第 467 回東京医科大学臨床懇話会
治療抵抗性慢性心不全を合併したイレウスの周術期管理 An intraoperative management of patient with ileus who is associated
with refractory chronic heart failure
日 時
:
平成29
年5
月22
日(月)18 : 00〜19 : 00
会 場
:
東京医科大学病院教育研究棟(自主自学館)3階大教室 当 番 分 野:
東京医科大学麻酔科学分野関連診療科
:
東京医科大学病院循環器内科東京医科大学病院消化器外科・小児外科 司 会
:
関根 秀介(麻酔科学分野 講師)発 言 者
:
齊木 巌(麻酔科学分野 助教)清水 友也(麻酔科学分野 後期臨床研修医)
岩崎 陽一(循環器内科学分野 臨床研究医)
久保山 侑(消化器外科・小児外科学分野 後期臨床研修医)
東医大誌 75(4)
: 493
-504, 2017
臨床懇話会
関根(司会)
:
定刻になりましたので、第467
回 東京医科大学臨床懇話会を開催いたします。司会は、麻酔科学分野、関根が務めさせていただ きます。
皆さんの闊達な意見をお待ちしております。よろ しくお願いいたします。
今回の内容は、「治療抵抗性慢性心不全を合併し たイレウスの周術期管理」についてです。慢性心不 全の患者さんは、医療技術が上がるにつれ、増加傾 向にあり、その管理は、ステージにより複雑化し難 解です。
さらに、外科的侵襲が加わることによって、バイ タルサインがどのように変化するかについて予想す ることは非常に困難であると考えられます。イレウ スは、腸管からの体液喪失を伴うため、バイタルサ インを保つために大量の補液を要しますので、低心 機能の患者さんではより管理が複雑になります。今 回はそのリアルな症例を提示させていただいて、診 療科の垣根を越えて、心不全患者の周術期管理につ いて考えたいと思います。
まず、その病態について、循環器内科の岩崎先生 からよろしくお願いします。
岩崎(循環器内科)
:
今回、私に与えられたテー マとしては、まず心不全の総論を話して、その後に 心臓疾患を有している症例に対する麻酔のリスク評 価方法、また最後に、今回のキーとなる重症心不全 における周術期の血行動態管理についてお話しさせ ていただきます。まず初めに、こちらが人口及び年齢構造と心不全 患者数の推計です。横軸が西暦になっていまして、
左縦軸が日本の人口を示しています。右縦軸が心不 全の人数をあらわしています。また、こちらの縦棒 が将来の日本の人口の予想です。折れ線が心不全患 者数です。皆さんご存じのように、日本の人口は減 少傾向にあります。心不全の患者さんは増加傾向に あります。2030年には
130
万人に及ぶとも言われ ており、今後非常に増加してくる疾患であります。また、特徴的なのは、この上の
2
つが、65歳以 上の患者さんなのですが、その割合が徐々にふえて きています。人口は減っていますが、65歳以上の高齢の心不全患者数は増加しているため循環器内科 医だけでなく、どの科に所属していても、心不全の 患者さんに遭遇することが予想できます。
こちらのスライドは、心不全とがんの病気の進行 様式を示しています。横軸が時間で、縦軸が全身状 態を表しています。どちらも進行する疾患であるの は同じですが、がんの患者さんは、一度かかってし まうと、徐々に全身状態が悪くなって、最後は死に 至るという形をとりますが、心不全の患者さんでは、
少し違うところがあり、1度心不全が悪化したとし ても、入院して治療をすると、ある程度全身状態が よくなります。その後徐々に悪化し、また入院が必 要となるほど悪くなると、治療を行いますが、以前 の状態まで改善することはないと言われています。
この増悪を繰り返すたびに全身状態が悪化し、最 後は死に至るという経緯をとるのが心不全です。が んとの違いはそこにあります。
こちらが心不全の重症度別の治療に関してです が、これはアメリカの心臓病学会等で言われている ステージ分類です。左から
Stage A
、Stage B
、Stage C
、Stage D
と分類されていますが、Stage A
というのは、いわゆる高血圧患者さんや、糖尿病やコレステロー ルが高いということで内服治療をしていて、特に心 臓に疾患もなく自覚症状もないような方です。こう いう方でも、将来的には心不全になってしまうと言
われています。
この段階では
Stage A
なのですが、Stage B
に移行 すると高血圧や糖尿病やコレステロール値が高いこ とによって心臓の機能が低下してたり、また心房細 動が出てくるような変化がみられます。ただ、この 段階でも、まだ心不全は出てきません。これが、さらに進行すると、症候性心不全(Stage
