• 検索結果がありません。

【冊子】最終Versionショコラティエ

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "【冊子】最終Versionショコラティエ"

Copied!
68
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)合意形成のショコラティエ ― 目 次 ― 医. ケア児の. 援における合意形成に. するワークショップ報告. -A booklet about consensus building towards a bright future for children who needs medical care-. 佐々. ること、 らせることから 一. へ. み出し、. しはみ出す. を. 千.

(2) ―. 目. 次. ―. はじめに ............................................................................1 子どもたちの夢 ......................................................................2 医療的ケア児の発 支援における合意形成に 医療的ケア児の発. するワークショップの報告. 支援における合意形成に. するワークショップについて .............4. 師 そろそろ、存在を. にしよう. 医療的ケア児の発. 大泉 えり. 支援における合意形成に. 度医療ケアラー ・ 在宅おふろ. 医療的ケア児の発 松本 武敏. 家. 医療法人フロネシス 学大学. えて. ..............................5. 支援における合意形成、内 の在宅医の. 熊本保健. 害. するワークショップを. 場から. まつもと在宅クリニック. 地域包括. 携医療教. センター. 客員教授. .....13. 支援を える. 岡. 勉. 前. 放. 大学熊本学. センター. 所. ・ 熊本大学. 名. 教授. ............16. 合意形成に向かうための在り方 河添 博幸. 放. 大学熊本学. センター. 客員准教授. ............................23. 指定発 娘の教. について思うこと. 木 浩子. .........................................................25. 参加 合意形成に向かうための在り方 内 梢. 橋市こども発. コミュニケーション支援. センター. 理学療法士 ・ 児. ができること. 丸 ゆうき. 発. 支援. 理. 任. ......29. 支援 に望むこと. .......................................................31. 子どもの「好き」を つけるために 益子 千枝. 当事. ............................... ...........................35. 想いを叶える の、小さな世界を支える たち 早川 幸希. 当事. .........................................................40. った環境から振り る の生 歴 岩. 直子. 当事. .........................................................45. オーガナイザー・ファシリテーター 医療的ケア児の発 -愛. 支援における合意形成のあり方についての一. 的. わりから療. 佐々木 千. 熊本保健. 察. 的ケアへ学大学. 地域包括. 携医療教. センター. 准教授. .....52. おわりに ...........................................................................64 後. ...........................................................................65.

(3) のショコラティエ. はじめに. 本冊子は在宅医療助成 勇 合意形成に 成に. 念 団の助成を受けて. する 問 」という. の中で. 催した「医療的ケア児の発 支援における合意形. するワークショップ」 以下、ワークショップ. 本冊子を じて. った 「医療的ケア児の発 支援における の報告 である。. が伝えたいことは「医療的ケア児の. たちが“大変な思い”をして. いる」そしてそのことを「多くの方々に っていただきたい」そして、医療的ケア児たちの可 性は他のお子さん 同様“無. 大”なので、 「その. 力を 憾無く発揮できるような世の中になっ. て欲しい」ということである。本冊子に登場いただいているお子さんの疾患は SMA 症 などの. 疾患が中心で、全国の医療的ケア児とその. べて拾い上げることはできていないとは思うが、発. の方々が抱える問. 支援上の合意形成の問. 性 をす. 点としては共 し. た内容としてお みいただくことができるのではないかと思う。 ワークショップに先 年 11 月に九州大学で する. 症. 病児の発. せていただいた。発 人が. ち、. の方々にご協力いただいたインタビューに. しては、2019. 催された日本 病医療ネットワーク学会において「医療的ケアを必 と 支援に する合意形成における 問 時には、内容について. についての. 」という で発 さ. く 価いただき、このような状況について多くの. らない、 ってもらう努力が必 である、というコメントをいただいた。まさにそのため. に本冊子の作成を企画した。 また、 本冊子の 本冊子のタイトルの. 明については. 後. やブックデザインも当事 の方々にお いした。 をご いただきたい。. さて、 が所属先の愛 は“ちいき楽暮 ラボ ”である。 害があっても、 しく、楽に、地域で暮らしていく、というテーマに. する教. であっても楽. のためのセンターである。ま. た、 “地域で ち、地域で暮らし、地域で看取る”というキャッチコピーがあるが、 つのは子ど もや本学の学生だけでなく、 たち マは. だが. 常に. が. に っていく、という意味を. たいものでもあると思う。一方で子ども. ならない。合意形成は問 たち. も一. っていくことが. 決のプロセス. 桑子敏. めている。本テー. の未来は明るいものでなければ. ととらえ、様々な問. を. 決しながら. なのかもしれない。. には、子ども の夢を描きこんでいただいた。 に描いていただくと、このような未来 はもうすぐそこに来ているように感じられる。同じく. に. した「. ること、. らせることか. ら共有へ」は当事 、支援 に向けて書いたメッセージである。そして、 「一歩. み出し、少しは. み出す勇気を」は、ワークショップの 師である大泉氏の発. させていただい. をお借りして. たが、どちらかというと支援 に対するメッセージのつもりで書いた。 事. の方々はすでに数歩も. んでいらっしゃるからである。. はみ出す勇気をもつことで、 敵な きなこと」を. の方々、そして当. たち支援 が一歩. み出し、少し. を書いてくださった益子氏が書かれた「毎日を照らす好. つけ、活き活きとした地域生活を ることができるお子さんが増えることを. てやまない。 佐々木千. ※括弧内に. の所属については2020年 月1日現在のものである。. 師、指定発 、参加 の方には2020年1月〜3月に執. 1. いただいた。. っ.

(4) 2.

(5) のショコラティエ. 3.

(6) 的ケア. の発. 医療的ケア児の発 医療的ケア児の発. し教. に. 支援における合意形成に. するワークショップの. するワークショップについて. 支援における合意形成に するワークショップ. を、2019 年 8 月 31 日に、 ワークショップの. における合. が勤務する熊本保健. 師には、大泉えり氏ほか. 学大学にて. 名の方に依. 以下、ワークショップ. 催した。. し、他に. 木浩子氏に事前に依. プ. の 場も まえてご発 いただいた。 師の 名の方々には事前に、 催に先. 名の方 A-E さん へのインタビューを書き こしたものをお. って った. みいただき、それぞれの. がワークショッ. 場からテーマに対して. えることをご発. 他、オンラインシステム Zoom を使い全国の医療的ケア児の. の方々や専. UD トーク を使った. ご参加いただいた。併せて、アプリ. の方々にもワークショップの感想やご意. いただいた。熊本会場の. 易的な情報保. の方々にも. も みた。参加. 、そしてそれをふまえた 察を次ページから. にまと. めている。 の. 歴 の. についてはそれぞれのプロフィールを参照されたい。大泉氏、. れぞれ. としてのご. ついてご寄. いただいた。岡 氏は哲学の. の片. 痺と失. と、そこから少し れた 場から発 支援上の合意形成の で. 症を有するご家族をご 宅で介 する. の恩師でもある。クモ 場からご. ただいた。松本氏には在宅医の 場から、河添氏には心理学 まえた. 木氏はそ. 察をご寄 いただいた。松本氏と河添氏は岡 氏. のご. 問 に. 下出 による 度 を. まえご発. い. の 場から、ワークショップを ご夫妻 の教え子でもあることから. にとっては兄弟子になる。松本氏のクリニックの法人名は「フロネシス」であり、本冊子を じて伝えたい支援 のあり方を問うているように感じられる。 オンラインでの参加 である 丸氏には 合意形成上の問 点について、最後に当事. の 場から、. 内氏には専. の 場から、本冊子の. の 場からみた. を手がけてくださった. 名の方々にもご寄 いただいた。 ワークショップの“ め”は本 冒. にも登場いただいたことみさんに、将来の夢について. っていただいた。ワークショップおよび本冊子がことみさん ば幸甚の極みである。. の夢の実現に少しでも. 献できれ. 佐々木千. ワークショップの様子. 会場の様子. Zoom でご参加いただいた方々の写真を並べ 熊本会場の参加 と共有した. 4.

