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先住民養殖業協会の設立 と活動

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(1)

先住民養殖業協会の設立 と活動

【要 旨】 カナダの太平洋沿岸部 において、

20

世紀を通 じて地域 を支え る一大産業 にまで成長 し たサケ漁業 は、現地 の先住民社会の経済的な 自立 も支 えてきた。 しか し

1 990

年代か らのサケ漁 業 の衰退 によ り、先住民社会 は経済的 自立を支える新 たな方途 を模索せねばな らな くなっている

そ こで一部 の先住民 に注 目されたのが、養殖業であ った。養殖業 に注 目した先住民の一部 は、 み ずか らの コ ミュニテ ィを再 び活性化 させ ることに成功 しているが、彼 らはそれだけに飽 き足 らず、

みずか らの成功を他の先住民社会 にまで拡大 しようと目論んでいる そのような先住民有志によっ て設立 されたのが、先住民養殖業協会である

本稿 は、 この先住民養殖業協会の設立背景 と現時点 における活動 を整理 し、かつその将来像 に ついて も若干 の分析 をおこな うものである

1 .

は じめ に

本稿 は、 カナダ太平洋沿岸 のバ ンクーバ ー島において近年発足 した 「先住民養殖業協会」

( Abor i gi nalAquac u

l

t ur eAs s oc i at i o n

,以下

AAA)

を と りあげ、 その設立背景、現時点での活 動 を跡づ ける ものである

これが本稿 の本来的な 目的であるが、 それ と同時に、 同協会の先住 民社会 における位置づ けの変化 について も若干 の分析 をお こな う

カナダ、太平洋沿岸 における養殖業、 と りわ けタイセイ ヨウサケ

( At l ant i cSal mo n)

の養 殖 を 目的 と した産業 に経済的な重要性 が付 され るよ うにな った

1 990

年代以後、 これ らの養殖 場 の近 隣 に住 む住民 の一部 は、 養殖産業 の可能性 に注 目 して きた。 養殖場 の近 くに居留地

( r e s e r ve )

を もつ先住民 も例外で はな く、彼 らの一部 はす で に

1 990

年 頃か ら養殖場 で働 きは じめ、多大 な利益 を得 るようにな っていた。 これ らの先住民 は、養殖業 に反対す る人 びとの 目 をかい くぐり、個別 に ‑ 先住民個人 あるいは個 々の クラ ンごとに ‑ 経済的利益 をあげて きたわけであ るが、 やがて これ らの人 びとのなかに、養殖業 か ら得 られ る利益 をみずか らの集 団内で独 占す るのではな く、 ほかの先住民 コ ミュニテ ィもふ くめた先住民社会全体 にまで拡大

しよ うと模索す る者 が現 れた。 それ らの有志 たちによって設立 されたのが、

AAA

である

現時点 で、

AAA

は、 カナダ太平洋沿岸では唯一 の、先住民 による先住民 のための養殖業協 会であ る

したが って、

AAA

について論 じることは、 カナダ太平洋沿岸 における先住民 と養 殖業 との関係 の全像 を うかがい知 るための、貴重な指標 にな ると思 われ る

(1 )。

2 .AAA

設立 の背景 ‑ サケ漁業 の衰退 と養殖業 の導入

AAA

設立 までの背景 を論 じるにあた り、

2

つの大 きな社会 ・経済 的な条件 が鍵 とな る

ま り、 この地域 に深 く根 ざ していたサケ漁業 の衰退 と、 その後実験 的に導入 された養殖業 の経 済的 「成功」 であ るこれ ら

2

点 については過去 に も拙稿 で論 じて きたが (立川

2002

,

2003

,

(2)

2 0 0 4

,

2 0 05

,

2 0 0 6

,

2 0 0 7

,

2 0 0 8

,

2 0 0 9;TACHI KAWA 2 0 0 8 )

、 本論 の 目的のため に も、 整理 し なお して要約 す る

2‑1

サケ漁業 の衰退

カナダの太平洋沿岸 は、現地 の植民地化、 あ るいは 「近代化」 が は じま った

1 9

世紀 後半以 後、 サ ケ漁業 によ って経済 的 に支 え られて きた。

1 87 0

年 頃 に缶詰加工業 と して導入 され たサ ケ漁業 は、 その後

2 0

世紀 の前半 にか けて、大 き く成長 を遂 げて い く

( KNI GHT 1 9 9 6:1 7 9 )

カナダ太平洋沿岸 は大 き く

1 )

フ レーザー

( Fr a s e r )

川河 口 (南部)、

2 )

中央沿岸部、

3 )

ナス

( Na s s )

・スキーナ

( Ske e na )

川河 口 (北部) とい う

3

つ の漁 区 に分 かれ るが、 この いず れ の 漁 区 に お い て も缶 詰 工 場 が 激 増 し、 そ れ に 伴 って 漁 師 お よ び工 場 労 働 者 も激 増 した

( NEWELL1 9 9 3 :5 0

,

71 ;

立川

2 0 0 9:

3

章)。

同地域 の先住民 は、 サケ漁業 の導入 当初 か ら積極 的 に この産業 に関わ り、 サケ漁業 の上記 の 成長 をおおいに支え ると同時 に、それに依存す る存在で あ った。多 くの場合、先住民 は リクルー ター制度

(1

人 の先住民 リクルー ターが労働者 を親族集 団単位 で雇用す る方法) によ って、集 団的 に雇 用 されて いた

( KNI GHT 1 9 9 6:1 7 9 ‑ 1 8 0 )

。 こ う して、 太平 洋沿岸 の先住 民 コ ミュニ テ ィは、 それ全体 がサケ漁業 に依存 してい ったのであ る

ただ、

2 0

世紀前半 の こ う したサケ漁業 の繁栄 は、 サケの乱 獲 を犠牲 に して生 まれ た事態 で あ り、 当然 なが らその反動 が後 に引 き起 こされ ることにな った。 また、 サケの乱獲 に加 え、林 業 にお ける乱伐 もまたサケの産卵場 を破壊 し、結果 と して

2 0

世紀後半、 と りわけ

1 97 0

年 頃か らサケが激減 す ることとな る

こう したサケの激減 を前 に、 カナダ政府 は漁業 の構造改革 で あ るデー ビス ・プラ ン

( Da vi sPl a n)

を実施 した り酵化場 を設置 した りす るな どの対処 をお こな っ たが、 サ ケ の減少 に歯止 めをか け るにはいた って いな い

( MEGGS1 9 91 :21 8 ‑ 21 9;NEWELL 1 9 93 :1 5 3 ‑ 1 5 4) 。

1 9 5 8

年 に開始 され た このデー ビス ・プ ラ ンは、 漁 師や加工 場 の数 を減 らす ことで、 単 に生 産量 を最大化 させ るよ りも、生産量 と消費労働力 の差 を最大化 す ることによ ってサケ資源 の維 持 とサケ漁業 の存続 をはか ろ うと した もの といえ る

漁業 セ クターに関 して い うと、具体 的 に は、 政府 は年 間 1万パ ウ ン ド以上 の漁獲 を誇 る大型 の漁船 に永久 ライセ ンス "A"を発行 し、

以後 この ライセ ンスの発行 をやめた上で、新 たに期 限付 きの さまざまな ライセ ンスを発行 した。

同時 に、漁 師 にライセ ンスを放棄 させ るための買 い戻 し政策 も実施 した (これは現在 で も断続 的 にお こなわれて い る)。 対 して加工業 セ クターで は、加工場 の合併 ・吸収、 閉鎖 な どが相 つ ぎ、最 終 的 にカナデ ィア ン ・フィ ッシング ・カ ンパ ニー

