︽ Sa na bili bu s aeg ro tam us m ali s ︾
︱ ルソー ﹃ エミール ﹄ のストア 主義 を 巡 る 一視座︱︵ 二
馬 場 朗 ︶ 1
第三節﹃エミール﹄の自然概念と情念の誤謬をめぐるストア派との潜在的な連続性では一体︑﹃エミール﹄の著者は︑第二節で我々が確認したセネカの発言の前提とするストア派的情念論から何を学び発展させたのだろうか︒確かに︑セネカの著作が直接の対象とする﹁怒り﹂という﹁情念﹂の批判的把握とその対処が重要だったのだと︑取りあえずは言えるかもしれない︒事実︑﹃エミール﹄でも﹁怒り﹂の危険性とその対処
は忘れられない︒その第二篇では︑﹁それが爆発すると余りのその騒々しさのため近くにいるとそれに気付かないのは不可能な﹂﹁怒り︵
co lèr e
︶﹂︵IV , 327
︶への慎重な対処が語られる︒特にセネカが必ずしも本格的に論じたわけで 2
はない教育上の﹁怒り﹂の問題圏が﹃エミール﹄でより具体的に論じられるのは特筆すべきだろう︒しかしながら︑﹁怒り﹂という主題それ自体に関しては︑著作全体をかけてのセネカの議論に較べて﹃エミール﹄のそれが量的・質的に遥かに周縁的なのは否定できまい︒﹃エミール﹄は︑第一に﹁怒り﹂に駆られた大人を子供にとって忌避・注意すべき﹁実例﹂として挙げ︵
IV , 327–329
︶︑第二に︵﹁﹇一見すると﹈非凡な子供﹂という同じく特別な注意が必要な ケースとは別の︶生来激しい気性の子供への特別な配慮において﹁怒り﹂の危険性に触れる︵IV , 329–334
︶︒つまり︑第二篇の以上の﹁怒り﹂に関る議論自体は︑興味深いものであるにせよこの著作全体にとっては質量ともに二義的な文脈に組み込まれている
生の仕組み︑以上のより根源的な位相でのストア主義との﹃エミール﹄の連続性である︒ ︒むしろ︑本論が着目するのは︑﹁自然﹂概念そして特に﹁情念﹂の齎す誤謬・弊害発 3
まず︑﹁自然﹂概念から見ていこう︒﹃エミール﹄の著者が以下の様に﹁自然﹂概念を︑﹃不平等論﹄と同じく重視したのは周知の通りである︒﹁自然を観察するがいい︒そして自然が示してくれる道を行くがいい︵
IV , 259
︶﹂︒繰り返すが︑ストア派にとって︑﹁自然﹂は︑まずは存在が自己保存に基づき周囲環境に本能的に適応する際にその当の存在者にその後のあるべき展開の母型を示すものでもあった︒興味深いことに︑ここに﹃エミール﹄倫理論の根源的原理﹁自己愛︵am our de s oi
︶﹂が深く交錯する余地がある︒そもそも︑セネカは︑既に本論第一節で触れたストア派の﹁親近性︵οἰκ είω σις
︶﹂概念を前提にした文面において︑以下の様に述べる︒﹁誰が否定できようか︑あらゆる感情はある一つの言わば自然の源から流れ出すということを︒自然は私たちに私たち自身の世話を委ねたのだsu i
︶なのであるco nci lia tio cari ta s
不可分なのである︒﹁自然が存続のための備えとして彼らに賦与したのが︑親近性︵︶と自己愛︵ 周囲の環境世界への生物の生誕時以来のその都度の状況に応じてのあるべき関りを進展させる限りで︑﹁自己愛﹂とno str i car ita s s ui co nci lia tio
︶﹂もしくは﹁自己愛︵︶﹂に他ならない︒﹁親近性﹂︵セネカではラテン語の﹁﹂︶もまた︑omni s aff ect us na tura le prin ci pium cura
ゆる感情︵︶﹂のこの﹁自然の源︵︶﹂こそ︑セネカにとって﹁自己の配慮︵ ﹂︒﹁あら 4れは﹁憐れみ﹂概念の失効を決して意味しない 唱えていたルソーは︑﹃エミール﹄以後はむしろ﹁自己愛﹂の一元化に傾いて行く︵とは言え︑次節で見る様に︑そ
pit ié
﹂︒他方で︑﹃不平等論﹄で﹁自己愛﹂と﹁憐れみ︵︶﹂という二つの本源的感情の単なる並立を 5︶︒﹁自分自身に対する愛は常に良いものであり︑常に秩序に適ってい 6
る﹂︵
IV , 491
︶と﹃エミール﹄の著者が言う﹁自己愛﹂は︑恰もストア派的な﹁親近性﹂を内に孕みつつも︑﹁近づく人々を愛する﹂﹁第二の感情﹂へと進展して行く︒本論は︑︵ブルックの着目する︶グロティウスによる解釈の様には 7
︑少なくともセネカによる﹁親近性﹂概念自体は﹁自然な社会性﹂の必然性を強調していないと思う
対立は後者の本質を際立たせるために﹃エミール﹄でも維持されるのは忘れるべきではない︶︒﹁子供の最初の感情 情の母胎たる︶他者への愛に繋がる可能性を重視する︵とは言え︑﹃不平等論﹄以来の﹁自然﹂と﹁社会﹂の徹底的 くとも﹃エミール﹄のルソーは︑ストア派の﹁親近性﹂と関りが深いとも言える﹁自己愛﹂に基づきつつ︵社交的感 ︒しかし少な 8
︵
le p remier s en tim en t
︶は自分自身を愛することだ︵s ’ aim er l ui-m êm e
︶︒そして第二の感情︵le s eco nd
﹇sen tim en t
﹈︶は︑この最初の感情から生まれるのだが︑自分に近づく人々を愛することだ︵aim er ceux q ui l ’ ap pro ch ent
︶﹂︵IV , 492
︶︒無論︑セネカやストア派にとって︑﹁自己愛﹂を生み出す﹁自然﹂は必ずしも幼児において本能的に現勢化している﹁自然﹂に限定されるものではなかった︒ルソーにとっても︑﹁人間にとって自然で唯一の情念﹂︵IV , 322
︶た る﹁自己愛﹂を齎す﹁自然﹂は︑思春期のエミールに施される﹁サヴォワの助任司祭の信仰告白﹂︵以下︑﹁信仰告白﹂と略記︶を核とする道徳教育での神的・道徳的﹁秩序︵ord re
︶﹂つまり﹁摂理︵pro viden ce
︶﹂を背後に示す﹁自然﹂でもある︵
IV , 600–603
︶︒それは︑﹁自然の声︵la v oix de l a n atur e
︶﹂としての﹁良心﹂を支える言わば道徳的﹁自然﹂であり︑その意識的感得は自然人や幼児には直接には不可能でもある︒とは言え︑﹁自己愛﹂は︑他者関係性と﹁理性﹂によって︑﹁憐れみ﹂から﹁友愛﹂︑﹁尊敬﹂を経て道徳的﹁良心﹂へと展開し︑道徳的﹁自然﹂が現勢化すべきことを﹃エミール﹄第四篇前半部は強く訴える︒﹃エミール﹄の著者にとっても︑ストア派が重視した様な倫理的行動の母型としての﹁自然﹂もしくは﹁摂理﹂︵またはより間接的な表現では﹁秩序続性を意識しつつも何よりも重要となるのである︒ ﹂︶が︑﹁自己愛﹂との潜在的連 9
しかしながらルソーがストア主義に近接するのは﹁自然﹂概念だけではない︒誤った﹁臆見﹂による﹁同意・意志﹂を﹁情念﹂の主要原因と見るストア派的観点もまた︑﹃エミール﹄において発展的に継承される︒まず︑﹁情念﹂
という主題から一旦離れるが︑﹁判断﹂の誤謬を巡ってルソーは︑﹁判断︵
jug em en t
︶﹂と﹁感覚︵sen sat io n
︶﹂の区別と後者の非誤謬性を主張する︒﹁知覚するとは感じることだ︵ap per ce vo ir, c ’ es t s en tir
︶︒比較するとは判断すること だ︵co m pa rer , c ’ es t j ug er
︶︒判断と感覚は同じことではない﹂︵IV , 571
︶︒﹁感覚である映像が対象である実物と一致しないのは何故だろう︒それはつまり︑判断する場合には私は能動的になるからだ︒そして︑比較する操作が間違っ ていて︑関係︵ra pp orts
︶を判断する私の知性がただ対象を示すだけの感覚の真実に自分の誤謬を持ち込んでいる︵m êler s es er reur s à l a vér ité des s en sat io ns
︶からだ﹂︵IV , 571–2
