Title
交響曲
Author(s)
オスカー・ウラディスラス・ド・リュービッチ・ミロシ
ュ; 大湾, 宗定(訳)
Citation
沖縄大学紀要 = OKINAWA DAIGAKU KIYO(6): 39-67
Issue Date
1989-03-31
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/5729
交響曲
オスカー・ウラデイスラス・ド・リュービッチ・ミロシュ著
大湾宗定訳
九月の交響曲 I 来たれ、私自信の足音の響きの中、 暗く寒い時間の回廊の奥からやってくるあなた。 来たれ、孤独、我が母よ。 喜びが私の影の中を歩いていた時、笑いの 烏達が夜の鏡にぶつかりあっていた時、花が 恐るべき若き哀れみの花達が私の愛をむせかえらせていた時 そして嫉妬が頭をたれ葡萄酒の中のその姿に見入っていた時私はあなたを思った、孤独よ、私はあなたを思った、見捨てられし者よ。
あなたは貧しい黒パンと牛乳と野生の蜂蜜で私を育てた、 あなたの手から、雀のように、食べるのはなんと快かったことか、 なぜならば、ああ乳母よ、私は一度たりとも父も母も知らなかったのだから そして狂気と冷酷が家の中を目的なしにさまよい歩いていたのだから。 -39-沖縄大学紀要第6号(1989年) 時おり、あなたは女人の姿をとり、眠りの美しい偽りの輝きの中で 私の前に現われた。あなたの服は 種まきの色だった、そして道の小石の様に、見失い 無口で、頑なで、冷たい私の心に 悲しみと許しのその貧しい茶色をまとった 女の姿は今でもまだ美しい優しさを よびさます、初つばめが 飛ぶ、飛ぶ、耕地の上を、幼年時の明るい太陽の中を。 私は知っていた、あなたはあなたのいるその場所が好きでないと言うことを そして、私からそんなにも遠く、あなたはもう私の美しい孤独ではない ということを。 時に身を包んだ岩、海のただ中の狂気の島は 心地良い住いだ、そして私は扉が錆と花の墓をたんと知っていろ。 しかしあなたの家は、空と海が恋人達の様に すみれ色の遠方に眠る彼方ではありえない。 いや、あなたの本当の住いは丘のむこうにあるのではない。 そうして、あなたは私の心に思いあったた。なぜならあなたは そこで生れたのだから。 そこであなたはあなたの幼年時代の名前を壁に書いたのです そして地上の配偶者を失った女のように あなたは塩と風の味をその白い頬の上にさせながら戻ってくる それにあのクリスマスの霧氷の古い匂を髪にさせながら。 -40-
神秘的な律動の音がする私の心の 棺そのまわりに揺れる炭からでしょうか 私は幼年時の正午の匂が立ちのぼるのを感じる。忘れはしない エコー 美しし、私の共犯者である庭を、孤独よ、あなたの二番目の息子木霊が 私を呼んでいた庭を。 そして私は昔私の眠った場所を見付けるでしょう あなたの足もとです。そこには今でも風の波紋が 哀しくも美しい廃嘘の草の上を流れているのでしょうね、それから、もう ●●●●● 毛むじやらなまるはな蜂の 蜂蜜の音は美しいうん気の中で立ち遅れてはいないのでしょうか? そしてもしあなたが震える誇り高い柳を、孤児の髪を かきわけるならば、水の面が かくも明るく、かくも清らかに!美しい朝の夢に再び見出した遠方と同じほど 明るく清らかに私の前に姿を現わすでしょう! それから昔日の虹をはめこんだ温室は きっと今でも昔どこかの幸福な国からやってきた 小人のサボテンやひよわなイチジクをかくまっているのでしょうね?それに 瀕死のヘリオトロープ その匂は今でも午後のうん気の中で錯乱しているのでしょう! おお幼年時の国如おお影深き祖先の領地抑 状重な蜜蜂達に愛される美しい夢見る菩提樹 カリヨン おまえは昔のよう}こ幸福だろうか?それから金の花々の釣鐘よ おまえは徽尤本のあの白い眠り姫の -41-
沖縄大学紀要第6号(1989年) 婚約を祝い丘の影を魅了しているだろうか
屋根裏の炭の上に夜の明かりが落ちる時
ページをめくるのがあんなにも快かったあの本の、そして私達の周りには
紡ぎ女、蜘蛛の静止した紡ぎ車の静けさ。一心よ! 悲しい心1ぼろをまとった羊飼が長い木皮製の角笛を吹〈。果樹園では
優しい啄木鳥がその愛の棺を釘づける寡黙な葦の薮ではカエルが祈る。おお悲しい心!
