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オーストラリアの後見制度と全国障害者保険制度 ヴィクトリア州とニューサウスウェールズ州の意思決定支援に着目して

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〈論文〉

オーストラリアの後見制度と全国障害者保険制度

―  ヴィクトリア州とニューサウスウェールズ州の意思決定支援に着目して  ―

木 口 恵美子

*1 

名 川   勝

*2

櫻 井 幸 男

*3 *1 鶴見大学短期大学部    *2 筑波大学人間系    *3 横浜国立大学大学院国際社会科学府国際経済法専攻

1 .はじめに

2006 年に国連で採択された障害者の権利に関 する条約(以下権利条約という)は、締約国に対 して障害者を保護の客体から権利の主体へと捉え なおすことが求めている。権利条約第 12 条およ び 2014 年に国連障害者権利委員会が発表した一 般的意見第1号は、代行決定を認める従来の成年 後見制度を廃止し、意思と選好に基づく新たな意 思決定支援の仕組みへの移行を求めている。この ため、近年、日本でも成年後見制度や障害者福祉 制度の議論において、意思決定支援が注目される ようになってきた。 成年後見制度との関連では、菅はイングランド・ ウェールズの意思決定能力法(Mental Capacity  Act 2005)を参考に、代行決定に至る以前に可能 な限り本人の意思を探り尊重する意思決定支援を 行うことの重要性を示し(菅 2010)、2010年の成 年後見法世界会議で示された「成年後見制度に関 する横浜宣言」は、「国連の障害者権利条約第 12 条の趣旨に鑑みて、現行の3類型の妥当性を検討 する必要がある。」と述べている。しかし、日本 の成年後見制度は本人の判断能力が不十分である ことを前提としていることなどから、権利条約の 意思決定支援の考え方は「わが国の制度設計とは 親和的ではない」(新井 2011)と言われるように、 権利条約と現行の成年後見制度の間には溝がある にも関わらず、2016 年には成年後見制度の利用 の促進に関する法律(平成二十八年法律第二十九 号)(以下促進法という)が制定された。この動 きに対して「さしたる法制度の改革もせずに意思 決定支援の制度であると説明し、その積極的拡大 利用をすすめる」(佐藤 2016)という批判も示さ れている。 一方、障害者福祉制度においては、2011 年の 障害者基本法の改正で、意思決定の支援が位置づ けられ(第23条)、2012年の障害者総合支援法に も付帯決議付きで盛り込まれたものの、その法的 定義や具体的方針が示されていないため、意思決 定支援のあり方が検討されてきた(1) 権利条約策定過程では、意思決定支援には、家 族、友人、知人などの他、障害者がより自分に適 した支援を得るために個別に契約を結ぶパーソナ ル・アシスタントによる支援が含まれており、 2014 年に厚生労働省が行った意思決定支援の在 り方を検討するためのヒアリングでも、障害者団 体が、成年後見制度の見直しとパーソナル・アシ スタンス制度の実現を通した意思決定支援制度の 実現を訴えたものの、厚生労働省は課題が多いと して具体的な対応を示さなかった。その代わりに、 相談支援専門員協会が求めた意思決定支援のマニ ュアルの作成をすすめ、2017 年に厚生労働省か ら「障害福祉サービスなどの提供に係る意思決定 支援ガイドライン」が示されたのである。 このガイドラインは、現状の障害者福祉制度と 成年後見制度を前提とし、現場の支援者が支援を つくしても本人の意思が分からない場合、支援者 が本人の最善の利益に基づく決定を行うことも意 思決定支援に含むもので、意思決定支援と支援者 による代行決定の境が曖昧だとの批判もある(木 口 2018)。実際に支援現場で働く職員からは、支 援の質は事業所や支援者によって差があり、従来 当然のように行ってきた代行決定を、本人の意思 を確認する大した努力もせずに本人の意思が分か

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らないと判断して意思決定支援と呼び変える危険 性があることが指摘されている。 日本では成年後見制度は民法を含む民事法の領 域の問題で、障害者福祉制度は広く行政の問題と して社会保障法の領域と考えられているものの、 双方が意思決定支援に着目している。しかし双方 の意思決定支援へのアプローチは、成年後見制度 に関しては、日本は 2014 年に権利条約に批准し たものの、権利条約に即した成年後見制度の見直 しを行わないまま2016年に促進法を定めた。また、 障害者福祉制度に関しては、権利条約が Nothing  About Us Without Us(私たちのことを私たち抜 きで決めないで)をスローガンとして作られてき た経緯があるにも関わらず、障害者に直接かかわ る福祉制度においても障害当事者が長年望むパー ソナル・アシスタンス制度に対して消極的である。 しかし、諸外国に目を向けると、オーストラリ アでは権利条約に実効性を持たせるために、成年 後見制度の見直しについて、国(連邦)レベルで 成年後見制度の在り方を見直し、それに沿って州・ 特別地域レベルで法改正の審議を行っている(2) 並行して障害者福祉制度についても、国(連邦) レベルで障害者福祉制度改革を進め、障害者の意 思の尊重や自立を促進するパーソナル・アシスタ ンスの仕組みを制度に組み込んだ。 そのため本稿では、オーストラリア国内で成年 後見制度の改正や、障害者制度改革を牽引する役 割を持ち、データの蓄積があることなどから、ヴ ィクトリア州とニューサウスウェールズ州を取り 上げる。障害者制度改革では州ごとの基準の差を 解消するために全国共通の仕組みを設けたことか ら、主に国の仕組みに焦点を当てる。まず両州に おける成年後見制度とその改正の動向を検討し、 次に障害者制度改革について検討する。その後、 それでもなお残る意思決定支援の課題について検 討を行うこととする。

