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〈論文〉人権教育研究指定校における人権教育 : 2007-2008年の場合

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人権教育研究指定校における人権教育

──2007−2008年の場合──

梅 田   修

はじめに

1997年度から文部省(当時)は、それまで実施してきた同和教育研究指定校事業を廃止し、新 たに人権教育研究指定校事業をはじめた。これは、同和教育・同和啓発を人権教育・人権啓発とし て再構成する方針にもとづいて発足した事業である。 では、人権教育研究指定校事業の対象になった学校は、人権教育をどのように理解し、どのよう な実践を構想したのであろうか。本稿は、1997∼1998年度の人権教育研究指定校(文部省)の人 権教育(1)と比較して、10年後の2007∼2008年度の人権教育研究指定校(文部科学省)の人権 教育の検討をおこなうものである。

Ⅰ.人権教育研究指定校事業の概要

(1)人権教育研究指定校事業の登場 1.人権教育・人権啓発の提起 地域改善対策協議会「同和問題の早期解決に向けた今後の方策の基本的な在り方について(意見 具申)」(1996年5月17日、以下「意見具申」)は、教育・啓発に関して、二つの現状認識とそれに もとづく課題を示した。 第一は、「(同和地区内外の)較差は大きく改善された」が、「高等学校や大学への進学率に見ら れるような教育の問題、これと密接に関連する不安定就労の問題、産業面の問題など、較差がなお 存在している分野がみられる」ので、「教育、就労、産業等の面でなお存在している較差の是正」 が課題だということである。[「格差」の是正] 第二は、「差別意識は着実に解消へ向けて進んでいるものの結婚問題を中心に依然として根深く 存在している」ので、「差別意識の解消」が課題だということである。[「差別意識」の解消] 二つの課題のうち、「差別意識」の解消について「意見具申」は、施策の方向を次のように示し ている。今後は、これまでの同和教育・同和啓発の「成果とこれまでの手法への評価を踏まえ、す べての人の基本的人権を尊重していくための人権教育、人権啓発として発展的に再構築」し、その 中で「同和問題を人権問題の重要な柱として捉え--積極的に推進すべき」である。同様な観点から、 「『人権教育のための国連10年』に係る施策の中でも、同和問題を我が国の人権問題における重要な 柱として捉え、今後策定される国内行動計画に基づいて教育及び啓発を積極的に推進し、同和問題 に関する差別意識の解消に努める」べきである。 ここでは、同和教育・同和啓発の行き詰まりという事態を反映して、新たに人権教育・人権啓発 としての再構築が提起されていることが特徴的である。ただし、その際「同和問題を人権問題の重 要な柱として捉え」るとか、「同和問題を我が国の人権問題における重要な柱として捉え」るとい

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−2− った視点が挿入されており、同和問題が人権問題の中心であるかのような解釈を生む余地を残して いた。 2.人権教育・人権啓発事業 「意見具申」をふまえ、閣議決定「同和問題の早期解決に向けた今後の方策について」(1996年 7月26日)は、45種目の地域改善対策特定事業(国)を次のように措置するとした。 ア.「法的措置」によって五年間の経過的措置を講じる事業(15事業) イ.一般対策に移行する事業(30事業) ①一般対策に工夫を加えて対応する事業(14事業) ②人権教育・人権啓発の事業に再構成する事業(10事業) ③既存の一般対策によって対応する事業(6事業) 「一般対策に移行する事業(30事業)」のうち、「人権教育・人権啓発の事業に再構成する事業」 は10事業であるが、その中の5事業(文部省関係)が次の3つの事業として再構成(創設)された。 すなわち、従来学校教育・社会教育で実施されてきた同和教育・同和啓発は一般対策への移行がは かられ、新たに人権教育・人権啓発として概括されることになったのである。 ア.教育総合推進地域事業−教育上特別な配慮を必要とすると認められる地域において、学校、 家庭、地域社会が一体となった総合的な取組みを推進し、児童・生徒の学力・進学意欲の向上、 家庭や地域社会の教育力の向上等を図る。 イ.人権教育研究指定校事業−学校における人権教育についての実践的な研究を委嘱(傍線−梅 田。以下同様)。 ウ.人権教育総合推進事業−広く人々の人権問題に対する理解と認識を深めるため、社会教育に おける人権に関する学習活動を総合的に推進。 (2)人権教育研究指定校事業の特徴 1996年度まで実施されてきた同和教育研究指定校事業(文部省)は廃止され、1997年度から新 たに人権教育研究指定校事業がはじまったのである。では、人権教育研究指定校事業とはどのよう な事業なのか、文部省・文部科学省の「実施要領(項)」にもとづいて検討する。 1.文部省「平成9年度人権教育研究指定校事業実施要領」(1997年4月1日、以下、1997年要領) ア.目的 目的は、「人権意識を培うための教育の在り方について、幅広い観点から実践的な研究を行い、 人権教育に関する指導方法等の改善及び充実に資する」である。「人権意識を培うための教育の 在り方」の実践的な研究が中心的な目的となっている。 イ.研究内容 研究内容として、「①基本的人権尊重の精神を高め、一人一人を大切にした教育の進め方」「② 同和問題をはじめとする様々な人権問題に係る教育指導のあり方」という二つの事項が示されて いる。ここで、「人権意識」とは別に「基本的人権尊重の精神」という概念が示されているが、 ほぼ同じ意味と解される。 二つの研究内容が示されたことにより、人権教育が「人権意識を培う教育」という意味と「人 権問題に係る教育指導」という意味に解釈されていくことを容易にした。

