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日本語における感謝の方法 -申し出と依頼の会話分析から-

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日本語における感謝の方法

-申し出と依頼の会話の分析から-

The way of expressing appreciation in Japanese: an analysis of offering and granting

for request sequences

岸本 健太

1

Kenta Kishimoto

1

1

関西学院大学大学院言語コミュニケーション文化研究科

1

Kwansei Gakuin University Graduate School of Language, Communication, and Culture

Abstract: It is commonly known that “sumimasen (a term of apology)” can be used as a term of appreciation in

Japanese and many studies have attempted to explore in what occasions people use “sumimasen” instead of “arigatou (a term of appreciation)” when they express their appreciation. However, it has been rarely discussed whether these two terms actually serve in the same way. In addition, it is not yet clear when and how people express appreciation in Japanese. Hence, this study investigates how people do appreciation in Japanese conversation. The initial observation of our data collected from everyday conversations, most of appreciation appears at the next position of offering or granting for request. Based on the detailed analysis, we illustrate sequential positions and compositions of appreciation.

1 はじめに

われわれは,普段どのようにして相手に感謝を行 っているのだろうか.感謝という行為は,普段なに げなく行われているものの,社会生活を営む上で欠 かすことのできない要素の1つと言える. ところが,日本語における感謝のやり方は幾分, 複雑さを抱えているようだ.三宅(1993)や山本(2003) をはじめとした研究では,日本語学習者が,「ありが とう」と「すみません」を誤用してしまうことが少 なくないことを指摘しており,学習者にとっては, 入門期に学習する項目であるにもかかわらず,「何気 なく」で済ますことができない問題であると考えら れる. そうした背景もあり,これまで多くの研究が,日 本語における感謝の場面で,どのようにして「すみ ません」のような詫び表現と,「ありがとう」のよう な感謝表現を使い分けているのかを明らかにしよう としてきた. そういった研究の結果として,三宅(1993)は,親疎 関係が表現選択に最も強く影響を与え,親しくない 人には「すみません」を使う傾向にあるとし,感謝 の対象となる行為の負担度合いや自分への利益がも たらす影響は親疎関係ほどではないとしている.他 及されず,感謝対象となる行為の種類が最も強い要 因であり,極めて負担が大きい場合のみ,負担が優 先されるとしている, こうした従来の研究は,上記の2つに限らず,結 果の異なりが多く見られる.そのため,表現選択の 要因が何にあるのかがあいまいなままで,知見の蓄 積が十分でないように思われる. また,一般的に「感謝の場面で詫び表現が用いら れる」とされているが,本当に感謝の意味で用いら れているのか,という点について議論する研究は非 常に少ない.アンケート調査にせよ,談話分析にせ よ,研究者の側が「すみません」を「感謝」として 分類しているが,そこに先入観が含まれていること は否定しがたい. とはいえ,どうやら日本語母語話者は学習者の「あ りがとう」と「すみません」の誤用を判断すること はできるようで,間違った使い方をすれば,そこに 違和感を覚えるのだと考えられる.しかしながら, 従来の研究の結果を見ると,「すみません」を使うの か,「ありがとう」を使うのかは,時と場合によって 異なるだけでなく,人によっても違うとされている. では,そうしたあいまいさの中で,果たしてわれわ れはどのようにして「正用」と「誤用」を見分けて いるのだろうか. 人工知能学会研究会資料 SIG-SLUD-B803-01

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ありがとうでしょ」や「ありがとうに置き換えられ るすみませんは,全部ありがとうのほうがいい」と いう意見もしばしば見受けられる.そうした意見は, 日本語学習者に限ったものではなく,日本語母語話 者をも対象としているだろう.つまり,学習者に限 らず母語話者であっても,誤用とまではいかずとも, 違和感のある使用がなされることがあるのだと考え られる. そこで,本研究では,従来の研究が抱え続けてき た「すみません」と「ありがとう」が選択的である, という前提から脱却し,会話分析の手法と視点から, そもそも「いつ,どのように感謝を行っているのか」, つまり感謝という行為がどのような位置で,そして どのような構成で行われているのかに焦点をあてて いきたい. 今回は,データの中で感謝が多く観察された「申 し出(offer)」の場面と,「依頼(request)」の場面に注 目して分析を行い,それにより,「すみません」が実 際に感謝の意味で用いられているのか,といったこ れまであまり中心とされてこなかった部分について も議論を行いつつ,日本語における感謝の様相の一 端を明らかにしたい.

