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<原著>職域における肺結核の疫学的研究-発生状況と症例像および定期健康診断の費用便益性について- 利用統計を見る

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山梨医大誌10(4),137∼160,1996

職域における肺結核の疫学的研究

発生状況と症例像および定期健康診断の

費用便益性について一

  宮 川   寛 山梨医科大学保健学第一教室 抄録:東京地区一企業の電気通信産業従事者を対象とし,!.過去31年間の肺結核の罹患率の推 移,2.最近7年問に発見された肺結核症例像の発見動機別比較と定期健康診断の効果,3.職場の 定期健康診断による肺結核患者発見の費用と便益の3点を検討した。患者の発見方法は胸部間接X 線撮影による職場の定期健康診断,または有症状による発見である。肺結核の罹患率は男女とも !960年より減少を続け,1980年前後に最低となったが,以後減少速度の鈍化または再上昇傾向が見 られた。発見動機別比較では,健診発見例(約80%)は症状発見例(約20%)に比べて軽症例が多 く,休職日数が有意に短かかった。職場の定期健康診断による肺結核患者発見の費用と便益は,費 用が年間6,590万円,便益が年間3,760万円で費用が便:益を上回っており,費用便益比(便益/費用) は0.57であった。以上の結果から,肺結核が職域において現在でも頻度の高い疾患であること,健 診発見例は症状発見例に比べて軽症例が多く,休職日数が短かった点で定期健康診断の効果がある ことが確認された。しかし現行の定期健康診断の方法では費用便益性が悪いことが明らかとなり, 胸部間接X線写真を主とした定期健康診断にかわる,より効率的かつ費用便益性の高い発見方式を 考えるべきであることが示された。 キーワード 職域,肺結核,罹患率,定期健康診断,費用便益性 緒  言  日本における結核の罹患率は戦後急速に減少 したが,1970年代後半より減少速度の鈍化が指 摘されている。また罹患率の減少速度の鈍化の みならず,最近結核菌陽性例が全国的に増加し ていることも指摘されており1)”4),このような 変化に伴い一時忘れかけられていた結核の重要 性が近年再認識されつつある。  勤労者においても結核,特にその大部分を占 〒409−38 山梨県中巨摩郡玉穂町下河東1110 受付:1995年11,月28日 受理:!996年2.月21日 める肺結核は慢性の呼吸器疾患のなかで頻度の 高い重要な疾患であるが,肺結核の罹患率の変 化や,症状,病型,検査所見,治療状況等の症 例像に関する職場からの報告は少なくその実態 は明らかでない。さらに現在大企業では職場の 健康診断による肺結核患者発見の割合は企業内 全症例の75−80%とされているが5)6),職場の健 康診断による発見例と症状による発見例の比較 や健康診断の効果を評価した研究,健康診断に よる肺結核患者発見の費用と便益に関する研究 はほとんど行われていない。  現在種々の癌検診ではその効果と経済性を含 めて再評価がなされつつあるが7),職場の肺結 核患者発見の手段についても全員を対象とした

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現行の定期健康診断による方式が適切か否かそ の効果,費用便益性まで立ち入って見直す必要 がある。  そこで東京地区一企業の電気通信産業従事者 を対象とし,  1。過去31年間の肺結核罹患率の推移  H.最近7年間の肺結核症例像の発見動機別    此較と定期健康診断の効果  皿。職場の定期健康診断による肺結核患者発    見の費用と便益 の3点について検討し,職域における肺結核の 発生状況と症例像,今後の患者発見方法のあり かたについて考察した。 1.過去31年間の肺結核罹患率の推移      1−1.対象および方法

 東京地区NTT社員約4万人を対象とし,

1960∼1990年度の31年間に発見された肺結核患 者(再発例,胸膜炎を除く)の罹患率(発生 率)について調査した。これらの患者は職場の 定期健康診断(問診及び胸部X線間接撮影), または:有症状による発見である。  有症状発見例は社内の医療機関である健康管 理センタの外来を受診して発見された症例の他, 職場に提出される診断書や定期健康診断時の問 診の情報から健:康管理センタ以外の医療機関を 受診して発見された症例も把握した。  健診発見例,有症状発見例とも結核菌検査は 全例に行われ,菌陽性例(塗抹陽性または培養 陽性)のほか菌陰性でも臨床所見,画像所見, 気管支鏡検査による生検組織の病理所見等から 肺結核と診断され,要治療となった場合を発見 例とした。結核として治療された後に非定型抗 酸菌症と判明した場合は発見例から除いた。ま た集団発生例はなかった。  これらの発見例について性,年齢別(男性は 20,30,40,50歳代の4群,女性は対象数,発 生数とも少ない50歳代を除いた20,30,40歳代, の3群)の罹患率(10万人対)を年度ごとに求 めた。罹患率の算出にあたり,母数としての対 象社員数の厳密な把握は入社,退職,転勤等の 影響で困難なため各年度の健康診断受診者数を 母数とみなした。健康診断実施日に受診しな かった者に対しては再度別の日に受診するよう にしているため,大多数の社員は健康診断を受 診しており,健康診断受診者数はほぼ対象社員 数とみなしうる。分子となる肺結核患者の発見 方法は前述の通りである。次に青木の方法8>に ならって罹患率を縦軸(底10の対数目盛り), 年度を横軸としたグラフを性,年齢別に描いて 回帰直線(最小二乗法による一次回帰直線)を 引き,その回帰係数の有意性の検定を行い減少, 横這い,増加等の評価をし,同時に年間平均変 化率(以下言霊変化率と略す)を求めた。なお 回帰係数をa,年間変化率をr%(マイナスは 減少,プラスは増加)とすると, r霊(10a−1)×100である(*後述)。  男性の20,30,40歳代では1980年前後を境と してグラフ上近年の減少速度の停滞または再上 昇がうかがえたため,1980年前後で罹患率が最 低となった年度の前後についてそれぞれ回帰直 線を引いて検討を行った。また男性の50歳代と 女性の各年齢層では年度による罹患率の変動が 大きかったため,男性の50歳代,女性の20歳代 と30歳代は3年ごと,女性の40歳代は5年ごと の平均罹患率について検討した。なお女性につ いては各年齢層では近年の横這い傾向が見られ なかったため,全体(10∼60歳代)での罹患率 の推移についても検討した。  *年間変化率の計算  回帰式から計算した1年目とn年目の罹患 率(対数変換前)をYh Yn,回帰係数をa, 年間変化率をr%とすると    a=(log Yn−log Y1)/(n−1)一一一①  Yn皿Y1(1+r/100)滑 であるから log Yn=log〔Y1(1十r/100)n−1〕    判ogY1+(n−1)109(1+r/100)……② ①と②から    a証lo9(1+r/100)……③ ③から    r皿(10a−1)×100

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職域における肺結核の疫学的研究 139        1−2.結  果 (1)過去31年間の罹患率の推移  1)男性における推移  A 20歳代(図1)  罹患率(Y)は1960年の10万人対375(10gY・ 2。57,以下()内は対数変換値)から順次減 少し,1976年た最低の10万人対21(1.32)となっ た。その後上昇に転じたが,!980年代はほぼ横 這いの状態が続いていた。回帰直線と年間変化 率r(マイナスは減少,プラスは増加,以下同 様)は, 1960∼1976年が  10gY=一〇.0538X十2.514    r=一1!.7% 1977∼1990年が  10gY=一〇.0019X十!.586    r調一〇.4% であった。  B 30歳代(図2)  罹患率は1960年の10万人対267(2.43)から減 少を続け!972年には10万人対24(1.39)まで低下 した。翌年の1973年には,10万人対70(1.85)に 上昇したがそのあと再び低下を続け,1983年に は罹患率0となった。しかし1984年以後再上昇 の傾向が見られ,1990年には10万人対35(1.55) まで上昇していた。回帰直線と年間変化率rは, 1960∼!982年が  10gY盆一〇.0402X十2.277    r=一8.8% 1984∼!990年が  logY=0.0286X十〇。599    r=十6.8% であった。 C 40二代(図3)  年度による変動がやや目立つが,20歳代,30 三代とほぼ同じ傾向を示した。即ち,1960年の 10万人対307(2.49)を最高に減少をつづけ, 1981年には罹患率0となった。1982年以後は10 万人対数十の発生が続き横這いから微増する傾 向がうかがえた。回帰直線と年間変化率rは, 1960∼!980年が  10gY=一〇.0531X十2.275    r皿一!!.5% 1982∼1990年が 1000 100

Y罹患率

。        、 ・..        o     o   o         o o o O o 1:bgY㍊一一〇,0538X串2.514    r謹一! 2:bgY一一〇    r謹一〇  . γ%(1960{げ」976) . 0019X十1。 586 . 4% 

(1977∼1990)

2

\.

