制御焦点の違いが透明性の錯覚に及ぼす影響
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(2) 北海道教育大学紀要(教育科学編)第68巻 第2号 Journal of Hokkaido University of Education(Education)Vol. 68. No.2. 平 成 30 年 2 月 February, 2018. 制御焦点の違いが透明性の錯覚に及ぼす影響 吉川ひかる・戸田 弘二* 北海道教育大学大学院教育学研究科 *. 北海道教育大学札幌校社会心理学研究室. The effect of regulatory focus on the illusion of transparency YOSHIKAWA Hikaru and TODA Koji* Graduate School of Education, Sapporo-Iwamizawa Campus, Hokkaido University of Education *. Department of Social Psychology, Sapporo Campus, Hokkaido University of Education. 概 要 透明性の錯覚とは自分の内的状態が他者に対して実際よりも伝わっているのではないかと過 大評価する傾向のことをいう。本研究では,大学生38名を実験参加者に,奥川・工藤(2009) の手続きを改良することで,透明性の錯覚の大きさが制御焦点の違いによってどのように異な るかを検討した。さらに,BIS/BAS尺度を用いて個人の焦点化のしやすさ(個人差要因)を 測定し,これを調整変数とすることで制御焦点と個人差要因の交互作用が透明性の錯覚にどの ように影響するかについても検討した。その結果,成功に動機づけられた促進焦点条件の方が, 失敗の回避に動機づけられた予防焦点条件よりも透明性の錯覚が大きいという,奥川・工藤 (2009)とは異なる結果が得られた。また促進焦点条件においてのみ,失敗の回避に動機づけ しやすい傾向を持たない群(BIS低群)で透明性の錯覚が大きいという結果が示された。これ らのことから,成功に動機づけられた促進焦点条件ではポジティブな感情が喚起されやすく, このためにヒューリスティックな情報処理が行われやすくなっていることが示唆された。以上 より,感情が透明性の錯覚に影響を与えている可能性が見いだされた。 Key Word:透明性の錯覚,係留と調整ヒューリスティック,制御焦点理論. 他者とのやり取りの中で,自分の考えているこ. この透明性の錯覚が生じることを示した。実験で. とや感じていることが実際以上に相手に伝わって. は5つのコップに入った飲み物を用意し,参加者. いると思い込むことがある。このような現象を透. に1つずつ味見するよう求めたが,まずい飲み物. 明性の錯覚(illusion of transparency)と言い,. が1つだけ混ざっていた。参加者はどれがまずい. Gilovich, Savitsky, & Medvec(1998) は 実 験 で. 飲み物なのかを様子を見ている人に悟られないよ. 75.
(3) 吉川ひかる・戸田 弘二. うにした。すると,味見をした参加者は,様子を. いが透明性の錯覚に及ぼす影響について検討し. 見ている人が実際にまずい飲み物を当てた割合よ. た。制御焦点理論では,促進焦点と予防焦点とい. りも,多くの人に当てられていると思っていたの. う2種類の自己制御システムが目標達成行動をつ. で あ る。 こ の よ う な 結 果 か ら,Gilovich et,al.. かさどっていると考えられている。促進焦点のシ. (1998)は,人は自分の思考,感情,情動等の内. ステムは利得に焦点化した自己制御をつかさど. 的状態が実際よりも他者に伝わっていると過度に. り,利得の存在に接近し,利得の不在を回避する. 推測する傾向を持つと指摘した。透明性の錯覚が. ように行動をコントロールする。一方,予防焦点. なぜ生起するかは係留と調整ヒューリスティック. のシステムは損失に焦点化した自己制御をつかさ. (Tversky & Kahnemann, 1974)によって説明. どり,損失の不在に接近し,損失の存在を回避す. される。係留と調整ヒューリスティックとは,不. るように行動をコントロールする(尾崎 2011)。. 確実な状況下で判断をする際に,何らかの基準(係. 奥川・工藤(2009)は相手を喜ばせようとして嘘. 留点)を設定し,そこから調整しながら判断する. を突き通したいと考えているときは制御焦点理論. というものである。しかし,往々にしてこの調整. でいう促進焦点に基づいて行動し,相手を悲しま. は不十分なものになりやすく,その結果,最初の. せまいと嘘がばれないようにしているときは予防. 係留点に近い判断になってしまうことが多い。