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受益二重目的語構文における受益者

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(1)

1.序論

 はじめに,畠山(2012: 112-3)が挙げる以下の二つの文を見てみよう。

(1) Kyoko baked him a cake.

(2) Kyoko baked a cake for him.

 よく知られているように,(1)と(2)は書き換え関係(より専門的に は「交替関係」)にある。両者は表す客観的状況はよく似ていて,どちらも

Kyokoがケーキを焼いたことを表している点は同じである。ただし,畠山

(2012: 113)によると,(1)と(2)では表しうる意味の範囲に微妙な違 いがある。(1)は,Kyokoが彼に受け取ってもらうつもりでケーキを焼 いた,つまりケーキが彼へのプレゼントであるという解釈になる。これに 対し,(2)の方は,今述べたようなプレゼントの解釈も可能だが,それに 加えて「彼の代わりにケーキを焼いてあげた」という状況の記述にも使用 できるという。すなわち,「forを使った書き換えは,彼へのプレゼントに 限らず,『彼のために』なっていればいい」のであり,「この点では,for 使った文の方が守備範囲が広い」ということである。畠山の説明は一般の 読者向けに噛み砕いたものであるが,より専門的には(3)のように言い 換えられる。これは多くの先行研究で共有されている見解である(Green 1974, Huddleston and Pullum 2002, 岸 本2001, Jackendoff 1990, Pinker

の意味をめぐって

  南   佑 亮

(2)

1989, 他多数)

(3) (1)(2)の 構 文 は と も に him は 受 益 者(beneficiary/

benefactive)を表すが,(2)の構文の方がより広範囲の種類の 受益者を意味することができる。

 受益者(beneficiary/benefactive)というのは意味役割(semantic roles)

の一種であり,動詞を中心とした状況描写の対象となっている事態の参与 者が担う主要な役割を指す名称である。(1)と(2)で挙げた2つの構文 は,「受益者」役割を文法的にコード化している。(3)は2つの構文が表 しうる受益者の意味内容の違いについて述べているが,見てわかるとおり,

両者は「受益者」を表す方法が微妙に異なっている。(1)では受益者が for前置詞句で表され,それが直接目的語(Direct Object, 以下DO)に後 続する。一方(2)では,受益者は間接目的語(Indirect Object, 以下IO)

に具現し,動詞に後続している。前者はfor与格構文と呼ばれることがあ る。後者はいわゆる二重目的語構文の一種であるが,IOが受領者ではなく 受益者を表すという特徴から,受益二重目的語構文(Benefactive Double Object Construction, 以下BDOC)と呼ばれることがある。以下,本稿も これらの名称を用いる。

 ところで(3)はこの「受益者」に複数の下位タイプが存在すことを示 唆しているが,実際に言語類型論においては受益者の分類が試みられてい る。Kittilä and Zúñiga(2010)は,Van Valin and LaPolla(1997)に基 づき,受益者の3つの類型(4)を提示している。

(4)a.単純受益者(plain benefactive, 以下「P受益者」 b.代理的受益者(deputative benefactive, 以下「D受益者」 c.受領受益者(recipient-beneficiary, 以下「R受益者」1)

(3)

 P受益者は,描写事態を純粋に楽しむことで受益する主体である。D受 益者は,自分のかわりに主語名詞句の指示対象が描写された行為の主体と なること(つまり,その行為を自分で行う必要がないこと)で受益する主 体である。R受益者はその名のとおり,主語指示物から何かを受け取るこ とで受益する主体のことである。

 この分類を基にして英語のBDOCの特徴を探った研究にColleman(2010)

がある。Colleman(2010)以前の研究では,BDOCには,IOが意図され た受領者(intended recipient)を表さなくてはならないという制約の存在 が繰り返し指摘されてきた(Quirk et al. 1985, Goldberg 1995, 等)。具体 的には,(5)はいずれもIODOを受け取る主体であると行為者が想 定しているので問題ないが,(6)ではIODOを受け取るわけではない ため不適格になる」と説明されてきた。

(5)a.The man bought the boy an apple.

b.Shall I fry you some eggs?

c.My wife knitted me a nice sweater.

d.Albert made Erica a picture. (Colleman 2010: 222)

