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モクズガニ中腸腺における水銀含有量の分析
Analysis of Mercury Content in Midgut Grands of Japanese Mitten Crabs
足立 達美
1)・土橋 夏美
1)・大城 有香
2)・柴原 壽行
3)・清野 正子
2)・小濱 剛
4)Tatsumi ADACHI1), Natsumi DOBASHI1), Yuka OHSHIRO2), Toshiyuki SHIBAHARA3), Masako KIYONO2) and Takeshi KOHAMA4)
自然界で生成したメチル水銀は魚介類に取り込まれて食物連鎖の過程で生物濃縮されていく。日本人の水銀 摂取量のおよそ 80%は魚介類由来であるが、魚介類は優れた栄養特性を有するため水銀含有量の高い魚介類 を偏って多量に食べることを避けて水銀摂取量を減らしつつ魚食のメリットを生かすことが望まれている。本 研究では、本大学のブランディング事業の対象であるモクズガニ(Eriocheir japonica)の食用部位である中腸 腺における水銀含有量を把握することを目的として総水銀の測定を行い、魚介類中の水銀の暫定的規制値と比 較するとともに、採取場所に起因する差や個体間、雌雄間の差の有無を調べた。千葉県内の7河川で採取され た合計70匹のモクズガニの中腸腺の総水銀濃度を測定した結果、平均値は49.34 ng/g、最大値は198.66 ng/g、
最小値は検出限界以下であった。今回測定したモクズガニの中腸腺の中には、総水銀濃度が暫定的規制値であ る総水銀として0.4 µg/g(ppm)を超えたものは見られなかった。モクズガニ中腸腺の総水銀濃度の平均値を 河川毎に雌雄間で比較すると、5河川で雄が高く、2河川で雌が高かったが、有意差は見られなかった。また、
モクズガニ全70匹のうち63匹は中腸腺における総水銀濃度がその平均値のおよそ2倍である100 ng/g未満で あったが、3河川で採取された7匹はこの値を超えていた。しかし、モクズガニの中腸腺における総水銀濃度 は個体差が大きく、雌雄別の採取場所に起因する有意差は認められなかった。本研究によって得られた結果は、
モクズガニの中腸腺の水銀濃度を陸上養殖によって低減することができるかどうかを今後検討していく際の 基礎データとして利用することができると考えられる。
1. はじめに
水銀は常温で液体である唯一の金属元素である1) 。自然
連絡先:足立達美 [email protected] 1) 千葉科学大学薬学部薬学科
Department of Pharmacy, Faculty of Pharmacy, Chiba Institute of Science
2) 北里大学薬学部
School of Pharmacy, Kitasato University
3) 千葉科学大学危機管理学部動物危機管理学科
Department of Animal Risk Management, Faculty of Risk and Crisis Management, Chiba Institute of Science
界にもともと存在していたものが多く、地殻から噴出する
4) 千葉科学大学危機管理学部環境危機管理学科 Department of Environmental Risk and Crisis Management, Faculty of Risk and Crisis Management, Chiba Institute of Science
(2020年9月30日受付,2021年1月7日受理)
- 60 - ガスに含まれているものが主な供給源となっているが、石炭 などの化石燃料の燃焼のような人工的な供給源もある2-4) 。 水銀は金属水銀、無機水銀、有機水銀に分類され、その化 学形態により生体内動態や毒性が異なる。液体の金属水銀 は消化管吸収率が低く、万一誤って飲み込んでも大量でな ければ危険はないが、加熱などにより生じた水銀蒸気を吸 入すると、急性の呼吸器障害や慢性中毒による神経症状な どを引き起こす危険性がある1,4,5) 。無機水銀は消化管から の吸収率は数%で低いが、誤飲などにより多量に摂取する と消化管や腎臓に障害を引き起こす1,2,4) 。有機水銀にはア ルキル水銀(メチル水銀など)やアリル水銀(フェニル水 銀など)がある。代表的な有機水銀の一つであるメチル水 銀は消化管から容易に吸収され、さらに血液脳関門も通過 し脳内に移行して、視野障害、聴覚障害、言語障害、運動 失調などの中枢神経系の障害を引き起こす1-3) 。わが国に おいてメチル水銀による環境汚染が原因となって引き起こ された公害が水俣病である。
