幕 末 維 新 期 に お け る 村 と 地 域
渡 追 尚
志は じ め に
幕 末 維 新 期 の 村 落 史 研 究 は 、 近 年 大 ま か に 言 っ て 停 滞 し て い る よ う に 思 わ れ る 。 そ の 原 因 と し て は ' 研 究 の 個 別 分
散 化 と い う ど の 時 代 に も 当 て は ま る 要 田 の ほ か に ' 世 直 し 状 況 論 の 存 在 が 大 き い と 言 え る 。 私 は ' 世 直 し 状 況 論 は こ
れ ま で 近 世 史 の 側 か ら 投 出 さ れ た 幕 末 維 新 期 論 と し て は 最 良 の も の だ と 考 え て い る が 、 世 直 し 状 況 論 に 対 し て は 現 在
の と こ ろ 批 判 は 出 る が 対 案 が 出 な い と い う 状 況 で あ り ' そ れ が 研 究 の 閉 塞 状 況 を 生 み 出 し て い る 1 田 な の で は な か ろ
う か 。 私 は ' 今 こ そ 世 直 し 状 況 論 が 捉 起 し た 論 点 を 正 面 か ら 再 検 討 し ' 継 承 す べ き 点 は 継 承 し 批 判 す べ き 点 は 批 判 し
て 、 新 た な 地 平 を 切 り 拓 く こ と が 要 請 さ れ て い る と 思 う 。 本 稿 で は ' 以 上 の 課 題 意 識 に 立 ち つ つ ' 幕 末 維 新 期 の 村 と
地 域 の 問 題 に 迫 り た い 。 (‑ ) 本 稿 で 対 象 と す る の は ' 武 蔵 国 多 摩 郡 連 光 寺 村 と そ の 周 辺 地 域 で あ る 。 連 光 寺 村 は 村 高 三 二 二 石 余 ' 明 治 三 ( 一 八
幕 末 維 新 期 に お け る 村 と 地 域 (波 速 ) 三 五
. 史 料 館 研 究 紀 要 第 二 四 号
三六七 〇 ) 年 の 家 数 一 一 五 戸 で あ り ' 村 の 中 を 玉 川 が 貫 流 し て い た 。 ま た 江 戸 へ 九 里 の 所 に あ り ' 甲
州道 中 府 中 宿 の 南 に
接 し ' 甲 州 道 中 日 野 宿 や 八 王 子 宿 と も 近 い 距 離 に あ っ た 。 支 配 は ' 寛 永 1 0 ( ハ 111 三 )年 以 降 幕 末 ま で ず っ と 放 本 天
野 (八 1 0 石 知 行 ) の 1 給 支 配 で あ っ た 。 表 I に 連 光 寺 村 の 階 層 構 成 を 示 し た が ' 同 村 で は 幕 末 期 に お い て も 農 民 層
分 解 の 進 行 は 押 し と ど め ら れ て い る 。 天 保 1 四 ( l 八 四 三 ) 年 に は 、 八 二 軒 中 二 1 軒 の 農 間 商 人 ・ 職 人 が お り (全 戸
数 の 二 六 % )、 農 問 余 業 と し て は 炭 焼 や 養 蚕 が 行 わ れ て い た 。 ま た ' 明 治 三 年 に は ' 人 口 六 六 五 人 の う ち 六 六 人 (全 (2 ) 人 口 の 一
〇%)が 出 稼 ・ 奉 公 な ど で 村 を 離 れ て い た 。 本 稿 で 使 う 史 料 は ' 主 と し て 国 立 史 料 館 所 蔵 の 連 光 寺 村 富 沢 家 (3 ) 文 書 ' 富 沢 分 家 文 書 で あ る 。
以 下 ' 第 1 章 で は 村 方 騒 動 と 農 兵 設 置 の 問 題 を 中 心 に 幕 末 維 新 期 の 村 と 地 域 の あ り よ う を 検 討 し ' 第 2 章 で は 村 内
部 に 立 ち 入 っ て 村 請 制 村 と 村 落 共 同 体 と の 関 係 を 分 析 し た い 。
第 1 章 幕 末 維 新 期 の 村 と 地 域
‑ 天 保 〜 安 政 期 の 騒 動 の 検 討
本 節 で は ' 天 保 〜 安 政 期 の 連 光 寺 村 の 騒 動 に つ い て 検 討 し た い 。 ま ず ' 騒 動 の 主 要 登 場 人 物 に つ い て 述 べ て お ‑ 。
富 沢 本 家 の 魯 平 ・ 準 平 (の ち 忠 右 衛 門 と 改 名 ) 父 子 が 一 方 の 中 心 人 物 で あ る 。 同 家 は ' 畠 山 重 患 の 末 宿 で ' 戦 国 期 に
は 今 川 氏 に 属 し て 後 北 条 氏 の 馬 飼 場 の あ っ た 連 光 寺 を 攻 略 し ' そ の 後 同 地 に 土 着 し た と い う 由 緒 を 主 張 し て お り ' 近
世 を 通 じ て は ば 名 主 役 を 世 襲 し て い た 。 ま た 、 安 政 六 ( 一 八 五 九 ) 年 三 〇 石 五 斗 余 ' 明 治 二 年 約 四 三 石 を 所 持 L t 表
I の 階 層 構 成 で わ か る 通 り 村 内 で は ず ば 抜 け た 経 済 力 を も っ て い た 豪 農 で あ り ' 改 革 組 合 村 の 大 惣 代 を も 勤 め て い た 。
表 1 連光寺村階層構成表 天保 1 4 年
幕 末 維 新 期 に お け る 村 と 地 域 (渡 追 )
連 光寺村 本 村 馬 引 沢 下 川 原
舟 郷 1 0 ‑
‑ ち 2人 2人 O人p人
0 0人
9 ‑1 8 ‑ 9 7 ‑ 8 0 0 0 1 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0
6 ‑ ‑7 3 1 1
1 0
5 ‑ ‑ 6 2
1 0 1 0
4 ‑ ‑ 5 8 3 5 0 0
3 ‑ 4 8 3 5 0 0
2 ‑ 3 1 2 5 5 2
1
1 ‑ ‑2 2 5 1 2 2 l l 5
0. 5‑ 1 1 6 4 2
1 0 6
0.1 ‑ 0.
5 1 0 3 0 7 7
〜
0.1 4 4 0 0 2
0 0 0
0 0 0
汁
91 3 9 2 0 3 2
21
富沢家文召1 1 3 2 よ り
作成。
連光寺村 本 村
馬 引 沢 下 川 原 舟 郷
I
1 0 ‑
‑ ;3
人 2人 0人 1人人
9 ‑ ‑1 0 1
00 1 0 0
8 ‑ 9
1 0 0 1 0
7 ‑ 8 3 1 2 ■ o 0
6 ‑ 5. ‑ 6 ‑ 7 1 2 0 2 0 1 0 0 0 0
4 ‑ 5 5 2 3 0 0
3 ‑ 4 8 2 5 1
史 料 館 研 究 紀 要 第 二 四 号 三 八
こ の 富 沢 本 家 と 対 立 す る も う 一 方 の 中 心 人 物 が 富 沢 分 家 の 宗 左 衛 門 と そ の 子 の 造 酒 三 郎 ・ 宗 次 郎 兄 弟 で あ る 。 同 家 は
延 宝 三 ( 1 六 七 五 ) 年 に 本 家 か ら 分 れ て 以 降 土 地 集 積 を 進 め ' 安 政 六 年 三 〇 石 余 ' 明 治 二 年 四 〇 石 余 と 村 内 で 本 家 に
匹 敵 す る 土 地 を 所 持 し ' 明 治 二 年 に は さ ら に 村 外 に 約 七 四 石 を 所 持 す る 豪 農 で あ っ た 。 同 家 は 商 業 ・ 金 融 活 動 も 行 い 、
金 融 活 動 の 範 囲 は 居 村 を 中 心 に 周 辺 二 〇 ケ 村 に わ た っ て お り ' 江 戸 町 人 と の 取 引 も み ら れ る 。 そ し て 、 富 沢 分 家 側 に
立 ち 、 騒 動 後 半 に は 騒 動 の 中 心 に 出 て く る の が 増 五 郎 で あ る 。 彼 は ' 天 保 1 五 年 の 持 高 約 三 ・ 四 石 ' 明 治 二 年 約 1 ・
八 石 に 過 ぎ な い が ' 永 田 星 と い う 屋 号 を も ち ' 慶 応 四 ( 一 八 六 八 ) 年 に は 質 ・ 古 着 ・ 糸 甫 渡 世 を 営 ん で お り ' 慶 応 三
年 に は 江 戸 ・ 八 王 子 を 含 む 1 六 ケ 町 村 か ら 二 i 〇 六 両 の 借 金 を し て い た 。 こ こ か ら わ か る よ う に ' 彼 は 商 人 的 要 素 の
強 い 百 姓 で あ っ た 。
次 に ' 騒 動 の 経 過 を 表 2 に よ り つ つ 概 観 し て お ‑ 。 本 騒 動 は 概 ね 次 の 四 期 に 区 分 で き る 。
第 一 期 ・ ・ ・ 天 保 一 四 〜 弘 化 二 ( 一 八 四 五 ) 午
財 政 難 に 苦 し む 旗 本 天 野 は ' そ の 打 開 の た め ' 天 保 九 年 に 渡 り 用 人 の 加 藤 勝 太 夫 を 新 し く 用 人 に 起 用 し ' 天 保 1 二
年 に は 富 沢 分 家 の 宗 左 衛 門 を 天 野 の 全 知 行 所 を 管 轄 す る 勝 手 向 賄 名 主 に 任 命 L t 連 光 寺 村 に つ い て も そ れ ま で 各 主 役
を 世 襲 し て き た 富 沢 本 家 の 魯 平 に 加 え て 、 宗 左 衛 門 を 相 名 主 に 据 え た 。 す な わ ち ' 勝 太 夫 1 宗 左 衛 門 ル ー ト で 村 方 か
ら の 御 用 金 ・ 先 納 金 の 収 奪 を 強 行 し ょ う と し た の で あ る 。
こ の 領 主 の 収 奪 強 化 策 は 村 方 と の 乱 軽 を す ぐ に 表 面 化 さ せ ' 天 保 一 四 年 に は 宗 左 衛 門 が 年 貢 金 を 二 重 に 取 り 立 て た
と し て ' 村 方 か ら 地 頭 所 へ の 出 訴 が な さ れ た 。 こ の と き 魯 平 は 老 齢 を 理 由 に 退 役 を 申 し 出 た が 、 村 方 1 同 で 入 札 の 結
果 魯 平 父 子 が 落 札 と な っ た 。 宗 左 衛 門 は 二 重 取 り 立 て 分 を 返 金 す る が ' 村 方 百 姓 は あ ‑ ま で も 宗 左 衛 門 の 退 役 を 要 求
し ' 彼 と の 付 き 合 い を 省 い た 。 折 し も 上 知 令 が 発 令 さ れ て お り ' 地 頭 所 側 は こ の 際 こ れ ま で の 先 納 金 を 全 て 上 げ 切 に
幕 末 維 新 期 に お け る 村 と 地 域 (渡 連 )
九
す る な ら 宗 左 衛 門 を 退 役 さ せ る
と し 、 村 方 も そ れ を 了 承 し て 宗
左 衛 門 は 退 役 す る こ と と な る 。
と こ ろ が ' 同 年 九 月 上 知 令 が 撤
回 さ れ 、 勝 太 夫 ・ 宗 左 衛 門 側 は
巻 き 返 し を 図 る 。 す な わ ち ' 騒
動 は 旗 本 用 人 の 後 ろ 盾 を も つ 富
沢 分 家 と 村 方 惣 百 姓 の 支 持 を 得
た 富 沢 本 家 と の 対 立 と い う 形 で
始 ま っ た .
