内閣の総辞職 : 解釈論を中心として
著者名(日)
名雪 健二
雑誌名
東洋法学
巻
45
号
1
ページ
57-75
発行年
2001-09-01
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00000408/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja︻研究ノート︼
内 閣
の 総 辞
解釈論を中心として
職
名
畢
ヨ健
二
一 総辞職の意義 二 総辞職が行われる場合 e 内閣不信任決議案の可決と信任決議案の否決 ⇔ 内閣総理大臣の欠飲 口 衆議院議員総選挙後の新国会の召集 三 総辞職後の内閣東洋法学
5758 内閣の総辞職 総辞職の意義 内閣の総辞職とは、内閣総理大臣およびすべての国務大臣が一体となって職を辞することである。明治憲法時 代においては、内閣制度そのものが憲法上の制度ではなかったので、その総辞職についての規定もなかった。し かし、実際的には、内閣総理大臣は他の国務大臣の任命について天皇に奏薦したので、内閣は大体において内閣 総理大臣と進退をともにした。また、政党内閣時代においては、総選挙で与党が負けた場合、総辞職するという ︵−︶ 慣行がほぼ確立されていた。 内閣総理大臣は天皇によって任命されるが、他の国務大臣のような仕方で一方的に罷免されることはない︵憲法 ︵2︶ 第六八条第二項︶。しかし、内閣総理大臣は、自己の意思に基づいて辞職することができるし、また、そうしなく てはならない場合もある。いずれの場合も、内閣総理大臣の辞職は、単独で行われることはなく、常に内閣の総 辞職を伴う。内閣の総辞職が行われることを政変という。内閣の総辞職は、内閣の統一性と一体性を確保するた ︹3︶ ︵4︶ めの制度である。内閣は、みずから進んで辞職することもあるし、憲法上総辞職しなければならない場合がある。 内閣が憲法上総辞職しなければならない場合は、次のようなときである。すなわち、 ①衆議院で内閣の不信任の決議案が可決され、または信任の決議案が否決された場合︵憲法第六九条︶ ②内閣総理大臣が欠けた場合︵憲法第七〇条︶ ③衆議院議員総選挙後に、新国会が召集された場合︵憲法第七〇条︶
である。これらの場合には、内閣は総辞職しなければならない。しかし、憲法第六九条の場合には、内閣は衆議 汚︶ 院の解散か総辞職かのいずれかを選択することになるが、憲法第七〇条の二つの場合には、内閣は選択の自由を もたず、総辞職をしなければならない。内閣が総辞職したとき、国会は、﹁他のすべての案件に先だつて﹂、内閣 総理大臣を指名しなければならない︵憲法第六七条第一項︶。したがって、内閣総理大臣の指名以前に、法律案や予 ︵6︶ 算案の議決など、議事日程にのっている場合でもできない。そして、新しい内閣総理大臣が任命されるまでは、 行政の空白を回避するために従来の内閣がその職務を行う︵憲法第七一条︶。もっとも、総辞職内閣がどこまでそ の職務を行うことができるかは、議論のあるところである。これについては、後述する。
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︵1︶ 今井威﹁内閣﹂、阿部照哉・池田政章・初宿正典・戸松秀典編、憲法㈲︹第三版︺所収、一九九六年、一三九頁参 照。 ︵2︶ 国務大臣の罷免については、拙稿﹁内閣総理大臣の憲法上の地位および権能﹂、東洋法学第三三巻第一号、一九八 九年、九一頁以下。 ︵3︶ 清宮四郎﹃憲法1﹄︹第三版︺、昭和五四年、一一二九頁。同﹃全訂憲法要論﹄、昭和四八年、二五九頁。廣田健次﹃新 版日本国憲法概論﹄、一九九四年、一八一頁。 ︵4︶ 内閣みずからが進んで辞職するものとしては、例えば、、内閣が責任を負って総辞職することであるが、人心を新た にする目的で総辞職したりすることや内閣総理大臣の個人的事情により総辞職するといったことなどが考えらる。 ︵5︶ ヴァイマール憲法においては、不信任決議が可決されると、内閣は直ちに総辞職しなければならないことになって おり、解散の余地はなかった。