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モータースポーツにおけるスポーツ・ボランティア活動と地域社会との相互関係 : マン島TTレースの事例から 利用統計を見る

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モータースポーツにおけるスポーツ・ボランティア

活動と地域社会との相互関係 : マン島TTレースの

事例から

著者名(日)

小林 ゆき

雑誌名

白山人類学

14

ページ

157-185

発行年

2011-03

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00002413/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止

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モータースポーツにおけるスポーツ・ボランティア活動と

       地域社会との相互関係       マン島TTレースの事例から 小 林 ゆ き* The Relationship between Sports Volunteer Activities and        aLocal Community in Motor Sports:       Considering the Isle ofMan TT Race KOBAYASHI Yuki The purpose of this study is to discuss the relationship between Tourist Trophy(TT) marshals and the local community in the case of the annual Isle ofMan Tourist Trophy races. The Isle of Man is situated in the heart of the British Isles. The island is an internally self−governing dependent territory of the British Crown, although not part of the United Kingdom. TT races are the 60−kilometre motorcycle road races held each year on public roads in the Isle of Man. Because they take place on public roads, many volunteers are needed for the events. Among those volunteers are the marshals who safeguard the security ofboth the competitors alld the audience in motor sports events, and who help in case of accidents or any other difficulties,   There have been very few studies done concerning the relationship between sports volunteers and local communities. One reason for this is that most sports volunteers are simply fans of those sports, and generally not local residents. In addition, it is difficult to research the relationships between a local community and sports volunteers, because there are few local residents volunteering for stadium or arena events.   In this case study, firstly, I will discuss any analysis or study of sports volunteers, and will look into the basic characteristics of motor sports volunteers in particular. Secondly, I will delve further into the sports volunteer activity of the TT, of which *東洋大学大学院社会学研究科;Graduate School of Sociology, Toyo University,5・28・20,   Hakusan, Bunkyo, Tokyo,112・8606/yukky−rt@nifty.com

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白山人類学 14号 2011年3月 there is a long history. Furthermore, I will clarify the relationship between volunteer sports activities and local communities.   As for the method of the research, field work and participaIlt observation are the main techniques of cultural anthropology. In addition to these aspects, the history, culture and social situation of the Isle of Man, as well as the history of the TT, were taken into consideration through research of documents and local data.   The sports volunteers for motor sports need specialized knowledge and training, which has a major role in the safety management for both the competitors and the audience. At the beginning of the TT’s history, the marshal was actually a special constable who received payment for his services. Later on, TT marshals became unpaid volunteers, because the TT was affected by the Amateurism in sports.   Iwould suggest that the evolving process behind TT marshals has helped instill a view of them being benevolent and valiant symbols. As for the visitor marshals who come from overseas, this aspect is rooted in the framework of sports tourism. They have created communities through these marshal activities. Thus, the activities can be seen to function as something of a‘social club’・connecting the Isle from domestic and overseas. In fact, the TT marshal promotes the sustained interactions of this particular sporting event. キーワード:マン島TTレース,モータースポーツ,スポーツ・ボランティア Keywords:Isle of Man TT Race, Motor Sports, Sports Volunteer はじめに   本研究は,イギリス諸島にあるマン島(Isle ofMan)で開催されているオートバ イの公道レース,マン島TTレース(Tourist Trophy Race,略称TT) のマーシャ ルの活動を事例に,スポーツ・ボランティアと地域社会がどのように相互に関係し ているか考察することを目的とする。   マーシャルとは,モータースポーツにおいてコース上で選手と観客双方の安全を 図ったり事故時の救護や競技中の審判を行ったりする役割のことで,多くはボラン ティアの協力によって運営されている。TTに関係するスポーツ・ボランティアはマ ーシャルだけでなく,参加チームの運営関係者やTT運営の事務局,医療や救急ボ ランティアなどがあるが,本稿ではTTをささえるボランティアのうち,約1600 158

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名ともっとも人数を擁する「TTマーシャル」を対象とする1)。  調査地のマン島は,グレートブリテン島とアイルランド島の間にあるクラウン・ ディペンデンシー(イギリス王室所属)の独立地域で,独自の議会と法律を持っ。 面積は572平方km,人口は約8万人である2)。人口の約半数はマン島生まれで,半 数は主にイギリスからの移住者である。もともとマン島は1830年に世界初の旅客 船会社スチームパケット社がマン島一リバプール(Liverpool)間に定期航路を開い て以来,イギリスの旅行ブームと相まって19世紀前半から1960年代までは観光産 業が主力産業だった。現在の主な産業は,タックスヘイブンやオフショアなど税制 優遇策で知られる金融,IT,そして観光である。  現在のマン島観光産業の機軸は,1907年に始まったTTを主軸とする一連のモー タースポーツである3)。TTはマン島の首都ダグラス(Douglas)近くに設けられた スタート・フィニッシュ地点「グランドスタンド(Grand Stand)」から住宅街,牧 草地,山岳地帯を通り1周60kmの公道を閉鎖する「TTマウンテンコース」と呼 ぶ公道サーキットで行われる。かつては世界選手権シリーズの一戦に組み込まれて おり,現在でも国際格式のレースで,オートバイレースの聖地として世界屈指の難 コースを目指す選手たちと観客が世界中から集まる。  TTは毎年5月下旬から6月上旬の2週間にかけて開催され,前半は予選と練習 走行を兼ねたプラクティス,後半はレースが行われる。レースイベントの合間には, マン島各地でオートバイに関するさまざまなイベントが開催され,島をあげての一 番のお祭りとなり,マンクス4)(マン島民)も含めてTTウィークを楽しむ。 TTウ ィーク中は人口の半数以上に匹敵する観光客がやってくる。その多くは,所有バイ クをカーフェリーで持ち込み,観戦とツーリングを楽しむ。TTマーシャルも約半数 はマン島外からやってくる「ビジター・マーシャル」であり,マン島滞在を楽しみ ながらマーシャル活動をする。  ところで,どのようなスポーツであれ,審判や競技の進行,スポーツイベントの運 営などに関わるスポーツ・ボランティアの協力なしに行うことは不可能であろう。 興業会社が運営したり,プロフェッショナルの審判員が関わったりするスポーツイ ベントはあるものの,プロ・スポーツイベントやメガ・スポーツイベント,国際大 1)本稿ではTTで活動するマーシャルを「TTマーシャル」と呼び,一般的なマーシャルと  区別することとする。 2)Isle o了 Man Census 2006 Summary Resu/ts[Economic Affairs Division Isle of Man  Treasury ed.2006:2. 3)マン島では6月のTTを皮切りに,7月のサザン100,8月のマンクス・グランプリなど  オートバイの公道レースのほか,カーラリーなどが開催されている。 4)マン島民を指す独特の言葉。現代ではManx,古い表記ではManksと記す。

