地方分権改革と自治体をめぐる法運用の実態
著者名(日) 椎名 慎太郎
雑誌名 山梨学院大学法学論集
巻 50
ページ 1‑35
発行年 2003‑09‑30
URL http://id.nii.ac.jp/1188/00000895/
論
説
地方分権改革と自治体をめぐる法運用の実態
椎名慎太郎
1地方分権改革と自治体をめぐる法運用の実態
二 [ 三
目 次
はじめに国の事務と自治体の事務
分権改革後の条例制定権
自治体をめぐる法運用の実態は変わったのか
おわりに
はじめに
パ レ 一九九〇年代の終わりに懸案の地方分権改革がひとまず分権改革一括法としてスタートをきった︒いうまでもな
く︑分権改革はこれが自治体の財政的自立のシステムとも一体となって︑地域のことを地域で決することのできる
1 地方分権改革と自治体をめぐる法運用の実態
論 説
地方分権改革と自治体をめぐる法運用の実態
椎
慎太郎
名
目 次
はじめに国の事務と自治体の事務
分権改革後の条例制定権
自治体をめぐる法運用の実態は変わったのか
おわりに
はじめに
一九
九0年代の終わりに懸案の地方分権改革がひとまず分権改革一括法としてスタートをきった︒いうまでもな
く︑分権改革はこれが自治体の財政的自立のシステムとも一体となって︑地域のことを地域で決することのできる
法学論集 50〔山梨学院大学〕2
総合的システムとなって初めて﹁実現﹂と言えるのであるから︑地方分権一括法の成立はその第一歩にしかすぎな
い︒明治中期に中央集権国家体制確立とあわせて作られた機関委任事務というシステムが今次改革で姿を消したこ
とは大きな進歩であると認めるが︑それを処理する新しい制度としての事務配分によって︑直営化された事務︑廃
止された事務︵いずれも少数︶を除いた残りの約四割が法定受託事務という曖昧さを残した範疇に変えられたこ
と︑自治事務についてもかなり法律やこれに基づく政令等による介入が実際には目立つことなど︑分権化はなお緒
についたばかりである︒本稿は新しい事務配分の意昧を確認し︑条例制定権がどのように変化したのか︑そして︑
分権改革法成立からこれまでの間に︑法の具体的運用の実態や自治体職員の意識がどう変化したかを検証すること
によって︑﹁分権改革﹂の法レベルにおける改革が実を伴っているかどうかを考えてみようとするものである︒
なお︑文中の敬称はすべて略させていただく︒
国の事務と自治体の事務
前述のように︑これまで国の事務︵しごと︶でありながら自治体の機関︵知事︑市町村長︑教育委員会など︶に
やらせる﹁機関委任事務﹂がかなりあって︑憲法の定める﹁地方自治の本旨﹂にそぐわない実態となっていた︒分
権改革の主なねらいのひとつはこの機関委任事務体制の見直しであり︑これが﹁縮小﹂ではなく﹁廃止﹂されたこ
とは大きな進展といえる︵地方分権推進法五条でも﹁整理・合理化﹂といって︑廃止を明確に打ち出していなかっ
た︶︒
2
総合的システムとなって初めて﹁実現﹂と言えるのであるから︑地方分権一括法の成立はその第一歩にしかすぎな
50 (山梨学院大学)
い︒明治中期に中央集権国家体制確立とあわせて作られた機関委任事務というシステムが今次改革で姿を消したこ
とは大きな進歩であると認めるが︑それを処理する新しい制度としての事務配分によって︑直営化された事務︑廃
止された事務(いずれも少数)を除いた残りの約四割が法定受託事務という暖昧さを残した範鳴に変えられたこ
と︑自治事務についてもかなり法律やこれに基づく政令等による介入が実際には目立つことなど︑分権化はなお緒
法学論集
についたばかりである︒本稿は新しい事務配分の意味を確認し︑条例制定権がどのように変化したのか︑
分権改革法成立からこれまでの聞に︑法の具体的運用の実態や自治体職員の意識がどう変化したかを検証すること
によって︑﹁分権改革﹂の法レベルにおける改革が実を伴っているかどうかを考えてみようとするものである︒
なお︑文中の敬称はすべて略させていただく︒
国の事務と自治体の事務
前述のように︑これまで国の事務(しごと)でありながら自治体の機関(知事︑市町村長︑教育委員会など)
やらせる﹁機関委任事務﹂がかなりあって︑憲法の定める﹁地方自治の本旨﹂にそぐわない実態となっていた︒分
権改革の主なねらいのひとつはこの機関委任事務体制の見直しであり︑これが﹁縮小﹂ではなく﹁廃止﹂されたこ
とは大きな進展といえる(地方分権推進法五条でも﹁整理・合理化﹂といって︑廃止を明確に打ち出していなかっ
た
これとともに︑
ることになった︒ これまで自治事務について行われていた三区分︵公共事務︑
このことは後にみるように若干の問題を生むことになる︒ 団体委任事務︑行政事務︶もなくな
3地方分権改革と自治体をめぐる法運用の実態
︵一︶ 法定受託事務概念の生成
機関委任事務を廃止する方向は分権改革の検討のかなり早い段階︵一九九五年頃︶から内部で決まっており︑こ
のうち国と自治体の対等関係を前提としながらも︑国のやや強い関与が必要な事務をどう定義し︑どう呼ぶかとい
う問題が論議されてきた︒この検討の経過について︑地方分権推進委員長からの要請で︑大森彌︑西尾勝とともに
内部で検討をした成田頼明の説明を軸にみてゆきたい︒まず︑﹁法定受託事務﹂という言葉が出てきた経過をつぎ ︵2︶のように述べている︒
﹁地方公共団体と国は対等協力関係だという考え方は︑自治省にはかなり古くからあり︑地方制度調査会もそれ
に近いことを以前から言っていました︒対等協力というとらえ方の下では︑国からの﹁委任﹂という言葉が使いに
くい︒そこで﹁委託﹂という言葉を使ってきたという経緯があり︑今回も﹁委託﹂という言葉が使われることにな
ったわけです︒ここでは︑機関委任事務のうちで自治事務にしにくいものは︑法律・政令により地方公共団体に委
託して処理されるという考え方をとったのです︒こういう言葉の使い方については︑いま申し上げたような沿革的
背景があったわけですが︑﹁委託﹂は国の側からみた用語なので︑地方公共団体の事務という形にする場合には︑
﹁受託﹂を使ったほうがいいということになったわけです︒ところが︑委託 受託はもともと契約関係というこ
とになります︒したがって︑許認可等の公権力の行使に関わる事務については︑契約によって他の行政主体に委託 これとともに︑これまで自治事務について行われていた三区分(公共事務︑団体委任事務︑行政事務)もなくなることになった︒このことは後にみるように若干の問題を生むことになる︒
