• 検索結果がありません。

八王子市における工業団地の形成と発展

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "八王子市における工業団地の形成と発展"

Copied!
11
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

八王子市における工業団地の形成と発展

王   玲  玲

1  は じ め に

2  八王子市における工業団地の形成 2-1 八王子市の概要と立地優位性 2-2 八王子市における工業団地の形成

2-2-1 首都圏整備法の制定と八王子市の工場誘致政策 2-2-2 八王子市における土地区画整理事業

2-2-3 八王子市の工業団地

3  八王子市の工業団地に立地している企業 3-1 工業団地に立地している企業について 3-2 八王子市の企業誘致政策について 4  要約と展望

1  は じ め に

工業団地が,国や地域経済の発展や再活性において大きな役割を果たせるのではないかという期 待は以前から示され,多くの発展途上国のみならず,日本をはじめ先進工業国においても工業団地 が開設され活動してきている(Pose-Hardy(2014)).確かに工業団地の経済分析は存在するが,そ の分析は意外に少ないように思われる.本稿は,八王子市における工業団地を考察し,それらがい かに開設され,どのように活動しているかについて基礎的な考察を試み,工業団地の経済的意味合 いを少しでも明らかにしようとするものである.

上記の考察目的の背景として,八王子市の産業動向の概要について若干見ておきたい.周知のよ うに八王子市は桑都と呼ばれるように絹繊維業が盛んであった.現在でも日本有数のネクタイの産 地として知られている.八王子市は織物の産地として発展してきたが,第 2 次世界大戦中に多くの 工場が軍需工場への転換もしくは廃業を余儀なくされた.また八王子大空襲による被害も深刻で あったので,戦後の衣料不足で織物の需要が高まり,さらに,朝鮮戦争による特需の影響もあっ て,織物業界は好況期を迎え,八王子市の復興に貢献した.しかし,その後は次第に衰退していく ことになる.すなわち,日本における産業構造の高度化の進展に呼応して,1960年代から八王子市 においても市街地周辺部で工業団地の造成と工場誘致が始まり,各種の機械機器製造業,電気系製

(2)

造業を中心とする企業が多数立地するようになった.その結果,当市は精密・機械・電子機器関連 産業の集積地へと変貌し,それらの産業の構造変化が急速に生じてきた.

八王子市の産業構成の変化,とりわけその工業化に関して主要な考察を振り返ると,以下のよう な調査や研究が行われてきている.東京都経済局総務部調査課(1964)は1963年に行った調査の中 で,八王子地区を対象に工業立地,新設工場の進出が在来産業に及ぼす影響を中心に産業分析を 行っている.次に,羽田・吉兼(1977)の研究がある.かれらは,1960年から1975年までの八王子 市の産業構造の変化と八王子市の工業化の展開を検討し,八王子市の工業団地の特徴として,都内 からの大規模な電気機械系企業の大量進出とともに輸送機械,精密機械の進出が多いことを指摘し ている.比較的最近では,小田(2016)が第一次首都圏基本計画期における八王子の市街地開発整 備について,宅地整備計画を主要対象にして考察を行っている.

上記したように本稿の直接的な目的は,八王子市における工業団地が果たす役割についての考察 である1).本稿は以下の 4 節で構成されている.次の第 2 節においては,八王子の工業団地の開設 の背景と形成の経緯を整理する.そして第 3 節では八王子の工業団地に立地している事業者に注目 し,それぞれの特徴と機能役割を考察する.最後に第 4 節で本稿での考察結果を整理して要約す る.

2  八王子市における工業団地の形成

1953年以降,八王子市の繊維産業が不況に陥って,市の財政に大きな影響を与えた.そこで,八 王子市は産業振興策を模索するようになった.1957年 3 月に八王子市は八王子工場設置奨励に関す る条例を公布し,積極的に工場誘致を図った.

1959年 5 月27日,首都圏整備法に基づき,八王子市は市街地開発区域に指定された.その後,既 成市街地から分散する人口と工場の受け皿として施設整備が行われた.その結果として,北八王子 地区をはじめ,東浅川地区,狭間地区,北野地区,高倉地区で次々と工業向けの土地整理事業が展 開された.この節では,八王子市における工業団地の形成要因と形成経過について考察する.

