租税政策形成過程の分析 : 市町村民税所得割の課税方式の統一を事例に
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(2) 80. 市町村民税所得割の本文方式および但書方式のイメージ. 図1 本文方式 課税標準額. 扶養控除. 生命保険料 社会保険料 控 除 控 除. 医療費 控 除. x市町村民税の税率(準拠税率2∼14%). 雑損控除. 基礎控除. 税額控除. 所得割額. 税額控除. 所得割額. 但書方式. x市町村民税の税率(準拠税率2∼14%) 出所:税制調査会(1964),p.486より引用. あったためf十分に論じることができなかっ. 式となり,最後には課税方式が本文方式に統一. た.また,用いた資料についても十分とはいえ. されるという変遷をたどった.. なかった.そこで,本稿においては課税方式の. 図1は本文方式と但書方式のイメージを示し. 統一を中心に,自民党・大蔵省・自治省などの. たものである.本文方式の課税標準は総所得金. アクター−PSの関係だけではなく,アクター(特. 額等から各種控除を行ったのに対し,但書方式. に自治省)が1963年11月に行われた総選挙前. は基礎控除のみを行った.このためT両者を比. 後の「世論」を利用し,どのようにして課税方. 較すれば,総所得金額が同じであっても税負担. 式を本文方式に統一したのかを明らかにする.. は前者より後者の方が重くなった.また,五者. 本稿は次のように構成されている.2におい ては議論の前提となるシャウプ勧告以降の市町. 択一の課税方式における第二課税方式(課税標. 村民i臣制度と市町村民税所得割における市町村. 法に市町村が準拠すべき準拠税率を定め,具体. 聞負担不均衡の状況について確認する.3にお. 的な税率は市町村が条例で定めることとした.. いては課税方式の統一...一とアクダー聞の関係につ. なお,課税標準の算定は1962年度分から変更. いて論じる.4においては課税方式の統一に伴 う減収に対する補填措置とアクター聞の関係に. された3}.. 準が所得税課税総所得金額)と同様に,地方税. 以上のような課税方式と準拠税率に基づく市. ついて論じる.5においては市町村民税所得割 における市町村聞負担不均衡とr世論」につい. 町村問の負担不均衡の実態を世帯ベースで示し. て論じる.6は結語である.. 円の標準世帯(夫婦,子3人)について見ると,. 2.二者択一の翼税方式と帯蓄村間負担不均衡. 課税方式の統一について論じる前に,議論の. たものが表1である.給与所得者で年収50万 本文方式で準拠税率通り課税した場合の所得割 額(基準額)は2,630円であったのに対し,但 書方式で準拠税率の場合の所得割額(基準額). 前提となるシャウプ勧告以降の市町村昆税制度 について確認しておきたい.シャウプ勧告以降. 3)藤田(1978).pp.317L319,丸山(1985),. の市町村民税制度については拙稿(2008)にお. PP.526528,および今井(1993), PP.601.また,自. いて述べたので詳しくはそちらに譲るカS,市町. 村民税所得割の課税方式はシャウプ勧告に基づ く3種類の課税方式に但書方式を加えた五者択. 一の課税方式から.5種類のうち3つを廃止し た本文方式と但書方式からの二者択一の課税方. 治省税務局編(1964)によれば,この制度変更の 際に道府県民税の課税方式も改められ,市町村民 税の本文方式と同様に,総所得金額等から各種の 所得控除を行って課税総所得金額等を算定する方 法に改められることとなった.なお,藤田(1978). によれば道府県民税においては所得金額の区分 は法定され,税率も標準税率とされた..
(3) 表11963年度における市町村民税所得割の税負担 基準額. 「満. 基準額(A). ∼(A). ∼(A). ∼(A). ?P.5倍. E2倍. ?Q.5倍. ∼(A). (A). y3倍超. ゥ3倍. 本文方式. 15. 538. 59. 25. 16. 5. 0. 但書方式. 85. 653. 811. 562. 403. 184. 61. 注1:標準世帯の給与所得者について,各市町村ごとに税率および控除を適用して所得割額を算出しtこれを基準額 と比較したものである.. 注2:基準額とは準拠税率によって算出した所得割額である.なお,本文方式においては2,63⑪円,但書方式において は4,830円である.. 単位:市町村数 出所:地方財務協会編(1964),p.111より引用. 表2 1963(昭和38)年度における市町村民税所得割の高額負担市町村 市町村民税. 基準額に. 順位. 都道府県名. 市町村名. 1. 滋賀県. 安曇川町. 12,555. α44. 18,120. ホする倍率 6B9. 2. 島根県. 仁多町. 14,032. α32. 17,790. 6.76. 3. 島根県. 頓原町. 6ρ06. α19. ユ7,290. 6.57. 4. 長野県. 下条村. 5,016. 021. 17,140. 6.52. 5. 新潟県. 刈羽村. 6,594. 0.33. 16β30. 6.40. 6. 新潟県. 吉川村. 11,005. 0.29. 16,580. &30. 6. 長野県. 喬木村. 8,422. 0.24. 16,580. 6.30. 8. 秋田県. 稲庭川連町. 14,607. 0.20. 16,540. 6.29. 9. 長野県. 木島平村. 7,735. 息23. 16,500. 627. 10. 新潟県. 西山町. 10,926. 0.36. 16,470. 6.26. 人口(人). 財政力指数. 鞄セ割額(円). 注:「基準額に対する倍率jとは,夫婦子3人の年間収入額50万円の給与所得者について,本文方式かつ準拠税率で 計算した市町村民税所得割(2,630円)に対する倍率である. 出所:地方財務協会編(1964),pp,112−113より引用. は4,830円で1.8倍強となっていた.拙稿(2008). 担は,特に交付団体の町村に見られた.表4は. において指摘したように,但書方式の市町村に. 本文方式および但書方式の課税方式の採用状況. おいては準拠税率を超える超過税率を採用して. である.この表よりおよそ8割の市町村が但書. いる市町村が多く,そのため所得割額の負担額. 方式を採用し,なかでも多くの交付団体の小都. が準拠税率の場合の3倍以上に達する市町村が. 市と町村が採用していたことを読み取ることが. 存在した.のみならず,表2において示すよう. できる.. に,本文方式で準拠税率の場合の6倍ないし7 倍に達するような負担を求めている市町村すら. こうした市町村間の負担の不均衡の問題は,. 存在したのである4[.さらに,表3において明. れ検討が行われた.その審議の過程において,. らかなように,但書方式を採用する市町村にお. 公選首長の下における市町村が重い税負担をあ. いては市町村民税所得割の納税義務者の過半数. えて住民から求めている原因は一体どこにある. が所得税の納税義務のない低所得者であった.. のか,不均衡を是正した場合には市町村財政に. こうした但書方式における相対的に重い税負. 1962年の政府税制調査会において取り上げら. どのような影響を与えるのかなどの問題につい て検討が重ねられたが,この問題は地方行政,. 4)地方財務協会編(1964),pp.110−1.. 税制,財政全般にわたって極めて深い関連を有.
