は
じ
め
に
二〇一四年のロシア経済は、国際原油価格の下落とウク ライナをめぐる欧米との対立がつづいているにもかかわら ず 底 堅 く 推 移 し、 二 〇 一 四 年 の 実 質 G D P (国 内 総 生 産) 成長率は前年比〇・六%とプラス成長を維持した。 と は い え、 二 〇 一 五 年 に 入 り、 原 油 安 と 経 済 制 裁 に 加 え、米国の利上げ観測によりロシアからの資本流出圧力は ますます強まっており、ロシア経済は苦境に立たされてい る。 ロシアの貿易・財政および外交は原油・ガスに依存して おり、欧米との対立により、原油・ガスの輸出として中国 が重要視されるようになってきた。 筆者は、中国の影響力の拡大著しいロシア極東の社会経 済情勢に関する調査を行っており、二〇一五年九月上旬に 中国国境に接するロシア極東のウラジオストクおよびウス リースクを訪問した。 本稿では、国際原油価格とロシア経済との関係について 概説し、経済制裁下のロシア・ルーブル為替相場や国際収 支の動向について論じる。その上で、現地調査にもとづい て、中ロ経済関係の現状を紹介したい * 1 。第Ⅰ部
マ
ネ
ー
―
ド ル 基軸通貨体制 の 黄昏国際原油価格
と
ロ
シ
ア
経済
の
関係
に
つ
い
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安木新一郎
Ⅰ
プ
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チ
ン
政権下
の
ロ
シ
ア
経済
1
油価
と
為替相場
プーチン政権下のロシア経済の成長要因は、国際原油価 格の上昇と、これにともなうロシアの通貨ルーブルの対米 ドル為替高傾向によるところが大きい。 ロシアの主要輸出産品は原油、石油製品および天然ガス で、金額ベースで輸出全体の三分の二を占めている。石油 製品や天然ガスの価格は油価と連動するので、ここでは油 価 (W T I: ウ ェ ス ト・ テ キ サ ス・ イ ン タ ー ミ デ ィ エ ー ト 〈原 油 先 物 の 代 表 的 な 指 標〉 ) に 着 目 す る と、 プ ー チ ン 大 統 領就任前に一バレル=一〇ドル台まで下がった後、二〇〇 四年九月二八日には史上初めて五〇ドルを突破し、その後 は一〇〇ドルを超えていくこととなった。 ロシア経済を考察する場合、油価の傾向をみることが重 要 で、 図 1 を 見 る と、 ア ジ ア 通 貨 危 機 の あ っ た 一 九 九 七 年、リーマン・ショックのあった二〇〇八年、そして二〇 120 100 80 60 40 20 0 1 9 9 1 1 9 9 2 1 9 9 3 1 9 9 4 1 9 9 5 1 9 9 6 1 9 9 7 1 9 9 8 1 9 9 9 2 0 0 0 2 0 0 1 2 0 0 2 2 0 0 3 2 0 0 4 2 0 0 5 2 0 0 6 2 0 0 7 2 0 0 8 2 0 0 9 2 0 1 0 2 0 1 1 2 0 1 2 2 0 1 3 2 0 1 4 図 1 WTI(ドル/バレル)の年平均値、1991 ~ 2014 年 (注)1バレル=159リットル。一三年以降油価は下落傾向にあり、この時期とロシアの景 気減速期が重なる。 とはいえ、プーチン政権期は概して、国際原油価格の上 昇傾向がつづき、ロシアは巨額の貿易黒字を計上できたの である。 この貿易黒字の増加は直接的にも間接的にもGDPを増 加させることになった。 まず、貿易黒字は統計上、直接GDPの増加分となる。 次に、GDPすなわち国民所得の増加は、家計消費の増 加を意味しており、二〇〇〇年以降、ロシアの家計消費の 増加率は、リーマン・ショック直後の二〇〇九年を除くと 年 五 % 以 上 で あ り、 G D P の 半 分 強 を 占 め て い て (二 〇 一 四年五三・五%) 、これがロシアの経済成長を支えていた。 さらに、ロシアの家計消費の増加は、ロシア国内の製造 業の回復をもたらした。割高な輸入品だけでなく、価格の 安い国産品に対する需要も増大したことが、製造業の再建 や新規投資につながったのである。
2
ロ
シ
ア
は
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な
か
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た
の
か
ロシアのようにもともと工業国で、その後原油・ガス輸 出に依存するようになると、いわゆる「オランダ病」と呼 ばれる問題が発生すると考えられていた。 為替相場を見ると、ロシア・ルーブルの対ドル為替相場 の 変 動 率 は、 国 際 原 油 価 格 の 変 動 率 と 正 の 相 関 関 係 に あ る、すなわち、油価が上昇するとルーブル高に動くことが 知られている (安木 二〇一三) 。 一般に、自国通貨が対ドルで高くなると輸出に不利で輸 入に有利な状態になると考えられ、目下、日本でも輸出が 増えるとして、ある程度の円安を歓迎する声が聞かれる。 油価の上昇傾向はルーブル高傾向を意味し、ルーブルが 高 く な る と 輸 入 が 有 利 に な る、 つ ま り、 輸 入 品 の 価 格 が ルーブル建てで下がることになり、価格で勝負してきた品 質に劣るロシア国産品は輸入品に負けてしまう。こうして ロシアの製造業はまた衰退していき、ますます原油・ガス への依存度を深めるであろう。これが「オランダ病」であ り、 「天然資源の呪い ( the curse of natural resources ) 」論 であった ( Kronenberg 2004 ) 。 これに対して、ロシアの製造業が原材料や高度な外国の 技 術 を 搭 載 し た 機 械・ 設 備 と い っ た 中 間 財 を 輸 入 す る 場 合、ルーブル高傾向がつづいてくれたほうがより安く輸入 す る こ と が で き、 結 果 的 に 生 産 量 を 増 や せ る と の 見 解 も あった。そして現在では、ロシアではルーブル高の下でも 製造業が成長したと考えられている (久保庭 二〇一一) 。 製造業の復活が見られるとはいえ、メドヴェージェフ首 相が言うように、ロシア経済は「原始的」である。ロシア の 輸 出 の 六 ~ 七 割、 連 邦 歳 入 の 半 分 (G D P 比 で は 一 割) が 原 油・ ガ ス 関 連 で あ り (表 1) 、 貿 易・ 投 資・ 株 価 を 左 右する為替相場は油価の変動と正の相関関係にあるなど、 ロシア経済は「資源依存経済」と形容される。 同じく産油国であるメキシコと比較するとわかりやすい が、メキシコは輸出の一割が原油、歳入の三割が石油関連 であり、ロシアの原油・ガス依存度はメキシコに比べてき わめて高いといえるのである。3
