日系ブラジル人の母語教室における交流実践
参加学生の学び及び意識に関する考察
松 尾 慎
1. はじめに
従来、学習とは個々の学習者が教室において教師からある知識を学ぶことであると考え られてきた。こうした学習観に対し、異を唱える論考も少なくない(レイヴ&ウェンガー 1993、美馬・山内 2005 など)。レイヴ&ウェンガー(1993)は、従来の学習観に関し、「学 習に関する従来の説明では、知識が『発見される』にせよ、他人から『伝達される』にせ よ、あるいは他人との『相互作用の中で経験される』にせよ、そのような知識が内化する 過程を学習とみなしていた」(レイヴ&ウェンガー 1993:22)と述べている。レイヴ&ウェ ンガーはこうした学習観に異議を唱えるため状況的学習論という学習観を提示し、「学習 を内化として見るのとは対照的に、学習を実践共同体への参加の度合いの増加」(同:25) とみなしている。そして、学習とは実践共同体の「十全的参加者になること、成員になる こと、なにがしかの一人前になることを意味している」(同:29)と唱え、さらに「学習を 参加とみなすと、それが進化し、絶えず更新される関係の集合であるというあり方に注目 することになる」(同:25)と指摘している。つまり、実践共同体における学習では、個々 人が知識や技能を獲得することに着目するよりも、実践共同体への十全的参加を通して得 られる役割の変化や過程そのものが重要なものとして着目されるのである。
本論文では、日系ブラジル人の母語教室における交流実践における活動に対し、参加学 生がどのような意識を持っているのか、また、どのような学びを得ていると思っているの かを主に状況的学習論の視点から分析、考察していきたい。そのための研究手法として、
本研究では、あるテーマに対する各調査協力者の意識やイメージの構造を明らかにするた めの手法である PAC 分析を採用する。
2. 調査の概要
2.1. 調査協力者と実践の現場、組織
調査協力者は、東京女子大学の学部学生 名と大学院の修了生 名の計 名である。こ
の 名は全員、群馬県太田市で開かれている日系ブラジル人の子どものための母語(ポル
トガル語)教室に月に 回ほどの頻度で参加している。教室の名前は、 Vamos Papear
(直訳:おしゃべりしましょう)である。太田市内の小中学校のバイリンガル教員やブラ ジル人学校教員などボランティアによって運営されており、筆者と東京女子大学の学生有 志団体「ぱずる」がメンバーとしてこの活動に参加している。 名の調査協力者はこの
「ぱずる」のメンバーである。 名の調査協力者に関し述べる前に、以下、実践の現場、
組織である Vamos Papear と学生有志団体「ぱずる」について簡単に説明する。
2.1.1. 実践の現場、組織
教室が開かれている太田市は北関東でも有数の工業都市である。2014 年 月現在、外 国人登録者数は 7,738 人(ブラジル人が 2,619 人と最多)で人口の 3.5%を占めている。
太田市立小・中・特別支援学校に在籍する外国籍児童生徒は約 500 人であるが、2004 年 に太田市が「定住化に向けた外国人児童・生徒の教育特区」としての認定を受けたことで 採用した 人のバイリンガル教員(2014 年 月現在)が採用されている。バイリンガル 教員の役割は、子どもたちの母語を活用した学校生活への適応支援や日本語指導、教科学 習支援がその中心であり、母語教育そのものに力を注ぐことは難しい。そのような状況の 下、母語教室は、バイリンガル教員である Kiyomi(仮名。日系ブラジル人 世)を中心 として 2009 年 月より活動が開始された。学習支援スタッフは、 名を除いて全員がブ ラジル出身者である。通っている子どもたちは約 20 人で、小学校入学前の幼児から中学 生まで参加している。活動は毎週土曜日の 時から 時半までで、前半の約 時間半は子 どもたちをいくつかのグループに分けポルトガル語の学習を行い、後半の約 時間は課外 活動として絵本の読み聞かせをしたり、地域行事に参加するための準備をしたりしてい る。毎週、数名の学習支援スタッフを確保するのはなかなか困難な状況にある。
「ぱずる」は、毎月 ・ 回、この母語教室に参加している。「ぱずる」が結成された経
緯を述べたい。筆者は、2009 年 10 月に東京女子大学で担当している日本語教員養成課程
の授業を受講している学生を主な対象に、日本在住外国人住民の存在やその生活を知るこ
とを目的に、スタディーツアーを企画した。これは、評価の対象にならない自由参加の活
動であった。 回の訪問後、学生の多くが活動を継続したいとの意思表明をし、2010 年
月に学生有志団体「ぱずる」が設立された。それ以降、Vamos Papear と「ぱずる」の
メンバーとの交流実践が継続されている。「ぱずる」の教室での主な役割は、教室活動の
手伝い(準備や片づけ、子どもの隣に座って学習を促すことなど)、絵本の読み聞かせな
どである。その他、子どもと保護者を東京女子大学に招いての一日大学体験(授業体験や
進学ガイダンス等)、日本語・ポルトガル語併記の『ぱずる通信』の発行などの活動を行
っている。また、毎週、学内で 、 人が集まりミーティングを行っている。前述した通
り、筆者はアドバイザーやコーディネーター的な役割でミーティングに参加するととも
に、教室活動や諸行事にも参加している。
2.1.2. 調査協力者
調査協力者は、前述した通り、「ぱずる」メンバーの 名である。以下、 名に関し、
簡潔に説明を加える。
