都市研究報告 ~ 都市環境整備研究報告 1ー(1)
都 市 研 究 の 現 状 と 課 題
一 都 市 地 域 研 究 の 場 合 一 渡 辺 良 雄 中 野 尊 正
東 京 都 立 大 学
都 市 研 究 委 員 会 1971・3
目 次
ま え が き
第 1 章 都市地理と都市研究についてー一一…一一回一一一一 1頁
第 2
1. 都市地理学の性格の一面 …………一−一一一一一一一一 1 2. 都市地理の都市研究への態度。,...・M・−…一一…−−一一…・ a s
.
4. 章
1. 2. 8. 4.
都市地理研究の1• 2の展開 一一一…・………山 5 都市地理での現象解析への期待...・H− ・・ ・・・H… ・… 10 都市地域の自然環境の研究と課題…・………… 山' 1 4
ゼロメートル地帯を例として一一一
ま え が き …山・……山……...・−…………・・…・・一山山 14 地盤沈下をめぐる若干の問題叩…,H・....…・H・......・−−−…H・H・… 17 ゼロメートル地帯の形成.拡大と若干の問題点一・…… 20 加害者群を特定化しにくいζと……H・H・−山山.......………山....・...2 7 5. あとがき... …H・H・−・山……・…H・H・−−………山…….2 8 あ と が き
図 I. 図 2.
図 8. 表 1 表 2 表 8
図 表 目 次
大阪における地盤沈下量と地下水位の経年変化…………山 ai 新潟における地盤沈下の経年愛化 …… ………,.…・・……… s 1 東京低地とその周辺地域ゼロメートル地帯の拡大川H・H・町山......・ 82 東京における地盤沈下と関連事現…H・H・"・e・−…・,.....・H・..............…sa
船僑・市川地区の主要水準点の経年変動……… 3 4 東京低地のゼロメートル地帯の拡大…制 一……...・M−・
ま え が き
この報告は2章lとわかれている。「第1章 都市地理と都市研究について」
においては,都市地理の立場から都市の研究がどのように進められ,どんな課 題を今後の問題として残しているかという点を,概括しである。「第2寧 都 市地域の自然環境の研究と課題ーーゼロメートル地帯を例として一一一」で は,都市の研究のなかの自然環境の研究の一例について概括的にのべである。
後者は.都市にとって自然環境とは伺かといった哲判ヲ命題を含む未開発の E輔な分野に含まれる研究であるが,その全体にふれうるほど研究がすすんで いないので.もっとも端的に問題が集中している例としてとりあげ.多くの課 題がのζされていることを示そうとしたものである。また.中小河川の流出の 変化.大気汚染や水質汚濁など,災害・公害の形で社会問題化している現象を どう研究するかについての一般論をぬきにして,ゼロメートル地帯の例を紹介 するのは,乙の事例のなかに.自然と都市のからみあいを複合的にみる乙とが できること,研究実績がある程度ある乙となどの湿自によるものであ弘
上記の2編は相互に独立にまとめられた。したがって.両者の内容的な調和 はとれていない。しいていえは,第2章は第 1章の一部で言及されている土地 条件K関連して,具体例を示したが,鎗1寧での期待と.第2l韓の内容の考え 万にはなお大きなひらきのある乙とを認めざるをえない。
第l章.m 2章の何えに対しても共通に期待したい乙とは.社会科学者から の批判である。とくに音色2章にとりあげたテーマは,ゼロメートル地帯の形成 K,社会・経済.行政.政治といった面が陰に腸にからんでいるので.社会科 学的アプローチが強く委譲3れるテーマである。また,水質汚濁・悪臭.各種 の自然災害などの素因を時代とともに変化させるという点で.自然科学や工学 の分野からの助言批判もえたい。
都 市 地 理 と 都 市 研 究 に つ い て
渡 辺 良 雄
第 1章 都 市 地 理 と 都 市 研 究 に つ い て 1
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都 市地 理学 の 性格 の 一面
1 9世紀末からの近代地理学と言われるのは.永い放浪の旅の聞に,0 0地 理学と名付けられる落し子達を数多く人文研究の分野に遺していった。社会地 理.人口地環,農業地理,工業地狸.経済地理,膝史地理...・H ・−−と.その兄弟 遠の数は豊富であり,その相互の識別はさだかでない。
地理学のなかでさえその領域はきだかではない都市地理であるが.それが都 市を研究対象とするに当って,母なる地理学から受け継いだ素質のなかの幾つ かの耐には.現在なお他の都市研究分野とや』異った肌合いが感じられるもの もある。いわゆる都市地理学が成立する契機となった20世紀前半の都市誌に 育くまれた個別的な地域の認識ー一地誌学的関心の一面もそれであり,また空 間への意識が都市立地論を重視し.そのなかで地域中心地としての都市に.異 常な関心を寄せたのも他の一面であろう。しかしそうした多くの点を省略して 乙』では.都市地理が発生した頃に人文地理が落していった地表占拠の形態学 ともみえる刻印について考えてみよう。それは綜合の科学を目指す地表研第'JD• 全地理学的思考の反映でもあれば,当時全盛期に近い景観論の名において残さ れた都市景観地理の遺産とも言えよう。共にいろいろと論説J)上で否定しなが らも.現実の都市地理紛尭者逮が.逃れ切れていない大きな影響を認めざるを 得ない。
勿論.現代的都市地題研究において.形態そのものの分析ーーその精密化を 前提としてーーの学向的掘下げを指向する研究は,時流として稀少価値に近い。
むしろ形態の理論一一形態形成の必盛性一ーのなかに.都市を作り動かす基 縫縛造をみてゆ乙うと言う万向fl:.多くの研究者逮は少くても情念的には走っ ているように見える。例えば,戦後の我が国の都市地理の中で,.か芯り多くの