すなわち、ヴァイマール憲法第五四条は、﹁ライヒ首相およびライヒ大臣は、その職 務遂行について、ライヒ議会の信任を必要とする。ライヒ議会の明示的な決議によってその信任を失ったときは、ラ 59内閣の総辞職 イヒ首相およびライヒ大臣は辞職しなければならない﹂と規定している。ヴァイマール憲法の邦訳については、高田 敏・初宿正典編﹃ドイツ憲法集﹄、一九九四年によった。 なお、ヴァイマール憲法のこの規定の解釈に関しては、法学協会編﹃註解日本国憲法下巻﹄、昭和四五年、一〇四 三頁。 ︵6︶ ただし、内閣総理大臣の指名以前に、議長その他の役員の選任、議席の指定などは、事の性質上できる。 60 二 総辞職が行われる場合 O 内閣の不信任決議案の可決と信任決議案の否決 憲法第六九条は、﹁内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内 に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない﹂と規定している。これは、いうまでもなく議院内 閣制の核心を現した規定といえる。 不信任決議とは、内閣を信任しないという趣旨の決議の議案を可決することをいい、信任決議の否決とは、内 ︵−︶ 閣を信任するという趣旨の決議の議案を否決することをいう。これにより、内閣は、衆議院の解散か内閣総辞職 かのどちらかを選択しなければならないという法的効果が生ずる。不信任決議や信任決議はその決議の文章のう ︵2︶ ちに信任の有無が明文で示される必要はないが、不信任ないし信任の趣旨を明らかにしなければならない。した がって、内閣の重要な法律案を否決したり、予算を根本的に修正するということは内閣を信任しないとの表現と
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いえるが、それだけでは憲法にいう内閣不信任の決議とはいえない。また、内閣提出の重要法案や予算を可決す るということは内閣を信任することを意味するが、それだけではやはり憲法第六九条にいう信任の決議とはなら ︵3︶ ない。 内閣不信任の決議案の提出は、衆議院議員、しかもほとんどの場合、野党議員からなされる。一方、内閣信任 の決議案が衆議院議員、それも与党議員から提出されるのは当然であるが、内閣が提出できるかどうかが問題と なる。確かに、議院での決議権はその議員が提出するのが原則であるから、特別の規定がない限り、内閣みずか らによる提出はできないと解することには十分な理由がある。しかし、議院内閣制の下では、内閣が衆議院に対 してみずからを信任するかどうかについて明確な意思表示を要求する権利をもつものと解することができるの ︵4︶ で、内閣自身も信任の決議案を提出することができるといえる。もっとも、これまでに、内閣による信任案が衆 議院に提出された事例は一度もない。 国会法規は、議員による内閣不信任および信任の発議について、衆議院規則二八条の三で、﹁その案を具え理由 を附し、五十人以上の賛成者と連署して、これを議長に提出しなければならない﹂と規定している。決議案が提 出されたとき、衆議院は、先決問題として速やかにこれを議決すべきである。というのは、この決議が、内閣の 存否に関する重要要件であるからである。 ところで、憲法第六九条は衆議院の不信任決議についてのみ規定しているが、参議院に不信任決議権はないの であろうか。単純な決議権であるならば、いかなる事項についても何らの制限もなくなしうることは当然といわ 61内閣の総辞職 なければならない。したがって、参議院も、単なる決議としてならば、内閣の不信任の意思を表示することはで ︵5V きるが、憲法第六九条が規定している法効果としての内閣の総辞職を生ぜしめるものではない。というのは、内 閣に対する不信任決議に対抗する手段としての解散権が参議院にはおよばないことから、不信任決議権は、下院 ︵6︶ たる衆議院だけに属すると解すべきである。 なお、衆議院は、内閣に対してではなく、個々の国務大臣に対して不信任の決議をなすことがある。