(4) s2. 、需要額の調整による普通交付税の傾斜配分や,. 表3 課税方式別納税義務者数 有糞格者 本文方式 但書方式 舎計. 失絡者. 合計 11,747. 超過課税を行っていた市町村の準拠税率採用 に伴う減収に対する特別交付税による補za S)を. 1{藩18. 1,129. 3毒78. 3,990. 7,668. 行っていた.しかし,このことによって本文方. 14.器6. 5,119. 19,415. 式と準拠税率を採用する市町村が大きく増加し. 注主19母年了持1搭現在調査による1963年度分の数. たわけではなかった.そこで,自治省は交付税. 値であ墨.. の傾斜配分による一般財源の増加によって市町. 注2咋有糞襲者」{ま所得税の納税義務者t「失格者」は 所欝税の譲税義務のない者を指す. 単弦:千λ 出所:地方財務協会編(1964),p.114をも. 村民税所得割の減税が可能となるのかを再検討. とに推戒. した調査を行うこととした9〕.. するため,1963年度において市町村を対象と 柴田(1975)によれば,課税方式の統一は,. しているため,超過課税を行っている市町村の. 地方税を所管する自治省税務局に柴田氏が在籍. 超過課税の具体的状況,財政の実態等を十分に. していた1962年からの既定路線でありt準備. 解明した上で結論を出すべきであるとして,そ. が進められていたとされる1°〕.先述したように. の年の12月の答申では問題の解決は見送られ. 同年の政府税制調査会の答申においては課税方 ’式の統一の実現は先送りされたわけであるが,. た5).. 3.課税方式の統一とアクター閏の関係. 翌1963年においては課税方式の統一と標準 税率・制限税率の法定が政府税制調査会などで. その後も引き続き制度変更に向けて自治省税務 局において課税方式の統一について検討されて いたことが地方行政委員会における篠田自治相 と柴田財政局長の発言から伺える・・}.また,篠. 本格的に議論されることとなった.課税方式の. 田自治相の後任の早川自治相は,先述した政府. 統一と標準税率・制限税率の法定は1964年度 から2年閥かけて行われたのであるが,課税方 式の銃一以前にも自治省は市町村に対して,本. 税制調査会における市町村民税の実態調査が公. 文方式と準拠税率を採用するように指導を行っ. の意向を表明していた12}.自治省においては,. てy・f:.しかし,そうした指導では根本的な問. 市町村民税所得割の負担の市町村間不均衡解消. 題撰班はできないという認識を自治省はもって. を3年ないし5年の長期計画で実施するという. 表される以前に,閣議後の記者会見で「市町村 民税の課税方式を数年計画で一本化したい」と. いたことが参議院地方行政委員会における柴田 税務局長の発言から伺えるfi)、. 詣導の過程において,自治省は9種地”以下 の市町村の態容補正係数を引き上げる基準財政. 8)五者択一の課税方式の頃から特別交付税によ る減収補填が行われていた.1957年度に準拠税率 が法定されたが,それに伴う市町村財政の激変を 緩和するため,一定の算定方式によって特別交付 税が交付された.. 5き王携(1963).PP.367.. 9)1963年3月19日の第43回通常国会参議院地. 6)1{瀦年3葺鐙狂の第43回通常国会参議院地. 方行政委貝会における鈴木委員の質問に対する柴. 方行致委慧会に妻』手る聲本委員の質問に対する柴 摂致麿委轟く轟董雀餐務蕎憂}の答弁(国会会議. 治大臣官房参事官)の答弁(国会会議録検索シス. 田政府委員(自治省税務局長)および松島説明員(自. 録検索システム}.. テム).. 7]普運i鍵勇蓉韮を蓮璽する誘董として.市町村. 10)柴田(1975).IL333.. を都宙弦の鐙暴;墓Eずf鍾塾」遮よって区分し ている.なお.鍛孝髭まrξ婁写事籔村の人口・. 11)1963年3月19日の第43回通常国会参議院. 経済構透’宅重乎均鍾搭詣数量墓i準輩Lて.名・市. 町打を1種重から塑鐘種ま誓の蟄童警で区分し ていた. 一. 地方行政委員会における鈴木委員の質問に対する 篠田自治相と柴田政府委員(自治省税務局長)の 答弁(国会会議録検索システム). 12)「朝日新聞(夕刊)」1963年8月2日..
(5) 8s’. 考え方が強かった.これは短期計画の場合はそ. 統一が実施の方向で検討が進められるように. れだけ年度ごとの減収額が大きくなるため,国. なった背景について,拙稿(2008)においては. による減収補填措置それ自体に反対していた大. 1963年11月に実施された総選挙に際して自民. 蔵省の抵抗が強いと予想され,補填財源の目処 がつかないという思惑があったからであった.. 党が掲げた2,000億円減税公約の影響を挙げた’. 最悪の場合は5年計画で国による補填なしで実. は大きかった.. 施することも考えていたようである.また,こ. こうして課税方式が統一される方向で検討が. の頃,産業界の要請と池田首相の意向を背景と. 進められようとする中,8月23日には政府税. して電気ガス税の減税論が高まっていた.電気. 制調査会において市町村民税の実態調査結果が. ガス税減税が行われた場合には税減補填も問題. 公表された.但書方式を採用する市町村におい. が,課税方式の統一に果たした池田首相の役割. となるので,市町村民税所得割の減収補填と重. ては,.その負担が著しく重いこと,市町村を. なることとなり,2つの滅税補填を実施するこ. 異にすることによってその負担にかなりの格差. とは難しいという思惑もあった13).このように,. があることが確認された.これらの市町村は住. 自治省としては課税方式の統一を計画していた. 民負担が重く、しかも行政水準が低い貧弱市町. わけであるが,減収補填の問題もあり,課税方. 村であることが実態調査の結果明らかにされた. 式の統一..一を自治省の意向のみによって行うこと. IG).拙稿(2008)は自治省の資料に基づいて,. は困難であった.. この不均衡を解消することが急務であることが. この早川自治相の発言の数日後,8’月15日 に池田首相は首相官邸に泉大蔵省主税局長を招. 政府税制調査会の一致した意見であったとした. き,輸出振興の税制優遇措置を立案するよう指. 会の意見は実は拙稿(2008)において述べたも. 示すると同時に.住民税を減税し市町村の税負. のとは異なっていた.. 担の格差を是正する必要があると強調した.さ らに,この減税で地方財政が圧迫される場合は. 一.国に所得税を納めなくても,住民税は. 国庫支出を増やし,この穴埋めをすることもや. い地域内での公共の利益を分担するという. むを得ないという意向を漏らし,その代わりに. 意昧で当然のことだ.場所による負担の違. 所得税の大幅な減税については消極的な態度を. いは.議会を通じて住民の了解を得たもの. が,この実態調査結果が公表された地方税制部. 納めなくてはならぬ人が多いが,これは狭. 示しtc i4}.そして、翌日の閣議においては課税 方式の統一の方向で検討することに意見が一一一St. した.その後,池田首相は青森市で開かれた「一. 日内閣(国政に関する公聴会)」後の記者会見 においても,「地方税制の改正は必ず実行した. い.一部に所得税の減税をさきにしろという意 見もあるようだが,所得税をおさめきれない低 所得世帯が過重な住民税に悩んでいることはな んとしても不合理だ」と述べ15},市町村民税所. 得割における市町村間負担不均衡の是正に強い 意欲を示した.. それまで慎重に検討されてきた課税方式の. 15)「読売新聞(朝刊)」1963年9月8日.なお,f朝 日新聞(朝刊)」1963年9月7日によれば「一日内閣」. は一般から政府に対する注文,希望を生の声で聞 こうというものであll ,同日朝9時30分から3時 間半にわたって青森市県立体育館で開かれた.そ の内容はNHKテレビとラジオにおいて約1時間に わたって全国中継された.出席者は池田首相をは じめ,田中蔵相,河野建設相,赤城農相らであった.. また1「朝日新聞(朝刊)」1963年9月8目によれ ば,青森市で行われた「一日内閣」は前年10月の 岡山市に続いて2回目の開擢であった.記事には 「質問者の一老入は『束北地方にこれだけの閣僚が そろったのは明治天皇の行幸以来はじめのことだ』 ということで,首相らのひそかなねらいどおり選 挙対策としての成果もなかなかのようだ」と記さ れている。. 13)金融財政事情研究会(1963a), p、8.. 14)「読売新L聞(朝刊)」1963年8月16日.. 16)臼井他(1963).p.8,中沖(1963), p;93, 地方財務協会編(1964),pp.656..