(6)a.*John opened Mary the door. (Shibatani 1996: 170)

b.*Sue fixed Dick the radiator. (Jackendoff 1990: 196)

 Colleman(2010)はこの知見を,(4)の類型の観点から捉え直すこと を試みている。まず,BDOCが示すこの特徴を「意図された受領(intended

reception)制約」と呼び,BDOCはR受益者のみを表すことができるとし

ている。次に,(6)が不適格である理由を「IOがR受益者ではない」と いう消極的な説明ではなく,「IOが(R受益者ではなく)D受益者を表し ている」と説明している。Collemanのこの考え方を踏まえると,(3)は

(7)のように言い換えることができる。

(4)

(7) for与格構文もBDOCも,受益者を表す。前者はD受益者・R 受益者のいずれにも対応するが,後者が表せるのはR受益者のみ である。

 本論文の目的は,(7)について,特に,BDOCIOはR受益者を表さ ねばならないという制約を再検討し,より妥当な記述・説明を提示するこ とである。以下,2節では,(7)の考え方の問題点を明らかにする。3節 では2節の問題点を踏まえ,BDOCでD受益者解釈が得られる事例を確認 する。4節では,3節までで得た事実についての説明を試みる。5節は結 語である。

2.Colleman(2010)が直面する問題

 1節で見た(7)は,D受益者とR受益者は相互排他的な概念であるこ とを前提にしていると考えられる。確かに,冒頭で挙げた二つの例(以下,

(8)として再掲)を見る限り,この前提は妥当なように思われる。

(8)a.Kyoko baked him a cake. [=(1) b.Kyoko baked a cake for him. [=(2)

 (8)aにおいて,IOはR受益者を表す。そして同時にD受領者でもあ る可能性は排除されている。D受領者の解釈は,「himが何らかの理由で ケーキを焼かなければならないところをKyokoが代わりに焼いてやった」

といった状況で成立するが,この場合は明らかにhimにプレゼントするた めにケーキを焼いたというR受益者の解釈とは両立しない。(代わりに焼い てもらったケーキを受け取ったとしても,それはプレゼントにはならない。

(8)bは(8)aと違い,IOがR受益者の解釈だけでなくD受益者である 解釈も可能である。しかし,IOがD受益者でありかつR受益者でもある解 釈が成立する可能性がない点では(8)aと同じである。確かに,R受益者

(5)

とD受益者は両立不可能な概念であるように感じられる。

 しかし,この考え方では説明がつかない事実がある。Huddleston and Pullum(2002: 311, fn67)は,(9)の2つの文の容認度の差を例に挙げ,

典型的なBDOCを形成する動詞ではない動詞が用いられ,かつサービス受 益(本稿で言うところのD受益)の解釈が意図されていても,IOが一人称 代名詞(または二人称代名詞)であり,指令的な発話内効力(directive

force, 以降DF)が文に備わっていれば容認度が上がる傾向があることを

指摘した。

(9)a.Could you iron me my white shirt?

b.?I ironed my brother his white shirt.

(Huddleston and Pullum 2002: 311)

 (9)aのIOは,自分の代わりにアイロンをあててもらえるという行 為(Huddleston and Pullumによれば「サービス(service))によって受 益していて,D受益者であることは明らかである。動詞ironは,典型的な BDOCを構成するといわれる獲得動詞や作成動詞のカテゴリーには属さな い動詞であるから,(9)はBDOCのカテゴリー的拡張事例であるという ことになる。

 この事実は(7)の主張にとって問題となる。第一に,(7)はBDOC という項構造構文の存在を念頭に置いているだけであり,各事例にともな う発話内効力のタイプによって意味的振る舞いが異なる可能性を想定して いない。したがって(9)のaもbも同じBDOCであり,同じ意味制約が 課せられていると見なすことしかできず,Huddleston and Pullumが指摘 する容認度の差を捉えることができない。第二に,(9)aのような事例を カテゴリー拡張とした場合に,典型的なBDOCとの間の概念的な結びつき を捉えられない。Collemanは,典型的なBDOCを「動詞が獲得動詞・作 成動詞であり,IOがR受益者を表す(D受益者は表し得ない)」と特徴づ

(6)

