貨 幣 數 量 説 と ケ イ ン ズ 物 價 理 論
︵ 二 )
河 本 博
介
日 次
l貸鞄数量説と﹁貨櫓改革論﹂
.序
二貨櫓数量説の二つの類型と﹁貨幣改革論﹂
≡若干の吟味︵以上前号掲載︶
甘Ⅱ﹁貨格論﹂に於ける物価の理論 ︵以下本号掲載︶
.一
﹁貨
簡改
革論
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貨幣
論﹂
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− 貿 鞄 数 蒐 説 の 基 本 的 性 柏 1
基本方程式の構造と意味
三動態理論としての基本方程式 ︵以下次号予定︶
I そ の 批 判
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閉山﹁一般理論﹂に於けるケインズ体天と物価理論
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1−一
一九三六年のケインズの﹁一般禦巴が︑今日の理論経済学にとって革命的な理論としての影響をもつものであったこ
とは︑今旦ケイシズ革命﹂︒の言葉さへ用いられるに至ったことによっても明らかであらう︒しかしながらケインズの
賃櫓数山肌脱とケインズ物価理論四七
経 営 と 経 済
^ 四
出発点となったものは︑彼の師︑マーシャルの忠実な弟子として古典派経済学の基盤の上に立つものであったが︑ケイ
ンズの長い学的生涯を通じて次第に古典派経済学を脱却するに至り︑遂にご般理論﹂の体系にまで到達したものであ
っ た
古典的貨幣理論から近代的貨幣理論への発展に於いて︑ケインズの辿った過程は如何にして貨幣数全説を克復したか ︒
と云う︑形をとったものとして規定するととを得るであらう︒ケインズが古典派経済学の忠宍な使徒である限りに於い
て︑古典派理論を支えるととろの貨幣数量説の信一本者の域を脱するものであり得なかったととは︑一般の経済学者と同
様であった︒ケインズが﹁貨幣改革論﹂に於いて用いた理論的な分析要共が︑古典的なケムプリ
γヂ流の貨幣数量説で
あったこと︑従って彼がご般理論﹂に至るまでの道程は︑﹁貨幣改革論﹂から﹁貨幣論﹂を超えての長い思案の過程
であり︑貨幣数量説の克復の歴史であったととは前号に於いて︑問題として指摘したととろである
o勾さて本号以下に於いては問題の発展上︑ケインズの﹁貨幣論﹂をとりあげて﹁貨幣改革論﹂からの発展の跡を辿り︑
彼が﹁貨幣論﹂に於いて展開した物価の理論が如何なるものであったかを︑その中心課題たる基本方程式に即して考察
し︑更にご般理論﹂に至るその発展の意味を吟味してゆくととにしたい︒
﹁貨幣改革論﹂が公刊されたのは一九二三年であるが︑当時の第一次大戦後の経済的混乱のなかにあって︑英国の当面
する経消的不安定がケインズの忠索の上に多くの刺戟を与へたであらうことは︑容易に推察し得るところである︒
例へばケインズが解明せんとした若干の問題として︑インフレーションとデフレーションとの問題︑或ひは貨幣制度の
将来の問題としての金本位制度と管理通貨制度との問題等がある︒ケインズの﹁インドの通貨と金融﹂(同三宮ロの
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・)に於いて︑またその後の彼の発展を通じて知り得るととは︑彼がその日棋としたととろが物価安定
zにあったのであるが︑経済的調放が物価操作によって行はれなければならない場合に於いて︑彼の担調するととろは︑.
デフレーション政策を排してインフレーション政策をとるととであった︒か
Lる見併に合まれる意味は高度なる投資水
準とそ資本主義に於ける経山発民のために必要欠くべからざることであり︑投資家が物価の安定を望んでいるとしても
物価勝貨が企業活動広大きえ刺戟を与へるものであるとし︑デフレーション政策が投資と企栄とにとってかえって障
︑時となるものであると考へた乙とに帰因せられるものである︒それは投資の促進に無関係でないとする立場を示すもの
で︑その後の﹁一般理論﹂に於ける雇傭水準の問題を︑投資の問題との関連に於いて考へたととを示すものである︒も
う一つの理由はインフレーションが不活動な階級即ち金利生前者の犠牲に於いて行はれること︑別の表現をかりればデ
フレーションを一出動階級から不活動階級への官の移特と考へたことからである︒め
貨幣制度の問題については︑国内物価水準の安定と為替相場の安定との何れを主く見るかについて︑ケインズはその
前者を選んだのである︒換一一一目すれば︑国際均衡よりも国内均衡の実現を望んだものである︒か
る見併は後年のプレト
a Lン・ウャヅ協定に於いて見られるところであるが︑既に早くよりケインズの抱いた忠忽であった︒ことよりして彼は︑
以前の金本位制度への復局に賛成せや︑管理通貨制度を提唱したのである︒勿論ケインズとても国内物価の安定と矛盾
し・ない限り︑為替相場の安定を望ましいものと考へたととは当然であるが︑以上のごとき主以の根底には正統派的な紋
に沿う数量説の考へ方のあったことが︑彼の﹁貨幣改革論﹂に於いて示されているところである
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ケ イ ン ズ が
﹁ 貨 幣 改 革 論
﹂ の 中 で 展 開 し た 物 価 水 準 決 定 の 理 論 は .
