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台湾における植民地主義に関する歴史人類学的研究 : 「日本」認識をめぐって 利用統計を見る

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台湾における植民地主義に関する歴史人類学的研究

: 「日本」認識をめぐって

著者名(日)

植野 弘子

雑誌名

白山人類学

11

ページ

179-182

発行年

2008-03

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00002385/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止

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  研究紹介

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台湾における植民地主義に関

する歴史人類学的研究

「日本」認識をめぐって 植野弘子* UENO Hiroko*  本研究は,科学研究費補助金・基盤研究A (海外)の研究プロジェクトとして,平成17 年度から20年度までの予定で研究活動を行 っているものである。筆者が研究代表者とな り,研究分担者が8名,台湾の研究者1名 が研究協力者となっている。 1 研究の主旨と経緯  本研究の目的は,日本統治期およびポスト コロニアル期を通して台湾の人々に影響を与 えた目本の諸制度や文化をいかに彼らが認識, 利用,操作し,生活世界を構築したかを,文 化人類学的・歴史学的手法によって明らかに することである。日本によって導入された日 本語や日本的あるいは近代的な観念が,台湾 社会を一方的に規定する植民地経験ではなく, 台湾の人々の便宜に合わせて適宜読みかえら れて言及される植民地経験として,現代の台 湾社会においても大きな意味を持っているこ とを明示してゆこうとしている。また,文字 史料を扱う歴史学者と参与観察や口述資料を 扱う人類学者が共同で研究を行うことによっ て,口述資料及び雑誌・新聞記事,私文書に 新たな分析上の価値を見いだそうとするもの である。本研究は,「対統治者」という観点 を脱して植民地に生きる人々の認識や行為を 捉えようとする点で,これまでの植民地主義 研究を超えてゆくことを目指している。  この科研メンバー(敬称略)は,本科研研 究が始まる以前に,既に台湾の植民地主義に 関して協同して発表する機会をもっており, その活動を通じて共に科研費を申請して研究 を行うことになった。この経緯については, 五十嵐真子・三尾裕子編『戦後日本における 〈日本〉一植民地経験の連続・変貌・利用』 (2006年,風響社)の中で,編者の二人が 「はじめに」(五十嵐)と「おわりに」(三尾) の部分で説明をしている。最初の機会は, 2003年6月の日本台湾学会第5回学術大会 の分科会「抵抗でもなく協力でもなく:日本 植民地統治期に対する歴史認識」であり,若 手研究者を中心にした発表が行われた。その 後,2004年3月の国際ワークショップ「台 湾における歴史認識」[三尾編2004;2006],

そして2005年3月の国際ワークショップ

「戦後日本における〈日本〉  植民地経験の 連続・変貌・利用」[五十嵐・三尾編2006] において,本科研メンバーを中心として,文 化人類学と歴史学の視点から台湾における植 民地経験に分析が加えられてきた。  この一連の研究活動の原動力は,メンバー がフィールドワークの中で抱いていた共通の 思いであると言えよう。それは,台湾社会の 多面にわたって見える「日本」であった。台 湾の社会を研究する者は,だれもが台湾の 人々が語る「日本」に興味をもちつつも,そ れを真正面に据えた研究を近年まで行ってこ なかった。これは,過去の台湾の政治体制も 関連しており,「台湾史」の研究が,1990年代 *東洋大学社会学部;Department of Sociology, Toyo Universlty,5−28−20 Hakusan, Bunkyo, Tokyo,  112−8606/uenohi@toyonet.toyo.ac.jp