弘 化 二 年 四 月 ' 本 村 に あ る 高
西 専 任 職 の 「 不 祥 事 」 を め ぐ る
一 件 が 起 こ り ' 一 件 自 体 は 内 済
と な っ た の だ が ' 勝 太 夫 ・ 宗 左
衛 門 側 か ら こ の 一 件 に 際 し て 村
方 の 百 姓 が 宗 左 衛 門 を 名 主 と 心
得 な い の は 不 将 だ と い う ク レ ー
ム が つ き ' 騒 動 は 再 燃 L t 魯 平
表 2 村方 騒動の経過
天保 9 加藤勝太夫、用人 となる
天保 1 2 . 5 富沢宗左衛門、勝手向賄名主 とな り、連光寺村についても富沢魯平 と 相名主 となる
1 4 村方百姓が宗左衛門の年貢金二重取 り立てを地頭の放本天野へ出訴‑
宗左衛門二重取 り立て分返金す るも、村方は宗左衛門退役を要求 し、
付 き合いを省 く
魯平退役申 し出‑村方一同入札の結果魯平父子落札
弘化 2 . 4 騒動再燃、魯平は じめ百姓多数江戸に呼び出され,農作業の遅れや多 額の雑用金に よ り難渋す る
6 . 2 6 未明、江戸の地頭屋敷に門訴
8 地頭所側、魯平は じめ 9人を勘定奉行所へ出訴一勝太夫は従来の組頭
・百姓代を退役 させ、新たに増五郎たちを村役人に任命 し、小前には 宗左衛門に従 うよう圧力
嘉永 2 . 宗左衛門病死
3 勝太夫病死‑助役山崎弥左衛門、彼は縁者の増五郎を造酒三郎 ( 宗左 衛門の子) と共に名主代にする
4 ‑ 5 本家側の 1 7 人か ら分家側に詫状投出
安政元 魯平 ・準平側 と地頭所 との間で内済成立 し、幕府へ吟味下げ願い出さ れ る
安政 3 幕府、吟味下げ承認、双方 「中直 り」‑一件の雑用を勘定 した とこ ろ、増五郎たちによる過分の取 り立てが発覚 し,騒動に
4 . 1 増五郎たちが超過取 り立て分の一部を小前へ割 り戻 し,残 りは村方に 詫びて勘弁 して もらうことで決着‑増五郎、村民の支持を失 う
6 忠右衛門、宗次郎 ( 富沢分家、造酒三郎弟)が年番による相名主に‑
同年、宗次郎死去‑以後、息右衛門が名主を勤続
史 料 館 研 究 紀 要 . 第 二 四 号 四 〇
は じ め 大 勢 の 百 姓 が 江 戸 に 呼 び 出 さ れ ' 地 頭 所 で 吟 味 を 受 け た 。 こ の た め ' 農 作 業 の 遅 れ や 多 額 の 雑 用 金 の 支 出 に よ
り 難 渋 し た 百 姓 達 は ' 同 年 六 月 二 六 日 未 明 江 戸 の 地 頭 屋 敷 に 門 訴 を 決 行 す る 。 こ れ に 押 さ れ て ' 地 頭 所 側 は 、 魯 平 が
隠 居 し 、 枠 準 平 が 跡 名 主 と な る こ と を 東 認 L t 一 件 は ひ と ま ず 決 着 す る 。
第 二 期 ・ ・ ・ 弘 化 ニ ー 嘉 永 二 ( 一 八 四 九 )午
弘 化 二 年 八 月 ' 地 頭 所 側 は 態 度 を 一 転 さ せ ' 魯 平 た ち 九 人 を 地 頭 所 か ら の 用 捨 米 ・ 救 米 押 領 な ど の か ど で 、 幕 府 勘
定 奉 行 所 へ 出 訴 す る 。 勝 太 夫 は 、 従 来 の 組 頭 ・ 百 姓 代 を 退 役 さ せ ' 新 た に 増 五 郎 た ち を 村 役 人 に 任 命 し て 味 方 に つ け '
さ ら に 訴 訟 を 有 利 に 進 め る た め ' 村 方 百 姓 達 に 圧 力 を か け た 。 し か し ' 幕 府 の 吟 味 は 魯 平 側 に 有 利 に 進 行 し て 吟 味 詰
め と な り 、 嘉 永 二 年 一 二 月 に は 魯 平 に 不 正 は な か っ た と い う 内 容 の 仮 口 書 が 作 成 さ れ た 。
第 三 期 ・ ・ ・ 嘉 永 三 年 〜 安 政 三 年
仮 口 書 は 作 成 さ れ た も の の ' 幕 府 の 吟 味 は な か な か 結 審 に 至 ら な い 。 こ の 間 ' 嘉 永 二 年 に 宗 左 衛 門 が 病 死 L t 翌 嘉
永 三 年 一 月 に は 加 藤 勝 太 夫 が 病 死 す る 。 勝 太 夫 の 跡 役 に は 、 組 頭 増 五 郎 の 縁 者 山 崎 弥 左 街 門 が 就 任 し ' 増 五 郎 が 宗 左
衛 門 の 子 造 酒 三 郎 と 共 に 名 主 代 と な り ' 地 頭 所 側 は 新 た に 弥 左 衛 門 ‑ 増 五 郎 ラ イ ン で 態 勢 の 挽 回 を 図 る 。 増 五 郎 の よ
う な 商 品 ・ 貨 幣 経 済 の 進 展 の 波 に 乗 っ て 成 長 し て き た 商 人 的 色 彩 の 強 い 百 姓 が 騒 動 に 中 心 的 に 関 わ っ た こ と が ' 騒 動
長 期 化 の 一 因 だ と い え る 。 そ し て 、 弘 化 三 年 以 来 ' 村 方 百 姓 の 内 に 富 沢 分 家 側 を 支 持 す る 者 が 現 れ て き て い た が ' 嘉
永 四 年 〜 五 年 に か け て そ れ ま で 本 家 側 に つ い て い た 一 七 人 か ら 分 家 側 に 詫 状 が 出 さ れ て い る 。 さ ら に ' 嘉 永 五 年 九 月
に は ' 江 戸 吉 川 町 の 家 主 勘 三 郎 が 本 家 側 の 組 頭 武 兵 衛 外 四 人 を 相 手 取 り 、 訴 訟 費 用 に 貸 し た 金 の 元 利 返 済 を 求 め て 幕
府 へ 出 訴 す る な ど ' こ の 時 期 本 家 側 が 苦 境 に 立 た さ れ る 。 こ う し て 騒 動 が 長 期 化 す る う ち ' 対 立 の 構 図 は 、 本 家 側 と
分 家 ・ 増 五 郎 側 と が 村 内 を 二 つ に 割 っ て 争 い ' 地 頭 所 は 分 家 ・ 増 五 郎 側 を 支 持 す る 七 い う 形 に 変 化 す る .
