◎論説特集◎香港返還後一年
返 還 前 後
の 企 業 の 動 き
大槻正通・・⁝
はじめに
香港経済の主役は三つのグループに大別できる︒第一は
ジャーディン・グループ︑スワイヤー・グループなどの英
国系企業︒第二は長江実業︑新鴻基地産︑新世界発展︑會
徳豊などの華人企業︒第三は中國銀行︑CITICパシフ
ィック︑華潤公司などの中国系企業である︒
七〇年代以降の各グループの動きを大雑把にいうと︑七
〇年代後半から英国系企業の後退が目立ち始め︑これに代
わって華人企業グループが台頭しはじめる︒さらに︑九〇
年代に入ると中国系企業グループの進出が目立つようにな
っている︒香港返還後︑経済面での中国の影響が増大して おり︑中国系企業のプレゼンスは着実に拡大している︒中
国系企業の動向は返還後の香港経済をみるうえで︑無視で
きない重要なポイントのひとつである︒
そこで︑三つのグループの動きについて︑それぞれ見て
いくことにしたい︒
英国系企業グループ
在香港企業の動きを語る際に︑香港での事業活動の歴史
が長い英国系のコングロマリットであるジャーディン・グ
ループとスワイヤー・グループを抜きにすることはできな
い︒両グループとも利益の源泉は香港と中国の事業にある︒
ジャーデイン・グループの場合︑税引き前利益の半分強を︑
返還前後 の企 業の動 き 乃
スワイヤー・グループは九〇%以上を香港と中国での事業
が稼ぎ出している︒
ジャーディン・グループが香港をめぐる英中間の政治の
動きに敏感な対応を見せるとともに︑成長率の高い東南ア
ジア︑インド市場への進出を図っているのに対し︑スワイ
ヤー・グループは香港での事業で中国系企業との連携を深
めるという︑対照的な動きを見せている︒
のジャーディン・グループ
返還を控えた英国系企業の対応の中で︑最も大きな動き
を見せたのは︑香港で一五〇年以上にわたり事業活動を行
い︑香港財界の顔とも言うべきジャーディン・グループで
ある︒グループ全体で二二万人︑香港だけでも五万八〇〇
〇人の従業員を抱えている︒
ジャーディン・グループは一九八二年に香港返還に関す
る中英交渉が始まったころから︑香港との距離を置こうと
する姿勢が見え始めた︒香港返還に関する英中共同声明が
発表される九ヵ月前の八四年三月に︑カリブ海のタック
ス・ヘブンである英国領バミューダに本社登録を移すこと
を発表した︒天安門事件の翌年九〇年五月には︑香港での
上場は続けるものの︑主要上場先を香港市場からロンドン
市場に移し︑香港での上場を二次的なものとすることを明
らかにした︒同グループ傘下の不動産の大手企業であるホ ンコン・ランド︑小売り部門のデイリー・ファームなども
本社登録をバーミューダーに移すとともに︑国際化を進め
るという名目でシンガポール︑ルクセンブルクなどでの株
式の上場を進めた︒
九〇年頃から︑ジャーディン・グループは香港の証券当
局に︑同グループ傘下の企業に対する敵対買収を防ぐため
の特例措置を認めることを要求してきた︒この要求が認め
られなかったことから︑九四年三月に同グループの中核企
業であるジャーディン・マセソン・ホールディングスとジ
ャーディン・ストラテイジックが︑さらに九月にはデイリ
ー・ファームホンコン・ランド︑マンダリン・オリエンタ
ルが九四年一二月末で香港での株式上場を廃止することを
発表した︒
この決定は︑八八年に香港最大の華人企業グループであ
る長江・ハチソン・ワンボア・グループがホンコン・ラン
ドを買収しようとしたことが契機となった︒長江・ハチソ
ン・ワンボア・グループとは九五年までは敵対買収をしな
いとの紳士協定を締結し決着したが︑紳士協定の期限切れ
が迫ったことに加え︑中国︑香港での事業の急速な拡大を
続ける華人企業グループからの乗っ取りは︑特例措置なし
では防御が不可能と判断したものと見られる︒
ジャーデイン・グループがパッテン香港総督(当時)が
打ちだした香港の民主化案を支持したとして︑九二年末に カ
中国側から社名こそ挙げられなかったものの非難を受けた
こと︒同グループが落札したコンテナーターミナル建設を
めぐり︑中国側が入札のやり直しを求めるなど中国との関
係が悪化したことも︑その背景にあると見る向きが多い︒
九六年に入って中国とジャーディン・グループとの関係
は修復されてきた︒九六年一月の英中外相会談で︑これま
で難航してきた九号コンテナー・ターミナル建設につい
て︑ジャーディンをはじめとするコンソーシャム側と香港
政庁(当時)との話し合いの結果を尊重することで合意し
ている(なお︑九号コンテナー・ターミナルの建設につい
ては︑九六年九月にコンテナー・ターミナル運営会社によ