こ. 焦点に基づいて行動するため,後者の方が嘘がば. れを透明性の錯覚に当てはめると,自分のことは. れたと感じる可能性があると予想した。なぜなら,. よく知っているので最初の係留点が高くなり,そ. 促進焦点のように利得の存在(成功)に動機づけ. の後,他者は自分ほど自分のことをわかっていな. られている場合より,予防焦点のように損失の不. いという知識に基づいて調整を行うが,その調整. 在(失敗の回避)に動機づけられている場合の方. は不十分なものになりやすいために,結果として,. が,嘘がばれるのを防ぐためにより自分の言動に. 他者の理解の程度を過大評価してしまうことにな. 注意を払うことから,嘘がばれるような手がかり. る。鎌田(2007)はこの時の自分の推測から他者. に注目することになり,嘘がばれると感じる可能. の実際の判断を引いたものを透明性の錯覚量と呼. 性が高まるだろうと考えたからである。つまり,. んでいる。自分の推測が他者の実際の判断よりも. 予防焦点のほうが係留と調整ヒューリスティック. 大きくなってしまう傾向は,自分の内的状態を積. でいうところの調整の部分がより不十分になり,. 極的に伝えようとする場合と,隠そうとする場合. 透明性の錯覚が大きくなるのではないかと予測し. のどちらでも起こるといわれている。例えば,武. た。しかし,奥川・工藤(2009)の研究では,平. 田・沼崎(2007)ではメッセージを伝えようとす. 均値は仮説の方向にあったが,統計的な有意差は. る状況下において,受け手の実際の理解よりも,. 見られなかった。その理由として,以下の2つの. 送り手はメッセージが正しく理解されたと感じて. 問題点が考えられた。ひとつめは,促進焦点と予. おり,メッセージを積極的に伝えようとする場合. 防焦点が教示によってうまく弁別できなかったの. にも透明性の錯覚が生じていることを示してい. ではないかという点である。奥川・工藤(2009). る。また,武田(2006)や鎌田(2007)は内的経. は促進焦点条件への操作として,「終わった後に. 験を隠そうとする場面について検討し,内的経験. 別の課題を行うが,通常20分かかるところ,嘘を. を隠そうとしている人は,その様子を見ている人. つき通した回数に応じて最短5分になるかもしれ. が実際に隠しごとを当てた回数よりも多く隠しご. ない」,予防焦点条件への操作として「通常5分. とがばれていると推測する透明性の錯覚が生じた. かかる課題が嘘を見抜かれる回数に応じて最長20. ことを明らかにした。. 分になるかもしれない」と説明した。しかし,ど. さらに,内的経験を隠す場面として奥川・工藤. ちらも実験後に課題を行うという教示になってい. (2009)は,嘘をつく目標としての制御焦点の違. るために,課題にかかる時間よりも再び課題を行. 76.
(4) 制御焦点の違いが透明性の錯覚に及ぼす影響. うことに対する面倒さが先行し,教示が制御焦点. を抑制したり,変化させたりする。BASは行動. を弁別的に操作していなかった可能性がある。実. 活性化システムと呼ばれ,行動を起こそうとする. 際,成功動機と失敗回避動機を測定するために用. 要因(報酬となるもの)の誘因に反応するとされ,. いた尺度同士の相関はr=.82と非常に強く,実験. このシステムが活性化すると,望む目的に向かう. 者の意図が正しく参加者に伝わっていなかった可. 行動に駆り立てられ,促進される(上出・大坊,. 能性がある。2つめは,奥川・工藤(2009)も述. 2005)。BISは罰の回避という点から予防焦点条. べているように課題の複雑さにある。奥川・工藤. 件と類似しており,BASは報酬への接近という. (2009)の課題は嘘をつく側である行為者と嘘を. 点から促進焦点条件と類似している。これらの制. 見抜く側である観察者を2人1組にし,行為者に. 御焦点の違いとBIS/BASによる個人差の要因を. 5枚のトランプのカードを読み上げさせるもの. 合わせて検討するために,以下の仮説を立てた。. だった。その際,1枚だけ紛れているジョーカー. 1.予防焦点条件においてBIS傾向の高い人は. を観察者にばれないように嘘をつくことを求めた. BIS傾向の低い人より透明性の錯覚量が大きくな. が,嘘をつくために別のマークと数字を考えると. るだろう。. いう情報処理が必要だったため,課題が複雑にな. 2.促進焦点条件ではBIS傾向の高低によって. り,行為者の側に嘘がばれるかどうかにまで配慮. 透明性の錯覚量に違いは見られないだろう。. する余裕がなかった可能性があった。. これらの仮説は,予防焦点に焦点化しやすい人. これらの問題点を踏まえ,本研究では奥川・工. は,予防焦点条件の影響を強く受けることによっ. 藤(2009)の教示と課題を改良し,促進焦点と予. て透明性の錯覚量が多くなるだろうし,焦点化し. 