2-1 八王子市の概要と立地優位性

八王子市は,東京都心から西へ約40キロメートル,新宿から電車で約40分の距離に位置し,昭島 市,町田市,日野市,多摩市,あきる野市,檜原村,相模原市(神奈川県)と隣接している.当市 は1945年の空襲で市街地の80%を焼失したが,その後,復興事業が推進され,水道,下水道,道路 などのインフラが整備された1940年代から1950年代まで,八王子市は周辺町村との合併が行われ

1 ) 工業団地の立地に関する基本的理論分析に関しては王・石川(2019)を参照.

(3)

た.1941年10月 1 日に小宮町と,1955年 4 月 1 日に横山・元八王子・恩方・川口・加住・有井の 6 つの村と合併した.そして,1959年 4 月 1 日に浅川町と合併した.その結果,現在の市域ができ た.

1917年の市制施行から100年以上の年月が経った八王子市は2015年 4 月に東京都初の中核市に指 定され,現在,人口56万人以上2)の都市として発展してきている.

八王子市の立地優位性として,地理的な位置と交通インフラが整備されていること,電機・電子 機械,精密機械を中心とする製造業が集積していること,教育機関・研究機関が多数存在するこ と,行政のバックアップ体制が充実していること,今後開発可能な業務用地が存在することなどが 挙げられる.

八王子市は都心方面,山梨・長野方面,埼玉・北関東方面,神奈川・東名方面の 4 方面の十字路 に位置し,交通機関が非常に発達している.鉄道では,JR中央線(東京都心と山梨・長野を結 ぶ),JR横浜線(のぞみが停車する新横浜駅とつながる),JR八高線(川越・高崎とつながる),京王 (新宿につながる)が運行している.道路では,中央自動車道八王子

IC

から都心へ30分ほど,

甲府・諏訪方面へもつながっている.また,首都圏中央連絡自動車道(圏央道)にもつながり,首 都圏西部のほとんどの都市まで 1 時間圏内で移動することができる.このように八王子市は,交通 の結節点として利便性が高いことから,事業拠点を立地するには最適な場所だと指摘されている.

さらに,市内のバス路線を利用すれば,鉄道で結ばれていない隣接地域へも移動できる.

2018年 4 月現在,八王子市には21の大学が立地し,約10万人の学生が学んでいる.全国でも有数 の学園都市として知られている.また,都心部への通勤者も多いことから,ベッドタウンという一 面も有している.

2-2 八王子市における工業団地の形成

さて,1960年代から1970年代にかけて,北八王子,東浅川,北野,狭間地区で工業団地が次々に 造成された.また,1990年代以降,下恩方工業団地と美山工業団地が誕生した.本節では工業団地 の誕生要因と経過について考察する.

2-2-1 首都圏整備法の制定と八王子市の工場誘致政策

1950年代から,東京を中心とする首都圏への人口の増加と産業の集中と都市整備の遅延が相まっ て,生活環境の悪化と都市機能の混乱を招いた.これらの問題に対処するため,1956年 4 月に首都 圏整備法が制定された.この法律は,「首都圏の整備に関する総合的な計画を策定し,その実施を 推進することにより,わが国の政治,経済,文化等の中心としてふさわしい首都圏の建設とその秩 序ある発展を図ること」を目的としている(同法第一条).その基本方針は,東京都区部などの既

2 ) 八王子市の人口統計によると,2019年 3 月末日現在,住民基本台帳人口は561

,

407人である.

(4)

成市街地の過密を抑制するとともに,「市街地開発区域」を設置し,既成市街地に集中する人口と 産業を分散するものであった.

首都圏整備法を受けて,1959年 3 月に「首都圏の既成市街地における工業等の制限に関する法 律」が公布された.この法律は,「工業等制限区域について,大規模な工場,大学その他人口の増 大をもたらす原因となる施設の新設を制限し,もつて既成市街地への産業及び人口の過度の集中を 防止することを目的」としている(第一条).「既成市街地のうち,東京都の特別区,武蔵野市又は 三鷹市の区域に属する区域を工業等制限区域とする.ただし,政令で定める区域を除く.」(第三 条).このように,その区域で一定規模の工場の新設・増設などが制限されることになった.ま た,1955年に日本住宅公団(現・独立行政法人都市再生機構)の発足,1961年に東京都新都市建設 公社(現・公益財団法人東京都都市づくり公社)の設立など,大都市圏の整備と開発を目的とした体 制づくりが進められた.