〆'旬、
一、、..‑'
法定受託事務概念の生成
機関委任事務を廃止する方向は分権改革の検討のかなり早い段階(一九九五年頃)から内部で決まっており︑こ
のうち固と自治体の対等関係を前提としながらも︑国のやや強い関与が必要な事務をどう定義し︑どう呼ぶかとい
う問題が論議されてきた︒この検討の経過について︑地方分権推進委員長からの要請で︑大森輔︑西尾勝とともに
地方分権改革と自治体をめぐる法運用の実態
内部で検討をした成田頼明の説明を軸にみてゆきたい︒まず︑﹁法定受託事務﹂という言葉が出てきた経過をつぎ
のように述べている︒
﹁地方公共団体と国は対等協力関係だという考え方は︑自治省にはかなり古くからあり︑地方制度調査会もそれ
に近いことを以前から言っていました︒対等協力というとらえ方の下では︑国からの﹁委任﹂という言葉が使いに
くい︒そこで﹁委託﹂という言葉を使ってきたという経緯があり︑今回も﹁委託﹂という言葉が使われることにな
ったわけです︒ここでは︑機関委任事務のうちで自治事務にしにくいものは︑法律・政令により地方公共団体に委
託して処理されるという考え方をとったのです︒こういう言葉の使い方については︑いま申し上げたような沿革的
背景があったわけですが︑﹁委託﹂は国の側からみた用語なので︑地方公共団体の事務という形にする場合には︑
﹁受託﹂を使ったほうがいいということになったわけです︒ところが︑委託││受託はもともと契約関係というこ
3
とになります︒したがって︑許認可等の公権力の行使に関わる事務については︑契約によって他の行政主体に委託
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したり受託するという考え方はとれないのではないか︑受託は法律・政令で定める関係であり︑地方公共団体は受
託を拒否することはそもそもできない︑契約であれば受託の拒否ができるが︑それはできない︑そういう意味を込
めて︑法定受託事務としたわけであります﹂︒ ︵3︶ 次に︑この法定受託事務の定義の仕方に関する検討の過程を成田は次のように説明している︒
﹁⁝⁝検討私案︵平成七年一二月段階︶では︑法定受託事務は地方公共団体が処理することにはするが︑事務の
性質としては﹁国政事務﹂であるとしていました︒したがって︑⁝⁝経費も全額国庫が負担すべきだと考えていた
わけです︒しかし︑これは早い段階で消えてしまいました︒そして中間報告では﹁国政事務﹂という言い方はやめ
て︑﹁地方公共団体が担う事務﹂︵この﹁担う﹂といういい方も後から消えました︶という言葉を使い︑法定受託事
務を﹁専ら国の利害に関係ある事務であるが︑国民の利便性又は事務処理の効率性の観点から法律の規定により地
方公共団体が受託して行うこととされる事務﹂というふうに定義しました︒しかし︑その後平成八年︵一九九六︶
一二月二〇日の第一次勧告では︑﹁事務の性質上︑その実施が国の義務に属し︑国の行政機関が直接執行すべきで
はあるが︑国民の利便性または事務処理の効率性の観点から︑法律又はこれに基づく政令の規定により地方公共団
体が受託して行うこととされる事務﹂と定義しなおしたのです︒﹂
中間報告の段階では法定受託事務も地方公共団体の事務であると割り切りながら︑﹁専ら国の利害に関係ある事
務﹂という二元論的な発想が残っていたのだと成田は説明している︒それを第一次勧告では﹁実施が国の義務に属
すると考えられるもので︑しかも︑国の行政機関が直接執行すべき事務だという表現に改めた﹂と説明している︒
ただ︑これだけでは漠然としていて︑法定受託事務が際限なく増えてゆく可能性があったので︑法定受託事務とす
4
したり受託するという考え方はとれないのではないか︑受託は法律・政令で定める関係であり︑地方公共団体は受
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託を拒否することはそもそもできない︑契約であれば受託の拒否ができるが︑
それ
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めて︑法定受託事務としたわけであります﹂︒
次に︑この法定受託事務の定義の仕方に関する検討の過程を成田は次のように説明していれ
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私案
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では︑法定受託事務は地方公共団体が処理することにはするが︑事務の
法学論集
性質としては﹁国政事務﹂であるとしていました︒したがって︑:::経費も全額国庫が負担すべきだと考えていた
わけです︒しかし︑これは早い段階で消えてしまいました︒そして中間報告では﹁国政事務﹂という言い方はやめ
て︑﹁地方公共団体が担う事務﹂(この﹁担う﹂といういい方も後から消えました)という言葉を使い︑法定受託事
務を﹁専ら国の利害に関係ある事務であるが︑国民の利便性又は事務処理の効率性の観点から法律の規定により地
方公共団体が受託して行うこととされる事務﹂というふうに定義しました︒しかし︑その後平成八年(一九九六)
一二
月二
O日の第一次勧告では︑﹁事務の性質上︑その実施が国の義務に属し︑国の行政機関が直接執行すべきで
はあるが︑国民の利便性または事務処理の効率性の観点から︑法律又はこれに基づく政令の規定により地方公共団
体が受託して行うこととされる事務﹂と定義しなおしたのです︒﹂
中間報告の段階では法定受託事務も地方公共団体の事務であると割り切りながら︑﹁専ら国の利害に関係ある事
務﹂というこ元論的な発想が残っていたのだと成田は説明している︒それを第一次勧告では﹁実施が国の義務に属
すると考えられるもので︑しかも︑国の行政機関が直接執行すべき事務だという表現に改めた﹂と説明している︒
ただ︑これだけでは漠然としていて︑法定受託事務が際限なく増えてゆく可能性があったので︑法定受託事務とす
5地方分権改革と自治体をめぐる法運用の実態
る八項目のメルクマールを作ったのだという︒
この中間報告から第一次勧告への定義の変化については︑前者では機関委任事務が原則的に自治事務になること