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−3− ウ.研究指定と教育行政 研究指定にかかわる教育行政と学校との関係で、いくつかの問題点が指摘できる。第一は、指 定の手続きである。指定の手続きは、まず「国立大学及び都道府県教育委員会は研究指定校の候 補校を選定し--推薦順位を附して」文部省に提出し、文部省が審査の上指定するとなっている。 当然のことであるが、都道府県教育委員会などの意向が強く反映した選定になる。 第二は、研究の主題設定の手続きである。「研究主題の設定に当たって--都道府県立学校にあっ てはその所在する都道府県の教育委員会、市町村立学校にあってはその所在する市町村及び都道 府県の教育委員会--と協議するものとする」となっている。協議の内容が問題となるが、場合に よっては教育委員会の意向に強く左右される可能性もでてくる。 第三は、研究の運営の手続きである。「研究指定校は--都道府県立学校にあってはその所在する 都道府県の教育委員会、市町村立学校にあってはその所在する市町村及び都道府県の教育委員 会--の指導助言、援助の下に研究を進めるものする」となっている。ここでも、教育委員会の指 導助言の内容が問題となる。 このように、すべての研究指定校事業の特徴ではあるが、研究指定校の指定・研究主題の設 定・研究の運営にわたって、教育委員会の意向が強く反映される可能性をもった事業となってい る。 2.文部科学省「人権教育開発事業(人権教育研究指定校)実施要項」(2007年4月2日、以下、 2007年要項) ア.目的 目的は、「人権意識を培うための学校教育の在り方について、都道府県教育委員会との連携・ 協力の下で幅広い観点から実践的な研究を行い、人権教育に関する指導方法等の改善及び充実に 資する」である。傍線部分が挿入されただけで、内容は1997要領と変わらない。 イ.研究内容 1997年要領にあった「研究内容」の部分が、2007年要項では削除されている。この事情は明 らかではないが、少なくとも「同和問題をはじめとする様々な人権問題に係る教育指導のあり方」 が削除されたことは注目される。 ウ.研究指定と教育行政 研究指定にかかわる教育行政と学校との関係では、1997年要領と同様の問題点が指摘できる。 第一は、指定の手続きである。指定の手続きは、「国立大学及び都道府県教育委員会は−研究計 画書を作成し、推薦順位を付して」文部科学省に提出し、文部科学省は「推薦内容を審査の上」 指定することとなっている。 第二は、研究の主題設定の手続きである。「研究主題の設定に当たって、研究指定校は−都道 府県立学校にあっては都道府県の教育委員会、市区町村立学校にあっては市区町村及びその所在 する都道府県の教育委員会と協議するものとする」となっている。 第三は、研究の推進上の手続きである。ここでは、「都道府県教育委員会及び市区町村教育委 員会は、それぞれ関係する学校の事業の実施に関して指導、助言又は援助を行うことができるも のとする。この場合、人権教育担当と各教科等の指導担当等間での連携を緊密に図りつつ、指導 を行うことが適当である」となっている。傍線部分が追加され、一層の連携のもとでの指導が強 調されている。 このように、1997年要領と同様に、研究指定校の指定・研究主題の設定・研究の推進にわた

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−4− って、教育委員会の意向が強く反映される可能性をもった事業となっている。 (3)人権教育研究指定校の指定状況 表1は、1997年度∼2010年度の都道府県別の人権教育研究指定校の状況である。1997年度は、 東京を除く46道府県で123校、1998年度は、東京を除く46道府県で127校が指定されている。ま た、10年後の2007年度は、北海道・青森・宮城・秋田・山梨・静岡・宮崎を除く40都府県で97校、 2008年度は、北海道・青森・岩手・宮城・秋田・山梨・静岡・宮崎を除く39都府県で 102校が指 定されている。 発足当初と比較すると、第一の特徴は、全体として指定校数が減少傾向にあること、その中でも 秋田以北の道県、山梨・静岡・宮崎の各県が近年0の年度が多いこと、兵庫県・奈良県がしだいに 消極的になっていることである。第二は、1999年度から急増した東京都と共に大阪府が各年度に わたって多いこと、広島県が近年急増していること、愛媛県・福岡県が当初と同様の傾向を示して いることである。結果として、2010年度は東京都・大阪府・広島県・愛媛県・福岡県が5校以上 となっている。(表1)

Ⅱ.人権教育研究指定校における人権教育の意味

(1)分析の対象と方法 1.分析の対象 人権教育研究指定校事業の指定期間は「原則として二カ年」である。したがって、事業が開始さ れた当初は、1997年度に研究指定を受け、二カ年研究指定を継続した82校(幼稚園4、小学校37、 中学校33、高校8)が最初に人権教育研究指定校としての実践を行ったということができる。 【1997∼1998年度】の場合、この82校を分析の対象とした。 【2007∼2008年度】の場合、1997∼1998年度の場合と同様の主旨で、二カ年研究指定を継続 した44校(幼稚園1、小学校19、中学校18、高校6)を分析の対象とした。 2.分析の方法 【1997∼1998年度】の場合、二カ年の研究期間が経過した後に(1999年4月以降)82校に対 し、資料(研究集録・研究発表要綱など)請求を行った。このうち、学校の事情などで提供しても らえなかった6校を除く76校の資料を収集できた。基本的には、この76校の資料にもとづいて分 析を行った。 【2007∼2008年度】の場合、1997∼1998年度の場合と同様の手続きで資料を収集し、基本的 には33校の資料にもとづいて分析を行った。 (2)どのような研究テーマがかかげられたか 人権教育研究指定校がかかげた研究テーマにはどのような特徴があるのであろうか。 【1997∼1998年度】の場合(表は省略) 研究テーマは多様であるが、基本的には、1997年要領が示した二つの研究内容(前述)に即し て区分することができる。 1.「基本的人権尊重の精神を高め、一人一人を大切にした教育の進め方」に関連したテーマを