他方,八王子市は1953年以降織物産業が衰退していく中で,新しい業種を育成することが求めら れ,1957年 3 月26日に「八王子工場設置奨励に関する条例」を公布し,積極的に工場誘致を図っ た.この条例は,「投下固定資産総額が3000万円以上又は常時使用する従業員数が200人以上の工場 の新設,増設に対し,その固定資産税に相当する額を,三年間にわたり奨励金として,工場に交付 する」3)というものである.実際に工場誘致が現実になったのは八王子市が首都圏整備法に基づく 市街地開発区域に指定された後であった.そして,1960年に一部改正が行われた.「工場の指定基 準は従来投下固定資産総額3000万円以上又は従業員200人以上」であったが,「投下固定資産総額 5000万円以上」と改正した.このように奨励対象をより大規模な工場に限定することとなった.

2-2-2 八王子市における土地区画整理事業

1945年 8 月 2 日未明の空襲で八王子市は市街地の80%を焼失した.1946年に戦災復興事業を行う ため「特別都市計画法」が制定され,八王子市が指定された.これにより,1948年から1967年ま

3 ) 東京都八王子市議会(1990)『八王子市議会史 記述編Ⅱ』865-866頁.

表 1 八王子市における土地区画整理事業一覧

事業名 施行主体 面積(ha) 都市計画決定 事業認可 事業完了 北八王子 日本住宅公団 107

.

0 1959年 8 月27日 1961年 3 月 7 日 1966年 3 月 8 日 東浅川 八王子市 78

.

9 1960年 8 月13日 1962年 4 月28日 1968年 2 月27日 高倉 八王子市 65

.

5 1962年 2 月 9 日 1967年 5 月18日 1976年 5 月 1 日 北野 八王子市 127

.

9 1962年 2 月 9 日 1966年 4 月21日 1981年 5 月23日 狭間 八王子市 54

.

4 1963年 3 月29日 1964年 5 月12日 1968年10月22日 北大和田 八王子市 45

.

6 1963年 3 月29日 1964年 5 月12日 1970年 1 月17日

注:日本住宅公団は現・独立行政法人都市再生機構である.

資料:八王子市都市計画部(2019)『八王子の都市計画(資料編)』より作成.

(5)

で,八王子駅北側,八王子駅南側,甲州街道周辺の地区で戦災復興土地区画整理が行われている.

1959年 5 月27日,首都圏整備法に基づき,八王子市は市街地開発区域に指定された.1959年 8 月 25日,首都圏整備計画案が決定された.同年 8 月27日,八王子市は高倉・石川町の107haが日本住 宅公団施行による土地区画整理事業区域の告示を受けた.同日,北八王子土地区画整理の事業区域 が決定された4).その後,表 1 で示すように,東浅川地区,高倉地区,北野地区などでも土地区画 整理事業が進められ,既成市街地から分散する工業と人口の受け皿として施設整備が行われ,工業 立地環境が整備された.

2-2-3 八王子市の工業団地

現在,八王子市には 7 つの工業団地(表 2 )が存在する.本稿では,1960年代から1970年にかけ て造成された工業団地について考察してゆく.

以下では,『八王子市議会史』の年表編と記述編Ⅱ,東京都産業労働局ホームページ,八王子市 ホームページなどを援用して工業団地の形成経緯について整理する.

八王子市は「市街地開発区域」に指定された後,北八王子地区,東浅川地区,狭間地区,北野地 区を中心に工場誘致を推進した.

第一次工業団地候補地として北八王子地区(石川町,高倉町など)が挙げられた.日本住宅公団 がこの地区の土地を工業用地として買収し,区画整理の後に分譲した.