を前提に︑ごく例外的なものが﹁法的受託事務﹂となると考えられていたものが︑後者ではかなり広い範囲のもの パィレを包摂できるようにしたものだという有力な指摘がある︒
阿部泰隆は︑法定受託事務に国家事務そのものである国政選挙や旅券の発給︑外国人登録関連事務︑指定統計事
務のように︑なぜ﹁地方の事務﹂であるのか分からないものがあるとし︑これが法令により地方公共団体に委任さ
れたとたん︑国家の事務ではないとして国が賠償責任を免れるのは矛盾であるという︒そして︑当局解釈によると
﹁法律又はこれに基づく政令により処理することとされる﹂という同じ文言が二条二項と同条九項では全く別の意
味をもつらしいという︒そしてこの混乱は﹁もともと︑法定受託事務は純然たる国家事務に限定すべきところ︑各 ︵5︶省の抵抗で増えてしまったので︑国家事務に限定しなくなったというのが本音であろうか﹂と疑問を呈している︒ ハ レ これについて︑成田は次のように弁明している︒
﹁定義がこのようにぐるぐる変わったことによって後退したのではないかというご批判がよくあります︒しか
し︑私は後退ではなく︑技術的に表現方法をより明確にしたものであると考えています︒我々が勧告で自治事務と
法定受託事務を区分した基本的な意図は変わっていません︒勧告で自治事務になっていたものが︑定義の変更によ
って法定受託事務に変えられるものはありません︒実質的には基本的な考え方がほぼ維持されながら表現がより的
確なものになっていった︑と理解しています︒﹂
ごのように議論はあるものの︑法定受託事務が以前の機関委任事務のように国の事務ではなく︑自治体で処理さ る八項目のメルクマールを作ったのだという︒
この中間報告から第一次勧告への定義の変化については︑前者では機関委任事務が原則的に自治事務になること
を前提に︑ごく例外的なものが﹁法的受託事務﹂となると考えられていたものが︑後者ではかなり広い範囲のもの
を包摂できるようにしたものだという有力な指摘がある︒
阿部泰隆は︑法定受託事務に国家事務そのものである国政選挙や旅券の発給︑外国人登録関連事務︑指定統計事
務のように︑なぜ﹁地方の事務﹂であるのか分からないものがあるとし︑これが法令により地方公共団体に委任さ
れたとたん︑国家の事務ではないとして国が賠償責任を免れるのは矛盾であるという︒そして︑当局解釈によると
5 地方分権改革と自治体をめぐる法運用の実態
﹁法律又はこれに基づく政令により処理することとされる﹂という同じ文言が二条二項と同条九項では全く別の意
味をもつらしいという︒そしてこの混乱は﹁もともと︑法定受託事務は純然たる国家事務に限定すべきところ︑各
省の抵抗で増えてしまったので︑国家事務に限定しなくなったというのが本音であろうか﹂と疑問を呈している︒
これについて︑成田は次のように弁明している︒
﹁定義がこのようにぐるぐる変わったことによって後退したのではないかというご批判がよくあります︒しか
し︑私は後退ではなく︑技術的に表現方法をより明確にしたものであると考えています︒我々が勧告で自治事務と
法定受託事務を区分した基本的な意図は変わっていません︒勧告で自治事務になっていたものが︑定義の変更によ
って法定受託事務に変えられるものはありません︒実質的には基本的な考え方がほぼ維持されながら表現がより的
確なものになっていった︑
と理
解し
てい
ます
︒﹂
このように議論はあるものの︑法定受託事務が以前の機関委任事務のように国の事務ではなく︑自治体で処理さ
法学論集 50〔山梨学院大学〕6
︵7︶れる以上自治体の事務になった︒これを成田は﹁現住所主義﹂と呼んで︑次のように説明している︒
﹁現住所主義は︑その反面の本籍主義に対するものです︒地方公共団体が処理する事務を区分する場合に︑それ
ぞれの事務の性質からいって本籍がどこにあるかを問うのが本籍主義です︒一方︑現住所主義は︑地方公共団体が
処理することになっているという現実に立って︑地方公共団体が処理しているものは全部たとえ︑本籍が国政事務
とみられるものでも︑地方公共団体の仕事と見るということであり︑そういう意味で﹁現住所主義﹂と﹁本籍主
義﹂という言葉が使われたわけです︒﹂
そして︑従来の機関委任事務が国の事務として議会や監査委員の権限の外とされたことと比較して︑この現住所
主義は法定受託事務についても条例制定権が認められるなど︑地方自治体の自主性強化をもたらすものだとして
︵8︶いる︒
しかし︑これについては﹁地方公共団体の事務﹂が﹁地方公共団体で行われている事務﹂になりかねず︑﹁自治
事務と法定受託事務の違いは︑国の関与が強いか弱いかという制度技術的なものに解消してしまうということで︑
かえって自治事務という観念の自治防御的な機能なども︑もしかすると弱めてしまうのではないかという危惧も生 ︵9︶ずる﹂という批判がある︒
これに対して︑検討作業の一員であった大森彌は︑法定受託事務にあたるものが機関委任事務の二割程度という
見通しを立てていたが︑それが甘かったことを認めつつ︑一方で︑それを無責任に増やしたわけではないという︒
そして︑﹁結局︑明治以来︑営々と国民統合をやってきたでしょう︑その範囲は広く浸透力は強い︒旧来の機関委
任事務をすべて自治事務に変えるなどということは出来ない程度に︑国民のさまざまな暮らしを全体として統一的
6
れる以上自治体の事務になった︒これを成田は﹁現住所主義﹂と呼んで︑次のように説明してい託︒
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﹁現
住所
主義
は︑
その反面の本籍主義に対するものです︒地方公共団体が処理する事務を区分する場合に︑
ぞれの事務の性質からいって本籍がどこにあるかを問うのが本籍主義です︒一方︑現住所主義は︑地方公共団体が
処理することになっているという現実に立って︑地方公共団体が処理しているものは全部たとえ︑本籍が国政事務
とみられるものでも︑地方公共団体の仕事と見るということであり︑そういう意味で﹁現住所主義﹂と﹁本籍主
法学論集
義﹂という言葉が使われたわけです︒﹂
そして︑従来の機関委任事務が国の事務として議会や監査委員の権限の外とされたことと比較して︑この現住所
主義は法定受託事務についても条例制定権が認められるなど︑地方自治体の自主性強化をもたらすものだとして
いる
しかし︑これについては﹁地方公共団体の事務﹂が﹁地方公共団体で行われている事務﹂になりかねず︑﹁自治 ︒
