(1992)
津山高専紀要 第31号
(34 (33) B2) (31) 〈30) ce9)
﹃全集﹄ 第八巻 一〇頁︒
﹁志向的関係﹂から﹁間柄﹂の関係へ︑﹁おのれ自身においておの
れ自身を示す﹂ものから︑﹁表現されるだけ﹂のものへの移行の際の
方法論の問題に関しては︑現象学的還元︑構成︑破壊の解釈学的還元︑
構成︑破壊への転換が試みられている︵講座﹃倫理学﹄一一五頁以降︑
﹃全集﹄ 第九巻一六八頁以降︑本論文三注Gり参照︶︒そして﹃存在
と時間﹄ノートにおける和辻のハイデッガー批判もすでに方法論的に
は︑主としてこの解釈学への転換の観点からなされていることが随所
に窺えるが︑ここでは明示されているわけではなく︑この問題を扱う
には稿を改めて和辻の人間学の視点から論ずる必要がある︒
ロロ ロロ ヨ
全全全全全 集集集集集
』 』 』 』 』
第八巻第八巻
第八巻
第八巻第八巻
一〇頁︒ 一八頁︒ 一八頁︒ 一入頁︒
︼八頁︒
脱稿してから入手できた﹃全集﹄別巻二︵平成四年八月二八日刊︶
には昭和五年に信州南安教育部会で行なわれた講演の原稿﹁人間の風
土性について﹂︵和辻家所蔵︶が収められている︒原理的なことが述
べられている最初の部分では︑まず風土性を人間学の一部として考え
る考え方が示され︑人間を考える基底として︑一︑世間性︑二︑歴史
性︑三︑風土性の三つが同じように挙げられている︒一ではマルクス
と広義の社会主義が︑二では未来から現在︑過去と考える考え方が示
され︑三の風土性の具体的展開に当っては︑風土の三類型をある意味
で弁証法的に統↓的にとらえる時に採用される湿潤︑乾燥︑湿乾の統
一の順序を逆にして︑ 一︑乾燥︑二︑湿潤︑三︑乾湿の統︼という順
序がとられている︵﹃全集﹄ 別巻二 二〇五〜二二五頁参照︶︒
平成四年八月三十一日受理
一18一
(94)
戸田
和辻哲郎『風土』形成期への一考察 一『存在と時間』との関係における一
⑳ ﹃全集﹄ 別巻一 三九四頁︒
飼 ﹃全集﹄ 別巻一 三九四頁︒
(19) (18) (17) (16) (15) (14) (13} (12} (11) (!0) (9) (8) (7) (6) (5) (4) (3) (2) (工)
(5) (4) (3) (2) (1)
ロロ ロロ ヨ つ ヨ ヨ ヨ ヨ ヨ
全全全全全全全課全全全全全全全全全全全 集集眼集集集集蟻集集集集集集集集集集集
』 』 』 』 』 』 』 』 』 』 』 』 』 』 』 』 』 』 』
本論文
﹃全集﹄
﹃全集﹄
﹃全集﹄
﹃全集﹄
別別別別別別別別別別別別別別別別別別別七 巻巻巻巻巻巻巻巻巻巻巻巻巻巻巻巻巻巻巻
<αqrQっ.qN.の.茜刈.
三九五頁︒
三九六頁︒
四〇一頁︒
三九五頁︒
三九五頁参照︒
三九六頁︒
三九六頁︒
三九七頁Q
三九七頁参照︒
三九八頁Q
三九八頁︒
三九九頁︒
三九九︑四〇〇頁︒
四〇一頁︒
四〇一︑四〇二頁︒
四〇二頁︒
四〇二頁︒
四〇三頁Q
四〇三頁︒
入七四頁他参照
別巻一 三八五頁︒
別巻一 四〇一頁︒
別巻一 四〇一頁︒
別巻︼ 四〇︼頁︒
の.C.N・ ω一しQ①.
(19)
(18) (IZ (16) 〈15) (14 (13) (12) Ql) (10) (9) (8) (7) (6)
es) eo tz6) es) e4 e3) tz2) el> eo)
﹃全集﹄ 別巻一 四〇一頁︒
﹃全集﹄ 別巻︸ 四〇〇︑四〇一頁参照︒
Gっd.N. ○り.一H刈.
しつ.¢.N. しり.H一N
しつ¢.N. ω一Hoo■
9りd.N. Qっ﹂一Qo
QっC噸N. Qっμ一〇〇.
Qり﹁CN. Qり.一HOo.
Qり.qN Qっ.一一co.
しつ¢N■ ○っμ卜OO〜H卜⊃ピ
しつ¢.N. Qっ﹂卜︒昂
くαq︼・Qっ.qN.Qっ.一ト︒H.
<σqピQっ9qN.ω﹄卜︒㎝.
<αq囲Qりd・N・ωμ卜Q卜︒.
以上﹃存在と時間﹄の翻訳に際しては︑岩波文庫版の桑木務氏の苦
心の訳語を幾度か使わせて貰ったことに対して︑ここで感謝の意を表
しておく︒
﹃全集﹄ 第九巻 一五九頁︒講座﹃倫理学﹄ 一〇〇頁︒
なお講座﹃倫理学﹄以降︑国×幹Φ冒が﹁存在﹂︑︒︒①ヨが﹁有﹂︑﹈︶曽−
ω9昌が﹁現有﹂などと和辻独自の研究による訳語が統一的に使われ始
めていることは先に述べたところであるが︑ここでの引用の場合はそ
れに従った︒
﹃全集﹄ 第九巻 一五八頁︒講座﹃倫理学﹄ 一〇二頁︒
﹃全集﹄ 第九巻 ︼六二頁参照︒講座﹃倫理学﹄ ﹈〇三頁参照︒
講座﹃倫理学﹄ 一〇三頁︒
講座﹃倫理学﹄ 一〇三頁︒ ﹃全集﹄
講座﹃倫理学﹄ 一〇三頁︒ ﹃全集﹄
講座﹃倫理学﹄ 一〇四頁︒ ﹃全集﹄
講座﹃倫理学﹄ 一〇三︑一〇四頁参照︒
﹃全集﹄ 第九巻 一⊥ハニ頁︒
第九巻上九巻第九巻さ真山 」一
企登 耳五
一19一
(1992)
津山高専紀要 第31号
tzS tzT tz6> e5 e4 23) tz2) el) 20」 Qsi (lg Cll (16) (15) (1aj (13) Q2) 〈11) (10) (9) (8) C7) (6) (5)
(4) (3) 〈2) (1>
﹃全集﹄ 別巻一 三八八頁︒<αq﹇︒︒■ご.N ︒り.︒︒㎝.
