暦象オーサリング・ツールによる歴史地理情報の視覚化
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(2) Vol.2009-CH-83 No.4 2009/7/25. 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report. (3) 時空間情報の編纂手法の提供 人文・社会科学分野の分析結果は,情報と情報の関係性を記述することによって表 現されることが多い.本システムでは,この関係性そのものをデータモデルとして定 義し,関係性の操作を規定する.この操作の集合を「編纂=authoring」と呼び,時空 間情報を記述するための手法として提供する.. の分野における情報の電子化が,データや史料テキストをデータベース化した時点で 完結してしまうという傾向が強いため,データモデルの標準化やデータベースの相互 運用といった課題が取り上げられることがほとんどないためと考えられる. こうしたなか,筆者らは本研究に先立って 1998 年に「暦象データベースによる編 集航行型研究教育システム」 (慶應義塾大学)の開発プロジェクトにおいて,暦象オー サリング・ツールの直接の原型である”CRONOS”を開発した[7].このシステムは多数 の歴史事象を動的に視覚化する手法,いわば「年表の時空間的拡張」を提案した点で, GIS からのアプローチとは根本的に異なるものである. このプロジェクトでは,松岡により年表の電子化と動的な視覚表現に関する基本ア イディア[8]が提示され,「Crono-Matrix Viewer」(時間方向に移動可能な仮想空間ヴュ アー)として実装された.CRONOS は約 5 万件の歴史情報を暦象データベースに収録 しており,検索結果を Crono-Matrix に表示して,あたかもタイムマシンに乗っている かのように仮想空間内を眺めることができるインタフェースを実現した. CRONOS における情報視覚化の基本デザインは,暦象オーサリング・ツールにも引 き継がれているが,システムの目的が異なるため,データベースの構造を中心に,以 下のような再設計が行われている. 開発当時の PC の性能上の制約から,専用のデータベースサーバーを利用するサ ーバ・クライアントシステムとして設計されていたが,これをスタンドアローン でも動作できるように変更した. CRONOS では年表の電子化に主眼が置かれていたため,空間情報の表現力が限定 されていた.再設計にあたっては,GIS とのデータ共用を念頭に置き,空間情報 の処理に関する諸機能を新たに開発した. データベースをクライアント側に移植するにあたり構造を見直し,地理空間情報 関連の構造を再設計した. 社会科学分野で利用されることが多い時系列統計情報(数値データ)を扱うこと ができるデータベース構造と時系列数値データの視覚化のための機能を新たに開 発した.. 3. 関連研究 情報の視覚化手法に関する研究にはすでに多くの先例があるが,本研究との関連性 においては,時間的関係性,空間的関係性,意味的関係性を視覚化する試みに注目す る必要がある. 時間属性や情報間の関係性の視覚化については,ヒューマンインタフェースに関す る研究分野において様々な試みをみることができるが,その嚆矢は,MackinLay, Robertson らによる Information Visualizer[3]であろう.Information Visualizer の開発プロ ジ ェ ク ト に よ っ て Silicon Graphics 社 の ワ ー ク ステー ション に実装 された 「Time Lattice」は,複数の個人のスケジュールを立体として可視化すると同時に,スケジュ ール間の関係性を三次元マトリクスによって表現する手法が興味深い. このような時空間情報の視覚化手法は,今日のヒューマンインタフェース技術にお いて珍しいものではなくなりつつあるが,こうした手法を人文・社会科学分野におけ る時空間情報の視覚化に適用する試みは,まだ例が少ないといえよう. その数少ない試みの一つとしては,シドニー大学の Johnson による「Time Map」[4] をまずあげるべきであろう.Time Map は GIS による地理空間情報の視覚化を時間軸 に対して拡張できるようにした点で画期的なシステムである.歴史地理学や都市地理 学のように地理時空間情報を扱う研究分野に対しては,極めて有効なツールであり, The Electronic Cultural Atlas Initiative (ECAI)をはじめとする多くのコミュニティで利用 されており,我が国でも適用事例が少なくない. 地理的時空間情報のデータモデルに関する取り組みとしては,Puequet による先駆的 研究[5]をあげることができる.Puequet のデータモデルは,時空間情報の視覚化を前 提としてデザインされている点で,GIS の技術に基づいているものの既存の GIS デー タモデルとは一線を画するものであるといえよう.このデータモデルは STNexus とい うプロトタイプに実装され,このシステムを利用した歴史地理学の研究成果が Holdsworth らによって報告されている[6]. これらのアプローチを「地図の時空間的拡張」と呼ぶとすれば,「年表の時空間的 拡張」というアプローチもまた可能であろう.