小括
一九九九年から始まるプーチン政権下で、ロシア経済は 順調に成長していったが、これは国際原油価格の上昇傾向 により国際収支が黒字となり、また、輸出関税をかけるこ と で 歳 入 が 安 定 し、 ロ シ ア 自 体 の 信 用 が 高 ま っ た か ら で あった。 国際原油価格の上昇にともない、ロシア・ルーブルの対 ドル相場も高くなっていったが、ロシアは天然資源の呪い にあまりかからず、国内の製造業も成長していった。 二 〇 〇 八 年 九 月 に い わ ゆ る リ ー マ ン・ シ ョ ッ ク が 発 生 し、ロシアも二〇〇九年に景気減速が見られたものの、そ 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 歳入 22.5 18.9 17.9 20.3 20.7 19.7 20.4 内、石油・ガス 10.6 7.7 8.3 10.1 10.4 9.9 10.5 歳出 18.3 24.9 21.8 19.5 20.7 20.2 20.9 財政黒字 4.1 –6.0 –3.9 0.8 –0.1 –0.5 –0.5 表 1 ロシアの連邦予算、2008 ~ 2014 年、(対 GDP 比。単位:%) (出所)ロシア統計局公開資料より筆者作成。の後はふたたび回復していった。 ところが、二〇一三年からロシアの経済成長率は鈍化し はじめ、二〇一四年にはウクライナのクリミア半島とドン バスをめぐり欧米との対立が激化していくと、経済制裁を 課されるようになるのである。
Ⅱ
経済制裁下
の
ロ
シ
ア
の
マ
ク
ロ
経済
と
対外経済関係
1
貿易
と
為替相場
これまで述べてきたように、ロシアの経済成長は国際原 油価格の上昇によって支えられていたが、油価の下落によ り、二〇一三年にロシアのGDP成長率は前年比一・三% と低くなり、二〇一四年には〇・六%に低下した。 また、二〇一四年の年間のインフレ率は一一・四%と非 常に高く、可処分所得はマイナス〇・八%と一九九九年以 来の減少、すなわち、プーチン政権下で初めて、実際に使 える所得が減るという事態におちいったのである。 二 〇 一 四 年 の 貿 易 に つ い て 見る と ( 表 2 ) 、 輸 出 総 額 は 四 九 三 六 億 ド ル で 前 年 比 二 九 七 億 ド ル の 減 少 ( 内 、 原 油 ・ 石 油 製 品 ・ 天 然 ガ ス は 三 二 二 二 億 ド ル で 前 年 比 二 八 〇 億 ド ル 減 ) 、 一 方 、輸 入 総 額 は 三 〇 八 〇 億 ド ル で 前 年 比 三 三 三 億 ド ル 減 少であった。輸出以上に輸入が落ち込んだことがわかる。 この輸入減のおもな理由として、所得の減少とルーブル 安の二つがあげられる。 まず、GDPが減ると購買力が落ちるので、輸入も減る と考えられる。 次にルーブル安についてであるが、二〇一四年のルーブ ル外国為替相場は、市場で一時八〇ルーブル/ドル台を記 録するなど、一方的なルーブル安の展開であったと見られ が ち で あ る が、 実 は そ う で は な い (安 木 二 〇 一 四、 一 之 渡 二〇一五) 。 二〇一四年初めは前年の流れを引き継いで、かつ財務省 の政策もあってルーブル安がつづくが、三月中旬からはウ クライナをめぐる米欧との対立が激化しているにもかかわ らず、ルーブル高傾向に転じた。 その後、原油価格の下落を受け七月初めからルーブルは 再び対ドル対ユーロで弱くなっていった。第4四半期には 急落を記録し、一二月末にシルアノフ財務相がルーブル安 傾向の終息宣言をしたが、二〇一五年に入ってもそのまま ルーブル安が継続した。 ところが、二〇一五年二月初めからはルーブル高ドル安 傾向に転じ、これが五月末までつづいた後、六月初めから ルーブル安となっている。 為替相場を見ると、ウクライナでの紛争の激化や日米欧 による経済制裁に関する情報が流れるとルーブル安が進む ように思えるのであるが、ルーブル安傾向はすでに二〇一 三年から起きていて、また二〇一四年三~七月の期間、お よび二〇一五年二~五月の期間の傾向はルーブル高ドル安 であった。 このことからもルーブル相場にかぎっていえば、ウクラ イ ナ 問 題 と 日 米 欧 に よ る 経 済 制 裁 が 与 え る 影 響 は 限 定 的 で、急激なルーブル安は国際原油価格の下落によるものだ と考えられる。 また、為替変動が貿易に与える影響は半年後に顕在化す る こ と が 経 験 的 に 知 ら れ て お り ( Epшoв 2013 ) 、 実 際 に ロ シ ア の 輸 入 減 は 二 〇 一 五 年 第 2 四 半 期 (四 ~ 六 月) か ら 深 刻さを増している。2
止
ま
ら
な
い
資本流出
次に、資本収支を見ると、流出超に変化はな いが前年に比べ流出額が一〇〇〇億ドル近く減 少 し た。 と く に 政 府 部 門 は 流 入 超 と な っ て お り、また、その他部門の直接投資の流出額は前 年比四〇〇億ドル弱減少している。これは対外 債務の償還がすすむと同時に、経済制裁下での 新規借り入れが困難なことをあらわしている。 一方、国内流通外貨現金は三三九億ドル減を記 録し、ドルやユーロ現金が外国に流出している 2014 2013 1 経常収支 567 341 貿易収支 1,856 1,819 輸出 4,936 5,233 (内、原油・原油製品・ 天然ガス) 3,222 3,502 輸入 –3,080 –3,413 サービス収支 –546 –583 輸送 52 32 旅行 –383 –415 投資収支 –569 –672 2 資本収支 –769 –1,708 政府 397 –42 中央銀行 0 6 銀行 –127 –279 その他部門 –1,044 –1,394 (内、直接投資 外貨現金 虚偽取引) –471 –339 –90 –854 3 –265 3 外貨準備増減 1,075 221 4 誤差脱漏 34 –108 (参考)資本純流出 1,515 610 表 2 ロシア国際収支表、2013・2014 年 (単位:億ドル) (出所)ロシア銀行公開の統計資料より筆者作成。