C)に移行します。具体的に言うと、足のむくみや
労作時の呼吸困難、夜間の発作性呼吸困難等が出て くると、症候性心不全、Stage C
に移行します。これが、さらに悪化すると、Stage Dになります。
Stage D
はどんな治療をしてもコントロールに難渋するような心不全の状態です。
上の棒グラフを見てください。まず、Stage Aの 段階から
ACE
阻害薬やARB
や、またβ
遮断薬な どを導入して、心不全症状が強くなってくると、抗 アルドステロン薬や利尿薬、また経口強心薬等が必 要となります。治療抵抗性の
Stage D
に移行してしまうと、内服 薬ではコントロールができず、強心薬の投与が長期 に必要な方、また、両室ペーシング機能付き植込み 型 除 細 動 器(Cardiac Resynchronization Therapy-Defibrillator ; CRT
-D)や心臓再同期療法用ペース
メ ー カ ー(Cardiac Resynchronization Therapy-Pace- maker ; CRT
-P
)といった両心室ペーシングデバイ図
1 2055
年まで人口に対する心不全患者の割合は上昇すると推定されている。スや、さらには人工心臓や心臓移植などが必要とな る場合があります。
今回の患者さんに関して言えば、Stage Dに該当 しています。かなり末期の心不全患者さんですが、
66
歳という年齢を考慮すると、心臓移植は適応外 であり、今後は緩和ケアや終末期ケアなどで、症状 緩和を中心とした医療が必要となる方です。また、心不全には
NYHA
分類というものがあり ます。I
度からIV
度まで症状で分類されています。この方は
III
からIV
度に移行している方、つまり、安静時には症状を自覚しませんが、自宅内でも歩い たりすると、息苦しくなってしまい、ほぼ歩けない ような状態でした。
術前のエコー図検査では左心室がかなり拡大して います。短軸像では全周性に心臓の壁運動の低下が 認められています。つまり、心臓は拡大していて、
収縮力が弱いという状態でした。 また、下大静脈 はかなり張っていて、呼吸性変動がほぼないという ような状態でした。
まとめますと、この患者様は
66
歳の男性で、拡図
2 心不全は進行性の疾患である。増悪を繰り返しながら全身の予備能は低下する。
図
3 心不全は薬剤治療に加えディバイスによる治療が必要となる場合がある。ディバイスが必要な治療抵抗性の心不全
では時として緩和や終末期ケアが必要である。
張型心筋症を患っていました。NYHA分類は
III〜
IV、AHA/ACC
分類ではStage D
に位置づけられて いました。高度心機能低下のため、強心剤の依存が 避けられない。また、心房細動や心房頻拍という頻 脈性の不整脈を認めており、抗不整脈薬や抗凝固療 法が必要である患者さんの周術期管理が必要となり ました。関根
:
ありがとうございます。続きまして実際の 経過について、消化器外科の久保山先生に提示して いただきます。久保山(消化器・小児外科)
:
外科的な部分に関 しての流れと症例についてのお話をさせていただき ます。まず、循環器内科の先生から、先ほどお話し いただいた内容を踏まえて、今回の症例提示をさせ ていただきます。今回の周術期管理を検討する上で、必要な経過なので、前段階(入院①)についてのお 話もいたします。
症例は
66
歳男性の方。腹痛を主訴に来院されま した。診断は、臍ヘルニアの嵌頓による腸閉塞。手 術としましては、イレウス解除術を行いました。現病歴です。半年ほど前より、臍部に膨隆を自覚 されていた方で、201X年
2
月28
日夕方ごろより腹 痛を自覚され、同時に臍部膨隆の増大と色調の変化 を認めていました。かかりつけ医を受診されていましたが、症状が強 く当院に紹介受診となりました。CT上、臍ヘルニ アを疑う所見を認め、腹膜炎を疑ったため、当科に コンサルテーションとなりました。
既往歴です。慢性心不全(拡張型心筋症)に対し
CRT
-D
を挿入されている方で、また慢性腎不全でgrade IV
と腎臓についても比較的リスクの高い方でした。
アレルギーは特記する所見はありません。
来院時現症です。バイタルサインについては、明 らかな異常所見は認めていませんでした。腹部所見 ですが、臍部に膨隆を認め、色調は暗褐色様。比較 的色が悪いような印象です。また、筋性防御を認め、
緊急手術となりました。
血液検査所見では、炎症反応については、好中球 の高値を軽度認めるほか、白血球や
CRP
などの炎 症反応の高値は認めていませんでした。そのほか慢 性腎不全が既往にあるため、クレアチニンやBUN