しかし、 これは、内閣の不信任決議とは異なるから、衆議院の解散か内閣の総辞職かという法的効果を生ずるものではな ︵7︶ いし、当該国務大臣の辞職を義務づけるものでもない。場合によっては、内閣が、国務大臣の不信任を内閣に対 ︵8︶ する不信任ととらえて解散や総辞職をすることは考えられる。個々の国務大臣に対する不信任決議は、内閣不信 ︵9︶ 任の決議とは違うので、衆議院だけではなく、参議院もこれをなすことができるものと解せられる。 62 ︵1︶ ︵2︶ ︵3︶ ︵4︶ 中村睦男﹁第六九条﹂、樋口陽一・佐藤幸治・中村睦男・浦部法穂共著、注釈日本国憲法下巻所収、昭和六三年、 一〇六一頁。同﹁第六九条﹂、樋口陽一・佐藤幸治・中村睦男・浦部法穂著、憲法皿所収、一九九八年、二二一頁。 例えば、﹁衆議院は、Y内閣の失政を糾弾す﹂、﹁衆議院は、Y内閣総理大臣を信任せず﹂、﹁衆議院は、Y内閣総理 大臣が心身の故障のために職務を遂行しえざるものと認め、その引退を勧告す﹂などの文言も内閣を信任しない意思 の現われといえる。これについては、佐藤功﹃自習憲法﹄、昭和五四年、一四五頁以下。 伊藤正己﹃憲法﹄第三版、平成七年、五二二頁。中村、前掲﹁第六九条﹂、一〇六一頁−一〇六二頁。同、前掲﹁第 六九条﹂、二二一頁。 清宮四郎編﹃憲法事典﹄、昭和四五年、三三二頁。宮沢俊義﹃全訂日本国憲法﹄、芦部信喜補訂、昭和五四年、五三
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︵9︶ 五頁。伊藤、前掲書、五二二頁。中村、前掲﹁第六九条﹂、一〇六二頁。法学協会編﹃註解日本国憲法下巻﹄一〇四 四頁。樋口陽一﹃憲法1﹄、一九九八年、三〇九頁。 ちなみに、ドイツ基本法第六八条第一項は、﹁自己に信任を表明すべきことを求める連邦総理大臣の動議が、連邦 議会議員の過半数の同意を得られないときは、連邦大統領は、連邦総理大臣の提案に基づいて、二一日以内に連邦議 会を解散することができる﹂と規定している。基本法の邦訳については、高田敏・初宿正典編﹃ドイツ憲法集﹄によっ た。 法学協会編、前掲書、一〇四四頁。浦部法穂[新版]﹃憲法学H﹄、一九九六年、三一四頁。長尾一紘﹃憲法﹄︻第 三版︼、一九九七年、三八八頁。 長尾、前掲書、三八九頁。法学協会編、前掲書、一〇四〇頁。 清宮編、前掲書、三三二頁。中村、前掲﹁第六九条﹂、一六〇四頁。同、前掲﹁第六九条﹂、二二二頁。 清宮四郎﹃憲法1﹄︹第三版︺、三一九頁。伊藤、前掲書、五二三頁。佐藤、前掲書、一四七頁。同﹃憲法qり﹄︹新 版︺、昭和六三年、八二六頁、八四四頁。小林直樹[新版]﹃憲法講義下﹄、一九八三年、二六四頁。 この点について、佐藤教授によれば、衆議院が国務大臣の責任として追求する事項、つまり、不信任決議の理由と される事項が内閣の基本政策にかかわり、内閣が一体として責任を負うべき性質の事項、例えば、内閣の基本的な外 交政策や財政政策など内閣が一体として責任を負うべき性質の事項である場合、内閣はこれを一体としての内閣の 責任追及であるとして対応することも可能であるとし、この場合、憲法第六九条により総辞職または解散のいずれか を行うことができるとする。佐藤、前掲書、八二六頁。 伊藤、前掲書、五二三頁。 ⇔ 内閣総理大臣の欠訣 憲法第七〇条は、﹁内閣総理大臣が欠けたとき、⋮⋮内閣は、総辞職しなければならない﹂と規定している。こ れも、議院内閣制を示す規定である。つまり、内閣総理大臣は、内閣の首長︵憲法第六六条第一項︶として内閣の 63内閣の総辞職 中核にあり、内閣の性格を決定していた人物である。したがって、内閣総理大臣がいなくなってしまうことは、 内閣が︸体として存立する中心がいなくなったのであるから、内閣が総辞職するのは当然といえる。この﹁欠け たとき﹂にあたる通常の場合は、内閣総理大臣が死亡した場合である。また、失格によって、内閣総理大臣たる 資格を失う場合、つまり、議員の除名︵憲法第五八条第二項︶、資格争訟︵憲法第五五条︶、当選訴訟・選挙訴訟の結 ︵−︶ 果、国会議員の地位を失った場合も、﹁欠けたとき﹂にあたる。