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戦時下の部落問題

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戦時下の部落問題

著者 青木 孝寿

雑誌名 長野県短期大学紀要

37

ページ 21‑30

発行年 1982‑12

URL http://id.nii.ac.jp/1118/00000738/

Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja

(2)

ざ ー

モ†    噌

寿

戦時下の部落問題

はじめに

戦時体制下において︑部落問題がどのような特質を持ったかを明らかにするの

が︑本稿の課題である︒この課題を設定した理由は︑第一に︑この時期の研究が

︵旺1︶︒部落問題の史的究明が全体としてまだ不十分であり︑かつ戦時体制とい

う特異な状況において︑宋解放部落住民︵以下部落住民という︶の生活︑行政・

運動が複雑な展開を遂げて︑これの把塩が困難である︑ということがいえる︒ま

た︑水平運動がこの時期に融和主義化し︑本来の路線から大きく変化したため

に︑運動家も研究者も本格的に取りあげることをためらっていたことなどを挙げ ることができよう︒したがってこの時期の部落問題を研究する意義は︑まず研究

の欠如を禰うことにあると考える︒

第二の理由は︑戦時体制が部落外にあたえた影響と部落にあたえた影響の異同

を考えることで︑戦時体制全体の果たした役割を検討することができるというこ

とである︒そ打ためにまず部落への影響を実証していかねばならない︒

第三の理由は︑戦前の部落問題の状況︑とりわけ部落の生活が︑戦時体制下に

おいてどのように変化し︑それが第二次大戦後の部落の生活にどう継承されてい

ったかを明らかにする必要があるからである︒

こうした理由で取りあげられた戦時下の部落問題は︑さまざまな課題をもって

稿

翌l九三八年︵昭和十三︶に︑﹁物資動員﹂によって部落住民の失業・休業︑転

業・転職が起こった問題に着日したい︒そこではU日中戦争にょる物資動員が部 落住民にあたえた実態面部落住民の失業・転職等についての行政の対策槻同じく融和団体の対応㈲全国水平社の対応を述べることにしたい︒

一 日中戦争が部落住民の生活にあたえた影響

日中戦争が開始されてただちに起こった問題は︑中国から原料を輸入している

産業部門の状況である︒たとえば有力な部落産業の一つである履物の竹反義製造

業では︑原料の﹁支那竹皮﹂が戦争のため産地が混乱して出荷困難となり︑しか

も輸入制限等にょって供給が円滑を欠き︑竹皮表業者の営業が困難になった︵2︶︒

竹皮は毎年五〇〇〜六〇〇万足を生産し︑加工業者を加えた従業者は約l〇万人

に達し︑そのほとんどが部落住民であったために部落産業への影響は大きく︑そ

の対策がいち早く取りあげられたのである︵3︶︒

さらにこのあとにくる物資動員のために国民︑とりわけ部落住民への影響はき

わめて大きく︑経済的問題からさらに社会的問題にさえなっていったのである︒

それが物資動員による失業・休業︑転業・転職の問題である︒日中戦争下の失

薯∵転業等国民に大きな影響が表れてきた理由は︑日中戦争を遂行していくため

に物資動員計画が立てられ︑重要物資を統制したことに起因していることは明ら

かである︒一九三七年︵昭和十二︶七月七日にはじまった日中戦争が︑中華民国

政府およびその国民の抵抗に遇って早期解決が困難になったために︑政府は戦争

経済の観点から物資動員計画を立てる︒これは翌三八年︵昭和十三︶ l月十六日

の閣議で﹁昭和十三年度物資動員計画﹂を決定した時点から計画され︑三月一日

には商工省が﹁綿糸配給統制規則﹂を公布して綿糸の割当票制度を実施し︑これ

が最初の切符制となった︵4︶︒四月一日国家総動員法が公布され︑五月五日施

(3)

長野県短期大学紀要 第37号(1982)

1939年3月末日現在 転兼転職・副業転換 劔剋ク業・休業・転業合計 

戸     数 劔 B 剏ヒ      数 劔 B

主 菜 兀クシc ヌb 偃X 五言1 佗b 主 菜 兀クシc ヌb 偃X シfノYク シb 佗b

1,000 田S" 1,652  3塔r 1,322  33 1,508 塔唐 2,406  3SS2 璃 琶謂 

(3.0)  店 CX 「 (3.7)  CX 「 (5.8)  C( 「 (4.5)  度 C 「 (5.3)  C( 「

1069  ##r 2,296 (10.8)  3SSr 度 C( 「 1,672 (8.5)  3## 度 C 「   ,010  3都 3,353 塗 333"

(1ら.6)  .x C 劔凵i18.8)  8 C (17.0)  X CH

1,631 (12.4) 鉄sr 2,208 (11.8)  3#途 ( C8 「 727 (8.7)  3 #B C( 「 3,039 (23.1)  3 C C 「 4,087 滴 3 1,283 店 3Cc2

