インクルーシブ保育の実践を支える巡回相談のあり方
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(2) 北海道教育大学紀要(教育科学編)第68巻 第2号 Journal of Hokkaido University of Education(Education)Vol. 68. No.2. 平 成 30 年 2 月 February, 2018. インクルーシブ保育の実践を支える巡回相談のあり方 阿部美穂子・河﨑 美香*・松本 理沙**・松田 麻美*** 北海道教育大学釧路校特別支援研究室 *. 富山県立しらとり支援学校. **. 同志社大学社会学部社会福祉学科 ***. 釧路専門学校子ども環境科. The Way of Itinerant Consultation for Inclusive Child Care Practices ABE Mihoko, KAWASAKI Mika*, MATSUMOTO Risa** and MATSUDA Asami*** Department of Special Education, Kushiro Campus, Hokkaido University of Education * **. Toyama Prefectural Shiratori Special School. Department of Social Welfare, Faculty of Social Studies, Doshisha University ***. Department of Child and Environment, Kushiro college. 概 要 本研究では,事例研究文献をもとに,インクルーシブ保育の実践に寄与できる巡回相談の機 能について検討した。その結果,以下の5つの機能が抽出された。1点目に,どの子どもも見 通しを持って保育に参加できるための保育環境を見直す機会を設定すること,2点目に,障害 のある子どもの問題行動解決に向け保育者が一致して保育改善に取り組む機会を足掛かりに, 障害のある子どものみならず,すべての子どものための保育体制整備を引き出すこと,3点目 に,障害のある子どもの気になる行動を積極的に再評価し,その良さ,強みなどに着目して, 他の子どもと一緒に参加できる保育活動の創出へと導くこと,4点目に,子どもの参加への意 思や気持ち,決定権の尊重という観点で活動への参加を判断する視点を保育者にもたらすこと, そして5点目に,子どもの成長発達の過程に応じて,加配保育者が効果的にその役割を遂行で きる方法を検討することである。 キーワード: 特別な支援ニーズのある子ども インクルーシブ保育 巡回相談 コンサル テーション. 115.
(3) 阿部美穂子・河﨑 美香・松本 理沙・松田 麻美. 1 問題の所在と目的. ステム」の概念が示されている。「インクルーシ ブ教育システム」とは「障害者を包容するあらゆ. 我が国における障害のある子どもの保育につい. る段階の教育制度」(外務省,2014)を指し,「人. ては,1974年に厚生省から通知された「障害児保. 間の多様性の尊重等の強化,障害者が精神的及び. 育事業実施要綱」により「統合保育という形で保. 身体的な能力等を可能な最大限度まで発達させ,. 育所に広げる制度が整った」とされる(澤田,. 自由な社会に効果的に参加することを可能とする. 2009) 。その後,発達障害者支援法の施行(2004),. との目的の下,障害のある者と障害のない者が共. 「保育対策等推進事業」(厚生労働省,2007)の. に学ぶ仕組み」 (文部科学省,2012)である。また,. 改正通知など法的環境が整うにつれ,全国の多く. その仕組みにおいては,「障害のある者が一般的. の保育所で障害のある子どもの受け入れが進ん. な教育制度から排除されないこと,自己の生活す. だ。厚生労働省雇用均等・児童家庭局保育課の調. る地域において初等中等教育の機会が与えられる. 査(2017b)によれば,保育所における障害のあ. こと,個人に必要な『合理的配慮』が提供される. る子どもの受け入れ数は年々増加傾向にあり,. 等が必要」(文部科学省,2012)とされている。. 2015年時点で6万人を超え,調査を始めた2006年. このインクルーシブ教育の考え方を未就学の子ど. の約2倍となっている。また,診断を受けた子ど. もの保育に取り入れたものがインクルーシブ保育. ものみならず, 「LD・ADHD・高機能自閉症など. である。すなわち,障害の有無にかかわらず,す. のいわゆる軽度の発達障害や軽度の知的障害の特. べての子どもがともに育つ保育の仕組みであり,. 徴をもっているが,当面診断が不明であったりす. 「障害のある子どもと障害のない子どもというよ. る子ども」 (無藤・神長・柘植・河村,2005)を. うに二元的に論じられてきた統合保育とは異な. 含めるなら,相当数の発達や行動に気がかりがあ. り,インクルーシブ保育は最初から障害の有無を. る子どもが保育所に在籍していると考えられる。. 前提とせず,すべての子どもを対象とし,一人一. このような現状から,統合保育は,今や我が国に. 人が異なることを踏まえ,そのニーズに応じた保. おいて障害のある子どものスタンダードな保育形. 育を行なうことを意味しており,一元的に論じら. 態であるといえる。. れるもの」 (山本・山根,2006)である。それは,. 統合保育の目的はとりもなおさず「障害のある. 「子ども一人一人の多様性と基本的人権を保障し. 幼児の発達・成長の促進」であり,保育者が「障. て,どの子どもも保育の活動に参加することを実. 害のある子どもの理解を深め,その可能性を信じ. 現する」(浜谷,2014)保育のあり方を指す。. て支援を行うこと」(水内,2010)である。しか. このインクルーシブ保育システムを整備するこ. しながら,障害のある子どもが障害のない子ども. とは,我が国が国際社会に公約した共生社会実現. 集団に「統合」される保育形態においては,障害. に向け,重要な達成課題の一つであるといえる。. のある子どもが通常の学級に配慮なしに投げ込ま. 平成29年3月に告示された改正保育所保育指針. れた状態となる「ダンピング」 (浜谷,2005)や,. (厚生労働省,2017a)においても「適切な環境. 障害のない子ども主体の保育に障害のある子ども. の下で,障害のある子どもが他の子どもとの生活. を適合させることをもって保育の目的が達成され. を通して共に成長できる」保育の実現が求められ. たとする過ちに陥る可能性をはらんでいる。. ている通りである。. これに対し,新たに「インクルーシブ保育」へ. それでは,加速するインクルーシブ保育への流. の取り組みが進められつつある。. れの中で,保育者はどのような状況にあるのだろ. 2006年に国連総会で採択され,日本が2014年に. うか。. 批准した「障害者の権利に関する条約」では,第. 石井(2003)は,インクルーシブ保育において. 24条「教育」において,「インクルーシブ教育シ. は,「障害のある幼児と健常児双方にとって十分. 116.