第 四 期 ・ ・ ・ 安 改 元 〜 六 年
そ の 後 ' 安 政 元 年 に な っ て ' 村 方 と 地 頭 所 と の 間 で や っ と 内 済 が 成 立 し ' 村 方 ・ 地 頭 所 双 方 か ら 勘 定 奉 行 所 に 吟 味
下 げ 願 い が 出 さ れ る 。 こ れ を 受 け て ' 安 政 三 年 一 〇 月 吟 味 下 げ と な り 、 同 月 故 人 並 び に 双 方 一 同 で 「中 直 り 」 が 行 わ
れ た 。 こ の 時 ' 地 頭 所 側 は ' 魯 平 た ち 三 人 を 改 め て 役 儀 取 放 と し ' 一 件 は 地 頭 所 ・ 富 沢 分 家 ・ 増 五 郎 側 の 勝 利 か と 思
わ れ た 。 し か し ' そ の 後 ' こ の 間 の 一 件 雑 用 を 一 同 立 会 勘 定 し た と こ ろ ' 名 主 代 増 五 郎 と 組 頭 二 名 に よ る 過 分 の 取 り
立 て が 発 覚 し ' 安 政 三 年 碁 に は 「小 前 之 老 共 」 が 組 頭 宅 へ 大 勢 押 し 掛 け る 騒 ぎ に な り ' 翌 年 正 月 に ' 超 過 取 立 分 の 一
部 を 小 前 へ 割 戻 し ' 残 り は 村 方 に 詫 び て 勘 弁 し て も ら う と い う こ と で ひ と ま ず 決 着 を み た 。 こ の 一 件 で 増 五 郎 は 村 民
の 支 持 を 失 う 。 小 前 達 は さ ら に 魯 平 達 を 村 役 人 に す る よ う 要 求 し ' 安 政 五 年 三 月 に は 忠 右 衛 門 (魯 平 は 安 政 四 年 病 死 )
が 地 頭 に 詫 び を 入 れ る 形 で 解 決 を 見 ' 忠 右 衛 門 は 同 月 名 主 見 習 と な り ' 翌 年 分 家 の 富 沢 宗 次 郎 と 一 年 交 代 の 相 名 主 と
な っ た 。 し か し ' 同 年 宗 次 郎 が 死 ん だ た め ' 以 後 忠 右 衛 門 が 名 主 を 勤 続 L t 一 件 中 本 家 側 に 立 っ て い た 人 々 が 村 役 人
に 加 わ る 。 こ う し て 、 安 政 六 年 ' 一 件 は 本 家 側 に 有 利 な 形 で 最 終 的 に 解 決 し た の で あ る 。
以 上 が 、 こ の 争 論 の 概 要 で あ る が ' こ こ で 注 意 し て お き た い の は 以 下 の 諸 点 で あ る 。 (‑ ) ま ず ' こ の 騒 動 の 結 果 に つ い て 確 認 し て お き た い 。 こ の 騒 動 は 当 初 富 沢 本 家 ・ 惣 百 姓 対 富 沢 分 家 ・ 地 頭 用 人
と い う 明 確 な 対 立 関 係 を も っ て 始 ま っ た が ' 騒 動 の 長 期 化 の な か で 次 第 に 分 家 側 に 与 す る 百 姓 が 増 え ' 最 後 は 本 家 ・
分 家 の 相 名 主 と い う 騒 動 前 と 変 わ ら ぬ 形 に 落 ち 着 い て い る 。 そ こ で ' 1 見 こ の 騒 動 は 村 方 に 何 の 成 果 も も た ら さ な か
っ た か に み え る が ' 実 は そ う で は な い 。 そ の 成 果 と は 、 一 言 で 言 え は 本 家 で あ れ 分 家 で あ れ ' 小 前 百 姓 の 支 持 を 取 り
付 け な け れ ば 安 定 し た 村 運 営 を 持 続 さ せ る こ と が で き な く な っ た と い う こ と で あ る 。 具 体 例 を あ げ よ う 。 安 政 二 年 一 〇 月 の 大 地 震 で 地 頭 の 江 戸 昆 敦 が 大 破 し た た め ' 時 の 名 主 代 富 沢 分 家 宗 次 郎 は ' 江 戸 の 地 頭 屋 敷 で 天 野 知 行 所 の 他 二
幕 末 維 新 期 に お け る 相 と 地 域 (渡 連 ) 四 一
史 料 館 研 究 紀 要 第 二 四 号 四 二
ケ 村 の 村 役 人 と 共 に 御 用 金 を 命 じ ら れ た 。 他 ニ ケ 村 は そ の 場 で 了 承 し た が ' 宗 次 郎 は ' 当 時 の 連 光 寺 村 が 騒 動 も 未 だ
最 終 決 着 せ ず 「乱 村 」 状 態 な の で ' 自 分 一 人 で 請 け 合 う わ け に は い か な い ' ひ と ま ず 帰 村 の 上 ' 小 前 一 同 に 図 っ た う
え で 返 答 し た い t と 地 頭 に 答 え て 帰 村 し た 。 そ し て ' 小 前 全 員 を 自 宅 に 呼 ん で 小 前 の 了 承 を 得 た う え で 御 用 金 を 引 き
受 け た の で あ る 。 こ の よ う に ' 当 初 は 地 頭 の 支 持 を 最 大 の 後 ろ 盾 と し て い た 富 沢 分 家 も ' 騒 動 を 経 る な か で 小 前 の 合
意 を 取 り 付 け つ つ 村 運 営 を 進 め る よ う に 変 わ っ て い っ た の で あ る 。 安 政 六 年 名 主 に 復 帰 し た 富 沢 本 家 の 忠 右 衛 門 も '
同 年 地 頭 の 先 納 金 を 引 き 受 け る に つ い て は ' 他 の 村 役 人 に 相 談 の 上 ' 小 前 一 同 の 了 承 を 得 る と い う 手 順 を 踏 ん で お り '
こ う し た プ ロ セ ス が 定 着 し て い る こ と が わ か る 。 こ の よ う な 村 運 営 が な さ れ た こ と に よ り 、 万 延 〜 慶 応 期 の 連 光 寺 村
は 1 応 の 安 定 を み た の で あ る 。 (2 ) 以 上 の 分 析 結 果 は ' 世 直 し 状 況 論 に お け る 豪 農 論 ' 村 方 騒 動 論 の 理 解 で は 説 明 が つ か な い 。 世 直 し 状 況 論 で
は 、 豪 農 層 は 貧 農 ・ 半 プ ロ 層 と 決 定 的 に 対 立 し て お り ' 村 方 騒 動 の 過 程 で 一 部 の 豪 農 が 貧 農 ・ 半 プ ロ 層 の 支 持 を 得 る (4 ) こ と が あ っ て も そ れ は 本 質 的 な も の で は な い と さ れ た 。 し か し 、 本 騒 動 の 検 討 か ら み る 限 り ' 豪 農 に も 異 な る タ イ プ
が 存 在 す る と 考 え た ほ う が よ い と 思 わ れ る 。 私 は ' 以 前 に 豪 農 層 は ' そ の 政 治 主 体 と し て の 行 動 形 態 に よ っ て ' 在 村 (5 ) 型 豪 農 I t 在 村 型 豪 農 Ⅱ 、 「草 芥 の 志 士 」 型 の 三 タ イ プ に 分 け ら れ る こ と を 述 べ た 。 在 村 型 豪 農 Ⅰ は ' 小 前 ・ 貧 農 層
の 経 営 の 維 持 ・ 安 定 ' 村 の 再 編 を 自 己 の 経 営 発 展 の 不 可 欠 の 前 提 と し て 重 視 す る ' 即 ち 他 利 の な か で 自 利 を 追 求 す る
タ イ プ で あ り ' 在 村 型 豪 農 Ⅱ は 自 己 の 経 営 拡 大 が 中 心 目 的 で ' 小 前 ・ 貧 農 層 の 経 営 安 定 な ど 村 全 体 の 問 題 に は 関 心 を
払 わ な い か ' あ る い は 村 を 自 己 の 経 営 発 展 の た め に 利 用 し ょ う と す る タ イ プ で あ る 。 こ れ に 対 し て 、 「草 葬 の 志 士 」
型 は 村 運 営 に は 消 極 的 で ' 村 を 飛 び 出 し て 政 局 に 身 を 投 じ ' 尊 王 撰 夷 運 動 に 奔 走 す る タ イ プ で あ る 。 そ し て ' 豪 農 層
が こ れ ら 三 タ イ プ の ど れ に 属 す る か は 、 彼 の 経 営 と 教 養 の 内 容 に よ る と と も に ' 彼 を 取 り 巻 く 村 内 部 の 社 会 関 係 ' 小
前 層 と の 力 関 係 に よ っ て 決 定 さ れ る と い え る 。
ひ る が え っ て ' 連 光 寺 村 の 場 合 を み る と ' 騒 動 の 当 初 の 段 階 で は 富 沢 本 家 と 分 家 の あ り よ う は 対 照 的 で あ る 。 本 家
は ' 村 方 の 百 姓 達 の 支 持 を 基 盤 に 村 役 人 を 勤 め て お り ' 在 村 型 豪 農 Ⅰ の タ イ プ で あ り ' 分 家 は 領 主 に よ っ て 新 た に 村
役 人 に 任 命 さ れ ' 領 主 の 支 持 を 最 大 の 後 ろ 盾 と し て 村 内 に お け る 支 持 基 盤 の 弱 さ を カ ケ 7 ‑ し よ う と し て お り ' 在 村
型 豪 農 Ⅱ の ひ と つ の あ り 方 を 示 し て い る 。 そ し て ' 騒 動 の 進 行 に つ れ て ' 小 前 層 の 圧 力 に 押 さ れ て 富 沢 分 家 も 在 村 型
豪 農 Ⅰ 的 に 振 る 舞 わ ざ る を 得 な く な り ' 安 政 六 年 以 降 名 主 を 勤 続 し た 富 沢 本 家 も t よ り 一 層 小 前 層 に 配 慮 し た 村 運 営
を 行 わ な け れ ば な ら な か っ た の で あ る 。
こ う し た 村 方 騒 動 の あ り 方 は ' 豪 農 ‑ 半 プ ロ 間 の 対 立 を 幕 末 維 新 期 村 落 の 一 貫 し た 基 調 だ と す る 世 直 し 状 況 論 で は 説
明 で き な い の で あ り ' 豪 農 層 の 政 治 主 体 と し て の 行 動 に つ い て は ' 煩 型 論 を 取 り 入 れ て 考 え な け れ ば な ら な い と 思 う 。 (3 ) (2 ) と の 関 連 で ' こ の 騒 動 後 に 名 主 に な っ た 忠 右 衛 門 が 在 村 型 豪 農 Ⅰ と し て 新 た に ど の よ う な 村 運 営 を 行