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なる方程式によって去はされるもので︑
Pを決定する川崎論がマーシャル一の基礎の上に立ちそれと隔たるものでないこと
は既に述ぺたところである︒
クライン
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・百旦ロ)が指拍する如く︑﹁貨幣改革論﹂の冒頭にある﹁われわれは貯蓄を私的な投資家に委ねてを
M mり︑彼がその貯蓄を主として貨幣的訪求権に投やることをす
Lめている︒また生産活動の立任を事栄家に任せてをり︑
彼は主として貨幣の形で千許に入ることを期待する利潤により影響されている︒﹂なる言葉が貯古川決立の性伎を認識し
た円以初の兆候の一つでむらうとして︑ととに彼の一つの寄与があることを認めている︒しかしながら同時に︑とれ以上
のことは不明であって何ものをも引出しうるものではなく︑ケインズが古典派的見併からぬけ出し得たのは貯蓄・投資
の過程の性質が始めて明かにされてから後のことであるとしている︒め
以上のととからも明かにされ得るように︑﹁貨幣改革論﹂と﹁貨幣論﹂とに於ける態度の和泣は貨幣数量説の扱ひ方に
貨 幣
数 量
説 と
ケ イ
シ ズ
物 価
理 論
四 九
経 営 と 経 済
O 五
関し
τどある︒﹁貨幣改革論﹂に於いては公衆の貨幣保有の動機については︑未だ五分に分析されたとは云いがたい︒
そとに於いては︑貨幣の職能としてとの価値の貯蔵が交分に意識されていなかったととである︒との点については克に
後にふれるところがあるであらう︒
貨幣理論に於ける近代的発展は第一次大戦後特に若しいものがあるが︑ケインズを含めて︑ヴイクゼル︑アフタリオ
ン︑シュムベータ l
︑ ホ
l トレイ︑ハイヱク︑ロパ l トソン︑ヒツクス等の一連の学者によって達成されてきたもので
あると云い得る︒その方法は静態的な従来の見方にかはっ
τ即ち貨幣価似換言すれば一般物価水準決定の問題を内容
としたところの古典派理論に対して︑静態的均衡とともに動態的経過が問はれてきたことが︑必然的に貨幣川崎論に於け
るその幅を民げるものとなった︒貨幣価飢の問題がなほ主要性をもつことに愛りがないとしても︑中なる貨幣価机決定
の説明だけに終るものでなくして︑愛動の問題がとりあげられ物価水準の高さを過して居館︑生売の水準を分析する方
向を示してきたことである︒
貨幣川崎論に於ける近代化は︑ケインズの三部作︑﹁貨幣改革論﹂﹁貨幣論﹂︑及び三段理論﹂を通じて明かにされ得
る発展であるが︑これは同時に一般経一川辺論に於ける近代化と相対応するものであって︑貨幣数是説の克復と云う形を
過して︑古典派理論と扶別するところにその主要た意味があると一五はなければならない︒
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なく貨幣数量説は︑貨幣数量はすべての財の比例的選化のみを導くもので︑すべての財の比例的援化は
財の需給量に対しては何等影響を与へるものではたいと考へる︒均一一一一目すれば︑すぺての財の価格は貨幣数日一止に対して一
次の同次画数であり︑財の需給は零次の向次画数であると考へられているので
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と 財
との問の代用をひき起すことがないと認定されているので
Jのるが︑ケムプリザヂ派数回一旦説に於いては同様の結論に到達
しながらも︑所得速度の逆数である
kを規定するすん日に於いて財と貨幣との問の選択を考へている︒このととはある意
味に於いて財と貨幣との問の代用と一一一一日う問題に古川目していたとすい符るのであって︑その茄泌がやがてケインズをして
貨幣数量説からの脱却を可能にしたと考へ得るのである己的とするごとくケインズが貨幣数量説の衣裳をぬぎずて得
られた一つのギイポイントが考へられる︒彼はコ般迎治﹂に於いて決定的に貨幣数量説を放棄するに至っているが︑
﹁貨幣改革冷﹂に於いてはなほ古い伝統の上に立ってをり︑か
Lる立場に於ける忠考の根強かったどけ︑それからの脱
却の過程が高く評価されなければならない︒
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うまでもなく貨幣数量説に対しては多くの批判がたさ孔ているのであるが︑貨幣迎論の発展の過程に於いて︑数
H一 旦
説が克復さるべき致命的とも.一一一日うべき欠陥が︑動態理論としての適格性をもたないところにあることは︑その理論砕成