︶︒﹁信仰告白﹂でのこれらの発言が属する文脈がエルヴェシウスらの唯物論への批判に他ならないこと︑これはよく知られている︒また︑ストア派情念論において既に見た様な︵誤った︶﹁臆見﹂の適用以前のそれ自体非難されるべきでない﹁知覚表象﹂が︑ここでルソーの言う﹁判断﹂介入以前の﹁感覚﹂が極めて近いことも記憶に留めておきたい︒さて︑以上の﹁信仰告白﹂の発言を巡りルソーが依拠した可能性のある典拠として研究者達が以前から着目していたのは︑むしろストア派以外のより同時的な典拠
である︒本節では改めてこれに関連する従来の研究を再検討しつつ︑やはりストア派情念論との連続性がここに確認できる可能性を明らかにしたい︒研究者たちが上記の﹁信仰告白﹂でまず念頭に置くのは︑デカルトの立場だろう︒実際︑グイエの古典的研究は
動性の区別 ︵﹁比較﹂としての﹁判断﹂︶と受動性︵﹁感覚﹂︶の区別が︑デカルトの﹁意思の作用﹂の能動性と﹁知性の認識﹂の受 ルソーがここでデカルトの﹃哲学原理﹄の立場に依拠している可能性を強調する︒﹁信仰告白﹂のいう精神の能動性 ︑ 10
明言される を踏まえている可能性である︒デカルトによればこの﹁知性の認識﹂には更に﹁感覚﹂も含まれることが 11
ide a sens us
もう少し具体的な記述がある︒デカルト﹃省察﹄第三省察は︑﹁観念︵︶﹂を﹁感覚︵︶﹂という知覚表象自 が︑﹁観念﹂としてのこの﹁知性の認識﹂の非﹁誤謬﹂性を巡り彼の﹃省察﹄に︵グイエは言及しないが︶ 12体をも含んだ︵更には﹁想像﹂等の心の作用全てをも包含する︶心的事実たる﹁思惟様態︵
cog ita ndi m od us
︶﹂とする︒その上で︑デカルトが指摘するのは︑これらの﹁観念﹂が外界の事物に安易に︵特に念頭に置かれるのは﹁類似﹂等を介して︶関係付ける﹁判断﹂を介さぬ限り︑﹁偽であることは本来ありえない﹂ということである︒﹁観念に関しては︑それらを他の何かに関係︵参照︶させずに︵ne c ad ali ud quid illa s ref era m
︶︑それら自身においてのみ見るな らば︑観念が偽であることは本来ありえない︵fa lsae p rop rie es se n on p os sun t
︶ての﹁感覚﹂の﹁観念﹂と外的事物との﹁存在論﹂的な﹁関係﹂であるのは注意が必要である︒つまり︑デカルトで
IV , 571
︵︶︒それ故︑デカルトの言う﹁誤謬﹂を齎す﹁判断﹂において重要となるのは︑あくまでも﹁思惟様態﹂とし の根底的差異が遥かに重要であるのに対して︑ルソーではむしろ外的対象の存在は必ずしも深く問題に付されない 点に立つなら﹁思惟様態﹂として﹁虚偽﹂を含まぬことになろう︒確かに︑デカルトでは﹁思惟様態﹂と外的事物とre fer re
という﹁感覚﹂でさえ︑外部の事物にそれを﹁関係付け﹂︵上記引用では﹁﹂︶ない限りは︑デカルトのこの観ide a c alo ris
﹂︒例えば﹁熱さの観念︵︶﹂ 13の心的主体が関るその﹁関係﹂は︑﹃省察﹄自体が言う様に︑心身二元論に基づきつつ神の存在を基盤とするデカルト的存在論上の関心に専ら限定されたものに過ぎない︒これに対して︑むしろルソーの﹁信仰告白﹂で﹁判断﹂の﹁比較﹂の主たる対象とまずなるのは︑デカルトの様な存在論的問いを欠いた専ら外的事物としての諸対象間の﹁関係﹂だと言える︒とはいえ︑実は﹁判断﹂の﹁誤謬﹂を巡る﹁信仰告白﹂の議論には︑更に主体の実践とその倫理的射程
に深く関わる︵言わば実存的な︶問いが大きく前景化する余地がある︒最初に指摘しておきたいのは︑今しがた述べた様な﹁判断﹂の誤謬可能性を強調する観点が︑彼ら二人各々の情念論において果たす重要性の違いである︒すなわ
ち︑この論点は︑デカルトでは﹁動物精気﹂の身体的﹁能動﹂への﹁精神の受動﹂を軸とするその情念論の枠組みでは決して第一義的な役割を原理的に演じえない︵無論これはデカルト情念論において﹁判断﹂に関連しうる契機が一
切存在しないということを決して意味しない︶︒これに対して︑後述する様にルソー情念論ではむしろ﹁判断﹂それもその﹁比較﹂の契機が大きく関与してくる︒成る程︑デカルトはまだしもルソーの文面においてさえ直接に情念論的文脈が直接に言及されないではないか︑という反論がここでは生じよう︒とはいえ︑ルソーがおそらく念頭に置いた可能性のあるもう一つ別のそれも︵デカルトよりも︶より同時代的な典拠が重要となる︒
ルラルジュ・ド・リニャックによるその典拠の重要性を最初に指摘したのは︑上記グイエの指摘に先行するマッソンの古典的研究である
ブランシュの影響下にある︶オラトリオ会士達による唯物論批判に注意を促す︒中でもマッソンは一七五九年公刊の 神父を介して一時期結びついたことのある︵本論でもストア主義との対立の観点から重要なアウグスティヌスとマル ︒﹁信仰告白﹂の高名な批評校定版の一つの註において︑マッソンは特にルソーがベルティエ 14
オラトリオ会士リニャックによるエルヴェシウス批判の文面とのルソーの発言の近似性を強調する
の発言において﹁判断﹂は﹁比較﹂と深く結びついていた︵﹁比較するとは判断することだ﹂︶︒これに先立つリ ︒そもそもルソー 15
ニャックの著作もまた︑ある対話者にエルヴェシウスが主張する﹁判断﹂の﹁感覚﹂への還元を批判させつつ︑﹁判断﹂の﹁比較﹂との繋がりを強調する
︒つまり︑﹁判断﹂は所与としての複数の﹁感覚﹂の外に位置する﹁第三項﹂ 16
たる﹁魂﹂がこれらの﹁感覚﹂に下す﹁比較﹂という能動性に他ならない︒しかし︑これを踏まえた上で︑本論がより着目したいのはマッソンが指摘したのとは別の︵しかしそれほど頁数上は隔っていない︶リニャックの文面であ
る︒マッソンの指摘の重要性に改めて光を当てたシャラクもまた着目する文面だが
に次の様に語らせる︒﹁自分の受け取る全ての印象を比較し︑この色はあの音は違うと決定するもの﹂は︑﹁幸福であ ︑リニャックはもう一人の対話者 17
ろうとする愛︵
am our de b ien êt re
︶を本質的にもつもの﹂であると言うのである対象の中から自分にとってより良いもの︵より悪いもの︶を特定することで︑自己の﹁幸福﹂を求める精神の動き ︒つまり﹁比較﹂とは必ず複数の 18
︵﹁自己愛﹂︶に根ざすというのである︒リニャックのこの指摘は︑ルソーにおいても﹁比較﹂と﹁自己愛﹂との繋がりの可能性を改めて想起させてくれる︒
いやルソーは︑﹁自己愛︵
am our p ro pre; a m our de n ou s-m êm e
︶﹂を重視したマルブランシュを継ぐリニャック以上にその繋がりに極めて敏感であった筈だ︒確かに﹁比較﹂は︑上記﹃エミール﹄第四篇﹁信仰告白﹂の認識論的文脈では︑複数の対象間にその外部︵としての精神︶から働きかける能動性に過ぎない︒とは言え︑正にその認識論的発言が成される﹃エミール﹄第四篇そしてこの著作全体を通して﹁比較﹂が常に強くルソーによって意識されていた ことを忘れるべきではない︒何故なら︑﹁比較﹂は︑︵デカルト的な存在論的問いかけとはむしろ無縁な︶認識論的位相に留まらずに︑︵更に現実には不在の対象をも含み込む﹁想像力﹂に関わると同時に︶特に﹁比較する主体﹂をも巻き込んで行く言わば実存的な心的営為でもある︒それは﹁信仰告白﹂をその背後に控えた﹃エミール﹄第四篇冒頭が言う様に︵IV , 491–493;505–506
︶︑﹁自己愛︵am our de s oi
︶﹂を﹁憐れみ︵pit ié
︶﹂のような﹁相対的感情︵sent i- m en t r ela tif
︶﹂へと確かに進展させる肯定的契機となる一方で︑他方で﹁自己愛﹂の歪んだ派生態である﹁利己愛︵am ou r p ro pre