(10.4) 劔劍 C 「 (22.5)  X CH 「 (20,3) 

l画。謂  ,910 (8.7)  3s3 809 (6.5)  3S3 2,149 塔モ 3,037  3sビ 1,238 滴 3 #R

(8.4) 凵i7.7)  X C 「 (10.6)  8 C 「 (13.6)  祷 C 「 (12.2) 

1,432 (25.0)  C 「 1,712 (23.5)  3c3 8 CH 「   ,630 (45.9) 鼎# x C 「 3,050 (41.9)  )y ( 3c C( 「

201 都B 275  .」h‑R cr 374  " 486  3" 120 鼎S"

(3.5) 1  塗 Cx 「 (4.0) 劍 C 「 (6.6)  C( 「 (7.2)  滴 C( 「 (8.7)  滴 C 「

6,658  33迭 10,053 祷 33ッ 4,993  H 33s 11,506 店 3Ss 17,076  X 3s B 8,220  8 3 B

(8.1)  嶋 Cx 「 (8.3)  塗 C 「 (7.5)  塗 CH 「 (14.0)  H C( 「 (14.1)  C 「 (12.3)  Cx 「

22

行︑大きく事態が転換し︑諸物資の生産配給動員が政府によって掌逢されること

になった︒五月九日勅令による﹁臨時物資調整局﹂官制の公布によって商工省外

局の物資統制の中央磯関が設置され︑五月二十五日には勅令にょる﹁需給調整協

諌会﹂の設置により輸出入品等臨時措置法による物品別調整意蘭ができた︵5︶︒

このような物資動員組織体制を確立したのち︑六月二十三日政府は︑鉄鋼・非

鉄金属・綿花・羊毛・皮革・生ゴム・石油など三三品目の物資の使用制限を声明

し︑六月二十九日綿製品製造制限に関する商工省令を公布したのをきっかけに︑

七月一日皮革使用制限規則を定めた︒その後二 二カ月の間にいくつかの重要物

資の使用制限規則︑配給統制規則を定めた︒この結果︑これらの原料は一般国内 需要に対しては製造禁止または数量が減少させられ︑すべて軍需の充足と輸出品

に対してのみ供給せられることになった︒このためこれらの僅類の物資を原料と

して使っている工業及びその製品の販売・配給に従事していた商店等では事業不

振に陥り︑従業員の解雇・整理等によって閉店廃業する者が生じることになった

6

中央融和事業協会が一九三九年︵昭和十四︶三月末日現在をもって調査した

﹁融和事業関係地区産業並びに職業転換状況﹂︵7︶記載の﹁失・休業者並びに要転

業職者状況﹂をまとめたものが第1表である︒産業全体をみると︑失・休業者

戸数五・八%︑同人口四二二%︑要転業職者戸数八・三%︑同人口六・四%︑合

計戸数l四・l%︑人口一〇・七%に連している︒いずれも十数%という高い率

で失・休業︑要転業職者が存在したということで︑これは中央融和事業協会傘下

の融和団体の調査可能地域の数字ではあるが︑深刻な実態をよく示している︒

つぎに産業別に内容をみると︑失・休業者戸数・人口および要転業職者戸数・

人口と滝に︑そして両者の合計もともに︑多い順にみると︑①雑業◎商業◎工業

④日雇業①その他⑨腱・漁業の順となっている︒割合でみると︑雑業という不安

定な分野がもっとも影響が大きく︑その雑業の内容で日立つのが靴修繕業・履物

修繕業であり︑いずれも皮革統制・履物蓑統制の影響を強くうけたのである︒つ

いで配給統制にょる被害の大きかった商業に割合が高い︒皮革商・手皮商・靴

商・履物商・屠畜獣肉商など部落住民が従事する商業において割合が高かったか

らである︒さらに工業に割合が高くみられるが︑これには製革業・製革付随製造

業・製靴業・製靴以外の皮革加工業・履物製造業・履物蓑︵竹皮・椋棉・藁︶製

造業・竹細工製造業などがあった︒

以上の諸産業の中でもっとも高い雑業ほ︑共・林業戸数l八・四%︑同人口一

(4)