2 データ

今回対象としたデータは,関西にある大学の共同 研究室でのやりとりを収録したもの(事例1・事例 8:2014 年,事例2:2018 年),10 年来の友人同士 の食事の様子を収録したもの(事例3:2014 年 a, 事例4・事例5:2016 年,事例6:2014 年 b),ある 大学の生協で収録したもの(事例7:2014 年)の 6 種類で,合計8 事例を取り上げる. デ ー タ の 書 き 起 こ し は , 西 阪 ら(2008) お よ び Mondada(2014)を参考に行った.主な記号は表1を参 照されたい.

3 分析

どのような位置で感謝が行われるか,という問題 は,直前の行為によって大きく左右される.Clayman & Heritage (2014)は,受益者としての立場(benefactive stance)を表明する方法として,”Thank you” など, 感謝の意を明示的に示すことや,”lovely” や”that’s

most kind of you” などの感謝的な評価を用いること, そして相手に別の何かをもって「お返し」をするこ となどを挙げており,それらが行われる位置は,申 し出では申し出に続く第二の位置,依頼では行為の 実行の後,すなわち第三の位置であることを報告し ている. そうした視点をもとに,筆者のデータを観察する と,日本語における感謝は,申し出,依頼を問わず, そこで行われる行為の完了/未完了に依存する傾向 にあるように見られる.これについて,事例ととも に説明していこう.

3.1 申し出における感謝の位置

まずは申し出について3つの事例を見ていきたい. 次の事例1のように,「すでに」差し出された申し出 (05 行目)に対しては,Clayman らの指摘通り,申 し出に対する第二の位置で,「すみません,いつもあ りがとうございます(07, 10 行目)」と感謝を明示的 におこなっている. 事例1: J が撮影協力者用においていたお菓子を S にわたす場面 *行番号のない丸括弧の行は,上の行における身体動作を示す 01 J :(3.7) ((お菓子の方へ近寄る)) 02 J :(0.6) ((お菓子を掴んで振り返る)) 03 J :[(2.4)((S の方へ近寄っていく)) 04 S :[(0.9)((一瞬 J へ視線を向け,すぐに戻す)) 05 J -> :せとうちさんどうぞ:[:’ 06 S -> : [あ!= 07 S -> :=[¥ す い h ま [せん, ((体を引きながら))= 08 J : [aha hah hah hah

09 M : [AH hah hah hah hah hah 10 S -> :=[*いつもありがとうございます’¥

(S) : *(raise) - - - +(pinch) 11 J : [+い h い h で h す h い+h い h で h す

(J) : +(hand out _ hold)

一方,事例2のような,「これから」行う予定の申 し出(01 行目)に対しては,「お願いします(03 行 目)」といった依頼の表現をもって申し出の受領を示 している. 事例2:O が I にスピーチ用の原稿の見本を送ると伝える場面 01 O -> :あ,スピーチはあとでメール送っとくわ. 02 :(0.4) 03 I -> :あ:,そうね.=>また<お願いします. = 04 I :=huh huh .huh .huh

また,事例3では,「水がいい,お茶がいい,みん 記号 意味 記号 意味 [ ] 発話の重複 h 呼気 = 前後の発話が間髪なく続く .h 吸気 (数字) 沈黙の秒数 . 下降調の音調 ¥ 笑っているような発話 , 継続調の音調 : 音の伸び ? 上昇調の音調 下線 発話の強調 ' やや上昇調の音調 表1.発話の書き起こし記号