      。      X 10  ’60       ’70       ’80       ’90   年度 図ユ。20歳代男性における肺結核罹患率の推移(1960∼1990)及び回帰直線と年悶変化率(r).    横軸は年度(X),縦軸は10万人対罹患率(Y).

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1000 100 10 Y 罹患率 。    o   o  o o ◎

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o O   o 0  0 ◎  o o 1:logY冨一〇。     r躍一8. 2:logY識 0.     r庸十6。

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0402X十2. 277

8%  (1960∼1982) 0286X十〇‘ 599 8%  (1984∼1990)     2

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  o o  o ×  ’60       ’70       ’80       ’90    年度 図2.30歳代男性における肺結核罹患率の推移(1960∼1990)及び回帰直線と年間変化率(r).    横軸は年度(X),縦軸は10万人対罹患率(Y). 1000 壌0σ 0 1

Y罹患率

o o o          τ    む

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o  o ◎ o O o o o o 1:bgY・昌一〇. 053選X+2. 275     r鴇一1 2:IogY謹 O     r鴇十{ o o  . 5%(1960∼1980) 。 0058X→一1。 401 . 3%  (1982∼1990)        2

   .・../

〇 〇         〇       〇

X

 ’60   ’70    ’80   ’9◎ 年度

図3.40歳代男性における肺結核罹患率の推移(!960∼1990)及び回帰直線と年間変化率(r).    横軸は年度(X),縦軸は!0万人対罹患率(Y),

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職域における肺結核の疫学的研究 141 1000 100 10

Y罹患率

bgY一一σ.0150X+・L 827  r驕一3.4% o o o o o o o ◎ o o

X

’60      ’70      ’80      ’90 年度 図4.50歳代男性における肺結核罹患率の推移(1960∼/990)及び回帰直線と年間変化率(r).   横軸は年度(X),縦軸は10万人対罹患率(Y). 1000 100 10

Y罹患率

bgY譜一〇.0318X+2.230  r謹一7,1%

X

’60      ’70      ’80      サ90 年度 図5.20歳代女性における肺結核罹患率の推移(1960∼1990)及び匝1帰直線と年間変化率(r).   横軸は年度(X),縦軸は!0万人対罹患率(Y).  logY皿0.0058X十1.401    r一十1.3% であった。 D 50歳代(図4)  年度による罹患率の変動が大きいため,3年 ごとの平均罹患率を求めて検討した。1963∼ 1965年の平均罹患率10万人対307(2.49)を最高 に以後なだらかに減少をつづけ,20∼40歳代と 異なり!980年前後からの横這い,再上昇傾向は 見られなかった。回帰直線と年間変化率rは,

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1000 100 10

Y罹患率

9 6 2 ◎ 2 十

X

1 6 3% nUnU ハUOO ︷楠 =謀

Yr

9 0 一 o o o o o ◎ o o o 。  X ・60      ,70      ’90      ・90 年度 図6.30歳代女性における肺結核罹患率の推移(1960∼!990)及び回帰直線と年i}ll変化率(r)。   横軸は年度(X),縦軸は10万人対罹患率(Y)。  log Y調一〇.O150X十L827    r=一3.4% であった。  2)女性における推移  A 20歳代(図5)  1960∼1962年の平均罹患率10万人対ユ82 (2.26)から減少を続け,1981∼1983年の罹患率 は0となった。その後再び10万人対20前後の発 生があるが,全体として見ると減少傾向が続い ていた。回帰直線と年間変化率rは,  log Y誕一〇.0318X十2。230    r=一7.!% であった。  B 30十代(図6)  1960年代から1970年代初めにかけて僅かに罹 患率が上昇する傾向があったが,1969∼1971年 の10万人対166(2.22)を最高に以後は減少を続 けていた。全体の回帰直線と年間変化率rは,  正ogY=一〇.0361X十2.269    r=一8.0% であった。  C 40歳代(図7)  5年ごとの平均罹患率を求めて検討した。  1970年代前半までに比べて1970年代以後は罹 患率が低く横這い状態にも見えたが,全体とし ては減少が続いているものと考えられた。回帰 直線と年間変化率rは,  log Y瓢一〇.0411X十2.157    r=一9.0% であった。  D 女性全体(10∼60歳代,図8)  1960年代から1970年代はほぼ一貫して罹患率 が減少し,1978年には罹患率0となったが, 1979年以後は毎年10万人対20∼30前後の発生が あり,ほぼ横這い状態を示した。回帰直線と年 間変化率rは,!960∼1977年が  log Y=一〇.0304X十2.2!9    r=一6.8% 1979∼1990年が  log Y瓢一〇.0060X十1.463    r=一L4% であった。 (2)回帰係数とその有意性の検定及び年間変 化率  表1に各群の回帰係数とその有意性の検定結 果および年間変化率をまとめて示す。1960年か

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職域における肺結核の疫学的研究 143 1000 100 10

Y罹患率

7 5 ﹁ 0 2 十 X 一 葦 4% 0∩U 0∩﹂ ︻一 =隅

Yr

9 0 一 o o o o o o

X

’60 ’70 ’80 ’90年度 図7.40歳代女性における肺結核罹患率の推移(/960∼/990)及び回帰直線と年llll変化率(r).    横軸は年度(X),縦軸は10万人対罹患率(Y). τ000 100 10

Y罹患率

o o O   o o o ◎o o o τ 「o o o   o     o  ︶

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097量 10︾ り乙︷一 .∼ り乙ΩU 十ρP

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9 0 i ,■ 1 2:log Y鵠一〇.0060X+1. 463     r=臨一一1, 4%(1979∼1990)         2

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X

’60 ’70 ’80 ’90 年度 図8. 女性における肺結核罹患率の推移(/960∼!990)及び回帰直線と年間変化率(r). 横軸は年度(X),縦軸は!0万人対罹患率(Y).