(4) インクルーシブ保育の実践を支える巡回相談のあり方. な保育環境と保育効果が保証されなければなら. 「保育者の通常の保育活動で実施することが負担. ず,さらに保育者の心身の負担にも配慮が必要」. にならないような支援のあり方を検討していくこ. と指摘する。また,山本・山根(2006)は,イン. とが必要である」と指摘している。. クルーシブ保育実践に必要とされる保育者の専門. このように巡回相談は効果が期待される一方. 性について,保育者の自己評価に基づき検討して. で,その内容や方法の如何によっては,十分その. いる。それによれば,保育計画や記録に関する能. 効果を発揮できていない現状が示された。そこで,. 力については自己評価が高く,保育実践や障害に. 本研究では,インクルーシブ保育の実践にあたり,. 関する専門知識については低いことが示された。. 保育者への支援リソースとして,巡回相談が効果. このことから,インクルーシブ保育を実現するた. を発揮するためには,どのような機能が必要かに. めには,保育者が子どもへの適切なサポートを行. ついて検討することを目的とする。具体的には,. うために障害のある子どもについて理解を深める. これまで取り組まれてきた巡回相談の報告をイン. こと,また直接的なかかわり方の技術を身につけ. クルーシブ保育の理念に照らして分析し,実践に. る必要があることを指摘している。芦澤(2010). 役立つ内容を抽出することにより,効果的な巡回. は, 「現場で保育にかかわる保育者達は,これま. 相談のあり方を明らかにするものとする。. での知識や経験,日々の試行錯誤を通して,保育 を工夫しているが,これまで蓄積してきた保育の 専門性だけでは,発達に困難がある子どもを理解. 2 方 法. することや保育の工夫を行っていくことに保育者. 文献を分析対象とした。まず,保育所及び幼稚. が困難を感じたり,自信がもてないような事例が. 園における巡回相談に関する文献,及びインク. 増えている」 と指摘する。このように,インクルー. ルーシブ保育に関する文献を検索した。検索には. シブ保育の実践に向け苦慮している保育者も多. CiNii(NII論文情報ナビゲータ)を用い,キーワー. く,支援を必要としていると考えられる。. ドは「巡回相談」「コンサルテーション」のいず. 一方,障害のある子どもを受け入れるにあたっ. れかと「インクルーシブ保育」「統合保育」のい. ては,保育者を支援する制度が整えられてきてい. ずれかをそれぞれ組み合わせた。. る。その一つに巡回相談がある。これは「外部の. 次に,得られた論文の中から具体事例を取り上. 専門職が保育所・幼稚園を訪問し,保育の様子を. げたものを抽出した。その中で,インクルーシブ. 観察した上で, 障害のある子どもを支援するもの」. 保育の理念である「子ども一人一人の多様性と基. (鶴,2012)である。巡回相談は先に述べたよう. 本的人権を保障して,どの子どもも保育の活動に. に,各保育所における障害のある子どもの受け入. 参加することを実現する」(浜谷,2014)ことに. れが増大するのに伴い,多くの自治体で実施され. 関連する内容が含まれるものをさらに精選した。. てきている。鶴(2012)は,この巡回相談に関す. 最終的に分析対象とした論文の中から,保育者が. る43の文献を整理・分析し,巡回相談の実施によ. インクルーシブ保育を実践するにあたり役立つと. り,特に保育者の子ども理解や対応方法の理解,. 考えられる巡回相談の機能を整理した。. 不安経験などに高い効果が示されていることを報 告している。しかし,山本・山根(2006)は,巡 回相談による専門的な支援については,有益で高. 3 結 果. い効果が期待される一方で,内容になじみがなく,. ⑴ 文献の検索結果. 専門用語の理解も必要であることから,そのまま. 2017年9月15日時点での検索の結果,内容が「巡. 保育実践に取り入れていくことに保育者が戸惑い. 回相談」あるいは「コンサルテーション」及び,. や抵抗を覚える可能性を示唆している。そして,. 「インクルーシブ保育」「統合保育」に関する論. 117.
