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胎児期より乳幼児にわたる死亡率と死亡率性比の都鄙別観察

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41 (:東京女医大回・第25巻第3号=貞:119 133告諭030年β月)

胎児期より乳児期にわアこる死亡率ご

死亡率性比の都鄙別観察

東京女子医科大学衛生学教室(主任 菅岡i専入教授)

助教授 諸

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(受付 昭和29年11月9日)

子 u 代 ヨ 緒 言 男児出生数が女児出生数より多く,叉生後の死 亡数も,女性に比して男性が多いことは,古くか ら認められた事実である。減数分裂の法則よりす れば,受胎直前の男性となるべき娘細胞数と,女 性となるべき娘細胞数とは同数であるから,もし 両両:の娘細胞に対して,受胎の機会が平等である ならば,受胎直後男性個体数と女性個体数は同 数,即ち性比(男/女×100)は100であるべきで ある。しかるに出生時の性比は100を越え,点画 では105∼107である。受胎後出生までの期間に母 胎内で死滅するものの数は,生存胎児数に比べれ ばほんの僅かにすぎない。しかもその中で集計さ れるものは,わすかに妊娠第4カ月以後の胎児の 死亡(即ち死産)のみである。死産の性比は吾国 では120∼130である。受胎時の性比の正確な推定 は極めて困難であるが,諸氏の推定をみても,ま (1) た以上の事実からしても,少くとも出生時の性比 よりも大きく,100を越すことは当然である。男 性となるべき個体数と女性となるべき個体数とは 同数であるべぎであるのに,受胎性比が100を超 えるとV・うことは,受胎の機会が,男性となるべ き娘細胞と女性となるべき娘細胞に平等でないこ とを想像させる。即ち男性となるべき個体は女性 となるべぎ個体よりも受胎の機会が多V・,或は受 胎能力が高いとv・うことになる。これを裏付けす る幾つかの研究もある。 C2) この様に生命の始源である受胎当初より,男女畦豆 の聞には生命維持の機能に差異が認められる。母胎内 にある胎児期から,分娩を経て,母胎を離れれば,生命 殿損の危険の程度については,資料が得易くなる。即 ち死亡統計は殆んど洩れなく男女の生命保持の様相を つたえる。古くはズユースミルヒ,ケトレーの古典よ り,男女の死亡の差異,殊に男性死亡が女性死亡より 高率の所以については,、種々の説があるが,いずれも 決定的とは云い難い。Newsholmeは環境条件の改善 くの に伴い,乳児死亡率における男性超過の現象は避け難 いことを認め,Lenzとその門下Schirmerも,欧洲 (4) (5) に於で乳児死亡率とその男性の女性超過率との間に地 理的(国別),時間的(累年別)に逆行関係あることを 指摘し,この事実を次の仮説により説明した。即ち, 「一般に外的原因による乳児死亡率が高い時は,元来 先天的疾病,遺伝因子によって起る男性乳児死亡率の 女性乳児死亡率に対する超過率は:却って低下するのは: 当然である。」と。即ち乳児死亡率が低下して来れば, 乳児死亡の高率の時期におおいかくされていた男性の 先天的弱性が現れて来て,換言すれば,環境条件が改 善せられて来ると,女性に比して男性死亡率の減退が 少くて,男性の死亡超過現象は避け難く前面に押出さ れて来るというのである。 吾国の資料については川人が累年的(1908∼1929 (6) 年),地方別(府県別,昭和3,4年度)に乳児死亡率 及び死産率と夫々の性比との間の相関々係を検討し, Lenz一説を批判している。その他受胎後の生命維持に おける男女の差異についで,吾国でも田生や死産性比 の研究が幾つかある。 L7♪∼(14) LenzやSchirmerの云う様に,死産率や乳児 死亡率の低下とともに,性比はどこまでも上昇す るものであるか。吾国の資料については,川人は Lenz一説と合致する点と,この説では説明できな い事実とを認めている。筆者等は吾国の戦前まで の一:貫した死産統計と乳児死亡統計によって,男 女の素質や抵抗力の差を表す最も簡単な指標とし 一 II9 一一.