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関心を集めたテーマに.都市中心商店街,都心盛り場の研究がある。そのよう なテーマに対して.清水.服部両氏を代表とするような研究態度一ーすなわち,
都市生活における都心消費の意義を問題にするような態度一ーも勿論見られたE いことはなし、。そして他の人文系諸科学の研究と.同じ言葉で語り合うという 意味では,それは最も容易に他の分野との交流を果し得たのでもあった。しか し都市地理研究の多くが都市中心街,盛り場t.cどに対しても,業種の栂戎,店 舗建築様式といったものの分析に主な関心をおき,地理固有な観万が幾分でも 感じられる反面.そのため他の人文諸分野とはやh交流の場を欠いているよう に見える。すなわち,地珪停の感覚で言って,視聴覚的現象形態の構腐とは深 層意識的f,t関心が残っているに拘らず,他の多くの学科からみれば.それが社 会現象全体の解釈とどう係わり合いを持つのか理解し難いと言った断絶惑が両 者の聞には横たわっているようである。
もっとも,冒頭に述べた如く,都心盛り場の形態上の構成を分析せんとする 都市地理の研究にも,その意図すると乙ろは形態分析のみならず.その形成原 理を追究せんとする欲望を表面にまで押し出したものも多い。
しかし不幸にして.この点において都市地理は,重大な方法的混乱を従来冒 しているように思える。すなわち現象形態の形成を説明すべき現象趨論を地理 学内部に求めて得られないと乙ろから,人文科学の他の分野で研究されている 成果の導入によって,都市地理内部としては問題を解決してきた事実である。
都心盛り場の矯脱の例で言えば,活動の種類の組み合わせと,市民生活におけ る行動の類型と言ったいわば生臨論的観点による解釈を行ってみたり,或いは そζに活動する個々の企業の立地的論議を過して.その集合体としての都心盛 り場の形成を説明しようとしたりしてきた。
ζれら他分野に打ち樹てられた遡論を積極的に導入する乙とは勿論必要では あるが,それを手段に都市地理固有の理論を見出す努力が怠られている限り,
目的と手段の関係ははなはだ暖昧にならざるを得ない。例えば従来都市地理の 個性的視点は?と関われれば.しばしば用意8れてきた口上は綜合というζと
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であった。しかしその解智ζ対しては次に綜合のためにどんな方法論が用意さ れているかを間われる乙とになる。もし都市地理固有の視角以外から研究され,
打ちたてられた理論をもって,都心形態構成の必燃性が解明されたにしても,
その場合には都市地理研究の少しの進歩とも認められない。何故なら現象形態 の構成理論の中に都市梅成の本質理論を見出すという都市地理の主張のうち.
その本質的理論の方は,生態論や立地論などそのものに単に還元される結果し か生み出さないからである。地理学内部としての現象理解花関する満足感はあ っても.都市研究全体からみれば,そζに新しいプラスは伺も小も起つてはζない。
2. 都 市 地 理 の 都 市 研 究 へ の 態 度
都市地理のそのような特性とは別伝問題として.最近都市研究へ関心を寄せ る人文科学諸分野が多いところから,相互の力を結集して都市の解明を行なえ ないかと言う都市研突如提案がいろいろとE場合に起っている。そのー表現とし てよく耳にする都市学の提唱と.それに対する都市地理の態度について.都市 学会が編集した都市学成立に関する三部作の論文集をのぞいてみよう。 皮相的な 解釈になるかもしれとEいが,それら論文集に示される限り.都市学に対する意 見は次のように整理される。
第 11~.(1廊市学に関する肯定的意見と.(却否定的意見とに分かれる筈であ るが,乙れは論文集の性格上否定的意見は見られない。しかし肯定的意見のな かにも,都市学への骨格の画き方自ζは2つの万向がある。すなわち.(1輝明す べきテーマはすでに山積しており,そのようなテーマ先行を重視する。そして それを解明すべき研究万法論の確立を急いで,それに適合するように研究分野 を再編統合する。(2)既事分野の研究を促進しながら.その協力体勢について道 を纏立し.そのなかに都市研究全伽コテーマを作り上げてゆく.の2つである。
〔註〕 日本都市学会 : 都市学の形成と理論 1 9 6 7東京書店
II : 都市学の進展と地域理論 196 8 "
" .' 地域開発理論と地方都市 1969 ,,
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そしてそれぞれどちらの立場に関しても.都市学の目標と意義については.( 1) 応用的色彩を画くものと,(2)あくまで科学の立場として原理研究の促進手段と
考える立場の2つの姿勢が見出される。
こうして都市学の情想には4つの組み合わせが起るが.現実には応用的色彩 を求める立場からは.テーマの先行と分野の統合を考える傾向が強L、。原理的 追究を重視する場合には,既存分野の協力体勢改善といった考え方がとられや すくみえる。前者からは都市問題,都市計画.未来の社会情態と言った諸問題 に対処する新しい学聞が生まれ,後者からは各分野での問題意識を深めるため に.関連諸分野の知恵の交流し易い舞台が作られる。その場合都市学成立の成 果は,従来各分野がかhえてきたような問題解決の形に戻る乙とになる。
乙のような場においての都市地理関係者の意見はどうであろうか。乙れらの 論文集には序文を含めて.木内,高野.伊藤.田辺等諸氏の所論が述べられて いるが.そ乙には 8つの点が指摘出来そうである。(1)都市学の建設について積 極的な意見である乙と。(2)どちらかと言えば.応用科学的な面に都市学成立の 成果をより期待していること。(⑪しかしながら分野の解体と再編ぞ急ぐよりも.