(7) のショコラティエ. そろそろ、存在を. にしよう. 医療的ケア児の発. 支援における合意形成に おおいずみ. 大 泉 えり. するワークショップを. えて. 度医療ケアラー・在宅おふろ. 家. プロフィール 東京. 在住。 度医療ケアの必. 。在宅おふろ 事例. 家としても「『. てる介. 症児』の在宅おふろ. 易浴槽「かえるのオフロ」を. をぬって執. や. 演活動も. 売中。ケアの合. う。写真は娘の咲. さんと。. 2 「医療」で救われた先の. はじめに 病 SMAⅠ型. が. 当事. 」を発刊し、人工呼吸器を使う子どもと家族のための. オリジナル. 1. な子どもを. 注1. の娘を授かったのは、. 会的ネグレクト. 当時、気 を切 し人工呼吸器を使うことを. 今から 11 年前のことである。現在、娘は 10 歳、. 択しなければ、子どもの命を助けられず、. 人工呼吸器を 24 時. 帰ることは叶わなかった。娘の命を救ってくださ. 使いながら 宅で家族と生. 活している。おかげさまで、1 歳で 10 年. 、体. してから. った医療 や病. を崩して入 したのは 1 回きりで、. に感. 今日も元気に地域の小学校に っている。 0. 年に 3,800 人を えている 注2. た「妊婦死亡事件」 問. 」が. 1. こっ. をきっかけに「NICU 満床. 会的に注目された 果、 期入. 減らすさまざまな みが全国的に ちょうど. け 2017. 。2008 年に. われた. している。. の中で娘と生きて. 19 歳 は、844 人だった。最新. の報告では、その数はほぼ直 的に増え. スタッフの皆様には、今も本当. しかし、守られていた病 から出て、いざ. 10 年前、国内で人工呼吸器を付けて 宅で生活 する子ども. 宅に. こうとした時、そこにあった. のは、人工呼吸器のような 度医療機器を必. と. する子ども「. 度医療依存児」と「. に. ある「孤独の. 」だった。 りにしていた. 会」の. 世界においても『前例がない』と. 児を に. なる形で、 たちは 会で生きてきた. の. われ け、療. やリハビリを受けるための公共施. 景と. 会. や民. 団体. すれば、 『人工呼吸器のお子さんは受け入れ. ていない』 『人工呼吸器は…』 『人工呼吸器は…』. わけである。 図 1. と断られた。子どもを対 とした 介. 問看. や 問. サービス事業所も少なかった。まして「. 度. 医療依存児」ともなると受け入れる事業所は. ら. れていた。 娘の命を めるか否か、という二. 択一で. 択. した「人工呼吸器」だった。好きで愛する我が子 に人工呼吸器を付ける人生を んだわけではない。 他の. 御さんもきっと同じだろう、 「家族一. 宅で. ごしたい」という 渋の. 横になれば 5 く断眠生活の中、. に. 択だった。. で眠れてしまうような、毎晩 は必死で「孤独の 」に架か. るつり橋を渡ろうとした。希少な疾患を持つ子ど. 図1. 5.

(8) もの状態を各担当 に分かってもらえるように夜. だが、. な夜な. 料を作り 明し、. スは十分と うにはほど いと感じる。保健につ. 省の. までパソコン画 にかじりついて. 会制度について厚労 み. せや. サービ 画」. からない。. 体の我が子を抱きしめられる幸. 宅で家族と ごせる時 が大切で、 「. が倒れるまで. 会. の作成担当 が保健師という以外には正直よく分. の母 で、まだ 30 代の体力があっ. たから、温かい. の受け入れや. いては、 「在宅人工呼吸器患 災害時個別支援. み、娘との生活を何とか み てた。 当時は新. 期入所施. 分の. 小・中学校 を含む全ての学校における医療的ケ アの基本的な. え方や医療的ケアを実施する. た。健康な体で産んでやれなかった 悪感もあり、. 留意すべき点. についてまとめた『学校における. 「医療で救われた命を母 である. 医療的ケアの今後の対応について』を、各. 府. んでいて気が付かなかったけれど、. 県教. 委員会、各指定 市教 委員会、各. 府. 会的な. 県. 事、 属学校を く各国 大学法人学. 、構. ば」と. い. 今思えば、 「 も. 張り ければよい」と えてい. では、2019 年 3 月 20 日に文 省が、. 教. が守らなけれ. 放棄 ネグレクト 」と. 特別区域法. 12 条. 各地方公共団体の. 宛ての. えるような、 会の中でその存在が められ. ていない状況だった。 2007 年に日本小児 学会倫理委員会が 8 府県 で. った 20 歳未満の. 症心. 児. 注3. 2. の 70. を対. にした 査. 害児. 症. によると、. 症児. が在宅療 中であるが、 問 療を受けて. いる子どもはわずか 7 、 子どもが 18 は 12 療や. に. 問看 を受けている. 、ホームヘルパーを利用しているの ぎないと報告されている。小児在宅医. サービスが未整備のまま. 宅に帰されて. 改 理. 1. に. の 定を受けた に添えて、十分な. と. 切な対応を求めた。これにより、大. 府. や東京. では、これまで医療的ケアを理由に. 学. バスにさえ乗れず、 問 に在 対する. していた児. に. 学バス支援事業がスタートしたが、人工. 呼吸器を使う児 明期と. の対. 数はまだわずかで、. える。娘が在学する 治体においては、. 2018 年より学校看 事例も含めて実. 師制度が. され、 たちの. 報告がまとめられているところ. しまった医療依存度の い子どもたちは、極めて. である。 は現在も毎日「学校付き添い」を. 厳しい環境の中で暮らしていた。. ている。. で 度な医. 365 日休む もなく、家族の. 療ケアを、24 時. 力だけで実施しながら在宅療 を 我が国の現状であった. 3. っているのが. 。. それから数年を て、 「 度医療依存児」も含め た、日常的に在宅で人工呼吸器や し、たんの吸引や. さらに付け加えると、医療・ が. 携した支援体制づくりがうまくいっているか. と. かれたら、介 当事 としての現場感. ようやく全国的に明らかにされ始めた。4. 3. 当事. 害. 5. 2019 年 8 月 31 日に 催された『医療的ケア児 の発. 合支援法が. 参加こそ今後の潮流. 支援における合意形成に. 母. 地域での支援対. いた。登壇と. となった。医療・. が. 力. 務になったものの、未だ. ・保健・. 携した支援体制づくりが地方 治体の努 度な医療的ケアを 6. 受け入れる. 会. 源は不 している 。. 小児の. 問看. ステーションの利用. 2011 年度以. 7. 少しずつ増加している 。. いては、レスパイトケア. 注4. するワークショ. ップ』では、このような現状の中、介 当事. 改正され、 「医療的ケア児」が明 に 害児として 教. は 「否」. である。. な子ども いわゆる「医療的ケア児」 の実態が 法と. ・保健・教. ろう を使用. 栄 などの医療的ケアが必. 2016 年には、児. っ. の. の一人としてパネリストで登壇させていただ っても、東京在住の. の熊本までは体を. は、. 催地. ぶことができず、つまりは人. 工呼吸器を使う娘を同 することも. けることも. しい状況のため、 宅からインターネット中 数は、 にお. のための 治体による. での登壇という形となった。 これまでも全国各地でそれぞれのご家族が、そ れぞれの「孤独の. 」に架かるつり橋を必死で渡. って生きてこられたと思う。特に 10 年以上前の. 「在宅レスパイト事業」が各地で増えている印 6.