( Ca na di a nFi s hi ngCo mpa ny)

BC

パ ッカー ズ

( B. C.Pa c ke r s )

とい う

2

大企業 にほぼす べ て の業社 が吸収 された。 政府 は この よ うに、生産量 を最大化 させ るので はな く、 ‑ 主 と して労働者数 を削減す ることを通 じて の ‑ 生産額 と投資額 の差 を最大化 させ る ことによ って、利 潤 を得 ることがで き るよ うに試 みたわ けで あ る

( NEWELL1 9 9 3 :1 2 3 ‑ 1 2 8;

立川

2 0 0 9:

3

章)。

政 府 統 計 を み る と、 デ ー ビス ・プ ラ ン以 後 、

1 9 8 0

年 代 に はサ ケ漁業 の好調 ぶ りが窺 え る

( c f . CANADA

,

DFO 1 9 9 2 )

。 ただ、 デー ビス ・プラ ンにはい くつ かの落 と し穴 もあ った。 ま ず、

" A"

ライセ ンスほ しさに多 くの漁船 が重装備化 され たので あ るが、

1 9 8 0

年代 の好漁 時 の 収入 で さえ、 この重装備化 にかか った費用 にはみあわなか ったのである

( NEWELL1 9 9 3 :1 5 3 )

つ ぎに、 こ う した漁船 の重装備化 によ り、 "もた ぎる"漁 師 た ち、 と りわ け刺 し網 な ど小 規模

‑ 1 9 2‑

(3)

操業 を お こな って いた先住 民漁 師が、廃 業 に追 い込 まれ た。 最 後 に、残 った漁 師 た ちが みず か らの漁船 の重装備 化 にみ あ うだ けの漁獲 を得 よ うと した結 果、最 終 的 にサケの減少 は とま らな か った ので あ る (立川

2009:

3

章)。

1 990

年 の いわ ゆ る 「スパ ロー判 決

」 ( S pa r r o wde c i s i o n)

を受 けて、 カナ ダ太 平 洋 沿 岸 の先 住民 に よ る 「伝 統 的」 漁扮 活動 は、法 的 に、環 境 保全 につ いで優先 され る (つ ま り商業 的 な あ らゆ る漁 よ りも優先 され る) ことにな った

( MCNEI L 1 997:1 45 )

。 その

2

年 後 とな る

1 992

に は、 先 住 民 漁 業 戦 略

( Abo r i g i na lFi s he r i e sS t r a t e g i e s )

と呼 ばれ る方 針 が政府 か ら打 ちだ さ れ、先住 民 によ るサケ漁 は、 それが生業活動 の一環 で あれ、商業捕獲 を 目的 と した もので あれ、

優 遇 され るべ き もの と して さま ざまな処 置 が と られ る こ とにな った

( CANADA

,

DFO 2000:

1 4)

。 この よ うに、

1 990

年 代以後、先住 民 の サ ケ漁 を優遇 す る法 的 な環境 が整備 され て い った わ けで あ るが、 サ ケ漁業 の ほ うはそれ に反 して本 格 的 な冬 の時代 を迎 え るので あ る先述 した 乱 獲 、 それ に伴 うサ ケの減少 に加 え、 ライセ ンス買 い戻 し政 策 の ため、多 くの先住民漁 師 は ラ イセ ンス と漁船 を売 り払 って しまい、 もはや漁 を した くて もで きな い よ うな状況 に陥 って いた の で あ る

この とき ライセ ンスを売却 しな か った先 住 民 漁 師 た ち も、

1 990

年代 で あれ ば 「い

ず れ サ ケ資 源 は復 活 す る」 と希望 を もって い た。 しか し ‑ た とえ ば

2000

年、

2006

年 な ど の一 時 的 な好 漁 をの ぞ くと ‑ 、 サケ の減 少 と市 場価 格 の低 迷 の た め、 サ ケ漁業 の復 活 の 目 処 はい まだ立 って いない。

2‑2

サ ケ の養 殖 業 の導入

上 記 の よ うな サ ケ漁業 の衰 退 をふ まえ、 カ ナ ダ太 平 洋 沿 岸 で はサ ケ の養殖 業 の導 入 が

1 985

年 に試 み られ た。 現 在 で はマ ス ノスケ

( S pr i n gS a l mo n)

の養 殖 もわず か なが らみ られ るが、

昔 もい ま も、大 半 は タイセイ ヨウサケが対象 で あ る(

2

)

ブ リテ ィ ッシ ュ ・コロ ン ビア

( Br i t i s hCo l umbi a )

州 政 府 の 目論 見 どお り、 この養 殖 業 は経 済 的 にサ ケ漁 業 を補 完 す る勢 いで成長 をつ づ けて きた。 最 初

1 0

か所 しか なか った養 殖 場 も、

1 990

年 には

1 80

か所 にまで増加 した

( W ATHERS HEDWATCHSALMONS OCI ETY 2004:

3 )

。 生 産量 も、

1 997

年以 後、 サケ漁業 のそれ を上 回 って い る

これ らの養殖場 の ほ とん どは、

ノル ウ ェー系 の多 国籍企業 によ って運 営 されて お り、 そのなか には最大手 のマ リン ・‑ ‑ベ ス ト社

( Ma r i neHa r v e s t )

もふ くまれて い る (立 川

2008:27 9)

こ う した養 殖 場 の増 加 は、養殖業 の経済 的 な成功 、 ひいて は、 かつ てサケ漁業 が州 の経済 に 対 して果 た して きた役 割 を ひきつ いで い る証 と して と らえ られが ちで あ る

実 際 その よ うな見 方 が優 勢 で はあ るが、他方 でマ クロ経済 学 的 な観 点 か らみれ ば、養殖 業 の経済 的意義 は疑 問視 され るか も しれ な い。 た とえ ば、 ブ リテ ィ ッシュ ・コロ ンビア州 にお いて、養殖業 は生産量 で はサ ケ漁 業 を上 回 って い るが、 歳 入 で は及 ば な い し

( 2007

年 の段 階 で、 養 殖 業 は

2

8, 700

万 ドル、 漁業 は

3

5, 800

万 ドル)、 スポー ツ ・フ ィ ッシ ング業

( 6

7, 500

万 ドル) と比較 す る と、 ま った く相 手 に もな らな い。 また、 カナダ太 平 洋沿岸 で もっと も養殖場 が集 中 して い る バ ンクーバ ー 島 を例 に とる と、養殖 業 が生 み だす直 接雇用 は

2, 000

で あ るが、 この数値 は島 の 労働 力 人 口

60

万 か らす れ ば、 微 々た る もの で あ るただ、 こ う した マ ク ロな視 点 か らみ た統 計 は、 バ ンクーバ ー島の どこに養殖 場 が あ るか、 漁業 を引退 して職 に困 って い る人 口が どこに 集 中 して い るか ……な どの点 に、 当然 なが ら注 目 して いな い。 も しこれ らの点 をふ まえ るな ら ば、養 殖 場 が直 接 生 みだす約

2, 000の雇用 口は、 ほ とん どの場 合 、 同 島北部 の、 かつ て漁業 コ

(4)

ミュこテ ィであ った小 さな村 に提供 されていることがわか る それ故、 あ くまで 「衰退 した漁 業 を補完 す る」 とい う目的か ら考え るな らば、養殖業 はそれな りの経済 的効果 を果 た して いる

