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妖怪学講義 : 純正哲学部門 利用統計を見る

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(1)

妖怪学講義 : 純正哲学部門

著者名(日)

井上 円了[講述], 境野 哲[筆記]

雑誌名

井上円了選集

17

ページ

11-310

発行年

1999-03-20

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00004731/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

(2)

純正哲暴都門

娩蔭書義 ⋮

妖怪学講義

(3)

1.サイズ(タテ×ヨコ)  222×148mm 2.ページ  総数:346  目録: 6  本文:340 3.刊行年月日  初版:明治26年11月5日     ∼明治27年10月20日  再版:明治29年6月14日  底本:三版 明治30年8月5日 4.句読点  あり 5.その他  (1)初版は『哲学館講義録』の   「第7学年度妖怪学」として発  行された。その第1号・第2号   (第1冊)が明治26年11月5日  発行され,毎月2回2号ずっ2  冊発行されて,明治27年10月20  日,第47号・第48号(第24冊)を   もって完結した。その各冊に 酒、誉:,驚藤Wi蒙轟謡淀・    、r.第一靖 偶合鴛 揚一麩※首※驚●綴富黄撫無曾暗■商や尊O繍を今緒逗鷲灘窃お分客汰薮、 漬昌幽蠕膓竈目ま目名周玲ぷe口宕ぽよるξ但 ぴ学ほ輪式敏蝋量鳶繊σ亭灘ばゼ拳藤方宙繊㎡恒畜嚢薩ポすぷ逗ぢ胞ば驚じぺ 富さ4響膓嚢ζ旨逗.;ぷ4ウ擢膓貰膓ま堵 夢造●灘■忠︽4ぺ●苓の翼あ白’書亭髭λ●4●℃ロに島βプ.毒疹ぜ竃ぴ堰 亭民鳥“兵びs㊤汰ヰあ●砦の違“蕗●攣勺憤嶺加江⋮老紅灘す6●功る⑳欝

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w斑膓菖湖溺寄講灸淳寅て翻蠕磯富漬借灘講﹃渇、望 (巻頭) 妖怪㊧措羨券之璃上   線正冑攣都揮 嬢鋳、 ;野上  演 菅「霧 錐講 1妃鍾 慣瀞菅W醸犬灘十で肩培捲葛底鱒規、こ のr、﹁挙大兎+田麟電槍柘膜若W 鰻糟苗㊧外麹五遠費猶ヨぽ練行鴬 .膜、槙 、痢拙       ,  獅1、、 麹蓋琶曇・ ー三r二法、麺:ぎ         、董薯憂蚕田︹雀忌培、 、淘翻 渚   、潅熟盲話欝預         r象蟹ま霧’竃繭懲 垣誌扇措  泊擁X漬燕窪ぷ         諮塞輻き書続ぜ警盈裏胃

営轡冑無難謙

亘裏繁京鍵ゴ 鵜菅由皐書援   、嵩他婚塙停祢   「総論」をはじめとして「理学」   「医学」「純正哲学」「心理学」「宗  教学」「教育学」「雑」の各部門が  各数ページ分ずつ分けて掲載され  た。  ② 再版は講義録完結後,各冊の  各部を合綴し,それに「緒言」(明  治26年8月24日『妖怪学講義緒言』  として発行された45ページの小冊  子)と「参考書目拾遺」,「正誤」  表および付録あるいは付講を加え  て,全8巻全6冊の合本とし,『妖  怪学講義』と題して哲学館より刊  行されたものである。  (3)第三版は本文に異同はなく,   「再版につきて一言を題す」中に  ある「緒言に題す」を表題として  掲載したものである。 6.発行所  哲学館

(4)

第四 純正哲学部門

境井

野上

 円

哲了

筆講

記述

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第一講偶合編

妖怪学講義        第一節 概論        あんこう  ぐうちゆう  世間のいわゆる前知、予言、暗合、偶中等の類を、今、純正哲学の部門に入るるゆえんは、第一に、これらの 原理はみな吾人経験の範囲外に属して、経験上より知ることあたわざること、第二に、これらの事項はみな宇宙 万有の一部より説明することあたわずして、全体上より説明するのみなることの二つの理由あり。かつ、これを 他の諸学の上に比考するも、理学に入るるべきものにあらず、医学に入るるべきものにあらず、さりとて心理学 に属すべきものにもあらず、その他いずれの学もみな確かにこれに適するものあるを見ず。ゆえに、今はしばら く純正哲学の部︹門︺に加えて、これが解説をなさんとするなり。それ、この部門に属する問題は、実に重大にし て、その影響するところ、またすこぶる広大なるべし。なんとなれば、人間社会の吉凶、禍福、利害、得失のよ って起こるゆえん、貧富、貴賎、栄枯、窮達のよって分かるるゆえんを説明するものなればなり。﹁宗教︹学︺部 門﹂において講ずる問題は、重大はすなわち重大なりといえども、世間はこれをもってひとり死後の禍福を談ず るものとみなすをもって、宗教を信ぜざるものはさらにかえりみず。また﹁教育︹学︺部門﹂において述ぶること も、その影響大なりといえども、これまた直接に禍福、利害に関せざることなれば、人々の注意もしたがって冷       ぼくぜい 淡なる傾向あり。しかるにト笈、方鑑、相術等に至りては、直接に一身上に関することなれば、世間この門に迷      か た うもの実に移多なりとす。堂々たる士君子にして、なおその一流に加わるものまたすくなからず。予これを聞く、 13

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第四純正哲学部門 社会の不景気、日一日よりはなはだしきをもって、百計ここに尽き、車馬を飛ばしてト者の門をたたき、その鑑 定を請うもの、また日一日よりはなはだしと。けだし今日の勢い、人みな今日今時のことに汲々として、全心を 目前の営利に注ぎ、死後冥界のごとき五十年、百年の後のことをかえりみるの余地なきに至れり。ゆえをもって、 宗教家の門前草を生じて、方術家の戸外市をなすの勢いなり。予輩、あにその理を講究せずして可ならんや。        えきぜい  この種の方術中、古来、最も世間の信用を得たるものは易笈にして、その書は天地の機密を開示せるものなり。    けいじ でん       か かつ﹃繋辞︹伝︺﹄には﹁聖人設レ卦観レ象繋レ辞焉而明二吉凶ご︵聖人、卦を設けて象をみ、ことばをかけて吉凶を 明らかにす︶とありて、その哲理は往々一読三嘆の点なきにあらざるも、これをその吉凶を判定する器具となす に至りては、一考再考を重ぬるにあらざれば決して首肯すべからず。その他の諸術に至りては、実に妄誕を極め たるもの多し。しかして、その効用を演述するや、売薬の効能書も三舎を避くありさまなり。方位家は曰く、﹁相       たたり と方とは車の両輪のごとし、互いに用うべきことなり。家相吉なりといえども、凶方を犯すときはその崇速やか にして、軽きは公難、病災、重きは家を破り、命殺の崇をこうむるに至る﹂︵﹃八門九星初学入門﹄序︶。人相家は 曰く、﹁それ相法は聖人天下をおさむるもとなり、知らずんばあるべからず﹂またその効能を説きて、﹁第一、わ れらの身の吉凶をさとし、悪事をしりぞけ吉事にすすみ、さすれば子孫繁昌の基なるべし﹂︵﹃人相指南秘伝集﹄ 序︶。また家相家は曰く、﹁およそ人の宅地、陰陽五行、相生相剋の理、自然に備わる。その吉祥の理をしくとき は、家富み、人さかんに、忠信孝貞の道おのずから興る。また凶相を備うるときは、その理にひかれ種々の横難、 災病おこる﹂︵﹃家相図説﹄序︶。また淘宮家はその術を自称して、﹁宇宙万有の変遷、吾人の吉凶、禍福、天然自        うんぬん 然、運気の上下、病症、諸難、災害を未来に会得、覚悟せしむる一大明鏡、云云﹂︵川瀬︹勝︺氏﹃淘宮学秘書﹄︶ 14