戦時下の部落問題

第1表 失・休業者ならびに要転業職者状況

戸     数  B

手首「訂可 ̄訂 ̄ 偃Xン緯 シc ヌb

(註)三一書房刊『部落問題・水平運動資料集成』第3巻により作成。器印訂正数。

八・七%︑要転業職者戸数二三・五%︑同人ロ二二・四%と高く︑両者合計戸数四

二九%︑人口四二二%と半数に近い打撃をこうむっていることがわかり︑商

業は同じく合計二二八%と二〇二l亮︑工業は一八・八%と一五・四登日雇

業は二二・八%と丁二%となっている︒鼻・漁業はそれでも被害は少なく︑

失・休業戸数丁七%︑同人口〇二ハ%︑転業職者戸数・人口を加えてもそれぞ

れ戸数五・三%︑人口三・八%で︑他産業と状況は少し異なっていた︒

つぎに右の﹃状況﹄の中の﹁各府県別失・休業者並びに要転業職者状況﹂︵8︶を

みると︑失・休業者︑要転業職垂戸数だけでいうと︑香川県︵三六二%︶を筆

頭に大阪・福井・長崎・千葉・山梨・岐阜の各府県が二〇〜三〇%台に位置し︑

鹿

〇%以下で︑最低は栃木県の〇・六%であった︒これをみると︑とくに地域的な

特色というものははっきしないようである︒

以上のように統計によって失・休業者および要転業職者の動向をみたので︑こ

れを地域においてさらに具体的に実情を明らかにしてみょう︒京都府の例である︒

一九三九年三月京都府社会課は︑社会事業費中の失業救済施設費として失業者生

業援護費を﹁物資動員二田ル失業者ノ生業援添二関スル件﹂︵9︶として支出し

た︒そのときに該当の京都市・福知山市・舞鶴市・東舞鶴市︑久世郡・乙訓郡・

加佐郡・相楽郡各一村の計四市と四部四村の部落住民から一九三九年三月現在の

﹁実地調査書﹂がl世帯ごとに添えられて︑支出のための資料とされている︒こ

の調査書にょって二九世帯の生業援護世帯の実態をまとめたものが第2表であ

り︑これにょって職業を集計したのが第3表である︒もっとも多い工業︵九人︶

は零細な靴製造販売が多く︑ついで座業︵六人︶はすべて小作盤である︒商業

︵五人︶も店員・行商が大部分であり︑日雇第・雑業はもっとも不安定な職業で

あり︑その他は︑人力串夫・荷馬車挽業という零細な交通関係であった︒家族人

員は五1六人がもっとも多く︑平均五・五人である︒収入月額を階層別にまとめ

ると第4表のようになる︒一世帯当り三〇円台がもっとも多く︑平均二七円七〇

銭と少ない収入であり︑全く収入のない世帯もある︒収入見積額と生活︵支出︶見

積額を比較してみると︵第5表︶︑収入不足額は平均年額二四六円六二銭となり︑

収入不足額を階層別にみると一〇〇11100円台の不足がもっとも多く︑ついで

三〇〇〜四〇〇円台がつづく︒なかには六〇〇円以上の赤字を抱えている者もあ

っ た

このように二九世帯の職業および収入・支出見横額・家族人見などをみると

(5)

長野県短期大学紀要 第37号(1982)

︵裡︶ 舛嶺毎社葦ゆ埼聾轟望薄料彗毎顎淳沖姻﹁軍叫詔憩・肇肝妙・沖辞辞>・蕗混藤咄・詞冷簿昏︵腎妙栗︶﹂︵東署に㊥︶打口謡熟0

. 斗 一         ¶

(6)

第3表 職業別の生業援護 世帯数

計 1  29l lOO.0

(註)原拠は第2表に同じ。

戦時下の部落問題 第4表 収入階層別世帯数(月額)

世 帯 数 階 層 別

収 入 額

計 l    29

(註)原拠は第2表匿同じ。

第5表 階層別収入不足金額 世帯数(年額)

