ゲーム理論による海賊版業者の意思決定過程の分析
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(2) Vol.2019-EIP-84 No.11 2019/6/4. 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report. 作権(複製権または翻案権,公衆送信権)侵害である. 周知かつ著名といえるはずがない.このことは,訪日外国. こと. 人に対するアンケート調査において, 「マリカー」の片仮名. ( 3 ) 任天堂の周知または著名な商品などの表示であるもの. の表示を原告のビデオゲームソフトの名前として認知して. と類似するコスチュームおよび人形を使用する行為は. いる者の割合がわずか 0.4%(228 人中 1 人)にすぎなかっ. 不正競争防止法違反であること. たことからも明らかである.. ( 4 ) 任天堂の周知または著名な商品などの表示であるもの. 本件各写真及び本件各動画に写っているのは「緑と白を. と類似するコスチュームの貸出し行為が著作権(貸与. 基調とした服を着た人間」あるいは「肌色及び白を基調と. 権)侵害になること. した服を着た人間」であり,原告が原告表現物ヨッシー及. ( 5 ) これらによる損害賠償 6,940 万円を請求する マリカーは「マリカー」を 2016 年に商標登録申請して おり,商標権を有していること,またそれを使用して営業 をしていたことが争点である.. び原告表現物クッパの特徴として主張するものを直接感得 することはできない. 本件各動画の冒頭においては,関係団体の自己識別表示 であり,原告を想記させるような記載がない本件ロゴが. 損害賠償請求額の算出根拠は次の通りである.. 表示されていることに加え,本件宣伝行為におけるコス. • 2 時間ツアー料金が 8,000 円. チュームを着用した人物の使用は,「コスプレをして公道. • 全店舗を通じて,1 日 5 人 1 組の利用者が 10 組利用. をカートで走る」という本件レンタル事業の内容を説明す. したとして 1 日当たりの売り上げは,40 万円(8,000. るためのものであり, 「商品等表示としての使用」には当た. 円× 5 人× 10 組). らない.また,本件マリオ人形は,店舗内に販売目的で設. • 設立から訴訟提起の期間 1 年 9 か月 (630 日) の売り上 げは 2 億 5,200 万円(40 万円× 630 日)となり,少な くとも 2 億 5,000 万円となる. • 本件訴訟提起後,平成 30 年 3 月までの売り上げは,少 なくとも 3 億円となる. • 本件訴訟提起後,店舗数を拡大し連日 50 台以上の公道. 置されていた商品である. 任天堂が任天堂の表現物ヨッシー,クッパの特徴として 主張するのは,具体的表現である任天堂の表現物ヨッシー, クッパの表現上の本質的特徴を主張するものではない.ま た,任天堂が主張する任天堂の表現物ヨッシー,クッパと 本件コスチュームの共通点は,いずれもアイデアであるか,. カートを貸し出しているとの報道から,利用者は訴訟. 恐竜,悪役怪獣等をイラスト化ないしキャラクター化する. 提起前の 3 倍と仮定し,1 日当たりの売り上げは 120. 際に一般的に用いられるありふれた表現であって,これら. 万円(8,000 円× 5 人× 30 組)で,当該期間における. の点が共通するからといって,本件コスチュームが任天堂. 売り上げは,4 億 6,800 万円(120 万円× 390 日)とな. の表現物ヨッシー,クッパの複製物または翻案物となるも. り,少なくとも 4 億 4,400 万円となる. のではない.. • 売り上げ合計は 6 億 9,400 万円(2 億 5,000 万円+4 億 4,400 万円) • マリオを不正に利用したとして実施料率 10%を売り上 げ合計に乗じる. • よって損害賠償請求額は,6 億 9400 万円× 0.1=6,940 万円とする. 本件レンタル事業は,公道カートやサービス自体の魅力, また営業努力により,それ自体が高い顧客吸引力を有して おり,原告文字表示マリカー等自体の売り上げに対する寄 与は低い.また,本件販売整備事業については,その取引 相手は関係団体であって,同団体は被告会社と原告の間に 何らの取引関係も存在しないことを理解しているから,原 告の顧客吸引力が前記事業の売り上げに寄与することはあ. 2.2 マリカー側の主張 本件レンタル事業の需要者は,外国人旅行者,在日米軍関. り得ない.したがって,原告文字表示マリカー等に係る実 施料率はゼロか大幅に減額されるべきである.. 係者又は在日大使館員などの訪日外国人であるところ,任 天堂は,マリオカート及びマリカーが訪日外国人において 周知かつ著名であることについての主張立証を行っていな い.任天堂がマリカーの周知性・著名性の根拠として提出. 2.3 判決 東京地裁は侵害を認め,マリカーに 1,000 万円の損害賠 償の支払いを命じた.. する証拠は,すべて日本語で表記された日本人向けメディ. しかし,現在も株式会社マリカーは名前を変え,株式会. アによるものであり,訪日外国人についてこれを立証する. 