っ た か ' 二 点 み て お き た い 。 ① 彼 は 名 主 に な っ た 翌 万 延 元 年 に ' 新 た な 用 水 路 を 開 削 L t 畑 二 町 歩 余 を 水 田 化 し た 。
こ う し た 生 産 力 発 展 に 果 す 豪 農 の 積 極 的 役 割 が ま ず あ げ ら れ る 。 ② 同 年 ' 彼 が 中 心 と な っ て 村 内 に 桜 の 木 三 七 五 本 を
植 樹 L t そ こ に 芭 蕉 の 句 と 本 居 宣 長 の 「敷 島 の 大 和 心 を 人 間 は は 朝 日 に 匂 ふ 山 桜 花 」 の 歌 を 刻 ん だ 石 碑 を 建 て よ う と
し た 。 忠 右 衛 門 は 一 八 歳 か ら 国 学 を 学 ん で お り ' 宣 長 の 歌 碑 に は 彼 の 天 皇 権 威 へ の 接 近 を み て と れ よ う が ' よ り 重 要
な の は 次 の 点 で あ る 。 す な わ ち ' こ の 時 に は 村 民 の 内 四 〇 名 が 桜 や 藤 を 寄 付 し て い る が ' そ の う ち 過 半 数 の 二 一 名 が
俳 号 を 名 乗 っ て い る の で あ る 。 こ こ に 、 村 内 に お け る 俳 詔 の 広 範 な 普 及 を み て と れ る と と も に ' 松 園 と い う 俳 号 を も
つ 忠 右 衛 門 が 村 内 の 俳 讃 仲 間 を 中 心 に 村 に 桜 の 名 所 を つ く る こ と に よ り ' 村 民 の 精 神 的 紐 帯 を 強 化 し よ う と し て い る
こ と が 注 目 さ れ る 。 忠 右 衝 門 は 、 ま た 天 然 理 心 流 の 剣 術 も 学 ん で い た が ' こ れ も 彼 個 人 の 趣 味 ・ 教 養 に と ど ま ら ず '
幕 末 維 新 期 に お け る 村 と 地 域 (渡 遠 ) 四 三
史 料 館 研 究 紀 要 第 二 四 号 四 四
次 節 で み る よ う に 村 ぐ る み の 農 兵 隊 を 組 織 し て 治 安 維 持 に あ た る 際 に 大 き く 役 立 っ て い る 。 こ の よ う に 、 幕 末 期 豪 農
の 趣 味 ・ 教 養 は 単 に 個 人 の も の に と ど ま ら ず ' ま た 従 来 指 摘 さ れ て い る よ う な 豪 農 層 間 の ネ ッ ‑ ワ ー ク 作 り と い う 意
味 合 い を も 越 え て ' 豪 農 が 小 前 層 の 支 持 を 得 て 村 や 地 域 の 運 営 を 行 う 際 の 有 力 な 手 段 と し て 枚 能 し て い る の で あ る 。
す な わ ち ' 幕 末 維 新 期 に お い て は ' 塊 域 に お け る 文 化 的 水 準 の 上 昇 に 対 応 し て ' 豪 農 層 は 家 柄 と 財 産 の み で は な く '
文 化 ・ 教 養 の 面 で も イ ニ シ 7 テ ィ .フ を 発 揮 す る こ と が 要 求 さ れ て い た の で あ る 。 そ し て ' こ う し た 在 村 型 豪 農 Ⅰ の あ
り 方 は ' 近 代 の 地 方 名 望 家 に 連 な っ て い く も の で あ り ' 事 実 富 沢 忠 右 衛 門 は 明 治 一 二 年 神 奈 川 県 会 議 員 と な り 、 そ の
子 政 賢 は 明 治 二 二 年 初 代 多 摩 村 長 に な っ て い る の で あ る 。 (4 ) 最 後 に 指 摘 し た い の は ' こ の 騒 動 が 村 内 だ け の 問 題 に 止 ま ら ず ' 地 域 社 会 を も 巻 き 込 ん で い る こ と で あ る 。
す な わ ち ' 魯 平 が 改 革 組 合 村 の 大 惣 代 を 勤 め て い た こ と も あ っ て ' 両 陣 営 と も 地 域 の 支 持 を 取 り 付 け よ う と 動 い て い
た の で あ る 。 ま ず ' 本 家 側 支 持 の 動 き を 示 す も の と し て ' 史 料 I を 掲 げ る 。 (6 ) 史 料 ‑
乍 恐 以 書 付 御 歎 願 事 中 上 侯
甲 州 道 中 日 野 宿 外 四 拾 三 ケ 村 御 改 革 組 合 宿 村 役 人 惣 代 左 之 者 共 奉 中 上 侯 。 私 共 組 合 大 惣 代 之 儀 者 武 州 多 摩 郡 連 光 寺
村 名 主 魯 平 柴 崎 村 名 主 治 郎 兵 衛 両 人 晶 相 勤 ' 組 合 高 壱 万 五 千 石 余 過 半 山 寄 村 々 多 く 場 広 晶 玉 川 浅 川 等 を 差 跨 出 水
等 差 支 之 節 老 両 人 手 分 ケ 諸 世 話 罷 在 侯 処 ' 右 魯 平 儀 御 地 頭 所 . C 去 巳 八 月 中 当 御 孝 行 所 様 江 御 差 出 。 相 成 当 時 御 吟 味
中 魯 平 儀 者 出 府 罷 在 私 共 井 大 惣 代 壱 人 品 万 端 行 届 兼 侯 処 ' 先 達 而 中 Ac 魯 平 中 越 侯 書 御 地 頭 所 御 礼 己 前 A c 老 年 隠 居 相
願 侯 程 之 義 二 付 惣 代 跡 役 相 立 呉 侯 様 度 々 申 開 ' 一 鉢 右 大 惣 代 之 儀 舌 御 改 革 初 発 御 出 役 様 方 御 見 立 被 仰 付 是 迄 不 調 法
無 之 数 年 来 相 勤 罷 在 ' 今 更 外 三 相 勤 倹 者 無 御 座 魯 平 引 続 相 勤 呉 侯 様 達 而 中 人 侯 得 共 ' 老 衰 御 吟 味 奉 受 侯 之 身 分 辻 も
相 勤 リ 兼 侯 旨 中 之 ' 乍 併 数 ケ 村 組 合 大 惣 代 相 勤 侯 著 者 相 応 之 身 分 平 日 柔 和 寄 合 等 之 節 も 成 丈 無 益 之 入 用 等 不 相 掛 不
依 何 事 厚 世 話 い た し 却 而 老 年 。 無 之 候 而 蕃 人 気 一t相 叶 不 申 ' 尤 何 様 之 御 吟 味 筋 ■■御 座 候 哉 私 共 相 弁 不 申 率 恐 入 侯 得 共 '
1 件 無 難 工 相 済 帰 村 世 話 致 侯 様 仕 度 ' 万 1 魯 平 退 役 相 成 侯 雨 着 惣 代 役 相 動 け 不 中 村 々 1 同 迷 惑 仕 侯 間 、 不 革 疏 恐 も 御
歎 院 奉 中 上 候 。 何 卒 以 御 慈 悲 前 召 之 趣 御 賢 察 被 成 下 置 右 願 之 通 御 聞 済 被 成 下 任 侠 様 仕 度 ' 偏 一t奉 餌 上 侯 以 上 。
甲 州 道 中 日 野 宿 組 合
‑ 様
幕 末 維 新 期 に お け る 村 と 地 域 (渡 連 ) 四 拾 四 ケ 村
村 役 人 惣 代
誰 知 行 所
武 州 多 摩 郡 何 村
名 主
誰
江 川 太 郎 左 衛 門 支 配 所
同 州 同 郡 日 野 宿
役 人 惣 代
( : :
誰
四 五
史 料 館 研 究 紀 要 第 二 四 号 四
六史 料 I は ' 改 革 組 合 村 で あ る 日 野 宿 組 合 四 四 ケ 村 村 役 人 惣 代 か ら の 嘆 願 書 の 下 書 で あ る 。 そ こ
では 、 魯 平 に 代 わ っ
て 大 惣 代 を 勤 め ら れ る 者 が い な い た め ' 一 件 を 無 難 に 落 着 さ せ ' 魯 平 が 大 惣 代 を 勤 続 で き る よ う に し て ほ し い 旨 が 述
べ ir tれ て い る 。 内 容 は こ れ と 若 干 異 な る か も 知 れ な い が ' 弘 化 三 年 1 1 月 に 組 合 村 大 小 惣 代 連 印 の 嘆 願 書 が 勘 定 奉 行
所 に 提 出 さ れ て い る 。 ま た ' 弘 化 二 年 八 月 に は ' 大 惣 代 の 柴 崎 村 次 郎 兵 衛 が 組 合 一 統 よ り の 見 舞 金 を 江 戸 の 魯 平 に 届
け て い る 。 他 方 ' 分 家 側 支 持 の 動 き を 示 す 史 料 と し て 史 料 2 を 掲 げ る 。 (7 ) 史 料 2
乍 恐 以 書 付 奉 瞬 上 侯
甲 州 道 中 日 野 宿 助 郷 四 拾 三 村 之 老 共 奉 中 上 侯 。 当 宿 御 改 革 大 惣 代 武 州 多 摩 郡 連 光 寺 村 名 主 魯 平 義 貴 重 而 心 底 悪 敷 も
の 。 而 既 ■一 日 野 宿 名 主 隼 太 彦 右 衛 門 杯 与 同 様 悪 意 取 巧 ' 曽 我 豊 後 守 様 御 勘 定 御 奉 行 御 勤 役 中 魯 平 儀 者 忠 右 衛 門 与 申 侯 節
。 御 吟 味 筋 身 分 御 調 有 之 被 召 出 厳 重 御 杏 御 座 候 処 ' 弁 舌 を 以 品 々 申 開 致 其 上 人 物 宜 敷 故 欺 穏 便 三 相 済 侯 得 共 ' 其 節
鹿 人 鉢 之 上 多 弁 。無 之 侯 ハ
1申 訳 難 立 筋 合 多 分 。御 座 候 。 且 大 惣 代 可 動 身 上 向 。 者 無 之 所 如 何 之 筋 。 而 大 惣 代 。 相 成 侯
哉 一 円 難 相 分 ' 大 惣 代 。 相 成 侯 而 古 村 方 悪 心 之 も の 手 な づ け ' 其 外 太 郎 音 義 者 幼 年 之 節 目 野 宿 伯 父 之 相 続 人 二 相 成 '
同 宿 名 主 彦 右 衛 門 隼 大 方 江 出 入 仕 彦 右 衛 門 手 先 相 勤 公 事 訴 訟 相 好 、 日 雇 賃 晶 他 人 之 出 入 も 引 諸 共 日 稼 。 仕 ' 売 掛 之
帳 調 二 相 板 ま れ 貸 主 方 ハ 何 程 与 仕 切 二致 非 道 LL取 立 , 先 方 江 老 鮮 々 金 子 相 渡 不 申 私 欲 仕 侯 。 右 之 通 悪 心 者 故 伯 父 之 方 離
縁 。 相 成 親 元 江 立 戻 居 候 内 、 原 関 戸 村 百 姓 茂 左 衛 門 娘 魯 平 方 三 奉 公 中 連 出 江 戸 表 晶 を か 引 致 侯 を ' 魯 平 義 太 郎 吉 者 悪
心 之 者 故 身 方 LI致 度 連 戻 年 々 金 五 両 ツ
