【学位論文審査の要旨】
提出された学位論文「生体応用を志向した高精度な棘上筋MR Elastography (MRE)技術 の開発」は硬さを定量的に評価する可能性をもつMREの技術を応用して、棘上筋の硬さを 評価する手法の開発を目的としている。野球、テニス等の腕を使うアスリートにとって、
肩の損傷は深刻な問題となっており、その損傷が原因で満足にスポーツができなくなる場 合も多い。肩の損傷は、特に回旋筋腱板で頻発し(回旋筋腱板断裂)、その中でも棘上筋腱の 損傷が第一に起こることが報告されている。腱損傷の主な原因は、オーバーユースにより 繰り返される遠心性収縮であり、その負荷の初期症状として、筋硬度の上昇が挙げられる。
したがって、棘上筋の硬度(硬さ)を正確に計測することができれば、回旋筋腱板断裂が生じ る前に筋異常を検出できる可能性がある。組織の硬さを知るための手技として、古くから 触診がよく利用されているが、客観性に乏しく、体表面の組織(体表から直接触れることが できる組織)に限られる。棘状筋は下方を棘上窩に囲まれ、上方は僧帽筋が覆いかぶさって いる。そのため、棘上筋の直接的な触診によって「硬さ」を知ることはできず、表層に位 置する僧帽筋の触診もその下層に位置する棘上筋「硬さ」の影響を少なからず受ける。そ れゆえ、棘上筋の硬度を定量的にかつ正確に測定することができる新たな技術が必要とな る。MREでは撮像対象外部からの伝播波を対象内に伝え、それにより生じる微少な変位を MR位相画像上で可視化することで、伝播波の波長を計測する。撮像対象外部で発生させた 強制振動は対象内部を伝播波として伝わるが、MREではこの波長変化を「硬さ」として表 示する。しかし、肩部のような複雑な構造をもつ組織の内部に均一な伝播波を伝えること は容易ではなく、様々な方向からの振動が複雑に干渉する恐れがあるので、その技術開発 は容易ではない。このような複雑さにより、棘上筋MREの報告は国際的に見てもこれまで に存在しない。申請者はこのような背景を理解したうえで、棘上筋を干渉少なく振動させ る方法を発見し、その振動を上手く可視化する撮像方法を緻密に検証した。具体的な方法 は、肩部形状に適合した振動パットを新たに設計・開発し、これを肩部に設置する場合に 最適な部位を見つけ出した。これにより直接的な触診が不可能な棘上筋と、その上に覆い かぶさるように存在する僧帽筋の両方を同時に測定できる、新しい棘上筋MREシステムを 構築した。
すべての画像診断技術において、再現性の高い検査技術が求められる。本研究で開発し た棘上筋MREシステムにおいても、高い再現性が備わっていることが求められる。そこで 本研究では、複数の被検者を対象にした再現性の検証を行い、開発した棘上筋MRE技術の 再現性が臨床で唯一認可されている肝臓MREと大きく変わらないことを証明した。よって、
本研究で開発した棘上筋 MRE システムは高い再現性を有する堅牢な検査システムである ことを実証した。
上記の新しい棘上筋MRE技術開発の他に、伝播波の進行する方向を画素ごとに自動検出 して、波の伝播方向を考慮した画像フィルタを適用することができる、新しいMRE用画像
フィルタを開発した。現在、薬事認証を受けているMRE検査は肝臓のみである。肝臓のよ うなサイズの大きい臓器でさえも伝播波が複雑に干渉して、硬さの算出に影響を及ぼして いる。新しく開発したMRE用画像フィルタは画素単位のサイズで伝播波の進行方向を自動 的に検出し、その方向に合わせた画像フィルタを画素単位のサイズで適用することができ る。本研究で開発したMRE用画像フィルタは棘上筋MREだけの技術ではなく、臨床で利 用されている肝臓MREにも適用が可能であり、今後の発展性に大きな期待を持てる。
令和2年2月4日に行った最終試験での口述試験および口頭試問では、研究成果につい て明快なプレゼンテーションを行い、また質疑に対しては的確な応答を行った。
以上から、試験担当者は一致して、申請者;伊東大輝君は首都大学東京大学院 人間健康 科学研究科放射線科学域 博士後期課程の論文審査および所定の最終試験に合格したと判 定し、博士(放射線学)の学位を授与することが適当であることを報告する。