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論文の内容の要旨
氏名:中 岡 裕 章
博士の専攻分野の名称:博士(理学)
論文題名:地域づくりを目的としたエコツーリズムの意義と課題
本研究では,地域づくりにエコツーリズムを実践的に活用している地域での取り組みを把握し,エ コツアー実施者に視点をあて,その属性や地域特性の観点をもって,実施者の参画意識の差異を分析 することで,地域づくりを目的としたエコツーリズムの意義と課題を明らかにした.
全国の多くの自治体は基幹産業の衰退や人口減少,高齢化といった問題に直面し,地域社会を持続 させるための地域振興策が求められる中で,地域づくりの一手段としてエコツーリズムの導入がすす められている.旧来の国主導による画一的な観光地開発や地域づくりは,多くの場合,地域の個性や 独自性を生み出すことができず,地域の意思が十分に反映されてこなかったことから,地域住民主体 の取り組みが求められている.それゆえに地域づくりには,地域住民が愛着や誇りをもてるような地 域を形成し,その魅力を住民みずからが伝えることで交流人口を増加させ,経済の活性化を目指すと いう,社会・経済的な観点が求められている.地域づくりのためにすすめられるエコツーリズムにお いても同様に,地域住民の主体的な取り組みが強く求められており,住民が主体となって地域の魅力 を高めて活用し,経済の活性化に結びつけるエコツーリズムの形が模索されている.しかしながら,
エコツーリズムに携わる地域住民個々には,活動に携わる理由や地域社会への考え方,すなわち参画 意識に差異が生じていると考えられる.そうした違いは,住民の調和によって地域づくりをすすめる 自治体が,その手段として導入するエコツーリズムの方針や実施のあり方にも大きく影響すると考え られる.したがって,活動に携わる地域住民個々の参画意識の差異を把握し,地域特性との関係性に ついて検討した上で,地域づくりを目的としたエコツーリズムの意義を問うことが重要である.
本論文は,全6章から構成される.第Ⅰ章では,前述した研究の背景を踏まえ,研究目的を明示す るとともに,エコツーリズムと地域づくりに関する研究動向と課題について検討した.これまでの地 域づくりの側面に着目したエコツーリズム研究は,主要な数名に対する聞き取り調査の結果に基づき,
エコツーリズム導入地域を成功事例として紹介するにとどまる傾向があることを指摘し,活動に携わ る地域住民の参画意識の差異に着目することの意義を明示した.
第Ⅱ章では,エコツーリズムが日本国内でどのように普及してきたのかを,文献資料を用いて概観 し,はじめは自然(遺産)地域で展開したエコツーリズムが,エコツーリズムモデル事業の実施と,エ コツーリズム推進法の施行を契機に,それら以外の地域にもエコツーリズムの導入がすすめられるよ うになったことを示した.そして,エコツーリズムモデル事業とエコツーリズム推進法の概要を把握 し,地域づくりを目的としたエコツーリズムの導入が全国的にすすめられており,特筆すべき観光資 源に乏しい地域でも関心が高まっていることを明らかにした.その上で,本研究の対象地域として,
埼玉県飯能市を選定した.飯能市は,エコツーリズムモデル事業に里地里山地域のモデル地区として 選定され,エコツーリズム推進法に基づく全体構想が,全国で初めて国により認定された地域である ため,地域づくりを目的としたエコツーリズムの先駆的事例として捉えることができる.また,特筆 すべき観光資源のない地域でも,エコツーリズムへの関心が高まる中で,こうした地域の先進地とし て捉えることができる.そして市全域がエコツーリズムの推進範囲に指定されており,行政が地域住 民の参画を促すことで,多くの住民が主体的に活動している.さらに,飯能市が東京大都市圏郊外に 位置し,旧飯能市と旧名栗村の合併によって,市街地や山間部で異なる属性の住民が参画しているこ とから,本研究の目的を達成するための事例地域として適切であることを示した.なお,本研究では 活動に携わる地域住民の参画意識の差異を,その属性や地域特性の観点から分析しており,飯能市と は特性の異なる地域を比較検証することで,よりエコツーリズムの特徴を明瞭にできると考えられる ことから,比較対象地域として群馬県みなかみ町を選定した.みなかみ町は,飯能市と同様にエコツ ーリズム推進法による認定を受けており,地域づくりを目的としたエコツーリズムの先進地として捉 えることができる.一方で,多くの観光者が訪れる大規模な観光地であり,エコツーリズムの推進範
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囲を谷川岳周辺地域に限定し,専門知識の高い山岳ガイドを中心としたエコツアーを実践している点 が飯能市と異なっていることから,飯能市との比較対象地域として適切であり,エコツーリズムの地 域特性による違いや,推進方法による差異を明確にできると考えた.