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−5− 表1 都道府県別「人権教育」研究指定校数

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−6− かかげていることである。こうしたテーマを設定した学校は多い。 テーマの内容に即して言えば、一つめは、子ども相互の人間関係にかかわる認識や行動の育 成をかかげていることが特徴的である。これが、圧倒的に多い。二つめは、子どもの主体的な 活動を掲げていることである。主体的な活動と言っても、人間関係づくりのための主体的活動 や学級活動そのものを意味していたりする。こうした学校はそれほど多くない。 2.「同和問題をはじめとする様々な人権問題に係る教育指導のあり方」に関連したテーマをか かげていることである。これに関連したテーマを設定した学校は少ない。 テーマの内容に即して言えば、ひとつは、人権問題を入り口としながら、研究内容からいえ ば第一のテーマと変わらない内容をかかげていることが特徴である。たとえば、「人権意識を 高めることによって、心豊かに人に接することのできる生徒の育成−エイズ教育(性教育)を 通して」(中)/「ジェンダー・フリーな学校をめざして−自分らしさが出せて、お互いを認 め合う子どもを育てる」(小)/「人権意識を高め、仲間とともに進んで実践する生徒の育 成−部落差別をはじめとする差別をなくす意欲と実践力をつけるために」(中)というテーマ は、人権問題を切り口にしながら、「心豊かに人に接する」「お互いを認め合う」「仲間ととも に進んで実践する」ことを重視した内容となっている。二つめは、人権問題・差別問題に対す る子どもの認識形成を重点的にかかげていることである。たとえば、「差別を許さない強い実 践力をもった子どもをどう育てるか」をテーマにした学校は、特に「人権・部落問題学習の確 かな実践」の意義を強調している 【2007∼2008年度】の場合(表2) 1.子ども相互の人間関係にかかわる認識や行動の育成をテーマにかかげていることである。こ れが、圧倒的に多い。 「他としなやかにかかわり、高まり合う子どもの育成」(1小)「自分を大切にし、仲間を大 切にする子どもでいっぱいの学校」(2小)「互いに認め合い、支え合って生き生きと活動する 心豊かな子どもの育成」(3中)「気づき 考え 高め合う 心豊かな生徒の育成」(4中)「あ たたかい人間関係を大切にし、共生の心を持つ生徒の育成」(5中)「自分やみんなを大切にす る子の育成」(8小)「生命に学ぶ経験・体験活動を中心とした教育活動の実践を通して、『自 他を大切にする心』とその実践力を育む」(10高)「互いに尊重し合い、よりよく生きようとす る生徒の育成」(12中)「認め合う心をもち、共に生きる態度をはぐくむ教育活動」(16中) 「幼児期における人権教育のあり方−自分が好き、友だちも大好き」(20幼)「自分とみんなの 大切さがわかり、いきいきと取り組む子どもの育成」(28小)「互いの良さを認め、心豊かにか かわり合える子どもの育成」(33小)「自他の大切さを認め合い、共に生きる児童を育成する人 権教育の創造」(34小)「よりよい生き方をめざし、学び合い、認め合い、助け合う子どもの育 成」(42小)といったテーマである。 これらは、従来から仲間づくりの課題として追求されてきた内容であるが、その中でも特に 「互いのよさを認め、わかりあう」といった趣旨の人間関係づくりが共通して強調されている。 たとえば、「自分を大切にし、仲間を大切にする子どもでいっぱいの学校」(2小)をテーマ にした学校では、次のように説明している。「『自分を大切にする』とは、自分自身を振り返り、 自分のよさやすばらしさに気付かせ、ありのままの自分を大切にすることととらえる。これは、 他の人との関わりの中で、自己の存在が認められているという意識により高められていくもの と考えられる。『仲間を大切にする』とは、他の人のよさやすばらしさに気付き、自分と同じ

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−7− ようにその存在をかけがえのないものと認め、大切にしていこうとすることととらえる。その ためには、教師が、児童一人一人の考えや思いに寄り添い、そのよさを認め、温かい励ましの 言葉を掛け続けることが大切である。--教師一人一人の人権意識の向上と努力により、人権尊 重の精神がみなぎる学校環境の中で、児童一人一人が、自分の大切さと同様に、仲間も大切に 表2 人権教育研究指定校(2007−2008)・研究テーマ

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−8− できるようになったとき、互いの人権を尊重し、共に助け合い、励まし合って生きていこうと する心豊かな子どもが育つと考えた。」 また、「認め合う心をもち、共に生きる態度をはぐくむ教育活動」(16中)をテーマにした学 校では、次のように説明している。「自己に対する肯定的な理解が深まり、それによって生じ る満足感が高くなれば、自分自身の存在を『これでよい』と考えられるようになり、ありのま まの自分を尊重できるようになる。また、自己を肯定的に理解できる生徒は自分の存在を大切 にすると同時に、他の人の存在も大切であると自覚でき、他の人を受け入れる思いが強くなる。」 このように、表現の違いはあれ、共通して「互いのよさを認め、わかりあう」ことの意義が 強調されている。このような文脈から、自尊感情、セルフ・エスティームといった概念を使っ て説明している学校が増加している。 2.「人権感覚」の育成をテーマにかかげていることである。 これには二つの傾向がある。第一は、人権教育の指導方法等に関する調査研究会議「第二次 とりまとめ」が、「人権感覚」と「人権に関する知的理解」が結合するときに、「自分の人権を 守り、他者の人権を守ろうとする意識・意欲・態度」が生じると説明して、「人権感覚」を重要 な指導の柱に位置づけたことをふまえ、「人権感覚」なる概念を使用していることである。(2) 「豊かな人権感覚を持ち将来を展望し進路を切り開く生徒の育成」(19中)「人権が大切にさ れる学校をめざしてー体験的な活動を取り入れた、人権感覚を育成する指導方法について」 (27小)といった内容である。ただし、(19中)は、人権教育は「総合的な教育である」(「第 三次とりまとめ」)といった指摘にも注目し、人権感覚は人権教育の三つの側面(「人権につい ての教育」「人権としての教育」「人権を通じての教育」)をバランスよく展開することによっ て初めて身につくと説明している。(27小)は、「人権感覚を育成する指導方法の工夫改善」 (「第二次とりまとめ」)としてあげられている「体験的活動を取り入れる等の指導方法の工夫」 に注目したテーマ設定になっている。 第二は、「第二次とりまとめ」の説明とは直接関係なく、「人権感覚」という概念を一般的に 使用していることである。 「豊かな人権感覚をはぐくむ学校づくり」(11高)「学級の話し合い活動で育む人権感覚」 (14中)「人権問題を柱とした地域の人たちとふれあう中で人権感覚を磨く」(25高)といった 内容である。ここで使用されている「人権感覚」概念については、具体的な説明はない。 3.特定の能力の育成、特定の分野の活動を中心的にかかげていることである。 これは、政府及び地方自治体において策定されてきた人権教育施策・指針の内容とは、ひと まず距離をおいた形で独自のテーマを設定したと言える。 「自ら学ぶ力を育む学習活動の創造」(13中)「学級の話し合い活動で育む人権感覚」(14中) 「コミュニケーション能力を育てる授業の創造−自分の思いや考えを自分の言葉で表現できる 子の育成」(17小)「地域に根ざし、一人ひとりを大切にした人権教育の在り方を求めて」(21 小)「『笑顔いっぱい、夢いっぱい、元気いっぱい中部っ子』をめざして−『対話』を基にした 豊かな人間関係づくりと進路を切り拓くちからの育成」(41小)といった内容である。 (13中)は、「課題解決型学習を継続すること」「学びを保障し、『わかる授業』を展開する こと」「『褒めて育てる』ことにより、自ら学ぶ力や、思考力・表現力を高めていくこと」を課 題としている。(14中)は、「生徒が日々の学校や学級生活での諸問題を様々な人間関係を背景 にしながら、話し合い、決定し、共に実践していく学級づくりの過程に、生徒が人権感覚を醸