先つ既存分野の進歩一既成問題についての盤理解明を既成分野で急ぐ一過程 を必爆とするのではないかとする意見が強い。
第1の点で都市地理側の事情からして考えられる点は2つある。(a)都市地理 学の個々の研究者がもっ強い都市研究への愛着と.しかしながら都市地理自体 としては.方法的に行きづまっているジレンマが都市学の形に活路の展開を期 待させる乙とであり,(b)都市学は都市と呼ばれる地域類型を舞台とする諸現象 の科学一一都市・地域 に蝿する学問ーーであるとする.多くの分野からの定 義感覚があり.その点地域の科学と自負する都市地理の制究にま乙とに適合す
るζと,と言った事情が感じられる。
第 2 の応用の点は•(a)社会問題としての都市問題へ寄せる,都市地理研究者 個々の感覚が基本である。じかもその場合これまでの徹底した実証科学として の習性を離れて.より僧成的な意見表明の場を都市学に期待する点もないとは
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言えない。しかも(b脇市学論議において都市学は綜合の科学であると考える傾 向は.最終の成果が各分野に持ち帰られる原理追究の立場よりも.応用科学と として考える立場にとくに強い。そ乙に古くから綜合をうたってきた地理学に とっては極めて共感できる面を持っていた筈である。
第8の面についてみれば.第1.第2の点の自負に拘らず,それまでの都市 地理における都市解明の模索の状態からして,新しい都市学の方法論の展聞に も.まだ十二分の確信は持ち得てないという乙とである。恐らく.その主たる 狸由は地域的綜合への自負と裏腹に永らくそのために苦しんできた綜合の巨大 な困難さについて十二分に認識しているのが最大の理由であろう。加えて実証 の科学としての従来の感覚からすると.綜合の応用的科学として華々しい出発 点につくためには.都市地理もしくは各分野の手持財産一一個々の現象機構の 解明や一般化された理論ーーについて一抹の不安があり.時期的判断をためら わせられているのが実状であろう。
3. 都 市 地 理 研 究 の 1・2の 展 開
都市学の成立に関する.以上のような都市地理の姿勢には筆者も共感を覚え る点が多いが.前記のような都市地理の性格と合わせて2つの点について私見 を述べたL。、
(1)地域類型より現象構造へ
第1の点は.都市地理への意見であると同時I<:.成立するかもしれない 都市学への提言でもあるかもしれない。それは約言すれば.地域類型とし て都市を捉える考え方を少なくとも一時放棄することである。
従来都市を研究するに当って.都市と言う業向型地域を舞台に起ってくる 諸現象を対象として.都市社会,都市経済,都市行政,都市計画…・・・と言 った用語を戚り立たせてきた傾向が強かった。乙れはいろいろな都市の概 念規定もまた,都市の地域類型を思考過程K婦入して成立していると言う
乙とでもある。従って都市と言う地域類型を廃止する提言をすれば.分野
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共通語として都市を考える手がかりさえも一時失わぎるを得ないかもしれ ない事も事実である。しかしなお少ぞとも都市,農村の2分法を基調とす
るそれに対しても大きな疑いをいだきたい。
何故地域類型も設けたくないかと言うと.それには豊島つかの理由がある。
1つには都市と言った類型を.実際ζt地峨の上』乙設定し難くなっている現 代社会の傾向もある。地域的な都市限界をも大雑把には考え易かった時代 も.かつては誰かにあったであろう。しかし,現代の都市周辺では.市街 地から農村への交錯が.次第にその内容を愛えてゆく傾向が強い。そして その交錯地稽が次第に広く拡がってゆくにつれて,先づ境界設定もしくは.
地域的な概念区分一ーが不可能になってきた。次いで.それに加えて最近 の地域活動では,すべて遠隔地との飛地的結合の比重が増大してくると,
地滅的な区分概念も怪しくなってくる。例えば全国市都における定住地就 業に対する通勤就業の比率が.昭和35年の20% か ら 僅 か5年の聞に 27 %に嶋加したとの国勢調査の数値や.また東京の卸売活動の販売額に おいて.附和35年』ζ27%を占めた全国比が 39 年には so~もまで低下 して全国対象分が増加したような事実にも.乙うした一面が示唆されてい ょう。
また,その形態的内容においても,都市と農村と言った類型化は次第に 困難になりつつある。かつて都市の専有物に近かった工場の,田陣への分 散もその一例であり.単に工場形態の分散のみでとt<,例lえば賃金体系な どについても.最近.大手生経工場の地方進出などを動因として.地場髭 業を含める賃金体系の全国的統合が,はっきりした傾向として現われつ』
ある。中卒男子初任級の附県刷中位{凪を例にとると.剛和35年には6大 都市府県平均値に対する.残り40県の平均値は.指数として0.78であ ったが.40年Kは0.88とその格差を縮少した。また消費生活儀式を考
えても.鍛近の都市と農村にはいろいろな事が起っている。要因としては 終戦後の農地改革,農村共両体の規制力の後退.農村家族構造における家
長権威の消滅などがあり.契機としては,一時の食料不足時代の農村経済 天国などと結びついた農村電化ブームの経験もあった。すべてが農村消費 像式と都市消費儀式の差異を縮少する方向に向うものであり,戦後のテレ ビ普及率と戦前のラジオ普及率における.農村と都市の差異は比較の対象 にさえならない程小さい。そしてそのようとr物質的消費様式の差異を通し て.テレビの普及は.情報への接近性と言った次の差異消滅を生み出して ゆく。将来の社会に農業は残存しでも農村は残らないと言った表現も.も 早単なる認い文句ではなくなりつつある。
