachancetoleanlChhlese,Koreal1, antiJapaneseinKoreanChineseSchool(( ̄11ZOI7ZllZUXIIellaO)inChina,freely moveintheEastAsianregion,inordertoacquirehighereducationandget.a bet.terjob,somet.imes、 、重ththeaimofi・elulit.ing"「iththeh覧parelltsandrelatives, Theyfeelthisregionformsali、 通ngspllereacrosstheIlatiollalborder. MeanwhUe,highlyeducatedKoreanChilleseregardl{mguageasapa1唯,ofhtmlan capital,antist.rategicallptrytohandovert.lus"languagecapital"totheirchildren inalong-rttnperspective,inorderforthemt.osurviveinatoughcompetitive society.TheyoftenteachtheirchildrenChineseorKorean、whicharenottaught lllJapalleseschool. Theirm見Utilillgtlalabihtyalldeross-bordermobility輌thillthisregiollalsogive agreatinfluenceonthefoi-tnationoftheirselfidelltities."111netheyInovefreely acrosstlleborder,tlleydevelopasubjectivewayofthinkingtoc・ult.ivateahybhd selficient.it.yonacultm'albasisbeyolldPolit.icalalldKistOIIC'c'ilconflict.s.Theyalso expecttheircl1U(h℃ntoestabhshsuchahybridselfidelltityw重thagreatdiversity alldnexibihty.111thatsense,strategiclanguageeducationC'111beregardedasa meanst.orealizeit. ・ 成 践 大 学 ア ジ ア 太 平 洋 研 究 セ ン タ ー 特 別 研 究 貝、AssistalltResearchFellowCenterforAsianandPacific Studies,SeU(eiUniversitV E-mail:chokika<nejs.seilcei.ac.jp 林 謝 辞:こ の 論 文 は、 昨 年 成 践 大 学 ア ジ ア 太 平 洋 研 究 セ ン タ ー 主 催 の 連 続 講 演 会 『グ ロ ー バ ル 化 時 代 の 人 の 移 動 と ア イ デ ン テfテ 仁 若 年 層 に 着IIし て 」(全3回)の 第1回 「ア ジ ア に お け る 留 学 生 の 移 動 と 教 育 」 で 報 告 し た 内 容 を 基 に 執 筆 し た も の で あ る1,執 筆 に あ た っ て は 、 東 京 大 学 の 白 石 さ や 教 授 か ら 丁 寧 な 指 導 を 受 け た1,ま た 、 成 懊 大 学 の 川 村 陶 子 准 教 授 か ら 貴 重 な コ メ ン ト と激 励 を い た だ い た1,そ し て 、 成 懊 大 学 ア ジ ア 太 平 洋 研 究 セ ン タ ー の 中 神 康 博 所 長 か ら 論 文 の 書 き 方 に つ い て ア ドバ イス を い た だ い た 、,こ れ らの 先 生 方 に 、 こ の 場 を 借 り て 深 く お 礼 申 し 上 げ た い,,1.は じ め に** グ ロ ー バ リゼ ー シ ョ ンの 進 展 と世 界 的 な 高 度 人 材 獲 得 競 争 の激 しい 中、 近 年 の 新 しい動 向 と して 留 学 や 就 職 に よる 高 学 歴 者 の 国 際 移 動 が 増 え つ つ あ る。 本 稿 で は 、 中 国 の朝 鮮 族 とい うエ ス ニ ッ ク ・グ ル ー プ の 国 際 移 動 に 注 目 し、 留 学 や 就 職 で 日本 に移 動 した 高 学 歴 朝 鮮 族 の事 例 を も と に、彼 らの 日 中韓3国 にお け る ダ イ ナ ミ ック な移 動 の実 態 と家庭 に お け る 子 ど もへ の 言 語 教 育 戦 略 お よび 彼 ら 自身 の 新 しい ア イデ ンテ ィ テ ィ の創 造 につ い て 考 察 す る。 現 在 、 ア ジ ア の 豊 か な専 門職 人 材 の動 向 が 世 界 的 な注 目を集 め て い るが 、 東 ア ジ ア か ら最 も多 くの 「高 学 歴 移 民 」 を送 り出 して い る の が 中 国 で、 そ の 数 は120万 人 に 及 ぶ(ア ベ ラ2009:14)。 中 国 の 中 で も、 日 中韓3国 の 問 を活 発 に移 動 して い る の が 中 国朝 鮮 族 で あ る 。 中 国 で は1978年 に改 革 開 放 政 策 が 実 施 され 、 国家 や各 政 府 機 関 か らの公 費 派 遣 の留 学 政 策 が 主 と して 推 進 さ れ た 。 私 費 留 学 を奨 励 す る 政 策 は1981年 に打 ち 出 さ れ 、1984年 に は 中 国 政 府 に よ り 「自費 出国 留 学 に関 す る暫 定 規 定 」が 公 布 さ れ る こ とで 、私 費 留 学 が 全 面 的 に解 禁 され た(坪 井2007:155)。 日本 法務 省 の 人 口 統 計 デ ー タ に よれ ば、2010年 現 在 日本 に お け る外 国 人 数 は 約 213万4,151人 で あ り、そ の 中 で人 数 が 最 も多 い のが 中 国人 で、約68万7,156人 と され て い る'。 そ の 「中 国 人 」 と登 録 され て い る 人 び との 中 に は 、 中 国 の 漢 族 だ け で な くさ ま ざ ま な少 数 民 族 も 含 まれ るが 、日本 政 府 に よ る統 計 デ ー タ で は彼 らの総 称 と して 「中 国 人 」 と記 載 され て い る た め 、 民 族 別 に 人 数 を分 け る こ と は難 しい 。 本 研 究 の 調 査 対 象 で あ る 日本 在 住 の 中 国 朝 鮮 族 は 、 人 数 の把 握 は難 しいが 、 約6∼7万 人 に推 定 され 、 首 都 圏 に は約4∼5万 人 が 滞 在 して い る と見 られ る2。朝 鮮 族 の 日本 へ の移 動 は1980年 代 の 大 学 教 員 の 海外 研 修 に よ る移 動 か ら始 まっ た と見 られ3、 1990年 代 以 降 は企 業 研 修 や留 学 に よる移 動 が 増 え始 め た。 朝鮮 族 の 人 び とは 、 これ まで 中 国 の東 北 部(黒 竜 江 省 、 吉 林 省 、 遼 寧 省)に 主 に住 ん で お り、 中 国 の 地 に あ っ て もエ ス ニ ック ・ア イ デ ンテ ィ テ ィを 強 固 に保 っ て きた 。 そ の 背 景 に は子 ど も た ち に 中 国 の 国 家 言 語 で あ る 中 国 語 に加 え て 、 朝 鮮 族 の エ ス ニ ック な 言 語 で あ る 朝 鮮 語 を 平 行 して 教 え る とい う二 言 語 教 育 が 重 要 な役 割 を果 た して きた 。 中 国政 府 に よ る公 教 育 機 関 で の 二 言 語 教 育 に よ っ て 、 朝 鮮 族 の 人 び と は 中 国 人 と して の 国 民 的 帰 属 意 識 と朝 鮮 族 と して の エ ス ニ ッ ク ・ア イデ ンテ ィテ ィの 両 方 を相 互 にバ ラ ンス を と りなが ら維 持 して きた と考 え られ る(趙 2008:177-187)。 朝 鮮 族 の3∼4世 の 若 い 人 た ち は、 朝 鮮 族 学 校 に お い て 中 国語 と朝 鮮 語 だ け で な く、外 国語 と して 日本 語 あ る い は英 語 も習 得 す る こ とが で きた。 こ う した多 言 語 能力 に よっ て 、 彼 らの 東 ア ジ ア にお け る交 流 の最 前 線 で 活 躍 す る機 会 が 飛 躍 的 に増 加 して い る。1990年 代 以 降 、 中 国 の 改 革 開 放 と市 場 化 の 中 で 、朝 鮮 族 の 人 び とは 中 国 内 は も と よ り、韓 国、 ロ シ ア、 日本 、 北 朝 鮮 、 ア メ リ カ な どへ と活 躍 の場 を広 げ て い る。 そ れ で は 、 こ の よ う な多 言 語 能 力 を有 し、 活 発 な国 際 移 動 を行 う朝 鮮 族 の 人 び との ア イ デ ンテ ィテ ィ は どの よ うに 変化 して い るの だ ろ うか。 そ して 、 彼 ら は 自分 の子 ど も に は どん な言 語 を習 得 させ よ う と して い る の だ ろ うか 。 本 稿 で は 、 これ らの 点 につ い て検 討 して い く。 朝 鮮 族 の 海 外 へ の移 動 と移 動 先 で の 長 年 の 滞 在 と と も に、 彼 らの 中 に はす で に 移 動 先 の 国 籍 を取 得 した 者 もい る。 本 稿 で は 中 国 の 戸 籍 に 「朝 鮮 族 」 と登 録 さ れ て い る者 だ け で な く、 海外 へ 移 動 し、移 動 先 の 国 籍 を取 得 した と して も、自 ら 「朝 鮮 族 」 と主張 す る者 は 「朝 鮮 族 」 と呼 ぶ 。 (日 本)法 務 省 登 録 外 国 人 統 計http://www.moj.go.jp/housei/toukei/toukei_ichiran_touroku.htm1(ア ク セ ス:2012年7月5日) 2『 東 洋 経 済 日 報 』2010年 「〈 オ ピ ニ オ ン 〉 韓 国 経 済 講 座 第120回 」8月13日http:〃www .toyo-keizai. co.jp/news/opinion/2010/post _4078.php(ア ク セ ス:2012年7月5日) Ibid.