ことがわかる。 また、資本純流出額は前年をはるかに上回る一五一五億 ド ル に 達 し、 ロ シ ア 連 邦 政 府 予 想 の 一 〇 〇 〇 億 ド ル を 超 え、 世界銀行の予測 (一五〇〇億ドル) に近い値となった。 さらに、金外貨準備も前年以上に減少し、二〇一四年は 一 〇 七 五 億 ド ル も 減 少 し た (国 際 収 支 表 の 外 貨 準 備 増 減 勘 定 は 負 の 記 号 で あ れ ば 増 加、 正 で あ れ ば 減 少 を 表 す) 。 ロ シ ア銀行が二〇一五年一月二〇日に公表した統計によると、 金外貨準備は一四年初めの五〇九六億ドルから一五年初め の三八五五億ドルに減少した。 金外貨準備の減少要因としてはドル売りルーブル買いと いうルーブル為替相場介入が主であるが、ロシア銀行が金 価格の下落を利用して金買いも実施している点は注目に値 す る だ ろ う。 I M F (国 際 通 貨 基 金) に よ る と、 二 〇 一 四 年一一月にロシアの金準備は一一八七・五トンと二〇〇五 年比でほぼ倍増している。準備に占める金地金の割合を増 やすことで、米ドル保有にともなうリスクを軽減しようと しているのである。
3
対外債務問題
対外債務については、ウクライナ問題をめぐる米欧によ る経済制裁を受けて企業が借り換えなしで債務返済を進め た結果、二〇一四年下半期に急速に減少した。 政府と民間部門を合わせた債務総額は、二〇一四年七月 一日時点では七三二四億ドルだったが、二〇一五年一月一 日時点の総額は五九九五億ドルと約一三〇〇億ドル減少し た。なお、二〇一五年一月一日時点の国有を含む企業・銀 行の対外債務残高は五四七六億ドル、政府債務は四一五億 ドル、中銀債務は一〇四億ドルとなっている。 減少したとはいえ、ロシアの企業・銀行は約六〇〇〇億 ドルの外貨建て債務を抱えており、しかもそのうち一〇〇 〇億ドルが二〇一五年中に返済期限を迎える。しかしなが ら、ロシア企業は米欧の制裁によって国際資本市場での資 金調達が困難で、かつルーブルの急落も相まって返済能力 が低下している。そのため、二〇一四年一二月二四日にロ シア銀行は国内大手企業に対し在外資産を担保としてハー ドカレンシー、すなわち米ドルの貸し出しを開始すると発 表した ( Reuters, 24 December 2014 ) 。 付言すると、ロシアの市中銀行は経営体力が低下してお り、今回のルーブル急落のなかロシア銀行は銀行救済を開 始した。二〇一四年一二月二二日に中堅のトラスト銀行の 破綻を回避するために、ロシア銀行は管理下においた上で 最 大 三 〇 〇 億 ル ー ブ ル の 資 金 供 給 を 行 う と 発 表 し た ( Reuters, 24 December 2014 ) 。なお、トラスト銀行はウク ライナに子会社を持つロシアの一一の銀行のなかで最小規 模の銀行である。ウクライナ問題がロシアの金融機関に被 害を与えた典型例であるといえよう。 また、二〇一五年一月一四日にモイセエフ財務次官はガ スプロムバンク、VTB、ロシア農業銀行の大手国有三行 に 対 し、 国 債 売 却 に よ る 資 金 を 利 用 し て 資 本 注 入 を 実 施 し、たとえば、ガスプロムバンクに七〇〇億ルーブルを注 入 し た ( Reuters, 14 January 2015 ) 。 危 機 的 状 態 に あ る 中 小銀行の救済のため、大手国有銀行に中小銀行を吸収合併 させたいが、この吸収のための資金は財務省・ロシア銀行 が供給することになるだろう。4
小括
為替レート政策に関して言うと、二〇一五年一月から完 全に自由な変動相場制に移行し、合わせてルーブル急落に 対してはドル売り介入を継続することになった。 ルーブル安傾向が続くかどうかは、国際原油価格の影響 が 大 で あ る が、 現 在、 ロ シ ア 銀 行 は 政 策 金 利 の 引 き 下 げ (二 〇 一 五 年 一 月: 一 七 % → 九 月: 一 一 %) に よ る マ ネ ー ス トック増加策を採用しており、ルーブル安傾向はしばらく 継続すると思われる。 また、二〇一四年下半期にロシアの対外債務は一三〇〇 億ドル減少したが、これは日米欧の経済制裁によりロシア の企業・銀行が借り換えなしで償還したためであった。ロ シアの企業・銀行は対外債務の返済のために外貨を購入し な け れ ば な ら な か っ た が、 政 策 金 利 が 二 〇 一 四 年 初 め の 五・五%から年末までには一七%に引き上げられたことか ら、外貨を得るために必要なルーブル資金の調達コストが 上昇した。ルーブル安によって外貨建て債務がルーブル換 算でより増加したことも返済を難しくしている。 この事態に財務省は二〇一五年に入り、国債売却により 得たルーブル資金を大手国有銀行への資本増強というかた ちで供給した。国債の売りオペにより市中から引き上げた ルーブルを銀行に供給したのだから、マネーストックは増 えないが、銀行は得たルーブルを外貨にかえて対外債務の返済に充てることになるので、結果的に財務省は市中銀行 によるルーブル売りをうながすことになる。 今後も日米欧の制裁がつづく場合、二〇一五年に償還期 限をむかえる対外債務一〇〇〇億ドルを借り換えなしで償 還することになるため、マネーストック増とルーブル売り は不可避であると考えられる。
Ⅲ
ロ
シ
ア
に
よ
る
人民元・香港
ド
ル
買
い
1
ロ
シ
ア
の
脱
ド
ル
化
は
本当
か