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表1.性,年齢別に見た回帰係数とその検定結果,       および年間変化率 年 齢  年 度   回帰係数と 年間変化率          その有意性    % 男 生一 女 生 i 20歳代 30歳代 40歳代 50歳代 全体 1960−1976   −0.538**      一11.7 1977−1990   −0.0019       − 0.4 !960−1982   −0.0402**     一  8.8 1984−1990     0.0286       十 6.8 1960−1980   −O.0531**    一11.5 1982−!990    0.0058       十 1.3 !960−1990  −0.0150**    一 3.4 1960−1981   −0.0456**     一10.0 1982−1990     0.0175       十 4.1 20歳代 30歳代 40歳代 全体 1960−1990   −0.0318**      7.1 1960−1990   −0.0361**       8.0 1960−1990   −0.0411*         9.0 1量l18:}霧ζ乙  ==8:8ま8ま**    = 釜:§ *p<0.05**p<0.01 ら1980年前後まで(女性の20,30,40歳代,男 性の50歳代は1990年まで)の回帰係数の有意性 の検定では各回ともp<0.01(女性の40歳代の みp<O.05)で有意な結果が得られ,この期間 の罹患率の減少は明らかであった。  一方20歳代男性の1977年以後,40歳代男性の 1982年以後,女性全体の1979年以後の回帰係数 はほぼ0に近く,罹患率の横這い状態が示され た。3C歳代男性は1984年以後,回帰係数が 0.0286,年間変化率が+6.8%で罹患率の再上 昇傾向がうかがえた。        1−3.考  察  疾病罹患率の推移について調査するには,地 域,職業,性,年齢などの要素がなるべく一定 の集団に対して長期聞追求するのが望ましい。 今回の調査は一企業の同一地域における職員に ついて性,年齢別に31年間の結果を検討してお り,有益な情報が得られたものと考える。  男性では20,30,40歳代において1980年前後 から罹患率の横這いまたは再上昇が見られ,全 国的な動向1)嘗4)や他の報告6)驚9)幣12)と一致して いた。20歳代の人の結核罹患率は,現在の結核 蔓延状態をより正確に反映する良い指標とされ ている8)。今回20歳代男性の年間変化率は!960 ∼!976年置一IL7%に対して!977∼エ990年は一 〇.4%と,明らかに横這い状態となっているこ とが確認され,肺結核の蔓延状態が!977年以後 改善されていないことが示唆された。  30歳代では!984∼!990年の回帰係数は0.0286, 年間変化率は+6.8%といずれもプラスの値で あり,20歳代および40歳代の男性よりもこの期 間の罹患率の上昇程度が著しかった。上昇に転 じてからの期間が1984∼1990年の7年間と短い ためか,統計学的に回帰係数の有意性を見るま でには至っていないが,30歳代男性における 1984年以後の罹患率の上昇は明らかと思われる。  40歳代の男性も1982年以後の回帰係数が 0.0058,年間変化率は+!.3%とプラスになっ ていたが30歳代の男性ほどは目立たず,20歳代 と同様罹患率は横這い状態と考えられた。  若年から中年男性における肺結核罹患率が 1980年前後を境として横這いまたは再上昇に転 じた理由は明らかではないが,結核管理体制の 充実,新薬の登場による治療成績の向上とこれ に伴う感染源の減少,衛生環境の改善などそれ まで罹患率の減少に寄与してきたと思われる諸 要因の効果がゆきわたり,以前と同じペースで 肺結核患者の発生を減少させるのが難しい状態 となったのが一因であろう。これに加えて BCG接種を別とすれば現在40歳未満の日本人 の大部分が結核菌未感染者であり,これらの 人々が自然の初感染を受けた場合に短期間で発 病する例が比較的多いと考えられること,その 一方感染源としての高齢者が現在多数存在して いること4),現在のところBCG効果は30歳以 後は期待しがたいこと13),などが罹患率の減 少速度が鈍化したことの主な原因と考えられる。  今後医療職者が肺結核への注意を再度高め, 診断技術の向上により非感染性のうちに患者を 多く発見するならば,やがて感染源の減少とと もに肺結核の発生も再度減少に向かうことが期

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職域における肺結核の疫学的研究 145 待されるが現在はその過渡期にあるといえよう。  50歳代の男性は1960年以来ほぼ一貫して罹患 率が減少していた。この年代は既感染率が 50一一80%と高い年代であり4),発病者のうちの多 くは内因性再燃と考えられる。今回40歳代以下 の男性に見られたような罹患率の停滞,再上昇 傾向が明らかでなかったのは,50古代の男性で は既感染者からの発病が主であることを反映し た結果と思われる。  女性は20,30,40歳代とも1960年以後,罹患 率の減少が続いていた。40歳代については1970 年代後半以後は横這いのようにも見えたが,31 年間を通して見ると減少を続けていると考えら れた。  しかし女性全体(!0∼60歳代)で見た場合, 罹患率が0であった1978年の前後で比べると, 1960∼1977年は回帰係数が一〇.0304,年間変化 率が一6.8%と明らかな減少を示したのに対し, 1979∼!990年は回帰係数一〇.006,年間変化率 一L4%に低下しており,1979年以後罹患率の 減少速度に歯止めがかかっている様子がうかが えた。今回の検討では女性は男性に比べて対象 数が少ないため,各年齢層に分けると減少速度 の鈍化がはっきり示されなかった可能性がある。  以上の結果から肺結核の罹患率は男女とも 1980年前後より減少しておらず,肺結核は現在 なお職場において頻度の高い疾患であることが 確認された。職場を含め現在の日本人の生活環 境はかつて結核の蔓延が著しかった頃に比べて 格段に改善されており,さらなる生活環境の改 善による結核罹患率の低下は期待しがたい。感 染源が減少するまでは新規患者の早期発見と適 切な治療に努め,周囲への感染を最小限に抑え ることが重要である。 ∬.最近7年間の肺結核症例像の発見動機別    比較と定期健康診断の効果      n−1.対象および方法  関連会社を含む東京地区NTT社員(約5万 人,男性82%,女性18%)のうち,1987∼1993 年度の7年間に発見された肺結核患者(再発例, 胸膜炎を除く)94例を対象とした。患者の発見 方法は,1.過去3ユ年間の肺結核罹患率の推移 に述べた方法と同様に職場の定期健康診断(問 診及び胸部X線間接撮影),または有症状によ る発見である。これらの発見例について性,年 齢分布,症状,病型と広がり (日本結核病学会 病型分類=学会分類),胸部X事理真上の病変 部位,初回の結核菌検査所見,診断根拠,治療 方法と治療期間,肺結核による休職および勤務 軽減日数,過去の胸部X線写真における所見 の有無を発見動機(健康診断または有症状受 診)別に比較検討し,その結果から症例像の特 性と定期健康診断の効果を評価した。  菌検査は外部の検査機関または都内の関連病 院に依頼し,いずれの場合も小乱,胃液を検体 としたテール・ネールゼン染色による塗抹検査 (一部蛍光顕微鏡法を併用),検査材料をアルカ リ処理した後の小川培地による培養検査(4週 および8週)が行われ,培養陽性例にはナイア シンテストを含む生化学的方法を主とした同定 検査が行われている。最近開発されたラジオメ トリ一法(BACTEC法), DNAプローブ法等 は行われていない。  喀疾,胃液検査で塗抹陰性の場合は主に都内 の関連病院に依頼して気管支鏡検査を行い,擦 過,洗浄,生検等の方法を用いて可能な限り検 体を採取し,これらの検体について菌検査を行 うとともに生検組織の病理診断も行った。  治療は健康診断発見例は主に都内の関連病院 で,症状発見例は患者が受診した病院で行われ ている。関連病院とは患者発見ごとに随時相互 連絡を行うほか,毎月1回検討会をもち菌検査 所見,診断根拠,治療状況についての情報を入 手した。  社内の健康管理センタ,関連病院以外の医療 機関で発見治療された例については受診した 医療機関に詳細を問い合わせ,情報もれの防止 に努めた。  休職,勤務軽減を要する期間は健康管理セン タの担当医が主治医の判断をもとに,本人の希

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望や仕事内容を考慮して総合的に決定している。 治療,休職,勤務軽減の状況は1994年9.月末の 時点で糸冬了している者について集計した。なお 死亡例はなかった。  胸部:X線写真上の所見の変化については過去 の職場の定期健康診断受診時の間接写真を調べ, 病変の:有無を検索した。病変の有無は,前年の 写真上「所見なし」,「後から見るとわずかな所 見があるが発見困難」,「所見有り」の3群にわ けて判定し,「後から見るとわずかな所見があ るが発見困難」(以後「所見あるも発見困難」 と略す),「所見有り」の2群についてはさらに 過去にさかのぼり所見が初めて胸部X線写真で 確認される時期を確認した。  統計学的手法は発見動機別の年齢,治療期間, 休職日数の比較には対応のない場合のウィルコ クソン検定を,発見動機別の三型と広がり,菌 検査所見,診断根拠,治療方法,過去の胸部X 線写真における所見の有無の割合の比較には比 率の差の検定とフィッシャーの直接確率計算法 を用いた。        H−2.結 果 1)発見動機と性,年齢分布,自覚症状(表II −1,2,3)  発見動機では職場の定期健康診断による発見 (以下健診発見例と略す)が74例78.7%,症状 による発見(以下症状発見例と略す)が14例 14.9%,その他(他の医療機関の人間ドック, 他の疾患で通院中に発見されたものなど)が6 表『1.肺結核の発見動機 定期健康診断 症状 その他  計 n(人)  %

 7

4 。

78

 7

!4   6   94 14.9   6.4   100.0 表H−2.肺結核の年齢分布 年齢 20歳一 30歳一 40歳一 50歳一 60歳一  計 平均  標準偏差 健診 発見例 症状 発見例 その他 13 (1) 5 (1) 0 20

撃R

2 31 4 (1) 3 (!)