丘の裾の優しい病んだ野薔薇よ、いつの日かおまえをまた見ることはあるだろうか?そして朝露が笑っていたおまえの花は
幼き日の涙であんなにも重かった私の心だったということをおまえは
知っているだろうか?おお友よ! おまえのとは別の刺が私を傷付けた!そしておまえ、あんなにも静かであんなにも美しい眼差しの聡明な泉、
地上に残されたすべての影と静けさが、
鳴り響く熱さと共に避難していた泉!
おまえのほど清らかでない水が今日私の頬を流れろ。
しかし夜、花の匂いのする幼い日の寝台から、私は
狂おし<装った夏の終りの月を見ろ。月は
苦い葡萄棚越しに照る、そして匂やかな夜に
メランコリー 憂愁の猟犬の群れカメ夢の中で吠えろ! -42-それから、秋がその車軸と斧とそれに井戸の音と共にやってきた。 初雪の上、白いおなかの野兎の逃走の様に、早い日々 その無口の驚きが私達の悲しい心を打ちつづけていた。-それら全て、 それら全て □ 失なわれた愛、その愛がまだ生れていなかったあのころに。 Ⅱ 孤独、我が母よ、私の人生をもう一度語っておくれ!ここに 十字架の掛かっていない壁そして机と閉じられた 本!もしこんなにも長い間待ちつづけた不可能が 心臓の凍付いた駒鳥の様に、窓を叩いたら、 誰がここで窓を開けてやるために立ってゆくだろうか?狩人の 呼び声が鉛色の沼地に立ち淀む 青春の最後の叫びが弱まりそして消え行く、たった一枚の落ち葉が 森の寡黙な心を恐怖に満たす。
おまえはいったい誰だ、悲しい!□よ?閉じられた本に両肘を付き、
放蕩息子が幼年時代の老いた青蠅の羽音を聞く
まどろみの部屋?それとも覚えている鏡?それとも泥棒が起こしてしまった墓?
夕暮れの溜息に運ばれ来る幸ある遠方、黄金の雲、 天使達がマナを積み込んだ美しい船!本当ですか 皆、あなた方皆が私を愛するのをやめたというのは、そしてもうけして、 けして私はあなた方を幼年時代のクリスタル -43-沖縄大学紀要第6号(1989年) を通して見ることができないというのは?あなた方の色、 そして私の愛、
それら全てが風の中の雀蜂のすばやいきらめきよりも、
棺に落ちた涙の音よりも、はかないということは
単なる嘘、夢の中で聞いた私の心臓の鼓動? あなた方の声 -人寡黙な老年の氷壁の前で1-人 エゴー名前の木霊と共に!そして昼の恐怖と夜の恐`怖とが
不幸の中で仲直りをした二人の姉妹の様に
眠りの橋の上に立ち合図し会う、合図し会う!
そして暗い湖の底、昔、残忍な美しい子供の手から 落ちた哀れな石の様に、 こうして最も悲しい心に、思い出の眠れる泥士の中に、横たわる重い愛。
-44-十一月の交響曲 それはちょうどこの人生の様なもの。同じ部屋。 -そう、我が子よ同じ。早朝、時の烏は青白い死人のような 葉どもりの中、そうして下女達が起き上がり それから手桶の氷つたうつろな音が 泉に響きます。おう恐るべき、恐るべき青春!空しい心! それはちょうどこの人生の様なもの。そこには 貧しい声があるでしょう、古い場末の冬の声々、 ガラス屋とその繰り返し歌われる歌、 汚れた帽子の下で魚の名前を叫ぶ 老いぼれた老婆、荷車引きでガサガサになった手に 唾を吐き、最後の審判の天使の様に、 訳の分からない事をわめき立てている青い前掛けの男。 それはちょうどこの人生の様なもの。同じ机、 聖書、ゲーテ、インクとその時の匂い、 紙、思考の中を読む白い女 羽ペン、肖像画。我が子よ、我が子! それはちょうどこの人生の様なもの!-同じ庭、 深い、深い、こんもりとした、暗い。そして正午ちかく 人々はそこに集まったことを喜びあうでしょう いまだお互い-ども会ったことがないそして各々 -45-