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妖怪学講義 と説き、木島︹大照斎︺氏の幹枝学に至りては、その協会設立趣旨に、﹁それ幹枝学は哲学の大礎にして、有形無形 を問わず、すべて宇宙万有の活動を未然に覚知するの真理たり。︵中略︶これを大にしては国家の安危に関し、こ れを小にしては各人各個の貴賎、貧富、幸不幸に関するものにして、邦国の栄誉、人類の命脈、みなこの学によ らざるはなし﹂と題せり。たれかこれを読みて一驚を喫せざるものあらんや。  ここにまた、近年組織せる蓮門教会と名付くる一種の宗派あり。その説くところは幹枝方位家と異なることな し。その教会より発行せる﹃普照﹄第十五号の論壇に、﹁今、現世に現証の利益ある教法たるや、わが蓮門教これ       ひんる なり。なんとなれば、それ盲は明を得、聾は聡を得、廃人はたち、痛者は癒え、不幸をして幸となし、貧婁をし          よロつ て富有とならしめ、天は寿を得、愚は賢となる。火もやくあたわず、水も漂わすあたわず。これをこれ、現世現 証の利益という﹂と述べたるを見る。ここに至りて百驚千驚を喫せざるべからず。以上のごとき効能書は、だれ も信ずるものなかるべしといえども、また全くかくのごときは野蛮の遺風、一つも取るに足らずとして度外視す べきや。世間その門に帰するもの、日に多くを加うるをいかんせん。いずれの世にても盲者千人、明者一人の割 合なれば、その門に帰するものあるも、やむをえざることとして看過すべきや。予は、その盲者千人をして明者 にするをもって、学者の責任なりと信ずるものなり。かつ、このことたるや、そのうちにいくぶんか講究すべき ものを含有するかも計るべからざれば、その真偽は多少の考察を経て判定せざるべからず。ゆえに予は、そのう ちのいくぶんは信ずべく、いくぶんは信ずべからざるかを類別し、また、その信ずべき部分も、非学術的道理に 基づきたるものなれば、これに代うるに学術的方法をもってせんことを望むなり。  かの干支、五行のごときは、今日にありては、すでに陳腐の説に属す。たといその応用に至りては多少の効験 15

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第四純正哲学部門       かい あるも、これに代用すべき学術的新法を発見するを要す。諺に﹁まず塊より始めよ﹂といえるがごとく、予、そ       ぽくぜい の不肖をかえりみず、哲学的卜笈、学術的相法を仮設して、試みにこれを実施せんとす。今その緒論として、こ れより偶合論を講述すべし。        第二節 偶合論の種類  偶合の種類に種々あり。今大別して、空間上の偶合および時間上の偶合の二つとす。空間上の偶合とは、甲乙 互いに遠く相離れて、各一方に起こりし事実の暗合するをいう。例えば、身は故国百里の外にありながら、一夜 たまたま父兄の死を夢み、あるいは夢ならずとも、なにか突然目に見え、あるいは耳に聞こえ、あるいは心に感 ずることありしなど、多少の徴候を感じたるとき、果たしてその父兄の故郷に死するあるがごとき類にして、そ の例、世に多くあるなり。こは場所の上の偶合なれば、予はこれを名付けて空間上の偶合というなり。つぎに時 間上の偶合とは、予言、前兆等のごときものにして、これによりて数日前もしくは数年前に、将来に起こるべき 事件を前知するをいう。種々のト笠、相法もしくは天象を観察して、変動を予知するがごとき、すべて自然の現 象および人意の判断によりて将来を知るもの、これを時間上の偶合とす。しかるにまた、他の分類法あり。すな わち、自然の出来事によりて禍福を察知するものと、人の鑑定によりて吉凶を判断するものとの二つとなすこと       かずい を得べし。自然の出来事による法は、天文の変動を察し、あるいは草木の嘉瑞、あるいは鳥獣の不祥をみて、い ずこにはかくかくの凶変あるべし、何日にはかくかくの吉事あらんなど占考する類にして、人為の鑑定による法 は、易麸もしくは人相等によりて、吉凶、禍福を判断する方術をいう。その自然法にまた偶然と注意との二様あ 16

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       か か り。天に瑞雲現れ、田に嘉禾を見て吉兆となすは、偶然に出ずるものなり。もしローマの占考法のごとく、丘山 にのぼりて四面を見渡し、もって兆候を見んことを求むるは、注意によるものというべし。また人為法にも、直 接に人の身心に関する、人相、夢判じのごときものと、他の事物の上にもとづき、陰陽五行、方位、時日の吉凶 を、人の上に適用しきたりて鑑定するものあり。今、以上の分類を合括して示すときは左表のごとし。 妖怪学講義        第三節 偶合考察の目的        ひつきよう  世間の人が前表の時間および空間の上において、種々のことを考察、鑑定する目的は、畢寛、人間の吉凶、禍 福の上につきて、禍を去り福を得、凶を除き吉を求めんとする意にほかならず。これを小にしては一身および一 家の凶を除き吉を求め、これを大にしては一国の福利をねがうにありというべし。ゆえに、偶合に関する諸法の 17

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第四純正哲学部門 目的は、吉凶、禍福の複線軌道の外に出ずべからず、かつ吉凶、禍福のうちにつきても、ときには国家の安寧、 変乱等に関することなきにあらずといえども、概して一身一家の上にかかわるもの多く、生涯の無事息災、子孫 の無難繁栄を熱望する、一片の利己心より起こるものを常とす。人たれかは利己の心なからん。されど、世路の 銀難なる種々の災害、常に道をふさぎて、百事意に任せず。さればとて、いかにしてこれを避くべきや、自らそ        ぼくぜい の良法を知らざるより、古来伝わるところのト笠、人相または天文雲気に考えて、この利己の目的を全うせんと するに至る。果たしてしからば、かかる鑑定法は、到底、人間の一種の迷心といわざるべからず。すべて世間に は福あれば禍あり、不幸なくして幸ひとりあるべからざるは、理のおのずからしかるところ。しかしてこの間に、 よく人力の左右し得るものあり、あるいは全く人力のいかんともすべからざるものあり。他語にていえば、ある 度までは人力によりて、禍を転じて福となすことを得ざるにあらずといえども、ある点より以上に及びては、全 く人力によりて自由に動かし得ざるものあり。しかるに世界のこと、なにもかもすべて人力によりて左右せんと 欲するがごときは、これその迷誤たるゆえんなり。かつ、たとい人力にて左右し得べき範囲内においても、方術 の鑑定に一任して自らつとむべきをなさずんば、いずくんぞ一身の幸福を全うせんや。もし果たして禍を避け福       し  し を求むる意あらば、ただ一心に丹精を凝らし、朝夕孜々として自らつとめざるべからず。しかるに、いたずらに 手を懐にして、安座して粟をつかまんとするがごときは、迷誤の最も大なるものなり。もし、無知の人民みなこ とごとくこの迷池の泥中に沈まば、小にしては一身一家の不幸、大にしては実に国家の大害なりというべし。し からば、これらの理を講究して、人力の左右し得べき範囲の内外を明らかにし、いかにせば禍災の苦海をのがれ て、幸福、快楽の安宅に住するを得べきかを知らしむるは、世を益すること大なるは疑うべからざるなり。 18