1959年 8 月27日,八王子市は高倉町,石川町の107haが日本住宅公団による土地区画整理事業区 域決定の告示を受けた.同日,北八王子土地区画整理の事業区域が決定された.1960年 5 月10日か ら12月31日まで,日本住宅公団は北八王子土地区画整地事業の準備のため,石川町,高倉町および 大和田町の各一部の地区に対して測量を実施した.1961年 3 月 7 日,日本住宅公団が主体となる北 八王子土地区画整理事業が認可された.その後,土地区画整理事業の着工が始まった.1961年 8 月,土地区画整理事業が未完成の段階で,日本住宅公団は「八王子工業用地分譲」というパンフ

表 2 八王子市の工業団地

団地名 分譲開始年度 所在地 団地面積(単位:m2) 工場用地面積(単位:m2 北八王子工業団地 1963 石川町,高倉町 1

,

072

,

000 538

,

000

北野工業団地 1965 北野町,明神町 1,508,100 1,262,815 東浅川工業団地 1966 東浅川町 785

,

423 617

,

156 狭間工業団地 1966 狭間町,椚田町 772

,

200 534

,

600 八王子繊維工業団地 1970 下恩方町 51

,

735 51

,

735 下恩方工業団地 1990 下恩方町 13

,

280 9

,

394 美山工業団地 1992 美山町 129

,

408 38

,

900

資料:東京都産業労働局

HP,八王子市 HP

より作成.

4 ) 東京都八王子市議会(1988)『八王子市議会史 年表編』535頁.

(6)

レットを配布した.そして,予想を大きく上回る80社以上の申し込みがあった.1962年 2 月21日,

公団は北八王子工業団地に進出する20社(表 3 )を発表した.これは,日本住宅公団の選定基準と 八王子市が出した希望条件に則して選定されたものである.業種別から見ると,電気機械関係が最 も多かった.

しかし,大半の工場建設が予定より遅れた.1963年 2 月までに着工したのは 6 社だけで,同年 3 月中に 4 社, 4 月から 6 月まで 5 社, 8 月に 1 社,10月に 4 社が着工予定であった.

北八王子工業団地以外に,八王子市は東浅川地区,狭間地区,北野地区の準工業地区の指定を広 げた.これらの地区に関しては,八王子市が主体となって,市の住宅協会による全面的な土地買収 と土地区画整理事業を施行し,分譲することとした.これは,北八王子工業団地の土地買収,土地 造成,分譲が日本住宅公団の主導で行われたもので,分譲予定会社の選定にあたって市の工場誘致 委員会には何の権限もなかったという問題があったことと関係しているのかもしれない.

住宅協会の資金の関係で,八王子市は特に狭間地区の土地買収に力を入れた.北八王子工業団地 に入れなかった63社のうち,15社を選定し,狭間地区へ誘致している.

表 3 北八王子工業団地分譲予定会社

会社名 面積(単位:坪) 操業年度 業 種 小西六写真工業(株) 28

,

000 1963 情報機器・精密機器 日本ビクター(株) 18

,

000 1964 情報・通信機器

岩崎通信機(株) 15

,

000 電子機器

三菱電機(株) 14

,

000 電子機器

オリンパス光学工業(株) 14

,

000 1963 精密機器開発・製造

(株)横河電機製作所 10

,

000 電気機器 冨士電機製造(株)  9

,

000 電気機器

名糖産業(株)  7

,

000 1964 医薬品・食品の製造

芝電気(株)  5

,

000 電気機器

協立電波(株)  4

,

500 1963 電子機器 東京精密工業(株)  4

,

500 1964 精密機械器具

日新無線(株)  4

,

500 電子機器

トリオ(株)  4

,

500 1963 無線機器 日本レギュレター(株)  4

,

000 1965 精密機械器具 セーラー万年筆(株)  4

,

000 1963 文具

太陽工業(株)  3

,

000 1962 電子機器・精密機器 日本分光工業(株)  3

,

000 1963 分析機器

三和電気工業(株)  2

,

500 1964 電子機器 大矢化学工業(株)  2

,

500 1967 塗料製造 大友食品工業(株)  2

,

000 1967 食品

注:操業年度は各社のホームページなどの発表によるものである.

資料:『八王子市議会史 記述編Ⅱ』871頁に掲載されている会社名を参考に作成.

(7)

1960年から1962年の間に行われた大規模工場の誘致例として,東浅川地区には沖電気工業

(株),北野地区には日本水産(株),狭間地区には蛇の目ミシン工業(株)が挙げられる.それぞれ の用地面積は38,092坪,23,240坪と26,899坪であった.