沖縄大学紀要第6号(1989年) このことだけしか知らない人々:祭の曰の様に 着飾りそして死者達の夜の中を 行かねばならない、たった-人、愛もなく、ランプもなく。 それはちょうどこの人生の様なもの。同じ小路、 そして(秋の日の午後)、小路の曲がり角で、 美しい路が、恢復期の花を摘みに行く女人の様に、 とわどわと下りていく、そこで-お聞き、わが子よ- 私達は巡り合うでしょう、昔のようにここで、 そしてお前、お前はあの日のお前の服の色を忘れてしまった、 でも私は、私はほんの-時しか幸福を知らなかった。 お前は薄紫、美しい悲しみの色をまとうだろう! そしてお前の帽子の花達は悲しく小さい そして私にはその花の名前は分からない、なぜなら私はこの人生で ミヨゾテイス たった-つの花の名し力>知らなかったのだから、小さくて悲しい忘れな草 かくれんぼの国の崖っぶちの古い眠り花、孤児の 花。そう、そう、深い!□よ!この人生の様に。 そして滝の響きで湿りっきった、 暗い小路がそこにあるでしょう。そして私はお前に話すでしょう 水上の都とバカラクのラビ(ユダヤ教の師) それからフィレンツェの夜について。そこにはまた 低い崩れかけた、古い古い雨の匂が 眠るようにただよう壁あるでしょう、そして腐りかけた、 冷たく脂っこい草がそこで触まれた花を 無言の溝にゆらすでしょう。 -46-
未完成交響曲
I お前は私をほんの少ししか知らなかった、あの場所 人間の、魂では決してなく、その影のみを結び会わすあの懲罰の太陽の下では、 人間達の唾んだ心が一人暗闇と恐怖の中を どこの国へとも知らず旅するあの地の上では。 それは本当に昔のことだった-お聞き、あの世の苦い愛よ それはとても遠い、とても遠いところだった-よくお聞き、 この世の我が妹よ- 我が北の故郷、湖の大きな水蓮から 原初の匂、飲み込まれた伝説の林檎園の香気が立ちのぼる。 ハープ 私達の、廃嘘の、蔦の、竪琴の諸島から遠く 私達の幸福の山々の遠くに。 --ランプともやの中の斧の音があった、 私は覚えていろ、 そして私はお前の知らない家に一人でいた、 無言の、暗い、幼き日の家に、 こんもりと茂った庭の奥、早朝にふるえる鳥が とても古い死者達の愛のために低く歌っていた、暗い露の中で。 -47-沖縄大学紀要第6号(1989年) そこ、まどろむ窓の、奥深い部屋で 私達の祖先は生きたのです そしてまたそこが私の父が長い旅の後 死ぬために戻って来たと所なのです。 私は一人だったそして、私は覚えていろ、 それは私達の故郷の風が 狼の匂、沼の草、腐りかけた亜麻の匂を吹き付ける そして夜の廃嘘で古い人さらいの歌うあの季節だった。 Ⅱ 最後の夜がやって来たそれと共に熱狂 不眠そして恐怖も。そして私はお前の名前を思い出すことが出来なかった。 見張りはきっと司祭館に行っていたに違いない なぜなら腰掛けの上にもうランタンはなかったから。 私達の昔の召使達は皆死んでしまった、彼らの子供達は 亡命してしまい、私は傾いた 幼き日の家の中で 異邦人だった。 その静けさの匂は墓の中で見付けた 麦の匂だった、そしてお前はきっと知っているだろう この寡黙な地のその苔、埋葬された人々の妹 メンフィスの上空の低い満月の色を。 -48-
長い間私は兄弟と共に世界を駆け回った 休むことなく、私は苦悶と共に この世のあらゆる宿で夜を明かした。今、私はそこにいた、 すでに我が兄弟、雲の様に白髪で。そしてそこにはもう誰もいなかった。 足音の響き、老いた小鼠の小刻みの駆け足は私には'快かっただろう、 なぜなら私の心老触んでいた者は音を立てなかったのだから。 私は夜明けの屋根裏部屋のランプの様なもの、 売春婦のアルバムの中の写真の様なものだった。 両親そして友達は死んでしまっていた。お前、我が妹は 明るい一月の日に光り輝く光量、雪の母 よりも遠かった。そしてお前は私のことを殆ど知らなかった。 お前が話すと、私は自分の心の声を聞くように打ち震えるのだった。 しかしお前は私とは-度しか会ったことがなかったのだ、ただ-度、 派手なランプの不思議な光の中 夜の花々の中で、そしてそこには飾り立てた娼婦達がいた そして私は鏡の中のお前の姿にさようなら老言っただけ。 エコー 暗し、回廊の中で孤独は木霊と共に 私を待っていた。-人の女の子が ランタンと墓地の鍵を持って そこにいた。冬の街路は 私の顔に貧しい匂を吹き付けた。