の・本来の性格であったと一一一口はなければならない︒数量説がその迎沿椛成に於いて︑財の数日一旦と貨幣の数萱とを全体とし
て把握し︑その両者を等世せしめ︑その相対的数量的関係の上に一円以物価の決定を論じ︑その関係の妥化から物価水準
の援助を説くと一一一日う万法によったむのであるが︑財の世旧作と貨幣の世九との内部椛造が同はれなかったところに貨幣の
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来の経消理論が価仙北川乃五価格論を中心として展開されてきた︒そうして経流世界を交換価似の世界として成立せしめ
る松拠が︑財の生産のために投下された労的宣乃一主財の数回であると考へられたことは︑経出世界の成立にとって貨幣
の存在を匁緑のものとして見た乙とで
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そとで動態出程の究明が貨幣哩論に於ける中心問題となった時に︑従来の唯一の凌勤埋冷として考へられてきた貨幣
数全説によってはそれが併明されないと一一一日うことは︑数日一旦説の根底にひそむ貨幣観乃主党幣経山観に対するわれわれの
反省を必要とするものである︒
貨幣が経⁝川社会に対して如何たる役割を川市すものであるかについて︑古典的貨幣迎論の見解を一不すものが所訂貨幣ヴ
ェール却である︒貨幣を以て町経約社会の外国を蔽ふ︑単なるヴェール的存在にすぎないものであるとする忠訟は︑リカー
ドウ及びリカ 1 ドウ学派を除く古典学派に共渇する見俗である︒
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・ミルによれば︑幻貨幣の流一泊する社会とそう
でない社会との相泣は大きいものがあるが︑それは便宜上のものである︒貨幣の存在によって財と財との直接交換が複
雑な交換形態へと発反してゆくが︑それは交抗現会の本質申ぜかへるものではない︒そとで経山社会に於いて︑時間と労
力とを節約せしめるための安出物としての性伎を除くと︑貨幣ほど実質的に知立誌なものはないとする︒セイ(﹄・出・
貨 幣
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五
経 営 と 経 済
五
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上述のミル及びセイ流の貨幣ヴェール観が︑貨幣の経前社会に対する杭松的干渉作用を認識せ宇︑実物経済と貨幣経
済との質的混同をもたらし︑貨幣経山は宍物経済に於いて行はれるところのものを︑貨幣を活じて去現されるにすぎな
いものであるとしたととは︑宍物経⁝引の川一論を以て直ちに貨幣経前の解明の理論たらしめる結果をもたらしたものであ
る︒貨幣は来してヴェール的存在にすぎないものであらうか︒貨幣は宍物経済に於いて財と財との問の交換比率︑即
ち相対価格居所与のものとして泡対価格化するもの
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こうした問題に対して︑言は
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ルにすぎないと見る見方が従来の貨幣山沿をして︑経済理論から遊雌せしめる結果をもたらしたととは充分に反省さる
べきことである︒かくて貨幣理論と経済理論との手際の原凶をたしたらのは︑以上のごとき貨幣観乃至貨幣経済観︑ま
たは経消学の方法にあったと考へら札る︒との場合︑貨幣の経消世界に対する関係はそれの表現の問題に止まり︑一般
物価の理論として貨幣理論が発展してきたわけである︒そとでは貨幣迎論が貨幣経消の理論としてどはなく︑独自の理
論領域をもつものとして経済理諭から遊擁した形で発展をとげてきたととを端的に示すものが︑貨幣の価値四論に於て
ビある︒即ち一波物価の・止論として所沼貨幣数量説の形態で展開されてきたことである︒従って数量説にこそ集約され
た問題が内包されていると言はなけ札ばならない︒的
貨悠数円一旦説に於ける貸借観が︑経河川ぽ九川の伝統的分析方法と結びついて︑貨幣経消の実物経済的分析従って経消世界の
成立よりの貨幣の排除を容認することとたり︑財と貨幣との対立を全体的に数量的に把握し︑克に財と貨幣との代替関
係の排除︑山内弓一日ずいルば財の世界に対する貨幣の不干渉即ち貨幣ヴェール観をもたらせたとするなら︑閉そとに貨幣数量
説に対し
τ物価水準の動態理沿としては成立しがたい所以が認めら礼なければならない︒