以上見てきたように、ウクライナをめぐってロシアと欧 米が対立し、対ロ経済制裁が実施されるなか、ロシアから の資本流出とルーブル価値の下落が激しくなっている。 こうした状況下にあって、ロシアでは政府や企業が保有 す る 資 産 が 米 ド ル 建 て か ら 人 民 元 や 香 港 ド ル 建 て に か わ り、また対外決済にも人民元を使用する範囲や金額が増加 傾向にあるとされる。 こ の よ う な ロ シ ア の 脱 ド ル 化 は 米 ド ル の 国 際 的 地 位 を 低 下 さ せ 、 ル ー ブ ル や 人 民 元 の 国 際 通 貨 化 の 要 因 と な る だ ろ う と の 論 調 が ロ シ ア で は 見 ら れ る ( Гo лoc P occ ии , 2 7 c eн тя бр я, 2014г ) 。 たしかに二〇一三年の中ロ貿易総額は八九〇億ドルに達 し て お り、 今 後 東 シ ベ リ ア か ら の パ イ プ ラ イ ン に よ る 原 油・ガスの輸出が増加すれば、両国政府が目標とする貿易 総額年間一〇〇〇億ドルは容易に達成できそうである。 貿 易 額 が 増 加 す れ ば 人 民 建 て 決 済 額 も 増 え る 可 能 性 は あ る 。 一方、二〇一四年第3四半期のロシア政府・企業による 香港ドル買いや、モスクワ外貨取引所における人民元取引 の現状について見てみると、ロシア経済の脱ドル化や、ま してや米ドルから人民元へのシフトが起きているとは言え ない。 以下で事態をくわしく見てみよう。2
ロ
シ
ア
・
マ
ネ
ー
、香港
を
席巻
二〇一四年七月一日から香港金融管理局は、二〇一二年 第4四半期以来となる為替介入を実施した。香港ドルが急 激 に 上 昇 し た こ と か ら、 許 容 変 動 幅 (七・ 七 五 ~ 七・ 八 五 香 港 ド ル / 米 ド ル) を 守 る た め 香 港 ド ル 売 り・ 米 ド ル 買 い 介入を行ったのである ( Reuters, 2 July 2014 ) 。結果的に、 香港金融管理局は七月一カ月間に八三億九〇〇〇万米ドル の 香 港 ド ル 売 り・ 米 ド ル 買 い を 実 施 し た ( Bloomberg, 4 August 2014 ) 。 七 月 二 六 日 に 香 港 金 融 管 理 局 は、 株 式 上 場 や 配 当 支 払 い、企業の合併・買収が香港ドル需要を押し上げていると 発表した。事実、ハンセン指数は七月一カ月間に六・八% 上昇し、月間ベースで二〇一二年九月以来の大幅な上げを 記録したが ( Bloomberg, 1 August 2014 ) 、これは外国、と くにロシアから香港へ資金が流入したためだとされる。 たとえば、七月三一日にロシア二位の携帯電話サービス 会社メガフォンのヴェルミシャンCFOは、欧米の対ロ制 裁強化を受け保有する現金の一部を香港ドルにシフトした ことを明らかにした。 メ ガ フ ォ ン に よ る と 、 華 為 技 術 ( メ ガ フ ォ ン の 通 信 設 備 の 主 要 な 供 給 業 者 ) と の 決 済 を 簡 単 に す る た め 、 ま た ヨ ー ロ ッ パ の 銀 行 と の取 引 で 困 難 が 生じ る リ ス ク を 限 定 的 に す るた め に 、 資 金 を 中 国 系 の 銀 行 に 移 し た と い う 。 メ ガ フ ォ ン は 二 〇 一 四 年 第 2 四 半 期 末 に 三 〇 億 ル ー ブ ル ( 約 九 〇 億 円 ) の 銀 行 預 金 が あ っ た が 、 そ の 割 合 を 四 〇 %が 香 港 ド ル 、 六 〇 % が ル ー ブ ル に し た の で あ っ た ( R B T H , 6 A ug us t 2 01 4 )。 八 月 四 日 に も 香 港 ド ル は 許 容 変 動 幅 上 限 に 近 づ い た た め、香港金融管理局は九億二五〇〇万ドルの米ドル買いを 実施した ( Bloomberg, 4 August 2014 ) 。外為市場では、ロ シア政府や企業によるユーロ売り・香港ドル買いの動きが 香 港 ド ル 高 を 招 い て い る と い う 参 加 者 の 声 が き か れ た ( Reuters, 4 August 2014 ) 。 ロ シ ア の マ ス メ デ ィ ア の な か に は 、 ロ シ ア 企 業 が 米 ド ル 売 り ・ 香 港 ド ル 買 い を 行 っ て い る と 報 じ て い る も の が あ る が 、 も しそ う で あ れ ば 香 港 金 融 管 理 局 は 米 ド ル 買 い ・ 香 港 ド ル 売 り を 実 施 し て い た の で あ る か ら 、 結 果 的 に 米 ド ル 建て 資 金 が ロ シ ア か ら 香 港 に 移 転 し て い る だ け だ と 言 え る だ ろ う 。 しかしながら実際には、ロシア企業はユーロ売り・香港 ドル買いを行っており、香港ドル買いは米ドル高ユーロ安 要因となっていた。また、香港ドルは米ドルにペッグして いるのだから、香港ドル建て資金は実質的に米ドル建てだ と見ることができ、ロシア企業が脱ドル化しているとは言 えないのが現状である。 ま た、 ロ シ ア 企 業 が 香 港 ド ル 建 て 預 金 を 増 や し た 直 後 に、香港で学生を中心とする反中国デモが発生し、許容幅 いっぱいまで香港ドルは下落した ( Reuters, 30 September 2014 ) 。 米 ド ル に ペ ッ グ さ れ て い る と は い え、 香 港 ド ル には香港と中国との関係という特殊なリスクがあることが示 された。日米欧による経済制裁によって米ドル使用が制限 されるなか、自社の現金をどの通貨で保有するかを決める のは難しいと言えるだろう。
3
モ
ス
ク
ワ
で
の
人民元取引
経済制裁下のロシアで、大企業が香港ドル建て預金を増 やしている事例を見てきた。次に、ロシアにおける人民元 取引の拡大について考えてみよう。 た と え ば、 欧 州 連 合 (E U) が ロ シ ア の 大 手 国 有 銀 行 で あるスベルバンク、VTB、ガスプロムバンクを制裁対象 とした二〇一四年七月三一日におけるモスクワ外貨取引所 で の 人 民 元 買 い は 六 億 六 六 〇 〇 万 元 (約 一 二 〇 億 円) に の ぼっている ( Bloomberg, 25 September 2014 ) 。やはり香港 ドル同様、人民元もまた制裁のリスクヘッジの手段とされ ているのである。 ではモスクワ外貨取引所における人民元取引の規模はど の程度であろうか * 2 。 ロシア銀行が公表しているデータを見ると、二〇一三年 一月の一営業日あたりの平均の人民元取引額は一〇百万ド ルで、全外貨の取引額五五七九〇百万ドルのわずか〇・〇 二%である。