そうした意味で将来とも次第に地域類型設定が.実際上困難かつ無意味 化してくるであろう乙とを第1の理由とすれば,第2の理由はむしろ解明 手段としての適吾の問題である。この場合には地域数型の綜合性の問題も そζに絡んでいるような気がする。地理学は綜合的な意味での地域と言う ものが寄在するに違いないと言う事を.無条件に前提にするような現象解 明法を従来とってきた。
例iえは前記の中心商店街.盛り場の例をとると,その構成を理解するた めに.都市住民の消費生活様式の特質を考え.その購買選釈の慣習の特質 を考え.住宅地域から勧心への交通施設を考え.他万で都市の場合の商店 街の一般的繕足元検式を考え.都市都心部の高い地価と,都心部における土 地肋有の特質を考え.両店会と言った人聞社会の特質を考え・H・H・−・そうし たもQ)から.都心尚店街の業種構成を考えるの乙の場合その取上げる裳素 は大方は妥当であろう。しかしその考え方において.農村との類型差を意 味する問題が無整理なま』混入してくる。そのま』煎じ詰めると.都市住 民の所得は一般に長村或いは小さな町より高い所得階層を含み,従って高 額消費住民が都市には存在する。それ故に都市の中心尚店樹立,農村或い は小さな岡Jの商業と巽なるか』る締仇を持つ……と言った論法が中心とな るような例か多い。
地君主学が地域的な差異を見つける乙とに多くの関心を寄せてきたその体
‑7‑
質は.かつての例えばSorokin & Zimmerma nの都市と闘すの社 会償階質の区分のようとf考え方を極めて素直に受け入れる素地があった乙 とは事実である。しかしそれを前援に使って上記のような論法で都市を理 解し得たとするとfらば.都市の理解とは農村との平均的差異を見付ける乙
とにありと言う乙とになりかねない。つまり現象構造の解明から都市と言 う綜合的地域類型の成立の有無を考える以前に.綜合的地域の成立金手段
』として現象の説明に当ると言った奇妙な乙とになってくる。乙のような場 合.どれだけの消費家計の世帯がどれだけ多くど乙に存在すれば,そのよ うな商業活動が成立するかと言った線からつきつめる方法論一一樹す.都 市と言った類型意識を聞に挟まなくても説明できるーーのほうがより頼り 甲斐があるように見える。
第8の理由も解明手段としての適否の問題であろうが.現象盤膨〉手段 としてむしろ理念的犯最善のものであろうかと言った点への疑問である。
都市なり農村なりの地域的類型区分を手段として.都市研究を仲づけるた めには,それぞれの類型地域のなかで.かなりの機能活動!とか人聞の行動 体系が完結する状態を.その綬底に必要としているような気がする。上述 の都心商店街のような場合はそれに近い現象であろう。しかし他の多くの 都市地減での活動は必ずしもそうでない。例えば.都市に近い自然観光地 の活動と.都市内部の娯楽慰安産業は,天候条件などを接点として表裏 の尉係を持っている。恐らく都市住民の行動体系においては.1つの目的 完結の中に含まれる2つの表現なのである。それを単に地域類型の所在の 上で2つに切り議し.都市研究はそのうち都市地続鎖型犯所在するものを 扱うと言った紛究編成は納得しかねる。
つまり都市学における都市を,地域類型として考える乙とは.地理学に とってはなはだ好都合ではあるが.現状においては,少くとも一時的には その観念を飲棄するほうがよいと言う提案となる。
しかしそうなると.その対象に観念規定を見失って都市学の成立は一層
困難になってくる。しかし他方従来大雑把に都市と呼ばれて来たような地 域において,いろいろ解明すべき特有な問題が原理面でも.応用面でも山 積している事は事実である。都市学そのものの成立まで否定したくはない と言うジレン?に陥いる。
そ乙で一時的な方便ではあるが.人類の活動慨念としての都市の設定は 放棄しても.都市学と言う場合の都市は何であるかと言う.いわば符識と しての都市だけは残しておく必要がある。その場合の符諜は,対象として の概念規定ではなく.都市学の研究が指向する内容そのものである。換言 すれば何を解明すべきかと言うテーマそのもの乙そ都市学の合言葉となる であろう。例えば前述の都市学会論文集でも知れるように.その内容のイ メージは,分野により個人』とよりさまざまなも¢が画かれている。書中の 表現を借りれば.それは或る場合には.未来の社会を構想する技術である かもしれないし,他の場合には.経済生産性の構造であるかも知れない。
また.考え方によっては.社会資本の選蛍の問題として捉えられるのかも 知れない。公共投資の効率と言った問題の考え方もその臭った側面である。
それらはいづれも綜合としての地域類型を一段飛ばして現象そのものの構 造を追究する世界である。換言すれば都市と呼ばれたような場所に生起し てくるいろいろな問題を.社会の構造として捉え得る視点として成り立ち 得るであろう。
この織な観点からは.都市学への期待もテーマを先行させる研究体系梅 編論の立場にならぎるを御ないし.また都市地理の中のそのまた私見とし て意見を求められれば,使い古された言葉のようであるが.集積現象 地怠学としては分布の儀点で同じ問題に係わりを持ってきたー−0淵 ヲ ゆ
再展開に魅力を持っている。それを詳述する余白はないが.目僚とされる のは地点一一都市と言われる綜合的な類型地域でなくーーにおける分布に 闘する現象マトリックスの解明である。それは嗣時に他の地点一一従来の いわゆる都市の内外のーーでの現象マトリックスと両立するものでなくて
‑ 9 ‑
はならない。都市化の現象も.都市の構造も,都市問題の発生も.都市計 画も,すべてそのようなマトリックスの解明の過程に多くの事を明らかに してくれるであろう。しかもそのような点について従来の集積の研院は,
耳慣れた言葉の割りには多くの事がまだ未知の世界にあると考えている。
4. 都 市 地 理 で の 現 象 解 析 へ の 期 待
最後にそのような都市研究の進行について従来の地理学の訓練を考えると.