なお 、 本 稿 で 用 い る 「高 学 歴 者 」 とい う用 語 は、 高 等 教 育 を受 け た 者 を指 し、 主 に 出 身 国 や 移 動 先 の 国 の高 等 教 育機 関 で 教 育 を受 け る こ とで 学 士 や 修 士 、 †専士 の 学 位 を授 与 さ れ た者 を指 す 。 本 稿 で用 い る 「言 語 教 育 戦 略 」 とは 、 親 が 一 定 の 目標 を も ち、 子 ど も に一 つ あ る い は複 数 の 言 語 を習 得 させ るた め に、 意 識 的 お よび 計 画 的 に行 う教 育 的 行 為 を指 す もの で あ る。 筆 者 は2010年1月 か ら2012年9月 の 間 に 、東 京 、名 古 屋 、京 都 、大 阪 な どの都 市 にお い て フ ィ ー ル ドワ ー ク を行 っ た 。 主 に朝 鮮 族 が よ く集 ま る街 や飲 食 店 な どで 参 与 観 察 し、 朝 鮮 族 の 家 庭 を 訪 問 し、 彼 らが 使 用 す る言 語 や居 住 環 境 お よ び地 域 特 性 な どを 多 角 的 に観 察 した。 そ して 、 本 調 査 で は約23名 の20代 前 半 か ら50代 前 半 の 朝 鮮 族 の 男 女 に対 して イ ン タ ビ ュ ー を行 っ たが 、 本 稿 で はそ の 中 で 代 表 的 な事 例 を引 用 し なが ら論 述 す る。 以 上 の こ とか ら、 本 稿 で は まず 朝 鮮 族 の 日中韓3国 に お け る移 動 の 実 態 を明 らか に し、 そ の 次 に高 学 歴 朝 鮮 族 の子 ど もへ の言 語 教 育 の さ ま ざ ま な 形 につ い て分 析 し、 最 後 に 移 動 す る朝 鮮 族 自身 の ハ イブ リ ッ ド ・ア イデ ンテ ィテ ィの構築 につ い て 考 察 す る。 II.日 中 韓3国 を 一・つ の 生 活 圏 と す る 朝 鮮 族 日 中韓3国 は、 地 理 的 に近 接 し、 歴 史 的、 文 化 的 に 関係 が深 く、 近 年 経 済 的 な相 互 依 存 関 係 が 深 ま る 中、 そ の 域 内 の 人 の移 動 が かつ て な い ほ ど活 発化 して い る 。 そ の 中 で も、 この3国 の 域 内 にお い て 積 極 的 に移 動 を行 って い る人 た ち が い るが 、 彼 らは 日本 在 住 の 朝 鮮 族 で あ る。 中 国 か ら 日本 に移 動 して きた 朝 鮮 族 の背 景 に は、 彼 らの 多 くが 中 国 の 中等 教 育 にお い て外 国 語 と して 日本 語 を習 得 した こ とが 一 つ の要 因 に な る 。 中 国 東 北 部 の 朝 鮮 族 学 校 で は 中学1年 か ら 高 校3年 ま で の カ リ キ ュ ラ ム の 中 で 、 こ れ ま で 日本 語 を外 国語 と して 設 置 す る こ とが 多 か っ た 。 そ れ は 主 に 歴 史 の 中 で 中 国 の東 北 部 が 旧満 州 地 域 と して 日本 語 の 影 響 を受 け て い た こ と と、 日 本 語 が 朝 鮮 族 の 使 用 す る朝 鮮 語 と発 音 や 文 法 な どに お い て 類 似 点 が 多 い こ とか ら、 朝 鮮 族 に習 得 しや す い 言 語 と して 認 識 され て い た こ とが 要 因 と して 考 え られ る。 以 下 で は、 日本 在 住 の3人 の 朝 鮮 族 の事 例 を 通 じて 、 彼 らの 日 中韓3国 に お け る移 動 の 実 態 を 明 らか にす る。 1.留 学 ・就 職 を主 とす る移 動 現 在 日本 に 住 んで い る朝 鮮 族 の 人 び とは 、1990年 代 以 降 に 留 学 で 来 日 した 朝 鮮 族 が そ の 主 流 を 占め る。彼 ら は主 に20代 前 半 か ら30代 前 半 の 間 に留 学 を行 っ た朝 鮮 族3∼4世 の 人 た ち で あ る 。 彼 ら の 中 に は 、 日本 で 学 業 を終 え た 後 中 国 に帰 る者 もい れ ば、 就 職 な ど で 日本 に滞 在 し続 け る 者 もい る。 さ ら に、 留 学 や 就 職 な ど を 目的 に ア メ リ カや 韓 国 な どの 国 へ 移 動 す る者 もい る。 <事 例1>朴 志 桓(仮 名)、 男 性 、30代 、朝 鮮 族 、 中 国 で 学 士 号 、韓 国 で 修 士 号 、 日本 で博 士 号 取 得 、専 門 職 。 朴 さ ん は 中 国 東 北 部 の あ る 朝 鮮 族 の集 住 す る村 で生 まれ 育 っ た。 こ の村 に は約1000 世 帯 の 朝 鮮 族 が 集 住 して い た た め 、朴 さ ん は幼 い 頃 か ら 日常 にお い て 朝 鮮 語 の み 使 用 し、 中 国語 を使 わ な くて も不 便 は な か っ た。 小 学 校 か ら高校 ま で朴 さん は地 元 の 朝 鮮 族 学 校 に通 い 、 大 学 受 験 の 時 は優 秀 な成 績 で 中 国 内 の あ る名 門大 学 に進 学 した 。 大 学 卒 業 後 、 偶 然 、 知 り合 い を通 じて韓 国 の 大 学 の あ る教 員 と連 絡 を とる よ う に な り、 そ れ を き っか け に韓 国へ の留 学 を決 意 した 。 朴 さ んが 韓 国へ 行 くこ と を決 め た こ とに は 、
学 業 以外 に も 「母 国 に一 度 住 ん で み た い し、韓 国 の 人 や韓 国 の 文 化 に つ い て も も っ と知 りた か った 」 とい う理 由 もあ っ た 。朴 さん は韓 国 の大 学 で修 士 課 程 の 勉 強 をす る一 方 、 †専士 課 程 へ の 進 学 を 目指 して い た。 自分 の 専 門 分 野 で は 日本 で 行 わ れ て い る研 究 が 中 国 や 韓 国 よ り優 れ て い る こ とに気 づ い た朴 さん は、 日本 へ の 留 学 を準 備 した。 日本 に い る 昔 の 大 学 の 先 輩 か ら指 導 教 員 を紹 介 して も らい 、2002年 に 日本 に留 学 した 。 来 日 した 後 に は 、 奨 学 金 を得 な が ら博 士 課 程 で の勉 学 ・研 究 を 通 じて 、 無 事 に博 士 号 を取 得 した 。 そ の後 、 帰 国す る 予 定 だ っ た が 、 日本 で 仕 事 が 見 つ か る こ とで 、 朴 さ ん は 引 き続 き 日本 に滞 在 す る こ とを 決意 した 。 朴 さ ん は 、 自分 が 国 際 移 動 を行 う こ と に は 、 学 業 以 外 に も 「若 い うち に、 い ろ い ろ な 文 化 を体 験 し た い」 とい う こ とが 一 つ の理 由 で もあ る とい う。 彼 は 現 在 、 毎 年 仕 事 や親 族 の 訪 問 な どで 、日本 と中 国 そ して韓 国 の 間 を行 き来 して い る。 今 後 につ い て 、「仕 事 に よっ て 、 さ らに 国 際移 動 を行 う可 能性 が あ る」 と語 っ た 。 <事 例2>呉 文 成(仮 名)、男 性 、30代、朝 鮮 族 、中国 で 学 士 号 、日本 で修 士 号 と博 士 号 取 得 、 専 門 職 。 呉 さん は 、中 国 東北 部 の あ る朝鮮 族 の 集住 す る町 で 生 まれ 、高 校 の 時 まで そ こで 育 っ た 。小 学 校 か ら地 元 の朝 鮮 族 学 校 に 通 い 、 成 績 が 優 秀 で飛 び 級 を した経 験 もあ る 。 大 学 受 験 の 時 は 北 京 の 名 門 大 学 に進 学 し、 卒 業 後 は 北 京 で就 職 した。 呉 さ ん は 中等 教 育 で 日本 語 を 習 っ たが 、 仕 事 をす る 中 で 、 業 務 上 日本 語 の 能 力 を さ らに 高 め る必 要 が あ る こ と を意 識 し、 友 人 の 助 言 を得 て 日本 へ 留 学 した 。呉 さ ん は2000年 に 来 日 し、 日本 語 を習 得 した らす ぐ帰 国 す る予 定 だ っ た が 、 日本 の 大 学 で 修 士 課 程 、博 士 課 程 を経 て †専士 号 も取 得 し た。 中 国 で 就 職 す る こ と を考 え て い た呉 さん は、 あ る 日、 韓 国 の あ る 大 学 か ら来 た 一 本 の電 話 で 韓 国へ の 就 職 を 決 め た 。 こ の 決 断 につ い て 、 呉 さ ん は 「韓 国 を選 ん だ とい う よ りは、(韓 国 の)大 学 を選 ん だ と言 え る。 そ の 大 学 の知 名 度 や研 究 環 境 、 そ して い ろ ん な可 能性 と機 会 を 考 え て 決 意 した」 と語 る 。 け れ ど も、 呉 さん に とっ て 韓 国 は また 特 別 な 地 で もあ った 。 彼 は朝 鮮 族3世 で 、 韓 国 は 祖 父 母 の 生 ま れ た 故 郷 で も あ る 。 約10年 前 か ら呉 さ ん は 年 に一 回 ほ ど韓 国 に行 き、 祖 父 母 の 故 郷 で あ る慶 尚 北 道 に足 を運 ん だ りす る。 そ こ に は す で に親 戚 も見 つ か ら な い が 、 呉 さ ん は祖 父 母 の 戸 籍 を確 認 し、 祖 父 母 の 生 ま れ た 地 で 現 地 の生 活 を体 験 す る こ とで 、 先 祖 の 歴 史 を辿 り、 自分 の ル ー ッ を確 認 し よ う と して い る。 呉 さ ん の両 親 と 兄 弟 は 中 国 に住 ん で い る た め 、 呉 さん は定 期 的 に 中 国 に も帰 る。 呉 さん は、 韓 国 の 大 学 に 就 職 した が 、 必 ず し もず っ と韓 国 に住 む 考 え は な く、仕 事 の 必 要 に よ っ て さ ら に 国 際移 動 を行 な う可 能性 が あ る とい う。 上記 の 二 つ の 事 例 か ら、 朝 鮮 族 の若 い 人 た ち の 中 に は留 学 や就 職 な どで 日中 韓3国 の 間 を移 動 して い る こ とが分 か る 。 け れ ど も、 この 三 つ の 国 にお い て 高 等 教 育 の 各 段 階 を経 て きた 朴 さん や 中 国 と 日本 で高 等 教 育 を受 け 、 さ らに韓 国 の 高等 教 育 機 関 で 就 職 す る 呉 さん の よ う な ケ ー ス は 、 必 ず し も朝 鮮 族 の 中 で 一般 的 に 見 られ る現 象 で は な い 。そ れ は彼 らの よ う な一 部 の 高 学 歴 エ リー トに よ く見 られ る こ とで あ る。 け れ ど も、 さ ま ざ ま な 目的 で 中 国 か ら 日本 へ 移 動 し、 親 戚 訪 問 や結 婚 お よび ビジ ネ ス な どの 目的 で 、 さ らに 日本 か ら韓 国へ 移 動 す る朝 鮮 族 もい る 。 上 記 の事 例 に見 られ る共 通 点 は 、 よ り良 い教 育 と よ り良 い 仕 事 の環 境 な どを 求 め て 国 際移 動 を行 な う こ とで あ る 。 そ して 、 移 動 先 を 国 で選 ぶ の で は な く、 本 人 と直 接 関 連 が あ る大 学 な ど、