しかしながら,GIS という標準的な電 子化ツールが確立されている地理的情報とは異なり,歴史的情報においては GIS のよ うなツールが存在しない.これは技術的に困難であるということではなく,歴史研究. 4. 暦象オーサリング・ツールの基本構想 本システムは,人文・社会科学分野で扱われる時空間情報を対象とするが,すべて の時空間情報を扱うことができる訳ではない.システムの設計にあたって,最も重視 したのは歴史事象を時空間情報として記録・検索・表現・操作することである.一方 で,我々は歴史事象の持つ曖昧さ,複雑さ,それらを情報システムで扱うことの困難 さも十分理解している.これらの課題については,小論の最後にまとめて考察する. 以下に述べるシステムの基本概念は,このような歴史事象に関わる問題をすべて解消. 2. ⓒ2009 Information Processing Society of Japan.
(3) Vol.2009-CH-83 No.4 2009/7/25. 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report. Interaction → Subject = REKISHOW(Eax) Interaction → Object = REKISHOW(Eby). しようとしたものではなく,暦象という概念モデルに基づいて,思い切った抽象化を 行った結果である. 本システムにおいては,時空間情報を離散的かつ互いに独立な事象の集合として記 述する.厳密に言えば他の事象との関連を完全に排除した「単独の事象としての記述」 はあり得ないが,そのような認識論は一旦留保した上で,筆者らはシステムの情報構 造を形づくる概念データモデル(暦象データモデル)を考案した. この概念モデルは事象に関する解釈や説明を排除しようというものではなく,事象 に関する多種多様な解釈を相対化し,相互に検討可能なプラットフォームを構築する という目的に基づいている.暦象データモデルの特徴は,個々の時空間的事象を表す 実体と,事象間の関係を記述する実体とを相互に独立した情報構造として表すことで ある. これを形式的に記述すると,まず出来事すなわち時空間的事象をあらわす実体型 (entity type)として REKISHOW を定義する.そして,実体 e が REKISHOW 型であるこ とを REKISHOW(e) と表記することにしよう. ここで REKISHOW(Event)である実体 Event について,その出来事に関する記述を示 す属性 Description,時間を示す属性 Time と空間的位置を示す Place を定義する.これ を以下のように表すものとする. REKISHOW(Event) { Event → Description Event → Time Event → Place } 次に任意の REKISHOW 型実体の有限集合 Ea,Eb を考える。すなわち、 Ea = {REKISHOW(Ea1), REKISHOW(Ea2),・・・REKISHOW(Ean)} Eb= {REKISHOW(Eb1), REKISHOW(Eb2),・・・REKISHOW(Ebm)} (ただし、n,m は正の整数) さらに,上記 Ea と Eb の任意の要素について,以下のような二項連想を考える。 <Ea1, Eb1><Ea1, Eb2>・・・<Eax, Eby> (ただし,1 ≦ x ≦ n,1 ≦ y ≦ m) 上記の二項連想をそれぞれ実体として考え、RELATIONSHIP という実体型を以下の ように定義する。 RELATIONSHIP(Interaction) { Interaction → Label = 'Label of Interaction' Interaction → Description = 'Description of Interaction'. } ここで,Subject はその関係における主体となる実体,object は対象となる実体であ る.このように、 「実体の連想」を改めて実体として解釈することで、事象間の関係を 明示的に記述することができる。ここでは一般的に実体として記述したが,実際には 人物と作品,国と出来事,人と人などを考えれば理解しやすいだろう. 仮に,全く同じ有限の歴史事象の集合から,二人の研究者が任意の事象を選んでそ れぞれ年表を作成する場合を考えてみよう.両者が選んだ事象の集合が同じであって も,両者が考えた事象間の関係はそれぞれ異なっているかも知れない.この関係につ いて記述しようとすれば,個々の事象の記述情報,すなわち「コンテンツ」として表 現するのが一般的であろう.しかし,その方法では同じ歴史事象に関する情報が研究 者の数だけ存在することになる.これは当たり前のことのようであるが,歴史的情報 をデータベース化する際には必ず直面する問題である. 暦象データモデルでは「事実の記録」と「事実に関する情報(考察・見解・評価な ど)」を明示的に分離することによって,両者をいわば「正規化」している.先にも述 べたように,この方法ですべての歴史事象を記述できるということではないが,一定 の標準的な記述が可能になるということの利点は大きいと考えている. このデータモデルに従って作成された暦象データと関係の集合を取り扱うために は,一般的なデータベース検索システムでは不十分であるため,本研究では暦象デー タベースのためのユーザー支援環境として暦象オーサリング・ツールを開発するに至 ったものである.