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−9− 成する場を求めてきた」と説明している。(17小)は、「言語環境を整え−教科学習ならびに、 全教育活動における他の人とのかかわり方に焦点を当て、『話す  聞く→聴く→訊く』こと を意識した、コミュニケーション能力についての研究を−すすめていくこととする」としてい る。(21小)は、「本校の人権教育実践を系統的に整理し、キャリア教育を重要な柱として位置 づけ、発展させることを目標」としたと説明している。(41小)は、「『対話』をキーワードに、 自己内対話やペア対話、グループ対話、全体対話を通して、思考力や表現力を高め、自他を尊 重し、豊かな人間関係を築いていく力を育む研究実践に努めてきました」と指摘している。 (3)人権教育はどのように説明されたか 人権教育研究指定校事業である以上、まずそれぞれの学校が人権教育をどういう教育として理解 したかが重要となる。ここでは、研究テーマにとどまらず、資料に分け入って検討する。 【1997∼1998年度】の場合(表3) 第一に、人権教育について説明している学校は、少ないことである(11校/14.5%)。このこと は、逆に言えば、新たに提起された人権教育なる概念が内容的に特定しにくい概念であったことを うかがわせる。事実、資料の中には、次のような記述が見られる。 ○研究を進めるに当たっては、ほとんど実践例がなく、まさに、未知の分野に果敢に取り組む勇気 が必要とされました。(小) ○範囲の非常に広い、しかも新しい分野の研究(であり)−昨年度当初は、その糸口さえつかめず に多くの日数を過ごしてしまいました。(小) 第二は、同和教育もしくは同和教育の延長線上で発想された教育を、事実上人権教育として位置 づけている学校が多いことである(37校/48.7%)。 第三は、同和教育を意識しながら一応それとは区別する形で人権教育を発想した学校が、わずか ではあるが存在することである(2校/2.6%)。 【2007∼2008年度】の場合(表4) 第一に、人権教育について説明している学校が急増していることである(22校/66.7%)。これ は、基本的には、この10年間の間に政府及び地方自治体における人権教育施策・指針の策定が進展 してきたことが背景にある  第二は、同和教育もしくは同和教育の延長線上で発想された教育を、事実上人権教育の中に位置 づけている学校である(10校/30.3%)。10年前と比較すると大幅に減少している。 ここでは、【2007∼2008年度】の資料(表4)をふまえて、具体的に検討する。 1.「第二次とりまとめ」・「第三次とりまとめ」に依拠して説明している学校。 「第二次とりまとめ」「第三次とりまとめ」は、学校における人権教育を多方面から論じて いる。人権教育指定校は、自らの実践の方針を策定するに当たって、これらの文書の中の特定 (一定)の部分に依拠して説明するという方法をとっている。 第一は、「人権教育の目標」の説明を重視した学校である。「第一次とりまとめ」(2004年6 月)以来、「第二次とりまとめ」「第三次とりまとめ」は、「一人一人の児童生徒がその発達段 階に応じ、人権の意義・内容や重要性について理解するとともに、[自分の大切さとともに他 の人の大切さを認めること]ができるようになり、それが様々な場面や状況下での具体的な態 度や行動に現れる」ようにすることが、人権教育の目標であると説明してきたが、この説明を

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−10− 表3 人権教育・同和教育の説明の有無

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−11− 重視した学校が多い。(1小)(2小)(8小)(12中)(16中)(28小)(32小)(34小)(35中) (41中) 第二は、「人権感覚の育成」の説明に重点をおいた学校である。「第二次とりまとめ」「第三 次とりまとめ」は、「人権感覚」と「人権に関する知的理解」が結合するときに、「自分の人権 を守り、他者の人権を守ろうとする意識・意欲・態度」が生じるとして(前述)、「人権感覚」 を重要な指導の柱に位置づけた。この「人権感覚」を指導の重点に置いた学校がある。 ○(国内外の)取組の中で、人権に関する知的理解を深めるとともに、とりわけ人権感覚を育 成することがわが国の人権教育の最も重要な課題となってきています。(5中) ○「第二次とりまとめ」に例示されている「人権感覚を育成する指導方法の工夫改善」に係る 学習指導の事例の中の「体験的な活動を取り入れる等の指導方法の工夫」を中心課題と据え て、本研究課題を設定した。(27小) 第三は、「人権教育は総合的な教育である」ことに注目した学校である。「第二次とりまとめ」 表4 人権教育・同和教育の説明の有無

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−12− 「第三次とりまとめ」は、「人権教育は、人権に関する知的理解と人権感覚の涵養を基盤として、 意識、態度、実践行動力など様々な資質や能力を育成し、発展させることを目指す総合的な教 育であることがわかる」と指摘した。この指摘をほぼそのままに人権教育の説明をしている学 校がある。 ○人権教育は人権に関する知的理解と人権感覚の涵養を基盤として、意識、態度、実践的行動 力など様々な資質や能力を育成し、発展させることを目指す総合的な教育であるとされてい ます。(19中) 2.県教育委員会の人権教育方針等に依拠して説明している学校 ○「第二次とりまとめ」「第三次とりまとめ」における人権教育の目標とともに、山形県教育 委員会「『いのちの教育』の指針」(平成17年3月)が、「自尊感情を育てること、心の教育 の充実させること」などを掲げていることを紹介している。(1小) ○群馬県教育委員会「群馬県人権教育充実指針」(平成19年3月)を受けて、「人権教育の視点 から教育活動全般にわたり見直し、人権についての知的理解を深め人権感覚を十分身に付け るための指導の充実を図っていく必要があると考えました」と指摘している。(4中) ○埼玉県教育委員会「埼玉県人権教育推進プラン」(平成15年3月)などが、「人権に関する知 的理解を深めるとともに、人権感覚を育成することがわが国の人権教育の最も重要な課題に なってきてい」ると指摘しているとして、人権感覚の育成のために、埼玉県教育委員会「人 権感覚育成プログラム(学校教育編)−『自分』『人』彩発見プログラム」(平成20年3月) を活用したことを紹介している。(5中) ○「第二次とりまとめ」を受けて、鳥取市教育委員会「一人一人が輝く学校人権教育推進プラ ン」(平成19年4月)が発表され、「新たな指導方法の構築が現場の学校に求められていると いう状況」にあることを指摘している。(27小) ○人権教育推進の基本的考え方として、岡山県教育委員会「岡山県人権教育推進プラン」(平 成19年1月)などをふまえ、「人権教育の全体構造図を基に推進体制をより機能的なものに し、学校教育全体を通して人権教育を進める」としている。(30中) ○広島県教育委員会「広島県人権教育推進プラン」(平成14年12月)で、人権教育がねらいと する三要素(知識−人権の意義や重要性を正しく知る、感性−人権上の問題を直感的に「お かしい」と感じる、人権感覚−人権への配慮が態度や行動に現せる)を示していることを紹 介している。(32小) 3.同和教育もしくは同和教育の延長線上で発想された教育を、事実上人権教育の中身として位 置づけている学校 第一は、呼称の仕方からして、人権教育と同和教育を一体化させている学校である。 ○人権意識を高めるために、同和問題をはじめとする人権課題にかかわる学習に取り組む。各 学年で人権学習のテーマを設定し、中心となる教科等と関連づけた学習活動の人権・同和教 育構想図を作成し、計画的に人権学習を進める。(28小) ○人権・同和教育の全体構想(37中) 学年目標(1年)−同和問題をはじめとする人権問題に気付き、差別の解消を目指して正し い言動のとれる生徒を育成する 学年目標(2年)−同和問題をはじめとする人権問題の本質を理解し、差別の解消に意欲的 に取り組む生徒を育成する

