正 明 中 西
会社の能力は定款紅定められた会社の目的によって制限されるか︑それとも会社は目的によっては制限されない
一般的な能力を有するものであるか︑という問題は我国でしばしば論ぜられるところである︒周知の如く︑判例な
らびに従来の通説によれば︑民法四三条ほ法人仙般についての原則を定めたものであっで︑当然会社紅鬼適用され
会社の能力はその目的の範囲内紅限られる︒これに反し二部の学説は︑民法四三条は専ら公益法人について政策的
にみとめられる特則であって︑会社に適用ないし準用すべきではなく︑会社も山︑旦法人格をみとめられた以上法の
世界においては完全な権利能力を有するものと解すべきである︑とされている︒そしてそれに関連して多くの場合
言及されるのが小英米法広元ける已tra5.r2S旨ctrin2の最近の動画と︑大陸法における劇磯的能力主義なるも
のである︒このうち英米法における已tra喜esd︒Ctrineについてほすでに幾多の研究が恕されてい克ところで
あるから︑それほ暫く別として︑この点に関するド木ツ法については普通一般に︑ドイツ法に於ては会社更に広く
は法人ほ目的によってほ酎限を受けない一般的な能力を有するものとされている︑というような説明がなされてい
る︒それは大体において正当である︒若干の反対説ほあるが︑︑少くともこと株式会社に関する限り︑多数の学説は
正路そう解している︒しかしドイツ法につ′いてほ︑会社の能力は目的紅よって制限されない︑と苛っだけでは必ず
ドイツ法における株式会社の能力と目的 ︵四三七︶ 一
ドイツ法における株式会社の能力と目的
︵四一二八︶ ニ
第二十八巻 第五号
しも充分ではない︒われわれはこの関連において︑デイツ法では通説を支持し︑反対説をも実質的結論的には破ら
ざるを得ないような︑一つの特殊の事情が旧商法以来今日に至るまで存在していることを忘れることが出来ない︒
対外的紅は無制限な取締役の代表権がすなわちそれである︒
二蝦に会社の能力が目的によって制限されるか否か︑という問題ほ︑結論的には︑会社ほその目的の範囲外の事
柄について権利義務の主体となり得るか︑また目的の喝囲外の行為を有効にかし得るか︑という問題であるが︑か
/ かる問題を規律する虹は二様の構想が可能である︒そあ二つは︑直接会社の能力の平面でことを決する方法であ ′ る︒ここで︑能力は品誓って限られるものである︑と決めれは︑能力が制限される当然の結果として︑代表機
関の代襲権も同時に会社の目的の.範囲内に限られることとなる︒従って代表機関のなす目的外の行為は直ちに触効であり︑又会社はそれを追認し得べくもないであろう︒他は︑会社の能力そのものほ目的によっては制限されなぃ ものとしておいて︑代表権を目的によって制限すべきや否や︑即ち専む代表権の問題と㌦て考える方法である︒こ こで代表権が目的によって限られるものとすれば︑能力を目的によって制限されたものとするとはぼ同様の結果を
得ることが出来る︒もっともこれによれば︑代表権の範囲は超えるが︑会社の能力の範囲ほ超えない︵従って有効 であるためには会社の意思機関の追認を必質とする︶ような山連の行為がありうるであろう︒わが国のこの息に関する判例ならび紅従来の通説ほ鼠にこの第一の立場に拠っで︑会社の能力ほ目的の範囲内に限られるものとするの
である︒又従来英米法において確固たる原則であった已−ra喜2Sd邑rin2も同様にこの立場に拠るものであ る︑と言うことができか︒これらに反し/てドイツ法は上の第二の立場に立っている︒即ちそこでほ︑通常会社更に は広く法人−般の能力はその日的によって制限されるものではないとされ︵実際この点について正面から論ぜられ る﹁とほ少なかったから︑沈黙を否定と見倣せほであるが︶︑談論ほ専ら代表権が目的によって制限されるや否やとぃう点を担わて展開され︑て賢かそして大体の所︑民放上の社団法人にりいては︑吉敷事の代教権は故人の日 常 的によって限界づけられそとされるが︑会社についてほ︑代表権は目的によっても制限されるものではない︑と
されているのである︒そこでは︑会社の代表機関は会社の名において会社の目的外の行為をも有効になしうる1
会社の能力が目的誓って制限されないが故に︑そしヱ代表権も目的の範囲に限られないが故に︒また電法上の社
団法人の敷革は法人の名で目的外の行為を有効になしえないー1法人の能力は目的によってほ限られないとしても
法人の目的は対外的にも代表権の限界を劃するが故に︒会社の雷と目的とが如何なる関係監るかが従来ドイツ Maノ 法で警の問題として論ぜられることが殆どなか?笹のは︑⁝提ナしの無制限な代表権なるもの賢るむのと思
われる︒ 本稿はこれを中心としつつ︑ドイツ法監いて株式会社の目的が取締役の代表権と︑更には会社の能力と如何な る関係にあるものとされているかを概観せんとするものである︒株式会社を考察の主たる対象とするのは︑能力の 問題としてもみる関係上その法人格について議論がわかれ七いる所の合名会社及び合資会社は暫く措きたいと考え るからで雪︒また会社の権利能力と行為能力は暫ユ括して能力として見ること姦していただきたいと思う︒
註∴叩﹂居1・hier昌N・B・ぎ=冨iP軍用A宗enrec冨derG2genWart∴蔓芦S・まf・
Ⅲa ただし二であげるものの外次の二つがある︒C・ScElnkもie已吉a・吉es・Le雷eimengHscFenPri卒
trecFt︵−琵︶もerse−be二賢ぎr旨k−e Hand−ungsf賢gkei−deぺAktien・geSe=sc邑t㍗HanseatiscFe
︑RecFts.und・GericFtめ・邑tscぎif:諾の︸Sp.NOEf●本稿はこの両者に負う所が大きい︒
こ ドイツ法に於ては株式会社は目的によってほ制限されない表的な能九を有する︑と言われている︒それは正に
︵四三九︶ 三
ドイツ法匿おける株式会社の能力と目的
︵四四〇︶ 四 第二十八巻 欝五号
その通りである︒例えばカール・レーマンは︑﹁法人は財産法の領域でほ自然人と同様の能力を有する︑﹂と言って l おり︑結論的にほこれが多数説の立場であると言ってもよいであろう︒しかし上で一昔しキようにドイツ法の下で
は︑会社の能力がその目的によって制限されるか否か︑という問題につい︑ては沈黙している学説がむしろ多いので
あって︑それらは取締役の代表権の範囲の点から能力の範囲を推断せしめる札止まる︒︑また中には︑やほり︑会社
は目的社会であるという点を楓拠として能力は目的によって制限されるものだ︑と見るものもなくはないのであ
る︒古くはデルンプルクが彼の私法論の中で︑﹁法人ほ自然人同様に権利を有し義務を埠︶︒しかしそれは︑権利の 2 性質が許す限りにおいて︑又法人の目的が必要とする限りに於てである︑﹂と述べているが︑比較的近時の学者の中
ではオットー・一フォン▲ギールケ及びR・フィツレキーが詳細な反対説を展開して︑会社の行為能力が目的によっ
て制限される︑と説いている︒われわれはまザここで︑能力が目的によって制限される︑と説くものの代襲的なも
のとして︑ギールケ及びフィツレ.ヤーの学説を概観し︑それらがドイツ法の下で如何なる結果となるか︑を見るで
あろき︒
けられるものであ鴎定款によって会社の目的が定められ︑会社はこの特定の目的のために法人格を与えられる︒従っ LeFmann﹀Die宕rt詔t昌明SmaCFtdesぎト芝andeseinerAG:BankarcFiくH Ja雷g・︵−笠N︶︸S・−賽 註 Ⅲ 戸
Derse−be.Das Recht der AG.1⁚−00¢00.S.NN記f.