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などうする(01 行目)」という選択型の質問を用いた 申し出に対し,第二の位置では「あ,水が(05 行目)」 というふうに,質問自体に応じることに志向してい る様子が見受けられる.また,09 行目の「お茶がい い人おったらあと2 秒以内にいってな」に対しては 「水で」という応答がなされている.それらの位置 では「応答」に留まるものの,その後,「あいよー」 と水が置かれたあとには,「ありがとなす(19 行目)」 や「ダンケシェーン(20 行目)」といった感謝が行わ れている. 事例3:食事の準備中,A が飲み物は何がいいかを聞く場面 01 A -> :水がいい?=お茶がいいみんなどうする? 02 :(0.3) 03 A -> :俺とりあえず水いれていってんねんけど. 04 :(0.2) 05 S -> :あ,[水が. 06 O :[あ,あ俺自分でお茶いれたから. 07 :(1.2) 08 O :いいよ. hhh 09 A -> :お茶がいい人おったらあと2秒以内にいってな. 10 :(1.8) 11 K -> :水で. heheh 12 A :[はい. 13 S :[huh 14 ((約 8 秒中略)) 15 A -> :あいよ:: ((1 つめのグラスを置きながら)) 16 S :(0.2) 17 S :[(でてた) ((足元の何かを片付けながら)) 18 A -> :[あいよ::. ((2 つめのグラスを置きながら)) 19 S -> :ありがとなす. 20 K -> :ダンケシェ:ン 3つの申し出の場面をみると,少なくとも日本語 においては申し出そのものよりも,その実質的な行 為の実行が重視されていると考えられる.事例1で は申し出とともに実行が開始されており,それに対 する第二の位置で受領すると,「お菓子の申し出」に かんするやりとり全体が完結する.そのため,今こ こで感謝することは,十分に自然である上に,ここ を逃せば感謝をしにくくなると言えるだろう. 他方,事例2では「スピーチ(の原稿)の申し出」 については,その場で完結するものではなく,メー ルの送信によって完結するものである.もし,それ がなされる前に「あらかじめ」感謝をすると,相手 に実行を強く迫るものとも理解されかねず,そうし た点においても実行の後に感謝をする方が適切であ ると考えられる.事例3もその点においては同様で, 感謝はなく,その質問への応答に留まっていた.そ して,その後「あいよー」と水が差しだされた際に 感謝が行われている. このように,申し出それ自体が差し出す行為を伴 うものと,そうでないものの間には大きな違いがあ る.少なくとも日本語においてはそれらが区別され, 感謝を行う際には,申し出内容の行為の完了に志向 し,未完了の場合には感謝ではなく依頼の表現が好 まれると考えられる.

3.2 依頼における感謝の位置

依頼という行為は,Drew&Couper-Kuhlen(2014)で も述べられるように,毎日のように,そしていたる ところで,発話に限らず,時には身体動作のみでも 行われている.とはいえ,われわれは依頼が達成さ れたとしても,そのすべてに感謝を行うわけではな く,むしろ感謝をしないことの方が多いとも言える. 先述の通り,Clayman らによれば依頼においては 第三の位置で感謝をはじめとした,受益者としての 立場を表明するとされている.事例4における「そ の鍵とって」という依頼(01 行目)に対する実行(02-05 行目)と,それへの「サンクス」という感謝(06 行目)はまさにそうしたものだと言える.一方,事 例5のように,「財布取って(01 行目)」という依頼に 対する実行(03-07 行目)の際,「何はいってんの? (06 行目)」という質問が行われることによって,第 三の位置が失われることもある. 事例 4:ビール瓶のふたを開けるために試行錯誤している場面 (N から K への,O(大井)の近くにある鍵の使用の提案後すぐ) 01 K -> :あ,大井,ちょ,その鍵とって:. 02 O -> :(3.1) ((振り返って鍵を取る)) 03 O -> :(0.9) ((振り向いて鍵を差し出し始める)) 04 O -> :ほれ. 05 :(0.2) ((K と O の手が近づく)) 06 K -> :サン(.)クス ((「クス」で受け取る)) 事例 5:歯でふたをあけると歯がダメになるという話のあと 01 S -> :そこの,俺の,財布を取っておくんなせ. 02 K :(0.6) ((まわりを探す)) 03 K :こいつ? ((財布に手を伸ばしながら)) 04 S :>それ< 05 K -> :(0.6) ((財布を取る)) 06 K -> :なんか入ってんの? 07 K -> :(1.1) ((財布を差し出す)) 08 S -> :えぇ?いや,鍵があるから鍵で.((受け取る)) 09 K :あ::.

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Schegloff (2007)は,隣接ペアが後方に拡張される 場合,事例4のように第三の位置で連鎖を終わらせ るようなものと,事例5のように連鎖をつづけよう とするものがあると指摘する.つまり,「すぐに」実 行できる依頼においては,適切に感謝を行うことの できる位置は,質問などの機会としても利用でき, なにかしらの理由でそうした行為が行われる場合に 感謝がなされないと考えられる. 他方で,事例6のような時間を要する依頼では連 鎖の構造に違いが生じる.「水よろしく(01 行目)」 という依頼に対して,どういった種類のものかを確 認するやりとり(05-14 行目)が行われるものの,そ の受領に対してK は何も示さず,N が戻ってきた後 に,「水こうてきた」と水の手渡しを受けてはじめて, N に感謝を行う. 事例 6:遅れてくる H を,N(なっちゃん)が迎えにいくところ 01 K -> :なっちゃん,水よろし h く huh 02 S :huh [水よろ h し huh 03 N : [は?