1給 金 村 方 古 差 出 さ せ ' 御 下 知 無 之 を 茂 不 差 構 ' 柳 之 義 も 太 郎 書 差 遣 シ 為 綴 魯 † ▼ 平 宅 江 引 来 取 調 ' 内 々 射 礼 申 請 差 免 し 侯 義 間 々 有 之 ' 其 外 少 々 之 公 事 晶 茂 兎 角 大 道 こ 仕 成 腰 押 致 ' 直 様 可 済 事 も 自 ▼† 分 立 入 侯 迄 者 引 延 侯 而 ' 程 能 時 分 立 入 相 済 是 又 礼 射 申 請 侯 を 商 売 同 様 。致 ' 礼 物 無 之 も の 江 老 手 先 も の 差 遣 シ 難 題 申 掛
無 駄 。 礼 物 申 請 ' 御 用 ハ 勿 論 自 分 用 共 日 野 宿 江 罷 出 侯 節 々 多 分 酒 喰 之 上 か ご 晶 上 下 致 ' 右 入 用 を 四 拾 三 ケ 村 江 割 掛
取 立 1 同 迷 惑 致 侯 得 共 ' 人 ぴ ん 宜 敷 弁 舌 を 以 八 州 様 江 殊 之 外 取 入 内 舌 仕 侯 間 ' 威 光 強 右 lt恐 口 出 シ 仕 侯 も の 無 之 江 戸
表 江 も 節 々 罷 出 兼 而 悪 意 可 仕 与 発 句 を 相 好 侯 と 名 付 ' 府 中 宿 助 郷 之 も の 晶 弥 生 庵 を 手 な づ け 四 ッ 谷 住 宅 為 敦 は い か
へ 宗 匠 。 取 立 宝 雪 庵 与 改 名 為 致 ' 同 人 方 江 毎 月 両 三 度 ツ
ゝ出 府 止 宿 何 か 内 話 致 ' 是 ハ 重 キ 御 役 人 中 御 家 来 様 方 江 手 † ▼ 続 ヲ 求 置 悪 事 相 顕 侯 節 之 手 段 と 相 見 申 供 。 其 節 御 地 所 所 様 占 魯 平 不 正 之 廉 々 御 取 調 被 遊 侠 。 付 、 村 方 百 姓 共 召 出 ら L;i れ 侯 敷 同 人 占 百 姓 共 江 申 勧 メ 四 拾 人 程 も 御 門 訴 為 致 自 分 不 正 を の が れ へ く 取 斗 方 ヱ 御 座 候 。 此 節 御 吟 味 。 相 成 候 間 打 ▼ ▼ 驚 宝 雪 庵 之 内 談 間 。合 ' 同 人 占 重 キ 御 役 人 中 様 江 体 能 申 込 取 持 t .宝 雪 庵 も 1 且 世 話 請 候 身 分 。付 所 々 欠 廻 り 取 繕 侠 由
二 御 座 候 。 眼 前 不 正 与 申 義 者 御 改 革 大 惣 代 之 も の 老 年 々 足 し ま へ 仕 相 勤 可 申 所 ' 大 惣 代 。 相 成 候 而 占 追 々 身 上 向 立 直
家 内 中 之 着 類 も 礼 物 蒜 間 。 合 ' 魯 平 枠 杯 着 日 野 宿 増 田 昆 之 娘 与 馴 染 を り ' 五 六 日 晶 用 向 方 付 可 申 所 七 拾 日 余 相 掛 ' 1
日 五 匁 ツ
1之 貸 銀 四 拾 三 ケ 村 江 割 合 取 立 ' 是 以 不 正 之 筋 与 季 存 侯 。 此 度 御 差 出 之 一 条 。付 ' 最 寄 府 中 井 。 日 野 宿 料 理
茶 屋 は た ご や 懇 意 其 外 所 々 江 太 郎 書 内 帰 村 致 宜 敷 風 聞 致 呉 侯 様 魯 平 占 相 続 同 人 申 触 ' 村 方 江 も 申 談 シ 最 寄 親 煩 古 も
所 々 江 相 病 中 侯 。 魯 平 太 郎 書 此 侭 帰 任 致 侯 様 晶 者 助 郷 村 々 者 不 申 及 日 野 宿 商 人 一 同 難 渋 任 侠 。 同 宿 隼 太 同 様 之 も の
。 付 ' 可 然 御 賢 察 厳 重 御 取 調 被 成 下 ' 幾 重 こ も 此 段 御 聞 済 日 野 宿 江 永 々 立 入 不 申 侯 様 い た し ' 助 郷 村 々 相 か す め 不 申
侯 様 、 何 卒 御 慈 悲 を 以 御 憐 怒 之 軽 率 願 上 侯 以 上 。
弘 化 二 年
巳 ノ 八 月
御 奉 行 所 様 甲 州 道 中 日 野 宿
助 郷 四 拾 三 ケ 村
百 性 共
史 料 2 は ' 弘 化 二 年 八 月 付 の 日 野 宿 助 郷 四 三 ケ 村 百 姓 共 (助 郷 組 合 村 と 改 革 組 合 村 と は ほ ぼ 一 致 ) か ら 奉 行 所 宛 の
幕 末 維 新 期 に お け る 村 と 地 域 (渡 連 )
史 料 館 研 究 紀 要 第 二 四 号 四 八
麟 書 の 下 書 で あ る 。 そ こ で は ' 魯 平 が 大 惣 代 の 地 位 を 利 用 し て 不 正 を 働 き 、 府 中 宿 や 日 野 宿 な ど
で良 い 評 判 を 広 め よ
う と 策 動 し て い る と 訴 え ら れ て い る 。 た だ し ' こ の 節 書 が 実 際 に 提 出 さ れ た か ど う か は 不 明 で あ る 。 こ の 他 に も 分 家
側 の 史 料 に は 、 魯 平 が 大 惣 代 の 職 権 を 利 用 し て 行 っ た 「悪 行 」 の 数 々 が 書 き 上 げ ら れ て い る 。 こ れ が ど こ ま で 事 実 か
は 疑 問 で あ る が t L か し こ こ か ら ' 大 惣 代 と は 自 腹 を 切 っ て も 百 姓 共 に は 余 分 な 負 担 を か け て は な ら ず ' ま た 職 権 を
利 用 し て 私 腹 を 肥 や す よ う な 公 私 混 同 の 行 為 を し て は な ら な い も の だ と い う ' 百 姓 の 立 場 か ら の あ る べ き 大 惣 代 像 を
読 み 取 る こ と が で き る 。 こ う し た 公 私 を 明 確 に 区 分 し て 一 般 の 百 姓 の た め に 働 く の が 大 惣 代 だ と い う 理 念 を 基 準 と し
て 魯 平 に 批 判 の 矛 先 が 向 け ら れ て い る の で あ り ' こ の こ と は 魯 平 の 跡 を 継 い で 文 久 元 ( 一 八 六 一 ) 年 か ら 大 惣 代 と な
っ た 忠 右 衛 門 の 行 動 に も 影 響 を 与 え た の で は な か ろ う か 。 そ こ で ' 次 節 で は 忠 右 衛 門 の 地 域 で の 活 動 を 中 心 に 検 討 し
た い 。
2 幕 末 維 新 期 の 地 域 社 会
本 節 で は ' 前 節 で の 分 析 を 取 手 見 て 視 野 を 地 域 社 会 に ま で 拡 大 し ' 幕 末 維 新 期 に お け る 村 と 地 域 社 会 の 相 互 関 係 に
つ い て 考 え た い 。 具 体 的 に は ' 改 革 組 合 村 単 位 の 農 兵 設 置 と 助 郷 組 合 の 運 営 と い う 二 側 面 に つ い て 検 討 す る 。
(‑ ) 農 兵 と 村 落 ・ 地 域
多 摩 地 方 の 幕 領 で は ' 伊 豆 韮 山 代 官 江 川 英 敏 の 建 議 に よ り 、 ‑文 久 三 ( 一 八 六 三 ) 年 以 降 農 兵 が 取 り 立 て ら れ て い た 。
こ の 農 兵 は 改 革 組 合 村 を 単 位 に 設 置 さ れ た が ' 日 野 宿 組 合 の 文 久 三 年 一 〇 月 時 点 で の 取 立 予 定 人 数 は ' 農 兵 三 九 人 '
手 代 り 三 九 人 ' 計 七 八 人 で あ っ た 。 一 方 ' 同 じ ‑ 文 久 三 年 に ' 関 東 取 締 出 役 ら は 改 革 組 合 村 を 廻 村 し て ' 組 合 村 ご と
に 竹 槍 ・ 鳶 ・ 棒 ・ 刃 物 な ど で 武 装 し て 防 衛 に 当 た る よ
う 指 令 し 、 無 宿 ・ 博 徒 ・ 悪 党 ・ 浪 人 な ど は 殺 し て も か
ま わ ず ' 後 か ら 届 け 出 れ ば よ い と し た 。 森 安 彦 氏 は '
こ れ を 組 合 村 の 武 装 化 ' 組 合 村 へ の 戦 闘 (殺 人 ) 権 の (8 ) 付 与 と 評 価 さ れ て い る 。 お そ ら く は ' こ の 改 革 組 合 村
武 装 編 成 の 延 長 線 上 に 、 遅 ‑ と も 慶 応 二 ( 一 八 六 六 ) (9 ) 年 以 降 ' 日 野 宿 組 合 に お い て 農 兵 が 設 置 さ れ て い る 。
表 3 に は ' 連 光 寺 村 の 農 兵 の 人 数 と そ の 階 層 構 成 を '
表 4 に は 日 野 宿 組 合 に お け る 農 兵 数 を 示 し た 。 表 3 '
4 か ら わ か る よ う に ' 連 光 寺 村 で 四 二 名 ' 日 野 宿 組 合
全 体 で は 一 〇 九 〇 名 が 農 兵 と な っ て お り ' 江 川 農 兵 と
は 桁 違 い の 多 き で あ る 。 ま た 、 募 債 で は な ‑ 旗 本 領 で
あ る 連 光 寺 村 の 富 沢 息 右 衛 門 が 農 兵 組 織 の 中 心 と な っ
て い る こ と ' 私 領 か ら も 農 兵 が 差 し 出 さ れ て い る こ と '
こ の 農 兵 が 史 料 に よ っ て は 「取 締 警 衛 人 足 」 、 「 非 常
駐 付 人 足 」 な ど と 表 現 さ れ (も ち ろ ん 「農 兵 」 と 表 記
さ れ た 史 料 も 数 多 い ) ' 幕 府 か ら は 正 規 の 農 兵 と は 認
識 さ れ て い な か っ た 可 能 性 が あ る こ と ' な ど か ら ' 日
幕 末 維 新 期 に お け る 村 と 地 域 (渡 連 )
表 3 連光寺村農兵階層構成表
農 兵 幹部農兵 一般農兵
雑
兵
1 0 ‑
‑ ち 4人 4人人
0 0人
9 ‑ ‑1 0
11 0 0
8 . ‑ ‑ 9 1 0 1 0
7 ‑ ‑ 8 2
2 0 0
6 ‑ 7 2 1 1 0
5 ‑ 6 4
1 3 0
4■ 3 ‑ 〜 5 4 2 6 0 0 2 0
6 1
2 ‑ 3 8 3
5 3
1 ‑ 2 . 7
1 6 4
0. 5 ‑ I 1 0 1
2
0. トー0. 5 4 2 2 2
表 4 日野宿組合村々農兵一覧表
村 名 l 村 高 l家数 l 農兵軒 村 名 十五 盲 T豪
哀1 高森
五番組 堀之内村 6 0 4 石 . 3 1 6 7
ff8 3 3
人7
別所村 1 4
8 . 1 2 2 6 1 0 中野村
3 8 4 . 5 6 4 6 0 2 2 大塚村
六番鼠
松木村 3 2 9 7 9 7 . . 0 3 6 2 1 1 7 4 1 2 2
4 2 0
越野珂 1 7 8 . 2 9
8 3 6 2 0
大沢村 3 8 2 .