防焦点の弁別性を高めることで,彼らの仮説を再. にくい人は錯覚量が少なくなるだろう。一方,促. 度検討することを第1の目的とする。具体的には,. 進焦点条件では予防焦点を活性化するような操作. 実 験 課 題 を ト ラ ン プ で は な く,Gilovich et,al.. は行っていないため,予防焦点に焦点化しやすい. (1998)らも用いたまずい飲み物を飲む課題に替. という特性は錯覚量に影響することはないだろう. えることで単純化し,参加者が嘘がばれるかどう. と考えたからである。奥川・工藤(2009)では,. かに配慮する余裕を持たせるようにした。課題の. このような交互作用を考慮しなかったために,予. 変化に伴い,教示もより成功動機や失敗回避動機. 防焦点におけるBIS傾向の高い人と低い人の錯覚. に動機づけしやすくなるように変更した(具体的. 量が相殺されて促進焦点条件との間に有意差がで. な内容は方法を参照)。また,奥川・工藤(2009). なかった可能性がある。. は個人の焦点化のしやすさについても検討する必. 以上より,本研究では奥川・工藤(2009)の問. 要性を述べており,これを第2の目的とした。. 題点である,実験課題における促進焦点と予防焦. Higgins(1998)は促進焦点に焦点化しやすい人. 点の違いを明確にし,BIS/BAS尺度による個人. と予防焦点に焦点化しやすい人といった個人差が. 差を調整変数としたうえで,制御焦点の違いが嘘. 存在することを指摘しており,その個人差を調整. をついた時の透明性の錯覚に及ぼす影響を検討す. 変数として検討することで,新しい解釈を提案す. ることを目的とする。. ることができるかもしれない。そこで,焦点化の しやすさの個人差を測定するために,上出・大坊. 方 法. (2005)の日本語版BIS/BAS尺度を用いること とした。BISは行動抑制システムと呼ばれ,行動. 実験参加者. を起こす際の恐怖になる要因(罰や新奇なもの). 大学生38名(男性14名,女性24名:平均年齢. に対する無知からくる抑制の信号に反応するとさ. 20.29歳,標準偏差1.63)が実験に参加した。. れ,このシステムが活性化されると実行中の行動. 実験材料. 77.
(5) 吉川ひかる・戸田 弘二. おいしい飲み物として普通のカルピス,まずい. ために,ランダムに答えた場合でも10人中2人は. 飲み物としてレモン汁入りのカルピスを使用し,. 偶然にあたることに注意を促した)であった。2. 見た目ではわからないように同じ紙コップに入れ. セット終了後,再び質問紙に回答を求めた。内容. て提示した。. は,①嘘をついたとき,どのように感じていたか. 実験手続き. (成功回避動機を測定する3項目として「嘘をつ. 実験は飲み物を飲んで嘘をつく「行為者セッ. くのが楽しかった」 「嘘をつき通せたらうれしい」. ション」と, その様子を見ている「観察者セッショ. 「嘘がばれてもたいしたことはない」,失敗回避. ン」にわけられた。一人終わるごとに,行為者と. 動機を測定する3項目として「嘘がばれると困っ. 観察者は立場を交代し,全ての参加者がどちらの. たことになる」「嘘がばれるのは嫌だ」「嘘がばれ. セッションも行うようにした。. ると面倒くさいことになる」の計6項目を作成し. 実験は2~7名の小集団で行われた。まず,参. た),②嘘をついたときの状況(自分の言動に気. 加者を無作為に一人選び,行為者として5個の. を付けた程度,自分の言動が不自然でないか気に. コップが置かれた席に座らせた。他の参加者は机. なった程度,嘘をつこうと努力した程度の3項目). を挟んで対面に座り,観察者として行為者の様子. であり,いずれも7件法であった。回答が終わる. を観察するよう求められた。次に,全員に質問紙. と,行為者は観察者の1人と席を交換し,立場を. を 配 り, 上 出・ 大 坊(2005) の 日 本 語 版BIS/. 代えて同じことを繰り返した。参加者全員が行為. BAS尺度への回答を求めた。. 者を経験した段階で,デブリーフィングを行い,. 行為者セッション 行為者が飲むコップには1. 実験を終了した。. から5までの番号が振られており,実験者の合図. 観察者セッション 行為者が飲んでいる5個の. に従って1番から順番に飲むように求めた。5つ. 飲み物のうち,どれがまずい飲み物なのかを当て. のうち,1つだけまずい味の飲み物があるが,ど. るつもりで見ているように教示された。1セット. の飲み物を飲んでも「おいしいです」と言って嘘. 終了ごとに,①5つの飲み物のうち,味が違うと. をつくように教示した。まずい飲み物の場所は1. 思う飲み物の番号(1~5の番号),②行為者が. 番目を除いてランダムにした。飲む際の注意点と. どの程度緊張しているように見えたか(「全く緊. して,一気に飲み干すことと,飲んでいる間は正. 張していなかった⑴」~「かなり緊張していた. 