よ り小 さな 単 位 で考 え る こ とが 明 らか で あ る。 そ して 、 朴 さ ん と呉 さ ん と も国 際 移 動 を行 な う 際 に、 友 人 や 知 人 の ネ ッ トワー ク を活 用 して い る こ と も観 察 で き る。 また 、 朴 さ ん と呉 さ ん の 日中韓3国 にお け る移 動 は 、単 に勉 学 や仕 事 の た め の 移 動 に 限 る もの で は な い 。 中 国 で 朝 鮮 族 と して の エ ス ニ ッ ク ・ア イ デ ンテ ィ テ ィ を も ち、 朝 鮮 族 学 校 に 通 った 彼 ら に とっ て 、 韓 国 は 「祖 父 母 の 故 郷 」 と して 常 に心 の 中 に描 か れ て い た。 そ う した先 祖 へ の 記 憶 と故 国 へ の 想 像 が 、 彼 らの 韓 国 へ の移 動 を促 して い る。 そ して 、 朴 さ ん と呉 さ ん と も中 等 教 育 で 中 国 語 と朝 鮮 語 以 外 に も外 国 語 と して 日本 語 を学 ん だ こ とが 、 彼 らの 日本 へ の移 動 を促 進 した 一 つ の 潜 在 的 な要 素 と して も考 え られ る だ ろ う。 さ らに 、 朴 さ ん の 「若 い うち に、 い ろ い ろ な文 化 を体 験 した い 」 とい う考 え は 、 ほ か の若 い 朝 鮮 族 に も よ く見 られ るが 、 こ れ は 国際 移 動 を行 な う朝 鮮 族 の 人 び とが よ り良 い教 育 環 境 や労 働 環 境 を 求 め て い る だ け で な い こ と を示 して い る。 朝 鮮 族 の 若 い 人 た ち は、 す で に 中 国 内 だ け で な く、 よ り広 い 外 の 世 界 に 目 を向 け、 活 躍 の 範 囲 を広 げ つ つ あ る。 彼 ら は こ う した 国 際 移 動 の 中 で 、 自分 が 誰 な の か 、 ど ん な 言 語 を学 ば な け れ ば な らな い の か を意 識 し始 め る。 さ らに 、彼 ら は子 ど も に は どん な ア イ デ ンテ ィ テ ィ を構築 させ 、 どん な言 語 を学 ば せ 、 どん な教 育 を受 け させ るの か を考 え る よ う に な った 。 2.両 親 の滞 在 地 が 「帰 る場 所 」 と な る移 動 日本 に 滞 在 して い る朝 鮮 族 の 家 族 や 親 戚 の 人 び とは 、 中 国 だ け で な く、韓 国 に も多 く居 住 し て い る。 そ れ は 、 中 国東 北 部 に集 住 して い た 朝 鮮 族 が 、1992年 の 中韓 国 交 正 常 化 と と も に、 親 戚 訪 問 や 出 稼 ぎ、 結 婚 お よ び留 学 な どを 目的 に韓 国 に 移 動 し、 現 地 で 長 期 滞 在 す る 人 が 増 え て き た か らで あ る。2012年7月31日 の 韓 国法 務 部 の 統 計 に よれ ば、 韓 国在 住 の 韓 国系 中 国 人(筆 者 注:中 国 朝 鮮 族 を指 す)は 約46万7,981人 と され て い る4。 日本 に 留 学 して い る朝 鮮 族 の 中 に は、 留 学 費 用 の 多 くを韓 国 で働 い て い る 両 親 の 仕 送 りに頼 る者 もい る。 そ して 、日本 の朝 鮮 族 の 中 に は 、正 月 や休 暇 の 時 に 両親 や親 戚 が い る韓 国 に移 動 し、 そ こ で休 暇 を過 ご す 者 も少 な くな い 。 結 婚 を迎 え る朝 鮮 族 の 若 い カ ッ プ ル た ち は、 両 親 や 親 戚 が 多 い韓 国 で 結 婚 式 を挙 げ る こ と も一 般 的 で あ る。 筆 者 が 出会 った 日本 在 住 の あ る30代 の 朝 鮮 族 女 性 は 、4年 前 に韓 国 で結 婚 式 を挙 げ た 。韓 国 に は 、彼 女 の両 親 だ け で な く、親 戚 も約30名 住 ん で い る 。 そ の 親 戚 の ほ と ん どは 中 国 か ら出 稼 ぎ で韓 国 に移 動 し、 そ の 中 に は す で に韓 国 の 国 籍 を取 得 した 者 もい る とい う。 留 学 で 日本 に きた朝 鮮 族 の 中 に は、 勉 学 を終 え た 後 に 日本 で就 職 す る者 が 少 な くな い が 、 女 性 の 場 合 に は 卒 業 直 後 に会 社 に 就 職 して も、 結 婚 ・出 産 した 後 に は 仕 事 へ の復 帰 あ る い は 再 就 職 が 難 し くな る こ とが 多 い。 仕 事 を続 け よ う とす る女 性 の 場 合 に は、 中 国 や 韓 国 に い る 両 親 に 子 育 て を支 援 して も ら う こ と も珍 し くない 。 そ の 場 合 に は 、両 親 が 日本 に来 て 短 期 滞 在(3カ 月 ∼6カ 月)す る場 合 もあ れ ば、子 どもを中国や韓 国にい る両親 に預 ける場合 もある。 そ して、下 記 の 事 例 の よ う に、 両 親 に子 ど も を預 け る こ とが で きな い が 、 子 ど も を連 れ て 両 親 の と こ ろ に 定 期 的 に 「里 帰 り」 す る場 合 もあ る。 <事 例3>金 美 玲(仮 名)、 女 性 、30代 、朝 鮮 族 、主 婦 、中 国 で 学 士 号 、日本 で 修 士 号 取 得 。 4(韓 国)出 入 国 ・外 国 人 政 策 本 部 ホ ー ム ペ ー ジ http://www.immigration.go.kr/HP/COM/bbs _003/ListShowData.do?strNbodCd=notiOO97&strWrtNo=100&s trAnsNo=A&strOrgGbnCd=104000&strRtnURL=IMM _6070&strAllOrgYn=N&strThisPage=1&strFilePath=i mm/(ア ク セ ス:2012年9月20日)
夫 も朝 鮮 族 。 長女 は4歳 、 次女 は7カ 月。 金 さ ん は 中 国 の 黒 竜 江 省 出 身 で 、 中 国 の大 学 で は 日本 語 を専 攻 した 。2000年 に 留 学 で 来 日 し、 大 学 院 に進 学 して 修 士 の 学 位 を取 得 した 。 そ の 後 、 東 京 の あ る会 社 に就 職 した が 、 長 女 に 次 い で 次 女 を 出産 す る こ とで会 社 を辞 す る よ う に な った 。 夫 は現 在 日 本 のIT関 係 の 会 社 に勤 め て い る。 実 父 はす で に亡 くな り、 実 母 は 約15年 前 に 出 稼 ぎ に ソ ウル に移 動 し、 す で に 韓 国 国籍 を取 得 して い る。 韓 国 に は 、 中 国 か ら移 動 して きた 親 戚 が 約15名 滞 在 して い る 。 金 さん は実 母 と義 母(夫 の 母 親)と も に韓 国 に滞 在 して い る こ とか ら、定 期 的 に子 ど もを連 れ て韓 国 に行 く。2011年 に 日本 で 東 北 大 震 災 が あ っ た 時 に も、 金 さん は子 ど もた ちの 安 全 を考 慮 して 二 人 の子 ど も を連 れ て 韓 国 の 実 母 の 家 に行 き、 そ こで 約3か 月 滞在 した 。 金 さん の 妹 は 中 国 で 暮 ら して い るた め 、 金 さん は 妹 に 会 うた め に 中 国 に 帰 る こ と もあ る。 将 来 、 家 族 で どこ で 定 住 す る か に 関 して 、 金 さん は ま だ は っ き り決 め て い な い が 、 日本 を 離 れ る場 合 に は 、 中 国 あ るい は韓 国 に移 動 す る予 定 だ とい う。 そ の 中で も、 金 さ ん は 「韓 国 と比 べ る と、 中 国 の 生 活 に もっ と 慣 れ る が 、韓 国 に は母 親 が い る た め 、韓 国へ 移 動 す る可 能性 が 高 い」 と語 る 。 この よ うに 、 金 さ ん の 四 人 家 族 は 日本 で暮 ら して い る が 、 妹 は 中 国 に居 住 し、 実 母 と義 母 お よび 親 戚 の 多 くは韓 国 に滞 在 して い る。 す な わ ち 、金 さん の家 族 と親 戚 の 人 び とは 日中 韓3国 に そ れ ぞ れ滞 在 して い る の で あ る 。 そ して、 金 さん は実 母 と妹 お よ び 親 戚 の 人 び と と会 うた め に 中 国 だ け で な く、 韓 国へ 移 動 す る こ と も多 い 。 特 に 、二 人 の 子 ど もの 母 親 で あ る金 さ ん は 、 実 母 が い る韓 国 に 「里 帰 り」 す る こ とが 多 くな る。 日本 を 離 れ て 再 移 動 を行 う際 に も、 金 さん が 中 国 よ り韓 国 を優 先 的 に考 え る の は、 韓 国 が彼 女 に とっ て 生 ま れ 育 った 場 所 で な くて も、 実 母 が い る こ とで 安 ら ぎ を感 じ させ る た め に 、 一 つ の 「帰 る場 所 」 とな っ て い る か らで あ る 。 近 年 、 中 国 にお け る朝 鮮 族 の 子 女 の 中 に も両 親 が 韓 国 で 長 期 滞 在 す る場 合 に は 、彼 らの 韓 国 へ の 入 国 と現 地 で の 短期 滞 在 が 比 較 的 に容 易 に な っ て い る。 しか し、 中 国 や 韓 国 の 人 び とが 日 本へ 移 動 す る場 合 には 、ビザ の 制 限 が 厳 し く、親 戚 訪 問 や観 光 と して の短 期 滞 在 が容 易 で は な い 。 この 点 で は 、 日本 在 住 の朝 鮮 族 の 日中韓3国 の 問 の移 動 が比 較 的 に容 易 に行 わ れ て い る 。 以 上 見 て きた よ うに 、 高 学 歴 朝 鮮 族 の 日中韓3国 に お け る移 動 に は主 に、 こ の3国 の 言 語 が 駆 使 で きる こ と、 よ り良 い 高 等 教 育 と よ り良 い 仕 事 の環 境 を求 め て い る こ と、 そ して 両 親 の 滞 在 地 を一 つ の 「帰 る場 所 」とす るな どの 要 因 が含 まれ る こ とが 明 らか に な っ た 。 日本 の 朝 鮮 族 に と っ て 、 日中韓3国 は す で に 国境 を越 え た一 つ の生 活 圏 に な っ て い る 。