(9) のショコラティエ. 先. のご. 労は如何ばかりかと察するに余りある。. この日は、. とを一人でやっているということである。夜. 平均 3 時 ずつの断眠、 く眠れない生活を け. の他に全国から十 以上の人工呼吸. 器を使うお子さんやその 御さんが、同様にイン. ながら、日中もずっとそばで 24 時. ターネット中. てを. でワークショップに. として. 参加されていた。これは本当に画期的なことで、 人工呼吸器を使う子どもから目を. も 子. っているのが 度医療依存児の母 である。. このワークショップに して、. すことができ. の看. タビューされた五名の方の. は事前にイン. を拝. したが、. ず 20 メートル先のコンビニにさえ けない生活. さんの事例では、人工呼吸器の回. の『. をしている. ボゴボいっているから』『朝方』 『. 時 時には. たちは、これまで 分たちに. 係す. るセミナーや勉強会に気 に くことなど到底で. 回. きなかった。テクノロジーの 化が、これまで『声. の異変にも目が. なき声』と. さえ、. われた たちの存在を、ワークショ. ップ会場の大画 ろそろ、. モニターに映し出していた。 「そ. たちの存在をきちんと. 対. でゴ. きる』とあった。 も同じく、小さな め、年に数回一人で眠れる時で. 時 おきに目が めてしまう体になって. しまっている。. にして伝え. 健全な 眠が取れないのは最もキツイことだと. る時代になったのだ」と、改めて 分の役割に. 思うが、ここで押さえておいて. が引き. 人の人の命が常に. まる思いがした。. きたいのは、一. 分の にのしかかっている. 張状態についてである。病 ならば、何か急変が 4 「一人五役」を担う母 の実態 パネルトークの 依存児を. あればドクターや他の医療 がすぐに け付ける。. 提供の一つ目は、 『. 度医療. てる母 の実態と本 は、実は. 在宅医療や看. の分 を皮切りに、. 的には. みが. は. 宅で、. 分の娘が低. なった時、恐怖で. や支. りで. められてきているが、まだまだ. られていない。この日は、専. も け付けないのが 「在宅」. である。. の分. でも「医療的ケア児」の実態についての 一. られ. らせていない』とした。 図 2. ていないし、. 援の取り. 「コードブルー」 で. は、. に. がひいて冷たくなった手で独. 生バッグを押し けた. のチアノーゼを. 家以. の真っ な. がある。我が子. ながら子 てしているお母さん. にとっては同志と える。. 外の人にも分かりやすく伝えるために、『一人 ICU』 『一人保健所』 『一人施 教. 4-2 「一人保健所」. 』 『一人特別支援. 』『一人だけの母 』という書き方で した。. 「介. 保 制度」と ってケアマネージャーが. いないので、母. が 会サービスを探して. 整し. ているという現状がある。相 支援員制度がよう やく浸 相. してきたとはいえ、医療に. している. 支援員というのはなかなかいない。 我が家では. 会サービス事業. が 17 2. ている。構成としては、 問看 4. 、. 2. 問歯. マッサージ、. 、相 支援、. 問入浴、在宅. わっ. 、 問介 問 療、. 問. 、在宅人工呼吸. 器、在宅カフアシスト、療 センター病 、主治 、各 1. 医病. ずつである。これに. 治体のケー. スワーカーを含めると、延べ 30 人ほどの人が日々 出入りしている. 図2. 宅は、もはやオフィシャルな場. 所であってプライベートな場所ではない。また、 実. 4-1 「一人 ICU」 これはつまり、ICU では三交代制で. の各所との. 理、毎日の. われるこ 7. や分刻みのスケジュール. 整には、かなりの労力を必 とする。.

(10) さんの事例では『. 問看 ステーションも. 害がないタイプはやはり珍しい。 そんな四. と. 出する手段は. 痺の SMAⅠ型の子どもが意思を. か所しかなく、 問リハビリもありませんでした』 られ、. さんの事例でも『前例がないこと』. や『リスクの方が先に の中を巡る』ような『構 えがある』医療 会. との意 の いや、 『 政』と. 源の利用に. が生じて 労された. られてくるわけで、眼球や. の動き、指先や. 先の動き、発声が可 な場合. は発声になる。コミュニケーション力を. があ. 情. てるに. は、YES/NO の先のやりとりや文字の獲得を、段. った。. 的に. めていく必 があるけれど、指先などの. 小さな力で ON/OFF できる「スイッチ」や 4-3 「一人施. 」. 力. 、小学校に毎日付き添いながらふと感じ ることだけれど、 「. 己 任」と「保. としての. 任」以上の、本来は 会が担うべき 任もずい ぶんと. っているところがあると思う。. って事故が. きないように工夫を. せて獲得していかなければならない。まず、その 子どもに 合する「スイッチ」や固定 具の とフィッティング、. があるために. 的ケアを担う人の教 もして、各々の心情を慮っ. その段 を. 動をして、一つのプロジェクトとしてきちん. と. 用するように整える。 これは、 「保. の. 任」. と思われるだろうか。. 切な支援を受けられない状況. て環境が整った後に、 当然ながら、 的なコミュニケーションの発. り強く. 支. 的に われてこそ、子どもは成. に伴ったコミュニケーション. 同じように「学校付き添い」をされている さ. の環境整備など. 労することになるのである。. てた専 援が. 入力. 作. 家や支援 が全国的に 常に少. なく居住地域内で. ね、娘の医療. た. ICT 支援機器の操作も合わ. を使って、所. の時点から、専. 学校生活で、みんなにとっても安全な環境を作. 入. 力を健やかに伸. ばしていくことができる。つまり、ICT 支援機器. んの事例には、 『呼吸器が壊れて』も、周りの『み. を活用しながら、そのような 切な支援を. んなの前で焦っているところを. 人が、さらにいないということなのである。. せてはいけない』. と、 『どこでどう判断して救急 を呼ぶか』を るとあった。. 娘は 9 年前に「家族の会」のアドバイザーであ. え. さんの事例では、学校でスケート. える. った佐々木千. 先生に出会い、. く. れた熊本か. をした時、普段は出せないスピード感を楽しむた. らきめ. かに. めに『ちょっとの危 なら がいればなんとかな. 4 歳の. には. るかなと思っている』とあり、 任をとるために. ツ・チャット」を使いこなして母娘ゲンカができ. そばにいる保. るまでになった。 「家族の会」を. えて. の気持ちは痛いほど分かる。加. 的な支援をいただいたことで、 度. 害. 用意志伝. 「レッ. じて同じ疾患の. は、娘の学校生活を共に ごし、支えてく. お子さんとご家族から多くの情報をいただいたお. れている学校の教 員やクラスメイトを守りたい. かげでもある。今だから書けるけれど、当時は、. 気持ちで付き添っているところもある。. 療. センターに. を. て学ぶ状況となり、何とも歯がゆい時. 4-4 「一人特別支援教 」. に娘 を. ごしたものだ。. これはこの日のテーマである「発 支援」にと ても. ってもセラピストたちが. わってくるところだが、佐々木千 先生や. 木浩子さんの文 に しく書かれると思うので. 実はどうやら、10 年 先生の東奔. は. った現在も、佐々木千. いていて、支援の 望が全国. からあるそうだ。地域での支援. は何故増えてい. お任せしようと思う。何故このような状況がある. ないのだろうか。果たして、SMAⅠ型のような子. のかという点についてだけ 単に書くと、SMAⅠ. どもの数が少ないという理由だけだろうか。. 型のような特徴を持つ子どもの数が極めて少ない. いや、数が少ないから仕方ないと済ませられる. からではないかと えている。 体的には人工呼. ではないのだ。. 吸器を使う医療依存度の さがあり四. 周りの人の. 先や. 痺で指. 先しか動かせないにも わらず、 的な発 8. わり次 で、その子の可 性の広. がりが大いに変わってくるのはどんな子どもも同.

