招待論文
超低侵襲実装を志向する「細胞化センサ」デバイス
高尾
英邦
†a)森
宏仁
††前田
祐作
†綿谷
一輝
†寺尾
京平
†下川
房男
†前田
光平
†香西
亮吾
†“Cell-like Sensor” Devices Directed to Ultra Low Invasive Implementation
Hidekuni TAKAO
†a), Hirohito MORI
††, Yusaku MAEDA
†, Kazuki WATATANI
†,
Kyohei TERAO
†, Fusao SHIMOKAWA
†, Kohei MAEDA
†, and Ryogo KOZAI
†あらまし 電子情報通信技術の劇的な進歩に伴い,「センサネットワーク」や「IoT (Internet of Things)」, 「Trillion Sensors」などの言葉で表現される物理空間情報入力の分散化と膨大な情報処理の統合化が進んでいる. あらゆる場所にセンシング機能を分散する鍵となるハードウェアとして,マイクロセンサデバイスが果たす役割 は大きい.マイクロセンサは旧くて新しい分野であり,時代の流れにもかかわらずその本質的特徴は変化してい ない.一方で,適応する技術やデバイスの在り方・計測する対象等については,時代を反映して常に変化が続い ている.長寿健康社会の今日では,人々の生活や生命に関わるセンシング技術がますます必要になるといわれて おり,人間とセンサデバイスの親密度はこれまでにないほどに高まりつつある.本論文では,先進医療機器や人 間の指先感覚再現など,これまでセンシングの技術が十分確立されていなかった狭小な空間での高機能センシン グを可能とする「細胞化センサ」の概念を示し,その実現を目指した各種のデバイス技術について紹介する.セ ンサデバイスが小型・軽量かつ高性能へと一層の変化を遂げることで,対象への侵襲性の低い埋め込みやデータ 計測が可能となり,組織の一部である細胞のように働くセンサが実現される.ここでは,この細胞化を目指した デバイスの実例を踏まえながら,その応用展開について述べる. キーワード 低侵襲技術,マイクロセンサ,IoT,Trillion Sensors,MEMS,触覚センサ
1.
ま え が き
近年,IoT (Internet of Things)に代表されるよう に,情報ネットワーク技術を利用した新しいサービス 事業が次々に生まれようとしている[1].ネットワーク の端末として接続されたモノ(Things)からの情報は 全てネットワーク上に流れ,仮想的な空間のなかで共 有化される.その中で,以前では「センサネットワー ク」,近年では「Trillion Sensors」という言葉で表さ れる新しい分散型センサの利用技術への関心も高まっ ている[2].この大きなネットワーク技術の流れによっ て,今後しばらくはネットワークに接続されるセンサ の数も飛躍的に増加すると予想されている.生物と人 †香川大学工学部,高松市
Faculty of Engineering, Kagawa University, 2217–20, Hayashi-cho, Takamatsu-shi, 761–0396 Japan
††香川大学医学部,香川県
Faculty of Medicine, Kagawa University, 1750–1, Ikenobe, Miki, Kagawa-ken, 761–0793 Japan
a) E-mail: [email protected] 工物を比較することに特段大きな意味は存在し得ない が,増加するセンサと複雑につながるネットワークの 進化は,人間の感覚器と神経ネットワーク網の関係に 類似する点も多いと感じられる.図1は多数のセンサ がつながるネットワークと生命体の間に存在する各機 能の相似的関係を表している.高度な情報ネットワー 図 1 生物と情報ネットワークにおける相似性