ω.ご.N. ψOQ避
しり.d.N・ ψOQ幽.
しり⊂■N■ Qつ・Qo㎝.
<σqドQり.¢■N.○っ.Q︒①■
Qつ・q.N. の.QO◎
﹃全集﹄ 別巻 三八七︑三入入頁参照︒
﹃全集﹄ 別巻 三九三頁︒ Q︒■d.N■Q︒﹂G︒メ
Qつ■¢.N. Qつ.Hり目.
<σqド○っ.d.NQり.一㊤一〜一りb︒■
ω.d噛N. し∩μり口.
Qり■⊂■N. Qり.一りト○.
<ひq轡○∩.⊂.N.Qり﹄⑩卜⊃.
の.⊂.N.の.H恕. ﹃全集﹄別巻一 三九二頁︒
Qっ.⊂.N.
の■C.N.
の.¢.N.
﹃全集﹄ ﹃全集﹄
Qり■d.N.
﹃全集﹄
<ひqピの・d・N
﹃全集﹄
Qり.¢.N Oo.日ω①.
。。ハG︒心. ﹃全集﹄ 別巻一 三九二頁以下︒
Qり.一ω㎝.
別巻一 三九二頁以下︒
別巻一 三九三頁︒ <鵬 ○っ.C■N■Qっμω①■
ωμω伊
別巻一 三九二︑三九三頁︒.ψ一ω①.
別巻一 三九三頁︒
Qっ.一ω刈.
六﹃全集﹄ 別巻一 三八八頁︒
﹃全集﹄ 別巻一 三八八︑三八九頁︒
﹁風土﹂論文︵﹃全集﹄ 別巻一 三九九頁︶︒
﹃全集﹄ 別巻↓ 三八九頁︒
(9) (8) (7) (6) (5)
23) 22) C]1) eO) (19) (18) (17) (16) (IS (14) (13) (IZ (ID 〈10)
﹃全集﹄ ﹃全集﹄
﹃全集﹄
の.¢昌N︻
﹃全集﹄
別巻﹈別巻一別巻一の雨P別巻一 三八九頁参照︒三八九︑三九〇頁︒三八九頁︒三九〇頁︒
風土論の性格上生じ易い風土的きめつけであるが︑ちなみに和辻自
身はといえば︑確かに﹁播州生まれの村のインテリの子﹂︵坂部恵﹃和
辻哲郎﹄岩波書店三↓頁︶とか︑﹁田舎者としての劣等感の自覚﹂︵湯
浅泰雄﹃和辻哲郎一近代日本哲学の運命1﹄ミネルヴァ書房二五頁︶
などといわれることが多い︒
なお︑和辻の﹃風土﹄における︑特にヨーロッパに関する風土論的
きめつけの一面に対しては批判的ながら︑その風土理論そのものに対
しては︑フランスにない魅力を見いだして再評価を行っている文化地
理学者にオーギュスタン・ベルクがいる︒︾=陰ω口器ロコ興ρロρい①ω窪−
くpσq①簿一.節答旺︒①一﹇①︒っ富Oo口巴ω鳥Φ<国葺貯ロ障霞ρO巴=日四a﹄⑩○︒ρ
P窃N〜㎝⑩も■目卜○㎝〜H①①.
﹃全集﹄
の.d.N
﹃全集﹄
﹃全集﹄ ﹃全集﹄
﹃全集﹄ ﹃全集﹄
Qり︒qN■
﹃全集﹄
しり.qN■
Qり■q.N
Qっ.C.N.
﹃全集﹄
﹃全集﹄
別巻一の.㎝刈噛
別巻︼別巻一別巻↓別巻一別巻一Qり.目ω①.
別巻一Qり ハQQ刈.
○りハωNQっ xω刈.
別巻一別巻一 三九〇頁︒
九九九九九 頁頁頁頁頁
。 o o o o
三九三頁︒
三九三︑三九四頁︒
三九四頁︒
一20一
戸田 (92)
和辻哲郎『風土』形成期への一考察 一『存在と時間』との関係における一
働
(7) (6> (5> (4) (3> (2) (1>
¢O) (19) (19 (17) (16) (1S) (14) (エ3) (12) (11> (10) (9) (8)
いう時の存在が︑﹁実践的・生産的・目的的﹂として特性づけられた
面は評価しながらも︑かかる存在が﹁人間の社会的な穿一︒︒8自として︑
自然のく︒芸曽αΦ昌葺といかに性格を異にするかの問題には突き入っ
ておらぬ﹂︵講座﹃倫理学﹄一四頁︶といっている︒
しり.ご.N の6㎝.
Qっ.d.N■
ψqN.
Qり.⊂.N.
﹃全集﹄
﹃全集﹄
﹃全集﹄ ﹃全集﹄
なおく︒諺冨げ窪の訳語は︑
ディルタイの術語に対しては
辻においては混用されている︒
﹃全集﹄
しり.d.N.
Qっ.qN■
﹃全集﹄
しり.¢.N.
Qり.¢.N■
<oq一・の
¢9N.
の.d.N.
﹃全集﹄ ﹃全集﹄
﹃全集﹄
﹃全集﹄
四の6ω.なお本論文三の注㈲参照︒ψ①ω〜①㎝. ω■o︒蒔
別巻一 三八二︑三八三頁︒別巻︸ 三八二頁︒第四巻 五〇七頁︒第四巻 五〇七頁︒ ハイデッガーの術語に対しては﹁了解﹂︑ ﹁理解﹂と区別されることがあるが︑和別巻﹈ 三八三頁︒ Qっ噛C﹂N﹁の6◎
○っ6刈.
の6S ︹︸内筆者訳︒
別巻一 三八三頁︒
ω.①○○.
の.①○○.
9N.しり6︒︒〜①ρ ﹃全集﹄ 別巻一
ω■①り■
Qっ6㊤.
別巻一 三八三︑三八四頁︒
別巻一 三八四頁︒
別巻一 三八四頁︒<αQピの.d.N.
別巻一 三入四頁︒ 三八三頁参照︒
の6¢一刈O.
q4) g3) g2) gl) kO> (39) Bg (37) (36) (35) (34 〈33) (32) (31> (30) 29) e8) tlO e6) e5) ce4) 93) 122) el>
(4) (3) (2) (1)
﹃全集﹄ 別巻一 三八四頁︒
Qりd.N. Qっ.刈O.
ω■C.N. Qり絢9
︒り.d.N.︒り.刈O. ﹃全集﹄ 別巻一 三八五頁参照︒
﹃全集﹄ 別巻一 三八五頁︒
﹃全集﹄ 別巻一 三入五頁︒
﹃全集﹄ 別巻一 三八五頁︒
Qり・ご.N Qり雨O一刈一.
