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中  川  壽  之

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(1)

︻報  告︼

中央大学   専修大学   日本大学   明治大学   企画展   ﹁近代日本の幕開けと私立法律学校︱神田学生街と法典論争︱﹂について

中  川  壽  之

はじめに

  二〇一四年一月二四日︵金︶から二月二八日︵金︶まで明治大学博物館特別展示室において︑中央大学︑専修大学︑

日本大学︑明治大学の四大学による企画展﹁近代日本の幕開けと私立法律学校︱神田学生街と法典論争︱﹂を開催した︒

この展示は︑一八八〇年代に相次いで誕生した私立法律学校について何か共同して展示をやってみたい︑という四校

の大学史関係者の思いがきっかけで始まった︒そこで︑まず会場について明治大学史資料センターの尽力により前記

の特別展示室を確保いただいたことから展示を具現化していく道筋がついた︒本報告では︑実際に展示に関わった明

治大学史資料センター︵村松玄太氏︑阿部裕樹氏︶︑専修大学大学史資料課︵瀬戸口龍一氏︶︑日本大学大学史編纂課︵松

原太郎氏︶そして当課︵中川壽之︶の五人による展示計画の策定︑展示の事業化およびその実施について概要をまと

め︑あわせて展示アンケート集計結果について報告し︑展示の成果や課題︑今後の展望について述べたい︒

一 展示計画の策定

  会場の目途が立った後︑五人の具体的な打ち合わせが始まったのは二〇一二年五月のことであった︒計画を立てる

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中央大学史紀要 第 19 号

にあたり四校で何が展示できるか︑各校草創期の資料データを持ち寄って具体的に検討していくことになった︒打ち

合わせを進めていく中で︑各校に共通するテーマとして第一に四校が何れも神田地区に縁が深いこと︑第二に明治

二〇年代に起こった法典論争に関わりがあることに着目し︑その二つのテーマに視点をあてながら︑明治維新を社会

的な背景にして各校の起源から法典論争における立場などについて資料から迫っていくこととした︒そして︑最終的

に展示構成は︑一.神田学生街の形成︵日大・松原氏担当︶︑二.明治維新と文明開化︱法律学校創立者たちの修業

時代︱︵専大・瀬戸口氏担当︶︑三.私立法律学校の胎動︵明大・村松氏担当︶︑四.法典論争の中の私立法律学校︵中大

中川担当︶︑五.私立法律学校のゆくえ︱総合大学への道︱︵明大・阿部氏担当︶の五章立てとし︑それとは別に﹁神

田と学生﹂というコーナーを設けることとした︒

二 展示の事業化と実施

  展示構成がほぼ固まっていくと同時に︑実施のための予算について検討に入り︑各校五〇万円をそれぞれの予算申

請方法に基づいて二〇一三年度予算計上できるよう準備を進め︑総額二〇〇万円を目途に設営︑展示パネル︑ポスター︑

チラシ︑パンフレットの製作にあてることにした︒二〇一三年度に入り展示設営とパネル等の製作については︑特別

展示室での展示実績のある東京スタデオに︑印刷物については各校から印刷見積をとった上で︑エス・クリエイティ

ブに一括して業務委託することとした︒なお各業務を円滑に進めるため各校ごとに役割分担を決め︑展示設営・パネ

ル等の製作は明大︑新聞社や自治体へのプレスリリースは専大︑印刷物は日大と中大がそれぞれ担当することとし

外部からの資料借用や後援依頼にあたっては﹁四大学法律学校展実行委員会﹂の名義を統一的に使用することとした︒

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  このようにして展示内容を確定し︑ポスター・チラシ案︑パンフレット原稿やパネルデータの作成へと進んだの