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白山人類学 14号 2011年3月 会などごく一部に限られる。モータースポーツも一般スポーツと同様に,競技の進 行や,コース上に配置されるオフィシャルやマーシャルと呼ばれるコース管理員な どは,ほとんどスポーツ・ボランティアの協力に頼っている。モータースポーツの 特徴として,マーシャルはコースの安全を図る役割とともに,レースの進行や審判 だけでなく,事故の際の救急活動も兼務する。専門性を持ったマーシャルを大人数 コースに配備する必要があり,ボランティア・リクルートの問題が常にっきまとう。 一般的には,モータースポーツのファンがマーシャルを担う場合が多いが,より大 人数を必要とする公道モータースポーツにおいては,地域住民の協力が不可欠とな る。  このように,スポーツ実践にとって重要な役割があるスポーツ・ボランティアだ が,その研究が盛んになってきたのは1990年代以降のことである。その多くはス ポーツ・ボランティアのモチベーションの研究,スポーツ・ボランティアの組織構 造や運営方法の研究がほとんどで,スポーツを開催する地域社会とスポーツ・ボラ ンティアとの相互関係についてはあまり研究が進んでいない。  そこで本稿では,まずスポーツ・ボランティアの先行研究を整理した上でモータ ースポーツにおけるスポーツ・ボランティアの特性を提示し,次に公道レースとし て歴史の長いマン島TTレースを事例に公道モータースポーツにおけるスポーツ・ ボランティア活動について考察する。そこから,スポーツ・ボランティアであるTT マーシャルの活動が地域社会にもたらす相互の関係性について明らかにしていく。  本研究の方法は,現地におけるフィールドワークおよび,一次文献資料や関連文 献を検討した。フィールドワークはTTウィーク前後の3週間,現地に滞在し聞き 取り調査などを行ったほか,2009年には,TTと同じコースを使い,ほぼ同じ日程, 同じ規模,似た組織で開催される姉妹レース,マンクス・グランプリ(Manx Grand Prix,略称MGP)において,実際にマーシャル活動しながら参与観察を行った5)。 1 モータースポーツとスポーツ・ボランティア 1 スポーツ・ボランティアとは  スポーツは,レジャー的な段階から練習,育成,地域の大会から国際大会,プロ の興業スポーツまですべてのスポーツ実践の段階において,さまざまなかたちでボ 5)現地調査は1996年と1998年から2008年,2010年は,毎年TTの会期中に2∼3週間程  度,加えて2005年は8月∼9月の2か月間,2007年は3月の1か月間,2009年は5月  から9月まで5か月間滞在し行った。

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ランティアの協力によって成り立っている。スポーツ文化を「ささえるスポーツ」 の側面から研究している山口泰雄は,スポーツ・ボランティアの定義を以下のよう に述べている。  地域におけるスポーツクラブやスポーツ団体において,報酬を目的としない で,クラブ・団体の運営や指導活動を日常的にささえたり,また,国際競技大 会や地域スポーツ大会において,専門能力や時間などを進んで提供し,大会の 運営をささえる人のこと。クラブ・団体の運営や指導活動を行うクラブ・団体 ボランティアと,スポーツ大会の運営をささえるイベント・ボランティアに大 別できる。さらに,クラブ・団体ボランティアは,ボランティア指導者と運営 ボランティアに分けることができる。イベント・ボランティアは,専門知識や 技術が必要な専門ボランティアと,誰にでもできる一般ボランティアに分ける ことができる。[LI」口編2004:278]  山口は,スポーツ・ボランティアを活動の期間や範囲,内容,対象で分類し,え ポーツへのボランティアは日常的活動を行うクラブ・団体ボランティアと,非日常 的活動を行うイベント・ボランティアに,スポーツからのボランティアはアスリー ト・ボランティアに分類した(表1)[山口編2004:8]。  本稿の扱う「マーシャル」は後ほど詳述するが,山口の分類に従えば,イベント・ ボランティアのうち専門ボランティアと一般ボランティアの役割を兼ねている。 表1スポーツ・ボランティアの種類とその役割 ボランティア指導者 監督・コーチ,アシスタント指導者 クラブ・団体ボランティア 叝崧I:活動の場 <Nラブ・スポーツ団体 運営ボランティア クラブ役員・幹事,世話係,運搬・運転, L報・データ処理,団体役員等 専門ボランティア 審判員,通訳,医療救護,大会役員, 﨣 イベント・ボランティア 日嘱ッI:活動の場 £n域スポーツ大会, 総ロ・全国スポーツ大会 一般ボランティア 給水・求職,案内・受付,記録・掲示, 通整理,運搬・運転,ホストファミリー アスリート・ボランティア プロスポーツ選手 gップアスリート 福祉施設・スポーツクラブ訪問,イベント Q加等 (「スポーツにおけるボランティア活動の実態等に関する調査研究報告書」[スポー ツにおけるボランティア活動の実態等に関する調査研究協力者会議編2000:10]よ り作成)

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白山人類学14号2011年3月 2 スポーツ・ボランティアに関する先行研究  スポーツ・ボランティア研究が盛んになってきたのは日が浅く,1990年代以降で ある。近代スポーツの発祥の地とされるイギリスでは,英国政府のメディア・文化・ スポーツ省(The Department of Culture, Media and Sport,略称DCMS)の傘下 にあるイングランド政府のイングランド・スポーツカウンシル(English Sports Council,通称スポーツ・イングランドSports England)が1997年からボランテ ィア包括要綱(Volunteer Investment Program,略称VIP)を始め,その前後から スポーツ・ボランティア研究が盛んになってきた。  日本では,阪神淡路大震災を契機にボランティア活動の役割と重要性が認識され るようになり[山口編2004:10],長野オリンピックやサッカーのワールドカップ などのメガ・スポーツイベントや,障害者スポーツにおけるスポーツ・ボランティ ア活動が徐々に注目されるようになった。2000年に発表された文部省の「スポーツ 振興基本計画」には,生涯スポーツの意義が唱えられ,スポーツとのかかわり方と してスポーツを支援するスポーツ・ボランティアの重要性も掲げられた[文部省 2000]。また,同計画では「総合型地域スポーツクラブ」を全国に展開することと し,地域に密着したスポーツ育成段階からのスポーツ・ボランティアについて提言 されており,これを対象とした研究も盛んである。スポーツ・ボランティアに関す る主要な研究としては,『スポーツ・ボランティアへの招待  新しいスポーツ文 化の可能性』[U」口編2004]が挙げられる。  ただし,これまでのスポーツ・ボランティア研究は,参加動機,期待と満足度, 継続意欲6),組織構造,運営7)など,ボランティア当事者やスポーツ実践を対象とし た実証研究が中心であった。また,地域社会からのスポーツ実践やスポーツイベン ト開催に対する働きかけに着目した研究は見受けられるものの,地域社会とボラン ティアとの相互関係の変容を経時的に捉えた研究はあまり進んでいない8)。  スポーツ・ボランティアと地域社会との相互関係に関する研究が少ない理由は, 6)参加動機や期待と満足度,継続意欲に関する研究は例えば,障害者スポーツ団体を対象に  調査研究した北村尚浩ほか[2005]の「スポーツ・ボランティアの組織コミットメント」が  ある。 7)スポーツ・ボランティアの運営に関する研究は,例えば中村裕司[20021の「2002年サッ  カーワールドカップ大会開催自治体における諸アクター関係とボランタリーセクターの  登場」がある。 8)メガ・スポーツイベント開催地における地域住民の意識の変容を,ワールドカップ新潟開  催においてイベント開催後の残された遺産という視点でボランティア活動と地域社会と  の関係から明らかにした研究として,西原康行・佐藤勝弘[2004]の「ワールドカップ新潟  開催における住民の意識変容:開催後の意識の安定化までの時系列的研究」が挙げられ  る。