けるが,(9)aは先述のように動詞ironの意味タイプが獲得動詞・作成動 詞からは逸脱していることに加え,IOがD受益者を表しているため,典型 的なBDOCからは二重に逸脱している。このような大幅な逸脱が突然可能 になる理由の説明は,(7)からは得られない。

 以上の問題から明らかなように,(7)には改善の余地がある。次節では 事例観察とともに(7)の妥当性を検証し,問題の解決を試みる。

3.典型的 BDOC に実現するD受領者解釈について

 まずは,(7)の中の「BDOCIOはR受益者でしかありえない(=D 受益者ではありえない」という一般化が強すぎることを確認しておく。(10)

を見てみよう。

(10) Can you find/save me a seat? I’m coming later. 2)

 (10)は,イベント会場の入口などで,同行している友人に対して言う ようなセリフである。IOは実際に取ってもらった座席に腰掛けて利用する という意味で(意図された)R受益者になることは確かである。しかし同 時に,代わりに席を取っておいてもらうという意味で(意図された)D受 益者でもある。しかも受益者(=話者)は,当該行為を代わりにやっても らうことになることを完璧に認識している(自分からリクエストしている 以上,当然である)

 類例をさらに見ておこう。(11)(13)のいずれにおいてもIOが実際に 代理行為を要求しているのは明らかであり,IOはR受益者であると同時に D受益者でもある。

(11) Can you get me that book? It’s placed too high and I can’t reach it.3)

(12) Can you reach me down the box? (OALD)

(7)

(13) “My towel’s wet,” I told Daniel through the door. “Could you grab me a clean one from the linen closet?” (COCA 2011)

 (10)(13)は全て獲得動詞(verbs of obtaining)の事例である。既に 述べたように,BDOCを形成する動詞の意味クラスとしてよく引き合いに 出されるのは,獲得動詞と作成動詞の2種類である。畠山(2012)や岸本

(2001)が挙げているのはmakebakeなどの作成動詞の事例であること を鑑みると,D受益者としての解釈は動詞の意味クラスの違いに帰着させ,

「獲得動詞の場合はD受益者解釈を許容しうるが,作成動詞の場合にD受益 者解釈が排除される」という一般化ができると期待したくなるかもしれな い。しかし実際は,IOがR受益者かつD受益者として解釈できる可能性を 動詞の意味クラスの違いに還元することは不可能である。(14)のように,

作成動詞でも明らかにD受益者解釈が関わる場合があるからである。

(14) “Honey, can you make me a sandwich?”

“I’m busy right now. I’m cleaning the kitchen.”

“You cleaned the kitchen an hour ago.”

“I’m busy.”

“Okay,” he said cheerfully. “I’ll just come in there and make myself a sandwich. I’ll just come in there and make my own big mess.”

Annie stood up quickly. “I’ll get it,” she shouted.

(COCA: 2009; 下線は筆者による)

 最初の発話で,夫は明らかに,サンドイッチそのものを要求すると同時 に,(自分でもできるはずの)サンドイッチを作るという行為を自分の代わ りにやってもらうことも要求している。このことは,夫が直後に,「作って くれないなら自分で作る」と言っていることからも明らかである。

(8)

 以上で検討したBDOCの事例(10)(14)はすべてDFを伴っており,

一人称代名詞のIOはR受益者であると同時にD受益者として解釈される。

加えて,動詞はいずれも典型的なBDOCを形成するとされる獲得動詞また は作成動詞である。このことから予測できるのは,典型的なBDOC(獲得 動詞・作成動詞)でも,DFを伴い,IOが一人称であればD受益者の解釈 が成立しやすくなるということである。したがって,(10)(14)のような 事例こそが典型的なBDOCと(9)aのような拡張事例との間の橋渡しと なっていることは間違いないであろう。2節では,(9)aは典型的BDOC からは,動詞の意味タイプと,IOの解釈の2つの点で典型的BDOCから 逸脱していると述べたが,典型的BDOCの場合でも,DFとともなう場合 はD受益者解釈が成立する事例があるため,実際には前者の逸脱だけなの である。かくして,「DFを伴ってIOが一人称であることでD受益者解釈 が入り込む余地ができ,典型的なR受益者解釈と密接に結びついていない タイプの動詞にも拡張しやすくなった」という無理のない説明が可能とな る。構文文法理論的な観点(cf. Hilpert 2014)からこの状況を捉えるなら ば,同じBDOCでも,DFをともなう場合とそうでない(平叙文の)場合 とでは,互いに関連しつつも別の構文カテゴリーを成しているとも言える だろう。4)