2 .ヴィクトリア州とニューサウスウェー

ルズ州の後見制度

1)オーストラリアと後見法制 オーストラリアは日本の約 20 倍、アラスカを 除く米国とほぼ同じ広大な南半球の大陸に、約 25 百万人の人口を有する。民族は、アングロサ クソン系、欧州系を中心に中東系、アジア系、先 住民などが暮らす多民族国家である(3)。オース トラリアでは、19 世紀にイギリスの海外領とし てコモンローが継受された。これは、「イギリス 本国法は海外領において、その土地に発達した法 がなければ、適用可能な範囲で移植されるもので ある」(平良 2014)とのイギリスの法理にもとづ く。コモンロー国のオーストラリアは判例法を重 視し、欧州大陸法を継受し民法を制定した日本と は法体系が異なるが、その後法典化(4)を進めて きたため、その差は形式上さほど大きなものでは なくなってきた。 オーストラリアは、ヴィクトリア、ニューサウ スウェールズ、クイーンズランド、南オーストラ リア、西オーストラリア、タスマニアの6州と首 都特別区、北部準州の2特別地域からなる。オー ストラリア連邦憲法 51 条に連邦政府の管轄事項 が列挙されており、そこに示された国防、外交な どの連邦政府の管轄事項以外は、州および特別地 域が管轄すると定められている。このため後見制 度は、各州および特別地域の法令により規定され ている(5) 各州および特別地域の法令や公的機関の名称は、 それぞれ若干異なるが、オーストラリア後見制度 には統一性がある。各州および特別地域とも後見 法、任意後見法、民事行政審判法を法制化し、公 設権利擁護事務所、民事行政審判所、公的財産管 理機関の3つの公的機関(6)が後見制度の運用にあ たっている(7)。オーストラリア国内で、後見制 度の形成に主導的な役割を果たしてきたのが、ヴ ィクトリア州とニューサウスウェールズ州である。 ヴィクトリア州が 1986 年に身上保護および財産 管理に関する法律を制定した後数年以内に、他の 州および特別地域は、民事行政審判所、公設権利 擁護事務所または公的後見人事務所を設置し、公 的財産管理機関も設置しており、ヴィクトリア州 はオーストラリア国内の後見制度の基本構造を法 制化したと言える。ニューサウスウェールズ州は 1987 年に後見に関する法律を制定し医療代諾を 法制化したことで主導的な役割を果たした。2 つ の州の後見法制は、オーストラリア後見法制の基 本的スタンスを示していると理解されている(8)

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この法制は、イギリス法ともやや異なる独自の発 展を遂げたものと理解される。以下の分析では、 オーストラリア後見制度の代表として、ヴィクト リア州とニューサウスウェールズ州の2つの州に 焦点を当てる。 2)ヴィクトリア州とニューサウスウェールズ州 の法定後見制度 ①ヴィクトリア州 上述の通り、オーストラリアの後見制度はヴィ クトリア州とニューサウスウェールズ州が先導し てきたことから、オーストラリア後見制度の代表 として、ヴィクトリア州とニューサウスウェール ズ州の後見制度を概観する。 (ⅰ)制度の位置づけ ヴィクトリア州では、「身上保護および財産管 理 に 関 す る 法 律 1986 年(Guardianship and  Administration Act 1986)」(9)が法定後見を規定 している。本法は、「障害者が身上保護人もしく は財産管理人を必要とするとき、その選任を可能 ならしめることを目的とする」(第 1 条 1 項)。被 後見人 (represented person、以下本人という)  とは、判断能力が不十分なため、自ら適切な決定 ができず、日常生活や財産管理に支障をきたす 18 歳以上の人をさす。障害とは知的障害、精神 障害、脳外傷、身体障害、認知症などをさす。 (ⅱ)後見人の選任 本法は、法定後見を身上保護(guardianship) と財産管理(administration)に分けている。民 事 行 政 審 判 所(Civil and Administrative  Tribunal)は後見人選任の申立を受け、申立人と その関係者を聴聞し、本人の判断能力と生活事情 に応じた審判を個別に下す(10)。全面後見と部分 後見の区別がある。同審判所の選任する身上保護 人(guardian)と財産管理人(administrator)が、 身上保護と財産管理を別々に担当する(11)。親族、 友人などに適切な後見人の候補者がいない場合、 公的権利擁護人(public advocate)と州立財産管 理人(state trustees)が選任される。身上保護 人は原則無報酬であるが、財産管理人に州立財産 管理人が選任された場合は所定の報酬(fees)が 課される。本人に資力がない場合、審判により州 がその費用を負担することがある。 (ⅲ) 公的機関の役割 民事行政審判所は裁判所から独立し、後見、家 事、人権、借地借家などに関する審判を行う。公 設権利擁護事務所は州法務省の傘下にあり、公的 権利擁護人の提供、後見政策、調査と助言などを 行う。州立財産管理会社は州政府が 100%株式を 所有し、財産管理人、任意後見、遺言などのサー ビスを提供する。 (ⅳ)後見の任期 審判(order)に1年から3年の後見任期が付さ れることが多いが、任期が付されない場合でも、 後見開始から3年経過後に後見更新の要否判断の ため、民事行政審判所が再度聴聞を行う。 ②ニューサウスウェールズ州 ニューサウスウェールズ州では、「後見に関す る法律 1987 年(Guardianship Act 1987)」(12) 法定後見を規定している。その仕組みはヴィクト リア州とほぼ同じであるが、名称が、財産管理人 (financial manager)、 公 的 後 見 人(public  guardian)、ニューサウスウェールズ財産管理人 (NSW trustee and guardian)と異なる。また、 民事行政審判所の聴聞に、ヴィクトリア州は職員 1 名が担当するが、ニューサウスウェールズ州は 職員、福祉専門職、コミュニティ代表の3者が担 当している。 ③各州・特別地域の後見統計 オ ー ス ト ラ リ ア 成 年 後 見 審 議 会(Australia  Guardianship  and  Administration  Council:  AGAC)の統計(AGAC 2019)によると、2017 年 7 月から 1 年間の後見申請件数と審判件数は、 ヴィクトリア州において、後見申請 6,097 件(後 見 2,958、財産管理 3,139)、審判件数 3,701 件(後 見 1,470、財産管理 2,231)、ニューサウスウェー ルズ州において後見申請 6,126 件(後見 3,229、財 産管理 2,897)、審判件数 3,996 件(後見 1,872、財 産管理 2,124)である。後見申請件数と審判件数 の差は、後見任期終了後の再審申請件数とみられ る。また、後見と財産管理の件数は、同一申請者 が両方を申請した場合も含まれている。 審判における後見人及び財産管理人の公私(公: 公的機関、私:親族等の私人)について、ヴィク トリア州では後見人の公:私が 49:51、財産管 理人の公:私が 32:68、ニューサウスウェール