讐驚瞥副 世帯数

500′一600

400′一500

300・・一400 200′・一300

100′一200 0′−ノ100

計 l   29

(註)原拠は第2表に同じ。

3 1 4 8 0 3

1

r

き︑なぜ失・休業および転業磯せざるを得なかったが推測されよう︒﹁実地調査

書﹂の﹁具他参考事項﹂をみるとその間の事情が明白になる︒その例は︑

①荷馬車換子の青年が︑﹁馬専用具ハ軍馬トシテ徴発セラレ為メニ失業セシモ

ノナリ﹂という理由で失業し︑機械工になるため機械工補導所に入所中の生活費

として四五円支給される︒

㊤鍛冶英の一人は﹁鉄材統制ノ為鍛冶業継続困難ニシテ失業状態トナリ生活困窮

ス﹂として︑米・麦・野菜栽培の小作集業をするため援護金七〇円をリヤカー.1

台の農具購入費として支給される︒

④ある靴工職は﹁皮革統制ニテ失業ス﹂として小作果菜に転じて薬草球根栽培・

米・麦・玉葱等をつくることになり︑技術を学ぶための指導地出張旅費・リヤカ

ー二円・鼻具購入費分として七〇円の援護金を支給された︒

④ある靴職人は皮革統制により豆腐製造ならびに小売に転業した︒

以上︑四例だけ述べたけれども︑転業職後の職業と生業費︵援護金︶は前掲第

2蓑のとおりで︑新しい軍需産業に従事するために機械工になろうとする者が圧

倒的に多く︵九人︶︑ついでは農業小作・養畜菓︵五人︶であり︑また行商など

の商業もあった︵五人︶︒生業費は二〇円モ七〇円となり︑平均五五円であっ

た︒いずれにしても失・休業者および転業職者の現乗はこのようにきびしく︑部

落住民にとって日中戦争による物資動員は深刻な影響をあたえることになったの

ニ 失・休業者ならびに転業職者に封する行政の対策

政府は︑失・休業者ならびに転業職者が物資動員の計画を進行させていく過程

で増加してきたので︑それに対して対策をたてなければならなくなった︒まず中

央・地方に失業対策委員会を設け︑これを徹底させるために一九三八年︵昭和十

三︶九月二十二日商工省に転業対策部を︑厚生省に失業対策部を設置し︑物資統

制強化にょって起こった中小商工業者を中心とした失・休業者等を考える検閲と

したのである︵M︶︒中央失業対策委員会は八月三日第l回総会を開き︑特別委員

会を設置して︑焦眉の急として失業救済対策の具体秦をまとめ︑同月十八日総会

で答申を決定して木戸厚相に答申した︵n︶︒その前文において︑

政府は速に各懲産業の維持継続の方途を請じて失業の防止にカを致し︑其の維

持継続の困難なるものに対してほ転業又は就職の指導幹旋を為す等事態に応じ

て之が防止救済転万全を期し︑以て挙国一致長期戦時態勢を堅持せざるべから

(7)

長野県短期大学紀要 第37号(1982)

26

と述べ︑﹁失業対策要綱﹂として一般方策・防止方策・救済方策の三点から応急 ず ︒

策を掲げた︒物資動員強化による失業対策については︑部分的にはすでに七月四

日厚生次官より各府県に対し指示しており︵ほ︶︑八月十三日には陸軍省が失業

対策要綱を︑八月二十四日には厚生・商工両次官が通牒を出しており︵崇︑九月

十二日には商工省が転業対策を出した︒十月五日になると再々度厚生次官より各

府県知事に通牒が出されている︵崇︒それにょると︑﹁物資動員ノ強化二依り生

ズべキ失業ノ防止及救済二閑シテハ︑八月二十四日厚生省発職第四九号厚生・商

工両次官依命通牒ノ次第モ有之候処︑今回第二予備金ヨリ経費ヲ支出シ別紙失業

対策施設要綱二依り救済施設ヲ訴ズルコトト相成候︵後略︶﹂と述べ︑財源を第

二予備金の支出でまかなおうというのである︒この通牒によって﹁失業対策施設

要綱﹂が決まり︑①失業者の職業補導施設⑧授産及び内職施設助成︵以上失業対

策部所管︶◎生業授護④地方改善応急施設︵以上社会局所管︶⑨預金部資金融通

︵失業対策部所管︶■の︑五項目の対策を具体的に掲げている︒

しこで注目すべきは︑一般的な物資動員強化による失業者の救済施設の中に︑

はじめて前記傍点のように﹁地方改善応急施設﹂が出てきたことである︒また︑

十月七日の厚生省失業対策部長から各府県知事宛の﹁物資動員ノ強化二依ル失業

者ノ救済施設三関スル件﹂ 通牒︵禁にも︑その前文に︑﹁尚融和事業対象地区多

キ府県二在リテハ社会局長通牒ノ趣旨二鑑ミ特二関係方面卜密接ナル連絡ノ下二

実施計画ノ樹立相成虔為念﹂という﹁ナオ蕃﹂が付加されている︒

このように政府が︑十月段階に至ってはじめて部落に対して応急対策を立てた

のであるが︑すでにこれより発き八月二日付で︑中央融和事業協会が︑陸海軍大

臣・被服本願長宛に陳情書を提出していたことなど運動が活発になっていたこと

から︑政府は部落の失業問題をとりあげざるを得なくなっていたのである︒十月

五日の厚生次官通牒の﹁地方改善応急施設﹂をみょう︒

①転業奨励施設としてS転業資金融通回就職仕度金給与がある︒Sは軍需産業の

下請その他段販産業等へ転業しょうとする業者が︑小額の転業資金を必要とする

者に一世帯平均七〇円︑予算総額一四万円の範囲内で府県融和団体を通して資

金の融通をする︒回は転職者の就職仕度金の給与を必要とする者にl人平均l〇

円︑予算総額六万円の範囲内で給与する︒

㊥協同施設として﹂軍需品・民需品の受註等に関し配給の円滑公平︑材料・製品

の共同処理のた.め組合など共同施設をつくらせ︑その経費として一施設平均三〇 〇円︑予算総額六万六千円の範囲内で補助する︒◎失業者応急救済施設として︑年齢・体格等の事情で段賑産業等に就職不可能にして生活困難な者に︑地方公共団体の行う簡易な土木工事等にょり生活費を得さしめるために要する経費として︑労力費一人一日平均一円︑予算総琴三万八千円の範囲内で補助する︒④指導諸費としてS職業裕導訓練費一回六〇人︑二〇〇円︑予算総額l万円の範囲で精神訓練を主とした軍需産業等へ就職容易ならしむるための短期の予備訓練費伺指導費として地方改善応急施設費補助事業の実施に当り﹁地区民﹂ ︵部落住民︶に時局認識の徹底︑自覚更生気運の振起︑本事業の遂行円滑のため府県事業費に予算総額二万二八〇〇円の範由内で補助する︒というものである︒これは﹁地方改善応急施設﹂として︑部落の商工業者・住民に対する失業・転職対策としてはじめてできたものであるが︑転業奨励施設としての転業資金融通は一世帯平均七〇円︑就職支度金は一人平均一〇円という額であり︑さらに失業者には労力費一人一日平均l円を︑それぞれ予算の範囲内で補助するというものであったから︑金額からいっても間に合わせのものであったといわざるを得なかったのである︒