ケインズはご投理論﹂に於いては貨幣数量説を決定的に放楽する立場にあるが︑﹁貨幣改革論﹂にあってはなほ数
量説の伝統のうちにあった︒ケインズが貨幣理論の思索の道程に於いて︑飛躍的発展をとげたのは﹁貨幣論﹂に於いて
認められるととろでJのるが︑数室説の克服の迎程に於いて﹁貨幣改革論﹂から﹁貨幣論﹂への脱皮には︑極めて重要な
る立誌がちると云はなければならたい︒
われわれはつぎにケインズの﹁貨幣前﹂を問題とすることにしたい︒
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﹁貨幣論﹂の公刊されたのは一九三O年であった︒との者はその執筆に数ヶ年を費し︑学界の待望のうちに迎えられた
ものであった︒貨幣迎治の分貯に於いて﹁貨俗論﹂が劃期的た意義をもつものであったことは︑その動態理論の建設え
の窓図をもっところに孔られるでむらう
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治﹁貨幣訟﹂が無条件にうけいれられたものでなく︑既に当時に於いても
鋭い批判をうみ︑多くの人を抗争の渦中にまさとむものとなった︒わ
貨幣数註説とケインズ物伍盟論
五
経 営 と 経 済
五四
ケインズ自身に於いては序文のなかで︑との十討を執筆するに要した年月の同に︑伎の考へが発展し持鈍化して︑諸々の
部分を活して品目尼一文しているとは一五へ令︑その到達点は出発点と呉ることを告白している
o勾さらにまたご般理論﹂を書いたケインズは︑そとから﹁貨幣論﹂を四顧して︑﹁それを者き初めたときには︑私は
なほ貨幣の作用を需要供給の一般理論とは一五はビ︑別仰のものと見る伝統的な考へ方に囚はれていた︒ところがそれを
書き終へたときには況に︑私は貨幣理論をば一件び庄出物を全体として取扱ふ理論にまで押し戻そうと云う方向にいくら
か進んでいた︒しかした入観からなほ充分岬放されていなかったととは︑点出物の愛化の
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ったと云う︑践者な欠陥をなすものとなって現はれた︒基本方程式は庄出荷を一定と仮定しての瞬間的措写であった︒
それは沌出高を一定と仮定した上で︑利刊の不均衡を惹き起し︑ひいては庄山高を愛化せしめる諸力が如何にして発展
し得るかを示そうとするものであったが︑隣同的拍写とは別の動態的発展の迎論は不完全で︑且つ混乱したま
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ていた︒﹂めとなしているととろからしでも︑﹁貨幣改革論﹂から﹁貨幣論﹂を超えてご般理論﹂に至るとの道程が︑
動態理論完成への発展の温程であるとと︑・挽一一目すれば貨幣数量説の克服と一五う形で行ばれたところにその怠誌が見出さ
れるのであって︑﹁貨幣論﹂に於ける法本ぷ程式のもつ立味乃至性格が︑物価川一論の上で吟味されなければならない︒
ところで﹁貨幣沿﹂の基盤をなすものはまだ古典派的な四論であった︒そこにはクラインの指摘するごとく二つの主
要な理論がある
oめ即ちそれはツガン・パ一フノウスキイ︑
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他は貯蓄と川氏資との均何点に於いて利子平が決定されるとする児論である︒﹁貨幣論﹂の祈しい貢献としては︑後年の
ケインズの利子の流効性一選好説が利子決定の迎論から生
ηいたと云うよりは︑投資財の物価水準の決定についての弱気の
理論にその芽生えをもっているととであらう︒
クラインは﹁貨幣論﹂の輪郭を次のように説明している︒景気の循環乃五経一仙の変動は︑投資が貯替に比してその大
いさが刊このように変動するかによって惹起する︒との場合︑貯蓄と投資とを均等化するものが自然利子率であって︑自
然利子率をめぐって市場利子平の変動が︑貯蓄と投資との不均等をもたらすものである︒そうして貯替・投資間の手離
が物価水叫山下の縫勤の原凶となるものである︒﹁貨幣論﹂の目的とするととろが︑如何にして物価水準の安定を実現する
か︑また如何にして貯蓄と投資とを均等にするか
1或ぴはまた如何にして市場利子率を自然利子卒に等しくするかと云う
問題を取投ふととにあった︒との場合具体的な方法としてゲインズがあげたものが︑貨幣統制策であったと云い得る︒
それは利子操作を銀行が行ふととによって投資の水準に影響を与え︑それによって貯蓄と均衡が達成されるまで継続す
るととによって︑物価水準の安定をはからんとするものである︒この方法による妓県が満比せられざる場合に於いて︑