クにつながる無数のセンサ群は,体の隅々までいきわ たる神経網につながる無数の受容器が果たす役割とよ く似ている.今日では,多数のセンサからの情報入力 が空間的に分散化する一方,ビッグデータ処理や深層 学習など,情報の集約と抽出の技術も進んでいる.情 報ネットワークにおいて,脳にあたる部分の処理機能 は,情報の抽出に長けた人工知能で実現される可能性 は高い.一方,空間的に分散し,ネットワークの情報 入力部となるのはマイクロセンサデバイスである.マ イクロセンサは旧くて新しい技術分野であり,小型・ 軽量さ故に測定対象への影響を最小化できるというマ イクロセンサの「本質的価値」は,時代が変化しても 失われていない. 一方で,各種のセンサデバイスを利用するセンシン グ分野は,デバイスの実装方法,計測対象の変化とと もにその時代を反映して変化をつづけてきた.図2は, 時代の流れに伴うセンサの主要な応用分野(工業生産 技術,情報通信技術,ライフサイエンス)の変化と, 人間の社会生活におけるセンサ技術の距離感(技術と 人間の親密度)を概念的に表現している.1980年代に おいては,「センシングによる工業・産業の知能化」が 大きく進展した.これを本論文では第一のセンサ革命 期と考える.国内をはじめとして自動車の排ガス規制 による排気センシングの重要性が急速に高まるととも に,自動車の電装化も進んで燃料噴射やアンチロック ブレーキなど,自動車の電子制御技術が大きく進展し た.また,工業生産技術においてもFA化が進み,セ ンサとマイコンにより産業用ロボットや製造ラインそ のものの知能化が進んだ時代である.次に1990年代 以降には,インターネット技術の実用化や携帯通信端 末の普及により,「無線通信とセンサの融合」に大きく 図 2 時代の変化とセンサ技術の浸透性
Fig. 2 Closeness of sensors keeping up with the times. 注目が集められた.これはネットワークとセンサが結 びついたという意味で,第二のセンサ革命期と考える ことができる.スマートフォンに用いられるモーショ ンセンサ(加速度センサ+ジャイロスコープ)や磁気 センサの搭載がすすみ,パーソナルナビゲーション等 の新しいサービスアプリケーションが数多く創出され た.また,搭載された各種センサの機能を活かし,ス マートフォンへの直感的入力や操作のアシスト機能を 充実化させたことは,ハイテクである携帯通信の技術 と人間の親密度を急速に高めたといえよう. そして今日では,情報通信技術の成熟化とともに, それらを人々の長寿健康に活かす技術へと関心が移り つつある.健康寿命や平均寿命の増加,少子高齢化の 進展,予防医療の重要性が高まるにつれて,私たちの 身体や生命の情報に近づくことのできるセンシング技 術が求められるようになっている.これは第三のセン サ革命期といえよう.スマートフォンや腕時計型の端 末に装着されるECG検出電極や超小型モーションセ ンサなどにより,個人の活動度をモニタリングする機 能(Activity Tracker)は人々の健康への関心を強め, 医療への応用も進んでいる[3].また,シート状の柔軟 型デバイスを体表面へ装着し,センシングに用いる技 術が開発されている[4], [5].「体表面」からのセンシン グについては,センサが人々の日常生活へと浸透し始 めている. 身体や生命に関わるセンシング技術は,社会からの ニーズの変化に合わせて特徴的な進化を遂げると考え られる.センサデバイスの一層の小型化はもちろん, 生体への非侵襲性,生体適合性の向上等が求められる. この場合,センサは医療機器の表面や患者に触れる先 端部分に無理なく実装されることになる.更なる進化 が続くなら,センサは埋込によって体内にまで潜り込 むであろう.その場合,センサは機械や生物の表面か ら内部に浸透し,最終的には対象の一部として「細胞」 のように存在することになる. 本論文では,このようなセンサデバイスの実装形態 を「細胞化」と呼ぶ.つまり,「細胞化センサ」は先進 医療機器や人間の指先感覚再現など,これまでセンシ ング技術が適用できなかった狭小な空間や危険性の高 い体内でのセンシングを目指した超低侵襲デバイスで ある.また,対象が人間であるが故に,人間に匹敵す る高感度・高精細の触覚分野など,人間の感覚に代わっ てセンサと人間の親密度を一層高めることができる高 性能なセンシングの実現を志向する.センサを「細胞
化」する概念自体は,計測対象への影響を最小化する マイクロセンサの理想と合致しており,低侵襲治療の 発展や生体計測技術の発展過程で自然と目指される方 向性である.本論文においては,この指針に基づいて 我々が開発した細胞化センサの事例について紹介する.