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ズ州では後見人の公:私が 46:54、財産管理人 の公:私が52:48となっている。 オーストラリア全土の年間審判件数は16,537件 であり、後見と財産管理の両者の重複が 50%あ った場合には、申請人ベースで約12,800件となり、 人口規模が 5 倍の日本の年間審判数 35,000 件と比 べると、オーストラリアにおいて後見制度は相当 に多く利用されていると理解される。 3)ヴィクトリア州とニューサウスウェールズ州 の任意後見制度 ①ヴィクトリア州 「 任 意 財 産 管 理 法(Power of Attorney Act  2014)」(13)が、一般的委任契約(general power of  attorney)と持続的代理契約(enduring power  of attorney)(14)を規定し、健常時の本人の決定を 契約締結により第三者に委ねることができる。前 者は、わが国の任意代理に相当し、本人が判断能 力を喪失すれば、その時点で法的効力を失う。後 者は、わが国の任意後見に相当し、判断能力を失 った場合でも、将来にわたって代理人に法的決定 権を持たせる。ただし、裁判所に申立て任意後見 監督人を選任する必要はなく、代理契約書の公的 登録も求められていない。当事者間の私的契約で ある。18 歳以上で持続的代理契約の意味とその 効果を理解できる者に対し、同契約の作成が州政 府により奨励されている。 ②ニューサウスウェールズ州  ニューサウスウェールズ州においても「任意財 産管理法(Power of Attorney Act 2003)」が制 定され、上記と同じ仕組みが採用されている。両 州とも、近年持続的代理契約による紛争が増加し、 契約書の公的登録を求める議案が連邦議会に出さ れたが、実現には至っていない(15) 4)ヴィクトリア州とニューサウスウェールズ州 の後見制度の特徴 両州の後見制度にみる特徴は、次の7点に集約 される。 ・後見人選任の審判は、裁判所ではなく民事行政 審判所が行っている。 ・民事行政審判所の選任する身上保護人と財産 管理人の役割が法制度上分離されている。 ・民事行政審判所は審判により医療支援人、医療 意思決定人を選任できる。 ・成年後見制度の運用において必要性の原則お よび補充性の原則を重視している。 ・公設権利擁護事務所や公的財産管理機関の公 的機関が後見事務に関与している。 ・民事行政審判所は、後見紛争事案を迅速に処理 する簡易審判制度を運用している。 ・任意後見契約の紛争が民事行政審判所に持ち 込まれた場合、審判に付される。

3 .ヴィクトリア州とニューサウスウェー

ルズ州の後見法改正

1)障害者の権利に関する条約と連邦報告書 オーストラリアは、権利条約に2007年に署名し、 2008 年に条約批准の際、必要な場合、最後の手 段として後見人による代行決定を認める宣言を行 った(16) 連 邦 法 改 正 委 員 会(Australian Law Reform  Commission、以下 ALRC という) は司法大臣の 諮問を受けて後見法改正を検討し、『平等、能力、 障害に関する連邦法:最終報告2014年(Equality,  Capacity and Disability in Commonwealth Laws:  Final Report 2014)』(17)にまとめた。本報告書は 後見を最後の手段(last resort)と位置づけ、代 行決定(substitute decision-making)から意思決 定支援(supported decision-making)へのパラダ イムシフトを推奨する条約の理念を受け、意思決 定 支 援 を 法 制 化 す る 全 国 意 思 決 定 モ デ ル (Commonwealth decision-making model)を提案 した(18) 本 モ デ ル に 示 さ れ た「 全 国 意 思 決 定 4 原 則 (national decision-making principles)」 は、「 決 定を下す平等な権利」、「支援」、「意思・選好およ び権利」、「保障措置」の 4 つであり、これは、障 害の有無にかかわらず人の平等を尊重し、意思決 定支援により自己決定(意思と選好、権利)と保 護(支援)のバランスを図ると解される。 本報告書発表から6年経過し、全国意思決定モ デルと全国意思決定4原則はオーストラリア社会 に馴染んでいる(19)。実際、各州および特別地域 の後見法改正案は、本報告書にもとづき作成され

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ている。オーストラリア政府は、1992 年に先住 民の権利(indigenous rights)を尊重する方針を 打ち出し、少数者の人権保護に積極的である(20) 判断能力の不十分な人は少数者の範疇に入り、支 援と保護の対象とされている。 2)ヴィクトリア州とニューサウスウェールズ州 の後見法改正 前述の 2014 年連邦報告書と州報告書を受け、 ヴィクトリア州とニューサウスウェールズ州では、 州法改革委員会が後見法改正を検討し、州議会に 提出した。ヴィクトリア州では、改正法案が 2019 年 5 月州議会を通過し、2020 年 3 月より施行 されることとなった。ニューサウスウェールズ州 は審議中である。 ヴィクトリア州とニューサウスウェールズ州の 後見法改正案はともに、明確な証拠が無い限り、 す べ て の 人 に 意 思 決 定 能 力(decision-making  capacity)があると推定し、第三者の支援により本 人の生活や財産管理を決定できるものとしている。 明確な証拠により、意思決定能力が無い、または 喪失した人に対し、第三者の代理(representation) 決定を最後の手段として認めている。 両州の異なる点は、ニューサウスウェールズ州 が 法 令 の 名 称 を「 意 思 決 定 支 援 法(Assisted  Decision-Making Act)」とし、法令や組織名から 後見の名称を消し、判断基準を「最善の利益(best  interests)」から「本人の意思と選好の尊重」に 転換するのに対し、ヴィクトリア州は、後見の名 称を維持し、判断基準を「最善の利益」と「本人 の意思と選好の尊重」の中間である「本人の福祉 の充実(to increase wellbeing of the represented  person)」とした(21) 両州とも、条約の理念を尊重し後見制度の法改 正に取り組んでおり、両州の後見法改正案の比較 は表1のように示される。 後見法 ヴィクトリア州 ニューサウスウェールズ州 備考 法制の名称 身上保護および財産管理に関する法律 意思決定支援法 ニューサウ スウェール ズ州は法令 名称変更 目的 本人の福祉の充実 本人の意思と選好の尊重 ニューサウ スウェール ズ州は条約 理念採用 意思決定能力 明確な証拠が無い限り本人には意思決定能力があると推定 所定の条件を満たす限り、本人の意思決定能力を推定 意思決定能力概念 支援身上保護 人、支援財産 管理人又は支 援人 本人または民事行政審判所が支援 身上保護人、支援財産管理人を選 任し、本人の決定とみなす  本人が支援人と意思決定支援契 約を締結するか、民事行政審判 所が審判で支援人を選任する ほぼ同一 事実上の支援 事実上の支援がうまくいっている場合、これを変更する必要はない 事実上の支援が行われている場合、変更を求める法的拘束力は ない 同一 民事行政審判 所 民事行政審判所は支援身上保護人、支援財産管理人を選任できる。 民事行政審判所は意思決定支援者を選任できる。 ほぼ同一 法的能力喪失 後の代行決定 民事行政審判所が審判により身上 保護人又は財産管理人を選任する か、持続的代理権契約の第三者が 代行決定する 民事行政審判所が代理審判を出 すか、持続的代理権契約により 指名された第三者が代行決定す る ほぼ同一 表1 ヴィクトリア州とニューサウスウェールズ州の後見法改正案比較 (出所:2019年ヴィクトリア州改正法とニューサウスウェールズ州法改正報告書をもとに筆者作成)

