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December 15, 2017
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Ⅰ.欧州の新燃費規制から読み解く世界の電動車両戦略
ナカニシ自動車産業リサーチ 代表兼アナリスト 中西 孝樹Ⅱ.メキシコ経済の動向~
NAFTA 交渉と大統領選がもたらす不透明感~
公益財団法人 国際通貨研究所 森川 央Ⅲ.見えてきたトランプ政権の移民政策
冨田法律事務所 米国カリフォルニア州弁護士 冨田 有吾Ⅳ.トルコにおける
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弁護士法人マーキュリー・ジェネラル 弁護士 酒井 勝則 弁護士 根來 伸旭… 2
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2Ⅰ.欧州の新燃費規制から読み解く世界の電動車両戦略
概要 2017 年 11 月 8 日に提示された欧州委員会(EC)の 2021 年以降の二酸化炭素(CO2)排出量規制の重 要ポイントをひも解き、世界のパワートレイン戦略に及ぼす影響を見通す。自動車メーカーの電気自動 車(EV)戦略は、欧州と中国を合計した売り上げ構成に比例する。そのトレンドを、米国・アジアを中 心とする日本車メーカーに単純に当てはめることは正しくない。 欧州委員会(EC)の 2021 年以降の燃費規制の提案内容 2017 年 11 月 8 日、EC は長く注目されてきた 2021 年以降の燃費規制の提案書を公表した。乗用車と小 型商用車を含めたライトビークル前提の規制となるが、本稿では乗用車に焦点を当てる。従来規制では 2021 年に二酸化炭素(CO2)排出量 95 グラム/キロメートル(g/km)を達成し、68~78g/km の長期 目標レンジが示されてきた。一般的に、2025 年には 75g/km 程度が目標になるのではと懸念されてきた。 そして、緊張の中でこの2017 年 11 月 8 日の発表を迎えた。世界的に見ても非常に厳しい数値が掲げ られているわけだが、比較的実現可能性があると、業界関係者は胸をなで下ろしたのではないだろうか。 欧州自動車工業会(ACEA)は、即刻に当該規制案への反論(2025 年の暫定目標設置や 2030 年の 30%削 減(2021 年目標値比)の厳しさ)を表明したが、内心としては、自身のロビー活動が奏功した結果に、 ほくそ笑んでいた可能性もある。 EC の 2021 年以降の乗用車 CO2 排出規制案は、大きく以下の 4 点にある。 (1)2021 年の CO2 排出規制値 95g/km に対し、2025 年の中間暫定目標が 2021 年目標値比 15%削減(約 80g/km)、2030 年の最終目標が同 30%減(約 67g/km)とする。 (2)2025 年の暫定目標に対しては、厳密さ、規制方法などの具体的提案は盛り込まれず、玉虫色の感が 拭えない。 (3)電気自動車(EV)販売比率を規制で厳密に求めていくことは含まれていない。これは、欧州連合(EU) 諸国の経済力格差を考慮したものだろう。 (4)ゼロ・エミッション車(EV、燃料電池車)、ロー・エミッション車(CO2 排出量 50g/km 以下の プラグインハイブリッド車(PHEV)など)の低公害車の普及を促進するインセンティブを推進し、 一定のゼロ・エミッション/ロー・エミッション車比率を達成できる自動車メーカーに対し、規制 値の緩和を進めるとしている。販売拡大が容易なPHEV 普及への道筋を示した。 世界的にCO2 排出規制を先導する欧州にとって、自動車産業が類を見ない厳しい環境に置かれた産業 であることに変わりはない。そうは言っても、この世界最高の新規制内容を見たときに、砂漠に振った わずかな湿り雨と感じるのは皮肉なことだ。2025 年に 68~78g/km レンジの規制が敷かれることを思え ば、最終目標には2030 年までの時間的猶予があり、2025 年は約 80g/km で収まるという安堵(あんど) 感がある。実現不可能な厳しい規制は含まれておらず、自動車メーカーは収益性を守りながら、それぞ れにベストなパワートレイン・ミックスを追求することが可能だ。BTMU Global Business Insight
