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能化と所化 (宗祖御入山六百五十年紀念號)

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Academic year: 2021

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(1)

来るさ信じた

o

今迄長い間求めて屑たのはこれである

o

自分が人生の神秘に鯛れてニそ、永遠の生命仁生き 人生堂生かすこごが出来るのである

o

自己の意志を遁令るにあらぎれば、人生無意義なりてふ・﹄ご宏、深︵ 開験した

o

哲理を要求する明智の方面には、一念三千の大哲問中ゐ

h

、敬義内容の股正なる批判反省は、正し き信仰の合理性を保誼し、組割者即も、久遠本備の抱擁のもごに、魂は安らけ︿憩ひ、自己の立中し現化し て、常寂光を作

h

川す、ぁ、これこそ、人間生活の批−麗なる殿堂では’ないか

o

凪へば本備の怯んじ寝ってゐ 、、、、、、、、、、、 た自分が、偶像や虚飾の城廓に障へられて、異のみ悌の心を知らなかった

o

そうして、家を飛び出して東西 、、、、、、、、、、 南北を流浪してき迷ふたが、再び本備のみ許に蹄らねばならなかった

ο

而し其本仰は最早や、五重の塔や、 優秀なる調刻を施

L

た本堂の中にはなかった o 形式の偶像を離れた大自然の中に、自己の胸の奥深︿に秘め られてゐるのだ

o

憩ふ*へき魂の郷土、其は日連型人じよって敬へられる永泣派指

ω

玉肢でゐった。位相を脱 した異質の柴国が展開されてあったのだ。ー︵十一、九、二十ご! 一 騎 脚 − = = 自 制 個 R ,

. .

F ・ ・ ・ 回 ・ − ’ At>;

E

一一( 35)一一

能化所化は師徒の闘係である

o

教師ご生徒、師匠さ弟子、皆能所相封である。けれ共今自分は、道俗の能 所相封に就いて考へて見たいさ思ふ O 若し、日連明人に封し、叉遠︿大望秤隼に針し奉れば、現在の道俗共に 悉︿所化である

o

而も其の所化たるや、蓄量品に於て、能化偽陀の久遠成道副本ご共に、我々も久遠巳来の 所化である事が頴されたのである O 扱て共の道俗相卦に就いて考ふる仁、能所共に、立仔即賞践す J べき道がある

o

先づ能化の責任役云へば、

(2)

所化を敦化善噂するにある

o

身口意三業を以って教化する取が出来るも、時期相臆の方法は、勿論口業教化 である。所謂詳説である。此の口業数化は、食官の別な︿、老若を論守す最も普遍的に利益を被らしむる事 が出来る o けれ共、人もさより、能あり、不能あり、白人が市内人掠説に巧みごは云へない o 故に強いて静説 を用ひ十さも、充分教化する事が出来る

o

即身業数化である

o

古から身を以って或は枇曾事業に力を致し、 或は自身戒律堅固に持って、衆生教化じ蓋して菩薩 J﹂呼ばれ、活仰の如︿崇められた、高慣も津山ゐる o 更 に現今に於ては印刷術の礎遣を利用して、文筆停導も容易に出来る O けれ共是等身、口、文筆等の源は何慮か 意よ h 口仁出で、身を動かし、筆に走らすのでゐる

o

故に吾々能化者は、第一に意を清博に持たな︵てはな らない

o

思 ひ 内 J にあれば色外に現る

o

若し意にな︿して、言葉に接し、行動に現はれたごしても、其れは極 めて力のない教化でゐる

o

教化ご見えても敢化の債艇はない

o

若し此様の者がゐれば、金︿、宗教家ざして の偲面を被る、宗散家ご云ふ名義乞以って、己が生計の手段ご心得て居る者でゐる O きれば施化者は如何な る心を根本ごして、化器に品何回るべきか