(5) 阿部美穂子・河﨑 美香・松本 理沙・松田 麻美. 文が51編得られた。その中で,具体事例を取り上 げたものは13編であった。さらにその中で,イン クルーシブ保育の視点を含む内容が示されていた ものは5編であった。すなわち,障害のある子ど もや発達に気がかりがある子どもをいわゆる障害 のない子ども中心の保育に合わせようとする実践 にとどまらず,障害のない子どもにも着目して, 障害の有無にかかわらず子どもの成長を保障しよ うとする実践の記述があったものを選んだ。 以下に,論文中の該当する内容部分を抽出し, それぞれ巡回相談がインクルーシブ保育の具現化 にどのように機能したかについて検討を加えた。 なお,各文献から抽出した文章を引用するにあた り,文意が変わらないことを確認した上で,混乱 を防ぐ意図で表記を変更したり,文脈が理解しや すいように必要な語を補ったりした。併せて,引 用が冗長にならないように文章の一部を略した。 ⑵ 文献1 田仲 (2012) による。4歳児クラスに在籍する, 行動の気がかりが認められる男児(A)に関して, 巡回相談員が在籍幼稚園に出向き,事前情報や当 日の行動観察の様子をふまえ,保育者へのコンサ ルテーションを年間4回実施した。 1)記述1. を許してくれる子に対して自由にふるまってい るということであった。先生としては,他の子 が持っているおもちゃを取り上げるなど,きま りやルールを守れずにいるAの行動をそのまま 放っておくことはAにとって良くないと考え, できるだけその度に注意するように心がけをさ れていた。しかしながら,先生はAに対して毎 回大声で制止したり怒ったりしなければならな いことで保育の流れが中断されること,また, 「何度同じことを繰り返してもまた同じように してしまうんですよね」と状況が改善されない ことに疲労を感じておられる様子でもあった。 相談員は,Aの持つ特徴として,注意集中の難 しさや衝動性があるために,Aが自分自身で行 動を律していくことはまだ難しい段階にあるか もしれないと伝えた。すると, 「Aちゃん,わかっ てはいるんですけどね。なのに(いけない行動 をついしてしまう)」とやはり困った気持ちを 表現される。Aが自分自身で行動をコントロー ルしていくことは今後の課題であることを確認 し合った。 2)記述2 第3回の巡回相談では,最近のAの遠足の時 のエピソードが報告される。クラスごとに並ん. 第2回巡回相談時の行動観察では,Aは,ク. で歩く際に,Aは,大好きなM(同じクラスの. ラスの他の子との関係の中で,待つ,譲るといっ. 男児)と手をつなぎたがり,泣いてその場に立. たことができず,衝動的に行動してしまう様子. ち往生したという。先生に決まった並び順があ. が見られた。気分が高揚してくると,おもちゃ. ることを説明されても納得できずにしばらく泣. のお弁当を持ち,歩いているLから突然お弁当. き続けたそうである。また,日常の保育場面で. を取り上げて自分のものにしたり,手に持って. も,Aは自分の好きな遊び(おままごと)にM. いたおままごとのリンゴを投げたりした。一方,. を何度も誘い続けることが増えており,その度. Aの周りの,クラスの子どもたちに目を向ける. に,担当保育者や他の保育者が仲裁に入らない. と,AがLのお弁当を取り上げた場面では,L. と収拾がつかないとのことであった。. がそのことを取り立てて咎めることなく受け入. ここで,Mというお気に入りの子が現れたこ. れている様子もうかがえた。このことについて. とについて,相談員は,Aが特定の子に関心を. 相談員が先生に尋ねると,LをはじめAに関わ. 持ちはじめたことは,対等な仲間関係を作って. るクラスの子の多くはAの行動を受け入れてく. いく上では大切な時期にきているのではないか. れているということ,またA自身も自分の行動. と伝えた。そこで,Aの行動を受け入れてくれ. 118.
(6) インクルーシブ保育の実践を支える巡回相談のあり方. る子とだけではなく,A自身が“仲良くなりた い”と感じる子どもとの間で,自分の欲求に折 り合いをつけていきながら対等な関係を作って いくことが次の課題となることを話し合った。 3)記述3 第4回の巡回相談では,劇遊びの中で,クラ スの多くの子どもたちが配役を記憶できていな かったために混乱がみられたことを振り返る機 会があった。そこでは,保育者同士の話し合い の中で, “子どもたち皆が分かりやすいような 配役表を作る”という具体的な対応策が作られ ていった。. 見出そうとする考え方へと変貌してきたことがう かがえる。また,この変化は直接Aを担当してい る保育者だけでなく複数の保育者に生まれてい る。複数の保育者が協議を重ねる場を持つことに よって,保育者自身が課題に気づき,子どもの参 加を促すための,保育の工夫を見出すに至ってい る。 以上のことから,インクルーシブ保育の実践を 促進するための本巡回相談の機能として,対象児 だけでなく,どの子どもも見通しを持って保育に 参加できるように保育環境を見直すという考え方 を保育者にもたらしたことが挙げられる。この考 え方は,巡回相談者が保育者に対して直接アドバ イスを行うことでもたらされたのではない。対象. 4)本巡回相談の機能. 児の行動について発達的な意味付けを行い,複数. 記述1,2より,巡回相談員は,保育者から見. の保育者が繰り返し協議する場を設定することに. ると衝動的で乱暴なAの行動を本人の抱える困難. より,保育者らが自ら気付き,生み出されてきた. さの表れとして意味づけたり,特定の子どもへの. ものである。このように,巡回相談において,保. 極端な執着行動を対等な仲間関係を作っていく上. 育者が保育環境を気がかりがある子どもの視点か. で大切な時期の特徴ととらえて解説したりしてい. ら見直し,それを子ども全体の視点へと拡大して. る。これにより,記述1では,保育者は,Aのルー. いく話し合いの流れを作ることが大切であると考. ルを守らない行動を他の子どもが一方的に受け入. えられる。. れている状況をAにとって良くないと感じつつ も,今のAは,自分で良くない振る舞いと分かっ. ⑶ 文献2. ていても自己コントロールできない発達状態であ. 石井(2009)による。年中クラス在籍のHFASD. ることを理解した。また記述2では,保育者は,. のあるBの保育中の園外脱出,多動を伴う軽度知. Aが起こしてしまうトラブルをお気に入りの友達. 的障害のあるCの他害頻発の事態を受け,巡回相. と遊びたいという対等な仲間関係づくりにつなが. 談員が訪問し,コンサルテーションを実施した。. るエピソードとしてとらえなおしている。このよ. 1)記述1. うに,巡回相談において,Aの発達的な視点から Aの行動をアセスメントすることで,保育者はA の行動を肯定的に解釈し,他の子どもとの関係性 に着目して次の支援目標を設定することができ た。さらに記述3では,保育者の視点は,A個人 の気がかりな行動から,Aを含むクラス全体の運 営へと拡大している。すなわち,発達に気がかり があるAという子どもの逸脱行動に焦点化した考 え方から,Aも含めクラスのどの子どもも見通し を持って活動に参加できる保育環境のあり方を模 索する,いわゆる保育のユニバーサルデザインを. 保育者の対応の変化 ・「危険な行動を阻止する」という対応から, 子どもの気持ちと行動の理由を考え,対応を工 夫するように変化した。 ・B,Cのみに注目する対応から,周囲の子ど もにも目を向け,周囲の子どもの気持ちを受け 止め,個別に支援の必要な子どもの行動の特徴 や理由について,説明を行うように変化した。 ・できる限り集団で一緒に行動させるという対 応から,タイミングを見て,徐々に参加を促す. 119.