と結論付 けて も問題 ないよ うに思 われ る (立川

2 0 0 8:2 8 0 )

もっとも、養殖業の真 の問題 は、上記 の経済的貢献度 につ いてではな く、む しろ自然環境 な い し生態系破壊 とい う別の領域 にあるこうした環境面 への問題 として は、かねて よ り太平洋 に生息 して いたサケの種 (と くにギ ンザケ

Cohos al mon)

に対す るタイセイ ヨウサケの影響、

ステロイ ドをふ くむ餌 を投与す ることによる水質汚染 な どもあげ られたが、 もっともマスメデ ィ ア と法廷 を騒 がせ たのは、 サ カナ シラ ミ

( s e al i ce )

の問題 であ った。 これ まで、各地 の養殖 場 は開かれた海 に設置 されていたのであ るが、養殖場 で繁殖 したサカナ シラ ミが網 を とお して 外海 に流 れ、野生種 の稚魚 に寄生 し、 それ によ ってその稚魚 を死 なせ、 さらには野生種 の資源 数 を減少 させ るとい う問題 である (なお、養殖綱 内のサケはすで に成魚 なので、 サカナ シラ ミ が寄生 して も死 ぬ ことはない)。 と りわ けカラフ トマス

( Pi nks al mon)

の稚魚が海 にで るため の河 口に面 して い るブ ロー トン群 島

( Br ought onAr c hi pe l ago)

は、近 隣の養殖 場 か ら流 れで たサカナ シラ ミによ って野生種 カラフ トマスの稚魚 を大量 に失 った地域 として、生物学者 であ るア レクサ ンダー ・モー トン

( Al e xande rMor t on)

をは じめ、 彼女 を取材 したマスメデ ィア によ って有名 にな った場所 であるア レクサ ンダー ・モー トンによる批判 に対 し、政府 や養殖 企業 は、 みずか らが抱え る科学者 たちの 「彼女 の実験 は主観的で、科学 的根拠 に欠 ける」 とい う見解 を もって対峠 した。 この件 につ いて は

2 0 0 6

年 の

8

月、 ア レクサ ンダー ・モー トンによ る州 と養殖企業 を相手 どった訴訟 の立件失敗 を もって、一応 の決着 をみた(3)。 ただ、 ア レクサ ンダー ・モー トンの立件失敗 はあ くまで法 的なか らくり故 の ものであ り、 それまでの彼女 の科 学 的主張 自体 が正 しか った ことはむ しろ強調 された。 その こともあ って、 その後 のマスメデ ィ ア と社会 の反応 は、 む しろ反 一養殖業 に傾 いてい った (立川

2 0 0 8:2 8 3 ‑ 2 8 4 )

2‑3

先住民 の関わ り

カナダ太平洋沿岸で もっとも養殖場 が集 中 しているバ ンクーバ ー島のなかで も、 と くに

5

の水域 には数多 くの養殖場 が ある

その うち4つ は、 クワクワカ ワク ゥ

( Kwakwaka‑ wakw)

とい う先住民族集 団のテ リ トリーであ る (立川

2 0 0 8:27 4)

。 つ ま りクワクワカ ワク ゥは、他 の先住民族集 団以上 に養殖業 の影響 を受 けやす い存在 だ といえ る

これまで、 と くに 21世紀 に入 る以前、多 くのクワクワカワクゥの集団 ‑ とくにテ リ トリー 北部 に住 む集 団 ‑ は、地元水域 での養殖場運営 に対 し、反対 の立場 を とっていた。 その主 た る理 由は、養殖場が地元水域 の環境汚染 を引 き起 こす ことによ って、彼 ら先住民 だ けに認 め られた漁拶活動 (基本 的には自給用 の漁 である) に悪影響 が もた らされ ることを懸念 したか ら であ るこれ ら反 一養殖 を掲 げる集 団は、 かつて はサケ漁業 に携 わ る数多 くの漁師を抱 えて き た。 しか し彼 らは漁業 の衰退 に伴 ってサケ漁業 か ら撤退 し、 いまでは漁務 をお こな うのみであ

彼 らは漁業 の復活 を望 みつつ、現在 は先述 のア レクサ ンダー ・モー トンら反 一養殖 の生物 学者 らに与す ることで、 みずか らの漁捗 の場 を守 り、 また将来復活す るはずの漁業 の水域 を守

ろ うと、政治 的な ロビー活動 をお こな って きたのである

これ に対 し、 キ ャンベル ・リバ ー (

campbel lRi ve r )

な ど、 テ リ トリー南部 に住 む ク ワク ワカ ワク ゥの集 団には まだサケ漁業 に従事す る人 口が多 く残 ってお り、 これ らの先住民漁師 たちは、北部 に住 む同胞 とは対照 的に、 当初か ら養殖業 に高 い関心 を寄せてきた。彼 らが いま

‑ 1 94‑

(5)

なおお こな って い るサケ漁業 の不振 を、養殖業 が経 済 的 に補 完 して くれ る と考 え たか らにはか な らな い。 これ らの南部 の集 団で は、 お そ ら く

1 990

年 頃か ら少 しず つ、 と くに漁業 収入 の少 な い若 い漁 師 が 中心 的 に養殖 場 労働 に送 りこまれ て い った。 養殖 場 労働 は、

1

週 間住 み込 みで 仕 事 を し、 そ の翌 週

1

週 間 を休 む とい う

"7

7

休 "の制 度 で お こなわれ るのがふ つ うで、 労 働者 は この

1

クール に約

1 , 000

ドルの収入 が得 られ ることにな る

また、 フル タイム労働 とパ ー トタイ ム労 働 の選 択 が可 能 で あ るシ フ トを組 む上 で の こ う した柔 軟 性 や高額 な報 酬 、 また (仕事 もきつ いが)十分 な休 暇の保 障な どの点 が、若 い漁 師 の アルバ イ トと して注 目され、 キ ャ ンベル ・リバ ーで は先住 民 で あ るな しを問 わず、養殖 場 で働 く者 が急増 した。 また こ う した恵 まれ た アルバ イ トが あ ったか らこそ、 キ ャ ンベ ル ・リバ ーの先住 民 は不振 に喋 ぐサケ漁業 との 関連 を維 持 で きたの も事 実 で あ る

や が て キ ャ ンベ ル ・リバ ー の先住 民 ク ラ ンに は、

2000

年 ころにな る と、 クラ ン単 位 で養 殖 企 業 と契 約 を交 わ して新 たな事 業 に乗 りだす もの も現 れ る。W クラ ンの場 合、2000年 に当時 最 大 手 で あ った ス トル ト養殖 場

( St ol tSe aFar m,現 マ リン ・‑ ‑ベ ス ト) と契約 し、 養 殖 に

使 う網 の洗 浄 作 業 を開始 した。 また、

2002

年 に は、 マ リン ・‑ ‑ベ ス トとの契約 に よ り、 ブ ロー トン群 島 に点 在 す る養殖場 問 に物 資 を移送 す る新 事 業 に着手 して い るこの際 W ク ラ ン

1

隻 の輸 送 船 を購入 し、 また新会社 を設 立 して、 クラ ンの数 多 くの男性 を労働者 と して働 か せ、 彼 らに多 額 の収 入 を得 る機 会

( 5

1 0

休 の1クール で約

1 , 500

ドル) を与 え る こ とに成 功 した (

2008:2 87 ‑ 288)