(11) のショコラティエ. じで、ご周. の. りである。. もある。そして、不思 なことだけれど、人は、. 1994 年の「特別なニーズ教. に する世界会 」. で採択された「サラマンカ声明」に を発するイ 国. このような機会がなければ、公に. 会で採択された「 害 権利条 」に後押. かりを発信することはない。 「. しされ、2015 年の国 サミットにおいて全会一. 5. 4. へと、国. の い教. をみんなに. 度医療依存児」の. は、事前にインタビュー取材を受けられた 5 人 全員に共 していた。. 害 権. を批准したことを受け、 「 害 差別. 分の大変さば. この、 「これまで実は らせていない」という側. んでいる。 利条. も、. れたくない。. 注. 的な流れにおいては様々に挑戦が. 一方、日本国内においては、2014 年に. 張. 子どもがいるだけで、不幸で可哀想な人とも思わ. で採択された「持 可 な 発のための 2030 ア ジェンダ」. をしている人よりも、明るく振る い. っている人を助けてくれるように思う。. 実現への取り みは、2006 年に. ンクルーシブ教. 暗い. な支援. に『ママは泣. かないから』どれだけ いか『分からない』と. 消法」. が 2016 年から施 され、教 の分 においても. われてショックを受けたり、理. されないことに. 『心の中でもやもやして』いたり、支援. や医療. 「合理的. 慮」の提供が公的な機. の 務となっ. に子どもの気持ちを理 してもらえない孤独感. たが、先. の「学校における医療的ケアの今後の. があったり、不用意な発 をすれば現状の環境に. 対応について」で 唆されている合理的 慮も、. 影. が出るから『. たちの子どもの場合において十分に し合われ. 『. 問看 師やヘルパーさんには疲れたのを. ていない現状がまだまだある。今もなお、母 が. わない方がいい』と. えたり、 せ. られない』とあった。. 国内外から情報を め、専 家に問い合わせ、. 母. ら実. にとっては、同じ疾患の家族の会の先 や仲. し、教材を作り、特別支援教 を担ってい. る。. が本 を吐き出せる場所は. られている。. だと思う。海外における支援の状況を くと、ス ペシャルニーズがある子どもが. 4-5 「一人だけの母. ・. 分」. に医療、. では、これらの役割を日々担いながら、たった 一人の母. としての本来の役割は果たせているだ. ろうか。. はいつも 分に問うている。あまりに. の専. 家. 理士も含まれるそうだ。 たちのような、外出が しく 24 時 な仕. 失いそうになるからである。母 としてより前の 」、 「. 、保健、教 などの多. による支援チームが地域で作られ、その中には心. も多くのやらねばならない事柄があり、 分を 「. 生すると、早期. の看 子 てをする母 には必. みかもしれない。. しかし、最も大事なのは、 たちは「 い、の. 分」の命を生きずして、 「母 」や「妻」. 先」を. ばかりを うことはできない。. と. えば損をするような 会に思えた。 たちが. が枯渇しては、 会からの孤 も んでしまう。. 「. い」と える時は、それを正しく受け止め、. 「. 改善に向けて動いていくと思える人や場がある時. などの仮. 分. 度医療依存児」への支援と「主たる介. 母. 」への支援は両 である。 さらに 「支援 」. なのだ。. への支援を含めれば、この三 がうまく回ってい かなければ、希望を持って. もちろん、. 会を むことはでき. が. なぜ、「 いなら. い」と「. らせない」のか. いと えばよいのではないか、と思. い時に「. ので、. いと. いのか、なぜ. 分を 分がそのまま受け止め いのか、どうしたら心にスペ. ースが生まれるのか、ゆっくりと客. 的に. 困り事を捉え直して 「. にすれば、. 医療. われる方もあるかもしれない。しかし、人は本当 に. い. てあげることは大切な一歩だ。そして、 分は何. ない。 5. ているということだ。これまでは「 い」. や支援. に任せきりにせず、当事 と専. 家とが共に える共同 注6. い い」とはなかなか えないも うことでさらに気持ちが沈むこと. 先」へ 9. の存在」 を. の. の取り. などを じて、 たち. くこともできるだろう。. み 8 や、当事 が「. い、の.

(12) 6 「合意形成」の「快. 」から「. 得 」へ. で. 害. に対する「合理的. この日のワークショップでは、 「合意形成」に. 内. 府のパンフレットには「 害のある人に『合. するカジュアルなエピソードとして「夏休み明け. 理的. のスロープ. の 」をした。よく似た を の. を実現することを目指しています」と書かれてい. 周りでは. くのだが、入学して夏休みが わ. る。. 構. って二学期、学校に ってみると 新しく. 然スロープが. されている、という である。 の場. 慮』を. 慮」がうたわれた。. 健常. と. うことなどを じて、 『共生 会』. 害. という多様な人たちの共同性. は「合理的 慮」を じて可 になる。この場合 慮 accommodation とは、 備をバリアフ. 合は、スロープが新しくきれいなコンクリートに. の. なっていて学校に入りやすくなっていた、という. リーにしたり、本人の求めに応じて便宜を図る、. ことがあった。. 手助けするなど、具体的な 備や. 事務 と. さんが「お母さん、 スロープどうですか 」. でお. きになるので、 「すごく助かります. ありがとうございます か. 」と. うと、「そうです. よかった。曲がり方も やかになるように、. 壁をけずったんですよ で. なるほど、. その. 」と仰る。 は心の中. かに曲がりやすくなったけど、. 用でモバイルプリンターを. って欲しかっ. と思ってしまった。娘は iPad のコミュ. たな…. 為を想定して. いる。その 景には、相手に 心を寄せ、 相手を架橋するという意味での ※. がある。 「. 害. との共生」と けば. るかもしれないが、 か. inclusion しく感じ. は「どうしたらいいです. どうして欲しいですか. 向を. 慮. 分と. 」と尋ね、相手の意. き、 分にできることをして 応えられな. いこともあるだろう 、お互いの. 得. にたどり. つこう、ということだ。. ニケーションアプリを使って学 しているため、. その意味で、. 慮は意思と工夫の問 だ。多様. ノートを提出する時にモバイルプリンターがあれ. 性が、存在の多様さを め合おう存在の問. ば、わざわざ介助 が代 する必. ることと、レイヤーが異なる。多様性は存在の問. がなくなるの. で大助かりなのだが。 つまり、何が. 、 慮は意思と工夫の問. いたいかというと、事務. さん. 。この両. であ. があって、. 初めて多様性と共同性が両 する。. は決して悪い人ではなく、 と娘に かれと え. ※inclusion は、 書では「包含、包括、 入」など. て予. と. を. して工事してくださったのだが、事前. に工事内容を相. いただけたらお互いによりよい. 成果が得られたのではないかと思われたのである。 こうすればきっと助かるだろう、 当事. に相. されていて、 「. 慮」という日本. 法や意味を汲んだ「意. はない。用. 」であることにご注意. い. たい。“. 慮になる、と. しないで「やってあげる 学」とい. たちが「. うものがこの国の 土にはあって、スロープは現. ある「孤独の. 在一. 1 本 1 本はつまり、目の前の人と架橋することか. 的な「. 慮」として周 されているため、. 度医療依存児」と「. 会」の. に. 」に、必死で架けているつり橋の. 想像しやすく改善しやすい 害だったのだと思う。. ら始まっている。いつか、橋の幅は大きくなり同. ハード. じような困りごとを持つ人たちが. のバリアフリーは少しずつ くなってき. たが、「一. に. えを探すやり方」とか「接し方」. の事例は、まだまだ られていないなと思う。 ここで、 「 9. の一. 介したい 段 は. による 。. を信じて こう。 「 「. たちの事を 害. の権利に. が作られた の合 “「 界の. 慮ある」とは、相手の境 え方に. やそこからの世. 心を寄せ、それと. 分を架橋する. ことを指す。 中略. 方の. 10. たち抜きで決めないで」は、 する条 」. 害. だが、当事. 土を すというか、当事. いく対 の. 2016 年、 害 差別 消法が施 され、その中. に. なって、 会の生きやすさのインフラとなること. 慮」について書かれた湯浅 氏の文. をご. りやすい. 権利条. としても を交えて. え えて. 方式がもっと取り入れられるように、対 や事例を共有していけたらと思う。. 我が子の発. に伴うコミュニケーション力を.