○っ.C.N. しつ.刈一.
Qつ.¢N・ ω勺H.
﹃全集﹄ 別巻一 三八五頁︒<ぴqrQっ.¢︒N.ψ謬■
しり.¢・N し︒.刈同. ﹃全集﹄ 別巻一 三八六頁参照︒
﹃全集﹄ 別巻一 三八五︑六頁︒ Q︒.ご.N.︒︒.詞.
の.¢.N昌 Qっ■刈㎝.
の弓ご﹁N﹁の論ω層 ﹃全集一 別巻﹈ 三八六頁参照︒
しりd.N. Qり㎏ω.
くαq一.Qり9C.N.Qっ.刈︒︒〜刈蒔
Qり.d冒N. Qつ■刈県
Qり.C.N. Qり・刈㎝■
Qり.¢・N. Qり.刈Gη.
﹃全集﹄ 別巻一 三九〇頁参照︒
﹃全集﹄ 別巻一 三八七頁︒
﹃全集﹄ 別巻一 三八七頁︒
﹃全集﹄ 別巻﹈ 三入七頁︒ <晦 の■⊂■N.︒り.誤.
五
の噛O・N辱 しり・Oo県
くoq一・の9d.N.の■○︒餅
Qり■C.N﹁ Qり■Qo心.
﹃全集﹄ 別巻一三八二頁︒
一21一
(1992)
津山高専紀要第31号
C]O) (19)一(lg (IT 〈16) 〈IS (10 (13) (12)
(7) 〈6) 〈5) (4) (3) (2) (1)
ロロ ロロ ロコ
全全全全全全強全全集集集集集集集五型
』 』 』 』 』 』 』 』 』
第八巻
別巻一二八巻
第八巻第八巻
別巻一
別巻一別巻一
別巻一 二三四頁︒三七七︑三七八頁︒二三四頁︒二三四頁︒二三四頁︒三七八頁︒三七八頁︒︹︺内は筆者訳︒三七八頁︒個別者︑一所的は筆者訳︒
三七八︑三七九頁Q
三
﹃全集﹄ 別巻一 三八○頁︒
﹃全集﹄ 別巻一 三八○頁︒
﹃全集﹄ 別巻一 三八○頁︒
﹃全集﹄ 別巻一 三八○頁︒
内き戸罵二鉱吋◎興﹁Φ一口8<Φ﹁ロロ葭戸bJ.図×着×魑︾口目①蒔=口口
頃29αQσq巽−の①ヨdpαNの陣け一のbOω
﹃全集﹄ 別巻一 三八○頁︒
なお方法の問題に関しては︑昭和六年の講座﹃倫理学﹄の﹁人間の
学としての倫理学の方法﹂︑とくにその中の一七﹁解釈学的方法﹂で
詳細に検討され︑ハイデッガーの現象的現象概念と現象学的現象概念
の区別について次のようにいわれている︒﹁現象学的現象概念は︑お
のれを示すものとして︑有るものの︿有﹀︑その意味︑その諸様態︑
及びそこから導出せられたこと︑などを考えている︒::有るものの
︿有﹀は︑その背後に現われない或物が立っているようなものでは決
してあり得ぬ︒現象学の現象の背後には本質的に何ら他の物は立って
おらぬ︑がしかし現象たるべきものは隠されてあることは出来る︒そ
うして現象が普通には与えられておらないというまさにその理由で︑
現象学が必要なのである﹂︹︒り■¢.N.の.︒︒㎝〜G︒①傍点和辻︺︒﹁かくし
て現象学は︑日常性から出発しつつも日常的には隠されている領域に
(16) (IS 〈14 〈13) (ln 〈11) QO> 〈9) (8)
『
入り込む︒現象とは現象学にとってのみおのれを示すものであって︑
日常生活にはおのれを示さない︒日常的に普通におのれを示すものは︑
有るところのもの︑即ち通俗的意味の現象であるL︵一二七頁︶︒そし
てこの﹁隠された現象﹂を﹁有﹂︑﹁日常的にあらわな現象﹂を﹁有る
もの﹂と見れば︑有るものは有がおのれを現わす他者として︑﹁表現
を意味する現象﹂といえる︒和辻はそこにハイデッガーが現象学を解
釈学的現象学としている動機を見︑さらに↓歩進めて解釈学とするこ
とが許される理由を見ている︵一二七︑=一八頁︒なお﹃全集﹄第九
巻﹃人間の学としての倫理学﹄一八○︑一八一頁参照︶︒
なお用語﹁有﹂︑﹁有るもの﹂はそれぞれ︑Qっ似戸しつ巴曾q窃の訳語で
ある︒和辻は十分な日本語の解釈に立って︑﹁現有﹂︑﹁世界・内・有﹂
などと︑有という訳語を広げていき︑﹁存在﹂は要蜂①自の訳に当て
ているが︑ハイデッガーについてのノートでは用語がまだ混乱してい
るので︑この論文では特別注意を要ずる場合以外︑使い慣れた訳語を
使用し︑敢て統一をはからなかった︒
囚さユ.﹁.<■bJ.N刈α■
Qっ.¢.N・ω.NOし︒.
﹃全集﹄ 別巻一 三八○︑
﹃全集﹄
﹃全集﹄ ﹃全集﹄
Gっ.qN.
﹃全集﹄ ﹃全集﹄
三八一頁︒<αq胃Qり.⊂・N.しつ6ド別巻一 三八一頁︒ω﹄■N.しつ.9・
別巻一 三八一頁︒︒っ.q.N噛︒︒6り ︹︺内は筆者訳︒
別巻一 三八嗣頁参照︒<αqドψ⊂■N.︒っ6目一①卜︒.
Qり
U卜︒. ﹃全集﹄ 別巻︼ 三八一頁︒別巻↓ 三八二頁︒
別巻一 三八二頁︒<σq︻しり.C.い ψ①9
これを例えば上の二におけるマルクスの自然理解に対する和辻の
﹁自然基底が国民の特殊性に対していかに重大な意義を有するかを充
分明らかにしていない﹂という批評に当ててみれば︑自然基底を明ら
かにする仕方が︑自然科学的な自然法則に依存するものであってはな
らないということを意味する︒和辻は講座﹃倫理学﹄の中で︑マルク
スが﹁人間の意識を規定するものはく入間の社会的存在﹀である﹂と
一 22一
戸田 (90)
和辻哲郎「風土』形成期への一考察 一『存在と時間』との関係における一
(4) 〈3) (2)
(7) (6) (5)
(!2) (11) (10) (9) (8)
のモンスーン︵昭和三年稿︑四年加筆︶ ﹁モンスーン﹂
︵﹃思想﹄昭和五年一一月︶
口砂漠︵昭和三年稿︑四年加筆︶ ﹁砂漠﹂︵﹃思想﹄昭
和五年九月︶
日牧場︵昭和三年稿︑十年改稿︶ ﹁牧場﹂︵﹃思想﹄昭
和九年一一月︑一二月︑一σ年一月︑二月︶
第三章 モンスーン的風土の特殊形態
のシナ︵昭和四年︶ ﹁支那人の特性﹂︵﹃思想﹄昭和四
年七月﹀
口日本.