(2)

ての性比の推移をみることとする。胎児が母胎内 にある時期ど,出生後の最初の1年間を,遍回し た生命の最初の期間と考えて,その間分娩という 生命胚胎後最初の一一一大転機を劃するが,その間に おける男女の生命保持の様相が如何に展開される かを検討したいとおもう。 研究方法並に資料 研究方法をのべれば,第一に総死産率とその性比の 年次的推移を観察し,更に妊娠6ケ月未満と7ヵ月以 上の死産に分類して,率と性比の推移をみた。第二に 乳児死亡も同様に,総乳児死亡:を月令別に1月未満, 1∼6月,6∼12月に分類しで観察した。更に乳児死亡 の中1月未満の新生児死亡を日令別に5日未満,5∼ 10日,10日∼1月にわけで,年次的に率と性比の推移 をみた。第三に33年間の資料の合計により,個体の歴 史に於て,胎児期から分娩を経て生後1年の間に,死 亡率と死亡率性比が妊娠月数,生後月令を追うで如何 に変化するかを,大量観察した。 性比の観察にあたつでは,死亡実数による男女比 は,それを含む人口の男女の割合に影響されるから, こeでは率による死亡率性比即ち男子死亡率/女子死 亡率×100を用いた。母胎内の期間の死亡には死産を, 分娩後1年の期間のそれには乳児死亡統計を用いた。 そして都市と農村の性比を観察した。即ち都市的地域 としては,人口10万以上の市合計を,農村的地域とし てはその他の市郡の計を以てした。第2次大戦後の資 料は,戦前と様式も異り,殊に死産統計などは人工妊 娠中絶を含むこと多く,戦前の資料と同列冨比較する ことは困難であるから,今回は戦前の資料の観察に止 めた。そしで都鄙の資料の得られるものは,明治39 (1906)年・)昭和13(1938)年の33年聞であるQ 資料:内閣統計局,明治39年∼昭和13年日本帝国人 口動態統計 研究結果 1 死産率と死産率性比の年次酷推移 1.総死産率とその性比の年次的推移

Lenz及びSchirmerは乳児死亡率,死産率の

(4) (5)

低下とともに,外的,環境的影響が少くなって, 内的,素質的弓肉が判然現われ、,本来の男子の弱 みが強く出て,死亡性比が上昇すると説いてい る。同様に,死亡率の低い国は性比が高く,死亡率 の高い国は性比が低いと云っている。吾国の死産 率(第1図,その1.a)は…般に今世紀初頭出産 1.CGO対90前後であったが,以後順調な低下を示 し,今次大戦前には40分後に達している。都鄙の 関係は1916(大正5)年までは農村が都市より少 しく高率であったのが,死産率の低下の程度が, 都市に比して農村の方に強いため,都鄙交叉し て,1917(大正6)年以後は農村は都市よ1)低位 となり,以後都市の低下の傾向が弱いので,都鄙 間の差は次第に拡がる傾向がある。 一方性比(第1図,そのLb)は,農村では死 産率の順調な低下に対して,死産率性比も上昇線 第1図 死産率と死産率性比の年次的推移 その1.総死産率とその性比の年次的推移 a.総死産率の年次的推移 aoo

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43 b.総死産率性比の年次的推移

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は次第に幅を増している。 つぎに,率が高く,低下の傾向のない都市の性 比(第1図,その2.b)は,農村性比より高く, 115∼130の間で,上昇傾向はみせない。率の低い 農村は性比も低く,1906年頃1CO前後から,大正 末期まで即ち率が下降する頃虫でには115前後へ と,都市より大きい上昇をみせているが,その後 率が停滞すると,性比も著しい変動はない。都鄙 間の性比の間隔は大きい。 3.妊娠7ヵ月以上死産率とその性比の年次 的推移 妊娠7ヵ月以上の後期死産率(第1図,その3. a)は都鄙共に下降する。、1906年70台から1938年 30台にまで下降している。即ち妊娠前半期に比し て下降の程度は余程大きい、,換言すれば,総死産 率の下降はヰとして妊娠7カ月以上の後期死産率 の低下に負うものである,,率は始め農村が高い が,下降の程度は農村が大きいため,1925(大正 第1図 死産率と死産率性比の年次的推移 その3.妊娠7ヵ月以上死産率とその性比の年次的推移 a.。妊娠7ヵ月以上死産率の年次的推移 }i) 》臥に 以−i曝や 上ヤ h 60