04 K :huh huh [.huh .huh 05 N : [水? 06 K :みず. 07 A :[u#ええ[え:# 08 N :[(どんくらい?) 09 S : [水あるよ. 10 M :いろは[す:? 11 S : [あ,みずは ne 12 K :や,[でっかいペットボットルで <いっぽん>.= 13 O : [<ねっむい> 14 K :=たぶんそっ[ちのほうが安いし. 15 ((約 20 分省略)) 16 N :ただいま. 17 T :実際安い! 18 H :おひさしぶり:’ 19 S :うお[おひさしぶり: 20 K : [うわ:超ひさしぶり 21 N -> :[みず:. 22 A :[これでなっちゃんが一人だけ帰ってきたら 23 A :めっ[ちゃお[もろかっ[たのに[な h hah 24 S : [huh huh

25 T : [HAH hah hah

26 N : [hah hah hah 27 K : [HAH hah 28 H :なんて? 29 K :いや俺[も一瞬さあ,>なんや<= 30 A : [.hih 31 K :=ただい[ま:って言うから= 32 N -> : [°水こうてきた(で)° 33 K -> :=あ:! あざっす. 以上の3つの事例にみられるように,依頼におい ても申し出と同じく,「まだ」行われていない行為に 対して感謝はなされない傾向にあると言えよう.特 に申し出と違って依頼は,対象となる行為が「すで に」差し出されているということはありえない.そ のため,依頼が第一の位置,実行が第二の位置,と いう構造は基本的に避けられず,感謝を行う位置は 必然的に不安定な第3の位置となる. しかしながら,依頼対象の行為が「すぐに」実行 できない場合,依頼の承諾から実行までに時間的, 連鎖的な隔たりが生じる.そうした隔たりが生まれ ると,依頼の実行は「すでに」差し出された申し出 (事例1)に近いものとなり,第二の位置が依頼者 にあてがわれることで,感謝のための位置が確保さ れやすくなると考えられる.

3.3 どのように感謝をするのか

ここまで,申し出と依頼の場面における感謝場面 と,そうでない場面を比較しながら,「いつ」感謝が 行われるのかについて分析をおこなってきた.結果 として,そもそも感謝をする,しない,というのは 個人の意識によるものではなく,会話の連鎖構造上, 感謝をする位置があるか否かによる部分が大きいこ とが分かった.また,その位置はおおむね2つの要 素によって決定されていると言える.1つは,いつ 実質的な行為が実行されるのかという点,もう1つ は,申し出や依頼と実行の間に隔たりがあるか,と いう点である. 一方,感謝の表現としては,「すみません,いつも ありがとうございます」という詫びと感謝の表現を 併用するものと,感謝の表現のみ,という2種類が 見られた. 従来の研究の多くは,詫びと感謝の表現の選択に ついては見るものの,山本(2003)のように,併用は一 般的ではないとし,例外的な用法である併用につい ての研究は非常に少ない.しかし,実際の会話では このような併用は少なからず観察されるもので,本 当に例外なのか,それともただ単に従来の研究の視 点では説明がつかないのか,疑問が生じる. そうした疑問を踏まえて,ふたたび事例1を振り 返りたい.ここで行われている「あ,すみません, いつもありがとうございます」は,「(いつも)あり がとうございます」という感謝の表現だけでも問題 がないように感じられる.また,「すみません」とい う詫び表現は,「今ちょっとダイエットしてて」など の断りにもつながるもので,それ自体は決して感謝

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を表現しているとは言えない. 事例1(再掲) 04 S :[(0.9)((一瞬 J へ視線を向け,すぐに戻す)) 05 J -> :せとうちさんどうぞ:[:’ 06 S -> : [あ!= 07 S -> :=[¥ す い h ま [せん, ((体を引きながら))= 08 J : [aha hah hah hah