ω台風的性格︵昭和六年稿︶
回日本の珍しさ︵昭和四年目
第四章芸術の風土的性格︵昭和四年︶ ﹁﹃ところ﹄によって
異なる芸術の特殊性﹂︵岩波講座﹃世界思潮﹄第九冊 昭
和三年一二月︶
第五章風土学の歴史的考察︵昭和三年一一月−四年一月︶
(『
a辻哲郎全集﹄ 第八巻 岩波書店 四一六︑四一七頁︶︒﹃全集﹄ 第二四巻 三一七︑三一八頁︒
﹃全集﹄ 第八巻 一頁︒
昭和三七年刊の﹃全集﹄第八巻の表題には︑﹁人間学的考察﹂の副題
が見当らない︒
﹃全集﹄ 第八巻 二頁︒
﹃全集﹄ 第九巻 三頁︒
岩波講座哲学﹃倫理学i人間の学としての倫理学の意義及び方法 ﹄
昭和六年︒
﹃全集﹄ 第八巻 二頁︒
本論文一の注ω参照︒
﹃全集﹄ 別巻一 三九五一四〇三頁︒
﹃全集﹄ 別巻一 三七三頁︒
﹃全集﹄ 別巻一 三八○一三九四頁︒
(19)
(18) (1の (1⑤ (15) (14 (13)
(4) (3) (2) (1)
(8) (7) (6) (5)
(10) (9)
(11)
ヨ つ ヨ ロロ
全全全全損全全 集集屯集集集集
』 』 』 』 』 』 』
別巻一別巻一
別巻一第四巻
樽九巻
第一一巻第=巻 三七五一三七九頁︒四〇五−四一九頁︵昭和五年頃︶︒四二一二一四二九頁︵昭和六年︶︒五〇六一五五一頁︵昭和四年差︑一〇年加筆︶︒三一七−四七九頁︵昭和六一一〇年︶︒
一六七︑一六八頁︒
二
﹃全集﹄ 第八巻 二頁︒
﹃全集﹄ 第八巻 四一五︑四一六頁︒
﹃全集﹄ 別巻一 四八○︑四八一頁︒
﹃全集﹄ 別巻一 三七四頁︒なお今回増補になった各巻では︑字体
以外は仮名遣いその他原文のままになっているが︑従来の巻との統一
上︑いちいち断ることなく最低限の修正の上引用することにする︒
﹃全集﹄ 別巻一 四八三︑四八四頁︒
﹃全集﹄ 別巻一 三七五頁︒
﹃全集﹄ 別巻一 三七五頁︒
﹃全集﹄ 別巻一 三七五頁︒なお︹︺内はとくに注がない場合は
編者の訳である︒横書きノートの下線を縦書きにして編集した際の傍
線は必要な場合︑以後の引用では傍点で示すことにする︒
﹃全集﹄ 別巻一 三七五頁︒
﹃全集﹄ 別巻一 三七五︑六頁︒原語で書かれている部分は︑対応
する安定した日本語がえられた場合︑原則として二度目からは日本語
にして引用することとする︒
﹃全集﹄ 第八巻 二三三︑二三四頁︒﹁まとまれる大衆﹂という訳
語が︑﹁大衆的形成体﹂に変っているだけである︒なお挿し込み別紙
に記されているものによれば︑この定義は︑O毎︒毛によって同新聞
の諸論文より間接的に帰納して作られたものとされている︵ ﹃全集﹄
別巻一 三七六頁︶︒
一23一
(1992)
津山高専紀要 第31号
て︑﹁実践的・行為的・創造的・生産的﹂である点には認められない︑ ⑳といわれる︒
ところでこの部分の代わりに﹃人間の学としての倫理学﹄では︑
風土論にも関係している次のようなことがいわれる︒﹁道具を介し
て他人を見いだすというのは︑︿翻れ﹀から出発して他人に達しよ
うとする思索の順序であって︑実践的行為的なる人間存在の事実で
はない︒我々は現実において道具を見いだす延すでに他人との間柄
に立っている︒家族的に生きることなしには家具との交渉なく︑社
会的に労働するのでなくしては鎚を手にしない︒道具はすでに間柄
の表現であって︑単に我れのく手にある物﹀ではない︒かくして人
間存在への通路は︑見合い語り合うというごとき日常的な存在の表
現や︑さらにこれらの日常関係の中で取扱われるさまざまの物的表
現において求められることになる︒我々の日常性はこれらの表現の
了解において成り立っているのである﹂︒
﹁風土﹂論文で︑﹁我々は風土のうちへ出ていると同時に人のう
ちへ出ている﹂といわれていたことが︑ここでは道具についていわ
れ︑﹃風土﹄第一章の一においては︑風土に連なる寒さについて次
のようにいわれている︒﹁︿外に出る﹀という構造も︑寒気というご
ときくもの﹀の中に出るよりも先に︑すでに他の我れの中に出ると
いうことにおいて存している︒これは志向的関係ではなくして︿間
柄﹀である︒だから寒さにおいて己れを見いだすのは︑根源的には
ぱ コ リ コ コ ロ コ サ コ ロ コ リ
お間柄としての我々なのである﹂︒﹁我々は同じ寒さを共同に感ずる︒だからこそ我々は寒さを言い現わす言葉を日常の挨拶に用い得るの
㈹ である﹂︒そして変更点の僅かな後半に対して︑人間存在の構造に
おける風土の位置の新しい規定が前半に挿入された二では﹁人間存
在の存在論的把捉﹂のために﹁外に出る﹂超越の場面として次の三 つが挙げられ︑風土は三番目に位置づけられている︒第一は︑﹁他人において己れを見いだし︑自他の合一において絶対的否定性に還 り行く﹂超越で︑その超越の場面が人と人との﹁間柄﹂である︒第 二は︑個人的意識のみならず﹁間柄そのものが未来へ出て行く﹂超越で︑その場面が歴史性である︒時間性はこの地盤から抽出される︒第三は︑﹁風土的に外に出る﹂超越︑つまり﹁人間が風土において己れを見いだすこと﹂で︑﹁共同態の形成の仕方︑意識の仕方︑言語の作り方︑生産の仕方︑家屋の作り方﹂などとして現れてくる地盤は人間存在である︒コ四体的な人間存在が己れを客体化する契機は風土に存するのであるしといわれる︒ 以上のようにして﹁国民性の考察﹂ノートの一部として開始された風土理論が一応仕上るのであるが︑それが仕上るということは︑講座﹃倫理学﹄で試みられていたノート前文の課題の解決の道との少なくとも理論的関連づけができ上るということであり︑それが﹃風土﹄において実行されたと見ることができる︒そして両者の体系的な合体は︑和辻自身が﹃風土﹄第一章で予告する後の﹃倫理学﹄を待たねばならない︒
(1)
注
↓
和辻自身の記録によると︑初稿が昭和三年から六年にまたがっており︑