様々な工場が八王子に立地するようになった時期に,八王子市内の繊維業界が繊維団地の造成を 計画している.1962年 6 月19日に八王子繊維工業団地建設促進会は繊維工業団地(仮称)の造成を 八王子市議会に陳情した.そして,同年 7 月30日に八王子市の経済委員協議会は,提出された繊維 工業団地(仮称)の造成についての陳情に対して採択し,造成を決定した.工業団地を造成するた め,1964年12月に八王子市内の繊維業者が集まり,八王子繊維工業協同組合を設立したのである.

1968年 2 月27日,公害防止事業団は下恩方町に繊維工業団地を建設すると発表した.このように公 害防止事業団の融資を受けて,1969年 7 月に46,800m2の面積を有する八王子繊維工業団地が誕生し た.1970年 8 月に 3 業者が操業を開始した.そして,1971年 8 月,八王子繊維工業団地の第 2 期工 事も完成している.

上記のように,1970年まで八王子市には 5 つの工業団地が造成された.羽田・吉兼(1977)が 5 つの工業団地の操業状況について調査を行った5).その調査では,1975年 1 月時点において, 5 工 業団地には79社が操業していることを指摘している.また,同調査では,各工業団地の工場数と従 業員数などについても以下のようにまとめている.北八王子団地には22工場,従業員7

,

003人で,

年間総生産額は930億円と,製造業において全市の46%を占める大工業団地に成長している.東浅 川団地は17工場で従業員2

,

273人,生産額において全市の 9 %を占めている.狭間団地においては 14工場で従業員1

,

992人,生産額は全市の6

.

9%を占め,北野団地は 6 工場で従業員729人.繊維団 地は20工場で従業員667人と,八王子市の繊維衣服生産額の10%を占めている.この 5 つの工業団 地を合わせると,従業員数で全市の半分に近く,生産額においては 3 分の 2 をも占めている.

3  八王子市の工業団地に立地している企業

この節では,表 3 の各社の立地状況を見ながら,八王子の工業団地に立地している企業の特徴と 八王子市の企業誘致政策について整理する.

3-1 工業団地に立地している企業について

表 3 の各社の立地状況とその後の発展について,各社のホームページをベースにして考察を進め よう.

小西六写真工業(株)は現・コニカミノルタ(株)である.現在,主要事業の技術部門が北八王

5 ) 羽田・吉兼(1977).

(8)

子工業団地に立地している.また,八王子市大横町にあるコニカミノルタサイエンスドーム(八王 子市こども科学館)のネーミングライツ・スポンサーとなっている.

1963年 8 月に北八王子工業団地に八王子事業場を設立したオリンパス株式会社は,1993年 4 月に 東京都西多摩郡に日の出工場を新設して,八王子工場を移転した.かつての八王子事業場は技術開 発センター石川となり,内視鏡の開発,生産技術の開発,顕微鏡,情報機器の開発および映像事業 の企画・管理,デジタルカメラ・オーディオ製品の開発を担っている.2007年に,技術開発セン ター石川に開発棟と技術棟を新設し,現施設の解体後に,さらに開発棟を立てると発表した.ま た,八王子市久保山町に技術開発センター宇津木(1988年に設立),八王子市高倉町に技術開発セ ンター高倉をそれぞれ立地している.

日本レギュレター(株)は現・株式会社ニレコ(1984年11月に商号変更)である.1965年 5 月に八 王子市に八王子事業所を開設した.その前,1951年と1956年にそれぞれ目黒工場(品川区)と六郷 工場(大田区)を開設したが,1971年 8 月に目黒工場を,1984年 3 月に六郷工場を八王子事業所に 移転させた.1979年 7 月に八王子市石川町に本店移転登記を行った.そして,1996年 7 月に八王子 事業所に研究棟が完成した.さらに,2012年 3 月に京橋事業所を閉鎖して八王子事業所に統合し た.2015年 5 月,八王子事業所の老朽化対策として,新棟の建設と耐震補強,付帯設備の新設が行 われている.

大矢化学工業(株)は1967年に北八王子工業団地に塗料工場を新設し,塗料製造を始めた.1972 年に敷地に工場(八王子工場)を新設し,大型の製品に対応可能となった.その後,八王子工場に 1982年に自動粉体塗装ライン設備,1984年に量産品用ライン設備を完成した.1989年に工場を拡張 して新社屋に量産品用ライン設備を増強した.1992年に金属溶射職場を新設している.

名糖産業(株)は1964年に北八王子工業団地に八王子工場を新設した.現在,工場と東京研究所 を設置している.