 こうして,2節で挙げた問題はある程度まで解消した。しかし,問題は 依然として残っている。これまでの観察を総合すると,どうやらBDOCは,

D受益者解釈がR受益者解釈と共存するという形で無理なく実現する場合 もあれば,D受益者解釈が完全に排除される場合もあるようである。次節 では,このD受益者解釈の一見奇妙な振る舞いの説明を試みたい。

4.考察―顕在化するD受益者,排除されるD受益者―

 Colleman(2010)はBDOCの特徴づけに際してR受益者とD受益者に 言及したが,両者の関係については何も説明していない。おそらく暗黙の うちに,両者を相互排他的関係にあると想定していると思われる。一方,

(9)

3節で見たように,D受益者解釈はR受益者解釈と無理なく共存する場合 もある。どうやらBDOCにおいて,D受益者解釈は,保証されることもあ れば,排除されることもあるようである。以下,4.1節ではD受益者解釈が 保証される場合について説明を試み,4.2節ではBDOCからD受益者が排 除される場合を取り上げ,Colleman(2010)らが(7)のように考える原 因となった要因について探っていく。最後に4.3節で本節の議論をまとめる。

4.1 D受益者解釈を保証する要因について

 前節までに見てきたとおり,IOが一人称でDFを伴うという条件を満た すとBDOCにおいてD受益者解釈が実現するという強い傾向があるが,そ の理由は何だろうか。

 まずは,従来から指摘されてきた意図された受領(intended reception)

制約をもう一度吟味することから始めたい。Goldberg(1995: 34-35)は,

BDOCが表すのは現実の受領(actual reception)ではなくあくまでも意 図された受領であるという性質を強調するために,(15)はIO(=Pat)が DO(=a cake)を受け取ったことを含意せず,IOは自分の為にDOが作ら れたことを知りもしないままである可能性も排除しないことを指摘した。

(15) Chris baked Pat a cake. (Goldberg 1995: 35)

 (15)は,ChrisPatが受け取ることを意図してケーキを焼いた,と いう意味であり,Patがケーキを受け取るという事態は行為者の意図の中 にあるにすぎず,現実にPatChrisがケーキを焼いてくれたことに関知 したかどうかは保証の限りではない。いわば,BDOCIO自身の受益に 関する認識はブラックボックスと化している。

 ところが,IOが一人称でDFを伴う時,この「ブラックボックス化」現 象は必然的に解除されることになる。3節で(10)(以下,(16)として再 掲)の説明の時にも述べたが,ほかならぬIO自身が依頼している行為で

(10)

ある以上,IOが関知しないということはありえないからである。

(16) Can you find/save me a seat? I’m coming later. [=(10)

 この点に関連して,Takami(2003: 216)に的確な指摘がある。命令文 は,話者が聞き手に対して自分または他人の利益になる行為をおこなうこ とを要求するというその性質により,平叙文よりもBDOCに馴染みやすい 傾向があるという。Takamiは本稿におけるD受益者解釈が得られるBDOC の事例を念頭に置いているわけではないが,命令文を「DFを伴う文」と 読み替えれば,この指摘は本稿の問題にとっても示唆的である。命令文(を 含めた指令表現)の特徴に,発話者の利益(benefit)となる行為を相手に 要 求 す る,と い う も の が あ る(Takahashi 2012: Chapter 3等 を 参 照) BDOCIOを受益者として表現する構文であるから,指令の発話行為と は本来的に相性が良いのは明らかであろう。さらに,IOが一人称であれ ば,BDOCで描かれる事態内での受益者と,発話事態における「受益者」

である発話者が一致する。したがって,もし発話者Sが聞き手Hにある行 為Xを代わりにやってもらいたい時には,Hに対して,SをD受益者とし て念頭において行為Xに携わることを要求することも可能なのである。(16)