勿 Dernburg︸ Pりの亡わ¢i宍訂sPriくatreCht.Bd.H S.−−−
この隠か︑旧商法以前のものとしてけ二八六〇年九月十九日のプロイセゾ商業大臣の訓令は次のように述べている︒
﹁鉄道会社が︑更にほ広く一般に株式会社が取得しうる権利の肇囲は︑ラントにょって認可された定款紅よって限界づ
て株式会社は会社の目的達成に役立つような権利を取得しうるに止まり︑反価値的なものは勿論︑定款によって認めら
ドイツ法における株式会社の能力と目的 れていない目的に捧げられた砕利ほこれを取得することができない﹂︵ドルバレソによる︒冨ra・<ires・Akte計︻ Aktienge邑−scFaftd HanseatiscFeRecFts・巨dGericF−s・Neitsc貫ft﹂琵■Sp・∽︶︒これら上の時代の制限
的能力の思想ほ会社設立虹ついての免許主義と密接な関係を有するものではないか︑と私は推測したい︒一入由三年の
プロイセン株式会社法ほ免許主義をとっており︵同法第′一条Actiengeseuscbaften kぎnenmitd︒nimg︒gent w等tigenGesetN best官mten RecFten亡ndPflicFt2nn已miニandesFeユicF2nG2n2Fmig仁ngerricFte・ wer計n.︶︑ドイツにおける準則主義ほ一八七〇年の第一株式改正法にはじまるものである ︵これによってそれまで Ac−i2義eSe=scbaf−enkぎnenn彗mi−slaa−−icFe芸eneFmig呂gerric冨twerden・となっていた旧商法二〇 八条はE仰n2Ac−ien的eSe=sc邑−gll−alsHan筐sg2Se=schaf−−a宍FwenロderG2gen芝nddes冒terneF・ mensnichtinHan告−ひ町escF旨enbeste声 となった︒新規定は設立について免許なる要件を除くとともに︑他 方それまでの所謂商事株式会社︵昌andel㌣AGl︶と︑民事株式会社︵Ci墓・AG・︶ の区別を止揚せんとするものである︒それまでプロイセンでは株式会社はまず一八四三年三月九日法で規辞され︑この法辞ほ旧商法施行法界十二条で 商行為を目的とする株式会社については擬止された︒ついで民事株式会社について一八四三年法の代りに﹂八六四年二
月十雷法が制定されていた︒Haぎ只Ommen−arユ00ヨ・S・誉ff⁚S・害PrO−OkO−−2−S・賢−・これらの点につ いてほなお大隅教授・会社の設立に関する免許主義︑法学論叢五∵竺・二号及び株式会社法変遷論六一員以下参照︶︒又当時の会社東にほ広く法人の目的を非常監重視する思想は︑一1つには︑普通国法上におけるsOC誉asbOnOr呂と
sOCietaspers昌arumの対立と︑Actieng罠詳へ訂ヽ≠が法人格を与えられるのはそれが継続して公共の利益を目的と
する場合に限るとされた事情にょるのでほないか︑と考えるが︑よう立入った考察をすることは他日に期した小︵DaN︒
題L N.B.ScF仁maC訂r︶Die En−wick−弓g d2r innerenOrgani旨ti昌derAG・im deutsc訂n R2CFt bis
N亡m ADHGBニー¢当︸ S.∽ff.︶︒
︵四四こ 五
第二十八巻 第五号 ︵四四二︶ 六
Hまづ0・Ⅴ・澤リルケであるが︑彼は法人の権利能力については︑法人ほ財産法の領域では自然人と同様の l 能力を有するとしつへ訂︑法人の意思能力と一灯為能力︵ヨHens・undHa邑告g註bigkeit︶は法人の定款に定め
られた生活領域の範囲に限られる︑とするのである︒やや轟くなるが彼のGenOSSenSChaftstheOrieを引用すれ
創. ぼ︑彼ほまず法人の目的について次めよう紅述べ聖
﹁法秩序は団体に法人格を認めるにあたって︑自然人の場合と同様に︑それぞれの団体が独自な生活目的を有す
るものと認める︒しかし自然人の存在目的ほ法によって単年前提とされる粧すぎないが︑法人の目的は法による限
定に服せしめられるのである︒法人の目的は自然人の目的のよう紅単に法規範の動機︵MOtiヱであるに止らず︑
また同時に法規範の対象︵G2g2nStand︶ともなるのである︒法人の目的ほ法律と定款によって定められる︒目的
の態様によって各団体は特別のカテゴリーに属する︐︺ととなり︑又特別の法律の規定に従うこととなる︒種々の法
人についでの目的の相違から︑法人とその静成員の︑関係の相違︑法人と他の法人︑就中国家との関係の相違が生ず
る︒このようにして団体の生活目的ほ︑自然人のそれとは異って︑一つの法概念︵Rec芝sbe喝riff︶としてあら
われるのである︒しかし︑法人の目的ほ勿論法によって作られるわけでもないし︑法上決・つているわけでもない︒
それほ入間の団体生活の歴史的発展から生れて︑多くの環からなっている社会相行為のうちに実現される︒ではあ
るが︑それほ法によってのみ︑又法上におい
領域は法的考敷の対象となる場合においても正妃その自然の存在によって淡かのに対し︑法人にほ法的意味におけ
る生活領域のタがふさわしいのであり︑その法的意味における生活領域の確定がそれぞれの定款︵宕rfas00ung︶
の不可欠な構成要素をなすのである︒﹂