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3 補足資料にあるインパクト・アセスメントでは、さまざまな分析結果が示されている。その中で目を 引いた内容が、規制対応へのコストペナルティー分析だ。2030 年で 1 台当たり約 800 ユーロ程度と試算 している。燃費改善による燃料消費削減で1 台当たり 1,500 ユーロ節約できるとの試算もある。この分析 を単純に信じることは困難ではあるが、現在の内燃機関コスト上昇を強く懸念する悲観論へ一石を投じ る論議だろう。 【図1:世界の平均燃費規制の見通し】(CO2 排出量、単位:g/km) 出所:国際クリーン交通委員会(ICCT)など各種資料を基にナカニシ自動車産業リサーチ作成 世界に広がるEV 熱の背景 EV 熱の感染が世界に広がり続けている。EV 普及を加速化し、内燃機関を用いた自動車の販売禁止を 早めようとする動きが顕著だ。詳細は現段階では不透明だが、英国・フランスでは2040 年をめどに、イ ンドは2030 年までに内燃機関の販売禁止を方向として明らかにしている。また、この流れを加速化させ るような政策の検討が中国で開始され、インドネシアでも同様の動きが始まった。インドネシアのエネ ルギー・鉱物資源省は、化石燃料を動力源とする自動車と二輪車の販売を2040 年までに禁止する方針だ。 EV 熱の感染には三つの大きな背景がある。 第一に、欧州の大気汚染問題だ。2015 年のフォルクスワーゲン(VW)のディーゼルゲートを契機に、 欧州の都市では窒素酸化物(NOx)を原因とする都市大気汚染問題が深刻な社会問題となってきた。内 燃機関を悪者とし、ゼロ・エミッション化を進めたいという機運が高まっている。 第二に、中国の「自動車強国」産業政策である。欧州の混乱に乗じる形で、中国はEV のバッテリー技 術と主要コンポーネンツを先導し、国家戦略の「自動車強国」を狙っている。この結果、日本の内燃機 関競争力を封じ込み、自動車産業の国際競争力を手繰り寄せようとする。BTMU Global Business Insight
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4 第三は、新興国におけるエネルギー安全保障政策だ。インド、インドネシアのEV シフト政策の根本的 な目標は脱・化石燃料であり、石油輸入依存からの脱却を目指すものだ。しかしその裏では、中国EV 支 配に対する防衛策としての自国の産業強化への思いも見え隠れする。 EV シフトを先導するのは欧州であり、ここには三つの動機付けがある。VW のディーゼル排ガス不正 問題に端を発し、ディーゼル車に対する不信感が爆発し、社会問題化・政治問題化している。社会問題 化する大気汚染問題に対し、政府も自動車メーカーもステークホルダーが納得できる解決へのロードマ ップを示す政治的な圧力を受けている。パリ協定に伴う温暖化ガス削減を目指した動きも加わり、EV 化 を支援する政策を推進する必要がある。最後に、目前に迫る2021 年の CO2 排出量 95g/km への達成に 多くの自動車メーカーで黄信号がともり始めたことだ。短期的には、EV シフトを扇動し、普及への補助 金政策を引き出したいという台所事情もある。 日本の自動車産業に求められる戦略とは 大気汚染問題を解決するために、都市部の内燃機関使用規制は間違いなく訪れるだろう。英国やフラ ンスがそれを推進しても、欧州全体に広げることは現実的ではない。地球規模で温暖化ガスを持続可能 な形で削減していくには、今回のEC が示した 2021 年以降の燃費規制の提案書にある通り、それぞれの 自動車メーカーが自身にベストなパワートレイン・ミックスを追求していくことが必要となってくる。 世界的な燃費規制への対応を進めるには、(1)EV、PHEV、ハイブリッド電気自動車(HEV)といっ た電動化を進める軸と(2)内燃機関の効率改善を進める 2 軸がある。それぞれ、2025 年の中間目標や 2030 年の最終目標に向けて、また規制達成へのフロンティアカーブに向けて、内燃機関の改善と電動化 のバランスを取りながら、各社が電動化戦略を描いている。 【図2:自動車メーカーの電動化へのアプローチ】 注:ISG とは、モーター機能付き発電機を用いた車のこと 出所:デンソーの資料を基にナカニシ自動車産業リサーチ作成BTMU Global Business Insight