(6) s4. とみれば.これもある程度はやむを得まい.. た.先述したように,自民党は総選挙に際して. 一.市町村の議会を構成するのは,大半が 農民,商店主など申告所得者で.実質上の 税負担が軽い入たちである.税金を天引き. 2,000億円減税の断行を旗印とする選挙公約を. されて負担が実質上重い給与所得者の意見. 担の軽減を行なう」と謳い鋤,これが「事実上. が政治に反映されることは少なく,住民税. 39年度予算編成の骨組を決めるもの」となっ. への不満がはoきりと出ないことにも問題. た21).. はあろう. . 一.住民税負担の極端な開きは,やはり縮. めてゆく必要があろう.そのためにはいわ ゆるr本文方式」に近いやり方に統一する. 掲げたが,その中で「住民税を本文方式に統一 して,地域による負担の不均衡を是正する等負. 、2,000億円減税が決定された前々日の10月. 14日に田中蔵相は池田首相をたずね,大蔵省 内で主計局は1,500億円滅税案を主張し,主税 局は2,000億円減税案に傾いていることを述べ,. ことだけを実施するのも一怯だ.その場合,. 裁断を仰いだが,池田首相は裁断を保留した. 代りの財源を国がアナ埋めするが,減収分 をそのまま埋めるのではなく,市町村側に. n).その翌日,泉主税局長と佐藤主計局長が首 相官邸においてi,500億円減税案と2,000億円. も支出の切詰めを求めるべきである.これ. 減税案とを提示し,2,000億円減税案を採る場. らの貧しい市町村ほど放漫な財政になって. 合は財源から見て来年度の予算編成がかなり苦. いるところが多いからだ.. しくなると説明したがas),池田首相は2,000億. 実はある程度の市町村民税所得割の負担不均. 円減税を決断し,記者会見で減税規模を発表し. 衡は問題ではなく,急いで統一を図る必要はな. たM).. して消極的意見が多かったのは代わりの財源問. また,由中蔵相はその翌々日の10月18日に 行われた政府税制調査会総会に出席しt「地方. 題の解決が容易ではないと考える委員が圧倒的. 税については来年度の地方財源は相当の自然増. だったからと大蔵省は判断していたようである. 収もあるので住民税の地域による負担不均衡を. IS}.のちに政府税制調査会は,「市町村民税に. 是正し,電気ガス税の引き下げをはかりたい」. ついては,市町村を異にすることにより,その. と方針説明を行った25).なお,蔵相の出席は前. 税負担に著しい不均衡を生ずることとなってい. 例がなかった26}.さらに,同日午後に行われた. る現状にかんがみ,この際,2年度聞で負担の. 第44回臨時国会の財政演説においても,・「明年. 不均衡を是正する措置を講じる.その方法とし. 度におきましては,まず,国民生活の安定向上. いとの意見が部会の大勢であったIT}.全体と. ては.課税方式を本文方式に統一することを主. をはかるため.所得税の減税と住罠税負担の不. 眼とし,あわせて.将来著しい超過課税が発生. 均衡是正,住宅建設を促進するための不動産取. しないように措置Lつつ.現行の準拠税率を標. 得税,固定資産税の減免のほか,電気ガス税の. 準方式に改める方向で合理化を図るjという答. 減税を実施いたしたいと存じます.(中略)以. 申をまとめることになるが坦},検討当初から課. 上の見地から,明年度の税制改正におきまして は,国税及び地方税を通じ,平年度二千億円に. 税方式を統一すべきであるとしていたわけでぱ なかった.. ただし,課税方式の統一に関して政府税制調 査会が果たした役割はそれほど大きくはなかっ. 20)地方財務協会編(1964).p.12,p.50. 21)財政調査会編(1964),p.13.. 五7)「朝日新聞(朝刊)」1963年8月24日. 18)「読売新聞(朝刊)」1963年8月24日.. 22)「読売新聞(朝刊)」1963年10月15日. 23)「朝日新聞(朝刊)」1963年10月16日. 24)「朝日新聞(夕刊)」1963年10月16日. 25)「読売新聞(夕刊)」ユ963年10月18日.. 19)財政研究会編(1983),P,838.. 26)金融財政事情研究会(ユ963b), p、14..
(7) 8s. 近い規模の減税を実施する所存であります」と. み切った31).自治省税務局は減税補給金制度を. 市町村民税の不均衡是正を明言していたm).. やがて交付税の中に統合させようと考えていた. こうした形で総選挙に向けて政府与党が課税. が,自治省財政局との間で話し合いがつかず,. 方式の統一を推進し,政府税制調査会は敷か. 減税補給金を5年間の漸減方式で交付するとい. れたレールに沿って細目を検討すればよいとい. う方法を自治省案として予算要求を行った32}.. う異例の段取りとなった.例年は大蔵省主計局. 一方,大蔵省主計局は課税方式の統一が池田首. の予算査定が終わったところで政府税制調査会. 相の直接の指示であったため正面からは抵抗で. の答申をもとに,大蔵省主計局と主税局で財源. きなかったが鋤,これに伴う地方自治体に対す. 配分をめぐって検討したのであるが,この年は. る減収補填には反対であった卸.また,田中蔵. 通常とは異なる決定プロセスとなったas).この. 相は先述した8月16日の閣議後の記者会見で. 頃,自民党税制調査会は政府税制調査会の答申. 次のように述べていた35).. の後に大綱を決定しており,税制改正の主導権. 「現行では住民税は都会のほうが安く,い. は自民党税制調査会ではなく,政府税制調査会. なかへ行くほど高くなっているが,このよ. とその事務局であった大蔵省主税局が握ってい. うな不均衡は当然、是正しなければならな. たと言われており四〕,中山政府税制調査会長は. い.ただ,いなかの地方団体はほかに財源. 「2,000億減税にはこだわらぬ」と述べていたが. がないので,減税による減収分をどうして. 3°),政府税制調査会の答申がまとまる前に課税. 補てんするかが問題だ.自治省側は国が地. 方式の統一は決まったようなものでありt政府. 方交付税などによってみるようにいってい. 税制調査会の審議と政府に対する答申は形式的. るが,大蔵省としては,それとともに財源. なものとなった、. 調整や地方税の合理化なども考えるべきだ. 4.課税方式の統一に伴う減収に対する. 補填措置とアクター間の関係. と思う」. 田中蔵相は課税方式の統一には賛成ではあっ たが,減収補填のあり方については自治省の考. 課税方式の統一における最大の問題は市町村. えと異なっていた.大蔵省としては,. 民税所得割の課税に但書方式を採用していた市 町村の減収補填をどのようにするかであった.. ①但書方式の廃止による減収分は,建前とし ては地方交付税交付金の傾斜配分の強化な. 先述したように,当初自治省においては市町村. どの操作によってカバーすべき. 民税所得割の負担の市町村間不均衡解消を3年. ②. しかも来年度は国税の自然増収によって地. ないし5年の長期計画で実施するという考え方. 方交付税の枠が増え,市町村税も自然増収. が強かった.これは国による減収補填措置それ. が見込めるので,これらによってある程度 減収分を補える. 自体に反対している大蔵省の抵抗が強いと予想. されたためであった.しかし,池田首相の方 針を受け,自治省は課税方式の統一を2年計画 の短期間で実施し,減税補給金創設の方針に踏. 27)1963年10月18日の第ilL・ll,回臨時国会…衆議院. 本会議における田中蔵相の財政に関する演説(国 会会議録検索システム), 28)金融財政事情研究会(1963d), p.14. 29)佐藤・松崎(1986),pp.1124,木代(1985), PP.47・9.. 30)、金融財政事情研究会(1963d), p.14,. ③. 一方,来年度は公共投資,社会保障など にかなりの予算を割かなければならないの で,巨額の補給金を計上することは難しい. 31)金融財政事情研究会(1963a), P.8. 32)地方財務協会編(1964),p.13,柴田(1975), p.333.. 33)金融財政事情研究会(1963d), p.14. 34)金融財政事情研究会(1963c), P.14.. 35)「朝日新聞(夕刊)11963年8月16目. 36)「朝日新聞(朝刊)」1963年11月7日..