社 Mari モビリティ開発 という名前で裁判の情報が公開さ. 証拠はない.また, 「マリカー」の欧文字は「MariKar」又. れている.(裁判の最中に企業名をこちらに変更している). は「MariKa」となるところ,これらの文字列について,イ. また,海外向けのサイトとして作られている MariCAR と. ンターネットの検索エンジンで検索しても「マリオカート」. いうホームページも存在しており,Facebook や,LINE,. に関するウェブサイトは一切表示されないのであるから,. 掲載されているメールアドレスや電話番号から予約するこ. 片仮名表示による「マリカー」表示が訪日外国人にとって. とができるようになっている.. ⓒ 2019 Information Processing Society of Japan. 2.
(3) Vol.2019-EIP-84 No.11 2019/6/4. 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report. 業者𝒂のペイオフ. 𝒔 − 𝒄 − 𝟎. 𝟏𝒔. 𝑟 = 0 の場合. 𝑐(コスト). 𝑟 = 1 の場合. 業者𝑎を提訴する 確率𝑟. エリアα. 企業𝒃 企業𝑏 に無断で 二次利用する. 業者𝑎を提訴しない 確率1 − 𝑟. エリアβ. 業者𝒂のペイオフ 𝒔 − 𝒄. 業者𝒂 しない. 業者𝒂のペイオフ. 𝟎 𝑠(売り上げ). 図 1 海賊版業者のゲームの木. 図 2 海賊版業者のペイオフのグラフ. Fig. 1 Game tree of a bootlegger.. Fig. 2 Plotting payoffs of a bootlegger.. 3. モデルの定義と分析 本節では,ある企業の著作物を,海賊版業者が無断で二 次利用して製品化するか否か,という意思決定問題を,ゲー ム理論の枠組みを用いてモデル化し数理的に分析する.. 3.1 シナリオ 海賊版業者 a は,企業 b が権利を有する著作物を,無断 で二次利用して製品化することにより利益を得ようとして いる.業者 a は,当該製品の売り上げを s,当該製品の製. 定のモデル化を行う. 企業 b が損害賠償請求訴訟を提起する場合のペイオフは, 得られた利益から損害賠償請求額を減じた額であり,下式 により与えられる.. (s − c) − 0.1s. (1). 一方,企業 b が損害賠償請求訴訟を提起しない場合のペイ オフは,利益そのものであるから,下式により与えられる.. s−c. (2). 作にかかるコストを c と見込んでおり,さらに,企業 b が. 上式 (1),(2) は,確率的に生じると業者 a は考えている.. 著作権侵害訴訟を提起する確率を r と見込んでいる.. すなわち,(1) が発生する確率を r,(2) が発生する確率を. もし企業 b が提訴した場合,a に対する損害賠償の請求 額は,利用料率を 10%としこれに売り上げを乗じた 0.1s で あると,a は考えているとする.請求額の算出根拠は 2.1 節に示した判例に基づく.. 3.2 プレイヤ 本研究のゲームにおけるプレイヤは,業者 a と企業 b で ある.. 3.3 逐次手番ゲーム 本モデルのシナリオでは,最初に業者 a が行動(企業 b. 1 − r と見込んでいる.以上のことをゲームの木で表現し たものが,図 1 である. この確率を勘案した業者 a のペイオフは下式で与えら れる.. r((s − c) − 0.1s) + (1 − r)(s − c) = r(0.9s − c) + (s − c − rs + rc) = 0.9rs − rc + s − c − rs + rc = −0.1rs + s − c = s(1 − 0.1r) − c. (3). が権利を有する著作物を無断で二次利用して製品化)し,. 業者 a は,式 (3) の結果が正の値をとるとき,行動(企業. 次に企業 b が行動(業者 a に対して損害賠償請求の訴訟を. b が権利を有する著作物を無断で二次利用して製品化)し,. 「起こす」または「起こさない」 )する.つまり,プレイヤー. それ以外のときは何もしない,という意思決定を下す .こ. は同時に行動するのではなく,順番に行動するため,逐次. れを売り上げ s とコスト c のグラフで表現すると図 2 のよ. 手番ゲームである.. うになる.. 3.4 ペイオフ. 3.5 考察. 業者 a は,上記の逐次手番ゲームをシミュレートし,損. 業者 a が利益を得られるのは c < s(1 − 0.1r) のときであ. 害賠償請求額や損害賠償請求訴訟を提起される確率を勘案. り,グラフ上のパターンで強調したエリア(エリア α +エ. してもなお利益が得られる場合のみ,製品化を行うという. リア β )にあるときである.特に,企業 b が損害賠償を提. 意思決定を行うものとする.以上の仮定に基づき,意思決. 訴する確率 r = 0 のとき(エリア α +エリア β )と比べ,. ⓒ 2019 Information Processing Society of Japan. 3.