事務と法定受託事務の違いは︑国の関与が強いか弱いかという制度技術的なものに解消してしまうということで︑
かえって自治事務という観念の自治防御的な機能なども︑もしかすると弱めてしまうのではないかという危倶も生
ずる﹂という批判がある︒
これに対して︑検討作業の一員であった大森捕は︑法定受託事務にあたるものが機関委任事務の二割程度という
見通しを立てていたが︑それが甘かったことを認めつつ︑一方で︑それを無責任に増やしたわけではないという︒
そして︑﹁結局︑明治以来︑営々と国民統合をやってきたでしょう︑その範囲は広く浸透力は強い︒旧来の機関委
任事務をすべて自治事務に変えるなどということは出来ない程度に︑国民のさまざまな暮らしを全体として統一的
に規律しているような状態にあるのです︒ですから︑もしそれに手をかけるならば︑これまで個別法で義務づけて
きたものを︑自治体が選択できるように︑法文そのものを変える必要があ﹂ったのだという︒そして︑個別法はそ ︵10︶のままという原則でやった結果︑膨大に残ってしまったのだと説明している︒
しかし︑この過程での整理作業の混乱が︑後述するように︑とくに自治体事務の範囲や法定受託事務の性質に関
する難解さを生じさせたことは間違いない︒
7地方分権改革と自治体をめぐる法運用の実態
︵二﹀ 新地方自治法にみる自治事務と法定受託事務
以上のような経過を経て︑機関委任事務が廃止され︑自治体で行われる事務の区分としては︑自治事務と法定受
託事務という形になったのだが︑新地方自治法ではこれがどのように規定されたのか︑主な条文ごとに概観してみ
たい︒A 一条の二
この規定は一九九九年の分権改革法の大原則として規定されたものであり︑①国と地方公共団体との問の︵適切
な︶役割分担︑②地方公共団体の自主性及び自立性に対する国の配慮︑について定めている︒二項の﹁住民に身近
な行政はできる限り地方公共団体にゆだねることを基本として﹂の解釈に異論が存在する︒﹁国が本来果たすべき
役割に係る事務であっても︑そのすべてを国が自ら直接行うべきとはいえず︑国民の利便を図る︑あるいは地方公
共団体の総合行政の実を発揮せしめるために︑地方公共団体にゆだねてよい︑又はゆだねるべきというものがあ に規律しているような状態にあるのです︒ですから︑もしそれに手をかけるならば︑これまで個別法で義務づけてきたものを︑自治体が選択できるように︑法文そのものを変える必要があ﹂ったのだという︒そして︑個別法はそ
(日 )
のままという原則でやった結果︑膨大に残ってしまったのだと説明している︒
しかし︑この過程での整理作業の混乱が︑後述するように︑とくに自治体事務の範囲や法定受託事務の性質に関
する難解さを生じさせたことは間違いない︒
〆'、、
一一、』〆
新地方自治法にみる自治事務と法定受託事務
7 地方分権改革と自治体をめぐる法運用の実態
以上のような経過を経て︑機関委任事務が廃止され︑自治体で行われる事務の区分としては︑自治事務と法定受
託事務という形になったのだが︑新地方自治法ではこれがどのように規定されたのか︑主な条文ごとに概観してみ
たい
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一条
の二
この規定は一九九九年の分権改革法の大原則として規定されたものであり︑①固と地方公共団体との間の(適切
な)役割分担︑②地方公共団体の自主性及び自立性に対する国の配慮︑について定めている︒二項の﹁住民に身近
な行政はできる限り地方公共団体にゆだねることを基本として﹂の解釈に異論が存在する︒﹁国が本来果たすべき
役割に係る事務であっても︑そのすべてを国が自ら直接行うべきとはいえず︑国民の利便を図る︑あるいは地方公
共団体の総合行政の実を発揮せしめるために︑地方公共団体にゆだねてよい︑又はゆだねるべきというものがあ
法学論集 50〔山梨学院大学〕8
る︒そのようなものも﹁住民に身近な行政﹂としてできる限り地方公共団体にゆだねるべきであるということに
パじレなる﹂とされるが︑この事務が法定受託事務としてゆだねられるとするならば︑この規定は法定受託事務の限定と ︵12︶は反対の方向に機能することになるという批判がある︒ ︵13︶ この役割分担原則を地方自治の本旨のなかに読み込むべきだとする解釈論もある︒小早川光郎はここに規定され
た国と地方の役割分担原則は︑二条こ項︑一三項と合わせて︑憲法九二条の地方自治の本旨に含まれるものであ
り︑国が十分な合理的理由なしに地方の事務を国の事務化するということは憲法九二条違反だということが言える
︵14︶のだとする︒
これに対して︑近藤哲雄は﹁第三次行革審︑地方分権推進法︑地方分権推進委員会の勧告︑地方分権推進計画と
続いてきた﹁役割分担の原則﹂は︑自治法への規定に当たってその内容が変容したのではないかと考えられる﹂と
いい︑二項の規定のうち︑﹁その他の国が本来果たすべき役割を重点的に担い︑住民に身近な行政はできる限り地
方公共団体にゆだねることを基本として︑地方公共団体との間で適切に役割を分担する﹂という部分に着目する︒
ここでは︑﹁役割を重点的に担い﹂︵﹁役割分担の原則﹂︶の後に︑﹁住民に身近な行政はできる限り地方公共団体に
ゆだねることを基本として﹂という部分が挿入され︑次に﹁役割を分担する﹂とある︒これは﹁役割を重点的に担
い﹂︵﹁役割分担の原則﹂︶という行為のほかに︑﹁役割を分担する﹂という別の行為が規定されているのだという︒
その結果︑﹁役割を担う﹂という一段階の構造であった﹁役割分担の原則﹂が一条の二の規定では︑事務が﹁国が
本来果たすべき役割﹂かどうかを判断して︑次に﹁住民に身近な行政はできる限り地方公共団体にゆだねる﹂べき パおレかを判断し︑そして﹁役割を分担する﹂とする二段階構造に変容されているというのである︒この﹁適切な役割分
8
る︒そのようなものも﹁住民に身近な行政﹂としてできる限り地方公共団体にゆだねるべきであるということに
なる﹂とされるが︑この事務が法定受託事務としてゆだねられるとするならば︑この規定は法定受託事務の限定と
は反対の方向に機能することになるという批判がある︒
50 (山梨学院大学〕
この役割分担原則を地方自治の本旨のなかに読み込むべきだとする解釈論もある︒小早川光郎はここに規定され