842

1 2   74 (!)  (9) 0   14 0 6 39.9   9.6 (45.2)   (14.3> 36.1     10.2 (32.5>   (14.9> 43.7   7.2 (48.0)    (O。0> 計 18

25 38

A

1!

2     94    39.5     9.6 (i)    (!2)  (43.3)   (14.O) ()内は女性再掲 [人] [歳] 表∬一3.肺結核発見時症状 咳,疾 発熱 発汗 胸痛 易疲労感 その他 症状なし 健診 発見例 症状 発見例 その他 9 9 0 2 7 0 2 0 0 1 2 0 1 0 0 3 3 0 6! 6 [人]

(11)

職域における肺結核の疫学的寸寸 ユ47 例6.4%であった。94例の性と年齢分布は男性 82例,女性12例,20歳代!8例,30歳代25例,40 歳代38例,50歳代11例,60歳代2例で年齢範囲 22歳∼67歳,中央値41.5歳,平均年齢39.5歳で あった。健診発見例は年齢範囲22歳∼67歳,中 央値42.0歳,症状発見例は年齢範囲22歳∼52歳, 中央値35.5歳で2群の年齢に有意な差はなかっ た。平均年齢は健診発見例39.9歳,症状発見例 36.1歳であった。  健診発見74例では,発見時の問診により13例 に症状が認められ,61例は症状が認められな かった。症状の内訳は咳,疾9例,発熱2例, 発汗2例,胸痛2例,易疲労感1例,その他3 例であった。症状発見ユ4例で見られた症状の内 訳は咳,疾9例,発熱7例,胸痛2例,その他 3例であった。 2)病型と拡がり,胸部X線写真上の部位(表 H−4,5)  学会分類で見た病型の内訳はH型19例(健診 発見例U,症状発見例7,その他1),皿型70 例(健診発見例59,症状発見例7,その他4), W型4例(健診発見例4),不明1例(その他 1)であり1型はなかった。拡がり1は84例 (健:診発見例71,症状発見例9,その他4),拡 がり2は9例(健診発見例3,症状発見例5, その他ユ)で,拡がり3はなかった。病型では H型の割合が,拡がりでは2の割合がそれぞれ 健:診発見例に比べ症状発見例で有意に多かった (D:型:健診発見74例中11例!4.9%,症状発見 14例中7例50.0%,p<0.Ol;拡がり2:健診 発見74例中3例4.ユ%,症状発見14例中5例 35.7%, p<0.Ol)○  病変の存在部位を胸部X線写真上で見ると 右上肺野39例(健診発見例31,症状発見例7, 表n−4。肺結核の二二と二型,拡がり (学会分類) 病側 病型 拡がり 愛口十 r l b 不明 I H HI IV 不明 1 2 3 不明 健診 発見例 症状 発見例 その他 39  29  6   0   0  !1  59  4    0   71  3  0   0   74

!121 0 0770 0 950 0 14

23010!40 1 410! 6

量 養口

52347 ! 019704 1 8490 1 94

[人] 表『5.肺結核病変の胸部X直写真上の部位 右 左 複数 不明 計 ヵ所 与肺野 中肺野 下肺野 上肺野 中肺野 下肺野 健診 発見例 症状 発見例 その他 31 7 1 7 2 O 1 1 0 26 1 3 3 0 0 0 1 0 6 2 0 0  74 0  ユ4 2 6 雪 善口 39 9 2 30 3 ! 8   2  94 [人]

(12)

その他1),右中肺野9例(健診発見例7,症 状発見例2),右下肺野2例(健:診発見例1, 症状発見例!),左上肺野30例(健:診発見例26, 症状発見例1,その他3),左中肺野3例(健 診発見例3),左下肺野1例(症状発見例1), 複数カ所8例(健診発見例6,症状発見例2), 不明2 (その他2)であった。  健診発見例では上肺野の割合が中下肺野に比 べて有意に高かった(74例のうち上肺野57例 77.0%,三下肺野11例!4.9%,p<0.0!)。症状 発見例では有意な差はなかったが,14例のうち 上肺野8例57.!%,中下肺野4例28。6%で上肺 野に多い傾向があった。健診発見例,症状発見 例合計では88例のうち上肺野65例73.9%,中下 肺野!5例17.O%で上肺野に有意に多かった(p <0.01)。  病変の存在部位を左右別に見ると,健診発見 例は74例中右側39例52.7%,左側29例39.2% で有意な差はなかったが右側に病変の存在する 割合が高かった。症状発見例では14例中右側10 例7L4%,左側2例14.3%で右側に有意に多 かった(p<0.01)。健診発見例,症状発見例 合計では88例中右側49例55.7%,左側31例 35.2%で右側に有意に多かった(p<0.05)。 3)初回結核菌検査所見(表H−6)  94例中菌陽性例は36例,うち塗抹陽性例(生 検組織中の菌陽性例を含む)は15例であった。 検体種類別に見ると喀疾または胃液が5例,気 管支鏡検査による検体(擦過組織,洗浄液,気 管支鏡検査後の喀:出疾)7例,気管支鏡による 肺生検組織2例,超音波ガイド下の肺生検組織 1例であった。培養陽性例は21例で,検体種類 別では喀疾または胃液が10例,気管支鏡検査に よる検体が11例であった。  発見動機別に見ると,塗抹陽性例は健診発見 74例中9例12.2%に対して症状発見例は14例中 5例35.7%で症状発見例に有意に多かった(p <0.05)。培養陽性例は健診発見では74例中16 例21.6%,症状発見では14例中4例28.8%で2 群問に有意な差を認めなかった。  4)診断根拠(表II−7)  菌検査で塗抹陽性が確認されて肺結核と診断 されたのは上記!5例であった。残り79例のうち 培養陽性を待って診断されたのは3例のみで, 30例は経気管支肺生検(TBLB)による病理所 見,1例は肺生検による病理所見,45例は臨床 症状および画像所見により肺結核と診断されて いた。  発見動機別に菌陽性により肺結核と診断され た割合をみると,健:診発見が74例中10例13.5%, 症状発見が14例中6例42.9%で症状発見例に膚 意に高かった(p<0.05)。組織所見により診 断された割合は,症状発見の!4例中2例14.3% に比べて健診発見が74例中27例36.5%と高かっ たが有意な差はなかった。臨床症状および画像 所見により診断された割合は健診発見が74例中 表U遍.初回結核菌検査所見 塗抹陽性 培養陽性 鷺口ナ 饗 ム騒 乱疾 気管支 TBLB米 肺生検 喀疾 気管支 胃液 鏡検査      胃液 鏡検査 TBLB崇 肺生検 健診 発見例 症状 発見例 その他 2 2 ! 5 2 0 2 0 0 0 1 0 7 3 0 9 1 1 0 0 0 0 O 0 49 74 5  14 4  6 十 妻口 5 7 2 1 10   U 0 0 58 94 *TBLB(亀r雛sbro薮chial lung blopsy)皿経気管支肺生検 [人]

(13)