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妖怪学講義        第四節 通俗的説明  時間および空間上の偶合は世人一般にあり得べきことと思惟し、吉凶、禍福もまた前知し得るものと考え、多 少の説明を与えて、この理由を解せんことを試む。しかれども、その解説たる、要するに神秘的のものというべ   こう く、毫も学術的と認むべきものなし。この神秘的説明のうち、第一、神意に帰するものと、第二、天運に帰する ものとあり。その第一説明によるに、宇宙には天地万物を主宰するところの神あり、あるいは吉凶、禍福を前知 し得るところの神ありて、よく吉凶、禍福を左右することを得。ゆえに、もし人この神を信じて神慮にかないな   ひつきよう ば、畢寛、神力にかりて禍福を前定しあたわざるの理あらんや。かの天に変動あり、地に災害あるがごときは、 みな神意より出でて人を戒むるゆえん、決して偶然にあらず。ゆえに、人にして内にかえりみ自ら修めば、天地 もまたおのずから和順すべしと信ずるなり。  つぎに他の一派は曰く、吉凶、禍福は天運の循環より起こる。今これを予知するを得るゆえんは、世界万有の 変化は、天地人間、一身一家、社会国家のことに及ぶまで、みな同一天運によりて支配せらるるものにして、ひ とたび天文中に起これる変動を知れば、これより推して人間中に起こるべき変動をも察知し得べき理ありとす。 けだし、この派のものは、天、地、人の三才は、もと一気の分化より起こるものなれば、互いに交感応合すべき ものと信ずるによる。この神意説はヤソ教の唱うるところにして、天運説はシナ学者の唱えしところとなす。し かれども、この二者にありては、いまだ明らかにいかなる道理によりてさることありやをつまびらかにせず、畢 寛、二論の深底に進み入れば、理外すなわち神秘の二字に帰するよりほかなし。しかるに近来、実験学の開くる        エ テル に従い、諸学の一部を取りて、偶合、偶中の理を付会し説明を試みんとするものあり。例えば、電気および精気 19

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第四純正哲学部門 の二気は、ともに空間に遍満せるがゆえに、その媒介によりて、身はここにありて遠方の人にも相通ずるを得る ゆえんなりと説くがごとし。しかれども、これいまだ学術上の説として許すべきものにあらず。        第五節学術的説明  しかるに、今これを学術上より考うるに、遠方のこと、未来のこと、必ずしも知り得られざるにあらず。なん となれば、宇宙万有は一貫の理法によりて組織さるるものにして、その間に行わるるところの変化は、因果一条 の大原理、縦横にこれを貫連せり。もし果たして宇宙なるもの、かくのごとき因と果と相結んで、無始より無終 に至るまで、不変性に合成せる一団の組織体なりとせば、世界の一物一事として必ず十分の道理、必然の原因あ りて、決して偶然なるものの存すべきにあらず。今日雨降るは偶然降るがごときも、前日すでに今日の雨を催す べき種々の事情、必然の理由ありしなり。しかして前日の事情、理由は、またこれを推すに、前々日においてす でにその事情、理由となるべきものあり。かくのごとく、いよいよ推していよいよさかのぼらば、前年の事情熟 して今年の現状をきたし、一昨年の原因集まりて昨年の結果を生じ、今年、今月、今日、今時の状態は、すでに       かいびやく 十年、百年、千年の前に定まり、さらにさかのぼりてその大源を探れば、世界開閥の当時より前定せることを発 見すべし。これ、ひとり物質の変化に限るにあらず、精神上においてもまたしかり。すなわち、今ある一事を思 考しおるは、みな内外両事情の前時にこれが原因となるありて、さらにさかのぼれば、今日より昨日、今年より 昨年、ないし十年、百年、千年、万年、世界開閥の太古のときにすでに定まれり。それより因果相続して今日あ るに至りしものというべし。 20

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妖怪学講義  果たしてしからば、太古よりすでに今日を知るべき理あるはもちろん、なお今[口のあらゆる事情を集めて推考 することを得ば、十年、百年、千年、万年の後までも推知し得べからざる理由あるを見ず。しかれども、こはた だ理論上のことのみ。実際上において、人間の知識は、決して今日世界にあらゆる事情を集めて知りつくさんこ とは、到底なし得べきことにあらず。いわんやこれを比較し考察すること、いかでよくすべけん。かくて、ただ に百年、千年の後を知るべからざるのみならず、明日雨降ることすら、今日より予知するに百発百中なることあ たわず。社会の変遷、人心の活動の状態のごとき、複雑、円転極まりなきものに至りては、到底、人知のその一 端すらうかがい知るべきにあらず。したがって、人事上に現るるところの吉凶、禍福の類も、人知の測るべき限 りにはあらざるなり。しかれども今、実際上に考うるに、多少偶合の事実は、現にその例あること疑うべからず。 夢と事実の合したりしこと、人相の判断、天文の占考、みな多少偶合することあり。もしかくのごときは、果た して人知の測知し得べきものにあらずんば、なにに向かいてその原因を帰すべきや。今この理由を明らかにせん がために、第一に客観上すなわち物理上より説明し、第二に主観上すなわち心理上より説明すべし。もっともこ のことたる、もとこれ神秘的のものにして理外に属し、道理上より測知すべきものにあらずとせば、物理、心理 の説明も無用に属すといえども、予は道理上より説明し得らるるものと信ずるをもって、これよりその説明を述 ぶべし。      第六節 物理的説明 物理上より考うるに、種々雑多の変化事実の中には、 、二の偶然に暗合することは、必ずあるべき道理にし 21

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第四純正哲学部門         こう て、これありとて毫も怪しむべきことにはあらず。これにつきて、まず偶然、蓋然、必然の三種の意味を説明せ ざるべからず。偶然とは、一般の規則に合せざるものにして、すなわち一般の規則にて測定し得べからざるもの を指す。必然とは、一般の規則にもとづき起こるものにして、決してその規則にはずれざるものをいう。蓋然と は、一般の規則によりてある部分は知られ得るも、ある部分は知られ得ざるものをいう。他語にていえば、十は 十ながら人は必ず死すというがごとき、一般の規則にはずるることのなきことは必然にして、十中の七八は明ら かなれども、二、三はいまだ定かならざるは蓋然なり。例えば、今日の天気によりて明日を察するに、大概は雨 降るならんというも、必ず雨降るとはいうべからず、これ蓋然なり。しかるに全く予想に反して、十は十ながら あてにはずれて、晴天ならんと思いしに、かえって雨降り、この人は今年中に死するならんと思いしに、かえっ て生きたるときのごときは、これを偶然とす。今、友人互いに相約して、一日相会うことあらんに、はじめより 約束したることなれば、これを偶然とは呼ばず。また互いにその居相近くして、ときどき相会うべき機会ありて、 果たして会合することありとも、これまた偶然とはいうべからず。甲乙遠く相へだたり、決して相会うべきはず なかりしに、突然途上に相遇うことあらんか、呼んでこれを偶然という。  さて、以上の偶然、必然、蓋然の三つにつき、この三つはおのおの異なる規則によりて支配さるるものなるや、 あるいは同一の規則にもとつくものにやを考うるに、みな一脈の理法によりて成立し、毫も偶然と必然また蓋然 の間において、判然たる区別あるを見ず。なんとなれば、世人一般のいわゆる偶然と称するところのものも、深 く事実を察するときは、必ずしかあるべき理由あるを発見す。例えば、遇うべからざる友人と突如途上に相遇え ば、人もって偶然となす。しかれどもその実、必然にして偶然にあらず。なんとなれば、友人はある必要の件あ 22

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妖怪学講義 りて、己が地にきたりおりしゆえ遭遇したるものなれば、そは当然のことなるのみ。すなわち、必然遇うべき事 情ありしものなれば、決して呼んで偶然というべからず。今、さらに偶然と必然とその別なきゆえんを証するに、 もし果たしてこの二者その別ある以上は、これより上は偶然にして下は必然なりとの、確固動かすべからざる分 界なかるべからず。しかるに人知の程度、経験の多少、あるいは時の古今、国の東西、文明の高下に従いて、大 いに偶然、必然の区界を異にし、昔時偶然に属せしものも、今日必然なるを発見したるものはなはだ多し。例え ば地震、風災、水難のごとき、昔時は偶然にしてその原因を神に帰したるも、今日これを必然の道理によりて説 明するに至る。  果たしてしからば、この二者の別は、事物の上にあるにあらずして人心の上にあり。すなわち一つの事実が、 その原因明瞭にして、心に了解し得らるるときはこれを必然とし、その原因、事情複雑にして、明瞭に心に了解 せられざるときは、名付けてこれを偶然というのみ。ゆえに知識の度に応じて、一人は偶然と見るも一人は必然 とし、甲は必然とするも乙は蓋然と見るに至る。要するに、なにごともみな一系の因果、経緯のほかに出でず。 換言すれば、みな必然にして、いわゆる偶然なるものあることなし。すでに偶然なく、天地の事物いちいちみな 必然の理法によりて変々化々するものなるがゆえに、学術的の研究もこの理に基づきて成立するなり。もし必然 のほかに偶然ありて存せば、学術の研究は無益なるべし。しかるに、世すでに偶然なきがゆえに、学術の研究は 日を追ってその功を奏するに至れり。しからば偶然の暗合も、また必然にほかならざるを知るべく、すでにこれ 必然ならば、また必ず学術上より説明すべきものならざるべからず。 23