2.
細胞化センサの概念と実現手段
2. 1 細胞化センサの概念 細胞化センサとは,生物や機械の感覚となる役割を 果たす埋め込み型のセンサまたはセンシングシステム である.超小型化実装による超低侵襲化により,実装 対象への埋込や一体化を可能とする.生物の「細胞」 は生体組織で独立した機能を有する最小の構成要素で あり,細胞は生物の一部である.受容器となる細胞は 単体で各種刺激に応答し,他の細胞と一体となって組 織を形成する.この細胞を含めた集合体が器官となり, 臓器となって生物全体のシステムを構成している.こ こに細胞化センサと生物細胞の類似性がある. 細胞化の必要性は,センサを実装する対象や計測環 境への影響度合いに強く依存する.空間や計測感度に 余裕があり,対象表面にセンサを貼り付けて実装可能 であるなら,センサを細胞化する必要性は低い.すな わち,従来のようにセンサは「装着」できる.一方, これまで計測できなかった微小部位や対象を計測する ニーズがセンサの細胞化によって新たに実現するので あれば,細胞化センサはセンシングにおける新しい価 値を創出できる.実装の対象としては,狭小部に計測 機能や感覚代行の機能を付加したい人工物,例えば医 療機器等に強いニーズがある.また,生体に対しても 超低侵襲実装が行われる場合は,生物も細胞化センサ を実装する対象となる. 図3は,次章で紹介する超低侵襲治療にむけた内視 鏡用細胞化センサの実例であり,内視鏡の機能を損な 図 3 内視鏡機器への細胞化実装の実例Fig. 3 Cell-like implementation to an endoscope.
わないだけの「低侵襲性」を有している.軟性内視鏡 は人体内の狭小部に挿入されるため,カメラから得る 視界は最も重要な情報源であり,センサの実装がその 視野を妨げることは極力避けねばならない.限られた 空間・容積のなかに性能を維持したままセンサを実装 することが細胞化においては重要である.本事例では, センサデバイスが内視鏡先端の交換部品(フード)の 壁面内部に実装可能なサイズで実現されており,内視 鏡が機能を発揮するために必要な空間をほぼ侵襲しな い細胞化が実現されている.低侵襲性が維持される限 り,細胞化センサが占める体積割合を増加させること も可能である.よって,必要に応じてセンサを増やし, 更に高性能・高機能なセンシングも実現可能となる. 2. 2 細胞化センサの実現手段 細胞化センサの実現には,許容されるデバイスのサ イズ,電力と信号の伝送方法など,実装状態に依存し て求められる技術課題がある.その幾つかについては, 電子デバイス技術や集積回路技術,通信技術の発展と ともに自然と解決される場合もあるが,体内での過酷 な環境における動作や実装する機器への影響等,応用 の対象と計測条件の違いを汎用的な一つの技術で解決 することは困難である.すなわち,センサの細胞化を 共通する技術や実現手段で一括りに議論することは難 しい.しかし,細胞化センサに求められる普遍的な重 要課題として,「小型化と性能の両立」を挙げることが できる.センサは「物理情報」を「エネルギー」の変化 で捉えて「信号」に変換するデバイスであり,同一エ ネルギー密度下であれば,検出感度はエネルギーを受 け止めるデバイスサイズの縮小とともに低下してしま う.よって,「小型化」と「高性能化」の両立は通常困 難である.一方,センサデバイス技術の向上で,その 両立が可能となる進化を遂げることができれば,計測 対象に無理なく細胞化実装が可能となり,計測の環境 に与える影響や侵襲性を極小化することで細胞化セン サの本質的特徴を具現化可能となる.また,パッケー ジで保護される多くの電子デバイスとは異なり,一般 的なセンサは計測環境にその一部が暴露されることが 実装の前提条件となる.特に,空間的な最小化が求め られる細胞化センサの場合,埋め込み対象物に対して 直接的に接触し,あらゆる周辺環境にデバイス自身が 暴露されている状態にある.完全な埋込を想定された 細胞化センサは,チップサイズと同等まで可能な限り に極小化され,周囲に保護目的のパッケージ構造をも つことも困難である.性能の安定性もセンサ性能の一
部であることから,細胞化センサの実装方法が安定性 に与える影響を無視することはできない.以降におい ては,実装の実例を踏まえて細胞化センサの有効性に ついて議論する.