(4) Vol.2019-EIP-84 No.11 2019/6/4. 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report. 企業 b が損害賠償を提訴する確率が r = 1 のとき(エリア. 用する可能性を減じることができる.. β )に,利益を得られる領域が(定性的な言い方だが)少し. ただし,コミットメントを使う場合には,その信憑性が. しか変わらない(エリア α 分だけ減少)点に注意を払う必. 重要である.企業 b は常に提訴する,ということを,海賊. 要がある.エリア α の面積はエリア β の 9 分の 1 であり,. 版業者に信じさせなければならない.信憑性を担保するに. これは事業の成否のリスクと比べると無視してもよいぐら. あたって参考になるのが,ディズニーの戦略である.ディ. い小さなリスクと考えられる.. ズニーは著作権管理に厳格であるということは既に都市伝. また,この損害賠償請求額は,あくまで請求額である.. 説の域にまで達している.これはコミットメントに成功し. 実際に裁判となり,海賊版業者が敗訴しない確率や,敗訴. ている証左であるといえよう.. したとしても確定した賠償額は請求額より低くなるのが通. 3.6.2 懲罰的損害賠償. 例であることを勘案すると,さらにリスクは小さくなる.. 損害賠償の請求額の算出根拠は,業者の当該事業の売り. 例えば,2 章に挙げた事例では,請求額が 6,940 万円なの. 上げの 10%であるというのが,判例で示されていることは. に対し,裁判所から命じられた賠償額は 1,000 万円である.. 既に述べた.これはに日本おいては損害を金銭的に評価し. 被告が未だに事業を継続していることは,被告の経営に対. た額を賠償額とする制度を採用しているからである.一方. する当該訴訟の影響が小さかった傍証になり得ると考えら. でアメリカでは,加害者の行為が強い非難に値すると認め. れる.. られる場合に,裁判所または陪審の裁量により,加害者に. 以上のことから言えるのは,ある企業の著作物を無断で. 制裁を加えて,将来の同様の行為を抑止する目的で,実際. 二次利用して製品化するという事業は,特に毀損する評判. の損害の補填としての賠償に加えて,上乗せして支払うこ. やブランドなどがないような海賊版業者にとっては,提訴. とを命じられる「懲罰的損害賠償」が実施される場合があ. され損害賠償請求されるリスクは無視できるほど小さいた. る [6].. め,意思決定においては決定的な要因とはならないことで. 日本でもアメリカに倣い,懲罰賠償制を導入すべきとの. ある.むしろ,無断で二次利用して製品化する事業そのも. 立法論も強い.しかしそれは被侵害者が,場合によっては. のの見通しが,業者の意思決定に大きな影響を及ぼすもの. 実損以上の利益を得る可能性も認めることになる.これは,. と結論づけられる.. 現行の日本の制度とは決定的に異質な面を有しており,知 的財産関連法令の範囲をはるかに超え,法制度全体あるい. 3.6 防止策 前節で述べた通り,現状は著作権を有する企業 b には著 しく不利な状態にあるといえる.海賊版業者 a において. は裁判に対する国民の意識の大転換を意味し,社会への影 響は広汎に渡ることが明確なため,少なくとも直近での導 入の可能性はかなり低いといえる [6].. は,高額な二次利用のライセンス料を企業 b に支払うより. 一方で,企業 b の事業がグローバルに展開されている場. も,訴訟されるリスクを冒してでも無断で二次利用して製. 合*1 ,不法行為がなされた国において懲罰的損害賠償が認. 品化する方が,利益が大きい可能性が高いからである.. められているのであればこれを用い,上記コミットメント. このような現状に対し,以下の 2 つの防止策について考. の信憑性を高めるとともに,実際に利得を追求する海賊版. 察する.. 業者が,無断で二次利用して製品化する,という選択肢を. 3.6.1 コミットメント. 採用する可能性を減じることができる.. 本章における検討の枠組みは,図 1 に示すような逐次 手番ゲームである.逐次手番ゲームにおいては,自分の行. 4. おわりに. 