職域における肺結核の疫学的研究 149 表H−7.肺結核の診断根拠 菌陽性 組織診断 臨床及び画像診断  計 塗抹陽性 培養陽性 TBLB* 肺生検症状(一) 症状(+) 健診 発見例 症状 発見例 その他 9 5 1 1 1 1 26 2 2 1 0 0 36 0 2 1 6 0 74 !4 6 1 壼口 15 3 30 1 38 7 94 *TBLB(transbrochial h捻g blopsy)コ経気管支肺生検 [人] 表n−8.肺結核の治療方法と治療期間 6か月 6か月∼1年 ユ年以上 計 健診発見例 3剤治療 (HRE, HRS) 2剤治療 (HR) 3剤治療の後 2剤治療 小計 3 10 0 13 6 8 30 44 1 0 3 4 !0 18 33 61 症状発見例 3剤治療 (HRE, HRS) 2剤治療 (H:R) 3剤治療の後 2剤治療 小計 0 0 0 0 4 1 3 8 0 0 O 0 4 1 3 8 その他 (HIRE, HRS)3剤治療 2剤治療 (HR) 3剤治療の後 2剤治療 小計 0 ! 0 1 1 1 2 4 O 0 1 1 1 2 3 6 十 善葭 14 56 5 75 [人] H=ヒドラジド   R=リファンピシン E皿エサンブトール  S=ストレプトマイシン 37例50.0%,症状発見が14例中6例42.9%で2 群の間に有意な差を認めなかった。 5)治療方法と治療期間(表H−8)1994年9月 の時点で治療が終了し服薬内容と服薬期間を確 認しえた75例(健診発見例6!,症状発見例8,

その他6)について検討した。75例中HRE

(ヒドラジド+リファンピシン+エサンブトー ル)またはHRS(ヒドラジド+リファンピシ

(14)

ン+ストレプトマイシン)の3剤併用療法を 行ったのは15例で,その治療期間は6か月3例, 6か月∼!年11例,1年以上!例であった。 HR(ヒドラジド十リファンピシン)の2剤に よる治療は21例に行われ,治療期間は6か月1!

例,6か月∼1年10例であった。HREまたは

HRSの3剤併用療法を6か月前後行った後

HRの2剤併用療法を行ったのは39例あり,こ れらの例の通算治療期間は6か月∼1年35例, 1年以上4例であった。  発見動機別にみると,3剤治療が行われた割 合は,健診発見の6!毒中10例16.4%に対して, 症状発見が8例中4例50.0%と,症状発見例に 有意に高かった(p<0.05)。2剤治療が行わ れた割合は症状発見が8直中ユ例12.5%,健診 発見が61例中18例29.5%で有意な差はなかった。 治療期間は健診発見例が6か月∼23か.月(中央 値10.0カ月),症状発見例が9か月∼12か月 (中央値ユ0.0カ月)で有意な差を認めなかった。 平均治療期間は健診発見例が9.8±3。0か月,症 状発見例が10.3±1.3か月 (平均±標準偏差) であった。 6)休職および勤務軽減日数(表H−9)  94例のうち肺結核の治療のために休職,勤務 軽減を要した日数を確認しえたのは59例(健診 発見例41,症状発見例13,その他5。残りの35 例は古い症例,関連会社社員,転勤,などの理 由で休職,勤務軽減を要した期間を厳密に確認 しえなかった)であった。休職期間はほぼ入院 を必要とした期間に等しい。  症状発見13例の合計休職日数は1,356日,1 人あたり休職日数は104.3日/人,合計勤務軽減 日数は332日,1人あたり勤務軽減日数は25.5 日/人であった。勤務軽減2日で1日休職とす ると,1人あたりの全休職日数は,U7.1日/入 となる。同様に健診発見41例の合計休職日数は 82日,1人あたり休職日数は2日/人,勤務軽 減日数は0日/人,一人あたりの全休職日数は 2日/人となり,症状発見例に比べて有意に少 なかった(p<0.01)。 7)過去の胸部X線写真の所見の変化(表II− 10)  94例中前年の写真の所見を検索しえたのは82 例で,うち60例は「所見なし」,14例は「所見 あり」,8例は「所見あるも発見困難」であっ た。2年前の写真では「所見あり」は2例, 「所見あるも発見困難」は3例あった。3年前 の写真では「所見あり」,「所見あるも発見困 難」はいずれもなかった。前年度の写真に所見 のあった14例のうち7例は異常なし(見落と し),6例は肺結核治癒痕(誤診)と判定され ており,1例は要精密検査となったが本人が受 診を拒否していた。  発見動機別に見ると,健診発見74例中前年の 写真の所見を検索しえたのは62例でそのうち 「所見なし」は45例75.0%,「所見あり」は10例 16.1%,「所見あるも発見困難」は7例11.3% であった。62例中2年前の写真で「所見あり」 は2例3.2%,「所見あるも発見困難」は1例 1.6%あった。3年前の写真で「所見あり」, 表H−9.肺結核による休職B数 休職日数(a) 勤務軽減日数(b)全休職日数(a+b/2) 人数 合計 1人あたり 合計 1人あたり 合計  1入あたり 健診 発見例 症状 発見例 その他 4! 82 2.0 13   1356    !04.3 5  143 28。6 0 332 0 0 25.5 0 82 1522 143 2.0 117。1 28.6 [剛

(15)

職域における肺結核の疫学的研究 151 表H−10.過去の胸部X線写真所見 前年 2年前 3年前 4年前 健康診断発見74例 所見なし45

発見困難L(

所見なし4

発見困難1一

不明2        1 所見なし! 不明2  所見なし1

 不明1 不明2 不明12   1  所見なし5

 発見困難1一  不明6  所見なし2

 不明1 所見なし1 所見なし! 不明6 所見なし1 不明6 症状発見!4例 所見なし1! 発見困難!一一  不明1

所見あり1_(黎賄熱L一

所見なし1 所見なし1

その他6例

所見なし4 発見困難0 所見あり2一  不明2       …  所見なし1

 不明 1 「所見あるも発見困難」はいずれもなかった。  症状発見例では14例中前年の写真に「所見な し」は11例78.6%,「所見あり」は2例14.3%, 「所見あるも発見困難」は1例7。1%あった。2 年前の写真で「所見あり」はなく,「所見ある も発見困難」が1例7ほ%あった。3年前の写 真で「所見あり」,「所見あるも発見困難」はい ずれもなかった。過去の写真で「所見あり」, または「所見あるも発見困難」の割合は前年, 2年前とも健診発見例と症状発見例の2群言で 有意な差を認めなかった。        H−3.考  察  職場の定期健康診断による肺結核の発見率は, 日本の大企業についてみるとここ数年75−80% 前後と報告されている5)一6)。今回の結果でも職 場の定期健康診断による肺結核の発見率は 78.7%と高かった。さらに発見動機別に比較し た結果から健診発見例は症状発見例に比べて症 状発現以前の発見が多いこと,結核菌陽性例の 割合が低いこと,三型,拡がりも軽症例が多い ことが明らかとなった。結核菌塗抹陽性例は症 状発見例で有意に多く,定期健康診断を行わな かった場合菌陽性例の増加とこれに伴う新規発 生の患者の増加が懸念される。治療期間の長さ に有意な差は見られなかったが,3剤治療と2 剤治療の割合で見ると3剤治療は症状発見例で, 2剤治療は健診発見例で行われている割合が高 く,健診発見例では軽症例が多かったことが治 療方法に反映したものと考えられる。さらに肺 結核による休職,勤務軽減日数は症状発見例に 比べて健診発見例で明らかに短かった。以上の

(16)