3.
細胞化センサのデバイス実現
3. 1 超低侵襲手術に向けた細胞化センサ 第三期のセンサ革命(図2,身体・生命に関わるセ ンサ)においては,人間との高い親和性が求められる 技術のなかでも医療技術の進歩が期待される.近年で は,患者のQOL(生活の質)を考慮した身体への侵 襲性が低い治療技術のニーズが高まりつつある.低侵 襲医療の現場では,患者への術後負担が少ない内視 鏡やカテーテルを用いた低侵襲治療技術の開発が盛 んに行われている.今日最も普及している内視鏡手 術は,腹腔鏡(硬性内視鏡)手術である.しかし,一 層低侵襲である新しい内視鏡医療として,軟性内視 鏡(胃カメラ等)を口や肛門などの自然孔から挿入 して手術を行う術式であるNOTES (Natural Orifice Transluminal Endoscopic Surgery)の期待も高まっている.NOTESでは挿入した軟性内視鏡を通じて手 術治療を行うため,体内に切創は残るものの,患者の 体表面には一切の切創を残すことがない.患者の体表 面に傷が残らない点で美容上も優れるが,回復に要す る体力も少なくてすみ,結果として患者のQOLを高 められる. しかし課題も大きい.軟性内視鏡一台のみを用いる NOTESでは,執刀医が術中に取得できる患者体内の 情報がカメラ画像(視覚)のみに限定される.軟性内 視鏡医療では,治療時や検診の際に視野確保のため, 炭酸ガスを送気して消化管を膨らませる.しかし,送 気時に臓器内の圧力が不明であると,過送気(高加圧) による臓器内の裂傷が生じる危険がある.また,臓器 表面の腫瘍は柔軟な臓器とともに内部の気圧で伸び縮 みが生じるため,内圧が分からないと正確な腫瘍径が 診断できない問題がある[6].しかしながら,軟性内視 鏡は直径や寸法が極限まで切り詰められており,現状 のNOTESにおいては臓器内部や腹腔内の圧力を局所 で計測できない状態である.NOTESの医療現場にお ける体内の圧力センシングに対するニーズは高く,軟 性内視鏡によるセンシング技術が開発されれば,診断 リスクの定量的評価と大幅な安全性向上が実現される と期待できる.また,圧力に加えて温度のセンシング 機能をデバイスに付加することで,内視鏡下において 執刀医が得る情報はより一層充実化される. ここでの細胞化センサの実装方法は,前章の図3に 説明したとおりである.センサデバイスが先端部品で ある内視鏡フードの厚さ(約1 mm)以内の壁面内部 に実装可能であることから,内視鏡のカメラ視野を奪 うことなくセンサデバイスの実装が可能である.また, 内視鏡内部から伸びる手術用の器具(鉗子など)を伸 ばす際にも,センサと器具が相互に干渉するリスクも ない.すなわち,センサと装着機器は互いに共存しな がら協調して働く. 図4は内視鏡フードの壁面に埋め込まれる圧力・温 度集積化センサの構造図である.