の上昇を認めています。また、PT-INR
が1.98
と延 長を認めていますが、ワーファリンを内服されてい るためです。来院時の
CT
では小腸の一部から十二指腸にかけ て拡張した腸管を認めており、イレウスを疑う所見 でありました。また、臍ヘルニアを疑う所見も認めます。こちら から腸管の狭小化を認めていまして、こちらが嵌頓 部分、閉塞起点と思われます。腹水の貯留や腸間膜 の浮腫性変化も認められました。
以上の経過から、201X年
3
月1
日、臍ヘルニア 嵌頓の診断にて緊急手術の方針としました。術前に慢性心不全の既往に対し、循環器内科に対 診し、周術期の輸液管理・循環動態の管理を検討し ました。
術中所見は、はまり込んだ小腸は約
20
センチ程 度、黒色に色調変化を来しており、小腸の虚血性変 化を認めました。また、明らかな漿膜の損傷などは認めず、腸管の 運動、蠕動も確認できました。明らかな腸管壊死は 認めず、絞扼部分を解除した後、温生食により血流 の改善を図りましたところ、数分後に色調変化の改
図
4 温生食により腸管の色調は改善した。
善を認めた為、腸管切除は行わず閉腹としました。
術後経過は良好で、術後
2
日目にICU
から一般 病棟に転床しました。明らかな合併症なく経過し、第
9
病日目に退院となりました。次に
2
回目の入院の経過、手術の経過についてお 話しさせていただきます。退院後
3
日目、腹痛と食思不振で当院救急外来を 受診されて、イレウスの診断で同日緊急入院となり ました。こちら、バイタルサインは特記すべきことなく、
筋性防御なども認めませんでした。入院後、禁飲食 と補液による保存的加療としました。
再入院時の
CT
では腹水の貯留と腸管のガス像も 認め、サブイレウスのような所見でした。入院後経過ですが、耐術能に関してリスクの高い 方であったため、強い侵襲となる手術はできるだけ 避けるために、イレウス管を挿入し、保存的に加療 を続けたのですが、明らかな改善が得られず、待機 的にイレウス解除術を予定いたしました。
また、この経過の間で、第
23
病日に発熱も認め ていまして、血液培養ではCandida
が2/4
本で陽性 となっていて、抗真菌薬も開始しています。術前に、前回同様、周術期輸液管理や循環動態に
ついて、循環器内科、麻酔科と合同で周術期の対応 について術前カンファレンスを行いました。
関根
:
では、カンファランスの内容につきまして 麻酔科からお願いします。清水(麻酔科)
:
この方は、先ほどのお話にもあっ たように、拡張型心筋症は末期の状態で、EFは23%
程度しかありませんでした。血圧に関してで すが、CRT-D
と両心室ペーシング下で収縮期血圧 が90
台、自己心拍では収縮期血圧が70
〜80
台と とても低い方でした。このような低い血圧の方ですので、術前日からド ブタミン(
DOB
)を2γ
で投与を始めて、術前から 血圧管理を行いました。術中の血圧管理に関して、全身麻酔による血管の 拡張、後負荷の低下による循環動態の破綻を回避す るため手術中は積極的にノルアドレナリンを使用す る方針としました。
術中の
CRT
-D
の設定は、術前と同じVVI
で行う 予定としました。また、術中水分管理及びボリュームの評価は、経 食道心エコー(TEE)を用いてのボリューム管理が 望ましかったのですが、イレウス管挿入中の為、食 道潰瘍のリスクも高く、TEEは施行せず、A-
Line
図
5 2
度目の入院時のx
-p
像と腹部CT
像。拡大した縦隔陰影とイレウス所見を認める。の
SVV
で評価、また、必要があれば経胸壁心エコー を用いるという方針を立てました。関根
:
実際の手術に関して久保山先生お願いし ます。久保山
: 201X
年3
月27
日、イレウスに対しまし て、イレウス解除術を施行しました。術中にトライ ツ靱帯から大体150
センチほどの部分に癒着部位が ありました。前回の嵌頓部分と考えられる狭窄部分 を確認し、癒着部分を丁寧に剥離して、狭窄部分で ある部位15
センチほどの小腸を切除して、機能的 端々吻合で吻合しております。最後に、8ミリのド レーンをダグラス窩に留置して手術終了としまし た。開いた腸管を示します。こちらにほかの部分と比 べ少し狭窄している部分を認めていまして、こちら が閉塞部分であると考えています。
術後は、全体カンファレンスでお話ししたとおり、
ICU
管理とさせていただきました。術後、適宜昇圧 剤やアルブミン製剤を使っていただいて血圧を維持 して、徐々に減量するような術後管理計画を図りま した。術後にドレーン挿入部より腹水の著明な流出を認 めました。一時ドレーンをクランプして経過を見て いましたが、呼吸状態の悪化があり、NPPVを装着 しました。原因として、腹水による横隔膜の圧迫に よる呼吸の状態の悪化が考えられました。