(8) s6. などとして,自治省が求める減収補填措置に難. (1)市町村住民税について,今回の改正. 重を苛…した劉、. 盲譲省と大蔵省との意見対立を反映して,政. により本文方式に統一された場合の 減収額を補てんすることは不適当で. 裏嚢劃譲査会においても意見がまとまらなかっ. ある.すなわち,. 塾.文墓省で溺かれた11月19日の答申起草委. (イ)従来自主的に本文方式に移行した. 員会(中山掻知郎会長、木村元一,松隈秀雄,松. 団体(36、37両年度間にユ08市. 嘗讐燈三部会憂)において地方税減税について. 町村)に対し著しく不公平な措置. 撞討さ義たカミ席上自治省側が①住民税藏税. ’になる.. 量妻蟹で擢填する.②電気ガス税は減税しない. (ロ)地方交付税制度では,ただし書市. ことを骨子にした璽自の滅税案をi提出し,これ. 町村に対しても,すでに本文方式. を轟ぐって議論が縁糾した:’}.拙稿(20⑪S)に. 準拠税率によって課税しているも ・のとして算定された額を配分して. $いて、致麟琵謎調嚢会はこの補填問題の具体 麺蟄糞1ま政麿に委ねるという態度をとロたと述. べた藁こ誤ま蔭爵税劃調査会としての意見統 図ることができなかったためであった.. 一一. そ尋援㊧予算藪衝における滅収補填措置の決 童遇塞にういて{ま拙稿(2eo8)}こおいて述べた. 燈塞i羊しく建そちらに譲る敵予算折衝の際に. いる.従って,たまたま,ただし 書市町村であるからとして.特別 な財源措置をすることは本文方式 市町村との間に不公平を生ずる. (ハ)不交付団体でも約1/4はただし 書方式をとっており,抱方,本文. て簸年1戯こ琵較し.減嚢璽で轟2害匡.. 方式市町村の約8割は交付団体で あって,しかも財政力の非常に強 いものから比較醜富裕なものにい たるまで広く平均聾に分布してい る、GEvて. kだし書市町村が貧. 藁嚢董く糞i議擢嚢慧義蓬珍を含む)に. 一 弱1市町村であると連断することは. 妻㌔・てもt1嚢蓼賛嚢遼璽譲するもの. 誤りである.. 妻轟送ま…軽る.す」嚢妻ち.違嚢叢にお. (二}今園i蓼減税による減」撰が当該毒欝. 挙て董ま籔量.澆蓼匡≡擾董こおいても地方量. 村の財蓮議摸にしめる誌率は,養. 」鷺灘爵・聾奮…撃轟誓家擢璽母伸び率を. んどの穣体(鶯9芋髄〕において§%. 上童麦璋.藷彗こ…醤支董こおいても.額. 未逮である,.ffe(t今痙の減灘. 彗鐘薫婁妻毒るも,鐙と予懇さ義る.. によるショ・?夕を緩穣しようとす. 藁i喜・仁轟i違董こ羅童萎藁毒群」蒙1ま難年. る趣言から癒等かの譜璽をとる必. 藁蓑嚢塁穀r養嚢嚢L.そ硲霞容も違. 要があるとしても.それはショ乎 穿の太きい婁数の穣鐘について母. 弐藁置建次書よう毒反対理密を擾ぽ自治省と. 嚢き蓋き巽立Lた卑 重璽義母戴麓纏てんについて 1.襲睾童燈離.毒璽i藤ま.その規摸におい. 聾妻藷藁莚毒萎霞在璽裏i{藁露ともて. i.護熱.嚢妻で嚢嚢麺つ害轟るべき 翌壼璽馨萎:翼嚢認妻幸τ挙毒璽璽藁童蓬養. み考羅す雑ま墓琴る. (撞瞬 こうし糞蓑澄書と大議書と書簸皇に聾し轟. 嚢嚢霊璽薫謬議薯舞書挙竃蒙璽尋裏う. 蓑…糞書重轟竃書琶}考えを支蓑も綾書たこと轄鍵. 董こ…蓼裏i.. 轟(2ees}建お酔て逮べた遠1}で毒る璽韓縷. で毒毒,. え議曇嚢翼量ま轟議書緩}…誓えを支i馨L隷ナた穀で. 璽}藪i嚢嚢嚢轟{馨繋』雀鑑蓼巽舞蓑}醤.. 竃責義置嚢謄墾…聾嚢養鰻き.蓼違鍵主. あろうSNその璽撰を墾ら薩こする譲講こ,全 璽籔聾会蓼璽き繧嚢轟す萎.董聾こ襲塾て薙謹.
(9) 87. 表4 1963年度における市町村民税所得割の課税方式別採用状況 本文方式 交付. 市. 但書方式. 不交付. 合計. 交付. 合計. 示交付. 合計. 交付. 不均一. 不交付. 合計. ロ税. 人口50万人以上. 6. 4. 10. 0. 0. 0. 6. 4. 10. 0. 人口5万人以上. 90. 61. 151. 107. 3. 110. 197. 64. 261. 0. 59. 10. 69. 206. 7. 213. 265. 17. 282. 1. 町村. 364. 65. 429. 2,405. 36. 2,441. 2,769. 101. 2,870. 0. 計. 519. ユ40. 659. 2,718. 46. 2,764. 3,237. 186. 3,423. 1. 人口5万人未満. 注:「交付」は交付団体t「不交付」は不交付団体を指す. 単位:市町村数 出所:税制調査会(1964),p.487より引用. したように,町村においては8割強が但書方式. 準は低いという矛盾した結果が生じている. を採用しており,課税方式の統一による減収に. のであって,不公平も甚だしい.住民とし. 対して補填措置が講じられるか否かは大きな問. ても行政サービスと税負担のいずれを選ぶ. 題であった.このため,全国町村会は課税方式. かという選択の余地は残されていない.. の統一が実施の方向で検討が進められるように. これは地方税財政制度そのものに欠陥が. なって以降,自民党に対して減収補填措置を講 じるよう主張し続けた.. あるといわねばならない.貧弱団体の財政 力を強化することで自然に解決するという. 全国町村会は.池田首相が課税方式の統一の. ことでは間に合わない.そこで私どもは,. 意向を示す以前の1963年4月の時点では,「準 拠税率や本文方式に戻した場合の減収に見合う. まず税負担の軽減をはかり,これに伴う 諸般の財政措置を契機として問題の根本的. 代り財源は,現行の独立税主義を中核とする 地方税の立前からは簡単にはでてこないであろ. 解決をはかるべきであると考えた次第であ る.. う」という考えであったようであるがSU),池田. 問題は税収減について地方団体事態では. 首相が課税方式の統一の意向を示した後の「昭. 全く対策をたて得ないことにある.貧弱団. 和39年度の地方税制の改正に関する意見」に おいては課税方式の統一と減税補給金制度の創. 体に歳入欠陥を生ぜしめて行政レベルをさ. 設を求め4°),9月27日に行われた自民党税制. 傾斜配分は基本的な対策であるが当面の. 調査会による地方六団体代表に対する意見聴取. 減収にたいする見返りということとは性質. の際には,山本会長が出席し,.課税方式の統一. を異にするであろう.貧弱団体が減税にふ. に関しておよそ次のような意見を述べた41}.. みきるにはどうしても直接的,具体的な補. 来年度に措置すべき第一の問題は住民税. てん財源が前提になると思われる.経過的. のあり方である.住民税の負担が地方団体. な措置として減税補給金の創設を強く要望. 間で大きな格差を生じているのは周知のと. しているのはこの事由にもとつくものであ. ころであるが,問題は財政力の貧弱な団体. る.. ほど負担が重いという矛盾があることから. 住民税の負担軽減は窮極には財政問題で. である.. ある.この点の認識が改革の第一歩である. 従って相対的に重い負担でしかも行政水. とすら考えられるものである.. らにおとすことは不可能であり,交付税の. また,総選挙後には山本会長の後任の河津会 39)全国町村会(1963a), p.3.. 長と各都道府県町村会長の連名で,当選した地. 40)全国町村会(1963b), p.1. 41)全国町村会(1963c), p.1.. 42)全国町村会(1963d), p.1..