た国と地方の役割分担原則は︑二条一一項︑一三項と合わせて︑憲法九二条の地方自治の本旨に含まれるものであ
法学論集
り︑国が十分な合理的理由なしに地方の事務を国の事務化するということは憲法九二条違反だということが言える
のだ
とす
る︒
これに対して︑近藤哲雄は﹁第三次行革審︑地方分権推進法︑地方分権推進委員会の勧告︑地方分権推進計画と
続いてきた﹁役割分担の原則﹂は︑自治法への規定に当たってその内容が変容したのではないかと考えられる﹂と
いい︑二項の規定のうち︑﹁その他の国が本来果たすべき役割を重点的に担い︑住民に身近な行政はできる限り地
方公共団体にゆだねることを基本として︑地方公共団体との間で適切に役割を分担する﹂という部分に着目する︒
ここでは︑﹁役割を重点的に担い﹂(﹁役割分担の原則﹂)の後に︑﹁住民に身近な行政はできる限り地方公共団体に
ゆだねることを基本として﹂という部分が挿入され︑次に﹁役割を分担する﹂とある︒これは﹁役割を重点的に担
い﹂
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役割
分担
の原
則﹂
)
という行為のほかに︑﹁役割を分担する﹂という別の行為が規定されているのだという︒
その結果︑﹁役割を担う﹂という一段階の構造であった﹁役割分担の原則﹂が一条の二の規定では︑事務が﹁国が
本来果たすべき役割﹂かどうかを判断して︑次に﹁住民に身近な行政はできる限り地方公共団体にゆだねる﹂べき
そして﹁役割を分担する﹂とするこ段階構造に変容されているというのである︒この﹁適切な役割分
かを
判断
し︑
︵16︶担﹂と﹁役割を担う﹂ことの区別は︑この規定の法規範的意味を大きく失わせるものだと近藤は解釈している︒
れは法定受託事務の生成過程と関わって︑興味ある指摘である︒
こ
9地方分権改革と自治体をめぐる法運用の実態
B 二条二項︑ パロレ ここでいわれる﹁地域における事務﹂には自治事務と法定受託事務が含まれると一般に解釈されている︒すると
﹁その他の事務﹂とは何かということになるが︑﹁北方領土に本籍をもつ者の戸籍事務﹂といった例外的なものが
挙げられる︒この他国際協力の目的で職員を外国の政府機関・国際機関などに派遣することが挙げられることもあ
るようだが︑いずれも例外的なもので︑芝池義一がいうように︑このような事務のために﹁法律又はこれに基づく ︵18︶政令により処理することとされるもの﹂という規定をわざわざ設けるのは﹁いかにも仰々しい﹂︒これについて芝
池は︑立法関係者のいう一般的解釈︵これを第一説とする︶のほかに以下のような三つの解釈の可能性があるとす
る︒第二説として︑法律政令事務を広く﹁法律・政令に基づいて処理されるすべての事務をすべて含むもの︵ここ
には従って︑自治事務・法定受託事務の双方が含まれることになる︶と解し︑﹁地域における事務﹂を狭く︑法
律・政令の規制を受けない事務︵従って︑自治事務の一部だけ︶とする解釈がありうる︒第三説は︑前二説の中間
に位置するもので︑﹁地域における事務﹂を自治事務︵法律・政令に定めのあるものを含む︶と解し︑法律・政令
事務を法定受託事務と解する︒第四説は︑やはり中問的な説で︑﹁地域における事務﹂には︑自治事務の他︑法律
上は法定受託事務であるが実質的には自治事務であるもの︵非本来的法定受託事務・これについては後述︶までが ハのレ入るという考え方である︒そして︑四説のうち︑最も成り立ちにくいのが立法関係者の解釈であるという︒芝池の 担﹂と﹁役割を担う﹂ことの区別は︑この規定の法規範的意味を大きく失わせるものだと近藤は解釈している︒これは法定受託事務の生成過程と関わって︑興味ある指摘である︒
B
二条
二項
︑
ここでいわれる﹁地域におげる事務﹂には自治事務と法定受託事務が含まれると一般に解釈されてい(初︒すると
﹁その他の事務﹂とは何かということになるが︑﹁北方領土に本籍をもっ者の戸籍事務﹂といった例外的なものが
挙げられる︒この他国際協力の目的で職員を外国の政府機関・国際機関などに派遣することが挙げられることもあ
9 地方分権改革と自治体をめぐる法運用の実態
いずれも例外的なもので︑芝池義一がいうように︑このような事務のために﹁法律又はこれに基づく
政令により処理することとされるもの﹂という規定をわざわざ設けるのは﹁いかにも仰々しい﹂︒これについて芝 る
よう
だが
︑
池は︑立法関係者のいう一般的解釈(これを第一説とする)のほかに以下のような三つの解釈の可能性があるとす
る︒第二説として︑法律政令事務を広く﹁法律・政令に基づいて処理されるすべての事務をすべて含むもの(ここ
には従って︑自治事務・法定受託事務の双方が含まれることになる)と解し︑﹁地域における事務﹂を狭く︑法
律・政令の規制を受けない事務(従って︑自治事務の一部だけ)とする解釈がありうる︒第三説は︑前二説の中間
に位置するもので︑﹁地域における事務﹂を自治事務(法律・政令に定めのあるものを含む)と解し︑法律・政令
事務を法定受託事務と解する︒第四説は︑やはり中間的な説で︑﹁地域における事務﹂には︑自治事務の他︑法律
上は法定受託事務であるが実質的には自治事務であるもの(非本来的法定受託事務・これについては後述)までが
入るという考え方である︒そして︑四説のうち︑最も成り立ちにくいのが立法関係者の解釈であるという︒芝池の
法学論集 50〔山梨学院大学〕 10
疑問の理由は︑いくつかあるが︑本稿の目的から引用しておきたいのは次の二点である︒第一に︑﹁従前は﹁地域
性を持った事務﹂︑地域的事務︑地方的事務といった表現は︑国の事務との対比で︑地方公共団体が自主的に処理
することの事務の範囲を画するために用いられてきたものではなかったか︒そうであるとすると︑﹁地域における
事務﹂の中には︑少なくとも︑法律・政令による委任によりはじめて地方公共団体が処理することができることに
なる性質の法定受託事務︵実質的または本来的法定受託事務︶は入らないことになろう︒﹁地域における事務﹂の
第一説のような理解は︑右の経緯を踏まえないものである﹂︒第二に︑﹁国政選挙に関する事務や国勢調査に関する
事務も地域またはそこに住む住民に関係するから﹁地域における事務﹂だという理屈は成り立たないわけではない
が︑この理屈に従うと︑国の現に処理している事務の多くも﹁地域における事務﹂だということになる︒しかし︑