術後第
1
病日(POD1)よりクランプを開放して、腹水除去を行うと、顕著に呼吸状態が改善されまし た。
術後
ICU
の管理の詳細につきましては、ICUの 先生から後ほど提示して頂くこととなっています。関根
:
次に清水先生、実際の麻酔管理の経過の提 示をお願いします。清水
:
こちらが麻酔表になります。まず、手術室 入室時ですが、前日から投与されていたDOB 2γ
投 与下で、収縮期血圧は100
台でした。麻酔の導入は プロポフォール1 mg/kg
と、この方の体重は58 kg
ですが、血圧の低下を緩和するため小量の投与とし ました。加えて、フェンタニル50 μg
とロクロニウム
50 mg、セボフルレン 2%
で導入を行いました。術中は、セボフルレンとレミフェンタニルの量を 調節しながら循環管理を行いました。
導入後に、CVカテーテルを挿入して、術前の
DOB
にプラスして、ノルアドレナリンを0.02 γ
で 投与を開始しました。収縮期血圧は90
台で安定し ておりました。術後鎮痛は、消化器外科の先生に、術野で腹直筋 鞘ブロック(0.375%、ロピバカイン
20 ml)を行っ
ていただきました。手術終了後に、CRT-
D
の設定を、VVIからDDD
に変更いたしました。手術室にて抜管し、抜管後の
P/F
比は184、血圧
図
6 摘出した小腸に狭窄部位を認めた。
は
100/64、HR
は78
でした。抜管後も、著変なく、
無事 ICU
入室となりました。関根
:
ありがとうございました。もともと心臓の 予備能が低い方に全身麻酔下に手術を施行し侵襲を 加える。麻酔薬は、交感神経を抑制しますので、血 圧が低下しやすい。心収縮もおさえ、血管も拡張し ます。よって、ボリューム管理が非常に難しくなる 可能性が高く、術前からの戦略により安全に術中管 理を行うことが出来たということでした。では、ICU
の経過をお願いします。○齋木(麻酔科)
:
手術室(OR)にて抜管後、自 発呼吸でICU
に入室しました。ICU入室時の採血 結果は、術前から慢性腎不全がありましたので、BUN
や、クレアチニン値の軽度上昇を認めます。CRP
の上昇は術後の炎症所見として矛盾しません。術後
OR
で撮影した、抜管直前のレントゲン写真 では、心拡大は認めますが、術前とは大きくは変わ りません。ここから
ICU
での循環管理について提示します。術前から投与されていた
DOB2γ
の投与を継続し ました。先ほど話がありましたが、全身麻酔では、全身の血管が拡張して、末梢血管抵抗が下がります。
後負荷が下がると、血圧が下がります。心機能が問 題なければ、そこで心拍出量が増えて代償できます が、この方の場合はその余力がないので、ノルアド レナリン(α1作用の薬)を少量、0.025 γ、投与し 末梢血管抵抗を上げました。それから輸液管理とい う形になるのですが、これも入れ過ぎるとよくない。
心エコー等、様々な指標となるモニターがありま すが、それをモニターにしながら、周術期の管理を、
ICU
で行うことになります。手術当日に入室してからは、特に問題なく血圧も 上下することなく維持されていましたが、容態が変 わったのは手術翌日の術後第
1
病日(POD1)です。その
1
日の経過をこちらにグラフで示しましたPOD1
正午までは順調に経過していました。ところが、この後、ここまで落ち着いていた
HR
が突然上がります。同時期に、血圧も突然下がりま した。数値として書いてありますが、収縮期血圧が55
の拡張期血圧が43、異常な低血圧です。
身体所見としては、まず腹部膨満が強かった。腹 壁は硬かった。こちらのスライドの青いグラフは、
【術中麻酔経過】
図
7 酸素、セボフルラン、レミフェンタニルによる全身麻酔下に小腸切除術が施行された。術中はドブタミンとノルア
ドレナリンの持続投与により循環は保たれており、術終了後に手術室にて抜管(E)され
ICU
に入室した。乳酸値を示しています。乳酸値が突然上昇した。乳 酸は、嫌気性代謝をすると上昇する。嫌気性代謝は、
酸素運搬と需要のバランスが保てない時に生じる。
末梢循環不全はその代表ですが、本症例は腹圧の上 昇により末梢循環不全が生じていると考えられまし た。腹水過多による腹圧の上昇により、静脈還流量 が減り、前負荷が減ったために心拍出量が低下して いるとの予想のもとに、クランプしていた腹水のド レーンを解除して、一気に
1,688 cc、約 1.5
リット ル強の腹水を排出しました。腹圧が下がると、今度は反応して血圧が戻ってく る。それに対応して、心房細動がなくなったという のも
1