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5 われわれは、このパワートレイン戦略を定めていく要素は地域の販売構成の差異にあると考えている。 欧州と中国を合計した自動車販売台数の構成比と、2025~2030 年目線で各自動車メーカーの EV 販売比 率の目標や向かっている方向をプロットした。ここには強い相関関係がある。欧州勢はEV 比率を高めて いく必然性が高く、また、彼らはプレミアム商品を多く提供しているため投資回収も比較的容易だ。こ れに対し、日本車メーカーは比較的穏やかなEV 比率の進展を計画している。 一方、米国勢はそのちょうど中間に位置している。米国の自動車産業政策には一貫性が感じられない。 2017 年 11 月 2 日に公表された共和党下院の税制改正法案には、EV 向け税控除の廃止が盛り込まれた。 トランプ政権はオバマ前政権で築かれたCO2 排出規制案の緩和修正に前向きだ。すなわち、米国には強 いポリシーが現段階で不在である。これは、米国を最大の市場としている日本車メーカーにとっては幸 いなことだろう。日本車メーカーには少しだけ時間的猶予が与えられている。 【図3:欧州・中国に占める販売比率と 2025~2030 年目線での EV 販売比率の期待値】 出所:ナカニシ自動車産業リサーチ それでは、どの程度の将来にわたって内燃機関市場が望めるのであろうか。世間では、長期的なEV 比 率をピンポイントに予測することが流行しているが、われわれはそれ自体にはあまり意味はないと考え る。電池のコストや充電インフラも含め、規制動向、経済課題、資源価格、技術革新など課題要素にあ まりにも幅があり過ぎるためだ。自動車の技術革新を受け、シェアリングエコノミーのような大規模な ビジネス革命も起こり得る。将来の新車販売シナリオにも大きな幅があるだろう。 内燃機関を用いるICE(ガソリン車など)、HEV、PHEV の新車販売台数予想にも大きな幅がある。 それを示したのが図4 であり、2030 年であれば 1 億台を挟んだレンジが濃厚だ。2035 年には 20%も縮小 した8,000 万台の悲観的な予測から、変わらず 1 億台の市場を確保するという楽観的な予測も成り立つ。 強気シナリオに立てば、実に2040 年ごろまで、内燃機関を用いた車両は 1 億台の需要が見込めるのであ る。BTMU Global Business Insight
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6 【図4:内燃機関を用いる車両(ICE、HEV、PHEV)の世界販売台数予想】 出所:ナカニシ自動車産業リサーチ こういった認識を持ちながら、長期的な戦略を構築することは大切だ。中国国家戦略に安易に迎合す ることは、ライバルを利する結果を招きかねない。電動化政策でつながりの強い欧州・中国連合と戦っ ていくためには、米国との連携強化が不可欠だろう。そして、内燃機関の技術を磨き込み、その成果を 将来に有望な新規事業への構造転換に投下していく必要がある。大切なのは、技術力に溺れ、イノベー ションのジレンマに陥らないことだ。国内自動車産業は、戦い方を変えていくべき時期に差し掛かって いる。高い技術力でものづくりを徹底すれば勝てるという意識は変えていくべきだろう。 欧州の自動車部品産業は、欧州自動車メーカーの電化戦略の推進を反映し、内燃機関技術への投資マ インドが冷え切っている。その結果、内燃機関関連のビジネスは国内自動車部品メーカーにより依存す る構造が生まれてきている。今後10 年程度はその強い追い風を日本の自動車部品メーカーは受けること になるだろう。恵まれた今後10 年の間に、旺盛な内燃機関関連ビジネスを受注し、早期に回収していく 賢いビジネスを築いていくべきだ。将来に来るべき電動化の波に対し、業容転換で優位性を発揮できる 戦略性の高い技術と新規事業にバランスよく再投資していくことが必要だ。 記事提供:ナカニシ自動車産業リサーチ 代表兼アナリスト 中西 孝樹 (2017 年 11 月 10 日作成)BTMU Global Business Insight