十月五日厚生省社会局長名の通達︵空は︑﹁今次事変特二物資調整強化二依り

寮改善の地区民ノ生業二及ボシタル影響ハ相当深刻ナルキノアルニ鑑︑︑︑﹂前述の

厚生次官通牒のとおり第二予備金を支出し︑﹁地方故事応急施設﹂を詰ずること

となったとして︑各府県管下﹁要改着地区﹂に対する適切な計画を樹立し至急国

庫補助の申請を求めている︒その場合の﹁地方改善応急施設費補助事業実施要

綱﹂︵17︶は︑﹁自カニ依ル職業転換困難ナル要改善地区民ノ転業ノ横棒的促進︑

内容ノ改善二依ル現業ノ安定其ノ他保護救済ノ方途ヲ辞ジ地方改善ノ使命達成﹂

を目的としており︑﹁地区民二対シ今次物資調整ノ英二避クべカラザル所以ヲ十

分了得セシメ﹂︑国庫補助は︑府県の本事業の経費または補助とするものであ

り︑支出方法は︑前述十月五日の﹁地方改善広急施設﹂に挙げられた事業の補助

とする︑とされている︒このほか﹁失業者生業援護補助﹂が︑政府から各府県に

支出されてくる︒

右の﹁失業者生業援護費補助﹂について本稿の一項で京都府の具体例二九人に

ついて詳記したのでそれを参照されたい︵第2表︶︒

厚生省では︑失業対策の重要性を考えて︑失業対策事務打合会を︑十月十二日

から全国五カ所で開き︑打合事項の四番目に﹁地方改善応急施設に関する事項﹂

a l

(8)