上記の基本構想からも分かるとおり,本研究は,人文社会科学にお ける伝統的な情報の表現方法や記録方法を否定するものではない.それらの研究から 生み出されてきた膨大な記述情報(年表,年代記,地誌,地域研究など)を効果的に 利活用するための,新たなフレームワークの構築を目指す試みである.. 5. 暦象オーサリング・ツールの概要 5.1 システムの物理構成. 暦象オーサリング・ツールの本体は PC 単体で動作するが,暦象データベースにつ いてはデータ共有用のデータベースサーバーに置くこともできる.PC 単体で使用する 場合は,ネットワークを一切使用しない.データベースサーバーへの物理的な接続数 の制限は特に設けられていないが,OS やデータベースの設定があればそれに従う. クライアント PC の条件は,Windows2000 以降が動作するスペックであること,モ ニターの解像度は 1024×768 ドット以上,専用のグラフィックボードを実装している ことが望ましい.データベースサーバーは Windows2003server または 2000server が動. 3. ⓒ2009 Information Processing Society of Japan.
(4) Vol.2009-CH-83 No.4 2009/7/25. 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report. 作するもので,Microsoft SQLserver2000 以降がインストールされている必要がある. 5.2 暦象データベースの概要 暦象データベースは,暦象データ,地名データ,暦象間の関係等のデータ構造を RDB 上に実装したものである.図 1 に主なデータセットとアプリケーションモジュール間 のデータフローを示した. 暦象データ,暦象間の関係データは図 1 の Historical Description Dataset に収録され る.暦象データは概念モデルで述べたように,時間属性と空間属性を持つが,実際の レコードにおいては,前者は事象の生起した年,後者は地名や国名として記述される. 暦象データには内部的なユニーク ID が自動的に付与されるが,ユーザーがこれを直 接使用することはない.. 図 1. めには, CO-set に登録することが必要になる.一度登録した CO-set はユーザーごと に管理され,CO-set のメタ情報によって検索することができる.また,外部システム に対するデータのインポートおよびエクスポートの各処理も CO-set を単位として行 われる. 5.3 システム概要 暦象オーサリング・ツールは,独立した複数のプログラムモジュールから構成され ており,モジュール間の連携は,前節で述べたように主に CO-set を介して実現される. 従って各モジュールの連携は疎結合であり,モジュール間の通信は基本的に行わない ようになっている.以下,主要なモジュールについて概要を述べる. (1) データベース検索ツール 暦象データベースを検索し,結果を表示するための機能を提供するモジュールである. 図 2 のようにごく一般的なデータベース検索のユーザインタフェースを採用してい る.暦象データの検索は,キーワードだけでなく,年代,地理的範囲による条件指定 が可能である.地理的範囲の設定には地図による入力がサポートされている(図 2 右). このツールにより検索した結果は,CO-set として保存することができ,他のモジュー ルから参照できるようになる.. システムのデータフロー概略図. Geo-Spatial Dictionary は地名辞書ともいい,暦象データの空間属性をキーとして, 事象が生起した場所の緯度経度座標を与える. User Definable Dataset は時系列統計データや,ユーザーが独自に属性を定義したい 場合に使用するデータセットである.このデータセットの作成には専用のデータ入力 ツールを用い,入力されたデータは自動的に CO-set に登録される. CO-set(Crono Object set,コセットと読む)は暦象データベースにおける最も重要 なストラクチャである.ユーザーが登録あるいは検索した暦象データや関係データを グループ化して扱えるようにしたもので,ワークスペースということもできる.その 実体は各データセットレコードへのインデクス・テーブルである. 暦象データを CO-set Editor で編集し,Crono-Matrix Viewer によってブラウズするた. 図 2. Card Viewer(左),データベース検索ツールと領域指定ダイアログ(右). (2) Card Viewer 個々の暦象データをカード型のユーザインタフェースで表示するもので,権限があ るデータについては,その場で編集することもできる. また,暦象データには画像ファイルへのリンク(通常はフルパス)を一つだけ設定 できるようになっており,Card Viewer からリンクされた画像を参照できる(図 2 左). 4. ⓒ2009 Information Processing Society of Japan.