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第..一.一に,スポーツ・ボランティアの属性として当該スポーツの熱心なファンが関係 する場合が多く,開催地域住民の参加が必ずしも多いとは言えないことが挙げられ る。  第二に,スポーツの場が公共空間ではなくスタジアムで行われる場合,プロフェ ッショナル・スポーツや国際大会などイベントの規模が大きければ大きいほどプロ モーターの力が強くなることと,ボランティア志願者が広域から応募してくるため, 地域住民の参加が難しくなり,結果的に地域住民の当該スポーツに対する関わりは 薄くなることが挙げられる。例えば,ゴルフの聖地と呼ばれるアメリカのオーガス タで行われるザ・マスターズでは「ボランティアは,実はアメリカ全土から集めら れた人々であり,したがってオーガスタの市民はほんの一握り」であり,「多くの市 民は,マスターズの開催地であることによる多くの恩恵を受けながらも,マスター ズをオーガスタ・ナショナルゴルフクラブと呼ばれる「ゴルフの聖地」でのワール ドワイドな出来事として静観しているように見える」といった状況が指摘されてい る[中澤2000:73]。  スポーツ・ボランティア研究のうち,モータースポーツを対象としたものは少な いが,例えばモンガとツルーレンは,ボランティア組織の人事管理についていくつ かのイベントやスポーツ,文化的活動に対するボランティア活動を比較検討し,モ ータースポーツイベントの場合,組織内のリスクはボランティアのトレーニングの レベルによって,責任の分配と内部の活動が開発され管理されていることを明らか にした[Monga and Treuren 2004]。他にも,組織や運営,参加動機に関する研究 は散見されるが,モータースポーツ研究においてスポーツ・ボランティアと地域社 会との関係性についての研究は見受けられない。これは,モータースポーツの場合 も一一般スポーツと同様に,スポーツ・ボランティアは一般的にモータースポーツ・ ファン,ないしはモータースポーツの元選手や関係者などで支えられてきており, 地域社会との関係が希薄なためと考えられる。このような背景から,スポーツ・ボ ランティア研究では,スポーツの内的構造の中でボランティアと運営組織の問題や, ボランティアそのものの研究のみが進んできたのである。  しかしながら,「地域に根ざしたスポーツイベントでは,参加者以外にコーチ,審 判,ボランティア,メディア関係者が訪問することによる地域活性化が期待されて いる」[二宮2009:13]とされる。実際,ボランティア活動をするために,外部の エリアからやってくるボランティアは宿泊や飲食を伴い,スポーツを介しての経済 効果につながることがある。毎年繰り返されるスポーツイベントならば,継続的に 活動する外部のボランティアもやってきて,新たな形での地域社会とのコミュニテ

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白山人類学 14号 2011年3月 イが生まれることがある。膨大な数のTTマーシャルの協力を得つつ,100年以上 の歴史が続いてきたマン島TTは,まさにこのような側面で希有な成功事例と言え る。TTにおけるスポーツ・ボランティアと地域社会との関係性を研究することは, 経済効果だけでなく地域振興や持続的なスポーツ実践の背景を明らかにすることが できると考える。 3 モータースポーツにおけるスポーツ・ボランティアの特徴  モータースポーツの最大の特徴は,動力源を積んだ乗り物による競技という点で ある。そこから生まれるスピードやパワーをどのようにコントU一ルしていくかが 競技の大きな要素となる。スピードやパワーは時に転倒やマシン同士の衝突事故, コース逸脱を招くことがあり,競技者と観客双方の安全を図らなくてはならない。  モータースポーツの競技中にコース上で安全な運営や進行,審判,救護の役割を 担うのが,「オフィシャル」または「マーシャル」と呼ばれるボランティアの存在で ある。  アメリカや日本では運営ボランティアと専門ボランティア,一般ボランティアを 含めて「オフィシャル」と呼ぶことが多いのに対して,イギリスやアイルランドな どではコース管理のボランティアは特に「マーシャル」と呼び,運営ボランティア と区別することが多い9)。  モーターサイクルスポーツの統括団体,国際モーターサイクリズム連盟 (F6d6ration Internationale de Motocyclisme,略称FIM)のスポーツコードによ れば,オフィシャルとは「大会期間中の職務に従事する人員」としている10)。  イギリスのうちグレートブリテン島とマン島のモーターサイクルスポーツ統括団 体,オートサイクルユニオン(Auto Cycle Union,略称ACU)のスポーツコードに よれば,マーシャルとは「フラッグを振る人」で,審判オフィシャルのコース管理 者(Clerk of the Course)の下で実行委員や運営管理の補佐をすると定義されてい る11)。  日本のオートバイのロードレース競技の場合,コースオフィシャルは必ずしもラ イセンスを必要としない。ただし,これはボランティアの入門段階の場合であり, 競技役員を目指すには競技役員ライセンスが必要となる。日本のモーターサイクル 9)競技者に旗で合図を出すことから「フラッグマーシャル」,サーキットのカーブで待機す  る場合が多いことから「コーナーワーカー」などと呼ぶ団体もある。 10)FIMの資料『スポーツコード』(MFJによる日本語版)による[F6d6ration lnternationale  de Motocyclisme ed.2010:49〕。 11)ACUの資料AOU Handbook 2008による[Auto Cycle Union ed.2008:441]。

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スポーツ統括団体の日本モーターサイクルスポーツ協会(略称MFJ)には「競技役 員ライセンス」がある。競技役員ライセンスはポイント制となっており,年間のイ ベント関与数などにより3級から1級に昇格していき,等級によって携われる役割 が変わってくる。レースイベントの組織は大会組織委員会,大会審査委員会,大会 競技役員,レースディレクション,テクニカルディレクター,メディカルディレク ター,計時委員,警備委員,コース長,車検長,救護長,進行長,パドック管理な どで構成される12)。  TTも日本と同様で,単にマーシャル活動をするだけならライセンスを必要としな い。ただし,TTの場合,マーシャル活動前に20分の講習ビデオ視聴を義務付け, その他に年間を通じて開催されている応急救護などの事故管理講習(lncident Management Course,略称IMC)を受講iすることを推奨している。  本稿で取り上げるマーシャルの役割は,①円滑なレース進行のための交通整理(公 道レースの場合),②観客の安全管理,③選手の安全確保や事故処理,応急救護,④ 審判,の4つである。モータースポーツの場合,マーシャルは競技規則に則ってラ イダーへの安全をはかるため,各種のフラッグを使い合図を出すことがある13)。こ のため,ライダーがレギュレーション通りフラッグを守って走っているかどうか見 極める審判もマーシャルの役目となっており,競技規則を熟知している必要がある。  これに対して公道を使う一般スポーツの場合,コース沿道に立つ一般ボランティ アは審判を行わず,専門ボランティアの審判を置くのが普通である。また,選手や 観客の救急医療も別に専門ボランティアを置くことが多く,沿道管理のボランティ アとは役割を別にする。つまり,モータースポーツのイベント・ボランティアは, 審判や救護という専門ボランティアと,交通整理や案内などの一般ボランティアの 両方の役割を兼任しているところが,一般スポーツのボランティアと大きく異なる 点である。 12)オフィシャルの組織は各競技会主催者が大会特別規則で制定できるとされ[日本モータ  ーサイクルスポーツ協会2007:28],ここではその日本語訳を国際大会のプログラム[ツ  インリンクもてぎ編2006:128・129]などに倣った。 13)例えば,黄旗振動は「前方に障害物など危険が差し迫っている」ことを示す。