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白山人類学 11号 2008年3月 に入ってようやく興隆を迎えたという台湾の 社会的背景によるものでもあったろう。しか し,いまや台湾における「日本」の問題に取 り組まずして,台湾の文化も社会も理解した とはいえないという共通認識は形成されてい る。こうしたなかで,台湾社会を対象として きた研究者たちが,相互に刺激しあう場とし て,この科研による研究活動が行われている。  科研は,20年度の最終年度にむけて活動 中であるので,以下,現在までの活動と,今 後の課題を述べてゆきたい。 II 台湾の中の「日本」  植民地統治期から現在に至るまで,台湾の 中に「日本」は多様に現れる。台湾を短期間 訪れた旅行者でも,そのことにすぐに気づく であろう。しかし,それを単に台湾の「親日 的」な現象としてみてしまっては,台湾の 人々の思いを汲み取ることはできまい。本科 研においては,前述の研究活動を継続する形 で,以下のような視点で台湾の人々の生活に 現れる「日本」を検討してきた。  西村一之(日本女子大学)は,漢人と先住 民が隣接して暮らす地域の漁業領域にみられ る「日本」について調査を進め,先住民にと っては,漢人との対比の中で自らを位置づけ るとともに,ときには「日本」との対比で自 己認識をしていることを考察している。  台湾の人々の語りを通じて生活の中にみら れる「日本」を考えようとしている研究とし て,五十嵐真子(神戸学院大学)は,特に宗 教に注目し,日本統治期からその後について 人々の生活の変化を追っている。また,植野 弘子は,主として日本統治期に高等女学校に 通ったエリート女性たちを,日本統治の象徴 的な存在としてとらえ,彼女たちのライフヒ ストリー資料を収集している。そして,「日本」 的にして「近代」的な教育を受けた彼女たち が結婚後に営む新しい家族のあり方に,現代 台湾の家族像のモデルをみようとしている。  三尾裕子(東京外国語大学)は,日本統治 期の人類学的研究活動に注目し,日本人研究 者と台湾人研究者の関係について,また植民 地の文化の記述に関して,新たな解釈を試み ているが,ここで課題となるのが,以下にも 述べる「中華」の問題である。植民地期,自 らの文化を自らで語ることができなかった台 湾の人々は,戦後の国民党支配の下,中華の 中の台湾を経験し,また近年の「台湾化」の なかで,自らをいかに書き表すかが問題とな ってきている。 111 台湾と中華  台湾における「日本」を考えることをテー マとした本科研であるが,あまりにも「日 本」を強調して台湾をみることは戒めなけれ ばならないという共通認識がメンバーの中に うまれてきた。つまり,台湾を「日本」から みるだけでは,その姿をいびつに捉えてしま うという危惧である。そこで,18年度には 台湾社会を理解するうえでの中華(中国)認 識の重要性について研究会で論議を行い, 19年度の研究活動においては,それぞれの 研究テーマに「中華」の視点を入れて検討す ることとした。  この方向性を決定するに際しては,疑問も 呈された。つまり,この問題が現代台湾社会 の政治的な対立,例えば統一/独立などと密 接な関連があること,また,日本認識と同様, 中華(中国)認識も政治的経済的立場や帰属 するエスニック集団,あるいは世代によって も大きな違いが認められ,さらに非常に恣意 的に操作されることなど,「中華」をテーマ とすることによって,本研究活動に制約が生 まれ,また関心が拡散的になるのではないか という懸念もあった。しかし,台湾社会にお ける中華(中国)認識に関連する課題は,従 来の研究に欠けていたテーマである。また,

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本科研の課題の解明においても,台湾,日本, 中華(中国)という三者関係の中で日本認識 をより深く捉えること,また日本一台湾の関 係性の中からは見えてこなかった部分を照ら し出すことが可能となろうという意見が強く あった。  こうして,本科研においては,台湾と「中 華」の問題を,共通のテーマとして調査・研 究が行われることになったが,特に特徴ある 研究としては,以下のものがある。ひとつは, 上水流久彦(県立広島大学)による台北市の 古蹟指定に関する研究である。日本植民地統 治期の古蹟は,1995年以降に認定されたも のが8割に及んでいる。上水流は,日本統治 時代の古蹟によって「中国」とは異なる台湾 の歴史体験が主張されているとし,台湾にお ける「日本」は,「中国」との関係で利用さ れるものとなっていることを指摘している [上水流2007]。  また,松金公正(宇都宮大学)は,台湾に おける日本仏教の普及に関する歴史学的研究 を行い,特に統治終了時に起こった政治体制 の変化のプロセスに注目して研究を行ってい る。また,松金が注目している興味深い題材 は,故宮博物院である。中華文明の殿堂であ った故宮が,「古い中華」に留まるものでは なく,新しい台湾に生かせる場として変わろ うとしていることの分析を進めている。  他のメンバーも台湾における「中華」につ いての調査そして考察を行っているが,絶対 的な,あるいは固定的な価値をもって語られ るものではないそれを,我々がいかに意味づ けるか,今後の議論の中でさらに究める必要 がある。 IV 植民地主義と「日本」認識をめぐる        比較研究  本科研を進めていく上で,台湾における 「日本」認識も「中華」認識も,エスニシテ イ,世代,教育程度などによって同様でない ことは,一致した見解であった。そこで,本 科研内では,エスニシティの差異に関連して は,末成道男(東洋大学・東洋文庫)が漢人 と先住民の植民地支配の記憶について,また 笠原政治(横浜国立大学)も先住民の語る植 民地時代についての研究を進めている。また, 漢人の中の差異として,堀江俊一(中京女子 大学)は,客家民系が「中原」と自らを結び つけるところに「正統の自負」を読み取り, 福建民系とは異なる「中華」と「日本」の意 味づけを分析している。  我々のメンバーの研究対象からはずれてい るのは外省人である。そこで,研究の視野を 広げるべく,山口守氏(日本大学)を招き, 「戦後台湾文学における“外省人作家”のア イデンティティ  白先勇を中心として」 (2007.2.10)の講i演をお願いした。そこで語 られた「外省人性」の問題は,我々が「中 華」を考えていく大きな刺激となっている。 同様のことは,三澤真美恵氏(日本大学)の 研究会講演「越境と忘却のポリティクス 台湾出身の抗日映画人何非光(1913−1997 年)(2006.11.23.)にもいえる。大陸に渡る 台湾の知識青年の活動と人生は,「台湾」と 「中国」を考えるのに示唆的なものであった。  台湾を相対化していくことは,我々にとっ て重要な視点であった。そこで,他の地域と の比較,また他地域からの視点で台湾を見る という機会を,研究会に積極的に設けた。吉 岡政徳氏(神戸大学)を著書『反・ポストコ ロニアル』の読書会とした研究会に招いて行 った議論は,我々には刺激的であった。メラ ネシアの植民地主義とその研究の検討によっ て,近似した国家が支配した台湾の植民地主 義を相対化して考えることがより進められた といえよう。他にも横田祥子氏(東京都立大 学大学院)による「『新台湾之子』の出現 台 湾・国際結婚の子女教育問題から」(2007.5.9.) は東南アジアを視野にいれて台湾を考察して