III.高 学歴朝 鮮族 の子 どもへ の言 語教 育戦略
日本 在 住 の 朝 鮮 族 女 性 の 中 に は 、 日本 で 出 産 と子 育 て を経 験 す る 人 が 多 い 。 そ の 子 ど もた ち は 日本 で 育 つ 中で 、 日本 の 保 育 施 設 や 教 育 機 関(幼 稚 園 、 小 学 校 、 中 学 校 な ど)に 通 う こ とが 一 般 的 で あ る 。 けれ ども、特 に高学 歴朝鮮族 の親 たちは単 に子 どもを日本 の保 育施設 や教 育機 関 の 教 育 に 頼 る だ け で な く、 家 庭 内 にお け る教 育 も積 極 的 に行 っ て い る。 彼 らは 家 庭 教 育 の 中 で も言 語 教 育 を重 視 し、 家 庭 に よっ て 子 ど も に一 つ の 言 語 を教 え る 場 合 もあ れ ば、 複 数 の 言 語 を同 時 に教 え る場 合 もあ る。 しか し、 そ れ らの 家 庭 に共 通 に見 られ る の は そ れ ぞ れ の家 庭 内 で 複 数 の 言 語 が 使 用 され て い て も、 主 に は一 つ の 言 語 の教 育 に専 念 して い る こ とで あ る。 本 稿 で は そ の 代 表 的 な もの と して、 中 国 語 を重 視 す る家 庭 、朝 鮮 語/韓 国 語 を重 視 す る家 庭 、 日本 語を重 視 す る家 庭 の 事 例 を取 り上 げ る。 なお 、本 稿 で用 い る 「中国 語 」は 、中 国 で一 般 的 に 「漢 語 」 と呼 ば れ る 中 国 の 国 家標 準 語 を指 し、 「朝 鮮 語 」 は 、 主 に 中 国 に お い て 少 数 民 族 と して の朝 鮮 族 が 使 用 して きた 「民 族 語 」 を指 す 。 朝 鮮 族 が 使 用 す る朝 鮮 語 を北 朝 鮮 の 言 語 と区 別 す るた め に、北 朝 鮮 の 国語 は 「北 朝 鮮 語 」 と称 す る 。 「韓 国 語 」 は主 に 韓 国 の 国家 言 語 で あ り、 ソ ウ ル語 を 中 心 とす る標 準 語 を指 す 。1990年 代 以 降 、 朝 鮮 族 の 韓 国 へ の移 動 と彼 らの 韓 国 人 と接 す る機 会 の 増 加 お よび 韓 国 の テ レ ビ ドラ マ や 音 楽 な どの ポ ピュ ラー カ ル チ ャ ー の 影響 の 中 で、 朝 鮮 族 が こ れ まで 使 用 して き た朝 鮮 語 は徐 々に 変 化 して い る 。 す な わ ち、 韓 国 語 の影 響 を受 け る こ とで 、 語 彙 や ア ク セ ン トお よ び 言 葉 の 表 現 な ど にお い て 朝 鮮 語 の 「韓 国 語 化 」 が 進 行 して い る。 した が って 、 朝 鮮 族 の 人 び との 中 で は朝 鮮 語 と韓 国語 の 区 別 が あ い ま い に な って い る。 こ う した現 象 に基 づ い て 、 本 稿 で は 朝 鮮 語 と韓 国語 の 両 方 を含 め て 、 「朝 鮮 語/韓 国語 」 とい う表 記 を用 い る。 以 下 で は 、 五 つ の家 庭 の 事 例 を通 じて、 そ れ ぞ れ の家 庭 内 に お け る言 語 使 用 状 況 と言 語 教 育 の 実 態 を明 らか にす る。 1.中 国語 を重 視 す る家 庭 近 年 の 中 国 経 済 の 著 しい発 展 と と もに、 世 界 各 地 か ら さ ま ざ ま な 機 会 を求 め て 中 国 を訪 れ る 企 業 や 人 び とが 急 速 に増 加 して い る。 そ の 流 れ の 中 で、 中 国 語 の 国 際 的 な市 場 価 値 も高 ま り、 国 際 移 動 を行 な う朝 鮮 族 の 中 に も、 次 世 代 の 中 国語 の 習 得 を重 視 す る人 が 増 えつ つ あ る。 日本 在 住 の 朝 鮮 族 の 場 合 には 、 子 ど もの 中 国 語 教 育 を家 庭 教 育 の 中 に取 り組 む こ とが 多 く見 られ る。 以 下 で は 、 夫 婦 と も朝 鮮 族 で あ る 二 つ の家 庭 と妻 は朝 鮮 族 で 夫 は 日本 人 で あ る一 つ の 家庭 の 事 例 を見 て み よ う。 <事 例4>李 明 華(仮 名)、 女 性 、30代 、 主 婦 、 中 国 で 学 士 号 、 日本 で 修 士 号 取 得 。 夫 も朝鮮 族 。 長 女3歳 、 長 男4か 月 。 日本 の永 住 権 を取 得 した ので す が 、 中国 に は私 と夫 の 両 方 の 親 と親 戚 が い る の で、 い つ か 帰 る可 能性 もあ ります 。 だか ら、 子 ど もた ち も中 国 人 と して 、 中 国語 が 分 か らな け れ ば な らな い と思 い ます 。 そ して、 何 よ り私 は 朝鮮 語 よ り中 国語 に もっ と慣 れ て い る の で 、子 ど もた ち に も中 国語 で 話 しか け る場 合 が 多 い で す 。 夫 は朝 鮮 語 を使 うのが 好 きな の で 、 普 段 夫 との 間 で は 中 国 語 と朝 鮮 語 を混 ぜ て 話 す 場 合 が 多 い で す 。 娘 は保 育 園 に 通 っ て い る た め普 段 日本 語 を使 う こ とが 多 い で す が 、 で きれ ば家 の 中 で は 中 国語 を話 す よ うに して い ます 。 朝 鮮 語 は子 ど もた ちが 祖 父 母 と コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ンを とる た め に必 要 な 言語 だ と思 い ます が 、 私 と夫 の 問 で は朝 鮮 語 を使 う こ と も多 い の で 、子 ど もた ちが 自然 に覚 え て い くの で は な いか と思 い ます 。 小 学校 に 入 る 頃 か ら また英 語 も学 ば な け れ ば な らな い の で 、子 ど もた ち にあ ま り負 担 をか け た くあ り ませ ん 。朝 鮮 語 や韓 国語 と比 べ て 、 中 国語 が もっ と も学 び に くい と思 い ます の で 、 子 ど もた ち に小 さい 時 か ら少 しず つ 中 国語 を覚 え させ た い です 。(2010年7月12日 、東 京 に て イ ンタ ビ ュ ー) 李 さん が 子 ど もた ち に 中 国 語 を 教 え よ う と す る こ と に は 主 に三 つ の 理 由 が あ る 。 一 つ 目は 、 李 さ ん に と って 中 国語 が 一 番 使 い 慣 れ て い る言 語 で あ り、 二 つ 目は 中 国 に帰 る 可 能 性 を考 え て い る か らで あ る。 そ して 、 三 つ 目は 子 ど もた ち に 中 国語 を学 ばせ る こ と で 「中 国 人 」 とい う 国 民 的 帰 属 意 識 を獲 得 させ よ う とす るか らで あ る。 した が っ て、 日本 の 学 校 教 育 で は習 得 し に く い 中 国語 を家 庭 教 育 で 補 お う と して い る。 そ して、 李 さん は 自分 の 言 語 習 得 経 験 か ら中 国 語 は
短 期 に容 易 に 習 得 で き る言 語 で は な い と判 断 して い る た め 、 子 ど もが 小 さ い 時 か ら少 しず つ 習 得 して い くよ う に指 導 し て い る 。 ほ か に、 李 さん の 言 語 教 育 に は選 択 的 な戦 略 も見 られ る 。 す な わ ち、 家 庭 内 で 中 国語 の 使 用 と教 育 を重 視 す るが 、 朝 鮮 語 の 教 育 に は 力 を特 に入 れ て い な い と言 え よ う。 李 さ ん は子 ど も た ち が 朝 鮮 語 を 主 に使 用 す る 祖 父 母 と コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ンを と る た め に は朝 鮮 語 を学 ぶ こ とが 望 ま しい が 、 子 ど もた ち が 複 数 の 言 語 を同 時 に習 得 す る こ とに は 大 き な負 担 が あ る と判 断 し、 朝 鮮 語 は夫 婦 の 問 で 用 い る こ と に よっ て 、 子 ど もた ちが 自 ら習 得 して い くこ と を期 待 して い る 。 <事 例5>張 仁 哲(仮 名)、 男 性 、40代 、 会 社 員 、 中 国 で 学 士 号 と修 士 号 取 得 、 日本 で 博 士 号 取 得 。妻 も朝 鮮 族 。 長女12歳 、 次 女9歳 。 私 と妻 の 問 で は い つ も中 国 語 を使 い ます 。 娘 た ち は 日本 の 学 校 に通 うの で 日本 語 が もっ と上 手 で す が 、 中 国 語 も覚 え て ほ しい か ら、 家 で は で きれ ば 中 国 語 を使 う よ う に して い ます 。 