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4. オ ー ス ト ラ リ ア の 全 国 障 害 保 険 制 度

(National Disability Insurance Scheme)

前章までは、ヴィクトリア州とニューサウスウ ェールズ州に代表される成年後見法とその改正に ついて意思決定支援に着目して検討を行った。本 章では、ALRC が示した全国意思決定 4 原則を具 体化し、権利条約に実効性を持たせパーソナル・ アシスタントの雇用を可能にした全国障害保険制 度の背景、概要の検討を行う。

1)全国障害保険制度(National Disability Insurance Scheme、以下NDISという)の背景(22) ①NDISに向けた連邦政府と州・特別区などの役 2008年に権利条約を批准したオーストラリア連 邦政府は、2010年より時の労働党政権のもとで権 利条約に実効性を持たせるための障害者制度改革 に着手し、ALRC が障害者法制の法改正と NDIS の創設を提言して連邦議会がこれを承認した。 障害者制度改革に向けた財政に関する連邦,州・ 特 別 地 域 の 各 行 政 間 の 合 意 書(National  Disability Agreement:NDA:2009))によれば、 従来のオーストラリアの障害者サービスにおいて、 連邦政府の責任は、雇用サービス(法制度、サー ビスの質、アセスメント、サービス計画、雇用環 境の整備などを含む)、障害当事者、家族、介助 者を対象とする所得の補助、NDA の目的の達成 のための州や特別地域への資金提供、権利条約や 国の優先事項、改革の方向をそろえる法制度の整 備などである。 一方、州と特別地域の責任は、就労支援以外の 専門的障害者サービスの提供と国の方針や改革の 方向に即した法制度の整備などである。更に連邦 政 府、 州、 特 別 地 域 が 共 有 す る 責 務 と し て、 NDA で合意された目標と結果に向けた国の政策 と改革の進展、政策と改革の方向性の根拠となる 研究の予算化と蓄積、障害をもつ先住民に対して 高い結果をもたらす改革の進展と実施などがある。 ②NDIS以前の障害者サービスの課題 表2は、主たる障害者サービスと各州のサービ ス利用者を示している。サービスは、居住サービ ス(施設やグループホーム、各家庭での個別ケア など)、地域支援(ハビリテーション、相談、早 期介入など)、地域アクセス(学習や生活技術の 向上、余暇、休日プログラムなど)、レスパイト ケア(自宅、その他の場で行われるものなど)、 就労支援(労働市場、福祉的就労、両方の組み合 わせなど)である。ほぼすべてのサービスにおい てニューサウスウェールズ州とヴィクトリア州が 占める割合が他の州に比べて多いことが分かる。 NDIS 以前の福祉サービスが対応できていない 課題として、障害者への財政保障がない、多くの 決定がサービス提供側によってなされる、障害当 事者には消費者としての選択の余地がない、必要 な時に必要なサービスを得ることができない、障 害者やその家族は社会的排除の影響を受けやすい、 障害者とその家族共に就労による社会参加が低い、 公営住宅への依存、インフォーマルサポートへの 依存、家族の高齢化、制度やその質に関する情報 が乏しい、地域格差など、多くの点が指摘されて いた。   ニューサウスウェ ールズ州 ヴィクト リア州 クイー ンズラ ンド州 西オー ストラ リア州 南オー ストラ リア州 タスマ ニア州 特別区首都 北部準州 全国 居住サービス 10,182 7,167 6,699 3,609 5,150 1,301 465 283 34,842 地域支援 36,893 44,402 16,253 13,649 14,337 4,772 4,095 1,962 135,895 地域アクセス 15,312 17,154 9,420 4,831 6,624 1,533 455 292 55,577 レスパイト 9,912 13,529 5,203 3,609 1,735 426 353 125 34,821 就労サービス 43,482 33,370 27,808 11,345 11,591 3,207 1,605 676 132,949 表2 州ごとのサービス利用者数 (単位人) 2011-2012 出典:木口(2015)p165の表を引用