公開市場代策によるととが示唆さー礼たのである︒﹁貨幣改革命﹂に対する﹁貨幣論﹂の進歩は︑同定資本沼一時資本︑
流動資本の投資の水準を決定するところの諸要凶の分析︑さらに貯者過程と投資ゐ視との区別等であった︒ケインズは
北川一本方程式によって︑その哩論の骨子を説明せんとしたものである︒基本方程式は古典派的貨幣数量説を改善して︑現
金残高及︑ぴ利子率を諸物価水準
l即ち一般物価水準及び消費財の物価水準!の決定に関連づけようとしたものであり︑
また市場利千率が自然利子率と諒離した喝合︑如何にして貯蓄の水準と投資の水準とが礎化し︑ひいては如何にして物
価水準を仮勤せしめるかと云う問題を明かにせんとしたものである︒
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その他山一↓時の多くの文献についてはケインズ貨幣論ハ鬼頭仁三郎氏訳﹀第一分加参照
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ケインズによれば﹁貨幣哩論の基本的問題は貨幣と取引せられる物の回特に対する貨幣的要具の四時に関して︑単に
恒等式または静的方程式を立てるととのみではない︒か
Lる理論の実際の任務は︑物価水準がよって以て決定される因
果的過程と︑均衡の一つの位泣より他への推移の方法とを示すように錯雑せる種々の要素を分析し︑問題を動的に取投う
ことである︒しかるに数量説の諸形式はこの目的に対して殆んど迎合していない︒﹂わそとで﹁貨幣使用の目的とは無関
係に︑貨幣の全日一旦より出発する伝統的な方法より脱出して︑社会の収入または貨幣所得の流れと︑それの二重の分割即
ち ︑
ω消費財及び投資財の生産によってそれぞれに符られた部分と︑向消費財及び貯蓄にそれぞれ支出さる
L部分とに
分つことを以て出発点としたい︒﹂勾としている︒一五は
Y物価水準を動態的に分析してゆくところにケインズの意図があ
ったと考へられ︑そのためにとれまでの数
Hy
t
万程式に代ってその課題を解明してゆくものとして基本方程式が展開され
たのである︒これまでの数量方程式が財貨側の事情を所与のものとして︑貨幣数量と物価水準との関係を迫求していっ
たことに対して︑財貨の流れと貨幣の流れとの交渉として経済全体としての循環也程をとらえんとしたものであって︑
そのようなケインズの貨幣経消観がその根底にあると云はなければならない︒
つぎに基本方程式の構造を分析しその意味を考察するにあたって︑先づケインズに於ける若干の定義を明らかにして
をく必要がある︒
ケインズは貨幣経一引を貨幣の流れと財の流れとの循環的構造としてとらえているのであるが︑との場合それらに含む
諸概念に特兵の意味があるととを先づ知らなければならない︒
即ち先づ︑貨幣を貨幣所得の流れとして規定し︑それが二重に分割されるととについてものぺた︒この場合の所得(貨
幣所得)概念は︑
ω社会の貨幣所得︑
m w
生産諸要凶の収入︑及び向生応変のそれぞれが表現するものと同様のものを意
味している︒そうしてそれを構成するものとして
' ω
拾料及び賃銀︑向企業の正常報酬︑
ω資本利子︑及び向定期の
独占利件︑地代及びこれに殺するもの︑をあげている︒しからば利潤が如何に考へられているのであるか︒ケインズに
於いては利凶は︑所得を生庄内乱と等しいものとする定義から︑所得の構成要素と考へられていないととは注目すべき点
である︒ととろで現宍の売上代金から企業者の支払ふ経費︑
ω︑ 川
W
及び仰を差引いて得られる実際の牧入高と企業の
正常報酬との差額が利潤であって︑それが正の場合と負の場合とが存在する
6そとで利潤は正負何れの場合にしろ偶然
的なものであって︑所前
4 1 E E
‑
買 え
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なのである︒そうしてケインズは企業の正常報酬を定義して︑企業者
が一般に行はれる収入率ですぺての生産要因と新しく契約をなしうるとして︑その経営の規模を増大するかまたは縮少
するかの何れの動機をも与えないところの報酬率であるとする︒かくて企業者の宍際の収入率が正常報酬率を超える場
合(または不足する場合)︑利仰が正(または負)となれば企栄者はその日勤の自由が束縛されたい限り︑現在の生産突
に於いてその経営の規模を拡大(またはい紺少)しようとするであらう︒さらに貯蓄の概念を説明して例々人の貨幣所得
と消費のための貨幣的支出との差額とし︑投資を以て社会の資本の一定期間に於ける純増加を意味するとしている︒そ