ただ、内閣総理大臣の自発的な辞職が﹁欠けたと き﹂にあたるかどうかに関しては、次のごとく、学説が対立している。すなわち、 第一説は、﹁欠けたとき﹂に内閣総理大臣の単独の辞職を含むとするならば、憲法第七〇条は内閣総理大臣が辞 職したとき内閣は総辞職しなければならないことを定めたことになるが、それは自明のことであって、とくに規 定を要しない。内閣総理大臣の辞職は、内閣の総辞職にほかならないのであるから、内閣総理大臣の辞職は﹁欠 ︵2︶ けたとき﹂に含ませることは無意味である。 第二説は、内閣総理大臣が辞職したとき、他の国務大臣がそのまま在職することは憲法の精神に合致するとは 考えられない。したがって、内閣総理大臣の辞職は、当然に内閣の総辞職を伴うのが議院内閣制にかなうもので ︵3︶ あるから、﹁欠けたとき﹂に含めて差し支えない。 両説ともに、内閣総理大臣の自発的意思に基づく辞職が、内閣の総辞職を伴うことについては一致している。 そこで、両説の違いであるが、憲法第六九条および第七〇条の場合の総辞職は、内閣が必ず総辞職しなければな らない必要的総辞職であって、これ以外に内閣が任意に総辞職をなしうる任意的総辞職があるとするのが第]説 64
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であり、一方、内閣総理大臣の自発的辞職を﹁内閣総理大臣が欠けたとき﹂に含めて、総辞職を憲法第六九条お よび第七〇条に限定するのが第二説である。 これらのうち、第二説が通説であり、妥当と思われる。すなわち、議院内閣制の精神から考えれば、国会の指 名を受けて任命された内閣総理大臣は、一体性をもって国会に対して連帯して責任を負う内閣の首長となるから、 その辞職は内閣の同一性を失わせると考えるべきである。したがって、内閣総理大臣の辞職は、単独のものでは なく、常に当然に内閣の総辞職を伴うことになり、その辞職は総辞職事由としての﹁欠けたとき﹂の一つに数え てもいいであろう。もし、第一説のように、内閣が自発的に総辞職することもあるとし、これを憲法第六九条と 第七〇条の必要的総辞職と区別して任意的総辞職とすると、憲法第七一条がとくに第六九条と第七〇条の二ヶ条 の場合に、引き続いてその職務を行うと規定していることから、任意的総辞職についてそのことが認められない ︹4︶ と不合理となろう。もっとも、第一説においても、憲法第七一条を解釈するにあたり、任意的総辞職の場合にも、 ︵5︶ ︵6︶ 条理上同様の措置がとられるべきであるとしていることから、両説は、結果において差異はないといえる。 内閣総理大臣の辞職が﹁欠けたとき﹂にあたるかどうかについて、国会法は、その第六四条で、﹁内閣は、内閣 総理大臣が欠けたとき、又は辞表を提出したときは、直ちにその旨を両議院に通知しなければならない﹂と規定 する。この規定の文言からすれば、﹁内閣総理大臣が欠けたとき﹂と﹁辞表を提出したとき﹂とを区別しているが、 これは内閣総理大臣の辞職は﹁内閣総理大臣が欠けたとき﹂に含まれないとする見解に基づいていると考えられ る。 65内閣の総辞職 なお、内閣総理大臣が、辞意の意思を表明することなく、その職務を捨ててしまったとみられる場合、つまり、 無断の国外への亡命のように、当然に辞職に等しいとみられるときも、憲法第七〇条にいう﹁欠けたとき﹂にあ ︵7︶ ︵8︶ たると解される。さらに、長期間の失踪なども、同様である。これに対して、内閣総理大臣の暫定的とみられる 性質の故障、例えば、病気や一時的な生死不明のような場合は、憲法第七〇条にいう﹁欠けたとき﹂にあたらな ︵9V い。この場合、内閣法第九条が定める﹁内閣総理大臣に事故のあるとき﹂として、あらかじめ指定する国務大臣 ︵−o︶ たる内閣総理大臣の臨時代理ないし副総理が臨時にその職務を行うのであるから、総辞職する必要はない。 この内閣総理大臣の臨時代理の指定には、内閣成立の初めに行われる予備的指定と、実際に事故が起こりそう な状態を予想してなされる応急的指定がある。