﹁地域における事務﹂概念をこのように解すると︑それは︑地方自治法制上の概念としては無意味なものになって
しまうであろう︒﹁地域における事務﹂が︑等しく国によっても地方公共団体によっても処理されうるとすると︑ ︵20︶この事務概念は︑国と地方の間での緊張関係の中で持つべき意味を失うのではないかということである﹂︒この指
摘は︑後にみるように︑最近制定された法律のあり方によって悪い形で裏付けられているように見える︒
C 二条八項
自治事務は﹁法定受託事務以外のもの﹂︵八項︶と控除型の規定になっている︒これは自治事務が非限定的で発
展的であることからとられた規定の仕方だと立法関係者は説明している︒そして︑これによって︑自治事務が広く
認められることになるというのだが︑これに対しても芝池は疑問を呈する︒芝池は﹁控除説的定義は自治事務の外
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疑問
の理
由は
︑
いくつかあるが︑本稿の目的から引用しておきたいのは次の二点である︒第一に︑﹁従前は﹁地域
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性を持った事務﹂︑地域的事務︑地方的事務といった表現は︑国の事務との対比で︑地方公共団体が自主的に処理
することの事務の範囲を画するために用いられてきたものではなかったか︒そうであるとすると︑﹁地域における
事務﹂の中には︑少なくとも︑法律・政令による委任によりはじめて地方公共団体が処理することができることに
なる性質の法定受託事務(実質的または本来的法定受託事務)は入らないことになろう︒﹁地域における事務﹂の
第一説のような理解は︑右の経緯を踏まえないものである﹂︒第二に︑﹁国政選挙に関する事務や国勢調査に関する
法学論集
事務も地域またはそこに住む住民に関係するから﹁地域における事務﹂だという理屈は成り立たないわけではない
が︑この理屈に従うと︑国の現に処理している事務の多くも﹁地域における事務﹂だということになる︒しかし︑
﹁地域における事務﹂概念をこのように解すると︑それは︑地方自治法制上の概念としては無意味なものになって
しまうであろう︒﹁地域における事務﹂が︑等しく国によっても地方公共団体によっても処理されうるとすると︑
この事務概念は︑固と地方の間での緊張関係の中で持つべき意味を失うのではないかということである﹂︒この指
摘は︑後にみるように︑最近制定された法律のあり方によって悪い形で裏付けられているように見える︒
C
二条八項
自治事務は﹁法定受託事務以外のもの﹂(八項)と控除型の規定になっている︒これは自治事務が非限定的で発
展的であることからとられた規定の仕方だと立法関係者は説明している︒そして︑これによって︑自治事務が広く
認められることになるというのだが︑これに対しても芝池は疑問を呈する︒芝池は﹁控除説的定義は自治事務の外
11 地方分権改革と自治体をめぐる法運用の実態
延や内容について何も言っていない﹂といい︑﹁かつての自治事務概念と比較するといわば魂を抜かれた腋抜けの
︵21︶存在である﹂とさえいう︒また︑この自治事務の定義は現状説明的な意味を持つにとどまるようである﹂といい︑
﹁地方公共団体が処理する事務﹂とは﹁地方公共団体が現に処理している事務﹂を指し︑そこから法定受託事務と
されるものを除いたものが自治事務になる︒これは﹁未来思考的な意味または問題解決的な意味﹂を持つものでは
パぬレないとする︒そして︑これを自治権保障的に解釈するには︑一条の二第一項︑同条第二項︑二条二項などを総合的
に読むことによって︑地方公共団体は﹁住民に身近な︑地域性のある事務﹂を自主的に処理することができるとい ︵23︶うことになるのだとしている︒
北村喜宣は︑新しい必要的自治事務に関する条例制定権に関して︑法二条二二項の示す立法原則が重要な意味を
もつことを指摘する︒この﹁国は︑地方公共団体が地域の特性に応じて当該事務を処理することができるよう特に
配慮しなければならない﹂という規定は︑﹁将来の法律制定や法律改正の指針となるだけでなく︑既存の法律の解 パぬレ釈にあたっても︑尊重されるべき原則である﹂という︒
より自治権保障的な解釈法をどのように導き出すべきか︑建設的な論議が望まれるところである︒
D 二条九項
前述のような経過を経て︑法定受託事務という新しい概念が生まれ︑二条九項に定められた︒﹁法律又はこれに
基づく政令により都道府県︑市町村又は特別区が処理することとされる事務のうち︑国が本来果たすべき役割に係
るものであって︑国においてその適正な処理を特に確保する必要があるものとして法律又はこれに基づく政令に特 延や内容について何も言っていない﹂といい︑﹁かつての自治事務概念と比較するといわば魂を抜かれた蹄抜けの存在である﹂とさえいう︒また︑この自治事務の定義は現状説明的な意味を持つにとどまるようである﹂といい︑
﹁地方公共団体が処理する事務﹂とは﹁地方公共団体が現に処理している事務﹂を指し︑そこから法定受託事務と
されるものを除いたものが自治事務になる︒これは﹁未来思考的な意味または問題解決的な意味﹂を持つものでは
ないとする︒そして︑これを自治権保障的に解釈するには︑一条の二第一項︑同条第二項︑二条二項などを総合的
に読むことによって︑地方公共団体は﹁住民に身近な︑地域性のある事務﹂を自主的に処理することができるとい
うことになるのだとしている︒
地方分権改革と自治体をめぐる法運用の実態
北村喜宣は︑新しい必要的自治事務に関する条例制定権に関して︑法二条二ニ項の示す立法原則が重要な意味を
もつことを指摘する︒この﹁国は︑地方公共団体が地域の特性に応じて当該事務を処理することができるよう特に
配慮しなければならない﹂という規定は︑﹁将来の法律制定や法律改正の指針となるだけでなく︑既存の法律の解
釈にあたっても︑尊重されるべき原則である﹂とい列︒
より目治権保障的な解釈法をどのように導き出すべきか︑建設的な論議が望まれるところである︒
D
二条九項
前述のような経過を経て︑法定受託事務という新しい概念が生まれ︑二条九項に定められた︒﹁法律又はこれに
基づく政令により都道府県︑市町村又は特別区が処理することとされる事務のうち︑国が本来果たすべき役割に係