セーラー万年筆(株)は1963年 4 月に八王子工場を新設したが,1972年10月に八王子工場を売却 し,八王子市内に八王子事業所を新設した.1982年 4 月八王子事業所を東京都青梅市に移転し,ロ ボット機器事業部に変更している.

日本ビクター(株)は八王子工場では業務用製品の開発・生産を行っていた.しかし,2009年 8 月28日に工場の売却を発表した.工場の生産部門を横須賀工場に集結する計画である.

協立電波(株)は1984年に古野電機(株)に買収された.しかし,2009年 2 月に古野電気(株) 100% 子会社である協立電波(株)を解散すると発表している.

北八王子工業団地では,1970年以降に以下のような企業も立地している6)

三省堂印刷(株)(1981年に(株)三省堂から独立)は1976年に三鷹市から八王子市に工場を移転

6 ) 企業名は八王子市調べによるものである.2018年11月 1 日現在.

(9)

し,三省堂印刷(株)八王子工場として操業を開始した.

東電物流(株)は1977年 7 月に八王子事業所を設立した.運送事業,倉庫業,配電用資機材の調 達・保管・配送事業・コンサルティングなどを営んでいる.

ミツワ電機(株)は八王子支店(1998年開設)と八王子物流センターを北八王子工業団地に開設 している.カシオ計算機(株)の八王子技術センターは2003年11月に竣工した.アジレント・テク ノロジー(株)は化学分析機器や電気・電子計測機器の開発・製造・販売・サポートを行う大手企 業で,本社・八王子事業所は北八王子工業団地にある.

以上のように単に工場ではなく,研究開発施設や本社を工業団地内に設置する企業もいる.ま た,工業団地という名前ではないが,八王子市には開発中の工業地域も存在する.例えば,2000年 に分譲を開始した戸吹工業地域には,トッパン・フォームズ・セントラルプロダクツ(株)の滝山 工場(2010年)(株)内野製作所の本社と工場,エフピコ物流(株)の八王子配送センター(2014 年),日清食品ホールディングス(株)の研究所(2014年)が立地している.

2017年の八王子市の企業インタビューで,当時トッパン・フォームズ・セントラルプロダクツ

(株)の滝山工場長の二橋高弘氏が「東西製造拠点の再編を目指している中,圏央道あきる野イン ター至近という物流アクセス面での立地の良さや,将来的な事業拡大を見越せる用地面積などの条 件が合致し,八王子市内に首都圏の基幹工場建設を決めた」7)と話している.エフピコ物流(株) 八王子配送センターの配送エリアは 1 都 4 県をカバーするに至り,主要拠点の 1 つに成長してい る.日清食品ホールディングス(株)の研究施設はこれまで滋賀県草津市にあった食品総合研究所 と食品安全研究所の機能をそれぞれ移転し,約 2 倍の規模に拡大したものである.

配送センターや研究施設の立地増加は八王子市の企業誘致政策と関係している.多業種の立地に より,今後八王子の産業構造が変わる可能性もあると考えられるであろう.

3-2 八王子市の企業誘致政策について

時代により八王子市の企業誘致政策も変わっている.

新しい産業を育成するために,八王子市は1957年 3 月に「八王子工場設置奨励に関する条例」を 制定し,工場誘致を図った.この条例は1976年に廃止された.

八王子市にとって企業誘致と集積の維持は重大な課題である.交通インフラなどの整備とともに 企業誘致政策にも力を入れている.2004年に「いきいき企業支援条例」を制定した.これは製造 業,商業,物流,事務所の 4 分野について,それぞれ企業立地促進地域を設定し,固定資産税・都 市計画税・事業所税相当額を奨励金として交付する制度で,企業の立地もしくは進出している企業 の拡張を支援するものである.2014年 4 月からは「企業立地支援条例」へと名前を変更し,小規模

7 ) 八王子市(2017)『八王子市企業立地ガイド』 5 頁.

(10)

事業者への支援を拡充した.

現在奨励金は 5 種類ある.市外企業を対象に企業立地・雇用促進奨励金,市内の企業を対象に市 内企業立地継続奨励金,貸し施設設置奨励金,産業系用地確保奨励金,開発・生産設備設置奨励金 である.他に,加算金として,市内雇用促進加算金と市内建設業者活用加算金が設けられている.