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−13− 学年目標(3年)−同和問題をはじめとする人権問題の解決への使命感をもち、差別に打ち 勝つ生徒を育成する 第二は、呼称までは一体化させていないものの、人権教育を同和教育の内容で説明している 学校である。 ○人権教育=部落差別をはじめとする、あらゆる差別の解消をめざし、人間理解を深める学習。 (40小) ○人権教育は、部落差別をはじめ、一切の差別をなくしていく意欲と行動力を育てる教育であ り、人間を創る教育の原点という考えのもとに、学校教育の中心に位置づけ、人権と共生の 社会を切り拓く生徒の育成を全教職員が、すべての教科・領域で実践していくことを目指す。 (26中) ○人権教育部の取り組みー同和問題学習(被差別部落の歴史に対する認識を深める授業/差別 と闘い、たくましく生き抜いてきた人々の豊かな生き方に学ぶ授業/自分と差別との関わり を理解し、自己課題化を図る授業/人権が尊重される社会をつくっていく実践力を育てる授 業)。(29中) ○人権教育基本的課題−人権教育のための教育内容の創造に努め、特に、部落差別の問題を軸 にした差別問題に対する科学的認識を育てる/学級集団を基盤とし、全校一丸となった、 「差別を許さない集団」「進路を保障する集団」づくりを推進する/人権に関する正しい認識 を育て、生活周辺の問題に気づき、差別を見抜く力を養う(39中) 第三は、人権教育の取組の一部に同和教育を位置づけている学校である。 ○地域青年と一緒に学ぶ部落問題学習(6年生)(21小) ○同和問題をはじめ様々な人権問題の不合理性や矛盾に気づき、差別を解消しようとする態度 を育てる(6年生)=識字学級との交流学習(34小) (4)人権教育概念の不確かさと一律化 人権教育が提起された当初(1997∼1998年度)、人権教育とはどのような教育を意味するのか、 それは道徳教育や心の教育とどう違うのか、あるいは同和教育とどのように関連するのかといった 問題は、当然のこととして研究指定校の検討課題であったであろう。ところが当初、何らかの形で 「人権教育とは何か」について説明した学校は限られていた(11校)。この限られた学校の説明でも、 教育そのものの説明と変わらないもの、道徳教育と呼んだ方が適切なものがあった。 こうした人権教育概念の不確かさは、各学校の研究不足や認識不足の問題ではなく、日本におけ る人権教育概念が持っていたもともとの問題であった(くわしくは、八木英二・梅田修編『いま人 権教育を問う』大月書店、1999年)これは、人権教育の政策的活用の裁量を増大させる。あいま いであればあるほど、活用の幅も大きくなる。 第一は、政府関係機関は、人権教育を「差別意識解消のための教育」という位置づけを経由して、 ほぼ「人権意識を培うための教育」「基本的人権尊重の精神を高める教育」という意味に解した。 文部省は、これにもとづいて研究指定校事業を組み立てた。事実、1997年要領・2007年要項では、 「人権意識を培うための教育の在り方」の実践的な研究が中心的な目的となっている。 第二は、全国同和教育研究協議会(現:全国人権教育研究協議会)をはじめ、同和教育の継続を 追究する学校では、同和教育及び同和教育の延長で発想された教育を人権教育と読み替えて実践を 展開しはじめた。ここでは、人権教育の内在的な検討は希薄で、無前提に同和教育と人権教育が一

(14)

−14− 体のものとして語られる傾向が強い。 このように、人権教育概念の不確かさは、人権教育の政策的活用の裁量を増大させる可能性をも つ。事実、文部科学省が発足させた「人権教育の指導方法等に関する調査研究会議」(2003年6月) は、「第一次とりまとめ」「第二次とりまとめ」「第三次とりまとめ」を通じて、「人権教育の指導方 法等」を提言したのだが、それまでの定義とは異なった「人権教育の目標」を提起したり、「人権 感覚」概念を中心的な概念として措定するなど、新たな人権教育の展開を提唱している。(3) 逆に言えば、「第三次とりまとめ」(最終とりまとめ)の提唱が、文部科学省を中心に推進されて いくことによって、人権教育の一律化という事態がじょじょに進行していく可能性も否定できない。 事実、文部科学省は、人権感覚の指導方法等に関する調査研究会議(以下、調査研究会議)と協力 して、人権教育の推進に関する取組状況調査を実施したが(調査研究会議『人権教育の推進に関す る取組状況の調査結果について』2009年10月)、ここでは、人権教育に関する基本的方針が「全て の市町村において策定することが当然に期待される」ことや調査研究会議の「第三次とりまとめ」 についての「周知及び趣旨や内容に関する理解が、必ずしも十分でない」として、その徹底を期待 している。なお、【2007∼2008年度】の場合は、人権教育について説明している学校(22)のう ち、20校(90.9%)が、「第二次とりまとめ」「第三次とりまとめ」を前提にしている(全体の 60.6%)。