戦時下の部落問題

を入れて論議している︵望︒

三 融和団体の対応

一九三八年︵昭和十三︶六月十四・十五日厚生省で開かれた︑厚生省・各府県

社会事業主事・中央融和事業協会および各府県融和団体などによる昭和十三年度

全国融和事業協議会では︑協議決定事項として︵望︑

①﹁時局二対処スべキ融和事業ノ具体的方策﹂の六項として︑﹁特有産業二就テ

ハ殊:原材料ノ供給ヲ円滑ナラシメ︑全国的連合磯閑ノ設置及ビ之ガ生産販売二

関シ指導斡旋スルコト﹂︑七項として﹁軍需工業等へ積極的二転換進出セシムル

㊥﹁昭和十三年度融和事業遂行上特:留意スべキ点﹂では︑二項として﹁自覚更

生施設二関スル事項﹂の中で﹁地区各般:亘ル実態ヲ調査シ之ヲ基本トシテ適正

ナル更生計画ヲ樹立実行﹂し︑﹁前項ノ指導二当リテハ現状二照シ特二職業転換

及ビ移住等二関スル計画ヲ加へシムルコト﹂を挙げ︑四項では﹁就職適格者ノ養

成及ビ之ガ露介斡旋:努ムル等職業ノ転換進出:閑シ横極的二指導スルコト﹂を

これは︑日中戦争がはじまって一年未満の︑まだ本格的統制以前であるので︑

﹁原材料ノ供給ヲ円滑ナラシメ﹂るとか﹁自覚厚生施設﹂の充実という考え方で

職業転換を掲げているのである︒﹁協議概要﹂をみると中央融和事業協会常務

は︑﹁内部自覚に就て軍需工業の盛なるに伴ひ進出の椒会を作るとか︑職業転換

を為す等︑或は分散︑満州移住の如き︑此の機会に於て特に融和事業として実施

すべきもの大なりと考へる﹂︵20︶と述べているように︑軍需工業の盛行に乗じて

有利に職業転換することを奨励しているのであり︑統制強化による失業および転

業職等ではなかった︒福井県の代表は︑﹁聴業問題に託て煉業を棄てるといふ丈

でなく︑人的資源の点より考へて現在の職業国策が樹立されゝば︑融和事業の大

半が包まれると思ふ﹂と述べ︑さらに﹁国策を樹立すれば画期的進展が出来よ

う﹂と楽天的に考えている︵21︶︒一方これに対して群馬県の代表は︑ ﹁l部は軍

需工場に入った者はあるが︑大多数の人々に取って職業転換は困難である﹂とし

ている︵望︒また大阪の代表は︑今時の事変の国策遂行上︑輸入統制の結果︑国

内の皮革が欠乏し︑革業界・加工業間に影響して原料が高騰し︑深刻に憂慮すべ

き現状であるとして︑騰貴の状況を述べた︒大阪では革原料が入手できず︑千数

百戸が失業状態であり︑また高知県では踪棉・竹皮の値上りと統制で失業状態で

ある︑兵庫県では皮革の不足・値上りで生活の脅威を感じたり︑利益を得たりで

ある︑と報告している︵望︒

ところが一九三八年六月から七月にかけて状況が大きく変化してきた︒これは

生産・配給の本格的統制がはじまったことによった︒中央融和事業協会は︑物資

統制がとくに部落に影響が大きく失業救済の必要があるとして︑l九三八年八月

二日付で陸海軍大臣・被服本廠長に宛てて陳情書を提出している︒これは重要な

陳情音

今般物資の統制による失業者の救済に就てほ軍当局に於かせられては格別の

御高配を賜り感謝に堪えざる次第に御座候︑然るに去七月l日より実施せられ

たる皮革の使用制限等に依り︑従来専ら民需の生産に従事し居たる融和事業関

係地区民二万人︵現在数︶は失業の己むなきに立至り候処︑此等地区民は零細

の貨銀を以て僅かに糊口の資に充て居たるものにして些の貯巻無く多数の家族

を擁し窮迫焦慮し居る状況にして︑此の飽放置するに於てほ或は不測の禍を惹

起すやも計り難く侯︑就ては関係当局とも協議し之が対策に腐心致し居候へ

共︑此の際としては軍部御当局の絶大なる御同情御高配に俵に非れば容易に打

開の道を発見し得ざる次第に有之倹条︑宜敷御配慮被下度︑特に左記各項に付

格別の御措置腸度︑尤も軍当局発註の条件に応ずる為工業組合の結成︑設備の

充足︑技術の向上︑従業員の精神的訓練等些関しては能ふ限り努力し適正なる

製品上納の用意有之候粂何卒宜数御願申上皮此段及陳情慎也︑

一︑製革製靴等の御注文を相当量御下命ありたきこと

一︑軍需用の製革製靴に付特に必要なる技術指導のため閑係官を御派遣ありた

二軍事用の製革製靴工場等に於ては今回塵職者を優先的に傭入れしむるこ

と︑而して之が為採用条件を緩和せしむる等の御斡旋を得たきこと

﹁転職を可能とする者に就ては黄管下各作業庁並に民間関係工場等に於て成

る可く採用条件を緩和し優先的に傭人せらるゝ様御高配を得たきこと

この陳情書は︑皮革の使用制限によって部落産業としての皮革業・製靴業に大

打撃をうけた部落住民が︑工業組合の結成︑設備の充実︑技術の向上などに努力

して軍部の製革製靴の発注︑採用条件の緩和などさまざまな対策によって生活を

維持しょうとして請願したのである︒

(9)

長野県短期大学紀要 第37号(1982)

28

﹂れより発き七月二十八日近畿二雁五県の皮革関係同業者が集まり協議し︑八

月五日には近畿融和連盟近畿地方皮革関係業者応急常任委員会を開催し︑皮革関

係応急対策・皮革製造業者対策・製靴同業者対策・原料皮革卸小売業者対策・鼻

緒同業者対策・靴修繕者対策などを具体的に考究するとともに︑陸軍・厚生・商

工の三省に対して︑近畿融和連盟代蓑者・皮革関係業者代表者︵組合の理事長ク

ラス︶が集まって陳情書を提出した︵望︒

この陳情署は︑陸軍省に対して︑民間在庫品の適合品の買上げ︑不適合品の民

需品払い下げ︑軍靴軍需品の製造は特定者以外でもある程度の蔑模を持つものに

指定請負を配慮︑厚生省に対しては皮革関係者の失業救済・対策を府県知事に慎

重考慮を求め︑転業転職資金の交付を︑商工省に対して陸軍省への要望とはぼ同

様の内容で要望したのである︒

︵ マ マ

七月二十九日の近畿二府五県皮革関係葉音六〇余名の会同では︑﹁原料沸底の

ため休業せる者︑転業の困難︑取引停止状態︑生活脅威を感ずる﹂業者が多かっ

たのである︵聖︒中央融和事業協会はリーフレット ﹁皮革関係業者各位へ﹂を配

布して︑皮革関係業者に対して﹁聖戦の目的を貫徹するために﹂国民精神総動員

や物資統制がおこなわれたのであり︑皮革使用制限もこの趣旨からであって︑従

業者の打撃は重大であったが︑これを甘んじて忍ぶことを求⁚讐現在のストック

晶の制限の一部緩和と革靴・毛皮等の注文で︑業者が一息ついたけれども︑物資

統制が長期にわたる覚悟が必要である︑と分析した︒この結果︑業者に対し①軍 需工業方面への転職⑧輸出方面への転職㊥そのほか将来性ある職業への転職④代 用品利用にょる現職業の維持①満州移住に向かうものに対する府県社会誅・融和

団体の指導︑などを指摘している︵巴︒

一九三七年︵昭和十二︶九月の全国水平社拡大中央委員会は︑七月にはじまる

日中戦争について︑﹁ことこ上に至った以上は国民としての非常時居に対する認

識を正当に把塩し﹃挙国一致﹄に積極的に参加せねはならぬ﹂として︑日中戦争

を肯定的にうけとめ︑﹁挙国一致﹂のためには身分的差別を存続させてはなら

ず︑そのために﹁差別事象の土台をなしている部落経済の組織化と向上を囲り︑

以て非常時経済状勢の苦難を切抜ける﹂という方針を提起した︵翌︒そして具体 的活動方針として︑出動兵士家族の救援活動と国民融和をめざす差別の解決︑部 落大衆の窮乏生活の克服︑を掲げている︒日中戦争は貧困な部落大衆に大きな影