どのような観念が生かさるべきかの瞥定的私見にも触れよう。
それについては都市地理研究者の中にもいろいろ異論があろうが.私見とし て期待したいのは,地理学の原始的謀題である土地利用の問題への復帰である。
たYそれは従来の都市地理研究がしばしば陥いりやすかった形態的分析とその 整理記載の問題とは別個な内容ぞ考えてみたい。すとCわち都市地域の類型的理 解のためではなく,現象成立の解明の一部を分担するものとして.それぞれの 場合のテーマにつき土地が持つ属性の問題ぞ考えることである。それを具体的 にどう展開するかと言った問題と.上記のマトリックス解明をどう進めるかと 言う問題は嗣ーのものである。
このような観点に最も近い用語は土地条件であろう。しかし乙の用語を使う とまた誤解を拍き易い。その意味の中には確かに自然条件ーー土地の持つ属性 のうちその機構そのものの間超一ーも含まれる。けれども乙 hでは自然条件そ のものだけではなく.その社会構成への意義の評価を含bものとして考えてみ たい。そのような点で従来土地条件の観念に見すとされ易い2• 3の点をさら に指摘しておきたい。
第1の問題は土地条件における自然の意味である。かつての地理学の自然環 境論がそうであったように,生物的な人間一人一人を想定してその自然との対 決を求めるような考え万は特に都市の場合適切でなく恩われる。現在の都市の 溝造では自然との対決において.その行動を選んでゆくのは個人ではとZく,個 人を通してそれを表現してゆく社会傍造全体にある。原始社会の一人が鍬を振
ってそ乙の自然条件と対決するような感覚で,現代の都市の個人の行動と土 地条件を考える訳にはゆかない。一例として1戸の世帯が郊外に居住の場所を 選定せんとする場合を考えてみよう。その選釈の結果は必ずしも最も居住に適 した地形の場所ではないような乙とが屡々起る。しかしだからと言って都市で は自然条件が決定的な要素ではないとする小は早計であろう。住宅の適地は他 の建築部にとっても同じく適地であり.経済的な競合の結果.住宅が追い出さ れているような例は最も多い。また他の場合には.都心距離と言った面で土地 条件の規制がゆるい何等かわ活動一一例えば工場ーーが時間的ζt先に進出して その敷地を占拠しているかも知れない。 ζの場合土地条件に対し.許容範囲が ゆるいために工場が住宅地に先んじ郊外進出を果し.結果的には許容限界の狭 い筈の住宅を却ってその適地から閉め出している事になる。
別な場合を考えると,その住宅適地を所有している農家は,現在の年令構造 からみて近い将来寡婦の発生が予想される。そのためアパート建築の敷地を予 定して最高の適地は耕地そのまま保留しているかもしれない。すでに不動産業 者が買い取って同じ目的で保留しているような例もよく知られている。地方行 政体の意向.税法その他すべて自然に対する個人の行動には・二重三重に社会 構造の手榔足伽がかけられている。
土地条件の評価は乙うした個人と社会小関係に最も重点がかけられるべきで あろう。何れにせよ乙れらの場合の例で言えば居住不適地の結果的選t1¥t7)理由 にはかえって鍾物建設地の選摂に自然がいかに決定的であるかが示されている。
自然条件そのものからみた土地条件の正確な評価は,自然を扱う地理学にまか せるにせよ.自然条件K絡tJ>・このような個人と社会の闘速を一々明らかにし てゆく乙とは,都市の人文地趨に特』ζ袋求される。
第2の問題は鎗1の問題の一部とも言える。すなわち土地条件に対応して.
個人の行動を規制する社会構溢の網の中には.現在そ乙で間婚にされている土 地と.遠隔のいわば無縁の土地が等しく含まれている事も注意されねばならな い。上述の例にしても.より居住に適さないその場所に屈を選ぶか.より都心
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には遠いが居住に適する場所を求めるかは.双方共あり得る乙とであり.通勤 交通の状態などから,その決定の半ばを聾っている。更にそのような居住条件 の悪い所にまで居住ぞ甘んじるような.大都市生活を選ぶか,そのような大都市 には出て来ずに地方にあって居住適地を広い土地の中から探してゆくか,と言 た問題になると.国家的な全体構造もその上に大きく覆さっている乙とが知れ る。
乙うした諸問題はすでに人文科学事象としては.都市地理も充分認知まして いる筈である。しかし土地条件の評価としてそうした問題を追究する乙とはい まだ充分であるようには思えない。
第Sの問題として上述のような問題を考える際IL'土地の量自体も大きな 社会因子であることを忘れてはならない。それは上述の例のうち,競合のよう な場合を考えれば特に容易に理解されよう。要するに土地資源の考え万である が.更に第4の問題がある。それは土地の自然条件について投資の関連性も考 えなくてはならなし、。現代社会でF土地条件は.自然そのものと考えられない 面も幾つかある。居住地域tζ例をとれば乾湿.傾斜などそれに対する投資によ ってかなり天性の性格を改変するものであるし.その改変も災害の危険と言っ た新しい資質をそ乙に生み出してゆく。そしてこのような投資による土地条件 の改変は.土地への直接的投資の面だけではない。例えは土地の位置条件など Kついても.自家用自動車の有無はその位置を一変する。更に投資の問題につ いては,たとえ現状においてむき出しの自然のまh使われていても同じ間遁は やはり存在する。伺故ならば.投資による改愛のポテンシヤルは常にそ乙にも 存在し.投資の有無,その程度は,向じく社会が決定してゆくことを,忘れては ならなし、。
以上ははなはだ不充分でめるが,土地条件を評価する事に焦点をしぼっての社 会稽造の解明の視点を.都市地理店ζ期待するζとを強調してきた。更にその具 体化を進めるための私見を付して第6の間越としたい。
その1つは問題の検討ーーマトリックスの解明について地減を捨てて地点の
観念による必要があろう。従来の都市地理がしばしばそうであったように.広 い地域単元ll:現象を一括整理しておいて,それから土地条件の平均的状態と同 じ地域における人文活動の総体的結果をつき合わせるような万法は.余り正確 な結果が得られないようである。つまり耕地の乙の一角で.住宅地のなかの乙 の宅地では....・H・−−と言った現実の地面の上に実存小値をつき合わせてゆくこ とが解釈の精度上どうしても必要であろう。
また乙のような土地条件犯対する社会の解析にあたっては.従来多くそうで あったように.あの様な例もある。此の様な例もあると言った捉え方は結局何 にもなら弘、ょうである。すべて特定の条件について個々の状態を説明し得るに 留まり.土地利用構成の原理と言った基本構造の把握にはーーその時点での社 会体勢を前提にするにせよ一一到底割達していない。特に計画問題など.ある 状態について存在していない条件をそ乙に加えた時.どのようとZ状態になるか と言った問題を考えるとこの点は明らかである。つまり特定の因子の効果と意 味を.抽出された形で把握されていないからである。
その抽出の技術そのものについては因子分析計測モデルその他いろいろな万 法はすでに試みられ得る状態になっているように思える。むしろ問題なのは.