Ⅲ.人権教育の位置づけと教育実践

各学校が人権教育をどのような教育として位置づけているかを見てきた。ここでは、それぞれの 位置づけの特徴を整理し、若干の実践について検討する。 (1)人権教育=子ども相互の人間関係にかかわる認識や行動の育成について 「第二次とりまとめ」「第三次とりまとめ」は、人権教育の目標を「一人一人の児童生徒がその 発達段階に応じ、人権の意義・内容や重要性について理解するとともに、[自分の大切さとともに 他の人の大切さを認めること]ができるようになり、それが様々な場面や状況下での具体的な態度 や行動に現れる」ようにすることとした。 これを具体化すると、二つの課題(①人権についての学習、②自他の尊重)を柱にして指導計画 が構想されることになる。二つの課題のうち、「人権についての学習」は教科・道徳で、「自他の尊 重」は特別活動・学級活動などで追求されるのだが、その扱い・重点の置き方は学校によって異な る。 1.「自分を大切にし、仲間を大切にする子どもでいっぱいの学校」(2小)をテーマにした学校 この学校は、「人権教育年間指導計画」「育てたい能力・態度」などを設定し、教科・道徳にお ける人権学習も構想しているのだが、重点は「自他の尊重」である。「目指す子ども像」は、次 のようになっている(表5)。 授業は、本来的には認識・技術・技能の獲得をめざす活動である。本来の活動を通して、子ど もの人格の形成や子どもの相互関係にも寄与するという関連にある。ところが、ここでは、授業 も「自分を大切にする」「仲間を大切にする」という観点から評価するという位置づけになってい る(ただし、実際の授業が、主としてこの観点から実践されたのかは資料だけからは分からない)。

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−15− 2.「自分やみんなを大切にする子の育成」(8小)をテーマにした学校 この学校では、「本校の進める人権教育」として、次の三点の課題を掲げている。 ア.基礎学力の定着・維持・向上を目指した授業改善 イ.「あいさつ」や「言葉づかい」を大切にした心の教育 ウ.かかわりを大切にする全校活動−異年齢集団の組織(なかよし班) ところが、アの課題は、「授業改善の核を『評価と指導の一体化』とし、授業実践を進めてい る」と説明されているように、特に人権学習が意図されているわけではない(簡単な各学年の 「人権教育にかかわる年間指導計画」はあるが)。むしろ、「自分やみんなを大切にする子の育成」 というテーマからいえば、重点はイとウである。 イは、「毎月の一週目の週目標は『あいさつ』や『言葉づかい』に関するものとし、相手を思 いやる言葉づかいについて、全校で意識して生活できるようにしている。また、『あいさつカー ド』に取り組み、いろいろな人にあいさつができるよう広げていった。」となっている。 ウは、一年生∼六年生を八つの「縦割り班」(なかよし班=異年齢集団)に組織して、取り組 んでいるというものであるが、そのねらいは、①様々な活動を通して、班員相互の信頼・友情を 育てる、②学校生活の充実と向上を目指して、自分たちで取り組めることを話し合い、実践する 力を育てる、というものである。 3.「認め合う心をもち、共に生きる態度をはぐくむ教育活動」(16中)をテーマにした学校 この学校では、「学校努力点とのかかわり」として、次の三点の課題を掲げている。 ア.他を思いやり、支え合う心を育てる イ.基礎・基本の定着と意欲的・主体的に学ぶ態度を育てる ウ.一人一人が生き生きと活動する学校生活を創る 生  活 授  業 行  事

自分を

大切に

する子

仲間を

大切に

する子

・自分の意志をきち んと伝える。 ・自分のよさに気付 く。 ・友だちの話を最後 まで聞ける。 ・友達と協力して学 習できる。 ・友達のよいところ に気付く。 ・自分の考えをもつ ことができる。 ・分からないことを 質問できる。 ・最後まであきらめ ないで取り組む。 ・グループで決めた ことを守れる。 ・友達のよさを見つ ける。 ・仲良く助け合って 活動する。 ・自分の役割を責任 をもって果たす。 ・自分のがんばりに 気付く。 ・友達の意志を尊重 して行動する。 ・仲間の気持ちを考 えた言動をとる。 表5 目指す子ども像

(16)

−16− アは、「生徒一人一人に様々な活動を通して、互いに幅広く認め合い、支え合う豊かな心が大切 であることに気付かせる」と説明されている。イは、「教科学習においては一層の基礎・基本の徹 底を図り、学び方の基礎を身に付けさせる。学習や生活に、より密接に関連した体験を『共に生 きる』視点から内容の充実を図り、生徒に生き生きと意欲的・主体的に取り組ませる。」と説明さ れている。ウは、「多くの学校行事などで、生徒一人一人が自分の存在感を感じ、生き生きと活躍 できる場面を工夫する。そうした経験を通して、生徒に自信をもたせ、将来の『たくましく生き ていく力』となるよう指導していく」と説明されている。教科学習においても、「共に生きる」視 点が強調されている。そして、こうした取り組みは、「第三次とりまとめ」がかかげた「自分の大 切さとともに他の人の大切さを認めること」とも共通した内容であると指摘している。 (2)人権教育=人権感覚の育成について 「第二次とりまとめ」「第三次とりまとめ」は、「人権感覚」と「人権に関する知的理解」が結合 するときに、「自分の人権を守り、他者の人権を守ろうとする意識・意欲・態度」が生じるとして、 「人権感覚」を重要な指導の柱に位置づけた。(図1)この「人権感覚」を指導の重点に置いた学校 がある。 1.「あたたかい人間関係を大切にし、共生の心を持つ生徒の育成−居がい、やりがい、認め合い をめざして」(5中)をテーマにした学校 この学校は、「人権教育を推進するにあたっての基本的視点」として、「『第三次とりまとめ』 にあるように、人権に関する知的理解を深めるとともに、とりわけ人権感覚を育成することが重 要な課題となる」と指摘する。そして、「人権実現のために必要な価値、態度及び諸技能を構成 要素とする人権感覚は、単に言葉で教えることができるものではない。生徒が主体的に関与し、 参加し、体験することを通してはじめて身に付くものである。生徒が自分で考え、感じ、行動で きるように、実践的、能動的に学習することが重要である。」と指摘し、埼玉県教育委員会「人 権感覚育成プログラム(学校教育編)−『自分』『人』彩発見プログラム」(平成20年3月)が、 「『価値的・態度的側面』及び『技術的側面』、且つ『知識的側面』を構成する諸資質、諸技能を、 9つの『人権感覚を育成するための視点』としてとらえ、それらを『協力的』『参加的』『体験的』 な学習を通して育成し、生徒の人権感覚を鋭敏にすることに寄与するものである」と紹介してい ることを評価し、このプログラムを「生徒の人権感覚育成のための一助となるように意図的、計 画的に活用した」としている。 では、埼玉県教育委員会「人権感覚育成プログラム(学校教育編)−『自分』『人』彩発見プ ログラム」(平成20年3月/以下、育成プログラム)とはどのような内容のものか。 育成プログラムは、「第三次とりまとめ」における「人権感覚」の提起を簡潔に紹介した後、 次のように指摘する。「ところで、このような人権感覚をそのまま教育の対象ととらえることは 容易ではない。そこで、人権感覚を鋭敏にすることに寄与すると考えられる様々な要因に注目し、 いわば間接的に人権感覚を育てるのが有効であると考えられる。そうした要因は、主として『価 値的・態度的側面』および『技能的側面』の内容を構成している諸資質や諸技能からなり、人間 の尊厳・価値や公平・公正のような『知識的側面』の構成要素も含まれるであろう。そのような 諸資質や諸技能を育成するときに、結果的に人権感覚が鋭敏に育成されるものと考える。」(六頁) ここでは、人権感覚がはたして教育の対象として設定できるのかを問題にし、困難であること を認めた上で、「人権感覚を鋭敏にすることに寄与すると考えられる様々な要因に注目し、いわ