私は泣濡れた私の青春に追い掛けられていろと思っていたが、
しかしランプの下、それに私の「イーペリオン」を膝に載せ、
老年が座り込んでいた、そしてそいつは頭を上げなかった。
-49-沖縄大学紀要第6号(1989年) Ⅲ よくお聞き、この世の妹よ。それは私の幼き日の 古い青い部屋だった。 私はそこで生れた。 そして又そこだ
昔私の初めてのクリスマスの木が、前夜のお祈りのときに
私の前に現われたのは、その死んで天使になった木は
深くそして苦い森から、 凍った森の古い深遠から 本当に輝きながら出て来る、そしてただ-人、雪に覆われたその沼地の王は、罪を'悔い聖化された
鬼火を従え、静かで白く美しい平原の中を進む。 そしてここに良い子の家の黄金の窓。古い、とても古い日々!かくも美しく、かくも清らかな!それは同じ部屋
しかし永遠に冷たく、寡黙で、灰色の。 部屋は昔の徹した夜の灯とこおろぎを 永遠に忘れてしまった様だった。 両親も、友達も、召使い達ももうそこには居なかった! そこには老年と、静寂そしてランプしかなかった。 老年は気違い女が死んだ子供をあやす様に私の心を揺すぶっていた、 静寂はもう私を愛していなかった。ランプは消えた。 -50-しかし暗闇の山の重量の下 私は愛が内なる太陽の様に 遠い記憶の国の上に登るのを感じた、そして昔の様に、 私の夢想者の旅の中を、本当に遠く、本当に遠く、飛んでいくのを。 Ⅳ -「三日目です」-私はおののいた、なぜならその声は 私の心の中から響いて来たのだから。それは私の生命の声だった。 -「三日目です」-私はもう眠れなかった、私はもう 朝の祈りの時間になっているのを知っていた。しかし私はけだろかつた そして私は見直さなければならないもののことを考えていた、なぜならそこは 魅惑的な群島そして中央の島だったから、 光霞む、純粋な、その昔 私の青春の珊瑚の墓と共に消え去ったあの島 そして溶岩のキュクロペス(一眼巨人)の足下でまどろむ島。そして私の前、 丘の上に、エデンの蔦に絡まれた給水塔が、 月の足跡に麻耗した階段の上の 古びたビロードと共にあった、そしてそこ、右に、 小森の中央の間伐の中に、 太陽の色をした廃嘘!そしてそこには、-つとして 秘密の通路はない!なぜなら私はその迷路の中を 無言の愛と共に、真夜中の雲の下をさまよったのだから。私は知っていろ -51-
沖縄大学紀要第6号(1989年) どこに一番濃く熱した黒毒があるかを、そこで
雷に打たれた石像がその顔を隠した丈高い草は
私の友であることを、そしてトカゲ達はずっと前から
私が平和の使者であり、私の影の雲の下ではけっして
雷鳴は轟かないことを知っていると言うことを。ここでは|
なぜなら皆様が苦しむのを見たのだから。-「三日目です。
ここでは皆私を愛していろ起きなさい、私はお前のメンフィスの眠り女、
お前の死の国での死、お前の生命の国での生命。
聡明なろ女、功徳の女」 -52-不眠
我が母よと私は言う。そのとき私はあなたを思うのです、オー家よ!
私の幼年時代の美しくも暗い夏の家、あなたを私のメランコリーを一度たりとも叱ることのなかったあなたを、あなたを
苛酷な視線から私を隠すことを本当に良く心得ていたあなたを、オー
共謀者、やさしい共謀者!私は会わなかっただろうか
昔、私の若いつぶやきの季節に、一人の少女に
不思議な魂、陰った、生気のあるあなたのそれの様な、
クリスタルの遠くを愛する、透きとうった目美し〈、夏の中日に見ると心和むその目1
アー!私は多くの魂を知った、けれど、どれも この冷たいナプキンと黄金のパン そして七月の蜜蜂達に開かれた古い窓の香ばしい匂はしなかったし、 それに花々に響く正午の聖なる声もなかった1 アー狂おし<うつむいたそれらの顔々!その顔はお前のそれの様ではなかった、オー丘の上の昔日の女よ!