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(5)

. 45 これは一方低い性比を以て表われ,’之に対して6 カ月未満の早期の死産は改善が難く,素質的要素 がつよく,これは高い性比に表われている。7ヵ 月以上の死産率性比の都鄙の関係は,始めは率と は逆1’C都市が高く,、農村が低いが,都鄙の率の接 近に従って都鄙の性比は相錯綜して来る。即ち Lenz一説に一致するのは1925(大正末)年頃ま でである。総死産率と性比の関係がLenz一説に 一・狽翌キるのは1916(大正5)年までであった。し かるに7ヵ月以上の死産をみれ,ば更に遅く,1925 (大正14)年まで一致してV・るが,妊娠前期死産が なんらLenz一説に一致しなv・点よりみれば,総 死産の上記の現象は,妊娠後期死産の影響と思わ れる。 ll 乳児死亡率と乳児死亡率性比の年次的推移 1.総乳児死亡率とその性比の年次的推移 文化の向上,環境の改善が乳児死亡率を低下せ しめることは諸先進国の夙に体験したところであ って,吾国でも今世紀始めまでは出生1,000対200 前後であった乳児死亡率(第H図,その1.a)が, ・1938年には80前後まで低下している。その傾向は 都会に著しいことは周知のところである。即ち, 今世紀初頭までは都市が農村より遙かに高率であ ったが,都市の極めて順調な低下に対し,農村の 乳児死亡率は改善されす停滞したため,1928(昭 和3)年都鄙の交叉によって都市が農村より低位 となり,以後都市は次第に農{寸を引離して,より 低位となる。この都鄙の関係ぱ先述の死産と逆で ある。即ち今世紀初頭の吾国の都市的環境は乳児 死亡を悪化せしめ,都市は農村より遙かに高い乳 児死亡率を示していたが,同じ時代に,農村と比 べて都市環境の悪影響は母胎内の胎児には及んで おらぬ。即ち死産率は却って未開の農村に高い。 その後都市化のよい影響が都了行の乳児死亡率を著 しく低める時代となるが,胎児に対しではその影 響は及ばす,ユ917(大正6)年以後都市の死産率 は農村より高く,一向低減せす,むしろ農村の方 が順調な低下を示すのである。 さて乳児死亡率性比(ee ll図,その1. b)も亦 率の侭;下とともに・105位から115前後へと上昇す 第皿眼 乳児死亡率と乳児死亡率性比の年次的推移 その1.総乳児死亡率とその性比の年次的推移 a.総乳児死亡率の年次的推移 i20 >lo ユOo

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47 始め都鄙共出生1,000SS75前後よゆ1938年までに 農村はほぼ501(,都市はほぼ40まで低下してv・ る。 性比(第U図,その2.b)は後期死産のそれよ り高Vb。都市は110∼125へ,農村は100’)115へと これも上昇する。 即ち分娩を劃して,都市は農村に比し,新生児 に対して良好の環境を提供し,率は低く,素質的 影響がつよく現われて,性比は高bというLenz一 説を完全に裏書する事実を呈する。 3. 1∼6月乳児死亡率とその性比の年次的 推移 1∼6月の哺乳期の乳児死亡率(第ff図,その 3.a)は,半世紀聞に70∼80から20∼30に下る が,はじめ都市は高位で振巾大きく,順調な下降 を始めるのは大正末年からである。農村の1∼6月 乳児死亡率は都市に比し下降きわめて緩慢である から,1930(昭和5)年はじめて都市が農村を越 えて低位となり,以後都鄙の開きは次第に増して Vbる。 第L図 乳児死亡率と乳児死亡率性比の年次的推移 その3.1∼6月乳児死亡率とその性比の年次的推移 a.1・V6月乳児死亡率の年次的推移 v:ll 素,。 羽6・

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(8)

三男図 乳児死亡率と乳児死亡率性比の年次的推移 その4.6∼12月乳児死亡率とその性比の年次的推移 a.6∼12乳児死亡率の年次的推移 窪6

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(9)