は二〇一三年九月からで︑ポスター・チラシは同年一一月に︑パンフレットは翌二〇一四年一月に完成し︑パネル

等は設営時に納品された︒各費用はポスター︵A2判︑二〇〇枚︶九〇︑五〇〇円︑チラシ︵A4判︑三︑〇〇〇枚︶

一五七︑四五〇円︑パンフレット︵A4判・一六頁︑一︑〇〇〇部︶二九六︑一八〇円︑展示設営・パネル等の制作一︑

三五〇︑〇四六円︑総額一︑八九四︑一七六円︵一校当たり四七三︑五四四円︶であった︒なお︑印刷物の発送は全国大

学史資料協議会や後援依頼先などについては窓口を明大に一本化し︑そのほか各大学が日頃お世話になっている資料

提供者等へは個別に対応することとした︒

  展示開催を目前にした二〇一四年一月二〇日・二一日の両日︑東京スタデオおよび明治大学博物館学芸員の方々の

協力のもと特別展示室において各章ごとに展示担当者が設営作業を行い︑準備が完了した︒そして同月二三日に全国

大学史資料協議会東日本部会の会員校を対象に内覧会を実施し︑翌二四日から展示会をスタートした︒一月二四日か

ら二月二八日まで三六日間の入場者数は合計で二︑五三二人であった︒会期中︑二月一日には午前と午後の二回︑展

示担当者によるギャラリートークを試みた︒展示会場の模様と展示資料については︑後掲の写真と展示品一覧︵展示

パネルを含む︶を参照願いたい︒このたびの資料展示で大変お世話になった穂積玲子氏︵創立者穂積陳重孫穂積重行

氏夫人︶︑穂積重永氏︵穂積陳重曽孫︑玲子氏御長男︶︑また菊池武範氏︵創立者菊池武夫曽孫︶︑高橋照子氏︵同上

菊池武夫孫︶をはじめ多数の本学関係者に寒い中をお越しいただいた︒この場を借りてご来場の皆様に改めて感謝申

し上げたい︒

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中央大学史紀要 第 19 号

三 アンケート集計結果について

  展示開催中︵内覧会を含む︶︑アンケートを実施した︒回答総数は一五四であった︒その結果について︑設問事項に

沿って以下に分析結果をまとめておきたい︒なお︑本稿一三〇頁から一三一頁に円グラフを掲載しているのであわせ

てご覧いただきたい︒

  ︵1︶見学者︵年代別︶・同︵男女別︶

  当初︑展示内容から年配の方々の見学者が多いのではないかと予想していたが︑アンケート結果からすると︑一〇

代から三〇代までが三〇%︑四〇代から五〇代が三二%︑六〇代から八〇代が三四%と︑三つの年代層で見ると︑ほ

ぼ三〇%平均であったことがわかった︒大学が学年末試験から入試シーズンであったこともあり︑学生の見学者が少

なかった一方︑四〇代の見学者が二〇%と年代別で一番多かった︒これは御茶ノ水という場所柄︑社会人の方々が気

軽に立ち寄ってくれたからではないかと思われる︒また男女別では︑男性が七二%︑女性が二五%で︑見学者のうち

ほぼ四人に三人が男性という結果であった︒

  ︵2︶問一  展示会をどこで知りましたか︒

  この設問には︵ア︶新聞・雑誌で見て︑︵イ︶インターネットで見て︑︵ウ︶知人に聞いて︑︵エ︶その他の四つの

小問があり︑新聞・雑誌が一五%︑インターネットが二〇%︑知人が一七%︑その他が四五%であった︒そのうち

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新聞・雑誌については後援をお願いした毎日︑朝日︑読売の三新聞のほか東京新聞等が︑また展示情報を掲載いただ

