ヤングケアラー研究第一人者の澁谷智子さんによる待望の新書が 2018 年 5 月に刊行された.丁寧なフィールドワークにもとづいた生き生きとしたデータ と,澁谷さんならではの読みやすい語り口で,読者は,研究対象の世界に一気 に引き込まれる. 1.ヤングケアラーとは? ヤングケアラーは,「家族にケアを要する人がいる場合に,大人が担うよう なケア責任を引き受け,家事や家族の世話,介護,感情面のサポートなどを行 っている,18 歳未満の子ども」と定義された(p. 24). ヤングケアラーという言葉は,いつ,どのように生まれたのだろうか.イギ リスでは 18 歳未満が「ヤングケアラー」,18 歳以上~24 歳くらいまでを「ヤ ング・アダルト・ケアラー」と呼ばれている.子どもが教育を受ける権利,子 どもの人権という観点から,ヤングケアラーをサポートする団体も多く,行政, 学校が相互に連携して実践を蓄積している.フランス,スウェーデンなどでも 調査と支援が進められている. イギリスでは,1980 年代末からヤングケアラー調査や支援が行われてきた. 背景には社会保障改革の中のコミュニティケア政策の推進がある.そこでは, ケアの担い手の中心が,地域コミュニティの家族・友人・近隣の人だと位置づ けた.一方で,公的サービスは全体のケアの中で小さな位置づけとなった.こ うした状況で,ケアラーに思い負担がかかるとイギリス政府が認識し,介護者 支援を積極的に打ち出したというイギリスの文脈がある.イギリスの 2011 年 そうま なおこ—横浜国立大学大学院国際社会科学研究院・教授—[email protected] 書 評 澁谷智子著
『ヤングケアラー
介護を担う子ども・若者の現実
』
相馬 直子
BBBBBBBBBBBBBBBBB BBBBBBBBBBBBBBBBBBBB国勢調査によれば,5~17 歳人口に占めるヤングケアラーの割合は,ロンドン で 2.2%と 2011 年イギリス国勢調査から明らかになっている. 一方,日本では,2013 年発表の「平成 24 年就業構造基本調査」によれば, 15~29 歳の介護者数は 17 万 7,600 人と発表されている.しかし,子どもや 若者が家族ケアを担うこと自体,認識が広まっていないため,潜在的なヤング ケアラーが相当数いるのではないかと推測される. 日本では,2000 年頃から研究者の間で少しずつ知られていたようである. 日本でこの言葉が広まるきっかけは,次の 3 つの点がつながったところにある. 第一に,元当事者の A さん(20 代)が,祖母を看取って 1 年以上たった後, 自分のやってきたことの意味を知ろうとして介護者支援団体「日本ケアラー連 盟」に連絡を取り,東京のケアラーズ・カフェ「アラジン」を訪れたこと.第 二に,A さんの経験が,ケアラーズ・カフェ「アラジン」の来訪者ノートに言 語化され,それを実践現場と研究者が「発見」し,「問題化」したこと.第三 に,当事者,ケアラーズ・カフェの実践現場,一般社団法人日本ケアラー連 盟,研究者が連帯したこと.この 3 つの点が 2013 年に線でつながり,日本で 「ヤングケアラー」という言葉が広がりはじめている.著者がイギリスの知見 を積極的に紹介し,ケアラー連盟や実践現場とともに,学術知が実践知に広が っていくダイナミズムも貴重な記録である. 2.ヤングケアラー調査とその後の支援づくり 著者は,2 種類のヤングケアラー実態調査とその後の支援づくりに深く関わ っている. 第一に,医療ソーシャルワーカーへの調査である.回答者のうち 35.3%が, 実際に家族ケアを 18 歳以下の子どもが行っていると感じた事例があると答え ている.メインケアラー,サブ的なケアラー両方の事例が含まれる. 第二に,小中特別支援学校すべての教職員を対象とした,2015 年新潟県南 魚沼市調査,2016 年神奈川県藤沢市調査である.市の教育委員会の全面協力 のもと,事実上の悉皆調査であり,大変貴重な調査である. 前者の 2015 年新潟県南魚沼市調査は,回収率が 60.8%と高く,回答者の 25.1%がこれまでに教職員としてかかわった児童生徒のなかで家族のケアを しているのではないかと感じた子どもがいると回答している.