49 都鄙の死亡率と性比の関係をみることにする。 1. 5日未満新生児死亡率とその性比の年次 的推移 5日未満の新生児死亡率(第皿図,その1.a) は,1906年出生1,000対25∼30より,1938年に 』はほぼ20まで下降する。昨年度を通じ,農村ぱ都 市より高率である。統計資料のない1906年以前に は,都市の方が農村よりも劣悪な時期があったか もしれないと想像されるが,都鄙交叉の時期は確 実には推定できなV・。 第旧訓新生児死亡率と新生児死亡率性比の年次的推i移 その1.5目未満新生児死亡率とその性比の年次的推移 a.5日未満新生児死亡率の年次的推移 一一…

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(10)

第11図 新‘エミ児死亡率と新生児死亡率性比の年次的推移 その2.5・vlO H新生児死亡率とその性比の年次的推移 a.. 5∼16rT楽}〒lk!h!ク’E亡率(わ喚三掬1勺推移 キ.’3e 「3一 一e. be

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(11)

51 も遅い。都市では25位から10∼15まで,農村では 25∼30から15∼20まで下る。1 性比(第皿図,その3.b)ぱ5∼10日死亡率性 比より高く,U5∼125聞で都鄙相錯綜し,大なる 上昇下降はみられない。即ちLenz説には一致し なv・。 W 胎児期より乳児期にわたる死亡率と死亡 率性比 以上死産率及び乳児死亡率と夫k’の性比との関 係を年代的に観察したわけであるが,次に分娩と いう生涯における最初の一大転機を劃して,母胎 内から生後1年間にわたる死亡率とその性比が, 個体の歴史で如何なる様相を呈するか大量観察す ることにする。資料は明治$9年∼昭和13年の33年 間を集計して,妊娠月数及び生後月令毎に,死産 率及び乳児死亡率とそれぞれの性比を算昂した。 ます胎児期より乳児期にわたる死亡率(第IV図, a)をみる。妊娠3カ月未満は届幽もなく不明で 第]V図 胎児期より乳児期にわたる死亡率と死亡率性比 a・胎児期より乳児期にわたる死亡率(単位1月) 一一一一一 %F lp rTo 喜し死6。

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(12)