調査協力者 A は 2012 年 月に東京女子大学大学院の修士課程を修了した。年齢は 30 歳代後半で、教室の子どもの母親たちの世代である。「ぱずる」には 2010 年 月末から参 加を始め、2014 年 月現在(調査時)、活動を継続している。A は大学卒業後、日本語教 師としての経験を 10 年ほど経て大学院に入学し、修了後の現在も、日本語教師を続けて いる。以前、日本語教師として韓国に一年滞在した経験を持っている。
調査協力者 B は学部 年次の学生である。「ぱずる」には 2010 年 月(学部 年次)
から参加し、 年次、 年次にはリーダー的な役割を果たしてきた。日本語教員養成課程 と教職課程(英語)を受講し、将来は、中学校の教員を目指している。 年次に、英語の 教育職員免許状を得るための実習と日本語教員養成課程の教育実習を受けた。
調査協力者 C は学部 年次の学生である。「ぱずる」には 2012 年 月(学部 年次)
から参加し、B からリーダー的な役割を引き継ぐ途上にある。B 同様、日本語教員養成課 程と教職課程(英語)を受講し、将来は、中学校の教員を目指している。C は今のところ 大学院への進学希望はないが、教員になる前に、海外留学、あるいは海外での生活を経験 することを希望している。
2.2. 調査方法
調査は、2014 年の 月に筆者が単独で調査協力者に対して実施した。前述した通り、
本 研 究 に お い て は、調 査 方 法 と し て PAC 分 析 を 採 用 す る。「PAC 分 析 の PAC は、
Personal Attitude Construct(個人別態度構造)の略称」(内藤 2002:1)である。本研究 が PAC 分析を採用した理由は、同分析が「操作的・実験的・(記述)統計学的手法と、
間主観的・カウンセリング的・事例記述的手法の両者が包含されている」(同:4)ことが 挙げられる。つまり、計量的な分析手法と質的な分析手法の両者の特徴を取り入れている ため、本交流実践に参加することを通して、学生がどのような意識を持ち、どのような学 びがあると捉えているのか、その実相に近づくことができるのではないかと考える。現 在、PAC 分析は多様な研究テーマにおける研究手法として利用されている。調査は以下 の手順にしたがった。
( )調査協力者に対して、以下の問いかけを口頭で尋ねるとともに、文字でも同じ内容
を示した。「あなたは『太田活動』に対して、どんなイメージを持っていますか。
太田活動とは、Vamos Papear の教室への参加、東京女子大学内でのミーティング や学生研究奨励費
(1)、学園祭への参加、ぱずる通信の制作、また、各種研究会へ の参加や発表などを含んでいると考えてください。頭に浮かんだイメージや印象な どを単語や表現、または短い文で書いてください」。
( )調査協力者に小さなカードを渡して、イメージしたことを自由に一枚に一つだけ書 くように依頼した。使用する枚数は何枚でも良いことを伝えた。
( )書いたカードに重要な順に番号をつけていくように指示した。この重要度はイメー ジ内容が肯定的なものであるか否定的なものであるかは問わないことを伝えた。
( )各カードに書かれたことが肯定的内容(プラスイメージ)であるか、否定的内容
(マイナスイメージ)であるか、どちらでもないか(中立であるか)尋ねた。
( )カードに書かれた自由連想のイメージ同士が、直感的なイメージでどの程度似てい るか 段階の尺度で評価してもらった。
( )カード間の評価結果をクラスター分析(ウォード法)で処理し、デンドログラム
(クラスター分析の結果を示した図)を作成した。デンドログラムを印刷し調査協 力者に見てもらいながら、調査者(筆者)と調査協力者が相談の上、デンドログラ ムをいくつかのまとまりを持つクラスター(グループ)に分類していった。
( )クラスターごとにラベルを調査協力者に考えてもらった上で、各クラスターに対す るイメージや各項目(一枚、一枚のカードに書かれたイメージ)に関して調査協力 者の解釈を質問した。また、各クラスターを比較してもらい、クラスター間の関係 を解釈してもらった。
3. 分析結果
以下、調査協力者ごとにクラスター分析の結果を提示し、分析を行っていく。調査協力 者の発言に関しては、太字のイタリック体で示し、なおかつ、下線を引いた。
3.1. 調査協力者 A の事例
クラスター分析の結果は図 の通りとなった。
調査協力者 A によるクラスターの解釈 A はクラスターを つに分類した。
クラスター は、「子ども」、「よりそい」、「家族」、「地域」、「温かい」の 項目で、A は「子どもにとって必要なもの」というラベルをつけた。「 子どもは活動の中心だと思い ます。教室活動でもぱずるの活動でも、どんな活動でも子どもが中心です 」。A にとって
「よりそい」は活動内容の中で、「 一番大切にしたいこと 」である。A によれば中心に子 どもがきていて、同心円的に家族、地域と広がっているイメージである。「 家族は子ども にとって一番身近なもの 」で、「 子どもだけが成長するのではなく、子どもを通して家族 も変化していく 」し、地域もまた「 変わっていく、成熟していく必要がある 」。さらに A は、「 変わっていく、成長していくのはわたしも含めてです 」と述べた。「成長」は次のク ラスター に登場するイメージであるが、クラスター の解釈の中で成長ということばが A の語りの中でこのように登場した。
クラスター は、「喜び」、「学び」、「成長」、「教育」、「共感」、「楽しい」、「驚き」の 項目である。これらの 項目に対し、A は「活動を支えるもの」というラベルをつけた。
「 色々なものが挙げられていますけど、色んな要素、大きいものも小さいものも散りばめ られたらいいと思っています 」。「 自分自身が活動を通して喜びを感じるとき、何かを学ん だり、成長しているのかもしれません 」と語る A は、「 学びがない場面ってあんまりない んじゃないかって思います。特にこの活動は無意識にやっているものではなく、どうすれ ばいいのか悩んだり、振り返りをしたりしているので学びがあります 」、「 最初のクラスタ
