中国語における日本語の漢語をめぐって
著者
呂 明臣
雑誌名
日本文藝研究
巻
55
号
2
ページ
1-16
発行年
2003-09-10
URL
http://hdl.handle.net/10236/10172
中国語 にお ける
め ぐって
日本語 の漢語 を
1.は
じめ に 現代 中国語 には,日
本語か らの漢語が多数存在する。 これらの語彙は, 中国語 における外来語の一種 と認めるのが普通である。 しか し,こ
のよう な「外来語」は,普
通の外来語 (例えば,英
語や フランス語 か らの外 来 語)と
は,い
ささか違いが見 られる。中国語では,日
本語の外来語,英
語 の外来語,フ
ランス語の外来語などが,い
ずれ も漢字表記 されているので あるが,英
語やフランス語の外来語 を表す漢字は,「読み (音)」 を示すた めに用い られているにす ぎず,一
般的に言えば,そ
の漢字の「意味」は, その外来語の表す意味 とは無関係である。例 えば,「巧克力」の三つの漢 字は,そ
れぞれが英語の「chOcOlate」 の意味 とは関係がな く,三
つの漢字 で英語 (chocolate)の発音 を表すにす ぎないのである。これに対 して,日
本語の外来語の漢字 は,「読み (音)」 だけではな く,「意味」 とも関係 し てい る (も ちろん,そ
の中には「寿司」,跡
J身」,「斯納庫 (スナ ック)」 の ような単語 もあるが,本
稿 では,こ
れ らについては扱 わない ことにす る)。 中国語 における日本語か らの外来語は,言
うまで もな く日本語か ら そのままもたらされたものである。 これは,一
方では,中
国語の運用 に利 便 さをもたらす と同時に,他
方では,そ
の使用 に (と りわけ,そ
の外来語 についての認識 に)厄
介な問題 をもたらしているの も事実である。本稿で は,こ
の ような問題 について,様
々な観点か ら考察 を加 えることに した臣
明
呂
中国語における日本語の漢語 をめ ぐって
2.こ
れ ま で の研 究 成 果 と課 題 中国語 における日本語か らの外来語は,他
の外来語 とは異なっているの で,研
究者は以前か らこの問題 に関心 を寄せて きた。 これまでに,さ
まざ まな論考が提示 されているのであるが,こ
こでは,そ
の主な研究 を概観す ることに しよう。 2。1
中国語における日本語の「漢語」の位置 中国語が, 日本語か ら語彙 を借用するようになったのは,少
な くとも, 19世 紀末,20世
紀初である(1)。 しか し,日
本語か ら借用 した漢語 は,漢
字で表記 されているので,長
い問,外
来語 としては取 り扱われて来なかっ た。史有為の『漢語外来詞』 によると,20世
紀の 1950年 代 になって,よ
うや く外来語 と認められるようになったのであるが,や
は り他の外来語 と は相違があると述べている(2)。 このため,現
代 中国語の教科書では,外
来 語 について述べ る場合,「これは 日本語か らの外来語である」 とい う指摘 が必ずなされることになる (英語やフランス語か らの外来語 には,そ
の よ うな特別の指摘がなされることはない)。 この ようなことか らも,日
本語 か らの漢語が,特
殊な位置 に置かれていると言 うことがで きるのである。 孫維張は,こ
の ような漢語 を「回流詞」 と呼び(3),他の外来語 と区別 して いる。 2。2
中国語における日本語の「漢語」の識別 中国語 に取 り入れられている日本語の語彙は,主
に「和製漢語」である が,そ
れ らを中国語 における本来の語彙 (漢語)と
区別す ることは難 し い。 日本語か らの漢語 を外来語の一種 と認めて も,ど
の漢語が 日本語か ら の外来語であ り, どの漢語がそ うではない, という判断を下すのはなかな中国語における日本語の漢語をめぐって