その発表の時期がまた大きくずれている﹃風土﹄の各部分が一括対応
させられたものを全集の解説の中から再録すると次のようになる︒
第一章 風土の基礎理論︵昭和四年稿︑六年改稿︑一〇年補筆︶−
一﹁風土﹂︵﹃思想﹄昭和四年四月︶
第二章 一二つの類型
一24一
(88)
戸田
和辻哲郎『風土』形成期への一考察 一『存在と時間』との関係における一
あっても︑それはただ﹁その現存在がどの程度他人との本質的な共
同存在を見通しのよいものにし︑また偽らなかったか﹂を意味する だけなのである︒ハイデッガーは﹁共同現存在﹂に対する配慮をと
くに﹁顧慮︵閃貯ω︒おΦ︶﹂と呼び︑その積極相として二つの両極端
の可能性を挙げている︒一つは他人のために﹁心配︵Q︒o£①︶﹂を
肩代りする︵Φ一昌ωO﹁一⇔ひq①コ︶ような顧慮であるが︑これはたいてい
の場合手もとのものの配慮の域に留まるもので︑その人に気づかれ
ぬことが多いとはいえ︑依存させ︑支配することになる︒もう一つ
の顧慮は︑﹁他人に彼の実存可能において率先して見せる
︵<O﹁三口ωωO村一HF鋤qΦ口︶﹂もので︑これは他人に﹁はじめて本来的に関
心を関心として取り戻させ﹂︑彼を助けて﹁自らの関心において自
らを見通しのよいようにし︑そして自らの関心に対して自由になる
ようにする﹂ものである︒そして日常の相互存在は︑この両極の間 ゆで多様な混合形態を示しているといわれる︒
これらの問題はしかし和辻においては人間学の問題である︒昭和
六年の講座﹃倫理学﹄及び︑昭和九年の﹃人間の学としての倫理学﹄
において︑和辻は﹃存在と時間﹄のこの個所に言及している︒
他の有る物と異なって︑人は﹁己れの有において己れの有に係わっ
ており︑何らかの仕方で己れ自身をその有において了解している﹂ のという有り方を持つ﹁存在︵閏い×一のけΦ⇒N︶﹂であるから︑﹁自覚有﹂で
ある︒ところでハイデッガーはこれを﹁現に有すること﹂の意味で
﹁現有︵∪器Φぎ︶﹂と呼んで︑直接に自分自身を対象とする道でな
く︑ものとのかかわりから自分の有を了解するという逆の道をとり︑
かかる志向性の掘り下げにおいておのずと己れを現わしてくる時間
性において人の存在に達しようとした︒しかしこの道では﹁間柄と のしての存在には達し得ない﹂のは明かで︑それは一面基礎的有論と しての﹃存在と時間﹄と人間学の目指すものとの構造的なずれにかかわる問題でもある︒ところでそれはそれとして︑先のハイデッガーの﹁共現有﹂の分析には一定の評価が与えられている︒他人は﹁我と同じく道具にかかわり︑従って我と同じく現有としての有り方により世界・内・有の仕方において世界の内にある﹂のであって︑
﹁自他の主体の対立を前提として出て来るのでない﹂とされている
点が一つ︑そして他人が﹁相互に知り合うこと﹂が︑﹁おのれ自身
を了解するおのれの有を他人の内に投射したものであるとのく感情 移入﹀の立場を斥けた﹂点が一つである︒
しかし問題点は︑その共現有の﹁共﹂が︑いつも我であるところ
の現有の共在に留まっていて︑﹁その間に弁証法的な統一を持たな い﹂点である︒その理由は︑共現有が﹁共にある地盤が道具の世界﹂︑
しかも﹁公共的世界にではなく︑仕事場にN巨撃α卜する﹂道具の
世界であることにある︒それ故﹁他人の共現有は世界内的に︿手に ゆ有るもの﹀即ち道具から出て向き合って来る﹂︒﹁現有が本質的にそ
れ自身において他人との共有である﹂といわれても︑﹁その共有は
結局アトム的な現有の並在であって︑一つの全体としてのく共同態﹀
ではな﹄といわざるをえない︒また・相互に知り合う﹂ことが感
情移入によるものでないとされながら︑﹁有の了解﹂を介してのみ
他人が出てくると考えなければならないところに現有の存在構造の
分析の限界があるのであって︑﹁了解の根抵に存する間柄にまで湖 ることを許さない﹂のである︒講座﹃倫理学﹄では︑﹁存在構造の究
極の問題﹂が我だけの存在において扱われるべき時間性の問題に局
限され︑﹁人と人との間を構成する肉体性﹂は無視され︑人間の存
在は﹁死すべき我﹂の存在であって︑﹁生命を生産する間柄﹂とし
ての存在ではなく︑その存在の特徴も﹁単に有産的﹂である点にあっ
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津山高専紀要 第31号
σΦ︒︒︒お8芝Φ蒔は仕事場にN暴きユ陣するのではなく︑公共的世界
にN嘗︒︒巳超するのである︒これと共に¢日芝Φ巨縛網︵まわりの世
界の自然︶が見出されているL︒ここでいわれていたハイデッガー
と和辻の相違点の意味が︑﹁風土﹂論文においてより明らかになっ
てくる︒﹁世の中にあるもの﹂としての風土と道具との﹁感受し用
いる﹂かかわりを明らかにしている問︑﹁我々相互の間のかかわり
には立ち入らなかった﹂が︑﹁そこには常に︿我々﹀が寒さを感じ
︿我々﹀が着物を着ることが問題とされているのであって︑いわば
世の中が公共的であることは予め前提されているのである﹂といわ
れる︒というのは我々は︑風土と道具との﹁感受し用いる﹂かかわ
りにお醗て︑﹁道具あるいは風土のうちへ出ていると同時に人のう
ちへ出ている﹂のであって︑﹁おのれを︿我﹀として反省するよりも
前に︑すでに人のうちへ出ているおのれを理解し﹂︑そうした﹁人
とのかかわりにおいて︑互におのれを理解しつつ︑それが他の理解
であることを理解する﹂からである︒寒さを感ずるとき︿我々﹀は
着物を着︑火鉢に寄るが︑自分一人がそうするのではなく︑まず子
供に着物を着せ︑老人を火鉢に押しやる︒﹁我々はおのれよりもむ
しろ傍の人を先にする﹂のである︒暑さ︑寒さ︑暴風︑洪水など風
土的なものを防ぐことも共にし︑働きも共にするが︑その際見出さ
れ︑理解されるのは﹁我﹂の孤立ではなく︑我々の間のかかわりで