それら諸要素を統合的につき合わせて検討し得る.共通の尺度を何』ζ求めるか という事である。例えば一一単に目下の一試案として言えば すべてを経済 的効用に置き換えて.土地利用の競合の形で考える万法も試みられる価値があ る。地理学においても,農業にせよ,工業にせよ.金額的査定の形で現象を解 釈するような手法はすでに習性化している。都市地盤の場合にも.都市の土地 生産性一指績として坪当均所得換算一一と言った考え方を社会の側に導入す る乙とは全く不可能であろうか.上述の建設適地と土地条件のような例で言え は.複数の生産的需要者による 1つの土地の占拠競合のようとZ場合は.極めて 容易に金額的解釈が可能であろう。土地条件の改善についやされた投資分も.
算定補正の扱いは考えられそうである。投機待ちの土地樹保のようとE場合は多 少困難であるが,現時点での経済価値換算は曲句なりにも可能なようである。
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しかし.居住の経済効用をどう評価するかと言った辺句から問題は容易でなく なる。家屋所有者の所得と同じ場所の賃貸住宅の家賃一一乙の場合は明らかに 居住そのものが所得の形をとるーーはどのような関係にあると考えるべきか。
問題は大筋さえも出来ている訳ではない。しかしそれ等が全部可能になった段 階ではなお説明しきれないもの一一経済外要因としての社会要因ーーをはっき 句識別して確認できるであろう。勿論.その碁準としてとる指標は.経済的効 用以外にもいろいろ考えられよう。さまざまな指標が試みられてよい。たY主 娠したいのは,都市地理の研究態度も,そろそろ限で測句得る現象を何かと集 めてその綜合をあてもなくたづねる方法を反省しでもよいのではないかと言う ことである。それよりも何を解明するかの意図一一テーマーーを最初に設定し て.ひたすらその解明に努力するような態度.すなわち問題設定の必要を提唱 するに過ぎない。
第 2 輩 都 市 地 域 の 自 然 環 境 の 研 究 と 課 題 ゼ口メート)I,地 帯 を 例 と し て 一 一 一
1. ま え が き
渡辺良雄は「都市地理と都市研究について」(1971)のなかで.つぎのよ うにのべている。「私見として期待したいのは.地理学の原始的課題である土 地利用の問題への復帰である。(中断) 都市地減の類型的理解のためではな く.現象成立の解明の一部を分担するものとして.それぞれの場合のテーマに つき土地が持つ属性の問題を考える乙とである。...・H ・−−…
このような観点に最も近い用語は土地条件であろう。しかし乙の用語を使う とまた誤解を拙き易い。その意味の中には縫かに自然条件一一土地の持つ属性 のうちその機構そのものの問題ーも含まれる。けれどもこ乙では自然条件そ のものだけではなく.その社会僧戚への意義の評価を含むものとして考えてみ
たい。」
ついで乙れまで土地条件の観念に見すとされ易い点として次の4点を指摘し ている。
1 ) 土地条件における自然の意味。
2 ) 土地条件に対応して,個人の行動を規制する社会構造の網のなかには.
現在そζで問題』とされている土地と,遠隔のいわば無縁な土地カ等しく 含まれているというζと。
3 ) 土地の量自体も大きな社会因子である乙とを忘れてはならなL、0
4 ) 土地条件について投資との関連性を考えること。
またさらに,土地条件の評価に焦点をしぼって社会構造の解明の視点を.都 市地理』ζ期待し,その具体化のための私見として,つぎの諸点をあげている。
1 ) 問題の検討ーマトリックスの解明 について地域を捨てて.地点 の観念による必要があろう。
2 ) 土地条件に対する社会の解析にあたっては,あの様な例もある.乙の ようとE例もあるといったとらえ方では無益である。
3 ) 有意の因子の抽出.総合化を,たとえば経済的効用におきかえて研究 する。
都市地域の自然環境とくに土地環境の研究をお乙なってきた筆者の立場から は.上遊〉渡辺の所見には敬意を表しつつも.なお両者の聞にへだた句のある 乙とを指摘できるし,へだたりがあっても差支えないように考える。しかし.