(7) 阿部美穂子・河﨑 美香・松本 理沙・松田 麻美. 対応に変化した。 2)記述2 他児の変化 ・ 「逃げる」 , 「からかう」などの対応に加え, 行動を理解しようとする,特性を理解した上で 遊びの中に受け入れるなどの行動が見られるよ うになった。 3)記述3 幼稚園では,その後,入園申込時に発達的観 点から観察を行い,場合によっては入園前から 対応するようになり,職員配置を見直し,個別 の支援を要する子どもを受け入れるにあたって は,原則複数担任制をとるようになった。この ように,BとCの保育体験が,幼稚園に危機的 状況をもたらすと同時に,保育体制を振り返る きっかけを作り,園全体の状況要因に影響を与 えた。 4)本巡回相談の機能 本事例については紙面上の制約から,詳細な報 告はなされていない。しかしながら,その内容か ら対象児であるB,Cの行動が,他の子どもにも 影響を及ぼし,園全体の活動に支障が起きている 状況であったと推測される。すなわち,障害のあ る子どもが示す行動上の問題がきっかけで,どの 子どもも安心して保育に参加することが難しい状 況が発生していたと考えられる。よって巡回相談 では,B,Cのみならず,クラスの他の子どもへ の対応についても,併せて取り上げ,具体的な対 応策を講じている。 記述1,2からは,ほかの子どもたちに,B, Cの持つ障害特性を説明することで,子どもたち がB,Cを理解し,B,Cとのかかわりが変化し, 遊びの中にB,Cの居場所が作られていった様子 がうかがえる。また,記述3からは,BとCに対 応できる保育を積み上げたことが,保育体制を振 り返るきっかけを作り,改善につながったことが 示されている。. 120. 以上のことから,本巡回相談の機能として,保 育が成立しないという「危機的状況」を脱して, 保育方針や園の保育環境など,保育体制そのもの をインクルーシブな視点から立て直す流れを生み 出したことが挙げられる。 ⑷ 文献3 芦澤・浜谷・田中(2008)による。発達の遅れ とASD傾向のある男児(D)は入園当初の年少時 から対人的コミュニケーションの希薄さに加え, 車に対するこだわりが見られた。担任はDの行動 をどのように理解し,また,Dの発達のために保 育においてどのような配慮が必要であるかを知る ために巡回相談を依頼した。巡回相談員は,毎年 1回,発達検査と行動観察および保護者と保育者 からの聞き取りを通して,Dの発達水準と障害特 徴についてアセスメントし,カンファレンスを実 施した。なお,Dの担任は,毎年変更している。 1)記述1 年少クラス在籍時には,カンファレンスにお いて,Dの内面世界を理解する作業を通して保 育への助言を行った。例えば,車に対して見ら れたこだわりを集団活動を妨げる問題行動とし て捉えるのではなく,車に対する憧れとして捉 え直してみるといった,保育者の視点の転換を 行った。その結果,クラスでの遊びの中に,車 をテーマにした遊びを取り入れる等,Dのこだ わりを媒介として,仲間同士の接点を増やす工 夫がなされた。 また,年長クラス在籍時には,Dは生活面で は成長が見られたが,遊びの幅が広がらず,保 育者は悩んでいた。カンファレンスでは, 「D 個人の遊びの幅を広げることに注意を向けるの ではなく,クラス全体の遊びとして,仲間を意 識するチーム戦のゲームなどを導入することに より,Dを含む遊びの集団作りが重要である」 と助言した。.
(8) インクルーシブ保育の実践を支える巡回相談のあり方. 2)記述2 年少クラスでは,障害児を初めて受け持った 担任が,巡回相談を通して「まっさらな状態か ら抜け出して保育を行うことができた」と述べ ている。 「まっさらな状態」という表現から, 保育経験の少ない担任が,Dの行動を理解する ことが出来ず,不安を抱えながら保育を行って いたことが読み取れる。また,巡回相談を受け ることによって,担任が「個別の対応,集団で の対応, 仲間とのかかわりの広げ方がわかった」 と述べていることから,Dの多様な側面につい て理解を深め,保育方法に関する示唆を得たこ とがわかる。 担任は,アセスメントによって,これまで不 可解に見えていたDの行動の意味を理解するよ うになった。そして, 「知識がなければ引っ張っ て集団に戻す行動にでてしまう」と,これまで のDに対するかかわりを振り返り,「Dに不利 になってしまいます」と,Dへの配慮の必要性 について言及している。 3)記述3 年長クラス在籍時の担任は,Dの発達特徴を 理解し,新学期当初のDの問題行動に冷静に対 応している。2学期になり,Dの行動が落ち着 き, 他児の中にいるようになると担任は安心し, Dについて問題を感じなくなっている。しかし, 相談員の指摘によって,目立たないことがDの 成長ではないことを理解し,Dの発達を促すと いう視点から保育を再考し始めた。 カンファレンスにおいて,一見するとDは仲 間に入っているように見えるが,活動を共有す るには至っていないことが確認された。その結 果,クラス全体の遊びを育て,その中にDが位 置付くように配慮することが担任及び教諭間で 合意された。 4) 本巡回相談の機能. 車への「こだわり」を「憧れ」ととらえる新しい 視点がもたらされたことによって,保育の考え方 と内容が大きく転換した。重要なのは,周りの子 どもの遊びにDが合わせることを目指すのではな く,Dの好きな遊びがクラス全体の遊びになるよ うに,保育を作り直した点である。すなわち,こ れまで中心となっていた,障害のある子どもを保 育に適合させるという方法ではなく,障害のある 子どもの興味関心に保育を適合させた。その結果, すべての子どもにとって取り組む甲斐のある,発 達に意義のある保育活動が生み出されることと なった。また,記述2からは,担任自身が自らの 子ども理解が深まり,新しい対応方法が分かった と実感している様子が見てとれる。すなわち,保 育者は障害のある子どもが含まれる集団に対し て,その子どもに配慮しつつ,柔軟に保育活動を 展開するヒントを得たと考えられる。 さらに記述3では,担任がDに問題行動が見ら れなくなっただけでは,必ずしもDの発達を保障 する保育ではないことに気づき,Dがともに参加 できるようにクラス全体の遊びを育てるため,保 育改善への取り組みがなされることとなった。す なわち,Dの発達を促進することが,クラス全体 の遊びを育てる保育につながったといえる。 以上のことから,本巡回相談の機能として,ま ず1つ目に,保育者に対し,障害のある子どもの 問題行動を低減すべきものではなく,むしろ活用 すべきものとして積極的に再評価し,価値を見い だす意識をもたらした点が挙げられる。2つ目に, 保育者が障害のある子どもがすでに持っている興 味関心や,良さ,強みなどに着目して保育活動を 展開することで,障害のある子どもを含む集団づ くりを実現し,さらには,障害のある子どもの成 長を促す保育がクラス全体の子どもの成長に寄与 できることを,保育者が体験を通して理解できた 点が挙げられる。すなわち,本巡回相談は保育者 にインクルーシブ保育の実践方法について具体的 な知見をもたらすものであったといえる。. 本事例では,担任に対し,当初,集団参加の妨 げとなる改善すべき行動としてとらえていたDの. 121.