これが二〇一四年一月では一四五百万ドルと 前年比一四・五倍に増加しているものの、それでも全外貨 取引六一九五六百万ドルの〇・二三%にすぎない。 二〇一四年については、一営業日平均の人民元取引額が もっとも大きかったのが一月で、最低は四月の二四百万ド ル、最新の八月は八五百万ドルとなっている。人民元取引 額が比較的多かったのは一月、二月、八月で、この三カ月 以外は低調である。 二〇一四年四~六月はドル安・ルーブル高傾向の期間で あり、この期間では人民元取引は比較的少ない。一方、一 ~二月および七月以降のドル高・ルーブル安傾向の期間で は人民元取引が活発化しているのである。すなわち、ルー ブル安傾向が顕著であった二〇一四年一月、二月、八月で は ル ー ブ ル が 売 ら れ、 そ の ほ ん の 一 部 が 人 民 元 買 い に ま わったと見るのが適切であろう。 また、モスクワ通貨取引所における人民元売買に占める ルーブルと米ドルの割合を見ると、月ごとに変動があるも のの、おおむね米ドルがルーブルを上回っている。人民元 とルーブルが直接取引される割合が増加していることもな いのである。4
AIIB
と
BRICS銀行
今後ロシアで人民元取引は拡大していくのだろうか。 二〇一四年一〇月一三日にロシア銀行と中国人民銀行は ス ワ ッ プ 枠 一 五 〇 〇 億 人 民 元 (約 二 四 四 億 ド ル) の 通 貨 ス ワップ協定を締結した。また非公式ながら、ガスプロムの 中国向けパイプライン「シベリアの力」によるガス輸出の 決済に人民元を用いる可能性があるとも報じられている。 加えて北極圏でのLNG開発、ロシア中央・ウラル間の高 速鉄道計画など、中国企業による対ロ投資も増加傾向にあ る。 こうしたなか、中ロ間の決済での人民元使用は、中央銀 行 間 や 大 型 開 発 案 件 に よ る も の が 中 心 に な る と 考 え ら れ る 。 中ロ政府間のプロジェクト実施と密接に関係するのが、 ア ジ ア イ ン フ ラ 投 資 銀 行 (A I I B) と B R I C S 新 開 発 銀行 (NDB) である。 二〇一五年三月二八日、シュワロフ・ロシア第一副首相 は、 海 南 島 で 開 か れ た ボ ア オ・ ア ジ ア・ フ ォ ー ラ ム の 席 上、ロシアのAIIB参加をプーチン大統領が決定したと 述べた。 シ ュ ワ ロ フ 第 一 副 首 相 は、 「ユ ー ラ シ ア 経 済 同 盟 (E E U) と 中 国 と い う 形 で 協 力 を 強 化 で き る こ と を 嬉 し く 思 う。 (中略) EEU内での商品と資本の自由な移動は、 ヨー ロッパとアジアの経済をより緊密に結びつける。これは中 国 指 導 部 が 立 ち 上 げ た シ ル ク ロ ー ド 経 済 ベ ル ト 構 想 (一 帯 一 路) と 関 係 し て い る」 と 述 べ、 具 体 的 に は、 カ ザ フ ス タ ン・ 中 央 ア ジ ア を 経 由 し た 中 ロ 間 イ ン フ ラ 投 資 計 画 の 策 定・実施のために必要な資金・技術・労働力等を中国に要 求したものと受け取ることができる。 EEUは、ロシア、ベラルーシ、カザフスタンの関税同 盟を基礎として、二〇一五年一月にキルギスとアルメニア を 加 え た 五 カ 国 で 構 成 さ れ た 経 済 同 盟 で あ る。 ロ シ ア に とって旧ソ連構成国は、自国工業製品の輸出先、および労 働力の供給源として重要であり、鉄道、道路、空路の整備 や決済・送金システムの再構築あるいは更新が課題となっ ている。 ロシアやカザフスタンといったエネルギー資源の輸出国 は国際原油価格の上昇期には好景気であったが、現在は原 油価格の低迷の影響で不況期にあると言ってよく、図2を みると、ルーブルの対ドル安は他の旧ソ連構成国の通貨安 を も た ら し て い る。 通 貨 安 は 輸 入 減 と 物 価 上 昇 を も た らし、GDP成長率を下げ、歳入を減少させる。 すなわち、ロシアやカザフスタンには大規模インフラ整 備 を 独 自 に 行 う (た と え ば、 カ ザ フ ス タ ン を 経 由 す る モ ス ク ワ・ 北 京 間 高 速 鉄 道 計 画 の 実 行) 力 は な い と 思 わ れ、 ま た、技術や労働力不足は否めず、中国との関係強化が必要 となっているのが客観的情勢である。 ロシアの立場としては、旧ソ連地域への中国の影響力拡 大は憂慮すべき事態であるが、中国の助力がなければロシ ア の 同 地 域 へ の 影 響 力 も 低 下 す る と い う 矛 盾 に 陥 っ て い る。ロシア単独のAIIB参加ではなく、EEUとして参 加するとシュワロフ副首相が発言した背景には、あくまで カザフスタン・中央アジアはEEUという枠内でロシアの 勢力圏であることを中国側に強調する狙いがあったものと 思われる。 一方、カザフスタンは伝統的に中ロの間での均衡を保つ 政 策 を 採 用 し て お り、 ロ シ ア・ プ ー チ ン 政 権 と 争 う 姿 勢 は 見 せ な い が 、 中 国 と の 経 済 関 係 の 強 化 も す す め て い る 。 さ て 、 B R I C S 銀 行 ( N D B ・ B R I C S ) と A I I B と の 関 係 に つ い て は 、 い ま だ 明 確 で は な い が 、 出 資 額 一 〇 〇〇 億 ド ル規 模 、 目 的 は イ ン フ ラ 開 発 中 心 と い っ た 共 通 点 が 多 く 、 ロ シ ア が ど ち ら に 重 点 を 置 く か は 不 透 明 で あ る 。 01/ 10/ 2 0 1 3 03/ 05/ 2 0 1 3 04/ 27/ 2 0 1 3 06/ 28/ 2 0 1 3 08/ 21/ 2 0 1 3 10/ 12/ 2 0 1 3 12/ 06/ 2 0 1 3 02/ 06/ 2 0 1 4 04/ 02/ 2 0 1 4 05/ 29/ 2 0 1 4 07/ 24/ 2 0 1 4 09/ 16/ 2 0 1 4 11/ 11/ 2 0 1 4 01/ 13/ 2 0 1 5 03/ 07/ 2 0 1 5 05/ 01/ 2 0 1 5 06/ 30/ 2 0 1 5 08/ 21/ 2 0 1 5 8 7 6 5 4 3 2 1 0 0.1ルーブル 100テンゲ 1マナト 10フリヴニャ 図 2 各国通貨の名目対ドル相場の傾向、2013 年 1 月 10 日~ 2015 年 9 月 30 日(単位:ドル) (注)傾向がわかりやすいようにルーブル/ドルに0.1を、カザフスタン・テンゲ/ドルに100を、ウクライナ・フリヴ ニャ/ドルに10をかけた。