ことから,現行の定期健康診断による職場の肺 結核健診は多くの軽症例を発見し,休職日数の 減少に役立っている点で効果があることが示さ れた。  一方,現行の方式の問題点も指摘される。一 つは胸部X線写真有所見者の見落としの問題, もう一つは約20%の症状発見例を健康診断によ り発見できないかという点である。職域におけ る肺結核発見(検診または有症状による発見) 前の胸部X線写真の所見に関しては田寺】4)の調 査がある。この調査によると発見の1年前に所 見がある割合(見落としの割合)は健診発見例 で25%,症状発見例で15%と報告されている。  本研究で定期健康診断を実施している健康管 理センタでは二重読影,比較読影を行い見落と しの防止に努めているがそれでも健診発見例の 16.1%,症状発見例の14.3%は前年の所見が見 落とされていた。その多くは所見に気付いたが 肺結核治癒痕と判定されたもの,骨や血管に重 なる小病巣で発見しにくかったものであり,こ れらをすべて拾い上げ精密検査にまわすのは実 際上かなり難しい。  また約20%の症状発見例のうち78.6%は前年 の胸部X線写真に所見がなく,仮に馬首の精 度を上げて見落とし率を0にできたとしてもこ れらの比較的短期問に進展する症例を症状発現 前に発見するには現在の年1回の胸部X線間 接撮影による定期健康診断では限界があると言 えよう。ではどのような患者発見の方法が望ま しいのか,定期健康診断は必要なのか,につい ては1∬.定期健康診断による肺結核患者発見の 費用と便益に関連するので1∬.の考案で検討す る。以上に述べた症例像の特性と定期健康診断 の効果に関する知見の他,今回の結果からいく つかの知見が得られたので以下に述べる。  健診発見例と症状発見例の年齢に有意な差は なく,各年齢層に症例が見られた。特定の年齢 層に症例の集積傾向があればその年齢層に焦点 をあてた健診にきりかえるべきであるが,今回 の結果で見るかぎり的をしぼりにくい。  症状発見例の症状は咳,疾,発熱といった非 特異的な症状が多かった。これらの症状は単な るかぜや肺炎と診断されがちであるが,咳,疾 のような非特異的症状でも長期にわたって続く 時は必ず肺結核も鑑別診断として考慮すべきで ある。  胸部X線写真上の病変部位は従来言われて いるように中下肺野に比べて上肺野に多かった。 また右側と左側で比較すると右側に病変が多い 傾向があり特に症状発見例でその傾向が強かっ た。肺結核の病変が右側に多いことはすでに指 摘されており15),気管分岐角の左右差がその 一因と思われるが,今回症状発見例で左右差が 明らかであった理由は不明である。  排菌の証明や診断の確定に関する気管支鏡検 査の効果については最:近多く検討されてお り16)曽23),筆者も気管支鏡検査により菌陽性例 の割合が増加することをすでに報告してい る24)。今回の結果でも塗抹陽性は15例中9例, 培養陽性は21例中11例が気管支鏡検査による検 体で確認されており従来の鼻薬,胃液のみを検 体とした場合に比べて約2倍の菌陽性例が認め られた。また気管支鏡検査で得られた生検組織 の病理診断で肺結核と診断されたのは94例中30 例で,菌陽性により診断された18例よりも多く, 気管支鏡検査の有用性は明らかであった。 皿.職場の定期健康診断による肺結核患者発見        の費用と便益      全一1.対象および方法  H.に述べた東京地区のNTT社員を対象と し,職場の定期健康診断とその後の精密検査 (いずれも会社の医療機関である健康管理セン タが実施),による肺結核患者発見に要する費 用と便益を計算し費用便益比(便益/費用)を 求めた。  肺結核患者の発見にかかる費用は,年間の 1)定期健康診断(胸部X線間接写真の撮影と 読影)によるスクリーニングの費用 2)精密検査(会社の健康管理センタ外来での 胸部X線直接写真の撮影と医師の診察)の費

(17)

職域における肺結核の疫学的研究 153 用 3)定期健康診断および精密検査受診のための 社員の職場離脱による労働力の損失金額 の3項目を計算し,年間の総費用,社員1人あ たりの費用,肺結核患者1人発見のための費用 を求めた。  定期健康診断と精密検査の費用の計算には健 康管理センタの人件費,設備費,材料費,維持 費を用いた。社員の職場離脱による労働力の損 失金額は,定期健康診断(年間受診者約5万 人)によるスクリーニングの所要時間を1人平 均5分,精密検査(年間約400人)の所要時間 を受診に要する往復の時間も含めて1人平均3 時間としてのべ日数を計算し,これに1日の平 均給与をかけて求めた。  肺結核患者発見の便益は,定期健康診断を行 わなかった場合にそれまでの健診発見例がいず れ症状で発見されると仮定し,定期健康診断を 行った場合と比べて年間の 1)肺結核の治療のために休職,勤務軽減を要 する日数の差 2)上記期間の損失給与の差 3)医療費の差 の3項目を指標として計算した。  2),3)および先に費用の項で述べた職場離 脱による労働力損失の計算にあたっては今回の 対象者の給与,医療費は直接確定し得なかった。 このため給与は労働省発表の平成4年のデータ から1日当たりの平均給与(賞与を含む年間平 均給与を365日で除した値)を推定し,これと 労働損失日数の積から損失給与を求めた。医療 費は,厚生省発表の平成4年版国民医療費25) から年間の結核の医療費を,結核の統計26)か ら平成4年末時点で治療を要する活動性結核の 患者数(約95%が肺結核)をそれぞれもとめ, 肺結核患者1人あたりの1日平均医療費を入院, 外来別に推定し,これとH.の結果の5),6) に示した本研究における症例の平均治療期間お よび平均休職(入院)日数から医療費の差を計 算した。        皿一2.結 果  表㎜に肺結核患者の発見にかかる費用と便益 を示す。詳しい内訳と計算式は以下の通りであ る。 (1)肺結核患者の発見にかかる費用 1)定期健康診断によるスクリーニングの費用  A.人件費(2,992万円)       年間平均        給与 要員 技師         650万円×3=!,950万円 運転手        542万円×1=542万円 医師       1,000万円×0.5=500万円 (医師の業務のうち胸部X線写真の読影が占め る割合を0.5として計算)  B.設備費(905万円)        耐用       単価 台数年数 X線発生措置 カメラ 防護ボックス 現像機 X線自動車 200万円×10÷!0=200万円 700万円×10÷20=350万円 300万円×9÷20=135万円  600万円×1÷10=60万円 1,600万円×1÷!0=!60万円  C.材料費(310万円)          単価撮影枚数 フィルム代    42円×50,000枚潔210万円 現像液       100万円  D.維持費(72万円) 電力代 X線装置修理点検費 X線自動車修理点検燃料費 現像廃液処理費   合計 2)精密検査の費用  A.人件費(825万円)

 2万円

 20万円  40万円  10万円 4,279万円         年間平均給与 要員 技師        650万円×0.5=325万円 (技師の業務のうち精密検査が占める割合を 0.5として計算) 医師        1,000万円×0.5コ500万円 (医師の業務のうち精密検査が占める割合を 0.5として計算)

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表IH.定期健康診断による肺結核患者発見の費用と便益 費 用 スクリーニング費用   人件費(X線技師,運転手,医師)  設備費(X線発生装置,カメラ,   防護ボックス,現像機,X線自動1の  材料費(フィルム,現像液)  維持費(電力代,修理点検費,燃料費,現象廃液処理費)

 小計

2992フ∫い1 905フ∫Fj 310フ∫ド』  72万円 4279フ∫FJ 精密検査費用   人件費 (X線技師)  設備費(X線発生装置,オートカセッテ,現像機)  材料費(フイルム,現像液)  維持費(電力代,機械点検費) 825フ∫卜月 178フ∫Pj  22万円  !!万円 1036フ∫1弓 職場離脱による損失   スクリーニング   精密検:査   小計 990フ∫llJ 285フ∫ド1 /275フ∫Pl N署 /一 6590フ∫Fj 社員1人あたりの費用 患者1人発見のための費用 1318ド1/ノ丸 622フ∫卜玉』/ノL 便 益 休職階数の差 休職期間の給与損失の差 医療費の差  !220凹 2318フ∫Pl /442フ∫1{」 N罫 /一 3760フ∫Ilj 社員1人あたりの便益 発見患者1人あたりの便益  752Pl/ノ」 355;ノ、プ}1」/ノ曳 B.設備費(178万円)       耐用        単価台数年数 X線発生装置    800万円×!÷10=80万円 オートカセッテ   800万円×1÷10鷹80万円 現像機      600万円×O.3÷10=!8万円 (現像機は胸部X線写真以外にも使用するた め胸部X線写真に使う割合を0。3として計算)  C.材料費(22万円)        単価撮影枚数 フィルム代      245円×800枚=20万円 現像液  D.維持費(11万円) 電力代 X線装置修理点検費 現像機修理点検費   合計 2万円 0.3万円  !0万円