この予備的指定もなく、応急的指定も間に合わないというような 状況の下で内閣総理大臣に事故が生じ、または内閣総理大臣が欠けた場合にはどうするのか。このようなときは、 ︵11︶ 他の国務大臣の協議によって、内閣総理大臣の臨時代理を決めることになる。 66 ︵1︶ ただし、衆議院の解散または議員の任期満了によって国会議員でなくなったときは別である。 ︵2︶ 佐藤功﹃憲法qり﹄︹新版︺、八五二頁!八五三頁。小林直樹[新版]﹃憲法講義下﹄、二六四頁。 ︵3︶ 清宮四郎﹃憲法1﹄︹第三版︺、三二〇頁!三二一頁。同編﹃憲法事典﹄、三三六頁。廣田健次﹃新版日本国憲法概 論﹄、一八一頁。伊藤正己﹃憲法﹄第三版、五二四頁。宮沢俊義﹃全訂日本国憲法﹄、芦部信喜補訂、五四二頁。同﹃憲 法﹄︵改訂版︶、昭和六〇年、三二頁。芦部信喜﹃憲法﹄新版補訂版、一九九九年、二九四頁。吉田善明﹁内閣総理 大臣の欠敏又は総選挙後の総辞職﹂、有倉遼吉編、判例コンメンタール2憲法H所収、一九入五年、二二一頁。同﹁内
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︵10︶ 閣総理大臣の欠鉄又は総選挙後の総辞職﹂、大須賀明・浦田賢治編、新・判例コンメンタール日本国憲法3所収、一 九九四年、二一頁ー二二頁。杉原泰雄﹁内閣の総辞職﹂、田上穣治編、体系憲法事典所収、一九七〇年、五六六頁。 佐々木惣一﹃改訂日本國憲法﹄、昭和五六年、二八四頁、三〇三頁。和田英夫[新版]﹃憲法体系﹄、一九八二年、三 二七頁。鴨野幸雄﹁内閣の組織﹂、清水睦・吉田善明・高見勝利・鴨野幸雄・野中俊彦・中川剛・新正幸著、憲法講 義−所収、昭和五四年、一八四頁。百地章﹁内閣の総辞職﹂、佐藤幸治編著、憲法−所収、昭和六一年、二三五頁−二 三六頁。榎原猛﹃憲法﹄、一九八六年、三三四頁。小山剛﹁第七〇条﹂、小林孝輔・芹沢斉編、基本法コンメンタール 第四版所収、一九九七年、二九一頁。吉田善明﹃日本国憲法新版﹄、一九九九年、一六三頁。長尾一紘﹃日本国憲法﹄ ︻第三版︼、四〇四頁。 伊藤、前掲書、五二五頁。 佐藤、前掲書、八五五頁。 佐藤幸治﹃憲法﹄︹第三版︺、平成八年、二二五頁。 清宮編、前掲書、三三六頁。伊藤、前掲書、五一四頁。宮沢、前掲書、五四二頁。中村睦男﹁第七〇条﹂、樋口陽 一・佐藤幸治・浦部法穂共著、注釈日本国憲法下巻所収、一〇六五頁。同﹁第七〇条﹂、樋口陽一・佐藤幸治・中村 睦男・浦部法穂著、憲法m所収、二二五頁。法学協会編﹃註解日本国憲法下巻﹄、一〇五八頁。杉原泰雄﹃憲法H﹄、 一九八九年、三三八頁。 清宮編、前掲書、三三六頁。法学協会編、前掲書、一〇五八頁。 清宮編、前掲書、三三六頁。伊藤、前掲書、五二四頁。中村、前掲﹁第七〇条﹂、一〇六五頁。同、前掲﹁第七〇 条﹂、二二五頁。佐藤、前掲書、二一一五頁。百地、前掲﹁内閣の総辞職﹂、二三六頁。今井威﹁内閣の総辞職﹂、阿部 照哉・池田政章・初宿正典・戸松秀典編、憲法㈲︹第三版︺所収、一四〇頁。佐藤英善・岡田正則﹁内閣の総辞職と 総辞職後の内閣﹂、和田英夫編著、憲法一〇〇講所収、一九八三年、二二六頁。芦部、前掲書、二九四頁。浦部法穂 [新版]﹃憲法学11﹄、一九九六年、三一五頁。 いわゆる副総理が内閣総理大臣の権能をどこまで行うことができるのかについては、拙稿﹁内閣総理大臣の憲法上 67内閣の総辞職 の地位および権能﹂、東洋法学第三二巻第一号、八七頁以下。 ︵n︶ 林修三﹁内閣総理大臣臨時代理の問題﹂、ジュリスト一三〇号、 一九五七年、六九頁。 ㊧ 衆議院議員総選挙後の新国会の召集 ︵−︶ 議員の任期満了または衆議院の解散による衆議院議員総選挙後に初めて国会の召集があったときは、内閣は総 辞職しなければならない︵憲法第七〇条︶。この規定も、議院内閣制を現すものである。内閣が総辞職すべきこと は、総選挙の結果にかかわりがない。つまり、先に内閣総理大臣を指名した衆議院の構成員が改選され、内閣は その存立の基礎を失ったと考えられるから、総辞職をするのは当然である。