熊本県水俣市で発生した水俣病は、化学工場の排水に高 濃度に含まれていたメチル水銀で汚染された魚介類を摂取 したことが原因であり、主症状は中枢神経障害である 1) 。 水俣病が公式に確認されたのは昭和 31 年であるが、昭和 40 年には新潟県阿賀野川流域でも工場排水に含まれてい たメチル水銀を原因とする第二水俣病が発生している1,6) 。
わが国では、水俣病を契機として、厚生省(現厚生労働 省)によって魚介類中の水銀について、総水銀として 0.4
ppm、メチル水銀中の水銀として0.3 ppmという暫定的規
制値が昭和48年に定められている7,8) 。さらに、平成15 年には、胎児期における低濃度の水銀による健康影響につ いての国際的な調査結果が報告されたことや、わが国での 魚介類の水銀含有量の調査結果をもとに、妊娠している方 またはその可能性のある方を対象とした「水銀を含有する 魚介類等の摂食に関する注意事項」が厚生労働省によって 公表された9) 。この注意事項はその後に複数回の改訂が行 われており、平成22年の改訂「妊婦への魚介類の摂食と水 銀に関する注意事項」では、注意すべき魚介類としてキン メダイやマグロ類など 16種類について摂取量の目安など が示されている10) 。
自然界に存在している水銀は主に無機水銀で、海や湖沼 中に生息する微生物によりメチル水銀へと変化する1-4) 。 生成したメチル水銀は魚介類に取り込まれて食物連鎖の過 程で生物濃縮されていく1) 。日本人では水銀摂取量のおよ
そ80%が魚介類由来である11,12) が、魚介類には良質なタン
パク質や高度不飽和脂肪酸などが多く含まれており、優れ た栄養特性を有するため、水銀含有量の高い魚介類を偏っ て多量に食べることを避けて水銀摂取量を減らしつつ魚食 のメリットを生かすことが望まれている9,10) 。
一方、本大学は地域社会の発展に貢献することを目的と して、ブランディング事業において、好適環境水を用いた
次世代型陸上養殖技術の開発を行い、それを用いて「フィッ シュ・ファクトリー(魚類生産工場)」のシステムを開発し て、大学発ブランド水産種の生産を行うことを目指してい る13) 。この陸上養殖技術が開発されることにより農薬など の汚染物質のリスクを回避した安全な魚介類を提供するこ とが期待される。上述したように魚介類には水銀が含まれ ているが、陸上養殖技術を用いて飼育を行うことでその含 有量を低減することが可能になると考えられる。
本大学のブランディング事業の対象であるモクズガニ
(Eriocheir japonica)は、イワガニ科に属する降河回遊型の カニで、中華料理の高級食材として有名なチュウゴクモク ズガニ(上海蟹)の同属異種である。モクズガニの食用部 位は中腸腺や筋肉などであるが、通称「カニ味噌」として 知られている中腸腺は、脊椎動物における肝臓と膵臓の役 割を担う消化器官であり、糖代謝、脂質代謝、酵素の生成、
金属の貯蔵など、消化液の分泌や栄養物質の貯蔵を行って いる。
本研究では、モクズガニの食用部位である中腸腺におけ る水銀含有量を把握することを目的として、還元気化水銀 分析装置を用いて総水銀の測定を行った。得られた結果(モ クズガニ中腸腺における総水銀濃度)は、魚介類中の水銀 の暫定的規制値と比較するとともに、採取場所に起因する 差や個体差、雌雄差の有無を調べた。
2. 実験方法
千葉県内の7河川14) で採取されたモクズガニ(雄雌各3 匹以上)を、2017年11~12月にインターネットを介して 購入し、中腸腺を採取し、水銀分析マニュアル15) を一部変 更した方法によって総水銀測定用の試料溶液を調製した。
まず、モクズガニの中腸腺およそ0.5 gを10 mLメスフラ スコの底部に量りとり、イオン交換水1 mL、硝酸(和光純 薬株式会社、有害金属測定用)-過塩素酸(和光純薬株式 会社、有害金属測定用)(1:1)2 mL、硫酸(和光純薬株式 会社、有害金属測定用) 5 mLを加えて、230℃で湿式灰化 を行った。放冷後、イオン交換水を加えて10 mLにし、こ の試料溶液1 mLとイオン交換水4 mLを混合してから、平 沼水銀測定装置HG-400を用いて水銀濃度の測定を行った。
中腸腺における総水銀濃度は、測定値(ng/mL)に試料溶 液量(10 mL)を乗じた値を測定に使用した中腸腺の湿重 量(g)で除して求めた。得られたデータは、以下に示す方 法で統計処理を行った。雌雄別での河川間の比較では、一 元配置分散分析を行い、下位検定としてSchefféの多重比較 検定を行った。一方、同一河川における雌雄間の比較では、
t検定を行った。有意水準は0.05(5%)とした。