第Ⅲ章では,飯能市におけるエコツアー実施者の参画意識の差異を,その属性や地域特性の観点か ら分析することで,エコツーリズムの地域的意義と問題点を検討した.飯能市では,東部の市街地に おける中心商店街の活力低下や,中西部の山間地域における林業の衰退にともなう高齢化と人口減少 が進行する中で,エコツーリズムを地域づくりの手段として導入した.飯能市エコツーリズム推進協 議会は,地域住民が主体となってエコツアーを行う形態のエコツーリズムを目指してきた.このため,
実施者それぞれが関心のある地域資源を対象にしたエコツアーを実施できるように支援してきた.そ の結果,多くの地域住民が活動に携わるようになり,自然や文化,歴史といった身近な地域資源を対 象にしたエコツアーを実施するようになった.東京大都市圏郊外に位置するベッドタウンとしての性 格が強い市の東部に居住するエコツアー実施者は,参画理由に生きがいや楽しみを挙げる者が多く,
エコツアーに利益を求めない傾向がある.一方,人口減少と高齢化が急速に進行する市の中西部に居 住する実施者は,エコツアーの利益によって若者の定着などを期待する傾向がある.このように,実 施者の参画意識には地域差が認められる.生きがいや楽しみを求める実施者の意向が大きく反映され たエコツアーが多く行われ,地域内外の交流が促進されたことは,特筆すべき観光資源のない里地里 山地域において大きな意義があると考えられるが,利益を期待する一部の実施者の方向性にはそぐわ ないものとなっていることも明らかとなった.
第Ⅳ章では,飯能市との比較検証を行うために,みなかみ町におけるエコツーリズムの取り組みに ついて,地域特性やエコツーリズムの導入過程,エコツーリズムの推進範囲,エコツアーの特徴,エ コツアー実施者の参画意識に注目して分析し,同町におけるエコツーリズムの地域的意義と課題を考 察した.みなかみ町では,観光業の衰退に伴う宿泊客の減少,谷川岳利用の集中による環境への悪影 響が問題視される中でエコツーリズムを導入し,谷川岳周辺地域で活動を展開した.その結果,みな かみ山岳ガイド協会の山岳ガイドと,電気バス事業のバスガイドが中心となり,登山者やトレッキン グ客による利用が集中する谷川岳周辺地域において,自然環境やそれにかかわる歴史,文化などの解 説を行うようになった.このことは,地域環境への理解を深める活動として評価でき,活動を継続す ることで,谷川岳周辺地域の環境保全にも寄与することになる.エコツアー実施者のうち,エコツー リズムにより地域環境への理解や地域内外の交流を促進したいと考える者は,現行の取り組みは達成 度が高いと考える傾向にある.一方,環境保全費用の捻出や観光業の再興を志向する者は,現行の取 り組みについて達成度が低いと考える向きがある.現行のエコツアーは利益に乏しいこともあって,
町の温泉旅館やホテルといった宿泊業に従事する者の関心が薄く,エコツーリズムの取り組みが観光 業の再興に結びつかないという現状に問題を抱えていることがわかった.
第Ⅴ章では,第Ⅲ章の飯能市の事例分析を基に,第Ⅳ章のみなかみ町との比較分析を通じ,エコツ ーリズムが地域づくりに果たす役割を考察した.エコツーリズムの推進範囲が広範であり,多くの地 域住民が活動に参画する飯能市では,エコツアーの種類は多く,コースや実施場所も多様となり,参 加者の再来訪率も高くなっている.一方,エコツーリズムの推進範囲が限定的で,山岳ガイドが中心 となって活動するみなかみ町では,エコツアーの種類は登山やトレッキングに特化したものとなり,
種類も少なく,コースや実施場所も限定的となる.そのため,エコツアー参加者のリピーターの割合 が極端に低く,新規客が大半を占めている.このように,2 つの地域におけるエコツーリズムの特徴 には地域差が認められ,それには地域特性やエコツーリズムの推進範囲の違いが大きく影響している.
エコツアーは主に都市部に居住する者を対象として地域環境への理解を深める活動として評価される が,地域内外の交流の促進をも少なからず促していることから,住民が地域社会への愛着や誇りをも てるようにするためにも一定の効果が認められる.しかしながら,両自治体のエコツアー実施者それ ぞれの参画意識には差異が認められ,それには居住する地域社会に対する考え方の違いが大きく反映 されている.
地域づくりを目的としたエコツーリズムには,地域住民の主体性が求められている.本研究の結果 からは,エコツーリズムに取り組む地域住民を安易に一群として捉えることはできないことが指摘で きる.したがって,活動に携わる地域住民それぞれの参画の仕方と意識を十分に把握した上で,地域 づくりにおけるエコツーリズムの意義や方針を検討することが求められる.