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るものであって︑国においてその適正な処理を特に確保する必要があるものとして法律又はこれに基づく政令に特
法学論集 50〔山梨学院大学〕 12
に定めるもの﹂という一号法定受託事務に加えて︑﹁法律又はこれに基づく政令により市町村又は特別区が処理す
ることとされる事務のうち︑都道府県が本来果たすべき役割に係るものであって︑都道府県においてその適正な処
理を特に確保する必要があるものとして法律又はこれに基づく政令に特に定めるもの﹂という二号法定受託事務が
規定された︒従前も︑都道府県の機関に委任された事務で︑明確な根拠なく市町村の機関に補助執行させていたも
のが少なくなかったが︑今回︑二号法定受託事務という範疇が出来たことは︑この曖昧な関係をひとまず表に出し
た意味をもつ︒しかし︑分権改革後の都道府県と市町村の関係については解明すべき少なからぬ課題が残ってい
る︒本稿ではこの点の検討は時間的制約で後日の課題とせざるをえない︒
新しく誕生した法定受託事務については︑従来の機関委任事務が境界不分明であったのに対して︑振り分けのメ
ルクマール︵基準︶が地方分権推進計画︵一九九八年︶に示されるとともに︑地方自治法の別表第一︑第二及び各
個別法のなかに明示するという方式をとった︵例・廃棄物処理法二四条の四︑地方教育行政組織運営法六三条︶︒
しかし︑この制度そのものは分かりにくい構造をしている︒小早川光郎はこれを次のように表現している︒﹁そ
の前身である機関委任事務がねじれた制度であったのと同様︑法定受託事務の制度も︑ねじれた︑やや分かりにく
い制度であることは否定できない︒その論理構造を言うとすれば︑おそらく三段階の構造がある︒まず︑ある事務
が︑それ自体としては︑一条の二で言えば地域における行政には違いない︒したがって︑地域における行政の
実施の役割は地方が広く担うとの原則からは地方の事務とされるべきものではあるが︵第一段︶︑他方でそれは同
条二項の国が重点的に担うべき役割の方にも係ってくる︑そのことからすれば国の事務とするのがよいかもし
れない︵第二段︶︑しかし︑結局は︑何らかの理由︵地方分権推進委員会中間報告以来言われていたところでは
12
に定めるもの﹂という一号法定受託事務に加えて︑﹁法律又はこれに基づく政令により市町村又は特別区が処理す
50 (山梨学院大学〕
ることとされる事務のうち︑都道府県が本来果たすべき役割に係るものであって︑都道府県においてその適正な処
理を特に確保する必要があるものとして法律又はこれに基づく政令に特に定めるもの﹂というこ号法定受託事務が
規定された︒従前も︑都道府県の機関に委任された事務で︑明確な根拠なく市町村の機関に補助執行させていたも
のが少なくなかったが︑今回︑二号法定受託事務という範騰が出来たことは︑この暖昧な関係をひとまず表に出し
た意味をもっ︒しかし︑分権改革後の都道府県と市町村の関係については解明すべき少なからぬ課題が残ってい
法学論集
る︒本稿ではこの点の検討は時間的制約で後日の課題とせざるをえない︒
新しく誕生した法定受託事務については︑従来の機関委任事務が境界不分明であったのに対して︑振り分けのメ
ルクマlル(基準)が地方分権推進計画(一九九八年)に示されるとともに︑地方自治法の別表第一︑第二及び各
個別法のなかに明示するという方式をとった(例・廃棄物処理法二四条の四︑地方教育行政組織運営法六三条)︒
しかし︑この制度そのものは分かりにくい構造をしている︒小早川光郎はこれを次のように表現している︒﹁そ
の前身である機関委任事務がねじれた制度であったのと同様︑法定受託事務の制度も︑ねじれた︑やや分かりにく
い制度であることは否定できない︒その論理構造を言うとすれば︑おそらく三段階の構造がある︒まず︑ある事務
が︑それ自体としては︑一条の二で言えばか地域におげる行政4には違いない︒したがって︑地域における行政の
実施の役割は地方が広く担うとの原則からは地方の事務とされるべきものではあるが(第一段)︑他方でそれは同
条二項のか国が重点的に担うべき役割4
の方
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そのことからすれば国の事務とするのがよいかもし
れない(第二段)︑しかし︑結局は︑何らかの理由(地方分権推進委員会中間報告以来言われていたところでは
13地方分権改革と自治体をめぐる法運用の実態
国民の利便性又は事務処理の効率性の観点︶から法律又は政令で地方自治体において処理することとする︵第
三段︶︑そのような論理過程を辿って自治体事務とされたのが法定受託事務であるということだと考えられる︒す
なわち︑理念的なレベルでの国・地方の役割分担の問題と︑制度上の事務配分としてそれをどちらの事務に落とす ハあレかの問題とは︑場合によって︑ずれが生じうるのである﹂︒
こうしたねじれの存在から︑法定受託事務については︑その中に﹁本来的法定受託事務﹂と﹁非本来的法定受託
事務﹂があるという主張がでてくる︒北村喜宣は︑国と地方公共団体の利害の程度によって︑国政選挙のような本 パガレ来的法定受託事務と地方の利害のほうにウェイトが置かれるそれ以外の非本来的法定受託事務があるという︒同じ
ように︑兼子仁は︑国の事務の本質・本来的性質をもつ本来的法定受託事務と﹁本質的な国の事務性﹂をもたない
非本来的法定受託事務があり︑国政選挙︑自衛官募集︑外国人登録︑旅券交付などが前者にあたり︑産業廃棄物関 パむ係の監督や農地転用許可︑生活保護決定などが後者にあたるという︒
そして︑法定受託事務の本質をどうみるかという論議にかなり根源的問いかけをしているのが兼子仁の﹁関与法
定自治体事務か受託自治体事務か﹂という問題提起である︒兼子は成田等のいう﹁現住所主義﹂が﹁強い国関与類
型を法定された自治体事務﹂だとし︑自治事務との差異が量的なものにとどまるとする︒そして︑この相対化によ
って自治事務への国関与が相対的に増幅されることを懸念するという︒これに対して︑兼子の採用する受託自治体
事務説によれば︑﹁国の法律に拘束されて自治体が執行する点では法定受託事務と法定自治事務︵必要事務︶は同
質であるが︑両事務について立法国家の定める法律の意義が全く異なることが︑法定受託事務の例外性と自治事務