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白山人類学 14号 2011年3月 表2 スポーツ空間の分類 空間の 場所 競技 モータースポーツ競技 特徴 ラリー,エンデューロ, ①自然空間(海, 水上スポーツ,航空スポー モトクロス,トライアル 山,川,空など) ッ,空中スポーツなど など 公共 マラソン,自転車レース, 公道レース(TT, F1な 空間 ②道路 モータースポーツなど ど),ラリーなど ③公共空間(公園 一部のサッカーなど,一’部 トライアル,エンデュー など) の相撲など ロ,ラリーなど ロードレース,スーパー 野球,陸上競技の一部,テ ④競技場(屋外) クロス,トライアル,ド ニス,ラグビーなど ラッグレースなど 競技場 バレーボール,体操,バド アイスレース,インドア ⑤競技場(屋内) ミントン,バスケットボー トライアル,スーパーク ルなど ロスなど (En(cyc/opedia of World Sρort [1.evinson, David and Karen Christensen eds. 1996]を参考に作成)  モータースポーツを行なうスポーツ空間によっても,スポーツ・ボランティアの 活動内容は異なってくる。スポーツを行う場所や空間を大別すると,自然空間や道 路・公園など公共空間を使うスポーツと,競技場を使うスポーツに分けられる(表 2)。  モータースポーツの場合,黎明期は常設サーキットが存在しなかったため,大規 模なレースは公道を使い,ごく小規模のレースは短距離だけ閉鎖した道路や公園を 利用し,娯楽的なレースは競馬場や自転車競技場を転用していた。モータースポー ツの発達とともに常設サーキットが普及し,ロードレースの場は常設サーキットと 公道サーキットの二つに分かれていった。第二次世界大戦後はモータースポーツ競 技の細分化が進み,路面やコースの形状,コースの距離などによりオートバイ競技 はロードレース,モトクロス,ラリー,エンデューロ,トライアル,ドラッグレー スなどに分化していった。  モータースポーツの場合,スポーツ空間の違いによって組織作り,リスクマネジ

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メント,観戦方法,メディアスポーツとしてのありかた,地域との関わり方が著し く異なる。常設サーキットの場合,コースと観客席の間に壁やフェンスが設けられ ているので,観客は危険からおおむね守られている。したがって,マーシャルの業 務は観客の安全への配慮にさほど割かれることなく,競技に集中できる。観客の整 理を行うのは,多くはサーキット(その多くは私企業)が雇っている警備員である。  一方,公道サーキットの場合は観客とコースの間にフェンスなどがないため,観 客がコースに侵入したりすることを防いだり,立入禁止エリアを管理したり,万が 一の転倒事故でマシンやライダーが観客のいる場所に飛び込む可能性があり,事故 処理や応急救護を観客の安全に向けても行わなければならない。 II TTマーシャルの歴史と変容 1 モータースポーツ黎明期のTTマーシャル  TTにおけるマーシャル活動は,初めてマン島でモータースポーツが開催された 1904年にまでさかのぼる。ヨーロッパ大陸で開催されていた自動車の国際レースに, イギリスの自動車産業界が対抗したいという思惑と,観光産業の次なる観光資源を 探していたマン島政府の思惑が合致し,1904年に開催されたゴードン・ベネット14) 競技予選会(Gordon Bennett Trial)15)は,現在のTTマウンテンコース1周37.733 マイル(60.73km)よりも長い,51マイル1ファーロング(81.8km)が設定され た16)。レース距離は当時の国際レースの規格に準拠させるためコースを5周し,か かった時間は8時間近くにもなった[Kelly 1996:33]。このため,警察長官はコー ス管理係として2週間で500人の「特別警察官(Special constables)」を採用した。 集められたのは,全ての海軍予備兵,87人のフォックスデイルの鉱山労働者,農民, 青年たちである。彼らが選ばれた理由は,海軍予備兵は高い船舶操縦技術を持って いること,鉱山労働者はそのチームワーク,農民たちは家族や使用人でまとまった 人数の班を作ることができたからであった。彼らに与えられたのは,腕章とホイッ スル,旗,それに5シリング17)であった[Beighton and Douglas eds.1993:16,98]。  このように,マン島におけるモータースポーツ黎明期において,当初はマーシャ 14)ゴードン・ベネット・Jr.はアメリカのニューヨーク・ヘラルド紙の発行主の息子で,フ  ランスでヘラルド紙を発行し,1901年にフランス自動車クラブ(France Automobile  Club)と共催でパリーリヨン・ゴードン・ベネット杯を開催した。 15)四輪・三輪・二輪の混走レースだった。 16)Isle of Man Examiner Annual [1.0.M.Examiner ed.1905:19]。 17)当時の金額で外食1食分程度に相当する。 167

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白山人類学14号2011年3月 ルに報酬が支払われていた。ゴードン・ベネット競技予選会はイギリスの自動車ク ラブ(Automobile Club,略称AC)がマン島政府にかけあって開催したものであり, レース主催団体であるACがマン島に対してレース開催費を支払っていたため, TT マーシャルに対する報酬はそこから支払われていたと考えられる。  1907年から始まったオートバイだけのTTでも, TTマーシャルに・一人1日5シ リングが支払われていた。その年の11月26日,マン島議会ティンワルド(Tynwald) では,レース開催にかかる1905年道路(自動車)法(Highways(Motor Car)Act1905) の改正について,開催日程やレースコースなどを議論するなかで,「特別警察官はス ポーツを無料で観戦できる上に5シリングもらえるが,だんだんその金額に満足で きなくなるのではないか」18)という意見や,「5シリングは労働者にとって貴重な副 収入である。しかし9月開催となると収穫期となり労働者を特別警察官として採用 するのは難しくなるのではないか」19)などの意見が交わされた。このような議論を 経て,マン島の農業や酪農業を背景に,TTマーシャル要員をマン島内で準備しなけ ればならない都合上,TTは6月開催が定着していった。  マン島政府高官はTTマーシャル対して,観客に絶対怪我をさせてはならないと いうコース上の安全管理意識と,「きたない言葉を使ってはいけない」という特別警 察官としての態度を求めたという。そして,「公共の安全を確立すれば,マン島がモ ータースポーツ・ツーリズム産業で優位に立てるであろう」とし,TTマーシャルの 役割が島の発展にとって重要であることを強調した20)。 2 第二次世界対戦後の無償ボランティア化と法律による警察権限の付与  第二次世界大戦で中断後,戦後マン島復興のシンボルとして再開されたTTのTT マーシャルは当初,ACUと協働で警察に組織運営が任されていた21)。  タイヤメーカーのダンロップ(Dunlop)がTTマーシャル用の白いウエアを協賛 していたため,TTマーシャルはダンロップマンと呼ばれていた。企業がマーシャル に無償でウエアを提供することは,スポーツの安全に寄与するというイメージアッ プの戦略でもあった。TTマーシャルはTTコースの風景の一部となり,それらを目 撃した観客や新聞・雑誌の写真を通じて全世界に伝えられる。つまり,TTマーシャ ルは本人の意志とは無関係に無意識的に広告媒体の役割も担っていたのである。  TTマーシャルが無報酬化された時期は定かではないが,遅くとも戦後の再開まで 18)Tynwald Court, November 26,1907. p.70.コウェル(Cowell)氏の発言。 19)Tynwald Court, November 26,1907. pp;66−68.クラカス(Clucas)氏の発言。 20)The Manx Quartθr!y 〔S. K. Broadbent ed.1908:428・429]。 21)TT Pro8ramme [Auto Cycle Union ed.1948:4−6]。 168