つの要因と思いますが、心拍もまたもとに戻 る。その後は、比較的ずっと血圧が落ち着いて、カ テコラミンの量も徐々に減らしていくことかでき た。末梢循環不全の改善により乳酸値も、徐々に減少 した。これが大きく動いた
POD1
の経過になります。この後、カテコラミンの量も漸減でき、さらに
2
日後にはICU
から退出できました。また、腹水の中のアルブミン値は
2.9 mg/dl。血
中のアルブミン値と一緒でしたので、腹水は血漿成 分が漏出したものであろうと予測されました。続きまして第
1
病日の、心エコー所見を循環器の 先生お願いします。岩崎
:
術後第1
病日の、心エコー図検査です。施行したタイミングは、腹水を抜く前です。
1
つ術前と大きく違うところが、心エコー図だと わかりにくいかもしれませんが、術前はCRT
-D
に よるペーシングがしっかり入っていたので、アウト プットもある程度稼げていたのですが、術後、ICU 入室後から心房細動になっています。頻脈性の心房 細動になっており、両心室のペーシングが入らなく なってしまった点が、心不全管理をさらに難渋させ たところでした。心臓の形態に関しては、術前とほぼ変わりなく、
左心室はかなり拡大していて、全周性に壁運動も悪 く、下大静脈(IVC)は呼吸性変動がなく張ってい るという点は変わりありませんでしたが、この動き を見ていただくとわかるように、不規則な心房細動 の心臓の動き方をしているため、心拍出量が低下し ていることがエコーの検査から推測されます。
榎本(消化器外科)
:
確認ですが、今の心エコー というのは、腹水を抜く前なのですか、後なのです か。岩崎
:
抜く前です。榎本
:
抜く前ですね。関根
: IVC
の呼吸性変動もみられませんか。岩崎
:
ありません。術前も術後もありません。関根
:
ありがとうございます。さて、ICU退出後 について久保山先生教えてください。久保山
:
最初の入院から数えて第31
病日に、一図
8 ダグラス下ドレーンの開放後血圧は上昇し、カテコラミンは減量された。22 : 00
からはHR
も65/min
と一定でありペースメーカーが作動し
Af
は消失した。乳酸値も低下していた。般床に転床しました。
術前から血液培養で、Candida陽性でした。抗真 菌薬を投与しながら、全身の状態の管理をしました。
食事を開始し、離床を図りました。デバイスが入っ ていますので、真菌感染症では、CRT-
D
のリード 感染も危惧されることから、心エコーを行い、リー ド感染の所見がないことを確認して、第46
病日に 無事退院となっております。以上です。
関根
:
今回の管理の中で、繰り返しになりますけ れども、低心機能の方の水のバランスがよくわから ない。腹水はそもそも血管の中にあるものが抜けるわけ ではなく、お腹(血管外)にたまったものが抜ける わけですが、バイタルサインに影響します。
下肢拳上(LRT)で静脈還流を増やして血圧を上 げる。実臨床ではよく行われています。腹腔内圧が 下がることにより腹部の静脈血管床が広がり静脈還 流が減るのであれば今回の経過を説明できるのです が。
循環動態のパラメータをいかにモニターして、安 全な管理につなげられるかについて、様々な議論が あります。循環器の側面から、今回の周術期管理の モニタリングについてはいかがでしょうか。
岩崎
:
周術期管理の話をさせていただく前に、ま ず、心臓疾患を有している症例に対する麻酔のリス ク評価についてもお話しさせていただきます。我々循環器内科医は、外科の先生から、手術前に 心臓が悪い方をご紹介いただいて、手術に対する耐 術評価に関してよく相談を受けますので、その辺も 含めて、まずお話しさせていただきます。
米国の麻酔科学会による全身状態分類は
classI
か らclassV
に 分 か れ て い ま す。 健 常 者 がclassI、
classV
は、もう24
時間も生存しない瀕死の状態となっていますが、今回、高度に制限される心疾患と いうとろから
class III
に分類されます。こちらの発表によると、術後の死亡率が
1.8%
と 言われていて、class III
やclass IV
に入っている方は、術前に心臓を含めて全身の評価が必要と言われてい ます。
こちらは、心臓に関する重症度のものを示してい ますが、状態としては、不安定な冠動脈疾患、例え ば、不安定狭心症や手術の間近に発症した心筋梗塞、
あるいは、今回のような心不全の状態、そのほか重
篤な不整脈や高度な弁膜症がある方は、麻酔や手術 に関して重症度の高い心臓の状態と言われていま す。
心臓の重症度をスコア化した
Revised Cardiac Risk
Index
は、6
項目について評価します。本症例でいいますと、心不全の既往と腎機能の障害、クレアチ ニンが