あるから︑﹁世の中﹂の現象はすでに初めより﹁我々の問のかかわり﹂
を含んでいる︑とされる︒
次にハイデッガーの場合を第二十六節﹁他人の共同現存在と日常
的共同存在﹂において見てみることにする︒﹁最も身近な環境世界﹂
として﹁職人の仕事の世界︵ぐくΦ﹁月越Φ情け︶﹂が挙げられ︑仕事中に
見いだされる道具とともに︑﹁可能的な着用者の身体に合わせて裁 断されている﹂製品を介して︑生産者︑着用者︑さらに使用材料の生産者といった﹁他人たちが共に出合う﹂という面から共在の問題が論じられる︒また例えば畑でも︑岸のボートでも何らかの他人を指示しているが︑この場合他人は﹁目のまえにあるだけの事物に付 ゆけ加えて考えられたもの﹂ではなく︑それらを自分の世界において︑自分にとって手もとにある我がもの︵q一Φ目①一づΦ︶としている存在者であるから︑かかる存在者はもちろん﹁目のまえにあるもの﹂でも﹁手もとにあるもの﹂でもなく︑﹁開き与えている現存在そのものと同じように︑つまりそれもまたそして共に現存在している︵①︒︒ け響磐聖旨αヨ詳匿︶﹂存在者なのである︒そして﹁他人﹂というのは︑自分を除いた残りの者という意味ではなく︑﹁たいてい自分を ゆ彼らから区別しないで︑自分も彼らにまぎれているようなひと﹂の意味である︒こうした共にする世界・内・存在に基づいて︑すでにいつも我が他人と分かちあっている世界が﹁共同世界︵ζ詳芝①一け︶﹂ であり︑ここでの﹁内・存在とは他人との共同存在であり﹂︑﹁他人 の内世界的な自体存在が共同現存在である﹂とされる︒ そして﹁共同存在﹂ないし﹁相互存在の事実性︵閃自︒匪N冨乙8 察け虫8口αΦ轟虫ロω︶﹂については︑それは﹁いくつかのく主観﹀が共に現われることに基づくものではない﹂とされ︑大勢の中にひとりひとりでいても︑大勢のあり方が︑﹁彼らはそれでは全く目のまえ ゆにあることになる﹂ということはないのであり︑大勢の中にいながら彼らは共に現存在していて︑ただ無関心とかよそよそしさとかの お様相で出合うだけなのである︒また彼らが﹁相互に知り合うこと﹂
つまり﹁感情移入﹂といわれるようなことも︑共同存在に基づいて
生き生きしてくるのであって逆ではない︒﹁自らの現存在がそのつ
どどの程度自分自身を了解したか﹂ということに依存することは
一26一
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戸田
和辻哲郎『風土』形成期ぺの一考察 一『存在と時聞』との関係における一
ある︒我々は感受し働きだし用いるかかわりにおいて︑﹁世の中に
あるもの﹂のうちで最も身近なものに自己を見いだし︑出合う︒風
土も﹁世の中にあるもの﹂として︑道具とともに重要な意義を持ち︑
かかるものとの交渉が﹁働き用いる﹂という仕方だけでなく︑﹁感
受する﹂という仕方においても行われるとすれば︑この交渉におい
て開示されている自己の理解︑存在の理解もそうした契機を示した
ものということができよう︒和辻は次のようにいう︒
﹁我々自身は︿世の中にあるもの﹀を見出しそれとのくかかわり﹀
において自己を開示するもの︑即ちく世の中にあることVに外なら
ぬとすれば︑かかる存在の最初の有り方は︿自己発見性︹情態性︺﹀ である﹂︒
我々は日常︑何らかの気持︑気分︑機嫌において﹁自らを見いだ
す﹂︒これは心的状態といったものではなく︑﹁外から来る︑内から
出るなどといわれうるものではない︒︿世の中にあることV自身の お有り方としてそれ自身から湧き出ること﹂であり︑しかもその有り お方は︑我々自身で自由に選べず︑﹁既に定められ﹂ている︒我々がそ
の存在においてあるべき存在に引き渡されたものとして開示されて
いること︑これが世の中にあることの負荷的な性格である︒和辻は
そのうち風土的な既定性を︑﹁我々が或る朝︿爽やかな気分﹀にお
いておのれを見出す﹂ことにおいて明らかにする︒これは外からの
空気の温度・湿度の影響でも︑内に引き起された心的状態でもなく︑
我々が︑﹁世の中にあるもの﹂としての朝の空気のうちへ出ること
によって=疋の有り方を負わされ︑﹁空気が︿爽やかさ﹀の有り方
を持つ﹂とともに﹁我々自身がその爽やかさの有り方を持つ﹂こと
なのである︒我々はこうして空気の爽やかさにおいて自らを見いだ
し︑理解しているのである︒ ハイデッガーの﹁既にあること﹂としての時間的既定性による負荷性格に対して︑場所的︑風土黒焦定性による負荷性格がこのようなものであるとすると︑風土とのかかわりにより負荷される我々の気分的有り方は限りなく豊富になってくる︒晴れた日の晴々しい気持︑梅雨のうっとうしい気持︑若葉の頃の生々した気持など︑﹁俳譜において季を持つあらゆる言葉をあげてもなおかかる有り方を尽 おし得ぬであろう﹂と和辻はいう︒ そして最後にかかる風土論の位置づけがなされている︒我々の存在構造には︑かかる負荷的性格のみならず自由の性格が︑﹁既にあること﹂とともに﹁予めあること﹂が属しており︑負荷されつつ自由であるところに︑我々の存在の歴史性が見られなければならないが︑その場合︑﹁既にあること﹂という負荷が︑ただ過去を背負うだけでなく︑風土をも背負うのであれば︑﹁風土的現象は人間の自 お由なる発動にもまた一定の性格を与えるであろう﹂︒道具としての衣食住が風土的性格を帯びることはいうまでもないが︑人間が風土的規定のもとに自らを見いだすものであるとすれば︑﹁風土の型は やがて自己理解の型とならざるをえない﹂とされるのである︒ ﹁風土﹂論文における﹁我々﹂と﹁もの﹂とのかかわりに関する部分の骨子は以上のようなものであるが︑﹁我々﹂同士のかかわりに関係する部分がいくらか残されている︒﹃存在と時間﹄ノートよりは前進しており︑﹃風土−人間学的考察1﹄第一章﹁風土の基礎理論﹂への展望も含むので︑次に見てみることにする︒ 八︑風土理論と人間学 ﹃存在と時間﹄ノートの道具と公共的世界に関する個所で︑和辻