で も、 家 庭 内 だ け で は 中 国 語 が ち ゃん と学 べ な い の で 、娘 た ち を家 の 近 くの 中 国語 学 院 に通 わ せ て い ます 。 そ れ ま で娘 た ち は 中 国語 をあ る程 度 聞 き取 れ ま し た が 、 ほ とん ど話 せ な か っ た で す 。 中 国 語 学 院 に 通 い 始 め て か らは、 中 国 語 を よ く聞 き取 れ る し、 あ る程 度 話 す こ と もで き る よ うに な りま した 。 娘 た ちが 中 国 の祖 父 母 と 中 国 語 で 電 話 す る の を 楽 しん で い るの を 見 て 、 とて も嬉 しい で す 。 韓 国 語 は、 昔 私 が 子 ど もた ち に 教 え よ う と思 っ て、 韓 国 の 友 人 か ら教 科 書 を 送 って も らっ た こ とが あ り ます が 、 仕 事 が忙 しか っ た の で 教 え る暇 が な か った です 。妻 は 朝 鮮 語 や 韓 国語 が で き な い の で 、 諦 め ま した。 私 は 中 国 で朝 鮮 語 を習 っ た の です が 、 あ ま り使 え なか っ た の で今 は ほ とん ど忘 れ ま した 。子 ど もた ち も将 来 た ぶ ん 朝 鮮 語 や 韓 国 語 よ り中国 語 を も っ と使 う こ とに な る の で は な い か と思 い ま す 。(2010年9月4日 、 東 京 に て イ ン タ ビュ ー) 日本 国籍 を取 得 した 張 さ ん の場 合 に は、 子 ど もた ち に 中 国 語 を学 ば せ るの が 必 ず し も中 国 に 移 動 させ る た め で は な い 。 彼 は 中 国 語 が 中 国 の 両 親 や 親 戚 の 人 び と と コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ン を行 うた め の重 要 な道 具 で あ る こ と と、 子 ど もた ち が 将 来 中 国 語 を用 い て 諸 活 動 を 行 う可 能 性 を考 えた こ とか ら、 子 ど もた ち に 中 国 語 を習 得 させ よ う と して い る。 そ して 、 中 国語 は 張 さ ん が 妻 との 間 で 一 番 多 く使 わ れ る言 語 で あ る こ とか ら、 家 庭 内 にお い て も共 通 言 語 に な っ て い る。 朝 鮮 語/韓 国 語 は妻 が 駆 使 で きな い た め 、 家 庭 教 育 に も取 り入 れ る こ とが で き なか っ た。 こ う し た 家 庭 内 の 言 語 使 用 状 況 か ら、 夫 婦 の 問 で 共 有 で き る言 語 が 子 ど もに 再 生 産 され る可 能 性 も高 い と考 え られ る。 しか し、 家 庭 内 の 言 語 環 境 だ け で は言 語 教 育 の効 果 が 顕 著 で な い こ と を意 識 した 張 さ ん は 、 語 学 学 校 とい う学 校 外 教 育 も利 用 す る こ とで 言 語 教 育 の 目標 を 達 成 しよ う と し て い る。 〈事 例6>姜 雪(仮 名)、 女 性 、30代 、 会 社 員 、 日本 で 学 士 号 取 得 、 カナ ダ に1年 留 学 。 夫 は 日本 人 。 長 女4歳 。 夫 との 問 で は基 本 的 に 日本 語 を使 い ます 。 夫 は 日本 人 で す が 、 昔 中 国 で 中 国語 を少 し習 っ た こ とが あ る の で 、 た ま に 中 国 語 も使 い ます 。 特 に 私 の 母 親 が 中 国 か ら 日本 に 来 る 時 は、 夫 は い つ も中 国 語 で 私 の 母 親 とコ ミ ュニ ケ ー シ ョン を行 い ます 。 娘 は 保 育 園 に 入 る まで は、 中 国語 と韓 国語(祖 母 と の 間 で は 韓 国語 を よ く使 う)を よ く使 い ま した 。 しか し、保 育 園 に 入 っ て か らは 日本 語 が ち ゃ ん と聞 き取 れ な か った の で 、 そ れ 以 降 は家 で ほ と ん ど 日本 語 を使 っ て い ます 。最 近 は、 私 が また 娘 に簡 単 な 中 国語 を教
え 始 め て い ます 。 娘 が 小 学 校 に入 る前 に、 中 国 の 実 家 に 送 っ て 中 国 語 を もっ と学 ばせ よ うか と考 えて い ま す 。 夫 も娘 が 中 国 語 を学 ぶ の を とて も賛 成 して い ます 。 私 が 中 国 人 だ し、 実 家 も 中 国 に あ るか ら、 子 ど もが 中 国 語 が 学 べ る この 環 境 を ち ゃ ん と生 か さ な け れ ば も った い な い と思 い ます 。 子 ど もが 中 学 校 に 入 っ て か らは 、 カ ナ ダ に 留 学 さ せ る こ と も考 え て い ます 。(2012年9月10日 、東 京 に て イ ン タ ビュ ー) 夫 が 日本 人 で 、 す で に 日本 国 籍 を取 得 した姜 さん は、 家 庭 内 で は 日本 語 を使 う こ とが 多 い が 、 場 合 に よっ て 中 国語 も使 っ て い る 。 中 国語 を少 し学 ん だ こ とが あ る 夫 も子 ど もが 中 国語 を学 ぶ こ と に賛 成 して い る た め 、 姜 さ ん は 家 庭 内 で 子 ど もに 少 しず つ 中 国 語 を教 え る よ う に努 力 して い る。 さ らに姜 さ ん は、自分 が 中 国語 とい う言 語 資本 を持 っ て い る こ と と、中 国 に あ る親 族 の ネ ッ トワー ク を活 用 す る こ とで 、積 極 的 に子 ど も に 自分 の 言 語 資 本 を継 承 させ よ う とす る。 ほ か に も 日本 人男 性 と結 婚 した 朝 鮮 族 女 性 の 中 に は 、 夫 との 問 で は 日本 語 の み 使 用 して い て も、 子 ど もに は 中 国語 を習 得 させ るた め に 、 夏 休 み や冬 休 み に 中 国 にい る 兄 弟 の 家 に子 ど も を 送 っ て短 期 留 学 させ る現 象 も見 られ る。 韓 国 の 場 合 に も、 韓 国 人 男 性 と結 婚 した 朝 鮮 族 女 性 の 中 に は、 子 ど も に 中 国 語 を学 ば せ るた め に 、 中 国 の東 北 部 に あ る 実 家 に子 ど も を送 り、 現 地 の 朝 鮮 族 学 校 に約1年 間 留 学 させ る現 象 が 現 れ て い る 。 こ う した 家庭 内 で は 自分 の 持 って い る言 語 資 本 を生 か しに くい が 、 国 境 を越 え た 親 族 の ネ ッ トワ ー ク を活 用 す る こ とで そ の 言 語 を子 ど も に習 得 させ よ う とす る こ とが 、 近 年 移 動 す る朝 鮮 族 の 中 で 増 えつ つ あ る。 上 記 の 三 つ の事 例 と も、 親 は 「中 国語 は教 育 投 資 に値 す る言 語 で あ る 」 と認 識 して い る た め 、 家 庭 教 育 だ け で な く、 語 学 学 校 の 教 育 お よび 中 国 へ の 短 期 留 学 な どの さ ま ざ ま な方 法 を用 い て 、 子 ど も に中 国 語 を習 得 させ よ う と して い る。 2.朝 鮮 語/韓 国語 を重 視 す る家 庭 日本 在 住 の 朝 鮮 族 の 中 に は 、朝 鮮 語 を 「朝 鮮 族 」 と定 義 す る 際 の 重 要 な基 準 と して認 識 す る 者 が 少 な くな い。 特 に 夫 婦 と も朝 鮮 族 で 、二 人 の 問 で 朝 鮮 語/韓 国語 を用 い る こ とが 多 い場 合 、 「朝 鮮 族 だ か ら、 子 ど も も朝 鮮 語 を学 ば な けれ ば な らな い 」 とい う考 えか ら子 ど もに朝 鮮 語/韓 国 語 を 習得 させ よ う とす る傾 向 が あ る。 さ ら に、 近 年 朝 鮮 族 の 韓 国 へ の 移 動 の 増 加 お よび 中 国 と韓 国 の 間 の 経 済 的 文 化 的 な交 流 が 増 え る 中 で 、 朝 鮮 族 の 人 び とは 朝 鮮 語/韓 国 語 を エ ス ニ ッ ク ・ア イ デ ンテ ィ テ ィ を維 持 す る た め の言 語 と して 考 え る だ け で な く、 就 職 に も有 利 な 一 つ の 言 語 と して 認 識 す る こ と もあ る。 グ ロ ー バ ル 化 の進 展 は、 ヒ トや 物 、 カ ネ だ け で な く、 国 境 を越 え る 情 報 の伝 達 を加 速 化 させ て い る。 今 日、す で に 国 際 移 動 を行 な わ な くて も、 海外 の 情 報 を容 易 に獲 得 す る こ とが で きる 。 日本 在 住 の 朝 鮮 族 の 人 び と は、 イ ン タ ー ネ ッ トを通 じて 中 国 だ け で な く、 韓 国 の 音 楽 や 映 画 、 テ レ ビ ドラ マ な どの ポ ピ ュ ラー カ ル チ ャー を 日常 的 に接 して い る 。 一 部 の 朝 鮮 族 女 性 に とっ て 、 韓 国 ドラ マ を観 る こ とが す で に彼 女 た ち の 日常 生 活 の 欠 か せ な い もの に な っ て い る。 韓 国 ドラ マ を通 じて 、 朝 鮮 族 の 女 性 た ち は 韓 国 の 言 語 や ラ イ フ ス タ イ ル お よび 韓 国 の 人 び との価 値 観 へ の 理 解 を深 め て い る。 あ る朝 鮮 族 女 性 か ら 「韓 国 ドラマ を よ く観 る け ど、韓 国語 の 表現 が 面 白 い 」 とい う声 も聞 か れ た 。 この 「韓 国 語 の 表 現 が 面 白い 」 とい う言 葉 は 、 韓 国語 の 語 彙 の 豊 か さ と そ の 言 語 が もた らす 親 近 感 を指 す もの で あ る。 以 下 で は 、 家 庭 教 育 に お い て朝 鮮 語/韓 国 語 の 使 用 を重 視 す る 二 つ の 家 庭 の 事 例 を見 て み よ う。