︶﹂を生み出す否定的契機でもある︒この後者の﹁比較﹂によって肥大化する﹁利己愛﹂の危険性を﹃不平等論﹄以来特にルソーは一貫して主張していた︒﹃不平等論﹄は既に次の様に指摘する︵以下の指摘は実は﹁小屋の前や大きな木の周り﹂での﹁歌と踊り﹂という芸術の起源を前提にしているが︑そのことの微妙な含意は特に本論第五節で改めて触れる︶︒﹁各人が他人達を見つめ︵rega rder les ho mm es
︶始め︑また自分が見つめられることを望み︵vo ulo ir êt re rega rdé so i-m êm e
︶始め︑皆からの尊重が一つの価値となった︒最も歌や踊りの上手い人︑最も美しい人︑最も強い人︑最も巧妙な人︑或いは最も弁のたつ人が最も尊重される様になり︑それが不平等︑そして同時に悪徳への最初の一歩となった﹂︵III, 169
︶︒そしてこの実存的な自己と他者の﹁比較﹂こそ︑﹃不平等論﹄にとって﹁社会状態﹂の﹁不平等﹂の源泉をなす︑﹁一方では虚栄や侮蔑︑他方では恥辱と妬み﹂等の忌むべき﹁情念﹂の母胎となるのである︒﹃エミール﹄でも以上の論点は基本的に引き継がれる︒﹁利己愛は︑自分を他のものに較べてみ るから決して満足しないし︑満足するはずもない﹇中略﹈だから︑人間を本質的に善良にするのは︑多くの欲望を持たないこと︑そして自分をあまり他人に較べてみないことだ﹂︵
IV , 493
︶︒それ故﹁信仰告白﹂におけるエルヴェシウス批判でルソーが﹁知性的で能動的存在﹂の証しとしての﹁判断﹂を決して無条件に称揚していないのは二重の意味で当然である︒まずは認識論的文脈での﹁誤謬﹂の可能性故であり︑次に﹃エミール﹄全体を通じて常に指摘される
より実存的な位相での﹁誤謬﹂故である︒そしてこの後者の﹁誤謬﹂こそ︑他者との﹁比較﹂を巡って﹁自己愛﹂の歪んだ派生態たる﹁利己愛﹂という情念の齎す﹁判断﹂に他ならない︒
そしてここに︑ルソーの情念論が根底でセネカやストア派の情念論と結び付く大きな余地がある︒﹃エミール﹄第四篇は︑︵本論第四節そして第五節でその積極的意義について触れることになる︶﹁愛の精神的なもの﹂でさえ﹁人々か
ら常に讃えられる﹂にも拘らず﹁利己愛﹂に通じる危険な諸情念を生む理由を︑﹁理性﹂それも﹁判断﹂の誤謬においていた︵﹁人は判断した後でしか愛さないし︑比較した後でしか︑﹇一人の異性を愛する﹈選り好みをしない﹂︵
IV , 493
︶︶︒同じく︑ストア派やセネカでは︑﹁情念﹂という心的衝動を生むのは﹁臆見﹂による誤った﹁判断﹂︵及びこれへの﹁同意・意志﹂︶であったこと︑これを先節で我々は詳しく確認した︒ルソーもまた﹁臆見﹂による﹁判断﹂の誤謬の回避を常に子供時代のエミールへの五官教育で︵特に複数の感官の協働の訓練を介して︶強調する︵IV , 380 et su iv.
︶︒また︑しばしば眼前の現実から遊離するが故に誤った﹁臆見﹂を容易に持ち込む﹁想像力﹂への警戒も常に︵例えば﹁先見の明﹂批判や︵想像力を過剰に呼び起こす︶﹁暗闇﹂への訓練を介して︵IV , 381–388
︶︶喚起される︒特に︑ルソーの場合は︑﹁臆見﹂の言わば社会性の齎す誤謬の大きさにセネカやストア派よりも遥かに敏感であるが︑そもそも後者達にもこれは決して意識されなかった問題圏ではない︒事実︑セネカにとって︑誤った﹁臆見﹂と結びつく﹁怒り﹂は単に個人のうちで生起するものに限らず︑社会や国家の成員全体にも言わば集団感染しその共同体自体
を破滅させるものともなろう
容易に結びつきやすい筈なのである︒﹁怒り﹂を巡るセネカの発言を聞こう︒﹁他人のものを眺めると自分のものが気 ︒そもそも︑虚栄心や嫉妬の様な他者との社会的関係性と︑﹁情念﹂を生む﹁臆見﹂とは 19
に入らなくなる︒そこで我々は神々にも怒りを向けるのだ︒自分より先を行く人がいるから︑というわけだ
ろ︑ルソーは﹁情念﹂の最も警戒すべき源泉としての﹁臆見﹂の社会性そしてこれと不可分な﹁比較﹂への批判を遥 ﹂︒むし 20
かに徹底化することでストア派の意識し得なかった社会状態の根底的問題化を打ち出し得たのである︒以上の我々の検証から︑確かに﹃エミール﹄はセネカの引用が基づくストア派情念論とかなりの部分を共有してい
ると言って良いだろう︒だからこそ︑ルソーはその冒頭に彼の﹃怒りについて﹄の言葉を引用したのである︒しかし︑﹃エミール﹄の著者がストア派情念論のその全てを受け入れているとは思われない
︒実際︑以上に見た様に︑ル 21
ソーはストア派情念論を一方では受け入れつつ独自に発展させてもいた︒だが︑より本論が着目したいのは︑根本的なところで彼がストア派とセネカの情念論と対立する立場を取るということである︒そしてこの立場は︑晩年になる
につれて顕在化して行くルソー独自の感性論つまり美学的思考とも深く繋がって行く︒これらを次節以後では検証して行きたい︒
第四節ルソー的倫理の反ストア主義としての﹁憐れみ﹂論
セネカはストア派情念論を下敷きにしつつ︑﹁怒り﹂という﹁情念﹂は﹁最も女々しく子供じみた悪徳︵
m ulie bre m axim e ac p uer ile v itium
︶﹂であると言う︒非理知的存在としての子供には﹁情念﹂は未だ感じられないというのが 22
ストア派の基本的立場だから︑セネカの指摘には若干矛盾があるが︑その意図は明快である︒﹁怒り﹂とは︑﹁理性﹂に基づく判断を適確に行使できぬ﹁倦み疲れて不幸な︑弱さ︵
im be ci llit as
︶を自覚する精神φό βος ἡδ ον ή λύ πη
︵︶﹂﹁快楽︵︶﹂﹁苦痛︵︶﹂の四つとするἐπ ιθυμί α
﹁精神﹂の﹁弱さ﹂に根ざす︑ということである︒ところで︑ストア派は基本情念を﹁欲望︵︶﹂﹁畏れ ﹂に属するもの︑つまり 23帰属させたとされる
ὀργ ή
が︑例えばクリュシッポスは﹁怒り︵︶﹂を﹁欲望﹂に 24念﹁苦痛﹂に︵これに属する﹁悲しみ﹂を介して︶関係させもする ︒対して︑セネカはクリュシッポスであれば﹁欲望﹂に属す筈の﹁怒り﹂を︑これと違う基本情 25
念﹂を完全否定した訳ではない 定性が改めて強調されることになる︒そもそも︑既にアウグスティヌスも指摘する様に︑ストア派は必ずしも﹁情 ︒結果としてセネカにおいて﹁怒り﹂の根底的否 26
εὐ λά βε ια
﹁畏れ﹂における﹁慎重さ︵︶﹂であるεὐ πάθ εια βού λησ ιν χα ρά
︵︶﹂を認めそれら三つを許容する︒﹁欲望﹂における﹁意思︵︶﹂︑﹁快楽﹂における﹁悦び︵︶﹂︑ ︒彼らは四つの基本情念の内で三つに︑それぞれ一つ全部で三つの﹁良き情念 27せることは︑彼の﹁怒り﹂への強い警戒心を改めて強調していよう︒さて︑本論にとって重要なのは︑セネカが﹁怒 言うこれら三つの﹁良き情念﹂からは常に排除される︒だから︑セネカが﹁怒り﹂をかかる﹁苦痛﹂に敢えて接近さ ︒ところが︑セネカが﹁怒り﹂を帰属させた﹁苦痛﹂は︑ストア派の 28
り﹂を帰属させたこの﹁苦痛﹂に︑本節で集中的に検討する﹁憐れみ﹂もまたストア派情念論の基本構図では包含されることである
︒つまり﹁苦痛﹂に︵﹁怒り﹂と同様に︶属する限りで︑﹁憐れみ﹂もまた︑﹁怒り﹂と同じく基本的 29
に排除せねばならぬ﹁悪しき情念﹂でしかないということである︒事実︑ストア派は﹁苦痛﹂に属する﹁憐れみ﹂を厳しく批判したとされるが
aeg ritudo
劣った者たちに最もよく見かける欠点なのだ︒﹇中略﹈憐れみは︑他人の不幸を見て齎される心の憂い︵︶︑viti um p usi lli a nimi mi ser ico rdi a
見て︑それに負けてしまう弱い心の欠点︵︶である︒従って︑憐れみ︵︶は最も ︑セネカもまた同様にこの情念を辛辣に攻撃する︒﹁それ﹇=憐れみ﹈は︑他人の災いを 30あるいは他人の不幸を不当な出来事であると信じて︑そこから引き起こされる悲しみ︵
tr isti tia
︶である︒しかし︑賢者︵sap ien s v ir
︶には憂いは生じないm ulier cu la