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には無報酬化されていた。活動資金はそれまでマン島が得ていたACUからの開催 費からではなく,マン島観光省の予算でまかなわれるようになった。無報酬化の背 景には,イギリスにおけるスポーツのアマチュアリズムの広がりがあったと考えら れる22)。  1962年,TTマーシャルは法人として組織化され, TTマーシャル協会(TT Marshals Association,略称TTMA)が発足した23)。戦後のTTは世界グランプリ 選手権シリーズの一戦として開催されるようになり,マーシャルの組織や活動は世 界選手権に相応しいものが求められていたためである。また,戦後イギリスのバイ クブームや観光ブームとともに,TTを訪れる観戦客が増え,コース管理を強化する 必要があった。当初,TTMAの幹部は警察官が兼任していたが,徐々にベテラン・ マーシャルの民間人からも幹部に登用されるようになっていった。  マン島では公道でレースを開催するにあたって,ロードレース法によって公道閉 鎖をすることができ,人やペット,家畜,乗り物のコース立ち入りを禁止している24)。 1982年改正ロードレース法(The Road Races (Amendment)Act 1982)ではこ れに加えて,TTマーシャルは身分証明書所持によって道路閉鎖中,警察官と同等の 権限を与えるとするTTマーシャルの権限強化の法律が制定された。以下はその文 言である。 1982年改正ロードレース法第3項 警察官長は本法に基づき,いかなるロードレースにおいても準備と実施のため に,警察官と同等の特権的権限と責任を持つマーシャルを任命することができ る。  この法律が施行されたあとも,コース上には道路閉鎖と解除の業務や万が一の事 故の際の立ち会いのために警察官が配備されていたが,2006年からは警察官立ち会 いをやめ,コース管理は完全にTTマーシャルによって行われることになった25)。 22)マン島のモータースポーツにおいてもアマチュアリズムの影響は見て取れ,1923年には  TTコースを使ったアマチュア選手のためのレース,マンクス・グランプリ(Manx Grand  Prix,略称MGP)が開始されている。 23)T・T.・Ra。θs 1964・A PV・rld・Ch・mpi・n・hip Meθting Officia1 Guid・and・Pr・9・・mm・[A・t・  Cycle Union ed.1964:8コ。 24)違反した場合は罰金または懲役が課せられる。 25)警察本来の業務(雑踏警備や犯罪抑止)を強化するため,警察官のレース立ち会いが廃  止されたと考えられる。 169

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白山人類学14号2011年3月 III TTマーシャルの組織 1 TT運営組織とTTマーシャル組織の関係  TTMAはTT全体の運営組織であるTT運営委員会に組み込まれており,レース 開発委員会を通じてTTマーシャル活動基準開発をマンクス・モーターサイクル・ クラブ(Manx Motor Cycle Club,以下MMCC)と,TTマーシャルと医療支援連 携をマン島モータースポーツ・メディカル・サービス(Isle of Man Motorsport Medical Services,以下MMS)とそれぞれ連携し活動している(図1 TTとTT マーシャルの組織関係図)。 光レジャー’ 臣 観光レジャー省担当議員 行政 観光レジャー省TTおよびモータース’・一ツ開発部長 観光レジャー省最高 任者 察上級幹部 TT運営委員会 運輸省上級幹部 マンクスモーターサイクルクラブ(MMCC)のコース監督 MMCC代表 ボランタ 梶[・ア ¥シエー Vョン MMCC副代表 MMCC主事 芯  仁   蓑 “  ※   “「 TTコース      (省略)  (2007年マン島政府資料より一一一部省略して作成) ※強調部分はTTマーシャルが直接関わる部署である ※2008年より省庁名,組織名,組織関係が若干変更されている          図1 TTとTTマーシャルの組織関係図  活動資金は主にマン島政府からの支出と,スポンサー企業からの寄付,それに一’ 般の寄付でまかなっている。マン島政府からの資金は,観光レジャー省の予算のう ちイベント費から支出されており,2009−2010年会計年度の場合,約447万ポン ド26)の一部がTTMAの予算に当てられていると考えられる27)。 2 TTマーシャルの組織  TTMAの運営理事は,代表のチェアマンと副チェアマン,リクルートとトレーニ ング担当,会計担当を含む9人で構成される。理事は毎年9月に行われる定例会議 で,TTMAメンバーの投票で選出される。チェアマンは警察出身者か長年TTマー シャルに携わった人物が選ばれることが多い。また,TTMA理事経験者やTTの重 26)2009年の為替レートで1英ポンド=140円として換算すると,日本円で約6億2,580万  円となる。 27)B・dg・t R・P・rt・and・E・timat・・2010−11[1・1・・f Man T・ea・u・y D,p。,tm。nt。d.2010・  47]。 170

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要オフィシャル経験者,トラベリング・マーシャル28)経験者,元TTライダーらを 含む8名がTTMAの後援者(patron)となっている。  TTコースの現場責任者はセクター・マーシャル長で,理事とは別に任命される。 全60kmのTTコースを12のセクションに分け,各地区にセクター・マーシャル 長と副セクター・マーシャル長が選出される。  一一般のTTマーシャルはTTMA組織に入会する必要はない。各自,活動できる日 と希望セクションを予め申告し,事前の講習を受ければTTマーシャルとして活動 できる。したがって,TTMAの組織は役員とセクター・マーシャルなど上級マーシ ャル以外の人員は流動的である。しかし,継続的に活動するTTマーシャルも多く, 経験年数や訓練経験などによって,上級マーシャルに抜擢されてゆく。

IV TTマーシャルの活動内容

1 TTマーシャルの募集  TTマーシャルの募集方法は,マン島内のポスター掲示,新聞公告,公式プログラ ムの特設ページ,チラシ配布,TTマーシャル経験者へのダイレクトメール,イギリ スのモーターサイクルショーにおけるTTイベント宣伝ブース出展時でのアピール, インターネットのホームページ,TTやMGPのレースウィーク中に街角で広報活動, ラジオのコマーシャル,グランドスタンド裏で宣伝カー出展などによる(写真1,2)。 とくに100周年を迎えた2007年は観光客の増加に伴いTTマーシャル数を増強す るため,マン島政府はTTMAの宣伝活動のための予算を増強した。  TTマーシャル登録の条件は16歳以上で,性別や国籍は問わない。18歳以下は保 護者の許可が必要である。以前は75歳以下という条件があったが,現在はとくに 最高年齢は問われない。年齢や経験によって,担当場所を事故発生頻度により考慮 される。レース中,写真を撮ることはできない。また飲酒やドラッグの使用は禁止 される。 28)トラベリング・マーシャルとは,レース中にオートバイで走行しながらコースの安全を  見守ったり,事故の際に駆けっけて救急を行ったりする特別なマーシャルのこと。元TT  ライダーでマン島在住者でなければならない。 171

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白山人類学14号2011年3月 (写真1:TTMAの宣伝・募金活動。 2008年6月4日,マン島首都ダグ ラスの商店街にて,筆者撮影) (写真2:TTMAの宣伝・募金活動。 関連グッズの販売やTTマーシャ ルの訓練ビデオを流していた。ここ で参加申し込みをすることも可能

である。2009年5月29日,TTグ

ランドスタンド裏にて,筆者撮影)  募集人数は最低508人だが29),実際には1600名ほどを必要とするという30)。  募集期間は通年だが,レギュラー(正規)マーシャルは早い段階で担当場所や任 務が決まる。レギュラー・マーシャルのもとにはレースの1か月ほど前にダイレク トメールが届き,ダグラスのグランドスタンド裏にあるTTMA事務局だけでなく, マン島内各地に設けられる参加受付で申し込みをすることができる。  マン島外からやってくるビジター(訪問者)・マーシャルは,レースウィーク中に グランドスタンド裏のTTMA事務局で申し込みをする。活動場所は本人の希望で, ある程度選ぶことができ,宿泊場所に近い場所や人気観戦場所,一般人が観戦でき ない場所を希望する人もいる。 29)lsノ・・τM・n・T・urist Tr・phy・Ra・θs・Th・Officia1 Pr・9・・mm・[A・t。 Cy,1。 U。i。n。d.2010・  10]。 30)2009年8月20日,TTMA事務局に対する聞き取り調査による。 172