は︑ハイデッガーと自分の相違点を次のようにいっていた︒﹁匿ω
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津山高専紀要 第31号
は︑我々自身でない気象において自己を理解することになり︑気候
の移り変りにおいても︑まず自己の移り変りを理解する︒また気候
が或る土地の地形︑風景などとの関連において体験される場合も同
様である︒例えば花を散らす春風において心を傷める自己を理解し︑
樹木の緑を萎えさす夏の日照りにおいて心萎える自己を理解する︒
しかしかかる自己理解は︑寒さを感じ︑花を歓ぶ主観としての我
の理解などではない︒かかる体験において我々はいちいちかかる主
観に眼を向けばしない︒かかる自己理解において我々は﹁感受し用
いる﹂というかかわりに入っているのである︒寒さを感ずる時には︑
着物を重ね︑火鉢に寄る︒それらがない時には体を寄せ合い︑ある
いは身を引きしめる︒花を歓ぶ時は︑花見をし︑友と飲みかつ歌う︒
炎暑には氷を食べ︑水を浴び︑高原に出かける︒これらの種々の手
段︑道具は風土と無関係に作り出されたものではなく︑﹁我々は風
土において自己を見︑その自己理解において我々自身の自由な形成 に止ったのである﹂と和辻はいう︒着物や家のつくりが︑それらを﹁作
る﹂かかわりより︑風土とのかかわりがより直接的であることを示
している︒その風土では使えない着物や家は無意味である︒食物の
場合も同様で︑或る風土特有の産物︑穀物︑野菜︑果物︑魚貝︑鳥
獣は﹁感受的なかかわりを地盤とする関心において食物として見出 ゆされたのである﹂といわれる︒
和辻はこのようにして︑﹁風土との感受的なかかわりにおける自 ゆ己理解が最も根源的な存在の理解である﹂とした上で︑これを地盤
として︑ハイデッガーが最も身近な交渉としている道具的なかかわ
りの分析を行う︒もっともこの場合も﹁働き用いる﹂かかわりとい
われたもののうち︑ハイデッガーが重視する仕事場における作る働
きの方は除外されており︑もともと風土との感受的かかわりにおい て和辻が重視してきた道具との﹁用いる﹂かかわりの方だけが問題とされる︒先に見たように︑例えば﹁寒さ﹂は我々を︑着物や火鉢の方向に﹁働きださせる﹂ものであり︑﹁暑さ﹂はそのようにして我々に扇子を用いさせるものである︒これを道具の側から見てみると︑例えば︑﹁着物﹂は﹁着る﹂ためのものであるが︑﹁着る﹂のはまず第一に﹁寒さを防ぐ﹂ためである︒そして﹁寒さを防ぐため﹂は﹁もはやそれ以上に何のためでもない︒我々は寒さを感ずると共にそれを防ぐ手段を見出そうとする︒だから︿ため﹀の関連はその終局するところに風土を指示しているといわなくてはならぬ︒我々は寒さにおいて自己を理解すると共に自己の自由にもとづいて︿防ぐため﹀という一定の方向を取る﹂と和辻はいう︒風土との感受的なかかわりなしに︑初めより働き用いるというかかわり方で道具に向うのではなく︑﹁何のために﹂から﹁何をもって﹂の手段に自らを指示する時には︑すでに感受的な宮己理解があらわにされているのである︒風土自身が例えば帆をはらます風︑豆腐を凍らせる寒さなどとして
﹁用いられる﹂場合も︑我々は風土のうちに出て︑そこから︑用い
るものとしての我々自身を感受的に理解しているのである︒
感受に始まった﹁感受し働き出す﹂動きは︑感受において結着す
る︒寒さで始まった動きは寒さが防げて結着を見るが︑寒さが防げ
たことの感受は︑暖くなったことの享受の意味を含んでいる︒着物
を着ることの第一義は寒さを防ぐことにあるとしても︑享受の方向
が積極的になれば︑我々は着物そのものを感受し︑肌ざわりの柔か
いもの︑さらには織りのよいもの︑染めの美しいものをもってでな
くては結着しなくなる︒道具を用いるかかわり方に︑感受の契機を 入れなければ理解し難いことであると和辻はいう︒
最後に残ってくるのは︑風土的情態性︑風土的負荷気分の問題で
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和辻哲郎『風土』形成期への一考察 一『存在と時間』との関係における一 戸田
七︑﹁我々﹂の風土理論の提示
昭和四年の﹁風土﹂論文は︑﹁風土︑即ち重る土地の気候地味地
形風景などが︑その最も根本的な意味においてはいかなるものであ
るか﹂を問題にする︑といわれているように︑風土の類型的展開で
はなく︑その基礎となる風土論の原理論である︒そのような基礎的
風土論を︑・和辻は︑すでに見てきたような︑﹃存在と時間﹄ノート
におけるハイデッガーの存在論の批判的拡張の上に立脚して展開し
ている︒ただ︑先のノートにおいては︑ハイデッガーに従って﹁現
存在﹂と﹁もの﹂との関係として扱われていたものが︑この論文で
は﹁我々﹂と﹁もの﹂との関係において扱われるようになる︒それ
はどのようにして行われるかということを焦点に︑細部を省略して
見てみることにする︒しかし﹁我々﹂と﹁もの﹂との関係は︑また
﹁我々﹂同士の関係と関係している︒これは和辻の﹁人間学﹂に直
結していく問題として次に見てみる必要のある問題である︒
和辻はここでは︑現存在の﹁外に出ている︵Φ×−○り一ωけΦ民Φ︶﹂とい
う有り方に注目し︑﹁風土のうちへ出ていると同時に人のうちへ出
ている﹂有り方を﹁我々の有り方﹂ととらえているのである︒
我々はまず一定の風土のうちに出ている︒和辻は︑かかる我々の
実存の一所性から入っていく︒そして﹁我々はすべていずれかの土
地に住んでいる︒従ってその土地の風土が︑我々の欲すると否とに
拘わらず︑我々を︿取り巻いて﹀いる﹂という極めて確実に見える
常識的な見方を提出し︑その見方そのものを根本的に洗い上げてい