八王子市役所の調べによると,企業立地支援条例の指定事業者(2004年12月指定第 1 号~2017年 12月指定第128号)は,既存工業団地に立地しているのが13社,八王子ニュータウン地区27社,そ の他の工業・準工業地域26社,八王子みなみ野周辺地区 3 社,多摩ニュータウン地区 6 社,南大沢 センター地区 5 社がある.

4  要約と展望

八王子空襲の被害を受けた後に立ち上がった八王子市は,市街地の開発,大学の誘致,北八王子 や東浅川地区における工業団地の整備と企業・工場の誘致などに取り組んできた.その結果とし て,機械工業などの製造業が立地し,次第に生産を伸ばして,織物業だけに頼らない新しいまちと して八王子市は発展しつつある.

北八王子工業団地をはじめとする1960年代に造成された工業団地は半世紀以上の年月が経った.

施設の老朽化や事業拡大などの影響で敷地内の増設や建て替えが見られる.1990年代から新しい工 業団地の造成や準工業地区の開発が進められ,企業は生産拠点だけではなく,近年,印刷業,物流 関連会社,食品会社の進出が増えている.また,生産拠点のほかに,研究施設の設置が多くなって いる.

最初に指摘したように工業団地は広く世界中で開設されてきているが,その経済的分析は現在の ところ不十分な状況にある.さらに理論面では手薄な状況にある.このような状況の下で本稿は八 王子市における工業団地を取り上げ,その形成と発展についての考察を試み,実証分析をまず開始 しようとするものである.ここでの分析が今後の研究の糸口の 1 つになればと期待するところであ る.今後の分析では,八王子市の工業団地に立地している企業自体の考察も考慮しながら研究を深 めて行く計画である.

参 考 文 献

王玲玲・石川利治(2019)「工場の立地可能地域の設定による工業団地の立地決定」『中央大学経済研究所年 報』第51号

小田宏信(2016)「第一次首都圏基本計画下における市街地開発区域整備の実際―八王子・日野地区および 青梅・羽村地区を事例に―」『成蹊大学経済学部論集』第47巻第 1 号 成蹊大学経済学部学会 川端基夫・宮永昌男(1998)『大競争時代の「モノづくり」拠点―工業団地のサバイバル戦略―』新評論 国土交通省ホームページ

http://www.mlit.go.jp/

(11)

鈴木茂(2017)『イギリスの都市再生とサイエンスパーク』日本経済評論社

関満博(1985)『伝統的地場産業の研究―八王子機業の発展構造分析―』中央大学出版部 関満博(2001)『地域産業の未来』有斐閣

東京都企業立地相談センターホームページ

https://ilsc.tokyo/property.html

東京都経済局総務部調査課(1964)『八王子・日野地区における工業化とその影響』盛文社印刷所 東京都産業労働局ホームページ

http://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.jp

東京都八王子市議会(1988)『八王子市議会史 年表編』大日本印刷株式会社 東京都八王子市議会(1990)『八王子市議会史 記述編Ⅱ』大日本印刷株式会社 八王子市都市計画部(2019)『八王子の都市計画(資料編)』

八王子市ホームページ

https://www.city.hachioji.tokyo.jp/

羽田新・吉兼秀夫(1977)「首都圏都市における工業化の展開―八王子市の場合―」『明治学院論叢第263号  社会学・社会福祉学研究』49 育英印刷興業株式会社

Pose-Hardy(2014)Technology and industrial parks in emerging countries-panacea or pipedream, Springer.

(中央大学国際経営学部助教)

参照

関連したドキュメント

公益社団法人高知県宅地建物取引業協会(以下「本会」という。 )に所属する宅地建物

Q7 建設工事の場合は、都内の各工事現場の実績をまとめて 1

3000㎡以上(現に有害物 質特定施設が設置されてい る工場等の敷地にあっては 900㎡以上)の土地の形質 の変更をしようとする時..

このいわゆる浅野埋立は、東京港を整備して横浜港との一体化を推進し、両港の中間に

中央防波堤内の施工事業者間では、 「中防地区工

第76条 地盤沈下の防止の対策が必要な地域として規則で定める地

従って,今後設計する機器等については,JSME 規格に限定するものではなく,日本工業 規格(JIS)等の国内外の民間規格に適合した工業用品の採用,或いは American

条文の規定 第98条