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 参加受付を済ませたマーシャルには,マグカップ,公式プログラム31),TTマー シャルのユニフォームである蛍光オレンジ色のベスト(持っていない人のみ),マー シャルハンドブック,各種割引券(マーシャル活動に賛同するショップのもの),マ ーシャル歓迎ライブの案内,マーシャル・パーティの招待券が配布される32)。この ように,マーシャル活動は無償ボランティアだが,プログラムを含めかなり高待遇 のお土産がもらえることがわかる。また,食事は支給されないが,各セクションで TTマーシャル同士が飲み物やサンドイッチ,クッキー,チョコレートなどを持ち寄 ったり,近所の教会33)や観客からの差し入れを受け取ったりすることが見受けられ た。  TTマーシャルの装備はオレンジベストのみ配布される。オレンジベストにはスポ ンサーのロゴが印刷されていることがある。服装は長袖・長ズボンで活動しやすい シューズかブーツ,革のグローブを自前で用意することとなっている。 2 TTマーシャルの訓練  マーシャル活動の重要な要素は応急救護スキルにある。したがって,TTMAでは 年間を通じて月に1,2回ほど,イギリスにおける標準的な応急救護講習プログラ ムである事故管理講座(IMC)の講習会をボランティア救急隊組織のセント・ジョ ーンズ救急隊の協力で開催している。またIMCはマン島内だけでなく,ブリテン島 でもビジター・マーシャル用に年間数回開催している。IMCの講習レベルは初級用 と全日講習の2段階があり,全日講習を受けるとセント・ジョーンズ救急隊による 証明書がもらえるほか,ACUのオフィシャル・マーシャルライセンスを取得するこ とが可能で,これを持ってACUの全イベントにライセンス所持マーシャルとして 参加することが可能となる。  IMCとは別に,2005年から緊急電話に替わり使用しているTETRAラジオとい う無線機の通信訓練を行っている。1周60kmという長いコースを使用するTTで は,コースの前後の視界が開けていない場所も多く,無線機の連絡はレースの安全 を守るため重要な役割となっている。 31)2010年の場合,公式プログラムの定価は15ポンド(1ポンド= 140円換算で2100円)。 32)ここに挙げた配布物は2009年のMGPの場合だが, TTとMGPは開催規模や運営方法  がほぼ同じで,マーシャルは両イベントともTTMAが運営しているため, TTでもほぼ  同様の配布物が配られる。 33)2009年8月25日,ユニオンミルズでマーシャルしていたところ,観客向けに喫茶サー  ビスを行なっているユニオンミルズ教会からマーシャルに紅茶の差し入れがあった。レ  ース期間中は毎回,差し入れをしているとのことであった。 173

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白山人類学 14号 2011年3月 3 TTマーシャルの年間活動とTTウィーク中の活動内容 年間スケジュールと活動内容  TTに関するマーシャルの活動は一年中行われている。その年のレースが終わった らすぐに,セクター・マーシャルはオフィシャル,警察,医療関係者らとともにコ ースの安全に関する会議を行なう。検討される内容は,道路の舗装や照明,信号, バス停,道路標識など101の事項についてレースの安全面から検討される。そして, 道路工事の計画について次の12か月分のアウトラインが示される。また,ストロ ーベイル(防護クッション)や消火器,道路清掃ブラシ,オイル処理剤,担架などマ ーシャルの用具についても検討される。これら現場装備のチェックや準備はダグラ スコーポレーション34)に委託され,レースの3週間前から準備する。現場装備の撤 収もダグラスコーポレーションがレース後3週間以内に行なう。 TTウィーク中のスケジュール  TTは通常,プラクティスが士曜日と翌月曜日から金曜日まで,レース第1日目は 土曜日,2日目は月曜日,3日目は水曜日,4日目は金曜日の14日間・延べ10日 の日程で開催される。TTマーシャルの活動時間は,モーニングプラクティス(現在 は廃止)35)が午前4時∼6時,イブニングプラクティスが午後18時∼21時,レー スが午前9時から16時くらいまで行われるので,その前後の公道閉鎖時間を含め た時間である。  地元住民の場合,プラクティス期間は仕事とマーシャル活動を両立させている人 も多い。レース期間中,最終レース日の金曜日はマン島の祝日となるため,月曜日 と水曜日の二日間だけ仕事を休めばマーシャル活動ができる。例えば,警備会社に 勤めているサイモン・クラカス氏は,勤務が休めないプラクティスの日は会社に早 出し,定時より少し早めの16時に退社する。急いで自宅に戻って軽食をとり,17 時までに指定された場所に向かう。観光大臣を務めたこともある国会議員のエイド リアン・アーンショー氏は,定例議会は毎週火曜日に行われるため,TTレース中も マーシャル活動をすることができるという。自営業者はTTウィーク中,仕事をま るまる休んでマーシャルをする人もおり,休業する旨の貼り紙をよく見かける。学 生の場合,TTウィーク中は中間休暇に当たるため,学校を休まずにマーシャル活動 に就くことができる。 34)ダグラスコーポレーションはマン島の公共事業を受け持つ公共企業体である。普段は公  園の清掃や道路整備などを受け持っている。 35)マーシャルの時間的負担が大きいのと,ライダーの集中力や日照に問題が出やすいため  2004年に廃止された。 174

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 マン島内の他のモータースポーツでもTTマーシャルは活動している。 TTMAと してマーシャル活動するのは6月のTTと,9月のマンクス・グランプリである。 しかし,マン島のTTマウンテンコース以外で行われている他のオートバイやクル マのモータースポーツ,例えばアンドレアス(Andreas)・ロードレース,アンドレ アス飛行場レース,プレTTクラシック,ポストTT,サザン100,マンクス・ラリ ーなどは,ほとんどがTTMAで活動しているマーシャルらによって支えられており, 年間延べ200近くのモータースポーツイベントにTTマーシャルが関与している。  また,TTなどで経験を積んだマーシャルは,イギリスで行われているレースやバ イクイベントに派遣されることもある36)。 当日のスケジュールと活動内容  道路閉鎖は,プラクティスは開始の45分前,レースは1時間前に行なわれ,マー シャルは道路閉鎖の15分前までに担当場所に到着していなければならない。到着し たらセクター・マーシャルの出欠確認を受け,腕章にサインをもらう。これは後日, ビジター・マーシャルから訓練済マーシャルに昇格するための経験日数を証明する ものとなる。  メンバーが全員集合したら,誰がどの担当をするのかミーティングを行なう。そ して備品をチェックし,所定の場所に使いやすいように配置する。また,エントリ ー選手の変更などをラジオでチェックしておく。これは,万が一の事故のとき,正 確なゼッケンナンバーと名前を把握するためである。  道路閉鎖の時刻が近づいてきたら,ロープやバリケードなどを準備する。警察の 合図とともに道路閉鎖したら,クルマも人も通れないようにする。道路閉鎖が完了 したら,路面にゴミやオイルがないかチェックする。  レース中の役割は経験や事前の訓練の段階によって,無線担当・フラッグ担当・ マシンの撤去担当・担架担当などに分かれる。経験の少ない人はフラッグ担当や各 役割の補佐を行なう。若い男性はマシンの撤去や担架担当に当てられ,高齢者や未 経験者は比較的簡単な任務に就くことが多い(写真3)。 36).rs1θofMan Tou∬ist Trophy Ra cθs 7ゐθOfficiaノ.Programme[Auto Cycle Union ed. 2010:  10]。 175