とで投資の価値は︑一定期間に於ける資本の増加量の価値を意味することになるであらう
o句以上の貨幣所得の流れに対応してケインズは︑他方社会の経常産出物の流れについて考察している︒それは財貨と労務
との流れを意味するものであって次の二つの部分︑即ち
ω︑直接消費のために使用され得る形態にある流動的な財貨と
労務との流れ︑及び刷︑消費のために使用され得る汚態を・なしていない資本財と貸付資本の増加量の正味の流れとから
なりたっている︒前者は流動的または使用され得る庄出物で︑後者は使用されたい産出物である
0句との両者が合して総
応出物を椛成するのである︒つぎにその資本概念について一五へば︑実物資本
( g m ‑ S E E ‑ )
と貸付資本
( ‑ o g S E E ‑ )
貨 幣
裁 量
説 と
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物 価
理 論
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経 蛍 と 経 済
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とを含むが︑実物杏本は次の三つの形態に分類される︒即ち仰︑同定資本(内定包
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とれである︒同定資本は使用中の財貨であり︑経営資本は生産中の財貨
である︒とれに対して流動資本は云はピ保蔵中の財貨であって︑何らの用役を来すものではないが何時でも使用されま・
たは消費され得るものである
o貸付資本は側々人の要求払またはは米の支払に関しての貨幣詰求権を正とし︑とれに対
応する依務を負として同時に含むものである︒実物資本と貸付資本との合計が投資高であって︑封鎖体系に於いてはそ
れは前者の高と一致することとなる︒なほ一つ︑資本財の生昆と消費財の生産との直別について一一日一目すれば︑一定期聞
に於ける資本財の産出高または生産は︑同定資本の増加萱と同定資本として生産過程より出てくる経営資本の和であ
り︑また他万一定期間に於ける消費財の生存一は︑使川され得る売出物の流山内主と︑使用され得る庄出物として出てくる
経営資本の増加宝との和である︒さらにまた一定期間に於ける投資財の産出高または生一肢は︑使加され︑ない産出物と保
蔵品の増加目一旦との和に等しいと定義されている︒の
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ケインズ瑚論の目以とするところが︑単に静態的均衡の特ほのみでなく︑不均衡の特徴をも叙述するに役立ち得るご
とき一つの方法を見出し︑そうして均衡の一つの位置から他のは泣への貨幣組織の推移を支配するところの動態的な法
則の発見にあったことは既に述べたととろであるが︑か
Lる基本的目
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に応ぜんとするところに﹁貨幣論﹂の意義が考へ
られるのであるが︑根底にあるその貨幣経済観をケインズは基本方程式によって数式的に去現せんとしている︒
まづゲインズの基本方程式の構造を述ぺその意味を考奈するととにしたい︒基本方程式は消費財の物価水準に関する
方程式と予全体としての産出物の物価水準に関する方程式とのごつから構成されている︒
E: ::
一定矧問に於ける社会の全貨幣所得︒
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社会の全貨幣所得のうち設資財の生産によって得られた部分とすれば︑は新投資の生産費︑また‑ Y
ら示 ナ︒
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0・::・一定期間に於ける財貨の全産出回︒
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市場に出て購買される約型材と労務の量︒
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は消費財への支出た示す︒また凹
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HH︑は新投資の生産費であるo
p i ‑ ‑
新投資財の物価水準︒‑
π:
::
全体としての産出物の物価水準︒
以上のごとく符号の内容をそれぞれ示すならば物価水準は如何なる方程式の形で示されるであらうか︒