こ う して、 経 済 的 な観 点 か らみ るな らば、養殖 業 ‑ の反応 の仕方 によ って、先住民 の クラ ン の経 済状 況 は、 真 っ二 つ に分 かれ ることにな った。一 方 で養殖 業 に反対 す るクラ ンは失業 に瑞 いで い るが、 他方 で養殖業 を擁護 す るクラ ンは同産 業 に よ る経 済 的恩恵 を得 て い るので あ る

3 .AAA

の誕生 と活動

3‑1 AAA

の設立

前 節 の最 後 で述 べ た よ うに、先住民 の一部 の クラ ンは、養殖 業 との積極 的なかか わ りに よ っ て、 す で に経 済 的 な利益 を得 る ことに成功 して い る

これ らの クラ ンの首 長 た ちは、 みず か ら の ク ラ ン成 員 に雇 用 を与 え るだ けで は満 足 せ ず、 ほか の集 団 の ‑ 同様 に養殖事 業 で経 済 的 自立 を果 た して い るその他 の先住 民 ク ラ ンの ‑ 首長 た ち と と もに、 その成功 を太 平 洋 沿 岸 の先 住 民 社 会 全 体 に まで拡 げ よ うと考 え た。 こ う して そ の よ うな

6

人 の先住 民 が

2003

年 夏 に 立 ちあ げたのか、AAAで あ る

AAA

の核 とな る メ ンバ ー は、

6人 の発 起 人 ‑

代 表 の リチ ャ‑ ド ・‑ リー

( Ri c har d Har r y)

の ほか、 アル ヴ ィ ン ・シウィ ド

( Al vi nSe wi d)

、‑ ロル ド・シウ ィ ド

( Har ol dSe wi d)

テ ッ ド・ウ ィ リアムス

( Te dW i l l i ams )

、 モーゼ ス ・マーテ ィ ン

( Mos e sMar t i n)

、パ ー シー ・ ス ター

( Pe r c ySt ar r )

と、 会計 の マ ‑ ゲ リ ト ・パ ー カー

( Mar gue r i t ePar ke r )

で あ る

さ らに

2008

年以 後 は、事業 コ ンサル タ ン トと して、過去 に養殖場経 営 の経験 のあ るノル ウ ェー 人 のオ ッ ド ・グ リ ドラ ン ド

( OddGr e yde l and)

が加 わ って い る

AAA

の事 務 所 は クワク ワカ ワク ゥの居住 テ リ トリーで あ るキ ャンベ ル ・リバ ーの、 ウ ィワ イカィ、 クィンサム

( Qui ns am)居留地 内の ビルの 1

室 にあ り、 ほとん どの場合、代表の リチ ャー ド・ハ リー とオ ッ ド・グ リ ドラ ン ド、 マ‑ゲ リ ト ・パ ー カー らが常駐 して い る

事務所 は ク ワ

(6)

クワカ ワク ゥのテ リ トリーにあるが、 この事実 はな に もAAAが本来 的にクワクワカ ワク ゥを 中心 に構成 された組織であることを意 味す る ものではな く、単純 にキ ャンベル ・リバ ーの立地 条件 の良 さによる ものである 実際、AAAの代表 の リチ ャー ド・ハ リー、そ してテ ッ ド・ウィ

リアムスは コース ト・セイ リッシュ

( Coas tSal i s h)

で ある し、 モーゼス ・マーテ ィンはヌー ・ チ ャー ・ヌルス

( Nuu‑ c hah‑ nul t h)

で ある

2005

年 に開設 されたウェブサイ ト(4)によると、代表 の リチ ャー ド・‑ リー以下、発起人 らに よ り発表 された

AAA

の掲 げ る理念 は、 「先住民 が ブ リテ ィ ッシュ ・コロ ンビアにお ける養殖 業 ゐ健全 で持続可能 な発展 に対 し、重要 な役割 を果 たす」 ことである ここで 「養殖業 の発展 に対 して重要 な役割 を果 たすべ き主体」 が

AAA

およびその正規 「会員」 ではな く、 あ くまで 不特定 の先住民 であ ることに注 目したい。 つ ま りAAAは、上記理念 を達成 し、利益 を得 るた めの対象 とい うよ りは、不特定 の先住民 に対 して支援 をお こな う補佐 的な組織 だ とみずか らを 位置付 けて いるのであるその証拠 に、 ウ ェブサイ トにはつづ いて

AAA

自体 の役割 が 「先住 民 の コ ミュニテ ィ、文化、価値 を尊重 し、支持す る形 での、 ブ リテ ィッシュ ・コロ ンビアにお ける先住民 による養殖事業 を推進 し、支援す ること」 と記 されている

. 。

なお、AAAは上記理 念 の主体 と しての先住民 として、つ ま り

AAAが支援すべ き対象 として、 とりわ け低収入や失

業 に悩 む若 い先住民が念頭 におかれて いると明記 して いる

2005

年以後、AAAはカナダ漁業海洋省

( De par t me ntofFi s he r i e sandOc e ans

,以下

DFO)

と 「先 住 民 に よ る養 殖 資 源 お よ び海 洋 の管 理

」 ( Abor i gi nalAquat i cRe s our c eand Oc e ans Manage me nt

,以下

AAROM)

の協約 を締結 した。 これ によ り、AAAは養殖業 を開始す る先 住民 の個人、 コ ミュニテ ィ、企業 に対す る技術 ・経済支援 に際 して

DFO

よ り経済援助 を得 る ことにな った。AAROM締結 による経済支援 は、 その ほか、AAAの組織維持 だけでな く、先 住民 が

AAA

に無料 で加入す る費用 と して も使 われて い る

なお、2009年 に この

AAROM

延長 されてい る。

AAA

の ウ ェブサイ トには入会 申 し込 み用 の フォームが用意 されているが、 こうい った申 し 込 み手続 きを経 て入会す る会員 は ご く少数 で あ る らしい。AAAの発起人 たちは 口をそろえて

「近年

AAA

に加盟す る先住民 は増 えて い る」 とい うが、正規 の入会手続 きが機能 していな い ことをふ まえ るな ら、 「なぜ彼 ら発起人 た ちは

AAA加盟者 が増加 しているとみなせ るのか」

とい う素朴 な疑問が生 じるもので ある

これ に対 し、 オ ッ ド・グ リ ドラン ドは

AAA

の年次大 会 や シ ンポ ジウムに参加す る先住民 の数 が増 えてい ることを もって、AAA加盟者 の増加 の証 とみな してい ると答 えた。つ ま り、概 してい うな らば、現在 の

AAA

は正規 の会員 で はな く、

AAA

のイベ ン トへ の参加者 やそれ らの協力者 た ちか らな るいわゆ る 「準会員」 た ちか ら構成 されているとみなす ことができるであろ う

発起人 の

1

人 である‑ ロル ド・シウィ ドによれば、

AAA

の開催 す るイベ ン トに参加 した り、 それ を協賛 した りす る先住民 ネー シ ョン

( Nat i on

, かつ ての 「バ ン ド

」 Bandで、現在 の先住民行政単位) の数 は、2009

年現在 において

3 4

存在 す る

3‑2 AAA

の活動

AAA

の活動 は、大 き く3つ に分 かれ るとい っていい。第

1

に、先住民 と養殖業 に向 けての さまざまな情報 の提供、第 2に、養殖業 との関連事業 に着手 しようとす る個人 や団体 に対す る 直接 的な助言 と支援、第

3に、現在養殖 されている水産資源以外 の新 たな資源 の養殖技術 の開

‑ 1 9 6‑

(7)