﹂︒セネカはここで﹁か弱い女︵︶﹂達のような﹁弱い︵=ちっぽ 31けな・卑しい︶心︵
pu sill a a nim a
︶﹂の﹁憐れみ﹂を賢者の﹁強い心﹂の﹁寛恕︵clem en tia
︶﹂と対比するが︑その彼の﹁憐れみ﹂への否定的態度は︑同様な﹁弱い心﹂に根差す︵﹁女々しく子供じみた悪徳﹂としての︶﹁怒り﹂へのそれと実は遠くないことが容易に確認できよう︒セネカや彼の属したストア派が﹁憐れみ﹂に極めて冷淡であった理由は︑この情念が﹁怒り﹂と同様に︑常に理知的に正しい﹁同意・意志﹂を下せる賢者とは正反対の︑﹁弱い心﹂に属するからであった︒ここで﹁怒り﹂や﹁憐れみ﹂に駆られる﹁弱い心﹂と対照されているストア的賢者とは︑言わば主知的な﹁強い﹂主体である︒そしてこれ
が︑宗教戦争後の激動しつつもやがて全世界への覇権を唱え始める西洋の近代的主体の倫理へと継承されるのは極めて容易に理解できる︒近代民主制の理論的確立に大きく貢献し︑かつまた社会のうちに自律的に生きる﹁自然人﹂と
してエミールを教育するルソーが︑その様な﹁強さ﹂に大きく惹かれたであろうことも十分予想できる︒事実︑先節で確認したのはその可能性であった︒しかしながら︑ルソーにはこの様な精神の﹁強さ﹂に依拠するストア派とは全
く逆の方向が存在するし︑それは何よりもまず﹁憐れみ﹂を巡る彼の積極的態度に顕著となる︒無論︑我々が念頭に置くのは︑﹃エミール﹄第四篇前半部であの﹁信仰告白﹂とも並ぶ大きな頂点を為す︑﹁憐れみ﹂この情念に関するル
ソーの考察である︒﹃エミール﹄第四篇の﹁憐れみ﹂論は︑三つの相互不可分な格律を中心に呈示される︒第一の格律は︑﹁人の心は自分よりも幸福な人の地位に自分をおいて考えることはできない﹂︵
IV , 506
︶︒第二の格律は︑﹁人はただ自分も免れられないと考える他人の不幸だけを憐れむ﹂︵IV , 507
︶︒そして最後の格律は︑﹁他人の痛みに感じる憐れみは︑その不幸の大小ではなく︑その痛みに悩む人に対して与える感情に左右される﹂︵
IV , 508
︶︒第一の格律は﹃エミール﹄公刊に数年先立ってアダム・スミスが﹃道徳感情論﹄︵一七五九年︶で練り上げる﹁共感︵symp at hy
︶﹂概念と比較することでその特徴・意図が良く解る︒ルソーとスミスには共通するものが少なくないものの︑スミスが執拗に強調するのは特に﹁共感﹂のもつ︑他者の﹁悲哀﹂よりも﹁歓喜﹂に同調せんと向かう方向性である︒研究者達はそこに﹃国富論﹄を著したスミスの近代的政治・経済理念との連続性を見出すが
れみ﹂の第一の格律によって徹底的に排除したとも言えよう︒成る程︑この第一の格律では︑他者の不幸を自分が免 ︑これに対してルソーは予めこの可能性を﹁憐 32
れているというその前提自体が︑一見してある種の自己中心性を連想させる︒実際︑﹃ダランベールへの手紙﹄が劇場での﹁幾ばくかの涙を楽しみ︑ほんのわずかな人間らしい行為も決して生み出さない不毛な憐れみ﹂︵
V, 23
︶を指摘した様に の格律で示される︑﹁自分より不幸な人間へ﹂という﹁憐れみ﹂発動の大前提は︑まずは第二の格律によって裏打ち ︑ルソーはその偽善と危険の可能性には︵それもストア派以上に︶敏感であったろう︒だからこそ︑第一 33されねばならない︒すなわち︑第二の格律の﹁自分もまたより不幸になりうること﹂の肯定が︑前者が孕む自己中心性という表層的連想を打ち崩しその格律を正当化する必要がある︒しかしながら︑第一と第二の格律だけでは未だル
ソー的な﹁憐れみ﹂の十全な行使には達しない︒そこで最後の第三の格律が必要となるのだが︑その格律を構成するのが二つの契機である︒これら二つは︑前の二つの格律でも実は前提とされる見解︑より正確に言えば三つの格律を挙げる前に既に示されていた以下の指摘︑これを改めて確認するものである︒﹁﹇憐れみを感じて﹈我々が苦しむのは我々のうちにおいてではなく﹇苦しんでいる当の﹈彼においてである︒自分の想像力が生動化し︑自分をその外に移行させる時にしか︑誰も﹇憐れみを﹈感じるようにはならない︵
IV , 505–506
︶﹂︒つまり︑最初の二つの格律はあくまでも﹁憐れむ﹂﹁自分﹂の状況︵第一の格律では﹁自分はその不幸を免れている﹂であり︑第二の格律では﹁その不幸は自分にもおこりうる﹂︶がまずは考慮されるべきものなのである︒それに対して︑真に﹁憐れみ﹂が現勢化するには︑上記文面で言われる様に︑第一に不幸に苦難する他者という﹁彼﹂のうちへと﹁自己﹂を﹁その外へと移行 させる︵
tra nsp ort er h ors de l ui
︶﹂﹁想像力︵im ag in atio n
︶﹂のより自己超出な的動きが必要である︒第三の格律が﹁痛みで苦しむ人々に﹇憐れむ主体が﹈与える感情﹂とは正に︑この﹁想像力﹂と不可分であるが故に︑シャラクが着目する様にIV , 508
痛みは我々を憐れむべきものにするである﹂︵︶︒しかしながら︑実は︑この第三の格律では次の二つ目の契機 ︑第三の格律の直後の段落では以下の様に言われる︒﹁痛みを未来へと拡張する想像力によってこそ︑ 34が同じく枢要であろう︒その契機とは﹁憐れまれるべき﹂﹁他者﹂を︑﹁憐れむ﹂﹁自分﹂と価値的に同じそれも﹁感じ苦しむ﹂存在として﹁尊重﹂することに関係する︒﹁想像力﹂によって生まれる﹁痛みで苦しむ人々に﹇憐れむ主体が﹈与える感情﹂が正にこの﹁他者の尊重﹂であるとルソーは単に強調したいのではない︒むしろ︑﹁民衆﹂をただの﹁家畜﹂と同様の乏しい感性しか持たぬ存在としか見なせない支配階層もしくは選良達の政治的・経済的・知的偏見に対する痛烈な批判が背後に頑と存在するのである︒﹁人類を構成するのは民衆である︒よって民衆でないものなどちっぽけなものなのだから︑そんなものをわざわざ考慮することはないのだ﹂︵
IV , 509
︶︒以上の﹁憐れみ﹂に対するルソーの立場が︑基本的にストア派情念論とは対立するものであるのは明らかであろう︒無論︑﹁憐れみ﹂を肯定するルソーの論理はある種の感傷に任せただけの単純なストア主義否定ではない︒何よ りも指摘すべきは︑︵一部は既に言及したストア派に対するルソーの二重性にも関ると思われる︶以下の三点である︒第一に︑ストア派情念論における所謂主知主義に関係するが︑ルソーの﹁憐れみ﹂論は決して彼らストア派の知性重視の立場の単純否定なのではない︒事実︑以上の三つの格律全体を通じて︑特に第一の格律そして第三の格律の最初の契機︵﹁想像力﹂︶において︑﹁比較︵com pa rais on
︶﹂という知的能力は不可欠の役割を演じる︒﹃エミール﹄とほぼ執筆時期が重なると想定される﹃言語起源論﹄もまた︑﹁比較﹂という﹁反省﹂の知的能力が﹁憐れみ﹂の発現に大前提とされるのを強調する︒﹁一度も反省をしたことのない者は慈悲深くも正しくも憐れみ深く︵
pit oy ab le
︶もな い︒﹇中略﹈反省は互いに比較される諸観念から生まれる﹂︵V, 395–396
︶︒無論︑﹃不平等論﹄を発展的に継承した﹃エミール﹄が︑先節で見た様に︑この﹁比較﹂︵およびこれと不可分な﹁想像力﹂︶の齎す弊害を蔑ろにすることはあり えない︒しかしながら︑﹃エミール﹄や﹃言語起源論﹄が﹃不平等論﹄を受け継ぎつつも集中的に取り組んだのは︑﹁比較﹂や﹁想像力﹂と不可分な﹁精神的なもの︵le m ora l
︶﹂を如何に肯定的なものとして形成・獲得するかでもある︒その限りで︑﹃エミール﹄とこれと同時期の著作群において︑﹁想像力﹂そしてこれと不可分な知的能力としての﹁比較﹂が完全に退けられることなど決してありえない︒しかし︑ルソーは﹁憐れみ﹂に内在する知的契機を蔑ろに