影るが,届出の始まる妊娠3・」4ヵ月「(妊娠満3 勇月以上4貫目未満,即ち第4月め意。以下これ に準ず)ほわすか出産1,000対都鄙1∼2でしある が,妊娠月数を増すに従って死産率は上昇し,最: 二月の妊娠9∼10ヵ月には都市20,農村25位とな る。その間77∼8ヵ月までは都市が上位,8∼9カ 月以後農村が上位となる。その後分娩を劃して生 後1憎め新生児死亡率は一躍上昇して,都市出生 1,000対48,農村64と一なる。その後月令を増す毎 に死亡率は下降して生後2∼3月には11∼12,3∼ 6月には7∼8,6∼12月には5N6となる。都鄙の 関係ぱ生後1月未満及び1∼2月までば農村が上位』 であるが,2∼3月以後都市昨上位となる。即ち分 娩を中心に,死産率の最:も高い分娩直前即ち妊娠 後期の2ヵ月と,出生直後の2カ月は,都市に比 し農村の胎児及び嬰児に対して環境が一層酷なこ とが判る。これに反し,妊娠前期と生後2月以後 の乳児に対しては,わすかの率の差乍ら,都市環 境の:方が悪い。 一方胎児期より乳児期にわたる死産率及び乳児 死亡率の性比(第IV図, b)をみると,妊娠3∼・4 ヵ月の死産率の性比は都市214,農村170,即ち男 児は女児の約2r倍程度も生命を損われる。尤も妊 娠第4カ月目頃までぱ,肉眼的には男女の区別は 困難で,女児胎児を男児と誤まることも考えられ なV・ことはなV・が,肉眼的にも性別の明かとなる 妊娠4∼5ヵ月となっても依然として男児の死の危 険は女児に比し大で,特に都市では女児の1倍半 の割合で死ぬ。即ち性比は都市152,農村126であ る。妊娠5∼6ヵ月になると,漸く都市109,農村 105と下って,6∼7ヵ月で最低の都市105,農村 101の谷を作る。その後妊娠7∼8,8∼9ヵ月と上 昇して,9∼10ヵ月には都市120,農村U5の山を 作る。分娩を経て,出生後の1月は死亡率性比は 妊娠最終ガの死産率性比と同じ程度の都市ユ21, 農村112の山につすくが,その後は次第に下って, 生後6∼12月には105程慶まで達す。都鄙の関係 は,妊娠期間中を通じて及び生後6月まで都市の 死亡率性比が連続高位であって,6月目過ぎて始 めて農村の方が高くなるQ 総括並にむすび 以上の研究結果を総括すると, 1.死産率と死産率性比 「総死産率の低下とともに死産率性比が上昇する のは,明治後期∼大正末期の,死産率の低下の特 に順調な時代で}’サの傾向はとりわけ農村に於て 著しく,昭和以後の率の低下の緩慢な時代や,低 下の程度の著しくない都会では性比の上昇は著し くない。 死産率は1916年までは農村が高率であったが, 1917年都鄙交叉して,以後都市が高位となるが, 性比の方は一貫して都市が高い。 妊娠6ヵ月未満の前期死産率は都市が高く,し がも低下はみえす,農村はやや低下の傾向がみえ る。性比は一般に高くしかも都市が特に高いが, 上昇傾向はみせない。農村の性比は大正末期の率 の低下線を辿る頃まで上昇傾向をみせる。 妊娠7ヵ月以上め後期死産率は,6ヵ月未満よ ,りも大きい下降をみせる。1924年までは農村の方 が高位,1925年以後都市が高位とkる。都市の性 比は前期死産性比より約エ0位低く,上昇傾向は著 しくないが,農村の性比は前期死産のそれと余り 変らす,大正末期までは上昇傾向がみえる。率の 低い都市の性比添高く,農村がこれに反するのは 1925年までで,以後は率の接近に従って,都鄙の 性比は相錯綜して来る。 2.乳児死亡率と乳児死亡率性比 総乳児死亡率は都市の:方が低下の勢がつよく, 1928年以後都鄙の交叉によって,都市が農村より 低位となることは死産の揚合と逆であるQ性比は はじめ都鄙錯綜するが,率の交叉以後率の低い都 市の性比は農村よりも高くなり,上昇傾向も著し くなる。 1月未満新生児死亡率は終始農村がたかく,都 市低く,共に下降する。性比は終始都市が高く農 村は低く,いすれも⊥昇する。 1∼6月乳児死亡率は1930年以後都市が低位とな り,性比はそれまでは都鄙錯綜,率の交叉以後都 市が農村より高くなるが,都鄙共上昇しない。 6∼12月乳児死亡率はユ936年以後都市が低位と なる。性比は農村は大きいが,上昇せす,都市は 小さV・が,上昇する。性比は月令の若V・程高く, 丁令を増す程低くなる。 3.新生児死亡率と新生児死亡率性比 5日未満新生児死亡率は全年度を通じて農村が 都市より高位で,都鄙共下降するが,性比は都市 が高く,しかも都鄙とも上昇する。 一130一

(13)