したがって、総選挙の結果、政府与 党が多数を占め、同一の者が内閣総理大臣に指名される可能性があるときでも、信任の基礎を新たにするために、 ︵2︶ 内閣は総辞職しなければならない。これは、新内閣の存立の基礎を新しい衆議院の成立による新国会の意思に求 めるということであり、内閣の国会依存性を現したものである。 これに関連して、総選挙の結果、政府与党が多数を占めた場合にも総辞職を義務づけることは無意味であり、 かつ無益であるとする立法政策的な批判がある。しかし、政府与党が再度多数を占めた場合でも、総辞職を義務 づけているのは、内閣総理大臣をして内閣を自由に改造せしめる機会を与えることで、内閣総理大臣の地位の強 化に役立っていることは無視しえないであろう。そのようなことを考えれば、この制度は、決して無意味・無益 ︵3︶ とはいえないであろう。 68
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ところで、憲法第六九条の場合における内閣の総辞職は閣議で決定されるが、憲法第七〇条の内閣総理大臣が 欠けたときおよび新国会が召集された場合による内閣の総辞職は、すでに述べたように、内閣は衆議院の解散か 総辞職かの選択の自由はないから、内閣がとくに総辞職を決定しなくても、法律上当然に総辞職の効果が生ずる といえる。しかし、憲法第七〇条の場合も、形式的には閣議で決定するのが慣例とされているが、閣議における ︵4︶ 決定は法的にみて不必要な行為であろう。 さて、総辞職の時期について、衆議院の解散または衆議院議員任期満了のときから、総選挙を経て新国会を召 集するまでの期間において、内閣総理大臣が欠けた場合、内閣は憲法七〇条にいう﹁内閣総理大臣が欠けたとき﹂ として直ちに総辞職しなければならないのであろうか、それとも、総選挙後に召集される新国会で総辞職すべき なのか、といった問題がある。 これについては、﹁内閣総理大臣が欠けたとき﹂、内閣は直ちに総辞職すべきであり、かつ新国会召集のとき重 ︵5︶ ねて総辞職する必要はないとする考えがある。しかし、内閣は、新国会召集まで総辞職すべきではない。という のは、ω新国会召集までの期間においては衆議院が存在せず、よって、衆議院をして内閣総理大臣を指名せしめ ることはできず、また、⑭この期間においては、内閣は次の国会が召集されたときに総辞職すべきことになって いることから、それは、いわば内閣が期限つきで総辞職した状態にあるので、総辞職することは許されるもので はないし、さらに、㈹参議院の緊急集会︵憲法第五四条︶で、新しい内閣総理大臣を指名することは正当ではな ︵6V いと考えられるからである。したがって、憲法第七〇条の適用はなく、内閣総辞職の効果は生じないと解すべき 69内閣の総辞職 であり、内閣法第九条にしたがって、新しい国会が召集されて内閣が総辞職するまでは、臨時代理ないし副総理 が内閣総理大臣の職務を暫定的に行うことになる。そして、できるだけ早く新国会を召集して、新内閣の成立を はかるべきである。 なお、先例では、大平内閣の下で、一九八○年五月一九日に衆議院が解散され、六月二二日に総選挙が行われ ることになっていたが、大平内閣総理大臣が急病で入院し、六月一二日に死亡した。死亡の前日の六月二日に 伊東正義内閣官房長官が内閣総理大臣臨時代理に指定され、伊東臨時代理内閣は、六月一二日に総辞職し、新国 ︵7︶ 会召集のときには総辞職しなかった。したがって、先例は、前者の立場である。 70 ︵1︶ ︵2︶ ︵3︶ 衆議院の解散による総選挙が行われた場合、その選挙の日から三〇日以内に召集される国会を特別会といい︵憲法 第五四条第一項︶、衆議院議員の任期満了による総選挙が行われた場合、その任期が始まる日から三〇日内に召集さ れる国会を臨時会ないし常会という。 清宮四郎﹃憲法1﹄︹第三版︺、三二〇頁。同﹃全訂憲法要論﹄、二六〇頁。同編﹃憲法事典﹄、三三五頁。伊藤正己 ﹃憲法﹄第三版、五二四頁−五二五頁。中村睦男﹁第七〇条﹂、樋口陽一・佐藤幸治・中村睦男・浦部法穂共著、注釈 日本国憲法下巻所収、一〇六六頁。