5 8 7 4 8 2 0
上柚木村 4 1 2 . 8 3 9
7 0 2 0 下軸木村
七番組 和田村 4 3 0 6 2 6 . . 8 9 7 8 4 6 6 4 9 0 1 5
1 3
百草村 3 0 1 . 8 3 3 5 4 5 1 7
落合村 4 1 2 . 6 6 1 1
7 8 2 9 乞田村
八番組 関戸村 3 5 8 . 9 7 3 5 9
2 5 5 8 5 . 6 2 3 7 9 3 0
貝取村 1 4 3 . 9 4 6 6 5 4 0
1 5 寺方村
6 2 . 9 3 8 1 1 9 6 一ノ宮村
3 5 8 . 3 8 8
2 7 2 . 6 5 8 3 8 7 2 1 0
中川原村 1 0
連光寺
村 4 1
日野宿 2 3 0 4 . 7 2
1 3 8 5 ー 1 9 0
̀計 2 6 4 9 1 0 9 0 壱番組
郷地村 2 6 8 石 . 5 9 8
fFl3 6 1
人9
柴崎村 1 1 3 9 . 3 3 9 2 3
9 1 0 6
福嶋村 4 4 2
. 7 0 1 7 1 2 9
築地村 1 1 5 . 5 6 8 2 9 1
0
中神村 4 7 5 . 5 7 1
9 5 1 4 2 官浮村
弐番組 粟須柑 4 3 7 3 1 . 6 9 ̀ 4 1 1 6
6 . 8 2 2 8 5 2 0
・ 石川村 9 2 2 . 2 7 4 1 2 3
3 0
平村 4 5 . 4 1 2
5
日野新田 2 3 . 7 3 7
5 2 豊田村
三番組 川辺堀之内村 3 1 8 8 5 8 . . 2 3 3 8 8 0 3 8
3 6 1 3 7 1 2
上田村 1 4 6 . 8 1 2 1 2 5
寓瞭寺村 1 0 7 . 6 7 3 2
3 8
宮村 1 1 8 . 2 2 7 0
1 2 5 1 0
下田村 1 5
1 . 4 4 1 2 5 8
新井村 . 1 5 5 . 0 2 3 3 1 1
3 石田村 四番牢 落川
野 宿 組 合 農 兵 は 江 川 農 兵 と は 別 個 の 存 在 で あ り 、 慶 応 期 の 当 地 域 で は 幕 領 江 川 農 兵 と 御 料 私 憤 を 問 わ ぬ 組 合 村 農 兵 と
の 農 兵 の 二 重 構 造 を 考 え る 必 要 が あ る 。
次 に ' 連 光 寺 村 に お け る 農 兵 の 特 徴 を 表 3 な ど に も と づ き つ つ ' 列 挙 し て お き た い 。 ① 村 内 の 四 六 % の 家 か ら 農 兵
が 出 て お り ' 中 ・ 下 層 か ら も 多 ‑ の 農 兵 が 出 て い る 。 ② 幹 部 農 兵 は 上 層 の 比 重 が 高 く ' 溝 口 を 持 つ 雑 兵 は 下 層 の 比 重
が 高 い 。 だ が ' 幹 部 の な か に も 下 層 百 姓 は か な り い る 。 ③ 農 兵 と し て 行 動 中 は 苗 字 を 名 乗 っ て い る 。 ち な み に ' 江 川
農 兵 は 苗 字 を 許 さ れ て い な い 。 ④ 村 内 の 集 落 ご と に 複 数 作 ら れ て 年 貢 ・ 村 入 用 な ど の 賦 課 ・ 徴 収 の 単 位 と な っ て い た
組 が ' 連 光 寺 村 農 兵 組 織 の 下 部 単 位 に 転 用 さ れ ' 組 頭 が 農 兵 幹 部 に な り ' 組 下 の 者 を 指 揮 し て い る 。 名 主 の 富 沢 忠 右
衛 門 が 総 大 将 で あ る こ と と 合 わ せ て ' 日 常 的 な 村 落 行 政 組 織 が そ の ま ま 農 兵 組 織 に 利 用 さ れ て い る 。
次 に ' 日 野 宿 組 合 農 兵 の 特 徴 を 検 討 す る と ' 次 の 諸 点 が 指 摘 で き る 。 ① 組 合 村 々 の 総 家 数 の 約 四 割 の 家 か ら 農 兵 が
出 て い る 。 ② 連 光 寺 村 の 場 合 と 同 様 ' 日 常 的 な 地 域 政 治 秩 序 で あ る 改 革 組 合 村 の 組 織 が そ の ま ま 農 兵 組 織 に な っ て い
る 。 す な わ ち ' 改 革 組 合 村 を 単 位 に 設 け ら れ た 農 兵 隊 は ' そ の 中 が 八 つ の 番 組 に 分 け ら れ て い る が ' 各 番 組 は 改 革 組
合 村 の 小 組 合 と 一 致 す る 。 そ し て ' そ の う ち の 五 〜 八 番 組 ( こ れ が 大 組 合 に 当 た る ) を 大 惣 代 た る 富 沢 忠 右 衛 門 が 指
揮 し て い る 。 つ ま り ' 村 ‑ 小 組 合 ‑ 大 組 合 ‑ 改 革 組 合 村 と い う 組 合 村 の 内 部 編 成 が そ の ま ま 農 兵 組 織 に 転 用 さ れ て い
る の で あ る 。 ま た ' 武 州 世 直 し 1 投 の よ う な 広 域 闘 争 に 直 面 し た と き に は ' 組 合 村 相 互 の 連 携 や 持 場 分 担 が 図 ら れ て
い る 。 ③ 富 沢 忠 右 衛 門 は ' 組 合 村 々 の 武 器 購 入 の 仲 介 や 代 金 立 て 替 え な ど を 行 い 、 組 合 村 農 兵 の 編 成 に 大 き な 役 割 を
果 し て い る 。 ④ 幕 府 役 人 の 直 接 的 指 揮 を 受 け な い た め ' 江 川 農 兵 の よ う に 地 域 外 に 動 員 さ れ る こ と も な ‑ ' 主 体 的 判
断 で 地 域 防 衛 に 当 た る こ と が で き る 。
以 上 の こ と か ら ' 次 の 二 点 を 指 摘 し て お き た い 。
幕 末 維 新 期 に お け る 村 と 地 域 (渡 連 )
史 料 館 研 究 紀 要 第 二 四 号 五 二 (‑ ) 多 摩 地 域 の 農 兵 に つ い て は ' 既 に 茂 木 陽 一 氏 が 蔵 敷 村 組 合 の 江 川 農 兵 の 分 析 を 行 い 、 農 兵 の な か に 自 衛 組 織 ' (to ) 郷 土 防 衛 組 織 と し て の 性 格 を 兄 い だ し て い る 。 私 は ' 農 兵 の な か に 郷 土 防 衛 的 要 素 を み よ う と す る 茂 木 氏 の 指 摘 に は
賛 成 で あ る が ' こ れ ま で 述 べ て き た と こ ろ か ら 郷 土 防 衛 的 要 素 は 江 川 農 兵 よ り も 日 野 宿 組 合 農 兵 の 方 に よ り 濃 厚 に 認
め ら れ る と 考 え る 。 日 野 宿 組 合 農 兵 は 、 幕 府 の 改 革 組 合 村 武 装 編 成 方 針 が あ っ て 初 め て あ り え た も の で あ り ' 幕 府 か
ら 完 全 に 自 由 な 行 動 を 取 り 得 る は ず は な く ' ま た 武 州 世 直 し 1 投 を 鎮 圧 す る 側 に 回 っ た こ と も 紛 れ も な い 事 実 だ が '
他 方 地 域 の 中 ・ 下 層 百 姓 ま で 含 め て 組 織 さ れ ' か な り の 程 度 主 体 性 を も っ て 地 域 防 衛 ・ 治 安 維 持 に あ た っ て い た こ と
も 評 価 し て お ‑ 必 要 が あ る 。 ′ (2 ) 次 に ' 幕 末 期 の 農 民 の 武 装 の 仕 方 は 彼 ら が 住 む 村 や 地 域 の あ り 方 と 密 接 に 開 通 し て い る こ と が 指 摘 で き る 。
連 光 寺 村 の 農 兵 は ' 天 保 〜 安 政 期 の 騒 動 を 経 て 形 成 さ れ た 小 前 百 姓 の 意 向 が 村 運 営 に 反 映 さ れ る 体 制 を 基 礎 と し て '
中 ・ 下 層 も 含 め た 村 内 の 半 数 近 い 家 か ら 農 兵 を 出 す と い う ' い わ ば 村 ぐ る み 農 兵 と も い う べ き ス タ イ ル で あ っ た 。 そ
し て 、 連 光 寺 村 農 兵 の 総 大 将 は 富 沢 忠 右 衛 門 が つ と め た 。 既 に 述 べ た よ う に ' 彼 は 今 川 家 家 臣 の 後 甫 で あ る と い う 由
緒 を も ち ' 天 然 理 心 流 の 剣 術 を 学 ん で お り 、 武 士 的 側 面 を も っ て い た が ' 村 運 営 に 当 た っ て は 在 村 型 豪 農 Ⅰ 的 に 行 動
し て い た . そ の た め ' 農 兵 の 組 織 に あ た っ て も 1 般 農 民 と 遊 離 す る こ と は な か っ た の で あ る 。 と こ ろ が ' 同 じ ‑ 由 緒