(5) Vol.2009-CH-83 No.4 2009/7/25. 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report. Co-set 内の暦象データの検索には CO-set 内検索機能が利用できる.この検索機能は, データベース検索ツールとほぼ同じものだが,検索対象が CO-set に登録されたデータ に限られる.この機能を利用すると,CO-set 内の暦象データから特定の条件(キーワ ード,地名など)にマッチするものだけを選択し,別の CO-set にコピーする「株分け」 が可能である. システムの概要でも述べたとおり,暦象オーサリング・ツールの処理は多くの場合 CO-set を単位として行われるので,「オーサリング・ツール」としての大部分の機能 は CO-set Editor が担っているということができよう. (4) Crono-Matrix Viewer Crono-Matrix Viewer は,暦象オーサリング・ツールの最も特徴的な時空間情報の視 覚化ツールである.このツールは,事象の記述だけからではわかりにくい事象間の関 係性や空間的特性を直感的に観察できるようにすることはできないか,という課題に 対するひとつの解決方法として考案されたものである.. 画像のレンダリングには IE を利用しているので,URL を指定すれば WEB 上の画像 を表示することも可能である. (3) CO-set Editor CO-set はユーザインタフェース上は,フォルダとして表現され,暦象だけでなく, 関係線(後述)や地名なども一緒に保存しておくことができる.CO-set Editor は,こ の CO-set 内に登録された暦象オブジェクト間の「関係」を,ユーザーが入力/編集す るためのツールである(図 3). 本ツールでは暦象データはアイコンによって示される.アイコンをダブルクリック すると,Card Viewer によって暦象データの内容が表示される.ユーザーは任意の一対 のアイコン(暦象データ)を選択し,それらを結びつける「関係線」を作成すること ができる.この関係線は,概念モデルで定義した暦象間の関係の視覚表現である. 関係線には,種類(デフォルトでは親族,師弟,敵対,継承,影響などのカテゴリ が設定されている),名称,説明を記述する.(参照)関係線の色とスタイルは種類に 連動して設定される.関係線を定義することにより,編集者(=ユーザ)が暦象デー タ間に見いだした関係性を記述することができる.このように作成した関係線は, Cron-Matrix 内でも同じ属性をもった線として表現される.. 図 4 図 3. CO-set Editor と関係線編集ダイアログ. Crono-Matrix Viewer における仮想空間の設定. 実装にあたっては,データベースのエンティティを三次元オブジェクトとして表現 する方法をとっている.これらのオブジェクトを仮想三次元空間「Crono-Matrix 」に 配置し,その中を航行するような主観画像をリアルタイムに生成する.仮想空間の Z 軸は常に時間軸になっており,初期状態ではモニタの奥行き方向と一致している.コ ントロールレバーを前進方向に押せば,Z 軸方向(初期状態では西暦年が大きい方向) に前進する画像が動的に生成され,ユーザーはあたかもタイムマシンに乗って時空を. 関係線はマニュアルで作成することが基本だが,関係線を自動生成する支援機能も 設けてある.これは選択された複数の暦象データについて,時系列順にソートした暦 象データの一対ごとに関係線を生成する機能で,複数の年表を識別する必要がある場 合などに役立つ. 5. ⓒ2009 Information Processing Society of Japan.