テンゲとアゼルバイジャン・マナトは固定相場であった時期でもルーブル相場の影響を受 けて相場が変更されている。また、固定相場制放棄後のテンゲと、2015年3月までのフリヴニャについては、ルーブ ルと明確な相関がある(2015年3月以降は22フリヴニャ/ドルでほぼ固定されている)。 ロシア国内開発にBRICS銀行、カザフスタン・中央 アジア関係にAIIBと使い分ける可能性があることは否 定できない。中国による対ロ投資、とくに北極圏における ガス田開発案件に関して、ロシアはアジアに含まれないと して、AIIBではなくBRICS銀行経由で中国からの 融資を受けるかもしれない。 中国企業が参入する大型投資案件において、人民元建て の融資をロシアが受けるかどうかは決まっていないが、A IIBやBRICS銀行の創設、また取引市場の整備によ り人民元調達のチャンネルが増えるなか、ロシアにおける 人民元取引は増大するものと考えられる。
Ⅳ
新型経済特区
と
中国
* 31
極東発展省
と
経済特区
プーチン大統領は、人口減少いちじるしいロシア極東の 再開発のため、二〇一二年五月に「極東発展省」を創設し た。それまでのロシア極東の再開発とは、連邦予算を獲得 して行われる大規模公共事業であり、たとえば、二〇一二 年 九 月 に ウ ラ ジ オ ス ト ク で A P E C (ア ジ ア 太 平 経 済 協 力) サ ミ ッ ト が 開 か れ た が、 サ ミ ッ ト 開 催 の た め に は 会 議 場、ホテル、空港、道路、橋梁などの整備が必要とされ、 巨額の連邦予算がつぎこまれた。 一方、極東発展省は、ロシア極東の再開発について、民 間企業による投資を前提とし、民間企業が採算性ありと判 断した案件だけ実行することにした。二〇一三年以降、ロ シア経済が低迷するなか、連邦支出を極力抑えなければな らず、また、併合まもないクリミア半島の開発の方が優先 されたといえる。 ま ず、 極 東 発 展 省 は「先 進 経 済 地 域 (T O P) 」 と い う 経済特区を創設し、先進経済地域における投資プロジェク トの実施のために、二〇一五~二〇一七年の三年間に連邦 予 算 か ら 八 九 〇 億 ル ー ブ ル (一 六 〇 〇 億 円 弱) の 資 金 を 獲 得した。ところが、連邦からの資金は四二〇億ルーブルに 減額され、しかも二〇一五年は六三億ルーブルとさらに一 割減となってしまった。二〇〇九~二〇一三年の五年間に 極東とザバイカル地域に特別プログラムとして支出された 連邦予算は一〇倍以上の四三五〇億ルーブルであり、モス クワは先進経済地域にあまり期待していないようである。こうしたなか、二〇一五年に極東発展省は、先進経済地 域とは別の経済特区計画を策定した。それが二〇一五年一 〇月一二日から具体的に動き出す、ウラジオストク「自由 港 ( free port ) 」計画である。
2
ウ
ラ
ジ
オ
ス
ト
ク
自由港
の
優遇措置
* 4 ウラジオストク自由港とは、ウラジオストク市を含む沿 海地方南部の一五の市・地区をその領域とする、先進経済 地域とは異なる法令によって定められた経済特区である。 自由港の域内では企業の活動開始から最初の五年につい ては連邦法人税は免除、地方法人税は最大五%となり、次 の五年では連邦法人税は二%、地方法人税は最大一〇%に 抑えられる。 また、自由港の入居企業は土地税・資産税を免除され、 国 家 予 算 外 基 金 (社 会 保 険 料) へ の 納 付 は 三 〇 % か ら 七・ 六%へ引き下げられる。 さらに、外国人労働者の雇用については、毎年連邦政府 が各地方・企業に割り当てる外国人労働者とは別に雇うこ とができると同時に、さまざまな手続きが簡素化される。 これらに加え、海港・空港・陸上国境の通過地について も、 関 税・ 検 疫・ 出 入 国 管 理 等 に 関 す る 規 制 も 緩 和 さ れ (た だ し 輸 出・ 輸 入 関 税 や 税 関 納 付 金 を な く す と は い っ て い な い) 、 国 境 通 過 に か か わ る あ ら ゆ る 業 務 は 一 元 的 か つ 二 四時間年中無休で行われ、自由港からロシアに入る外国人 にかぎって八日間のビザが自動的に与えられる。3
自由港
は
﹁港﹂
で
は
な
い
ウラジオストク自由港は「港」ではなく、北海道ほどの 広 が り を も つ 沿 海 地 方 南 部 一 帯 の こ と で あ り、 結 果 的 に は、このなかに点在する海港・空港・国境通過地を指すこ とになるだろう。 プーチン大統領は二〇一四年一二月四日の年次教書のな かで、ウラジオストクを一八六二~一九〇〇年および一九 〇 四 ~ 一 九 〇 九 年 の よ う な 自 由 港 に 戻 す べ き だ と 述 べ た が、ウラジオストク港自体が自由港になったとしてもその 重要度は低い。 第一に、ウラジオストク市内には工業団地を作るほどの 土地がない。第二に、ウラジオストクはソ連時代には閉鎖 都市であり、現在もロシア太平洋艦隊の母港で、周辺は軍 用地ばかりである。自由港法には国防と国家の安全保障を 確保する必要があった場合には自由港の期限前廃止もあり うると明記されており、ウラジオストクを自由港にするに は軍の権益が立ちはだかる。第三に、ウラジオストクの年 間貨物取扱量は一五〇〇万トン程度であり、規模が小さい ので自由港にする利点がない。 重 要 な の は ナ ホ ト カ 市 (ウ ラ ジ オ ス ト ク か ら 車 で 二 時 間 半) の ナ ホ ト カ 商 業 港 と ヴ ォ ス ト チ ヌ ィ・ コ ン テ ナ・ タ ー ミナルである。とくに、ソ連時代に日本の協力で建設した ヴォストチヌィはシベリア鉄道に直結し、港湾の規模も大 きく、後背地は放置状態にある。また、ナホトカはコジミ ノ石油港を新設したこともあって道路整備も済んでいる。 二 〇 一 五 年 九 月 三 ~ 五 日 に ウ ラ ジ オ ス ト ク で 開 催 さ れ た 「東方経済フォーラム」で、日本国際協力銀行 (JBIC) の代表者がナホトカ港湾開発への融資に言及したのは、極 東 の 実 情 を 熟 知 し た 上 で の 発 言 だ っ た と い え よ う ( Владив остк, 9 с ент яб я, 2015 г )。4