を 強 調 す る 豪 農 で あ っ て も ' 彼 が 村 の 中 で 占 め る 位 置 に よ り 、 そ の 武 装 の 仕 方 は 全 ‑ 異 な っ た も の と な る 。 そ の 好 例 (‖ ) と し て 甲 斐 国 山 梨 郡 下 井 尻 村 依 田 家 の 場 合 を 検 討 し ょ う 。 依 田 家 は ' 1 八 世 紀 に 入 っ て 土 地 集 積 を 進 め ' 元 禄 1 三
( 1 七 〇 〇 ) 年 三 八 石 余 で あ っ た 持 高 が 宝 暦 八 ( 1 七 五 八 )年 に は 五 五 六 石 余 に 増 加 す る 。 し か し ' 1 八 世 紀 後 半 以
降 減 少 に 転 じ ' 明 治 元 ( 1 八 六 八 )年 に は 一 一 〇 石 余 で あ り ' 幕 末 維 新 期 に は そ の 経 営 は 停 滞 的 で あ っ た 。 そ の 1 万
で 、 同 家 は 一 八 世 紀 末 以 降 武 田 「浪 人 」 と し て の 身 分 意 識 を 強 め ' 一 般 の 百 姓 と の 差 異 を 徹 底 的 に 意 識 す る よ う に な
る 。 そ れ は ' 一 面 か ら み れ ば ' 依 田 家 が 他 の 百 姓 か ら 次 第 に 遊 離 し て い く 過 程 で も あ っ た と い え る 。 そ し て ' 依 田 家
は 慶 応 四 ( 1 八 六 八 ) 年 四 月 に 他 村 の 浪 人 ' '神 官 ら と 護 国 隊 と い う 草 葬 隊 を 結 成 し た が ' そ こ に は 下 井 尻 村 の 百 姓 は
一 人 も 入 っ て い な い 。 次 の 史 料 4 は そ の 結 成 を 訴 え た 志 願 容 で あ る 。 (̲2 ) 史 料 3 (表 紙 ) 「草 弄 志 願 喜 」
今 般 天 下 御 一 変 之 折 柄 御 親 征 被 仰 出 ' 官 軍 御 東 向 被 為 在 侯 御 義 書 重 大 之 御 時 変 与 深 く 率 恐 察 族 。 依 雨 着 微 少 之 私 共
是 迄 革 弄 。 生 育 仕 侯 へ 共 ' 朝 廷 御 尊 奉 之 儀 者 年 来 之 志 願 .t付 1 同 菅 発 決 心 仕 御 国 恩 ' 可 率 報 御 時 世 ̀1傍 観 仕 供 而 者 '
年 来 執 心 之 一 事 消 減 仕 候 儀 。 付 、 赤 心 徹 底 仕 度 候 間 ' 御 官 軍 御 供 被 仰 付 度 懇 願 ヱ 御 座 候 。 願 之 通 御 許 容 被 成 下 侯 ハ
1 ' 国 中 之 有 志 貴 賎 三 不 拘 人 撰 相 募 一 隊 ヲ 結 ひ 抽 忠 勤 慶 事 存 候 間 、 何 方 へ 御 差 向 御 座 候 共 御 沙 汰 次 第 出 兵 可 仕 候 間 '
前 段 之 趣 其 御 筋 江 被 仰 達 何 卒 御 採 用 被 成 下 侯 様 一 同 挙 而 奉 願 上 侯 。 恐 憧 頓 首 謹 言 。
慶 応 四 辰
三 月 廿 六 日
武 藤 藤 太 印
依 田 熊 弥 太 印 (以 下 六 名 略 )
副 総 督 付 一
・ 参 謀 方 へ 差 上
幕 末 維 新 期 に お け る 村 と 地 域 (波 速 )
. 史 料 館 研 究 紀 要 第 二 四 号 五 四
史 料 4 に は 草 弄 意 識 が 強 烈 に み ら れ ' そ の う え 官 軍 に 従 軍 し て 転 戦 す る こ と を 望 ん で お り ' 村 や 地 域 の 防 衛 と い う
意 識 は 希 薄 で あ る 。 し た が っ て ' 依 田 家 は 「草 芥 の 志 士 」 型 と し て の 性 格 が 強 い 豪 農 だ と い え る 。 こ の よ う に ' 同 じ
く 由 緒 を も つ 豪 農 で あ っ て も ' 彼 が 村 や 地 域 の 社 会 関 係 に 占 め る 位 置 の 違 い に よ り ' 武 装 の 仕 方 も 対 照 的 な も の と な
る の で あ る 。 さ ら に 、 在 村 型 豪 農 Ⅱ の 場 合 に は ' 青 木 美 智 男 氏 が 分 析 し た 出 羽 国 村 山 郡 の 豪 農 の 事 例 の よ う に ' 世 直 (13 ) し 状 況 に 対 処 し て 自 己 の 経 営 を 防 衛 す る た め の 独 自 の 階 級 的 暴 力 装 置 と し て の 農 兵 設 置 が な さ れ た の で あ る 。 す な わ
ち ' 豪 農 及 び 豪 農 を 含 む 村 や 地 域 の 在 り 方 が 農 民 武 装 の 在 り 方 を 規 定 し て い る の で あ り ' 先 に 述 べ た 豪 農 の 三 類 型 ご
と に 異 な っ た 武 装 の 仕 方 を と る の で あ る 。
(2 ) 助 郷 組 合 (I ) こ こ で は 、 米 崎 清 実 氏 の 仕 事 に 依 拠 し っ つ ' 助 郷 組 合 に つ い て 述 べ た い 。 甲 州 道 中 日 野 宿 へ の 助 郷 組 合 村 は 改 革 組
合 村 と ほ ぼ 一 致 し ' そ こ か ら 助 郷 惣 代 が 選 ば れ て い た 。 富 沢 忠 右 衛 門 は 、 文 久 二 年 に 助 郷 惣 代 と し て 他 の 四 名 と 共 に
継 立 人 馬 の 勧 め 方 に つ い て 日 野 宿 問 屋 に 掛 け 合 っ て い る が 、 そ の 際 彼 は 日 野 宿 間 置 の 反 論 に 対 し て ' 次 の よ う な 返 書
を 送
って い る 。
3F EZ 史 料 4
日 野 宿 江 1 ト 通 返 書 之 覚
掛 合 書 御 返 答 文 末 小 村 一 統 を 守 居 候 役 人 二 者 ' 万 端 之 差 別 相 訳 間 鋪 と の 御 書 取 二 侯 得 共 ' 高 割 二 而 入 用 取 立 侯 時 音
大 中 之 論 二 不 拘 義 二 付 ' 大 村 用 繋 之 事 情 得 度 致 候 迄 者 何 ケ 皮 も 諭 可 申 ' 且 片 都 遠 郷 之 役 人 二 重 迄 ' 信 服 不 致 者 江 権
威 を 以 押 付 二 取 計 侯 事 者 ' 長 立 候 者 之 所 置 二 有 之 間 鋪 哉 二 懸 案 ' 然 上 着 再 応 も 再 々 応 も 遂 示 談 ' 大 小 遠 近 1 致 之 上
な ら て ハ 万 端 相 決 兼 ' 依 而 蕃 日 数 も 相 延 可 中 条 左 様 御 東 知 可 被 下 侯 。 尤 高 井 戸 ・ 布 田 両 宿 間 合 之 義 者 致 東 知 ' 当 方 Q( S 畑 a )4 E雪 中 侯 ' 以 上 。 戊 三 月 平 九 郎
忠 右 衛 門
望 郎 様 芳 三 郎
史 料 4 の う ち ' 「片 都 遠 郷 之 役 人 二 至 迄 ' 信 服 不 致 老 江 権 威 を 以 押 付 二 取 計 侯 事 者 ' 長 立 侯 者 之 所 定 二 有 之 間 鋪 哉
二 懸 案 ' 然 上 着 再 応 も 再 々 応 も 遂 示 談 ' 大 小 遠 近 一 致 之 上 な ら て ハ 万 端 相 決 兼 ' 依 而 寺 日 数 も 相 延 可 中 条 左 様 御 東 知
可 被 下 侯 」 と 記 し た 部 分 か ら は ' 助 郷 村 々 の 利 害 を 代 表 す る 助 郷 惣 代 と し て 、 日 野 宿 問 屋 に 対 し て 一 歩 も 引 か な い 強
硬 な 姿 勢 が み て と れ る 。
次 に 、 元 治 二 ( 一 八 六 五 ) 年 の 「 日 〆 会 所 規 則 書 」 を 見 て み た い 。 日 〆 会 所 と は 、 日 野 宿 に お い て 助 郷 惣 代 が 詰 め
て 執 務 す る 所 で あ る 。 (t6 ) 史 料 5 (表 紙 )
「日〆
会 所 規 則 書 」
一 、 助 郷 惣 代 会 所 出 勤 中 心 得 方 之 事 。
但 ' 助 郷 惣 代 役 之 義 老 村 々 之 為 筋 専 一 二 心 掛 ' 当 番 出 勤 中 禁 酒 老 勿 論 昼 夜 共 会 所 不 明 様 語 合 居 ' 御 先 触 之 内 疑 敷
廉 も 有 之 侯 ハ 1 ' 前 後 宿 方 江 罷 越 得 と 穿 整 致 、 問 屋 場 二 而 不 正 之 取 計 不 相 成 様 精 々 心 掛 ' 惣 代 方 二 而 日 〆 帳 別 段
組 立 置 可 申 事 。
幕 末 維 新 期 に お け る 村 と 地 域 (渡 遠 )
史 料 館 研 究 紀 要 第 二 四 号 (略 )
一 ' 人 馬 遣 方 之 事 ?