(16)

第四純正哲学部門        第七節 偶然の算定法  数学上に、蓋然に属する事柄を算定する規則あり。これを蓋然法という。その法は、ここに一事あり、甲度数 において起・り、乙度数において敗るるときは、その起・る度数を算定す・に、晶Nの算式を用い、その敗

るる度数は報N竃すなわち、甲乙の和をも・てその要するものを除算す・なら㍗ば、こ・に石の

六面体の舞あ鵬その葦投・て三星の面を出だ藁薮を求めん・欲せば、その出ず・数はヰにして、その

出でざ・数は叫ならすなわち甲は一にして乙は五な鵬ゆえ曇を六回投ずるときには、平均亘三星の面

の出ずる割合なり。また、同様の養をもって奇数の面を出だす蓋然数を算するには、奇数の面は一と三と五との

三面な・をもって、ヰ←な鵬すなわち、平均二回三度出ず・の割合な鵬・た、二個の§も・て双

方ともに亘の面を出だ・ん・す・・きは、その数叶・†叶なり.もしまた講に白球五個赤球七個

をいれ、その中より一個の赤球を出だす蓋然数は、これを最初の算式に照らせば、甲を赤とし、乙を白として、 左のごとく算定するを得べし。   

@ 

@礼N﹂☆斗すなわち+二回に七遍の割合

 あるいはまた嚢中に赤球五個、白球三個、黒球四個を入れ、その中より二回続けて赤球を得る場合は、第一回

において申の薫数に・て、第二回にもまた同数なれば、斗・中・な・.もしまた亘の嚢中にお三、

第高に取り出だしたる球をその中援せず・て、第二回を行・もの・定めて算するときは、第亘は斗に・

て、第二回は石不足した・をもって+なり.ゆえに、その蓋然数は中・+竃その他・の例に準・て、

すべて必定すべからざる出来事を算定するを得。よろしくトドハンター氏もしくはスミス氏の代数学を参見すべ 24

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し。けだし、今日の生命保険および火災保険の掛け金の割合は、この算定法によりて、人の病死および火災の平 均を推算して定むるなり。もししからば、人の運不運、幸不幸のごとき偶然に属することも、多少この法により て算定し得べし。偶合あに奇怪とするに足らんや。 妖怪学講義        第八節 心理的説明  すでに物理上より、偶合の起こるべき理由を述べたれば、これより心理上の偶合の起こるべきゆえんを説明せ ざるべからず。        け う  第一、およそ偶合の事実は、世にいたって少なきものなれども、この希有なるものは、かえって最もいたく人 の注意をひき、また最も長く人の記憶に存するものなれば、人々の間にはこれら偶合の事実は割合より多くある がごとく思われ、偶合せざることはその実最も多けれども、かえって人の注意をひかず、したがって記憶に残ら ざるなり。しかして、これを平均するときは、蓋然の算式によりて知らるるごとく、少数の偶合の事実の存在し         ごう たればとて、そは毫も怪しむに足らざるものとす。  第二、人は自己の心意をもって事実を補うこと少なからず。これに、その全分を補うと一部分を補うとの別あ り。全分を補うとは、例えば、ここに一つの予言または前兆あらんに、これに応合すべき事実なきも、自己の想 像をもって構造するなり。﹃哲学会雑誌﹄第二冊第十九号に、﹁隔感の憶説﹂と題する項あり。ここに参考すべき 好適例なれば、左に摘載すべし。    甲なる人の死亡または非常の厄難と、遠方にいるその友人または親戚などが心に感ずるところと符合する 25

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第四純正哲学部門 ことありとは、しばしば人のいうところにして、あるいはこれを隔感、すなわち所を隔てて他人のありさま を覚知することあるの証なりとなすものあり。これにつきてプロフェッサー・ジョシアー・ロイス︵﹂°問○ぺひo︶        はつだ 氏が、本年四月発党の﹃マインド﹄雑誌において説明を与えたるものあり。けだし、氏はこのことをもって 記憶力の幻想に起こるとす。すなわち、人なにか非常にその心に感触することに出遇うときは、ただちにそ の記憶力の幻想を起こして、その人をしてこのことのきたる前に、すでにこれを預料せりと想像せしむるに        ふ いん 至る。例えば甲なる人、乙の卦音に接するときに、たちまち己すでに乙の死を予想せりとの幻想を起こす。 しかして、この幻想たるや、その力はなはだ強くして、ほとんどその起こるを防ぐを得ざらしむ。ゆえに、       しよう あたかもそのことの起こるにさきだちて、真にしかく予想せしかの思いあらしむ。ロイス氏はその憶説の証 ひよう 葱として、二重の記憶と称するものを指摘せり。二重の記憶とは、例えば、はじめて一つの場所にあるに、 すでにかつてそこにありしごとき感覚をいだくことあるをいうにて、決して珍しきことにあらずという。か つ、氏が憶説の中にいうごとき幻想は、狂人においてしばしば見るところなりとて、氏は二例を示せり。そ の一つは、恋情に関する出来事のために狂を発したる可憐の一少女にして、その身につき一事の起こるごと に、すなわちいう、﹁予の情人、これらのことをいちいちあらかじめ指示せり﹂と。第二の例もまた、発狂し        てんきよういん たる一壮年にして、この者つねに信ぜらく、その癩狂院に送られしより、自己の受けし取り扱いをはじめと して、院中において起こりたる一切の事件は、その前すでにある人々との談話の中に聞き知れるところなり と。しかして、この壮年自らいう、﹁これらの談話︵実にありしにあらず、ただその幻想のみ︶ありし当座は、 別にこれを心にとどめざるも、後にその出来事の果たして起こるときに至りては、たちまち以前の談話を思 26

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妖怪学講義   い出だす﹂と。しかも、この少年の実事を記憶するの力は少しも衰えずという。  また、一部分を意をもって補うとは、例えば、前に夢中に見たりしことを今は全く忘却し、何日何時にさる夢 を見たりしやは、もちろん記憶中に浮かばざる場合において、偶然夢中の事実と関係ある事件に遭遇したるとき、 初めてかつてさる夢ありしことを心中に思い起こし、すでに記憶に存せざりし時日を追憶して、夢もまたこの事        にせさつ 実と同日に起こりしがごとく想像する類これなり。余かつて]夜、夢に贋札を他人より受け取りしことありしが、 翌朝寝床を離るるときは、もはや全く忘失して心にも浮かばざりしに、両三日を経て後、ある新聞紙上に贋札の 件ありければ、これを読みて、ふと先夜の夢を思い起こししことありき。世に夢の事実と偶合すと思うものは、 この類決して少なからずと思わるるなり。およそ人はほとんど毎夜夢みざることなけれども、よく記憶しおるこ とははなはだまれにして、たまたまこれに関したる事実に接して、この事実より夢の方を想起しきたりて偶合せ るがごとく考うるを、これを一部分自己の意にて補うものとするなり。  第三、記憶中に無意識的に存したりし観念が、予期の時日に至り意識中に現れて、偶合のごとく考えらるるこ とあり。例えば、今より一年前に友人に会せしとき、その友人の容貌の虚弱なるありさまを見て、おそらくは一 年ぐらいにて、ついには不帰の人とならんなど自然に想像することあらんに、その後は全然忘却しいたりしも、 その記憶はかえって無意識中に存して、一年の後、偶然夢中にその記憶の浮かび出ずるがごとき場合あり。その        よ み とき、あたかもその友人もまたついに黄泉の客となりしことあるときは、人みなもって偶合となすべしといえど も、こは心理学上の無意識精神作用より説明し得べきことにて、別に奇とするに足らず。その他、あるいは他人 の談話のふと耳にとまりしとか、もしくは他人の手紙中にてちらと見受けたる事実等の、無意識的に記憶の中に 27