の場合ならば,SはHに対して,Sを(座席に座るという意味での)R受 益者としてだけでなく,(自分で席をとらなくても良いという意味で)D受 益者として念頭に置きながら座席を確保することを要求していることにな る。BDOC自体にコード化されているのは,SがIODOのR受益者と して意図するということだけであるが,「指令表現+IOが一人称」という 条件が合わさることで,SがIOをD受益者としても意図するという側面 も加えることが可能になるのである。このように,BDOCが独自にもつ意 味に「IOが一人称+DF」という条件が加わることで,IOが関知しない可 能性が排除され,行為者(=聞き手)がIOをR受益者であると同時にD 受益者として意図することもできるようになる。

(11)

4.2 BDOC からD受益者解釈が排除される時

 次に,Colleman(2010)やその他多数の研究がBDOCからD受益者解 釈を排除した原因について考察しておく。まず,Colleman(2010)と同じ ように受益者の3類型を取り入れながらも,(7)とは180度異なる結論を 導いたKittilä(2005: 272-276, 2010: 253)の考え方を見ておこう。Kittilä は,R受益という概念がD受益を包含するとし,その点がR受領者を通常 の受領者と分かつ要因であると考える。いわば,D受益者であることを,

R受益者を単なる受領者(recipient)と分かつ弁別的素性(distinctive feature)のように規定している。したがってKittiläによれば,(17)にお ける IO(=the phonetician)は,ケーキを受け取るという意味でR受益者 であると同時に,ケーキを自分で焼く必要がないという意味でD受益者で もあることになる。

(17) The dentist baked the phonetician a cake. (Kittilä 2010: 253)

 しかし,この分析には明らかな不自然さが伴っている。既に見たとおり,

Colleman(2010)等はまさに(17)のような例からD受益者解釈を排除し た。確かに,IOではなくSがケーキを焼く行為に携わったことは紛れもな い事実であり,その意味ではIOは潜在的(客観的)にはD受益者である。

しかし,実際には代理行為を求めていなどころか,そもそも代わりにやっ てもらっているという認識すら持ち得ないのが普通だろう。畠山(2012)

が描写したように,ケーキがIOへのプレゼントである場合はその好例で ある。そのような場合,IOは現実的なレベルではD受益者ではない。

 しかし,話はこれがすべてではない。(17)の出来事がある前に,音声学 者が歯医者に(18)のように依頼していたとしたら,どうだろう。

(18) Can/Could you bake me a cake?

(12)

 (18)はDFを伴い,IOが一人称である。しかし依然として,IOがR 受益者であり,かつD受益者として解釈される可能性はあるように思えな い。4.1節で述べた効果が適用されず,R受益者とD受益者は相互に排他的 な関係を保持している。これは何故だろうか。

 本稿では,この現象は,ケーキを作るという行為とそれを食べる行為に 関して我々がもつフレーム(Fillmore 1982)の問題に帰せられるべきであ ると考える。自分がケーキを食べたい場合に,「本当であれば自分で焼いて 食べるところを誰かに代わりに焼いてもらってそのケーキを食べる」とい う状況は,論理的にはありうるが,現実的には極めて起こりにくいもので ある。我々は普通そういう振る舞いをしない。一方で,同じ食べ物であっ ても,自分で作って食べることが比較的容易に概念化できる場合にD受益 者解釈も無理なく共存できることは3節の(14)(以下に(19)として再 掲)で見たとおりである。サンドイッチは,自分で作って自分で食べると いう行為がケーキよりもはるかに自然である。ケーキのフレームとサンド イッチのフレームは,この点で異なっている。

(19) Honey, can you make me a sandwich? (14)より抜粋]

 同じことを,獲得動詞の例でも確認しておこう。(20)aのIOからはD 受益者解釈は排除されるし,(20)bのようにIOが一人称の指令表現にし てみても,状況は変わらない。

(20)a.My daughter’s birthday is coming up, but I still haven’t bought her a present. (The Brooklyn Follies)

b.Could you buy me a present?