せぬことを前提とした上で︑﹁憐れみ﹂という情念を自身の思想の根幹に客観的・体系的に組み込もうとする︒これが残りの第二そして第三の論点ではより顕在化する︒第二の論点は︑﹁憐れみ﹂の第三の格律で表面化していたものであり︑﹃エミール﹄第四篇の﹁憐れみ﹂を巡るこの直接の議論以外の箇所でもルソーが極めて自覚的に強調したものに繋がる︒第四篇﹁憐れみ﹂の第三の格率でルソー
は︑過酷な生を強いられる﹁民衆﹂へのある種の親近感を示唆していた︒第三篇でも︑彼は﹁生きていかねばならないのです﹂と訴える﹁風刺作家﹂に﹁残酷な言葉﹂を浴びせた大臣に痛烈な批判を向ける︵
IV , 467–468
︶︒ルソーに よれば︑過酷な生を生き抜く多くの者達が単純に否定されるべきではなく︑彼・彼女らにその様な生を強いる体制を必然化する者達こそが責められるべきである︵表層的理解を生じさせかねないルソーの過激な表現に従うなら﹁絞首刑にされるべきは︑﹇中略﹈大衆に悪事を働くことを強いた者である﹂︵IV , 468
︶︶︒この﹁民衆﹂へのルソーの根底的共感は︑縁日の見世物師の﹁いかさま﹂を巡る﹃エミール﹄第三篇の挿話︵IV , 437–440
︶にも繋がろう︒露骨な迄の意図的設定のもと︑エミールとその教師が共に自分達の理解・経験の浅薄さを﹁生きていかねばならない﹂その見世物師から心身ともに思い知らされるのである︵エミールだけでなく彼の教師︵ジャン=ジャック︶もまた︑虚栄心
に基づく自分達の行為の無自覚を︑縁日の見物人達から嘲笑された自分とエミールのもとを改めて訪れる見世物師から咎められる︶︒人間愛の余りにも素朴な肯定だと言えばそうだろうが︑確かにここでは﹃不平等論﹄の著者が語っ
ているのを見逃すべきではない︒決して感傷的で一時的な親近感の表明ではなく︑不平等を中心とする社会状態が不可避的に齎す諸矛盾を客観的に見据えた上でのより徹底して体感されたものを前提とされるのである︒これは︑第三篇での先の﹁風刺作家﹂を巡る指摘で︑﹁生きなければならない﹂ことそして﹁死に対する嫌悪︵
aver sio n de m our ir
︶﹂という﹁原初的単純さ︵sim plici té p rimi tiv e
︶﹂の根源性が指摘されていたこと︵IV , 467
︶に実は深く関わる︒そしてこれが次の第三の論点に繋がる︒第三の論点は︑﹁憐れみ﹂が今しがた挙げた﹁自己愛﹂と不可分な根源的﹁受動性﹂の倫理の内へと組み込まれる
ことである︒﹁憐れみ﹂の最初の二つの格律で顕著な様に︑ルソーの﹁憐れみ﹂概念は素朴で純粋な愛他主義ではなく︑まずは﹁憐れむ主体﹂自身が感じる﹁不幸の苦しみから逃れたい欲望﹂︑即ちルソー的な用語法に忠実に従うな
らば﹁自己愛︵
am our de s oi
︶﹂を前提とする︒最後の第三の格律でさえ︑第三篇﹁風刺作家﹂の記述を巡って触れたばかりの﹁生きなければならない﹂本源的欲求たる﹁自己愛﹂と無関係ではあり得ない︒特に﹃エミール﹄は︑先節で指摘した様に︑﹁憐れみ﹂と﹁自己愛﹂を単純に並列的に位置付けた﹃不平等論﹄の立場から脱却し︑むしろ﹁自己愛﹂が﹁憐れみ﹂を包摂する方向を明確に打ち出す︒これは決して﹁憐れみ﹂概念の持つ重要度の低下を意味しない︒むしろ︑ルソーは︑﹁自己愛﹂の一元論のうちに統合することで︑﹃エミール﹄の﹁憐れみ﹂論をより強く現実の人間の生に近接するものへと明確化したのである︒若き日にジュネーブを出奔し各地を放浪して庶民の底辺の生を体
感した経歴を持つルソーにとって﹁憐れみ﹂論が彼独特の冷徹な現実主義に裏打ちされ徹底化されたということである︒だからこそ︑ルソーの目には︑︵すでに見た様に彼らも決して﹁自己愛﹂の重要性を否定しないにせよ︶セネカ
も含め古代ストア派の﹁非情念﹂という賢者の理想は︑結局は﹁死に対する嫌悪﹂たる﹁自己愛﹂の﹁原始的単純さ﹂の決定的重要性を蔑ろにする極端な理想主義と映ったであろう︵﹁徳有る人が生命を軽んじて︑自分の義務をつ
くすために命を犠牲にするのを学ぶ様になる様々な原則は︑この様な原初的単純さ︵
sim plici té p rimi tiv e
︶﹇=死に対する嫌悪﹈から遥かにかけ離れたことである﹂︵IV,
467
︶︶︒見誤るべきでないが︑ルソー的﹁自己愛﹂そしてこれと不可分な﹁憐れみ﹂は︑単純な自己の欲望の肯定・成就を基礎におく人間観に向かうのではない︒ルソーにあって強調されるのは︑それらが︑以下の発言に示唆される様な︑人間の﹁生誕﹂と﹁死﹂の両極に象徴される根源的﹁受動性﹂に言わば心身ともに貫かれることに他ならない︒﹁﹇人は﹈皆まる裸の惨めな姿で生まれ︑皆様々な人生の悲惨さ︑悲しみ︑不幸︑欠乏︑あらゆる種類の苦痛に晒される︒最後には皆死ぬことを運命づけられている︒これが人間
に与えられたことだ﹂︵
IV , 502
︶︒ルソーの﹁憐れみ﹂概念は﹁自己愛﹂に基づくことによって︑むしろこの言わば﹁他律的人間﹂観もしくは人間存在の基礎にある﹁受動性﹂を見据える立場に確実に繋がれてもいる︒それは︑人間 が﹁苦しみ﹂に晒される続ける生の必然としてこの受動性を受け入れることが︑﹁人間愛﹇=人らしさ﹈︵hum ani té
︶﹂と﹁憐れみ︵co mmi séra tio n
︶﹂の基盤であることが既に第二篇で強調された理由でもある︒﹁苦しみを味合うことのない人間は人間愛から生まれる感動も快い憐れみの喜びも知ることはあるまい﹂︵
IV , 313–314
︶︒自己と他者がいずれも﹁感じ苦しむ﹂存在であることを文字通り﹁体感する﹂ことを前提とする限りで︑﹁憐れみ﹂の三つの格律は︑正にこの﹁根源的受動性﹂の共感に根ざしていたということでもある︒それは︑︵ルソーの言う︶人間の﹁弱さ︵fa ibles se
︶﹂から生まれる﹁儚い幸福︵frê le b on heur
︶﹂を決して蔑ろにせぬ倫理的立場に組み込まれた﹁憐れみ﹂に 35
他ならない︒﹁人間を社会的︵
so ci ab le
︶にするのは彼の弱さだ︒私達の心に人間愛を感じさせるのは私たちに共通の惨めさなのだ︒﹇中略﹈こうして私達の弱さから私達の儚い幸福が生まれてくる﹂︵IV , 503
︶︒以上の﹁憐れみ﹂を巡る三論点を踏まえる時︑﹃エミール﹄のストア主義の帰趨を見極めんとする本論にとって示唆的なのは︑ルソー的﹁憐れみ﹂の反ストア主義の正確な把握に関する以下のことである︒そもそもルソー的倫理が﹃不平等論﹄以来一貫して︵ストア派が批判した︶﹁憐れみ﹂を重視したこと︑これだけでもルソーの反ストア的可能性を言うことは許されよう︒この﹁憐れみ﹂という﹁苦痛﹂もしくは﹁悲しみ﹂の﹁情念﹂を擁護する点で︑ルソーは古代アウグスティヌスの反ストア主義的な立場に結果的に近くなる︒既に述べた様に︑アウグスティヌスもまた︑ストア派情念論︑特に彼らの唱える﹁非情念﹂の理想に対して︑根本的批判を行う︒
それは︑特に﹁悔いのない救いに至らせる﹂﹁神に従ってなされる悲しみ﹂の﹁情念﹂を肯定するキリスト教徒にとって︑神の前では本来﹁弱き存在﹂であるべき人間が陥った﹁驕り﹂に基づく誤った立場に他ならない︒﹁ストア派は自分たちの見解を擁護して︑悲しみという語は罪を悔いる時に用いるが︑賢者の魂には罪を悔いて悲しむことはなく︑耐えたり苦しんだりして悲しむ悪もないから︑それはありえないと言うだろう
﹂︒人間の主知的な自律性を訴え 36
るストア主義の近代的復興に敵対したのが︑アウグスティヌスのこのストア派批判を汲む教会関係者︵ジャンセニスト達とマルブランシュを含むオラトリオ会︶であったのは︑当然でもあろう︒そして︑先の発言とおそらく不可分な形で︑﹁憐れみ﹂自体についてもこの古代教父はストア派の立場に既に深い疑義を提示していた︒﹁確かに︑憐れ︵
mi ser ico rdi a
︶みを非難するのはストア派の哲学者達の習わしである︒しかしあのストア派の哲学者は︑難破を怖れて心を掻き乱されるよりは︑人々をして自由にせんがために︑憐れみによって心を乱される方が︑遥かに尊敬にあたいするのではないだろうか