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白山人類学 11号 2008年3月 いくことの必要性を示唆するものであった。 また,『八重山の台湾人』の著者である松田 良孝氏(八重山毎日新聞)による講演「植民 地支配後の台湾と八重山一植民地時代を “土台”に台湾にアプローチする与那国島」 (2008⊥14)は,かつて人的・物的交流が盛 んに行われた台湾と与那国の特異性,そして 今も台湾との繋がりによって,発展していこ うという与那国島の姿が浮き彫りになり, 「国境」のもつ意味の再考を促すものであった。  こうした研究会活動は,「中華」・「日本」 認識の問題に刺激を与えてきたといえよう。

V 今後の課題

 本科研活動の一つの問題は,植民地時代の 「歴史」資料をいかに研究に生かせるかであ った。この点は,歴史学研究者である松金公 正の活動に負うところは多いが,この点はさ らに探究が求められる。研究会の活動として, 栗原純氏(東京女子大学)に「戸口規則と戸 籍制度」(2006.7.9)をお話いただき,特に 共婚法と家族制度の内地化の問題の考察が提 示された。人類学研究が捉える日常と,歴史 学の依拠する史料との相関的考察が求められ ることが実感できた機会であった。  最後に,メンバーの研究として,特筆すべ きは,黄智慧(台湾・中央研究院民族学研究 所)による在台日本人の研究である。かつて 台湾で暮らした日本人は,今も日本人同士の, また台湾人との繋がりを有している。いわゆ る台湾の引揚者に対する研究は,これまでほ とんど行われて来なかった。植民地における 日本人は,台湾人とはまた異なる生活世界を もっていた。それをも捉えてこそ植民地主義 の研究といえよう。彼らの存在,そして台湾 で人々が繋がることは,まさにポストコロニ アル状況である。そして,これは早急に研究 が進められるべきテーマである。  20年度は,最終年度となる。朝鮮半島と の比較のため,崔吉城氏(東亜大学)が研究 代表者となっている科研「朝鮮半島南部の移 住漁村『日本村』に関する調査研究」のメン バーと,7月に韓国プサンにおいて合同シン ポジウム(東アジアの植民地主義:文化・技 術・移動一日本認識をめぐって)を企画して いる。また,9月には,本科研の研究成果報 告として,シンポジウム「台湾における植民 地主義,日本認識,中華認識」(仮題)を開 催する予定である。 参 考 文 献 五十嵐真子・三尾裕子編   2006 『戦後台湾における〈日本〉一植民地経験の連続・変貌・利用』風響社. 上水流久彦   2007 「台湾の古蹟指定にみる歴史認識に関する一考察」『アジア社会文化研究』8:     84−109. 松田良孝   2004『八重山の台湾人』南山舎. 三尾裕子編   2004 「【在台湾発現日本】特集」『台湾文献』55(3):1−164.   2006 「特集=台湾における日本認識」『アジア・アフリカ言語文化研究』71:39−203. 吉岡政徳   2005『反・ポストコロニアル批判  ポストコロニアルを生きるメラネシア』風響社.

参照

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