一般に法人の目的が持つ意味についてこのように述べた後に︑彼ほ続けて言う︒
﹁以上のことから法人につ小ては︑昏然人には存在しない所の定款に定められた生活領域によ・る意思能力と行為
能力の制限︵Begren2ng︶なるものが生ずる︒自然人については︑自然的な意味において彼紅傭せしめうる全て
か行為が︑彼の生活目的に関係あるなしを問わず︑法的にも後に帰せしめられる︒それに対し︑ある団体がその生
活領域を超えて行為した場合には︑法的に漉その団体は全然行為しなか.っ誓﹂ととなるのである︒ある社会的有機
体がよしんほ事実上そういう行為をしたとしても︑法人がそのような行為をしたもの︵UrFeberin︶であをとはみ
なされないのである︒このよう軋して法は法人紅山つの活動領域を指し示す︒法人ほそれを超えて行為すべきでは
ないこと勿論であるが︑それを超えては法人はそもそも行為しえないのである︒:⁝⁝衰款に定むる生活領域を超
えた法人の決議は無効であるが︑その無効は︑そのような決議をする権限を有しない機関がなした決議の場合と同
様に︑決議が法的に全然法人の意思とほ認められない︑という意味である︒﹂
しからぼ法人ほ自らその月的を変更することも出来ないか︒彼は更に続けて言う︒
﹁⁝⁚しかしながら注意しなければならないのは︑ある法人■の定款によって定まった生活領域の中紅は︑﹀独自の
意思決定によって自らの生活秩序を変更し︑自らの生活目的を拡げるような法的カ︵recgicFeMacht︶が含ま
れていることもありうる︑・ということで串る︒⁝:⁝・私法人忙あっでは常に定款によって目的の変更が可能とぎれ
うる︒株式会社にあってはすで軋︵旧︶廟準五条の実定法的規制によって目的の変更は株主給金における四分
′▲は. の三の多数決でなしうることとされている︒このよゑな場合紅は︑生活眉約を新らしい領域にも及ぼすについてめ
条件が満たされるだけで︑法人はその本来の生活目的外において行為することが出来るこ七となる︒﹂
更粧取締役の代表権︷旧商法二三劇条︶との関係にお小て彼は次のように言う︒
﹁⁝:⁝又法人の生活領域の範囲ほ︑外部に対する活動陀.おけると︑内部に対する活動におけるとで異っている
︵四讐ニ︶ 七
ドイツ法における株式会社の能力と目的
第二十八巻 第正号 ︵四四四︶ 八
ことが少くない︒′定款の定むる活動範囲の中にある行為のみが法人の行為であるという原則は︑それ自体としては
対外関係紅も周様檻妥当する︒ノしかし︑この活動範囲ほ内部的な目的による拘束を踏曽﹂えるような外部的活動の
自由︵茸ssere Beweg巨gSfreiFeit︶を含んでいることが多いのである︒従てて法人ほある特定の穆類の行為に
ょっては︑法人の具体的な目的との関係を顧慮せずし.て︑第三者との関係において権利を取得し︑義務を負うに至
ることとなる︒しかしその場倉にも↓法人が劇つの統一的意思の担い手としてその梼成員に対して自己を貫徹する
能力は︑・個々の行為について判断の基準となる所の法人の目的との関係で︑依然として制限されていることには変
りはないのである︒かかる関係は︑今日の社団法において︑法人の代襲機関紅外部的には無制限な代表権が与えら
れている場合にも生ずる︒かくして同山の行為が山方では法人の行為とみなされ︑∵万では法人の行為と認められ
ない︑という事態が起りうる︒しかしその際︑法人がその行為を欲して同時に欲しなかった︑戎舷為して為さなか
ったのでほないことほ明らかである︒むしろ法人の構成員ほそれによって有効に為された法人の権利領域の変更を
甘んじ七受けなけれほならない︒拒みうるのは︑
に反するような方法で乱されることとなる場合に限られるのである︒このようにして法人については︑権利の取得
や義務の負担を志向する意思が︵対外的にほ︶存在するとみなされるが︑それについての内部的帰結を志向する意
思は存在しない︑とみなされることがありうる︒即ち元来一箇の統十的な意思が法的には別個の構成部分に分解さ
れる︑▼という現象が起るのである︒これほ個人法においてほ考えられないことであって︑社団法紅おける意思形成
の原則からのみ理解しうることである︒⁚⁝・⁝﹂
0・Ⅴ.ギールケほ法人の目的とその行為能力の関係について凡そ以上のように述べている︒彼は法人山般につ
いて︑その意思能力・行為能力は召的によってその儀囲を劃されておりヽ目的外においては法人は如何なる意味に
おいても行為しえず︑仮令事実上行為するも︑法人ほそれによハて権利を取得し︑義腰を負うことはない︑としつ
つも︑又その談論は我々を首肯せしめるものを持っているとしても︑株式会社転ついセほ︑実定法上紙制限な代表
権なるものがあるから軋は一︵旧商法二二二条︶︑彼とても目的の範囲外の権利取得を旨定せざるを得ないこととな
っている︒従って︑彼によれは︑目的外の行為について会社は行為能力を有しないへ事実上計的外の行為をしても
会社はそれによって権利義務を童する砿至るものではな小︑しかしその効果は会社に帰属する︑という一見矛盾し
た結果となるのである︒
詳 川 〇・言n G12rke・GenOSSenSC訂f−s−Fe邑eニ00芦S・−きff⁚Dかrs2−be﹀De嘉ches Pきatrec芦 BdJl■
−∞誤﹀S.∽−Nff.