中国
と
の
関係強化
「 東 方 経 済 フ ォ ー ラ ム 」 で は ト ル ト ネ フ 副 首 相 が 主 管 だ っ た た め か 、 中 国 か ら は 汪 洋 副 首 相 が 出 席 し 、 数 の 上 で も 中 国 か ら の 参 加 者 が 目 立 っ た ( Зо ло той Ро г, 8 се нт яб я, 2 01 5г )。 中国企業によるロシア極東の先進経済地域や自由港への さまざまな直接投資案件が話題となったが、道路改修、ロ シアの海港の利用、および水産業への投資の三点が中国側 の主要な関心であったと思われる。 まず、中国国境から日本海岸までの道路の改修があげら れる。中国国内の公共事業は飽和状態にあるとみられ、中 国 政 府 は、 事 実 上 の O D A (政 府 開 発 援 助) の か た ち で ロ シアの道路改修にかかわりたいのであろう。 また、中ロ間の道路や鉄道が整備され、さらにナホトカ や ハ サ ン 地 区 の 三 つ の 港 (ス ラ ヴ ャ ン カ、 ザ ル ビ ノ、 ポ シ エ ト) で の ト ラ ン ジ ッ ト 通 関 が 可 能 に な れ ば、 黒 竜 江 省 や 吉林省にとっては大連よりもはるかに近い海港が登場する ことになり、中国東北部の経済振興に寄与する。とくに、 ザルビノ町にあるトロイツァ港は吉林省との国境から車で 三〇分ほどのところにあり、一九九一年のソ連解体以降、 日本・中国・韓国は多大な関心を寄せてきた。 さらに、急増している中国国内の海産物需要にこたえる ため、沿海地方の遠洋漁業企業が漁獲する水産物の加工や 沿岸でのナマコなどの養殖に中国が投資するという案件が 出 さ れ て お り (ウ ラ ジ オ ス ト ク は む か し か ら ナ マ コ の 産地) 、 す で に ウ ラ ジ オ ス ト ク 近 郊 で 水 産 関 連 工 場 の 建 設 が はじまっている。
5
経済特区計画
の
問題点
プーチン大統領は、就任直後からロシア極東の人口減少 は領土維持にとっての脅威で、再開発を安全保障上の課題 とみなしてきた。現在のロシア極東には日本の一八倍の面 積に五五〇万人ほどしか住んでいないのである。 それゆえ、経済発展省には「特別経済地帯」の創設を認 め、ウラジオストク市には国策会社ソラーズ、三井物産と の 合 弁 ソ ラ ー ズ・ ブ ッ サ ン、 お よ び マ ツ ダ と の 合 弁 マ ツ ダ・ ソ ラ ー ズ に よ る 自 動 車 生 産 に 対 し、 「特 別 経 済 地 帯」 の工業特区の地位を与えて便宜を図っている。 また、これまで述べてきたように、新しく極東発展省を つ く り、 「先 進 経 済 地 域」 と「自 由 港」 と い う 経 済 特 区 計 画も承認し、とりわけウラジオストク周辺の再工業化に力 を注いでいる。 ウ ラ ジ オ ス ト ク 周 辺 で の 経 済 特 区 に つ い て は、 「特 別 経 済地帯」と「先進経済地域」と「自由港」の範囲が重なっ ていたり、多数の関係省庁・軍・大企業・地元勢力などと のあいだの調整がうまくいっていなかったりと、問題点は 多々あるが、もっとも解決が困難な課題は労働力の確保だ と考えられる。 どの経済特区にも共通するのが、高付加価値製品の製造 とその輸出産業化を目指している点である。それゆえ、高 度な技能をもった労働者を、輸出できるほどの価格競争力 をもたせるために比較的低賃金で雇用するためには、域外 からの移民に頼るしかない。 しかしながら、中国から大量の移民を受け入れるのは、 ロシア極東の中国化を防ぐために人口増にもっていくとい う政策と矛盾する。ウクライナからの移民はモスクワや西 シベリアの産油地に移動するだろう。 まずは単純に、トランジット・ポイントとして中国東北 部からの物資の受け入れ・送り出しを開始し、これを皮切 りにさまざまな産業が自然と生まれる環境を整えることが できれば、日本人、中国人、朝鮮人、ロシア人などが混住 する国際色豊かな地域という、スターリン期以前の極東に 戻ることができるのではないだろうか。お
わ
り
に
プーチン政権下でのロシア経済の成長は、国際原油価格 の上昇と、これにともなうロシア・ルーブル外国為替相場 のルーブル高傾向という環境で達成されたものであった。 国際原油価格の下落により、二〇一三年からロシアでは 経済成長にかげりが見られ、これに追い討ちをかけるよう に、二〇一四年初めにクリミアとドンバスをめぐるウクラ イナ問題が発生した。日米欧からの経済制裁と、ロシアの 輸入制限を中心とする報復措置により、ロシアの貿易額は 縮小し、対外債務を借り換えなしで償還せざるをえなくな り、資本流出額が増加した。 こうした苦境のなか、ロシアは中国との関係を強化しつ つある。とくに、カザフスタン・中央アジアといった旧ソ 連構成共和国や、人口の希薄なシベリア極東での開発を、 ロシア単独で実行する資金・技術・労働力はなく、中国に 頼らざるをえないものと考えられる。 カザフスタン・中央アジアやシベリア極東への中国の影 響 力 の 拡 大 は、 ロ シ ア に と っ て 安 全 保 障 上 の 脅 威 で あ る が、中国の協力を得て開発しなければ、ロシア・モスクワ の 影 響 力 自 体 が 低 下 す る と い う 矛 盾 を 抱 え て い る の で あ る 。 ◉注 *1 と く に こ と わ り の な い か ぎ り、 ロ シ ア の 統 計 デ ー タ は、 ロシア銀行ホームページによる。 *2 ロ シ ア・ モ ス ク ワ 外 貨 取 引 所 に お け る 人 民 元 取 引 に 関 す る先行研究としては、 Яpoвoй и Mишинa ( 2013 )がある。 *3 ウ ラ ジ オ ス ト ク を は じ め と す る ロ シ ア 極 東 に お け る 経 済 特 区 に つ い て は、 齋 藤(二 〇 一 五) お よ び 堀 内(二 〇 一 五) が く わ し い。 ロ シ ア 極 東 経 済 情 勢 に つ い て は、 安 木(二 〇 〇 九)を参照。 *4 以 下 の デ ー タ は、 ロ シ ア 連 邦 極 東 発 展 省 ホ ー ム ペ ー ジ 掲 載の資料による。 ◉参考文献 一 之 渡 忠 之(二 〇 一 五) 「ウ ク ラ イ ナ と ロ シ ア の 経 済 危 機 と 政 策対応―
