31 日救急医会関東誌 42(2),2021年 はじめに 不穏に対する抗精神病薬の使用により誤嚥が起こること は多く,まれに致死的となり得ることがある。原疾患の治 療経過は順調であったが,抗精神病薬の副作用と思われる 誤嚥性肺炎で死亡退院した症例を経験したので報告する。 症 例 患 者:66歳,男性。 主 訴:体動困難。 既往歴:統合失調症。 常用薬:ハロペリドール 1 % 1.2 g,チミペロン 1 % 0.8 g,ビペリデン 1 % 0.4 g,ベサフィブラート100 mg, リスペリドン3 mg。 現病歴:自宅の庭で誤って転倒し,体動困難となった。 隣人が倒れている本人を自宅に連れ戻したが,その後も体 動困難は続いた。翌日,妹が腹臥位で倒れている本人を発 見して A 病院に搬送となる。A 病院で横紋筋融解症,急 性腎障害疑い,左大腿骨転子部骨折,第11胸椎圧迫骨折, 左眼窩底骨折を診断された。対応が困難とのことで,同日 当院に転医となった。
来院時現症:意識;Glasgow Coma Scale(GCS)15 (E4V5M6),脈拍数;103 /分・整,血圧;169/110 mmHg, 呼吸数;20 /分,体温;37.1 ℃,SpO2;96 %(空気呼吸下)。 左顔面に表皮剝離,左前胸部に打撲痕,両肘と両膝に発赤 があった。 画 像:外傷全身 CT で左眼窩底骨折,第11胸椎圧迫骨 折,左大腿骨転子部骨折。 血液検査:生化学検査で CPK が132,964 IU/L,AST が 1,219 U/L,クレアチニン2.56 mg/dL。 入院後経過:カリウムは3.7 mEq/L,血液ガスでは pH7.428であったが,腎障害があり,透析加療に備えて集 中治療室に入室した。体動困難の原因は骨折と考えられた。 転位はなく,整形外科と協議の結果,保存加療の方針とし た。24時間以上にわたり腹臥位の姿勢で四肢を圧挫されて いたことから,高 CPK 血症と急性腎障害疑いの原因は, 圧挫症候群による横紋筋融解と腎機能障害と考えられた。 細胞外液による輸液療法で加療を開始した。CPK は輸 液で第 5 病日にピークアウトし,以後順調に低下していっ た。 一方で腎機能は増悪した。自尿を認めなくなりクレアチ ニン値が7.98 mg/dL となったため,Sustained low effi-ciency dialysis(以下,SLED)を開始した。SLED 開始後 も自尿が得られず胸部 X 線写真では,肺うっ血像を確認 した。 入院時から「殺すぞ」などの暴言や,看護スタッフの手 をつかむなどの暴力があった。過去に強盗罪で懲役刑を受 けたことがあり,そのような生活史を踏まえた性格由来の 不穏なのか,統合失調症からの不穏なのか,せん妄からの 不穏なのかの判断が困難であった。第 2 病日に精神科にコ ンサルトし,統合失調症と診断される。高 CPK 血症のた め抗精神病薬は使用できず,不穏時にフルニトラゼパムが 開始されたが,同様の症状は続いた。 SLED を開始した際に「天井に黒い物が見える」など幻
症例報告
*中 治 春 香
**久 村 正 樹
***久木原 由里子
**淺 野 祥 孝
**中 村 元 洋
**園 田 健一郎
**安 藤 陽 児
**輿 水 健 治
キーワード:せん妄,不穏,抗精神病薬,誤嚥性肺炎 要 旨 (症例)66歳男性。(既往歴)統合失調症。(現病歴)自宅で転倒して動けなくなり,近医を経て当院に搬送された。バイ タルサインは安定しており,急性腎障害疑い,高 CPK 血症,胸椎11圧迫骨折,左大腿骨転子部骨折の診断で保存加療となっ た。(入院後経過)腎不全は輸液と透析で軽快し,CPK は第 5 病日にピークアウトした。第11病日にせん妄に対しリスペリ ドン6 mg が開始され,その翌日から意識が低下する。第15病日から発熱し,熱源として誤嚥性肺炎と診断された。抗菌薬 で肺炎の治療を開始したが,第23病日に死亡退院となった。(考察)リスペリドンの副作用による誤嚥性肺炎による死亡と 考えられた。せん妄は,身体疾患による急性脳症であり,原因となる身体疾患や薬物を同定して治療する必要がある。せん 妄に対して対症療法として抗精神病薬を使用する場合には,誤嚥などの副作用に注意して使用するべきであると考えられた。せん妄に対する抗精神病薬投与により誤嚥性肺炎を起こして死亡退院した 1 例
*埼玉医科大学総合医療センター救急科 **埼玉医科大学総合医療センター臨床研修センター ***埼玉医科大学総合医療センター高度救命救急センター32 日救急医会関東誌 42(2),2021年 視を訴えて点滴を引き抜こうとする,食事が摂れなくなる などの行動が出現する。会話も成立せず,不穏に対して対 症療法的にハロペリドールの点滴を開始した。第 6 病日に は精神科よりリスペリドン3 mg が開始された。 第 8 病日に400 mL/日程度の自尿が得られ,肺部 X 線写 真での肺うっ血像が改善する。このころより不穏は改善し ていったため,ハロペリドールの点滴は中止した。 第 9 病日には意識が清明となり,食事も摂取可能となっ た。 第10病日には疎通性が良好となり,見当識も保たれるよ うになった。会話も成立するようになっていたが暴言は続 き,第11病日に精神科がリスペリドンを3 mg から6 mg に 増量した。