自然尉究の例で.都市地域という場の自然研究をお乙なえば.それが都市研究 の一部を構成しうるというょっに考えるなら,その考えは都市研究の立場から はとるべきではないでゐろう。
渡辺の指摘する計量化にはなお若干の技術的困難を感ずる点もあるから,土 地的縁境がどんな恵義をもつのか.どんな人為的外力によって裟形し.どんな あたらしい主主義をもつようになるかなど.民地存(})知見を盤母体系化するところ から樹究をはじめなければならない。乙小点については,筆者自身の酬究の経 歴もとfかい地盤沈下.地盤高炉低下.ゼロメートル地稽の形成・拡大,災害・
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公害の変質.都市施設の変化といった一連の問題を例にとって考える乙ととし TこL。、
こうした問題設定には.公害・災害の一般論が関連してくるし.当然のとと として.人為的外力としての社会.経済的諸条件の分析が必要とな句.さらに 住民運動に言及する必要もあろう。しかしここでは.よ句自然科学的な面に力 点をおいてのべ.社会科学者への橋渡しとしたし、。また,本論にはいるまえに,
問題の複雑多様性について言及しておきたい。
テーマ¢牲質から,現象の明確な認識とともに,現象発生に関与した社会.
経済的諸条件,住民運動といった問題が提起されやすいが,乙れらの諸点にま で説き及J誌には筆者の詣力不足.研究不足が目立ちすぎる。また現象の中輸を 形成する地盤沈下やゼロメートル地帯の形成は,その大半が1950年代までに 問題を発生し.60年代にもちこされて深刻化したり.あるいは既成地域の周 辺または別の地方においてあらたに発生している。あたらしい地域には農村地 滅を含み,現象があきらかにされないま〉放置されている例もあるはずである。
関与したさまざまな人為的外力も潜在的であってとらえにくく.住民運動も盛 りあが句にくいのが地盤沈下やそれにともなうゼ ロメートル地駒コ形成という 現象をめぐる特徴である。また.被害が徐々に進行し.台風や集中豪原初発生 時IC.自然災害による彼筈として顕在化し,内容がすりかえられるといった他 の公害一大気汚染.水質汚濁・騒音・振動.悪臭などーーとは全くことなっ
た特色をもっていることにも注目すべきであろう。
さらにつぎの諸点にも注目すべきであろう。
1 ) ゼロメートル地帯の諸問題についての社会科学的調査・研究に乏しい 乙と。
2 ) その原因となる地盤沈下現象についても,自然科学的研究はあっても 社会科学的な研究に乏しい乙と。
a > 地盤沈下を監視する政府・地方自治体の行政組織はきわめて不備であ 句.責任を追究するとすれば.行政の怠慢といった抽象的なものになっ
てしまうこと。
以上を前提として,以下に地盤沈下,地盤高の低下.ゼロメートル地幣の形 成.拡大.自然災害小変質といった一連の問題について,日本各地の例を蹄ト
し,一般的に都市の自然環境を考える足がか句としたい。
2. 地 盤 沈 下 を め ぐ る 若 干 の 問 題
日本における地盤沈下の科学的な調査の最初の例としては.19 23年の関東 大震災のあと.陸地視量制Zお乙なった水準測量成果をあげるのがよいであろ
う。しかし地盤の沈下炉原因については断定されておらず.地震断層による東 京下両の急性的沈降とする考えと,地震の強い振動によって,東京下町を形成 する厚くて軟弱な地層のセトリングによるという考えとが示された。このあと 東京において寺田寅彦,宮部直己(1935年乙ろ).大阪について拘遥清夫.
広野卓三(1935年乙ろ)が相ついで,軟弱層からの地下水の揚水にともなう 圧密収縮が主要原因Tごと説いて,地盤沈下の原因説に一つの時期を画したので ある。 1940年乙ろには,地下水汲上げ以外の原因はそれほど大きな役割!をは たさない乙とは.研究者の聞でほY共通K理解されている乙とであっTこ0表1 は東京における地盤沈下史の概略である。
ζの表をみても判明するように,地盤の沈下という一般の人が考えもしない ような現象は,関東大震災という大災害のときに発見されたのである。地震が なければさらにその発見はおくれたであろう。また.乙の発見された事実につ いて.当時の研究者常識として,地震動によるセトリング量,地殻それ自体の 沈降量.そしてさらにそれ以外の原因による「沈下重」を識別できる状態では なかった。ほぜ学会の了解できる学説がでるまでに数年を重要している。しか し現在では,圧密反縮をお乙しやすい軟弱属から地下水あるいはオ婿性天然ガ スをくめば.地盤沈下がお乙るζとは公理的な存在となっている。
一方,地下水や水溶性天然ガスを汲まなければ.地盤沈下が鈍化し.逆にふ くらみあがる乙とも.東京・大阪における第二次世界大戦の終戦前後の例や新
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潟の地盤沈下の例で知られている。図1• 2はその様子を示すグラフである。
乙のことも公理的K信じられている。
関東大震災後の水準測量によって.東京下町の異常な地量産の沈下現象が発見 されたことは.水準測量がその本来の任務である土地の高低の基準となる水準 点の高さの測量に加えて.土地の上下方向の愛動を面的に知る有力な方法とし ての評価をうる乙ととなった。水準測量ルートを密にして,地盤沈下の実態を 明らかにしてきた例は,初期の東京・大阪をはじめ.新潟.名古屋,佐賀県白 石平野.川崎,横浜.埼玉県南部および東部,尼崎,船橋を含む千葉県臨海部 などその例が多L、。また,地震による地盤愛動が明らかにされた例も.南海道,
新潟.鳥取.福井,今市.北海道南部,東北地万など全国各地におよんでいる。