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図 調査協力者 A のデンドログラム
ーで子ども、家族、地域というつながりをイメージしましたけど、そうやってイメージで きるのも学びがあったからこそだと思います 」、「 視野が広がったこと、視点を変えること ができるようになったのも学びの一つです 」と述べている。また、「 学びと成長は同じよ うな感覚で書いたのですが、成長って変化なのかな、成長はいい意味での変化です 」と説 明した。
クラスター は、「継続」、「未来」、「心配」、「国」、「変化」の 項目である。これらの 項目に対し、A は「継続への不安」というラベルをつけた。A は以下のように述べて いる。
継続することが大切だと思っているんですが、色々な状況の変化、社会情勢や経済変 化、家族の状況の変化も含めて、たった 年ほどしか関わっていないけど、危ういなあと いう気持ちがあります。子どもたちの未来を考えた時、漠然とした不安があります。
Vamos Papear にかわるものが登場するならいいけどそうは思えないんです。子どもが 自信を持って育っていく場所が他にもあるならいいんですけど。今は、Vamos Papear が必要な子どもがいっぱいいると思います。その中で教室が継続できなくなるのはマイナ スです。そういうイメージです 。
このように、ここで述べられている「継続への不安」とは、「ぱずる」が教室に継続に 関わっていけるのかについての不安ではなく、教室が継続されていくのかに対する不安で ある。
クラスター は、「悩む」、「苦しい」、「個」、「ことば」、「文化」、「母語」の 項目で、
A は「ことばと文化に向き合う」というラベルをつけた。A は以下のように述べた。
わたしが悩んでいるものが、ここに反映されています。母語保持教室というものに関わ り始めて、活動を続けていくうちに、ことばや文化というものに悩みながらも向き合うこ とが大切で、そういう力をつけて個というのかアイデンティティを確立していくことが子 どもにとって大切なんだと思います。 (調査者からの質問:じゃあ、A さんにとって は?)。 けっこうリンクしています。子どもが悩んだりしているのは、自分とは状況や立 場は違うけど、わたしも子どもを通して、ことばや文化について何なんだろうって繰り返 し悩みます。だから、わたしにとってもことばや文化に向き合うことは大切です 。
A は「悩む」をマイナスではなく、中立( )と評価している。「 悩まなかったらそれ
でいいのかといえば、そうではないんです。悩むからこそ得られることもあるので、いち
がいに悪いことではないです。だから、中立っていう感じです 」。
クラスター間の関係は、A は「 クラスター の子どもを中心とする家族と地域の中に クラスター の要素が入っていけばいいと思う 」と述べた。また、クラスター は、クラ スター 1,2,4 を阻害したり、阻んだりする要因であると A は解釈している。また、クラ スター の「ことばと文化に向き合う」ためには、クラスター と の要素が必要である と A は分析している。
<筆者による総合的解釈>
A の「太田活動」に対するイメージは、子どもに関わる観点を中心としているのが特 徴的である。その上で、活動を通した A 自身の成長についての意識が織り込まれている。
子どもにとって欠かせない人間関係は家族であり、地域であると A は考えている。母 語教室は地域の活動であり、なおかつその活動の趣旨に家族が賛同しなければ、子どもが 教室に参加することは難しい。つまり、母語教室は家族と地域に支えられた実践の場であ る。A はこの活動にとって一番大切なものを「よりそい」と表現した。子どもにとって 教室は変化や成長の場であるとともに、個やアイデンティティを確立していくため、自分 自身が背景として持つことばや文化に向き合あう場でもあり、そこに子どもの悩みが生ま れることもある。子どもにとって学習支援者や家族からの「よりそい」が支えになるもの と A は考えている。A は活動を通して、自分自身が学んだり、成長したことも意識して いる。A 自身が、ことばや文化に対して向き合う機会を持ちながら、また、子どもに接 しながら、視野が広がり、視点を変えることができるようになったのである。つまり、A にとって母語教室は、子どもによりそい、子どもの成長を支えていく場であるとともに、
自分自身の成長の場でもある。しかしながら、A は教室が継続していけるのかに関し、
不安を持っている。2.1 で述べたように、この教室は、ボランティアである学習支援者に よって運営されており、毎週の学習支援者の確保自体が容易ではない状況である。そこに 学習支援アシスタント的な役割で 年近く教室に関わってきた A は、教室の継続に関し 危うさを感じているとともに、教室が継続していくことを願っている。
3.2. 調査協力者 B の事例
クラスター分析の結果は図 の通りとなった。
調査協力者 B によるクラスターの解釈 B はクラスターを つに分類した。
クラスター は、「色々な経験ができて楽しい」、「日本とブラジルの文化の違い」の 項目で B は「活動を通しての喜び」というラベルをつけた。「 楽しさではなくて喜びとし たのは、楽しさというのはしっくりくるんですが、それだと軽く聞こえてしまって、それ だとちょっとニュアンスが違うので 」とのことである。「 太田の活動のすべてが楽しくて、