(10) s8. 表5 全国町村会年末実行運動の経過(12月21∼27日) 【12月21日】. 自治省財政局長から各省内示案にらいて地方六団体に説明.今後は毎日経過説明することを約束した. 【12月24日】. 「減税補てん財源要求全国町村大会」を開催. 近畿,中国地方の町村長陳情. 【12月25日】. 自民党総務会に陳情(河津会長,杉山事務局長). 「. 自民党政策審議会.総務会全委員に対して電報陳情を行うよう各都道府県町村会に依頼. 北信,東海地方各県町村会長はじめ町村長が上京して陳1青.. 黒金官房長官,早川自治相に陳情(河津会長,杉山事務局長). 【12月26日(午前)】. 早朝.田中蔵相に河津会長と前田全国町村議長会長が陳情. 【12月27日】. 市川副会長(山形県町村会長)ほか山形県町村長22名が上京.黒金官房長官はじめ同県選出国会議員に 陳情.. 新潟県湯沢町,西山町長が田中蔵相に陳情. 中野青森県町村会長が森田衆議院地方行政委員長に陳情. 小磯神奈川県町村会長が藤山自民党総務会長に陳情. 出所:全国町村会(1964)より作成. 元選出議員に対し,課税方式の統一に関して. れ,今後の予算折衝において難航が予想された. 「住民税の不均衡の是正,負担の軽減について は.国において所要の財源措置を講じ,町村に. ため,12月10日以降,各都道府県において但 書方式を採用する町村は地元出身国会議員に対. 歳入欠陥を生ぜしめないことを前提に措置され. し,市町村民税減税補給金要求額240億円を確. たい」と要ii書しt: 42〕.. 保方の電報陳情を行った“).. さらに,12月10日には全国町村会政調会議 を開きtこの年は「臨時国会対策推進本部」を. 加えて,予算の内示が行われた4日後の12 月24日には全国町村議長会と共催で「減税補. 設けて年末いっぱい強力に運動を行うこととし た.会議終了後,河津会長と全政調委員は衆議. てん財源要求全国町村大会」を東京・平河町の 砂防会館で開催し,早川自治相,申島自民党地. 院へ出向き,自民党地方行政部会に対して「地. 方行財政部長などを来賓として招いて「市町村. 方税改正については,町村自治の進展と後進団. 民税の減税補給金の確保」などを決議した.大. 体の財源確保について十分配慮してほしいjと. 会終了後,各都道府県町村会長と町村議長会長. 要望を行った.翌11日には全国町村会講堂で 関係国会議員を招いて朝食会を開き,全国町村. らが中心となって,自民党地方行政部会や黒金 官房長官に陳情を行った4S).こうした大会の開. 会常任理事と政調委員らが出席して同様の要望. 催は異例のことであった4帥.その後も全国町村. を行った「n.. 会は運動を展開した.12月20日の予算の内示. こうした中,大蔵省が課税方式の統一に伴 う減収に対する補填措置を行わないとの態度を 堅持しているということが全国町村会に伝えら. 43) 全国町村会 (1963e), PP.1−2.. 44)全国町村会(1972),p2005.. 45)全国町村会(1964),pp.12−3. 46)全国町村会(1964),p.8.. 47)なお,衆議院事務局(1961)によれば,黒 金官房長官は旧山形一区の選出であったが,山形 県内の全市町村は但書方式を採用していたことを 表6より読み取ることができる..
(11) しく,不意に150億円もの資金を捻出させられ. 以降の運動をまとめたものが表5である.全国 町村会は自治省財政局長から予算折衝の経過説. ることとなったため,自治省財政局との折衝は. 明を受けながら運動を展開し,自民党総務会長. 難航をきわめた.減収補填の地方債の話がまと. を含む総務会への陳情を3回,田中蔵相と黒金. まらなかったため地方債計画が決まらず,財政. 官房長官への陳情を2回行うなど政府与党に対. 投融資計画が決まらないために閣議が開催でき. して陳情活動を行った47).. ないという事態に陥ったが,自治省の妥協の結. 予算折衝の際に自民党が自治省の考えを支持 し続けた背景には,全国町村会のこうした強い. 果52},昭和39年度地方債計画に150億円の政 府資金が追加増額され,予算案には起債の昭和. 働きかけがあったものと思われる.8割強が但. 39年度分の国の利子補給として3億円が計上. 書方式を採用していた町村に対して減収補填措. された.こうして市町村民税減収補填のための. 置を講じることによって全国町村会の支持を得. 政府案ができあがったのであった.. ることは,議員が自らの当選可能性を高めるに. しかし,法律案の提出の段階になっても自治. は必要なことであった.. 省と大蔵省の対立は続いた.第1に,元利補給. この減収補填問題は復活折衝の過程において ける最終段階たる大臣折衝に決着が委ねられ,. 付地方債の発行年度の問題であった.大蔵省 はこの地方債の発行は1年目だけの措置であっ て,2年目以降の分は認めないと主張した.こ. 前後4時間にわたる交渉の結果,「課税方式の. れに関しては大臣折衝後,両省間で交渉が行わ. 統一と標準税率制度の設定」を1964年度およ. れ,また自民党総務・政審合同会議で問題とさ k,自治省案通り5年間の漸減方式となった.. 難航をきわめた末,12月28日の政府部内にお. び1965年度の2年間で行うこととし,その減 税額300億円の半分150億円ずつについて,起. 第2に,元利補給の方法についての問題であっ. 債を認め,その元利補給をするということが決. た.大臣折衝では国が3分の2の元利補給し,. められた4S}.大臣折衝の段階で,補給金に代え,. 残りの3分の1は地方でみると決められたが,. 元利:補給付地方債の発行という自民党の一部か. 地方でみる方法について見解の相違が見られ. ら出された妥協案を自治省が呑むこととなり,. た.自治省および自民党は地方交付税の計算の. 大臣折衝がまとまったのであった“9}.なお,自. 基礎とされる基準財政需要額に算入することに. 民党総務会は大臣折衝が行われたこの日に「予. よって,地方財政全体で措置するものとしてい. 算編成の大臣折衝の際に党側から政務調査会長. た.これに対し,大蔵省は減収の生じる関係市. 及び政務調査会副会長が立ち合うこととする」. 町村の自己財源で、すなわち自力で措置すべき. と決定したsu).これにより,この大臣折衝にも. であると考えていた.この両者の考え方の対立. 自民党政務調査会正副会長が同席し,それゆえ. が地方税法改正案の提案を遅らせるような結果. に先の妥協が成立したものと思われる叫 元利補給付地方債の創設の結果,地方債計画. となった.予算折衝の過程において相互に自己 の考えで決まったものと思い込んでいたことが. は大きな影響を受けた.当時,大蔵雀理財局は. 解決を長引かせた一因であった.両省間で度重. このような事態の発生を予想していなかったら. なる折衝が行われ,大蔵省から特別交付税で措 置してはどうかとの提案もなされたりしたが, 事柄は地方財政に属することであり,特に全市. 48)地方財務協会編(1964),p.14. 49)柴田(1975),p.334. 50)村川(1986),pp、103−4,. 51)村川(1986)においては,これが予算編成 の際に党の政策意思をより具体化させる契機とな り,自民党主導の予算編成へと道が切り拓かれた と述べられている.. 町村の8割以上が関係市町村であること,元利. 補給額の3分の1は予見し得る需要額であるこ と,普通交付税の基準財政需要額に算入するこ 52)柴田(1975),pp、335−6..