3. 結果・考察
モクズガニの中腸腺における総水銀濃度を測定し、河川
(採取場所)別、性別に最小値、最大値、平均値、標準偏
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図1.河川別、性別のモクズガニの中腸腺における総水銀濃度の分布
250 200 150 100 50 0
総水銀(ng/g)
雄 雌 雄 雌 雄 雌 雄 雌
雄 雌 雄 雌 雄 雌
いすみ川 加茂川
新川 栗山川
長尾川 上総湊川
平久里川 250
200 150 100 50 0
総水銀(ng/g)
表1 河川別、性別のモクズガニの中腸腺における総水銀濃度の 最小値、最大値、平均値、標準偏差
河川名 性別 検体数 総水銀 (ng/g)
最小値 最大値 平均値 標準偏差
新川 雄 4 11.89 60.03 28.92 21.31
雌 3 11.59 25.36 16.76 7.50
栗山川 雄 5 20.48 79.94 41.28 23.19
雌 5 9.27 61.28 23.50 21.44
いすみ川 雄 7 10.34 198.66 79.08 67.58
雌 7 23.85 104.90 56.40 28.79
加茂川 雄 5 36.93 43.05 41.34 2.54
雌 4 33.97 115.09 69.86 34.90
長尾川 雄 5 30.36 83.58 47.93 20.64
雌 5 21.19 39.83 30.03 7.69
平久里川 雄 5 ND 53.73 30.97 20.52
雌 5 5.15 66.49 40.47 26.16
上総湊川 雄 5 48.58 176.39 96.34 62.63
雌 5 45.43 101.46 60.07 23.36
7河川全て
雄 36 ND 198.66 54.41 44.83
雌 34 5.15 115.09 43.97 28.15
雌雄 70 ND 198.66 49.34 37.76
ND: not detected.
- 62 - 差をまとめたものを表1に、河川別、性別の総水銀濃度の 分布状況を図1に示す。合計70匹のモクズガニの中腸腺の 総水銀濃度の平均値は49.34 ng/g、最大値は198.66 ng/g、最 小値は検出限界以下であった(表1)。総水銀濃度の最大値 と平均値を河川毎に雌雄間で比較すると、5 河川では雄が 高く、2河川では雌が高かった(表1、図1)。一方、7河川 全てでは、総水銀濃度の最大値は雄が高かったが、平均値 には顕著な差は見られなかった(表1)。また、総水銀濃度 の雌雄差の有無を河川毎に調べたが、有意差は見られな かった。
モクズガニ全70匹のうち63匹は中腸腺における総水銀 濃度がその平均値のおよそ2倍である100 ng/g未満であり、
新川、栗山川、平久里川、長尾川では雌雄のどちらにも総 水銀濃度が100 ng/gを超える個体は見られなかった(図1)。 一方で、加茂川には雌のみに、いすみ川、上総湊川では雌 雄のどちらにも100 ng/gを超える個体が見られた(図1)。 そこで、モクズガニの中腸腺における総水銀濃度について、
雌雄別の採取場所に起因する差の有無を調べたが、有意差 は見られなかった。
わが国においては、魚介類中の水銀の暫定的規制値が総 水銀として0.4 µg/g(ppm)、メチル水銀は(水銀として)
0.3 µg/g(ppm)と定められているが、この暫定的規制値は
内水面水域の河川産の魚介類(湖沼産の魚介類は含まない)
については適用しないものとされている 7,8) 。そのためモ クズガニの中腸腺には適用されないと考えられるが、今回 得られた結果では最も高い個体でも中腸腺の総水銀濃度が 198.66 ng/g(0.19866 µg/g)であり(表1)、暫定的規制値(0.4 µg/g)を超えている個体は見られなかった。
サンフランシスコ湾に流れ込む3 河川で採取された 29 匹のチュウゴクモクズガニ(Eriocheir sinensis)の中腸腺の 水銀濃度を調べた研究報告 16)では、総水銀濃度の雌雄差 については検討が行われていないものの、総水銀濃度の平 均値が0.250 µg/g、最大値が1.030 µg/g、最小値が0.041 µg/g と個体差が大きいことや、総水銀濃度には採取場所に起因 する差が見られないことなどが明らかにされている。モク ズガニの近縁種であるチュウゴクモクズガニから得られた これらの結果は、総水銀濃度の平均値、最大値、最小値が 本研究の結果よりも5倍以上高い値を示していたことを除 けば、本研究におけるモクズガニ中腸腺の総水銀濃度の結
果(表1、図1)とほぼ同じであった。