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7Ⅱ.メキシコ経済の動向~
NAFTA 交渉と大統領選がもたらす不透明感~
1.2017 年の成長率は 2.0%の見込み 2017 年のメキシコ経済は、隣国である米国で反メキシコ的なトランプ大統領が就任し不安と共に始ま った。1 月の消費者景気信頼感指数(2003 年 1 月を 100 とした指数)は 70.2 に急落したが、その後シリ アや北朝鮮情勢の悪化により、米国が安全保障上の課題を優先せざるを得なくなったことで、米国の対 メキシコ政策はしばらく先送りされた観があった。そのためメキシコ側の警戒感もひとまず後退し、消 費者信頼感指数もトランプ大統領当選前(2016 年 10 月 84.7)を上回る水準まで回復してきた(図 1)。 企業も比較的冷静な対応をしていたと思われる。実質設備投資のうち機械設備をみると、月々の変動 はあるものの基本的には増加基調であると認められる(図2)。建設工事が停滞しているのは、公共事業 が削減されているためで、企業の先行き期待とは無関係と思われる。 2017 年前半の実質 GDP 成長率は前年比 2.5%と、ほぼ潜在成長率並みの成長率と思われる。年間では 2.0%程度の成長率になる見込みである。年初のコンセンサス予想が 1.5%前後であったことを考えると、 メキシコ経済は比較的堅調であったといえよう。 2.インフレは峠を越し、景気は再加速へ 直近7-9 月期の実質成長率(速報)は前年比 1.6%に低下し、前期比年率(季節調整済み)も 1.7%とな った。前期比年率が2%を下回るのは 1 年ぶりのことで、拡大の勢いは衰えている。もっとも、この減速 は景気の踊り場に過ぎず、早晩景気は勢いを取り戻すと思われる。 というのも、足元まで景気の勢いを削いでいたのはインフレ率の上昇により、家計の実質所得が減少 したためと考えられるからだ。 為替レートの下落により、メキシコの生産者物価は2016 年に入ると大きく上昇し、2017 年 1 月には前 年比12.5%になった。インフレは時間差をもって消費者物価段階にも波及してきており、2017 年 8 月に は消費者物価も前年比6.7%に上昇していた(図 3)。 そして消費者物価が上昇するに連れ、小売売上(数量)は伸び悩み、2017 年はほぼ横ばいからやや減 少となっていることが図から見てとれる(図4)。 しかし幸いにも、生産者段階のインフレは終息に向かっており(図3)、消費者物価の上昇もピークを 迎えた観がある。中央銀行であるメキシコ銀行は、インフレ率の上昇がインフレ期待を引き上げること 60 65 70 75 80 85 90 95 100 105 09 10 11 12 13 14 15 16 17 図1:消費者センチメント (資料)メキシコ統計・地理情報院 (2003/1=100) (年) 90 95 100 105 110 115 120 125 130 12 13 14 15 16 17 図2:実質設備投資の内訳 建設 機械設備 (2008=100) (年) (資料)メキシコ統計・地理情報院BTMU Global Business Insight