消費財に対する社会の貨幣支出はその所得と貯蓄との差であるから︑そとから次の関係が出てくる︒
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貸蹴暗殺量説とケイシズ物価理論
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とれが第二の基本方程式である︒︒
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を消費財の生克及び販売上の利泊︑も
のとすれば を投資財の生庄及び販売上の利潤︑また
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∞ + 同
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‑ ‑ ∞
かくて消費財の生産及び販売上の利潤は︑投資財の変則と貯蓄との去に等しい︒また全体としての産出物に於ける総利
潤は新投資の価値と貯蓄との主に等しいこととたる︒わ
かくしてわ札われの理併し得るところは︑第一の基本方程式は二つの項目より椛成され︑第一項は単位当りの生昆費
をあらはし︑第二項は消費財単位当りの利刊を示すものである︒そとで消費財の物価水準は
rと
Sとの関係を通じ
て単位当り生売設を中心として成立するものである︒投一一目すれば単位当り生応授を中心として物価水準の愛勤を見ると
ととなる︒ととろで開
l∞・と開ーでとはそれぞ札所得が消費支出と貯古川とに︑及び応出物の消費財と投資財とに分れる
割合︑即ちケインズの貨幣所得の流れとその二市一の分割を窓味するものである︒同様に第二の基本方程式によって全体
としての産出物の物価水準が単位当りの生斥授と単位当りの稔利刊との和によって構成され︑ーと
Sとの等しいか等
開
しからざるかの関係によってその水準が
dを中心として謎動ずるものであるととを示していると云はなければなら
な い
ところでケインズの基本ぷ程式のもつ立味は︑物価水準の内容としての均衡の水準を解明すると同時に均衡の一つの ︒
水準から均衡の他の水準への波動を示すものである︒第一及び第二の基本方程式より明らかなごとく︑仏︑ハ切及び
Qが そ
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れ 零
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︑ 投
一 一
一 目
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ば 同
︑ 日
∞
H H
なる場合に物価水準の均衡状態は︑
P及び π がともに単位当り生産費
仰に等しいとと広よって与えられる
o
この土うな内容の均衡水準が動態過程に於いていかなる習によって物価水準
開
の推移を一不すであらうか︒基本方程式から知り得ることは同︑日∞
UMなる条件のもとに︑川
Mー が 措 鈍 化 す る と と よ り も た
開 '
らされる変動と︑
1 q
を一定として
LS
及 ︑ び
I
の不一致より惹起する愛動とである
oケインズに於い
τは当面そ
の 後 者 の 場 合 の み が 分 析 の 対 象 と さ れ た と 云 は な け れ ば な ら な い
︒ .
ケインズは基本方程式が純粋に形式的であり︑単たる恒等式であってそれ自らに於いて何ものをも諮るととのない自
明の理であり︑その立味で貨悦以円五説の他のすべての形式に類似しているとするが︑唯一の特徴はわれわれが︑現実界
より外来的事宍を導入することによってそ札らに生気を与えるとき︑原因結果を跡付けるための有用な方法であるとと
が分るように]材料守分析しまた役迎ずることであるとしている︒旬
以上の第一及び第二の基本方程式をめぐって残された問題は︑新投資財の物価水準が如何にして決定されるかと云う
ことである︒とれについてケインズは方程式をたて
Lいないのであるが︑彼の説くととろは大要次のごとくである︒句
人がその貨幣所得を配分するに際しては次の二つの選択を行はなければならない︒その一は所得を貯蓄と消費とに如
何たる割合で分けるかの選択でむる︒枚一一口ず札ばとれば目前の消設と宮の所有者たるととの何れかの選択である︒その
二はさきの選択を行って決定したところの貯誌を如何なる形で保有するかの選択である︒換一一一目すると貯蓄を貨幣の形に
於いてするか或ひはまた︑他の貸付資本乃至宍物資本の形に於いてするかの選択である︒との第二の決定は保蔵と投資