(12) pe. とによって財源保障が的確に行われるものであ. 以上が課税方式の統一とそれに伴う減収に対. ること,これによって関係市町村の財政の計画 的運営が期せられる等の理由から,政府与党間. する補填措置をめ’ぐるアクター間の関係であ る.では,何ゆえに自民党は課税方式の統一を. の問題になり,結局,元利補給については,地. 選挙公約として掲げたのであろうか.その要因. 方税法の一部改正法案とは別個の法案とするこ. として拙稿(2008)は次の2つを挙げた.ひと. とによって.内容的には自治省案の線でまと. つは但書方式を採用する市町村に居住する自民. まったs3).. 党支持者に対する減税,もうひとつは但書方式. このようにして,減収補填措置として関係市. を採用する市町村に居住する非自民党支持者か. 町村に元利補給付の減収補填債の発行が5年間. らも支持を得るためであるとした.. にわたって認められるとともに,その元利償還. ただし,但書方式を採用する市町村に居住す. 費については3分の2を国庫から補給し,3分. る納税義務者数は本文方式を採用する市町村に. のユを毎年度の基準財政需要額に算入されるこ ととなった.また.この元利補給付の減収補填. 居住する納税義務者数よりも少なかった.表3 から読み取ることができるように,本文方式が. 債(臨時減税補填債)は,毎年度20%ずつ逓減. 適用された納税義務者は1,174.7万人であった. していく方式が採られることとなったy).. のに対し,但書方式のそれは766.8万人であり,. 減収補填のための元利補給付地方債は,減税. 確かに数の上では前者が後者を上回っていた.. 補給金によって減収補填を行うべきであるとし. しかし,表6から読み取ることができるように,. た自治省・自民党と,減税に伴う新規の歳出を. 課税方式の統一が議論された時期において,納. 認めない大蔵省との間の妥協により生まれたも. 税義務者総数に占める但書方式を採用する市町. のであったカ㍉課税方式の統一に伴う減収に対. 村に居住する納税義務者数の割合が50%を超. する補填措置は講じられることとなった.そし. えていた都道府県の議員定数の合計は議員定数. て,その背景には減収補填措置を求めた全国町. 総数の過半数であり,そうした都道府県から選. 村会による自民党に対する強い働きかけがあっ. 出されていた自民党代議士数も自民党代議士総. た.. 数め過半数であった.したがって,但書方式を 5.市町村民税所得割における市町村間 負担不均衡と「世論」. 採用する市町村に居住する納税義務者から支持 を得ることは自民党代議士が再選可能性を高め るには必要なことであった.それゆえ,池田首 相が総選挙に備えて課税方式の統一の方針を打 ち出したとしても何ら不思議なことではない.. 53)地方財務協会編(1964)..pp.145,柴田(1975),. P337.. 54)地方財務協会編(1964),pp.132−3.なお,. この減収補填債の発行は国会において赤字公債論 議を呼び起こしたが,田中蔵相は「この税制改正 によって減収が起こる市町村が非常に恵まれない 地方でありt僻地でt一艦の税率ではどうにもな. さらに,池田首相が課税方式の統一の方針を 打ち出した理由として,社会党の政策の影響が 考えられる.社会党は課税方式の統一に関して. 55)日本社会党政策資料集成刊行委員会等編. らないという特i殊な事情にあるのでありますから,. (1990),p.282.朝日ジャー一ナル編集部(1963)に. これらの地域に対して,政府がより高い立場で財 源を一部持ってやろうという考えに立って行なっ たわけでありまして.赤字公債などの類のもので はないことは,過去め擁に徴しても明らかなこと であります」と述べている(tg64年1月19日の第 46回通常国会衆議院本会議における河野委員の質 問に対『する田中蔵相の答弁(国会会議録検索シス. おいては秋田県湯沢市と広島県松永市の地区労(地 区労働組合協議会)が市町村民税の減税運動を展 開する様子が取り上げられている.地区労は旧総 評系であったため,社会党が課税方式の統一を主. テム)〉一. 村毘税の減税運動が活発になoていたようである.. 張していた背景には,こうした運動の存在があ ったのかもしれない.なお,「朝日新聞(朝刊)」. 1963年8月9日によれば,全国のあちこちで市町.
(13) 91. ・表6都道府県別の納税義務者総数に占める 但書方式を採用する市町村に居住する納税義務者数の割合,. 、 衆議院議員定数 自民党代議士数. 都道府県. 割合(%). 衆議院. 自民党. c員定数. 都道府県. 繼c士数. 割合(%). 自民党. .衆議院. 繼c士数. c員定数. 一. ツ森県. 6軌4. 7. 6. 6. 宮城県. 53.8. 9. 6. 5. 山形県. 10α0. 8. 6 9. 北海道. 33.4. 22. 12. 岩手県. 843. 8. 秋田県. 77.3. 8. 福島県. 100.0. 12. 7. 茨城県. 6a1. 12. 栃木県. .92.7. 10. 6. 群馬県. 984. .10. 6. 埼玉県. 2a8. 10. 6. 千葉県. 41.4. 13. 10. 東京都. 0.0. 27. 15. 1.4. 13. 8. 新潟県. 823 6a2 983. 15. 8. 富山県. 670. 6. 4. 6. 5. 福井県. 99.6. 4. 3. 5. 4. 長野県. 8息1. 13. 8. 岐阜県. 5生4. 9. 5. 静岡県. 25.8. 14. 10. 愛知県. a5. 19. 12. 三重県. 57.9. 9. 5. 4. 石川県 山梨県. 神奈川県. 滋賀県. 85.9. 5. 2. 京都府. 21.6. 10. 大阪府. α2. 1 19. 7. 兵庫県. 19」8. 18. 10. 奈良県. 75B. 5. 4. 和歌山県. 3▲6. 6. 4 4. 鳥取県. 77.1. 4. 3. 島根県. 922. 5. 岡山県. 71.5. 10. 7. 広島県. 49.5. 12. 8. 5. 4. 山口県. 514. 9. 6. 徳島県. 10α0. 香川県. 9即 972. 6. 4. 愛媛県. 91.3. 9. 7. 5. 4. 福岡県. 24.7. 19. 10. 5. 3. 長崎県. 4a3. 9. 6 5. 高知県 佐賀県. 10α0. 熊本県. 69.0. 10. 7. 大分県. 9臥8. 7. 宮崎県. 81.0. 6. 4. 鹿児島県. 97.6. 10. 8. 293. 252. 171. 463. 割合が50%を超える. 一. s道府県の合計. i5生4%). i58.4%). 合計. 1960年11月20日に行われた衆議院議員総選挙の結果について選挙区. 注:衆議院議員定数および自民党代議士数は. ごとの人数を都道府県別に集計したものである. 出所:自治省税務局編(1964)および衆議院事務局(1961)より作成.