学内の活動もすべて含めて。でも、特に楽しいのは太田に行ってからが楽しくて、特に子 どもや先生と接する時が楽しいです。ちょっと辛いことがあるけど、この活動に関して研 究発表するときも楽しいと思える瞬間はあります 」。また、「 教室がすごくブラジル的な雰 囲気で、そこに入るとブラジルの文化を知ることができるんです。それによって、自分が こんなにも日本の文化を持っていたんだなって強く感じることがあります。あと単純にブ ラジルの文化を知れてうれしいです 」と語った。このように、太田活動を通して、B が楽 しさやうれしさ、喜びを感じる主な場所、場面は教室であることが窺える。
クラスター は、「様々な人との出会い」、「成長できる場」、「新しい自分を見つけられ る」、の 項目であった。B はこのクラスター に「活動を通した成長」というラベルを つけた。
「 太田の活動を通して、わたしが成長したなという感じ。最近、思ったんですけど、自分 を客観的に見られてなかったんだという部分があって、振り返りをすることで自分を客観 的に見ることができるようになりました。 (調査者からの質問:客観的というのは?) 例 えば、以前に自分が書いた振り返りを読むと自分がこの時にこう感じていたんだと思った りすることとかです 」。また、「 活動を通して、自分とは違う価値観ややり方をする人のこ と、それは、ぱずるメンバーを含めてですが、まずは受け入れるというような姿勢になり ました。そういう新しい自分を見つけられました 」。こうした成長を支えているものとし
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図 調査協力者 B のデンドログラム
ての「出会い」に関しては、「(教室運営の中心的存在である日系ブラジル人 世の)
Kiyomi さんの存在がすごく大きくて、Kiyomi さんに出会えてよかったなと思います。
それと、研究会や母語教育の勉強会に参加した時に知り合える母語教育関係者との出会い もすごく勉強になっています 」と説明した。
クラスター は、「社会の端や裏まで知ることができる」、「批判的思考が身につく」の 項目で B は「問題意識」というラベルをつけた。「 批判的思考というのは、一度、客観 性を持とうという姿勢のことかなと思います。日本に住む日系ブラジル人たちが抱えてい る問題や現状を知るってことや、今の政治や政策にすごく興味を持つことができるように なりました。それに対する改善案を考えられるようにはなったんですが、行動を起こすこ とはできていないという感じです 」。
クラスター は、「理想と現実のギャップ」、「葛藤」、「ふがいなさ」、「共有」、「たまに 大変」の 項目であった。B はこのクラスター に「活動に対する個人的な思い」という ラベルをつけた。「理想と現実のギャップ」、「葛藤」、「ふがいなさ」というイメージは一 見、マイナスの印象を受けるが、実際には B は「理想と現実のギャップ」と「ふがいな さ」を中立、「葛藤」をプラスとしている。これに関し、B は「 実はネガティブな意味の 葛藤も含めて、わたしはちゃんと向き合ってきたし、向き合えるようになったという認識 をしているのでプラスということにしました。一番感じた葛藤はわたしたちがいていいの かということです。ただ、それが消化されて自分の位置づけを自分で作れたというのはプ ラスな意味が多いと思います 」と語っている。葛藤に向き合う B ではあるが、「 理想とし てはポルトガル語も話せて、毎週行って、Kiyomi さんたちの助けをしたいんですけど、
でも現実には月に 回行くのが精一杯だし、ポルトガル語も勉強していないという格差が あるのも事実です 」という理想の状態とのギャップを述べた。
クラスター間の関係は、「活動を通しての喜び」と「活動を通した成長」は、「 両方があ って楽しいという感じです 」。「活動を通した成長」と「問題意識」は「 表裏一体の関係だ と思います 」。また、「活動を通した成長」と「活動に対する個人的な思い」は、「 同時進 行のプロセス、隣合わせの感じです 」。さらに、「活動に対する個人的な思い」あっての
「問題意識」とのことである。
<筆者による総合的解釈>
B の「太田活動」に対するイメージは、B 自身の活動を通した学びや成長に関わるもの が中心となっている。また、B が「太田活動」に対して持っているイメージのほとんどは 教室活動に関わる中で B 自身が得られたものとなっているのが特徴である。
B はクラスター の解釈の際に、「楽しさ」ということばをラベルに使うと軽く聞こえ
てしまうので「喜び」ということばを使ったと述べているが、クラスターの解釈の際に、
B は何度となく「楽しい」ということばを用いていた。 年間の B の活動を支えている 原動力はこの楽しさであるといえるだろう。しかし、実際には楽しいことばかりではな い。クラスター の解釈の中で、「 わたしたちがいていいのか 」という葛藤が語られてい る。そのように B が思っていたのは、 年前( 年生のとき)であった。その頃 B は、
活動を始めてすでに 年が経過していたが、それでも、子どもたちとの関係性に関する悩 みや慣れない所に行くという意識があったという。B は、「葛藤」というイメージをプラ スとして捉えているが、それは、 年間の活動の中で、様々な葛藤と向き合い、それを乗 り越えてきた自信、そして、自分自身が成長できたという思いがあるからであろう。B は 自身の成長に関し、自分を客観的に見ることができるようになったことをクラスター で 挙げているが、クラスター では批判的思考が身につくことを挙げている。成長に関し、