発 で あ る

以下 では、 これ らの活動 を、

AAA

の ウ ェブサイ トとイ ンタ ビューか らさ らに記述 す る

①情報 の提供

養殖 関連 の さま ざまな情報提供 の手段 と して、 まず ニ ューズ レターの発行 が あげ られ る

AAA

は これ まで に

5

回ニ ューズ レターを発行 してい るが、 その発行 の時期 は不定期 で あ る

た とえば第

1

号 が発行 されたのは

2005

3

月であるが、第

2

号 の発行 はそれか ら2年以上 た っ

2 007

1 2

月 であ る

3

号 はその

5

か月後 の

2008

5

月、 そ して第

4

号以後 は同年 の

1 0

月、

1 2

月、

2009

5

月 とい うふ うに、短 いスパ ンで発行 されている

後 の議論 か ら明 らか にな るよ うに、ニ ューズ レターの刊行時期 および各号 の刊行 され るスパ ンの長 さは、

AAA

の活動 その もの とおおいに関連 が あ る

つ ま りニ ューズ レターが頻発 され

2008

年以 後、

AAA

はそれ以前 に くらべ る と、 先住民社会 か ら多 くの支持 を と りつ け、 ま たよ り多 くの活動 を してきたのであ り、 それがニ ュ‑ズ レターの発行 回数 に影響 してい るので あ る

ニ ューズ レターの内容 をみてみ ると、 そのほ とん どが、 ある先住民集 団 と養殖企業 との新規 の契約 やその延長 につ いての情報、 あるいはワー クシ ョップの開催通知 であることがわか る

ケー プ ・マ ッジ

( CapeMudge )

の ウ ィワイカイ

( W e e wi akai )

とい うネー シ ョンの よ うに、

AAA

の正規 「会員」 ではない集 団が独 自に

‑ AAA

か らの直接的支援 を得 ることな く‑

ホタテの養殖 を開始 したニ ュ‑スで さえ、賞賛 を もって報告 している

その ほか、情報 の交換 ・共有 とい う点で は、 ワー クシ ョップな ど集会 の開催 も

AAA

の大 き な活動 の

1

つ といえ る

これまで、

AAA

は年次集会 の ほか、2005年 に大 きな ワー クシ ョップ、

また

2008

年 にはクワクワカワク ゥの首長会議 を開催 し、 それぞれ において成功 を収 めてい る

また、2008年 には、 ‑ 養殖 に対 して暖味な態度 を とって きた先住民首長 の多 くを 「改心」

させ ることにな った ‑ 養殖業先進 国 ノル ウ ェーへ の視察旅行 も組織 した。 これ らのイベ ン トは、養殖事業 に関心 のある先住民すべて に開かれてお り、 それ らの人 び とは必要 に応 じて起 業 に不可欠 な助言 を得 ることがで き る

。 2005

4

月 にキ ャンベル ・リバーで お こなわれた

2

日間の大 々的な ワー クシ ョップでは、起業 の手順、養殖 の対象、経済的支援 のあ り方、市場 の 動 向 (と くに中国の市場拡大 の例 が あげ られて いる)、世界各地 での先住民 による養殖事業 の 展 開、養殖事業 の成功 と失敗 の例 な どが議論 された。 この ワ‑ クシ ョップには DFO か らの講 師の ほか、 ニ ュー ジー ラ ン ドか らマオ リの代表 も招待 され、発表 と公開議論がお こなわれた。

②直接 的な経済 ・技術支援

この例 と して は、

2009

3

月 に実施 された貝類 の養殖 に関す る トレーニ ング ・キ ャンプが あげ られ る

このイベ ン トでは、貝類 の養殖 に関心 のある先住民 が、起業、土地 (養殖場 の区 画)確保 の手順、貝類 の種類、養殖場 のメ ンテナ ンス、市場 と事業 の管理 な どにつ いての講習 を受 け、 その後数 か所 の養殖場への実地見学 をお こな って いる

。 AAA

は このイベ ン トを組織 しただ けでな く、講 師の派遣 もお こな っている

③養殖技術 の開発

AAA

の発起人 たちは元 (あるいは現)漁 師であ り、 テ ッ ド・ウィ リアムスをのぞいて科学 に通 じた者 はいない。 しか しオ ッ ド・グ リ ドラ ン ドが加入 して以来、 タイセイ ヨウサケ以外 の 養殖 の可能 ぢ資源が模索 され るようにな っている

イ ンタ ビューの際、オ ッ ド・グ リ ドラ ン ド

はホタテの養殖技術の可能性 を示 した図を筆者 に見せて くれたが、そのほか ロック ・フィッシュ

(8)

( r oc k f i s h

,根魚 の

1

種) やセイブル ・フィ ッシュ

( s abl ef i s h

,ギ ンダラ科 の海水魚)、 ア ワ ビ、

ナマ コ、 ウニ、 ム‑ル貝、 ザル貝 な どの ‑ お もにバ ンクーバー島西岸での ‑ 養殖 の可能 性 が模索 されている

また、AAAは ‑ と くにブロー トン群 島で問題 にな ったよ うに ‑ 養殖場周辺 の環境保 全 にお いて、地域 に根 ざ した資源管理 をお こな うための中心 的な役割 を果 た して い る

。 AAA

は、地元水域 の環境管理 のイニ シアチブを握 る主体 が養殖企業 や国になるのではな く、先住民 白身 にな るよ うな、 理論 的整 合性 の あ る管 理 シス テ ムの開発 を ステ ィー ブ ン ・ク ロス博士

( Dr .St e phe nCr os s )

に依頼 した。 これ に対 してステ ィー ブ ン ・クロス氏 は 「環境維持 のため の先 住 民 によ る証 明

」 ( Abor i gi nalCe r t i f i c at i onofEnvi r o nme ntSus t ai nabi l i t y

,以下

ACES)

計画 と呼 ばれ るものを開発 した(

5 ) 。

この

ACES

計画 お よびそのなかの

AAA

の役割 を簡単 にい うな らば、以下 の よ うにな ろ う

まず、 養殖場 の周辺 の空 間を狭 い順 に 「養殖場 区画

」 ( f ar m)

、 その養殖場 をふ くむ 「居留地 区域

」 ( ar e a)

、 さ らにその区域 をふ くむ よ り広 い 「周辺地域

」 ( r e gi o n)

3

つ の レベル に分 け、 それぞれの管理責任主体 と して養殖企業、 (養殖場 のあ る居留地 を もつ)先住民 ネー シ ョ ン、

AAA

を設定 す る ものであ る

つ ま り先住民 は、 「居留地 区域」 レベルで は (居留地 を共 有す る単位 としての)ネー シ ョンと して、 それ よ り広 い 「周辺地域」 レベルでは

AAA

として、

環境管理 の責任 を もつ ことにな る

さ らに、 もし先住民 ネー シ ョンが養殖場 の経 営母体 とな っ た場合 には、 そのネー シ ョンは 「養殖場 区画」 とそれをふ くむ 「居留地 区域」 の両方 に責任 を 負 うことにな る

いずれの場合 も、AAAは 「周辺地域

レベルの管理 をにな うことにな る

具体 的 に この仕事 は、先住民 が養殖 をお こな う地域全体 に通 じた規準の作成 や、養殖場 間ある いは居留地 区域 間の調整 な どがふ くまれ る

4 AAA

の先住民社会における位置づけと将来の見通 し

4‑1 AAA

の位置づ け

先述 したように、昔 もいま も、先住民社会 の多数派 は養殖業反対派 であるつ ま り設立 当初 か ら、AAAは先住民社会 において、 どち らか とい うと孤立 した組織 であ った といえ るであろ