(9) 阿部美穂子・河﨑 美香・松本 理沙・松田 麻美. ⑸ 文献4 浜谷(2005)による。巡回相談において,巡回 相談員が,障害のある子どもが保育に「参加」し ている状態を障害のある子どもの意思や気持ち, 場面の文脈,他の子供との関係を考慮してどのよ うに理解し,解釈するかについて,インクルーシ ブ保育の観点から,架空事例を挙げて検討した。 1)記述1. どうだろうか。 bで,太郎は鬼ごっこを一緒にしたい気持ち があることが保育者から皆に伝えられる。皆も 太郎と一緒に鬼ごっこをしたいという気持ちを もっている。一緒に鬼ごっこするにはどうした らよいか皆で話し合う。しかし,太郎も遊ぶこ とができる特別ルールを考案することができな い。今回は,太郎も楽しんで鬼ごっこを一緒に. 障害を持っている子どもを仮に太郎としよ. することはできないので,その間,太郎は皆と. う。太郎と他の子どもたちとの関係のあり方に. は別に補助者と二人で遊ぶことにする。補助者. はいくつかパターンがある。鬼ごっこ遊び場面. は,太郎に鬼ごっこにも注意を向けるように促. を例にあげて,典型的と考えられるパターンを. しながら遊ぶ。その後で,補助者は,太郎と二. あげてみる。. 人で何をして遊んでいたかを後にクラスの皆に. a 鬼ごっこの標準ルールの他に,特別ルー. 伝えた。. ルを部分的につくり,太郎を含めた全員が意欲. この場合,鬼ごっこ場面だけを抽出してみれ. 的に楽しむことができる状態にある。. ば,太郎は,クラスの保育に参加している状態. b 特別ルールを考案できないときに,太郎. とはいえないが,保育の全体状況をみれば,太. は別の場面で補助者と個別に楽しい活動を行う。. 郎は保育に「参加」している状態であったとい. c 鬼ごっこの標準ルールを理解できない太. う解釈ができなくもないだろう。少なくとも,. 郎は手をつないでもらっている。その間,太郎. cの状態に比べれば「参加」していると解釈で. は理由も理解できずに,せかされたり,押され. きるのではないだろうか。このように, 「参加」. たりして不快な経験をしている。. 状態を定義することは,行動を共にする,場面. a 状態を,太郎が「参加」している状態と. を共有するという意味での「統合」という基準. して解釈することに異論はあまりないだろう。. に加えて,その場面での太郎の意思や気持ちな. 問題は, bとcの状態をどう解釈するかである。. どを考慮することや,その場面の前後の文脈や,. b状態では太郎が鬼ごっこという行動を共にし. 太郎と他の子どもの関係のあり方などを考慮し. ていないので,参加状態にあるとはいえない。. て判断する必要がある。. 一方,c状態では,太郎は鬼ごっこの行動を共 にしているから参加状態と言えるかというと, そう解釈することには抵抗感があるだろう。こ のように,単純に行動を共にしているかどうか という基準だけで参加について判断することに は無理があることはすぐに分かる。異なる視点 も含めて判断することが求められる。たとえば, bとcの状態のどちらが太郎にとって,周囲の 子どもにとって望ましいのかというような視点 も加味しなければ「参加」状態について納得で きる解釈はできない。そこで,b状態は実は以 下のような状況だったことが分かったとしたら. 122. 2)本巡回相談の機能 本事例は,巡回相談員が,保育観察において, 障害のある子どもの参加状態をアセスメントする ための例として示されたものであり,実際の事例 ではない。しかし,インクルーシブ保育の実践を 促進するための巡回相談の機能について,重要な 示唆を与えるものである。この場合の機能とは, 障害のある子どもの活動への参加状態を集団の中 に一緒にいるか,集団から離れているかという見 かけの姿ではなく,子どもの参加への意思や気持 ち,決定権が尊重されているかどうかという観点 で判断する視点を保育者にもたらすことである。.