これにより鎮静が得られ,暴言は少なくなった。 しかし食事中にむせるようになり,嚥下障害が出てきた。 第12病日に過鎮静により GCS13(E4V4M6)と意識レ ベル低下をきたした。気道分泌物を自己で排痰できない状 態となり,誤嚥していた。家族が積極的な加療を望まなかっ たこともあり,吸引と体位変換で対応し,自然気道管理と した。同日夜から37 ℃台後半の発熱が出現する。過鎮静 のためリスペリドンは3 mg に減量となり,第14病日に GCS14(E4V4M6)と意識レベルはやや改善するも,清明 となることはなかった。 第15病日に腎機能が改善し急性腎障害が確定診断となる。 SLED からも離脱したが,37 ℃台後半から38 ℃台の発熱 は持続した。同日にも意識レベルが清明とならないため, リスペリドンは中止となった。 第16病日以降も意識障害は改善せず。この時点で意識障 害は,抗精神病薬によるものではないと判断した。 第21病日に胸部 CT を撮影したところ,右下肺野に肺炎 像を認めた。病歴から誤嚥性肺炎の診断となり,これが第 12病日からの発熱の熱源と同定し,意識障害は,肺炎によ る敗血症によるものと診断した。抗菌薬治療を開始したが 治療への反応乏しく,第23病日に死亡退院となった(図 1 )。 考 察 本症例は,圧挫症候群による急性腎障害であり,輸液と SLED により,腎障害は改善した。治療中は不穏の程度が 強く,対症療法的に抗精神病薬で不穏を抑えた。この時に, 不穏の原因を検討することなく抗精神病薬を使用したこと が,患者転帰に影響した可能性がある。入院当初から第 5 病日までの不穏と,第10病日から死亡退院までの不穏は, 原因が異なるものであることが考えられた。 第 5 病日は SLED を要する程度の急性腎障害があり, この時の不穏は,腎障害によって引き起こされた,せん妄 による不穏と考えられた。幻視や会話が成立しないことは, 意識障害の存在を示す。この場合の不穏の治療は腎障害の 治療であり,抗精神病薬ではない。抗精神病薬を使用する 場合でも,不穏の原因を同定して,原因治療との兼ね合い から使用期間や量を決めるべきと考えられたが,抗精神病 薬の具体的な処方計画は立てられていない。 第10病日の不穏は腎機能が回復した時の不穏であり,会 話は成立し,意識障害を示すものではなかった。この時は せん妄の要因となるような身体疾患や薬物は存在しない。 不穏はせん妄からのものではなく,既往の精神疾患か,性 格由来によるものが考えられた。必要な処置は,患者の診 察により不穏の原因を見極めることであり,身体治療の障 害となるほどの不穏がなければ,抗精神病薬の増量は控え ることもできた可能性がある。 せん妄は身体疾患や薬物の中毒・離脱症状が中枢神経に 侵襲を与えた結果の急性脳症である1)。このためせん妄の 治療は,原因となり得る疾患や薬物の同定とその治療であ り,抗精神病薬を使用するのはせん妄の不穏に対する対症 療法となる。 現在までに,せん妄の薬物療法に関する大規模な比較試 図 1 入院後経過 (病日) 0 5 10 5 10 15 (GCS) (mg/dL) 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 発熱 抗精神病薬 誤嚥性肺炎 透析導入 ピークアウト 透析離脱 GCS Cr(mg/dL) 死 亡 退 院
33 日救急医会関東誌 42(2),2021年 験は存在しない。せん妄に抗精神病薬を使用することによ り,プラセボ群と比較してせん妄持続時間を短縮したとす る報告や2),夜間のデクストデトミジン使用がプラセボ群 と比較して,ICU でのせん妄発症を減少させた3)とする報 告もあるが,有効性が確認できた研究は限られている。 また誤嚥性肺炎のリスク因子として,高齢,脳血管障害, 低アルブミン血症が報告されている4)。本症例は高齢者で あり,かつ低アルブミン血症であった。高齢者はドパミン 合成能が低下しているため,潜在的に誤嚥を起こしやすく, 抗精神病薬のようなドパミン D2遮断薬を用いると,さら に誤嚥を起こしやすくなることが報告されている5)。低ア ルブミン血症は喉頭周辺の筋力低下をきたすことから,誤 嚥性肺炎のリスクとなるとされ6),血清アルブミン値が 3.1 g/dL 以下になると誤嚥性肺炎の発生リスクが増加す るという報告もある5)。さらに高齢者の不穏やせん妄に, 0.5 mg ~1 mg の少量のリスペリドンを投与したところ, 24時間以内に約20 %が嚥下障害をきたしたという報告も あった7)。本症例は誤嚥のハイリスク患者であり,抗精神 病薬投与はできるだけ控えるべきであった。 せん妄に抗精神病薬を使用することは本質的な治療では ない。せん妄の不穏に対しては,不穏の原因を医学的に検 討することが必要である。やむを得ずせん妄へ抗精神病薬 を使用する際は,誤嚥のリスク因子を検討し,低アルブミ ン血症など,改善できるリスク因子は改善させておくこと が望ましい。さらに投与後は,意識レベルが低下した時は 投与を中止するなど,合併症への慎重な経過観察を行う必 要があると考えられる。 おわりに 原疾患の治療経過は良好であったが,せん妄に対する抗 精神病薬投与の副作用と思われる意識障害から誤嚥性肺炎 となり,死亡退院した症例を報告した。せん妄の治療では, 要因となる疾患や薬物を同定し,要因を治療することが重 要である。これには「不穏」を常識の範疇でとらえず,医 学の知識で原因を検討する姿勢が必要となる。やむを得ず せん妄に抗精神病薬を投与する場合には,誤嚥のリスク因 子を評価し,投与後は過鎮静を避けるなど,慎重な経過観 察が必要であると考えられた。 本論文に関して申告する利益相反はない。 文 献 1) 久村正樹:第 3 回 せん妄とその対応.Journal of Com-mon Sense Medical Omnibus 2019; 1 :462-465. 2) Devlin JW, Roberts RJ, Fong JJ, et al:Efficacy and