到 S.詮−ff.くg−.aucF Deu−∽C訂s PriくatreCぎ︶S・∽−∞ff・
㈱今日においては︑会社がその目的を変儀しぅること最早自明のことに属するが︑当時においてほ必ずしもそうではな
かったことに注意する必要がある︒旧商法二二有条ほ︑定款に別段の定めなき限り目的変更の決議ほ多数決︵Stimm・
eロm2⁝2i−︶で恨なしえない旨規定していた二八七〇年以前においてはこれにつき吏瞥ブントの免許が必要である︶
そして同条の下において総会が目的変更の決議を為しうるや否やについて︑学説がわかれており︑総会は定款に明示的
規定のない限り目的変更の決議をなしえない︑と主張する説も可成り有力だったのである︵否定するもの︑Renauid﹀
RecFt derActien的eSescFaftenこ00声S.g00ff∴L箸enf2−d︸R2Cht derAG:−00声S・缶貿f・肯定する庵
のMOtiくNuAr:00⁝esPre宏S−En−・S・芦HaFn芯告ぎ・N−臣DHGB∴BeF㌻d︺1eFrb邑des
Hande雷echtsこ0000の▼S∵彗−/戸∽.W.︶︒この学説上の脅は︑劇八八四年紅玉って︑目的の変更には総会の四分の三
の多数が要る︑と明定した第二株式改正法にょって弘法貯解決をみたのであるが︑ギールケのこノの本ほその値後ス八
七年に出版されている︒
ドイツ韓における株式会祉の能力と目的 ︵四四五︶ 九
第二十八巻 第五号 ︵四四六︶ 山○
⇔ R・フィプレヤーもまた目的によって会社の行為能力が制限されると考えている︒彼はしかし目的という言
葉を他の学者とほ異った夙に取政う︒多数の学者が会社の目的という時には︑それをGegenstand des Unter・
n2Fmens即ち定款に・掲げられた︒会社軋営む・事業︑の意味で使っているのである︒これに対しフィッシャーほ
Gege宏tand des UnterneFmens.のはかに︑株式会社のZweckなるものを認める︒周知の如くドイツ法ほ法
人が行う事業という意味の目的を︑民法上の社団法人におけると株式会社におけるとで︑興った言葉で表現してい
る︒即ち︑民法上の社団法人が定款に掲げる目的はNw票kと呼ぼれ︵民法吏七粂︶︑株式会社のそれほGegen・
Standdes亡ntern2Fm2nSと表現される︵旧商法二〇九条二号︑新商法山八二条二項二号︑株式法十六条三項二号︶
そして株式会社の目的変更紅ついては︑今日においては株主総会の四分の三の多数でこれを為しうるものとされて
いるが︵新商法二七五条二項︑株式法山四六条一項︶︑民法上の社団法人の目的変更について或法三三粂・一項二又
は全社員の同意を要求している︒多数の学者ほ民法でいうZweckほ会社でほGe鷲nStanddesUnternehmens
にあたると考え︑民法三三条ほ第二株式改正法以前の旧商法二二革条に照応すると見てか︑民法三三条は会社に適
用のないものとする︒そして時にほ︑株式会社の目的を表わすの忙︑壬の二つの言葉を伍別しないで依っている︒
それに対しフうプレャーほ多数の学説のかかる態度を非難し︑両者を明確に区別せんとするのである︒フィプレヤ
ーによれば︑利益配当を受けることと株主たる地位を譲渡しうることが株主として会社に参加する者にtypiscFな
Nweckであり︵これは殊更定款には記載されない︶︑Ge内enStand告s Unternehmens とはこのZweckを達
するための手段として会社が行う所の事業である︒彼ほ音う︒﹁Ge拘enStand des已nterneFmensは商法二七五
条により株主総会の四分の三の多数で変更することをうるが︑Nweckについては依然民法三三条が適用され︑全
株主の同意なくしてほこれを変更することを得ない︒法人は何らかの特定のZ宅eCkのためにのみ存在し︑Z薫eCk
は法人の不可欠な構成要素をなす︒Nweckが変更されると︑法人の本腰も根本的に変るのであって︑仮令従来の ㈱
法人の外形がそのまま踏襲されていか場合でも︑そこ紅ほ斬らしい人格者が存在してい
そして彼はこのZweekが株主総会の多数決の限界を劃するてとを説いた後︑会社の行為能力について次のよう紅
述べている︒
﹁会社・ぷZweckの範囲外の行為を為tた場合には︑それは全て会社の布為能力外の行為となる︒この際Nweck
に反する行為︑就中無償の処分行為の撫効は︑会社が不当に株主の利益配当請求権を侵害した︑セいう周にはとら
えるべきではない︵若しそう考えれば︑かかる行為をする能力のあることが前提となっていることになる︶︒むし
ろ︑会社が営利というZweck︵そこに会社の限界があるのだが︶を超えて︑会社が全然存在せず︑従って行為能
力の概念も問題とならないような場所で振舞ったのだ︑という風に考えるぺきである︒﹂
即む彼によれば会社の行為能力ほZweckの範囲内に劃され︑会社はそれ以外打ととをなしえないのである?し
かし取締役の代表権との関係においてほ︑商法二三五条二項はZw2Ck外の行為についても ana−Og に適用すべ
きである︑とする︒従って彼によるもまた取締役の為⊥たNweckノ外の行為も会社について効力を生ずる︒.しかし
それについて会社はhand−∈ng呂n叫註igなのである︒ \
註 相克.句isc訂r一Aktienrecご︵in E冒enbergs Handbuch︶u−2の:S・笠ff・∽∽00ff・
吻 この点フィッジャーはエルトマンに基いている︵くg−・・〇ertmannu B2m∽a︶重工芯嵩GB︶︒
なおフィッシャーの制限的行為能力諭それ自体に対してほ︑シェリソクほ次のように批判している︒﹁会社がNweck紅
よって定ま右枠外でほ有効に行為しえない︑とするフィッレヤーの理論ほ何物によっても根拠づけえない︒株主は私的
白治の原則からして︑一般法律秩序の枠内では︑その代表機関を通して個人企共著と同様ぬ如何様にでも撮舞うことが
︵四四七︶ 二 ドイツ法における株式会社の館力と目的
ノ
︵四四八︶ 一二 第二十八巻 欝五号
できる︒この点から見るもすでに︑株式会社は原則として無制限なる行為能力を有するものである﹂︵Schlink∵C−tra・
5res・L①Fre.S.−宗︶︒
以上制限的能力説をとるものの代表的なものとして︑ギールタ及びフィッレヤーの説く所を概観したが︑上でも
明らかなように︑会社の行為聴力は元来目的によって制限される︑とみても︑ド不ツ法の下においては︑それほ必
ず取締役の代表権と衝突して︑行為能力が目的によって制限されない︑とするのと同様の結束とならざるを得な
い︒ドイツ法払おける取締役の︑代表権は正にそういう意味を持つものである︒制限的能力脱がその場軋ついてはど
ぅしても譲歩せざるをえない所の︑取締役の代表権ほ如何なるものであるか︒又それを会社の能力が目的によって
は制限されないということの一証左とみる通説は果して正当であるかっそれをわれわれほ見なけれぼならないd
三
株式法七四条は次のように規定する︒
﹁︵一項︶取締役ほ︑会社紅対する関係においては︑定款又は監査役が代表権の範囲について定める制限︑.或は一 l 〇三条に従?て為される株主総会の決議による制限をまもらなけれほならない︒
︵二項︶欝三者に対する関係において町取締役の代表権の制限揉触効である︒﹂