 ここで起こっていることは,上のケーキの例と相同的である。受け取り 手が自分で買えないから代わりに買う,という行為はプレゼントの定義に

(13)

矛盾する。またプレゼントをもらう側が自分の代わりに自分へのプレゼン トを買ってほしいという依頼をするというのも,論理的に可能ではあるが,

現実にはまずありえない状況である。この制限は,購買行為全般に当ては まることではなく,プレゼントというもののフレームに帰着すべきもので あることは明らかである。なぜなら,(21)に挙げるように,同じ購買行為 であっても,誰かの代わりに購入するということが普通に行われる類のも のであればD受益者解釈は問題なく実現する。「どこかの施設への入場券を 同行している家族や友人に先に並んで買っておいてもらい,後でそのチケッ トを受け取る」というのはごく一般的に起こりうる状況であり,我々のフ レーム的知識の一部を成している。

(21) Could you buy me a ticket? I’ll pay you back later.5)

 結局のところ,Colleman(2010)を始めとする諸研究はD受益者とR受 益者が両立しにくくなるフレームを想起するもの(ケーキ等)を例に挙げ ていたために,BDOCからD受益者解釈を排除することになったのだと考 えられる。しかし実際には,本論文で繰り返し強調してきたように,BDOC という構文形式が本質的にD受益者の意味解釈を排除しているわけではな い。その意味で,Kittilä(2005, 2010)の規定は妥当な方向を示している と言えるだろう。

4.3 まとめ

 本節の主張点をまとめておこう。まず,BDOCには,IOがR受益者と して解釈されなければならないという制約がある。この点は先行研究と同 じである。しかし,IOがR受益者であることに併せてD受益者とも解釈さ れる可能性については,もしDOに関するフレーム的知識に照らしてR受 益者と矛盾するようであれば排除されるが,そうでない限りは潜在的に常 に実現しうるものと見なすべきであり,特に,BDOCIOが一人称であ

(14)

りかつDFを伴う場合に,D受益者解釈は得られやすくなる傾向がある。

5.結語

 本稿では,英語のBDOCIOの意味解釈について,新たにいくつかの 特徴を明らかにした。まずHuddleston and Pullum(2002)の指摘を手が かりに,BDOCからD受益者解釈は排除されているという見解の問題点を 浮き彫りにした。次に,IOが一人称でかつDFを伴う場合にIOのD受益 者解釈は保証されることを確認し,それがDFを伴ったBDOCにおいて好 んでカテゴリー拡張が起こる傾向を動機づけている可能性を示唆した。最 後に,IOが一人称でDFを伴うという条件がBDOCにおけるIOのD受益 者解釈を保証するメカニズムを明らかにすることを試みたうえで,Colleman

(2010)を始めとする諸研究がBDOCからD受益者解釈を排除した原因は DOの指示物に関するフレーム的知識に帰すべきものであり,BDOCが構 文として潜在的に表しうる意味解釈として,D受益者解釈はR受益者解釈 に常に伴うものであるというKittilä(2005, 2010)の見解が妥当なもので ある可能性を示した。

 実は,本稿の主要な問題意識に関することは,先行研究でも少し触れら れている。Kittilä and Zúñiga(2010: 3)には,「受益者(beneficiray) という意味役割が投げかけるいくつもの問題を列挙しているが,その中に 次のようなものがある。

(22) In he bought her flowers, under which condition is that fact that she was relieved from buying flowers herself conveyed by the construction in addition to the fact that he bought the item in order to give them to her?

(Kittilä and Zúñiga 2010: 3)

 Kittilä and Zúñiga(2010)が志向しているのは類型論的な研究である

(15)

こともあり,(22)のようなミクロレベルの問題については単に言及するに とどめている。本稿はこの問題に対する一つの解答であると同時に,少な くともある種の構文においては異なるタイプの受益者解釈が共存し,かつ その複数の解釈の間に序列がある可能性もあることを強く示唆したといえ る。すなわち,英語のBDOCにおいては,おそらくR受益者が主であり,

D受益者の方は副次的な地位を与えられているのである。無論,英語以外 の言語の特定の構文においてこのような振る舞いが観察されるか否かにつ いては今後のさらなる研究が待たれることは言うまでもない。

1.それぞれの日本語訳は筆者による。

2.Ann Cary氏の協力を得て作成した例。

3.Ann Cary氏の協力を得て作成した例。

4.これは,BDOCに限らず動詞の項構造構文に関する大半の先行研究から抜け落 ちている視点である。ただし,高橋(2015)などは例外である。

5.Marsha Hayashi氏の協力を得て作成した例。

参照文献

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出典

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辞書

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参照

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