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第四純正哲学部門 存して、夢中意識の上に浮かびきたることありて、そのことの実際に合するときは、自己のかつて知らざりしこ       ごう との、偶然、神の知らせによりて知り得たるがごとく怪しみ、毫も無意識的に心中にとどまりおりしことには気 付かざるなり。  第四、身心の関係によりて察知することまた多し。人、相見の人の容貌を見て、運不運、吉不吉を判じ、ある いは心中のことを推知するがごときは、みな身心の関係より察知するものにして、心に思うことあれば身に現る るは理の当然なればなり。もっとも、人を相するをもって専門となしおるもの、または観察力の発達せし人は、 人の顔色、容貌を一見して、よくその心内に思惟するところを知り、その人の気風、性質、運不運に至るまで知 りつくし得るゆえんのものは、多年の経験等よりきたるところの結果にして、いちいち思想に訴え、身心の関係       す  り に考えて判断するにあらず。これなお医者の注意を用いずして、一目よく病者を弁じ、探偵の一見よく掬児を見       えきぜい あらわすに異ならず。また易籏のごときは、易に明文あるがゆえに、人意によりて判断するにあらざるがごとし といえども、易に書したるところの文は、いたって簡短にしていかなる意味にも解釈し得らるるものなれば、こ の文意をもって、いちいちに起こりきたるところの事情にあてはむるは、みな人の工夫をからざるべからず。経       ひつきよう 験多き人ほど判断のあたるは、畢寛、これがためなり。ゆえに、易をもって判ずるとはいえ、その事実に関する 種々の事情を聞くにあらざれば、単に易の文言のみにて判ずることは、笈者のはなはだ難しとするところなり。 もし笈法に熟達せるものに至りては、ただ二、三の事情を知れば、早くも将来あまたの運命を判定するなり。し からば易も、身心の関係について、外部の事情より内部を察知するものと知るべし。        ぼくじよう  第五、予期および信仰より起こるところの偶合また多し。こは実際そのト定、予言せし事実の的中するにあら 28

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妖怪学講義 ざれども、ただこれを信仰して、必ずかかる事実のきたるならんと予期し、これによりて、その結果を招きたる        ぼくぜい ものこれなり。例えば、戦陣に臨みて明朝の襲撃は勝敗いかにと危ぶみて、これをト箪に問いしに得るところ吉 なり。すなわち出でて敵と戦うに、果たして勝ちを得たらんがごとき、これト笠を信じたる精神の力なり。また 予言者ありて、なんじは必ず何月何日に病死すべしといわんに、その人これを信ずること固ければ、果たしてそ の日に至りて病をおこし、死に及ぶがごときもあり得べきことなり。かかるたぐいは、みな信仰の力すなわち精 神の作用なること疑いなし。ことに疾病のごときは、精神の作用に関係すること最も多しとす。すべて人間の吉        わざわい 凶、禍福は、多少精神によりて左右せらるるものにして、心に福あるを期すれば、よく禍を転じて福となすを 得べく、凶事あるべしと思えば、吉事もかえって凶事となることあるべし。このゆえに、ト笹、予言等にて必ず        かんなん 福のきたるあらんといえば、顛難を忍び労苦にたえて、ひたすら幸福のきたるをまつがゆえ、いつかはこれに出 会することあるべく、これに反して必ず禍のきたるあらんといわば、恐怖の情によりてその全心を支配せられて、 きたるべき幸福も去りて、去るべき禍害もきたることあるに至るなり。仮に今、一家の滅亡もしくは大事の失敗 というがごときことは、不幸の重なり重なりてここに至るものにして、いわゆるまわり合わせの悪きより起こる ことなれども、それに一層精神作用の加わるありて、ひとたび失敗すればその志大いにくじけて、さらに第二の 事業を興すも、すでに前時の失敗によりて精神の力を減じ、ためにその思考するところ大いに不完全をきたし、 ついに再び失敗し、三たび失敗し、不幸相重なるの運に至るべきなり。これに反して、ひとたび事の成就するあ らんか。二度、三度を重ぬるに従って、いよいよ思想その健全を保ち、精神その作用を誤らず、ついには幸福に 重ぬるに幸福をもってするに至る。これみな精神の影響にあらざるはなし。 29

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第四純正哲学部門  以上五力条に分かちて述べきたりしもの、これを括約すれば左のごとし。   第一、偶合の事実は人の注意を引き記憶に残りやすきこと   第二、自己の心意をもって多少事実を補全すること   第三、無意識観念の作用によりて偶合を起こすこと   第四、身心の関係によりて内情を察知すること   第五、予期および信仰によりて自ら偶合を迎うること  これを要するに、余が意、人の精神作用によりて、実際、暗合的中の少なきものを、 るというにあり。 割合に多からしむるに至 30        第九節 帰結  されば、偶然の暗合あるいは予言、察知等の類は、物理上の道理に照らしても、多数の場合、中に一、二度の 事実存在したりとて、別に怪しむに足らず。いわんや、これに加うるに精神作用をもってし、一層自然に起こる ところの場合より、はなはだ多き割合を得るをや。これ、人をして奇怪の念を起こさしむるなり。ゆえに、これ ら偶合、暗中等の原因は、外界にありては事物の事情、内界にありては精神の作用、および内外の中間にては物 心の関係、もしくは身心の関係の三つを出でず。しかるにこの三種の原因、事情のほかに、なおここに参考を要 すること一、二あり。        げんこ  そは、第一には伝説、諺語等より起こるものにして、例えば、鳥のなき声によりて人の死を知るといい、窓に

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妖怪学講義 鳥影のさすときは客あるべしといい、人のうわさすればその人きたるといい、昼、右の耳かゆきときはよきこと をきき、夜、左の耳かゆきときはあしきことを聞くという。その他、くしゃみの数によりて吉凶を判ずる諺あり。 すなわち、 一ほめられ、二くさされ、三ほれられ、四かぜひくというこれなり。かくのごときは、みな実にしか        ささい るべき道理ありて起こりたるにあらず。極めて項細の出来事、あるいは人のなんの意なしにいいし言葉が、自然 にその主なる原因となりしものにて、中には多少の経験、習慣によりて起こりたるものもありて、わずかに両三 回、同一事の引き続くことあれば、なにかその間に必然の関係あるがごとくに思い、ついに一般の伝説となり諺 語となりて、世人はこれをもって一種の規則のごとくに考うるに至る。  第二には、人の故意をもって作為するより起こるものにして、その中には一種の政略上より出でたるものあり。     いん      ふえづ 例えば、般の武帝が夢に傅説を得てこれを用い、後漢の明帝が金人の光を放つと夢みてインドより仏教を入れし がごときは、みなこれ一種の政略と見るよりほかなし。あるいは微賎よりただちに抜きて人を用いんは、世間の 物議にはばかるところあり、あるいは他国より異教を入るるは、人のこれに反対せんことを恐れて、ことさらに これを夢に託したるものなるべし。わが国にありても、後醍醐帝の笠置の夢における、楠公の聖徳太子の未来記 におけるがごとき、あるいは一種の政略なりしやいまだ知るべからず。余はかつて﹁張良論﹂を著して、その黄 石公の会合のごときも、一種の政略的故造説なりと断定せり。その他、人造的奇怪は﹁雑部門﹂第一節に述ぶる ところを見るべし。  第三には、たとい世間にては確実なるものといい伝いたることあるにもせよ、今日にありては、その果たして 確実なりやいなやを明らかにすることあたわざれば、古来民間に伝わりたる事実は、ことごとく虚なりというこ 31