J

皆をあたえたが︑全国水平社は農業転おける貪魚層と︑工薬における皮革・油脂

・製靴・履物など小資本の手工業︑零細な資本による商業など部落住民の生活の

低さが差別観念を存続させる︑として部落大衆の生活向上を掲げた︒日中戦争に

ょる﹁非常時経済﹂によって部落に深刻な影響を与えることを予測した拡大中央

委は︑生産流通の同業組合や農村組合をつくることを横極的に呼びかけたのであ る ︒

一九三八年︵昭和十三︶六月拡大中央委が決定した﹁新綱領と運動方針大綱﹂

等は︑全国水平社の路線を大きく変化させたことを示している︒その中で融和事

業施設の拡充を挙げ︑部落産業の救済を図り戦時経済体制に順応する振興策を確

立することを強調した︒

つぎにその﹁実践要項﹂として︑﹁当時に於ける社会的諸条件が劣悪であった

だけ︑今次事変による部落への影響は一般に一層強く響いている﹂と分析し︑活

動の重点を﹁実行組合﹂の組織化に置くことにした︒﹁実行組合﹂は部落の伝統

的慣習的共同組織を生かして︑個人本位の生活から部落一体の協同生活をつく

り︑部落の共同と団結︑親密な相互扶助︑連帯責任感の美風をもとに生活の振興

と安定をはかり︑国民精神総動員の趣旨に添わんとす渇ものである︑としてい

る︒﹁実行鼠合﹂は︑部落の五人組︑町の隣組を単位として経済部・援護部など

五つの部門を置き︑当面の実践事項として︑銃後活動の強化と経済的共同事業を

おこなうとしたのである︒

一九三八年十一月の全水第十五回全国大会になると︑その第一号議案﹁銃後部

落厚生運動に関する件﹂が常任中央委から連出された︵聖︒その提案理由は︑都

市においては物資動員により産業関係者の失業・離職︑平和産業の収入減︑中小

商工業の金融途絶︑価格統制による作業難︑集村では応召︑重工業への転出等に

ょる労力不足︑農産物価と消費関係の不均衡︑公設加重による経営難︑地方予算

緊縮による自由労働者の収入減等を指摘している︒そして部落の現状とその構造

的源由をつぎのように分析した︒すなわち部落産業である皮革・製靴履物表の各

製造部門の﹁磯波的打撃﹂︑都市出稼ぎ中の農村青年の応召などにより部落に残

るのは︑行商人・自由労働者二手工業者であるた彗全国を通じて一般国民に比

しひとしお生活難の状態にある︑物資動員による失業問題は︑今次事変により当

面したものであるが︑特に部落産業は︑退嬰的過程を辿りつつあったものが重工

業に転換されていなければならなかった性質のものが︑たまたま事変の影響をう

け︑﹁磯波的打撃﹂をうけたもので︑今度の統制は長期建設のためにいっそう強

q

(10)