(17)

−17− 図1

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−18− ば間接的に人権感覚を育てるのが有効である」との認識に立っている。では、様々な要因とは何 か。育成プログラムは、これを「人権感覚育成のための視点」と称して、次のように図式化して いる。(図2)だが、なぜこの9点が人権感覚育成のための要因であるのかという根拠は示され ていない。 では、各要因ごとのプログラムはどのようなものであろうか。三つの要因のプログラムを紹介 する(具体的な内容の紹介は省略)。 ○「人間の尊厳・価値の尊重」に関するプログラム ①(小学校)こんなお話し ないかな ②(小学校)あなたにとって 大切なものは? ③(中学校)権利の熱気球−権利のランキング ④(高 校)新聞記事から探す人権 ○「自己尊重の感情」に関するプログラム ①(小学校)じぶん たんけん みらいの じんぶんへ ②(小学校)ありのままのわたし ③(中学校)いいところ探偵 ④(高 校)あなたは賛成ですか? 反対ですか? ○「公平・公正」に関するプログラム ①(小学校)みんなが楽しめる ゲームを考えよう ②(小学校)こんなとき どうする ③(中学校)公平ってどんなこと? ④(高 校)一歩前へ進め これらは、いわゆる「参加型学習」の教材で、いわば「投げ入れ教材」の性格をもったもので あり、「プログラム」などという位置づけにはほど遠い。事実、(5中)においても、二〇〇八年 度に取り組んだ「プログラム」は、各クラス1つにとどまっている。これでは、「人権感覚育成 のための視点」の内容の獲得にも及ばない。 2.「人権が大切にされる学校をめざしてー体験的な活動を取り入れた、人権感覚を育成する指導 方法について」(27小)をテーマにした学校 この学校では、「『人権感覚』とはいったいどのようなものを指すのであろうか。ただ単に『感 覚』といえばあいまいでつかみどころがないように感じる」と指摘しながら、ほとんど何の吟味 もなく、「第三次とりまとめ」にある「人権感覚」の規定に依拠し、「人権感覚は自他の人権を大 切にして生きていくために必要な資質・能力の中で『価値的・態度的側面』と『技能的側面』が 深く関わっていると言える(ので)--価値的・態度的と技能的な側面をバランスよく--児童の実態 に合った形で取り入れることを考えていきたい」と説明している。 そして、「地域素材・体験的な活動等を取り入れたプログラムの工夫改善をすることによって、 人権感覚を高めていけば、自他共に大切にし、自分の未来を切り開くたくましい大正(註:小学 校名)っ子が育つであろう」との研究仮説のもとに、次の研究計画を掲げている。 ア.人権感覚を育成するカリキュラムを作成し、授業を通して検証する(1年次=2007年度) イ.人権感覚の態度化・行動化に結びつくカリキュラムを作成し、授業を通して検証する(2年 次=2008年度) たとえば、「人権感覚の態度化・行動化に結びつくカリキュラム」とはどのようなものか。こ

(19)

−19− 図2

(20)

−20− れは、「児童に必要な資質・能力」を「知識」5項目、「技能」8項目、「態度」7項目をあげ、 これらの資質・能力が一年間のどれかの単元で扱われるように設計された「人権学習重点教材年 間指導計画」のことである(詳細は省略)。たとえば、「態度」7項目は次のようなものである (註:◎は重点課題と考えられる)。 ◎お互いの命を大切にして生活していこうとする。(態−1) ◎わからないことをそのままにせず、学習に真剣に取り組もうとする。(態−2) ◎投げやりにならず、最後まで取り組もうとする。(態−3) ◎差別やいじめなどの不合理な問題について、みんなの話題にしていこうとする。(態−4) ○相手の気持ちや思いを考えながら、あたたかく接しようとする。(態−5) ◎自分のよさや他人のよさを認め合おうとする。(態−6) ○社会のルールを守り、生活の向上と自立をめざしていこうとする。(態−7) なぜ、この7項目なのかはひとまずおくとしても、これらは各単元で追求される「態度」の内容 であって、こういう「態度」が形成されれば「人権感覚」が身についたものと考えられるという構 図で設定されているといえる。態度主義的な教育を促進する危険性をもっている。 (3)人権教育=特定の能力の育成、特定の分野の活動について 1.「コミュニケーション能力を育てる授業の創造−自分の思いや考えを自分の言葉で表現できる 子の育成」(17小)をテーマにした学校 この学校では、「子どもたちの生活を覗いてみると、自分の意見や考えが通らないと、相手の嫌 がる言葉を発することで相手を拒否したり、自分の思いを無理にでも押し通そうとしたり、感情の ままに力に訴えようとしたりする姿がある。また、逆に自分の思いを発することなく友だちとのか かわりを持とうとしないこともある。このような人間関係が希薄化してきた大きな要因として、自 己表現力と他者理解力の貧困な状況が考えられる。」という認識にもとづいて、「『話すこと』『聞く こと』を通して、相手をしっかりと意識した人間関係を構築していけることを願い、自分の思いや 考えを自分の言葉で適切に表現できる能力の育成を図っていく」ことを課題に、「言語環境を整 え−教科学習ならびに、全教育活動における他の人とのかかわり方に焦点を当て、『話す  聞く →聴く→訊く』ことを意識した、コミュニケーション能力についての研究を−すすめていくことと する」としている。 校長も、「『人権意識』の視点から本校児童を眺めたとき、他者理解や自己表現、自尊感情高揚が 課題であり、コミュニケーション能力の育成が大切であるとも捉えていました。これらのことから 研究指定推進の方向を『国語の授業』に絞り、生活支援と学力支援を両翼にして主題に迫ることに しました」と述べている。そして、研究仮説として、次の三点を示している。 ア.発達段階に応じた「話すこと」「聞くこと」「書くこと」に関する技術習得や基礎・基本を重 視した指導を工夫することが、主体的な学びや表現をつくる。 イ.「話す」「聞く」「書く」能力を育てることが、自信や自他の認め合い、人との積極的なかか わりに結びつき、友だち・自分・学校が好きになる ウ.多様な表現の場を設定することで、豊かな表現ができるようになる これは、国語の授業を中心にして、コミュニケーション能力の育成を人権教育の柱に設定し