3
か容易 ではないのである。そのため,こ
の点 に注 目す る研究者 は少 な くな い (例えば,史
有為 『漢語外 来詞ド),孫維張 『漢語社会語言学』6),沈
国 威 『近代 日中語彙交流史ド)など )。 これ らの研 究 は,単
語 の語 源 (来源) を探 ることによって,そ
の単語が 日本語 か らの外来語であるか否か を認定 す る こ とにあ った。 2。3
中国語における日本語の「漢語」の リス ト 日本語か らの漢語 を,外
来語の一種 と見 なす とすれば,そ
れ らを外来語 辞書 に収めるべ きであろう。 また,少
な くとも,普
通の辞書 において も, その語源 についての説明が必要なはずである。そこで,こ
れまでに,日
本 語か らの「外来語詞表 (漢語 リス ト)」 が作成 されている。 沈国威の F近代 日中語彙交流史』 には,5種
類の単語 リス トが収め られ ている。 また,岡
島空山は,F現
代漢語外来詞研究』(高名凱,劉正淡:文字 改革出版社1958),『漢語外来語辞典』(劉正淡,高名凱,麦永乾,史有為 三上海 辞書出版社1984)に よって,「中国に渡 った日本語」 とい う単語 リス トを示 している(0。 このような漢語 リス トは,中
国語 における日本語か らの漢語 を研究する ための重要なデータとなっている。2.4
中国語における日本語の漢語の分類 中国語 における日本語からの漢語 について,王
立達の F現代漢語中従 日 本語借来的詞彙』 と史有為の F漢語外来詞』の分類 を以下に掲げることに する。 王立達は,現
代 中国語 における日本語か らの外来語 を9種
類 に分類 して い る(9)。 (1)音訳 の漢字詞。例 :瓦斯 。 (2)意訳 の漢字詞。例:手銭 (手続 き),入
口。 (3)新 しい意味が取 り入れ られた古代漢語詞。例:経済,革
命 。4
中国語における日本語の漢語をめぐって (4)近代 日本 で新 しく作 られ た漢字詞。例 :絶対,哲
学。 (5)日本 語 か ら輸 入 され,中
国語 で意 味 が 変 わ っ た漢 字 詞。例 :労働 者の (6)日本語 (平仮 名の詞)に
対応す る機能詞。例:対干,基
干。 (7)日本 で作 られた漢字詞。例:腺,腔
,唄
。 (8)すで に使 わない漢字詞。例 :労働 組合,労
農政府。 (9)協和語 の漢字詞。例:町,番
地,満
員。 この王立達 の分類 は,一
貫 した基準 に よつて行 われてい ない ことは明 ら かであ り,史
有為 は 「妥 当性 を欠 く」 と指摘 してい る(10。 一方,史
有為 は,中
国語 における 日本語 か らの漢語 (「外 来詞」)を
,次
の ように分類 してい る(11)。 (1)漢字 の意味 を使 用 した漢字詞。 これ は数が最 も多 く, 日本語 か ら の外来語 の中核 となってい る。 これ を 日本語 か ら見 てみ る と,3種
H類
に分類す ることがで きる。A.西
語 の意訳 。 第1種,こ
れは,も ともと古代 中国語 であ って,西
語 を意訳す るため に, 日本語 か ら借用 した もので,中
国語 の転義 あるいは派生義 で あ る と認 め られ る もの。例 :経済,革
命,教
授 な ど9 第2種,中
国語 の形態素 (即ち,漢
字)を
もとに作 られた もので,西
語 を意訳 す るため に使 われる 日本製の外来語 を指す。例 :幹部, 美術 な ど。 第3種
, 日本製の漢字 で作 られた詞。例 :腺,腔
な ど。 第4種 ,日
本語 の形態素 で構成 されてい るが,漢
字 で表記 され る西語 の意訳詞。例:組合,借
方 な ど。 第5種
,音
読 と訓読が混在す る西語 の意訳 漢字詞。例 :身 分 な ど。B.文
字 は,意
訳 であ るの に対 し,読
み は,音
訳 で あ る もの。西語 の意 訳 であ るが,文