09 M : [AH hah hah hah hah hah 10 S -> :=[*いつもありがとうございます’¥ (S) : *(raise) - - - +(pinch) Schegloff (2007)が言うように,隣接ペアにおける 第一成分が開始されると,それに対する応答が期待 され,選好される応答(申し出に対する受領や承認 など)は遅れることなく,すぐに単純な形で産出さ れる.対して,選好されない応答(申し出に対する は拒否など)は,間をあけたり,遠まわしな表現を 使ってやわらげたりするとされている. これに沿って事例1の応答を考えると,実際にお 菓子を受け取っていることからも,選好される応答 であると言える.その一方で,「すみません」という 詫び表現を用いて,すぐに受領の意思を示しておら ず,選好されない応答の特徴も兼ね備えている.で は一体,なぜ「ありがとう」だけで済む感謝を,こ うした回りくどい方法で行うのだろうか.これには, 申し出という行為自体の特徴が関係しているのでは ないかと考えられる. これまで見てきたように,依頼は行為を受ける側 が開始するものであるが,申し出は行為を行う側が 開始するものである.事例1で S は,J がお菓子を 持ってきている様子を一瞬見ていることからも,自 分にそれが渡される可能性は十分に予想可能だと言 える.しかし,もし予想していたとすると,「もらえ ると思っていた」という風にとらえられる可能性が 生じ,あつかましいと思われる可能性もある.だか らこそ,その可能性を排除するために,「あっ」と今 気づいたことを示した上で,さらに「すみません」 という詫びの表現を用いることで,「すぐに」受領し ないという,ある種の奥ゆかしさ,遠慮している感 を醸し出しているのではないだろうか. 感謝との併用ではないが,事例7でも申し出に対 する応答に詫びが用いられている.「これ出してきて いいですか?」に対して,B は A の左手にある封筒 をみながら「うん」と応じるが,A の右手が自分の 方の封筒に向かっていることに気づいたためか,即 座に身を引きながら「あっ」とまさに今気づいたこ とを示しつつ,「ごめんね,お願いします」と付け加 事例 7:新人の A が,ベテランの B に封筒を出していいか尋ねる 01 A :+これ出してきていいです+*か? (A) :+右手を B の前へ +封筒にふれる (B): *A に視線を向ける 02 B :+うん.= (A) :+封筒を手元に引き寄せる 03 B :*あ,ごめんねお願い+しま::. (B) :*体を引く (A) : +封筒を重ねて移動する 話し手が新人であるということからも,「これ出し てきていいですか?」は,「自分の封筒を出してきて もよいか」という確認要求や許可要求ともとれる. だからこそ「うん」と確認ないしは許可を与えてい る.そうだと言えるほかの理由として,その後に「あ っ,ごめんね,お願いします」と付け加えているこ とが挙げられる.もし最初から申し出だと思ってい たのであれば,「あっ」と今気づきを示し,あえてこ の時点で身を引くことも不自然と言える.この事例 からも,申し出に対して「何もはさまずに」直接, 選好される応答を行うことは避けられているように 思われる. また,もう1つの特徴としてこれらの事例におけ る「すみません」や「ごめんね」は,それが何に対 する詫びであるかが,あまり明確にされていないこ とにも留意したい.事例8の「すみません,わざわ ざ」は,明らかに相手に手間をかけさせたことへの 詫びととれるが,直前の「すみません,ありがとう ございます」では,「わざわざ」は使用されていない. こうした点からも,申し出への応答に対する詫び表 現は,それ自体が強い詫びの意味を持つというより も,むしろ,すぐに感謝の言葉を産出しないために, なかば慣例的に用いられているのではないだろうか. 事例 8:教員 O が S に頼まれていたアンケートを持ってきた場面 01 O -> :+ふたりだけですけど. 02 S -> :あ:!すみませんありが[とうございます:. 03 O : [であの:, 04 O :いやいや. 05 O :あの:みんな持ってくると思ってたから( ) 06 S -> :あ!いえいえいえいえすみませんわざわざ:. 事例2や事例3のように,申し出に対して詫びが 用いられない場面も多く見られるが,もしかすると, これこそが従来の研究が対象としてきた「表現の選 択」なのかもしれない.つまり,申し出に対する「お 願い」や「ありがとう」だけでは,「あつかましい」 などと思われかねない相手や状況だという意識が,

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表現に表れているのではないだろうか. 他方で,依頼の場面においては,今回扱っていな いデータの中でも詫びと感謝の併用は見られておら ず,申し出に比べて併用事例が非常に少ないと予想 される. 申し出の実行に対しては,前述のように予想外で あることや,遠慮している感を出すことが礼儀につ ながりうるが,依頼においては,その実行は自分が 依頼したものであり予想外ではない.むしろ遠慮す べきは依頼時であり,「〇〇さん,すみません,~し てもらえませんか?」といった依頼の表現は非常に 多い.事例7のように申し出に対して依頼で応える ような場合でも,依頼表現の前に詫びが挿入された りするように,依頼場面においては,その実行に対 してよりも,依頼する際に詫びを挿入することが, 奥ゆかしさや遠慮につながるのだと考えられる. 以上のことから,申し出においてはその受領を予 想外であり,遠慮すべき事柄であることを示すため に感謝の前に詫び表現が挿入され,依頼においては その依頼時に,それが遠慮すべきであることを示す ために依頼表現の前に詫びが挿入される傾向にある のだと考えられる.