彼らの目はお前の庭の中で夢見そして私の心の中まで見すます あの露、あの美しく熱烈なそして暗い露ではなかった あそこ、私の泣濡れた小路の失楽園で 幼年時の烏が覆われた声で私を呼ぶ、あそこ 夏の朝の暗がりが雪の匂のするところで。 母よ、どうしてあなたは私の心にこの恐ろしい この飽くことを知らない人間の愛を滑り込ませたのですか、オー!なぜ あなたは私を優しい炭に包み込んでくれなかったのですか 風と思い出の太陽の匂がし、ごわごわ音をたてる あのとても古い書籍の様に、それになぜ私は孤独に生きなかったのでしょう、欲望を持たずあなたの低い屋根の下で
-53-沖縄大学紀要第6号(1989年) 虹色に輝く窓、幼き日々の友虻が老年の 蒼天にぶんぶんいうその窓の方に目を向けて? 美しい日々1清澄な日々!丘の上が花盛りだった時 黄金の熱気の大海原の中で働く蜜蜂の巣箱の 大オルガンが眠りの神を讃えて歌っていた時、 暗く美しい顔の雲がその爽やかな哀れみの心を 息切れた麦や喉を乾かせた石の上に そして我が妹廃嘘のバラの上に降り注いでいた時! 美しい日々よあなたは何処に?美しい位ぬれた 静かな小路よあなたは何処に?今日あなたの木々の幹の空洞は 私を脅かすでしょう なぜなら本当に美しいお話をたくさん知っていた若き愛は そこに身を陰してしまったのだから、そして思い出は三十年間も 待ったのです、 しかし誰もその名を呼びませんでした、愛は寝入ってしまったのです。 -オー家よ、家!どうしてあなたは私が出奔するに任せたのですか、 どうして私を引き止めようとしなかったのですか、どうして母よ、 あなたは、許したのですか、昔、嘘つきの秋の風に、 長い眠ずの番の火に、それら魔術師達に オー、私の心を良く知っていたあなたがどうしてあのように私を誘惑するに 任せたのですか 彼らの気違いじみた、古い島々の匂いに満ちた、 静かなる雄大な青色の時にまぎれた帆船達に、 そして処女達が待っていろという南の岸辺などで一杯のそれらの話で? あんなにも聡明であったあなたは知っていたはずなのに、真の旅人 真撃の島と堅琴の島そして眠れる城を探す者は けしてけして再び戻ることはないということを! -私の心は寒い宿屋にただ-人そして不眠は
古い一条の光の中に立ち老いた私の顔を凝視する
-54-そしてだれ一人、だれ一人として私より前に、どんな
鈍く、取り替えしようもない死でこの人生の日々が出来ているかを 知った者はなかったのだ!
沖縄大学紀要第6号(1989年) 山の歌 陽を受けた広い腰の豊穣 の様なろ、
正午の安らぎの中の偉大なる誇り高き刈り入れ女
の様なる、夜明け前に起きた、腕強き農夫の妻
の様なる、塔の頂の油断なき、英雄達の母
の様なる我なり。我が肩は雲の中、我が頭蒼天に
のけぞる。我が視線の届く限り、蒼天の海
全て穏やか、深遠にして純粋なり。
我が足下の花崗岩に横たわる都会の人々
そしてあなた我が膝に眠入る小村落の暑さに
あえいでいる者よ、起き上がれ、我は美しくも険しい空間の面を
現わした、来よ我はおまえに至上の祈りを授けよう
霊験あらたかな!我はアスマルに達する神霊シナイ山の
偉影、聖なる像形。 オー息子よ!飛ぶ前によじ登ることを学べ!明日の選ばれし者達よ、今日我の賢者たれ。
オー疑惑、思い出、,悔やみ、来よ、心安めに我が胸に、そしておまえ、青白き情念
-56-来よ、来よおまえの心を清めに、星天の 絶大なろ露の中に! ここからだ、我が熟視するこの強大なる宇宙を 崇めねばならぬのは。 救済の箱舟、父なる神の王座、 聖堂は我なり1 来よ、おまえ達皆、敬虐に 聖者の、深遠なる静けさの、帰還を出迎えに、 来よ、英雄達よ、味わいに、この至上の愛の歓喜、 信頼を! -57-
沖縄大学紀要第6号(1989年) NIHUMIM 四十歳。
私は私の生命をあまり知らない。私は一度も見たことがない
私から生まれた子供の目にそれが光輝〈のを。
しかしながら私は私の肉体の秘密に分け入った。オー我が肉体よ1
全ての喜び、孤独の獣等の全ての不安は
おまえの中にある、地の霊、オー岩壁と刺草の兄弟よ。
風の中の麦と雲の様に、
光の中の雨と蜜蜂等の様に、
四十歳、四十歳、我が肉体ふおまえは
おまえの存在の秘密「運行」の崇高なる火によって身を養った。
おまえは宇宙の運行を越すことはないだろう。
おまえの名前の不要で<すんだ音が
眠れる人の叫びと共に夜の中に消え去ったとしても、
何者もおまえをおまえの母、大地、おまえの友、風、
おまえの妻、光から引き離すことは出来ないだろう。
我が肉体よ引き離され迷い紛れた二つの心が
朝の滝の霧雲の中で探し会うかぎり
正午の十二番目の鐘が喉を渇かせた獣と
腹をすかせた人を喜ばせるために響き渡るかぎり、隠れた泉の主人、
駒鶯が、その小さな頭を
森の父なる神の賛歌を歌うために反り返すかぎり、黒苔桃の茂みが
太陽の水が落ちた時この世界の空気を吸わせるために
その果実を持ち上げるかぎり、
オーさまよえる俟よ!オー我が肉体よ、おまえは生きるだろう
愛するためにそして苦しむために。
-58-四十歳。
行動の高貴さを愛することを学ぶまで。オー行動1
四十歳、四十歳、孤独者の虚栄心が私を'悩ませた。私は日々の祈りにその死を願った。
虚栄心は私の心を去った。オー勝利1-オー悲しみ……
それは私の青春をもつれ去った、私の残忍な青春、私が愛したただ-人の女。
しかし構うものか!すでに私の手が、すでに石があなたを引き付けていろ。
静脈の膨れ上がった手が、建設への熱狂が
あなたを捕らえろ、すでにあなたを支配している1強者達の十二時の鐘が海の上を響き渡る時
私達は防波提の建設者達に敬意を表しに行くだろう。
太陽の中に立ち、海老前にし彼らはゆっくりと彼らの貧しくも尊いパンを食べる。
そして彼らの賢い眼ざしは私のそれよりも遠くを見る
誉れあれ君、誉れあれ、アーメンの様に
涙の中に生れし君、そして愛の聖堂、もしくは
君の手になる慢心の宮殿のたもとに忘れ去られ死ぬ君!