(13) のショコラティエ. てながら、同時に として 会 目の前の人 と. 困. のコミュニケーション力を えられていると感じ. な. ているのは、. によって「. だけではないはずだ。. 今の日本の「 態であれば. た。医療介. 慮」はお互いが何となく快い状. しとする 「快. 害状態にある. ともすれば、 「心のバリアフリー」 という. の. 歩に伴う改定が. 動機. われ. 木. が座位までを前提に、ス. コア 25 点以上を. は「優. な医療処. 症児スコア」として点数化し. ら、2008 、. 」 だと思っている。. 害児を、必. 症児、10~24 点を準. 症児とした。. しさ」や「思いやり」を るような印 があるが、. 注. レスパイトケアとは、乳幼児や. 害児・. 、. これからは、 「. もがみんな何かしらの当事. であ. などを在宅でケアしている家族を癒や. る」という. を持って、目の前に存在する人と. すため、一時的にケアを代替し、リフレッシュ. の. いを理. え合い. し困りごとを 決する方法を共に伝. を図ってもらう家族支援サービス。施. える場を持つ機会を増やすことこそ、そ. 期入所や. ねていくために たちができることは、まず 分の存在を. な. にして伝えることではないだろ. 発サミット」が. 加盟国. うか。 7. おわりに 十数年来の、コミュニケーションを中心とした. する 持. を提供し、生涯学 とは、 「. 似た 症とは、. 性の. が、困りごとの. や支援. み」である。 熊. 型としている。 動発. 待. と技. 産. 67. が低. が停止し、体幹・手 がすわる. 張でフロッピー ぐに. 抱えた当事. ゃぐにゃする インファント 乳幼児 とも呼 ばれる。呼吸. や対処法に. に任せきりにするのでは 対. を持つ仲. 生後 6 か月までに発症するタイプをⅠ型、 症. ことがなく、. する」. としてとらえなおし、. と助け合って、困りごとの. 意味やメカニズム、対処法を探り当てる取り. 病で、. などが動かせなくなる。生涯、 や. の機会を促. 害や病気などの困りごと. なく、困りごとを 性. 発のた. っている。. ついて医. 注1. な. の. を抱える当事. 【注】. 可. は「すべての人々への包摂的かつ公正な. 注 6 当事. に心からの敬意を し、感 を申し上げます。. える. 4. と. 先生. 催され、150 を. めの 2030 アジェンダ」が採択された。 い教. 地点の一つとして、 「地域リハビリ. テーション」の狼煙をあげられた佐々木千. などがある。. の参加のもと、その成果文書として、. 「我々の世界を変. 個別支援の到. 人派. 注 5 ニューヨーク国 本 において、 「国 持 可. の本来の意味だろう。 「 得 」での合意形成を み. 宅への介. への. 地生. も弱くなり、生命を救うために. 晋一. 当事. への招. のバリアフリーをめざして 生 5. 467-474. 合失. 症などを. たちとソーシャルワーカーの向. らにより、2001 年に北海. の「浦河. べてるの家」で始まった。. は、多くの場合 1 歳未満で人工呼吸器によるサ ポートが必. となる。嚥下機. るので、. になる。 的発. われている。 SMA. ては. 好と. ル. 委員会. 注 2 出産. 注3. 栄. で体. 斎. 加代子. 不. を. 病. に. で死亡した事件。. 症心. 【参. につい. 1. 療マニュア. 2012. えた東京. が、 内 内出. も早くに低下す. 2. 杉本健 児. (1995)が提唱した概念で、医学的. 理下に. 明. 小児在宅医療の実態. 医療的ケア. 2019. 内の女性. 、河原直人、田中. 学会倫理委員会、. 的ケアの現状と問. 症児 とは、 木ら. なければ呼吸をすることも栄. 奈倉. 児の全国の動向、在宅医療 0-100、4(4)、315-320、. p.1. から受け入れを断られ、出産後. 害児. 文献】. 112、94. か. 3. を摂ることも. 11. 点. 、他. 症心 日本小児. 日本小. 害児の医療 学会. 、. 101、2008. 前田浩利. 医療的ケアの必. な子どもへの支.

(14) 援、小児在宅医療の現状と 71 4. 査と医療・ 生労働. 医療的ケア児に対する実態. 助 奈倉. 害. 政. ・渡. 合 会. 会的. 済的影 念. 医療的ケアが必. に. 厚生労働省. な子どもと家族. 症児・. 問看. 療. 実態. 査. 2011. 2017 年度 8. 宮由. 枝. 人工呼吸器を使用する SMAI 型. 児の在宅での入浴. 慣を実現する家族の思い. 女子体. だからこそ、深まり、広がる 大学. 9 湯浅 に向けて. 日本. 、48、47-59、2018. 慮ある多様性 Inclusive Diversity 2020 年の幕 けに思う、Yahoo!ニュ. ース、2020 年 1 月 2 日、 2020 年 3 月 5 日アク. 体的・. について. 医療を支える医療提供体制の 団法人勇. 橋昭彦. 当事. 源を把握. 奈子. 症児の医療利用状況と家族の. 的健康、. 事. 」、2016. 充・田宮. 7. する. 明、大田えりか「各. するための方法に する 5 山岡. 携に. 田村正徳 、平成 28 年度厚. 学. 分担. の. 府県で医療的ケア児数と地域の. 益剤. 6. の暮らし、 病と在宅ケア、24(11)、41-45、2019. ・保健・教. 代. 準. 、. 5 、658-662、2012. 田村正徳、他. 業. 、小児保健. 小児在宅. セス. して、公. https://news.yahoo.co.jp/byline/yuasamakoto/. 団 2014 年度. 助成. 報告書 No.1147、2014. 12. 20200102-00157342/.

(15) のショコラティエ. 医療的ケア児の発 まつもと. 支援における合意形成、内 たけとし. 松本 武敏 熊本保健. 学大学. 医療法人フロネシス. 地域包括. 携医療教. の在宅医の. 場から. まつもと在宅クリニック. センター《ちいき楽暮》客員教授. プロフィール 熊本市内を拠点に、. 問. 療を. う内. 医師。主な. ア、リハビリテーション。熊本大学医学 病. 問 療の. 、呼吸器内. がんセンター東病. て、2015 年、在宅療. 、. 支援 療所を. じて えてきたこと、少ない. 和ケ. 、熊本再春. はわずかです。医療的ケア児についての理. ろが多々あると思いますが、成人の 療を ことを. 卒業後、国. 、 津レークタウンクリニックなどを. は、小児の在宅. 療は、内. 業。. が りないとこ ながら感じてきた. べさせていただきます。. 1990 年代に、国 がんセンター東病. 千 県柏市 で主に. がん 療に従事し、全国に. か. 所しかなかった 和ケア病棟で仕事する機会を得ました。そこで、インフォームド・コンセント 以下 IC. を実 していたつもりだったのですが、従来の意思決定プロセスである「. モデル」を. 明-同意. っていました。現在の意思決定プロセスは、 「情報共有-合意モデル」です。患 さ. ん本人とご家族側に IC はあるわけです。患 さんやご家族が 明してくださって初めて、意思 決定の合意が可 となります。 30 年以上医療に携わってきて、改めて悩んでいるのは、患 信. がないと、なかなか情報. 分な情報を得ていない、患 の決定をしている可. さんやご家族は、医療従事. をして下さらないという事実です。つまり、医療従事. への. さんやご家族の本当の希望を. は、十. きだしていない状況で、治療方. 性があるということです。. 医療的ケア児には、多くの. が わり情報共有をしなければならないのですが、病 とは. い、在宅では異なる時 に仕事をしに来る. 果、情報共有が困. となります。そのために、患. さんやご家族にとって、医療従事 同士が情報共有できていない場 に出会うのではないかと えます。ゆえに、信 担当. 会 で の. 出来ず、 い出せないということになっているようです。 える. 係を構 しようというのは、当然のこととなりました。単に. かるだけではなく、医療 同士が価値 の くことで、患. いを し合い、. 構 をしてお. さんやご家族に安心感を持っていただける。その 果、いざという時の備えや危. 理が出来、患 さんの QOL 向上に寄与することに. 機. したうえで、信. がわ. 歴史的にわが国の. 害の概念は、 体、. 的、. がるのだと思います。. 、発. 害であり、日常的に医療が必 な. 害という概念が無かったと われています。従って、日常的に医療が必 な子どもをその医療 の必. 度に応じて支える 会的な仕 みが存在しなかったわけです。 前田浩利先生による* そ. れゆえ、母 の. 眠時 が 5 時 未満で、それも断. だと思います。. 13. 的であるということが. ごされてきたの.

(16) 2018 年 12 月に成 医療. 基本法が成. し、小児在宅医療支援推 への い. が吹き始めてい. ます。少子化対 の一環として成 した法律とはいえ、未来を担う子どもの健やかな成 全体で支援することがうたわれています。子 目なく. っていく機. の少ない が 域が. てを孤 させず、医療・教 ・. うのはおこがましいのですが、医療的ケア児が地域にいることで、その地 えています。困っている人がいて、困っているこ. とがあれば、お互いに助け合う、そんなシンプルな 療したことがなかった. 悩みながら、大学病. の支援を切れ. が まっています。. かになるという発想で仕事をしたいと. 大人しか. を 会. 会が大切であろうと思います。. が、3 年前に初めて、医療的ケア児を在宅で. の小児 病棟に きました。本当に. した。しかし、可愛い ちゃんの様子を て、また、 が. が. ていいのか. 問. るかどうか しながらで. なければ家には帰れないという状況. から、引き受けることにしました。今でも、まだまだ戸惑うことが多いのが事実ですが、 さんや看. 師さん、 会. 「地域共生. 剤師. 士さんなどとチームで支えていきたいと改めて 悟を決めています。. 会」を目指す、ということを再. させていただいた今回の発. に感 する次 で. す。. 【参. 文献】. 前田浩利, 岡. 恵. 『NICU から始める. 整. 在宅ケアガイドブック』, メディカ出. 版, 2014. 前田浩利. 『実 !!小児在宅医療ナビ』, 南山堂, 2013.. 田村正徳, 前田浩利監修, 日本小児在宅医療支援 しいケア』, 三 書店, 2019.. 14. 会. 『子どものリハビリテーション. やさ.