字 は漢字 の意味 を利用 して,中
国語 の形 を持 ち続 けて い る もの。中国語における日本語の漢語をめぐって
5
第6種
,古
代 中国語詞形式 の,訓
読 み式 の音訳詞。例:麦酒 な ど。 第7種
,音
訳 兼意訳 の音読 み式 の漢字詞。例 :倶楽部 な ど。 第8種
,漢
字 の本 来の意味 か ら,新
しい意味 を派生 させ,漢
字 の造字 法 に よって,偏
芳 を付加 した和 製漢字詞。例 :吋,唄
な ど。 C。 日本語 において,漢
字 に よつて物事 を認識 し,そ
れ を反映す る詞。 第9種
,音
読漢字 で構成 された和 製漢語。例 :花道,俳
句 な ど。 第10種,古
代 中国語 を借 用 して表現 す る もの を指 す。例 :柔道,浪
人 な ど。 第H種
,訓
読漢字 で構 成 された もの を指す。例 :場合,立
場 な ど。(2)漢
字 の意味 を使 わず,形
だけを借 りた漢字詞。 これは 日本 に本来 あ る もの,あ
るいは,西
語 を音訳 し,か
つ音読漢字で書かれている 詞 。例 :寿司,瓦
斯 な ど。 (3)日本語 を中国語 に音訳 す る詞。 中国語が 日本語 の音 に基づいて, 漢 字 (全部 あ るい は一 部 分)で
音 訳 す る詞。例 :斯納庫 (ス ナ ッ ク),キ
拉OK(カ
ラオケ),択
金庫 (パチ ンコ)な
ど。 2。5
残 された課題 上述 の ように,中
国語 にお ける 日本語 か らの漢語 について,種
々の観点 か らの研 究が行 われ,有
益 な資料 (リス ト)も
提示 されてはい るが,い
ま だ不十分 な点 もあ り,未
解決 の問題 も多 く残 されてい る。以下で は,そ
の 性 質 と中国語 での用法 とい う二つ問題 を取 り上 げて検討 してみたい。3.中
国語 にお ける 日本語 か らの漢語 の性 質 既に見たように,中
国語において,日本語から漢語が輸入されたのは19 世紀末,20世
紀初であるが,そ
れから50年 経って,よ
うや く,外
来語 と 認め られるようになった。その理由は,「漢字」表記 にあると考 えられ る。世界の文字体系の中で,漢
字は,表
意文字 として際立っている。一つ6
中国語における日本語の漢語をめぐって の漢字 は,音
(音声)と
字形 を持 ち,意
味 も持つ。 だか らこそ,漢
字 は中 国語 だけで はな く,ほ
かの言語 (例えば, 日本語や朝鮮語)も
表す こ とが で きるのである。 この点 は,言
語 の借用 とい うことにおいて も大い に影響 してい る。英語 の ような表音文字で表 される言語 は,ほ
かの言語 か ら語 を 借 用す る場合,い
わば「音訳」で しか表せ ないのが普通である。それ に対 して,漢
字 で は,音
訳 のほか に,漢
字 の持 つ意味 を生か した借用が行 われ る こ ととなったのである。 当初, 日本 では, 日本語 を表記す るため に中国か ら漢字 を借 り,中
国語 の語 をその まま借用 しなが ら, 日本語 を表 した。す なわち,漢
字 のいわば 「意味」だけを借用 したのである。例えば,「走る」 とい う語 において,漢
字 を借 りて表 したのは「意味」だけであ り,音
(字音)は
関係 しない。古 来 より,中
国語は,ほ
とんどが単音節語であ り,一
つの漢字は,一
つの形 態素 といって よい。従 って,日
本語が 中国語か ら借用 したのは,〈文字 〉 い うよ りも,む
しろ,〈中国語 の形態素 〉である とい った方が適 当であ る。 日本語 に借用 された「音」「義」は,一
つの形態素の二面であるに過 ぎない といえるであろう。 このような点は,中
国語が英語か ら,あ
るいは 日本語が英語か ら,単
語 を借用する場合 と大 きく異なっている点である。 中国語 と日本語 には,英