safe-ty of quetiapine in critically ill patients with delirium:A prospective, multicenter, randomized, double-blind, pla-cebo-controlled pilot study.Crit Care Med 2010;38: 419-427.
3) Skrobik Y, Duprey MS, Hill NS, et al:Low-dose noctur-nal dexmedetomidine prevents ICU delirium:A ran-domized,placebo-controlled trial.Am J Respir Crit Care Med 2018;197:1147-1156. 4) 斎藤徹,小池早苗,小澤照史,他:統合失調症の嚥下障 害患者における誤嚥性肺炎発症の要因について.日本摂 食・嚥下リハビリテーション学会雑誌 2013;17:52-59. 5) 佐々木雄啓,町田加純,池本雅章,他:ドパミン D2受容 体遮断薬服用患者における誤嚥性肺炎に影響を与えるリ スク因子の検討.日病薬師会誌 2016;52:1008-1012. 6) 寺本信嗣:誤嚥性肺炎はどうして起こるのか? 藤谷順 子,鳥羽研二編,誤嚥性肺炎;抗菌薬だけに頼らない肺 炎治療.東京:医歯薬出版 ,2011;6-11. 7) 杉下周平,今井教仁,藤原隆博,他:非定型抗精神病薬 が嚥下機能に与える影響.日摂食嚥下リハ会誌 2014: 18:249–256.
34 日救急医会関東誌 42(2),2021年
A case study of a patient who died in hospital after experiencing aspiration pneumonia
caused by administration of an antipsychotic drug for delirium
*
Haruka Nakaji,
**Masaki Hisamura,
***Yuriko Kukihara,
**Yoshitaka Asano,
**
Motohiro Nakamura,
**Kenichiro Sonoda,
**Yoji Ando,
**Kenji Koshimizu
*
Clinical Training Center,Saitama Medical Center,Saitama Medical University
**
Department of Emergency Medicine Saitama Medical Center,Saitama Medical University
***
Department of Emergency and Critical Medicine Saitama Medical Center,
Saitama Medical University
Key words:delirium,agitation,antipsychotic drug,aspiration pneumonia Abstract
Case:A 66-year-old male who became immobile after a fall was transferred to our hospital. His was an acute renal damage, high CPK levels, fracture of Th11 and left trochanteric. Course:The renal failure improved, and the CPK level peaked on day 5. On day 11, risperidone 6 mg for delirium was administered, but he suffered consciousness disturbance. On day 15, he was diagnosed as aspiration pneumonia. On day 23, he died. Discussion:The delirium was caused by physical illness, and the underlying etiology needed to be identified. The use of an antipsychotic drug for delirium is a symptomatic treatment.