面を向き, 下を見ないことを教示した。5個のコッ. ⑺」の7段階)の質問紙に記入を求めた。2セッ. プに入れられた飲み物からなるセットが2セット. ト終了後,嘘を見破ろうとしたときの状況につい. あり,1セット終わるごとに質問紙に回答を求め. て回答を求めた。質問項目は①行為者の言動に注. た。質問内容は①味が違う飲み物の番号(1~5. 目した程度,②行為者の言動を重視した程度,③. の番号) ,②嘘をついたときにどの程度緊張した. 全体的に嘘をうまく見抜けたと思うか,④嘘を見. か(行為者の緊張度の評定:「まったく緊張しな. 破ろうと努力した程度の4項目で,いずれも7件. かった⑴」~「かなり緊張した⑺」の7段階),. 法であった。実験参加者が3人以上の集団では,. ③もし自分が嘘を見抜く側だったら,見抜けたと. その場にいる行為者の数だけ観察者セッションも. 思うか( 「当てることができたと思う⑴」「当てる. 行うため,一人の参加者が複数回にわたり観察者. ことができなかったと思う⑵」 ,④その確信度. セッションを行う場合があった。. ( 「まったく確信がない⑴」~「かなり確信があ. 制御焦点の操作 実験ごとに参加者をランダム. る⑺」の7段階),⑤もしこの状況を10人の人が. に促進焦点条件(20名)と予防焦点条件(18名). 見たら,10人中何人が味の違う飲み物を正確に当. に割り当てた。制御焦点の操作は行為者が飲み物. てられると思うか(行為者の推測人数:0~10人. を飲む前の実験の説明として行った。促進焦点条. の範囲で回答を求めた。なお,飲み物は5つある. 件には「嘘を見抜かれなかった場合には,成功報. 78.
(6) 制御焦点の違いが透明性の錯覚に及ぼす影響. 酬としてお菓子を差し上げます。嘘を見抜かれる. いたと言えるだろう。また,嘘をつこうと努力し. と差し上げることができませんので,頑張って見. た程度も制御焦点条件による差はなかったことか. 抜かれないようにしてください」 ,予防焦点条件. ら,実験の教示によって参加者の努力は変わらず,. には「嘘を見抜かれてしまった方は,別の実験を. いずれの条件の参加者も真剣に実験を行っていた. 行う必要があるので,改めて別の日に来ていただ. ことが示された。次に,行為者の成功動機,失敗. くことになります。嘘を見抜かれなければ,実験. 回避動機が制御焦点の操作によって異なるかどう. は本日で終了です」と教示した。実験の所要時間. かを検討した。成功動機を測定する3項目のうち,. は約30分であった。. 信頼性を低下させていた1項目(嘘がばれてもた いしたことはない)を削除した2項目(α=.76) の得点の平均を成功動機得点とし,失敗回避動機. 結 果. を測定する3項目( α =.81)の得点の平均を失. 操作チェック. 敗回避動機得点とした。成功動機得点は促進焦点. 行為者セッションで2セット終了後に回答を求. 条件で4.98(SD=1.60),予防焦点条件で4.58(SD. めた, 「言動に気を付けた程度」,「言動が不自然. =1.89)であり,その差は有意ではなかった( t (36). でないか気になった程度」,「嘘をつこうと努力し. =.69, ns)が,平均値は促進焦点条件の方が高かっ. た程度」がそれぞれ制御焦点条件によって異なる. た。一方,失敗回避動機得点は促進焦点条件で3.07. かどうか検討した。平均値は「言動に気を付けた. (SD=1.39), 予 防 焦 点 条 件 で4.13(SD=1.91). 程度」が促進焦点条件で5.25(SD=1.33),予防. と有意な傾向差が見られ( t (36)=1.98, p=.056),. 焦点条件で5.17(SD=1.86),「言動が不自然でな. 失敗回避動機得点については,促進焦点条件より. いか気になった程度」は促進焦点条件で6.15(SD. も予防焦点条件の方が高い傾向にあった. =1.23) ,予防焦点条件で5.50(SD=1.79),「嘘を. (Figure1)。また,成功動機得点と失敗回避動機. つこうと努力した程度」が促進焦点条件で6.05 (SD=.76) ,予防焦点条件で5.44(SD=1.76)と いずれも有意な差はなかった。また,理論的な中 間値(4=どちらともいえない)と各平均値の t 検定を行ったところ,いずれの条件においても 3項目全てで有意な差が見られた(促進焦点条 件 t (19)=4.19〜12.08, p<.001; 予 防 焦 点 条 件 t (17)=2.67〜3.55, p<.05〜 .01)。 こ れ ら の 値 を Table1に示す。全ての平均値が中間値(4)よりも 有意に高いことから,どちらの条件でも自分の言 動に気をつけており,不自然でないか気になって. Figure1. 成功動機,失敗回避動機得点の平均値. Table1. 制御焦点別3項目の平均値と t 値. 79.