の原則性の裏づけとして捉えられなければならない︒自治事務に関する法律は全国的基準として自治体による自治 8国民の利便性又は事務処理の効率性の観点4)から法律又は政令で地方自治体において処理することとする(第
三段)︑そのような論理過程を辿って自治体事務とされたのが法定受託事務であるということだと考えられる︒す
なわち︑理念的なレベルでの国・地方の役割分担の問題と︑制度上の事務配分としてそれをどちらの事務に落とす
かの問題とは︑場合によって︑ずれが生じうるのである﹂︒
こうしたねじれの存在から︑法定受託事務については︑その中に﹁本来的法定受託事務﹂と﹁非本来的法定受託
事務﹂があるという主張がでてくる︒北村喜宣は︑国と地方公共団体の利害の程度によって︑国政選挙のような本
来的法定受託事務と地方の利害のほうにウェイトが置かれるそれ以外の非本来的法定受託事務があるという︒同じ
13 地方分権改革と自治体をめぐる法運用の実態
ように︑兼子仁は︑国の事務の本質・本来的性質をもっ本来的法定受託事務と﹁本質的な国の事務性﹂をもたない
非本来的法定受託事務があり︑国政選挙︑自衛官募集︑外国人登録︑旅券交付などが前者にあたり︑産業廃棄物関
係の監督や農地転用許可︑生活保護決定などが後者にあたるという︒
そして︑法定受託事務の本質をどうみるかという論議にかなり根源的問いかけをしているのが兼子仁の﹁関与法
定自治体事務か受託自治体事務か﹂という問題提起である︒兼子は成田等のいう﹁現住所主義﹂が﹁強い国関与類
型を法定された自治体事務﹂だとし︑自治事務との差異が量的なものにとどまるとする︒そして︑この相対化によ
って自治事務への国関与が相対的に増幅されることを懸念するという︒これに対して︑兼子の採用する受託自治体
事務説によれば︑﹁国の法律に拘束されて自治体が執行する点では法定受託事務と法定自治事務(必要事務)
は同
質であるが︑両事務について立法国家の定める法律の意義が全く異なることが︑法定受託事務の例外性と自治事務
の原則性の裏づげとして捉えられなければならない︒自治事務に関する法律は全国的基準として自治体による自治
法学論集 50〔山梨学院大学〕 14
執行を規律するものであるのに対して︑法定受託事務にあっては法律が自治体事務の成立根拠なのである﹂︒そし
て︑﹁法定受託事務にあっては︑自治体は個別の事務委託と異なり法定受託を拒否できないうえ︑国からの執行委
託の法定条件として強い国﹁関与﹂が予定されうるのであるが︑同時に憲法上︑国と自治体とは行政上﹁対等﹂関
係のはずなので︑対等な統治主体間での事務委託・受託関係として︑事務の性質に根ざす全国統一的執行の必要性 パぬレをこえて自治体の地域的自主・自立を侵すような国﹁関与﹂は合憲・適法たりえないと解される﹂とする︒
芝池義一も法定受託事務の法的性質に関して二つの理解が対立しているという︒芝池は︑それを形式説と実質説
と名づける︒形式説は︑立法関係者が採っているもので︑﹁法定受託事務も﹁地方公共団体の事務﹂として性格づ
けられているところから︑その国家事務性を否定し︑﹁国においてその適正な処理を特に確保する必要があるもの﹂
という文言に重点を置いて︑あるいは個別法における法定受託事務の指定から︑形式的に法定受託事務を理解する
説である﹂︒これに対してもう一つの説が実質説である︒これは﹁国が本来果たすべき役割に係るもの﹂という文
言に注目し︑国政選挙事務や国勢調査事務など実質的に国家的事務が法定受託事務になっていること︑しかし︑法
定受託事務の中には国家事務としての性質を有しないものもあるから︑﹁厳密には︑この説は︑法定受託事務の制
度が本来は国の事務を地方公共団体に処理させる仕組みと見る説ということができる﹂という︒そして︑芝池は︑
形式説についての疑問は︑﹁いかなる事務が法定受託事務としての指定を受ける法定受託事務かということである﹂
とし︑﹁おそらく強い国家関与に服させることが適切な事務が法定受託事務とされていると説明される﹂であろう
が︑これをつきつめると国家事務だけが残ることになるだろうという︒そのひとつの証左として︑必要的自治事務
についての立法原則である二条一三項の規定が自治事務についてのみ﹁特別の配慮﹂を要求していることから︑
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執行を規律するものであるのに対して︑法定受託事務にあっては法律が自治体事務の成立根拠なのである﹂︒そし
50 (山梨学院大学〕
て︑﹁法定受託事務にあっては︑自治体は個別の事務委託と異なり法定受託を拒否できないうえ︑国からの執行委
託の法定条件として強い国﹁関与﹂が予定されうるのであるが︑同時に憲法上︑国と自治体とは行政上﹁対等﹂関
係のはずなので︑対等な統治主体間での事務委託・受託関係として︑事務の性質に根ざす全国統一的執行の必要性
をこえて自治体の地域的自主・自立を侵すような国﹁関与﹂は合憲・適法たりえないと解される﹂とす(純白
芝池義一も法定受託事務の法的性質に関して二つの理解が対立しているという︒芝池は︑それを形式説と実質説
法学論集
と名づける︒形式説は︑立法関係者が採っているもので︑﹁法定受託事務も﹁地方公共団体の事務﹂として性格づ
けられているところから︑その国家事務性を否定し︑﹁固においてその適正な処理を特に確保する必要があるもの﹂
という文言に重点を置いて︑あるいは個別法における法定受託事務の指定から︑形式的に法定受託事務を理解する
説である﹂︒これに対してもう一つの説が実質説である︒これは﹁国が本来果たすべき役割に係るもの﹂という文
言に注目し︑国政選挙事務や国勢調査事務など実質的に国家的事務が法定受託事務になっていること︑しかし︑法
定受託事務の中には国家事務としての性質を有しないものもあるから︑﹁厳密には︑この説は︑法定受託事務の制
度が本来は国の事務を地方公共団体に処理させる仕組みと見る説ということができる﹂という︒そして︑芝池は︑
形式説についての疑問は︑﹁いかなる事務が法定受託事務としての指定を受ける法定受託事務かということである﹂
とし︑﹁おそらく強い国家関与に服させることが適切な事務が法定受託事務とされていると説明される﹂であろう
が︑これをつきつめると国家事務だけが残ることになるだろうという︒そのひとつの証左として︑必要的自治事務
についての立法原則であるこ条二ニ項の規定が自治事務についてのみ﹁特別の配慮﹂を要求していることから︑