﹂︒更にアウグスティヌスは︑ルソー的﹁憐れみ﹂を巡る上記の第三の論点で中心となっ 37
た﹁自己愛﹂についても︑単純に﹁神への愛﹂に対立する契機としてこれを否定するのではない︒むしろ︑特にオラトリオ会士の︵以前からルソーへの強い影響関係を指摘される︶マルブランシュがやがて近代的装いの下で明示化す
る様に
と展開することを許容する ︑アウグスティヌスはこの﹁自己愛﹂の普遍性・中立性を退けず︑これが︵﹁隣人愛﹂を介して︶﹁神への愛﹂ 38
︒興味深いことに︑﹃エミール﹄第一篇から第四篇﹁サヴォワの助任司祭の信仰告白﹂ま 39
での展開は︑正に﹁自己愛﹂から︵﹁敬意﹂︑﹁友愛﹂そして﹁憐れみ﹂も含む︶﹁隣人愛﹂そして﹁秩序愛﹂つまり﹁神への愛﹂への上昇を一つの理想とする︒その限りで︑﹁憐れみ﹂は︑正に﹁自己愛﹂がサヴォワの助任司祭が強く謳
う﹁秩序愛﹂へと向かうルソー倫理論の理想的道程︵とはいえすぐ述べるようにそれは﹃エミール﹄全体の半分の道程に過ぎない︶の欠くべからざる段階として位置付けられる︒
しかしながら︑ルソーの反ストア的側面はアウグスティヌス主義によって説明つくされるものでは決してない︒二点を指摘したい︒第一に︑そもそも﹃不平等論﹄以来の有名な﹁自然人﹂を巡るルソー的仮説自体が示す様に︑ル
ソーはアウグスティヌスやジャンセニスト達そしてマルブランシュらの議論の根底たる﹁原罪﹂を退ける
で︑ルソー倫理論が﹁情念﹂や﹁感情﹂という﹁感性的なもの﹂に︑﹁原罪﹂に由来する原初的否定性を与える方向 ︒その限り 40
は希薄である︒だからこそ逆に︑既に先節で確認した様に︑﹁比較﹂という理知的な人為性の誤謬が加わる以前の︑本来は如何なる否定性・誤謬性もない﹁感覚的所与﹂という極めてストア派的見解に似た立場を﹃エミール﹄の著者
は提示したのでもある︒しかしより重要なのは︑﹁原罪﹂という契機の希薄化が︑既に第三の論点に関して我々が最終的に示唆したこと︑これを結果として齎すものである︒即ち﹁原初的単純さ﹂たる﹁自己愛﹂の根底にある︑﹁受動性﹂を言わば﹁存在の必然﹂として積極肯定する方向性である︒第二に︑実は﹁自己愛﹂から︵﹁憐れみ﹂を含めた︶﹁他者への愛﹂を介しての﹁秩序愛﹂への展開は︑断じて﹃エミール﹄が最終目的とするものではない︒﹃エミー
ル﹄の著作構成自体が︑その展開がこの著作の第一篇から第四篇前半部の取り敢えずの到達点に過ぎぬことを雄弁に示すからだ︒いやむしろ︑ヴァルガスが特に強調する様に
ら﹁隣人愛﹂への運動を﹁神への愛﹂に直結させることに専ら心を砕いた︒これに対して︑﹃エミール﹄の著者はこ ﹁思春期﹂による根本的な身体・精神的変様を不可欠の前提として構想される︒アウグスティヌスらは﹁自己愛﹂か ︑﹃エミール﹄第四篇以後のこの著作後半部はそもそも 41
の﹁自己愛﹂から﹁隣人愛﹂の進展をむしろ︵﹁性︵愛︶﹂を起点としての身体・精神的な︶﹁他者への愛﹂に収斂させる︒特に︑﹁サヴォワの助任司祭の信仰告白﹂の後に位置する﹃エミール﹄後半部︵第四篇後半部から第五篇︶は︑﹁愛の身体的なもの﹂を前提としつつもエミールと未来の伴侶ソフィーとの間の︵その前段階としての趣味論も含めた︶﹁愛の精神的なもの﹂を焦点として展開されるのである︒事実︑﹃エミール﹄と執筆時期が重なると想定される﹃言語起源論﹄は︑﹁憐れみ﹂概念がこの﹁愛の精神的なもの﹂という﹃エミール﹄の基底に深く組み込まれることを示唆する︒﹃言語起源論﹄第九章末尾は︑言語の理想としての音楽的言語の起源を南方の原初社会の井戸の周辺での最初の﹁歌と踊り﹂を伴う男女の出会いにおける﹁愛の精神的なもの﹂の発現に求めた︒﹁そこが﹇=井戸の周り﹈両性の最初の待ち合わせの場所となった︒﹇中略﹈子供時代から同じ対象に慣れていた目は︑より甘美なものを見始
めた︒心はその新たな対象達に揺り動かされたのだ︒﹇中略﹈泉の澄んだ水晶︵の様な水︶︵
cri sta l
︶から最初の愛の炎が生まれ出たのだ﹂︵V, 406
︶︒この記述は︑﹃不平等論﹄第二部の﹁不平等への第一歩﹂としての﹁比較﹂と結びつ いた祝祭のそれをむしろ肯定的に発展させたものだが︑その美学的意義については次節で改めて触れたい︒本節でむしろ注意したいのは︑その記述が同じ第九章冒頭の既に触れた﹁憐れみ﹂の発現と不可分な︵﹁反省﹂の実質をなす︶﹁比較﹂を巡る記述を踏まえる点である︵﹁新しい対象から印象を受けるに連れて我々はそれを知りたくなり︑自分が知っている諸対象の中にその新たな対象との関係を探すのである︒﹂︵V, 396
︶︶︒既に本節で我々は︑﹁憐れみ﹂の﹁比較﹂︵そしてこれと不可分な﹁反省﹂や﹁想像力﹂︶の深い繋がりを介しての﹃エミール﹄と﹃言語起源論﹄の内的連続性に着目したのだった︒つまり︑﹃言語起源論﹄第九章の以上の記述はまさに﹃エミール﹄の反ストア派的﹁憐れ
み﹂論が︑決して弁神論的な﹁自己愛﹂から﹁秩序愛﹂への一過程に終わるものではなかったこと︑これを明示的に証してくれるものに他ならない︒本節では︑﹃エミール﹄が︵﹁比較﹂︵の﹁判断﹂︶を前提にしつつ︶ストア主義を受け継ぐことで自らの倫理論を独自に展開する中で︑ストア主義とは決して相容れぬ部分をその根底において持つに至ったことを確認した︒特にこの著作の﹁憐れみ﹂概念において︑ルソーはストア主義にはもはや還元できぬ独自な思想を展開している︒しかしそれはまたストア派を批判して﹁憐れみ﹂の重要性を既に指摘したアウグスティヌスらの教会関係者の立場に単純に帰属
するものでもなかった︒成る程︑﹃エミール﹄において︑﹃エミール﹄の﹁憐れみ﹂概念は︑アウグスティヌスのみならずストア派も重視した﹁自己愛﹂の倫理のうちに組み込まれる︒しかし︑ルソー的な﹁憐れみ﹂は︑直接に︵﹁憐
れみ﹂を批判する︶ストア主義に対立するばかりでなく︑︵﹁憐れみ﹂を肯定する︶アウグスティヌス主義にも還元されぬ枢要かつ独自な役割を演じ続ける︵繰り返すが︑この点で﹃エミール﹄において﹁憐れみ﹂概念は︑﹃不平等論﹄
で示された重要性を失ったわけではない︶︒即ち︑ルソー的﹁憐れみ﹂は︑アウグスティヌスらカトリック教会関係者の弁神論的議論から二重に︑つまり﹁原罪﹂の否定と﹁愛の身体的・精神的なもの﹂との更なる繋がりを介して︑乖離する可能性を強く持つ︒それは︑﹃エミール﹄のストア主義・反ストア主義がルソー倫理論に独自に昇華されたことをも我々に示しているのである︒
さて︑本論が最終的に目指そうとするのは︑﹃エミール﹄のこのストア主義受容の一見相反する二重性が彼の美学思想にもたらす意義深い示唆である︒この点を以下の最終節で検証したい︒
註
︵
︵ び註の参照文献の情報と参照の際の省略記号は︑第一部のそれを受け継ぐ︒最終部は次号の﹃論集﹄に掲載する予定である︒ と結論からなる最終部を含めて第二部以後の部分が膨大になったため三部に分けることとした︶︒尚︑本第二部の本文中およ 二〇一七年︶に既に掲載済みである︒またこの第一部発表時においては全体を二部に分けての掲載を予定していたが︑第五節
1
︶本論は︑紙幅の都合上︑三部に分けて掲載される︵第一部の第一節と第二節は﹃論集﹄︵東京女子大学紀要︑第六八巻︵一号︶︑︵
IV , 333–4
による﹁事物の破壊﹂がその子供に必然的に齎す身体的帰結を痛感させることである︵︶︒IV , 330–333
﹁そら豆﹂の挿話がそれである︶︵︶︒もう一つは︵この第一の対処法と実は深く重なるのだが︶︑子供の﹁怒り﹂ 込むことで︑間接的だがそのような﹁精神的観念﹂への道筋を準備させることである︵有名な﹁庭師ロベール﹂との間の けるが故に︑﹃エミール﹄の著者は﹁破壊される事物﹂に関る﹁所有﹂を巡る事態を体験させ︑子供のうちにその体験を刻み 著者は示す︒一つには︑セネカの言う﹁怒り﹂の場合とは違い︑この様な子供は﹁人﹂ではなく専ら﹁事物﹂に﹁怒り﹂を向 らの観念を介して気性の激しい子供の﹁怒り﹂に対処するのは無益であるとルソーは考える︒二つの対処を﹃エミール﹄の 的﹁怒り﹂が孕むだろう﹁人対人の関係や人間の行動の精神性についてのある種の観念﹂は殆ど無縁であって︑直接にこれIV , 328–9 ma lus