語 (あるいはフランス語,
ドイツ語など)か
ら借 用 した形態素 もあるが,そ
れは語彙全体か ら見ればご く少数である。 この ような見地 に立つ と,日
本語 で は,漢
字 で構成 された語 を「漢語」 と呼 ぶ のが相応 しい こ とが分 か る。「和 語」 に対 して,「 漢語」 は,漢
字 (文字)を
借 用 した とい うよ り,む
しろ 〈中国語 の形態素 〉を借用 した と い った方が適切 なのである。 とすれば,中
国語 にお ける 日本語 か らの漢語 と中国語 の固有 の語 との違 いは,い
わば作 り手が異 なっているに過 ぎない と言 えるであろ う。 中国語 の形態素で作 る語 は,日
本 人がいわゆる「外来 語」 と認め なか ったばか りではな く,中
国人 に も「外来語」 とは認 め られ なか ったので あ る。 中国語 の話者 に とって,「 屯祝 (テレビ)」 と「哲 学」 とで は,語
感上 の違 いはな く,両
方 とも中国語 と意識 してい る。 しか し,中国語 にお ける 日本語 の漢語 をめ ぐって 「屯祝」 と「沙友 (ソファー)」 は
,そ
れ とは異 な り,「沙友」 は中国語 と は認めないのが普通である。「哲学」は日本語か らの漢語であつても,〈中 国語の形態素 〉で構成 されているか らであ り,「沙友Jは
そ うではないか らである。 このように,中
国語では,中
国語の形態素 によつて構成 されて いる日本からの漢語は,英
語か らの外来語 などとは全 く異なっているので ある。英語の ような言語か らの外来語は,形
態素や単語など,す
べてが異 言語 の風格 (ス タイル)を
備 えている。それに対 し,日
本語 か らの漢語 は,ほ
とんどが中国語の風格 (スタイル)を
持 っている。 日本語は中国語か ら漢字 を取 り入れると同時に,中
国語の形態素 を取 り 入れた。そ して,そ
の形態素 を利用 して,新
しい単語 を作 り出 したのであ る。その後,中
国語は,日
本語か ら,中
国語の形態素 によつて作 り出され た新 しい単語 (漢語)を
取 り入れた。従 って,英
語か らの単語 に比べて, この ような単語は外来語 とは言いに くい。一般的に言えば,い
わゆる外来 語は,他
の民族の言語から借用 した語 と認め られ,そ
こにその言語の形態 素や形態素で構成 された単語が含 まれているはずだか らである。そのよう な点か ら見 ると,中
国語 における日本語か らの漢語は,外
来語であると見 倣 されなかったわけで,少
な くとも,本
来の外来語ではない と思われて き たのである。言語その ものか ら見れば,日
本語か らの漢語は,事
実上,中
国語 と見倣 して もよい とい うことになる。 とするならば,漢
字あるいは漢 字 によって表 される形態素は,中
国語だけの ものではな く,い
わば世界の 共有財産で もあるとい うことになるであろう。か りに,イ ギ リス人が 日本 語の形態素で新 しい 日本語の単語 を作 り,そ
れが 日本語 に借用 されて使 わ れるとしたら,あ
るいは中国人が英語の形態素で新 しい英語の単語 を作 っ て,そ
れが英語 に借用 されて使われるとしたら,そ
れぞれ,外
来語である と認め られるであろうか。確かに,あ
る言語はある民族 によつて作 られた と言えるのであるが,あ
る民族の範囲を超えて,他
の民族で使われるよう にな り,さ
らに,他
の民族 によって続けて創造 されるとい う可能性がある か らである。英語などはまさにその典型的な例 といえるであろう。中国語における日本語の漢語 をめ ぐって 4。
中国語 にお ける 日本語 か らの漢語の用法 につぃて
これ までの研究では,中
国語 にお ける 日本語か らの漢語 について,そ
の 性 質や中国語 との識別 な どが主 なテーマ とされて きた。従 って,漢