(17) のショコラティエ. 医療的ケア児の発. 支援における合意形成に スライド 料より. 15. するワークショップ.

(18) 害 支援を. える おかべ. つとむ. 岡. 勉. 前. 放. 大学熊本学. センター. 熊本大学. 名. 所 教授. プロフィール 1949 年生まれ。 大学文学 を. 分 は、哲学、文学一. 大学 人文 学. て、同大学 大学教. 、. 学。東京. 修了後、熊本大学文学. 機. 発. 合. る。 味は、ワインと登山。 書に、 『. センター. 教授. を務め. 動と価値の哲学』 、 『合. 理的とはどういうことかー愚かさと弱さの哲学』、『理性と価 値. 後期グライス形. 上学. 』. は. 令和 年 月までの任期ですが、この文 を書いている 現在は、放. ンター所. の. るかが. になると思います。. がある。. にあります。 害 の 会参加支援を える上で 害. りますが、現実的な. 教 機. である放 大学は. に入っているのは「. 体不. の学. 大学熊本学 セ 支援をどう実現す. 害 の学 支援に力を入れてお. 由のある方」という 囲だと思います。. 「修学上の特別措 」が必 な方に対する「サポートメニュー」が、一応は定められています。 特別措. の希望 は事前に申 をして、大学側と個別に相. ・協 の上で、具体的な措. されることになります。個別の対応は学 センターに委ねられます。 センターの状況を えますと、現時点でできることはかなり ある. 度はできる仕. 態勢を構. が所. が決定. を務める熊本学. られます。しかし、柔. な対応が. みになっていますから、条件がうまくそろえば、場合によってはサポート. できるかもしれません。実 にやってみることが. で、. りながら. えるというの. がこの場合の唯一の方法だと思います。 「修学上の特別措 害 に. 」は、希望 の状況に応じて個別に. 支援というのはそういうものだと思います。しかし、教. えなければなりません。もともと. は. 機 であれ 政機. であれ、一. 則に られますから、個別の対応は本当は嫌がります。. の家内 たぶん父 の影 でこのような. い方になってしまいました は、. 年前の. 月、. 65 歳になった一月後に、かなり 症の 「. 分が た中で一番 症でした、二番目の人はその半. 分でした」と大ベテランの主治医の先生が. 年後に教えてくれました. 幸 の. にも一命は救われましたが、右半 プロジェクトの代. した。急性病棟の看 の専 争. 師の. 痺と. 下出 を発症し、. 害という後 症が残りました。家内は、こ. である佐々木さんが所属する熊本保健 学大学で副学 をしていま がある先生方のいる前で倒れたのが幸いでした。. は哲学ですが、熊本大学にいた最後の数年 は、大学. 決学分. くも. 会文化. 学. を創 する仕事に わってきました。佐々木さんは、その分 の博士. 一人です。もっとも佐々木さんは、もとは. に交渉 修了生の. が所属していた文学 哲学 の学生でしたから、そ. れ以前からの. り合いです。佐々木さんには、 が現在所属する放 大学熊本学 センターの. 害. わってもらっています。昨年春に卒業した全盲の学生 30 代の方で、現在は大学. 支援にも. 16.

(19) のショコラティエ. に. 学して勉強を. す. を書く段. て. が. けています の学 支援にも、卒. で わってもらいました。この方が最後に. 大学では卒業. と っていま. っていたのは、幸. な出会いがあっ. けたということでした。佐々木さんの前に、 極的に支援しようとするセンター. の出会いがありました。 さんを 幸. 放. 員と. との出会いはたいした意味はなかったと思いますが、 が佐々木. っていたというのは幸 でした。 な出会いが を いてくれるということは、. はないと思います。家内が倒れてからのこの. かにあると思います。しかし、それだけで. 年 を振り. ってみると、いくつか幸 な出会い. もありましたが、いろんな発 とか学 とか、それに どうなるか分からないが、取り敢えずや ってみるかというような 冒 というようなものもありました。 病の方とは状況が いますし、 ろいろと発. の. もささやかなものにすぎませんが、それでもい. したことがありますし、教えられたこともあります。とつぜん. になってみると、それまで. えてもみなかったようなことをいろいろと. な人 が. た。この機会に整理してお ししてみたいと思います。. の. 害. することになりまし. 点は、以下の三点に ることがで. きるかと思います。 害. の. 保. 点. ・介. の 点. 将来への不安 今回、インタビューの対 の. は. となった. 病の方は小学生から. 校生までということですから、. よく っても ひどく先 っていると思われても仕方がないようなものかもしれませ. んが、こういうこともあると思って いていただけると幸いです。 害 普. の. 点. の暮らしがしたい. 普. 家内が、ひとことふたこと 復期の病. に. った後、手. に家で暮らしたい を発することができるようになったのは、急性期の病. 後一月半ほど. ってからでした。その後も. の回復は. から回 く、本人. にしてみれば. いたいことが えない、ひどくもどかしい日々が きました。今もそれは. いると本人は. うと思いますが、 年に 回. は会うたびに「 くほど回復している」と. てもらっている. 急性期の病. の. 主治医の先生. ってくれます。毎日いっしょにいると変化に気がつ. かないということがあります。半年とか 年ぶりに会う人の方が変化に気がついてひどく りするということが、. 以外の点に してもありました。そのせいで、家内のことは. 分が一番よく っていると思わないようになりました。これは、少しは せん。. よりも 分が一番よく. いて. いた よりも. なことかもしれま. っていると思っていると、他人の うことに. を さないよう. になります。 家内は ち. ヶ月ほど. ったころに、 現在の 分がどうなっているのかを少し理 したせいなのか、. む様子が られるようになりました。あれこれ気に入らないらしく、泣き. なりました。困ったなと思って かに相 してみようかと う制度があることを がそういう手. えていた. りました。入 していた病棟の 口で、別の患. が く毎日に. 先に、外出とか外泊とい さん. の付き添いの方. きをしているのを、偶然目にしたからです。その場で、まずは外出ができないか. いてみました。そのときは、主治医の先生が不在だったために、 可はもらえませんでしたが、. 17.