(7) 吉川ひかる・戸田 弘二. 得点の相関は全体でr=.24(ns) ,促進焦点条件で. 判断し,全員のデータを用いた。. はr=.31 (ns) ,予防焦点条件ではr=.28(n.)であっ. 透明性の錯覚. たことから,成功動機と失敗回避動機は弁別でき. 行為者が嘘を見破られると推測した人数(行為. ていたといえるだろう。さらに,実験後のデブリー. 者推測),観察者の実際の正解者数(観察者実際),. フィングに対して予防焦点条件では「別の日に実. それぞれの平均値をFigure2に示す。行為者は10. 験がなくて安心した」,「本当に別の実験をやると. 人中平均して3.72人(SD=1.41)に見破られると. 思っていたから驚いた」といった感想が得られた. 推測したのに対して,観察者の実際の正解者数. ことからも,実験操作は比較的成功していたもの. は2.58人(SD=1.99)であった。行為者推測と観. と言える。. 察者実際で対応のある t 検定を行ったところ有意. また,本研究では行為者と観察者を区別せず,. 差がみられた( t (37)=2.82, p<.01)。この結果か. すべての参加者がどちらのセッションにも参加し. ら,行為者は観察者の実際の正解者数よりも多く. ていた。鎌田(2001)は観察者役割を経験するこ. の人に見破られたと考える傾向が示された。つま. とが聞き手の側の見透かし効果(どの程度,行為. り,行為者は透明性の錯覚を持っていた。また,. 者のことがわかったと思うか)を促進し,係留点. 観察者実際(10人中2.58人)の人数はチャンスレ. を低く設定する可能性があることを報告してお. ベル(10人中2人)と有意な傾向差がみられた. り,本実験でも観察者を経験することで行為者と. ( t (37)=1.81, p<.10)。観察者の正解者数がチャ. してのその後の推測人数に影響を及ぼした可能性. ンスレベルより高い傾向にあったことから,観察. があった。そこで,1番最初に行為者セッション. 者は行為者の嘘を見破ることができた可能性があ. を行った参加者と,2番目以降に行った参加者の. る。鎌田(2007)の研究1bにおいても,観察者. 間で行為者の推測人数の平均値を検討したとこ. の正解者数(3.50)はチャンスレベル(2)よりも. ろ,有意な差は見られなかった(1番目の平均. 有意に高く,対面場面では嘘を隠そうとしても. 3.75,SD=1.74; 2 番 目 以 降 の 平 均3.71,SD=. 様々な非言語的行動から嘘が見破られていること. 1.31; t (36)=.07, ns)。このことから,本実験で. が伺える。にもかかわらず,観察者実際と行為者. は観察者を経験したかどうかはその後の行為者と. 推測との間に有意な差があったことから,正解率. しての推測人数の判断に影響を及ぼしていないと. がチャンスレベル以上の課題(嘘をつきにくい課. 1. 題)であっても透明性の錯覚は生じるといえよう。 次に,緊張度の評定値と他の変数との関連につ いて検討を行った。行為者が評定した緊張の程度 と,行為者の推測人数の間には有意な相関は見ら れなかった(r=.22, ns)。また,行為者が評定し た緊張度と観察者の実際の正解者数の相関係数は r=.02(ns),観察者の緊張度の評定値と実際の正 解者数の相関係数もr=.22(ns)でいずれも有意 な相関は見られなかった。以上より,行為者や観 察者の主観的な緊張の程度と客観的な値である実 際の正解者数との間には関連があるとはいえない Figure2. 行為者推測と観察者実際の平均値. ことがわかった。. 1 観察者の実際の正解者数は2セットの正解率に10 (人) を掛けた値を用いた。. 80.