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白山人類学 14号 2011年3月 (写真3 レース中,「西日に注 意」の旗を掲示するジョンさん (76歳)。高齢のため座ってフ ラッグ掲示係を担当している。 2010年6月1日,クロスビーに て,筆者撮影) (写真4 マーシャルがTTラ イダーのサイン入りTシャツを 賞品にして,観客に対してにわ かチャリティオークションを開 催しているシーン。2007年TT, バラフブリッジにて。筆者撮影)  走行前やレースのインターバル中は,観客に対して募金活動を行なうことがある (写真4)。募金はロブ・バイン基金(Rob Vine Fund)37)を中心・に,ボランティア 救急隊のホッグ・モータースポーツ協会(Hogg Motorsport Association)や,救急 ヘリコプター運用のためにお金を集めている。  TTマーシャルは,観客からレースやマン島に詳しい存在として見られており,レ ースの見どころやマン島の観光情報を求められることがある。つまり,TTマーシャ ルには観光大使の役割も発生している。  プラクティスやレース終了後は道路閉鎖の解除を行ない,マーシャル用具の片付 けを行なう。活動終了後はまっすぐ家に帰る人が多い。マーシャル活動中は長時間, 37)ロブ・バインは1985年のシニアTTで事故死したイギリス人の選手で,遺族がTTレー  ス運営のために基金を立ち上げた。マン島義援基金登録番号954。同基金は,マン島で  もっとも大きいノーブルズ病院再建やホッグ・モータースポーツ協会,コース上の応急  救護用具,救急ヘリコプター運行,応急救護の訓練などに寄付金を配分している。 176

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屋外で立ちっぱなしのため,翌日に備えて疲労回復するためのようである。ただし, レース期間中にTTマーシャルの慰労パーティが開催され,TTマーシャル同士の親 睦を深めている。参加費は飲み物以外無料で,チャリティオークションや有名ライ ダーのトークショーなどが行なわれる。

V TTマーシャルと地域社会との相互関係

1 TTマーシャルの属性と参加動機  TTマーシャルに参加する人は元々どの属性の人びとであったか,その歴史的変容 を踏まえて,ここで把握しておきたい。黎明期のTTマーシャルは前述したように 海軍予備兵や鉱山労働者,農民などであった。1912年のプログラムを見ると,マー シャルの敬称は全員Messrs.であり爵位ではないため,貴族階級ではなかったこと がわかる。戦後は「退役軍人が多く関与していた」という38)。退役軍人は応急救護 の心得があるため,マーシャルに志願したり採用されたりしたと考えられる。  現在では医療従事関係者の参加も多い。難しいカーブが続き事故発生件数が多い レンカレン(Rhencullen)を担当していた女性マーシャル(50代)は,「看護士経 験を買われて志願者の多いラムジーから担当箇所の移動を申し渡された」という39)。 また,高速コーナーのブランディッシュ(Brandish)を担当していた女性マーシャ ル(40代)も「病院勤務の経験があったからマーシャルをやってみないかと声をか けられた」ことでマーシャル活動に参加しているという40)。  女性マーシャルの場合,夫がレースファンだったりマーシャル活動をしたりして いた影響でマーシャルに参加するようになったという人もいる。また,親がマーシ ャル活動をしていた影響で自然と加わったという人もおり,血縁によってマーシャ ル活動が広がり,世代間継承が起こっていることがうかがえる。  歴史の長いTTでは,「たまたまコース沿いに住んでいたことがきっかけ。生まれ たときからTTをやっていたから,自然とマーシャルがかっこいいと感じて16歳に なったらやろうと思っていた」と語る人もいる41)。居住地域の教区42)から頼まれて マーシャル活動を始めたという事例は聞き取り調査では見られなかった。地理的条 38)2009年7月26日,ダグラスにてウエイン・エバンス氏の語り。 39)2009年9月1日,レンカレンでの聞き取り調査による。 40)2009年8月29日,ブランディッシュでの聞き取り調査による。 41)2009年9月2日,クロスビーにてグラムショー氏(70代)の語り。44年間マーシャル  活動をしているという。 42)マン島の行政区は教会単位の教区(parish)で分けられている。 177

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白山人類学 14号 2011年3月 件は影響しているものの,地縁がきっかけになっている例は少ないと言えるだろう。  引退したライダーや元レース関係者が関係者に依頼されて,あるいは自発的にマ ーシャルをする場合もある。これは一種の社縁と言える。彼らの活動は,これまで のレース活動に対する恩返しであり,地域貢献という意義が込められている43)。  マーシャル活動参加の動機を尋ねると,もっとも多い答えが「レースファンだっ たから」というものである。とくに,マン島外からやってくるビジター・マー一一シャ ルに多い言葉である。TTMAによれば,現在ではマーシャル総数約1600人のうち, 約半数の800人がビジター・マーシャルで占められているという44)。ビジター・マ ーシャルのタイプは2種類あり,そもそもモータースポーツに何らかの形で関わっ ていて高い知識や経験を備えている人と,観光としてマン島を訪れたことがきっか けで,より深くTTに関わりたいと考えマーシャルに参加する人である。  以上をまとめると,TTマーシャルの属性の特徴として,応急救護やレースの知識 や経験を背景として医療従事関係者やレース関係者が多いこと,地元住民だけでな くビジター・マーシャルの割合が高いことが挙げられる。 2 スポーツ・ツーリズム化するビジター・マーシャル  スポーツ・ツーリズムとは「自宅周辺から離れてスポーツ活動に参加または観戦 する非商業的な旅行」とするホールの定義が代表的である[Hall 1992:194]。 TT はモータースポーツを観光資源として取り入れた先駆的スポーツイベントで,現在 ではおよそ3万人から5万人がTTウィーク中にマン島にやってくる。その多くは 観戦を目的とする観戦客だが,TTマーシャルを含めTTに関わるボランティア活動 をしに来る訪問者はそのうちの数パーセントに上ると考えられる。  スポーツ・ツーリズムの枠組みについて研究した工藤・野川は,以下のように述 べている[工藤・野川2002:188・191]。「これまでの日本のスポーツやレジャーレ クリエーションの領域では,近接領域でありながらあまりツーリズムという視点で スポー・一ツ・レジャー活動を研究対象として扱ってこなかった」ことを指摘した上で, 「これまでのスポーツ・ツーリズムにおいては,もともとのツーリズムの定義には 目的地での収益を目的とする旅行者はその他の旅行とされているため,『興業』は含 まれていな」かったことを指摘した。工藤・野川はこの点についてツーリズム産業 の視点から,運営や選手,チームとしての参与は「エリート・スポーツ・ツーリズ 43)2009年9月4日,クロスビーにてブリッジ=バトラー氏(70代)の語りから。1951年  と1952年にTTに出場した経験があるという。 44)Is1θof∫Man Oentenary TT Official Programme[Auto Cycle Union ed.2007:12]。