語 の使 用 に関わる問題 については,あ
ま り注 目されて こなか った。 ところが,実
際 には中国語 にお ける 日本語 か らの漢語 には,も
ともとの 日本語 とは用法 (使い方)の
異 なってい る ものが多数存在 しているのである。 4。1
文法機能 にお ける相違 一般 的 に,中
国語 は形態変化の ない言語 である と認 め られているので, 英語や 日本語 な どの ように,単
語 の形態 (語形変化)に
よつて,品
詞 (文 法機能 に基づ いた語 の分類)に
分 けるこ とは困難 であ る。従 って,こ
の点 だけでは,中
国語 の品詞 を識別す ることはで きない。文 中で果 たす単語 の 役割 に応 じて,そ
の単語 の品詞 を分類 す る とい う方法 が必 要 になって く る。 この よ うな方法 は,中
国 で は「詞 の文 法 機 能 の基準」 と呼 ば れ て い る。 もちろん,中
国語 に も,英
語 や 日本語 の ように,名
詞,動
詞,形
容詞 の区別 はあ るが,単
語 の外 形 に よつて は見 分 け る こ とが で きない の で あ る。 日本語の漢語は,中
国語 に借用 された とき,「漢字」以外 の名詞や動詞 などの特別な形 (ただ し,こ
のような形があった場合)は
捨象 される。例 えば,「反対」 とい う語は,日
本語では,名
詞,サ
変動詞であるが,中
国 語では動詞だけである(12)。 そのため,「反対」 は,動
詞 として中国語 に取 り入れ られ ときに,サ
変動詞の印 (マーカー)と
しての「する」は捨てら れて しまう。一見すると,中
国語 における日本語か らの漢語は, 日本語で の漢語 と同 じではあるが,実
際には,文
法機能の点では,さ
まざまな違い があることになる。 この点 について,用
例 に基づいてさらに詳 しく検討 し てみ よう。中国語における日本語の漢語をめぐって
9
・ 4。 1。1
文法機 能の拡大 日本語 の漢語 よ りも,中
国語 の漢語 の方が文法機能 を拡大 してい る例 。 (1)「保険(13)」 :日本語では名詞。 ○保険に入る ○保険を解除する ○火災保険 中国語では,名
詞のほかに,〈形容詞 〉の用法が加わっている(1→。 △連祥倣可不保陰。(そんなや り方ではち よっと危 なっか しい。) △体込是帯上雨衣「E,保
陰点りL。 (やは リレインコー トを持 ってい っ たほうがいい,安
心だか ら。) △明天他保陰能来。(あの人は明 日きつと来ると思 う。) 4。1.2
文法機能の縮小 日本語の漢語 よりも,中
国語の漢語の方が文法機能 を縮小 している例。 (1)「故障」:日本語では名詞,サ
変動詞。OA選
手は肩の故障で欠場 した。 ○機械が故障 した。 日本語 と相違 して,中
国語での「故障」 は名詞だけである。 △ 屯年友生了故障。(電車が故障 した。) △友功机出了故障。(発動機 は故障を起 こした。) (2)「交換」:日本語では名詞,サ
変動詞。 ○名刺の交換 ○意見 を交換する。 中国語 においては,動
詞 として使 われる。 △交換相片。(写真 を交換する。) (3)「反対」:日本語では名詞,サ
変動詞。 ○議案は 1票 の反対 もな く通過する。 ○ シャツを前 と後 と反対 に着 る。 ○侵略戦争 に反対する。10
中国語における日本語の漢語をめぐって 中国語 においては,動
詞 として使われる。 △反対貪汚浪賛。(汚職や浪費に反対する。) 4。 1。3
文法機能の変化 広義では,文
法機能の拡大や縮小は,い
ずれ も文法機能の変化である。 しか し,こ
こでい う「文法機能の変化」 とは,い
わば全体的な「変化」で ある。すなわち,あ
る単語の文法機能 自体がAか
らBに
変化するとい う ことである。例 えば, (1)「勤務」:この単語は,日