同﹁第七〇条﹂、樋口陽一・佐藤幸治・中村睦男・浦部法穂著、憲法H所収、二 二五頁。小林直樹[新版]﹃憲法講義下﹄、二六四頁。鴨野幸雄﹁内閣の総辞職﹂、清水睦・吉田善明・高見勝彦・鴨 野幸雄・野中俊彦・中川剛・新正幸著、憲法講義−所収、一八三頁。 杉原泰雄﹁内閣の総辞職﹂、田上穣治編、体系憲法事典所収、五六六頁。 なお、与党が勝利すれば、総辞職しても同じ内閣が形成しうるからそれほど違いはなさそうにみえるかもしれない が、連立政権の場合には、同じ内閣が形成される保証はないとして、この総辞職制度は衆議院との関係で内閣の立場
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︵6︶ ︵7︶ を弱める意味をもっているとの指摘がある。野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利著、﹃憲法﹄第三版、平成一 三年、一八二頁。 中村、前掲﹁第七〇条﹂、一〇六六頁。 佐藤功﹃憲法m﹄︹新版︺、八六二頁。 なお、佐藤教授は、新国会のときに重ねて総辞職する必要はないとする理由を次のように述べる。すなわち、総選 挙後の新国会召集のときに総辞職することを予定されている内閣において、内閣総理大臣が欠けたとき内閣は﹁欠け たとき﹂として総辞職し、憲法七一条により新しい内閣総理大臣が国会により指名され任命されるまで引き続き職務 を行う職務執行内閣となる。﹁内閣総理大臣が欠けたとき﹂の総辞職の効果も新国会召集による総辞職の効果も、と もに新内閣総理大臣の指名と任命をもたらすという点でなんら異なるものはないので、﹁欠けたとき﹂の総辞職です でにその効果が生じている以上、重ねて同じ効果を生む新国会召集のときに総辞職する必要はないとする。佐藤、前 掲書、八六一一頁ー八六三頁。 宮沢俊義﹃全訂日本国憲法﹄、芦部信喜補訂、五四四頁。 こうした考えに対して、佐藤教授は、次のように反論される。すなわち、ωについてはその通りであるが、そのこ とが直ちに総辞職すべきではないとする理由とはならないとし、憲法第七〇条の﹁欠けたとき﹂にあたる以上は直ち に総辞職すべきであり、内閣総理大臣の指名が新国会まで不可能というにとどまると解すべきであるとする。また、 ⑧については、衆議院解散後の内閣は近く総辞職すべきことが予定されているという状態にあるだけで、これを期限 つきですでに総辞職した状態にあるとするのは正当ではないとし、さらに、⑥については、参議院の緊急集会で新し い内閣総理大臣を指名するのは適当ではないが、それが直ちに総辞職すべきではないという理由にはならないとす る。佐藤、前掲書、八六一頁以下。 なお、高辻正己﹃憲法講話﹄、昭和五五年、三一六頁−三一七頁も、参議院の緊急集会で内閣総理大臣の指名の措 置をとるべきではないとする。 これについては、佐藤、前掲書、八六一頁参照。 7172 内閣の総辞職 三 総辞職後の内閣 内閣が総辞職した場合、憲法第七一条では、﹁前二条の場合には、内閣は、あらたに内閣総理大臣が任命される まで引き続きその職務を行ふ﹂と規定している。すなわち、本条の趣旨は、憲法第六九条および第七〇条によっ て総辞職した内閣が職務を離れた場合、それは国政に重大な障害をもたらすことになるから、総辞職後の内閣は、 ︵−V 新たな内閣総理大臣が任命されるまで引き続いてその職務を行い、行政の継続性を確保することにある。 ここにいう﹁前二条の場合﹂とは、前二条の規定により、内閣が総辞職した場合をいう。内閣の総辞職には、 内閣総理大臣の辞職の意思によって行われる場合、内閣総理大臣の辞職以外の理由により内閣総理大臣が欠けた ときに行われる場合、衆議院議員総選挙の後にはじめて国会の召集があったときに行われる場合がある。これら の三つの場合が、﹁前二条の場合﹂であって、これら以外に内閣の総辞職の場合はないので、ここに﹁前二条の場 ︵2﹀ 合﹂は、単に﹁総辞職の場合﹂といいかえてもいいであろう。 また、ここに﹁内閣﹂とは、総辞職の意思表示をした内閣または法律上当然に総辞職をしたとみなされる内閣 をいい、これを総辞職内閣とよぶことができる。﹁あらたに内閣総理大臣が任命されるまで﹂とは、実際的には、 ︵3︶ 新内閣成立までという趣旨である。というのは、新しい内閣総理大臣は、任命されれば直ちに国務大臣を任命し、 内閣の組織を完了せしめるものと予想されているからである。そして、新しい内閣総理大臣は各国務大臣を任命 するが、内閣総理大臣の任命と各国務大臣の任命との間には一定の時間があるけれども、その時間的ずれはでき