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第四純正哲学部門       こびゆう とあたわざると同時に、またことごとく真なりということを得ず。なにほど確実のことにても、その中に大誤謬  はいたい を胚胎するや知るべからず。これまたよろしく参考して、偶合の起こる場合を考えざるべからず。        第一〇節 偶合の諸例  これより、近年、余が手帳中に記載せる単純の偶合の二、三例を挙ぐるに、先年ロシア皇太子の来遊ありし際、 これに不敬を加えたりし津田三蔵の津の字につきては、その不敬を加えたりし地は大津にして、その場所は津崎 岩次郎の前なりしといい、かつ、津田の本籍は伊勢の津なりというがごとく、すこぶる津の字のみにちなみある がごとく見ゆれども、こはただ自然の偶合にして別に不思議なるにあらず。また、この不敬事件は五月十一日な りしが、大久保内務卿の遭難は明治十一年、大隈伯の難は十一月十一日、森文部大臣の変死は二月十一日という がごとく、すべて十一の数に合し、また明治十八年一月二十三日に浅草の劇場猿若座の焼失ありしが、その前十 五年の一月二十三日にも焼失したることありき。すなわち両度ともに同月同日なりしという。また、大塩平八郎 の兵を挙げて大阪市中を焼きたるは、二月二十日にして、島原騒動の二百年目に当たり、同月同日の出来事なり       こう という。かかる類は、みな物理上循環の理にて説明すべきものにして、毫も奇怪なることにあらず。ここに他の       ぼしん 一例を示さんに、余が郷里の某氏、戊辰の際ひとたび家を出でて諸方に奔走し、数年の間、信を絶ちて帰らざり しかば、家族はみな戦死せしならんとおもいて、その家を出立せし日を忌日と定め、毎年これを弔祭しいたりし に、すでに七年にもなりしかば、親戚、故旧相集まりて、七年忌の法事を営みし折しも、某氏は久しく関東に流 浪せしが、まさしくこの日の暮れにその家に帰りたりしことあり。当夕集まれる人々は、みな法事、読経の功徳 32

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       むかし なりとて大いに喜べりというも、これもとより普通の偶合なり。在昔、平氏の軍大内を守るや、重盛祝して曰く、 ﹁年は平治たり、地は平安たり、しかしてわれは平氏なり。これ天、吉兆を示すなり﹂と。また関ヶ原の役、徳 川家康、岐阜に至りしとき、ある人大柿を献ぜり。家康喜んで曰く、﹁大垣わが手に落ちたり﹂と。すなわち大垣、 大柿と国音相通ずるによる。また、孔子は三十にして立ち、釈迦は三十にして成道し、キリストは三十にして救 世主となる。なにをもって、その年齢のかく応合するや。また、哲学者へーゲルはライプニッツとその死日︵十 一月十四日︶を同じくするも、あに奇ならずや。しかれども、これみな自然の偶合にして、あえて怪しむに足ら ざるなり。 妖怪学講義       第一一節 前知の諸例       ぼくぜい  前節の諸例は偶合中の最も単純なるものなれば、これよりやや錯雑なるものを挙ぐるに、あるいはト麸、人相、 種々の鑑定法等によりて吉凶、禍福を知る諸術あれども、こは後に部類を分かちて詳論すべければ、くわしくこ        あべのせいめい こに述ぶるに及ぼず。今、安倍晴明の占術における、その他これに類したる一、二例を、史談中より抜記して左 に示すべし。    安倍晴明は、本邦著名の天文博士にして、陰陽推歩の術を学び、占術に通ずる奇中、神のごとし。本邦陰   陽雑占を業とするもの、みな晴明を推して祖となす。世伝えいう、華山帝の位をのがれ、夜潜かに宮を出ず     ひんしよう   るや、婿妾といえどもこれを知らず。この夜晴明、暑を庭中に避け、仰ぎて天象に変あるを見、大いに驚き   走りて朝に至る。帝果たしていまさず。また華山帝、在位のとき頭風を病みたまう。雨気あるときはことに 33

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第四純正哲学部門   はなはだし。医療さらにしるしなし。晴明奏しけるは、﹁君の前生はやんごとなき行者にておわします。大峰        どくろ   に入りて入滅したまう。その徳によりて今、天子と生まれさせたまえども、前生の髄艘、岩のはざまに落ち   入りはべるが、雨気には岩ふとりてつめはべる間、御いたみあり。御療治においてはかなうべからず。かの        ぞシフら   髄饅を取りて広き所に置かれ候わば、御平癒ましまさん﹂とて、しかじかの谷底にと教えて人をつかわし、   働髄を取り出ださしめければ、御頭風ながく御平癒ありたりと。︵﹃大日本史﹄および﹃古事談﹄等の書に見   ゆ︶        よしひら      まさただ    ﹃本朝語園﹄︵巻七︶に、﹁陰陽師吉平は晴明が子なり。あるとき医師雅忠と酒をのみけるに、雅忠杯を取っ        み き    まい      ち い   て酒を請け、しばらく持ちたりけるを吉平見て、﹃御酒とく進りたまえ、ただいま地震のふり候わんするぞ﹄       こぼ   といいけるに、やがて地震のふりて酒を覆しけり。ゆゆしくそかねていいける﹂とあり。        たいらのときより    また同書に、﹁北条平時頼、民の辛苦を問わんとひそかに諸国をめぐる。日暮れてある所に宿す。夜に及   んで宿主、庭に出でて仰ぎ見て曰く、﹃天文異あり。星わが家に降る。これ、天下の権をとる者ここにきたれ   るの象なり。また奇ならずや﹄その妻ききてあやしむ。そののち時頼、鎌倉に帰り、かの者を召して天文博   士となす。惜しいかな、その姓を失って伝わらず﹂  その他、これに類する奇談はいくたあるを知らず。もし、これをして真に実ならしめば、実に不思議といわざ るべからざるも、さきに述ぶるところの物理的および心理的説明に考うるときは、またあえて深く奇とするに足 らず。そのうち地震前知のことのごときは、今日にありてもはなはだしく地震を恐るるものは、自然の感覚によ        ともえ りて前知するなり。明治十八年二月六日午後二時、かなり大なる地震ありしが、芝区巴町の靹絵学校の門柱に、 34

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妖怪学講義 本日午後地震ありと記せし紙札を貼したるものありしと︵当時の新聞︶、これその一例なり。ことに雷に至りては、 十二時間くらい前に知るものあるも、だれも怪しむものなし。その他、種々の吉瑞、吉兆のことにつき、﹃訓蒙浅 語﹄に論じたる一章は、ここに参考を要することなれば左に抜粋す。        もくじゆん    書伝にいう、﹁目潤得二酒食べ灯火華得二銭財べ乾鵠燥而行人至、蜘蛛集而百事喜。﹂︵目隅して酒食を得、       かんじやく      せいけいざつき   灯火華さいて銭財を得、乾鵠さわいで行人至り、蜘蛛集まって百事喜ぶ︶︵﹃西京雑記﹄巻三︶。目隅とは、     はた       そう     とうがらす   目の端のぴくぴくすることなり。乾鵠喋とは、唐鴉、かささぎのなきさわぐことなれども、今わが国にても、   よろこびがらす      く も       こうき   喜 鴉がなくときは、遠方に参りおる人が帰るという。蜘蛛はくものことなれども、これは高碕といいて足       げ    そうせい  きせい   高ぐもを指すなり。天華板︵藻井、綺井はみな合天井のことなり。ただの天井は天華板というなり︶より足        からす   高ぐもがさがれば、諸事吉なりという。また、俗間に烏の糞に衣服を汚さるれば、最も大吉事なりという。       なすび   往々験あることに似たり。また夢なども、俗間に三富士︵不二︶二鷹三茄子﹂とて、吉夢にも、吉に段々   の次第あるをいう。さて﹃周礼﹄﹃列子﹄には六夢のことを載せたれど、それはあながち吉凶にかかわること   にあらず。ただ﹃周礼﹄に、﹁季冬献二吉夢干王べ王拝而受レ之、乃舎二萌干四方ハ以贈二悪夢ご︵季冬、吉夢を        せきほう   王に献ず。王拝してこれを受け、すなわち四方に舎萌し、もって悪夢を贈る︶︵﹃周礼﹄占夢職︶とあり。舎      せきさい   萌とは釈菜というがごとし。野菜の初芽を採りて供する祭りなり。四方の神々へ初芽供物の祭りをなして、        ふつじよ       し き   一年中の悪夢の分はみな祓除すということなり。しかし﹃詩経﹄に、幽王のとき諸事乱れ間違いたるを刺識   して、﹁召二彼故老べ訊二之占夢一﹂︵かの故老を召してこれが占夢をたずぬ︶といえり︵﹁斯干﹂﹁無羊﹂の夢占        りゆうきん   は常例のおはなしなり︶。さすれば、今の﹃周礼﹄にいうところは、実に周の典礼にや、または劉歌等が加 35