もうすぐ、明日、兄弟よ私はおまえと話せる様になるだろう
面とむかって、赤くなることもなく、男同志で話す様に、なぜなら
私も、私も家を作るのだから 花盛りの林檎の木の下、子供達の輪の中に座っている女の様に、広く、力強く、穏やかな家を。
私は太陽と風の天使達のために陽気な教会の窓をぐっと広く開けるだろう。
そこで私は肯定のパンを祝福するだろう、
純なる者の口に火と麦と水の味のする
その永久なろ「はい」を、 そして醜悪なろ者が「いいえ!」と言う時、 -59-沖縄大学紀要第6号(1989年) そして女と死が「いいえ!」と叫ぶ時、
兄弟よ、私達は生命に酔いしれた空間に挨拶をおくるだろう
すると英雄達から教わった言葉あの普遍なる「はい」が私達の唇をついて出るだろう。
四十歳。侮ることなく女を語れる様になるまで。オー愛1
四十歳、私はあなたを女達の中に捜し求めた
しかしあなたが見付かったのは女達の中などではなかった。
オー女1石のあわれみが私を捕らえる1母よ!母よ!あなたはもう知らない、あなたはまだ知らない
あなた自身が誰なのかを花々の中に倒れた白き、あなた!かくも長く
あなたは美しい見捨てられた庭の最も暗い最も静かな場所で
眠っていた! そして今あなたは醜き廟笑の時の中に、神を失い自然をも白付けえない息子達の中に立っていろ。
オー母よ1母!そして新鮮な水を運ぶ水汲み女のその美しい撫で肩、
そして早めに起きた女中の内向的なその様子。何という知恵そして何という知識、オー女よ、あなたの
手のひらの中に!私がそれらに思いを馳せろとそこからは白鳩が飛び立ってしまうのだ!
そしてあなたの聖なる白さは白鳥をも手なずける1
夫が死ぬとき、あなたは後を追うでしょう、あなたも死ぬでしょう、
肉体の悲しみからではなく、精神の
深き喜びから!あなたに話すためそして分かってもらえるためには、オー母よ、
子供に戻らなければならない。なぜならばこの「運行」の世界をどう理解なさるのです。
-60-オ-美しい、厳かなそして汚れ無き家の円柱よ1
母よ!「運行」の覆われた源泉は測り知れない禁制の場所にあり
その名を「別離の谷」と言うのです。そこでは 世の中と心が果斐無く互いに慕い会うのです。 そして人がそこで得られる全てのものは 別離の距離と継続のみ。 良く捜さぬ者は何も何処にも見付けえない。 良く捜す者も此処では何も見付けえない、此処で見付けた者は他所で閉ざされた扉に突き当たる。
なぜならば唯一なる存在が-人 彼自身と向き合っている国が在るのだから。 そこで唯一なる者は愛し合い 交わり合い 創造する。 そこでその栄光がたたえられろ。 そしてその地はあなたに似た人達によりこう名付けられる 結合の、 永久しなえなる女性のそして 生命の地と。 四十歳。 聖地を捜すことを知るまで。オー、エルサレム! おまえは人間達の町の様な 石灰と砂と水でつなぎ合わせた石の砂漠ではない、 おまえは実在の中心、頭脳の静寂の中に在る 内なる黄金の無言の滑翔。 生命よ!我が生命!私はこの世の六日間が 全ての驚きの敵、七日目の人が知らなければならない事を 示すためにあることを知っている。 -61-沖縄大学紀要第6号(1989年) なぜならばパトモス(逆さになった 愛の目によって瞑想される永久しえの地)の 上に止まった見張り雲の裂け目から、 私は流れ込む強い風の中に、安息日の休息が
燃え付くの壱そして私の声なき誕生を焦がすのを見たのだから。
オー兄弟1オー我が肉体よ!恐れるな。私は道を知っていろ。
霧深い山の中に分け入ろう 飛翔いそそり立ち 自信たっぷりせり上がるその山へ、長くたなびくあの雲まで、青色の白さ、黄金の前ぶれ
私達の後方に夜が明ける! 私の額の上方に上がる そして私達の後方の地方に遠ざかる 太陽。 日没まではまだ十分時間がある! そして今、深遠なる猛烈なるそして美しく 賢い故郷の蜜蜂達のつぶやきがおまえにマシャーに溢れた書物のあの忘れ去られた言語
(暗い蜜のあの重い震える音節の)を教えるだろう。
Nihumim:へプライ語の慰めの言葉 -62-ミロシュと詩集「交響曲」について