いた情報雑誌﹁東京人﹂の名前が挙がっていた︒インターネットでは︑主に各大学のホームページが情報源であった

ことがわかった︒知人の場合は︑展示に見えた方からの口コミによるもので︑その他の多くは︑各大学で掲示したポ

スターやチラシのほか各校の学生や卒業生向けの雑誌あるいは新聞によるところが大きかった︒ちなみに︑本学は在

学生向けに﹃HAKUMON  CHUO﹄︑また卒業生に向けて﹁学員時報﹂︑さらに保護者へも﹃草のみどり﹄を通

じて展示開催前にそれぞれ二回ずつ展示案内を広報室︑学事部父母連絡事務室︑学員会本部事務局の協力のもと行っ

た︒大学広報誌が情報源として効果的である実態が窺えた︒

  ︵3︶問二 印象に残った展示コーナー   五章立ての展示については︑Ⅰ神田学生街の形成が八%︑Ⅱ明治維新と文明開化が五%︑Ⅲ私立法律学校の胎動が

一六%︑Ⅳ法典論争の中の私立法律学校が二四%︑Ⅴ私立法律学校のゆくえ︵神田と学生を含む︶が一〇%という結

果であった︒この数字からすると︑ⅠやⅡの印象が他に比べて薄いように思われるが︑じつはこのⅠ・Ⅱは一つ展示

コーナーにまとめた関係で︑見学者からすると一つの展示として見えた可能性が高く︑両者を合わせると一三%とな

り︑ⅢやⅤの展示コーナーとほぼ同等であることがわかる︒Ⅳは展示のうちで最も広いスペースを使用したこともあ

り他のコーナーに比べて印象に残ったのかもしれない︒この設問は個別の展示コーナーについての印象を回答いただ

くことを想定したものであったが︑それに関わらず展示全体が良かったという声も一四%にのぼった︒この数字は︑

ⅠからⅤまでの平均値一二・六%を上回っており︑全体を通して熱心に展示をご覧いただけたものと思う︒

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中央大学史紀要 第 19 号

  なおこの設問では印象に残った展示品についても記入をお願いしたが︑これについては︑三津山純氏デザインの﹁神

田区の私立法律学校と区内在住の講師﹂図がとても分かりやすかったという感想や色鮮やかな﹁明治廿二年改正新版 

官立私立東京諸学校一覧﹂︑大きく引き延ばした団団珍聞の風刺画︵パネル︶などが挙げられていた︒そのほか︑各コー

ナーの原資料について﹁貴重な資料を手軽に楽しめるところが良い︵二〇代女性︶﹂という意見も見られた︒以下に

その他の意見︑感想からいくつか紹介しておきたい︵順不同︶︒

︵a︶地図︑写真︑実物資料など︑多くの資料が使用されており︑とても見応えのある展示でした︒︵二〇代女性︶

︵b︶大学の創始者達の偉業を資料とともに知ることができ︑大変勉強になりました︒︵二〇代女性︶

︵c︶一般には難しい内容も分かりやすく解説されており︑大変良い印象を受けた︒︵三〇代男性︶

︵d︶大変興味深い内容で︑新しい国造りをしようという意気込みが感じられた良い企画です︒︵六〇代女性︶

︵e︶法律制定と大学が深く関わっていることを知ることができて︑法学部の学生として大学により興味がわきま

した︒︵二〇代女性︶

︵f︶思った以上に多くの資料がコンパクトにまとめられていて︑やはり大学連携の展示は迫力があると思いまし

た︒︵四〇代女性︶

︵g︶明治初期の各学校の創立の頃の熱気を感じました︒︵七〇代男性︶

︵h︶すばらしい企画だと思う︒各校の歴史と歩みを現在の学生にも伝えようとするものでもある︒︵六〇代男性︶

︵i︶教養を深める意味で︑このような展示会はとても素晴らしいと思います︒︵三〇代男性︶

︵j︶大学の枠を超えた展示で良かった︒︵三〇代男性︶

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︵k︶明治維新と文明開化が勉強になりました︒︵一〇代男性※中学生︶