(21)

−21− たものである。 2.「地域に根ざし、一人ひとりを大切にした人権教育の在り方を求めて」(21小)をテーマにした 学校 この学校では、テーマにもとづいて三つの重点項目が設定されている。 ア.コミュニケーションの育成−自分の気持ちや意見をしっかりと相手に伝えるために、また相 手の意見をよく聞き、理解できるように、コミュニケーション力の育成をめざして様々な場面 での取り組みをすすめている。 イ.キャリア教育の視点に立った教育活動の推進−子ども一人ひとりの育ちを長いスパンで見守 り、自分の将来に夢と希望にむかってがんばりぬくことのできる児童の育成を目指して、キャ リア教育の視点に立って、本校の人権教育を推進していく。 ウ.地域に開かれた人権学習−子どもたちが様々な人との出会いや体験をとおして豊かな感性と 人権感覚を育むことをめざし、地域をフィールドワークにした多様な体験活動の積み重ねの上 に立った人権総合学習(総合的な学習・生活科のカリキュラム)づくりをすすめる。 校長は、「(これまでの)本校の人権教育実践を系統的に整理し、キャリア教育を重要な柱として 位置づけ、発展させることを目標として」取り組んできたと指摘しているように、重点は「イ.キ ャリア教育の視点に立った教育活動の推進」である。この研究の柱として、たとえば、次のような 「職業観・勤労観を育む」取り組みが紹介されている。 人権教育との関わりについて、「キャリア発達を支援するためには--日頃から『多様で幅広い他者』 との人間関係をもつことが大切であると考える。それは--長年取り組んできた『地域に根ざした多 様な人との出会いや、豊かな体験活動を大切にした人権総合学習』の視点と一致するもの」と説明 しているが、「人との出会い」「体験活動」が共通項としてあげられているだけで、教育内容的な共 通性の指摘ではない。あくまでもキャリア教育にシフトした説明である。

おわりに

人権教育をどのような教育として考えるかが、当然のこととして実践の内容を規定する。 【2007∼2008年度】の場合、第一は、調査研究会議「第二次取りまとめ」「第三次とりまとめ」を 根拠にして、人権教育を実践している学校が多いことである。ひとつは、「人権教育の目標」に注 1年生−家の仕事の聞き取り・お手伝い、グループ活動での役割 2年生−小さかった頃の聞き取り、グループ活動での役割、自主的なみんな遊び 3年生−地域たんけんでの聞き取り、自主的なみんな遊び 4年生−仕事についての聞き取り学習(家の人から、地域の人から)、自主的なみんな遊び 5年生−林間学校への取り組み、起業家教育に関わる取り組み、委員会活動、様々な場面での 班活動(班長会議) 6年生−リーダーとしてのたてわり活動、修学旅行での班活動、1年生へのそうじお助け隊、 部落問題学習の取り組み、委員会活動(学級の係り活動、そうじ・給食当番、日直の 仕事は、各学年共通)

(22)

−22− 目し、二つの課題(①人権についての学習、②自他の尊重)を中心とした実践を展開している学校 である。但し、①の課題と比較して、②の課題の追求が相対的に強い傾向になっている。これは、 実践の評価にも反映している。 ふたつめは、「人権感覚」の育成を中心とした実践を展開している学校である。「人権感覚をその まま教育の対象ととらえることは容易ではない。そこで、人権感覚を鋭敏にすることに寄与すると 考えられる様々な要因に注目し、いわば間接的に人権感覚を育てるのが有効であると考えられる」 (育成プログラム)と指摘されていたように、「人権感覚」は教育の対象となるのか、「様々な要因」 はどのような根拠で措定しうるのか、など未解決な問題(基本的な)を抱えたままの実践になって いるといえる。 第二は、特定のテーマに注目し、それを人権教育として実践している学校が存在することである。 「コミュニケーション能力の形成」や「キャリア教育」が主なテーマとして設定されている。ここ では、人権教育の独自性は特に問題にされていない。 第三は、同和教育もしくは同和教育の延長線上で発想された教育を、事実上人権教育の中味とし て位置づけている学校である。こうした学校は、【1997∼1998年度】の場合と比較して大幅に減 少している。 註 (1)1997∼1998年度における人権教育研究指定校における人権教育についての分析は、拙稿 「人権教育研究指定校における人権教育−1997∼1998年度の場合」(『部落問題研究』第157 輯、2001年8月)を参照のこと。 (2)文部科学省は、2003年6月に「人権教育の指導方法等に関する調査研究会議」を発足させた。 調査研究会議は、次のような「とりまとめ」を公表した。 1.人権教育の指導方法等に関する調査研究会議「第一次とりまとめ」(2004年6月) 2.人権教育の指導方法等に関する調査研究会議「第二次とりまとめ」(2006年1月) 3.人権教育の指導方法等に関する調査研究会議「第三次とりまとめ」(2008年3月) ここで指摘している「人権感覚」の説明は、「第二次とりまとめ」からである。 「第一次とりまとめ」における「人権感覚」の扱いは、拙稿「人権教育と教育実践をめぐる問 題点−調査研究会議の審議状況に関する中間的な整理」(『部落問題研究』第171輯、2005年1 月)参照のこと。 (3)人権教育概念・「人権教育の目標」が政策的に翻弄されてきた経過については、拙稿「人権 教育の新たな指導方針をめぐって−文部科学省・調査研究会議『第三次とりまとめ』批判」 (『部落問題研究』第186輯、2008年9月)参照のこと。

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