これが取締役の代表権の範囲に関する規定であるが︑学者は本条をはぼ次のように解している︒即ら︑元来代表
権にほ二 つの客観的な粋があって︑法律に別段の規定のない限りそれほ当該会社の通常の活動範囲にあると認めら
れる全ての行為に及ぶが︑▼それ以上には出ない筈である︒何故なら会社の受任者たる取締役の業務執行権は決して
鯉制限なものではなくて︑会社の通常の行為︑現下の目的を達するに必喪乃至有益と認められる行為にのみ及ぶも
のであるが︑会社代表と業務執行はその範囲の点で本来別異の滝庖ではないからである︒しかし七四条はまず二項
においてこの原則を取締役の対会凝
三者の地位の安全を極度に重視して︑かかる代表権の内部的制約は一切その効力を有しないとした︒つまり本条
は︑会社代表についての内部関係と外部関係を切断し︑対外関係において代襲膵に制限ゎないこと︵冒besc雷撃 2 kt訂it︶と︑制限を加えな′いこと︵已nbesc賢答詳arkeit︶を定めたものであ脅
株式法七四条がこのように規定し︑又学者がその下紅代表権の外部的に無制限なることを認めるとき︑われわれ
は代表権が目的の範囲紅限られるもめでないことを︑ここに確認していいように見える︒又そこには︑会社の能力
ほ目的によってほ制限されない︑という命題が前校となっているのだ︑と考えていいようにも見える︒しかしなが
ら︑同条はあくまで代表権についての規定であり︑会社の能力には直按言及していないから︑日本法の立場に慣れ
たわれわれにほ︑ともすれぼ学者の説く所紅もかかわらず︑会社の能力そのもの紅本来目的による制限があるもの
とすればそれほ即ち代表権の制限となり 一 代教権は会社の能力の及ぶ範囲までは及びうるが︑それ以上には及び
えない1︑七四条ほただそのようなものとしての代表権に制限を加ええないことを定めただけではなかろうか︑
という疑念が起るのである︒換言すれば︑代表権の制限にほ︑′取締役が会社の受任者であ渇ことに由来する制限と
会社の能力の制限が代嚢凝に及んで代表権の制限となるものと︑この二つがありうると考えられ︑七四条は成程こ
の前の制限が外部に対し無効とはしたが︑後者については何も言っていないのではないか︑という点である︒しか
し今一歩時代を遡って同条の成立史に目を転ずるならば︑この疑いは氷解することとなる︒
註川 ︵一項︶株主総会ほ法律及び定款に明示的に定められた場合にのみ決議する︒
︵二項︶業務執行の問題匿ついそは︑株主総会は取締佼の要求があった場合にの鼻決議することができる︒
下イツ法匿おける株式会社の能力と目的 ︵宵四九︶ 二一山
︵四五〇︶ 仙四 第二十人巻 第乱号
物 戸㌣eFm㌻n−Diか■・くert蒜t昌gSmaCht de¢ぎrstandeseinerAG:宙ankarcFiくH Jaどg・S・−おff∴戸
﹃isc訂ru a.a.〇.S.NNたStaub・Pinner一因Ommentaru−め巴.Anm.−OffNu 芯い∽des HG寧∴E監−er・ErN訂cF
DeutscFes Hande−srechtu−綬声 S.N箆い溺a仁mbacF Kur?只Ommentar﹀−浩ヨ S.−−00f∴ GOdin・Wi冒e−miu
AktiengesetN︶−欝○−S.∽−∽ff.次に述べるように株式法七四条は内容的にほ旧商法二三山奥︑新商法二三五条と一致
する︒ここに一は新商法以降のものをあげた︒
株式法七四条は商法二三五条軋︑商法二三・五条は旧南野三条に遡る︒三者とも︑代表権の内部的制約の加え
方を別とすれば︑内容的には完全に一致している︒即ち代表権の如外的に無制限なることは︑すで軋旧商法の認め
る所である︒しかし旧商法以前においては必ずしもそうはなっていない︒旧繭沫以前にほ取締役ほ会社匿対する関
係において︑会社を代表して会社の通常の業務執行の範囲を超オる行為をするには株主総会の特別の授権が必要だ
︵定款又は総会は更にサ﹂れを制限しうる︶とされたのは勿論のこと︑代表権のそのような制約は外部に対しても有
効である − 取締役が会社の名で第三考と為す行為の効果が会社に帰属するのは︑取締役が内部的制限に従って
行為した限り紅おいてである︵少くとも会社の目的の範囲内なることを要するであろう︶︑とするのが普通の考え方 ︑ ッ 小
行為の効漂会社にほ帰属せず︑取締役がそれに︑っいて個人的望見任を負わねぼならない旨を定めるのみであった
は ︵山九九条︶︒旧商法二三山条の如く代表権の外部関係と内部関係とを切断しようとする規定はプロイセン草案軋
は見られないのである︒しからば如何にして︑又如何なる理由で旧商法二三二条が作られたか︑であるが︑旧商法
立法委員会においては代襲権は常鱒支配人の代理権︵PrOCura︶との密接な関連の下に考えられてお㌔代表権の
絶対化もそれを支配人の代理権と等罠︵巴eic訂teHen︶するという形で行われたものであるから︑行論の順序と
して︑われわれ竺をドイツ法賢ける話人の代蒜竺べつな与えておかねぼならない︒
〇・S・設買
詰 川 物 第二窟算四葦 株式会社︒
㈲認諾日く二本灸の規定は会社の代買︵die蜜○=m蔓i冨⁝しての取締役の法的地位から結果するも 筈ある﹂︵Em−w已e−阜=宗B・冨die2reussisc誉S−aa−en盲bstMOti喜こ軍N・Tei−㍍・遷︒なお
本条は旧商法第二四﹂粂kねった規定であモ
孟人の代数権について︑プロイセン草案ほ︑その範園を営彗の藁の範憬妃限ろうとしてい竺四〇条︶︒し
かしすでに立法委軍釜竺読会において︑営賢の為しうることほ全て孟人も当然匿為しうるもの与る蚕業 主は何時でも彼の雫の営業とは別の営業に潜手し︑それ紅伴う行為をなす権限な支配人誓えうるであろう︶の
が支配人を相手方として取引するものの地位苦り安全にするで至う︑まぅ見地から︑支配人の代理権は営業 主の現下の営業の芸には限られないものと︑孟人の代理権の及ぶ範囲が嘗しく拡警れた︒その意味におい
て︑墓の斎−cF2derB2−riebdesHand2−sg椙erbesmi−sic言in驚は宣cbed2rBetrieb乳蓋 2
Hande富we旨mi−sIc⁝忌−︸−姦められ曙﹀第二節会やおいてⅥその意味が再確認されてい響かく †
して旧窪四二条は次のよう些規定する︒﹁嘉人の▲代理権は忘の営業︵Hand2富w2rbe︶︑の遂行に必雷全
ての裁判上裁判外の行碧なす権限を含む︒⁝⁚二しかし︶支配人は特別の授権ある覧ざれは︑土地を処分す
るの権警有しない︒﹂そして旧商法→の学驚︑蓬委員会払おける事情ををのまま受けて︑号所の高の営
業とは︑営警の特定の具体的営業ではなく︑何らかの任意の劇つの営業︵irg2nd2iロHanb2−sg2W2rbe︶の意
味であり︑支笑の代理権の範警決するものは︑彼の営警の具体的営業でねなくて︑営業の遂行という抽象的
ドイツ法匿おける株式会社の能力と目的 ︵四五こ 山五
讐十八巻第五号
︵四五二︶一六㈱ な概念である︑と解している︒支配人の代規権のこのような独立性は︑支配人の代理権は営業主の営業の全体に及
ぶ︑とする日本商法の目から見ると︑確かにsどckingなことで烙るが︑ドイツ法では新商法の下に於ても︑支配 4 人の代理権はやはりそのようなものとされているのである︵四九条︶︒
琵 仙 PrOtOkOe−S.箋.