る既存のターミナルの株式持ち分などの変更を含む合理化
対策を中英間で承認したことで︑プロジェクトの開始が決
定している)︒中国側の香港問題の実質上の責任者である
魯平香港・マカオ弁公室主任(当時)はジャーディンの香
港の証券取引所への再上場を歓迎するとの発言までしてい
る︒
ジャーディン・グループは香港︑中国での事業展開を中
心に置きつつも慎重な姿勢を見せる一方で︑東南アジアな
どでの貿易︑流通︑サービス業の積極的な展開を見せてい
る︒八九年にはジャーディン・パシフィックを設立し︑香
港以外のアジア・太平洋地域での貿易︑流通︑サービス事
業を集中させた︒デイリー・ファームもオーストラリア︑ ニュージーランドなどで大手スーパーを買収︒九五年には
西友と合弁で︑日本での食料品のディスカウント事業を開
始している(なお︑この合弁事業は九八年に解消された)︒
マンダリン・オリエンタルも東南アジアでのホテル事業を
展開している︒
九六年四月にはインド最大の財閥タタ・グループとの資
本提携を発表した︒ジャーディン・グループの中核企業で
あるジャーディン・ストラテイジックがタタ・グループの
持株会社であるタタ・インダストリーズの株式二〇%を三
五〇〇万米ドルで取得するというもので︑今後は共同でイ
ンドのインフラ事業︑不動産事業などに乗り出すものとみ
られる︒
ロスワイヤー・グループ
スワイヤー・グループの発祥は一八六六年にさかのぼ
る︒現在︑同グループはキャセイ・パシフィック︑ドラゴ
ン航空を中核とする航空部門︑不動産部門︑砂糖︑清涼飲
料水などの食品部門などを擁すコングロマリットである︒
香港返還に関する英中合意により︑同グループもジャー
デイン・グループと同様のジレンマに直面することとなっ
た︒ジャーディン・グループがアジア地域での事業展開を
積極的に行っているのに対し︑スワイヤー・グループは事
業の中心をこれまで同様︑香港と中国に置く方針を明確に
返 還前後の企業の動 き 77
打ち出した︒同グループの主力事業が航空部門であること
がその背景にある︒
この経営方針の基盤となるのが︑中国系企業CITIC
パシフィックとの提携を中心とする中国との融和路線であ
る︒CITICパシフィックとの提携は︑八七年にスワイ
ヤi・グループの中核会社であるキャセイ・パシフィック
航空の株式の一二・五%をCITICパシフィックが取得
したことに始まる︒九二年には同じスワイヤー・グループ
傘下のドラゴン航空の株式二六・六%を取得︒その後持ち
株比率を四六%にまで高めていった︒九三年には両グルー
プ共同での大規模ショッピング・モール建設プロジェクト
も開始された︒九六年に入り︑スワイヤー・グループは中
国との融和路線を一層鮮明にしていった︒スワイヤー・グ
ループとCITICパシフィックは︑両者の保有するドラ
ゴン航空の株式のうちそれぞれ一七・六六%を中国政府民
航署の事業部門である中国航空公司に売却︒CITICパ
シフィックが保有する株式と合わせると︑中国系資本の持
ち分が六四・三六%を占めることとなった︒さらに︑CI
TICパシフィックはキャセイ・パシフィック航空の新株
を購入し︑持ち株比率を二五%へと高めた︒この結果︑ス
ワイヤー・グループのキャセイ・パシフィック航空の持ち
株比率は四三・九%へと低下した︒
このほか︑スワイヤーは︑セントラル地区のオフィス・ ビル︑ショピング街︑ホテルの複合ビルであるパシフィッ
タイク ンンク・プレスの開発︑太古城︑クォーリi・ベイ地区での大
規模な商業・住宅開発など大型プロジェクトを展開してき
た︒中国での事業展開も活発で︑これまでコンテナー港の
建設など二二のプロジェクトに約五億米ドルを投資してい
る︒
日カドリー・グループ
香港の九龍地区︑新界地区への独占的電力供給と中国広
東省への電力の輸出を行っている中華電力︑香港の最高級
ホテルの一つであるペニンシュラ・ホテルなどを傘下に持
つカドリi・グループも返還を前に中国系企業との共存共
栄の方策を打ち出した︒
九七年一月にグループの中核会社の中華電力とCITI
Cパシフィックが中華電力の発行する新株をCITICパ
シフィックが引き取ることで合意した︒中華電力が四億九
七六六万四〇〇〇株の新株を発行し︑CITICパシフィ
ックが一株当り三二・六六香港ドル︑総額で約一六二億五
〇〇〇万香港ドルで新株すべてを取得するという内容であ
る︒これにより︑最終的にはCITICパシフィックが中
華電力の株式の二〇%を取得することになった︒CITI
Cパシフィックの株式取得により︑カドリー一族の持つ株
式数は変わらないものの︑株式比率は三三・三%から二六・ 78