2
以上というところで、リスクとしては2
つ ありますので、周術期の心血管死が1.7%
と言われ ています。こちらは、50歳以上の非心臓手術における心臓 リスク評価とケアのアルゴリズムです。上から追っ ていきますと、「緊急手術を要するかどうか」で、
まず分かれると思います。緊急手術の場合は、心臓 の評価をしっかりする時間はありませんので、その まま手術室に行って、周術期の管理をしっかりする ということになると思います。
それ以外に関しては、よく心臓を調べてから手術 と言われています。幾つかありますが、一番主要に
なるのは
4 Mets
というのがあります。これは運動能力の指標ですが、大体一般の家事や洗濯等の家事 ができる状態を
4 Mets
と言いますが、これができ るかできないかで分かれてくると思います。できる場合は、予定された手術を行うべきだと言 われておりますが、
4 Mets
以下の場合になりますと、先ほどの
Risk Index
の項目で分かれています。本症 例のように、2
項目ありますと、本来であれば非侵 襲的な治療方法への変更や、β遮断薬などの心臓を ある程度保護する、あるいは、抑制するようなお薬 を使いながら手術を施行するべきと言われていま す。この方の場合も、入院した当初は、手術に比べ たら、侵襲度の低いと思われるイレウス管による治 療が先行してなされたわけですけれども、なかなか 改善がないということで、今回、手術を行うという 運びになったと思います。ここからが周術期の管理法ですが、拡張型心筋症 における周術期の管理としては、3つが一般的に言 われています。
今回、心房細動が出ていますが、不整脈の管理や 心不全の増悪、また低左心機能に対する抗凝固療法 が一般的です。
今回は、周術期管理の輸液について、心不全増悪 というところに関してお話致しますと、まず、我々 循環器内科医は、心不全における循環動態の指標と して、やはり、非侵襲的な血圧や脈圧、心拍数、酸
素飽和度、尿量などを一般的に用います。
その後、心エコー図を用いて、左室の流出路から 計測する心拍出量をみたり、下大静脈の太さを測っ て、前負荷を評価します。
もう少し侵襲的になってくると、中心静脈カテー テルでの中心静脈圧測定や、さらに侵襲的なものと しては、
Swan
-Ganz
カテーテルがあります。これは、心拍出量、肺動脈の楔入圧や混合静脈血酸素飽和度
(Sv-
O
2)など、様々なパラメータをはかることがで きるので、より正確に評価ができると言われていま す。先ほどの心エコー図です。こちらはエコーの静止 画ですが、こちら左房、左室になりますが、左室流 出路の波形を計測することによって、1回の心拍数 を出すことができます。
また、先ほど、本症例のエコー所見をお示しした ときに、下大静脈を示しましたが、こちらの径をは かることによって、呼吸性変動のある、なしで、右 房圧、いわゆる、前負荷を評価することができると 言われています。
また、
Swan
-Ganz
カテーテルに関しては、今回、乳酸値を見ながら循環を管理されたということです ので、対称として持ってきましたが、どちらにも利 点と欠点があります。
Swan
-Ganz
カテーテルの利点は、連続でモニター 管理が可能であり、心拍出量や、混合静脈血酸素飽 和度(Sv-O
2)など、詳細に測定することができることです。
欠点としては、カテーテルを心臓の中に入れます ので、周術期による合併症や感染を併発してしまう ことが言われています。
乳酸値に関しては、利点としては非侵襲的であり、
測定が容易であるということ、欠点は、連続モニター が不可能という点です。
ここで、
Sv
-O
2について示します。肺動脈から血 液を採取して、血液ガス分析をしています。これが何を示しているかというと、全身の酸素の 需給バランスを評価できるものです。いわゆる、心 臓がうまく循環しているかどうかということの目安 になる項目です。
Sv
-O
2は、サチュレーション、ヘモグロビン値や 心拍出量から示すことができます。酸素消費量など も あ り ま す が、 心 拍 出 量 が 下 が っ た 場 合 に は、Sv
-O
2も下がりますから、心拍出量が減ったと判断 できるために、強心剤等で心拍出量を稼ぐというよ うな治療の支えになる項目です。ここで、中心静脈血酸素飽和度(ScvO2)と乳酸 値という、ちょっと
Sv
-O
2に関しては文献がなかっ たので、ScvO2という下大静脈の血ガスと乳酸値を 比較した文献があったので、お示しします。2010 年発表のものです。これは心不全というわけではあ りませんが、敗血症の集中治療を要する300
症例に 関して、乳酸値を指標にして管理をしたものと、ScvO