オスカー・ヴラディスラス・ド・リュービッチミロシュ(OscarVia dislasdeLubicz-Milosz)、この長い貴族の名を持つ詩人は1877年、リトア ニア(現在ソビエト連邦に属するパルト海沿岸の一共和国)に生れました。ミ ロシュは1889年12才の年にフランスに移住、1899年処女詩集「デカダンス の詩」発表以降1939年没するまで、リトアニアのフランス駐在の外交官等の 仕事をしながら、その全ての作品をフランス語で書きました。 ミロシュは彼の作家活動を三つに分けそれぞれ、詩の時代、哲学の時代そし イリユミナシオン て科学時代と名付けています。この区分'よミロシュが二度神の啓示を受けたこ とに依ります。詩集「交響曲」は1914年12月14日にあった最初の啓示の前 に書かれたものです。この「交響曲」の書かれた時期はミロシュにとって」本 当に苦しい時期でした。これはジャク・ピュージュの言う神秘主義者の枯渇の 時期、全ての神秘主義者が、そして、その苦行を極めた聖者達でも必ず通らなければならない苦'脳の時期だったのです。“Dieuslestretir6ounapasen‐
corer6ponduallappeltropincertain,peut-6tredumystiqne.“「神は身
を引いた、もしくはまだ苦行者の呼び掛けに答えない、たぶんまだあやういその呼 び掛けに。「それは惑いの時期、全てのものに対する疑い、そしてそれは自分自 身の存在に対する疑問から始まるのです。すなわちこれは本物と言える詩人達 が-度は体験する自己存在の危機(crisedidentit6)と言えるでしょう。そし てミロシュの場合は恐ろしいほど苦しい孤独と共にその危機があったのです。 ミロシュは「九月の交響曲」を書くに至った経緯をレオン・ヴォーグ(Leon Vogt)に宛た手紙の中で書いています。それによると、素晴らしいブルックナ ーの交響曲第五番を聞いた夜、四年来彼の中にそのイメージが焼き付いている 婦人が病んだ若い女性の姿で夢に現われ悲しい声で、一編の詩に彼の人生の全 てを歌うようにと命じたと言うのです。そして十五日後「九月の交響曲」が出 来たのです。ミロシュはこの作品にとても満足しており、自分の最後の詩、"白 鳥の歌卿だとし、自分の存命中は出版しないとまで言っています。幸いなこと -63-沖縄大学紀要第6号(1989年)
にこの希望は詩人自らの手で破られました。この詩は翌年詩誌L,Occi火"t
(N、35fevbl914,H47)に発表されましたし、それに1915年にはこれまでに書かれた詩や戯曲等で破棄されなかった作品全てを取りまとめFiguigre社
から出版されたPO677zesの中で、この「九月の交響曲」は詩集「交響曲」の一 部として、このPO6mesの中でただ一つ1914年の神の啓示以後書かれたMん umimと共に初めて世に出ることになったのです。ミロシュが最後の詩だと思 っていた「九月の交響曲」はこのように彼を黙らせるどころか反対にほかの詩をも書かせることになったのです。そして“Chanterenunseulpo6metoute
mavie“(-編の詩に私の人生の全てを歌う)は“enunseulrecueilde poems“(-編の詩集に)と言うように変わっていったと言うことができるで しょう。なるほど、「人生の全てを歌う」、すなわち、彼の人生そしてその意味を捜し求めろと言う同じテーマはこの詩集「交響曲」の重要な骨組みを成し
ていると言えるでしょう。ジャク・ピュージュは詩集「交響曲」をこのように
紹介しています:‘`lepoeteembrassedmseulregardtoutesavieprb-senteetpasS6edontilslefforcedefairelepoint,dedbgagerlesens、
00(詩人ミロシュは一目で彼の人生の現在、過去全てを捕え、その決算をしそこ
からのその意味を見出そうとしていろ。)確かに婦人がミロシュに一編の詩に
彼の人生の全てを歌えと命じたあの夢も、彼の人生の決算そしてその意味を探
ることから、彼自身に新しい飛躍を可能にさせ、人生のもう一つの段階への移行を可能にさせようとする無意識のうちの深い必要性から生れたのではないで
しょうか。そしてもう一つのこの同じ、これまでの人生の決算をすると言う努
力の表われがこれまでの作家活動の集大成とも言えるFigui6re社からのPObmes
の出版と言えるでしょう。このように、詩集「交響曲」はミロシュの、人生の上でも、作家活動の上で
も一番苦しい重要な変換期に書かれた作品で、彼の詩の時代の最後の作品、詩
人ミロシュの苦く孤独な青春時代の墓碑名とも言えるものでしょう。
ボール・ヴァレリーはミロシュの詩集「Adramandeni」の中の「H」につい
て彼に宛た手紙の中でこのように評しています:``destunenchainementde