との問の込択︑または銀行筑金と有価証券との問の選択として規定するととを得るであらう︒
ケインズに於いては析は資財の物価水準がとの第二の選択に結びつけられて説かれているととであって注目せらるペ
き 点 で あ る ︒
さて人がその討を前よりも多く貯志筑金(銀行双金)の形態で保有しようとするときに於いては︑その決意が絶対的
のものでむることをな味するものではなく︑行価証券の羽在価格の水平ではむしろ貯蓄民金の方を選択すると云うに過
ぎない︒従って第二の氾択は川以前沢金と有価戸券とからそれぞ札符ら札るぺき将来収益に対する人の期待によって左右
されることである︒それは即ち十七仙証券の何作水準と貯お民金に付与される利子平によって影響される︒そこで利子率
貨幣政ハ以前とケインズ物伍程前
‑‑L ノ
、
経 常 と 摂 済
六二
を不愛として有価託券の価格が充分に下落すれば︑人は貯蓄・賃金よりも有価証券を選択するであらう︒しかし銀行が公
衆の方向と反対に勤き︑有価証券を買上げそ札に対して公衆の望む附加的貯蓄預金を造出すれば︑有価証券の価格水準
が下落するととはないであらう︒ところで有価証券の価格水準の勝落については︑市川切に於いてその将来の予想につい
ては価格勝賞を見越す強気とその下落を予想する弱気とがある︒
かくて有価証券の価格水準は︑公衆の意向と銀行の行動との合成物であると一一一口い得るであらう︒即ち有価証券の価格
水準の下落は︑公求の側に於ける弱気が銀行による貯蓄・民金の造問によって充分に相殺されたかったか︑または公衆の
側に於ける強気が銀行による貯蓄損金の牧縮によって過度に相殺されたかを示すものである︒かくて全体としての投資
物件(有価託券︑投資財を含めて)の物価水準︑従って新投資物件の物価水準はその水準に於いて︑公衆が貯蓄質金を
保有しようとする欲求が銀行の造出しようと欲し︑または造出し得るととろの貯蓄鼠金の高に等しいのである︒
ケインズは有価証券の価格は投資財の価格を反映するもの左見てをり︑そとから析投資財の物価水準の決定を有価証
券の価格水準から説明している︒かくて以上を要約すれば︑消費財の物価水準は公衆がその貨幣所得のうちいくばくを
貯蓄するかに関する決意と︑企業者が生産のうち彼らの投資財の産出高にむける割合についての決窓との合成物に依存
するものである︒従って全体としての産出物の物価水準と総利潤の高とは次の間つの要凶によって動かされるとと
Lな
る︒即ち
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貯蓄率︑向︑新投去の費用︑向︑公衆の弱気︑及び向︑貯蓄拐︑金の歪である︒換一一一目すれば向︑投資の費用
を超える貯蓄の過剰︑向︑銀行による頭金の造出によって充されない程の公衆の側の恒皮の弱気︑の二つの要因に要約
し得る︒即ちケインズの云う担剰貯蓄の要凶と過剰弱気の要凶とである︒との場合消費財の物価水準は前者に︑新投資
財の物価水準は後者にそれぞれか
Lわるものである︒
以上のごとくケインズは︑新投資財の物価水準の決定を過剰弱気の要凶で以て説明し︑それについての方程式をた
τていない︒そのことをロパ l トソンはケインズに於ける重大な弱点であるとしている
o句これに関する方程式をシェノ
イは次のようにたて
Lい る
︒ 旬
新投資財の物価水準は︑全体とし
τの産出物の物価水準から消費財のそ札を差引いたもの考とへて︑次のごとき方程式
が符られる︒
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ケインズの政一本万程式を中心とする物価水準の分析に於いて︑消費財の物価水準と全体としての産問物の物価水準の
貨幣数量及び貨幣の流通速度に対する関係は︑従球の数日亙方程式に於けるがごとき直接的なものでないととが認め得ら
れるであらう︒即ちそ乙に基本方程式がフィツシャ 1 の交換方程式に対して有するととろの︑特異性が主保される根拠
があると云はなければならないじ貨幣数量と物価水準との問に他の事情を一定として︑前者が二倍となれば後者も丘た
二倍となるであらうと云うごとき関係の成立のためには︑ケインズに於いては次のような均衡状態を前提としなければ
たらない︒それはまづ生応諾要凶が完全に佼川され︑有価証券に対して公朱が出︑気でもたければまた弱気でもたいとと︑
貨 幣
故 以
且 説
と ケ
イ ン
ズ 物
価 理
論
̲ L
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