勿 PrOtOkOe︸ S.¢Ⅵ−.
㈱ Z・B● HaFn一岬−N亡Art.烏⁚Th芦Hande−srecht.−00遥﹀ Ⅰ.S﹂由Ⅸ.だから営業主ほ元ほ酒屋だった管だが︑
旅から帰ってみると何時の間にか自分の知らぬうちに銀行家になっていた︑ということもありうる︑とされる︒また支
配ふほここでほ︑商人の第二也自己︵a冨reg︒︶︑或は商人の影︵DOppe−g筈ger︶と呼ばれる︵T琶︶︒
㈱ くg−■ ㌍﹂P J.くOn Gierke−Hande−srecFt und ScEffahrtsrecFtd−盟やS.−−監.
前述のように︑代表権の範囲を少く止も会社の目的の範囲に限ろうとするのがプロイセン草案の立場であった︒
それ・に対して︑ニュールソベルグ会議においては︑︑代表権をこの支配人の代理権と同範囲のものとすべきである︑
という投薬が出され︑その提案ほ反対に獲いつつも遂に旧商法の採る所となったのである︒代表権を支配人の代理
権と同範朗のものとすべきだということの根拠は︑支配人の代理権の場合と同様に︑取引の安全の保護︑促進にあ
った︒てれに対してはプロイセン草案の立場に拠ろうとサる委員は︑営業主は支配人を選任すると否との自由︑解 ︐
任するの自由を有し︑又四六時中支配人を監督しうべき地位にあるが︑会社ほ取締役なしではすかされないし︑そ
の監督も営業主の支配人に対する如くにほいかないこと︑取締役に会社の危険においてあらゆる行為︑会社の目的
とほ凡そ関係のない行為を為す権限を与えることから生ずる危険の犬な誉﹂と︑それに対し代表権が制限されたも
のであること忙しても︑第三者は定款又は株主総会の決議紅よりその範囲を知りうるから︑第三者はさして不利益
を蒙らないこと︑又営業主ほ如何なる瞬間においても即座紅彼の現在の営業とは別の営業に着手し︑それについて
の穿任を支配人にすることもできるが︑取締役についてはそのようなことが起りえないこと︑などの諸点を指摘し
て反対した︒そしてそれをより明確にうち出すために︑第二読会でほ︑﹁淑簡役の代表権の範囲は会社の目的︵或は l 営業︶の範囲によって決る︒定款によってそれを更に制限するLともでき郡︑﹂という規定を新らしく設けようと
授案したのであった︒代表権を支配人の代理権と首範囲にまで拡げようとする人々がこれに其向から反対したこと
は勿論である︒その理由としては種々あるがなかでも︑会社の営業とか目的などほその範囲が必ずしも明確ではな
いから︑代表権をこれらによって個別的なものとし︑その調査を取引の相手方諺々要求するのでは︑それは相手
方紅とって重荷であるぼかりでなく︑ある行為が目的の範囲外か範囲内かの認定は微妙で着るしく困難であ乳点が
挙げられた︒そして決議では制限派の提案ほ結局十対五の多数で拒けられ︑代表権は会社の目的によってその範囲
を限られるものではないととに確定した︒そればかりかもう一歩進めて︑代表権は支配人の代理権の外にあるもの
とされ墓地の処分揮富合むものとされた︒旧商法二三妄の取瀞役の無制限なか代表権は要そこのよう賢
て出 は. 来上ったものである︒
旧商法下の学説も立法委員会におけるこのような事情にかんがみて︑代表権ほ当該会社の現下の具体的な営業や
目的紅よってはその範開を限られるものではない︑即ち取締役が会社の名でなした行為は︑仮令会社の目的外であ
っても︑その効果が会社に帰属する︑それほ内部関係から切断されている点では支配人の代理権と同じであるが︑
㈱ 土地の処分権をも含む点で支配人の代理権よりもなお大きい滝のである︑と解する点で一致している︒
前に二嘗したように︑旧商法二三一条は殆どそのままで新商法二三五条に︑更に礫武法七四条となった︒両法の
下ぬおける学説もはぼ︑代表権や華細と会社の目的との関係を旧商法下の学説と同様紆︑即ち目的ほ代表権の範囲
︵四五三︶ 一七 ドイツ法狂おける株式会社の能力と目的
讐十八巻第五号
︿四五四︶ ス ㈱ ︑ を劃するものではなぃと解している︒念のため竺書すれば︑代衷権が外部的匿紺制限であると雪盲っても︑それは取締役は当然に如何なる行為をしてもよい︑ということではない︒ホルーハイムの言葉を借りれば︑ことは取締
役のK旨nenとD茸州enの分離に関する︒会社に対する関係においてほ取締役はあくまでも定款の規定や株主総
一別即 金の決議に従って行動しなければならない︒目的外の行為についてほ特に株主総会の授権を必要とするであろ須㌔
註 川 :Der Umfan叫der Befロgnis詔de∽くOrStandes bestimmt sicF nacF dem Gegenstande de00已nterneチ
men¢∈nd kann d仁rCF das GeseHscbaft¢一Stat仁t Weiterbeschr師nkt werd命n.