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8 を恐れ、2015 年 12 月から 2017 年 7 月にかけて累計 4.0 ポイントの利上げを実施したが現在は据え置き 期間に入っており、更なる利上げの可能性は遠のいたとみられる。 雇用情勢に目を転じると、失業率は3.3%に低下している(9 月)。正規雇用も増加しており、インフ レ率さえ低下すれば、家計を取り巻く環境は良好である。 メイン・シナリオとしては、インフレが低下していくことで消費が回復し、2018 年の成長率は加速し、 2.5%へ接近していくと期待できる。 3.大統領選が波乱要因になる可能性も こうした回復シナリオに水を差す可能性があるのが、外交を含めた政治の動きである。 NAFTA(北米自由貿易協定)再交渉は、米加メキシコ間で断続的に実施されているが、難航が伝えら れている。当初計画された2017 年内の大筋合意は絶望的であり、今では 2018 年 3 月に目標を延期して いる。 トランプ政権は自動車関税ゼロの条件として、メキシコ、カナダに①原産地ルールの引き上げ(62.5% →85%、米製品 50%以上を新設)、②貿易規制禁止の撤廃(チャプター19)等、強気の要求をしている。 しかしアメリカ国内にも決裂を心配する声が少なからずある。特に、メキシコと国境を接する州選出 の議員は、州経済へのダメージを恐れている。またトランプ大統領自身もNAFTA より税制改革を優先 すると発言しており、NAFTA 交渉を南部州選出の議員との取引材料にし、いずれはトーンダウンする可 能性がある。 -2 0 2 4 6 8 10 12 14 13 14 15 16 17 図3:物価動向 消費者物価 生産者物価 (年) (資料)メキシコ銀行 (前年比、%) 90 95 100 105 110 115 120 125 130 13 14 15 16 17 図4:小売売上(数量) (年) (資料)メキシコ統計・地理情報院 (2008=100) 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 11 12 13 14 15 16 17 図5:正規雇用増減 フルタイム パートタイム (前年差、万人) (年) (資料)メキシコ統計・地理情報院BTMU Global Business Insight
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9 一方、メキシコ側も交渉を全否定しているわけではなく、縮小ではなく拡大均衡で米メキシコ間不均 衡を是正するという、建設的な交渉には応じるとしている。 交渉の決裂はどちらの利益にもならないとみられ、合理的に行動するとすれば、どこかで妥協は可能 と思われる。決裂をメイン・シナリオとすることはできない。 ところがここにきて波乱要因として浮上してきたのがメキシコの大統領選挙である。現職のペニャ・ ニエト政権(制度的革命党PRI)は、選挙戦中のトランプ候補に対し毅然とした態度をとれなかったこと が響き、支持率は低迷している。本命かと思われた中道右派PAN(国民行動党)は、候補者を一本化で きず事実上の分裂状態となり大統領選は混沌としてきた。 最近の世論調査によると、最も高い支持を得ている候補者は、ロペス・オブラドール国家再生運動 (Morena)党首である。Morena は民主革命党(PRD)から分派した左派政党で、今回の大統領選挙の 台風の目になっている。メキシコの大統領選は決選投票がない一回限りの選挙であり、3 分の 1 程度の得 票率でも勝機があるが、最新の調査(11 月 23-27 日)でオブラドール氏の支持率は 31%となっている。 オブラドール候補のNAFTA 交渉への姿勢はまだはっきりしていない。しかし、大統領選終了まで、 交渉は延期すべきと発言したことがあり、現政権の交渉姿勢への不満をにじませている。また、現政権 下で進められた石油産業への民間参入についても見直す意志を表明していることから、やはりビジネス 寄り、自由化推進路線を踏襲することは期待できないだろう。外資系企業への姿勢はまだ明らかではな いが、外資系企業としては慎重にならざるを得ないだろう。 懸念されるのは、こうした様子見姿勢が企業の投資意欲に水を差すことである。図2 で確認したよう に今のところメキシコ設備投資に変調は見られない。