 1万円

!,036万円 3)定期健康診断および精密検査受診のための 職場離脱による損失  労働大臣官房政策調査部の発表によると,平 成4年の1人あたり月間現金給与は事業規模 500人以上の企業では482,131円,夏季と冬季合

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職域における肺結核の疫学的研究 155 計の年間賞与は事業規模30人以上の通信業では 1」53,248円である27>。よって年間総給与は (482,131円/月×12か月)+1,153,248円= 6,g38,820円 1日あたりの平均給与は 6,938,820円÷365日瓢19,010円 となる。またH.の結果の1)に示したように最 近7年間の健診発見例は74人なので,1年間の 平均健診発見数は74人÷7年ユ10.6人/年であ る。以上の結果から以下の計算では1日平均給 与額をL9万円,年間健診発見数を10.6人とし て計算した。  A.定期健康診断(スクリーニング)による 損失  1人あたりの所要時間を5分として5万人の 総所要時間は (5分/人)×5万人÷60分=4,167時間 1日8時間労働として損失日数は 4,167時間÷(8時間/日)皿52!日 !日当たりの平均給与をL9万円として損失給 与は 521日×(!.9万円/日)瓢990万円  B.精密検査による損失  1人あたりの所要時間を受診に要する往復の 時間も含めて3時聞とし,精密検査数は年間約 400人であるから年間の所要忌詞は(3時間/人) ×400人=1200時間 !日8時間労働として損失日数は 1,200時間÷(8時問/日)翼!50日 1日当たりの平均給与を1.9万円として損失金額 は 150日×(!.9万円/日)=285万円 従って定期健康診断と精密検査の合計では損失 日数が 521日十・150日ユ671日 これによる損失金額は 990万円+285万円=1,275万円  以上1)∼3)を合計した年間の総費用は, 4,279万円+1,036万円+1,275万円瓢6,590万円 社員1人あたりの費用は 6,590万円÷5万人謹!,318円/人  !人あたりの肺結核患者発見費用は 6,590万円/年÷10.6人/年代622万円/人 となる。 (2)肺結核患者発見の便益 1)肺結核の治療のために休職,勤務軽減を要 する日数の差  H.の結果の6)に示したように症状発見13 例の1人あたり全休職日数は117.1日目人,健診 発見41例の1人あたり全休職日数は2日/人で あるのでその差は115ほ日/人となる。1年間の 平均健診発見数は10.6人であるので,もし定期 健康診断を行わなかった場合これらの健:診発見 例がいずれ症状で発見されると仮定すると,増 加する休職日数の差(すなわち定期健康診断実 施により短縮される休職日数)は115.1日/人× 10.6人=1,220日 2)休職,勤務軽減を要した期間の損失給与の 差  1)の結果より休職,勤務軽減を要する日数 の差は1,220日であるからこの間の損失給与は 年間で !,220日×1.9万円/日=2,318万円 3)医療費の差  厚生省発表の国民医療費によると平成4年度 の年間結核医療費は総額1,589億円,うち入院 分の医療費は1209億円,外来分は380億円であ る25>。一方結核の統計によると平成4年末時 点の入院患者は21,979人,外来患者は55,791人 である26)ので 入院患者1人あたりの1日平均医療費はおよそ 1,209億円÷21,979人÷365日=15,070円 外来患者1人あたりの1日平均医療費は 380億円÷55,791人÷365日=1,866円となる。  治療期間等の代表値として平均値を用いるこ とにすると医療費の計算は以下のようになる。  H.の結果の5)で示したように健診発見例 の平均治療期間は9.8か月(294日),健診発見例 の平均休職(入院)日数は2日であったから平 均外来治療期問は294日一2日=292日である。 よって健診発見例!人あたりの医療費はおよそ (1.5万円/日×2日)+(1,866円/日×292日)=

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58万円  同様に症状発見例の平均治療期間は10。3か月 (309日),平均休職(入院)日数は104.3日で あったから平均外来治療期間はおよそ309日一 104日=205日である。よって症状発見例1人あ たりの医療費はおよそ (1.5万円/日×104日)+(1,866円/日×205日)= 194万円 よって定期健康診断をやめた場合,それまでの !年間の健診発見10.6人がいずれ症状で発見さ れると板射すると余分にかかる医療費(すなわ ち定期健康診断による医療費の節約分)は年聞 で (194万円一58万円)×10。6=1,442万円 したがって1),2)の結果と合わせ定期健康診 断を行うことによる便益は 2,318万円+1,442万円瓢3,760万円 社員1人あたりでは 3,760万円÷5万人瓢752円 発見患者1人あたりでは 3,760万円÷10.6人=355万円 となる。  以上(1),(2)の結果から費用便益比(便益 /費用)は 3,760万円※6,590万円=0.57であった。        皿一3.考  察 (1)費用,便益の算出に用いた数値と指標の 妥当性  今回.患者発見の費用の算出に際して人件費, 設備費.材料費,維持費は定期健康診断を行っ た健康管理センタでの実際の数値を用いた。こ れらの費用の他に定期健康診断や精密検査受診 のための社員の職場離脱による時間的,経済的 損失も費用に含めたため全体としてかなり高い 精度の評価をなしえたと考える。職場離脱によ る時間は真の値を確定するのが困難なためおよ その推定値を用いたが,実際に定期健康診断を 行っている立場から考えて最も妥当と思われる 値を用いた。職場離脱に伴う経済的損失と休職 中の給与の損失の計算に用いた1日平均給与は, 労働省発表の全国の値のうち企業の規模,産業 種別を考慮した値を用いたので,今回の対象の 平均給与と大差ない値が得られたと考えられる。  定期健康診断による患者発見の便益として何 を指標とするかは難しいが,今回対象となった 肺結核患者では死亡例がなく全例が治療により 治癒し,発病前の勤務に復職していることから, 本研究では健診発見例と症状発見例について休 職日数の差,給与損失(休職中に支払われる給 与)の差,医療費の差を求め,これらを便益の 指標とした。このさい休職期間は会社の健康管 理センタの担当医が決定し,その値は確実に把 握しているので精度が高い。医療費は症例での 実際の値を確認しえなかったため全国の値を用 いて医療費の差を推定した。この時入院治療例, 外来治療例ごとに1日あたりの平均医療費を算 出しこれに症例の休職(入院)日数と外来治療 日数をかけて全体の医療費を求めてその差を比 べたので比較的信頼度の高い値を得ていると考 える。  また今回は定期健康診断を行わなかった場合, それまでの健診発見例がいずれ全例症状で発見 されると仮定した。実際は軽度の肺結核の一部 は症状を出さずに未治療のまま自然治癒する可 能性があるので休職を要した期間の時間的損失 の差,給与損失(休職中に支払われる給与)の 差,医療費の差はいずれも高めに算出されてい る可能性がある。ただし胸部X線写真上治療が 必要と考えられる陰影を示す症例で未治療の肺 結核はいずれ再発する可能性があること,今回 の発見例の平均年齢はII.の結果の1)に示した ように約40歳で退職までに平均20年の再発危険 期間があることから,定期健康診断を行ってい れば要治療とされた症例が在職中にいずれ全例 症状で発見されるという仮定を用いても大きな 誤りはないと思われる。以上の考案からある程 度の誤差はやむをえないものの,本研究で用い た数値,指標はほぼ妥当なものと考える。 (2)放射線被爆によるリスク  医療行為としてX線診断を行う場合,放射線 被爆によるリスクの程度が問題となる。一般に