動をあえて限定するような意思表示することにより,相手. 本研究では,ある企業が権利を有する著作物を,海賊版. の行動をうまく誘導することができる場合がある.これを. 業者が無断で二次利用して製品化するか否か,という意思. 「コミットメント」という [5].. 決定問題を,ゲーム理論の枠組みを用いてモデル化し分析. 本研究の例において,海賊版業者 a に無断で自社のキャ. した.モデル化においては,関連する先行事例の判例に基. ラクタを二次利用されたときの企業 b の採り得る戦略は,. づき,損害賠償請求額の決定に関するパラメータの設定を. 提訴するかしないかの 2 つである.ここで企業 b が,無断. 行った.. で二次利用された場合は必ず訴訟するという意思表示を表. 分析の結果,海賊版業者にとって,著作物の権利を有す. 明したとする.つまり,常に r = 1 であり,訴訟しないと. る企業から損害賠償を提訴され賠償金を支払うリスクは無. いう選択肢を企業 b 自らが放棄する,ということである.. 視できるくらい小さい,という現状が明らかになった.ま. この場合,海賊版業者 a のペイオフが減少することが確. た,この結果を踏まえ,海賊版業者が権利を侵害しないと. 定する.図 2 におけるエリア α はなくなり,エリア β だけ. いう意思決定に導くための方法として,コミットメントと. のペイオフしか見込めなくなる.このことにより,無断で 二次利用して製品化する,という選択肢を海賊版業者が採 ⓒ 2019 Information Processing Society of Japan. *1. 例えば,2 章で登場した任天堂は,近年の海外売り上げ比率は常 に 70%を超える.. 4.
(5) 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report. Vol.2019-EIP-84 No.11 2019/6/4. 懲罰的損害賠償について考察した. 今後は,提案モデルの評価と精緻化へのフィードバック のため,提案モデルが様々な状況に適用できるかを確認す ることにより,提案モデルの適用範囲を明確にしたい.具 体的には,これまでの知的財産権侵害に関する判例を収集 し,それらの事例に対してモデルの適用を行うことで,モ デルと現実の乖離状況を特定したい. 参考文献 [1]. [2]. [3]. [4]. [5] [6]. 総 務 省:情 報 通 信 白 書 平 成 30 年 版 第 5 章 第 1 節 8「 コ ン テ ン ツ 市 場 の 動 向 」( オ ン ラ イ ン ), 入手先< http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/ whitepaper/h30.html >,(2019). 特 許 庁:2015 年 度 模 倣 被 害 実 態 調 査 報 告 書 ,入 手 先 < https://www.jpo.go.jp/news/kokusai/mohohin/ jittai.html >,(2016). 警 察 庁:平 成 29 年 に お け る 生 活 経 済 事 犯 の 検 挙 状 況 等 に つ い て ,入 手 先 < https://www.npa.go.jp/ publications/statistics/safetylife/seikeikan/ H29nennpou.pdf >,(2018). 東 京 地 裁:平 成 2 9 年( ワ )第 6 2 9 3 号 入 手 先 < http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/ 072/088072_hanrei.pdf >,(2018). 渡辺隆裕:ゲーム理論入門, pp. 65–71, 日本経済新聞出版 社 (2008). 中山信弘:著作権法, pp. 500–501, 有斐閣 (2007).. ⓒ 2019 Information Processing Society of Japan. 5.
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