本センサはMEMS 技術で製作されており,ピエゾ抵抗ブリッジによる圧 力検出並びに温度検出回路が厚さ5µmのダイヤフラ ム表面に集積化されている.また,紫外線硬化樹脂 SU-8によって密封チャンバーと電極分離構造を形成 している.実装においては,密封チャンバー側がフー ドと向き合うように接着されて,検出回路面を完全に 封止する.こうすることで,消化管内部の強力な酸や 酵素への暴露にも耐え,信頼性の高い動作が実現でき る[7].内視鏡光源の強力な光からpn接合を遮光する ため,Cr薄膜が露出面側に蒸着されている.また,温 度センサの信号で圧力センサの温度特性を補償し,温 度安定性の高い圧力計測と体内温度の取得を実現した. 以上のように,NOTES用細胞化センサの実装には, 応用独自の過酷な環境があり,それを踏まえた対策を 有するデバイス構造が最も重要な課題となっている. 図5は完成した圧力・温度集積化センサのチップ写 真である.サイズは2.1 mm × 1.6 mmであり,厚さは およそ0.5 mmである.よって,チップを厚さ約1 mm 図 4 内視鏡フードに埋め込まれるマイクロセンサ
図 5 埋込用圧力・温度集積化センサのチップ写真 Fig. 5 Photograph of integrated sensor device.
図 6 軟性内視鏡に装着したセンサ内蔵フード
Fig. 6 Sensor embedded hood on an endoscopy.
の内視鏡フード壁面内に完全に埋め込むことが可能で ある.図6 (a)は本センサを内蔵したフードを先端に 装着した軟性内視鏡である.内視鏡先端にフードを装 着する目的は,内視鏡先端部の保護と前方の空間確保 である.図6 (b)はセンサチップを内蔵したフードを 内視鏡の正面から見た写真である.チップは圧力検知 部を除いてフードの壁面内部(矢印部分)に埋め込ま れている.よって,センサが内視鏡本来の視野と施術 範囲に影響を与えることはほぼないものといえる. このフードを用い,NOTESの模擬手術(動物実験) を行った[6].図7 (a)は香川大学医学部で行われた動 物実験の様子である.PC上に圧力と温度の出力信号 を表示し,執刀医に対して常に提示する構成である. 図7 (b)は内視鏡から得られたカメラの視野画像であ る.フードの左側壁面に埋め込まれたセンサデバイス がわずかに写り込んでいる.壁面からの突起もなく, NOTESを実施する上で視野に影響を与えることはな いものといえる. 胃内への炭酸ガス送気と排気は実際の手術を想定し, 0 mmHgから約5 mmHg程度の範囲で繰り返された. 図8は圧力・温度センサの計測結果の一部である.炭 酸ガス送気に伴う胃内圧力の上昇と排気に伴う下降, 並びに,室温のガス送気による胃内温度の下降と排気 による温度上昇が適格に捉えられている.圧力の計測 図 7 ビーグル犬を用いた動物実験
Fig. 7 Animal experiment with a beagle dog.