(6) Vol.2009-CH-83 No.4 2009/7/25. 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report. 航行しているようなイメージを得ることができる(図 4 参照). 画面の X 軸(初期状態では水平軸)方向,Y 軸(初期状態では垂直軸)方向に,ど のような座標を割り当てるかはユーザーが指定することができる.X 軸に経度,Y 軸 に緯度を割り当てれば,XY 平面は地理座標を表すことになり,オブジェクトは暦象 データの地名情報から得られる緯度・経度座標値によって配置される.これにより空 間的関係と時間的関係を同時に表現することができる.また,ユーザー定義データの 場合は,X 軸,Y 軸にユーザーが定義した属性値を割り当てることができる. オブジェクトの形状,色,大きさは,ユーザーの指定により変更可能で,それぞれ にユーザー定義属性値を割り当てれば,多次元情報を表示することが可能である.ま た,時系列数値データについては Crono-Matrix と同時にグラフ表示が可能である. Crono-Matrix に表示する情報は,常に CO-set として登録しておく必要があり,ひと つの Crono-Matrix に表示できる CO-set は最大4つまでである.複数の CO-set をひと つの Crono-Matrix に表示する場合は,同一の座標系にすべての CO-set を表示すること もできるが,Crono-Matrix の座標系を分割して CO-set ごとに異なる座標系を適用する こともできる.ただし,分割時であっても Z 軸(時間軸)は共有される. Crono-Matrix Viewer は,詰まるところ「事象と事象の関係を時間軸に沿ってブラウ ズする」という極めてシンプルなプレゼンテーションであるが,筆者はリアルタイム で仮想空間を移動するという運動感覚によって,擬似的ではあるが「時間の流れ」と 「空間の隔たり」をユーザーが認知しやすくなるのではないかと考えており,今後こ の点について事例を蓄積し検証したいと考えている. (5) GIS インタフェースによる GIS との連携 Crono-Matrix で表示できる空間情報は,相対的な位置関係を把握するには役立つが, 具体的な場所を知るには不向きである.そこで暦象データの空間情報を地理情報シス テム(GIS)に渡して,正確な空間情報を知ることができるように,GIS インタフェース が設けられている. この機能は Crono-Matrix Viewer のオプション機能として実装されており,利用中の CO-Set の緯度経度と属性情報を Shape File として出力する.この Shape File を GIS で 読み込めば,暦象データはポイント型,関係データはポリライン型のレイヤーとして 表示される(背景地図は別途用意する必要がある). (6) データ入力ツール 暦象データベースへ新規データを一括して登録するためのユーティリティツール である.暦象データをまとめて入力する場合や,他のデータベースからデータをイン ポートする場合には,データを CVS 形式のテキストファイルまたは EXCEL ファイル で用意する.このツールでは,入力ファイルの項目と暦象データベースの項目の対応 関係を指定できるようになっており,ユーザーが EXCEL 等を使って整理したデータ を一括して暦象データベースに登録する際に役に立つ.ユーザー定義データセットに. データを登録するためには原則としてこのツールを使用する. (7) データのエクスポート機能およびインポート機能 暦象オーサリング・ツールは,インターネットから直接情報を取り込む,あるいは 配信するといったシンジケーション機能は備えていない.しかしながら,昨今の Web サービス技術の発展に伴い,Web GIS やメタ情報サービスによる時空間情報の相互運 用が広く行われるようになりつつあり,暦象オーサリング・ツールにおいても何らか の対応が必要になってきた. そこで,CO-set の情報を XML 形式のファイルとして出力する機能と,この XML ファイルを読み込んで CO-set を復元する機能を新たに開発した.この XML のスキー マは,基本的には Dublin Core に準拠しているが,暦象オーサリング・ツールに独特な タグを用いざるを得ないため,独自のスキーマとし Reki-Show XML と名付けた. この機能を使って CO-set をエクスポートすると,CO-set 内の暦象データによって参 照されているすべての関係データ,地名辞書情報も含まれる.従って,インポートす るシステムの暦象データベースに全くデータが登録されていない状態でも,CO-set を 再現することができる.