<事 例7>全 鳳 花(仮 名)、30代 、 朝 鮮 族 、 日本 で 学 士 号 を取 得 、 会 社 員 。 夫 も朝 鮮 族 。 長 女4歳 。 私 は家 で夫 と は韓 国語 を よ く使 い ます が 、 子 ど も と は 日本 語 を使 う こ とが 多 くな り ま す 。 テ レ ビ で 流 さ れ て い る の も 日本 語 だ し、 保 育 園 で 使 う の も全 部 日本 語 な の で 、 子 ど もは 当然 日本 語 を 一 番 多 く使 う よ う に な ります 。 け れ ど も、 で きれ ば家 で は 子 ど もに 韓 国語 を使 う よ うに して い ます 。 私 の両 親 は 、 娘 が 生 まれ た 時 か ら毎 年 日本 に き て 約 半 年 滞 在 す る の で 、 そ の お か げ で 娘 が 祖 父 母 か ら韓 国語 をた く さん 学 ぶ こ とが で き ま した。 夫 の 両 親 は 数 年 前 か らず っ と韓 国 に 住 ん で い る の で 、 毎 年 の お 正 月 に は 私 が 子 ど もを 連 れ て韓 国 に 行 きま す 。 娘 は今 韓 国 語 が あ ま り話 せ な い で す が 、 結 構 聞 き 取 れ ま す 。 韓 国 語 で 話 しか け た りす る と、 何 を言 っ て い る の か分 か っ て い る よ う で 、 す ぐ日本 語 で 返 事 して くれ ます 。 う ち は い つ か 中 国 に帰 る つ も りな の で 、 中 国語 は 帰 国 して か ら学 ん で も大 丈 夫 だ と思 い ます 。 今 は せ っ か く 日本 に い る か ら、 日本 語 も覚 え て ほ しい し、朝 鮮 族 だ か ら韓 国語 もで き な い とだ め だ と思 い ます 。 中 国 に 帰 る と、 韓 国 語 は一 つ の 外 国語 に も な る の で 、 学 ん で お い た ほ う が 子 ど もが 大 き くな っ た 時 に きっ と役 に 立 つ と思 い ま す 。(2010年11月30日 、 東 京 にて イ ン タ ビ ュー) 全 さ ん の 子 ど もは 日本 の 保 育 園 に通 っ て い る た め 、 ほ と ん ど 日本 語 しか 話 せ な いが 、全 さ ん は 家 庭 教 育 を通 じて子 ど もに韓 国 語 を習 得 させ よ う と して い る 。 そ れ は、 韓 国 語 が 家 族 三 世 代 の 問 で コ ミュ ニ ケ ー シ ョン を行 う た め の一 番 重 要 な言 語 で あ る だ け で な く、 「朝 鮮 族 」 と して の エ ス ニ ック ・ア イ デ ンテ ィ テ ィを獲 得 す る た め の 手 段 で もあ り、 さ ら に一 つ の外 国 語 と して 子 ど もの 将 来 の 就 職 に も役 立 つ と考 え て い る か ら で あ る 。 特 に、 全 さん の 「朝 鮮 族 だ か ら韓 国 語 もで きな い とだ め だ 」 とい う言 葉 に は、 朝 鮮 族 の エ ス ニ ッ ク言 語 を失 う こ とは 「朝 鮮 族 」 で な くな る とい う意 味 が 含 まれ て い る 。 自分 の親 の 世 代 が 朝 鮮 語 を維 持 して きた よ う に、 全 さん は 自分 の 子 ど もに もそ の言 語 を維 持 ・継 承 させ よ う と して い る。 そ れ は、渡辺 が 指摘 した よ うに 「民 族 固 有 の 文 化 や 世 界 観 を次 世 代 に 伝 達 し、 次 世 代 が そ れ を継 承 して い くた め に は、 そ れ が 反 映 され て い る 言 語 が 必 須 で あ る。 い わ ば、 い わ ゆ る(他 の 言 語 に)翻 訳 不 可 能 な 部 分 こ そ 、 そ の 文化 の特 質 で あ る と言 え る か も しれ な い 」(2004:134)と い う考 え に よる こ とだ ろ う。 全 さ ん は 、 中 国 語 は 中 国 に帰 っ た 後 で も十 分 な言 語 環 境 が 与 え られ る と考 えて い る た め 、 日 本 にい る 間 は 中 国語 の教 育 を行 っ て い な い 。 日本 語 は現 在 日本 に住 ん で い る と同 時 に 、 子 ど も が 日本 の保 育 園 に通 うた め に必 要 な 言 語 で あ るが 、 将 来 に 活 用 で きる も う一 つ の外 国語 と して も考 え て い るた め 、 家 庭 内 で 子 ど も と 日本 語 を用 い る こ とが 多 い 。全 さ ん は 、 中 国 語 と 日本 語 は 居 住 国 の 言 語 で あ る た め 、 社 会 的 な言 語 環 境 が 十 分 だ と考 え る が 、 韓 国 語 は 韓 国 に住 まな い 限 り子 ど もが 自然 に 習得 で きる環 境 が 不 十 分 で あ る こ と を意 識 し、積 極 的 に家 庭 教 育 に取 り入 れ よ う と して い る 。 <事 例8>申 明 愛(仮 名)、30代 、朝 鮮 族 、会 社 員 、中国 で 学 士 号 取 得 、日本 で専 門学 校 卒 業 。 夫 は 韓 国 人 。 長男3歳 。 夫 は韓 国 人 で 、 私 も母 語 は朝 鮮 語(主 に 中 国 に い た 時 に使 っ て い た 朝 鮮 語 を 指 す) な の で 、 夫 との 間 で は韓 国 語 を使 うほ うが 便 利 で す 。 子 ど も も韓 国語 が で きな け れ ば な らな い と思 うの で 、保 育 園 で は 日本 語 を使 い 、家 で は韓 国語 を使 う よ うに して い ます 。 夫 は 息 子 を韓 国 人 と して 育 て た い か ら、 小 学 校 に 入 学 す る 時 に は韓 国 の 学 校 に通 わ せ た い と言 って い ます 。 私 の実 父母 や 義 母 、 そ して親 戚 の多 く も韓 国 に住 んで い る の で 、
私 も韓 国 で 暮 ら した い と思 い ま す 。 夫 は子 ど もが 中 国語 も学 ん で ほ しい と言 っ て い ま す が 、 家 で私 一 人 だ け が 中 国 語 を使 うの は な か なか 難 しい で す 。 私 は 、 む しろ子 ど も に 中 国 語 よ り世 界 的 に 通 用 す る英 語 を学 ば せ た い で す 。 今 年 の 初 め か らベ ネ ッセ の 英 語 教 材 を使 っ て い ます が 、 子 ど もがDVDを 見 て少 しず つ 覚 え て い ます 。 で も、 家 で 主 に 使 うの は や は り韓 国 語 で す 。(2012年9月2日 、 東 京 にて イ ン タ ビュ ー) 申 さ ん が 家 庭 内 で韓 国 語 を 主 に 使 う の は 、 夫 婦 と の 間 で 一 番 多 く使 わ れ る の が 韓 国語 で あ る と同 時 に、子 ど もに も習 得 させ た い か らで あ る。 申 さん の 三 人 家族 は現 在 日本 で生 活 して い る が 、 将 来 韓 国 に帰 る こ と を予 定 し、 子 ど もが 小 学 校 に入 学 す る際 に は韓 国 の 学 校 に入 れ よ う とす る。 子 ど もに 韓 国 の 学 校 教 育 を受 け させ た い とい う考 え に は、 申 さん の 夫 が 子 ど も を 「韓 国 人 」 と して 育 て た い とい う意 識 が 強 い こ とに よる 。 した が っ て 、 申 さん の 家庭 は 事 例7の 全 さ んの 家 庭 と異 な り、 韓 国 へ 移 動 す る た め の 準 備 と して 家 庭 内 で 韓 国 語 の教 育 を行 っ て い る。 そ して 、 申 さ ん は 日本 語 は 日本 で 暮 らす た め に必 要 な 言 語 で あ り、 子 ど もが 日本 の 保 育 園 に通 うた め に習 得 しな け れ ば な らな い 言 語 と して 考 え て い るが 、 必 ず し もそ れ を 一 つ の 言 語 資 本 と して 蓄積 し よ う とす る 意 識 は あ ま り見 られ な い 。 そ して 夫 は 申 さ ん が 中 国語 が 駆 使 で きる こ とか ら子 ど も に も 中 国 語 を教 え る こ と を希 望 す るが 、 申 さ ん は む しろ 世 界 的 に 使 用 範 囲 が 広 く、 自分 は 十 分 習 得 で きな か っ た英 語 に よ り投 資 す る価 値 が あ る と考 え る た め 、子 ど も に英 語 を習 得 させ よ う と して い る。 上 記 の 事 例7と 事 例8の 共 通 点 は、 韓 国語 の教 育 を行 う原 因 の 一 つ が 、子 ど も に 「朝 鮮 族 」 あ るい は 「韓 国 人」とい う ア イデ ンテ ィテ ィ を獲 得 させ る こ とで あ る。 け れ ど も、両 者 の異 な る 点 は 、 全 さ ん は 日本 や 中 国(東 北 部 の朝 鮮 族 学 校 以外 の 教 育 機 関)の 学 校 教 育 で は保 障 で きな い 朝 鮮 語/韓 国 語 を家 庭 教 育 に よ っ て 補 お う とす る一 方 、 申 さん は子 ど も を韓 国 の 学 校 に通 わせ る た め にそ の 準 備 の 一 環 と して 家 庭 内 で 韓 国 語 の 教 育 を行 う こ とで あ る。 3.日 本 語 を重 視 す る家 庭 日本 在 住 の 朝 鮮 族 は 、 まず 日本 で 生 活 す るた め に は 日本 語 を 習 得 す る こ とが 必 要 に な る。 本 稿 で 取 り上 げ た 朝 鮮 族 は ほ とん ど中 国 の 中等 教 育 で 日本 語 を外 国 語 と して 習 得 し、 さ らに 日本 の 高 等 教 育 機 関 で教 育 を受 けた た め、 日常 生 活 にお け る 日本 語 の使 用 に は 特 に 困難 を感 じな い 。 そ の た め 、 彼 ら は 日本 語 を学 び 始 め る 自分 の 子 ど もへ の 指 導 もで き る。 彼 らは 子 ど もが保 育 園 や 幼 稚 園 に 通 う前 か ら、 日本 語 を教 え始 め る こ とが 多 い 。 