(14) P2. 「貧弱市町村の“低い行政サービスに高い税金”. 以上が課税方式の統一を池田首相が指示した. という事態を解消しなければならないというわ. 理由に関する仮説であるが,本文方式を採用す. が党のこれまでの主張を政府がやっととりあげ. る市町村に居住する納税義務者にとっても,課. ることになった」と主張していた叫では,何. 税方式の統一という公約は無関係ではなかった と考えられる.当時,新聞や雑誌の記事におい. ゆえに自民党が社会党の政策を取り入れる必要 があったのかといえば,自民党得票率が低落傾 向にあったためであると考えられる.当時,自 民党の石田博英氏の「保守退潮の理論」(「保守’. て市町村民税所得割の負担不均衡の問題がたび. だび取り上げられていたのであるがその中に 注目すべき記述がある.. 政治のビジョン」『中央公謝1962年12月号)が. 朝日新聞の「不公平な住民税」という記事に. 保守陣営の中で注目を集めていた.その内容.. おいては「サラリーマンなら,毎月の月給袋か. は「保守党の支持率は,農村等就業者の減少に. ら引かれる住民税がバカにならないほど高いの. 並行しており,第2次産業就業者の(労働組合. に気づいて,しぶい顔になる.特に、転勤な. 員数も)増加と革新政党の支持率は並行してい. どで地方の町へ移ったときなど,急に税額が数. る.昭和21年以降の保守t革新の得票比率を. 倍にもはねあがり,イヤな思いをした人も多い. 見ると,前者が下降線をたどっているのに比べ,. だろう.(後略)」とある5〒).また,読売新聞の. 後者は上昇線を描いている.従ってt今のまま. 「住民税引き下げの動き」という記事において. の状態で,自民党が何もしなけれぱ一1970年. は,架空のAさんという人物を登場させ,東京. ごろには社会党政権が誕生する」というもので一 あった.一一es期,自民党の将来を論じる場合,. L都内から秋田県能代市の出張所に転勤したこと によって所得割額が年間2,630円から15,090円. 石田氏の主張がしばしば引き合いに出された. に増えたとし、「こんな方式(但書方式:筆者注). SE}、現実にはそうならなかったことは周知の通. があったのでは,サラリーマンは農村に住めな. りであるが池田首相は石田氏の主張の影響を 受け.社会党の政策に対抗するために課税方式. い.新産都市がどうの,首都圏がどうのといっ. の統一の方針を打ち出した可能性はある.. たりまえ」とAさんに憤慨させる形で主張を展. ても,これでは大都市に人口が集中するのはあ 開している58).さらに,朝日ジャーナル編集部. 56)自由民主党編(2006).pp.209ユO、なお. 前年に社会党の江田三郎書記長が「江田ビジョン」 を発表しており.その反響に脅威・危機感を抱い て石田氏は「保守政治のビジョン」を執筆したと. いわれる.石田氏は第1次岸改造内閣(1957年7 月∼1958年6月)と第1次・第2次池田内閣(1960 年7月一一 1962年7月)において労相を務め.総選. 挙の4ケ月葡の1963年7月に自民党全国組織委員 長となり,1964年7月の第3次池田改造内閣にお いて労相に返り咲いている(首相官邸ホームペー ジおよび「朝日新聞(夕刊)」1963年7月27日). また,石田氏は朝日新聞のコラムの中で「大体, わが国では社会主義政党だけが労働者の味方とい うようないい方が通用しているが,こりゃおかし. な話じゃないかだから,わが党としても,どう やって週四十時間の労働制を確立するか,どうや ってヨーロッパなみの賃金水準にするかなど,労 働階級の求める政策をtズバリ明示しなくちゃい かん.こいつを怠れぱ,自民党には今後の発展が. (1963)においては「住民税高いまち・安いま. ち」という特集が組まれ,政府税制調査会資料 の中で市町村民税所得割の負担額が高い方に位 置づけられていた秋田県と広島県の市町村を取 り上げ,「(前略)秋田市の市民税も県下では安 いほうだが,超過税率をかけているので,本文・. 準拠税率をとる大都会の約二倍,転勤者達に は大きな不満のタネになっている.(中略)単 身,仙台から転勤して来た,相田音吉能代税務 署長は,年間二万八千円だった市民税が,一躍 五万九千円にバネ上がり,『家族を置いてオレ 57)「朝日新聞(朝刊)」1963年8月31日. 58)「読売新聞(朝刊)」 1963年9月11日.なお,. ないともいえる」と述ぺている(「朝目新聞(朝刊)」. 新産都市とは全国総合開発計画の一環として新産 業都市建設促進法に基づき指定された地方の工業. 1963年8月13日).. 開発の拠点都市の略称である、.
(15) P3. は出かせぎに来ているんだ.なんとか仙台のほ. 池田首相が課税方式の統一の方針を打ち出し. うで市民税をおさめるわけにいかんか』とあわ. たのは,当初は但書方式を採用する市町村に居. てて秋田市の県税事務所にかけこんだ.税金と. 住する納税義務者からの支持を得るためであっ. りの本職が税金に泣かされるくらいだから.福. たと考えられるが 自治省による調査結果をも. 島から来たある主婦が月に一三〇〇円だった市. とにした新聞・雑誌報道を通じて,本文方式を. 民税が三九〇〇円となtl ,はじめて令状を手に. 採用する市町村に居住する納税義務者のうち転. したときは思わずカーッとなったと述懐するの. 居の可能性がある給与所得者からも支持が得ら. も無理からぬ話だ.(後略)」といくつかの「月. れる政策となったと考えられる.. 給取りの不満」の例を挙げているSU).. 6.結語. こうした記事は,但書方式を採用する市町 村に居住する納税義務者に市町村民税所得割の. 本稿においては,課税方式の統一の背景にど. 負担額の相対的な高さを認識させるだけではな. のような要因が働いていたのかということにつ. く,本文方式を採用する市町村に居住する納税. いて分析を行った.本稿の内容を要約すれば,. 義務者であっても,転勤によって但書方式を採. 次の通りである.. 用する市町村に転居すれば市町村民税所得割の. 課税方式の統一以前に但書方式を採用してい. 負担額が増加する可能性があったことを示して. たのは主として財政力の弱い市町村であり,課. いる.実際に転居によって市町村民税所得割 の負担額が増加したために不満を抱いていた納. 税方式の統一は市町村民税所得割における負担. 税義務者がどの程度いたのかは明らかではない. いう政策目的に基づいて行われた.その推進力. が,こうした記事によって市町村民税所得割に おける負担不均衡が但書方式を採用する市町村. となったのは,1963年に行われた総選挙に際 して自民党が掲げた減税公約であり,課税方. に居住する納税義務者だけの問題としてではな. 式を統一するという池田首相の強い意向であっ. く,転勤に伴う市町村民税所得割負担額の増加. た.課税方式の統一に果たした池田首相の役. の問題として本文方式を採用する市町村に居住. 割は大きかった.自治省は池田首相の方針を受. する納税義務者に認識されることになる.そし. け,それまで慎重に検討してきた課税方式の統. て,こうした記事は政府税制調査会資料をもと. 一を2年計画の短期間で実施し,減税補給金を. .に執筆されたものであり,その政府税制調査会. 水準の市町村間不均衡という問題を解消すると. 資料を作成したのは他ならぬ自治省であった. 創設するという方針に踏み切った、そして,予 算折衝の過程において全国町村会の陳情に動か. したがって,課税方式の統一という公約は, 自治省が政府税制調査会において公表した調査. する減収補填措置とともに課税方式の統一と標. 結果をもとに構成された「但書方式を採用する. 準税率・制限税率制度の導入を実現させたので. 市町村に転居すると住民税負担額が増える」と. あった.さらに,池田首相が課税方式の統一を. いう新聞・雑誌報道によって,本文方式を採用. 打ち出したのは,当初は但書方式を採用する市. する市町村の納税義務者のうち転居の可能性が. 町村に居住する納税義務者からの支持を得るた. された自民党の支持を得ながら,大蔵省が反対. あった人々にとっても意味のある公約になった. めであったと考えられるが,自治省が政府税制. のである.高度経済成長の下,給与所得者数が. 調査会において公表した調査結果をもとにした. 増え続けていたことから考えれば,転居の可能. 新聞・雑誌報道を通じて,本文方式を採用する. 性がある人々は少なくなかった.. 市町村に居住する納税義務者のうち転居の可能. 性があった給与所得者からも支持が得られる政 59)朝日ジャーナル編集部(1963),p.92. 60)SchmOlders(1970)〔芋8訳(1981), p.161・2.). 策となったと考えられる.. ところで,シュメルダースは『財政政策』に.