(10) インクルーシブ保育の実践を支える巡回相談のあり方. 障害のある子どもが他の子どもと同じ活動の場 にいたとしても,それが強制させられたものであ るなら,障害のある子どもの成長発達を促す活動 とはならず,他の子どもとの育ちあいが生まれる 機会も得られない。逆に,障害のある子どもが他 の子どもとは別々に活動することを選んだとして も,相互に関心を持って意識し合っていたり,あ るいはそれぞれが自ら選択決定した活動に意欲的 に取り組んでいるとしたら,それはお互いを尊重 し合う関係構築につながるものと考えられる。イ ンクルーシブ保育が最終的に目指すのは,障害の 有無にかかわらず,それぞれの子どもが自分の意 思をもち,同時に相手の意思を尊重し合って,と もに活動できる保育の実現であるが,そのために は,保育者が現在の子どもの参加状態及び,その 状態に至った経緯をそれぞれの子どもの育ちとい う視点で的確に評価する必要がある。そして,そ の評価に基づいて,子どもの参加が高まるように 保育計画を見直し,再度実践するというように, PDCAサイクルによる保育改善が求められる。巡 回相談が保育者に参加アセスメントスキルを獲得 させる機能を果たすなら,上記のPDCAサイクル による保育改善に寄与し,インクルーシブ保育実 践のための重要な支援リソースとなると考える。 ⑹ 文献5 五十嵐(2003)による。対象児はASD傾向が あるとされる年中男児(E)である。巡回相談員 は,保育補助員として,週2回保育補助を実施す るのに併せ,8か月にわたるコンサルテーション を実施した。 1)記述1. 動参加に対するフォローということになった。 補助員とEの信頼関係の成立を目指し,Eが 抱く興味関心に基づいてのコミュニケーション と遊び,生活面での補助に焦点を当てて,対応 を試みた。 集団活動の場面では途中で抜け出してしまう ことが多く,抜け出した時には無理に参加させ ずに,補助員と遊ぶようにした。 Eが駅名をことばにしているのを聞いて,補 助員が自分の乗っている電車のことを話したの がきっかけで,補助員が入室すると,Eがやっ てきて,「今日は○○線で来たの?…」と必ず 尋ねるようになった。 Eと一緒に補助員が電車や道路の地図を書い ていたときに,その中で補助員の家が出現した。 この時より,Eと信頼関係が成立したと思われ た。 2)記述2 Eの問題行動は,人との関わりを求めている が,その思いをどのように表出すればいいのか 分からないためであると判断された。そこで, 今後の対応課題は,補助員とのやりとりや遊び を一層充実させ,思いを表出する力を高めるこ とであると考えられた。また,他児への興味関 心を持ち始めたと捉えられるエピソードから, 他児との関わりが持てるように,補助員と他児 との関わりも大切にしていくことも課題である と考えられた。 その後,補助員が他児との関わりを増やして いくことにより,Eが他児と関わっている補助 員のところへやってきたり,Eと補助員が遊ん. 保育補助員(以下,補助員と表記)が配置さ. でいるところに他児がやってくるという機会も. れる以前,Eには高いところに昇ったり,そこ. 増え,Eと他児達は補助員を媒介として関わる. から奇声を発するなどの問題行動が出てきた。. ようになった。Eと補助員が電車の地図を描い. 友達の名前を呼ぶようになった。絵は電車の駅. ていると,男児2人がやってきて, 「これ何?」. 名を描いたりしていた。. と尋ねた。Eは駅名をささやいていたので,補. 始めの保育補助の位置づけは,それまでのE. 助員が「E君は電車の地図を描いてるんだよ」. の姿を考慮し,ことばの面と仲間や集団での活. と答えると「へえ一,すごいや。漢字書いてる. 123.
(11) 阿部美穂子・河﨑 美香・松本 理沙・松田 麻美. よ。E君,すごいや」と,男児達がそろって感 心していた。Eの描く絵が他児達に興味関心を 持たせ,そこから一緒にその絵を楽しめるよう になってから,他児達のEへの認識がちょっと 違った子から漢字を書くことができるすごい子 に変化した。Eの問題行動は減少し,パニック も起きなくなってきた。補助員の具体的な対応 は,引き続き,他児との関わりを意識したもの となった。 3)記述3 補助員とEとのやりとりは,毎日,活動の最 初に行う「朝の挨拶」に関しては,常に続いて いたが,その他の時間ではEは他児と平行遊び 的に遊んでいる姿が多く見られるようになり, 補助員との関わりの時間が減った。集団活動の 際には他児がEをフォローする姿もあった。. かわりが拡大した。他の子どものEに対する認識 が肯定的に変化するのに併せ,Eの問題行動やパ ニックが減少したことから,Eと周りの子どもた ちに,良い意味で影響を及ぼし合う相互関係が生 まれてきたと推測される。 記述3では,Eは他の子どもを意識しつつ,自 分の遊びを展開するという平行遊びの状態で,保 育場面を共有するようになり,他の子どもが補助 員に代わってEを支援する様子も見られるように なった。この段階で,補助員の役割は,朝の受け 入れとその後の見守りという,限定的なものに変 化している。今後は,Eと周りの子どもが直接関 係を発展させながら,同じ活動に参加することが 可能になっていくと考えられる。 以上のことから,障害のある子どものために加 配された保育者の役割を,①安心できる基地→② 子ども同士の間接的かかわりを生み出す仲立ち→ ③子ども同士の直接的かかわりの見守りという段. 4)本巡回相談の機能. 階で展開する見通しが得られた。本事例から導か. 本事例は,補助員という立場で,保育補助とコ. れる巡回相談の機能として,加配保育者の役割遂. ンサルテーションを兼務した特殊なケースであ. 行状況をアセスメントし,子どもたちの関係性の. り,得られた効果については,一般的な巡回相談. 段階に適した役割を果たせるように,コンサル. 員によって実施されたコンサルテーションで得ら. テーションを行うことが挙げられる。障害のある. れたものと同様にみなすことは難しい。しかしな. 子どもの受け入れに伴う保育者の加配は,インク. がら,報告で明らかにされた対象児とそれを取り. ルーシブ保育の実践を可能とする合理的配慮の一. 巻く子どもたちの変容過程は,補助員の働きかけ. つとして,多くの自治体で取り入れられている。. によるところが大きいと判断されることから,各. しかしながら,加配保育者が状況に応じて,柔軟. 保育所や幼稚園に加配される保育者がインクルー. にどのような役割を遂行していくのがよいかにつ. シブ保育の実践に向けて適切な役割を遂行するこ. いては,いまだ検証が不十分である。巡回相談の. とを目的とした巡回相談の参考事例として,十分. 場で,継続して加配保育者の役割について検討す. 活用できる内容であると思われる。. ることは,インクルーシブ保育の実践に寄与する. 記述1では,補助員はEにとって集団参加が苦. ところが大きいと考えられる。. 痛と感じられた場合の避難場所としての役割を果 たしたことが示されている。補助員がそばにいる ことは,Eにとって,安心できる基地が確保され たことである。その結果,Eは補助員に信頼を寄 せ,補助員という基地から,他の子どもへの関心. 4 考 察 ⑴ インクルーシブ保育の実践を促進する巡回相 談の機能. を広げていくこととなる。. 本研究では,巡回相談における事例を取り上げ. 記述2では,補助員がEと他の子どもとの仲立. た文献に基づき,インクルーシブ保育を実践する. ちの役割を果たすことで,Eと他の子どもとのか. にあたり役立つと考えられる巡回相談の機能につ. 124.