Ist一die 出おfu的ロi芸 Nu geWissen G2讐旨監ten dem くOr芝ande nicFt sc已ecFtEn ent芸gen一SOndern
言n geWissen Bedingungen 仁nd くOr2−SSet2ngen ab冨nglggeヨaCF−■ SO kann deren Mangel dem
︑ g已蒜︼筈bigenロritten nicFt entgegengゐSetNt Werden.︑﹀
Oder:uDie厨efugni芸d2SくOr芝ande㌘ die Gesesc訂ft N仁ddrtreten︶ erStrekt sicF auf den ganNen
d誓Chdas Stat已be詣icFnetenGesc冨ftskreis der Ges2schaft・SOWeit nicht f茸 der2n Aus昌ung
besOndere Organm beste訂n已nd in das Hande−sregister einget;gen Sind⁝Weitere BescFr筈k仁払gen
haben Dritten gegen富er keine rechこiche Wirkung..︸
勃PrOtOkOe㍍.当買S.−○望f∴Renaud.a.a.〇こS.3ff⁝㌢h㌣a.a.〇.こNz仁Art.N∽−.
釦 RenaudV a.a.〇:S.∽遥⁝H註nu a.a.〇∴↓冨r a.a.〇こ S.竿声∴厨e雷end.a.a.〇こS㌫雪い H01d・
heim﹀Gegenstand des Unternebmensu beise−ne巧Zeitsc雷ift−笠∽−S.N渓⁝Derse−be.く○訪tand a已Zeit叫>
bei seiner Zeit00CFrift−涙声 S一NO∽.
㈲ 山四頁註側にあげた所のはか︑RG戸Bd−ごひ■S.N会f.参照︒しかしユリウス・Ⅴ・ギールクは﹁多数説のように代
表樺が無制限だとみるのほ生活の実状にそぐわない︒代表権は会社の種類︷Art︶ − 目的が営利かそうでないかー・・紅
よる制限匿服するとみるぺきである︒営利を目的とする株式会社のなす多額の贈与ほ直ちに無効である﹂と言っている
︵a.a.〇: S.N芝︶︒
㈲∵くg−.BaumbacF a︐a−○●
㈲ なお以上では︑視点を専ら目的と代表権の問題にしぼるために触れなかったが︑無制限なる代表権についてほ一つ例
外的場合がある︒代表権が讐一嘉に対しては有効に制限しえない︑というのは︑代表磯のⅥ部的制約︑制限は悪意の餞
三者にも対抗できない︑ことを意味する︒しかし第三者に或る特別の事情がある場合に限㌢︑その者ほ会社の名におい
て行為する取締役と締結した行為の効果をば︑会社に対して主張するととができなくなる︒特別の事情とは何か︒この点
については特に最近議論が多いが︑旧商法以来の伝統的立場紅よると︑それほぎ亡昔nなるものである︒K︒=邑︒n
とは相手方が会社に損害を与えるについて取締役と害意をもって共働んでいること︵a邑istige¢Z宏amヨ2nWirken﹀
を言う︒かかる第三者に対しては会社は害意ある権利取得¢抗弁 ︵Einrede des ar隻s−igen Rec冨・e㌢erbV
e警eptiOdOpraete芸i已er・SpeCialis︶ をもって対抗するごとができる︑とされる︒しかし最近に至って︑内部
的制約を超える︑特に目的に反する代表権の行使の有効性を︑相手方がそれが濫用であることをp邑ti雪に知っている
場合に限って疑いはじめている︒諾−・P邑︒k︒l訂−叩・∽買Haぎ︼ ゆ↓2Arニー¢こN﹀ひ昌Art・N軍Renaud﹀
a.a.〇こS∵訟タSta仁b・P︑in計r﹀Anm・−↓昌忘軍イ﹃isc訂r≠a・a・〇:S・NN∽いSc冨nk・汐scFrぎkt︒
Handl仁ngS.f賢gkeit㍗Sp.巴○∵只ipp︸Z誓L㌻reくOn計r宕r′trかt亡ng︒Fne′宕rtret亡ngSmaCht ︵Die
ReicF品erichtspra已s Bd.N︶読iebertV JW﹁−浩炉 S●−βNff・W RGE・Bd・−声S・㌍−ff∴GadOWu lherings
JaF旨告ber厨d.芝︶ S.−遥ff●
なお二七沈述べなかったがギールケ及びフィッレヤーのはかに︑制限的能力説をとるものとして︑ドルバレンがいるが
彼ほ会社の権利能力・行為能力がフィッシャーの所謂2weckのみ計らずGegen冨ndの革紐にも劃されるものとし︑
︵四五五︶ 一九 ドイツ法における株式会社の能力と目的
第二十八巻 第五号 ︵四五六︶ 二〇
第三者が明白にそれと認めうる目的外の行為については商法二三五条の適用を排除すべきだとしで.結論的にはkOu・
SierendeDritteの外に代表権の漉用紅つき悪意の第三者の権利取得を認めるべきでないとする最近の動きと同じよう
な点に達している︵DOrpa訂デa.a.〇.ノ︶︒ l このような代表権は他にその類を見ないものである︵フィッシャー︶︒ルノー聖一口わせると︑事の性質からは出て
来ない態のものである︒カール・レーマンは︑他の諸立法に此してこの点に閲すY澤イツ法ほ非常瞥フデイカルで 2 ある︑と言っている︒又旧商法成立当時には実際界軋非雉の声が高かったようである︒旧商法立法委員諸氏はかく
て一つの偉大なる変革を為し遂げた︑と言っても過言ではないであろう︒しかし今求むる所の目的と代表権︑能力
との関係について︑われわれはこの株式法七四条成立史から何を読みとるべきであるか︒
われわれは尭に七四条を一見した時︑それだけでは代表権は会社の目的外の行為についても有効紅成立するとは
断定できないのではないか︑という危惧を感ぜざるを得なかった︒しかしこの成立史にみれば︑その点についての
疑は解けた︒しからば︑目的と会社の能力とrの関係紅ついてはどうか︒立法の過程においては会社の能力の問題は
直接軋は言及されていない︒しかし︑取締役の為した目的外の行為も会社について効力を生ずる︑ということのう
ちには︑少くとも会社の能力が目的の範囲に限られるも牒でほないことが前提となっている筈である︒何故ならシ
ュリンクの言うように︑会社の能力が会社の名において有効に行為する取締役の権限のノ範囲と同じ範閣にまで及ば
なければならないのは概念上必然的に葵諭される所であるからである︒ここ払おいてわれわれは︑通説と共に︑ド
イツ法上株式会社は目的によって制限せられない︑一般的な能力を持つものとされている︑と言うことがで㌢る︒
註 Ⅲ 比較法制については Hastein■ Die Aktiemrechte der Gegenwar︷>−諾−u S.N澄ff∴Sie訂−.句⊇gen昌r
く票Oinh¢itlichun鴨d雷A誉i巾ヨeCFtひ︸−欝隕u S.器f一
物 ルノーによる︒
商法は上に述べたように︑商取引に特殊の必妥から︑代表権を与えるものの意思とは全く独立め︑絶対的抽象的
代表権を作りあげた︒しかし民法上の社団法人については︑このような七とは未だ行われていないのである︒取締
役の代表権と対比する意味において︑理事の代表権について簡単に見ておこう︒理事は無制限な代表権を持つもの
ではない︒民法二六条二項二文は︑理事の代表権ほこれを定款で第三者に対しても有効に制限することができる旨
な規定する︒との下において学説ほ︑少くとも定款にかかげられた法人の目的は代表権の範囲を対外的にも劃する
ものである︵しかし︑ある行為が目的外かどうかはその行為の山般的客観的性格から判僻すべし︶と解している︒ l 従って法人と関係に立つ相手方は〟々予めその定款を調べなければならないこととなる坤︑それは相手方に不当な
害を与えるものではないと考えられている︒民法上の法人についてほ︑会社における取引の安全の要請よりも︑社 釦二現 員の利益を重しとしたものと言いうるであろう︒
註 Ⅲ せa∽RecFt−彗可−S.−○ひ¢.