図 8 軟性内視鏡による胃内センシングのデータ
Fig. 8 Obtained data from the sensor inside of stom-ach. 分解能は約0.2 mmHgを達成しており,横隔膜の変動 (呼吸)に伴って生じる約2.5 mmHg程度の胃内圧力 変化まで捉えられている.また,40秒あたりからの圧 力上昇は内視鏡による炭酸ガス送気によるものであり, 医師は圧力をリアルタイムで知りながら,的確な送気 と圧力維持を行うことができた.胃内温度計測の有効 性は医学的に未だ明らかではないが,内視鏡による新 しい計測方法が出現することで,今後,新たな知見が 見出される可能性がある.本センサで食道,直腸,腹 腔内部における軟性内視鏡での圧力・温度の同時モニ タリングも実証しており,NOTESにおけるセンシン グの有効性を示すことができた.本事例においては, 軟性内視鏡がもつ本来の機能性を損なうことなく,細
胞化センサによって新しいセンシング機能を付加する ことに成功している. 3. 2 触覚の要素を付加する細胞化センサ 人間の全身を覆う皮膚には触覚の受容器が分布して いる.それと同様に触覚のセンサを細胞化できれば, 機械は生物的な感覚をもつシステムとして高機能化で きるようになる.NOTESにおける軟性内視鏡の事例 と類似の構造をもつセンサであれば,内視鏡に細胞化 した触覚センサを実装可能である.そして内視鏡や計 測対象に侵襲しない限り,細胞化センサの数は増やす ことができる.すなわち,異なる機能のセンサを細胞 化することが可能となってくる. 前述の圧力・温度の計測に加えて,各種内視鏡手術 における一つのニーズは,視野にある臓器の硬さを遠 隔的に知ることである.このセンサの細胞化を視野に 入れて,可動ダイヤフラムを用いた臓器硬さセンサを 開発した[8].図9 (a)は細胞化を目指した臓器硬さセ ンサのデバイス構造である.本センサは半導体シリコ ンを材料とし,中央にダイヤフラムの可動構造を有す る点や,計測面と反対側に検出回路を形成する点で先 の圧力・温度センサ(図4)と同様の構成である.臓器 の硬さを計測するために,可動構造のダイヤフラム中 図 9 細胞化を目指した臓器硬さセンサ
Fig. 9 Organ hardness sensor for cell-like operation.
央部に「押し込み量」を測る接触子が設けられている. 接触子を一定荷重で対象に押し当てた際,相手側に生 じる押し込み量が臓器硬さに依存することから,硬さ の計測を行うことができる.独自の構造である「基準 面」を可動ダイヤフラムの周囲部に設け,基準面と接 触子の面積比を大きく設計することで,押し当て荷重 の影響を低減し,押し当て荷重による誤差を大幅に低 減することが可能となった.これは,押し当て力を安 定かつ正確に制御することが困難である内視鏡下での 硬さ計測において不可欠の機能である. 図9 (b)は完成したセンサのチップ写真である.可 動ダイヤフラム上に接触子の移動量を検知するピエゾ 抵抗検出回路が形成されている.デバイスの裏側であ るが,ダイヤフラム裏面の破線部分に硬さ計測用の円 形接触子が形成されている. 図10は本センサを用いた硬さ計測の実験結果であ る.計測サンプルには各種臓器の硬さを再現したメラ ミンスポンジを用いた.臓器や体組織の硬さは,腎臓 や肝臓といった比較的硬い臓器から非常に柔らかい脂 肪に至るまで広範囲に及ぶ.これまで報告されている MEMS硬さセンサの計測レンジは最小で10 HSであ り,小型であっても感度が不十分となる.本研究では 基準面構造を用いて信号の安定性を大きく向上したこ とで,10 HS以下の柔軟な対象の硬さも安定的に計測 可能なデバイスを実現した.センサの細胞化において は,微小なサイズと高い性能の両立が必要である.臓 器硬さセンサにおいては,基準面を設ける独自技術に よって,細胞化に向けた小型・高感度の両立を実現で きた. 3. 3 指先の働きを模倣するナノ触覚センサ 人間との高い親和性をもつ機械の実現には,人間に 近い感覚機能が備わる必要がある.触覚の場合,セン 図 10 本センサによる硬さ計測の評価結果
図 11 ナノ触覚センサの動作モデル Fig. 11 Mechanical model of the ‘nano-tactile’