(20) 後日「少し早いかもしれませんが、やってみましょうか」というようなことで、何とか ました。. 可が出. タクシーを使うというのが条件でした。. 最初の外出には、同僚の先生が、佐々木さんを含めて 人、付いてきてくれました。家内はた ぶん、家に帰ることができるとは思っていなかったのではないかと思います。もっと正. に. う. と、将来のことが何も えられなかったということだと思います。帰りつく前は少し不安そうで したが、家. 川沿いのマンションの一室. に入って安心したような感じでした。トイレが問. だ. と思っていましたので、 がかりでやってみたのですが、これはたいへんでした。トイレの前の 廊下も入り口も狭いから、病 の いすでは トイレの. 入り口の. 改 と小回りのきく. 少々大げさに. 現したのは数ヶ月後です。 です。その前に. いすを手に入れることをまず えました。改. 助が出るのが、介 保. でやってしまおうかとも. が実. に切り替わってからということだったから. えましたが、かなりの出 になるかもしれないと. いうことを理由に、周りに止められました。 てしまいました。室内用の. えば 一汗かくことになります。. いすの方は、止められる前にネットで探して. っ. 小型タイプのものです。今でも、介 保 を使って業 から借り. ている外出用とは使い方を別にして、 室内を中心に. 便利に使っています。. 家内は外出できるようになってから、かなり様子が変わりました。劇的変化というほどではあ りませんでしたが、. ち着いた感じになりましたし、リハビリにも励む. ようになったと思. いました。しばらくは日曜ごとに外出する期. があって、一月半ほど後に、今度は外泊を. て、. がしなければならないので、その準備がたいへん. 可されました。外泊は、 事の用意を. でした。準備にはもちろん料理ができるようになるということも含まれます。 やれるのか. してきました。外 もしてみました。古くからの. くれたので、よく っているレストランに. 半年の. り合いが 方から. 、何が いに来て. ってみました。このときは嬉しそうにしていたので. すが、それから一月ほど つと少し様子が変わってきました。もう一度同じレストランに ャンスがあったのですが、. い出. きたくないと. くチ. い出しました。その後、半年ほどは、人に会うこと. も嫌がりました。 「役に. てない」のは い. 何かできることをしたい. 同じころに、右側が えないと い出しました。このころに えないことにはじめて気がついたということだと思います。. えなくなったのではなくて、. っていました。少し前から. 己. えていないことを、周りの. は. が深まって、 分がどうなったのかがかなり理 できるよう. になっていました。家に戻れるかもしれないというのは大きな希望・目標になったのですが、同 時に、戻っても何もできないかもしれないという不安・ 望を抱え むことになったものと思い ます。何度目かの外泊の に、寝る うことを、. の をのぞき. になって、. んで何度も り. 分は何もできないけどそれでもいいかとい. し きました。. 分は何もできない、役に. たな. いと思うことは、ひどく いことだと思います。 が ったのは、いっしょにいてくれるだけで いいのだということと、いっしょにやれることがたくさんあるというようなことでした。 以上. って、 また外で. たぶん、 ころに. に何があったのかは分かりません。. 分のありのままを少しずつ受け入れていったということだと思います。それと、この 分で思いついて、慣れない左手で字を書く. のですが、字を書く の学. 事ができるようになりました。その. ヶ月. が家内の日. をはじめました。本を. になりました。書きためた. むことも好きな. 帳 小学生向けの「こくご」. 帳 が、50 冊以上になります。やることがあるというのは、それが何であっても毎日の生. 活に張り合いをもたらしてくれると思います。 二人でいっしょにやれることもたくさんあります。まず、いっしょにテレビを ること。家内. 18.

(21) のショコラティエ. はドラマの方が好きなのですが、 がスポーツ番 ばかり なっていて、最 では大 もう一つ。家内が を. 手といった好きな. 手をいっしょに応援しています。. して家に戻るのに合わせて 戻ったのは、倒れてから. い換えて. 両 助手席がリフトアップするタイプ. に、大きめのワゴン は. 手とか渋. るので、家内も以前から るように. にしました。. にしました。 中フェリーを使って、. からほぼ 年後に実現しました。上. まで. でも乗れるよう. くことが目標です。これ. 地に 泊、フェリーに 泊、合. た。その半年前 倒れてからほぼ 年後 には、 す。具合が悪くなった家内の父 を. ヶ月後でした 、. 泊の大旅. 機を使って、東京 泊旅. を. でし. していま. うのと歌 伎を るのが目的でした。. 二つの大旅 は少々冒 だったかもしれませんが、家内にとっては大きな希望・目標になった と思いますし、実 にやり. げたことが大きな 信になりました。家内にとって、最初は夢のよ. うなものだったと思いますが、準備が整うのに合わせて、何を持って. くかとか. 分でも. ようになりました。準備はたいへんでした。ホテルとか劇場への問い合わせ、. える. タクシーの手. 、フェリーはどうなっているのか、休憩とトイレはいつどこですればいいのか 々、やること・ べることは山ほどありました。しかし、今はネットでたいていの情報は手に入ります。分から ないことは. くしかありません。分かったことは、フェリーは. いるということでした。 一に、 害 は 用の. 同伴 も 半. 害 にやさしい仕 みになって. になります。そして、 内に. スペースもきちんと 保されています しかし、どの. 害. でも同じではないかもしれませ. ん 。 保. ・介. 一人ではできない. の. 点 支援. を 分で作る. 家内は 10 月のはじめに、家に戻ってきました。その前の. ほど、病 に. にショートステイをして、その にトイレ、その他の改 をしました。介 保. 接した 健施. とによって、 っと早い段. いすのレンタルとか. に切り替わるこ. 両の 入に 助が出るようになりました。実. にはも. で出て欲しかったのですが、制度上の決まりですから、取り敢えずは従うしかあり. ません。 家に戻ってからは、 くの 健施 に のは、. 回 うことになりました。この時期に懸案になった. の日に いすからの あるいは いすへの. ションの理事をしていましたので、理事会に、. 乗でした。. スペースの一 に屋根を. して欲しいと提案しました。検 は次年度に先 りされたのですが、 後に実現しました っても大 きには. 家内が戻ってから 介. と. は. 年半. カ所だけでした 。屋根があるのとないのとでは大 いです。. 業. にと. に屋根を使われてしまいます。 合すると. は 時 にしてくれと、そのつど うようにしています。 ヶ月ほどは、 以前から洗濯と掃. に来てくれていたお手伝いさんと二人で、. い物と料理と仕事 熊大勤務の最後の年でした を何とか 余. こなしていました。仕事は多くのことを免 ちょうどこの時期に、次の仕事. されていましたので、問. 現在の仕事. はありませんでしたが は い物と料理でした。. の をもらいました。少し えて引き受けること. にしました。引き受けた理由は、 じこもらないようにした方がいいかなと が介. できないか検. 局、屋根の. いですから、 の日はうっかりすると業 慮なく、. はこのとき、たまたまマン. えたからです。. 中心の生活をしてしまうと、家内はたぶん 分の存在を疎ましく思うようになるだろうと. 思います。. もそういうそぶりを せないようにしようと余. な気を使うようになるかもしれま. せん。あるいは、本当に疎ましく思うようになるかもしれません。. 19.

(22) 仕事を引き受ける決心をして、次に. えたのは、どういう態勢を整えればよいかということで. した。以前から来てくれているお手伝いさんからは、 分には介 と料理は無理と われていま したので、介. と料理ができる人をとにかくもう一人探すことにしました。 くに家政婦. というのがあることをネットで って、相. 介所. に ってみました。 がよかったのか、すぐに一人. 介してくれました。その方は、それ以来ずっと. 年以上. 介 と料理を中心にわが家を切り. 盛りしてくれています。 が引き受けることになった仕事は、 で、この手. 泊. 日の出張が年に何回か. 回. ある仕事ですの. をするのがなかなかたいへんです。家内に付いてくれたケアマネさんが有. で、シ. ョートステイの利用その他、いろいろと えてくれました。しかし、最初のうちはよかったので すが、. 年の後半からは、施 の 合で. た。利用. が. 泊だけのショートステイができなくなってしまいまし. 明らかに目に えて 増えたからです。仕方がないので、泊まり. 手伝いさんを探してもらうことになって、. 局はこれも 手. は. みができるお. 新しいお手伝いさんの仕事に. なりました。 休めない. 思い切ってサボってみる. 泊だけのショートステイができた. は、出張のときだけではなくてほぼ毎. 回利用してい. ました。それは、 が休むためです。家内はトイレが心 なので、夜中に必ず なっています. 回 今は. きなければなりません。最初は寝不 に悩まされました。しかし、. 回に に. 日だけでも寝られる日があると、かなり います。 ショートステイができなくなって、寝られるのは出張のときだけになりました。今は、寝不 が慢性化しているのかもしれません。昼すぎに、ひどく眠くなることがあります。この状況を打 する妙案は思いつきません。 の代わりになる人. は つかりません。 が入. もなれば、ショートステイを むことになると思いますが、それは、 ない措. 急. することにで. のためにやむを得. としてそうせざるをえないということであって、日常的にそういうことができる状況で. はありません。 今の仕事を めた後は、 スに出かけた後の時. 回 度の. 常勤の仕事は けるつもりですが、家内がデイサービ. が休むチャンスかもしれません。 時. ほどですが、できるだけ仕事をし. ないようにして、息抜きに当てることを えています。家内に代わって家事をしてみて分かった のは、仕事は山ほどあるということです。 とか、必 った. な日用品の 充、. 物の片付け、古い書. せん。少し前は、時. 料品を中心とする日々の. い物から、 とかタオル. 口座の 理、クリーニングに出すものの 別、大学から持ち帰 の整理、なぜかいつまでも枯れない植物の世. 々、きりがありま. が少しでもできると、大学から持ち帰った 物の片付けをしようとしてい. たのですが、最 はサボっています。あるときから、家内がお手伝いさんと古い書 とか本の整 理をはじめました。. 分が大学から持ち帰った 物の片付けもはじめました。何がどこに. った. のか分からなくなったというようなことも少しはあるのですが、本人は嬉しそうにやったことを そのつど報告してくれますので、 はいつもありがとうと. うだけです。. 将来への不安 保. ・介 と. まず. が先に くかも どういう準備をするか. われる. に入っていますから、 将来への不安はあります。. のことを. えば、. でもなるような 病気になる心 ・恐れというのがあります。今のところは、具体的に. 20.