され︵︶︑﹁怒り﹂や﹁情念﹂を頻繁に﹁病︵︶﹂の比喩で語るセネカを思わせる︒しかし︑子供達にはセネカm aladie 2
︶そもそも子供達に対しては大人達の﹁怒り﹂を忌まわしいが恰も突発的な身体の﹁病︵︶﹂として示すべきであると︵
IV , 328 –32 9
︵ルソーの教師は﹁怒りに駆られている人﹂が単に﹁病気﹂である様にエミールに思わせる様に仕向ける︵︶︶︒ 的対処の二つが語られるのは二つ目の文脈においてであり︑第一の文脈では﹁怒り﹂への対処は言わば単なる﹁無視﹂である トになってのものである限りで︑やはり﹁怒り﹂への言及は必ずしも一義的に重要なものではない︒ちなみに︑﹁怒り﹂への具体 ない子供の外見に惑わされ︑﹁実例﹂と﹁もの﹂の具体的関係に基づく子供への本来の教育を蔑ろにする危険性である︶とセッ 様な例外を巡る議論︵ルソーが特に注意を促すのは︑真の天才児の場合よりもそれが特に外見上の言わば偽のひらめきしか持たIV , 3 29 –33 4
く教育段階での︑推奨すべき実例とは逆の忌避すべき実例に過ぎない︒第二の文脈︵︶は︑生まれつきの天才児のIV , 327 –32 9
第一の文脈︵︶は︑﹃エミール﹄前半部の特に思春期以前の教育での︑つまり空疎な思弁的教育ではなく実例に基づ しい性質の子供﹂における﹁怒り﹂の予防︶において︑実は﹁怒り﹂は二義的にしか触れられていないとも言える︒というのも3
︶﹁怒り﹂に確かに言及する第二篇の以上の二つの文脈︵子供にとって示すべきでない実例としての大人の﹁怒り﹂の忌避と﹁激︵
Sen eca, Epi stle s , ou vr.ci t. , t.V , CX VI, p . 332 et p . 334 4
︶セネカ︑﹃道徳書簡﹄︑前掲書︑第六巻︑書簡一一六︑三三六頁︵︶︒︵
ib id ., CX XI, p . 410 5
︶同上書︑書簡一二一︑三七八頁︵︶︒schmid t, An thr op olog ie e t P olit iqu e : l es p rin cip es d u s ys tèm e d e R ou sse au , P aris, V rin, 1983
︶︵﹃不平等論﹄をルソー思想全体のVic tor G old - 6
︶研究者のシャラクはこの﹁自己愛﹂への一元化の意義を︑ゴルドシュミットによる古典的なルソー解釈︵母型として強調する立場︶への彼自身の批判とも絡めて︑非常に重視する︒
Ch arra k, D e l ’ em pir ism e à l ’ exp ér ien ce , ou vr.ci t ., ch. I
︵en p art ic ulier , p p. 30–41
︶.
尚︑ルソーにおいて﹁自己愛﹂の一元論のうちに﹁憐れみ﹂を含めた﹁良心﹂を包含させることの決定的重要性は︑既にドラテの古典的研究が極めて明快に指摘している︒ロベール・ドラテ︑﹃ルソーの合理主義﹄︵田中治男訳︶︑木鐸社︑一九七九年︑一四〇〜一五三頁︒︵︵
Le d roit d e l a g uer re e t d e l a p aix , t rad . p ar B arb eyrac, A m ster da m, 1724, p . 5 n. 4
指摘する︵︵︶︶︒ て自然な﹁社会性﹂の古典的典拠はむしろアリストテレス︵﹃ニコマコス倫理学﹄第八篇第一章︶から来ているのではないかと 自らの註でも同じことを述べている︶グロティウスが直接言及するストア派の﹁親近性﹂と言う語に関して︑ストア派も含め 〜七六頁︶︶︒興味深いことに︑ルソーが実際に参照した可能性が高い仏訳でも訳註を付したバルベラックは︵先のラテン語の むしろ﹁自己愛﹂という自然の第一の原因が﹁理性﹂の高次な次元への準備段階に過ぎないのを強調している︵同上書︑七五1720, p . v .
︶にはある︶︒ブルックが更にあげるストア派に影響されたと言うキケロの発言にまつわるグロティウスの文面も︑D e j ure b elli a c p aci s l ibr i t res , A m ster da m,
高いグロノヴィウスとバルベラックの註を更に含む十八世紀ラテン語版︵例えば にだけ頁数を振ってない︶にはなく︑後の版でグロティウスが付したものである︒但し︑少なくともルソーが読んだ可能性のD e j ure b elli a c p aci s l ibr i t res , P aris, 1625
概念に言及する部分は︑グロティウス自身による原註も含めて初版︵︵初版は﹁序言﹂ た﹂︵グロティウス︑﹃戦争と平和の法﹄︵初版一六二五年︶︑一又正雄訳︑巌松堂︑八頁︵第一巻︑﹁序言﹂︶︶︵ストア派のこのοἰκ είω σις
知性の様態に従って同種の人間達と共に組織される社会である︒ストア派の人々はこれを﹁社交性︵︶﹂と呼んでいap pet itu s s ociet atis
中に︑社会的欲望︵︶が存する︒しかしその社会というものは︑種類を選ばぬものではなく︑平静で︑彼のBro ok e, a rt.ci t., p . 98 7
︶ブルックが主たる根拠としてあげるのは︵︶グロティウスの以下の発言である︒﹁この人間に特有の行動の︵ 示してくれる限りで﹁自己愛﹂から必然的に派生したものという考えに導く可能性を論理的には示すことはありえよう︒
CX XI, p . 408
︶︶という発言は︑本文中で次に引用したルソーの発言の様な﹁自分に近づく人間﹂への愛が自分への気遣いをjuva nti a p et at Sen eca, Epi stle s , ou vr.ci t .,
を求める︵︶﹂︵セネカ︑﹃道徳書簡﹄︑前掲書︑第六巻︑書簡一二一︑三七八頁︵ いたと思われる︶﹃道徳書簡﹄の書簡一二一には︑自然な社交性を明言する箇所はない︒しかし︑﹁﹇生物は﹈助けになるもの8
︶セネカにおける﹁親近性﹂に関する最も顕著な文面が確認できる︵そしてルソーがセネカの著作の中で実際に丁寧に読んでordin atio r
については本論が集中的に取り上げる﹃怒りについて﹄の関連箇所を︵﹁﹂Pro vide ntia , in M ora l E ssa ys; E pitl es; T rage die s , ou vr.ci t. , t.I
︶︶︑それほどセネカによって概念化されている訳ではない﹁秩序﹂D e 9
︶﹁摂理﹂については同主題を扱ったセネカの著作を︵セネカ︑﹃摂理について﹄︑﹃セネカ哲学全集﹄︑前掲書︑第一巻︵︵
Sen eca, D e i ra , ou vr.ci t. , li v. III, v i, p . 268
る︶︵﹃怒りについて﹄︑前掲書︑第三巻︑六︑一七八頁︵︶︶︑それぞれ参照のこと︒ord o
﹂でそれぞれ一例ずつ存在す; ﹁
︵
10 H enr i G ou hier , Les M éd ita tio ns m éta ph ys iqu es d e J .-J . R ou sse au , P aris, V rin, p . 71.
︶11 Ren é D es car tes, Pri ncipi a P hilo soph iae , in Œ uv res d e D es car tes , é d. pa r C h. A da m et P . T ann er y, Pa ris, V rin, 1996 no uv el le
︶︵éd.
