ミツバチ科学 (1995)16(2):90
ベ トナムの養蜂事情
調査 に同行 して
深江 義忠
ODA
関連事業の一環 として, 養蜂 に関す る
技術協力の可能性を調査するために,1995年2
月12日∼22日の 11日間ベ トナムを訪問 した.
調査団 は,玉川大学の松香教授を団長 として
畜産技術協会 の清水事務局長 と筆者 の3名で
ある.調査の詳 しい内容については,後 日報告
されるので, ここではベ トナム旅行 日記の紹介
のみとす る.関西空港を12日 14時 05分 に飛
び立ち, タンソンニ ヤツト空港に着 いたのは,
現地時間で17時 40分,空港で は養蜂研究開
発セ ンター (BRDC)のタム所長 と通訳のハ ン
女史のはか2名が出迎えにきて くれていた.
ホーチ ミンは,ベ トナム最大の商業都市 と言
われるだけあって街 は活気 に満ちている.道路
には,バイク, 自転車,輪 タクが道 いっぱいに
なって走 っている中を,私たちを乗せたタクシ
ーが, クラクションをパ ンパ ン鳴 らしなが ら追
い越 していくのにはいささか驚かされた. ホー
チ ミンでは,BienhoaのHoneyBe
eCompa-ny,蜂蜜処理工場,Thuduc農林大学を訪問 し
た.また,Ⅹuanlocでは広大なゴム園を蜜源 と
して,セイヨウ ミツパテ 500群を飼育 している
蜂場 と,北部か ら トウヨウ ミツバチ400群を持
って きている蜂場を見たが, いずれ も蜂の状態
はよいように見受 けられた. また,蜂が実に穏
和で巣箱 の中を見せて くれるのに,煩煙器 も面
布 も使用 しないのには感心 した. もう1か所
の,南か らトウヨウ ミツバチ100群を持 って き
ている蜂場では, サ ックブルー ドの被害で60
群 を失 った とい う. ホーチ ミンでの最後 の 日
は,ベ トナム戦争で開放軍抵抗の拠点 となった
Cuchiの地下道や市内名所の観光 を楽 しんだ.
】6日はハノイへ移動.ハノイは,古 くか らの
図1 養蜂研究開発センター訪問 (上)
同センターの育種場 (下)
首都で,湖 と街路樹の美 しい街であるが,道路
はバイクと自転車が溢れ混雑 している. この日
は,14時か ら農業食糧産業大臣に謁見,大臣は
山間地帯の養蜂技術水準 はまだ低 いので,力を
貸 して ほしいと熱心 に語 られ,養蜂の定着を重
要視 されて い ることが感 じられ た.17日は
Bacson地方 の家族養蜂3戸を見学,規模 も小 さ
く技術的に改善すべ きことが多いようであった.
18日は,Hoabinhで実施 されている育種事
業を見学,BRDCにより1989年 か ら始め られ
たこの事業で蜂の能力が向上 し,種蜂の販売が
開始 されて いる. セイ ヨウ ミツバチにつ いて
は, 1960年以降新たな種蜂の導入 はな く女王
蜂 の産卵能力が低下 しているとい う.20日に
はBRDCで総括的な討議を行 い,21日は日本
大使館 と-ノイ大学を表敬訪問 し大方の日程を
終了 した. この間,ベ トナム最大の仏教聖地へ
の小旅行,文廟,ホーチ ミン廟を参観 し,民族
芸能 も楽 しんだ.
22日朝ハ ノイを発 ち帰路 につ いたが,多 く
の人々に温かい歓迎 と熱心 な案内を受 けた.特
に, タム所長 とハ ン女史には,終始お付 き合 い
をいただいた.心か らお礼を申 し上 げたい.
(〒818筑紫野市大字吉木587
福岡県農業総合試験場)