為替相場の急落と新たな経済対策」 『ロシア・ユー ラシアの経済と社会』九九二、二―一七頁。 久 保 庭 真 彰(二 〇 一 一) 『ロ シ ア 経 済 の 成 長 と 構 造―
資 源 依 存経済の新局面』岩波書店。 齋 藤 大 輔(二 〇 一 五) 「ロ シ ア 極 東 羅 針 盤―
ウ ラ ジ オ ス ト ク 自 由 港 構 想」 『ロ シ ア N I S 調 査 月 報』 二 〇 一 五 年 六 月 号、 一二四―一二五頁。 堀 内 賢 志(二 〇 一 五) 「ト ル ト ネ フ と ガ ル シ カ が 主 導 す る 極 東地 域 開 発 政 策」 『ロ シ ア・ ユ ー ラ シ ア の 経 済 と 社 会』 二 〇 一 五年八月号、三一―四五頁。 安 木 新 一 郎(二 〇 〇 九) 『ロ シ ア 極 東 ビ ジ ネ ス 事 情』 ユ ー ラ シ ア・ブックレット No.一三八、東洋書店。 安 木 新 一 郎(二 〇 一 三) 「ロ シ ア・ ル ー ブ ル 外 国 為 替 相 場 と 国 際 原 油 価 格 の 関 係 に つ い て」 『甲 南 経 済 学 論 集』 五 四(一・ 二) 、五七―六六頁。 安 木 新 一 郎(二 〇 一 四) 「ウ ク ラ イ ナ 紛 争 下 の ロ シ ア・ ル ー ブ ル 為 替 相 場」 『ロ シ ア・ ユ ー ラ シ ア の 経 済 と 社 会』 九 八 六、 三六―四三頁。 Krone nber g, T. ( 2004 ) T he Curse of Na tura l Resourc es in the Transition Economies. Economic of T ransition 12 ( 3 ) : 399-426. Ep ш oв , M ., Ta тy зo в, B., У pь eв a, E. ( 20 13 )И нф ля ция и мo нe ти зaц ия эк oнo ми ки . Д eн ьги и К peд ит 4: 7-1 2. Яpoв oй, B. и M ишин a, B. ( 2013 ) Би pжeвoй pынoк 《 юaн ь/pyб ль 》: нacтoящee и пepcпeк тивы. Дeньги и Kpeдит 5: 43-45. [資料(オンライン) ] IMF Primary Commodity Prices ( http://www .imf.or g/external/np/res/ commod/index.aspx )(二〇一五年八月三一日) ロシア銀行 ( http://www .cbr .ru/ ) ロシア連邦極東発展省( http://minvostokrazvitia.ru/ ) ロシア連邦統計局( http://www .gks.ru ) [新聞(オンライン) ] Bloomber g ( http://www .bloomber g.com/asia )(二 〇 一 五 年 八 月 三 一日) Reuters ( http://reuters.com )(二〇一五年八月三一日) RBTH ( Russia BEYOND THE HEADLINES )( rbth asia )(二 〇 一 五年八月三一日) Вл адив остк ( http://www .vladnews.ru )(二〇一五年八月三一日) Гoлoc Poccии ( http://ruvr .ru )(二〇一五年八月三一日) Зо лотой Р ог ( http://www .zrpress.ru )(二〇一五年八月三一日) ◉ 著者紹介 ◉ ①氏名…… 安木新一郎 (やすき・しんいちろう) 。 ②所属・職名…… 京都経済短期大学経営情報学科・准教授。 ③生年・出身地…… 一九七七年、兵庫県。 ④ 専 門 分 野 ・ 地 域 … … ロ シ ア 経 済 論 、ロ シ ア 極 東 地 域 研 究 、貨 幣 論 。 ⑤ 学 歴 …… 大 阪 市 立 大 学 経 済 学 部、 大 阪 市 立 大 学 大 学 院 経 済 学 研究科、修士 (経済学) 。 ⑥ 職 歴 …… 在 ウ ラ ジ オ ス ト ク 日 本 国 総 領 事 館 専 門 調 査 員( 二 九 歳、 二 年 半 )、 大 阪 国 際 大 学 任 期 制 講 師・ 准 教 授( 三 二 歳、 五 年半) 、京都経済短期大学准教授 (三八歳、現在に至る) 。 ⑦ 現 地 滞 在 経 験 …… サ ン ク ト ペ テ ル ブ ル ク( 二 二 歳、 一 カ 月、 留 学) 、 モスクワ (二六歳、 一年間、 留学) 、 ウラジオストク (二九 歳、二年半、勤務) 。 ⑧研究手法…… 統計解析と現地調査。 ⑨所属学会…… ロシア東欧学会、比較経済体制学会。 ⑩ 研 究 上 の 画 期 …… 院 生 時 代 に 専 門 調 査 員 と な っ て、 そ れ ま で ま っ た く 興 味 の な か っ た ロ シ ア 極 東 を 歩 き 回 り 、 フ ィ ー ル ド・ ワ ー ク の 楽 し さ を 知 っ た。 ま た、 帰 国 後、 国 立 民 族 学 博 物 館・ 特 別 共 同 利 用 研 究 員 と し て 受 け 入 れ て い た だ い た こ と で、 文 化 人 類 学 や 地 域 研 究 と い っ た 経 済 学 以 外 か ら の 刺 激 を 得ることができたのは重要だったと考えている。 ⑪ 推 薦 図 書 …… K・ マ ル ク ス『 経 済 学 批 判』 ( 杉 本 俊 朗 訳、 大 月 書 店、 一 九 六 六 年 )お よ び K・ マ ル ク ス『 資 本 論』 ( 日 本 共 産 党 中 央 委 員 会 付 属 社 会 科 学 研 究 所 監 修、 資 本 論 翻 訳 委 員 会 訳、 新 日 本 出 版 社、 一 九 八 二 年 )。 貨 幣 研 究 を は じ め る き っ か け と な っ た 本 で あ り、 ミ ク ロ・ マ ク ロ 経 済 学 を 教 え る 今 で も、 つ ねに読み直している。