また,Reki-Show XML を Web サービスによる相互運用環境 で利用するには,比較的簡単な変換を行えばよく,Web GIS やクラウド型のサービス との連携により利用分野を拡げることが可能になった.. 6. 歴史地理研究への適用事例 これまで述べてきたように,暦象オーサリング・ツールは情報の分析手法を提供す るものではなく,分析にいたる研究活動を支援するためのツールである.どのような 目的で利用するかは,ユーザーの目的,アイディア,研究手法等に依存しているので あって,Crono-Matrix Viewer に情報を表示することで,何らかの解析結果が得られる というようなシステムではない.本項では,歴史地理的研究において本システムを利 用したケースを示し,その意義について述べる. (1) Crono-Matrix による記述情報(日誌)の視覚化 図 5 は福澤諭吉の「西航日誌」を暦象データ化したものを Crono-Matrix で表示した 例で,時間単位を日に,縦軸と横軸は緯度と経度を割り当てている. この日誌は,遣欧使節に通詞として同行した福澤が遺したものだが,日付の間隔は まちまちである.一般的な年表として表現した場合,出来事と出来事の時間間隔が直 感的に理解しにくくなるばかりでなく,空間的な関係も把握しにくい. これに対して,Crono-Matrix View を利用すると,時間間隔と空間距離は仮想空間内 のオブジェクト間の距離にマッピングされるため,直感的な把握が可能になる.実際 に大学生を対象にした授業で,詳細な日程を伏せて福澤の訪問地を紹介し,この使節 はどのくらいの期間で日本に帰国したかを訪ねると,多くの学生は「3 年」,「5 年」,. 6. ⓒ2009 Information Processing Society of Japan.
(7) Vol.2009-CH-83 No.4 2009/7/25. 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report. なかには「10 年」と答える者もいた. 実際には「約 1 年」の日程であったことを告げると大抵驚きの声があがるが, Crono-Matrix View を使ってその旅程を示し,ヨーロッパ内の移動時間が意外なほど短 いことを知ると,当時のヨーロッパがすでに鉄道輸送の時代になっていたことに気が つく.年表を覚えるだけでは「侍の時代」と「鉄道による高速輸送の時代」を結びつ けることができないのである.. 図 5. は分かりにくいが,幕末に近づくに従って市場要因(米価高騰,買い占め,不当な価 格操作など)に起因する一揆の数が増加し,かつその激しさが増す傾向があることが 読み取れる.. 「西航日誌」の Crono-Matry View. このような固定的なイメージは学生ならずとも無縁ではない.本システムは(デー タの入力さえ正しければ)ユーザーの思い入れ如何に関わらず,事象間の関係をデー タに基づいてマッピングするので,思いこみによる錯誤を防ぐという初歩的な支援だ けでなく,新しい視点や課題を発見するための発想支援としての機能を備えていると いうことができる. (2) 多属性の歴史事象の視覚化 筆者らは文献9)から,江戸時代の一揆の情報約 2000 件を抽出し,これを主要な原因 (市場,重課,村方騒動,その他)と一揆のレベル(逃散~蜂起)によってカテゴラ イズした上で暦象データベースに収録した.位置情報は,一揆が発生したとされる郡 のおおよその緯度・経度を入力した.この CO-set を Crono-Matrix で表示し,横軸に経 度(東西)を,縦軸とオブジェクトの色に百姓一揆の種別を割当て,各オブジェクト の大きさを一揆のレベルに対応させたものが図 6 である.図の上段は 18 世紀半ばの 宝暦飢饉(1753 年~1757 年),中段は 18 世紀末の天明飢饉(1782 年~1788 年),下段 は 19 世紀前半の天保飢饉(1833 年~1839 年)の様子を示している.オブジェクト間 の線は一揆が多発した郡について,一揆を時系列に結んだものである.静止画像から. 図 6. 飢饉時の一揆の発生状況. 友部はこの暦象オーサリング・ツールによる観察結果に基づき,江戸時代後半の百 姓一揆に関する数量経済史的分析を行った[10].その中で友部は,江戸時代後半の百 姓一揆は飢饉や自然災害による「災害先行型」が多くみられたことは事実であるが, その一方で,価格統制や独占といった農民の市場参入を阻害する要因に対して決起し たと思われる騒擾が多発するようになったことを指摘し,地域経済市場に関わりあい ながら,その荒波に翻弄された農民の姿を明らかにしている. 7. ⓒ2009 Information Processing Society of Japan.