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これらの課題を認識したオーストラリア政府評 議会(Council of Australian Government、 以下 COAGという)が、2011年にNDISに基づく制度 改革に同意したことで議論が加速し、2013 年に NDIS 法(National Disability Insurance Scheme  Act 2013)が可決された。施行は2013年7月から 地域、対象を区切って段階的に進められ、2019年 6月までにクリスマス諸島などの島を除くほぼ全 域において開始されている(23)。NDISの大きな特 徴は、それまでサービス事業所に支払われていた 「塊の予算(block funding)」から個人への「個別 予算(individual funding)への転換であり、サー ビス提供側に事業の見直しを求めるものであった。 さらに、障害者サービスにかかる予算を障害者 とその家族が直接受け取ることを可能としたこと で、予算の管理方法や必要な支援を選ぶことが可 能になり、意思や選好に基づいたサービスの選択 が可能になったのである。 2)NDIS の概要(24 ) ①NDISの対象者(NDIS participant)と手続き (ⅰ)対象者 NDISの対象者は、申請時において65歳未満の オーストラリア市民、永住者、特別査証所有者で あり、永続的な機能障害を持ち、補助機具、用具、 住宅の改修なしに活動への参加や物事の遂行がで きないか、参加や行動に他者の助けを必要とする か、早期介入を必要とする人または子供である。 障害の種類は、は知的、認知、神経、知覚または、 身体障害に起因する障害または精神状態に起因す るもので、活動として、コミュニケーション、社 会との関わり、学習、移動、セルフケア、自己管 理、社会および経済への参加がある。 早期介入は、永続的な障害を持つ人または 0~ 6 歳の早期介入が必要な障害を持つ子どもであり、 早期介入により障害の影響や発達の遅れの影響が 軽減され、スキルや自立を高めると認められる必 要がある。 (ⅱ)手続き NDIS を利用するには、7 歳以上 65 歳未満であ れば、最寄りのローカルエリアコーディネーター(25) (Local Area Coordinator、以下LACという) も し く は 障 害 保 険 事 業 所(26)(National Disability  Insurance Agency、以下NDIAという)が申請(27) の支援を行う。申請は本人以外にも、後見人、家 族、友人、サポートワーカーも行うことができる。 NDIAが申請の可否を決定し書面で通知する。 申請が認められると、プランニングと呼ばれる 計画作成のステップに進み、本人、LACやNDIA の計画作成者(planner)、家族、友人などと共に 本人の目標の達成に主眼を置いた計画が作られる。 作成された計画はNDIAに承認されて初めて有効 なものとなり、通常1年~ 2年で見直しを行う。 ②NDISのサービスと予算管理 (ⅰ)サービスの種類 NDIS で認められる支援やサービスの範囲は、 対象者の障害に関連するものに限られ、食費など 日々の生活費は該当しない(28)。予算は、基本支 援(core support:日常生活に必要な世話、掃除、 環境整備、活動参加、移動など)、能力開発支援 (capacity building support:支援コーディネート (29)、居住、社会参加、就労、健康、高校卒業後 の学び、サービスの選択や予算の管理等)、設備 支援(福祉機器、住宅改修等)の3種類である。 (ⅱ)予算管理 先に述べたように NDIS の特徴は、従来事業所 に支払われていた予算を、障害者と家族が個別に 受け取ることを可能にした点にあり、予算の管理 方法も(a)自己管理(self-managed)、(b)計画 管 理(Plan-managed)、(c)NDIA 管 理(NDIA-managed, Agency-managed ともいう)の三種類 から選ぶことができる。 (a)自己管理:NDIS に登録していない事業所や 個人のサービスを受けることや、個別にパー ソナル・アシスタントと契約することができ る(30)。その一方で金銭管理の記録や支払い に伴う経理を行う責任が生じる。 (b)計画管理:NDIS に登録している計画管理者 (Plan Manager)を選び、計画管理者がサー ビスの支払いや金銭管理を行い、障害者や家 族の希望に基づいてサービス提供者を探す支 援も行う。計画管理の費用は計画に位置づい ており、自己管理と計画管理を併用すること もできる。 (c)NDIA 管理:NDIS の登録事業者からサービ スを受け、支払いや金銭管理は自動的に

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NDIA が管理を行う。NDIA 管理ではパーソ ナル・アシスタントを雇用することはできな い。 予算やサービスの管理は、NDIS のポータルサ イト上の個人のサイト(my place)が活用され、 確認やサービス事業者との共有が可能である。 ③NDISの現状(31) NDIS は 2019 年 6 月の時点でオーストラリアの ほぼ全域に広がり、利用者数も増え続け、298,816 人(早期介入含む)が NDIS を通してサービスを 利用している(図 1)。新規利用者数も増え続け、 99,537 人と全体の約 3 割を占めている。利用者の 障害の内訳は、全国的には自閉症、知的障害、精 神障害、発達障害の順に多い。 管理の方法は、自己管理、一部自己管理が27.6 %、計画管理が 30.8%、NDIA 管理が 41.6% であ る(図 2)。現段階では NDIA 管理が最も多いも のの、自己管理・一部自己管理が増え、NDIA管 理が減少傾向にある。

5 .NDIS における意思決定支援

障害者の意思の尊重や選好に基づいたサービス の選択を目的とした NDIS であるが、依然として 残る意思決定に係る課題を次に検討する。 1)NDIS とノミニー(Nominee) 1 ノミニーについて NDIS によって、意思や選択を尊重したサービ スの選択が可能になったと言えるが、知的障害を 持つ人のサービスの選択や予算管理の支援やその 仕組みには課題が残り、そのために NDIS は成年 後見人とは異なるノミニー(Nominee:被任命者) を用意している。 NDIS が示すノミニー活用 ガイドライン(32)は、NDIS法 の理念にのっとり、18 歳以 上の障害を持つ当事者は明確 な証拠が無い限り意思決定が できるとみなされ、現在すで に意思決定の支援などが行わ れているならば、ノミニーを 任命する必要はないとした上 で、ノミニーはどうしても意 思決定の代行や行為が必要な 場合の最後の手段であると強 調している。 ノミニーは、参加者の意思 決定が支援されない場合に限 り、基本的に本人の希望に基 づいて任命されるが、NDIA が必要性を感じて任命する場 合もある。 ノミニーには、計画ノミニ ー(plan nominee)と通信ノ ミ ニ ー(correspondence  nominee)の二種類があり、 計 画 ノ ミ ニ ー の 役 割 は、 NDIS の計画や資金管理など、 当事者が行う可能性のあるこ 図1 NDIS利用者の推移 出典 COAG 4th quarterly report:2018-19 Q4(National ,NSW, Vic)を基に筆者作成 図2 計画の管理方法 COAG 4th quarterly report 2018-19 Q4 2019(National) 表2を基に筆者作成