B は、「 以前は教室の中で目の前のことに精一杯だったんですけど、 年間活動を続けて きて、周りを見回せる余裕ができてきました。 (調査者の質問:それは具体的にはどうい うことですか?) それは、教室で子どもたちや先生のニーズのようなものがだいたい把握 できてきて、子どもたちや先生の様子を見て、今日はこういうアプローチがいいかなとい うのが見えるようになってきました。それで、ぱずるの後輩なんかに『あのテーブルに行 ったらいいよ』というような声掛けができるようになりました 」。この語りから、B は教 室活動の中で一参加学生としての役割だけではなく、コーディネーター的役割を少しずつ 果たすようになってきていることがわかる。これもまた、B の成長であろう。
3.3. 調査協力者 C の事例
クラスター分析の結果は図 の通りとなった。
調査協力者 C によるクラスターの解釈 C はクラスターを つに分類した。
クラスター は、「楽しい」、「出会いの場」、「コミュニケーションが大切なもの」、「学 ぶことのできる場」、「新しいことに色々挑戦できるところ」の 項目である。C はこのク ラスターに「自分のほしいものが得られるもの」というラベルをつけた。「 そのまんまプ ラスの印象なんですけど、自分がほしいものが得られていることなのかなって」。「大学に 入った時から、何か楽しいことやりたいとか、新しい人と出会ってみたいとか、でも、サ ークルで遊ぶんじゃなくてなんか学びたいって思ってたし、思ってるんですけど、それが この活動を通して得られてるし、もらえてます 」。クラスター の中で唯一、中立の評価 をした「コミュニケーションが大切なもの」に関しては、「 もともと、そんなに人と関わ ることが上手な方じゃないんで、そういう機会があったらほしいと思っていたんで、それ が得られているっていうのはあたってるんですけど、他の項目は得られて単純にうれしい ってものだけど、この項目は不安にもつながる要素があって微妙にずれてる感じです。次 の固まり (クラスター) の不安とかと関係あるかなって気がします 」とクラスター と関 連付けて解釈をした。
クラスター は、「辛いと思うこともある」、「大変」、「自分が考えなくちゃいけないと ころ」、「不安なもの」、「自分から行動することが大切なもの」、「自分の意見が言えるとこ ろ」、「準備が大切」、「役割があるもの」の 項目である。このクラスター に C は「責 任」というラベルをつけた。クラスター にはマイナスの項目が 個含まれている。「 こ
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図 調査協力者 C のデンドログラム
こらへんのは奨励費研究のが大きくて、自分で意見言わなきゃいけないって自分の中で思 っていて、だから自分で考えなくちゃいけない、パワポつくんなきゃいけない、絵本選ば なきゃいけない、しなきゃいけないっていうのが出ているんだなって。そういうのが辛 い、大変とか自分の中で不安を抱えているんだなと思います 」。「 ただ、同時に考えなき ゃ、行動しなきゃ、準備しなきゃ、意見言わなきゃは、この活動以外でもすべきことだか ら、そういうことがやれるっていうのは、クラスター と関連するとありがたいなってい う部分もあります 」。
クラスター は、「安心できるもの」、「自由にいられるところ」、「私の生活の一部」の 項目で C は「落ち着く場所」というラベルをつけた。「 教室がすごく自分の好きに、自 分の判断や考えで動いても、誰も何も言わない場所だなっていうのがあって、学校とか家 族みたいにそれは違うとか変だとか指摘される場とは違って、初めて自分の考えで動ける んだって、動いていいんだなって思えた場所です。 (調査者の質問:これまでの人生では そういう場所はなかったの?) 全くなかったわけじゃないですけど、ずっと同じような場 所で生きてきて、なんか指摘されるのが怖いなって思ってたんですけど、太田の教室は受 入れてくれるって感じの場所です。それが自由だし安心だなって。まず、教室がそうだな って思ってたんですけど、だんだん、ぱずるのメンバーにもおんなじようなのがあって、
クラスター の意見言わなきゃとか間違っちゃだめとか不安もあるから純粋に自由とか安 心とか言えない部分もあるんですけど、ミーティングとかで話して、何を言ってもいいと いうわけじゃないけど、自分がこれ言っていいのかなって思わないでいい場所だなって、
ぱずるのメンバーがそういう存在だなって思います 」。
クラスター間の関係については、クラスター と の関連は、クラスター の解釈の最 後で触れられている。また、クラスター の「責任」と の「落ち着く場所」に関して は、「 役割があるものは責任感で辛いっていうのもあるんだけど、責任ってクラスター の 項目とも近くて、落ち着く場所にいられるためには何かをしなくちゃいけないってこ とがあります 」と C は解釈した。
<筆者による総合的解釈>
C の「太田活動」に対するイメージは、C にとって自分が受け入れられる居場所として の活動と活動に関わることに伴う責任感が中心となっている。また、C に特徴的なのは、
東京女子大学の学生研究奨励費に関するイメージが語られたことである。C はクラスター
のラベルを考える際、「自分のほしいものが得られるもの」と答えた。それに対し、筆
者が「ものなんですか?ところとか場所、活動ではないんですか?」と尋ねると「 もので
す。場所じゃないし、活動とかよりもっとぼんやりしているのでものって感じなんです 」
と説明した。一方で、クラスター に関しては「落ち着く場所」とラベルをつけたのだ が、これに関しては「 これはぼんやりしてないんですよね。はっきりと場所なんです 」と 語った。C にとって太田活動は、安心でき、自由にいられて、生活の一部になっている実 体としての落ち着く場所なのである。ぱずる活動に関わる前には、自分が受け入れられて いると感じる場所があまりないと感じていた C は、まず、教室で受容された感覚を持ち、