またメキシコに流入する直接投資にも大きな変化 は見られないが、今後の選挙戦の展開によっては様子見姿勢が強まる可能性があり、注視していく必要 がある(図7)。1994 年の NAFTA 締結以来、外資企業による直接投資がメキシコの発展を支えてきた が、外資依存の高さはメキシコ経済の弱点にもなっている。 (資料)各種報道等 図6:メキシコの主要政党 国家再生運動 (Morena) ・左派 ・カリスマ性高いオブ ラドール党首が率い る新党 ・世論調査では支持 率筆頭 民主革命党 (PRD) ・中道左派 ・党内有力者で国民 的人気のあるオブラ ドール氏が離脱、新 党を結成 ・党勢衰え、独自候 補擁立断念か 国民行動党 (PAN) ・中道右派 ・党内での権力闘争 激しい ・有力者のサバラ元 下院議員(カルデロ ン前大統領の夫人) が大統領選への立 候補を表明 ・アナヤ党首も立候 補へ 制度的革命党 (PRI) ・現与党 ・支持率低迷 ・後継はオソリオ内務 相だが、ミード財務 公債相が大統領選 でPRIからの出馬を 目指すことを表明BTMU Global Business Insight
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10 メキシコのもう一つの弱点は、金融面でも海外投資家への依存が高いことである。外国人投資家が保 有するメキシコの金融資産は、株、国債ともメキシコのGDP の 40%前後に相当する。メキシコの将来へ の不安が高まると、海外勢が一斉に回収に走る可能性がある。 投資家がペソ資産を短期間に売却する際には、外国為替市場でペソ/ドルの売買スプレッドが拡大す る。近年の売買スプレッドをみると、0.01 ペソ以下で安定していたが、トランプ大統領が当選した 2016 年11 月には、0.02 ペソまで上昇することがあった。最近も 0.015 まで上昇したことがあり、NAFTA 交 渉が影響していることをうかがわせる。今後、選挙関連でメキシコ経済の不安を意識させられることが あれば、スプレッドが拡大することも考えられる。 現在、世界経済は順調であり、基本的にはリスクを積極的に取りに行く「リスク・オン」の時期と言 われるが、メキシコには独自のリスク要因があることに留意が必要だろう。 記事提供:公益財団法人 国際通貨研究所 森川 央 (2017 年 12 月 6 日作成) 0 100 200 300 400 500 600 12 13 14 15 16 17 図7:メキシコ向け直接投資(4四半期累計) (億ドル) (資料)メキシコ銀行 (年)BTMU Global Business Insight
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11Ⅲ.見えてきたトランプ政権の移民政策
概要 米国ではトランプ政権への移行後、ビザ申請や入国審査が厳しくなっていますが、同政権の意図する ところが少しずつ見えてきました。具体的には、規制緩和や減税対策によって米国経済を発展させるも のの、移民の労働力に頼らず、米国人の雇用を促進させることです。同政権にとって経済成長を保ちな がら移民問題を解決できれば、過去の政権がなし得なかったことを実現できるチャンスかもしれません。 移民取り締まりと雇用・経済問題 米国ではトランプ政権への移行後、ビザ申請や入国審査が厳しくなっていますが、最近幾つか大きな 変更点がありました。米連邦政府は、2017 年 10 月からのビザ申請において、インターネット上で開示さ れている個人情報も審査の対象にすることを告示しました。例えば、就労ビザにおいては、ビザ申請書 類に記載した職歴とLinkedIn などに載せられている職歴の相違、学生ビザなどにおいては、Facebook 上の不法就労をにおわせる記載がビザの却下につながる可能性もあります。 さらに2017 年に入り、入国審査での電子機器の没収や検査の数が大幅に増えていることが政府の発表 で分かりました。実際に、電子渡航認証システム(ESTA)を使って米国に出張した日本企業の社員が、 入国審査でノートパソコンや携帯電話の中身を調べられた結果、不法就労の疑いで入国拒否になったと いう事例もあります。