(8) Vol.2009-CH-83 No.4 2009/7/25. 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report. える. 以上述べた意義は,実際の研究において本システムを利用する中で得られた知見で あるが,同時にいくつかの課題も見いだされている.そのひとつは,時間属性あるい は空間属性が,曖昧な形式でしか表現され得ない歴史事象をデータベースに収録し表 現することが困難であることだ.例えば,「6 世紀初頭」や「明治 30 年代」といった ある時間範囲を示す記述方式や, 「信濃川流域」や「近畿一帯」といった大まかな空間 的領域を表現する表示方式については,現在のところ効果的な対応方法を見いだして いない.この課題は,システムの基本的な仕様に関わるため,新ヴァージョンを設計 する際に検討すべき事項であると考える. また,今日の Web サービス技術及び相互運用技術の普及は,本システムの開発当初 には予想されていなかったことであるため,WWW の豊富なリソースを活用するため の機能を充実させることも重要な課題であるといえよう.. 8. 謝辞. 図 7. 本システムは「暦象オーサリング・ツールによる危機管理研究」の一環として開発 された.この機会を提供してくださった同プロジェクト代表者であった友部謙一教授 (大阪大学経済学部)にこの場を借りて感謝の意を表したい.. GIS インタフェースにより 19 世紀の一揆 CO-set を地図にオーヴァレイした例. 7. まとめ-歴史地理研究における本システムの意義と課題 参考文献. これまで述べてきたように,筆者らは本システムを人文・社会科学分野の研究支援 ツールとして位置づけている.より具体的には,①歴史情報(あるいは時空間情報) データベースの構築,②動的かつ直感的な時空間情報の視覚化,③事象間の関係を中 心にした時空間情報の編纂,を支援する機能を提供する. 歴史地理分野の研究においてこれらの機能を利用することの意義は,第一に本シス テムの時空間情報の視覚化機能を利用することにより,歴史事象間の空間的・時間的 関係を直感的に把握できるということであろう.この点に関しては「 6 歴史地理研究 への適用事例」で示したとおりである. 第二に,特に歴史事象の記録という点ではからみると,データとして歴史情報を蓄 積する局面と,歴史事象間の関係を記述する局面を分離することにより,一次的デー タである歴史情報の共有化が可能になるということがあげられる.その基本コンセプ トは「4 暦象オーサリング・ツールの基本構想」で示したとおりである. そして第三は,研究成果の新しい表現手法(プレゼンテーション)を提供するとい うことである.時間的・空間的ダイナミズムを扱う歴史地理分野の研究において,研 究者の視点を的確に伝達するためには,静的な地図や年表だけでは不十分な場合が多 い.こうした場合において,本システムはひとつのソリューションを提供できると考. 1) Hanashima, M., Tomobe K. and Hirayama T.: Reki-Show Authoring Tools: Risk, Space, History, Journal of Systemics, Cybernetics and Informatics, Vol.3, No.6, pp.58-64(2005). 2) 暦象オーサリング・ツールによる危機管理研究プロジェト, http://www.fcronos.gsec.keio.ac.jp/home.html. 3) Mackinlay J.D., Robertson G.G., DeLine R.: Developing Calender Visualizers for Information Visualizer, ACM UIST '94, pp.109-118(1994). 4) Time Map Project, http://www.timemap.net/. 5) Peuquet, D.J.: It's about time: a conceptual framework for the representation of temporal dynamics in geographic information systems, Annals - Association of American Geographers, Vol.84, No. 3, pp. 441-461(1994). 6) Fyfe, D. A. and Holdsworth, D. W.: Signatures of Commerce in Small-Town Hotel Guest Registers, Social Science History, Vol.33, No.1, pp.17-45(2009). 7) 花島誠人: 暦象データベースを使用したネットワーク型研究・教育支援環境プロジェクト, 学びのデジタル革命, 学研, pp.134-139(2000). 8) 松岡正剛: 知の編集術, 講談社 (2000). 9) 青木虹二: 百姓一揆総合年表, 三一書房 (1971). 10) 友部謙一: 前工業化期日本の農家経済 : 主体均衡と市場経済, 有斐閣, pp.227-228(2007).. 8. ⓒ2009 Information Processing Society of Japan.
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