(23) のショコラティエ. 何がどうということはない いきなり入 主. と思っている. のですが、検査をすると数値は悪くなっています。. と われても困るので、検査は最小 、やらないで済むときにはやらない、という. です。以前、 り合いになった医学 の先生が「 分は検査は一切やらない、人 ドックな. どはもってのほか」と っていました。そこまでの. 信はありませんが、現状が. え方をさせるのだろうと思います。代わりになる人. がいれば、もう少し う. にこういう え方をするもの. と思います。 の. がいつまでできるかということも、将来への大きな不安材料の一つです。もうしばら. くはできると思いますが、そう くない何年か後にはできなくなりますから、そのときが大きな 換点になるかと思っています。今の生活は. に依存している. なるか 10 年後になるか分かりませんが、二人で 後を. 分がかなりあります。. ごす場所に. 年後に. るつもりです。そのための. 準備を、これから 年かけてしておこうと今は えているのですが、どうなりますか。 が先に ってしまうかもしれませんし、思いもよらない災. 地. とか交 事故とか. というようなも. のもあるかもしれません。 今のところ、家内はあまり不安には思っていないようです。もともとは悲 つかれてしまうタイプだったのですが、病気になってからは不思 にそういう. 的な え方にとり. ました。先のことをあれこれ えなくなった、ということかもしれません。. を せなくなり. 合には、人は. えないと思います。 由があって、. 択 がある場合に、人は. える余地がない場 えるようになる. のだと思います。 将来への不安はあります。不安があるのは、今はまだ っていて、いろいろと可 性があるか らかもしれません。しかし. 局は、 が動けるかどうかで、大方のことは決まってしまいますか. ら、動けなくなるのがいつになるか、それ次. です。それを前もって正 に. ることはできませ. んから、今は「心の準備」以外に何ができるか、少しは えているというような段 です。 りになるのは は. は動かない. 分だけを りにしているわけではありません。周りに. たぶん. 助けてくれそうな人が何人か. たときに し. 人は動くが、. たぶん. 内はいませんが、いざとなれば. います。この暗. の支援システムは に何かあっ. に 動き出すと思いますが、それまではずっと暗 のままひっそりと待機. けるのだろうと思います。ケアマネさんからは 市役所からも 「 急. れと. われています。これは、 に何かあったときの. が、これがなかなか ういう. 先という意味だと. 先」を提出してく は理 しています. しいところがあります。 が家で倒れた場合に、ひとり残された家内にど. 手段があるのかが、今のところ不明です。マンションは、. 理人さんが持つ合. とい. うのはないことになっています。室内に入るためには、外にいる かが を持っていることと家 内がその人に. することが必 になります。. フェリーで一度、. がカードキー 最. 就. したフェリーでした を忘れて室外に出てしまっ. たことがあります。 一歩歩いて思い出したのですが、 とき既に. くドアが. まってしまいました。. 家内に声をかけてみたのですが、 事があって 分以上 ってもまったく気 よいよダメかと思って助けを呼ぶ決心をした 毯が厚くて. 先に、ドアの向こう側に人の気. がありません。い がしました。. いすがなかなか まなかったせいで思った以上に時 がかかったというようなこと. を、汗をぬぐいながら家内は っていました。 政とか だから、最 ん. とかは、場合によっては個人の 産に する最. 的な処理に. わることになるの. 処理のシステム作りにもっと. 極的に. 心を寄せてもよさそうなものですが、たぶ. 倒なことはしたくないのでしょう。最. 処理に. する民. 21. 業 が急成 しているという事情.

(24) も. 景にはあるかもしれません。 たちも最後はたぶん、民. うと思います。ぼんやりとですが将来の. りにすることになるだろ. が えると、今をもう少し楽しむ余. ような気がします。もうしばらくの は、周りの人たちを しを. 業 を. けたいと えています。. 22. りながら家内と. ができてくる. 楽を共にする暮ら.

(25) のショコラティエ. 合意形成に向かうための在り方 かわぞえ. ひろゆき. 河添 博幸. 放. 大学熊本学. センター. 客員准教授. プロフィール 定心理士。専. は、人. 係. 、コミュニケーション. ジティブ心理学。熊本大学大学. 会文化. 卒博士後期. 修了後、コンサルティングの NPO 法人を 施 教. での人材. 成、教. 、ポ. し、企業、病. 、. 修に力を注ぐ。現在は、大学で. を取る傍ら、地元ラジオ局のパーソナリティー、バンドマ. ンとしても活動中。夢は、NHK. 白歌合戦に出場すること。. 今回のワークショップにおいての率直な感想ですが、とくに. の並々ならぬ心 的. 目の当たりにしたことは にとって 常に. な. ることがよりよい支援につながることは目に. えています。ただそのためには、何をしなければ. ならないかという具体的な. でした。この. の心. 労を. 的 労を. の再構 や、どのような方法を用いればよいかという具体的な. 決法の再構 が不可欠であると思われます。 その中で早急に. 決しなければならないことは、. に対する心 のケアではないでしょうか。ケアに しては 政、民 との みづくりが急務だと 援体制だと. えます。例えば、時. 的なもの、 済的なもの、また心. えます。もしも現在の制度や仕. と専. ーションの在り方を. 人. との. 密なコミュニケ. では「人. 係. で幅広. 」や「コミュニケーション. 」. 目が必修となりつつあります。やはり 床現場でのコミュニケーション不和の問 が. は、こと専 に. しての. を及ぼしていることを. っていても実. いこともあるのが現状のようです。また、少ない 家が. しています。. を含め、専 的. 業の. は多少得てはいますが、それを伝える手段であるコミュニケー. ションの方法を らなかったり、あるいは、 う専. と支援. えなければなりません。一概にコミュニケーションといっても深. 係にも少なからず影. 人. 的なものへの支. 極的に うべきでしょう。. 支援 の具体的なかかわり方です。. いものでもあります。昨今、医療 専 学校 のような. 携による仕. みに不具合があるのであれば、政治や政治家への. 具体的なコミットメントや一 市民に対しての啓発活動を 次に. 減す. の現場ではそれがうまく機. 値にもかかわらず、思い. りやすい もあります。多 的な 度から物事を. せていないと円滑なコミュニケーションは困. しな. えていく柔. みが激しいとい な姿勢を持ち合わ. かと思われます。今回のワークショップでの. もそのような事例が多かったように思います。 では、具体的にどのような方法でのコミュニケーション不和の 決が可 なのでしょうか。 実は、. は子どものために、という気持ちが強すぎると感情の. 剰 入となり、心が疲れ. やすくなります。また、感情が強すぎることで客 的な判断が揺るぐ可 性も出てきます。この ことは支援. 側にも同じことが えます。子どもや. に対して感情が 剰. 的判断が揺るぐことで、より い支援ができなくなることが 23. 入すると、客. えられるからです。このことが心.

参照

関連したドキュメント

学校に行けない子どもたちの学習をどう保障す

また、学内の専門スタッフである SC や養護教諭が外部の専門機関に援助を求める際、依頼後もその支援にか かわる対象校が

15 校地面積、校舎面積の「専用」の欄には、当該大学が専用で使用する面積を記入してください。「共用」の欄には、当該大学が

神戸・原田村から西宮 上ケ原キャンパスへ移 設してきた当時は大学 予科校舎として使用さ れていた現 在の中学 部本館。キャンパスの

 学部生の頃、教育実習で当時東京で唯一手話を幼児期から用いていたろう学校に配

 学部生の頃、教育実習で当時東京で唯一手話を幼児期から用いていたろう学校に配

供た ちのため なら 時間を 惜しま ないのが 教師のあ るべき 姿では?.