53 5∼10日薪生児死亡率は1907年以降農村が高位 で,5日未満のそれより急速に低下する。性比は 5日未満より余程低く,上昇傾向があるが,都鄙 の性比の差は5H未満より小でi都鄙相近すいて いる0 10日∼1月新生児死亡率は1912年以後都市が低 く,都鄙ともに下降する。牲比は5∼10日のそれ より高く,都鄙相錯綜し,昇降の目立つた変化が ない。 4.胎児期より乳児期にわたる死亡率と死亡率 性比 33年間の総計によって胎児期から乳児期にわた る死亡率をみるに,胎児期中は,妊娠月数を増す 程死産率は上昇し,分娩を劃して,更に上昇し て,生後1月目には:最高の山を作り,以後月令を 追うて低くなるQ 妊娠7∼8ヵ月までは都市が高率であるが,8∼9 カ月以後,生後エ月未満,1∼2月までは農村が上 位となり,生後2∼3月以後は都市が上位となる。 即ち分娩を中心に,妊娠後期と出生直後に特に農 村の状態が悪い。 性比は妊娠初期にはき’わめて高く200前後であ るが,妊娠月数を増す程低くなり,6∼7ヵ月で最: 低の101∼105の谷を作るが,その後再び上昇し て,妊娠9∼10ヵ月に115∼120の山を作り,分娩 後ぱ次第に下る。 妊娠期間中及び生後6月まで都市の性比が高 位,生後6月を過曽て始めて農村の方が高くな る。 以上胎児期より乳児期にわたる死亡率と死亡率 性比に関する研究結果を綜合考察して看守し得る 項目を次に記せば, (1)死産率及び乳児死亡率の高いときは,素質 の作用はむしろ現われす,環境の影響が大きく, 悪環境の作用は,元来比較的抵抗の強V・女子にも 大きく作用して,死亡率性比は低くなる。 (2)環境が改善されて率が低くなると,特に女 子が良い環境の影響を受け易く,性比は高くな る。 (3)しかし,率の高い地域の性比が低く,率の 低いところの性比が高いこと,及び率の低下に従 つで性比が上るというLenz一説は,悪環境にあ る地域もしくは時代におV・て,衛生文化的作用が 及んで,きわめて順調に率の低下を来す揚合に限 る。しかして,或程度率が下りきって,停滞気味 になると,性比も停滞する。 (4)妊娠月数がすすむ程率は高く,率の改善は 容易で,性比は低くなる。 (5)生後月令の増す程率は低くなる’Jbxf一,改善は 難く,性比は低くなる。 (6)胎児期の死亡即ち死産率の改善は農村の方 が容易であったが,生後1年の死亡即ち乳児死亡 率は,都市しかも月令の若い程時代的に早く改善 が行われるQ (7)1月未満新生児死亡では日高の若い程都市 の改善が早いが,率の改善の傾向の最:もつよいの は5∼10日の死亡で,性比はきわめて低い。5日 未満の死亡性比は先天的の要素がつよくて,特に 都市の性比は著しく高いQ (8)胎児期から出生後にかけて最も死亡の危険 の大きいのは,分娩を中心とする妊娠後期2月と 出生直後の2月で,特に農村に於てこの傾向が著 しV・Q 筆をおくにあたり,終始御懇篤な御教導と御校閲を 脇つた恩師青岡博入教授に謹んで感謝の意を表す。 また本研究は:,文部省科学研究助成補助金によるも のであるととを附記し,深く感謝する。 主 要 文 献 1)立川清:性比の統計的概究,厚生科学第1巻 第2号,221頁,1940. 2)田申義領:遺伝学,316頁,黒藻房,1948.

3) Newsholme: Vital Statistics P. 207, 357,

359, 1923. 4) Lenz:Arch. f. Hygiene, Bd. 95, S. 126, 1923. 5)尿井 潜:両性と死亡,民族衛生,as 1巻第2 号,164頁,1931. 6)川人定男:本邦乳児死亡率及び死産率に於ける 男女の差異に就て並trTg・Lenzの学説に関する考察 批判:国民衛生第9巻第6号,1039頁,1932. 7)杉浦 清:吾国産児の性に就で,生理学研究第 5巻第5,11,12号,321,682,781頁,1928. 8)古屋努雄:本邦両性出生比率に関する社会生物 学的研究,山本医事新報第481,482号,2848,2918 頁,1931. 9)古屋募雄:日本及アイヌ民族に於ける両性出生 比率の研究,民族衛生ng 5巻ee 1号,1頁,1933. 10)丸岡彦夫:性比に関する研究,医学研究第22巻 第5号,419頁,1952. 11)諸岡妙子;本邦都鄙保健状態の分析,第1報, 一 181 一

(14)

第3報,東京女子医科大学雑誌第22巻簾1,5号, 7, 95A, 1952. 12)高橋英次:新生児死亡の性比,弘前医学婚4巻 第5号, 244頁, 1953. 13)高橋英次:親の年令と子供の形質,衛生統計第 6巻箪8号,23頁,1953. 14)宇田 一:出生児の牲比,遣伝rg 8巻第4号, 19頁, 1954. @15)甕君代:本邦F冷月令別乳児死亡の特…系列的 研究,第Q報,:東窟女子圓科大学雑誌篇24巻第1 号,22:頁,1954. 一 i32 一.

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