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とを全般的に行う。一方、通信ノミニーの役割は、 NDIAからの手紙や通知の受け取りや情報の要求 など限定的である。 ノミニーと後見の違いについては、後見人は管 理のための権限であって、NDIS のノミニーとは 異なるので、後見人がノミニーに自動的になるこ とはないとしているが、NDIAが当事者にとって ノミニーが必要だと認め、すでに後見人が任命さ れていたら、後見人がノミニーになる可能性があ る と す る。 ま た、 ノ ミ ニ ー の 任 命 の 過 程 で、 NDIAは後見人がいるかどうかを確認し、後見人 の視点を考慮に入れ、ノミニーと後見人の義務が 類似していれば、後見人がノミニーに任命される 可能性があるとしている。また、ノミニーは、様々 な場面で後見人と相談することが義務付けられて いる。 ノミニー活用ガイドラインを見る限り、ノミニ ーは極めて後見人に近い印象を受けるが、その実 際について2019年3月にニューサウスウェールズ 州公的後見人事務所の後見人と、ヴィクトリア州 のメルボルン市内で NDIS を利用する知的障害者 の 親 2 名 と、VALID(The Victorian Advocacy  League for Individuals with Disability)という権 利擁護団体の副代表に聞き取り調査を行った。 ②ノミニーと後見人の役割の違い まず、ニューサウスウェールズ州の公的後見に ついて確認しておくと、公的後見人事務所(Office  of the Public Guardian)は司法省に位置づく公的 後見を管轄する部署で、法律家、ソーシャルワー カー、教育者など様々な背景や社会経験を持つ人 が、州政府の公務員として後見活動に参加してい る。ニューサウスウェールズ州の後見制度では、 公的財産管理は行政内の別組織(ニューサウスウ ェールズ Trustee and Guardian)が行っており、 公的後見人事務所は民事行政審判所の審判に基づ き、治療・住居・サービス内容など、必要な身上 保護に関わる事項に関してのみ、限られた期間で 代行決定を行う(33)。  ノミニーと後見人の違いについて、NDIS を利 用している人が後見人を利用することが決まると、 後見人は本人が受けているサービスを判断する機 能を果たすことになる。しかし後見人は、期間と 権限の範囲が民事行政審判所の審判に基づき限定 的であるため、後見人の権限を越える内容があれ ば、NDIS のサービス契約書に署名することはで きない。それに対して NDIS のノミニーは、本人 がサービス同意書に自分で署名できない場合に、 NDIS に基づき署名することができる。また、ノ ミニーは、NDIS の計画に伴う予算管理は行える が、後見人にはその権限はない。 公的後見人事務所によれば、NDIS のノミニー は現状では代行決定の代わりに用いられている印 象があり、NDIS の計画作成の前段階の事前計画 (プレ・プランニング)に意思決定支援が位置付 けられることが望ましいが、予算の裏付けが無い ために十分に行われておらず、計画作成者が本人 の代わりに計画を立てる傾向があることが実情で あるという。 また、意思決定支援の研修・啓蒙活動を行った 上で、代行決定に替わる方法を上手に実現させな いと、意思決定支援は、本来あるべき姿ではない ものになってしまう恐れがあるが、NDIS は意思 決定支援の研修を行っていないことや、そのため の予算を確保していないことが問題であると公的 後見事務所は考えている。 ヴィクトリア州の母親への聞き取りにおいては、 両者とも利用者本人のプラン作成能力の不十分さ を理由として、自分がノミニーを兼ねていると認 識していた。また、権利擁護団体の副代表は、ノ ミニーが意思決定支援に重要な機能を果たしてい るという認識は示さなかった。 2)意思決定支援と計画 VALID は、知的障害のある本人とその保護者 などを対象とした支援者支援と権利擁護を主たる 業 務 と す る 団 体 で あ る。 個 別 的 な 権 利 擁 護 (individual advocacy)として不当なサービス利 用 に 対 す る 同 席 と 代 弁 な ど を 行 っ て い た が、 NDIS のプランミーティングでも要請に応じて本 人の希望や意思をプランに反映させるよう努める など、具体的な計画作成における意思決定支援の 取り組みを行っている。またその経緯から現在で は州政府からの補助金により、NDIS の利用に関 する講習活動を障害者本人や保護者に対して数多 く開催するとともに、NDIS の中でどのように自 分の暮らしや希望を反映させていけばよいかに関

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する幾つかのネットワーク形成やワークショップ 実施に取り組んでいる。例えばピア・アクション・ グループ(Peer Action Group)は、障害のある 本人が小さなグループを形成し、その中で自分の 好きなこと・嫌いなこと、これからやりたいこと、 必要なこと、困ることなどを語り合い、様式など に書き込んで形成していくプログラムである。他 に個別的なメンタープログラムなどもあるが、小 さなグループの中で自分の気持ちを表現し、他者 に認められるやり取りを通じて自分の意思を明確 にしていくことが本人のプラン形成の基礎として 非常に重要であると、VALID のスタッフは指摘 した(34) 3)意思決定支援とリスク ニューサウスウェールズ州では、州の公的後見 人事務所が、2016 年より行政からの委託を受け て意思決定支援の調査研究や研修プログラムの開 発を行っている。これまでの金銭管理に関する意 思決定支援の調査、障害者サービスのスタッフを 対象とする意思決定支援の研修プログラム・テキ ストの開発や研修の延長線上にリスク・イネイブ ルメント(Risk Enablement)の研修に取り組ん でいる。リスク・イネイブルメントの研修テキス トには、「最善の利益」から「意思と選好」への アプローチの変更は、リスクを取る権利の尊重を 含むこと、結果を考えて合理的なリスクを取るこ とは、成長し学ぶための最良の方法であること、 そして、リスクへの対応方法の理解を助けること は、より良い意思決定支援の一部であるという考 えを示している。

6 .考察

意思決定支援に着目してオーストラリアの成年 後見制度及び法改正の現状、その背景にある権利 条約、さらに障害者制度改革を見てきたところ、 オーストラリアでは、権利条約で示された意思決 定支援の実現に向けて司法・行政共に積極的に改 革を進めていると言える。次に、日本の意思決定 支援の議論への示唆について考察する。 後見制度の法改正におけるヴィクトリア州とニ ューサウスウェールズ州の違いは大変示唆に富ん でいると言えるだろう。すなわちニューサウスウ ェールズ州は未だ法改正には至っていないものの、 後見という用語を用いずに意思決定支援法とし、 その判断基準を「意思と選好」へと変えることを 目指した。一方、ヴィクトリア州は後見を残しつ つ、判断基準を「本人の福祉の充実」としている 点である。誤解を恐れず後見制度を建築に例える ならば、ニューサウスウェールズ州は内装のリフ ォームと外壁を塗り替えて新築風に建て替える方 法を取り、一方のヴィクトリア州は、外見を変え ずに内装をリフォームする方法を取ったと言える かもしれない。果たしてどちらの方法が良い結果 をもたらすか、現段階で予測することはできない が、両州が意思決定支援の実現という同じ方向に 動いていることは明らかであり、成年後見制度促 進法を成立させた日本とは方向性が大きく異なる。 ここでは、後見という用語を用いるか否か以上に、 意思決定支援に向けた改革を行っていることに着 目すべきであろう。 そして、障害を持つ人にとっては、上記のよう な法改正と共に、現実の生活に直接関わる福祉制 度とサービスの充実が欠かせないわけだが、わが 国では障害者団体が、パーソナル・アシスタンス 制度を意思決定の支援の実現の一つとして求め続 けいるにも関わらず、行政は具体的な姿勢を示そ うとしていないことを考えると、NDIS では支援 計画と費用が直結し、その上で資金や計画の管理 方法にセルフ・マネジメントを認め、個別にサー ビスを行うパーソナル・アシスタントとの契約を 可能としている点は、学ぶべき点といえる。また、 ヴィクトリア州の VALID のような本人の意思を 尊重した計画作成を支援する権利擁護活動や Peer Action Groupは、日本でも必要であろう。 ノミニーに関しては課題が多いが、生活を支え るサービスにおいて障害当事者による選択と管理 を制度として保証した上のセーフガードとして、 権利条約を尊重し、法的な後見ではないノミニー が設けられたと理解すべきであろう。さらに、リ スクを成長の糧として前向きに捉えるリスク・イ ネイブルメントの考え方は、意思決定支援に実効 性を伴うためには不可欠である。従来日本の障害 者福祉では、リスクはあってはならないものとし て回避をしてきたが、今後はリスクを積極的に捉