おそらく検査中に米国内で何か仕事をしていると誤解されるような資料や情報が 出てきたのでしょう。 このように米国でビザ申請や入国審査が厳しくなったのは、テロ対策であることは間違いないのです が、同時に雇用問題とも大きく関わっています。大統領令として掲げられている“Buy American, Hire American”政策(米国製品を買い、米国人を雇用せよ)、すなわち、国策として米国人の雇用を守るこ とが前提であり、それに伴って移民や外国人労働者の取り締まりを強化していることは間違いないと思 います。 移民を取り締まることが雇用・経済問題にどのように影響するかについては、今後公表される経済デ ータなどによって徐々に明らかになるはずですが、現時点において、トランプ政権の意図するところが 少しずつ見えてきました。それは、経済、雇用、移民問題が密接に関係していることを前提として、長 年解決できなかった移民問題を何とかソフトランディングさせたいということです。具体的には、規制 緩和や減税対策によって米国経済を発展させるものの、移民の労働力に頼らず、米国人の雇用を促進さ せることです。 今後は、新政権発足後から行ってきた規制緩和や現在立案している税制改正によって企業所得税の減 税を行い、グローバル企業を米国に誘致し、多額の資金を国外に保有しているキャッシュリッチ企業に 対して資産の米国への移転を促すよう働き掛け、同時に移民の取り締まりを厳しくしていくと考えられ ます。BTMU Global Business Insight
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12 ここで重要なことは、このトランプ政権の政策が、米国経済の発展だけでなく、雇用保護と賃金上昇 を重要課題として掲げていることです。そこで関係してくるのが移民問題であり、安い外国人労働力を 制限し不法移民や不当ビザ取得を取り締まることが最優先であるという考え方です。この点は、従来の 共和党の既成特権階層の政策とは一線を画しています。 「米国経済発展にはこれ以上移民は必要ない」という考えの表れ レーガン氏、ブッシュ氏(父)、ブッシュ氏(息子)の3 政権では、レーガン政権で始まった不法移 民へのアムネスティー(恩赦)を行い、さらにブッシュ(息子)元大統領は2 度目の大型恩赦を計画し ていました。その恩赦案は、共和党の反移民派議員によって米議会で阻止されたのですが、これまでの 共和党(いわゆる既成特権階層)の政策は、決して反移民ではありませんでした。自由貿易において、 移民をある種のコモディティーとして捉え、競争によって市場価値を決定する考え方です。企業にとっ て必要となる安い労働力を受け入れ、人口と税収を増やし、将来の国民年金の負担も担わせる政策です。 この政策においては、一般の米国民は移民との競争に勝たなければいけません。例えば、同じプログ ラマーでもインド人プログラマーとの競争です。しかし現実問題として、低賃金でも働く移民の競争力 には勝てないことが分かりました。事実、多くの米国人IT 人材が解雇され、代わりにインド人プログラ マーがトップ企業に雇用されている事態が明らかになってきたのです。これは企業に競争力をつけるこ とになった一方、米国人にとっては、自分たちの雇用を守ってくれるはずの政府が全く逆のことをして いるように思えたはずです。 また同時に、民主党も移民の取り扱いについては雇用を守る政策を打ち出したわけではありませんで した。多くの工場をメキシコに移転させる結果になった北米自由貿易協定(NAFTA)に署名したビル・ クリントン政権も、その問題に取り組まなかったオバマ前政権も、決して労働者の味方として多くの国 民の目には映らなかったはずです。それが、民主党が今回の大統領選挙で負けた原因の一つでもありま す。事実、過去にNAFTA を推挙したことはヒラリー・クリントン候補にとっても痛手であり、大統領 選の途中でNAFTA の見直しを選挙公約とするようになったのです。 その間、このような共和党の既成特権階層や民主党の移民政策を不服とする共和党員らがティーパー ティーのような別グループを作るわけですが、そのグループや共和党超右派の支持をまとめたのがトラ ンプ候補・現大統領といわれています。