︶, 11 v ol., t. VIII, p . 17
︵Pa rs P rim a, X X XIII
︶.
︵︵
12 Ibi d ., p . 17 Pa rs P rim a, X X XII .
︶︵︶︵
13 M ed ita tion es d e pr im a ph ilo soph ia , in Œ uv res d e D es car tes , ib id ., t.VII, p . 37.
︶︵
po ur l a p ag e 79 .
︶ave c un e I ntr od uc tio n et un co mm en tair e hi sto riq ue p ar P .-M. M ass on, P aris et F rib our g, H ac het te et c., 1914, p p. 79–81 n.1
︵14 Pier re-M aur ice M ass on, in R ou sse au , La « P ro fes sio n de f oi d u v ic air e s avo ya rd » de J ean-J acq ues R ou sse au , É di tio n cr itiq ue
︶︵
15 Ibi d. , p . 81.
︶更にマッソンはルソーがこのリニャックのエルヴェシウス批判を直接読んだ可能性にも言及している︒︵
Pa rtie , p p. 259–272.
︶16 Jos ep h-A dr ien L ela rge de L ig nac, Ex am en s ér ieux e t c om iqu e d es d isc ou rs s ur l Esp rit , A m ster da m, 1759, 2 vo l., t.II Seco nde ’
︶︵︵ 必要がそもそもなかったと考えるのが自然ではないのかとも本論には思われる︒ 更﹁信仰告白﹂の認識論的文脈でその繋がりに言及しなかったのは︑﹃エミール﹄全編でこの繋がりが意識されるが故にその 能動性と感覚の受動性との二分法に基づく﹁信仰告白﹂による唯物論批判の非徹底性を導こうとする︒しかし︑ルソーが殊 批判が未だ裏打ちされないある種の不完全性を証すとするのである︒ここから彼は︑﹁比較﹂としての﹁判断﹂という精神の シャラクによると︑この事実は﹁自己愛﹂という﹃エミール﹄を支える根本的概念によって﹁信仰告白﹂のエルヴェシウス ワの助任司祭の信仰告白﹂の発言でルソーが全く﹁比較﹂と﹁自己愛﹂とのより重要な繋がりに触れない事実を重視する︒
Ch arra k, D e l em pir ism e à l exp ér ien ce , ou vr.ci t ., p p. 105–106. ’ ’
げる︶文面に着目する︒この研究者は︑むしろ上記の﹁サヴォ17
︶シャラクもまた︑﹁比較﹂がこの﹁幸福であろうとする愛﹂つまり﹁自己愛﹂に結び付くというリニャックの︵本文が次にあ︵
273 ib id ., p . 273
︶︒﹁ドイツ人﹂もこの発言を含めた﹁学士﹂による纏めを最終的に﹁自分のものとする﹂ことを認める︵︶︒ib id ., p p. 271–
ルヴェシウスを批判する﹁ドイツ人﹂の立場︵感覚に還元されぬ第三項の存在を強調する立場︶を纏めている︵ ているもう一人の対話者︵﹁学士﹂︶である︒彼は本来エルヴェシウスの﹃精神について﹄の代弁者なのだが︑この発言ではエ18 Le lar ge de L ig nac, ou vr.ci t. , p . 272.
︶この対話者は︑先の対話者︵﹁ドイツ人﹂︶とは逆にエルヴェシウス擁護の役割を与えられ︵
19 Sen eca, D e i ra , ou vr.ci t. , li v. III, ii , p . 256
︶セネカ︑﹃怒りについて﹄︑前掲書︑第三巻︑二︑一七一〜一七二頁︵︶︒︵
20 ib id. , li v. III, xxxi , p . 330
︶同上書︑第三巻︑三一︑二一四頁︵︶︒なコスモポリタン主義との差異に求める点で本論とは視点が異なる︒ ところが多い︒しかし︑最終的差異についてローティはそれを﹃社会契約論﹄等におけるルソー政治論の市民とストア派的 も我々と同様に連続性と最終的差異を強調する︒情念論や自然概念を巡る両者の連続性へのローティの指摘は本論と重なる
Ro rty , «Th e T w o F aces o f S toici sm: R ou sse au a nd F reud», a rt.ci t.
を中心に見出すものである︒既に挙げたローティの研究︵︶21
︶本論は︑ストア派とルソーとの連続性を意識しつつも︑その最初の決定的差異を﹃エミール﹄の情念論の﹁憐れみ﹂の議論︵
︵
22 Sen eca, D e i ra , ou vr.ci t ., p . 160
︶セネカ︑﹃怒りについて﹄︑前掲書︑第一巻︑二〇︑一一二頁︵︶︒︵
23
︶同上︒︵
Teu bn er , 1964, 4 v ol., t.III, p . 95 fr. 391
︵︶︶︒Stoi cor um v ete ru m fr agm en ta , é d. p ar H.F .A. v on A rnim, S tut tga rt,
訳︶︑二三六頁︵アンドロニコス︑﹃パトスについて﹄︶︵24
︶﹃初期ストア断片集﹄︵京都大学出版会︑二〇〇〇年〜二〇〇六年︑五巻︶︑第四巻︵クリュシッポス中川純男・山口義久︵
25 ib id ., p . 96 fr. 394
︶同上書︑二三八頁︵ストバイオス﹃抜粋集﹄︶︵︵︶︶︒︵
irac un di ae t ris titi a co m es es t
︵︶﹂︶︒26 Sen eca, D e i ra , ou vr.ci t ., p . 178
︶セネカ︑﹃怒りについて﹄︑前掲書︑第二巻︑六︑一二六頁︵︶︵﹁悲しみは怒りの仲間である︵
Œu vre s d e S ain t A ug ust in , ou vr.ci t. , t. X X XV , p . 376 et p . 378 liv. XIV , v iii
︵︶︶︒27 Augu stin us, D e C ivit ate D ei , in
︶アウグスティヌス︑﹃神の国﹄︑前掲書︑第一三巻︵第一四巻︑第八章︶︑二二七〜二二八頁︵︵
Stoi cor um ve te ru m fra gm en ta , ou vr.ci t ., p . 99 fr. 412 .
伝﹄︶︵︵︶︶︒28
︶例えば︑﹃初期ストア断片集﹄︑前掲書︑第四巻︑二四六〜二四七頁︵ディオゲネス・ラエルティウス︑﹃ギリシア哲学者列︵
29 ib id ., p . 105 fr. 431 .
︶同上書︑二五八〜二五九頁︵ディオゲネス・ラエルティウス︑﹃ギリシア哲学者列伝﹄︶︵︵︶︶︒30
︶同上書︑二六八〜二六九頁︵ラクタンティウス︑﹃信仰提要﹄︵ 面である︒
450 et 451 .
︶︶︒アルニムが以上の二つの断片の次にあげるのが︑本文でも挙げたものの近くのセネカ﹃寛恕について﹄の文ib id ., p . 109–110 fr.
オリゲネス︑﹃﹁エゼキエル書﹂注解﹄︶︵︵;
︵
cit . , t.I, p . 332 et 334 II, v
︵︶︶︒31 D e c lem en tia , in M ora l E ssa ys . . . , ou vr.
︶セネカ︑﹃寛恕について﹄︑﹃セネカ哲学全集﹄︑前掲書︑第二巻︑一五七〜一五八頁︵︵ いと思われる︒
bo ur g , n. 13, 2002.
ちなみに英語を殆ど解さなかったルソーがヒュームの友人であるスミスのこの著作を読んだ可能性は低Th e U ni v. o f C hic ag o P r., 1997; C. L arr ièr e, « S en tim en t m ora l et P assio n p oli tiq ue », in Les C ah iers P hilo sop hiq ue s de S tra s- 32 C. Or w in, « R ou sse au a nd t he Di sco ver y o f P oli tic al C om pa ssio n », in Th e L ega cy o f R ou sse au , é d. p ar C. Or w in et N. T arco v,
︶︵