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える考え方が真剣に議論され、社会的に認められ る必要があると思われる。

7 .おわりに

障害を持つ人の意思決定支援を考えるため、オ ーストラリアニューサウスウェールズ州とヴィク トリア州の成年後見制度改革と NDIS の両面から 検討を行った。成年後見制度改革では、州によっ て変革の方法は異なるものの、共に権利条約の実 現という方向に向かっていることは明らかであっ た。また、NDIS も権利条約の実現という同じ方 向性を持ち、障害者による選択と管理の拡大を目 指した制度改革が行われていた。その一方で、運 用にあたっては後見と異なるノミニーというセー フガードと後見の間に葛藤が生じていることや、 サービス計画の作成において本人の意思や希望を 確実にする支援が必要であること、そして、従来、 保護や安全を最優先としてきた障害者福祉におい て、選択や管理の拡大に伴って生じるリスクを機 会やチャレンジと捉えて積極的に関わるという、 リスクへの考え方の変換が求められていると言え る。 謝辞 本研究はJSPS科研費18K02100の助成を 受けたものです。研究にご協力くださいました皆 様に心より感謝申し上げます。

[註]

(1)障害者基本法や障害者総合支援法に意思決定支援 という文言が盛り込まれた経緯やその後の流れか ら、障害当事者よりも支援者に沿った意思決定支 援となっているという指摘もある(桐原・長谷川  2013)。 (2)2019 年の国連障害者委員会のモニタリングで連邦 レベルでの制度改革を推し進めることを認められ ていることが、国連のホームページ上“Concluding  observations on the combined second and third  periodic reports of Australia”で閲覧できる。 (3)オーストラリアの基礎データは外務省ホームペー ジ『 オ ー ス ト ラ リ ア 連 邦 Commonwealth of  Australia)概要』を参考にした。 (4)法典化については木原浩之(2012)を参照。 (5)日本の成年後見制度は、民法及び他の3つの関係法 令により定められている。 (6)公的機関の名称の和訳は西田和弘(2011)に従った。 (7) 後 見 制 度 の 運 用 に 関 し て は Field, Sue, Karen  Williams and Carolyn Sappideen(2018)を参照した。 (8)ヴィクトリア州とニューサウスウェールズ州が後 見制度の形成に果たした役割については、Carney,  Terry and David Tait(1997)を参考にした。 (9)同法は下記アドレスから参照可能。    http://www.austlii.edu.au/au/legis/vic/consol_ act/gaaa1986304/(最終閲覧2019年11月2日)。用 語については、成年後見制度利用促進基本計画に 使用された「身上保護」を用いた。 (10)2019年3月13日筆者は民事行政審判所(メルボル ン)の許可を得て、4件の後見審判の聴聞を見学し た。1 件 45 分間の枠があり、職員は 1 日 7 件の聴聞 を行う。 (11)2019 年 3 月 5 日にメルボルン市内で行ったヴィク トリア州公設権利擁護事務所副所長ジョン・チェ スターマン博士への事前質問状送付とヒアリング 調査で、成年後見人一人に法的権限が集中するこ とは好ましくないとの考えによると聞き取った。 (12)同法は下記アドレスで参照可能。    https://www.legislation.nsw.gov.au/inforce/580b32d3-f8fd-4a1f-dc87-d1f165a95b/1987-257.pdf( 最 終 閲 覧 2019年11月2日) (13)同法は下記アドレスで参照可能。    http://www.austlii.edu.au/au/legis/vic/num_act/ poaa201457o2014286/(最終閲覧2019年 11月2日) (14)持続的代理契約には、①財産管理および法的決定、 ②生活様式に関する決定、③医療上の決定がある。 担当する人は、任意財産管理人(enduring power  of attorney(financial))、任意身上保護人(enduring  guardian)、任意医療代諾人(enduring power of   attorney又はmedical treatment)と呼ばれる。 (15)ALRC は高齢者虐待対策として、任意後見契約の 公的機関への登録を提言している。 (16)オーストラリアは最後の手段として後見制度を残 すことを条件に権利条約に批准したが、日本は条 件を付けずに批准した。オーストラリアの宣言は Committee  on  the  Rights  of  Persons  with  Disabilities “Implementation of the Convention on  the  Rights  of  Persons  with  Disabilities  Initial  reports submitted by States parties under article  35 of the Convention Australia”. 2012を参照した。 (17)本報告書において、全国障害保険制度(National  Disability Insurance Scheme、NDIS)に対して後

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見と同様に支援と代理(support and representation) 制度の導入を提言している。 (18)註2と同じ    h t t p : / / d o c s t o r e . o h c h r . o r g / S e l f S e r v i c e s / FilesHandler.ashx?enc=6QkG1d%2FPPRiCAqhKb 7yhsnzSGolKOaUX8SsM2PfxU7sdcbNJQCwlRF9x Tca9TaCwjm5OInhspoVv2oxnsujKTREtaVWFXh EZM%2F0OdVJz1UEyF5IeK6Ycmqrn8yzTHQCn (最終閲覧2019年11月23日) (19)2019 年 3 月 5 日ヴィクトリア州公設権利擁護事務 所副所長ジョン・チェスターマン(メルボルン)、 および 3 月 15 日シドニー大学名誉教授テリー・カ ーニー(Terry Carney、キャンベラ)博士への事 前質問状送付と面談聞取り調査による。両者は ALRC助言委員会委員を務める。 (20)1992年オーストラリア最高裁判所は、先住民族の 慣習的土地利用が当時のイギリス慣習法(コモン ロー)によっても有効な土地利用だったことを認 めた(マボ判決)。 (21)これは、註 11 の調査で「戦略的妥協 (strategic  compromise)」と説明された。 (22)背景は主に木口(2015)を参照した。 (23)2013 年 7 月の開始段階では、65 歳までを対象とし てニューサウスウェールズ州とヴィクトリア州の 一部、0歳~ 14歳を対象として南オーストラリア州、 15 歳~ 24 歳を対象とするタスマニア州の 4 つのエ リアで実施を開始した。現在の実施範囲は COAG  “Disability Reform Council Quarterly Report”. 30  June 2019を参照した。 (24)概要は主に NDIS のホームページを参照した。 (https://www.ndis.gov.au/) (25)ローカルエリアコーディネーター(LAC)は、 LACパートナーに雇用され、NDISのみならず、地 域のサービスや活動、行政サービスなどの情報提 供や利用支援を行う。地域におけるNDISの主たる 窓口となる。 (26)NDIA は NDIS を運営する独立した行政組織で、 NDISの申請資格の有無や受給する予算について判 断する。 (27)申請時に氏名、年齢等資格を満たすことを証明す る書類、日常生活への障害の影響の詳細、医療関 係者の意見書、情報提供承諾書等を提出する。 (28)日々の生活を支える費用として年金の受給が可能 である。 (29)状況によって支援コーディネーターが NDIS のプ ランに位置づく場合がある。 (30)多くの場合家族はパーソナル・アシスタントとし て雇用されない。 (31) 主 に COAG “4th quarterly report:2018-19 Q4” を参照した。 (32)Nominees Operational GuidelineはNDISのホーム ページから閲覧できる。 (33)公的後見人事務所については、2018年3月23日に シドニー市内で公的後見人に行った行った聞き取 り調査による。 (34)VALIDが2019年に発行した“Individual Workbook  -  Peer  Action  Group”、“Peer  Action  Group  Facilitator (Volunteer) Position Description”にも 記されている。