くという現象学的な手法で︑風土という現象の真の姿を︑﹁風土的
情態性﹂において見ようとする︒
そのために和辻は︑ハイデッガーにならって︑﹁世にあるもの﹂
との最も身近なかかわりから始める︒しかしハイデッガーの﹁働き 用いるしといった配慮的かかわりよりも︑より身近なものは︑﹁感受的な自己見いだし﹂におけるかかわりである︒そこで和辻は︑﹁我々は寒さを感ずる﹂という極めて日常的な事実の洗い上げによってそれを示そうとする︒このかかわりが︑﹁寒気﹂の存在が︑﹁我々﹂の存在に迫ってきて初めて生ずる﹁我々が寒さを感ずる﹂というような関係でないことは︑﹁寒さを感ずる前に我々に向って迫りくる寒気を認めることができるか﹂を考えればわかることである︒ ﹁寒さを感ずるとき我々自身はすでに外気の寒冷のもとに宿っている︒我々自身が寒さにかかわるということは︑我々自身が寒さのうちへ出ているということである﹂と和辻はいう︒我々の主観がそれ自身のうちに志向的構造を持っており︑主観としてすでに﹁何かに向いている﹂もので︑かかる我々自身の有り方が﹁外に出ている︵露−ω韓興Φごということなのである︒我々はこのように外に出ているものとして︑反省を待つまでもなく︑自己自身に対しており︑自己は直接自己にあらわなのである︒我々は寒さのうちに出ているから︑
﹁我々は寒さを感ずる﹂ということにおいて︑﹁我々は寒さ自身の
うちに自己を見出す﹂のである︒いいかえると︑﹁寒さが初めて見出
されるときに我々自身はすでに寒さのうちへ出てい為﹂︒外に︑こ
の場合寒さのうちに︑出るということは︑寒さを感ずるという志向
的体験もそれに基づく︑我々自身の根本構造であって︑我々は寒さ
において自己を見出し︑まず自己を理解するのである︒
次に和辻は︑寒さという気象的現象に見た我々のかかわりを︑多
種多様な気象的現象の系列としての気候︑そしてその気候の地形︑
風景などとの関連に広げる︒我々のかかわりが﹁感受的な自己見い
だし﹂におけるものであるから︑我々が寒風の中から暖かい室内に
入ったり︑激暑の真昼に涼しい夕立に逢ったりすれば︑そのつど我々
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津山高専紀要第31号
えるかどうかという点にある︒ハイデッガーは︑﹁見まわしによっ
て配慮しながら出合わせるということ﹂は︑了解の方からでなく︑
情態性の方から見ると︑﹁見舞われる︵田WΦけ畳Ohh①口芝Φ﹁Ω①コ︶という
性格Lを持っているとして︑三つの場合を挙げる︒手もとのものが
く役立たなくなること﹀︑︿逆らっていること﹀︑︿脅かしていること
︵uJ①恥﹁O﹈μ=Oぴ囲Φ一け︶﹀であるが︑これらによって見舞われているこ
とが存在論的に可能になるには︑﹁内・存在そのものが︑内世界的
に出合うものによって︑このように襲われ︵四轟Φαq旨㈹8≦Φa9︶ うるように︑実存論的に予め規定されてい﹂なければならない︒つ
まり︑﹁この襲われは︑情態性に根ざしているのであり︑情態性と
して︑世界を︑例えば︿脅かしうること﹀に基づいて開示していた のである﹂︒情態性の本質規定として挙げられる︑ω首投性を開示
する働き︑②そのつど全体的世界・内・存在を開示する働きに続い
て︑㈹気分づけられてあることとして︑実存論的に︑現存在の世界
開放性︵ぐぐ﹁Φ化けOh囲Φ再びΦ一什︶を構成する働きとされるものがこれである︒
それ故こういわれる︑﹁恐れ︑もしくは恐れなしという情態性にあ
るもののみが︑環境的に手もとにあるものを︑脅かすものとして発 ゆ見できる﹂︒
和辻は︑﹁見舞われる﹂三つの場合のうち前二者は︑四で見たよ
うに配慮的交渉が︑道具とその欠如相において見出しうるものであ
るが︑三つ目の﹁脅かし﹂については︑﹁配慮的な交渉以外に交渉 の仕方のあることを許したものと見なければならない﹂ことを指摘
する︒そして︑恐れの情態性において脅かすものとして環境的に手
もとにあるものを許すのであれば︑﹁晴々しさの情態性において
晴々しきものを︑快さの情態性において快きものを︑
喜びの情態性において喜ばしきもの等々を︑手もとのもの として認めねばならない﹂という︒和辻はこれをさらに一般化して次のようにいう︑﹁気分に関与しうる限りのあらゆる風土的︑風景的な手もとのものは︑能動的に現存在の︿気分づけられてあること﹀ がに関与することになる﹂︒もしそういえるとすれば︑風土的なものに関する限り︑かの﹁見舞われるという性格﹂は︑いずれも予期しないことに﹁見舞われ門当惑させられる︵げ①時︒幣口≦興α8︶﹂場合に限られる必要はないのであって︑和辻はフ見まわしによって配慮しながら出合わせることは︑手もとのものの側から交渉していくという意味で交渉されるという性格︵O興○富田江興ユΦω ゆ①自9h8芝興α①ロω︶.を持つのでなくてはならぬ﹂という︒ここに︑既在的存在として﹁過去を背負う﹂という意味の﹁負荷性格﹂に︑
﹁環境世界の自然を背負う﹂という意味が加えられ︑現存在のU四
には︑﹁現﹂という時間的な意味に﹁そこ﹂という場所的な意味が
加えられることになる︒
﹁国民性の考察﹂ノート一−前文﹂の終りで︑﹁歴史的個体におけ
る特殊性︑個別性﹂について﹁唯一回性﹂をいうのであれば︑﹄
所性しについても見てみるべきであるといわれたが︑世界・内・存
在という生の構造の分析を通じて︑いまその一所性が風土的負荷性
格として明らかにされたといえよう︒そして和辻は︑このようにし
て明らかにされた﹁風土的・風景的情態性﹂は︑現存在の根源的な
実存カテゴリーであり︑そこから種々の情態性の類型︑従ってまた
現存在の類型への通路が開かれ︑かかるものとして﹁国民性﹂とい
うようなものもっかまえることができるであろうと︑このノートの
最後をしめくくっている︒
一30一