︵l︶日本の近代化において︑各法律学校の果たした役割とそのルーツを明らかにされていて︑良い企画であると

感じた︒︵四〇代男性︶

︵m︶法律の制定が大変な事であったのが手に取るようにわかりました︒︵五〇代女性︶

︵n︶上下に長いものは下の方が見づらい等の改良点はありますが︑非常に良い企画展︵四大学共催︶だと思います︒

︵五〇代男性︶

︵o︶大変興味深く︑面白い企画でした︒︵六〇代男性︶

︵p︶四つの学校の卒業証書の展示が象徴的でしたが︑それぞれの個性が表れていて興味深かった︒︵三〇代女性︶

︵q︶大震災︑戦後で当時の資料は殆ど焼失したと思うが︑後年の収集復原の努力に敬意︒︵六〇代男性︶

︵r︶内容︑企画︑コンセプトが大変素晴らしい︒︵四〇代男性︶

︵s︶神田地域の私立大学の歴史が大変よく分かりました︒日本の近代化とともに大学の設置や法律の整備などが

なされたおかげで今の日本があることを深く認識することができました︒︵二〇代男性︶

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中央大学史紀要 第 19 号

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四 おわりに

  会場でご記入いただいたアンケートの中には︑展示パネルの文字が小さく見にくかったことや神田学生街と法典論

争の二つのテーマがどう関連するのか理解しにくい︑といったご指摘もあった︒前者については展示の構成上パネル

数を減らすことができず止むを得なかったとは言え︑展示コーナーの奥行きからすれば当然活字を大きくして見やす

さに配慮すべきであったと反省している︒また後者については︑法典論争に当時の学生がどのように関わっていたか

ということまで触れることができなかったことで︑双方のテーマをうまく結びつけることができなかったように思う︒

このほかパンフレットについても会場用が早い段階で品切れとなり︑ご来場の皆様にご迷惑をおかけした︒この場を

借りてお詫び申し上げたい︒

  始まってみると︑あれやこれや課題の残る点も多々あったが︑中央︑専修︑日本︑明治の四大学が個別大学の枠を

超えて一堂に会し初めて試みた今回の展示を無事に終えることができ幸いであった︒このたびの展示開催にあたって

ご協力賜った学内外の関係各位︑ご後援いただいた千代田区︑神田古書店組合︑全国大学史資料協議会東日本部会

朝日新聞社︑毎日新聞社︑読売新聞社に心から御礼申し上げたい︒

  アンケートの﹁見学を希望する企画展テーマ﹂という問いには︑今回のような合同企画展が切り口を変えればいろ

いろできるのでは︑といった意見が寄せられていた︒四大学による企画展をきっかけにして今後また様々な試みがな

され︑大学間の持つ歴史資料情報を共有発信し︑広く社会に還元できるよう努めていきたい︒

︵中央大学大学史編纂課嘱託︶

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(17)

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(18)

中央大学史紀要 第 19 号

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(19)

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㻟㻞 ಟṇἲ౛ⲡ᱌㻌ಟṇẸἲⲡ᱌䠄ぶ⥆⦅䞉┦⥆⦅䠅㻌ಟṇၟἲⲡ᱌䠄䛄ἲᏛ᪂ሗ䛅ྕእ䠅 㻝㻤㻥㻣䠄᫂἞㻟㻜䠅ᖺ㻝㻞᭶ 㻟㻟 ∧䜢㔜䛽䛯ᓊᮏ㎮㞝ᰯ㜀䞉ஂᐩ຺ኴ㑻ト㔘䛄᪥ᮏẸἲ⩏ゎ䛅

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中央大学史紀要 第 19 号

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中央大学史紀要 第19号 2015年1月30日発行 正誤表

頁数 段 行数 誤 正 備考

132 1 四 おわりに おわりに

参照

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十四 スチレン 日本工業規格K〇一一四又は日本工業規格K〇一二三に定める方法 十五 エチレン 日本工業規格K〇一一四又は日本工業規格K〇一二三に定める方法

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