後者の 2016 年神奈川県藤沢市調査も回収率が 60.6%と高く,家族のケア をしているのではないかと感じた児童生徒がいたと答えたのは回答者の 48.6 %と,南魚沼市調査以上に高い.この背景には,藤沢市学校関係者の中で,「ヤ ングケアラー」の情報提供がなされていて,ヤングケア問題の認知率が高かっ たということもある. 調査後,南魚沼市と藤沢市で,具体的な支援へと独自に動き出している. まず南魚沼市では,日本ケアラー連盟ヤングケアラープロジェクトと共に, 教育,福祉保健,地域福祉分野の連携により,話し合いやワークショップが開 催されている.特に,学校の先生,スクールソーシャルワーカーと保健師が特 にキーパーソンであるが,子どものサポートにあたって,「ヤングケアラーで はないか?被虐待児ではないか?発達障がいではないか?貧困問題ではない か?」と,子どもの何を見るかという視線が重要であるというスクールソーシ ャルワーカーの指摘は重要である.また,子どもに声掛けや見守りができる学 校と,ケアを要する人の支援ができ医療につなげられる保健師との連携が重要 な課題である. 次に藤沢市では,2017 年 6 月の市議会でヤングケアラーが取り上げられ, ヤングケアラー調査の結果から明らかになった実態を重く受け止め,地域の支 援策や体制づくりを進めると市長が答弁した.保健福祉部の主導で,ヤングケ アラーに関する意見交換会が開催され,関連所管のスタッフが集まった.地域 で活動している団体と行政が連携して,ヤングケアラーの早期発見の大切さを 確認した.藤沢の地域子育てサポートネットワークに,ヤングケアラーという 見方が加わり,ヤングケアラーの可視化を受けて,教育と福祉の連携を深化さ せていくことが目指されている. 3.イギリスから何を学ぶか イギリスのヤングケアアラー支援において,ウィンチェスターやハンプシャ ー州がかなり重要な役割を果たし,1995 年にヤングケアラー調査が行われて おり,日本より 20 年先を行っている.全国的なヤングケアラー支援にもつな がり,2000 年から毎年 6 月には「ヤングケアラー・フェスティバル」が開催 され,イギリス中から毎年 1,500 人前後のヤングケアラーがキャンプ場に集 まるなど,連帯のネットワークも形成されてきた.ハンプシャー州では,市区
の福祉課,県の医療関連の委員会,子ども NPO 団体が協力し,「ウィンチェ スター・ヤングケアラーズ・プロジェクト」が立ち上がった.ハンプシャー州 やチルドレンズ・ソサイエティが時限的に経済的支援を行った.2000 年に「ウ ィンチェスター・ヤングケアラーズ」と名称を変更して独立し,自ら資金調達 してヤングケアラー支援を恒常的に行っている. 著者がイギリスの取り組みから重要だと思った支援の方向性は,以下の 3 つである. 第一に,ヤングケアラーがケアについて安心して話せる相手と場所を作るこ とである.ウィンチェスターでも実態調査を受けてすぐに作られたのが,定期 的に集まってケアについて話す場所であった.陶芸ワークショップや,青少年 センターのクラブなど,今日の日本の「子ども食堂」のような広がりを見せた ようである. 第二に,家庭でヤングケアラーの担うケアの作業や責任を減らしていくこと である.ケアアセスメントと,サービスにつなげる取り組みが,「ウィンチェ スター・ヤングケアラー」によって行われている.ヤングケアラーが担うケア の種類や量,その影響の測定(アセスメント)を一対一の面接で行い,家庭訪 問をして家族とも十分な話をする.家族が使えそうな支援サービスがないかを 探し,家族の意向を確認した上で,サービスが使えるようにする.サービスが 使えるようになった後も,家族全体を考えた支援をつづけ,家族の話をよく聞 いて,「家族全体を考えたアプローチ」を実践している.親だけを見るのでも, 子どもだけを見るのでもなく,親が子どもを必要とし,子どもが親を必要とし ている面があることも考慮して,家族全体の満足があがるような支援を目指し ている. 第三に,ヤングケアラーについての社会の意識を高めていくことである.ウ ィンチェスター市では,市内の公立中学校で,年度初めに中学 1 年生を対象 としたヤングケアラー説明会が開かれたり,教員向けの研修会も積極的に行わ れている.ヤングケアラーに対する ID カードが発行されることで,ヤングケ アラーが異なる支援者に,家の事情を繰り返し説明をしなくてもすむようにな っている.
4.本書が投げかける課題:ケアの世代間連鎖の研究へ向けて 本書は,「介護者」と「子ども」という,二重で可視化されにくい対象に焦 点をあて,ケアの受け手の属性で制度化された近代社会政策を,ケアを担う側 と子どもの視点から問い直し,教育・福祉の連携にとどまらず,包括的な家族 支援の必要性を提起している. また,本書を通じて,ケアの世代間連鎖の研究の必要性を痛感した.特に, ヤングケアラーとダブルケアラーのリンク問題である.4 章で語られる B さん は,16 歳から 20 歳まで祖母を在宅介護したヤングケアラーである.両親は 共働きで,「母は一番がんばっていた」(p. 98)という.ダブルケアラーの母と, ヤングケアラーの娘(B さん).子どもの視点から見れば「ヤングケアラー」 であるが,親の視点から見れば「ダブルケアラー」の世帯である.体験談を読 むと,ヤングケアラーの B さんも,ダブルケアラーの母も,ともに孤立して いるように読める.性別からみると女性である母親や娘(B さん)が,年齢か らみると下の妹(B さん)が,ケアラーとして多くの負担や責任を負っている. 性別と年齢という両方の視点から読み解くべき事例ではないだろうか.性別 と年齢が交差する問題を,日本の社会学では 1990 年代までは「家父長制」概 念で問題化した.しかし,近年では「ジェンダー」という,性別に特化した概 念が浸透し,年齢という視点はそぎ落とされ,ジェンダーと年齢の連関はあま り問われなくなったように思う.本書は,ケアラーと子どもの視点から既存の 社会構造を問い直すとともに,世代間連鎖の問題を読み解く概念の不在を私た ちにつきつけている. (新書判・211 頁・本体 800 円・中央公論新社・2018 年)