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︵4︶ るだけ短いのが望ましいであろう。 かつて、一九四七年五月二四日、片山哲氏が内閣総理大臣に任命されたが、六月一日に各国務大臣が任命され るまでの数日間は内閣総理大臣が単独で他の国務大臣の職務を臨時に行った。また、一九四八年の第二次吉田内 閣のとき、一〇月一五日に吉田氏が内閣総理大臣に任命されたが、一〇月一九日に他の国務大臣が任命されるま ︵5︶ での間、内閣総理大臣が単独で他の国務大臣の職務を臨時に行った。こうした先例は、内閣制度の本質からいっ ︵6︶ ︵7︶ て極めて不当な慣行であり、合議体としての内閣の本質からみて妥当とはいえない。 さらに、﹁その職務﹂とあるが、ここで、総辞職後の内閣が行う職務に限界があるかどうかが問題となる。これ については、次のごとく、学説の対立するところである。すなわち、 第一説は、総辞職内閣は、法的には内閣が行うことができるすべての事項におよぶ。しかし、政治的には、憲 法第七〇条に定める総辞職の場合に、衆議院の解散の決定およびそれに関する天皇への助言と承認や新たな内閣 が成立するまでの期間がたとえ長引くことがあっても、重要な法律案の提出、条約の締結、さらには新内閣が行 うべきものと考えられる事項についてはなしえない。この考えによれば、総辞職内閣が行う職務については政治 ︵8︶ 的には限界があるが、法的には限界がないとする。 第二説は、総辞職内閣の職務範囲については別段制限はないが、衆議院の解散のような内閣の進展について国 民に審判を間うような行為はすでに総辞職していることと矛盾することからいって行うことは許されない。こう ︵9︶ した行為を除いて、総辞職内閣も、正常な内閣と同じような権限を有する。 73内閣の総辞職 第三説は、総辞職内閣は、新しい内閣総理大臣が任命されれば消滅することを義務づけられているから、国会 に対して責任を負うことのできない内閣である。したがって、当該内閣は、責任を負えない内閣であるから、行 政の継続性を確保するために必要な事務処理だけを行うべきであって、それを超越した新たな政策を積極的に実 ︵−o︶ 現することに取り組むことはできない。 以上のように、学説が対立しているが、総辞職内閣の職務権限の範囲、すなわち、職務の限界については、憲 法第七一条の規定の文言上総辞職した内閣は﹁引き続きその職務を行ふ﹂とあるように、その権限はなんら制限 されていないと考えられる。しかし、総辞職内閣は、すぐにも退任することが確定している内閣であり、新たに 内閣総理大臣が任命されるまでの間、行政事務の停滞を避けるためにその職務を行う必要がある。このようなこ とを考えると、衆議院の解散といったような国民の審判を問う行為は、行えないものと解せられる。政治的見地 からいえば、総辞職内閣は、日常の事務処理だけをなすべきであり、その他の事務はやはり新内閣に任せるべき ︵n︶ 間題といえ、第三説が妥当であろう。 なお、憲法第七一条の趣旨は、新たに内閣総理大臣が任命されたとき、それと同時に総辞職内閣を組織する閣 僚は当然にその職を失うと解されている。したがって、辞令の交付などの行為は必要としない。というのは、法 律上当然に退職するからである。これについては、官報で内閣総理大臣に何某が任命され、よって、内閣総理大 臣何某、国務大臣何某等それぞれの地位を失ったと発表されるのが例となっているが、これは法律的に必要な行 ︵1 2︶ 為ではなく、単なる便宜上の措置である。 74