。 AAA

に とっての 「味方」 は、養殖企業、地元 の雇用促進 を願 う地方 自治体 の長、養殖 関 連 の雇用 を得 た労働者 たち (お もに白人 の元漁師たち) のみであ った。

繰 り返 すが、先住民社会 にお ける支持 が得 られなか った最大 の理 由は、 「養殖業 が環境 に悪 影響 を及 ぼすであろ う」 とい う社会 的不安 であ る

対 して養殖場側や政府 は、 その懸念 が科学 的根拠 に欠 ける もの と反論 して きたわ けであ るが、 だか らこそ、 ア レクサ ンダー ・モー トンに よる立件 は、 この件 に決着 をつ けるもの として期待 された。結果的 に彼女 の立件 は失敗 したの で、一見、養殖場 (と政府) の勝利 に終わ ったかに思 われた。 しか し実際 には、 この事実 はす ぐさま先住民社会 における

AAA

の位置づ けをす ぐさま好転 させ ることにはな らなか った。 ア レクサ ンダー ・モ‑ トンは立件 に こそ失敗 したが、 みずか らの主張 の科学的正 しさはほぼ立証 されたに等 しく、 かえ ってマスメデ ィアや連邦議員 な どが彼女の肩 を もったか らであ る

この件以後 に起 こったできごとを列挙す ると、以下 のよ うにな るであろ うまず、 マ リン ・

‑ ‑ベ ス ト社 が、論争 の的 とな っていたブロー トン群 島か ら養殖場 の一部 を 自主 的 に撤退 させ た。つ ぎに、マスメデ ィアがア レクサ ンダー ・モー トンか らの立件手続 きを断 った ビル ・スマー

‑ 1 98‑

(9)

ト弁護士 を批判 した後 に、バ ンクーバ ー島北部選 出の州議会議員 が

5

年以 内にすべ ての養殖場 を 自然 の海 域 か ら隔離 させ るため、 その検 討委員会 を設 置 しよ うと して い る ことを記事 に し た(6)

。2 0 0 9

年現在、 まだ ほ とん どの養殖場 は海域 にあ るが、 それで も一部 は海域 か ら隔離 され るよ うにな ってお り、 その傾 向はい っそ う進 んでい くもの と思 われ る

総 じて い うな らば、立件 の失敗以後、AAAをふ くむ養殖業擁護派 には厳 しい状況 がつづ い た といえ るであろ う

ただ、 このよ うな

( AAA

に とって は)厳 しい社会状況 の最 中にあ って、

AAA

を と りま く先住民社会 の対応 は、

2 0 07

年 か ら少 しずつ軟化 しつつ あ るた とえ ば クワク ワカ ワク ゥ社会 で は、 かつ て反 ‑養殖 を表 明 して いた クア ドラ

( quadr a)

島ケー プ ・マ ッジ に居留地 を もつ ウ ィワイカイ ・ネー シ ョンが、

2 0 0 8

年 よ り居留地 内でホタテの養殖 を開始 し、

また 同集 団 の首長 で あ るラル フ ・デ ィ ック

( Ral phDi c k)

2 0 0 8

年 の

AAA

の会合 にお いて 指揮 を とるにいた っている

さらには、かつて養殖業 に両義的な態度 を表明 してきた フオー ト・

ルパ ー トの ク ワキ ウ トル

( Kwa ki ut l )

・ネー シ ョンで も、

2 0 0 8

年 に首長 の ジェー ムズ ・ウ ォ ル カス

Oame sW al kus )が AAA

の企画 したノル ウェーへの養殖場視察 ツアーに参加 し、AAA のニ ューズ レターにてみずか らの養殖業 に対す る印象 の変化、 と りわ け東南 ア ジアにお ける陸 上 でのエ ビの養殖 へ の関心 を強調 して い る(7)。 この よ うに、 と くにクワクワカ ワク ゥ社会 にお いて は、養殖業 そ して

AAA

をめ ぐる態度 は明 らか に軟化 して きている

さ らに、 先住民社会 の外部 において もAAAの評価 はい っそ う高 くな ってい るもともと先 住民社会 の外、 と りわ け養殖業界 や地方行政単位 の長 た ちか らは好意 的なまな ざ しを得 ていた

AAA

で あ るが、

2 0 0 8

11

月 には

TheMi d‑ I s l andSc i e nc e

,

Te c hnol ogya ndI nno vat i onCounc i l Awar dの技術 指導部 門 に ノ ミネー トされ、 その努力 が 目に見 え る形 で評価 され る こ ととな っ

た ( 8 ) 。

AAA

をめ ぐる態度、 と くに先住民社会 内部 にお け る態度 が急激 に変化 しつつ あ る理 由につ いて、筆者 は明確 な回答 を もたない。 ただ、 あ くまで推論 の域 を こえないが、 その理 由につ い て、以下 の

3つの仮説 を提示す ることはで きる

1

に ‑ これ につ いては別 の機会 に拙稿 (立 川

2 0 0 8)

で も述べ たが ‑

2 0 0 6

年 のア レクサ ンダー ・モー トンによる起訴 の失敗 は、養殖業反対派 のなか に も科学 に対す るあ る種 の 幻滅 を抱 かせ た ことであるこの事件以前、先住民 か どうかを問わず、社会 は科学 こそが現地 の養殖場 問題 に決着 をつ けるであろ うと期待 して いた。結果 的 に、反対派 が支援 して きたア レ クサ ンダー ・モー トンの科学 的実験 の正 しさは証 明 されたわ けであるが、結果 と して彼女 の立 件 は失敗 に終 わ った。 もちろんその後、 マスメデ ィアを筆頭 に、世論 は彼女 を後押 しして きた が、 それで も反対派 の人 び とのなか には、科学 が社会 に対 して もつ力 の限界 を痛感 した者 もい た とい うビル ・スマ‑ ト弁護士 が最 終 的 に この立件 を無理 だ と判 断 した よ うに (本 稿 の注

( 3 )

を参 照)、科学 的正 しさ もまた法 的なか ら くりの前 で は無力 で あ ることを知 った反対派 の 一部 の先住民 は、 こう した科学への失意 によ り、 なか ば諦 め半分 で養殖業‑の態度 を軟化 させ た可能性 が あ る

2

に、上記 のア レクサ ンダー ・モー トンによる立件失敗以後 に、養殖場側 が とった迅速 な 対応 ‑ 問題 の ブ ロー トン群 島か ら養殖場 を撤退 させ、 また一部 の養殖場 を 自然 の海域 か ら 分離 させ て運 営 させ は じめた ことな ど ‑ が、反対派 の一部 を説得 した ことが あげ られ る 筆者 が別 の機会 に論 じた よ うに、現地 の養殖 をめ ぐる環境 問題 は、 じつ は科学 (厳密 には生物 学)領域 の問題 とい うよ りはむ しろ社会領域 の問題 なのであ る(9)。環境 の問題 が じつ は社会 的

‑ 1 9 9‑

(10)

な レベル の問題 で あ るな らば、 「あ る企業 が論 争 の的 とな る場所 か ら養殖場 を撤退 させ た」、

「あ る企業 が一部 の養殖場 を陸上 に移 した」 とい う部分 的で しかない事実 が、 養殖 業全体 の態 度 を示す象徴 的行為 として受 け取 られ、社会全体 を説得 で きるよ うにな ることもおおいにあ り 得 ることなのであ る