2という血液ガス分析を使用して管理をしたも 図9 50
歳以上では非心臓手術を受ける場合、術前の心血管評価が重要視されている。のを両群で比較していますが、ICUの滞在期間や入 院期間、人工呼吸器の離脱までの時間や多臓器不全 治療の撤退に関しては、両群で有意差がなかったこ とで、乳酸値の指標というのも、侵襲的な
ScvO
2の 指標に劣らない、かなり有効なマーカーではないか ということが、考察されております。ESCAPE Trial
という、循環器領域では有名なスタディでは、重症心不全
433
症例に対して、Swan-Ganz
カテーテルで心不全を管理した場合と、通常 の心エコーや血液検査やバイタルサインなど、非侵 襲的なもので管理したものを2
群間で比較していま す。これは2005
年に報告されていますが、180
日 間の死亡者数や入院期間、カテーテル関連死、早期 死亡に関しては、両群間に有意差がなかった。これ は非常に循環器領域の中では、センセーショナルな 報告でした。2005
年に報告されるまでは心不全といえば、入 院時にすぐSwan
-Ganz
カテーテルを入れて循環を 管理するというのが一般的でしたが、この報告を境 にSwan
-Ganz
カテーテルによる管理は減少してい ます。ただ、心移植や人工心臓が必要なほどの重症心不 全に関しては、Swan-
Ganz
カテーテルを用いて循環 管理を行っていることもあります。重症心不全症例の非心臓手術における周術期管理 としては、バイタルサインや心エコー図による非侵 襲的な管理法があるということ、Swan-
Ganz
カテー テルが、必ずしも必要ではないということが言われ ています。また、先ほどの報告にもありますように循環動態 の指標として、乳酸値の有用性が言われています。
結論から言うと、重症心不全患者の周術期の循環 管理について現在において決まった管理法はまだ言 われておりません。
ですから、1つの指標で判断するのではなくて、
総合的に管理をすることが重要です。やはり循環器 内科だけでももちろんできないですし、麻酔科の先 生だけ、外科の先生だけでもできませんので、
3
者 が連携をとりながら管理していくということが、早 期改善につながるのではないかと考えています。関根
:
チーム医療の重要性が認識できたと思い ます。特に今回のような明確な指標がない患者さん の管理というのは、単科で行うには、残念ながら限 界があります。それを関連各科が携わって、協議した結果、より 良い管理ができたということだと思います。
フロアから質問ございますか。特にドレーン解放 については様々な議論がありました。
齋木
:
結論から言うと、腹水による影響だったと 思うのですが、1点、循環器の先生に伺いたいこと があります。ドレーンを排液する前に、下大静脈が 張っていたということでした。先ほどちょっとお話 があった前負荷の問題、先ほどのお話だと、腹水が 多くなって、腹腔からの静脈還流が下がって、それ で循環血流が減ったので、血圧が下がったとお話に なったのですけれども、それと下大静脈径がしっか り張っていたということは矛盾しないのでしょう か。岩崎
:
そこが非常に難しいところだと思うので すね。やっぱり、超音波検査の限界かなと思うので すけれども、我々があのときエコーしたときの評価 としては、前負荷は十分足りているということでし た。IVCも張っていましたし、ただ、気になるのが、心房細動は頻脈性のものがあったので、両心室の ペーシングができていないというところが、心拍数 の低下につながって、血圧も低下したのではないか というふうに結論づけていたのですけれども、やっ ぱり、最終的な結果を見ると、IVCは張っていまし たが、腹水を除くことによって、さらに前負荷がふ えたことで、恐らく心拍出量もふえて血圧が上がっ た。その流れで心房細動も停止して、循環がよくなっ たのではないかと考えています。
榎本
: 1
つの例だろうと思います。ICUの先生に お伺いします。僕のあの時の実感としては、腹水が 減少したことよりも呼吸状態が改善したことが、か なり大きく影響しているのかなと思っていました。実際、バイタルサインの呼吸の変化、その辺のとこ ろ、ただ、循環だけではなく、呼吸の影響は大きい と思うのですけれども、いかがですか。
斎木
:
呼吸状態に関しては、P/F比は、ICUに入 室してきたときは大体170
ぐらいでした。翌日に なって、朝を迎えたときぐらいには、P/F比は200
中盤ぐらいでした。次に、実際に、血圧が下がったときの血液ガス分 析では、50%ぐらいの酸素濃度で、PaO2が
140
ぐ らいです。これが直前の、一番腹腔内圧が高かったときだと 思うのですけれども、吸入酸素濃度