戦時下の部落問題

蓼 化さ れ

る こと は

必 須の 事

実 であ る

の で︑ ﹁

東 亜建 設

の 過程 に

於 ける 今

後 の物 資

済動向の充実に考究知悉し誤りなき根本方針を樹てなければならない﹂︑として

い る

このように全国水平社は︑部落産業が日中戦争の以前から衰退しており︑重工

業に転換すべきものが日中戦争によって一時に﹁磯減的打撃﹂をうけたものと判

断し︑そこからつぎの﹁当面の任務﹂を掲げた︒

U都市 ①殿賑産業への転業転職㊤協同組合の組織化④消費生活の協同化

旭農村 ①手工業・行商人・自由労働者の重工業への転換④農業経営者の協同

組合化︵地主・小作人の全体主義的協同化︶③国策移民の遂行︑農村

囲その他 地区整理

全国水平社は︑日中戦争のぼっ発によってその運動方針を戦争協力の方向にす

すめざるを得なくなり︑そこへ物資動員による部落住民への経済的打撃をうけた

ために︑その経済対策は現実的具体的できわめて詳細なものになったものの︑基

本的には大政巽賛体制の枠内での融和主義的経済対策になっていったのである︒

むすぴ

この論考ではまず︑部落経済更生運動の破綻と融和事業完成十力年計画がはじ

まった時点で日中戦争となり︑戦争遂行のための物資動員・物資調整計画が︑一

九三八年六月生産配給統制として具体化され︑これが皮革・製靴業その他部落産

業に深刻な打撃をあたえ︑部落住民の貪困に拍車をかけた実態を明らかにし

た ︒

つぎに︑失業・転業転職が部落外住民ならびに部落住民にきびしくあらわれて

きたために︑政府はl応の対策を立て︑部落住民にも応急施設を講じた経緯を述

べた︒この対策はしかし政府予備金を一部支出することで切り抜けようとするも

ので︑抜本的対策にはなり得なかった︒これは戦局の悪化とともに﹁非常時局﹂

における国民精神総動員体制とその運動たくり込まれて︑次第にその対策の本来

的独自性が失なわれていく傾向を示している︒この経過についてはまだ詳しく触

れていないが︑そういう見通しをもつことができるのではなかろうか︒

さらに部落住民の物資動員にょる影響に対して︑融和団体と水平社の対応を見

た︒融和団体は︑政府との伝統的な協調によって︑この場合も経済的保護を政府

に積極的に働きかけ︑一定の対策を引き出す役割を果たしている︒融和団体の対

i

策要求はきわめて具体的であり︑部落住民の生活向上・権利獲得に効果をもって

いたことは事実であるが︑しかし決定的な問題解決にならず︑戦局の進展によ

り︑わずかの対策を政府から引き出すにとどまっている︒

全国水平社は︑日中戦争の開始とともに戦術を変更し︑解放運動の目的方法を

融和化してきたことは否めない︒その経済対策は︑地域の部落内にある共同体的

慣習・伝統に依存しながら︑生活を守る対応になっているが︑実際上の具体化に

は︑行政との対立から困難にさせられている︒同時に水平社は︑その運動の重要

な経済対策の方向も変化させていったのである︒

今後の課題としては︑一九三九年∴四〇年の実態をはじめ敗戦までの未解放部

落のすがたを明らかにして︑太平洋戦争下の構造的実態を明らかにしたい︒また

戦争が︑差別の温存についてどうかかわったかを︑さらに今後の課題としていき

た い

︵ 註1 ︶

︵ 註2 ︶

︵ 註3 ︶

︵ 註4 ︶

︵ 註5 ︶

︵ 註6 ︶

︵ 註7 ︶

︵ 註9 ︶

︵ 註 1

︵ 註 1 0 ︶

︵ 註 1 1 ︶

︵ 註 1 2 ︶ 3 ︶

戦時下の部落問題研究は︑部落問題研究所刊の﹃水平運動史の研究﹄第五巻所暇

の各府県水平社の項︑﹃同上﹄第六巻所僻の﹁戦時下の水平運動﹂︵藤谷俊雄︶︑﹁融

和運動と政策﹂︵成沢栄芳︶などがあり︑﹃東京部落解放研究﹄第七号所取の古賀誠

三郎﹁東京水平社と皮革産業労働者﹂および﹃部落解放研究﹄弟一七号所厳の同﹁近

代被差別部落社会経済史研究試論−東京を例として﹂︑﹃部落解放﹄二二二号所戦の

秋定嘉和﹁戦時下における融和思想の転回﹂などがある︒以上のすぐれた研究成果

があるものの︑まだ研究の広がりと決化はこれからで︑成沢栄穿氏も戦時下の地方

水平社の研究の欠如を指摘している︵﹃部落問題研究﹄七l 二九八二年︶︒

同着四九〜五〇貢

同者

木田徹郎﹁戦時下の失業対策﹂﹃融和事業研究﹄五二韓︒木田は商工省官吏

﹃部落問題・水平運動資料集成﹄第三巻︵三一番房刊︶五七四貢以下

﹁母子保護・済生会・公益法人・地方改善・擢災救助︵社会課︶﹂ ︵京都府立総

141105

﹁近代総合年表﹂︑木田前掲論文四二貫

﹃融和事業研究﹄五一輯五三〜五四貢

同者五一輯六七貢

同着五二輯七〇貢

(11)

長野県短期大学紀要 第37号(1982)

30

︵ 註 1

︵ 註 1 4 ︶

︵ 註 1 5 ︶

︵ 註 1 6 ︶

︵ 鞋 1 7 ︶

︵ 註 1 8 ︶

︵ 詮 2 9 ︶

︵ 註 2 0 ︶

︵ 註 2 1 ︶

︵ 註 2 2 ︶

︵ 註 2 3 ︶

︵ 註 2 4 ︶

︵ 牲 2 5 ︶

︵ 牲 2 6 ︶

︵ 詮 7 ︶ 2 8

︵ 鮭 2 9

厚生省発職第五八号

﹃融和事業研究﹄五二輯七三貫︒﹃融和事業年鑑﹄︵昭和十四年版︶三九貫

﹃融和事業年鑑﹄︵昭和十四年版︶四四貢・厚生省発社務九三号

﹃融和事業年鑑﹄︵昭和十四年版︶四四〜四五貢

同者五四貫

﹃融和事案年鑑﹄︵昭和十四年版︶五七貫以下

同者五九貢

同者六二貢

同者六四貢

同者六五貢・六七貢

l

同者七二頁

同者七三頁

同者七三〜七四貢

全国水平社弟十五回全国大金観衆沓︵﹃水平運動史の研究﹄弟四巻一五六〜l六一

貫 ︶

﹃水平運動史の研究﹄第四巻一六二〜一六三貫

︵ 歴史 学

参照

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