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第四純正哲学部門 筆にや。これらの条、はなはだおぼつかなきところなり。しかし﹃泰誓﹄に、﹁朕夢協二朕トハ襲二干休祥ハ戎レ      ちん      じゆう 商必克。﹂︵朕が夢、朕のトにかない、休祥をかさぬ。商に戎せば必ずかたん︶︵﹁本二干周語単嚢公語、及左 伝昭七年衛史朝之語一也。﹂︶︵﹃干周語単嚢公語﹄および﹃左伝﹄昭七年衛史朝の語にもとつくなり︶︶といい        たい じ しは、少しも間違いなきことなり。﹃逸周書﹄︵程繕解第十三︶に据ゆるに、太似︵武王の母︶﹁夢見二商之庭       いばら      げつ 産⇔棘、武王取二周庭之梼一︵与レ菓同︶樹二干閾間ハ化為二松柏ご︵商の庭に棘の産するを夢み、武王周庭の梼  げつ       けつかん       さくいく       けつぶん ︵壁と同じ︶を取りて闘間にうゆるに、化して松柏となる︶︵この下に柞械字ありて、下に閾文あり︶。この       いん 夢は太似、武王の夢なれば、まさしく般ほろび周興るの吉兆を示したること顕然たり。これより以前に、高   ふえつ       とうつう 宗の傅説を夢に見しもやはり同様にて、霊夢いささかも相違なし。漢文帝の夢に、郵通に助けられて、推し       い  とく たい て天に上せられたることは験なくして、衣︹袈︺帯後のうがちたることばかり後の験あり︵文帝、後に郵通を び し 媚子に召し遣わさるるは帯後敗るる象なり︶。文帝ほどの賢君にても、右ようなる間違いの夢あれば︵古人の        とうろう 詩に﹁可レ憐一覚登レ天夢、不レ夢二商巌一夢二権郎ご︵憐れむべし一覚天にのぼるの夢、商巌を夢みず擢郎を夢        ぎまん む︶︶、常なみなみの人は、魔神の夢枕に立ちて欺臓すること多かるべし。必ず霊夢なりといいて、乾没の企 てごと、または乗るか反るかなどのことは、すべきことにはあらず。  梁武帝は、某月某日に天下一統となるという夢を見たり。某月日に至りて魏の叛人候景、果たして降参し      しゆい      しようよう きたれり。朱昇もまたせいぜいとりもちて懲源せしにつき、武帝大いによろこびて引きいれたり。その後、        ぎきよう 候景に謀反せられて、餓死して滅亡に及べり。これらは実に魔神の欺証したること顕然たり。また夢にも限   そうおうえん       はやぶさ らず宋王堰︵康王ともいう人︶は、城の隅にて雀の鴎を生みたるにつき、国家ますます広大になるの吉瑞 36

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と判じて、﹁射レ天答レ地﹂︵天を射、地をむちうつ︶の暴虐をなせしゆえ、ついに滅亡に及べり︵射レ天答レ地       きそう      おうほ  のことは﹃呂氏春秋﹄戦国策新序につまびらかなり︶。宋の徽宗の宰相王齢は、家の柱に玉芝を産するにつき、  ますます繁栄の吉兆と判じて、徽宗へ言上し御覧を願いたり。徽宗御幸のとき、王齢の家、内官の頭梁師成       じつこん  と隣家にて、家の内より通路ありて往来し、別段入魂にする様子認められ、それにて平日なにごとによらず  きかく       こいよう      きかつ 椅角して打ち合わせすることを気づかれ、ついに滅亡に及べり。明太祖の宰相胡惟庸は、神姦鬼賠ともいう  べき才知抜群の人にして、始終太祖の目を忍び、種々の姦曲のみをなししが、当人思えらく、太祖は匹夫よ  り起こりて天下を取るほどの賢明なれば、いずれ永き年月のうちには、己が悪事を見出ださるること必ずあ  るべし。その節は手早く兵を挙げ、不意を襲いて、ついでに天下を取るべしとかねて覚悟をなし、極密に往 来する日本人までも、応援に頼みおきたり。しかるに、胡惟庸が先祖の墓所に、毎夜炎火のごとき光明あら        せきじゆん  われ、また家の井戸より石筍の生ずるを見て、希代なる吉瑞なり、速やかに謀反すべしと決心して、それぞ       ちゆうめつ  れの手配をなししかば、さすがに明祖のことゆえ、すぐさま心付き、生どりて極典に処し諌滅したまえり、  うんぬん 云云。 この説明はいまだその理を尽くさずといえども、吉瑞、吉兆のたのむに足らざる一斑を知るべし。 妖怪学講義        第一二節 経験の諸例  古来の物語あるいは伝説等を根拠とし、あるいは今日までの多少の経験、習慣を一種の規則として、これより 未来を前知することもまた民間に多し。しかれども、この経験、習慣によるというも、決して今日のいわゆる学 37

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第四純正哲学部門 術上の帰納法にはあらず。わずかに両三回、同一の事実に際会すれば、たちまち不変の関係のその間に存するも のとみなし、ついに、自然にこれをもって未来を予知する規則とするに至る。今また、左にその二、三例を挙示 すべし。    ゆうようざつそ       きせつあつめぐさ    ﹃酉陽雑姐﹄に、﹁猫洗レ面過レ耳則客至﹂︵猫、面を洗い耳を過ぐせば客至る︶、また﹃奇説集艸﹄には、﹁猫、   面を洗いてその前足耳を越すときは、雨降るという﹂とあり。また﹃物理相感志﹄︵禽魚編︶に、猫児の目に        ねうま      う   よりて時を知る歌を出だせり。曰く、﹁子午線卯酉円、寅申己亥銀杏様、辰戌丑未側如レ銭。﹂︵子午は線、卯   とり     とらさるみ い       たついうしひつじ      てならいかがみ   酉は円、寅申巳亥は銀杏よう、辰戌丑未はそばだちて銭のごとし︶しかるに、﹃新童子手習鑑﹄と題する   書中に、猫の目にて時を知る歌あり。曰く、﹁六つ丸く五七は玉子四つ八つは柿の核なり九つは針﹂と。また   同書に、鼻息にて時を知る歌あり。﹁六つと四つ八つは鼻いき右かよう五つ九つ七つ左ぞ﹂と。貝原︹好古︺氏     ことわざぐさ       ひでり       かんき   の﹃諺草﹄に、﹁丁子頭たてば早し百花霜に火点ずれば雨晴るる﹂という。また﹃日用晴雨管窺﹄に左の   歌あり。     山の形春なつちかく秋冬はとをとを見ゆるを雨気とそ知る     夢見るは雨と日和の二つなり変らぬ時に見るはまれなり     小便のしけきは日和のむ水の腹にたもつを雨と知るべし     鳥の声すみてかるきは日和なりおもく濁るを雨気とそ知る     しる人はかんかへて知れ書筆のおもはくよりもまはらぬか雨     のみや蚊のきわめてしけく喰ならは雨のあかりと雨気つくころ 38