(16) P4. おいて,議会や行政府とならんで財政政策の意. た.確かにシュメルダーズが指摘するように「世. 思形成の原動力をなすもののひとつとして「世. 論」は政策形成に影響を与えたのであり,拙稿. 論」を挙げ,世論と財政政策の意思形成につい. (2008)においても政党を媒介にした「世論」. て次のように論じている゜°).. が財政制度変更の構想を実現の方向へと導くひ. (前略)世論は政治的機関の意志形成に. とつの要因となり得ると述べたのであるが、本. とって重要な意義をもっているのである.. 稿の分析から明らかなように,ある政策の実現. 一人一人の政治家,代議士あるいは官吏自. を意図したアクターが「世論」を利用してはじ. 身が,この世論形成に参与しているその他. めて「世論」は政策形成に影響を与えるといえ. すべての国民と同じ影響を受けるばかりで. るのではないだろうか.. なく,さらに彼らが関心を払っているのは,. 民主国家においては,定期的に行われる選. 参考文献. 挙と票決である.というのは,これによっ. ・Schrn61ders, Gtinter(1970)Fi lanzpolitik, Dritte,. てその都度,国家の政治機関が追求する方. neu Uberarbeitete Auflage, Springer−Verlag. 向を是認するかまたは否認するかが明らか. Berlm・Heidelberg・New York.〔G.シュメル. にされるからである.したがって,政治と. ダース/山口忠夫・中村秀雄・里中恒志・平. 世論,または政治と政治家がその都度支持. 井源治訳(1981)『財政政策(第三版)』中央. する考え方との間に一種の相互作用の関係. 大学出版部〕. が生まれる.そして,こうした相互作用関. ・朝日ジャーナル編集部(1963)「住民税高いま. 係の中にt変化し易い情緒と感情t価値判 断と希望,観念と理念の大きな影響力があ らわれる.結局,これらのものが世論を形. ち・安いまち」潮日ジャーナル』10月6日号,. 成し,しかもその世論は新聞,放送,集会. 正をめぐる問題点」『地方税』voL 14(12),. および示威運動,あらゆる種類の覚書や陳. pp.35−43.. 情書に表現されたり,影響力を発揮したり. ・今井勝人(1993)il現代日本の政府間財政関係』. するようになるのである.. 東京大学出版会.. これまで論じてきたように,池田首相は総選. ・臼井守・岡本一夫・桑原淳剛(1963)「市町. 挙に勝利するために但書方式を採用する市町村. 村民税所得割の現状と問題点」『税jvoL18・. に居住する納税義務者を中心とした「世論」の. (9) ,PP.8−34.. 支持を得るべく課税方式の統一の方針を打ち出. ・大蔵省財政史室編(1994)『昭和財政史一昭和27. した.そして,自治省は池田首相の方針を受け,. −−48年度第14巻資料(2)予算』東洋経済.. 既定路線であった課税方式の統一を,自治省自. ・大島通義・井手英策(2006)『中央銀行の財政社. 身が政府税制調査会において公表した調査結果. 会学一現代国家の財政赤字と中央銀行』知泉. をもとにした新聞・雑誌報道に影響された「世. 書館.. PP.ga7.. ・石見隆三(1963)「市町村民税の負担の不均衡是. 論」や全国町村会の陳情として表現された「世. ・金澤史男(1993)「『平等指向型上国家の租税構造」. 論」に動かされた自民党の支持を得て,減収補. 『歴史学研究』No.652, pp.2539.. 填措置とともに実現した.自治省は市町村民税. ・木代泰之、(1985)『自民党税制調査会』東洋経済. 所得割における負担水準の市町村間不均衡是正 という目的の下,「世論」を利用して地方自治. 新報社.. 体に対する課税統制を可能なものとし,これに より日本の地方税における特徴のひとつである. 正に新構想補給金制度で課税方式統一へ」『金. 画一的な課税標準と税率が形成されたのであっ. ・金融財政事情研究会(1963b)「煮詰まってきた. ・金融財政事情研究会(1963a)「住民税の地域差是 融財政事情』Vol 14(37),p.8..
(17) P5. 明年度減税の中身」『金融財政事情』 Vo1.14(41),. ・全国町村会(1963c)『町村週報jno.690.. PP.14L5.. ・全国町村会(1963d)『町村週報』no.697... ・金融財政事情研究会(1963c)「波乱含みの明年度. ・全国町村会(1963e)『町村週報』no.700.. 地方財政戦線」f金融財政事情』Vo1.14(43),. ・全国町村会(1964)『町村週報』no.702.. PP.145.. ・全国町村会(1972)『全国町村会五十年史』.. ・金融財政事情研究会(1963d)「難題はあと回しの. ・地方財務協会編(1964)『改正地方税制詳解』財. 二千億円減税構想」『金融財政事情」 VoL 14(47),. 団法人地方財務協会.. PP.145.. ・中沖豊(1963)「地方税の動き」『地方税』vo1.14(10),. ・金融財政事情研究会(1964)「予算編成の経緯と. P.93.. 政府案の焦点」『金融財政事情』¶oL15(3),. ・日本社会党政策資料集成刊行委員会・日本社会党. PP.23−7.. 政策審議会編(1990)『日本社会党政策資料集. ・財政研究会編(1983)『項目別税制調査会答申集』. 成』日本社会党中央本部機関紙局.. 財経詳報社.. ・藤田武夫(1978)『i現代日本地方財政史(中巻)』. ・ 財政調査会編(1964)『國の予算』同友:書房.. 日本評論社.. ・佐藤誠三郎・松崎哲久(1986)『自民党政権』中. ・丸山高満(1985)T日本地方税制史1ぎょうせい.. 央公論社.. ・宮沢弘・佐々木喜久治・平井龍・森岡敵・香川義. ・自治省税務局編(1964)『地方税制の現状とその. 雄(1965)「座談会地方税制の回顧と展望」『地. 運営の実態1地方財務協会.. 方税』vol.16(1),pp.17{}200.. ・柴田護(1975)『自治の流れの中で戦後地方税財. ・村川一郎(1986)「自民党税制調査会と政府税制. 政外史1ぎょうせい.. 調査会」内田健三編『経済政策決定過程の研究』. ・自由民主党編(2006)『自由民主党五十年史』.. 日本経済研究センター.. ・衆議院事務局(1961)『第29回衆議院議員総選挙. ・拙稿(2008)「市町村民税所得割の課税方式の統. 一覧』大蔵省印刷局.. 一と地方交付税」日本財政学会編『財政研究. ・神野直彦(1994)『昭和39年度の予算』大蔵省財. 第4巻』,PP.287−303,有斐閣.. 政史室編『昭和財政史一昭和27∼48年度第. 参考サイト. 3巻予算(1)』東洋経済.. ・国会会議録検索システム http:〃kokkai.ndl.. ・税制調査会(1964)『税制調査会関係資料集一一. go.jpノ. 般税制,企業税制,地方税制部会資料』.. ・首相官邸ホームページ http:〃wvvw.kantei.go.jpノ. ・全国町村会(1963a)『町村週報』no.665.. (慶臆義塾大学大学院後期博士課程). ・全国町村会(1963b)『町村週報jno.689..
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