[参考文献]

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(13)

submitted by States parties under article 35 of the  Convention Australia”, 2012.    h t t p : / / t b i n t e r n e t . o h c h r . o r g / _ l a y o u t s / t r e a t y b o d y e x t e r n a l / D o w n l o a d . aspx?symbolno=CRPD/C/AUS/1&Lang=en(2019 年11月2日最終確認)     , “Concluding observations on the combined  second and third periodic reports of Australia”,  2019.     h t t p : / / d o c s t o r e . o h c h r . o r g / S e l f S e r v i c e s / FilesHandler.ashx?enc=6QkG1d%2FPPRiCAqhKb 7yhsnzSGolKOaUX8SsM2PfxU7sdcbNJQCwlRF9x Tca9TaCwjm5OInhspoVv2oxnsujKTREtaVWFXh EZM%2F0OdVJz1UEyF5IeK6Ycmqrn8yzTHQCn (最終閲覧11月23日)

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    ,  Peer Action Group Facilitator (Volunteer) Position Description, 2019. 新井誠「日本の成年後見法の展望」『実践成年後見』 No.36、2011、129-141 外務省「オーストラリア連邦」    https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/australia/ index.html(最終閲覧2019年8月25日) 木口恵美子「オーストラリアにおけるダイレクト・ペ イ メ ン ト の 潮 流 」『 現 代 社 会 問 題 研 究 』No.12、 2015、163-171      「障害者の地域移行と意思決定支援」『賃金と 社会保障』No.1706、2018、4-13 木原浩之「英米法における新たな法典化運動の展開- 契約法およびその周辺領域を中心に―」『横浜国際 経済法学第』20巻第3号、2012、89-119 桐原 尚之・長谷川 唯「支援された意思決定を巡って― 日本国内法の現状と課題」『生存学研究センター報 告』20号、2013、309-318 佐藤彰一「日本の成年後見制度の現状と課題-成年後 見制度利用促進法と権利擁護」『賃金と社会保障』 No1661、2016、42-61 佐藤潤一「オーストラリアにおける人権保障-成文憲 法典で人権保障を規定することの意義・研究序説 -」『大阪産業大学論集人文・社会科学編』12、 2011、19-54 菅富美枝『イギリス成年後見制度にみる自律支援の法 理』ミネルヴァ書房、2010 平 良「オーストラリアにおけるイギリス法の継受」『法 學研究:法律・政治・社会』Vol.44 No.7、1971、 1-3 遠山嘉博「白豪主義から多文化主義へ」『追手門経済論 集』 38(1)、2003、1-18 西田和弘「後見等にかかる福祉立法の動向と『公』の 責任と役割―オーストラリア法を参考に―」『週刊 社会保障』2636、2011、46-51 【2019年1月8日受理】

(14)

SUMMARY

The Australian Guardianship and National Disability Insurance Scheme: 

Focusing on Supported Decision-Making Practices in the States of  

Victoria and New South Wales

Emiko Kiguchi   [Tsurumi Junior College]   Masaru Nagawa  [University of Tsukuba]  Yukio Sakurai  [Yokohama National University] The purposes of this paper are primarily to review policy and legislative frameworks, law reforms  and practices regarding Australian guardianship, supported decision-making, and the national disability  insurance system for persons with disabilities in the states of Victoria and New South Wales (NSW).   This paper also examines how, and to what extent, the main features and values behind the policy and  legislative frameworks are being implemented. Australia was influenced by English law for common  law jurisdiction, however, guardianship and its relevant laws have developed uniquely since the 1980s in  order to meet the Australian people’s requirements. Australia is a federal country and thus guardianship  and  its  relevant  system  are  regulated  by  law  in  each  state  and  territory.  After  the  ratification  of  the Convention on the Rights of Persons with Disabilities (CRPD) in 2008, Law Reform Commissions  in  the  states  of  Victoria  and  NSW  tabled  law  reform  proposals  of  guardianship  and  administration  system to the respective parliaments to incorporate supported decision-making into legislation. These  proposals reflected the values of CRPD by taking the will and preferences of persons with disabilities  into consideration. Supported decision-making would be largely applied to the individuals themselves  and guardianship would be regarded as a last resort. The National Disability Insurance Scheme (NDIS)  bill has passed the Federal parliament to newly establish a tax funded national insurance system to  support persons with disabilities throughout Australia. With such new policy designs, supported decision  making has been put into practice in the community. Some research work examined those practices  in  order  to  improve  supported  decision-making  methods  and  make  them  more  effective  in  welfare  services. It is recognized through close observations of Australian policy and legislative frameworks  and practices, and particularly so regarding supported decision-making, that the values of autonomy  and self-determination are highly respected. There are risks associated with the progress of supported  decision-making, so safeguard systems that can utilize substitute decision making are being developed.  There are also ongoing discussions regarding personal dignity associated with risk and risk-enablement.  It is therefore presumed that the Australian project of guardianship and national disability insurance  system projects, including supported decision-making, will give some useful implications for Japan when  attempting a balance between autonomy and protection.

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