続いて、だんだんとぱずるメンバーにも受容されている感覚を持つようになり、太田の教 室においても、学内でのミーティングや学生研究奨励費などの活動においても自分の居場 所を確保していった。C が 年次のときには、それほどの責任やリーダー的な役割を伴う 形で活動に参加していたわけではない。しかしながら、 年次になり教室活動はもちろん のこと、学生研究奨励費においてもリーダーとしての役割を担うようになっている。こう した中、不安を感じたり、辛いとか大変であると感じたりする機会も増えている。ちょう ど本研究のインタビューをした際も、学生研究奨励費の報告書の原稿の草案を一人で考え ている時期であった。一気にこうした役割を担うようになったわけで不安感や責任感を持 つのは当たり前かもしれない。それでも、何を言っても、どのような判断や考えで動いて も教室や学内活動で肯定的に受け入れられる経験を持つ中で、C の中で 年次のときとは 違った意味で「落ち着く場所」、「自分のほしいものが得られるもの」としての太田活動が 立ち現れてきているのではないだろうか。
4. 考察
本章では、調査協力者 名が挙げた自由連想項目及びインタビュー内容に基づき、調査 協力者が太田活動に対し、どのような意識を持っているのか、また、活動を通してどのよ うな学びを得ていると思っているのかについて分析、考察していく。なお、インタビュー で語られたこと以外に、筆者が調査協力者との協働的な活動を通して、知り得たことも分 析、考察を補完するものとして活用することとする。 名の調査協力者が挙げた自由連想 項目は全部で 51 項目であった。そのうち、肯定的な項目が 24 項目、否定的な項目が 項 目、中立的な項目が 21 項目であった。本章では、以下、まず、 名の調査協力者があげ た自由連想項目やインタビューでの語りにおける共通点に関する考察を行う。続いて、自 由連想項目やインタビューでの語りにおける 名それぞれの相違点と学びを考察していく こととする。学びに関しては、 章において、レイヴ&ウェンガー(1993)が、学習を実 践共同体の十全的参加者になることとみなしていること、また、役割の変化やその過程と 捉えていることを述べた。この観点から 名の語りを通して、学びの諸相を考察してみた い。
第一に 名の調査協力者における共通点から考察する。 人が共通して挙げた項目は
「楽しい」である(B は「色々な経験ができて楽しい」)。グループとしての活動を継続し ている根底には、楽しさが存在していることが読み取れる。大学のある西荻窪駅から教室 の最寄り駅である太田駅までは片道で 時間半掛かる。自宅から往復で 時間以上掛かる メンバーがほとんどであり、教室に参加する日はほぼ一日をこの活動に費やすことにな る。それを考えれば、楽しいと感じなければ活動を継続することは困難になるのではなか ろうか。活動に関し、「楽しい」という項目をあげる一方で、B と C は、「たまに大変 (B)」、「大変(C)」、「辛いと思うこともある(C)」、「不安なもの(C)」と活動に対する負担 感もあげており、この項目に対し B と C はマイナスのイメージであるとしている。しか しながら、 名は負担感に関連している以下の項目に対し、中立やプラスのイメージを与 えている。それぞれ、A は「悩む( )」・「苦しい( )」、B は「葛藤(+)」・「不甲斐なさ ( )」、C は「自 分 が 考 え な く ち ゃ い け な い と こ ろ ( )」と な っ て い る。津 止・桜 井
(2009)は、「知識蓄積型の教育手法だけでなく、現場に足を運んで手に触れ目で見て耳を 傾けるといった直接体験による衝動刺激型の教育のもつ今日的な有効性」(津止・桜井 2009:1)に関し、「学生が自ら問題意識をもち、主体的に課題に取り組んだときに生じる 認識の高まりや感動、驚き、あるいは挫折や葛藤、後悔といった成功や失敗のリアリティ ある体験が、学生の確かな成長ポイントになっているのではないか」(同:1)と考察して いる。 名は、悩みや苦しみ、葛藤などをむしろ肯定的に引き受けることで、活動に対し 楽しさを感じ、その楽しさが活動の継続を支えているのではないか、そして、それが各調 査協力者の学びと成長を生み出しているのではないかと推測できる。
次に、A と B がインタビューで語った共通点について取り上げたい。それは「振り返
り」ということばである。3.1 で述べたように A は「 特にこの活動は無意識にやってい
るものではなく、どうすればいいのか悩んだり、振り返りをしたりしているので学びがあ
ります 」と述べている。また、3.2 で B の「 最近、思ったんですけど、自分を客観的に見
られてなかったんだという部分があって、振り返りをすることで自分を客観的に見ること
ができるようになりました 」という語りを取り上げた。「ぱずる」は全ての活動で、振り
返りをするようにしている。まず、活動直後に時間が許す範囲で、それぞれが考えたこと
や感じたことを共有する。その後、文章での振り返りを各々がメーリングリストに投稿
し、全員で共有した後、さらに定例のミーティングでもう一度、口頭での振り返りを行
う。この「振り返り」は活動の根幹をなすものである。ショーン(2007)は、「直感的な
知を記述することが省察を育て、探求者に批評やテストや自らの知識を再構築することを
可能にする」(ショーン 2007:295)と指摘している。省察し、それを共有することによっ
て、活動から得られた漠然とした思いや考えが集団知として蓄積され、次の課題や目標の