本研究で得られた結果から、モクズガニの中腸腺におけ る総水銀濃度は個体差が大きく、採取場所や雌雄間におけ る有意な差は見られないことがわかった。本研究によって 得られた結果は、モクズガニの中腸腺の水銀濃度を陸上養 殖によって低減することができるかどうかを今後検討して いく際の基礎データとして利用することができると考えら れる。
参考文献
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1) 喜多村正次, 近藤雅臣, 滝澤行雄, 藤井正美, 藤木素 士 : 水銀,講談社サイエンティフィック, 東京, 1976.
2) World Health Organization (WHO) : Environmental Health Criteria 1, Mercury, WHO, Geneva, 1976.
3) WHO: Environmental Health Criteria 101, Methylmercury, WHO, Geneva, 1990.
4) WHO : Environmental Health Criteria 118, Inorganic mercury, WHO, Geneva, 1991.
5) 吉田稔 : 金属水銀と健康障害, 衛生化学, 44, 168-181, 1998.
6) 環境省 : 水俣病の教訓と日本の水銀対策, 2013.
https://www.env.go.jp/chemi/tmms/pr-m/mat01/ja_full.
pdf, (参照 2020-09-29).
7) 厚生労働省 : 魚介類の水銀の暫定的規制値につい て. https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=
00ta5730&dataType=1&pageNo=1, (参照 2020-09-29).
8) 農林水産省 : 我が国のリスク管理措置について.
https://www.maff.go.jp/j/syouan/tikusui/gyokai/g_kenko/
busitu/02g_kanri_soti.html, (参照 2020-09-29).
9) 厚生労働省 : 平成15年6月3日に公表した「水銀 を含有する魚介類等の摂食に関する注意事項」につ いて (Q&A), 2003.
https://www.mhlw.go.jp/topics/2003/06/tp0613-1.html, (参照 2020-09-29).
10) 厚生労働省 : 妊婦への魚介類の摂食と水銀に関す る注意事項, 2010.
https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku- anzen/suigin/dl/index-a.pdf, (参照 2020-09-29).
11) 厚生労働省 : 我が国における水銀摂取量と耐容量 の比較(暴露評価)(案), 2005.
https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku- anzen/suigin/dl/050812-1-08.pdf, (参照 2020-09-29).
12) 厚生労働省 : 我が国における魚介類等による水銀 摂取量の試算, 2004.
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/11/dl/s1124-9c.pdf, (参照 2020-09-29).
13) 千葉科学大学 : ブランディング事業.
http://www.cis.ac.jp/branding/index.html, (参照 2020-09-29).
14) 千葉県 : 千葉の川と海 (その2), 2016.
https://www.pref.chiba.lg.jp/kasei/publicity/documents/
map_web.pdf, (参照 2020-11-20).
15) 環境省 : 水銀分析マニュアル, 2004.
http://www.env.go.jp/chemi/report/h15-04/, (参照 2020-09-29).
- 63 - 16) Hui CA, Rudnick D, Williams E : Mercury burdens in
Chinese mitten crabs (Eriocheir sinensis) in three tributaries of southern San Francisco Bay, California, USA.
Environmental Pollution. 133 (3), 481-487, 2005.