3

に、 これ まで反対派 が抱 いて きた理想、 つ ま りサケ漁業 の復活 とい う将来 的展望 が、 い まだ に実現 されて いない とい う現実 が あげ られ るで あろ う

サケ資源 の増加、 ひいて はサケ漁 業 の復活 は、養殖業 に賛成 であろ うと反対 であ ろ うと、先住民社会全体 において、彼 らが望 む 将来像 で あ った。 しか しサケ資源 の減少 は とどまることを知 らず、 それ に加 えてサケの市場価 格 の低迷 もあ り、 サケ漁業 はいまだ復活 の兆 しさえみせていない。 これ まで養殖 関連 の仕事 を しつつ も、 みずか らの本業 をサケ漁業 の操業 だ とみな して きた

W

クラ ンも、

2009

年 には とう と う漁業操業 を中止 した (もちろん これ は、2009年 シーズ ンの話 であ って、

201 0

年以後 はま た漁 にで るか も しれない)。 この よ うな状況 にお いて、 もはやサケ漁業 の復活 をま って い られ ないほ どに経済状況 が窮迫 して しま った クラ ンやネ ー シ ョンがでて きて も、 なん ら不思議 はな い。先述 の ウィワイカイによるホタテ養殖 の開始 や クワキ ウ トルによる養殖 への態度 の変化 は、

ま さに この理 由か ら説 明で きると思 われ る

4‑2 AAAの将来 につ いて

以上 で述 べ て きた よ うに、AAAは これ まで い くつ かの困難 に直面 したが、着実 にそれ らの 困難 を乗 り越 えて、先住民社会 のなか に浸透 しつつ あ る

しか しだか らとい って、今後

AAA

が さ らに先住民社会 に受 け入 れ られて い くとみなす論拠 はない。 と くに

AAAが確 固た るメ ン

バ ー シ ップを もたない点 は、AAAの将来 に不安 をのぞかせ る一 因で あろ う

バ ンクーバ ー島の先住民 をふ くめたカナダ太平洋沿岸 の先住民労働者 のための支援 団体 と し て、 過 去 には 「ブ リテ ィ ッシ ュ ・コ ロ ン ビア先住 民 同胞 団

」 ( Nat i veBr ot he r hoodofBr i t i s h Col umbi a

,以下

NBBC)

や 「太平 洋沿岸先住民漁業者協会

」 ( pac i f i cCoas tNat i veFi s he r me n As s oc i at i o n

,以下

PCNFA)

な どが あ った。 これ らの組織 はサケ漁業 に従事 す る先住民男性 の 漁 師 や缶詰 工 場 で働 く先 住 民 女 性 に と って の、 いわ ば 「労働 組 合

」 (1 0)

と して機 能 した (cf.

DRUCKER 1 95 8;GRADSTONE andJAMI SON 1 950;

立川

2 007 )

。 これ ら 「労 働組合」 と

AAA

を比較 してみ ると、 明 らか に両者 は メ ンバ ー シ ップの制度 の点 において違 いが あ る

ま り、一方 で

NBBC

および

PCNFA

には明確 な メ ンバ ー シ ップ制度 が あ ったの に対 し、AAA にはか よ うな メ ンバ ー シ ップ制度 が欠如 してお り、 ただ不特定 の先住民 に対 して ワー クシ ョッ プやその他 のイベ ン トの情報 を流 して い るのみで あ るメ ンバー (と非 メ ンバ ー) の境界 が明 白な労働組合 の場合、実 際 に

NBBC

pCNFAが そ うで あ った よ うに、 メ ンバ ー に加入 さえ

す れ ば、組合 はそれ らの人 び とに対 して教育、福祉、労働条件 な どの面 で強力 に支援 をお こな うで あろ う し、少 な くともそ うす るための説 明責任 を負 う

また、 メ ンバ ーの会費 が組織運営 資金 とな るか ら、組織 自体 も強 固 にな りやす い。 それ に対 し、組織 の外縁 のぼや けてお り、 メ ンバ ー と非 メ ンバ ーの境界 が あいまいな

AAA

の場合、必然的 に、 その組織 自体 が強 固 にはな りに くい と考 え られ る

。 AAA

に とって、財政 的、社会 的 に支援すべ き対象 とな るメ ンバーは、

その姿 が ほ とん どみえない。 また、現 在 で こそ財政 的 に

DFO

に支援 されて い る ものの、 も し この財政支援 が打 ち切 られた場合 には、 メ ンバ ーか らの会費 にさえ当て にで きない状況 である

明瞭 な メ シバ ‑ シ ップを もたない とい うことは、簡単 に考 えて も以上 の よ うな問題 に突 き当た

‑ 200‑

(11)

しか しなが ら、現時点 に限 ってい うと、明瞭な メ ンバー シップを もたない ことこそが先住民 社会 にお ける

AAA

の浸透、 ひいては養殖業 の浸透 を もた らしていると考 え られ るか もしれな い。 サケ漁業 を扱 っていた

NBBC

PCNFA

とは違 い、養殖業 を喧伝す る

AAA

は、 設立 当 初、先住民社会か ら孤立 していたに等 しい。 こうした状況で明瞭なメンバー シ ップ制度 を とり、

会費 を とった と して も、組織 の先住民社会 における浸透 も、組織 の拡大 も見込 めなか ったであ ろ う

それに対 し、明瞭なメ ンバー シ ップ制度 を とらず、 メ ンバー と非 メ ンバ ーの境界 をあい まいに した ことで、AAAは潜在 的 にすべての先住民 に門戸 を開 いた ことにな り、 そ してその ことこそが現 時点での

AAA

の先住民社会 における浸透 につなが った とみ ることもで きる の点 につ いて、AAAの発起人 の

1

人 であ る‑ ロル ド・シウ ィ ドは、AAA

NBBCを比較 し

て以下 の よ うに興味深 い発言 している

「[

私 が]NBBCを受 け入 れ られ な いの は、 それ が極 端 な方 向 にい って しま ったか らだ。 あれ は とにか く会 員 の 利 益 の た め な らな ん で もす る労 働 組 合 な ら "あ るべ き"姿 か も しれ な いが 、 そ れ に よ って

[ NBBCの]会員 でな い先住民、 [ NBBCの会員 なの に利益 を受 けな い] 内陸 の [

サケ漁 をお こなわ な い]

先住 民、 [加工企 業 で あ る]BCパ ッカー ズや カナデ ィア ン ・フ ィ ッシ ング ・カ ンパニ ー と喧嘩 ぽ っか りし て い るの は よ くな い。 サケ漁業 が衰退 した い ま、私 はすべ て の先住 民 に とって養殖 が利益 にな る、 と くに 若 者 に と って明 るい未来 を もた らす と信 じて い る。」

先述 した よ うに、 ケープ ・マ ッジ ・ネー シ ョンは

AAA

の主催 した ワー クシ ョップに参加 し、

また見学 ツアーに参加 した ものの、全面的に

AAAか ら支援 を受 けてきたわけではない。 フオー

ト・ルパ ‑ ト・クワキウ トルの ジェームズ ・ウォル カス首長 の場合 もそ うであ った。 あ くまで

AAA

は、 これ らのネー シ ョンが下す 自主 的な合意 に任 せているこうした 「各 ネー シ ョンの 自主性 を重 ん じる」姿勢 ‑ これ こそが上記ハ ロル ド・シウィ ドのい う 「極端 な方 向 にい っ て しま った