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妖怪学講義     香の火の何よりはやくたちぬるは雨のあかりと雨気つくころ       さて     ね心のあしき夜ならは雨としれ扱はぬす人ゆたんはしすな     蛍火のすくなき年は秋の田の刈穂も実のりよしと知るべし  また﹃旅行用心集﹄に左の歌を掲げり。       もず     筑波たれ浅間くもりて鴫鳴かは雨はふるとも旅もよひせよ        こ ち     五月西春は南に秋は北いつも東風にて雨ふるとしれ       みみず  また﹃相庭高下伝﹄に、﹁駈矧鳴の弁﹂と題して、﹁大和河内の間、鳴く翌日は、必ず雨降るなり。京にては多 少晴れ、大阪にては雨晴定まらず﹂とあり。また﹃商家秘録﹄には、﹁稲は柳に生ずとて、柳の栄ゆる年、米よく       うめた 熟するものなり。本朝にては、梅田びは麦という。考え見るに、この説たいていたがわず﹂とあり。  以上は、みな従来の経験によりて定めたるものなり。このほかに人の病患、生死、禍福、吉凶等につき多少の        け 経験を根拠として、前知予定する方法もあれども、﹁当たるも八卦、当たらぬも八卦﹂の類にて、もとより信ずべ       げんこ からず。かつ、ここにいちいち挙示するにいとまあらず。その他、世のいわゆる諺語は、積年の経験より得たる 結果に基づきしこと、また疑うべからず。例えば、﹁人間万事塞翁が馬﹂﹁陰徳あるものは必ず陽報あり﹂﹁思い内 にあれば色外にあらわる﹂﹁油断大敵﹂﹁朱に交われば赤くなる﹂﹁可愛い子に旅させよ﹂の類これなり。これらは 経験にもとづきたるものなれども、ただちにこれをもって必然の規則となすべからず。まず、偶合論はここに一 段落を結び、以下その種類に応じて項目を分かち、さらに説明を与えんとす。 39

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第四純正哲学部門

第二講陰陽編

       第=一一節 陰陽論緒言  そもそも純正哲学の問題は、宇宙の本源、万有の実体を推究するにほかならざれば、今その大要につきて一言       かいびやく せざるべからず。さきに﹁理学部門﹂第一講において、物質の本源、世界の開閥を論述したるも、これ客観的有 形上より考察したるものにして、いまだ主観、客観両界の上にさかのぼりて、万有未生、天地未剖の真際より論       さんてん      かんか 下したるものにあらず。あたかも平地にありて山嶺を望みて、いまだ山顧にありて平地を撤下するものにあらざ るがごとし。もし、吾人が思想の山顛に登りて、物心万境を一鰍するときは、必ずその見るところ異ならざるべ からず。しかして、物心の本源は通常これを名付けて神というも、むしろ理もしくは理想と名付くるを適当なり とす。仏教の真如、老子の無名、易の太極、みなこの体に与えたる異名にほかならず。今、その体の果たして存 するやいなやはこれをおき、もっぱら物心の世界と、理想の本体との関係につきて述ぶべし。  すなわち、甲図は有神論にして、物心二元並存を唱うるものを示す。すなわち二元論なり。その論にては、物 心二元のほかに、理想すなわち神の実在を唱うるなり。乙図は、理想と物心とその体を同じくする論にして、こ れを一元論という。この二論中、今日の学説にては、乙図の方を取らざるべからず。また、物心の現出せるゆえ んを説明するに、甲図の方にては創造説を唱えて、あるいは大工が家屋を造成するがごとく、神が人類を造出せ りといい、あるいは父母が子を産出するがごとく、神が物心を現出せりといい、あるいは太陽が光線を発散せる 40

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妖怪学講義 甲図 乙図 あるいは理 想 がごとく、神が万象を現示せりという。これ、ヤソ教家のもっぱら唱うるところの要論なり。これに反して乙図 にては、大別二様の異見あり。その一つは、理想を死物視して、その体本来凝然として動くことなく、その外面 に物心の表象を具有すと唱うる論にして、スピノザの本質論これに属す。他の一つは、理想を活物視して、理想 そのものの内部より自ら有するところの勢力によりて、物心を開発すと唱うるものをいう。すなわちシェリング の論これに属す。そのうち今日の学説にては、活物的開発論を取らざるべからず。これ、実に西洋近代の説なる も、東洋の儒教も仏教も、ともに活物論なり。 41

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第四純正哲学部門  すなわち、易の太極論および起信の縁起論は、 東洋の古説の高妙なることを唱うるゆえんなり。 大原理たる陰陽論を述ぶべし。 西洋今日の活物的一元開発論なることを知るべし。これ、余が しかりしこうして、その説明はここにこれを略し、シナ哲学の        第一四節 河図、洛書  ぼくぜい  ト麸、方位等の方法を説明するには、まず陰陽五行の理を述べざるべからず。陰陽五行の理を述べんとするに       か と   らくしよ は、また、そのよって起こるところの河図、洛書について一言するを要す。今、河図、洛書の起源に関して、﹃易 学啓蒙﹄中に引用せる文を見るに、曰く、   易大伝日、河出レ図、洛出レ書、聖人則レ之、孔安国日、河図者、伏犠氏王二天下べ竜馬出レ河、遂則二其文べ以   画二八卦ハ洛書者、萬治レ水時神亀負レ文而列二於脊︵有レ数至レ九、萬遂因而第レ之、以成二九類ハ劉歌云、伏犠   氏継レ天而王、受二河図一而画レ之、八卦是也、萬治二洪水べ賜二洛書ハ法而陳レ之、九疇是也、河図洛書相二為経   緯べ八卦九疇相二為表裏↓        ふつき   ︵﹃易大伝﹄に曰く、﹁河図を出だし、洛書を出だし、聖人はこれにのっとる﹂孔安国曰く、﹁河図は伏犠氏天        はつか       う   下に王となり、竜馬河を出でて、ついにその文にのっとり、もって八卦を画す。洛書は萬水を治むるとき、        りゆうきん   神亀文を負って背に列し、数あり九に至る。萬ついによってこれを第し、もって九類をなす﹂劉散曰く、   ﹁伏犠氏天に継いで王たり。河図を受けてこれを画す、八卦これなり。萬、洪水を治め洛書を賜う。のっと       ちゆう   りてこれをのぶ。九疇これなり。河図、洛書経緯を相なし、八卦、九疇表裏を相なす﹂︶ 42

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   か とらくしよじもうしよう また﹃河図洛書示蒙抄﹄に、河図のことを述べて曰く、   異朝のいにしえ、伏犠氏天下の王たるとき、河の中より竜馬あがりたるが、その背に上のごとき文あり︵図  略す︶。人々怪しみて朝に訴えければ、伏犠自ら見て、天地自然の数を示したまうところなりとて、のっとり  て易をつくりたまう。理数の図ゆえ、河図とはいうなり。河図を出だすというを、絵図を箱に入れ負い出で        つじげ  たるさまをえがけるなど、後世の誤まりなるべし。馬の毛の旋毛に形を備えたるなるべし。 しかして、八卦の麸法は、この河図にもとづきたるものにして、九星の占法は、洛書に因せしものなりとす。 妖怪学講義        第一五節 陰陽の原理  この陰陽論なるものは、シナ哲学中一種特種の説にして、かつ、極めて重要なる原理なり。陰陽の本源はすな       けいじでん わち太極にして、太極分化して陰陽となり、万物となるなり。﹃易︹経︺﹄の﹁繋辞伝﹂に、﹁易有二太極︵是生二両 儀ハ両儀生二四象べ四象生二八卦ご︵易に太極あり。これ両儀を生ず。両儀四象を生じ、四象八卦を生ず︶とある これなり。太極とは、これを解して﹃王氏易学﹄に曰く、﹁太極無レ象、象非レ方非レ円、不レ可二得而形容︵強名レ之          かたち 日レ極而已。﹂︵太極は象なし。象は方にあらず円にあらず、得て形容すべからず。しいてこれを名付けて極とい        とくしよろく うのみ︶また﹃読書録﹄に曰く、﹁太極万物之総名也﹂︵太極は万物の総名なり︶。また﹃易学啓蒙通釈﹄に曰く、 ﹁太極者象数未レ形而其理已具之称﹂︵太極は象数いまだあらわれずして、その理すでにそなわるの称︶と。しか    しゆうれんけい して、周濠渓の﹃太極図説﹄には、これを無極にして太極といえり。無極とは、﹃読書録﹄にこれを解して曰く、 ﹁無極而太極、非レ有レニ也、以二無声無臭一而言、謂二之無極一以二極至之理一而言、謂二之太極ハ無声無臭而至理存焉、 43

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