け れ ど も、 子 ど もが保 育 園 で保 育 士 や ほ か の 子 ど もた ち との コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ンが あ る程 度 で きる よ う に な る と、 す で に述 べ た よ う に家 庭 内 で 中 国語 や 朝 鮮 語/韓 国 語 を教 え る こ とが 少 な くな い 。 しか し、 下 記 の よ う に家 庭 内 で ず っ と子 ど も と 日本 語 の み 使 用 す る場 合 もあ る。 <事 例9>徐 英 実(仮 名)、 女 性 、30代 、 中 国 で 学 士 号 、 日本 で修 士 号 取 得 、 現 在 博 士 後期 課 程在 籍 。 夫 も朝鮮 族 。 長 男4歳 。 私 は、 子 ど もが まず 一 つ の 言 語 を ち ゃ ん と学 ん で ほ しい で す 。 今 は 日本 に住 ん で い る か ら、 日本 語 を しっ か り学 べ ば そ れ で い い と思 い ます 。 家 で 私 は 夫 との 間 で は 朝 鮮 語 と 中 国語 そ して 日本 語 の 三 つ の 言 語 を混 ぜ て 使 う場 合 が 多 い で す が 、 息 子 とは ほ と ん ど 日本 語 の み 使 い ます 。 息 子 は朝 鮮 語 が 少 し聞 き取 れ ます が 、 あ ま り話 せ ませ ん 。 私 の 母 親 や姉 妹 そ して 親 戚 の 多 くは 普 段 朝 鮮 語/韓 国語 を使 い ま す の で 、 息 子 もあ る 程 度 学 べ る と思 い ま す 。 将 来 中 国 に帰 る予 定 な の で 、 中 国 語 は 中 国 に 帰 っ て か ら学 ん
で も間 に合 う と思 い ます 。 中 国 で暮 らす た め に は 、 中 国語 をち ゃ ん と学 ば な け れ ば な らな い と思 うの で 、 子 ど もが 小 学 校 に入 る時 は 中 国 の漢 族 学 校 に 通 わ せ るつ も りです 。 私 が 日本 の こ とが 好 きだ か らか も しれ ませ ん が 、 息 子 が 日本 にい る 間 に 日本 語 を ち ゃ ん と学 ん で ほ しい し、 中 国 に帰 っ て も忘 れ な い で ほ しい で す 。 将 来 息 子 が 中 国 の 学 校 に 通 っ て も、夏 休 み とか に 日本 に 来 て も っ と 日本 語 を学 ん だ り、 日本 社 会 を体 験 で き る よ うに して あ げ た い で す 。(2011年12月18日 、 名 古 屋 にて イ ン タ ビ ュー) 中 国 に帰 る こ とを予 定 して い る徐 さ ん は 、 日本 で 子 育 て す る 間 に 子 ど もに 中 国 語 を教 え る の で は な く、 日本 語 の 習 得 に専 念 させ て い る。 そ の た め に 、 子 ど も に保 育 園 で 日本 語 を学 ばせ る だ けで な く、 家 で もそ の 言 語 を続 け て 使 用 で き る よ うに積 極 的 に 言 語 環 境 を作 っ て い る 。徐 さ ん は居 住 国 の 言 語 に熟 達 す る必 要 性 を認 識 し、 日本 に い る 間 に は子 ど も に 日本 語 を習 得 させ て い る。 そ れ は 中 国 に帰 る と、 日本 語 に 接 す る環 境 が 限 られ て い る た め 、 日本 に い る時 の社 会 的 な 言 語 環 境 を最 大 限 に 生 か した い とい う考 え に よ る 。 け れ ど も、徐 さん が 子 ど も に 日本 語 の 習 得 を重 視 す る こ とは、 単 にそ れ を 一 つ の 言 語 資 本 と して 蓄 積 す る とい う考 え に 限 る もの で は な い 。徐 さ ん は 「日本 人 の仕 事 に真 摯 に 取 り組 む 姿 勢 や 人へ の 思 い や りな どに魅 力 を感 じる 。 息 子 に も是 非 そ うい っ た 面 を見 習 っ て ほ しい 」 とい う考 え か ら、 子 ど も に 日本 語 を学 び 日本 人 と 接 す る こ と で、 日本 人 の そ うい った 文 化 的 な側 面 も 自然 に受 け入 れ て い くこ と を 目指 して い る 。 そ の た め 、将 来 中 国 に帰 って も子 ど もが 日本 や 日本 の 人 び と に 関す る 理 解 を深 め る た め に情 報 収 集 を した り、 さ らに 日本 へ 移 動 した りす る た め に は 日本 語 を習 得 す る必 要 が あ る と徐 さん は 強 く意 識 して い る 。 以 上 、 家 庭 教 育 に お い て そ れ ぞ れ 中 国語 、 朝 鮮 語/韓 国 語 、 日本 語 を重 視 す る五 つ の家 庭 の 事 例 を 見 て きた 。 こ れ らの 事 例 か ら、 日本 在 住 の 高 学 歴 朝 鮮 族 の 人 び と は子 ど もの 教 育 に お い て 主 に三 つ の 言 語 を 考 え て い る こ とが 明 らか に な っ た 。 す な わ ち 、居 住 国 の言 語 、 家 族 の 間 で コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ン を と る た め の 言 語 あ る い は 「朝 鮮 族 」 や 「中 国 人 」 とい う帰 属 意 識 を獲 得 させ るた め の言 語 、 そ して今 後 の 移 動 や 子 ど もの 将 来 の 就 職 に有 利 な 言 語 な どで あ る。 そ して 、 彼 ら は そ れ ぞ れ の 言 語 を子 ど もに 習 得 させ る た め に、 学 校 教 育 と語 学 学 校 の よ う な学 校 外 教 育 お よ び家 庭 教 育 とい っ た さ ま ざ まな 教 育 の 方 法 を用 い て 、 そ れ ぞ れ の 教 育 の 目標 を達 成 し よ う と して い る。 しか し、 そ の 中で も高 学 歴 朝 鮮 族 の 親 た ち は 特 に家 庭 教 育 を重 視 し、 自 ら持 って い る言 語 文 化 資 本 を家 庭 の 中 で の教 育 を通 じて 積 極 的 に 次 世 代 に継 承 させ よ う と して い る 。 朝 鮮 族 の 親 た ち が 家 庭 内 に お い て言 語 教 育 戦 略 を行 う こ とが で きる こ と に は 、彼 ら 自身 が 三 言 語 あ る い は 四 言 語 の 言 語 資 本 を有 す る と 同 時 に 高 等 教 育 を受 け た こ とが 不 可 欠 で あ る。 複 数 の 言 語 を 身 に つ け る こ とに よ っ て、 居 住 国 で の適 応 や さ らな る 移 動 の準 備 そ して家 族 や 親 戚 との 繋 が りお よび エ ス ニ ッ ク ・ア イ デ ンテ ィ テ ィ の 維 持 とい っ た 拮 抗 す る 諸 要 素 の バ ラ ンス を保 つ こ とが 、 移 動 す る高 学 歴 朝 鮮 族 の生 き方 で あ り、 彼 らの 次 世 代 へ の教 育 の 臨 み 方 で もあ る 。 この よ うに 、 日 本 在 住 の 高 学 歴 朝 鮮 族 の 家 庭 内 の 言 語 使 用 と言 語 資本 の 再 生 産 は 、彼 らの は っ き りと した 目標 と子 ど もの 受容 に 合 わせ て計 画 的 お よび 戦 略 的 に行 な わ れ て い る 。 IV.ハ イ ブ リ ッ ド ・ア イ デ ン テ ィ テ ィ の 構 築 日本 在 住 の朝 鮮 族 は 、 一 般 的 に 日本 の 人 び とか ら 「中 国 人 」 と呼 ば れ て い る。 そ れ に対 して、
朝 鮮 族 の 人 び と も一 般 的 に 「中 国人 」と 自称 す る。彼 らの 「朝 鮮 族 」と して の エ ス ニ ッ クな 部分 は 、 日本 社 会 で あ ま り知 られ て い な い と 同 時 に、 あ ま り問 わ れ な い もの で あ る 。 そ れ は主 に 、 朝 鮮 族 の 人 び との 自 己 主 張 に よ っ て周 りの 人 び と に知 られ る場 合 もあ れ ば、 単 に 朝 鮮 族 の エ ス ニ ッ ク ・グ ル ー プ の 中 で維 持 さ れ る場 合 もあ る。 朝 鮮 族 の 中 で 「日本 人 の 方 に 自分 が 朝 鮮 族 で あ る こ と を説 明 して も、相 手 が よ く分 か らな い し、 関 心 も ない よ う だ」 とい う発 言 が よ く聞 か れ る 。 こ う した 「朝 鮮 族 」 とい うエ ス ニ ッ ク な部 分 が 日本 社 会 で 明 確 に カ テ ゴ リー化 され て い な い こ とが 、 む しろ 朝 鮮 族 の 人 び と に 自分 た ち の ア イデ ン テ ィテ ィ を 自由 に表 現 す る 空 間 を与 え て い る と考 え られ る。 グ ロー バ ル 化 の 進 展 と と も に人 の 国 際 移 動 が 急 速 に増 加 す る今 日、移 動 す る人 び と の帰 属 意 識 も多 様 に変 化 して い る。 平 野 は 「現 代 の 重 層 的 な国 際社 会 の なか で は 、個 人 は異 な る次 元 上 の複 数 の 集 団 に 、 意 識 の 強 度 に違 い は あ っ て も、 同 時 に帰 属 す る こ と を意 識 す る 。今 日の 国 際社 会 の なか で 、個 人 の ア イ デ ンテ ィ テ ィー は複 合 的 な性 格 を帯 び る よ うに な っ て い る の で あ る」(2000 =2001:193)と 述 べ 、個人の複合的 なアイデ ンテ ィテ ィについて指摘 した。そ して、Schumann は、 トル コ系 ドイ ッ 人 の 事 例 を取 り上 げ、 彼 らの 中 で 行 わ れ る ドイ ツ文 化 を 受 容 す る の か 、 そ れ と も 自分 た ち の エ ス ニ ック 文 化 を維 持 す るの か とい う両 者 の 間 の 絶 え 間 な い 交 渉 は 、 一 種 の 特 別 な ア イデ ンテ ィテ ィ を創 造 す る(2011:2)と 主 張 し、そ う した ア イデ ンテ ィテ ィ を 「Hybrid Identity」(ハ イ ブ リ ッ ド ・ア イデ ンテ ィテ ィ)と 称 した 。 