(8) 制御焦点の違いが透明性の錯覚に及ぼす影響. 制御焦点の違い. 喚起する教示だったことが理由として考えられ. 透明性の錯覚が制御焦点の違いによって異なる. る。Schwarzら(1991)によれば,ポジティブな. かどうかを検討するため,行為者の推測と観察者. 感情は環境が安全であることのシグナルであり,. の実際の正解者数に対して,2(役割:行為者推. 慎重になる必要がないことから直感的なヒューリ. 測/観察者実際)×2(制御焦点:促進焦点条件. スティックな情報処理が用いられやすいが,ネガ. /予防焦点条件)の混合計画の2要因分散分析を. ティブな感情は環境が問題をはらんでいることの. 行った。その結果,役割の主効果のみが有意であ. シグナルであり,その問題に対処するために情報. り(F(1,36)=7.63, p<.01),行為者による推測(平. を注意深く分析するシステマティックな情報処理. 均3.72,SD=1.41)の方が,観察者の実際の正解. が用いられやすいという(北村 他1994より)。こ. 者数(平均2.58,SD=1.99)よりも高く,透明性. のことから,促進焦点条件ではヒューリスティッ. の錯覚が生じていた。制御焦点の主効果,役割×. クな情報処理が促進されることで,行為者の推測. 制御焦点の交互作用は有意ではなかった。. 人数を多く見積もってしまい,予防焦点条件では. 交互作用は有意ではなかったものの,制御焦点. システマティックな情報処理が促進されること. ごとに行為者推測と観察者実際に差があるかどう. で,観察者の実際の正解者数との差が小さくなっ. かを検討した。その結果,促進焦点条件(行為者. た可能性が考えられる。. 推測平均3.93,SD=1.28;観察者実際平均2.46,. 調整変数の効果. SD=1.78)では,役割による有意な差が見られた. 調整変数(BIS/BAS尺度の下位尺度)による. ( t (19)=2.51, p<.05)が,予防焦点条件(行為. 透明性の錯覚への影響を検討するために,それぞ. 者 推 測 平 均3.50,SD=1.54; 観 察 者 実 際 平 均. れの調整変数に対して,人数がある程度等しくな. 2.72,SD=2.24)では有意な差は見られなかった. るように低群と高群に分類した。さらに,行為者. ( t (17)=1.39, ns)。結果をFigure3に示す。予想. 推測から観察者実際を引いたものを透明性の錯覚. に反し,促進焦点条件では透明性の錯覚が生じて. 量とし,これを従属変数として2(制御焦点:促. いたが,予防焦点条件では透明性の錯覚が生じて. 進焦点条件/予防焦点条件)×2(調整変数:低. いないことが示された。これは,促進焦点条件で. 群/高群)の2要因分散分析を行った。各調整変. は「嘘をつき通すとお菓子がもらえる」というポ. 数の平均値と標準偏差,分散分析結果をTable2. ジティブな感情を喚起する教示だったのに対し,. に示す。有意な傾向差が見られたのは行動抑制シ. 予防焦点条件では「嘘が見破られると別の実験を. ステム(BIS)と制御焦点の交互作用と,新規性. しなくてはならない」というネガティブな感情を. 追求の主効果のみであった。行動抑制システムと 制御焦点の交互作用に有意傾向がみられたことか ら,単純主効果の検定を行った。その結果,促進 焦点条件において行動抑制システム低群は,高群 よりも錯覚量が有意に大きいことが示された (F(1,34)=4.34, p <.05)。結果をFigure4に示す。 すなわち,促進焦点条件での行動抑制システムの 低い群においてのみ錯覚量が多かったということ である。行動抑制システムが失敗回避を動機づけ る性格特性であることを考慮すると,この群と他 の3群との違いは,この群のみが状況要因(予防 焦点条件)でも特性要因(行動抑制システム)で. Figure3. 行為者推測と観察者実際の制御焦点別平均値. も失敗回避に動機づけられていないことである。. 81.