40%
でPaO
285
です。
P/F ratio
は200
をちょっと超えているぐらい。クランプを解除した直後、腹水が流れ始めたころだ と思うのですが
P/F
比は280
ぐらいに上がっている ので、やっぱり循環動態が回復したと同時に、呼吸 状態も回復したと考えられると思います。ただ、単に
P/F
比の低下が末梢循環不全をはじめ とした、循環パラメータに直接影響しているかと考 えると、200ぐらいでどこまで影響するかというの は、呼吸はP/F
比だけでは語れませんのでちょっと 難しいところではあると思います。榎本
:
ありがとうございました。関根
:
呼吸の問題というのはあったのでしょう ね。それから、POD1の朝というのは、ちょっと息 苦しさが出てきて、NPPV装着になった。しかし改 善することなく、さらに悪化したわけです。腹水の 排出で、結果としてバイタルサインは改善した。ただ、悪くなってきた原因というのは、循環器の 先生からありましたように、Stage Dの慢性心不全 があるような人、しかも拡張型心筋症ですから、頻 脈になると空打ちになっていく。それで悪循環に陥 るということはあったと思います。呼吸だけでもだ め、循環だけでもだめということですね。やはり、
全身で管理するということが大切だと思います。
和田(小児外科)
:
この方は、EF23%で、全麻で 開腹手術をやられたのですけれども、古いかもしれ ませんが、EFがどのぐらいだったら、またどのぐら いの手術時間だったら全麻でできるのでしょうか。関根
: EF
に関しては、まず50%
を切るような症 例は、少し気をつけなければいけない。40%未満 ではさらにリスクは増します。ただ、全身麻酔の可 否について、EFで線引きはありません。ほかの麻 酔法、つまり局所麻酔ですが、脊髄くも膜下麻酔、硬膜外麻酔、末梢神経ブロックが検討されることは あります。しかし局所麻酔のほうが、開いた末梢に 対して血管ボリュームがうまくとれないといった中 で、循環管理に難渋する場合がありますから、どち らかというと全身麻酔が選ばれることになると思い ます。
和田
:
ありがとうございます。桒原(消化器外科)
:
術前に、患者さんの耐術度 を評価するのは、非常に難しいと思うんです。麻酔 科の先生にお伺いしたいのですけれども、例えば、重度のリスクのある患者の手術耐容度に関する評 価、スコアリングというのは、もちろん、患者さん
によっては、心機能、呼吸機能、PS、手術侵襲と か年齢、いろいろあると思うのですけれども、そう いったものをスコアリングして、耐術可能かどうか、
あるいは、周術期に合併症を起こしやすい、死亡率 につながるとか、そういった指標はあるでしょうか。
内野(麻酔科)
:
例えば周術期の重症心合併症の リスク因子は年齢も含めて数々列挙されています。リスク因子の重複によりその発生頻度も上がります。
基本的には死亡率も上がることとますから、手術を するときに、非常に慎重な検討が必要になります。
先ほど、循環器内科の先生からアルゴリズムを用 いた診療評価の解説がありました。同じアルゴリズ ムを我々も使うのですけれども、ただ、どうしても 手術をしないと救命できないという場合は、このア ルゴリズムが全てをカバーできるわけではないので す。手術以外に救命の方法がない場合は、手術を行 わざるを得ないということです。
先ほどのアルゴリズムとは別に、我々の術前評価 外来では周術期の重症心合併症についてのリスク因 子をスコアリングします。ただ、先の報告でもあり ましたように、拡張型心筋症を始めとした慢性心不 全の方が増えていますので、周術期管理の難しい症 例が増えています。
この方の場合、CRT-
D
が入っているので、ある 程度、これで一時的に心筋のEF
を上げていただい て、それでも二十数%
ですから、様々な要因であっ という間に循環が破綻してしまうので、手術はまさ に綱渡りと言えます。ただ、どこの段階で周術期を超えられないと判断 するかは難しいですね。今回のような緊急性の高い ものは、手術しないと絶対に救命できませんから。
我々は、患者さんにとって必要であればできる限り の可能性を見つけて周術期管理に持っていくという ことを探します。基本的には時間があれば、呼吸、
循環、喫煙リスク等々を含めて、全ての項目をチェッ クした上で点数化して、麻酔管理をしたときの術後 の死亡率と合併症が起こる率を見た上でお答えして います。
関根
:
ありがとうございました。本日は今後増加 するとされています慢性心不全患者の周術期管理に ついて複数科連携の重要さの確認のみならず有益な 意見交換と検討ができたと思います。これにて、第467
回東京医科大学臨床懇話会を終了いたします。(羽生春夫編集委員査読)