勿 丁邑r.Agemeiner
︵び・Aufこ﹀Bem・倉二ぶ∴芯李Sta已inger﹀只Ommeロtar︵べ\00A已ニーAmm●↓昌ゆNP しかし吋−呂k︸KOm・
mentar−い昌 脚Nのは反対︒
㈹ 従って︑民法上の社団法人については︑株式会社におけかと異り︑理事の代襲権から︑法人の能力の範囲を推断する
ととができない︒目的と法人の能力との関係について︑トクール︑エネクツエルスは沈黙しているが︑エルトマン及び
シュタクデインガーは次のように述べている︒﹁法人は性質上写受しえない権利について権利能力を有しないこと勿論で
あるが︑抽象的には法人が取得しうる筈である権利についでも︑法人がある定まつた生活領域内に■おいてのみ存在する
ドイツ法における株式会社の能力と目的 ︵四五七︶ 二一
︵四五八︶ 二二 第二十八巻 第五号
ものであることから︑その取得が許されない場合もありうる︒法人の目的が正瞥﹂め生活鶴城を劃する︒﹂Oertmann・
くOrbem.のNu JuristiscFen Pers昌en⁝Sta已inger﹀くOrbem.HH.Tite−1く・C・−・
なお原田博士はわが民法四三条はわが民法起草者の独創にかかるものである︑とされるが︑間松博士によれば︑同条は
﹁英独の実際に鑑み﹂たものであか︵註釈民法理由上八八頁︶︒
四
げ 以上取締役の代表権を中心として︑少くとも旧商法以降においてほ︑ドイツ法上株式会社は目的によ?てほ制限
されない山般的な能力を有するものとされており︑旧商法二一三粂︑新商法二三五条︑株式法七四条がその実定法
的確証をなしていることを知りえた︒ l 英米法の蔓ra喜esdOCtrineが最近に至るまでドイツに知られていなかったわけでほ決してないが︑多数の
学説はこれら規定の下に無制限な代襲権を認めて来た︒なるはど会社の能力を説く条下では多くの場合それが目町
と如何なる関係にあるかを積極的には何も言わないけれども︑代表権を目的によって制限することによって株主の
保護をあつくするよりはそれによって第三者の地位が害されるのをきらうのであるから︵なお株式法仙○仙条参
照︶︑いわんや能力を目的によって制限するなどは考えもつかなか
やフィッシャーのように行為能力が目的によって制限されるとみても︑この無制限なる代表権によって結論的には
譲歩を迫られることとなり︑その議論はせいぜい代表権の内部的制約を基礎づけうるにすぎないこととなってい 2 聖株式法の制定にあたって︑已traまresdOCtrineがドイツ法において妥当するもの互みるぺきや︑という司 3 法大臣の質問に対しても︑ドイツ法曹会︵deまscF2r昔wa言責ein︶は否と答えてい聖
最後にわが現行法に目を転ずると︑民法四三条を会社にも適用ないし準用すべきやぼ大いに問題であるが︑仮に
それを否定して会社の能力ほ日劇によって制限されるものではないとしても︑条文の文字から見れば商法七八条に
所謂会社の営業に関する山切の行為は︑商法三十八条との関係上︑当該会社の現下の営業という意味にひびくので 4 ほないか︑という感じを受け射︒若し然りとすれば代表権は法律上箇々の会社の具体的目的によってその範囲を劃
されていることとなり︑民法五四条ほこういうものとしての代表権紅それ以上加えられる箇々的制限が善意の第三
者に対抗しえないとするものと見ることとなるであろう︒或いは﹂商法七八粂はやはり︑有限会社法二七粂やドイ
ツ蹄式法七山条と同様に︑ただ会社が代表社員又は代表取締役軋よって代表されるという意味に解すべ︑きであるの ㈲
かも知れない︒しかし本稿においては︑上述のようなドイツ法の立場からして会社の能力についての︑いわばオント
ロージプシュな考察や︑機関の観念についての反省が全然なされていないから︑阻確な結論を出すことはこれを他
日に期したいと思う︒
註 川 くg−.声訂Fmann.せas RecFt derAG:Bd・H・S・NN記f・
闇∵くg−.RGE−出d・−缶V S・∽−介
助 Z誓RefOrmdesAktienrecFt盲ntw︒rtendesdeまsc訂n An蓋lts扁r︒insaufdi︒Frag︒des
対eic訂ju芝izministe諾︶−Tei−Ⅰ︵−¢N¢︶u S.↓¢V S・00声
㈱ 田中耕太郎博士・改訂会社法概論︵上︶鼠九頁参照︒
制 田中誠二教授・新会社法論︵上︶三ハ六頁︑大隅教授・全訂会社法論︵上︶九一貫参照︒くg−a宍hHa≡tein﹀a・
a.〇こ S.N¢∽mit der 望Ote NON.
ドイツ沫における株式会社の能力と目的 ︵山九五五・七・山○︶
︵四五九︶ 二三