設定、新たな企画が生まれる。A と B の語りからも、振り返りを大切にしていることや
振り返りを行うことが学びや成長に結びついていることが読み取れる。
第二に、調査協力者 名それぞれの相違点と学びに関して考察する。 名それぞれがあ げた自由連想項目とインタビューでの語りを総合的に解釈すると、A からは子どもの成 長を重視する視点、B からは自己の学びや成長の視点、C からは自分自身の居場所として の活動という視点が浮かび上がってくる。以下、調査協力者それぞれについて、考察して いきたい。
A は自らの学びや成長よりも、むしろ子どもの学びや成長を中心とする項目をあげ、
インタビューでの語りも子ども中心であった。A は教室に関わり始め、活動を継続して いくうちに、子どもがことばや文化というものに悩みながらも向き合い、少しずつアイデ ンティティを確立していく現場で、子どもたちによりそうことを通して、自らもことばや 文化に向き合ってきたと述べている。そして、A は「 学びと成長は同じような感覚で書 いたのですが、成長って変化なのかな、成長はいい意味での変化です 」と自らの学びと成 長を変化の視点で捉えている。A は大学院の在学中、修士論文の追い込み時期以外は、
活動に継続的に参加していたが「ぱずる」のリーダー的な役割を担うことはなかった。し かし、日本語教師として長い経験を持つ A は、教室において子どもたちの親に対する日 本語学習支援を試みたことがある。学習者は子どもの親でもあり、本教室の学習支援者で もあった。子どもに対する学習支援者が常に不足している状況が改善されなかったため、
継続的な日本語学習支援はできなかったものの、この日本語学習支援を一つの契機に教室 の学習支援者や子どもの親との関係を深め、教室内での役割を変化、あるいは進化させて いった。つまり、A は教室活動に継続的に参加していくことによって、本実践に十全的 参加をするようになっていったといえるだろう。また、A の語りで注目したい点がもう 一つ存在する。A はクラスター の解釈において、子どもだけが成長するのではなく、
子どもを通して家族も変化していくこと、そして地域も変わり成熟していく必要があるこ とを述べている。また、A は変化し、成長していくのは自分自身を含めてであると語っ ている。状況的学習論では、個々人の学習は、共同体の再生産、変化のサイクルの中にあ るとされている。実践的共同体における個人の参加(=学習)が十全的になるにつれて、
共同体自体も変容していくとされている。この「個人」に子ども、学習支援者、保護者、
「ぱずる」のメンバーそれぞれをあてはめると A の語りはまさに状況的学習論で学習とみ なされるものにあたっているといえる。つまり、母語学習を媒介とした本活動が子どもた ちのポルトガル語能力を高めるという方向だけではなく、活動における相互行為が実践共 同体としての母語教室や「ぱずる」の変容と再生産をもたらしていることが A の語りか ら推測できるのである。
B からは自己の学びや成長の視点が多く語られた。B は 年次の 月から活動に参加を
始め、卒業まで活動を継続している。 年次、 年次とリーダー的な役割でこの活動に関 わった B ではあるが、最初から十全的な参加ができたわけではない。3.2 でも述べたよう に B は 年次には自分が教室にいていいのかという葛藤を抱えていた。その葛藤は、ポ ルトガル語ができない自分たちが母語教室に関わることで子どもや教室にネガティブな影 響を与えることがあるのではないかというものである。特にポルトガル語の方が日本語よ りも強い子どもたちが集まったテーブルに座り、学習支援者もずっとポルトガル語で子ど もたちに話し掛けている場などでそうした思いをすることが多いようである。こうした思 いは B に特有なものではなく、日常的にメンバーが口にしている。B は 年次になった ときに「ぱずる」でリーダー的役割を担うようになった。「ぱずる」内ではリーダーとな った B ではあるが、教室における役割の変化にはあるきっかけがあった。継続的に活動 に参加する B は徐々に教室運営のリーダーである Kiyomi から次第に信頼を得るようにな っていった。そして、 年次の 2012 年 10 月 20 日の活動で「先生」役を任された。学習 支援者の数が足りず、 人の子どもたちの学習をサポートする役割を Kiyomi に依頼され たのである。その後も、時々、こうした役割を任されるようになった。まさに、教室内で の B の役割は変化し、教室活動において、「ぱずる」メンバーに対しコーディネーター的 な役割を少しずつ果たすようになってきている。つまり、「ぱずる」のリーダーとしても、
教室のスタッフとしても次第に十全的な参加をするようになってきたのである。
C からは自分自身の居場所としての活動という視点が多く語られた。石塚・河北
(2013)は、地域日本語教室の居場所感を測るための「多文化社会型居場所感尺度」の開 発を試みている。「その結果、地域日本語教室で活動する人々が居場所感を得るためには、
①役割、②被受容、③社会参加、④交流、⑤配慮の つの因子が必要である」(石塚・河 北 2013:81)ことを明らかにした。表 は C があげた自由連想項目を石塚・河北が明らか にした因子にあてはめたものである。C があげた 16 項目の中で、表 の通り少なくとも 項目が居場所感に関わる項目であることがわかる。このことからも C が活動から居場 所感を強く受けていることが推測される。
表 C があげた自由連想項目と居場所感因子との対応
出会いの場 社会参加
楽しい、安心できるもの、自由にいられるところ 被受容