4 おわりに

本研究では,「すみません」と「ありがとう」が使 い分けられている,という従来の研究の視点から離 れ,全く異なる視点から「いつ,どのように感謝が 行われるのか」という問いについて,自然会話デー タの分析と議論を行ってきた. 今回は,データの中でも特に多く見られた申し出 と依頼の場面を取り上げた.結果として,「いつ」感 謝を行うのかという点については,申し出場面では Clayman らの主張と同じく,第二の位置で行われて いたが,他方で依頼場面では,基本的には Clayman らの主張通り第三の位置で行われつつも,依頼と実 行の間に時間的,連鎖的な隔たりがあればあるほど, 申し出と同様の構造として理解可能になり,第二の 位置で感謝が行われることが確認された. 加えて,感謝をするかどうかについては,連鎖的 な位置だけでなく,行為の実行がなされているかど うかも重要な要素の1つと言える.感謝をする側は, 申し出もしくは依頼対象の行為の実行を受けて感謝 を行っており,行為の実行前であれば,申し出では 第二の位置で感謝の代わりに「お願いします」のよ うな依頼表現が用いられ,依頼では第三の位置で特 に何も示さなかったりする傾向にあることも明らか になった. また,「どのように」感謝を行うのか,という点に ついては,申し出場面の「すみません,ありがとう」 および「ごめんね,お願いします」といった,詫び 表現を併用する応答を対象に分析と考察を行った. その結果,「ありがとう」や「お願いします」は選好 される応答であるにもかかわらず,その直前にあえ て詫び表現を挿入し,やや複雑な形で応答を組み立 てることで,奥ゆかしさや遠慮している感を出して いる可能性があることがわかった. 従来の研究では,「すみません」と「ありがとう」 が並列関係にあると考えられてきた.しかし,本研 究を通して,その2つは別個の役割を持っているこ とが明らかになり,「ありがとう」と似た位置で用い られているのは「お願いします」のようにも考えら れる. 現在,「すみません,ありがとう」に類似する「う れしい,ありがとう」のような事例も観察できてお り,今後は「うれしい」のような自身の心情を示す 言葉が,詫び表現と選択的に用いられている可能性 と,それらがどういった志向によって使い分けられ ているのかについても検討していきたい.

参考文献

[1] Clayman S., Heritage J.: Benefactors and beneficiaries: Benefactive status and stance. In Drew P., Couper-Kuhlen E. (Eds.), Requesting in Social Interaction, pp. 55-86, Amsterdam: John Benjamins, (2014)

[2] Drew P., Couper-Kuhlen E.: Requesting – from speech act to recruitment. In Drew P., Couper-Kuhlen E. (Eds.), Requesting in Social Interaction, pp. 1-34, Amsterdam: John Benjamins, (2014) [3] ロング クリストファー: 日本語の「感謝」における 謝罪表現とそれを規定する要因, Lingua, 8, pp. 19-38 [4] 三宅和子: 感謝の意味で使われる詫び表現の選択メ カニズム-Coulmas(1981)の indebtedness「借り」の概念 からの社会言語学的展開-,筑波大学留学生センター 日本語教育論集, 8, pp. 19-38, (1993)

[5] Mondada L.: Conventions for multimodal transcription, https://franzoesistik.philhist.unibas.ch/fileadmin/user_upl oad/franzoesistik/mondada_multimodal_conventions.pdf, (2014) [6] 西阪仰, 串田秀也, 熊谷智子: 特集『相互行為におけ る言語使用:会話データを用いた研究』について,社 会言語科学, 10(2), pp. 140-152, (2008)

[7] Schegloff E.A.: Sequence Organization in Interaction: A Primer in Conversation Analysis, Cambridge: Cambridge University Press, (2007)

[8] 山本もと子: 感謝の謝罪表現「すみません」-「すみま せん」が感謝と謝罪の両方の意味を持つわけ-,信州 大学留学生センター紀要, 4, pp. 1-13, (2003)

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