sen-sor. サが計測する情報は「手触り」という抽象的概念を含 んでいる.人間に代わる触覚を細胞化センサで得るに は,この手触りを計測できるセンシング技術の開発が 求められてくる. 我々は指先の皮膚感覚,特に指紋の動きに着目した 高性能触覚センサを開発することにより,触覚の細胞 化センサに求められる「手触り感の定量化」に向けた センシング技術を開発している.手触りを感じる指先 の皮膚感覚は,マイクロメートル前後の微細な構造を 含む表面のテクスチャを走査した際に指紋を通じて生 じる機械刺激が,表膚下の受容細胞によって取得され て生まれるものと考えることができる.指紋と受容器 の機能に相当する「ナノ触覚センサ」でこの機械刺激 の波形を取得・分析することは,数量的な表現が不可 能であった触覚の特性,すなわち手触り感を定量化で きる技術につながる[9]. 図11は微小な表面手触りを取得するナノ触覚セン サのモデルを表している.チップ端面から飛び出して 形成される「接触子」が指先の「指紋」に相当する. この接触子の動きを,ひずみ検出回路を備えた複数の バネで取得する.上下方向の動き(表面形状)は1µm 以下の振幅で捉えることができる.また,左右方向の 動き(表面摩擦力)については100µN以下の感度で 計測可能である.本デバイスでは,これら2軸の情報 を同時刻かつ同地点で独立して計測することが可能と なる. 図12はナノ触覚センサによる計測実験の様子であ る.センサを対象に押し当て,その後,横方向にスラ イドさせる操作で人間の触動作と同様に表面のテクス チャ情報を取得する.モデルに示された接触子やその 動き検出用のバネ構造などは全てシリコンのMEMS 加工で形成される.バネ構造の表面には,不純物イオ 図 12 ナノ触覚センサによる表面の計測
Fig. 12 Measurement with ‘nano-tactile’ sensor.
図 13 「ナノ触覚」センサによる表面計測結果 Fig. 13 Measured results with ‘nano-tactile’ sensor.
ン注入によるひずみ検出回路(ピエゾ抵抗回路)が集 積化される. 本デバイスにより,手触り感の異なる紙表面の手触 りを容易に判別することが可能となった.図13は比 較的手触りが滑らかに感じる「コピー用紙」とざらざ らした感触を感じる「半紙裏面」の表面を本デバイス で計測し,それぞれ得られた表面形状と摩擦力を同じ 時系列で比較したものである.コピー用紙は表面の波 形が比較的丸みを帯びており,それに伴う摩擦波形に も高い相関がある.一方,ざらざら感の強い半紙裏面 は両波形ともに振幅が大きく,より高い周波数成分が 含まれている.また,表面の凹凸に起因する摩擦力は,
コピー用紙と比較して表面形状との相関性が低い.指 紋のように,微小な表面テクスチャを感じ取るナノ触 覚センサにより,今日定量化されていない手触り感の 定量化が実現する可能性がある.現在は細胞化が可能 なほどに小型化されていないが,ナノ触覚が細胞化す ることで,手触りを感じ取る能力を様々な機械へと実 装可能となる.
4.
む す び
本論文では,人間との高い親和性を実現する機械へ の実装に向けた細胞化センサの概念を示し,その事例 と応用結果について紹介した.先進医療機器や人間の 指先感覚の計測など,これまでセンシング技術が適用 されなかった新しい分野へのデバイス応用について, その可能性は十分に開かれている.狭小な空間や体内 でのセンシングを目指す「細胞化センサ」では,各応 用に向けた課題解決,特に実装方法の開発が最も重要 である.また,デバイス単体においては,小型化と高 性能化の両立は今後一層重要な開発課題になると予想 される.超低侵襲の実装技術が開発・適用されること で,各種機械や生体などの埋め込み対象と細胞化セン サの共存が可能となる. 謝辞 本研究の一部は,それぞれJST-CREST (グ ラント番号JPMJCR1531),JSPS科研費(25289104, 17H01271)の支援を受けて推進されたものである. 文 献[1] J.A. Stankovic, “Research directions for the Internet of things,” IEEE Internet of Things Journal, vol.1, no.1, pp.3–9, 2014.
[2] R. Bogue, “Towards the trillion sensors market,” Sen-sor Review, vol.34, no.2, pp.137–142, 2014. [3] K. Mercer, L. Giangregorio, E. Schneider, P. Chilana,
M. Li, and K. Grindrod, “Acceptance of commer-cially available wearable activity trackers among adults aged over 50 and with chronic illness,” JMIR Mhealth Uhealth, vol.4, no.1, e7, 2016.