その流れで、今の米国第一主義や保護主義から始まった反移民 政策が誕生したと言っても過言ではありません。具体的には、特定の家族枠や抽選永住権枠を廃止し、 総体的に移民の数を半減させる計画や、最近では調査官を倍増させ、H-1B ビザや L-1 ビザを申請した企 業への抜き打ち調査の実施です。 また、メキシコとの国境に建設予定の壁の実物大サンプルを2,000 万ドルもかけて建造したものをメデ ィアに公開したのも、米国経済の発展にはこれ以上移民は必要ないという考えの表れといえます。BTMU Global Business Insight
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13 切っても切れない移民取り締まりと経済政策 このようにトランプ政権の政策は、ひと昔前の孤立主義とは違い、雇用問題や移民問題は保護政策を 取りつつも、経済的には減税と規制緩和を利用してグローバルに発展していく路線です。この点は、ト ランプ政権が推奨しているメリットベースの永住権枠の法案にも合致します。メリットベースの永住権 枠とは、抽選ではなくポイント制度によって、優秀な人材を選んで積極的に受け入れるやり方です。 例えば抽選の場合、経済的に豊かではない国や家庭からの移民も、先進国や上流階級からの移民と同 じ確率で永住権を取得できたのですが、メリットベースでは主に学歴や職歴、収入などが重要視される ため、当然、貧困層にとっては不利になります。今までのようにステータスや出身国に関係なく、抽選 に通過すれば米国移民になれる「フェア」な制度ではなくなるのです。 しかし米国第一主義のトランプ政権にとって、特に全世界に向けてフェアに制度を打ち立てる必要は ないのです。より経済効果を高めながら、米国の雇用を促進させることが第一優先なのです。従って、 このように減税と規制緩和で米国経済をさらに発展させながら、米国人労働者をコモディティーとして 扱わず、仕事を与え給料を上げていくのがトランプ政権の政策とすれば、移民取り締まりと経済政策は、 おそらく切っても切れない関係になります。 この点については、国民の間でも一定の理解を得ている可能性が高いとみられます。事実、トランプ 政権下では株価を含めて米国経済は好調であり、しかも確実に失業率が低下しています。また先日、ホ ワイトハウスにてトランプ大統領が米国への登記上の本社移転を発表したシンガポールの半導体大手ブ ロードコムのようなグローバル企業も出てきましたし、生産拠点を米国に戻す企業も少しずつ名乗りを 上げてきました。全体的な数字としては実質的な経済効果を生み出すようなものではないのですが、米 国経済に対する国民の印象は“楽観的”という調査結果が発表されているほどです。 従って、この状況が続けば、トランプ政権の経済・雇用・移民政策は、より国民の間で理解を得られ ることになるはずです。 不法移民問題の象徴でもあるDACA 対象者の問題 移民問題がこれだけで済めば比較的簡単に解決するかもしれませんが、トランプ政権はもう一つ大き な問題を抱えています。それは1,100 万人もいるといわれている不法移民です。彼らを強制送還すること は現実的に不可能です。同時に合法化することはトランプ政権のサポーターを裏切ることになります。 なぜなら、トランプ大統領の選挙公約の一つが、不法移民問題を解決することだからです。この問題を象徴するのが、DACA(Deferred Action for Childhood Arrivals)の現状です。DACA とは、 幼少期に親と一緒に国境を越えて不法入国した移民に対して、一時的に与えられていた強制送還の一時 停止と就労許可制度のことです。移民法改正を通せなかった米議会に業を煮やしたオバマ前政権が、大 統領権限でこの制度を導入しましたが、これを違憲とするトランプ政権はDACA で認められた権利を更 新しないと発表しました。ちなみに、この違憲であるというトランプ政権の見解は、憲法学者の間でも 一定の同意を得ています。その理由は、憲法上、移民の権利は米議会が制定すると定められているから