本語では,独
立の単語 として使われる。 し か し,中
国語 に借用 された際 に,そ
の文法機能が変化 し,独
立の単語 とし ては使用 されな くなった。 ○ (日)5時
まで勤務 を続ける。 〇 (日)1日
8時間勤務する。 △ (中)倣
人民的勤勢員。(人民の公僕 となる。) 中国語では,「 勤秀」 は,独
立 の単語 ではな く,「 勤秀員」 とい う単語の 一部 をなす。 (2)「前衛」:日 本語 では名詞。 ○前衛 と しての役割 を果 たす。 中国語 で は,ス
ポー ッの専 門用語の ほか に,〈形容詞 〉と して も使 われ てい る。 △他 的音京彼前工。(彼の音楽 は とて も前衛的だ。) (3)「直接」:日本語では,名
詞,副
詞,サ
変動詞。 ○直接の原因 ○直接 (に)当
たってみる。 ○電源 に直接 したコー ド 日本語 の「直接」 とは相違 して,中
国語 の「宣接」 は 〈形容詞 〉であ る。 △ 以 后体 有 是 可 以直接 去 我 他 。(これ か ら用 事 の あ る と きは直 接 彼 に あ っ た らい い。)中国語における日本語の漢語をめぐって
11
△連両件事没有直接 美系。(二つの事件 には直接 の関係が ない。) 4。2
意味の相違 既 に述べたように,中
国語 における日本語か らの漢語 は,日
本語の漢語 に比べて,文
法機能の点では,そ
の分化は少ない。文法機能の分化は,そ
の意味 と関わ りがあ り,意
味の違いが,文
法機能の分化 を引 き起 こした と 言 うことがで きる。意味の違い に関 しての研 究 は,盛
んに行 われて きた が,一
般的に,こ
の種の研究は,中
日同型語 (同じ漢字 によつて構成 され る単語)の
範囲内で検討 されて きている。 ここでは,そ
れ らを,新
たな観 点か ら,い
くつかの類型 にまとめて検討 を加えてみ よう。 4。 2。1
意味の範囲の拡大 中国語 に借用 された際に, 日本語の漢語 よりも意味が より広 くなった も σ)。 (1)「動態」:日本語では「静態」の反対語。 ○人口の動態調査を行 う。 中国語の「功恋」には,上
の意味のほかに,「動 き」「状況」の意味が加│
わ って い る。 △科技新功恋。(科学技術 の新 しい動 き。) △炊連些 国表里也可以看 出建没的功恋。(これ らの図表 か ら見 て も建 設 の動 きを知 る こ とがで きる。) (2)「 対象」:日 本語 の意味 は「 目標」「 目当て」 とい う意味。 ○認識 の対象 ○ これは高校生 を対象 とした辞書 です。 中国語 には,そ
れ に加 えて,「 恋愛 の相手」 とい う意味が加 わる。 △他最近我 到了合這 的対象。(彼は最近 ち ようどいい結婚す る相 手 を 見 つ けた。) 4。2.2
意味の範囲の縮小 中国語 に借用 された際 に,日
本語 の漢語 よ りも意味が縮小 した もの。12
中国語 にお け る 日本語 の漢語 をめ ぐって (1)「承認」:日本語には,次
の三つの意味がある。 a.「批准」 という意味: ○正式に承認する。(正式批准。) b.「同意」 とい う意味 : ○ これは知事の承認が必要だ。(連須得到知事的同意。) c.「認める」 という意味: ○事実 を承認する。(承以事実。) 日本語 と異 なるのは,中
国語の「承以」が「c」 の意味 しか持 っていな い とい うことである。 △他承以了一切罪行。(彼は犯罪のすべてを承認 した。) (2)「表象」:日本語 には,次
の二つの意味がある。 a.〈心理学,哲
学 〉の「表象」 とい う意味: ○表象主義 (表象主又) b.「象徴」 とい う意味: ○鳩 は平和 を表象する。(含身子象征着和平。) 中国語には「a」 の意味 しかない。 (3)「会計」 日本語には,次
の五つの意味がある。a.会
計 となる人 と会計の事 とい う意味: ○会計 を務める。(当会計。) ○会計学 (会廿学)b.[勘