(12) インクルーシブ保育の実践を支える巡回相談のあり方. いて検討した。その結果,以下の5つが示された。. らずそれぞれの子どもが自分の意思をもち,同時. 1点目に,どの子どもも見通しを持って保育に. に相手の意思を尊重し合って,ともに活動できる. 参加できるように保育環境を見直す機会を設定す. 保育を目指し,実践と振り返りを繰り返すように. ることである。これは,まず行動に気がかりがあ. なることが期待される。. る子どもに分かりやすい保育環境の検討から始ま. 5点目に,合理的配慮の一つである加配保育者. り,それをどの子どもにとっても分かりやすい環. について,子どもの成長発達の過程に応じて,効. 境になるように,保育全体に広げていくという,. 果的にその役割を遂行できるように,継続してそ. ユニバーサルデザインの考え方を保育に導入する. の内容を検討し,柔軟に見直していくことである。. ものである。. その際,障害のある子どもの実態のみならず,障. 2点目に,障害のある子どもの問題行動を解決. 害のある子どもと周りの子どもとの相互作用に着. するという目的をもって保育者が一致して保育改. 目することにより,どの子どもにとっても,その. 善に取り組む機会を足掛かりに,障害のある子ど. 成長発達に寄与できる加配保育者の役割を決定す. もの参加のみならず,どの子どもも参加できる保. ることが可能となる。. 育を実現するための保育体制整備への流れを引き 出すことである。障害のある子どもの行動が引き 金となり保育そのものが成立しないという状況. ⑵ インクルーシブ保育の実践を妨げる巡回相談 の要因. は,保育者にとってこれまで積み上げてきた自ら. 前項ではインクルーシブ保育の実践を促進する. の保育の適切さが問われる危機的状況である。し. 巡回相談のあり方について検討してきたが,巡回. かし,インクルーシブ保育の視点から見ると,こ. 相談において懸念される,インクルーシブ保育実. の状況はむしろチャンスといえる。すなわち,保. 践への阻害要因についても触れる必要があると考. 育を立て直す過程で,保育方針や園の保育環境な. える。. ど,保育体制を根本から作り変える機会を得るこ. 巡回相談の事例報告の多くは巡回相談員の立場. ととなるからである。. で書かれており,巡回相談員が行ったアドバイス. 3点目に,障害のある子どもの気になる行動を. や働きかけにより,保育がどのように改善され,. 積極的に再評価し,その良さ,強みなどに着目し. 子どもにどのような変化がもたらされたかという. て,どの子どもも参加できる保育活動の創出へと. 文脈で報告されている。すなわち,コンサルタン. 導くことである。障害のある子どものこだわりと. ト側の巡回相談員がもたらしたアドバイスの内容. もいえる強い興味関心を手掛かりに,クラス全体. をコンサルティ側の保育者が理解し,受け入れて. の子どもが参加し,その成長に寄与できる新たな. 自らの保育に反映することにより,問題が解決さ. 集団活動へと発展させる体験は,保育者の障害の. れ,インクルーシブ保育が実現するという巡回相. ある子どもに対する理解を深め,その評価を新た. 談の流れが中心となっている。. にし,インクルーシブ保育実践へのエネルギーを. しかし,このようにコンサルタントがもたらす. 生み出すものとなる。. 助言を保育者が実行するタイプの巡回相談では,. 4点目に,障害のある子どもの活動への参加状. 以下の2つの問題が懸念される。. 態を子どもの参加への意思や気持ち,決定権が尊. 1つは,保育者の巡回相談員に対する依存性の. 重されているかどうかという観点で判断する視点. 問題である。これまでも専門家が保育者とかかわ. を保育者にもたらすことである。これにより,保. るとき,保育者の専門家への依存が起こることが. 育者は,障害のない子ども中心の保育場面に,障. 指 摘 さ れ て い る( 浜 谷・ 秦 野・ 松 山・ 村 田,. 害のある子どもが置かれているという見せかけの. 1990)。また,芦澤(2010)は,「保育者が専門家. 参加にとらわれることなく,障害の有無にかかわ. のアセスメントや助言を無批判に受け入れ,保育. 125.