本 稿 で取 り上 げ た朝 鮮 族 の 中 で も、 国際 移 動 に よ っ て ア イ デ ンテ ィ テ ィ が 多 様 に変 化 して い る こ とが 見 られ る。 彼 らの 中 に は 、 移 動 に よ っ て 「中 国 人 」 意 識 や 「朝 鮮 族 」 意 識 が 強 くな る 場 合 もあ る が 、 新 しい 現 象 と して は 自分 の属 す る 国籍 に こ だ わ らず 、 複 数 の 国 や 地 域 お よ び そ れ と は異 な る次 元 の 共 同 体 に も強 い 帰 属 意 識 を もつ こ とが 見 られ た 。 朝 鮮 族 の こ う した新 しい ア イ デ ンテ ィ テ ィの構 築 は、 主 に 文 化 的 な 要 素 に よ る 自己 規 定 で あ る。 本 稿 で は、 個 々 人 の 内 面 にお け る 複 数 の文 化 の 交 渉 あ る い は統 合 に よ る新 しい ア イ デ ンテ ィ テ ィの 創 造 に注 目す る こ とで 、 「ハ イ ブ リ ッ ド ・ア イ デ ンテ ィ テ ィ」 とい う語 を用 い る。 そ れ で は 、 以 下 で は 具 体 的 な事 例 を通 じて 移 動 す る朝 鮮 族 の ハ イブ リ ッ ド ・ア イ デ ン テ ィ テ ィ の 構 築 に つ い て 検 討 す る。 まず30代 前 半 に 日本 に留 学 し、 す で に 日本 国 籍 を取 得 した林 さ ん の 事 例 を見 て み よ う。 <事 例10>林 晋 沫(仮 名)、50代 前 半 、 中 国 で 学 士 号 、 日本 で 修 士 号 と博 士 号 を取 得 、 専 門 職 。 最 初 に 日本 に来 た 時 に 、 日本 人 の 方 か ら 「あ な た は何 人 で す か 」 と聞 か れ ま した が 、 当 時 は とて も答 え に くか っ た で す 。 私 は、 自分 が 中 国 か ら来 たが 「朝 鮮 族 で す 」 と答 え る と、彼 らは 理解 で きな い よ うで した 。 そ れ を説 明 す る の も、とて も難 しか っ た で す 。 そ の 後 、 ま た 息 子 との対 話 もあ っ た の で す が 、 息 子 は 日本 で 生 ま れ 育 っ た の で 、 私 が 中 国 か ら来 た 朝 鮮 族 と言 っ て も、彼 は な か な か 理 解 で き なか っ た よ うで す 。 そ う した 理 解 を して も らえ な い こ とで 、 私 は 一 体 自分 が 何 者 だ ろ う とい う葛 藤 を経 験 しま した 。 そ れ で 、考 え た 末 に 、そ れ も日本 に来 て か ら約10年 経 っ た後 で す が 、自分 の こ と を 「東 北 ア ジ ア 人 」 と 自称 す る こ とに し ま した。 そ れ は、 近 年 私 が 東 北 ア ジ アの さ ま ざ ま な 国(主 に 中 国 、 韓 国、 北 朝 鮮 、 日本 、 ロ シ ア、 モ ン ゴル な ど)や 地 域 を訪 問 す る こ と が 多 か っ た で す が 、 そ れ らの 国 の 言 語 もあ る 程 度 で きる し、 そ れ らの 国 の 人 び と と も 仲 良 く し て きて い る の で、 そ う した 地 域 に も親 しみ を 感 じて い る か らで す 。 これ で 、 私 の ア イ デ ン テ ィ テ ィの 問 題 は解 決 で きた と思 い ま す 。 そ れ に対 して 、 息 子 も納 得 で
き た よ う で す 。(2011年12月17日 、 京 都 に て イ ン タ ビ ュ ー) 林 さ ん は 仕 事 に よる 海 外 出張 が 多 い が 、 中 国 の 国籍 で あ る こ と と海外 へ の 移 動 の 際 に ビザ の 申請 の 手 続 きが 複 雑 で あ る た め 、 出 張 の 日程 に合 わ ない 場 合 が 多 い こ とか ら、6年 前 に 日本 国 籍 を取 得 した 。林 さ ん は 自分 が 国 籍 を変 えた の は、国 際移 動 が 自由 に で きる こ とが 目的 で あ る た め 、 名 前 は昔 の ま ま だ とい う。 そ して 、 林 さ ん は 多 様 な 国へ 移 動 す る 中 で 、 す で に 「朝 鮮 族 」 とい う言 葉 だ け で は 自 己規 定 で きな くな っ た こ と に気 づ い た 。 彼 が 上 記 の 東 北 ア ジ ア の そ れ ぞ れ の 国 や 地 域 に帰 属 意 識 を もつ こ と に な っ た の は 、 来 日 して か ら約10年 経 っ た 後 の こ とで あ り、 そ れ まで は さ ま ざ まな 呼 び 名 で 自称 した りして い た 。 け れ ど も、林 さ んが 自称 す る 「東 北 ア ジ ア 人」 とい う言 葉 に は、 「中国 人 で もあ り、朝 鮮 半 島(韓 国 と北 朝 鮮 両 方 を含 む)の 人 で もあ り、 日本 人 で もあ り、モ ン ゴ ル人 で もあ る」 こ とを意 味 す る と同 時 に、そ の 反対 で あ る 「中 国 人 で もな く、 朝 鮮 半 島 の 人 で もな く、日本 人 で もな く、モ ン ゴル 人 で もな い」 こ と も意 味す る と語 る 。 そ れ は 、 林 さ ん の 中 に あ る多 様 な 言 語 や 文 化 が そ れ ぞ れ 彼 の一 部 で あ る と考 え る時 に は 、 そ う した 言 語 や 文 化 が 各 自創 造 され る地 域 や そ こ にお け る 人 び と と一 定 の 共 通 点 が あ る と言 え るが 、 単 に 一 つ の 地 域 に 時 間 的 お よび 空 間 的 に 深 く関 わ る こ と を基 準 と して規 定 す る場 合 に は、 彼 を どの 国 や 地域 の 人 と して も定 義 で きな い とい う こ とで あ る 。 ベ ネデ ィ ク ト ・ア ンダ ー ソ ン は、 「国 民 とは イ メ ー ジ と して心 に描 か れ た想 像 の 政 治 共 同 体 で あ る一 そ して そ れ は 、本 来 的 に 限 定 され 、 か つ 主 権 的 な もの 〔最 高 の 意 志 決 定 主体 〕 と して 想 像 され る」(2007:24)と 定 義 して い る。 こ う した 「国 民 」 概 念 は 、 主 に 国籍 の属 す る 国 に 限 定 す る こ と を指 し、 近 代 社 会 に お い て 正 当性 を も っ て い た 。 した が っ て 、 この よ うな 国 民 概 念 で は 林 さ ん の 「中 国 人 で もあ り、 韓 国 人 や 北 朝 鮮 人 で もあ り、 日本 人 で もあ る」 とい う定 義 は 成 立 しに くい の で あ る。 平 野 も指 摘 した よ うに 「近 代 に お い て は、 個 人 が 帰 属 意 識 を もつ べ き集 団 は 、 国 民 あ る い は 国 民 国 家 に限 定 さ れ た。(中 略)平 面 的 な構 造 の 国 際 社 会 の な か で は 、 個 人 が 国 家Aに 帰 属 す る とい う こ と は、 同 時 にそ れ 以 外 の どの 国 家 に も帰 属 で き ない とい う こ と に等 しか った 。Aの 国民 で あ る こ とが 個 人 の人 格 そ の もの で さえ もあ っ た」(2000=2001:193)。 グ ロー バ ル 化 時代 に お け る 人 び と の 国 際 移 動 が 日常 化 しつ つ あ る今 日、 人 び との ラ イ フス タ イ ル も大 き く変 化 して い る。 す で に複 数 の 国 や 地 域 に お い て 人生 の そ れ ぞ れ の 時 期 を過 ごす 人 び とが 増 えて い る 中 で 、従 来 の 国民 概 念 で は彼 らの帰 属 を規 定 す る こ とに 限界 が あ る だ ろ う。 したが っ て 、 移 動 す る 朝 鮮 族 の 人 び とは 国 籍 や 出 身 の エ ス ニ ッ ク ・グ ル ー プ に拘 らず に 、 文 化 的 な側 面 か ら 自分 の 帰 属 を規 定 し、 新 しい 自分 を表 現 しよ う と して い る 。 白 石 は 「共 同体 は 、 そ の 成 員 とな る人 々 に よ っ て 「我 々 」 とい う一体 性 を もつ 集 合 体 と して 想 像 され る こ とで 成 立 す る。 そ れ は 人 々の 文 化 的 ア イ デ ンテ ィテ ィ の 問 題 で あ る。 す な わ ち 、 一 人 ひ と りの 成 員 が 、 自己 の 帰 属 に 関 す る 時 間 的 空 間 的 な意 味 の創 造/想 像 を行 い、 あ る い は、 創 造/想 像 され た 時 間 空 間 を 自己 の もの と して 受容 す る こ とで あ る 」(2007:203)と 指 摘 して い る。 上 記 の林 さん は 、 複 数 の 国 や 地 域 の 人 び と と言 語 的 文 化 的 に相 互 に認 識 し、 相 互 に受 け 入 れ る こ とで 「わ れ わ れ 」 意 識 を持 つ こ と に な っ た 。 そ して 、彼 はそ う した 複 数 の 国 や 地 域 を 一 つ の 空 間 的 な共 同体 と し て想 像 す る こ とで 、 そ の 共 同体 に帰 属 意識 を もつ こ とが で きた 。 この ほ か に も、 国 際移 動 を行 う朝 鮮 族 の若 者 の 中 に は 、 国 民 的帰 属 意 識 に加 えて 日常 に お い て 本 人 と密 接 な関 係 に あ る企 業 とい っ た集 団 に対 す る 帰 属 意 識 を も新 た に獲 得 す る事 例 が 見 ら れ る。 以 下 で は 、 中 国 で ア メ リカ 資 本 の 企 業 に就 職 した 後 、 日本 に 派 遣 さ れ、 日本 と 中 国 の 間 を行 き来 す る朝 鮮 族 の 若者 の帰 属 意識 の 変化 に つ い て 見 て み よ う。