新しいことに色々挑戦できるところ、自分の意見を言えるところ、役割があ 役割 るもの
C は 年次の 月から活動に関わり始め、調査時は 年次の学生であり、B から「ぱず
る」のリーダー的な役割を引き継いでいる途上にあった。大学に入ったら何か楽しいこと
がしたい、新しい人と出会いたい、でも、遊び主体のサークルではなく何かを学べるよう な活動やサークルに入りたいと考えていた C は入学当初、太田活動以外にも合唱系のサ ークル活動をしていた。しかし、 年次の途中からは「ぱずる」での活動に絞っている。
C は自由連想項目の中でもっとも重要なものとして「楽しい」をあげている。C の入学時 の思い通り、本活動は C にとって楽しいものとなっていることがわかる。一方で、C は
「役割があるもの」という項目もあげている。 年次は教室に参加すること、それで十分 な役割を果たしていた C であるが、 年次になってからは 3.3 でも述べた通り、大学の 学生研究奨励費のリーダーを任されるようになった。ミーティングの招集、研究の申請書 や各種報告書の執筆、活動報告会で使用するパワーポイント作りや発表原稿作り、新歓活 動の実施などリーダーとしてすべきことは少なくない。その他にも、教室で読み聞かせに 使う絵本の選定もある。さらには、 年次になってからは太田の学習支援者との連絡役を することも多い。C もまた太田活動という実践共同体での役割が変化し、徐々に十全的参 加をするようになっていると考えられるだろう。
以上、述べてきたように、A からは子どもの成長を重視する視点、B からは自己の学び や成長の視点、C からは自分自身の居場所としての活動という視点が語られた。しかし、
これらの観点は、背反して存在するというよりは、すべてこの活動を支えているものであ り、なおかつ、この活動から生み出されたものであり、相互依存的に存在しているともい えるのではないだろうか。そういった意味では、A、B、C の語りを重ね合わせたものに 本活動の全体像が透けて見えるように思える。
5. まとめと今後の課題
本論文においては、状況的学習論の視点から、日系ブラジル人の母語教室における交流 実践で参加学生にどのような学びが生起しているのか分析、考察してきた。本研究が取り 扱った実践の現場は、日本における外国人住民の母語教室であるが、日本では、公的な母 語教育は「日本語教育に比べ大幅に遅れている」(庄司 2010:41)。また、移民コミュニテ ィによる母語教室もほとんど存在しない。それは、母語教室が立ち上がっても多くの場 合、小中学校の教科学習支援にその重点が移り変わってしまうためである。したがって、
母語教室における学びを取り扱った論文は管見の限りほとんど存在しない。また、本論文
では日本社会という枠ではいわゆるホスト住民でありマジョリティ側である日本人学生
が、外国人住民主導の母語教室の活動に、ポルトガル語が十分にはできないマイノリティ
として関わった際に得られる学びに関し論じた。まだ、十分に開かれているとはいえない
母語教室において、マジョリティとマイノリティが逆転するなか、実践参加者の学びがど
のように意識されているのかを明らかにすることを試みたことが本論文の新しさであり、
成果であるといえる。
しかし、今後の課題も少なくはない。まず、本実践における現役メンバー、卒業生を対 象に調査者数を拡大するとともに、太田の学習支援スタッフや子どもたちに対する調査を 行うことで実践共同体全体の変容と学びの実態が明らかとなるであろう。また、本実践の 現場以外の母語教室における参加者の学びに対する調査研究も求められるだろう。さら に、母語教室以外の実践現場における参加者の学びに対する調査結果との比較も、発展的 な研究課題としてあげられる。例えば、地域の日本語学習支援教室における学習支援者の 多くは日本社会においても、その実践現場においてもマジョリティ側に立つわけである が、そこで得られる学びは、母語教室への参加で得られるものとはいかに異なっているか といった分析の視点が考えられる。
続いて調査方法に関する課題について述べる。本論文では、 名の調査協力者における 学びと実践に対する意識に関し、調査を実施し、分析、考察を行った。こうした個別の事 例が果たして一般化されるのか、その可能性と限界が問われるところである。PAC 分析 の開発者である内藤(2002)は、「個」へのアプローチこそが PAC 分析の持ち味である ことを指摘している。しかし、同時に内藤(2002)は、「集団の平均・分散による量的・
確率的な分析と個別の事例による質的・記述的な分析は、車の両輪のような相互補完的な 関係にある。 つのアプローチを対置させることで、現実の人間行動を幅広く相対化して いることができる」(内藤 2002:5)と述べている。本研究においても、質問紙調査などに よる量的分析と相互に補完し合うことで、本実践における学びがより多角的に考察される と思われる。
最後に強調しておきたいことは、研究活動とともに大切であろうことは、この活動を継 続していくことである。A が語っている通り、Vamos Papear にかわるものが今後登場す るのか、あるいは現存するのか、それはわからない。しかしながら、ブラジルと日本とい う二つの文化的背景の中で生きる子どもたちの健全な成長を支えていくためにも、継続を 目標に、研究とともに実践活動を続けていく必要があるのである。
注
( ) 学生研究奨励費とは、東京女子大学の学会という組織の活動の一つであり、学生が自主的 に形成した研究グループの各種課外調査を含め、研究活動を支援するものである。半期単 位で研究を申請することができ、研究活動に対して一定の補助金が支給される。一方で、
成果報告会での発表や成果報告書の提出が求められている。
参考文献