これらの地味な測量の成果があつまるにつれて,それまで各地Cとに断片的 に知られていた土地の上下万向の変動速度に,全国的にみて特色のあることが 判明してきた。その結果を一般的な出版物で最初に指摘したのが拙著「日本の 自然」(岩波新書1955年初版)である。平野部では地盤のさがる傾向が一般 的であり.その速さは年に8〜5~リ程度である。乙の値には軟弱層の自然的 収縮量と地殻変動量とが含まれているが,何れにしても自然的原因による沈降
.沈下であ句.人為的原因による地盤沈下を識別するうえできわめて有力な指 標といえる。
たとえば.ある場所で年に数センチの地盤の低下が判明すれば.地盤沈下の うたがいをかけて詳しく調べる必姿があることを指摘できるのである。また,
地下水や水溶性天然ガ スの汲上げによる地盤沈下を他の原因.たとえば地殻変 動など自然的原因に婦させるような発言K対する反論の根拠にもなる。
新潟の地盤沈下の経年愛化を示すグラフでは, 1956年乙ろまでは地盤の低 下 が ゆ る や か で ゐ る が , こ れ は ほY自 然 的 原 因 に よ る 沈 下 を 示 す も の でゐる。 観測開始いらし、の年数で累積変動量をわれば,年変動量が求められ る。またそれ以降の急勾面白コ部分(図2参照)は,水溶性天然ガスの汲上げに よる急性的地盤沈下を示すし,最近の数年のカーブは,各種規制による地盤沈
下の停滞を示す。
地盤沈下が水準測量の成果として知られた例は.東京・大阪・新潟などに知 られるが,水準測量では上昇しはじめているのに.水準演出量ルートをはずれた 広範囲の地域で.地盤沈下が進行しているらしい乙とが判明した例に高知0メ ートル地帯がある。乙の地域主.宝永,窃攻,南海の各大地震の時の津波はも とよ句.高潮による海没も経験しているが.地震時のそれは津波と軟弱層の急 性的収縮による地盤の沈降によって説明されてきたし,地震後にはもとに復元 するような隆起運動も.水準ルートについては実証されていた。
しかし.197 0年8月の台風10号にともなう高潮によって,高知市の市街 地の東半分から東側の農村地域に広く海水の進入をみた。しかしながら. ζの 地域の地盤沈下の進行は指摘されていなかった。そζで1960年』覗日量された 3,0 00分1都市計画図と 1969年の2,50 0分1都市計画図の標高点を比較 すると.珂図の測量精度や標高点の位置のずれによる高度差などの条件を考慮し でも,なおとの 10年聞に約60〜80センチメートルの地盤の低下を考えざる
をえないことが判明した。山地や,市街中心部の扇状地性平野の水準点が.す で託乙の期間の前に隆起しはじめているので,年6〜8センチメートルの地盤 の低下は,上水道,ヒソレ.工場.学校,病院などにおける地下水の汲上げによ る地盤沈下だと考えるが妥当であろう。しかしながら,そうだと断定できる資 料は今までのところないし,精度の高い資料を発見することも困難であろう。
最近数年間ζt.東京低地帯の東京ゼロメートル地帯の東南偶にあたる船橋付近 で.年間20センチメートルをζえる地盤沈下が発生している。下総台地の洪 積層をつらぬき, 900メートルから2,000メートルに達する深さからも水溶 性天然ガスを採取していることによるものである。下総台地の地域で他の用途
の地下利用は数パーセント以下であるから,台地域の況下についてはそのほと んどすべてを水溶性天然ガスの汲上げによるものと考えるべきだし.船橋の市 街地から港周辺でも.比率としては300メートル以浅からの工業用水などの汲 上げ量は,それ以深の水溶性天然ガスの汲上げ量にくらべてはるかに小さく.
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乙こでも水溶性天然ガスの汲上げが地盤況下の主原因であるといわざるをえな い。この結果.船橋市街地の大半はゼロメートJ叫i下のレベルにおち乙み,乙乙 当分つづくであろう。水溶性天然ガスと臨海工業地帯での地下水の汲上げによ る地盤沈下のため,船橋地区のゼロメートル地帯は悪化の一路をたどるはずであ る。新潟の地盤沈下の再現であ句.企業と関係機関の責任を明確にすべきであ る。
新潟では,ガスと水を地下で分離し,ガスだけをと行fごすガス水地下分雌法 が確立したので.規制区減内でのガス採取を再開したいとする動きがある。大 気汚染防止に対する天然ガスの有利性をも含めて.再聞に努力する乙とと思う が,新潟の問題地域ではガスをとり出しでも沈下は進行し.新潟ゼロメートル 地滑は拡大し.地盤高がさらに低下する乙とを知るべきであろう。
崩す地媛においても,千葉県九十九里海岸平野とか,佐賀県白石平野.ある いは岐阜.愛知両県のゼロメートル地帯の例のように.天然カ スの汲上げや農 業用地下水の利用にともなう地盤tt下が知られている。農村であれ,都市であ れ, tt下しやすい地質の地域で地下水溶性天然ガスを汲上げれば.地盤抗下は かならずといってよいほど発生するのである。
地盤tt下をともない.あるいは目立つほどの地盤沈下はお乙さず.地下水の 利用tとともなって地下水が塩水化する現象も日本各地で進行している。東京・
大阪・和歌山・高知などその例である。因子の浦港の主として北東側の地域に おいても,因子の浦港開さくとほY同時に富士の熔岩層からなる帯水層で地下 水の温水化が進み.良質の地下水を求めて立地した企業はあてにした地下水を 利用できず.次々と内陸自乙井戸用地を求めて.温水化現象を広域化している。
3. ぜ口メート))...地 帯 の 形 成 ・ 拡 大 と 若 干 の 問 題 点
もともと地盤高の低いデルタ性平野は.圧密i以縮をおこしやすい沖積層中の 軟弱粘性土のj享さが厚いところが多い。その下部をしめる洪積層中にも同様な 性質の地屈が厚いことが多いから.地下水を沖積層あるいは洪積層から多量に
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