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職域における肺結核の疫学的研究 157 放射線被爆によるリスクには遺伝的影響と身体 的影響があり,X線診断によるリスクは遺伝 的影響,白血病および癌による死亡の3つのリ スクを加算したトータルリスクとして評価され る28)。橋詰らは種々のX線診断によるトータ ルリスクを性,年齢別に検討しており,1回の 胸部X線間接撮影によるリスクは100万人あた り男性は22歳で3.7,32歳2.9,42歳2.0,52歳 1.3,女性は22歳4.7,32歳3.8,42歳2.8,52歳 L9と報告している29)。  本研究の結果によると最近7年間に胸部X 線間接撮影による定期健康診断で発見された肺 結核は74例で,平均10.6人/年であった。年間 の受診者は約5万人であるから100万人あたり では約212人の発見となる。この2!2人の肺結核 患者発見により救命される人の数が放射線被爆 によるリスクを越えればよいが,本研究では過 去7年間に健診発見例はもちろん症状発見例で も死亡した例はなかった。全国的な値を見ても 職域における肺結核による死亡率は低く1994年 夏40−59歳のデータでは全死亡に占める結核の 割合は0、1%と報告されており30),現在職域で 発見される肺結核はほとんど致死的疾患ではな い。従って胸部X線間接撮影による定期健康 診断を廃止した場合,症状発見例が増加したと してもその結果肺結核による死亡者がでる可能 性は少ないと思われる。放射線被爆によるリス クの観点からは,現行の胸部X線撮影にかわ る発見方法にきりかえることが望ましいと言え よう。  (3)定期健康診断による肺結核患者発見の費 用と便益の比較  本研究の結果,胸部X線問接撮影を用いた 定期健康診断が肺結核患者発見に要す総費用は 6,590万円,社員1人あたりのコストは約!,318 円,肺結核患者ユ人発見のための費用は622万 円であった。一方肺結核患者発見による便益は 総額3,760万円,社員1人あたり752円,発見患 者三人あたり355万円,費用便益比(便益/費 用)は0.57でコストのほうが明らかに高くつい ていた。(1)で述べたように便益は実際の値よ り高く計算されている可能性があるため,実際 はさらに費用便益性が悪いものと思われる。  以上の数値は全体の結果であるがこれを個人 (定期健康診断受診者),企業(定期健康診断実 施者),社会の立場にわけて検討したい。個人 の立場からいえば定期健康診断の費用は会社も ちであるから,定期健康診断を受け疾患が早期 に発見された場合は便益のほうが大きいといえ る。具体的に言えば休職日数の短縮による便益 である。今回対象とした企業の場合結核による 休職期間中の給与は通常通り支払われるのでそ の点での経済的損失の差はないが,休職中は精 神上や日常生活上の負担がありその期間が短縮 されるのは患者にとって便益といえよう。ただ し精密検査の結果異常なしと判定された人の心 理的負担も考えねばならない。本研究の場合年 間約400人が精密検査を受けているが,約390人 は肺結核ではなかった。この390人の中には肺 結核以外の疾患が見つかった例もあるが大部分 は異常がなかった。これら多くの人々の心理的 負担を金額として評価することは難しいが便益 を低下させることは明らかである。  定期健康診断の費用をだす企業の立場からい えば費用便益性は明らかに悪い。総費用6,590 万円にたいして給与損失分の差としての益は 2,318万円で費用便益比は0.35であった。費用 を負担する立場の者にとっては,定期健康診断 を行うならばいかにして費用便益性を改善する かが課題である。  社会から見た場合の便益としては排菌患者を 早期に発見することにより家族,職場,地域等 周囲の人々への感染,発病を防ぐことがある。 本研究ではこの便益については検討していない が,現在若年者では結核未感染者が多いことを 考えると健康診断で排菌にいたる前の早期例を 多く発見することは新規患者発生の抑制や集団 感染の予防に意味があろう。また結核の医療費 については公費負担制度があり,命令入所(入 院)でほぼ全額,一般患者で5割が公費負担さ れる。結核の医療費の多くは入院患者に費やさ れており,医療費の節約も主に社会にとっての

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便益と言えよう。  (4)職域における肺結核患者の発見方法は現 行の方式でよいか  かつて肺結核が蔓延し多くの患者が健康診断 で発見された時代は全員を対象とした胸部X 線間接撮影による定期健康診断が職場の肺結核 発見に汰きな効果と便益をもたらしたことは疑 いがない。しかし罹患率の減少,症例の軽症化 に伴い患者発見の方法をみなおす必要がある。 現行の方式の妥当性が保証されるためにはその 安全性.有効性とともに効率の良い費用便益性 があることが必要である。今回H.で示したよ うに全発見患者の78.7%がより軽症のうちに 現行の定期健康診断により発見され,症状発見 例に比べてはるかに少ない休職日数で復職して いた。もし定期健康診断を行わなかった場合こ れらの発見例がより重症化して発見され,その 一部は新たな感染者をだす危険性があること, 患者の休職日数が格段に長くなることが予想さ れることなどを考えると現行の胸部X線間接撮 影による定期健康診断はかなりの有効性をもっ ていると言えよう。  しかしその費用便益性にまで立ち入って検討 すると便益に対して費用が大きく上回っており, 必ずしも満足すべき結果は得られなかった。 従って現在の方式の費用便益性を改善するか, あるいは今までと違った発見方法を考える必要 があるが,仮に費用便益性が改善されたとして もX線撮影を行うかぎり放射線被爆によるリス クの問題が残る。本研究の結果では症状発見例 でも死亡例はなく,先に述べたように最近は職 域における肺結核の死亡率はきわめて低くなっ ている30)ことを考えると,全員を対象とした 胸部X線間接撮影に代わる患者発見方法を検討 すべき時期にきていると言えよう。  肺結核は今回H.の結果のユ)で示したように 各年齢層にわたって広く発生しており特定の年 齢層にターゲットをしぼった健康診断はあまり 有効とは思えない。ツベルクリン反応は手間が かかるのに加えて,日本ではBCG接種率が高 いため結果の解釈が困難であり実用的でない。 また近年は肺結核の血清診断も研究されている が31)”32),健康診断に応用できるまでには到っ ていない。現時点では胸部X線間接撮影によ る定期健康診断に代わる方法としては有症状時 に早期に医療機関を受診すること,患者の発生 があった時は確実に接触剤検診を行うことなど が考えられるが,それだけで現在の定期健康診 断が達成している効果を維持できるかは疑問で ある。今後より有効な患者発見方法の開発が望 まれる。 結  語  東京地区一企業の電気通信産業従事者におい て,肺結核の罹患率の推移,最近の肺結核症例 像の発見動機別比較と胸部X線間接撮影によ る定期健康診断の効果,定期健康診断による肺 結核患者発見の費用便益性を検討した。罹患率 は1980年前後から減少速度の鈍化が認められ, 肺結核は職場において今なお頻度の高い疾患で あることが確認された。症例の約80%は定期健 康診断により発見され,その多くは症状発見例 に比べて軽症例であり休職日数が著しく短かっ た点で定期健康診断の効果が認められた。しか し現行の方法では残り20%の症例を発見するこ とは困難であること,費用便益性が悪いことも 明らかとなり,胸部X線間接撮影を主とした 定期健康診断にかわる,より効率的かつ費用便 益性の高い発見方式を考えるべきであることが 示された。  稿を終えるにあたり,本研究に懇切な御指導 と御校閲を賜りました山梨医科大学保健学第一 教室の佐藤章夫先生に深く感謝いたします。 文  献 D 厚生省保健医療局結核・感染症対策室監修.結  核の統計1990年版.東京:財団法人結核予防会,  1990;7−8 2)青木正和,結核感染をめぐる諸問題(1)。結核  1988;63:33−38。

参照

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