[4] 前中一介,“絆創膏型人体活動モニタリングシステム,”人
工臓器,vol.42, no.1, pp.88–92, 2013.
[5] 口行平,C. Alex, “絆創膏型生体センシングシステム,”
電気学会誌,vol.136, no.3, pp.143–146, 2016. [6] H. Mori, H. Takao, H. Kobara, N. Nishiyama, S.
Fujihara, T. Matsunaga, M. Ayaki, and T. Masaki, “Precise tumor size measurement under constant pressure by novel real-time micro-electro-mechanical-system hood for proper treatment,” Surgical En-doscopy, vol.29, no.1, pp.212–219, Jan. 2015. [7] Y. Maeda, K. Maeda, H. Kobara, H. Mori, and H.
Takao, “Integrated pressure and temperature sensor
with high immunity against external disturbance for flexible endoscope operation,” J. Appl. Phys., vol.56, no.4S, pp.04CF09-1–6, March 2017.
[8] Y. Maeda, K. Terao, F. Shimokawa, and H. Takao, “A MEMS hardness sensor with reduced contact force dependence based on the reference plane con-cept aimed for medical applications,” J. Appl. Phys., vol.55, no.4S, pp.04EF11-1–6, March 2016.
[9] R. Kozai, K. Terao, T. Suzuki, F. Shimokawa, and H. Takao, “A novel configuration of tactile sensor to acquire the correlation between surface roughness and frictional force,” IEEE MEMS 2015, pp.245–248, 2015. (平成 29 年 7 月 12 日受付,12 月 11 日公開) 高尾 英邦 2014年より香川大学工学部教授,微細 構造デバイス統合研究センター長.2015 年 から JST-CREST 研究代表者.1991 高松 工業高専電気工学科卒.1998 豊橋技術科学 大学大学院博士後期課程了.博士(工学). 一貫して機能集積型マイクロセンサの研究 に従事. 森 宏仁 1996年徳島大学医学部卒業後,香川大 学医学部大学院分子情報制御医学博士課程 修了.2011 年から香川大学医学部消化器・ 神経内科講師.消化器内視鏡と腹腔鏡のコ ンビネーション手術 (LECS) と軟性内視鏡 手術 (EFTR) を中心に研究中. 前田 祐作 2012香川大学・工卒.2017 同大大学院 博士後期課程了.博士(工学).2017 年よ り香川高等専門学校機械工学科助教.現在, 医療用をはじめとする各種センサデバイス の研究に従事. 綿谷 一輝 2016香川大学・工卒.2016 同大大学院 修士課程知能機械システム工学専攻入学. 現在,高分解能触覚センサデバイスの研究 に従事.
寺尾 京平 2002京都大学・工卒.2007 東京大学大 学院博士後期課程了.博士(工学).2013 年より香川大学工学部准教授,2014 年よ り JST さきがけ研究者,2015 年より微細 構造デバイス統合研究センター副センター 長.現在,シングルセル・単分子操作解析 の研究に従事. 下川 房男 (正員) 1983長岡技術科学大学大学院工学研究科 電子機器工学専攻修了.同年日本電信電話 公社(現 NTT)入社.2010 年より,香川 大学工学部教授.現在,副学部長.マイク ロファブリケーション技術を用いた植物の 生体情報センシングに関する研究に従事. 前田 光平 2013香川大学・工卒.2015 同大大学院 修士課程了.修士課程において NOTES に向けた圧力・温度集積化センサの研究開 発に従事.2015 年より四国計測工業(株) 勤務. 香西 亮吾 2014香川大学・工卒.2016 同大大学 院修士課程了.修士課程において高分解 能 MEMS 触覚センサの研究開発に従事. 2016年から三菱電機(株)勤務.