但 ' 御 定 人 馬 宿 方 二 而 立 払 侯 後 、 助 郷 人 馬 遣 ひ 可 中 老 勿 論 二 侯 得 共 、 五 六
御 朱 印 ・ 御 証 文 之 外 書 ' 実 々 無 拠 場 合
ニ 無 之 侯 而 者 前 後 之 遣 方 不 致 、 都 而 問 屋 場 占 申 掛 侯 難 題 等 二 不 屈 様 相 心 得 可 申 事 。 (略 )
右 之 通 今 般 助 郷 村 々 一 同 御 相 談 之 上 御 取 極 被 成 侯 九 ヶ 条 之 趣 堅 相 守 ' 会 所 語 合 中 正 路 二 精 勤 可 仕 ' 若 達 乱 之 勤 方 致
侯 ハ ゝ 御 差 図 次 第 退 役 可 致 侯 。 依 之 日 〆 惣 代 一 同 連 印 致 置 侯 処 如 件 。
元 治 二 丑 年 正 月 上 落 川 村
幸 五 郎㊥
石 川 村
午 之 丁 助 ㊥
中 野 村
与 兵 衛㊥
関 戸 村
郡 次 郎 ㊥
史 料 5 か ら 、 助 郷 惣 代 は 「村 々 之 為 筋 専 一 二 心 掛 」 け る こ と を 要 求 さ れ ' そ の 職 務 内 容 も 助 郷 村 々 の 相 談 に よ っ て
取 り 決 め ら れ 、 勤 務 に 不 正 が あ っ た 場 合 に は 助 郷 村 々 の 「御 差 図 次 第 退 役 可 致 」 き 存 在 で あ っ た こ と が わ か る 。 そ し
て ' 「都 而 問 屋 場 古 申 掛 侯 難 題 等 二 不 屈 様 相 心 得 可 申 事 」 と さ れ て い た 。
す な わ ち ' 助 郷 村 や 助 郷 惣 代 が 幕 府 に よ っ て 設 定 さ れ ' 幕 府 の 要 求 す る 役 を 果 す 存 在 で あ る こ と は 間 違 い な い と し
て も ' 助 郷 村 々 の 側 で は 助 郷 惣 代 に 対 し て イ ニ シ 丁 テ ィ .フ を 確 保 し ' 彼 ら を 通 じ て 合 理 的 な 役 の 遂 行 と 負 担 の 軽 減 と
を 図 っ た の で あ っ た 。
以 上 の 組 合 村 農 兵 と 助 郷 組 合 に つ い て の 検 討 か ら 次 の よ う に 言 え よ う 。 豪 農 層 に よ る 地 域 運 営 に は ' 地 域 の 共 通 利 (17 ) 害 を 代 表 す る 側 面 と ' 豪 農 層 の 階 層 的 利 害 に 基 づ く 側 面 と の 両 面 が あ る こ と は ' 従 来 か ら 指 摘 さ れ て き た L t 私 も そ
う 思 う 。 そ の う え で ' 富 沢 本 家 の よ う に ' 在 村 型 豪 農 Ⅰ と し て の 色 合 い が 濃 く ' 村 方 騒 動 に お い て 同 家 の 地 域 運 営 の
あ り 方 を 強 ‑ 非 難 さ れ た 経 験 を も つ 豪 農 の 場 合 に は ' 村 運 営 に お け る と 同 様 ' 大 惣 代 や 助 郷 惣 代 と し て の 地 域 運 営 に
お い て も 、 治 安 維 持 や 役 負 担 の 軽 減 な ど 地 域 の 共 通 利 害 を 代 表 す る 側 面 が よ り 強 く 現 れ る の だ と 言 え よ う 。 (18 ) 次 に ' 武 州 世 直 し 1 投 に つ い て 1 1111E 述 べ て お き た い 。 富 沢 息 右 衛 門 の 指 揮 す る 日 野 宿 組 合 農 兵 隊 は ' 慶 応 二 年 の 武
州 世 直 し 1 投 の 際 に は 、 六 月 ハ 日 に 府 中 宿 か ら 援 兵 を 頼 ま れ て 1 0 0 名 余 が 加 勢 に 出 掛 け ' 他 に 玉 川 の 川 原 の 警 備
部 隊 や 追 々 駆 け 付 け た 者 も 加 え る と 総 勢 五 ' 六 〇 〇 人 余 が 動 員 さ れ た が ' 直 接 一 群 勢 と 交 戦 す る こ と は な か っ た (日
野 宿 組 合 農 兵 の 別 の 1 隊 は 1 挨 勢 と 交 戦 に 及 ん で い る )。 翌 六 月 1 七 日 に は ' 綱 島 ・ 溝 口 の 両 組 合 と の 間 で ' 綱 島 ・
溝 口 両 組 合 は 玉 川 の 大 丸 村 よ り 下 筋 の 渡 船 場 を 防 衛 L t 日 野 宿 組 合 は 玉 川 の 一 ノ 宮 渡 船 場 よ り 上 筋 を 防 衛 す る と い う
組 合 村 間 の 役 割 分 担 が 成 立 し て い る 。
佐 々 木 潤 之 介 氏 は ' 当 地 域 に 隣 接 す る 八 王 子 周 辺 地 域 の 動 向 に つ い て ' 武 州 世 直 し 騒 動 勢 が そ の 近 隣 ま で 接 近 し て
も ' そ し て 多 摩 川 原 で 日 野 農 兵 隊 等 に よ っ て そ の 騒 動 勢 が 踏 み に じ ら れ て も ' つ い に こ れ に 呼 応 し て 立 つ こ と が 出 来 (t9 ) な か っ た t と マ イ ナ ス の 評 価 を 与 え て い る 。 確 か に 玉 川 南 岸 地 域 の 動 向 に よ り 百 姓 同 士 闘 い 合 い 殺 し 合 う と い う 悲 劇
を 生 ん だ こ と は 紛 れ も な い 事 実 だ が ' 他 方 で こ れ ま で 見 て き た よ う に 、 当 地 域 の 百 姓 達 は 村 方 騒 動 や 組 合 村 騒 動 に よ
幕 末 維 新 期 に お け る 村 と 地 域 (渡 連 ) 五 七
史 料 館 研 究 紀 要 第 二 四 号 五 八
っ て 村 や 地 域 の あ り 方 を 変 え よ う と し て 闘 っ て き た の も 事 実 で あ る 。 ま た ' 連 光 寺 村 で は 金 子 有 合 次 第 請 戻 し の 質 地
慣 行 が 行 わ れ て お り 、 そ れ も あ っ て 百 姓 達 は 農 民 層 分 解 の 進 行 を 阻 止 し っ つ ' 養 蚕 な ど の 商 品 生 産 を 発 展 さ せ よ う と
し て い た の で あ る 。 こ う し た 百 姓 達 の 生 産 と 生 活 を 守 ろ う と す る 努 力 が あ り ' そ れ が 一 定 の 成 果 を 収 め て い た か ら こ
そ ' 1 探 に 立 ち 上 が る こ と が な か っ た の だ と い う 側 面 を も 評 価 す る 必 要 が あ る の で は な か ろ う か 。
第 2 章 幕 末 維 新 期 の 村 落 共 同 体 と 村 請 制 村
‑ 村 落 共 同 体 と 村 請 制 村 ‑ 連 光 寺 村 の 内 部 構 造
第 1 章 で は ' 村 方 騒 動 か ら 地 域 の 問 題 に 視 野 を 広 げ て 論 じ て き た が ' 本 章 で は 再 び 連 光 寺 村 に 立 ち 戻 っ て ' 第 1 章
で は 漠 然 と 村 と 述 べ て き た も の の 内 部 構 造 、 な か ん ず ‑ 村 落 共 同 体 と 村 請 制 村 と の 関 係 の 具 体 相 を 明 ら か に す る こ と
を 課 題 と す る 。 な お ' こ こ で 言 う 村 請 制 村 と は 、 連 光 寺 村 を 指 す 。 ま た 、 共 同 体 に つ い て あ ら か じ め 定 義 し て お け ば 、
① 生 産 力 の 発 展 が 相 対 的 に 低 位 の 段 階 に お い て ' 人 々 が 物 質 的 生 産 活 動 を 行 ‑ う え で 不 可 避 的 に 取 り 結 ぶ 社 会 関 係 '
② そ の 集 団 の 成 員 の 社 会 的 生 活 過 程 に お け る 多 様 な 要 求 が ' 基 本 的 に は そ の 集 団 内 部 で 全 て 充 足 さ れ る よ う な 全 体 社
会 、 ③ 人 々 が 自 由 意 志 に よ っ て 形 成 す る の で は な く ' 彼 ら に と っ て は 所 与 の 前 提 と し て 立 ち 現 れ る .よ う な 社 会 集 団 、
と い う 三 つ の 要 件 を 満 た す よ う な 集 団 を 共 臥 体 と す る 。 そ し て ' 私 は ① の 点 に 関 し て ' 村 落 共 同 体 の 本 質 的 契 機 は 土
地 所 有 に あ り 、 耕 地 を も 含 め た 土 地 の 共 同 所 有 機 能 こ そ が 村 落 共 同 体 の 本 質 で あ る と 考 え て い る こ と を あ ら か じ め 述 (20 ) べ て お く 。
さ て 、 連 光 寺 村 は 、 図 に 示 し た よ う に ' 本 村 ・ 馬 引 沢 ・ 下 川 原 ・ 舟 郷 の 四 集 落 か ら 構 成 さ れ て お り 、 舟 郷 は 「 え た
幕末維新期におけ