定」 とい う意味: ○会計 をして ください。(清姶結ЛK。) c.「帳簿」 とい う意味 : ○会計が合わない。(lK目不符。)d.[会
計課」,「糸内金所」,「帳場」 とい う意味: ○会計 に行 って給料 を受け取 る。(到会廿科去領工資。) e.「個人の予算」 とい う意味: ○ (それは)私
には会計が許 さない。(我花不起那宅銭。)中国語 にお け る 日本語 の漢語 をめ ぐって
13
「会計」 という単語は,中
国語では「a」 の意味 しかない。 4。 2。3
指示する意味の変化 中国語 に借用 された際に, もとの 日本語の漢語 に比べて,そ
の指 し示す 意味が変化 した もの。 (1)「新聞」:日本語では「日刊紙」や「朝刊紙」「夕刊紙」 を指す。 ○朝刊新聞 (晨扱) ○ 日刊新聞 (晩扱) ○新聞を配達する。(送扱妖。) これに対 して,中
国語では上の ような意味がな く,「ニュース」 と「新 しい出来事」 とい う意味である(15)。 △新lin庁播。(ニュース放送。) △有什/A新同喝?(何
か新 しい出来事があるか。) (2)「検討」:日本語では「討論」や「研究」 を指す。 ○委員会で予算案 を検討する。(在委員会上廿稔預算方案。) ○ さらに検討 を要する。(需要逃一歩加以探寸。) この漢語は,中
国語では「反省」「自己批判」 とい うことを指す。 △他対 自己的錯漫避行了栓廿。(彼は自分の間違いについて 自己批判 をした。) 4。3
語感や使用場面での相違 中国語 に借用 されてか ら,意
味はほとんど変化 していないが,語
感や使 用場面など,日
本語の本来の もの とは異なるもの。 、(1)「
特務」:日本語の意味は「特別任務」である。 ○特務 を帯びる。 ○特務機関 中国語では,日
本語のように使 うのは軍隊だけである。 △特発達 (特務中隊) それ以外の場合では,「特務」が「スパ イ」の意味 として使 われるため,14
中国語 にお ける 日本語 の漢語 をめ ぐって 人 々 に悪 い感 じを与 える。 △哉争 的吋候,那
家秋 当述特 秀。(戦争 時,こ
い つ は ス パ イ とな っ た。) (2)「 舶来 品」:こ の漢語 は中国語 で も「輸入 品」 とい う意味 であるが, マ イナス イメージを持 っている。 △他没有新 的研 究,只
好 兜 告舶来 品。(彼は新 しい研 究が ない ので, 舶来品 を販売す るほか ない。) もし,そ
の ような語感 (ニユア ンス)を
表現 した くなければ,別
の言葉 を 使 う。 △我 要了逃 口貨。(私は輸入品 を買 った。) (3)「番号」:この漢語が 日本語 と異 なるのは軍隊で使用 される点であ る。それ以外ではほとんど使われない。 △部険番号 (部隊の番号) △房同的号硝是2楼 15号 。(部屋の番号は2階
の 15号 です。) ※房同的番号是2楼15号 。 △抜屯活号硝。(電話の番号 を回す。) ※披屯活番号。 (4)「介入」:中国語では,「介入」は書 き言葉であ り,話
し言葉 として は,あ
ま り使わないのが普通である。 △介入笏争。(紛争 に介入する。)〈書 き言葉 〉 △別管我イ│]的事!(わ
れわれのことに介入するな。)〈話 し言葉 〉 (5)「写真」:中国語での「写真」は,日
本語 と同 じ意味 を持 っている。 しか し,一
般的には 〈俳優,ス
ポーツの選手 〉,と
りわけ 〈女優,女
性選 手 〉には使 うが,普
通の人には使 わない。 (6)「放送」:日本語の「放送」 にあたる中国語には別の単語 (「声播」, 「播放」な ど)が
あ る。最 近 で は,日 本語 の「放送」 も使 われて はい る が,番
組の名称 として使 われているに過 ぎない。 △周 日大放送 (中国吉林省テ レビ放送局の番組)中国語 にお ける 日本語 の漢語 をめ ぐって