」 NBBC

の対極 にあ る姿勢 であ る ‑ 、敷宿 していえば、 暖味な 「会員」 に対す る 「どっちつかず」 の態度 こそが、段階的な

AAA

へ の支持 の増加 に貢献 してい るといえ るで あろ う

とはいえ、AAAが今後 もさ らな る発展 をつづ け るとい う保証 はない。 クワキ ウ トル ・ネー シ ョンの首長 であるジェームズ ・ウ ォルカスは、 みずか らの養殖業への支持 を、 と くに 自然 の 海域 か ら分離 して (お もに陸上 で)運営 している もの に限定 している

この ことか らもわか る よ うに、今後、現地 の養殖場経営 は、海域 か ら分離 した方 向へ と移行せ ざるを得 な くな ると思 われ るもしそ うな ると、‑ ロル ド・シウィ ドが懸念す るよ うに、 これまで以上 の多額 の出費 を嫌 って養殖企業が カナダか ら撤退 して しま うことも考 え られ る

そ うなれ ば

AAA

の これ ま での努力 も水 の泡 と化 して しま う

ここに第

2

の問題 が浮かびあが るつ ま り、現在 カナダ太平洋沿岸 にて運営 されてい る養殖 場 の ほ とん どが、地元 カナダの企業 ではな く、 ノル ウ ェーの多国籍企業である点 であ る

現時 点 で は、 これ ら多額 の資本 を もつ ノル ウ ェー企業 は環境面 な どで社会的な批判 を受 けた場合 で あ って も、迅速 にその間題 を処理す ることでその批判 を回避す ることにある程度成功 してきた。

しか しカナダにおいて、海域 か ら分離 した、 はるか に高額 の設備投資を要求 され る養殖場運営 が よ りい っそ う求 め られた場合、 これ ら外国企業が カナダか ら撤退 し、海 中で よ り安 く運営で

(12)

きるチ リな どに移転 させ ることもおおいにあ り得 る

そ して最後の問題 と して、万 が一 この まま

AAA

が拡大 した場合、 明瞭な メ ンバ ー シ ップ制 度 を とらない現在 の方式 に限界 が生 じるであろ う点があげ られ るもし明瞭な メ ンバ ー シ ップ 制度 を とった場合、AAA

NBBCがた どった同 じ道筋 ‑

企業 との衝突、AAA内の先住民 ネー シ ョン同士 の利害衝突 な ど‑ をた どる可能性 もある

以上 の よ うな将来 的不安 もあ るが、少 な くとも現 時点 では、AAAは先住民社会 の経済 的復 活 の鍵 を握 っている点 に疑 いの余地 はない。今後 もその動 向を注意深 く観察 してい く必要があ

(1 )本稿 は科学研究費補助金 (

若手研究

B)

「カナダ先住民の経済的 自立 をめ ぐる人類学 的研究(課題 番号 :

2 07 2 0 2 3 7

、代表者 :立川陽仁) による

2 0 0 8

年、

2 0 0 9

年 のカナダでの調査 を もとに書 かれてい

( 2 )

ただ しこれはサケの種 にか ぎった場合 であ り、本稿 の第

3

節以後で も述べ るよ うに、 カナダの太平 洋沿岸では貝類 の養殖 もまた多 くの場所 でお こなわれている

( 3 )

ア レクサ ンダー ・モー トンか ら立件 を依頼 された弁護士 の ビル ・スマー ト

( Bi l lSma r t )

氏 は、「あ る生態系 に異 なる生態系 の生物 を放 出 してはな らない」 という法 にブロー トン群 島の養殖場が違反 し、

州政府 はそれを黙認 した ことで立件 しよ うと した。 しか し彼 に とって、 ここに問題 とな ったのは、

放 出

( r e l e a s e )

とい う言葉 であ った。 「放 出」 とい う言葉 には、多かれ少 なかれ、意 図的 にそ う し た とい う意味が含 まれ る この点 で、 ビル ・スマー ト弁護士 は養殖場が意 図的 にサカナ シラ ミを海 に 放 出 した ことを立証す るのはむずか しい と判断 し、立件 を見送 ったのであるなお、 この事件 はブ リ テ ィッシュ ・コロンビア州 およびバ ンクーバー島の各新 聞で報 じられたが、筆者 はそのなかで もと く に 日刊紙 『バ ンクーバー ・サ ン

( Va nc o uve rSun) 誌 ( 2 0 0 6

8

1 2

日付) を参照 してお り、 さ ら にこの件 の詳細 は拙稿 (立川

2 0 0 8:2 83 ‑ 2 8 4)

に も記 している

( 4)AAA

ウ ェブサイ トの

URL

ht t p: / / www. a bo r i g i na l a qua c ul t ur e . c o m/ ho me . ht m ( 2 0 0 9

1 0

1 9

日現在)。

( 5 )先住民がカナダ国内で環境保護 のイニ シアチブを とろうとす る動 きは、近年 ます ます増加 している

この場合、彼 らは 「伝統 的生態学 的知識

( Tr adi t i o na lEc o l o g i c a lKno wl e dg e )

を駆使 し、 地域 に根 ざ した環境 の管理

( Co mmuni t y‑ ba s e dMa na g e me nt )

をお こな うことを 目指 してい る (岩崎 ・グ ッ ド マ ン

1 9 9 9;

大村

2 0 0 3 ;

立川

2 0 03 )

。 この

ACES

計画 の理念 もまた、 カナダに流布す るこうした理念 を共有 した もの として理解 で きる なお、

ACES

計画 の詳細 は、

AAA

ウ ェブサイ トにあ る同名 の報 告書 の

PDF

フ ァイル

( ht t p‥ / / www. a bo r i g i na l a qua c ul t ur e . c o m/ r e s o ur c e s / ACESRe po r t . pdf

,

2 0 0 9

1 0

1 9

日現在) を参照。

( 6 )

『キ ャンベル ・リバー ・ミラー

』 ( Ca mpbe l lRi ve rMi r r o r )

( 2 0 0 7

5

2 3

日付) を参照。

( 7 )

詳 し く は

2 0 0 8

年 冬 に 発 行 さ れ た

AAA

の ニ ュ ー ズ レ タ ー の

PDF

フ テ イ ル

( ht t p: / / www. a bo r i g i na l a qua c ul t ur e . c o m/ ne ws l e t t e r / ne ws l e t t e r ̲ wi nt e r ̲2 0 0 8. pdf

,2

0 0 9

1 0

1 9

日現 在)を参照。なお、 ジェームズ ・ウォルカス氏 は、伝統的にもっともランクの高 いクワキウ トル ・ネー シ ョンの首長 であるとい うだけでな く、現在 の クワクワカワク ゥ社会 において もっとも多 くのサケ漁 船 を所有 している同社会屈指 の漁業漁師であ り、 かつ 「サケ漁業復活論者」 であ ったか ら、彼が養殖 を支援す るコメ ン トを発 した ことは、注 目に値す る

( 8 )

詳 し く は

2 0 0 8

年 冬 に 発 行 さ れ た

AAA

の ニ ュ ー ズ レ タ ー の

PDF

フ ァ イ ル (

ht t p‥ / / www. a bo

ri

g i na l a qua c u

l

t ur e ・ c o m/ ne ws l e t t e r / ne ws l e t t e LWi nt e L 2 0 0 8. pdf

,

2 0 0 9

1 0

1 9

日現 在) を参照。

‑ 2 0 2‑

参照

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