(9) 吉川ひかる・戸田 弘二. Table2. 各調整変数の平均値と分散分析結果. とであった。促進焦点条件と予防焦点条件の弁別 性については,操作チェックにおいて失敗回避動 機得点は促進焦点条件より予防焦点条件の方が有 意に高い傾向差が見られ,成功動機得点では有意 な差はなかったものの,促進焦点条件の方が予防 焦点条件よりも平均値が高かった。さらに,失敗 回避動機得点と成功動機得点の間に有意な相関が 見られなかったことから,奥川・工藤(2009)の 教示操作よりも弁別性が高められたといえるだろ う。しかし,失敗回避動機得点は有意な傾向差に Figure4. 行動抑制システムの平均値. とどまり,成功動機得点も統計的な有意差が確認 できる程に大きな効果は見られず,十分な結果と. つまり,ネガティブな感情になりにくい群である. はいえない。促進焦点と予防焦点をより区別でき. ことから,この群のみがヒューリスティックな情. るように教示を改良する必要があるだろう。. 報処理がなされ,錯覚量が増えたものと思われる。. 透明性の錯覚については,全体として行為者の. このことは,ポジティブな感情を引き起こす教. 推測人数の方が観察者の実際の正解者数よりも多. 示がヒューリスティックな情報処理を促進するこ. く,錯覚が生じていたと言える。本研究の課題は. とで透明性の錯覚を引き起こし,ネガティブな感. チャンスレベルよりも正解者数が高い傾向にあ. 情を引き起こす教示がシステマティックな情報処. り,対面場面では観察者の正解率が上がるという. 理を促進することで透明性の錯覚を弱めたのでは. 鎌田(2007)の結果とも一致している。したがっ. ないかという先に述べた考察を裏付けるものとい. て,チャンスレベル以上の正解率がある嘘をつき. える。. にくい課題であったとしても,透明性の錯覚は生 起していたと考えられる。. 総合考察. 制御焦点の違いについては,奥川・工藤(2009) の結果と同様に交互作用はみられず,2条件の違. 本研究の目的は,奥川・工藤(2009)の問題点. いを明確にすることができなかった。しかし,条. である,実験課題における促進焦点と予防焦点の. 件別に検討したところ促進焦点条件では透明性の. 違いを明確にし,BIS/BAS尺度による個人差を. 錯覚が生じており,予防焦点条件では生じていな. 調整変数としたうえで,制御焦点の違いが嘘をつ. いことが示された。これは,促進焦点条件では行. いた時の透明性の錯覚に及ぼす影響を検討するこ. 為者推測と観察者実際との間に差はなかったが,. 82.
(10) 制御焦点の違いが透明性の錯覚に及ぼす影響. 予防焦点条件では有意な差があったという奥川・. (BAS)の1つである新規性追求の主効果のみ. 工藤(2009)の結果とは逆であった。このように. であった。これについては,予防焦点条件では. 異なる結果になった理由の1つとして制御焦点の. BIS傾向の高い群が,低い群よりも錯覚量は大き. 操作の教示内容が違ったためと考えられる。奥. くなるだろうという仮説に反し,促進焦点条件の. 川・工藤(2009)では,促進焦点条件への操作と. BIS傾向の低い群のみが,他の群よりも錯覚量が. して, 「終わった後に別の課題を行うが,通常20. 大きいという結果だった。つまり,予防焦点条件. 分かかるところ嘘をつき通した回数に応じて最短. という環境の要因で失敗回避に動機づけされてい. 5分になるかもしれない」 ,予防焦点条件への操. るか,BIS傾向が高いという個人差の要因で失敗. 作として「通常5分かかる課題が嘘を見抜かれる. 回避に動機づけされたときはネガティブな感情が. 回数に応じて最長20分になるかもしれない」と説. 喚起されることで,分析的な情報処理が行われて. 明しており,どちらの条件でも実験後に課題を行. 錯覚量が減少するが,いずれにも該当しない場合. うことは確定しており,違うのは要する時間だけ. はポジティブ感情が強まることで,ヒューリス. であるように教示している。一方,本実験での教. ティックな情報処理が行われて錯覚量が大きく. 示は促進焦点条件で「嘘を見抜かれなかった場合. なったと考えられる。仮説とは反対の結果になっ. には成功報酬としてお菓子を渡すが,嘘を見抜か. たものの,促進焦点条件でのみ行為者推測が観察. れると渡すことができない」,予防焦点条件で「嘘. 者実際より有意に高かったという結果からも,ポ. を見抜かれてしまうと別の実験を行う必要がある. ジティブな感情は行為者の推測値を高めるのでは. ので別の日に来てもらうが,見抜かれなければ本. ないかと考えられる。以上より,個人差の要因は. 日で終了する」というものであり,制御焦点の操. 環境要因によるポジティブ・ネガティブな感情の. 作にフレーミングを用いなかった。これは,実験. 