votrelecteurparlavoixsansfin,terriblementprofOndeOnestpris
-64-そしてジャック・シャルパントロ(JacquesCharpentreau)ジョルジュ・ジャ
ン(GeorgeJean)は彼らのDictjo7za舵desPobtesetdeJaPo6sjeの中で
(P287)ミロシュの詩をこのように紹介しています:“Sespoemessont
、6critsdansunelanguefluideetfr6nlissante,etprocurentaulecteurat‐
tentifunedes6motionslesplusfortesqu1ilsoitdonnedzprouverhla
lecturedmpobme.。』(彼の詩は流動性のある感動に打ち震える言葉で綴ら
れており、注意深い読者には、-人の詩人を読んでいくときに得ることのでき る感動の中でも最も強いものを与えてくれるだろう)。これらのミロシュの詩 や彼の文体について言われた言葉はそのまま詩集「交響曲」にもあてはまりま す。私の翻訳がどれだけミロシュの感動的な文章を移すことができたか誠に疑 問ではありますが、読者諸氏の御批判、御教授等いただければ幸いに存じます。 尚、沖縄大学紀要第五号(1986年3月発行)に拙著「ミロシュの詩集『交響 曲』における夢想」がございます、御参考いただければ幸いです。 注 lJacquesBuge:MIlosze〃9叫倉tedndiui〃Nizetl963P、1132SCirα"Ze-9uj"zeノビtt花M7z6ditesLetrresaLbonVogtlel5Sep1913
R46-476dAndr6Silvairel969 3J、Buge:ハ疵Zosze〃qzJetedudjumP,113 4Coj上ctjo〃/esJEtt7でso・叺止LMiZosz6dAndr6Silvairel959P,715JCharpentreau.G・Jean:Dictio刀"α舵火sPobtesetdをZaPo6s左
Gallimardl983R287 -65-沖縄大学紀要第6号(1989年) OscarVIadisIasdeLubiczMiIosz 18775月28日CzereYa,Lituanie(リトアニア、当時白ロシア)に生 れる。 l889-1896Ly“eJanson-de-Sailly(Paris)に学ぶ。
l896-1899L,EcoleduLouvreに学ぶ。L,EcoledesLanguesOrienta
lesでヘブライ、アッシリアの碑銘学を学ぶ。 1899詩集「デカダンスの詩」LePo6medbsD6cadmceを出版。 1906詩集「七つの孤独」LesSEPtSoJjtudesを出版。 1910小説「愛の伝授」L,Amo皿花TLse〃tiatio刀を出版。 1911詩集「要素」LesE/6me"fsを出版。 1912戯曲「ミゲルマニヤラ」MgⅡejMz肋γαを出版。 1914戯曲「メフィポセト」M`Phj6osethを出版。 191412月14日神の啓'八(illumination)を受ける。 1915これまでの作品を集めたPo6mesを出版。内、新作の詩集「交騨曲」 LeSSymPho"desとM加加加 19l7ロシアの10月革命により余財雁を失う6 1918詩集Adγα、α"do"iを出版。 リトアニア共和国布告 l919フランス政府付リトアニア代表委員に命じられる、以後l925リトア ニア公使館名蕎顧問に就任するまで外交官としての仕事に従事する。 1922詩集「ルミユエルの告白」LαCO城ssioγ2.とLemue/を出版。 1924哲学書「アルスマグナ」AγsMJg7zaを出版。 1927哲学書「アルカンヌ」LesAγCa7zesを出版。 l929Pobmesl895-l927を出版。 1930「占いリトアニアの童話と寓話」LesCo7LteserFa6"α皿工dem Vfej此Lit伽α"泥を出版。 1931年5月15日フランスに帰化する。 1932年2回目の神の啓U〈を受ける。 -66-1933神学書「解き明かされた聖ジャンの黙示録」L,APocaZ秒sed6Saml Jea冗必chffhneeを出版。 19393月2日死亡。 *ミロシュの作品 0.V・deLMiloszCEuvrescompl6tesEditionsAndr6SilvairePARIS -67-