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ム」として別のカテゴリーを設けるべきではとしている。工藤・野川はスポーツ・ ツーリズムの対象領域をケニヨン[Kenyon 1969:77−78]の「スポーツ参与の概念 モデル」に当てはめ,競技者や愛好者などの直接参与と観客の間接参与を対象とし, プロスポーツ選手・指導者・調整者はエリート・スポーツ・ツーリズムに分けてい る。しかし,スポーツを支えるボランティアの立場がスポーツ・ツーリズムのどの 対象となるのか明らかにしていない。  TTにおけるマーシャル活動はプラクティスからレース終了まで2週間の長きに 亙るため,島外からの訪問者は必然的に宿泊や飲食などの消費活動を伴う。聞き取 り調査によれば,これら島外からのマーシャル参加者は自分のバイクをマン島に持 ち込み,ホテルや民泊,キャンプなどで宿泊しつつ,レースイベントのない日や時 間には,バイクツーリングを楽しむなど観光に当てる人が多い。彼らの多くは,毎 年マン島TTレースにやってくる「リピーター」である。 TTだけでなくMGPでも 活動するマーシャルの中には,マン島に別荘を購入し,レース以外にも何度もマン 島を訪れる人もいる。これらのこと鑑みると,TTにおいてはスポーツ・ボランティ ア活動がスポーツ・ツーリズムの一枠組みとして成立していることを表していると 言える。 3 TTマーシャル活動とコミュニティ形成  2009年のMGPにおいて,筆者は実際にマーシャルとして参加し参与観察を行っ た。それ以前も取材者として参与観察を続けてきたが,マーシャルとしてオレンジ ベストを着ることで,よりマーシャル同士の一体感や仲間意識が生まれることが感 じられた。例えば,初めて担当する場所でもあらかじめオレンジベストを着て行く ことでマーシャルであると認識してもらえ,すぐに打ち解けることができた。レー ス終了後,オレンジベストを着たまま帰路に着くと,片付け途中の道路沿いのマー シャルや,同じように帰路に着く他のマーシャルとすれ違うときにオレンジベスト が目印となってお互いに挨拶を交わすことがあった。オレンジベストを着ることで マーシャルとしての自覚が芽生え,マーシャル同士互いを敬う行為につながってい くのである。  TTマーシャルは’過性の活動ではなく,レギュラー・マーシャルは年間を通じて, またビジター・マーシャルもリピーターとなることで定期性を帯びた活動となる。 繰り返し活動を行うことで,そこに行けば顔見知りに会えるという同窓会的要素が 生まれ,マーシャル間の連帯とコミュニティが形成される。聞き取り調査によれば, マーシャル活動を通じて育まれた人間関係から,ビジター・マーシャルが地元マー 179

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白山人類学 14号 2011年3月 シャルの家にホームステイするようになったり,マーシャル活動以外の時間に食事 や観光を共にしたりして親交を深めていたケースがあった。  ビジター・マーシャルの中には,マーシャル活動がきっかけでマン島に移住する 人もいる。マン島はもともとスコットランドやイングランドに支配されていた歴史 から他者受容の文化があることと,政府の積極的な移住奨励策,言語や生活文化に おいてイギリス圏とほとんど変わらないという背景も相まって,U.K.のアイデンテ ィティを保ちながら移住しやすい国としてイギリス圏の人びとに認知されている。 もともとTTマーシャルを経験した移住者ならば,マン島社会にも溶け込みやすい。 TTマーシャルは,人びとの水平移動をアシストする機能も持ち合わせている。 4 スポーツ文化の表象機能とスポーツイベントの持続的循環  TTマーシャルはコース際で目立つように蛍光オレンジ色のベストを着ることか ら,「オレンジアーミー」の愛称で呼ばれる。コース際に立っているオレンジアーミ ーは,無償参加という善意と,危険に立ち向かい命を救う勇気を表象する記号にな っている。観客席とコースの間にフェンスのない公道サーキットだからこそ,それ らの記号は単なる観客だけでなく,地域住民にも目撃され認知される。マーシャル を含むレースの風景が,マン島のモータースポーツ文化の「景色」であり象徴とし て捉えられるのである。  善意と勇気の象徴であるTTマーシャルは人びとから尊敬される存在である。 TT マーシャルとして経験を積むと,ほかのスポーツイベントや地域活動のリーダーな どに推薦されることがある。マーシャル経験者の国会議員も多い。また,TTマーシ ャルのボランティア活動はイギリス王室から勲章を与えられることがある45)。国と してイギリス連合王国から独立しているマン島のマンクスがイギリス王室から表彰 されることは,マンクスにとってグローバルに認められたという誇りにつながって いる。  TTマーシャルのほとんどは初めからTTマーシャルとしてTTに関わっているの ではなく,子どもの頃からレースを見ていた地元住民であったり,島外から観客と して訪れる観光客であったりしていた。次回はボランティアとしてTTに関わりた いと考えたり,もっと近くでレースを見たいと考えたりする人が,観客の立場から マーシャルに転換していく。このことは,閉鎖的な枠組みが取り払われた現代の都 45)女性マーシャルの草分けであるグウェン・クレリン氏(Gwen Crellin,1907・2006)は,  長年のマーシャル活動と救急ヘリコプター募金の活動を賞され,1994年にM.B.E.(大英  勲章)を授章している。

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市祝祭の「ミる一スる関係の揺れは,ミる人びとが,単にミる立場に固定されず, スる立場への逆転がはげしく行われる」との指摘[松平1990:350−351]や,「見る ことと見られること」で特徴付けられる大衆観光[アーリ1995]にも通じるもの である。  このように,TTマーシャル活動は善意と勇者の記号として目撃・認知され,やが ては観客からマーシャルへと属性を移動させることがある。これによりマーシャル は,スポーツイベントの持続的な運営の循環を促していると言える。 おわりに  以上のように,モータースポーツにおけるスポーツ・ボランティアの考察とし てマン島TTレースを事例に,地域社会との相互関係の視点からTTマーシャルに ついて考察してきた。  先行研究においては,スポーツ・ボランティアと地域社会との相互関係に視点を 置いた研究があまり進んでいなかったことを指摘した。背景には,スポーツ・ボラ ンティアは地域社会との関係が薄いファンによって担われているケースが多いこと と,スポーツ専用施設で行われるイベントの場合,地域住民の参加がしにくいため 地域社会との相互関係を経時的に調査できる事例が少なかったことが挙げられる。 その点,TTマーシャルは地域住民の参加が多いことと,相互関係の変容を考察する に足る十分な歴史があり,本稿はスポーツ・ボランティア研究において地域社会と の相互関係という視角を提示することができるのではないかと考える。  モータースポーツのスポーツ・ボランティアの特徴として,コースに立つマーシ ャルは競技者と観客双方に対する安全管理の役割が大きく,専門の知識や訓練経験 が必要となる。このため,TTでは当初マーシャルには報酬を払い「特別警察官」と いう立場で任命していた。その後,アマチュアリズムの広がりの影響でTTマーシ ャルも無報酬化された。また,社会的表彰を受けるケースも出てきた。このような マーシャルの変容過程は,TTマーシャルが単なるボランティア活動を越えて,無償 参加という善意と危険に立ち向かい命を救う勇気を表象する記号へと昇華されてい ったと考えられる。  そのように地域社会に認知されていったTTマーシャルは,単にモータースポー ツのファンが担うだけでなく,地元の医療従事経験者が積極的に関わったり,世代 間継承を生んだりしている。  マン島外からのビジター・マーシャルはスポーツ・ツーリズムの枠組みになるほ 181

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