o

謹で案守るに梓迦如来の説法、宗粗大士の弘通、皆衆生救済三一五ふ 大慈悲心の現れである o 故に吾々能化省こして立つ時は、宜政︵此の仰陀及び宗組の御心を心 2 こして裁生救簡 の任に常るぺきである

o

慈悲を離れて衆生教化は出来ない

o

然し慈悲には自ら蹴愛の二方面、所諸矢格の慈 悲、母格の慈悲

ω

ゐる事に注意する必要がゐる

o

踊折ニ門共にの慈悲り敦化でゐる

o

只遺華の如き清い慈悲 心から接して、一雨の能︿三草二木を加すが如︵、努力する事が肝要でゐる O ・次に所化は能化の敬を受けて、悌道修行に勤むぺきである O 又所化は能化より法施を受くるさ同時に、財 施をなし外護して、是を助︿べきでゐる

o

能化所化は離るぺき者でないっ車の雨輸の知︿、鳥の修一翼の如︿ 相柿けてこそ、備法も興隆するのである

o

内 = ハ 有 ﹁ 智 慧 ノ 弟 子 一 畳 日 仰 法 ノ 深 義 寸 外 ニ ハ 有 百 前 滞 ノ 抱 越 − 初 め て 悌 法 も久住する挙.か出来るのでゐる﹁今生は官長が身に及ばん程は見つぎ奉るぺし

o

後生をば曇人助け給へ

J

J

﹄ 六百五十年の昔、波木弁公が宗姐に御願ひし契約された様な、清い信仰さへあったならば、大量一人は何時でも ﹁霊山へましまして艮の廊にて尋ねさせ給へ

o

必宇徒も奉るぺ︿候 O L ご‘仰せらる、であろう。 一一(36ト ー

(3)

然るに現今の信徒の中に、斯の如︿清い信仰の所有者が何人ゐるか o 多︿は金の力を以って大壇越さ稗し 自分の浅薄の智識を以て、少し︵教義を研究すれば増上慢に陥り、借侶を批判し、欠勤を探し出し、天晴大事 者ざなりすまして居る者が津山ある

o

甚たしい者は経文譲論の一音盤、節廻し迄を云々せんさする者さへある o 是等の人々は諦艇を以って浪花節ご心得、或は先祖の廻向を以って寺院ごの交際術さ考ヘて居るのである。 自分は殊に宗組棲柿の法窟たる延山近傍に、此の傾向の甚だしいのを歎かざるを持ない

o

身延の村氏にし て、月に一回組師堂に参拝する者が何人ゐるか o 八十余歳の法主狙下が、四方御親数の御礎錫、及び御蹄山 を設辿する者が何人ゐるか

o

彼等は或は庭に立って互じ私語しっ、眺め、間違って低頭雄拝する者さへ極めて 稀ではないか

o

宗祖大士が、﹁縦ひ何蕗にて死に候さも未来際迄も心は身延山に棲

U

ぺ ︿ 候 O ﹂ J ﹂ 宣 ひ 、 ﹁ 日 連 が 弟子椛那等は此の山を本ごして参るぺしo﹂ご御遺言ゐらせられたからには、身延を以って信仰の中心ざしな ぐてはならない

o

身延こそ異の常寂光の都たるぺ‘きである。然らば常寂先土建設に要する最大念務は何か 7 法貴しご雄も自然には弘まらない。如何にしても完杢なる能弘の師が必要である O ﹁ 人 貴

3

故 = 慮 貴

J

さは此 の事でゐる

o

斯︵の如︵考へ来た時に、自分は完全なる能化輩出即敬皐の勃興を叫ばざるを得ない。 ある入現在の延山を評して ﹁杉の栽培も結構である O けれ共人物の殖栽は一層大切である o ’

E

t ’ a a − − a − − −

井 口 口

一一(

37

)一一

砂花たる海洋時限たる峰轡、偉大なる自然を背影ごして七百年巳前東保安房の一角に梼陀羅が子ごし孤々

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