喚起を抑制したり,助長したりするものとして捉. 参加者の成功動機,失敗回避動機を促進し,両教. えることができるかもしれない。今後は,促進予. 示の弁別性を高めるためであったが,このことが. 防焦点尺度(尾崎・唐沢,2011)など,直接,制. 制御焦点の操作を明確にするだけでなく,感情面. 御焦点の個人差を測定する尺度を用いて,個人差. も操作していた可能性がある。促進焦点条件では. 要因の調整効果について検討する必要がある。. お菓子が貰えるかもしれないというポジティブ感. さらに,本研究の結果から示唆された,ポジティ. 情を喚起し,予防焦点では別の実験を行わなけれ. ブやネガティブといった感情が透明性の錯覚に及. ばならないというネガティブ感情を喚起していた. ぼす影響について今後の研究で明らかにしていく. ため,制御焦点の違いによる結果だけではなく,. 必要があるだろう。また,本研究は対面場面での. 感情の違いによる影響も結果に混在した可能性が. 透明性の錯覚を検討したが,メールや第三者を通. ある。しかし,筆者の知る限り,喚起した感情の. した場合などといった間接的に伝える場面での透. 違いが透明性の錯覚に影響を与えるという研究は. 明性の錯覚を検討することで,日常生活で生起す. 未だ報告されておらず,透明性の錯覚の研究に新. る透明性の錯覚をより深く理解することができる. たな可能性を示したとも言えるだろう。今後は,. だろう。. 制御焦点の操作とは別に感情が透明性の錯覚に及 ぼす影響も調べることで,両者の違いを明確にす ることが求められる。 もう1つの目的として日本語版BIS/BAS尺度 を用いた調整変数の効果について検討することと したが,有意な傾向が見られたのは行動抑制シス テム(BIS)の交互作用と,行動活性化システム. 引用文献 遠藤 由美(2007) .自己紹介場面での緊張と透明性錯覚 実験社会心理学研究,46,53-62. Gilovich, T., Savitsky, K., & Medvec, V. H. (1998) The illusion of transparency: Biased assessments of others’. 83.
(11) 吉川ひかる・戸田 弘二. ability to read one’s emotional states. Journal of Personality and Social Psychology, 75⑵, 332-346. Higgins, E. T. (1998). Promotion and prevention: Regulatory focus as a motivational principle. In M. P. Zanna (Ed.), Advances in experimental social psychology. Vol. 30. New York: Academic Press. 1-46. 鎌田 晶子(2001).観察者の「透明性の錯覚」:『見透か しの錯覚』に関する手がかりの影響 日本社会心理学 会第42回大会発表論文集,646-647. 鎌田 晶子(2007).透明性の錯覚:日本人における錯覚 の生起と係留の効果 実験社会心理学研究,46⑴,7889. 上出 寛子・大坊 郁夫(2005).日本語版BIS/BAS尺 度の作成 対人社会心理学研究,5,49-58. 北村 英哉・沼崎 誠・工藤 恵理子(1994).説得過程 におけるムードの効果 感情心理学研究,2⑵,4959. 奥川 裕・工藤 恵理子(2009).制御焦点の違いが嘘を ついたときの透明性の錯覚に及ぼす効果 東京女子大 学紀要論集,東京女子大学論集編集委員会,60⑴, 131-143. 尾崎 由香(2001).制御焦点と感情―促進焦点と予防焦 点にかかわる感情の適応的機能―感情心理学研究,18 ⑵,125-134. 尾崎 由佳・唐沢 かおり(2011).自己に対する評価と 接近回避志向の関係性―制御焦点理論に基づく検討― 心理学研究,82,450-458. 武田 美亜・沼崎 誠(2007).相手との親密さが内的経 験の積極的伝達場面における2種類の透明性の錯覚に 及ぼす効果 社会心理学研究,23,57-70. 武田 美亜(2006).相手との関係が2種類の透明性の錯 覚に及ぼす効果:内的経験を隠す場面を用いた検討 首 都大学東京・東京都立大学心理学研究,16,11-19. Tversky, A., & Kahneman, D. (1974). Judgment under uncertainty: heuristics and biases. Acience, 185, 11241131.. (吉川ひかる 本学大学院) (戸田 弘二 札幌校教授). 84.
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