(13) 阿部美穂子・河﨑 美香・松本 理沙・松田 麻美. 者の主体性が失われる危険性がある」と指摘して. 者の依存を低減し,自信の低下を防ぐことにつな. いる。. がるのではないかと考える。. もう1つは保育者の自信の問題である。芦澤・. 保育者が自らの資質の高まりを自覚し,インク. 浜谷・田中(2008)が,コンサルティとして巡回. ルーシブ保育の実践者として,その主体性が育ま. 相談を体験した幼稚園の教諭を対象に行った質問. れていくことは,巡回相談が果たす最も重要な機. 紙調査の結果によれば,「自信」及び「迷い」の. 能であるといえるだろう。本研究で取り上げた5. 項目得点の平均値が特に低く,「巡回相談が,保. つの文献においても,巡回相談を通して保育者が. 育への自信や不安の解消にはならなかったことを. 何を学んだか,どのように保育が変わったかにつ. 示している」と報告されている。. いての記述は詳細になされているが,巡回相談を. 以上の2つは相互に関連する問題である。巡回. 通して,保育の専門家としての保育者の自己像が. 相談員が専門性の高いアドバイスをすればするほ. どう変化したかという視点からの記述について. ど,保育者には自分の力では考え出すことができ. は,十分になされているとはいえなかった。. ない内容だと感じられ,巡回相談員への信頼を深. 以上のことから,今後の課題として,インクルー. めると同時に依存性も高めてしまう。それゆえ,. シブ保育の担い手である保育者が,プロフェッ. それと反比例するように自分の保育に自信が持て. ショナルとしての自己意識をもち,障害のある子. なくなり,自分の保育のあり方が適切であるかど. どもの保育に関する自信や効力感を高めていくこ. うかを自己評価できず,さらに巡回相談員への依. とができる巡回相談のあり方を,具体事例の分析. 存性を増してしまうこととなる。. に基づいて追及する必要があると考える。. 特に,インクルーシブ保育という,日本ではそ の理念が十分浸透しているとは言い難い課題につ. 引用文献. いては,多くの保育者は,どのような保育がイン クルーシブというにふさわしいのか,インクルー. 芦澤清音(2010)発達臨床の専門性は保育カンファレン. シブ保育がどのように具現化されるのかについて. スで保育者をどのように支援するか-保育園の「気に. 具体的なイメージを持ち得ない状態にあると推測. なる子の事例検討会の分析-.帝京大学文学部教育学 科紀要,35,25-35.. される。そのような状況において巡回相談を行う. 芦澤清音・浜谷直人・田中浩司(2008)幼稚園への巡回. 場合,巡回相談員への強い依存と自らの保育に対. 相談による支援の機能と構造:X市における発達臨床. する自信の低下を招くリスクは,より高まるもの. コンサルテーションの分析.発達心理学研究, 19⑶,. と考えられる。 それゆえ,インクルーシブ保育の実践を目指し て巡回相談を行う場合には,保育者自らが課題を 分析し,その解決策を見いだすための巡回相談の 運営方法,あるいはシステムとでもいうべきもの. 252-263. 外務省(2014)障害者の権利に関する条約. http://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page22_ 000899.html 2017年9月15日閲覧 浜谷直人(2005)統合保育における障害児の参加状態の アセスメント.首都大学東京「人文学報」,教育学, 40,17-30.. を導入する必要があると考える。本研究で取り上. 浜谷直人(2014)インクルーシブ保育と子どもの参加を. げた文献1のように,保育者集団が協議を重ねる. 支援する巡回相談.障害者問題研究,42⑶,18-25.. ことによって,自らインクルーシブ保育にかかる. 浜谷直人・秦野悦子・松山由紀・村田叮子(1990)障害. 課題を見いだし,その解決方法の間を生み出せる ような枠組みを巡回相談に組み込むことである。. 児保育における専門機関との連携-川崎市における障 害児保育 巡回相談のとりくみの視点と特徴-.季刊 障害者問題研究,60,42-52.. その枠組みにのっとって保育者が巡回相談の場を. 発達障害者支援法(2004). 主体的に運営し,巡回相談者はその流れの中で,. http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H16/H16HO167.html. 必要なアドバイスを行う立場をとるならば,保育. 126. 2017年9月15日閲覧.
(14) インクルーシブ保育の実践を支える巡回相談のあり方. 五十嵐元子(2003)自閉的傾向のある子どもの仲間関係 の広がりについて:年中児の事例から.日本保育学会 大会発表論文集,56,802-803. 石井正子(2003)インクルーシブ保育の中で育つもの, 日本保育学会大会発表論文集,56,V6,944-945. 石井正子(2009)幼稚園において障害のある子が保育の 状況要因に与える影響.日本教育心理学会総会発表論 文集,PE096,510,510. 厚生労働省(2007)保育対策等促進事業の実施について. 厚生労働省雇用均等・児童家庭局長. http://wwwhourei.mhlw.go.jp/hourei/doc/tsuchi/ T140603N0020.pdf 2017年9月15日閲覧 厚生労働省(2017a)保育所保育指針(H30年度~) http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/ kodomo/kodomo_kosodate/hoiku/index.html 厚生労働省(2017b)保育所における障害児の受け入れ状 況について.厚生労働省雇用均等・児童家庭局保育課. http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000155414.pdf 水内豊和(2010)発達保障の統合保育.よくわかる障害 児保育.ミネルヴァ書房.128-129. 文部科学省(2012)共生社会の形成に向けたインクルー シブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報 告) . http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/ chukyo3/044/attach/1321669.htm 2017年9月15日閲覧 無藤隆・神長美津子・柘植雅義・河村久(2005)「気にな る子」の保育と就学支援.東洋館出版社. 澤田英三(2009)制度化以前の保育所における障碍児保 育についての事例報告.安田女子大学紀要,37,169178. 田仲由佳(2012)幼児期の子どもを対象とした巡回相談 事例についての一考察.近畿医療福祉大学紀要,13⑴, 49-57. 鶴宏史(2012)保育所・幼稚園における巡回相談に関す る研究動向.帝塚山大学現代生活学部紀要,8,113126. 山本佳代子・山根正夫(2006)インクルーシブ保育実践 における保育者の専門性に関する一考察:専門的知識 と技術の観点から.山口県立大学社会福祉学部紀要, 12,53-60.. (阿部美穂子 釧路校教授) (河﨑 美香 富山県立しらとり支援学校教諭) (松本 理沙 同志社大学社会学部社会福祉学科 助手) (松田 麻美 釧路専門学校非常勤講師) . 127.
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